複雑・ファジー小説

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【★アンケート開始(〆切2/14)★】 ( No.68 )
日時: 2014/02/20 19:51
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: mb1uU3CQ)

【第十五話】<あいつは子供なんだからな>

 その日の夜。私は、真人を寝かせて、朔さんが帰ってくるのを待った。
 今日の朔さんは、特別遅かった。もう、十二時なのに、朔さんは帰ってこない。どうしたんだろう、朔さんに限って事故なんてことはないだろうし。じゃあ、仕事が大変なのかな、それとも上司との付き合い? どれにしろ、朔さんの仕事関係なんだよね。多分。……いや、絶対に。
 私は、ダイニングテーブルの近くにある鏡を眺めた。私の姿が映る。
 あれれ、私ってこんな女だったっけ?
 髪の毛は、暫く切ってなかったから、肩甲骨あたりまで伸びていた。前は、肩までだった筈なのに。
 目は、なんだか鋭くなった気がする。私、こんな厳しい顔なんてしてなかったよね。もうちょっと、柔らかかったはず。
 それに、太ったかな? 腰当たりに、昔みたいなくびれがなくなった気がする。
 私は、腰回りに手を当てて、確認してみる。昔のようなハリはなくなっていた。ただただ、柔らかい肌が私にまとわりついているだけ。
 なんだか、自分が汚らわしくなったような感覚に、突然襲われた。昔の若い自分が思い出される。
 綺麗なぱっちりした目に、細い身体。あの、堅物の朔さんとも結婚できたくらいの、美貌。
 なのに。なのに。あれは、私の身体から消え去っていた。今の私は、ただのオバサン。可愛らしい顔も、身体も全部なくなった私に、女としての価値は殆ど無に近かった。もしかして、朔さんはそんな私に愛想を尽かして——。
 
 そんなことを考えてしまう頭をふるふると振って、頭の中から考えをかき消す。頭の中に残らないように。
 私は、自分のスマートフォンの電源をつけた。あまりにも遅い朔さんに電話するため。
 だけど、電話帳のアイコンを押した所で、私の手は止まってしまった。
 なぜなら、メールの着信音が鳴ったから。この軽快なリズムの着信音は、私の《特別な人》のもの。
 なんだか、この着信音を聴くと嬉しくなってしまう。この頃なんか、街でこの歌が流れたらスマートフォンを確認してしまうくらいに、この歌に敏感になっていた。
 私は、メールBOXに移動して、メールを開封した。

『咲子さんへ
 咲子さん、今回はありがとうございました。咲子さんがいなかったら、これはきっと成功しなかったと俺は思います。
 咲子さん、これからもよろしくお願いします。
 I love you 』
 
 幸せになれる文面をみて、私はふふっと微笑んでしまった。ありがとう、とか、アイラブユーとか、もう滅多に耳にしなくなった言葉を、彼は私にくれる。
 でも、私は別に彼に協力したりはしていない。なのに、なにが『ありがとうございます』なんだろう。ちょっとよくわからなかったけど、まぁ彼が言ってるんだから、きっと私が何か良いことをしたんだと思う。彼が喜べば、私も嬉しい。
 返信しようと返信アイコンに指を乗せた時。ガチャリ、と玄関の鍵が開く音がした。慌てて、スマートフォンの電源を切る。そして、玄関に向かった。

「おかえりなさい、朔さんっ」

 にこっと笑顔で出迎える。でも、朔さんは私のことを見もせずに、鞄だけを私に持たせて自室に歩いて行った。
 私も、そんな朔さんについていく。そして、着替えを手伝う。その間も、朔さんは無言を貫いていた。
 と、そんな中、ふわりと微かに甘い香りがした。なんだか、チョコレートみたいな匂いだった。なんだろう? 朔さんに鼻を近づけるも、別にチョコレートみたいな匂いはしなかった。今度は、雑に投げられた朔さんのスーツに手を伸ばした。
 ふわり。また、チョコレートみたいなあの匂いがした。
 ……違う。香水の匂いなんかじゃない。朔さんが、職場でチョコレートを食べてただけだよね。そうなんだよね?
 何も言わない朔さん。泣きそうになった。なんで、私に何も言ってくれないの? 私は頼りにならないの?
 私は、そんなことを思いながら口を開いた。

「ねぇ、朔さん。今晩のご飯はね——」
「食べてきたに決まってるだろ。今が何時だと思っているんだ」

 私の言葉を遮って、朔さんがいう。今日の献立さえも、言えなかった。
 私は、時計をみた。十二時。確かに、こんな時間まで食べてない人なんていないよね、ははっ、笑えちゃう。私って、気が利かないなぁ。

「えっと、それでね、相談があるんだけど——」
「なんだ。俺は疲れているんだ、しょうもないことはよせよ」
「それが、その……真人の事なの」

 私が真人の名前を出した途端に、朔さんは露骨に嫌そうな顔を見せた。朔さんは、真人のことが好きじゃないの。真人は、不良だったから。学校の成績が悪かったから。完璧主義だった朔さんには考えられないような人間だったの、真人は。私にとっては、可愛い息子なんだけどね。

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照800ありがとうございます!!】 ( No.69 )
日時: 2014/02/23 12:10
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: BDyaYH6v)

「……疲れているんだぞ?」

 朔さんは、大きくため息をついた。すごく機嫌が悪そう。
 なんか、申し訳ないな。疲れてるはずなのに、真人の話題を出すなんて。……でも、仕方ないよね。自分の息子を放っておくわけにはいかないんだから。ごめんね、朔さん。ちょっとだけだから。そんなに長い話なんてしないから。
 私は、そう思いながら、深刻そうな顔で頷いて見せた。朔さんは、またため息をつくと、着替えを再開させた。多分、部屋着に着替えてから話をするんだと思う。
 私は、先にリビングに行って、例のスマートフォンを準備しておく事にした。
 
 リビングに向かうと、奥の棚から箱を取り出す。白と黒だけのシンプルなデザインの箱に入っているのは、あのスマートフォン。歩さんから頂いたモノ。
 それを取り出すと、テーブルに置いた。そして、朔さんがくるのを待つ。
 暫くすると、怠そうに朔さんが歩いてきた。黒の普段着は、クールなイメージの朔さんにとても似合っている。

「……で? 真人の話は?」

 朔さんは、席に着くと、単刀直入にそう言った。多分、さっさと話し終わってさっさと寝たいんだと思う。そんな考えなんて、私にはバレバレ。なんたって、朔さんともう20年以上一緒に居るんだから。

「あのね……これ。白野さんの旦那さんから頂いたんだけど……真人に渡して欲しいんですって」

 そういって、スマートフォンを朔さんに差し出した。朔さんは、なにやら小さな声で、「咲子の次は真人か……。っにしても、何考えてるんだ、歩は……」なんて呟いてたけど、聞こえなかったふりをする。
 でも、朔さんはとても不機嫌だった。

「あのな。何度も言っているだろう、子供に携帯電話など必要ない、と」
「でも、もうあの子も高校生だし……。それに、他人からの貰い物なのよ?」
「高校生には必要ない。携帯電話ならまだしも、スマートフォンだぞ? 必要はないはずだ。他人からの貰い物? 歩からだろ。歩には、俺から断っておく」
「そんなことないわよ! あの子をずっと育ててたのは、私よ? だから、あの子が携帯欲しがってたことも知ってるわ!」
「知ってるから、なんだ? あいつが欲しがっていたら、なんでも与えるのか、お前は。バカバカしい」
「っ!! バカバカしくなんかないわよっ!!」

 つい、カッとしてしまう。真人は本当に欲しそうにしてた。バカバカしくなんか、ないわ。
 ……おかしいもの。この時代にもなって、高校生でまだ携帯電話さえ持ってないなんて。今は、小学生でもスマートフォンを持ってる時代なのに。
 だから、これだけは譲れない。絶対に、真人にスマートフォンをプレゼントするの。


 暫く、私たちの言い合いは続いた。いつの間にか、日付は変わっていた。——翌日、午前一時。

「……分かった。許可しよう」

 私の熱弁によって、朔さんは不承不承真人のスマートフォン所持を許可してくれた。久々に、朔さんに真っ向から抗ったな、と思う。だから、朔さんが私の願いを聞いてくれるのは珍しい。
 朔さんはなかなかOKしてくれる人じゃないから、歩さんからもらったのに断るのは失礼だわ、とか、夜人君も持ってるのよ、とか、真人のクラスの中では真人しか持ってないのよ、なんてちょっと大袈裟な事も言った。
 体裁を気にする朔さんは、そんなことを聞いて、OKしてくれたんだと思う。もしかしたら、私が鬱陶しかったからかもしれないけど。
 まぁ、OKしてくれた理由なんてどうでもいい。今の私に大切なのは、彼がOKしてくれた事。
 
「ありがとう、朔さん。じゃあ、明日のうちに渡そうかしら」

 そう言った時だった。スマートフォンが振動したのだ。メール? それとも、電話? 最初からサウンドをOFFにされていたのか、着信音はならなかった。五回の振動のみ。
 私と朔さんは、スマートフォンに目を向けた。すると、画面に通知が出されている。綺麗な女の子のアイコンの隣に、なにやら文字が書かれていた。どうやら、ゲームか何かのプッシュ通知だったようだ。

「おい、咲子。俺は、これにお前がゲームを入れていたなど、聞いていない」
「知らないわよ、私も。今初めてこれを知ったんだもの」

 歩さんが入れてくれていたのかしら。それとも、最初から内蔵されてるゲーム?
 私は、不思議に思いながらアイコンを横にスライドした。すると、パスワード入力画面が表示された。歩さんから貰ったあのパスワードを入力する。そして、ゲームのトップ画面を表示させた。

「このゲームね」
「本当に、知らないんだな? 嘘をついていたなら、今のうちに言えよ?」
「えぇ、本当に知らないのよ。信じて頂戴」
「……分かった。じゃあ、消すぞ」
 
 朔さんは、ホームボタンを押して、ホーム画面に戻した。そのゲームアプリのアイコンを長押しして、左端にゲーム消去ボタンを表示させる。そして、それを押した。
 それによって、ゲームアプリのアイコンは、綺麗さっぱりホーム画面から消え去った。
 

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【参照800ありがとうございます!!】 ( No.70 )
日時: 2014/02/23 12:55
名前: 紗倉 悠里 ◆ExGQrDul2E (ID: 13dr2FCK)

 ——あれ?
 私は、ちょっとした違和感を感じた。なんで、朔さんがこんなに上手くスマートフォンを扱えるのだろう。
 確か、朔さんはガラケー (*ガラケー=ガラパゴスケータイ) の方が便利やらなんやら言ってて、スマートフォンは持っていなかったはず。それに、今持ってる携帯だって、かなり古い型のガラケーだった。
 スマートフォンのアプリの消し方なんて、知っているはずがなかった。だけど、今の朔さんは確かにアプリを消していた。それも、全く迷わずに。
 
「ねぇ、朔さん、なんでスマートフォンの……」
「あぁ。知り合いの職員に教えてもらっただけだ」

 さっきまで私の言葉に返事が遅かった朔さんが、いきなり私の言葉を遮った。それも、これ以上聞くな、という険しい表情で。

 ——あぁ、そっか。教えてもらったんだ。そうだよね、朔さんは会社のお偉いさんなんだから、スマートフォンの使い方くらい知っておかないとかっこ悪いものね。——

「へぇ、そうなの」
「あぁ」

 私が頷くと、朔さんもどこか安心したように深く息をはいた。そして、席を立って、何も言わずに自分の部屋に帰って言った。話は終わったから、私ももう朔さんに話しかけるのはやめて、寝ることにした。
 時計を確認する。午前一時半。
 あらら、早く寝なきゃ。そう思って、慌ててスマートフォンを片付ける。そして、元あった引き出しに箱をいれておいた。
 明日の夜に、渡そう。朝の忙しい時にスマートフォンなんて渡されても迷惑だものね。夜ならゆっくりスマートフォンの設定とかできるだろうし。
 そんなことを考えながら、朔さんの隣の部屋に向かった。
 私の部屋は、至ってシンプル。寝具と机と箪笥以外には何も置いていない部屋。
 だけど、シンプルなのが一番落ち着くの。シンプルイズベストっていうしね。
 私はそんなことを考えながら、ベッドに横になった。
 
 真人、喜んでくれるといいな——。

【第十五話 END】