複雑・ファジー小説

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【刺されると痛い。】 ( No.84 )
日時: 2014/06/24 21:51
名前: 紗倉 悠里 ◆kvgzsaG21E (ID: FpNTyiBw)

【第十八話】<痛い痛イ遺体> -白野 夜人-

「いやいや、俺も今来たところだよっ」

 手を左右に振りながら、大丈夫だってことをアピールする。すると、高川さんはふにゃりと笑って、

「それなら良かったです」

と言った。その笑みが可愛くて、つい手に持ってるスマートフォンで写真を取りたくなる衝動を抑えながら、高川さんに隣に座ってもらった。俺が座って高川さんが立ってるってのもやだし、二人で立ち話もなんかおかしかったから。まぁ、一番の理由は、高川さんを近くで見つめたかっただけだけどな。

「ね、ねぇ……その、話って……」

 隣に高川さんが座ったのを確認して、早速本題に入る事にした。だって、どうせ訪れるのは付き合うというハッピーエンドだろうし、早くても遅くても一緒だ。なら、早い方がなんかいい気がする。

「え、あ、はい! そ、それはですね……」

 みるみる、高川さんの顔が赤くなっていく。当たりだ、告白に違いない。つい、にやけてしまう。

「そ、その……目、瞑っててもらえますか? 私が開けてって言うまで」

 高川さんが、赤い顔のまま、俺の顔をまっすぐにみてそういった。ま、まさかのキス!? え、告白の前にキス?
 なんて、桃色の期待に胸を膨らませつつも、表情はもちろんクールに。冷静に頷いて、ゆっくりと目を閉じた。
 どんどん、高川さんが近づいてくるのを感じた。そして、次の瞬間、身体が暖かいものに包まれた。柔らかいから、多分高川さんが抱きついてくれてるんだろう、と察しがついた。キスじゃないのか、という気持ちもあったが、仕方ない。流石にまだ告白も受けてないしな、うん。
 本当は目が開けたかったが、まだ開けてと言われてないから瞑っていた。

「……スキ」

 耳元で、清らかで透き通った、可愛らしい高川さんの声が聞こえた。ほら、やっぱり告白だ。
 俺が、頬が緩むのを抑えながら、高川に話しかけようとした時だ。

「……アリ、だね」

 サク、と綺麗な音が鳴った。どこからだろう、なにか物が切れたような音がするのは。首を傾げつつ、目を開けた。

「え、ちょ……な……!?」

 視界に入るのは、俺の胸の辺りに突き立てられたナイフ。それを握っているのは、間違いなく高川さんだ。
 細かい装飾がなされているらしいナイフは小型で、高川の手にすっぽりと入り込んでいる。
 高川さんは、ニコッと天使の笑みを振りまいたまま、ナイフを左右に捻じった。
 俺の肉が、ぐちゃぐちゃと嫌な音を立てる。血も飛び散っている。ナイフの刃を血が伝っていき、高川さんの指にまで流れる。服に広がる黒みのかかった赤。痛みで、今にも意識が飛びそうだ。
 それでも、高川さんは、まるで無邪気で何も知らない子供のようにナイフを左右に捻じり続ける。
 
 あり得ない。もちろん、高川さんが俺にこんなことをするのもあり得ないのだが、それじゃない。高川さんは女子で、しかもこんなに小柄なのに……どこに、人間の肉を軽く切ることができるのか、と言うことだ。

 普通なら、もう意識が飛ぶはずなのに、俺の意識はまだしっかりしていた。内から広がる波紋のような痛みは、容赦無く俺を襲う。もう、早く死にたいと思ってしまうほどに。

「な、なんで……?」

 俺の喉から出た声は、か細く弱々しい、掠れた声だった。なんだか、恥ずかしい。それにしても、なんでこんなに意識がはっきりしているんだろう。

「んー、要らないから。それしか、理由なんてないだろ? ボクだって、誰彼構わず殺したりなんかしないさ」

 ニコニコ、と笑ったままの高川さん。だけど、声は高川さんのものじゃなかった。だって、高川さんの声はもっと高いから。透き通るような声だから。今みたいな、低くて女らしくない声なんて出せないはず。それに、ボクって……なに?
 
 

Re: 太陽の下に隠れた傍観者【刺されると痛い。】 ( No.85 )
日時: 2014/06/24 22:08
名前: 紗倉 悠里 ◆kvgzsaG21E (ID: FpNTyiBw)

「君が自意識過剰で良かったよ。疑われたりしたら面倒だからね。……おっと、君は喋らなくていいよ、どうせ変な声しかでないしさ」

 高川さんが、ナイフを引き抜いた。不快な音が耳に響く。と思ったら、また今度は俺の腹辺りにナイフを刺した。そして、また左右に捻じり始めた。

「……っ、つぅ……!!」

 余りの痛さ。なのに、相変わらず意識も明確だ。痛みは、ある限界を超えると痛くなくなるらしい。しかし、俺はちゃんとこの痛みを感じていた。
 左右に捻じり、大きな穴が空いたら、高川さんはまたナイフを引き抜く。そして、また違う箇所に刺す。まるで慣れているかのように、サクサク刺していく。俺に馬乗りになっているからといえど、女子の力はこんなに強いのだろうか。そんなことを考えてしまう。
 目の前で、高川さんの小さな胸が揺れていたとしても、俺にそんなことを考える余裕はなかった。

「ほら、もうちょっとじゃないか? 血も出てるし。痛いだろ? 痛いだろ? なんだよ、首を振るだけじゃわからないじゃないか。って、そうか。ボクが喋るなって言ったんだな、すまないすまない」

 ケラケラと下品に笑い始めた高川さん。もう、俺の知ってる「高川 葵」は、どこにもいなくなっていた。
 高川さんが、ナイフを抜く。そして、後ろに投げ捨てた。
 
「なぁ、死にたい? 生きたい?」

 高川さんが顔を近づけて聞いた。顔を歪めて笑ったまま、ただただ、その質問を繰り返した。
 俺は、死にたいのか、生きたいのか。わからない。
 「痛いから」死にたいと思うし、「助かりたいから」生きたいと思うし。
 
「なんだよ、どっちでもないって? 面倒くさいなぁ、君が死ななかったら、ボクが怒られるんだよね。だからさ、ね、もう終わりにしよ?」

 高川さんが、微笑む。最後だけ、最期の一瞬だけ、高川さんのあの清らかな笑顔が戻った。——やっぱり、可愛いな……そんなことを考えてたら、どんどん目の前が暗くなっていった。急に痛みが引いたかと思えば、身体のバランスが取れなくなってきた。俺はそのまま、崩れ落ちた。

「あははっ、終わった終わった。じゃあ、後はよろしくってところかなー」

 意識が途絶える直前に聞こえた声は、高川さんの声と何処かで聞いたことのある男の声だった。

「うるさいぞ、“狂った子供チルドレン”。お前は本当、さっさと仕事をこなさないな。だらだら話しやがって。馬鹿野郎」

【第十八話 END】