複雑・ファジー小説

Re: 世界樹の焔とアルカナの加護 ( No.109 )
日時: 2014/02/09 19:53
名前: キコリ (ID: gOBbXtG8)

 その夜———

「はぁ」

 なかなか眠れないシグナは外に出てきた。
彼はいつもそうだ。慣れない場所へきては寝ることが出来ない。
流星学園に入学したばっかりの頃でも、彼は数日眠れずにつかれきった生活を送っていたものだ。

「寝れないの?」

 ふと聞き覚えのある声がする。
声のしたほうを振り返ると、肌着姿のマルタが宿屋の壁にもたれかかっていた。
腕と脚を組んでいるその様は何とも色っぽい。

「肌着かよお前。服ぐらいちゃんと着ろよ」
「別にいいじゃん。人いないし」
「確かに此処は森の中だけどよ……」

 この宿屋は、一本道を辿ってきた森の中に存在する。

「でも今は男の目の前なんだ。気をつけろよ」

 親切心からの忠告。
それをマルタは適当に受け止め、目を細めて悪戯な笑みを浮かべる。

「私に何かする気?」
「いやしないよ」

 若干戸惑いかけたシグナ。マルタはそれを見て、少女らしくクスクスと笑う。

「ま、シグナだったらいいんだけどね。怖くないもん」

 マルタは夜空に浮かぶ月と星を眺めた。
シグナも隣に並び、同じようにそれらを眺め始める。

「あれ、本当にするつもりないんだ?」
「簡単に手出さないよ。男には責任もあるしな」
「あはは、正直だね。男はみんな野蛮かって思ってたのに」
「本能むき出しの理性のないやつはそうだな」

 明るく微笑むマルタを見て、シグナも喉の奥で笑う。

「……ねぇ」
「うん?」

 シグナは少しの沈黙の後に再度話しかけてきたマルタを見た。
隣にいる彼女はいつの間にか、目を伏せている。

「本当に、私の好意受け止めてくれてる?」
「ん?あぁ」

 不意にされた予想外の質問に、シグナは一瞬戸惑った。
一応肯定はしたものの、彼は未だ恋に対してなかなか疎いところがある。

「じゃあ、ちょっと試していい?」
「は?試すって何を」

 一度視線を夜空に戻したシグナが、再度マルタを見た。
今度の彼女は、シグナを見上げている。若干潤んだその瞳で。

「目、閉じるね……」

 顔をシグナに向けたまま、マルタは目をゆっくりと閉じる。

(はぁ、仕方ねぇヤツだぜ)

 渋々ながらも笑いながら、シグナはマルタを抱き寄せる。

 そしてその勢いのまま、彼は自分の唇をマルタのそれにそっと重ねる。
 だが、一瞬接触してすぐに離れた。

「これでいいか?」
「……うん」

 そんな拙い口付けでも、二人は月明かりの下、穏やかな笑みを浮かべていた。
 まるで自分たちの未来を想像するように。