複雑・ファジー小説
- Re: 世界樹の焔とアルカナの加護 ( No.111 )
- 日時: 2014/02/10 20:00
- 名前: キコリ (ID: gOBbXtG8)
翌朝になり、一同は宿を後にすることに。
「さーて出発しよっか〜って……シグナもマルタもどうしたの?顔赤くして」
「わ、私は別に……顔洗ったときお湯が暖かかっただけで……」
「俺は頬が痒かったからな。掻きまくった結果この有様さ」
「へ、へぇ〜……」
顔を桜色に染めたシグナとマルタ。
ジュリがどうかしたかと追求するが、マルタは何とかその場を凌ぎ、シグナは完璧なまでの嘘をついた。
二人のいつもと違う反応に明らかに腑に落ちないといった風なジュリだが、一応納得したようだ。
だがそれ以前に、皆にとってもっと気になる様子の二人が少し離れたところにいる。
当事者はシュラーとリュイで、横目で何やらお互いに睨みを利かせているのだ。
その様はまさにバトル寸前と言った空気であり、目線の交錯する中央では今にも火花が散りそうだ。
「ところで、あの二人喧嘩でもしたのか?」
「あはは、昨日"あんなこと"があったでしょ?実は、あの事件には続きがあってね……」
黎明がシグナの問いに答える。
それは昨晩、丁度シグナとマルタが部屋を留守にしていた時だった———
+ + + +
「う、ん……」
何か遠くで響く鈍い物音。
深夜十二時近くに響いたそんな物音に、黎明は不覚にも目を覚ましてしまった。
一体何があったのだろう。何か本でも落ちたのだろうか。
この宿の一角には、小規模な図書館のような施設があった。だがそこは整理されておらず、あらゆる本が本棚から落ちていたり、机の上にそれらが山と詰まれていたりして利用客は少ないという。
一応男女で布団を仕分けたこの部屋。よく見れば、リュイにシグナにシュラーがいない。
差し詰め、彼らがその図書館っぽい場所で本でも落としたのだろう。そう思った黎明は、もう一度寝ようと布団に潜る。
だが、それは阻まれた。もう一度聞こえてきた、先ほどよりも大きな物音に。
いや、最早物音と呼んでいいのだろうか。
一度目に響いた音ならともかく、二度目のそれは物音という言葉で収められる次元の音ではない。
何かで何かを殴るような、何かが何かにぶつかったような。そんな音だ。
心配になった黎明は、自分の得物である太刀を引っ掴んで部屋を出てみた。
もしかしたら強盗が出たのかもしれない。もしかしたらそれがかなりの手馴れで、シグナたちが戦っているのかもしれない。
そう考えてしまうほど、宿じゅうに響くその音は異様だった。
それよりも何故、このような物音が響いておきながら他の客やマルタたちは目を覚まさないのか。
逆に不思議に思えた黎明だが、とりあえずその思考を頭の片隅に置いて廊下を走る。
彼が向かう先は、その図書館のような施設だ。
走る走る。そして階段を二段飛ばしで下りる。
それでも息一つ切らさず、彼は目的地についた。
そうして目に飛び込んできた光景。それを認識するも黎明は理解が追いつかず、頭にハテナを浮かべた。
そこにいたのはリュイとシュラーだった。
「だからお前が悪いんだろうがっ!!」
そう吼えたシュラーの右手には、如何にも重たいであろう分厚くて大きな辞書が。
「何を言う!お前があんなややこしい言い方をしたからだろうが!!」
そう反論したリュイの左手には、薄い本がいくつも重なり束になったものが握られている。
一体この二人は何をやっているのだろうか。そう思いながら顎に手を当て、まじまじとその光景を見ていた黎明。
未だ理解が追いついていなかったが、次の瞬間に動いた事態を認識することですぐに理解が追いついた。
やってきた黎明にも気づかずに睨みあうシュラーとリュイ。彼らは持っていたその紙束で相手に殴りかかる。
やっていたことは至極単純。喧嘩だ。
「そもそもあの時点で僕を投げ飛ばさなければよかった話だろう!」
「だからあのような言い方をしなければことは済んだんだがや!」
殴りあいつつも舌戦は続いている。
「お前の頭の悪さもつくづく腹片痛い!何か?もっと頭のレベルを下げなければならなかったとでも言うのか!?」
「そのセリフ、そっくりそのまま返してやろう!あんなこと言葉さえ難しくなかったならば幼稚園児が言うことだろう!」
傍から見れば、こんな喧嘩をしている時点で子供みたいだけどね。
黎明はそう思いながら、まるで子供の成長を見守る親のような表情を浮かべた。
するとシグナは何処へ行ったのか。彼の事は後で探すとして、黎明はとりあえず目の前の二人をどうしようか困った。
放っておこうか、喧嘩の仲裁に入ろうか。
何にせよ、他の客の迷惑になるのはよくない。そんな結論に至った彼は一歩踏み出す。
「どうしたの〜?」
だが、後ろから聞こえてきた少女の声に歩みを止める。
振り向いた先にいたのは、寝巻き姿で目を擦っているジュリだった。
「あ、あぁ……ジュリちゃんか。いや、シュラーとリュイの喧嘩をどう止めようか考えててさ」
「喧嘩?シュラーさんとお兄ちゃんが?」
ジュリは黎明の体を影にし、窺うようにシュラーとリュイの様子を眺め始めた。
そしてしばらくして、彼女は「あぁ、ね」と呟きながら黎明から離れる。
「私に任せて。私は一方的にお兄ちゃんを制裁できるからっ」
「わ、わかった」
黎明は一歩引き、かわりにジュリが二歩ほど踏み出す。
「お兄ちゃん?」
そうして響いた突然の低い声。
言い方や声色は穏やかで優しいというのに、その声の低さと何かの所為で黎明は背筋が凍った。
その声に、シュラーとリュイも気付いたようだ。
「シュラー、こっちこっち」
黎明がシュラーを手招きする。
その一方でジュリはずかずかとリュイに近付いており、リュイはその近付かれた距離分だけ後ずさっている。
やがて、背中が本棚に当たった。逃げ場をなくした彼は黎明にも分かるくらい震えている。
一人取り残されたシュラーは訳が分からないといった顔をしているが、とりあえず黎明の元へと歩み寄った。
途端、リュイの悲鳴が木霊した。
一体ジュリは、リュイに何をやったのだろうか。出来れば考えたくなかった黎明とシュラーだが、嫌でもその光景は容易に想像できてしまった。二人は思わず苦い表情を浮かべる。
「全部夢。そう言い聞かせておきなよ」
「言われずともそうする」