複雑・ファジー小説
- Re: 世界樹の焔とアルカナの加護 ( No.120 )
- 日時: 2014/02/11 19:35
- 名前: キコリ (ID: gOBbXtG8)
「マルタぁ!」
葬送丸とシグナが、ジェームスのいる部屋にやってきた。
ゆっくりと振り向くジェームス。その手には、返り血のついたチェーンソーが。
そしてシグナは、その奥の光景を見るなり言葉を失った。
深々と右袈裟切りを食らったマルタが、無残な姿で床に転がっている。
周囲には彼女のものと思われる血が飛散している。
シグナの顔からは表情が消えた。葬送丸も鎌を持ち直し、ジェームスを睨む。
「おそかったねぇ〜、君たち。でも、コレでアルカナは私のものだよ?」
その言葉を聞き取ったシグナ。
途端、彼は無意識に呪文を唱えていた。焔の刻印が、これまでにない最大の輝きをともす。
その目は赤く光り、これでもかという憎悪が篭っている。
「ぐああああああっ!」
刹那、ジェームスは床に倒れ伏して苦しみもがき始めた。
シグナの放った重力魔法が、ジェームスを貼り付けているのだ。
葬送丸がポカンとしてみている間にも、彼はもうひとつの呪文を唱える。
やがて暖かな光がシグナの右手に集まると、彼はマルタの亡骸に向かって走り出す。
ものの一秒で到着すると、シグナはその白い輝きをマルタに当てた。
「おい!シグナよせ!そいつは危ない!」
目の前が見えていないシグナは、マズイと気付いた葬送丸の静止を聞かなかった。
「目を覚ませ!!マルタああああああぁぁぁ!!」
突如、目が眩むほどに光が強くなる。
何故葬送丸が静止を利かせようとしたのか。
何故なら彼が放ったものは、禁断の呪文とされる古代魔法の一つだからだ。
古代魔法とはこの上なく強力な魔法ではあるが、対価に何かを失ってしまうとされている。
今回シグナが使ったそれは、自分の右腕を犠牲にして死者を一人だけ甦らせるというもの。
銘を、死者蘇生という———
+ + + +
「さーて、何故こんなことをしようとしたのか。理由を話してもらおうか?」
重力魔法から解放されたジェームスは、葬送丸の闇の魔法で再び自由を失っていた。
彼はジェームスより、この悲惨な行動の動機を吐かせようと脅迫している。
一方でシグナは、傷が癒えたマルタの目覚めを待っていた。
その右腕は、根元から捥げてなくなっている。死者蘇生を使った対価だ。
彼は左手だけで、マルタの身体を起こして支えている。
「あっ……」
やがて、その目蓋が震えて開いた。
未だどこか虚ろそうなその瞳が、シグナの優しげな目を見据える。
「目、覚めたか?」
「あれ。私、あれから……」
「一度、お前は死んだ」
戸惑うマルタに状況説明を入れたのは葬送丸だった。
因みにジェームスは未だ闇の魔法の所為で動けないままになっている。
「あ、アンタは……」
「安心しろ、今の俺は敵じゃない」
葬送丸は暫く間をおき、解説を続ける。
「お前はそこの男に殺された。だけどな、お前の事となると目の前の事が見えなくなるらしいシグナが、お前を生き返らせたんだよ。この意味、分かるか?」
「生き返らせた……え、まさか!」
虚ろな目に一気に輝きが戻る。
身体を起こすなりシグナを凝視するマルタ。彼女も古代魔法についてはよく知っている。
「あっ……」
予想はしていた。今のシグナに、もう右腕はない。
「う、嘘……!何で!何で、私なんかのために……」
枯れたはずの涙が、再び溢れ出す。
「答えて!何で私なんかのために古代魔法を使ったの!?」
「……生きててほしかったんだよ」
「でもシグナぁ!腕が、腕がぁ……!」
大声で泣くマルタ。
シグナはその温もりを、左手でしか受け止めてあげることが出来ない。
それでも彼に後悔はなかった。
「あぁ、なくなったな。……まあ俺左利きだし、大丈夫だろ」
「そういうことじゃないのぉ!!う、うぅ……」
(やれやれ)
シグナはその残った手で、マルタの頭を軽く叩いた。
「な、何で叩くの!馬鹿!」
「馬鹿はお前だ!!」
「っ!」
シグナが一括する。
それにマルタは愚か、葬送丸もビックリ。
シグナの怒声は久し振りだった。
「お前は分かってるのか!?俺にとってお前がどれだけ大切な存在なのかを!」
「わ、分かってる……よ。私だって、シグナの事好きだもん」
「だったら俺に泣きついたことを反省しろ。俺はな、右手を失ってでもお前に生きててほしいんだ!」
しっかりとした好意が伝わってきたのが、マルタは分かった。
「いいか?お前は生きろ!俺もお前の事を思って意地でも生きてやる。そのままくたばりやがったら、俺はどこまででも追いかける。だから……」
不覚にも、シグナは涙を流した。
「生きててくれ。生きて、俺の側にいてくれ……」
そのまま、マルタに倒れこむ。
古代魔法を使ったことで、体内残留魔力が著しく減ったのだろう。
「シグナ、ごめん。……ううん、ありがとう、だね」
「……ははっ、ようやく学習したかよ。この馬鹿が……」
シグナは涙が止まらなかった。そしてマルタもまた、その割れた眼鏡越しに大粒の涙を流すのだった———