複雑・ファジー小説

Re: ノンアダルト ナイトメア ( No.2 )
日時: 2014/01/03 17:09
名前: womille (K) (ID: npB6/xR8)



  序章    月光作戦



          1



「……準備はできたか?」

門限30分前の男子寮前。
『短い』という意味を失うほどに重ねたブリーフィングの後に、もう一度トシは確認した。

テツとスグルは頷く。
よし、とトシも頷いた。

「これより作戦を開始する——散開っ」
トシの小さな声で、三人は二手に分かれた。

まず初めにトシとスグルが女子寮と男子寮の分かれ目となる噴水広場へと向かう。
そして、道端の草むらに、噴水が見える位置に二人は身をひそめた。

周りに人がいないことを確認し、トシとスグルはそれぞれの携帯から伸びるイヤホンを片耳に差した。
トシは携帯のマイク部分を口元に近づけ、小声を発した。
「こちらチームアルファ。スタンバイ完了。これよりプランδ(デルタ)に移行する」
その声は、某インターネット通話サービスを経由して、しっかりとスグルの右耳にも届く。

数秒後、二人の耳元には男子寮前で待機しているであろうテツの声がノイズ交じりに入ってきた。

『了解。マイク音量最大を確認、これよりスピーカー音量ゼロ。
 チームブラボー……っても一人しかいないけど、プランθ(シータ)に移行しまする』

その声を確認すると、トシとスグルは手を握り合い、そして暗闇から姿を消した。
2か月前の事件でトシが手に入れた能力——『幽体離脱』だ。


——しばらくして、テツが噴水広場に姿を見せた。


『チームブラボー、目的地到着。スタンバイ完了』
トシとスグルはうなずいた。ここで声を出しても、スピーカーを切っているテツには聞こえない。


それからしばらく時間が過ぎた。
トシは手元のデジタル時計に目を落とす。

——19時12分。もうそろそろ、必ずターゲットはこの噴水広場を通る。

スグルは息をのんだ。そして——


「……来た」

トシは無声音で言った。スグルの心拍数は急上昇する。
そしてスグルは見た。校舎に続く道から、その人物がやってくるのを。


『こ、こんばんはっ』


遂にテツが声を出した。思わずスグルは吹きかける。だが、笑ってはいけない。
ここで草むらが不自然に揺れれば、疑われるに違いない。

スグルは懸命に笑いを喉の向こうに押し返した。


『こんばんは』


少し小さな声で、女性の声が聞こえる。——ターゲットだ。


『昨日も、ここで会いましたよね……?』


おーっとターゲットの方から切り出した!これはばれたか?ばれたのか?ばれてしまったのか!?

スグルは内心で実況したい気持ちを必死に押さえつけた。ニヤニヤしながら茂みの向こうを覗く。
隣のトシも同じのようだった。

『そ、そうですね……っ』

テツの声。完全にテンパっている。
だが、ここまでは作戦通り。うまいこと会話に持ち込んでいる。
作戦では次の台詞は、『月が綺麗ですね、南先輩みたいに』だ。
少しやりすぎの気もするが、これぐらいやっといた方がいいのだ、という恋愛経験のないスグルの勝手な判断である。

スグルは空を見上げてみる。まんまるとしたきれいな満月だった。

テツはわなわなと口を震わせた。


『せっ、先輩、月みたい……ですねっ』
『……へ?』


トシとスグルは、二人そろって後ろにずっこけた。