複雑・ファジー小説
- 【短編集】移ろう花は、徒然に。【Sand Grass】 ( No.10 )
- 日時: 2016/08/19 09:57
- 名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: jwhubU7D)
流るる時間を、凍らせろ——。
【Sand Glass −Cheese−】
時間を止めるにはどうすればいいのか、と最近思う。指をパチンと鳴らすだけで、この世界の時間の流れを止めることができたら、どんなにいいだろうか。
遅刻しそうなときに、時間を止めることができれば遅刻をせずに済む。
私が見ているこの美しい景色を、時間から切りとって永遠に保つこともできる。
時が止まっていれば、罪を犯しても完璧なアリバイを手に入れることができる。
そう、ありとあらゆる可能性が手に入るのだ。
砂時計のように、限られた時間を過ごすのは些か勿体無いと思う。数分間の砂時計に私の人生が詰まっていると思うと、虚しくなる。砂時計を、地面と平行に倒せば砂の流れが止まるように、時間そのものの流れを止めることはできないものか。
私は長年の考察の結果、時間を止める方法を三つ考えつくことができた。
その三つとは、——こと、写真を撮ること、——ことの三つである。
祖父のものだった本棚を整理していたら、懐かしいアルバムがたくさん出てきた。家族みんなで写っているものや、祖父の若い頃を写したものがほとんどだ。しかし、自分の小さい頃の写真まであり、一体どうしたらこんなに写真が集まるのか不思議でならない。
しかし、その持ち主である祖父は先日亡くなった。
「答えは聞けずじまい……か」
軽くため息を吐いて、遺品の整理を続ける。遺品、と言っても膨大な数のアルバムだけなのだが。そのアルバムの中で、自分が欲しいもの、親戚に渡すもの、捨てるもの、の三つに山を分けていく。
しかし、圧倒的に捨てるアルバムの山が大きいのはどうしたものか。その多くは保存状態が悪く、写真が見れないものばかり。
せめて、もう少し状態が良ければ親戚に渡せるのだが、祖父のメモ書きに阻まれたりと難航している。祖父はアルバムに色々とメモを貼る癖があったようで、酷いと元の写真がメモで埋め尽くされているものもあった。
なんだかんだで一週間ほどかかった整理も、ようやく終わりに近づいた。目の前にある棚には、かなりのアルバムがあるようだが、これまでの棚に比べれば遥かに少ない。
「えっ? 一体どうなっているんだ」
なぜかこの棚にだけついていた硝子扉を開けると、中には一冊の本が入っていた。慌てて扉を閉じてみると、大量のアルバムが中にあるように見える。かといって、硝子の表面にアルバムの絵が描かれているわけでもない。
何度か開けたり閉じたりしてみたが、一向に仕組みは分かりそうにない。仕組みを解き明かすことは諦めて、中の本を取り出してみた。
『Sand Glass』と表紙に金文字で書かれた皮表紙の本。見た目は普通の本だが、想像していたよりもずっと重かった。
茶色の表紙はどこかで一度装丁をし直したらしく新しかったが、中の紙は黄ばんだり、汚れているところが多い。文字も所々消えていたり、読めないところもあった。
「Sand Glass……砂時計」
今まで整理してきたものとは、だいぶ違う雰囲気があった。この家にはアルバムしか無いと聞いていたため、不思議に思いながらも本を開いた。そこには祖父のメモ書きは一切なく、ただ内容が書かれているだけ。しかしその内容も、ほんの一ページ分だけなのだ。
時間を止めるにはどうすればいいのか、という文章から始まったその本は、作者の考察で締めくくられている。その考察も、真ん中の一つしか読むことはできないが。
時間を止める方法が気にならないといえば、嘘になる。本当に時間を止めるなんてことが可能なのだろうか。
時間に止まって欲しいと願ったことは、何度もある。今だって、そうだ。
この空間から外へと出れば、また忙しく煩い日々が繰り返す。落ち着いた静寂な日々がずっと続けば、と思う心が、作業の手を自然と緩めていた。
就職活動では内定を貰えず、四月からの生活の当てはない。このまま、永遠に時間が止まっても構わなかった。
虚ろな目に、窓ガラス越しの空が映った。
「写真を撮ること……」
無意識のうちに浮かんだのは、この空を切り取りたいという思い。
——まだ、時間はある。少し、考えてみようか。
少し早めの昼食を作りながら、台所を眺めた。窓の外の景色が、嫌でも目に飛び込んでくる。やっぱり、今日の空はとても綺麗だ。
その景色を自分だけの物にしたくて、手を伸ばした。窓を開け、ポケットに入っていたカメラを取りだして写真を撮る。
しかしスパゲッティを茹でている最中である事を思い出し、慌てて棚の上に置いてあった砂時計をひっくり返した。
さらさらと流れ落ちる、白い砂をぼんやりと見つめ続ける。
「写真を撮ること……。砂時計はどうすれば撮れるんだろう」
たった数分の景色を切りとって、ビンに閉じ込めたようだ。なんてことを考える。ふと考えていると、奇妙なことに気がついた。
この家には、時計がないのだ。家に一つだけあった柱時計は壊れて動かなくなり、腕時計の針は落としたときに折れてしまった。
この景色を、永遠に自分の物にしたい。
火を止めてから、靴を履いて外へと出た。やっぱり、今日の空はとても良い。この瞬間の空を切り取りたくて、カメラのシャッターを押す。
なんども、なんども。
どのくらい時間が経ったのだろうか。長い時間が経ったように感じた。外にいると、分からなくなる。でも影の位置がさっきと全く変わっていないため、実は一時間も経っていないことに気づかされた。
絶え間なく吹き荒れる風で、空の景色は変わっていく。あの瞬間に美しいと思った空は、もう存在しない。
「写真を撮ることは、時間の流れを切り取って止める……。つまり、時間を止めることは、写真を撮ること……」
アルバムからは、幼い姿が微笑みかけている。容量がいっぱいになったカメラの中には、美しい空が輝いている。
切り取られた時間は、永遠に止まる。
どのくらい時が経ったのだろう。いつの間にか、顔を夕日が照らしていた。太陽にかざした砂時計が、きらきら光る。
——ホントウニジカンハトマッタノ?
砂時計の砂は、静かに零れ落ちる。
*
Image Collar:胡粉色
Special Thanks!:Mr.Taros@
お題:時間を止める3つの方法