複雑・ファジー小説
- 【短編集】移ろう花は、徒然に。【Sand Grass 完結】 ( No.11 )
- 日時: 2016/08/19 09:59
- 名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: jwhubU7D)
時の流れは、とどまることを知らぬ——。
【Sand Glass −Close−】
時間を止めるにはどうすればいいのか、と最近思う。指をパチンと鳴らすだけで、この世界の時間の流れを止めることができたら、どんなにいいだろうか。
遅刻しそうなときに、時間を止めることができれば遅刻をせずに済む。
私が見ているこの美しい景色を、時間から切りとって永遠に保つこともできる。
時が止まっていれば、罪を犯しても完璧なアリバイを手に入れることができる。
そう、ありとあらゆる可能性が手に入るのだ。
砂時計のように、限られた時間を過ごすのは些か勿体無いと思う。数分間の砂時計に私の人生が詰まっていると思うと、虚しくなる。砂時計を、地面と平行に倒せば砂の流れが止まるように、時間そのものの流れを止めることはできないものか。
私は長年の考察の結果、時間を止める方法を三つ考えつくことができた。
その三つとは、時計を壊すこと、写真を撮ること、——ことの三つである。
祖父のものだった本棚を整理していたら、奇妙な本がたくさん出てきた。真っ黒な表紙の本、見た目は美しいが、内容はとてもグロテスクな本、中には黒魔術やら何やらの本まである。
懐かしいアルバムもたくさん出てきた。家族みんなで写っているものや、祖父の若い頃を写したものがほとんどであるが、自分の小さい頃の写真まである。
一体どうしたら、こんなに本や写真が集まるのか不思議でならない。
しかし、その持ち主である祖父は先日亡くなった。
「答えは聞けずじまい……か」
軽くため息を吐いて、遺品の整理を続ける。遺品、と言っても膨大な数の本とアルバムだけなのだが。
その本とアルバムの中で、自分が欲しいもの、売りに出すもの、捨てるもの、親戚に渡すもの四つに山を分けていく。
しかし、圧倒的に捨てる本とアルバムの山が大きいのはどうしたものか。その多くは保存状態が悪く、内容や写真が見られないものばかり。
せめて、もう少し状態が良ければ売りに出すなり、親戚に渡すなりするのだが、祖父の書き込みに阻まれたりと難航している。祖父は本やアルバムに色々と書き込みをする癖があったようで、酷いと元の文や写真が見えなくなっているものもあった。
なんだかんだで一週間ほどかかった整理も、ようやく終わりに近づいた。目の前にある棚には、かなりの本とアルバムがあるようだが、これまでの棚に比べれば遥かに少ない。
「えっ? 一体どうなっているんだ」
なぜかこの棚にだけついていた硝子扉を開けると、中には一冊の本が入っていた。慌てて扉を閉じてみると、大量の本とアルバムが中にあるように見える。かといって、硝子の表面に本やアルバムの絵が描かれているわけでもない。
何度か開けたり閉じたりしてみたが、一向に仕組みは分かりそうにない。仕組みを解き明かすことは諦めて、中の本を取り出してみた。
『Sand Glass』と表紙に金文字で書かれた皮表紙の本。見た目は普通の本だが、想像していたよりもずっと重かった。
茶色の表紙はどこかで一度装丁をし直したらしく新しかったが、中の紙は黄ばんだり、汚れているところが多い。文字も所々消えていたり、読めないところもあった。
「Sand Glass……砂時計」
今まで整理してきたものとは、だいぶ違う雰囲気があった。この家には本とアルバムしか無いと聞いていたため、不思議に思いながらも本を開いた。そこには祖父の書き込みは一切なく、ただ内容が書かれているだけ。しかしその内容も、ほんの1ページ分だけなのだ。
時間を止めるにはどうすればいいのか、という文章から始まったその本は、作者の考察で締めくくられている。その考察は、一番下のものだけ読めないが。
時間を止める方法が気にならないといえば、嘘になる。本当に時間を止めるなんてことが可能なのだろうか。
時間に止まって欲しいと願ったことは、何度もある。今だって、そうだ。
この空間から外へと出れば、また忙しく煩い日々が繰り返す。落ち着いた静寂な日々がずっと続けば、と思う心が、作業の手を自然と緩めていた。
就職活動では内定を貰えず、四月からの生活の当てはない。このまま、永遠に時間が止まっても構わなかった。
虚ろな目に、窓ガラス越しの空と砂時計が映る。
「時計を壊し、写真を撮る……」
ふと、この家に来た時のことを思い出した。家に一つしかない時計は壊されており、柱時計の針が進むところは見たことがない。一時間おきに、とても美しい音が鳴ると聞いていたため、少しがっかりした気分になった。
アルバムの整理をしていた時もそうだった。
この家から撮ったらしい風景がたくさんあった。なんの変哲もない景色を、どうしてこんなに撮るのだろうかと、疑問に思った。
カーテンを閉め、砂時計を手に取ると、寝室のベッドに横たわった。
さらさらと動く、白い砂をぼんやりと見つめ続ける。
「時間を止める三つの方法。3つ目は何があるのだろうか……?」
時計を壊すことは、目で見える時間を止めること。
写真を撮ることは、時間の流れを切り取って止めること。
でも、時間の流れは止まっていない。
目に時間の表記が映らなくても、太陽や月、自然の動きで時間の流れはわかる。
一瞬の表情を切り取っても、絶え間なく自然は姿を変えて、時間の流れを感じさせる。
「ならば、何も見なければ良い。何も見なければ、そもそも時間、なんてものに支配されることはないのだから」
暗い寝室で一人、静かに目を閉じる。
どのくらい時が経ったのだろう。それを判断する術はない。手に握られた砂時計が、射し込んだ光できらきら光る。
——ホントウニジカンハトマッタノ?
横倒しにされた砂時計の砂は、流れ落ちない。
*
Image Collar:胡粉色
Special Thanks!:Mr.Taros@
お題:時間を止める3つの方法