複雑・ファジー小説
- Re: 移ろう花は、徒然に。【壊】 ( No.29 )
- 日時: 2017/02/04 19:00
- 名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: rHtcSzQu)
こんな感情——なければ良かった。
【壊】
目を閉じると、顔が浮かぶ。声が聞こえる。笑っている姿も、少し落ち込んでいる姿も、ありありと思い出せる。
ぐしゃぐしゃだった。なんで自分が泣いているのかも分からない。空っぽだと思ってた所に、いつの間にか中身が入っていて、いつの間にか溢れ出していて、いつの間にか制御出来なくなっていた。押し込めようとして、必死に抑えようとしても無理だった。自覚していないときは、心の片隅で埃をかぶって、その存在すら忘れていたのに。
心は、気がつかないうちに決壊していたらしい。止めることを忘れたシャワーが、ひたすら流れ続けている。頬を伝うのが涙なのか、ただの水なのか区別がつかない。すべて洗い流せればいいのにと、頭から熱い湯を浴び続けた。渇いた身体に染みていく感覚が心地よい。でも、何も満たされない。
「なんでこんなに……どうしてこんなに……苦しいの?」
はっきりと自覚させられた恋心は、想像以上に私の中に深く居座っていた。
まさか恋愛沙汰で悩む日が来るなんて。恋バナとか、そういうので盛り上がる女子たちを軽蔑していたはずなのに、いざ自分がそうなると何も笑えない。死ねばいいのに。
頭では軽蔑していても、心はそんなことお構いなしに私を揺さぶってくる。別のことを考えようとしても、いつの間にか登場人物は私と彼になっているし、急に彼が抱き着いてきて攻められたりとかTL(ティーンズ・ラブ)漫画の読みすぎな展開しか浮かばない。
「サナ? いつまでシャワー浴びているの。お湯がもったいないからあがりなさい」
「う、うん」
そんな甘酸っぱいことを考えていたからか、ドアの外におばあちゃんが立っていたのに、まったく気が付かなかった。物語のヒロイン的思考回路を思い描くことはできるのに、私の心と体が噛みあわない。死ねばいいのに。何が楽しくて、自分が一番嫌いな役を演じなきゃいけないんだろう。
そう、ここは物語の世界なんかじゃない。そんな強引な展開が発生するわけがないし、彼が私のことを同じように好いていてくれる確証もない。そもそも、彼とはもうすぐ会えなくなってしまうんだから。付き合ったところで、遠距離になって、すぐに別れてしまうんだろうな。だって私、寂しがり屋のウサギさんだから、会いたいときに会えないと悲しいの。なんなんだろうね。
ほら、また私の頭の中で誰かが喧嘩してる。
きっとこんなに涙があふれてくるのは、私の中のわたしが「この恋愛はうまくいきっこない」と否定するから。考えるほど頭の中が、暗闇に呑まれてく。心を抉り出してしまえたら、どんなに楽なのだろう。
私は、この感情とどう向き合えばいいのだろうか。
「おはよ」
「おはよー。うわ、すごい隈だねー。寝不足?」
「うーん……最近眠りが浅いんだよね。寝ても寝ても疲れが取れないの」
「あらあら。そりゃ大変だねー」
いつも通りの朝が来た。泣きたいときは、シャワーを浴びながらだと良いっていうのは本当のことらしい。目も鼻も、ちっとも赤くなっていなくて、昨日の夜に泣いていたなんて嘘じゃないかと思えるほどだった。
シノが転校するまで、あと三日。私は、どうしたらいいんだろう。あぁ、また涙が出てきそう。彼に転校すると告げられてから、私は彼の前で今まで通り振舞えているのだろうか。こうして友達と会話している間も、視界のどこかで姿を探してしまう。そして見つけると、ドキリと心臓が跳ねるのだ。良かった、今日は学校に来ているんだって。
二か月ぐらい前、シノは学校を休むことが多かった。いわゆる、不登校というやつだ。詳しいことはよく知らないが、部活の人間関係で少し揉めたらしい。元々、彼は輪の中心で何かするタイプの人間ではなく、少し離れたところから眺めているタイプだったから、なおさら堪えたのだろう。色んな所に増えていく傷を見つけていても、私には何もすることができなかった。あの日、町の中をボロボロになって彷徨う姿に、ハンカチを差し出して立ち去るのが精一杯だった。そんなことをしたくらいで、彼の支えになろうなんて、甘すぎる。
でも、しばらくしたら毎日来るようになっていた。きっと、あの不思議な場所に行ってからだろう。私には、何もできない。
——お母さんに怒られちゃう。
——なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの?!
——僕がこんな賞を取れるなんて。
——俺のこと怒らせただろ。
「っ!」
まただ。自分のものではない感情が、一気に流れ込んできた。いつもは一つか二つなのに、今日は訳がわからない。色んな感情が私の中で渦巻いている。
——大嫌い、大嫌い!
——死んじゃ嫌! お願い!
——助けて。
——ありがとう。
言葉だけじゃない。赤、青、黄、白、桃、橙、紫——たくさんの色が目の前に見える。遠くから花畑を見ているような、ぼやけたコントラストで色が混ざっていく。混ざった色はどんどん濁って黒になった。あんなに綺麗だったのに。黒の中に、私が沈み込んでいく。
私の感情は、どこにいったんだろう。このまま沈んでしまえば楽になるのかな。暗い闇の底まで沈んで、まるで井戸に落ちて出られなくなった人のように消えてしまえたら。
眩暈がする。
「どした? 顔、真っ青だけど」
「だ、大丈夫。やっぱ私、今日学校休むわ……なんかダメぽい。ぐらぐらしてる……」
「よく休んでねー」
そこまで心配していなさそうな声を背に、私はまた家まで戻る。家の近くに来た時、ふと思った。なんて言い訳すればいいんだろうって。通勤通学の人混みから離れたせいか、あの奇妙な感覚は無くなっていた。もう気持ち悪さとか、頭痛とか、よく分からない不調の数々はすっかり治まっている。きっとおばあちゃんは「そんなのしばらくすれば治まるんだから、また学校へ行きなさい」とか言うだろう。
でも、休むと言ってしまった手前、また戻るのも面倒。制服を着ていると、こんな真昼間に独りでカフェに入っても気まずいだけだ。
あの子、こんな時間にどうしたのかしら。
派手な化粧をしたおばさんの集団に、じろじろ見られて話のネタにされるんだろうな。制服って、着ているだけで身分を証明しているから、厄介なんだよなぁ。脱ぎ捨ててしまいたいな。
こういうのって、自意識過剰なことが多いと、何かの本で読んだ気がする。他人から見れば、制服を着て昼間に出歩いている女子高生なんて一瞬の出来事で、次の日になれば完全に忘れていることにすぎない。でも私はそれを理解している上で、気にしてしまう。あの人は、いま、私のことを見て笑っていないだろうか、と。
結局、私が居場所と定めたのは花畑の入り口だった。柔らかい土の上に、ごろんと横になり、目を閉じる。制服の白いワイシャツが汚れるのは構わなかった。いや、むしろ汚れてくれれば良いとさえ思った。
どれくらいの時間が経っただろう。何も感じない。暖かな日差しと心地良い感触。誰の声も、誰からの視線もない。久々に、心が安らぐような平穏を感じていた。
私の周りには人が多い。きっと、それを羨む人間も多いのだろう。それが苦しい。みんなから嫌われないだろうか、私はどう思われているのだろうか、そう思いながらビクビク過ごしている。他人からの視線を気にしすぎているから、いろんな人の感情が流れ込んでくるんだと思っていた。
もっと、自分らしく生きられたら良いのに。
そう願って、ずっと生きてきた。でも、わたしなんて曖昧な存在は、何を以て私となるのか分からない。そんな葛藤を抱えてすごすのも限界だった。
もっと、素直になれたらどんなに楽だろう。
そうしたらこんな曖昧な問いにも、答えが出せるのだろうか。シノとも付き合ったりできるのだろうか。
ごろん、と寝返りを打ち、霧のずっと奥の方を見つめた。頬を涙が伝うのがわかる。
——こんな感情、なければ良かった。
そうしたらこんなに悩むこともない。振りまわされることもない。全部、壊れてしまえば——。
「感情を壊したいの?」
「きゃあっ」
顔の真ん前に現れた深緑の瞳。それまで気配も形も見えなかったのに。闇夜に見たときと変わらない、妖しげな雰囲気と美しさをまとっていた。
「あ、あなたはあの時の……」
「おや、純白のレディ。覚えてくださっていたとは光栄だね。つらいなら僕があげた林檎を食べなよ。すぐに楽になるからさ。ほら、真っ赤に熟して食べ頃だ」
そう言って私の傍らを指さした。そこには、あの時よりも赤くなった林檎が置いてある。『Eat Me』と書かれた文字が鮮やかで。
「これを食べたら、本当に楽になれますか……? この感情を……なくせますか?」
「もちろん。君が他人の感情で悩むことも、自分の感情で悩むこともなくなるよ」
深緑の眼が細められる。雪のように白い手が赤い林檎を取り、まるで白雪姫のようだと思うと同時に、口元に差しだされた。
「お食べ。それとも、僕が食べさせてあげましょうか」
この果実を口にしてしまったら、たぶん、後悔するのだろう。ずっと後で。なんであの時食べてしまったのだろうと。
「迷っているぐらいなら食べた方が良いんじゃない?」
そう言って彼は鋭い牙で果実をかじった。そのまま、私にくちづけて、食べさせる。甘い汁と冷たい実、熱い舌が混ざりあった。
ゴクリ。と飲み込み、熱に浮かされた私の顔を見て、彼は満足げに笑う。
「ごちそうさま」
そう言って、彼は霧の中へと消えていった。キスされたんだ、とか食べちゃった、とかを考える前に、私の意識もまた、霧の深くへと消えていった。
- Re: 【第二部最終話】移ろう花は、徒然に。【壊】 ( No.30 )
- 日時: 2017/02/04 19:02
- 名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: rHtcSzQu)
——遠くで、ガラスが破れる音がする。パリン、パリンと何かが砕けるような。
その音がする度に、私は何も感じなくなっていく。きっとこれは、感情が壊れていく音なんだ。
すぅっと冷たい風が吹き抜ける。木々を揺らし、霧を晴らし、白銀の月光を草花に浴びせた。照らされた花が、色とりどりに輝いている。触れようとして、そっと花びらをなぞったら消えてしまう。
胸のどこかで何かが落ちた。あの林檎は、この花々を枯れさせるのだろう。私が、感情を壊したいと願ったから。また一つ、目の前で花の輝きが失せ、儚く砕け散った。
いつの間にか、辺りはキラキラと退廃した輝きをみせるガラスのようなもので溢れている。月明かりは虚しくそれを照らし続けていた。
ほわっとした頭で、私は考えている。なんでこんなに虚しいのだろう。感情がなくなれば、楽になると思っていた。
でも、違う。
つらさの種類が変わるだけだった。人間は、感情という糸に操られていないと動けないのだ。その糸を私は切った。動けなくなった私は、時が過ぎるのを永遠に待つことしかできない。夢の中にいるように、記憶が色あせていく。
楽しい、嬉しい、悲しい、寂しい。どんな色をしていたっけ。それは、どんな感情だっけ。何も思い出せなくて、大切だったはずなのに、手が届かない。感情がないなら、生きている意味なんてあるのだろうか。
生命の花はすべて枯れてしまった。それと同時に、私の中の何かも壊れたのだろう。あの底なしの闇へと落ちていく感覚が止まらない。私は、この場所に囚われてしまった。抜け出せない闇の中へと。
アリスは、液体を飲んだあと小さくなって、ケーキを食べたあと大きくなった。そのあともう一度小さくなって、扉から外に出ることができたのに。でも私はアリスじゃない。だから、同じようにしてもここから出られない。
こんなになるまで、私は何も気が付いていなかった。きっと、私が感情を壊したことで、他の人の感情も壊してしまっている。あの時、イブの話をもっとちゃんと聞いておけばよかった。
「おばあちゃん、ごめんなさい。私、取り返しのつかないことしちゃった」
真っ先に口から出たのは、私のことをずっと育ててくれた、おばあちゃんのことだった。悲しいという感情は無くなったのに、熱い涙がこぼれる。
どうして?
嬉しくて、寂しくて、怒って泣いているわけじゃないのに。壊れた感情で、どうして涙が止まらないの?
「あんたの中の『好き』って感情がまだ残ってるのさ。果実を口にしたのが、ほんの一口分だったのも良かったんだろうねぇ。でも、一番はあんたの中に、誰かを好きだと思う感情が強くあったからだよ」
自覚、あるんじゃないかい?
後ろから聞こえた声に、そう問いかけられた時、シノの顔が浮かんだ。笑っている顔、悲しそうな顔、怒った顔、無くなったはずの感情が思い出せる。
——私、遠くから見て妄想しているだけで、なんもしてない。
シノとの関係が壊れるのが怖くて、でも何もしなくても壊れてしまう関係に気付いていたのに、何もしていない。連絡先や転校先すら聞こうともしていない。流されて感情を壊す前に、逃げ出していた自分を壊さなきゃいけなかったのに。
頬を伝った涙が、地面に落ちた。落ちたところから暗闇が晴れ、元の草原へと戻っていく。その様子を、イブが黙って見ていた。
「わたし、わたし……感情がなくなってしまえば、壊れてしまえばって……でも、ほんとはダメだった。一番無くしちゃいけないものなのにっ……壊れちゃダメなのに……」
「ほら、見てごらん。あんたの生命の花だよ。他は全部枯れたのにこれだけ残ってるのさ。綺麗なラズベリーの花の形だろ? 花言葉は愛情」
真っ白な、見落としてしまいそうなくらい小さな花が、足元にあった。淡く白く輝く花びらは、確かに咲き誇っている。
「これから、この花を中心に他の生命の花を復活させる。そうすることであんたは、また感情に呑まれるかもしれないね。でも、前よりは遥かに影響を受けないはずだ。あたしの手を加えることで生命の木の力を抑え込むことができるから」
「私の中の……その生命の木の部分を取り除くことは……できないんですか……?」
その問いかけに、イブは悲しそうな顔で頭を振った。
「あたしの力じゃ、そこまでできないんだ」
「俺ならできる。やってやろう」
「ヤハウェ様……?」
野太い声が聞こえた。その途端、イブの表情が固くなる。白いローブを羽織った、背の高い短髪の男が立っていた。見た目は三十代前半ぐらいだろうか。だが、本来はそんな年齢でないことぐらい一瞬で分かる貫禄があった。
「お前が生まれ変わりか……まぁ誘惑に負けたのは問題だが、こいつを捕まえられたんでね。その件は不問にしてやろうじゃないか。狡猾に逃げ回ってるから捕まえづらくてな。これで蛇の野郎にも罰が与えられる」
そう言って見せたのは、あの深緑の瞳をした男が入れられた小瓶だった。何らかの力を使って小さくしたらしい。人間の姿をしたり、蛇の姿をしたりと中で見た目がコロコロ変わっている。
「イブ、お前にも選ばせてやる。このままここで花の世話をするか、アダムと死ぬかだ。残念ながら会った上で生きるという選択肢は用意しとらん。死なないなら、いつか見た夢のように子孫に殺させるだけだな」
突然現れた男——恐らくヤハウェという存在——とイブの間に何があったのかは分からないが、過酷な選択を迫られているのは分かった。
「まずはお前からだな。少し気分が悪くなるだろうが、すぐ治る」
頭の上に、手が置かれる。そこから吸い取られるような感覚が全身を走った。その奇妙な感覚がなくなると、男の手に小さな種があった。
「これを後で植えておいてくれ……あぁ、これはお前に残しておこうか」
何かを種からつまみ出したように見えた。それはまた私の中に戻されたようだ。手の中に種を強引に握らされ、私についての要件は終わったらしい。くるりとイブの方を向いた。
「さて、お前はどうする」
こんな唐突に現れて、僅かな時間しか与えられていないのに、決断を迫られるのも酷な話だ。
「生命の木の完全な復活……とまではまだいっていないが、まぁ見込みはあるだろう。彼女が果実を口にすることを見越して解毒剤を飲ませたのも正解だったしな。ここの花を復元することで手を打とうじゃないか。さぁ、俺は時間がないんだよ」
「あたしが死ぬとしたら、ここの手入れは誰がするんだい? そりゃあさ、あたしが昔、禁断の果実を口にして生命の木を枯らしたからこんなことになっているのも分かるし、それを元通りにするために、気の遠くなりそうな年月を生きてきた。だが、木はまだ復活しきってはいない。あと五年はかかりそうだしねぇ」
「世話ぐらいこいつが出来るだろ。第一、花を本体に戻す作業は生まれ変わりたる者にしかできないからな」
「私?」
唐突に話を振られた。話の流れに取り残されて、何が何だかよく分からないのに。
「んー、よし。あと五年だ。あと五年したらあたしは死ぬよ。それまでは花の世話するし、今まで通り過ごすさ。したら仕上げを彼女にやってもらって、御役御免と行こうじゃないか。それで良いだろ? 両方取る選択肢は否定してないんだからさ。そもそもあたしは生きるのにうんざりしてるんだ。長すぎたよ」
「ほう? ならいい。俺に条件を付けるのは気に食わないが、今は気分がいいから許してやろう。ほら、早く直せ」
そう言って、男は光に包まれて消えた。淡い光が、辺り一面を包み込む。イブが立ち上がり、その光を身にまとっていた。次第に強くなった明かりは、目を開けていられないほどになり、そして、再び目を開いたときに、辺りは元の花畑へと姿と戻していた。
「さてと。これで元通りだね。いやー、どうなることかと思ったよ」
「あの……本当にすみません」
「あんたは何も悪くないさ。むしろ、上出来なぐらいだよ。あたしは、完全にこの木を枯らしてしまったからね。木の防衛本能が働いて、あんたの中に生まれ変わってなかったら、もっと大変だったよ」
「そう、なんですか」
「あぁ。あたしは、なんの考えもなしに果実を全部食べたからね。それをアダムにも食べさせた。したらもう、楽園は大混乱さ。そして、あたしは罰としてここで暮らし、アダムはもっと後の時代の災害を起こした張本人となるべく、海の底に捕らわれの身。ここの奥には、楽園への入り口があるんだけどね。まぁケルビムとかいう門番がいるから、中に入ることはできないさ。でも、あの頃の楽しそうな音楽が、時折聞こえてくるんだ。それが何よりもつらい。あそこは、本当に楽しかったからね。あたしは、全部逃げて、全部失った。でも、あんたはまだ何も失っちゃいない。ヤハウェ様が残しておいた力は、良い方向に作用してくれるよ」
いつの間にか顔を出した満月が、美しかった。黒いローブを着たイブの美貌は、息をのむほど官能的だった。きっと、彼女と会うのはこれが最後なのかもしれない。そんな予感がした。
「五年後に、また呼ぶよ。それまではゆっくりお休み」
気がついたら自分の部屋にいた。私は、いつ戻ってきたのだろう。部屋の二階から、花畑を眺めた。
相変わらず美しい場所だった。霧の合間に、キラキラと輝く花々が見えたような見えないような。私の中のわたしは、成長しようと頑張っているに違いない。
私も、頑張らなくちゃ。
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Image coller 白花色(しらはないろ)