複雑・ファジー小説

【第二部最終話】移ろう花は、徒然に。【&エピローグ】 ( No.31 )
日時: 2017/02/04 22:50
名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: rHtcSzQu)

 逃げていても、幸せは見つからない。あの日、そう気づかされた。

【生命の木】

 おばあちゃんはとても心配していた。遅くに帰ってきたと思ったら、私は二日間も寝込んでいたらしい。結局、シノが転校してしまう日も学校に行くことは出来なかった。
 会わなきゃいけない。そんな思いはずっとあった。会いたい。そんな願いがずっとあった。

「サナ、お客さんよ」
「へ?」

 部屋の入り口に立っていたのは、まぎれも無くシノだった。

「シノ……引越しはいいの?」
「明日の朝にここを出るから。まぁあんま時間は取れないんだけど。体調は大丈夫?」
「うん、明日は学校行けそう……でもいないのか。寂しくなるね」
「元気になったみたいで良かった。最後に会えないの悲しかったからさ」

 切なげに笑う姿に、改めて彼が好きなんだと自覚する。

「ねぇ、シノ——」

 青い薔薇の花言葉は、『不可能』『存在しないもの』だと言われてきた。しかし、今は『願いは叶う』と変わったそうだ。きっと、あの時私の中に残しておいてくれたものの一つなんだろう。
 足元の青い花と、立派に育った大木を見ながら、ふと思った。
 月日は流れ、いつの間にか五年がすぎた。この幻想的な空間を忘れたことはないけれど、この時までは来てはいけない。そんな感覚も合わせ持っていた。
 どうすればいいかは、自然と身体が動いていた。生命の花を摘みとり、木の枝に置いていく。置いたところから、木と同化していった。まるで、最初からそこに咲いていたかのように。
 数え切れないほどあった花々も、いつの間にかあと一輪を残すだけだ。澄んだ青空の下、本来の姿を取り戻しつつある生命の木は、花だけでなく幹も輝いているように見える。
 足元の白い花を手に取った。五年前はとても小さかったのに、すっかり大きく美しい花となっている。あの時、私のことを助けてくれた愛情の花。
 ゆっくりと、木の枝に置いた。輝きが強くなり、風が枝を揺らす。花畑の霧が晴れ、見たこともない幻想的な門がそこに立っていた。
 楽園へと続く門なのだと、本能が告げていた。

「ご苦労。生命の木は本来ここにあるべきものだ。戻さなければならないからな」

 白いローブを着た男性が、門の中から歩いてきた。傍らには、くせっ毛の男性も立っている。

「ここから先は、君が見ることはできない。僕達の領域だからね……ありがとう」

 なにか、大切なことを忘れているような気がした。後ろ髪を引かれたように、霧の奥を見つめる。相変わらず、花畑は隙間からしか見えない。

「サナ、どうしたの?」
「ううん、なんか気になったんだけど、気のせいだったみたい」

 行こうか、と差しだされたシノの手をしっかりと握って歩きだす。
 その後ろ姿を見ていた。

「いいのかい? 記憶を消しちまって」
「覚えていてもいなくても、変わらないだろうからさ。イブ、君も時間だろ?」
「まぁな。ケルビムも長い付き合いだったねぇ。これからもヤハウェ様にこき使われな」
「はいはい」

 踵を返し、門へと戻る。たどり着いた時には、もう、イブの姿はどこにも見えなかった。


【第二部、完】