複雑・ファジー小説
- Re: 【短編集】移ろう花は、徒然に。【と詩集】 ( No.6 )
- 日時: 2016/08/19 09:33
- 名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: jwhubU7D)
——狂おしいほど狂わされて。
時計仕掛けの歯車は、くるりくるりと心の中を。
【操り人形】
体の奥で刻まれている鼓動が、だんだんなだらかになっていく。聞こえているのに、手が届きそうなのに、自分で制御することもできない、もどかしさ。
時計仕掛け、なんてものは欲しくなかった。ただの操り人形なら、動きが止まることを恐れずに済んだのに。
時計仕掛けの操り人形は——貴方の意のままに操られて。
初めて見た景色。それは、たくさんの人。そして、貴方の手。
初めて聞いた音。それは、私の鼓動。そして、命を知らせる音。
私は、特別。
他の人形は貴方がいないと動けない。細い手首足首に、幾重にも巻きつけられ、あるいは直接素肌に埋め込まれた、細いテグス。そう、糸を引かれて、動かしてもらえるのを待ってるの。
命を吹き込む貴方がいないと、ただの空っぽの容器ね。意思を持たずに、都合よく手のひらの上で舞い踊って。なんて残酷なのかしら。なんて可哀想なのかしら。
私は、貴方がいなくても動ける。そう作られたから。
私の鼓動は、時計が時を刻む音。この時が止まるまで、私は動く。人間が心臓の鼓動で動くように、私は時計で動くの。
カチリカチリと時計仕掛けは今日もまわる。歯車がくるくると回る音が、貴方からの愛の証。
私だけ、特別だから。他の人形にはない、時計仕掛けの命。
でも、所詮は操り人形なのね。私は、貴方がいなくても動くことは出来るけれど、自分の意志で自由に動くことは出来ない。貴方がいなくなった部屋の中を、ぐるぐると回るだけ。
いつ、貴方は帰ってくるのでしょう。
からっぽになったベッドの上で私は、ひとりぼっちで考える。ベッドの中に手を伸ばせば、貴方の温もりがこの冷え切った身体に流れ込んでくるかしら。
夜、貴方が私の身体を丁寧に調べて調節してくれる時間が、たまらなく好きなの。言葉で伝えることは出来ないけれど、貴方はきっと分かってくれている。
ガラスで作られた眼を貴方にむけて、ほんの少し首を傾ければ、花に吸い寄せられるミツバチのように、貴方は唇を重ねてくれる。私は、こんなに冷たいのに。貴方の熱を、私はいとも容易く奪い取ってしまう。
たりないわ。もっと、もっと私に熱をちょうだい。貴方と同じ熱を感じたいの。
でも、言葉が唇から零れ落ちることは、永遠にない。私には、貴方への感情を伝える手段がないから。どんなに、この心の中で叫んでも、貴方に届くことはない。ただ、貴方を見つめ続けることしか出来ないなんて、これ以上の悲しみはあるかしら。
私が、貴方に聞かせることのできる音なんて、この歯車が回る音しかないわ。
でもこのチクタクと時計の針が進むような音を、貴方は飽きるほど聞いているというのに、これ以上何が聞かせられるというのでしょう。観客からの歓声も、拍手も、貴方はいつも聞いている。
そう、所詮、私は操り人形。貴方から時計仕掛けという命を与えられ、感情と意思を持った人形なの。私がいくら悩んだところで、貴方には伝わらない。
行き場のない想いは、くるりくるりと心の中を、廻り廻って痛みを生む。
痛み。それこそが、生。
死は、叫び。
だから、私は叫ばない。どんなにこの想いが私を狂わせても。嫉妬に狂って、他の人形を壊しても、貴方の制作の邪魔をしても、この痛みは止まらない。
私の、この時計仕掛けが止まるまで永遠に続く痛み。
でも、そろそろ限界みたい。歯車が、ギシギシ言っているわ。ひとつ、歯が噛みあうごとに壊れそうな音を立てるの。毎晩、貴方が難しそうな顔をしているのを、私は知っている。もう、直せないほど壊れかけているんでしょう。
立っているだけで、胸が痛いの。動くだけで、身体が壊れそうなの。バラバラに、崩れ落ちてしまいそうなの。
もう、おわかれ? そんなの、いや。
願っても、届きやしない。時計の針は、もうすぐ止まる。そんなのは私が一番わかってる。
貴方は、私が動かなくなっても愛してくれるのでしょうか。今まで通り、優しく口づけてくれるのでしょうか。私は、また元のように、ただの操り人形に戻ってしまうのでしょうか。
わたしは、とくべつじゃなくなるの? ぜったいに、いや。
どうして感情を、私に与えたの。こんな感情、最初からなければ、歯車が止まることを恐れなくて良かったのに。
貴方のことを、愛せずに済んだのに。
鼓動が、滑らかに、
虚ろな目、からっぽの身体。
細い手首に、華奢な足首に、さぁ糸をつけましょう。
私の思うまま、この子の動きは、私次第。
気ままに感情を与え、奪い、気まぐれで命を吹き込む。
私の手の上で、踊りなさい。すべては、人形師の思うままに。
Fin.
*
Image Collar:赤銅色