複雑・ファジー小説
- 【短編集】移ろう花は、徒然に。【Sand Grass】 ( No.9 )
- 日時: 2016/08/19 09:38
- 名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: jwhubU7D)
流れ落つるは、時の砂——。
【Sand Glass −Crash−】
時間を止めるにはどうすればいいのか、と最近思う。指をパチンと鳴らすだけで、この世界の時間の流れを止めることができたら、どんなにいいだろうか。
遅刻しそうなときに、時間を止めることができれば遅刻をせずに済む。
私が見ているこの美しい景色を、時間から切りとって永遠に保つこともできる。
時が止まっていれば、罪を犯しても完璧なアリバイを手に入れることができる。
そう、ありとあらゆる可能性が手に入るのだ。
砂時計のように、限られた時間を過ごすのは些か勿体無いと思う。数分間の砂時計に私の人生が詰まっていると思うと、虚しくなる。砂時計を、地面と平行に倒せば砂の流れが止まるように、時間そのものの流れを止めることはできないものか。
私は長年の考察の結果、時間を止める方法を三つ考えつくことができた。
その三つとは、時計を壊すこと、——こと、——ことの三つである。
祖父の物だった本棚を整理してきたら、奇妙な本がたくさん出てきた。真っ黒な表紙の本、見た目は美しいが、内容はとてもグロテスクな本、中には黒魔術やら何やらの本まであり、一体どうしたらこんな本ばかり集まるのか不思議でならない。
しかし、その持ち主である祖父は先日亡くなった。
「答えは聞けずじまい……か」
軽くため息を吐いて、遺品の整理を続ける。遺品、と言っても膨大な数の本だけなのだが。その本の中で、自分が欲しいもの、売りに出すもの、捨てるもの、の三つに山を分けていく。
しかし、圧倒的に捨てる本の山が大きいのはどうしたものか。その多くは保存状態が悪く、内容が読めないものばかり。
せめて、もう少し状態が良ければ売りに出せるのだが、祖父の書き込みに阻まれたりと難航している。祖父は本に色々と書き込みをする癖があったようで、酷いと元の文が読めなくなっているものもあった。
なんだかんだで一週間ほどかかった整理も、ようやく終わりに近づいた。目の前にある棚には、かなりの本があるようだが、これまでの棚に比べれば遥かに少ない。
「えっ? 一体どうなっているんだ」
なぜかこの棚にだけついていた硝子扉を開けると、中には一冊の本しか入っていなかった。慌てて扉を閉じてみると、やはり大量の本が中にあるように見える。かといって、硝子の表面に本の絵が描かれているわけでもない。
何度か開けたり閉じたりしてみたが、一向に仕組みは分かりそうにない。仕組みを解き明かすことは諦めて、中の本を取り出してみた。
『Sand Glass』と表紙に金文字で書かれた皮表紙の本。見た目は普通の本だが、想像していたよりもずっと重かった。
茶色の表紙はどこかで一度装丁をし直したらしく新しかったが、中の紙は黄ばんだり、汚れているところが多い。文字も所々消えていたり、読めないところもあった。
「Sand Glass……砂時計」
今まで整理してきた本とは、だいぶ違う雰囲気があった。祖父の書き込みは一切なく、ただ内容が書かれているだけ。しかしその内容も、ほんの一ページ分だけなのだ。
時間を止めるにはどうすればいいのか、という文章から始まったその本は、作者の考察で締めくくられている。その考察も、最初の一つしか読むことはできないが。
時間を止める方法が気にならないといえば、嘘になる。本当に時間を止めるなんてことが可能なのだろうか。
時間に止まって欲しいと願ったことは、何度もある。今だって、そうだ。
この空間から外へと出れば、また忙しく煩い日々が繰り返す。落ち着いた静寂な日々がずっと続けば、と思う心が、作業の手を自然と緩めていた。
就職活動では内定を貰えず、四月からの生活の当てはない。このまま、永遠に時間が止まっても構わなかった。
ぼーん、ぼーんと大きな音を立てて、柱時計が十回鳴る。
「時計を壊すこと……」
無意識に数えてしまった音が、十時を告げていた。
——まだ、時間はある。少し、考えてみようか。
かなり早めの昼食を作りながら、台所を眺めた。窓枠に置かれた小さな時計が、嫌でも目に飛び込んでくる。カチカチと音を立てながら、規則正しく秒針は動く。
その音が静かな台所に相応しくなくて、手を伸ばした。裏蓋を開け、小さな電池を取り出して時計を止める。
しかしスパゲッティを茹でている最中である事を思い出し、慌てて棚の上に置いてあった砂時計をひっくり返した。
さらさらと流れ落ちる、白い砂をぼんやりと見つめ続ける。
「時計を壊すこと……砂時計も、時計と言えるのか?」
たった数分間の時間を切り取って、ビンに閉じ込めたようだ、なんてことを考える。けれどもよく考えると、この家に本当は時計が一つしかないことに気がついた。
先ほど鳴った大きな柱時計だけでは、何かと不便だったため、自分で寝室や台所に時計を持ち込んだのだ。
静寂が支配するこの家に、一秒おきに音がなる時計は、いらない。
火を止めてから、寝室にある目覚まし時計を止めに行った。手の中に転がる電池を弄びながら、ベッドの上で横になる。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。長い時間が経ったように感じた。時計がないだけで、分からなくなる。でも鳴り響く柱時計の音で、実は一時間も経っていないことに気づかされた。
家のどこにいても柱時計の音は必ず聞こえる。狂うことなく正確に時を刻み続けるそれは、時の流れを目に見えるようにしただけにすぎない。
「時計を止めることは、目で見える時間を止める……。つまり、時間を止めることは、時計を壊すこと……」
気がついたら、時計の文字盤が割れていた。気がついたら、腕時計の針が折れていた。
気がついたら、柱時計は音が鳴らなくなっていた。
どのくらい時が経ったのだろう。いつの間にか、窓から夕日が射し込んでいた。窓枠に置かれた砂時計が、きらきら光る。
——ホントウニジカンハトマッタノ?
砂時計の砂は、さらさらと流れ落ち始めた。
*
Image Collar:胡粉色
Special Thanks!:Mr.Taros@
お題 『時間を止める3つの方法』