複雑・ファジー小説

Re: 学園マーシャルアーティスト ( No.19 )
日時: 2016/07/09 21:21
名前: 大関 ◆fd.I9FACIE (ID: 9ihy0/Vy)

「そう言えばボクシング部の部室ってどこだったっけな……。」

意気込んでいたものの、転校して以来ビラ配りと稽古、そしてカチコミを撃退するくらいしかしておらず、他の部活動に自らカチコむのはこれが初めてである。
先ほど重蔵に聞いていれば良かったなと思いいつつ、黒野は部室棟を歩き回る。天下の格闘学科と呼ばれるだけあり、様々な格闘部の部室が所狭しと並ぶ。
此処から探すのは人苦労しそうだ。素直に人に聞くのが一番と考えた黒野は、部室棟近くの木の麓に目を移す。そこにはまだ少し顔に幼さがあり、黒野と比べると多少小さめで、着ているジャージには『一年 立花誠』と書かれた少年が昼寝をしていた。

「おーい、ちょっといいかー?」
「んぅ……?」

頬をペチンと叩き、少年を眠りから無理やり覚まさせる。寝ぼけ眼を擦り、その少年は起き上がる。

「誰なのさ……おいら気持ちよく眠ってたのに。」
「悪いな一年。手近な人間お前しかいなかったもんでよ。ボクシング部の部室知らねぇか?」

ジャージの少年、立花は質問に対し、まだボーっとする頭で状況を把握しようとしていた。
自分は寝ていた、そしてそれを目の前の人物に起こされた。目の前の人物はボクシング部部室を知りたい。
その状況を理解した立花は口を開いた。

「あぁ……それなら右から数えて4番目の列の真ん中にあるよ。」
「おっ、そうか。サンキュー!そんじゃ行くかぁ!」
「それじゃ、おいらはもう少し寝てるから……。」

返答を終えた立花は再び横になって深い眠りにつき、黒野は教えられたとおりの場所へと向かっていく。




一方、ボクシング部に拉致された弥生は先ほど部員たちをまとめていた男に詰め寄られていた。

「何度も言う主義じゃないけど、マネージャーになってくれるよね?」
「な、なりません!」

その言葉の直後、弥生は思い切り頬を叩かれた。既に何回も叩かれているようで、頬は赤くなり、多少はれ上がっていた。
痛みに堪えて涙目になっているものの、依然として首を縦には振らない。男は勿論、他数名も我慢の限界が近付いていた。

「なぁ、これだけやっても解からないのかい?君が首を縦に振るまでこのままだけど?」
「なりません!」

我慢の限界に達したようであり、男はその手にボクシンググローブを着け、思い切り殴り飛ばした。
練習用グローブであるため、ダメージは軽い。それでも華奢な弥生なら簡単に壁に叩きつけられる程の威力はあった。

「女子に本気で手をあげたくなかったけどしょうがない。ちょっと洗脳するか。」

数人で弥生を囲み、無理やり立ち上がらせる。先ほど黒野にも使った人間サンドバックを行うつもりであろう。
それぞれが最低限の手加減とばかりに練習用のボクシンググローブを着け、構えを取る。
その時だった。ボクシング部部室に高い音が響く。ノック音だ。

「誰だこんな時に……おい、誰でもいいから適当な理由つけて追っ払え。」

それを聞き、練習をしていた部員が一人指示に従って扉へと向かっていった。そして部員が口を開いた瞬間である。
部員は首根っこを掴まれ、叫ぶ間もなく引き寄せられた。入口付近から、ドカッとかバキッ等の鈍い音が響き渡る。

「なっ!誰だ!?」

その鈍い音に反応して扉の方に目を向けた。

「ちわ〜っす。カチコミで〜す。」

その声ととも入って来たのは黒野であった。黒野の片手には酷くボコボコにされた部員がぶら下がっており、それをまるでゴミの様に投げ捨て、男達に目を向ける。

「く、黒野君!」
「おぅ、弥生。悪いな遅くなって。何せ部室があまりにも多くてよ。」

頬を赤く腫れあがらせた弥生を見て黒野は軽く声をかける。しかし、軽いのは声と表情だけであり、その顔には青筋が数本立っており、腕をパキポキと鳴らして男へと近づいていく。

「ふんっ、飛んで火に入る夏の虫と言う奴だ。お前たち、コイツを追い出すぞ。」

その言葉を聞き、男達はグローブを外して構えを取り、黒野を囲む。男は様子見に徹するのか、一歩下がってその出方を窺う。
部員の一人は軽やかなステップで黒野へと近づきその拳を顔面に当てる。しかし、圧倒的な筋肉と普段から打たれなれている黒野からすれば、その程度の打撃などハエが止まったような感触である。
連続で殴るものの次の瞬間、部員の体が宙へと浮く。黒野の突っ張りで大きく吹き飛ばされたのである。部員は一発で気を失った。

「何だ、鉄砲柱にもならねぇや。次来な。」

その発言と共に部員達は次々と四方八方から黒野に向かっていく。しかし、殆ど全ての部員は黒野によって張り倒され、投げ飛ばされ、数分で中心である男を残し全滅。

「どうやら侮っていたようだ。」
「けっ、やっとわかったか。」
「それなら本気を出さざるを得ないな。」

男は黒野に向けてボクシンググローブを投げ渡し、リングへと向かっていった。

「それをつけたまえ。正々堂々と戦おうじゃないか。勝負形式は3分10ラウンド。勝った方がその子をマネージャーに」

リングロープに手を掛け、黒野の方へ眼を移したとき、彼の眼には天井が移っていた。話している途中で黒野の渾身の突っ張りを顔面に食らい、大きく吹き飛んだのである。その勢いでリング中央まで飛ばされた男は起き上がる事は無かった。

「な……何故……!?」
「お前はバカか。これは喧嘩だ。なに勝手にルール作ってんだよ。しかもテメェの有利な感じにしやがって……それに生憎俺様の拳はガラスでね。殴ったら最後、一ヶ月使えなくなるんだよ。」

黒野の発言はもっともな事である。

「さてと終わった事だし、戻ろうぜ。」
「う、うん。」

かくしてボクシング部に勝利した黒野は、弥生を連れてボクシング部部室を後にする。その時、何かを思いとどまるように立ち止り、ボクシング部部室前に戻っていく。

「迷惑料の代わりにコレもらっとこ。」

黒野が持って来たのは、その部の命とも呼べるべき看板である。年季が入っていることがわかる、少々古びた看板を手に今度こそ部室を後にした。

「貰って大丈夫なのかな……私、何か心配だけど……。」
「向こうが吹っかけてきた喧嘩なんだから文句ねぇだろ。それにこれを俺達相撲部の看板の隣に飾れば少しは実力も知られるだろ。丁度良い、新しいビラにも『ボクシング部に単身挑み勝利した』って書いとけば学校にも知られ渡るぜ。」

自らが描く未来を妄想しながら、上機嫌でその歩みを進める黒野。
部室へ戻る道中、此方へ向けて歩いてくる男が一人いた。黒野に部室を教えた人物、立花である。

「あれ?確かさっきの。」
「おぅ、一年。寝てるところ起こして悪かったな。」
「平気だよ、平気。で、手に持ってるそれってなに?」
「おぅ、これか!」

黒野はその看板を立て、立花に自慢するかのように見せつけた。

「さっきカチコミに行った時の戦利品だ。これでウチにも部員が来るようになるぜ!何つってもボクシング部を一人で全滅させたからな!」
「へぇ……良かったね。」
「そうとも!ガッハッハッ!」

まだ部員が増えると決まったわけでもないのに部員が来ると思っているのか、大きく口を開き、大笑いをする黒野。
それを見て立花は、多少顔をしかめて軽く口を開いた。

「まっ、頑張ってね……その時が来るまでね。」
「んあ?何だその時って?」
「その時のお楽しみだよ。それじゃサヨナラ。」

それだけ言うと立花は去っていった。その言動に一瞬黒野は不審がるものの、すぐにそれも気にしなくなり、再び上機嫌で歩みを進めていった。

「(そう言えば、結局番長が言ってた"消える左"って一体誰のことだったんだ?まぁ、あの中で最強の男なんだからあのキザな野郎だろ。うん、そうだな。)」
「どうしたの?」
「いや、ちょっとな。さてとビラ作るぜ!」

黒野の唯一の気がかりである、重蔵が言っていた"消える左"。その謎は依然として残ったままであった。