複雑・ファジー小説

Re: 学園マーシャルアーティスト ( No.22 )
日時: 2016/09/02 19:13
名前: 大関 ◆fd.I9FACIE (ID: 9ihy0/Vy)

お互いの攻撃が届く間合いに入り、黒野はその腕を引いた。そこから繰り出されたのは張り差し(フック気味の張り手)。黒野の剛腕も合わさって、当たれば相当なまでの破壊力を秘めた技である。しかし、それはボクシング相手にはあまりにも命取りな行動であった。一気に体を前に屈めるように回避すると同時に足を止める事なく間合いに入った。そこから繰り出されるのはボディとフックの連打。だがそこはストロー級の悲しき運命、連打は早いが一撃一撃は軽く、黒野の鋼の肉体を破るには到底足りない。

「その程度かよぉ!」

投げを狙って短パンを掴みにかかるが、それを立花は一気に体勢を低くして回避。掴むために振るわれた手は空を切った。その眼で空ぶったのをしっかりと確認すると同時に曲げていた足を思い切り伸ばし、勢いづけて強烈なカエルアッパーを黒野の顎目掛けて繰り出した。その一撃をモロに食らい、黒野は後ろへと下がる。立花は追撃をせず、ビーカブースタイル(自身の顎を両拳で覆う構え)で黒野の様子を見ていた。

「ちぃっ、今のはゴツいパンチだった。」
「ダンナ、あの構えを見る限り、相手はインファイター(超攻撃型)みたいだよ。」
「ストロー級でインファイターか……なかなか見ない野郎じゃねぇか。」
「だから単純な殴り合いなら体格で勝ってるダンナに分があるとは思う……だけど。」
「解かってるって、警戒は怠らねぇよ!」

解かっているのかいないのか、黒野は一言残すと真っ向から突撃し、ぶちかましの体勢に入る。インファイターではあるが軽量級の立花は流石に真っ向から迎え撃ちはしない。頭を突き出したのを見ると同時に横方向へと回避し、それを避けると同時に剥き出しの横、つまりは肝臓の部分目がけてストレートを放つ。
肝臓への打撃は鳩尾への打撃と同じく長く、それでいてしつこく残る。さらけ出された人体の弱点を突くと言う事は理に適った戦術と言える。しかし、驚異的に鍛えられた黒野のボディはそれを寄せ付けない。立花はそこを見誤ったのである。

「っしゃおらぁ!」

急ブレーキをかけて止まった黒野は立花の顔面めがけて突っ張った。ビーカブースタイルの体勢故にガードには成功する立花であったが、その衝撃は抑えきれない。後方へ大きく飛ばされて体勢を崩した。それを見た黒野は好機と言わんばかりに突っ張り続ける。いつもの黒野とは違い、一撃の威力ではなく腕の回転にものを言わせた連続の突っ張りである。立花も猛攻に対抗し、上半身を左右に振り、その勢いを利用したパンチの連打、所謂『デンプシーロール』を放つ。しかし、乱打ともなれば体格がものをいう。見て解かるとおり、黒野と立花とでは体格が桁外れに違う。故に次第に立花は押され、終いには打ち負けてその突っ張りをまともに受けてしまった。
黒野の猛攻は止まらない。立花の短パンを今度こそ掴み、そのまま引きよせてがっぷり四つ。そこから立花を持ち上げ、力任せに地面へと叩きつける。相撲48手の一つ、吊り落としだ。

「どうしたどうした!」
「ん……っ!」

それでも立花は立ち上がり、黒野に向けてストレートを放つ。それを黒野は額で受け止めた。ダメージを受けたのは立花の拳。黒野は全く何事もないように立っている。

「イタタ……くそっ!」

ダメージを受けても手は緩めない。頭がダメなら再び胴体。体制を低くして黒野の心臓へ、鳩尾へ、肝臓へと次々と連打を放っていく。しかし、先ほどの様にそのパンチは黒野の筋肉を破る事は出来ない。

「どうした?その程度じゃ俺は応えねぇぜ!」

それどころか黒野は立花の肩越しに手を伸ばして短パンを掴み、そのまま掴み投げで後方へと投げ飛ばした。

「まだまだ……!」
「まだやるのかよ……ストロー級だけどタフだなお前。」

再び顎を隠す様な構えで立ち上がり、黒野をキッと見据える。黒野もいつでも突っ張りを繰り出せるように構えた。

「(ダンナが押している……このままやれば勝てる……だけど、あんな闇雲に突っ込むやり方じゃ主将は勿論、ヘビー級の副主将を倒すことなんてできないはずだ……)」

あまりにも黒野が優勢すぎる。その不自然さに白石は感じ取った。彼は先の戦いで体格差を物ともせずにボクシング部副主将及び主将をキャンバスに沈めたはず、それならば黒野を手玉に取ることも決して不可能ではない。何故彼は押されているのか、白石は強く思ったその時だった。

「立花!遊んでるんじゃない!とっとと倒すんだ!」
「遊んでるだぁ?」

立花側のセコンド、山口が叫ぶ。それは『このパンチを放て』や『相手は○○が弱点だ』等の指示ではない。彼は言ったのは『遊ぶな』と言うものであった。

「(遊んでいる……今のあの状況を遊んでいるだって……!?)」
「ちぇっ、解かったよ先輩。」

ちょっと不服そうに立花は言うと、ビーカブースタイルの構えを解除した。その次にとった彼の構えは、左足を前に出し、右手を自らの顎の近くにおき、左腕は前に突き出した、ボクシングの最も基本的な構えであるオーソドックススタイル。

「構え変わったくらいで状況が変わると思ってんじゃねぇ!」

無警戒にも黒野は立花へ向けて突撃。乱打戦に持ち込みにかかる。しかし、その掌を振るう直前、黒野の体が浮き上がった。
再び向かっていこうとした時、その体が崩れ落ちる。片膝をついて持ちこたえたが、その足はガクガク震えていた。

「そんなバカな……ダンナを……。」
「どうした、相棒……俺はまだ……。」
「ダンナをジャブで……ジャブたった一発で脳震盪にするなんて……。」

そう、黒野は今のパンチで脳震盪を引き起こしていたのである。それもボクシングの基本中の基本、ジャブだけである。

「なに言ってやがる。よく見えなかったが、5発食らったぜ俺は……。」
「あの一瞬で5発も!?そうか、そうだったんだ……!」
「どうした!どういう事でテメェは慌ててんだ!」

白石は頭を抱え、自らを責めた。自らの迂闊さを責め立てた。急な行動に黒野は白石が正気かどうか確かめるために声をかけた。それを聞いて白石は口をさらに開いた。

「彼はインファイターなんかじゃない……そして『消える左』って言うのは、ジャブの事を指していたんだ……!」
「それがどうした!」
「ジャブってのは絶対回避出来ない、格闘技史上最速の技なんだ。それでも一瞬で5発、尚且つそれで脳震盪を起こすのは異常すぎる。恐らく彼はジャブを鍛えに鍛えたんだ……ジャブだけでKO出来るまでに……。」
「へへっ、御名答。」

その話を聞いていた立花は、本来の武器であるその拳を空に放ち、誇示するように拳を向けた。

「おいらの本領発揮だよ。もっと見せてあげるよ、だからまだ倒れちゃダメ。」
「けっ……上等じゃねぇか……。」

震える足で彼は校舎の壁に向かっていく。そこに寄り掛かるように立ちあがると同時に、壁に向かって思い切り頭を叩きつける。ガキン、と言う音が響き渡り、黒野の額から多少の血が流れる。

「これで少しは脳も落ち着いた……まだまだ行けるぜ立花よぉ!」
「そう来なくっちゃね、先輩。」

黒野は再び構えた。立花も軽やかにステップを踏みながら黒野を見据え、いつでも動ける準備をした。