複雑・ファジー小説
- Re: 学園マーシャルアーティスト ( No.30 )
- 日時: 2016/07/28 18:17
- 名前: 大関 ◆fd.I9FACIE (ID: 9ihy0/Vy)
それから数日後。
ボクシング部を倒した後も相変わらず寂しい相撲部。黒野は寂しそうに部室近くの成木を相手にぶちかましの練習をする。その周りには白石の他にも、立花が相撲部の練習風景を見に来ているが、あくびを一つ浮かべ、退屈そうにしていた。
「ねぇねぇ黒野先輩。部員いないの? 」
「見ての通りだよコンチキショウ。」
ストレートに痛いところを突かれ、若干涙目になりながら頭を成木に打ち付ける。立花の口はまだまだ止まらない。
「ひょっとして……いや、ひょっとしなくてもさ、お相撲って人気ないの? 」
「はうっ! 」
「だってお相撲さんって嫌でも太らなきゃいけないよね。それに人ってやせたほうがかっこよくみえるでしょ? おいら、ボクシングやってるから、やせた人のかっこよさってわかるんだ。それに服も着ないで組みあうのって、なんか気持ちわるそうだし、それにおしゃれも出来なくて色々と不自由で」
「立花くん! それ以上はいけない! 」
容赦が無い相撲への評価に、流石に白石もまずいと思ったのか、立花の口をふさいだ。しかし、時既に遅し。黒野は悲壮感によって全身をプルプル震わせ、悲しみの涙を流す。
命を賭けているものを否定されたら、デリカシーの無い黒野でも流石に凹む。本気で凹む。
「ひでぇよひでぇよ……そりゃ確かに相撲は太らなきゃならねぇし、裸で抱き合わないといけねぇよ……常時浴衣だからおしゃれもできねぇよ……だからって……だからってよぉ……。」
「それに何かさ、今のお相撲ってさ……モンゴル人のためのスポーツでしょ? 」
立花は白石を引き剥がし、黒野にトドメを刺した。その一言に黒野は本気で泣いた。
「ちくしょおおぉ! どうせ俺様が角界入りするまで相撲はモンゴルに支配される運命なんだよおお! 」
「さり気無く自分の強さアピールしてるあたり、ダンナも割と前向きだね。」
本気で悲しんでいるのか不明だが、少なくとも涙は本物である。大量の涙を流して彼は走った。全力で彼は部室棟を走りぬいた。部室棟の曲がり角へと差し掛かった時だった。
「えっ? 」
「おっ? 」
曲がり角の死角から人が一人歩いていた。黒野は今現在、全速力で走っている。その前に急に人が出てくると言う事は、聡明な方ならお分かりであろうが、全力で走っているのを急に止めるのはまず不可能である。飛び出した人の方もそのスピードに反応したときは既に遅い。結果、黒野の努力も空しく、2人は衝突。下敷きになるのは飛び出した人、その上に黒野は覆いかぶさる形で倒れた。
「アイタタタ……すまねぇ、大丈夫か……。」
「だ、大丈夫です。スミマセン、飛び出してしまって……ってあれ? 黒野くん? 」
「んおっ? 弥生? 」
飛び出した人影の正体は弥生である。黒野は不安により、退くと言う行動を忘れ、さらに言葉を続ける。
「おい、本当に大丈夫か? お前も俺様のパワー知ってるだろ? 挫いたり骨折とかしてないか? 」
「え、えーと……今感じてる限りは、大丈夫だよ? 」
「本当だな? 」
「黒野くんが直前で止まろうとしてくれたみたいだから、打撲するほど衝撃も無かったし。」
「そうか……良かった……。」
「あの……黒野くん。」
「どうした? 」
弥生は頬を紅色に染め、覆いかぶさる黒野から目をそらし、少々震える口で黒野に語りかける。
「その……そろそろ、どいて欲しいな……。」
その言葉に黒野は我に帰った。よく考えたらさっきから覆いかぶさったままであったことを思い出した。
「……スマン。」
全てを察した黒野は、自分が情けないと感じながら、弥生からどこうとした。その時であった。
「何を……している……? 」
「んっ? 」
突如として横から何者かの声が響く。その声のする方向を黒野は振り向くと、そこには角刈りの男が、顔に青筋を立て、怒りの表情を浮かべていた。その男は学浜空手部の主将、須藤である。
「誰だお前? 」
「何をしているかと聞いているんだ……! 」
怒りの形相を浮かべた須藤は、黒野の質問に答えず、己の質問を続けた。いきなり現れたその男に、黒野は戸惑いを隠せない。
「おいおい、何をそんなに鬼みてぇな顔してやがるんだ。大体、質問する前にお前、名前くらい」
「きゃっ!?」
「……んんっ?」
黒野はとりあえず弥生から退こうとして、先ほどまで上げていた片手を地面に着けようとしていた。しかし、彼が着いたのは地面ではなかった。『ふにっ』と言う、柔らかく、温かい感触が掌に伝わる。明らかに地面のそれではない。黒野は須藤に向けていた視線を地面に向けた。
黒野の目に映ったのは、地面ではなく、弥生の……ほどよく成長した胸に置かれた自分の掌であった。これを見た黒野は正気を保てず、顔を赤く染め上げた。一瞬にして弥生から退き、弥生に背を向けて胡坐をかいた。
黒野と同じ顔色の弥生も一瞬で起き上がり、黒野に背を向けて正座をした。
「す、すすすすスマン! マジでスマン! 本気の本気でスマン! 弥生!! 」
「う、ううん! 大丈夫! 大丈夫だよ!! 」
黒野は慌てつつ、全力で弥生に対し、謝罪を行う。黒野同様に慌てて正気を保てない弥生は、思いつく限りの言葉を何とか言葉に紡いでいた。
互いに茹でダコのような表情を浮かべ、互いの背中をつけるだけで、それ以上はもう言葉も無く、互いが自分で自分を落ち着かせようとしているだけであった。
その後、暫くは沈黙が走っていた。
「ダンナ! 横! 横!! 」
「んっ? 」
2人の間に走っていた沈黙を、白石は破るように声をかけた。その声の質はただ事でない。何かを必死に伝えようとしているみたいだった。
黒野は白石の焦るような声を聞き、横を向いた。彼の目に映ったのは、此方へ全力で走り、その足の裏を黒野に叩きつけようとする須藤の姿であった。
「あぶねぇ! 」
「わわっ!? 」
黒野は咄嗟に弥生を掴み、共に伏せるように身を倒して前蹴りを回避した。
「弥生! 逃げろ! 」
黒野はそう叫ぶと、弥生から遠さがるように自らの身を転がした。須藤は黒野に向けて迷い無く、真っ直ぐに向かっていくと、転がる黒野を踏みつけにかかる。黒野は踏みつけを両手で掴むように受け止め、そのまま自らの身を起こしつつ、須藤の足を押し上げ、その身を倒しにかかる。須藤は後ろに倒れる寸前に自らの身を極端に反り、見事なバック転で黒野から距離を離しつつ、構えを取った。
「テメェ、いきなり何しやがる! 」
「黙れ! 淑女を押し倒し、さらに陵辱を働こうとする諸行、見過ごすわけにはいかん! 」
「あぁ、あれか……あれは話せば」
「問答無用! 」
今の須藤には聞く耳を持たない。黒野を全力で叩き潰さんとばかりに向かっていく。