複雑・ファジー小説

Re: 学園マーシャルアーティスト ( No.32 )
日時: 2016/08/09 18:58
名前: 大関 ◆fd.I9FACIE (ID: 9ihy0/Vy)

「な、何やるつもりだ? 」
「……たりゃあ!!! 」

カッと目を開き、叫び声と共に、成木に向けて丸太の如く鍛え上げられた足で上段回し蹴りを繰り出した。その破壊力は、周りにいたものの想像を遥かに上回っていた。成木は蹴りの衝撃に耐えられず、太く頑丈な根元付近から、『バキバキバキッ』と音を立て、ゆっくりと倒れていったのである。

「ウソだろぉ!? 」

黒野は倒れていく成木から、ネコを抱え、転がり落ちるように地面へ脱出した。

「イテテ……ま、マジかよ。」
「もう逃げられん……覚悟しろ! 」

転がり落ちて座り込む黒野に対し、須藤はトドメを刺さんとばかりに黒野に一歩ずつ近づいていく。黒野もまた、少しずつ下がっていき、追い詰められていた。


そんなときであった。先ほど黒野と共に転がり落ち、その後は黒野の後ろに隠れていたネコが須藤の前に立ちはだかった。

「ね、ネコ……? 」

須藤は黒野に対して向かっていた足を止め、ネコのほうに視線を向けた。

「ネコよ……一体どうしたんだ? 」

その場にしゃがみこみ、ネコに手を差し伸べる。ネコは須藤の手を噛んだ。

「……っ。」

須藤に噛んだネコは再び黒野の下へと走って行き、黒野の胸に飛び込む。ネコはそのまま体を反転させ、須藤の方を向くと、須藤に唸り声を上げる。

「一体どうしたんだ? そいつは悪い奴だぞ。」
「(ま、まさかこいつは……賭けてみる価値あるぜ)」

黒野の脳裏に、ある考えが浮かんだ。黒野は早速それを実行すべく、口を開いた。

「けっ! 人を悪人呼ばわりしやがって! 俺様がいなかったらこのネコ、今頃あの木の下敷きになってたぜ! 」
「なに? 」
「どうも今の行動察する限り動物には優しいみてぇだが、てめぇの行動がどれだけ動物に迷惑かけてるか……ちったぁ、考えたらどうだ? 」

黒野は『こいつは動物には手を出さない奴』と言う考えの下、言葉を紡いで須藤を落ち着かせようとした。

「……すまない。」

目論見は見事、成功。須藤は臨戦態勢を解除し、黒野に頭を下げる。

「けっ、もう一つ言うけど、てめぇがキレてた件もだ。実際やっちまったから、俺の口からじゃ信用できないだろうが、好きでやったわけじゃねぇよ。」
「………。」
「疑いの目を向けるなら、本人に直接聞きな。言っておくが、脅しによる口封じはしてねぇからな。」

黒野はここぞと言わんばかりにさらに捲くし立て、弥生に向けて指を指す。須藤は立ち上がり、弥生の元へと向かっていく。
そして弥生の前に立つと、彼は口を開いた。

「君は……君は本当に、陵辱されていたわけじゃないのか? 」
「は、はい。曲がり角をよく見ずに歩いてたら、ぶつかっちゃって……それでさっきみたいな体勢になっちゃったんです。」

聞かれた内容に対し、弥生は一字一句全て嘘偽りなく、須藤に伝える。

「さっき君が声をかけなければ、ダンナは弥生ちゃんの胸を触らなかった。君の誤解がなければ、こんな荒事にはならなかったはずだよ。違うかい? 」

さらに白石が言葉を続ける。此処まで言われてしまえば、須藤も戦う意思は完全に消えうせる。

「黒野と言ったな……俺はお前たちを誤解していた。すまない。」

須藤は黒野や白石に対し、頭を下げ、己の非を詫びた。

「わ、解かりゃいいんだよ。人間誰でも失敗くらいあるぜ。」
「………。」
「とっとと行きな。こっちもこれからやる事があるんでな。」
「解かった……失礼する。」

須藤はもう一度、一礼をすると脱いだ服を拾い、そのまま去っていった。

「やれやれ……ひでぇ目にあったぜ。相棒、立花、それに弥生、お前ら大丈夫かよ。」
「うん、私は大丈夫。」
「おいらも大丈夫さ。白石先輩はひどい目にあったけど……。」
「流石に向こうも加減したみたいだからね。僕はダンナのほうが心配だけど……あの人と合間見えて平気かい? 」
「紙一重だが、何とかな。相棒、あの空手野郎一体なんだ?」

黒野は白石に問う。白石はその質問に対し、口元を手で隠すように覆い、話すのを躊躇った。

「……悪いが、やべぇ奴ってのは対峙した俺様が一番よく解かってる。その上で聞くが、あいつは誰だ? 」
「まさか、こんなに早く彼と相対するなんてね……彼こそ学浜最強候補が一人、空手部主将にしてGFC前年度王者……須藤 茂。」

重い口を開いた白石が語った。男の名前、そして最強候補と言う肩書きを。

「最強候補だと? それにGFCって……一体なんだそりゃ? 立花、お前知ってっか? 」
「ううん、知らない。」
「流石にダンナも知ってると思ってたけどね……まぁ、いいや。この際知ってもらえれば後が楽。教えてあげるよ。」

————GFC。
正式名称『学浜・ファイティング・チャンピオンシップ』。天下の格闘学科と世界一の格闘部の多さを誇り、喧嘩が自由に認められている学浜。その学浜が誇る最大の格闘技イベントこそが、このGFCである。
数日かけて戦うトーナメント式の大会であり、『リング内でどちらかが倒れるまで戦う』と言う、至ってシンプルなルールにまとめられている。これに優勝した者こそが『学浜最強』の称号を手にすることができるのである。

「という事。まぁ、大会後に消耗したところをやられる例が殆どなんで、最強といってもあくまで目安の話ではあるけどね。只、須藤くんは優勝して以来、無敗らしいんだ。彼は間違いなく、今の学浜で最強クラスの存在さ。」
「……確認しとくけど、番長もやられたのか? 」
「いや……菊丸くんから聞いた話だけど、どういうわけか番長は参戦して無いみたいなんだ。」
「あぁ、そら良かった良かった。しかし、読めたぜこれは。」

重蔵が敗北したところを考えたくは無かったのか、重蔵が未参戦と聞くと安心したような笑みを見せ、直後に何か良からぬことを考えているような表情を浮かべる。

「何を考えたのさ。」
「あいつを倒しちまえば相撲部に箔がつく。しかも既にボクシング部を倒したって実績もあるから、ラッキーパンチと思う奴も消える。あいつさえ倒しちまえば、一気に部員ゲットできるぜ。」
「悪いけど今の段階じゃ不可能だよ。」

部員ゲットの未来を夢見る黒野を、白石はバッサリと切り捨てた。

「てめぇ、どういうこった。」
「ダンナが一番理解してるでしょ。途中から怖気づいて逃げに徹したダンナに、須藤くんを倒せる算段は無いよ。」
「うぅ……今回ばっかりは否定できねぇ。」

流石に自分が怖気ついた事から目をそらす事が出来ず、普段なら此処で強気に反論する黒野が珍しく弱気な姿を見せた。

「で、でもあれだ! どうせ時間はタップリあるんだ! その間に稽古積んで改めて挑んでやらぁ! 」
「まぁ、そんな考えに至るとは思ってたよ。しょうがないから、とことん付き合うけどさ。」
「よく言った相棒! 勝ち逃げされたまま終わりにするなんて、それでこそ男が廃るってもんでぇ! 俺が決めた道、貫き通してやろうじゃねぇか! 」

己の決めた事……須藤にリベンジすることを高らかに宣言し、黒野は己を鼓舞した。やれやれと言わんばかりの表情でありながらも、直後に笑みを浮かべて白石はそれを了承し、弥生と立花の2人もそれを聞き、思わず拍手を送った。
そんな中、黒野の足元に猫が擦り寄ってくる。それは先ほど、黒野が助けたノラネコである。

「自分の生き方宣言するのもいいんだけどさ、ダンナ。その足元の猫どうするの? ダンナに懐いてるみたいだけど。」
「猫かぁ……言っちゃ悪いけど、俺様は手前の為だけに生きてるようなもんだからなぁ……責任持てねぇんだわ。おい猫、俺様に飼われると遅かれ早かれ、最悪の事態になるからやめとけよ。」

動物を飼うことに、珍しくシビアな考えで反対の姿勢を見せる黒野。黒野は見放したように、背中を向けて逃げようとするが、猫はそんな黒野に近づいて擦り寄ってくる。

「……相棒、弥生、立花、どうすりゃいいよ。」
「責任持つしかないじゃない? 」
「私もそう思う。」
「おいらも。」
「絶対に出来ねぇ。おい猫、お前自分で餌取れるなら兎も角、俺らに恵んでもらおうだなんて」

その時、猫はその言葉に反応したかのように、黒野から背を向けて塀に登り、その塀に止まっていたスズメに飛び掛り、咥えて降りてきた。そこから猫は、自然の摂理に乗っ取り、咥えたスズメをそのまま噛み潰す。

「……相棒、お前ら、どうやら大丈夫みてぇだな……。」
「だね……。」

自然の摂理であるとはいえ、その光景に戦慄を覚える4人。とはいえ、餌の問題はなくなったようで、再び擦り寄る猫を黒野は持ち上げた。

「まぁ、餌を自力で取れるくらい強ければ相撲部に置いてやってもいいな。今日からお前は俺ら相撲部のマスコットだ! 頼むぜネコマタちゃん! 」
「ネコマタちゃん!? 」

※ネコマタ=江戸時代〜明治時代の大関、猫又三吉より抜粋。

「さぁ、ネコマタちゃんを添えて明日も勧誘と稽古よ!」
「はぁ……まぁ、いつも通りだからいいや……。」

こうして本日の部活は終了し、4人はそれぞれ帰路に着いた。