複雑・ファジー小説

Re: 学園マーシャルアーティスト ( No.38 )
日時: 2016/12/09 19:03
名前: 大関 ◆C5p8guYtTw (ID: 9ihy0/Vy)

 それから翌日の放課後。相撲部には黒野と白石が集っていた。黒野は白石による稽古をつけてもらっていたのである。

「ダンナ、今回ばかりはダンナの持ち前のタフネスは何の意味もなさない。絶対に全力の攻撃を受けてはならないんだ。」
「調子狂わせてくれる相手だぜホント。」

 黒野とて対策を施してないわけではないのは、既に周知の事実ではある。しかし、やはり持ち味が失われるのは黒野にとっては厳しいものである。

「須藤君のスタイルは空手。つまり打撃中心で攻めることは間違いない。だから普通なら組技で挑めば問題ないはずだけど……正直、今回はその戦術を信用することは出来ない。」
「どうしてだ?」
「相手は学浜最大の大会であるGFCの優勝者。つまりレスリングや柔術などの組んで投げるタイプの格闘技とも渡り合っていたに違いないからさ。」

 須藤はこの学浜で数多くの経験を積み、様々な格闘技の対策を練っているであろう。それを容易に想像することが出来る。そうでなければ最強候補の一角に躍り出るのは不可能。白石はそう感じ取った。

「……要するにこっちも対策練っちまえば、どうにでもなるだろ?」
「それが出来たら苦労はしないんだよダンナ。」
「心配すんな。何とかしてやるからよ。」

 自分が戦うというのに、清々しいまでに能天気な黒野を見て、白石は思わずため息をつく。その直後、チャイムが鳴り響いた。

「おっ、もうこんな時間か。」
「黒野先パイ。お待たせ。」

 チャイムがなり終わると同時に、部室に立花が上がりこむ。

「よぉ、立花。今日も頼むぜ。」
「へへっ、まかせてよ。」
「それじゃ僕は一先ず上がるよ。また家でね。」

 稽古を立花に任せることにした白石は、部室から立ち去っていった。

「先パイ、準備は大丈夫だよね。」
「あったりめぇよ。こちとら何時でも」
「おぅ、スマンが邪魔するで。」

 横から突然入ってくる野太い声。それに振り向くと、黒野たちの目に映るのは、一際目立つ巨体にリーゼントパーマ。応援団の重蔵である。

「学校ももう少しマシな部室くらい用意してもらいたいもんだね。」
「予算的に無理でしょうが。」

 重蔵に続き、副団長の菊丸と翼の2人も入ってくる。

「あぁ、番長。それに菊丸たちも。一体どうしたんスか?」
「聞いたぜ黒ちゃん。空手部の須藤ちゃんと喧嘩するんだって?」
「……もう広まってるの?」
「目ざとい新聞部の皆さんや、学浜の情報屋を勤める人たちを中心に広まりましたよ。」

 学浜は喧嘩が盛んな学園であり、故に様々な喧嘩の情報を商売の種にするべく、新聞部を筆頭に数多くの情報屋が集っている。彼らは異様なまでに鼻が利き、このようなビッグマッチとも呼べる戦いには必ずといっていいほど、彼らが関わってるのである。

「黒野さん、相当厳しい人を相手にしましたね。いくら重蔵さんと引き分けたとはいえ、学浜の最強候補を」
「わーったわーったって。こちとら、部員確保の為には避けて通れねぇし、要するに勝ちさえすればいいんだろ? 楽勝よ。」
「しかし……。」
「まぁ、黒野の言うとおりじゃけぇのぉ。はなっから、負けること考えて喧嘩っちゅうんはできんわい。」

 心配する翼を他所に、重蔵はその一言に賛同し、豪快な笑い声を上げた。

「ねぇねぇ、黒野先パイ。」

 突然入ってきた番長たちを見て、立花は中空に疑問符を挙げる。

「どうした、立花。」
「この大きいオジサンってだれなの?」
「お前、バカッ! 俺がよく言ってるだろ! 番長だよ!」
「あぁ、番長先パイなんだ。」

 流石に初対面だからとはいえ、立花の失言に黒野は慌てふためく。

「黒野。そいつはあれか? 部員か?」
「えっ? あぁ、番長がこの間紹介してくれたじゃないスか。」
「ワシが紹介した?」

 重蔵は顎に手を当て、黒野と会話したときを思い浮かべる。しばらく考えた重蔵は、何かを思い出したかのように口を開いた。

「ひょっとして……こいつが"消える左"か?」
「そう、それ。」
「ホンマか……。」

 驚きと共に、まだ疑いの目を向ける重蔵。 

「番長、疑う気持ちは分かるけど、こいつ1年な上に、チンチクリンだからって舐めない方がいいッスよ……こいつ相当強ぇッス。」
「なるほど……お前さんがそこまで言うんじゃけぇ、強さは折り紙つきっちゅうわけか……。」

 重蔵は黒野の言葉を聞き、全てを信じて言った。

「しかし、1年でボクシング部最強たぁ、なかなか見込みのある奴じゃのぉ。」
「へへっ、番長先パイも黒野先輩から、お話聞いてるよ。黒野先パイと戦って引き分けたってこと。」
「ほぅ、ワシの事も聞いとるか。それは嬉しいが……さっきからワシを『番長先輩』言うとるが、語感悪くないんか?」
「えっ? だって番長先パイのお名前って『番長』なんでしょ?」
「いや、ワシの『番長』っちゅう呼び名は本名ちゃうわ! 黒野! オンドリャ、名前くらいちゃんと教えんかい!」

 その一言と同時に、黒野の頭に拳骨を叩き込む。

「アイタッ! いや、番長を本名呼びするのはさすがに……。」
「その気持ちは有り難いと言えば、有り難い。じゃが、それで名前間違えられたら本末転倒じゃろうが!」
「まぁ、落ち着いてよ。番長先パイ。」
「て言うか、番長はなんでここに来たんスか?」
「……おぉ、そうじゃった。菊丸!」

 重蔵が一言発すると、菊丸はスマートフォンを取り出した。

「黒ちゃん、これよこれ。」
「どれどれ……。」

 菊丸が画面を見せると、そこに写っていたのは少し前に体育倉庫で行われていた、須藤と権田の喧嘩の様子であった。

「こいつは……。」
「俺っちがいざという時のために仕入れた喧嘩の情報さ。」
「ボク達は黒野さんに出来る限り協力したいのです。これくらいしかボク達に出来ることはありませんが……役立てられますか?」

 黒野は動画をまじまじと見つめていた。しばらくした後、黒野はニヤリと笑みを浮かべ、翼たちのほうへと向いた。

「この情報……大いに役立てさせてもらうぜ。菊丸、翼、そして番長……ありがとな!」

 その言葉を聞き、3人は思い思いの表情を浮かべる。

「黒野! この喧嘩……勝ってこいや!」
「押忍! 任せてくれって!」
「えぇ返事じゃ……菊丸! 翼! 行くど!」
「押忍!」

 そう言うと応援団の3人は相撲部の部室から去っていった。

「立花……それじゃ頼むぜ!」
「うん! 行くよ!」

 黒野と立花は改めてトレーニングを始めたのだった。