複雑・ファジー小説

Re: 学園マーシャルアーティスト ( No.42 )
日時: 2017/12/12 17:02
名前: 大関 ◆C5p8guYtTw (ID: 9ihy0/Vy)

「悪いがそれはもう通用しない。」
「まだ終わっちゃいねぇよ。この相撲ボクシング、本質はまだ見せちゃいねぇよ!」

 再び黒野は軽やかなフットワークで一気に間合いを詰め、突っ張りを繰り出す。

「甘い!」

 須藤は再び刻み突きを黒野の顔面に放つ。それを黒野は腕を上げ、掌でそれを受け、それと同時に須藤にフック気味の張り手を繰り出す。しかし、須藤はそれを間合いを離して回避し、その隙を逃さずに顔面目がけ、今度こそ上段回し蹴りをぶち込んだ。流石にスピードを優先したため、威力そのものは本気の蹴りには劣るが、それでも衝撃は非常に大きい。黒野は仰向けに倒れこんだ。

「くっ……やるじゃねぇか……。」
「言ったはずだ。付け焼刃で俺には勝てん。」

 立ち上がる黒野に向け、須藤は言い放つ。黒野は再び足でステップを踏み、今度は須藤の様子を伺っていた。

「来ないのなら……次はこっちから行くぞ!」

 須藤は間合いを詰め、顔面に素早く突きを放つ。黒野はそれを再び回り込むような動きで回避し、ジャブの要領で素早い突っ張りを2、3発繰り出す。それを須藤は的確に回避し、黒野の横腹に蹴りを見舞う。黒野は一瞬怯み、それを逃さずに黒野の後頭部を徐に押さえ、顎にアッパーの様な突きを放つ。上げ突きという技だ。
 だがしかし、須藤がそれを放つ瞬間、黒野は須藤の空手着の帯を掴んだ。そのまま須藤を引き寄せてがっぷり四つ。一瞬の出来事に須藤の上げ突きは不発に終わり、それを見計らった黒野は、須藤を吊り上げ、そのまま地面に叩き付けるように投げ飛ばした。相撲四十八手『吊り落とし』である。倒れこむ須藤に、四股踏みの要領で踏みつけに掛かるが、須藤は咄嗟に転がって回避し、その身を起こした。

「ちっ、外したか。」

 須藤は警戒するように即座に構えを取った。当の黒野は追撃をせず、再び相撲ボクシングの構えを見せた。

「ただの付け焼刃というわけでは無さそうだな……。」
「確かに『ボクシング』は付け焼刃よ。『ボクシング』はな。だけどこれはボクシングじゃねぇ! 俺様作の『相撲ボクシング』、つまり相撲の発展系でぇ! 相撲は俺様の人生のほぼ全て! 俺様と人生を共にしてきた、この相撲の腕前! これを付け焼刃とは呼ばせねぇぞコラ!」

 そう、黒野が扱うのはボクシングではなく、あくまでボクシングの技術を応用した相撲である。技術そのものは付け焼刃ではあるものの、それを余りある相撲テクニックで完全にカバーしているのである。それを須藤は見落とした。

「なるほどね……無茶苦茶だけどダンナらしい結論だよこれは……。」

 白石は納得半分、関心半分の気持ちで、黒野を素直に賞賛した。

「須藤! 一気に行かせてもらうぜ!」

 黒野はそう叫ぶと、須藤に向けて走り寄る。猛烈なダッシュから腕を振りかぶり、突っ張りを繰り出した。須藤はそれを避けると、黒野に再び回し突きを繰り出す。それを黒野は上半身を反らせて回避し、2発3発と連続の突っ張りを放つ。腕を十字に交差させ、それを防御すると、須藤は右肘を黒野の顔面目掛けて繰り出した。黒野はその肘に向けて、頑丈な額を叩き込んだ。『ガキンッ』という音と共に、肘は弾き返され、須藤は多少後方に下がった。それを見計らい、黒野は須藤の帯を掴み、下手投げで己の後方へと投げ飛ばした。

「行けるよダンナ!」
「先パイ! そのままたたみ込んで!」
「任せろぉ!」

 投げ飛ばされた後、即座に体勢を立て直した須藤に向け、黒野は向かっていく。

「はぁっ!」

 須藤は起き上がり様に黒野の顎目掛け、上げ突きを繰り出す。急ブレーキを掛けて黒野は止まり、上半身を反らせてそれを回避する。

「いっくぞぉ!」

 黒野は上半身を戻し、その勢いを利用して須藤の顔面目掛けて突っ張りを繰り出す。その時だった。『ゴンッ』という鈍い音と共に、黒野の頭部に強烈な衝撃が走る。黒野の目の前が一瞬真っ暗になった。須藤は上げ突きで振り上げた拳の側面を、黒野の頭部に思い切り振り下ろしたのである。空手技の一つ、『鉄槌打ち』だ。

「武道と人生を共にしてきたのが……お前だけだと思うな!」

 須藤はそう叫ぶと、再び拳を思い切り引いた。

「せいやぁっ!!」

 須藤の十八番、正拳突きが放たれる。その瞬間、黒野は無意識のうちに須藤の正拳突きを下から突き上げるように掌を押し、須藤の正拳突きの軌道を逸らした。相撲の防御テクニックである『おっつけ』である。さらにそのまま須藤の腕を掴み、須藤を引っ張り込んで、背負うように投げる。柔道との共通技にして相撲48手の一つ『一本背負い』だ。

「くっ、まだ俺の正拳を防ぐか……!」

 須藤は的確に受身を取り、再び構えを取る。

「ダンナ! 大丈夫かい!?」

 白石は須藤を攻めつつも、大ダメージを受けた黒野に声を掛ける。意識が朦朧としているのか、よろけつつ黒野は白石の声に反応し、振り向いて口を開いた。

「おぅ、相棒……ちょっと聞くけどいいか?」
「な、なんだい?」
「……あの空手野郎、誰だ?」

 黒野の口から、思いもよらぬことが飛び出る。白石はおろか、周りの人間も耳を疑うほどのものであった。

「だ、誰って……須藤くんだよ?」
「須藤……おぉ、思い出した。俺様は須藤と戦ってたんだった。」

 白石は恐る恐る、黒野の質問に答える。黒野はそれを聞くと、また先ほどまでの調子に戻って口を開いた。

「ダンナ、一体何が……。」
「チクショウ、トンでもねぇ野郎だぜ。一瞬、意識と記憶飛ばしやがって……。」

 頑丈な黒野から意識と記憶を一瞬だけとはいえ奪う攻撃。黒野も改めて須藤の危険性を再認識した。正拳突きだけでなく、他多くの技が黒野をKOできるだけの威力を秘めている。黒野は殴られた箇所を押さえる手を離し、構えた。

「黒野先パイ、大丈夫だよね?」
「安心しな、立花。記憶飛んだっつっても一瞬だ。お前に仕込まれた技術まで忘れちゃいねぇよ。」
「まぁ、意識なかったということは本能だけで体を動かして正拳を防いだということだからね……ダンナも流石に忘れては無いと思うよ。」

 黒野は軽快なステップを踏み、須藤を見据える。一方の須藤は構えを見せたまま動かない。次の瞬間には須藤は何を思ったのか、その構えを解いた。

(此処まで俺の正拳を対策しているとはな……止むを得ん……)

 次の瞬間、彼は正面を向いて拳を握り、右腕を胸辺りまで上げ、左腕を腰辺りにまで下げた構えを取った。