複雑・ファジー小説

Re: 十字星座の戦士※3話【Collapse(崩壊)】 ( No.34 )
日時: 2014/01/20 18:42
名前: Ⅷ ◆O.bUH3mC.E (ID: fZ73J0jw)


「もしもそれが……それこそ———『機関』がすべてを隠蔽してるかもしれない……小さな村で起こった事件なんて、『機関』の新聞や、『機関』お墨付きの行商人たちからしか話は聞けない。首都でおこった事件なんて、権力ですべてもみ消せる。……『機関』がそもそも、私たちを騙しているなら———もうとっくのとうに世界は……」

シエルは、俺が今まで避けていたその組織の名前を言うと、俺がまだたどり着いていなかった答え……いや、たどり着くことを恐れた答えを、俺につきつける。だが、俺はそれでもまだ信じたくなかった。シエルがなぜ、こんなに焦っているのかも、わかりたくなかった。なぜこんな恐怖に震えているのかも、わかりたくなかった。十字星座の戦士が必要な世界を、夢で最後に見るあの映像を、信じたくなかった。

「そんなの……妄言だ」

俺は、その一言で、シエルの言葉を一掃する。
逃げだとは分かっている。だが、確証がないのに、そんなに怯えるのはどうかしていると、俺はそう言おうとした。だけど、俺の口から出た言葉は、シエルを、そして、そのきっかけとなった、自分の言葉を否定するものだった。
シエルは俺のその言葉に、今にも泣き出しそうな顔になる。だが、胸ぐらを掴む手に、さらに力がはいったかと思えば、俺のことを、その小柄な体のどこにあるのかわからない力で、後ろに投げる。

「———つぅ!?」

なんとか受身をとったものの、衝撃で俺の剣は鞘から飛び出し、折れた、情けのない姿を晒しながら、地面をころがっていく。
それをシエルは、今にも泣き出しそうな顔で見つめながら……

「私は……昨日の戦いで……リヒトは、変わったんだなって……思った……」

その声には、俺を否定する色が混じっていた。そして……俺に対する、哀れみと……そして———侮蔑が、混じっていることも……わかってしまった。

「でも……リヒトは……あの時から……なにも、変わってなかったんだね」

そう言い放つと、シエルは、俺に背を向けて、歩き出す。いつかみた光景を、俺はその瞬間に思い出す。
俺が、変わる……変わろうと決意した、あの日の出来事を。シエルに哀れみの目で見られ続けたあの日々を。俺が信じた、戦う力を。俺が守るべき、者を……。
だが、それを声にだすことはできなかった。声にだしてしまえば、俺は、その最悪の可能性を受け入れてしまう気がしたから。最悪の可能性に備えて、とか、いろいろなことを考えて、自分を正当化しようとした結果、やはり、俺は、ただ逃げていただけだった。あの時も、いつも、いつもいつも、俺は逃げているだけだったと、ただ思い上がってただけなんだと、シエルに真っ向から否定されることによって、立ち上がる気力すら、失われてしまった。
昨日の時点で、俺は、ようやくシエルを認めさせることができたんだな、と思った。だけど、それは俺のただの独りよがりで……そして……こんなふうにあっさりと崩れてしまうほど、脆いものだったんだな……。

「私たちは……力がある……守るための力が……。その力は、逃げるためじゃなくて……、戦うためにある。だから、最悪の可能性———『機関』が敵だったとしても、私は、私たちは戦う。……リヒトはその可能性から目をそらすなら……一人で、逃げればいい」

シエルはそう言い捨てると、やがて歩き去ってしまった。
俺は飛び出た、剣の柄のほうを見て、そして、空を見上げる。空は、さきほどまでの快晴とうって変わり、どんよりとして曇り空へと変化していた。それは、まるで不吉の予感とでもいわんばかりに、大地を、不気味に、照らしている。
俺は、思い出していた。ただ、ひたすらに、自分の無力をしった、あの日の出来事を。シエルに、認めてもらおうと思った、出来事を———そして、守る力を手に入れると……決意した、その日の出来後を。