複雑・ファジー小説

Re: 十字星座の戦士※イメージイラスト ( No.41 )
日時: 2014/01/27 22:56
名前: Ⅷ ◆O.bUH3mC.E (ID: mL1C6Q.W)

その男と対峙して、怒りよりも、恐怖よりも、なによりもさきに、その男の、剣をもたない左腕に、ひどい嫌悪感を覚え、俺は質問せずにはいられなかった。
その俺の質問を聞き、男は……肩口からローブが破れ、晒されている自分の左腕を楽しそうに見つめ、ああ、とつぶやく

「『これ』……ですか。さぁて、なんでしょうねぇ」

クスクスと笑いながら、男が左腕を天に掲げる。
その左腕は、人間の腕ではなかった。そう……ドス黒い鱗で覆われ、体格に合わない太さになり、指が3本しかなく、その指先からは凶悪な爪が、ギラリと、鈍色の輝きを放っていた。
それはそう……さながら……

「魔物……」

「せええぇぇいかああぁぁぁい、よくわかりましたねええぇぇ!!」

クスクスと笑っていた男が、盛大に体を仰け反らせ、そう叫ぶ。
よく見ると、その爪からも、血が滴り落ちていて……その男が、今までに、何人も、何人も何人も何人も、人を……信じていた人々を、殺したということが、伺えた。
それがわかると、再び俺の心に、怒りが湧き上がる。未知に対する恐怖を、機関の兵士に対する恐怖を、その溢れ出る力に対する恐怖を打ち負かすほどの、絶大な怒りが、俺の行動を、俺の思考を、制限させていく。

「さてぇ……質問タイムは終わりですよ少年……。あなたも、そこらに転がってるごみくずのように……ぐちゃぐちゃにしてあげますよぉ!」

機関の兵士が、恍惚とした声で、そう叫ぶ。

「この……くされやろうが!!」

俺は吼える。怒りにまかせ、剣を鞘から抜刀し———気づく。

「おや……おやおやおや!!」

再び機関の兵士が笑う。俺のその『剣』を見て、笑う。
折れた剣を見て……機関の兵士は笑う。

「く……くそが!!」

わかっていたはずだった。自分になにもできないことは。剣が折れているのに、危機感が足りず、先延ばしにしても大丈夫だろうとか、そんな甘ったれたことばかり考えていたから、今となって、後悔するのだ。今も必死で竜と戦い、人々を安全なところに避難させようと頑張っている剣士や銃士、魔術師に合流しても同じ、フラムやレイ、シエルだって、きっとどこかで、戦っているはずだ、なのに……俺だけは、戦うことが、できない。自分の甘さのせいで、自分の弱さのせいで……そこに倒れている、仲間の敵すらも、とってやることも……
できない。

「なんでだよ……」

ここで死ぬのか、と思うと、突然恐怖が、怒りを打ち負かす。機関の兵士は未だ笑って攻撃はしてこないが、逃げる、という選択肢は、どのみち俺にはない。逃げたところで、竜の進行はきっととまらない。今ここから逃げても、どうせ別のところにも機関の兵士はたくさんいる、そんな状況で、どこに逃げろういうのか……いや。
もう逃げないって決めたはずなのに、俺は、逃げることをまっさきに考えていた。そのことに腹が立つ。苛立ちが、募る。

「もういいですよあなた……なにもできないくずは、とっとと死んでくださいな」

機関の兵士の声が、いちいち耳に触る。人々の、遠くから聞こえる悲鳴や、逃げ惑う、恐怖の声が勘に触る。竜の雄叫びが、無償に腹が立つ。建物が壊される破砕音が、五月蝿い。なにもかもが……俺を、俺の心を、逃げる方向へ、導こうとして……それに従おうとする、俺自身に一番、腹が立つ。

「なあ……わかってんだろ」

機関の兵士が、詰め寄ってくるのがわかる。魔物と化している左腕を振り上げ、死へと導こうとする。だが、恐怖は、どこかに消えていた。ただ、俺は、思った。ただ、俺は、思い出した。世界が、破滅へと近づいているとき、十字星座の戦士の力が必要になると、ここは、もう、そんな世界なんじゃないのかと、俺は、思った。自分自身の力じゃなくてもいい。
誰かに託された力だってなんでもいい、俺は……もう……逃げたく、ないんだ。大切な場所を、人を……守りたいんだ。

「そろそろ、力を貸せよ……」

俺の呼び声に呼応するかのように、右手の甲が、熱くなる。だが、俺は、それを無視するように、今この瞬間だけ、この現実のすべてを無視して———『夢』に、語りかける。
今日だけ見ることのなかった夢に、今日だけ、その言葉をきかせなかった夢に、今日だけ、映像をみせなかった夢に、俺は———語りかける。

「いい加減に……目覚めやがれ!!」

———目覚めるのだ……

声が、響く。脳内に直接語りかけるようにして、その声は響く。その瞬間に、手の甲が、焼けるような熱さに包まれ……そして———

「はい、さようなら」