複雑・ファジー小説

Re: 脇役謳歌〜できそこないヒーロー ( No.2 )
日時: 2014/03/28 03:50
名前: uda (ID: T3U4YQT3)


*騎士とメイドの物語 01*


 季節はほんのりとした暖かさ感じる五月。全国的に比べて遅咲きであるこの辺りの桜もさすがに花びらは残っておらず、桜の木には青々とした葉が生い茂っていた。一ヶ月前であればあたり一面サクラの花びらで囲まれていたであろう遊歩道を一人の少年が歩いている。  
 白いパンツに十字の刺繍の付いた真紅パーカーを羽織った派手な格好の少年であった。
 散った桜の花びらは未だ地面にあり、何故かその薄い桃色の花弁を踏む事が何か悪いことをしている気分にさせられる。と思うのはカッコいいかなぁ。
 などと思いながら、少年、六原恭介は一人で歩いていた。
 丘の上まで作られた緩やかな坂道。右手には安全性のために張られた少し低いフェンスがあり、そのフェンスの少し先には桜の木が道をなぞる様に生えている。反対側には車古びた白線の引かれた車道があり、車道の先には土砂崩れを防ぐ為にコンクリートで舗装された山の側面を見ることができる。
 一年間通い続け、もはや見慣れた光景である道のりを六原は登っていく。
 彼が登る道の先、小さな山の頂上には一つの建物が建っているだけであった。
 瑛集学園と名付けられたこの学園は度重なる新校舎の建設、舗装等の増設により、今では複雑に入り組み、初めて訪れた人々は迷宮のように感じさせられる。
 そんな一種のダンジョンを連想させるような学園に通う六原は日曜という休日にこんな地味にキツイ坂道を登り山の上にある校舎を目指していた。
——久しぶりに歩くのも悪くないかな。
 普段ならバスで屋上まで上がるのだが、今日は日曜で普通は校舎まで上がるバスは土日は運休となっていた。部活にも入っておらず、特に用も無く学園に行くことの無い六原にとってこんな風にゆっくりと景色を眺めながら来るのは少し新鮮であった。
「・・・よぉ、おはよ」
 昼間ではあるが最早おなじみとなった朝の挨拶。後ろから不貞腐れている様な声で掛けられ、六原は振り返る。
 そこには馴染みのある顔の少年がいた。
「あれ、辰野さんじゃないですか」
 休日だと言うのに学園指定の制服に身を包み辰野昴は六原のほうに向かって駆けてくる。一見彼の切れ目と表情が硬い為か怖そうな雰囲気を醸し出す辰野は駆け寄ると小さく手を上げた。その肩には少し小さめにゴルフバックのような形をしたバッグを担いでいた。
「部活でも行くのか」
「オレは帰宅部だ。・・・・・・・チョット頼まれごとで校舎の裏側に用があるだけだ」
「頼まれ事ねぇ」
—— 一体どんな用事があれば、校舎の裏側に用があるのだろうか。
 頭に浮かぶ疑問は深く考えないようにして肩に担いだバッグを見る。中身が気になるがどうせ上手くはぐらかされるに決まっているので、聞いても無駄だろう。六原は今までの経験から結論付けた。
——校舎の裏側か。確かあそこも一種のダンジョンみたいになっていたなぁ。
 学園の裏側は多少の開拓はされているが、道は舗装もされておらず、辺りを覆いつくつ木木とその先に山々が連なっている為かチョットした樹海となっていた。
 そして、普通ならありえないがその樹海には謎の泉や遺跡があるなどの噂が生徒の間で流れている。いわゆる学園の七不思議なようなものであるが、実際、六原も何度か裏側に行ったことがあった。その際には遺跡の秘宝を巡り、一種のトレジャーハンターまがいな出来事に巻き込まれたりもしていた。
——結局その時も活躍できなかったけど。まぁ、この話は置いておこう。
 六原は辰野の行動にワザと見当はずれの予想を立てる。
「校舎の裏側と言えば、あの伝説の木があるらしいが告白ですか」
「ちげぇよ」
「冗談だよ。だから、そう睨むなって」
 まるで訓練された警察犬の連想させられるよな鋭い目つきと威圧感に内心怖気いている六原は視線を逸らした。
——だって、只でさえ切れ目で凄みのある顔なんだから怖いじゃないか。
 六原の知る限り、辰野は色々と他人にいえない秘密がある。恐らくソレは六原の良く巻き込まれるファンタジーな物語である。といっても、この学園に通う生徒の大半が大体こんな感じで一癖も二癖もある少年、少女である為対して珍しくも無い事である。六原としても脇役のような感じであるなら色々と経験も多いので、どちらかと言えば深く知りたいが本人からいってこない限り、余りつつ家内でおこうと思っている。
「まぁ、俺の事は置いて置け。それより、六原こそどうした。そんな私服で学校に用があるなんて珍しいだろうが」
「……チョット、オレも頼まれごとがあってだな」
 二人で校舎に向かいつつ、六原は休日に校舎に向かうことになった理由を思い返し、起きた出来事を簡潔にまとめ話す。
「今朝、自宅の電話にオレ宛に連絡があってね。受け取ると謎の老婆の声で屋上に来るように言われてねぇ」
「・・・・・・お前、それで、屋上に向かっているのか」
「そうだよ」
 あっさりと答えた六原に辰野は少し眉をひそめた。
「普通はそんな怪しい電話の言う事を聞かないぞ」
「何を言っている。面白そうじゃないか」
 これ以上追求したところで、六原が諦めて引き返す気は無いと分かった辰野は溜息をついた。
「……まぁ、お前らしい答えだが」
 ようやく目の前には入り組んだ校舎が現れる。先ほどまで壁があった左手にはフェンスで側面を覆ったグラウンドがあり、熱心な運動部の声が聞こえてくる。
 そして、六原は無邪気に辰野に自分の気持ちを語る。
「だって屋上に呼び出されて何されるかって考えたらワクワクしないか」
「告白でもされるんじゃねぇのか」
「謎の老婆にか!?その発想は無かった。てっきり、決闘かと思っていたよ」
「お前、よく考えやがれよ。謎の老婆と決闘する男子生徒。見ていたら、間違いなくお前が老婆を苛めているようにしか見えないから即座に警察に連れて行かれるだろうが」
「デスヨネー」
——しかし、決闘かぁ。それはそれで、楽しそうだけどね。
 それから六原が何故呼び出されたのかということを予想しながら話しながら、二人は木で出来た瓦屋根の巨大な門をくぐる。その先には玄関があり、六原はそこから屋上に向かう。
「じゃあ、オレは裏側に用だからな」
 玄関先にはいかずに、グラウンド方面から周ったほうが近い為、辰野は立ち止まると、グラウンド側を指差した。
「そうか、まぁ、色々あるみたいだけど頑張れよ」
 これから裏側で辰野が何をするのかは知らないが背中に背負った長物から察するにどうせ少し危険なことなのだろうと六原は思った。
 辰野は小さな笑みを見せ、手を振る。
「・・・まぁ、六原君もへんなことに巻き込まれそうだったら、連絡しろ。多少ぐらいなら力になれる」
「ありがとー」
 六原は軽く礼を言うと、辰野と別かれ、玄関先に向かった。
「まぁ、告白でも面白そうだよなぁ」
 老婆に求愛される物語も傍から見れば面白そうであるな、等と考え苦笑いを浮かべつつ六原は下駄箱に靴を入れ替え、屋上を目指した。

Re: 脇役謳歌〜できそこないヒーロー ( No.3 )
日時: 2014/03/25 22:16
名前: uda (ID: T3U4YQT3)

 階段を上り、屋上へ繋がる重たい扉を開ける。
 扉を潜ると冷たい風が吹き、天井と壁の無く、太陽が暖かな光を放っていた。
 ここは周りを囲むように緑色のフェンスといくつかベンチがあるだけというどこにでもある屋上。
「…まだ来てない、かぁ」
 辺りを見渡してみたが、謎の老婆らしい人影どころか誰もいなかった。
 約束の時間は電話では十三時と言われていた。左腕にはめた腕時計を見れば、後十五分ほど時間に余裕がある。
 特にやることも無く、六原はベンチに座って待つことにした。
 ベンチに座り正面、フェンス越しに見える景色がこの辺りの校舎と山の麓の様子をある程度一望できる。
 運動部が走り回っているグランド、その先にはたくさんのアパートが立ち並ぶ住宅街が広がっている、一見どこにでもある日常的な景色。だが、意外とこのイカレタ学園がある所為か、景色とは裏腹にこの街には非日常な事が数多く起きている。
——こういう風に、外の景色を見ながらここに来てもう一年かなんて思い出に浸っているのって格好よくないかな。
 等と考え、今までの学園生活を格好良く思い出に浸って見ようか。足を組み遠い目をした。
—— 一人屋上で優雅に物思いにふけるオレ。
「どや、格好良くないか」
 笑みを浮かべる六原は気付いていない。
「何を、しているのだい?」
「……」
 突然の声に六原は固まり無言で足を組むのをやめた。
——って人がいるじゃないですか。ヤダー。何コレ、メチャクチャ恥ずかしいんですけど。
 六原は気付かなかった。誰もいなかったはずの屋上、唯一の出入り口である扉が開いていないのにいきなり人の声がしたということに。
 普通に考えればおかしな出来事。しかし、そんな異常を考える余裕もなく六原の頭の中は目の前で格好付けて、一人ほくそ笑んだところを見られたと言う恥ずかしさで一杯であった。
 なので、何故、先ほどまで自分しかいなかった場所に突然他者がいるのか、については全く疑問に思わずに声を掛けてしまう。
「えー、どうもぉ」
 少し恥ずかしさが残っていながら、立ち上がり振り返ると一人の少女が立っている。
 長い髪に学園の制服で身を包み薄く微笑む少女は少しミステリアスだと六原は感じた。
「スマナイ。お見苦しいところを見せました。あの、できればさっきの見た事は忘れてくれませんかね。」
「わかった。それなら触れないで置くよ」
 少女は淡々と話す。
「……こんにちは六原君」
「嗚呼、こんにちは」
 少女の挨拶にぎこちなく六原はあいさつする。
——向こうは名前を知っているみたいだけど、おかしいな。こんな綺麗な女性なら、覚えているはずなんだがなぁ。
「どこかであったことあったかな」
「いや、今日が初対面だよ」
「あれ?けど、名前知っているじゃないですか」
「君の噂はこの学園でも少し有名だからね」
——できればその噂はまともな噂であってほしいですねぇ。
「そういうわけだから自己紹介をしておこう。ワタシの名前は月島小夜子。今日キミをここに呼び出した者だよ」
「えっ、そうなの」
——婆さんじゃないのか。それにしても、こんな美女がオレに何のようであろうか。もしかして、さっき辰野とふざけていっていた告白とかかじゃないのか。つーか、すげーな。美女がオレに話しかけてきているんだぜ。何これ?ラブコメ。残念だがオレには世話焼きの幼馴染の美少女なんて者はいないんだけどな。
「それで、わざわざ呼び出して何のようですか」
「何故そんなに嬉しそうなのかな」
「君があまりにも美しいからさー」
「あーはい、ソウデスカー」
「サラッと流された!?」
——イカン会話が進まない。何故だろうかな。
 その会話の進まない原因が自分の妄言にあるとは思っているが、少しも反省する気はない六原は、一度咳払いし、空気を整えてから会話を切り出す。
「なんか色々と本当に失礼した。それで、オレをこんなところに呼び出して何のようですか。」
「嗚呼、そうだったね。じゃあ、お願いがあるんだけど。」
 わりと、どうでもいいように、まるで読みたくない本を音読するような口調で彼女は言う。

「私を救ってくれないか」

「いいよ!!」

 彼女の淡々と口調の問いに対し、六原はすかさず吼えるように答えた。救ってくれと言うことに対して深くも考えず反射的に答える対応。さすがに驚いたのか、一度目を瞬かせ月島はもう一度問う。
「…決断が速くない?」
 対して六原は笑いながら、間髪いれずに答えた。
「だってさ、面白そうじゃないか」
 事情も、内容も知らずに面白そうだからだと協力するという言葉に月島は一瞬言葉を失ったが、少し間をおいて微笑む。
 その微笑みは六原には困った風に笑っているように見えた。
——あれ、もしかして、バカにされた。確かに見た目から実力も何も無い様なそこらのモブに思われがちなオレだが、やれば出来るんだぞ。
 彼女の笑みの理由を自分が舐められているものだと六原は思った。
「そんなに早く、了承されるとあまり信用できないじゃないか」
 薄く笑う少女の言葉。
——なら、どうすれば、オレを信用してくれるのか。
 簡単なことだと六原は思った。
「じゃあさ—」
——手っ取り早く実力を見せてやろう。
「手始めに、月島さんが何者なのか、それと、何から助けて欲しいか貴方に教えられなくても調べ上げて見せよう」
「へぇ、分るのかい。まるで探偵みたいだ」
「そう、褒めるな」
「褒めてないよ」
「そうですかぁ」
 何故か、絡みづらい会話だが、目の前の少女が先ほどの機械の様に話すのではなく、表情を変えながら話していれば良しとしておこう、と六原は思うことにした。
「そんなに簡単に調べて、助けてくれるのかい」
「嗚呼、簡単だとも。その代わり一日だけ待って欲しい。明日またこの場所に来てくれればキミが何者なのか調べ上げておくよ。当たっていたら信用してくれ」
 情報収集。これに関しては人一倍知っているのである。六原の唯一得意分野である。相手がファンタジーな存在だろうが何だろうが、この世界にいるものであるなら、全て、知ろうと思えば知ることが出来る。それぐらいの人脈と情報の操作に関して、努力し磨いてきたのだ。
 たかがミステリアスな少女の一人調べ上げること等簡単なことであった。
 月島は少し考えた後、口を開いた。
「キミは変わっているね」
「そんな馬鹿な。コレでも周囲では常識人で通っていますよ」
「ならその周囲がよほど変わっていると言うことかな」
——ソレは否定できない。
 すぐに反論することが出来ない六原に月島はくるりと背を向けた。
「では、楽しみにしているよ」
 そして、少しだけ顔をこちらに向け最後に一言、

「期待しているね、ヒーロー君」

 彼女の表所は伺えなかったが、その言葉に六原は心臓が一度大きく跳ねたと用に感じた。
「じゃあね」
「えっ、おい!ちょっと…」
 それだけ言うと月島は一瞬固まった六原をおいて、幽霊のようにフッと去っていってしまった。
 参った。と六原は少女の最後の言葉を思い出した。
——これは、恋か?
 いやいや、と六原は首を振り否定する。
——そんなふざけた事じゃない。純粋に嬉しかったし、一瞬で惚れかけたじゃないか。
 それ位、六原の心に響いたヒーロー君という言葉は、彼が今まで目指していて、一度も言われたことが無かった言葉であった。
 気分が高揚していくのを自覚しながら六原は立ち上がる。
「さ、さてと。じゃあ、サッサと調べますか」
 いつまでも屋上に立っているのもツマラナイ。とりあえず、自宅に帰ろうとした六原は月島と同じように出口の扉を開けた。
 扉の先にある階段を下りつつ、六原はさっきの月島について考える。少し気になることがあったからだ。
——しかし、なんか、あの人からは今まであった人とは違う小さな違和感があるんだよなぁ。だから、気になったから、彼女の問いにすぐ答え用と思ったんだよなぁ。
 もう一度座り直し、足を組み、空を見上げる。そして、やっぱりこのポーズはカッコいいよなぁ。と自画自賛した後思考を切り替えた。
——「彼女は何者か?」まぁ、それを調べ上げるのも面白いか。
 六原は無邪気な子供のように笑みを浮かべると小声で呟いた。

「さぁ、物語の始まり、始まり、ってな…」