複雑・ファジー小説
- Re: 脇役謳歌〜できそこないヒーロー ( No.46 )
- 日時: 2014/05/14 03:51
- 名前: uda (ID: T3U4YQT3)
囚われた魔女は横たわり、眠るように目を瞑っていた。まるで人形のように生気を感じず、ピクリとも動くことが無い様子はレギオンが彼女に何かしたということが原因ではない。
原因は極度の魔力消費によるものであった。
騎士との一戦。そして、先ほどのレギオンとの戦いにおいて魔法を大量に使用した為、月島は囚われてしばらく経つと急な疲労感に眩暈を覚え、そのまま気を失った。それは精神面、肉体面にも影響を与える魔力という彼女たちの世界では当たり前にある体内エネルギーが無くなりかけた為に体が勝手に行った緊急措置である。
気を失ってからどれくらい経ったのか月島の背中にひんやりとした感触がする。
気が付くとぼんやりとした暗闇の中から誰かの、男性の荒げる声が月島の耳に届く。
「ですから申し訳ありませんが、この度会社を潰すことになったので、あなた方の会社の製品との取引もこれからはお断りさせてもらいます。ええ、こちらが勝手に契約を打ち切ったのです。後日お詫びもさせていただきますので」
聞こえる声は自分を捕らえたレギオン残党の部隊リーダーである針沼の声であった。
同時に木々のざわめく音と少しの肌寒さを感じながら、月島はゆっくりと目を開ける。視線の先では電話越しながらも頭を下げる針沼の姿がぼんやりと映る。
——針沼という人も、彼の部下たちも中々大変そうだ。
気を失っていた為か思考が上手く働かないながらも針沼の声の内容を大方理解しながら体を起こすことにした。
未だ重たい目蓋を擦りながらも耳からは針沼の必死に頼みこむ声が聞こえ、このままもう一度寝る気も失せる。
完全に目が覚めた月島は再び目を擦ることは諦め、周囲を確認する事にした。
周囲は暗闇で包まれているのに誰も懐中電灯を持ってはいない。しかし、彼女らの頭上には蛍光灯のような輪を描いた光りの集合体が現れており太陽のように白い光を放ち月島達を照らしていた。
また、月明かりも一段と輝いている為か少し遠くの景色も見渡せる。
周囲はぼんやりと暗い闇の中から木々が浮かび上がっており、そよ風が吹く度に葉の擦れ合いや木々の揺れる音がかすかに聞こえ、正面には見覚えのある巨大な泉が目の前に広がっていた。
——嗚呼、ここなのか。何となくそんな予感はしていたのだけどね。
それは元の世界に戻ると聞かされた時に真っ先に連想された景色であった。
学園裏の泉。
日中は煌めきを放ち、生徒達の休憩スポットの穴場として知られる泉であるが月島にとってはその場所は休むような場所ではなく、異世界を通過するゲートと認識していた。他ならぬ月島本人が通ってきたその泉は昼間のような輝きを放つこと無く、今はぼんやりと月光の薄明かりを水面にただ反射していた。
「おや、気が付きましたか。お目覚めの気分はいかがでしょうか」
通話を終えた針沼が目を開けた月島に気が付き声を掛ける。月島はゆっくりと体を起こす。拘束はされておらず、自由な両手で背中に付いた草や土を払いながら上体を起こした。
「嗚呼、あまり良くないね。こんな地べたで寝たのじゃ体が痛くてかなわないよ」
「それは失礼しました。では、元の世界に戻った際には暖かいベッドをお持ちいたしましょう」
「それは良かった。ところで、少し聞きたい事があるのだけど・・・」
「何でしょうか」
周囲を見渡し、改めて確認すると月島は訊ねた。
「ワーは一体どこにいるのだい?」
「彼女は貴方を守る為に動いてもらっていますよ」
針沼の答えは月島の中では予想外の答えであった。
「それはどういうことだい」
——拘束しているのではなかったのか。もしかして、ワーが捕まったというのは嘘か?
針沼たちに捕まってから一度もワーの姿を見ていない月島は疑問を感じた。
針沼はメガネの縁を一度押さえると月島の疑問に答えた。
「アノ騎士がどうやら、我々の動きに感づいたみたいでしてね。彼女には我々の仲間たちを一緒に騎士の足止めをお願いしたのですよ。まぁ、元々、彼女を捕まえる為にこちらの部下の半数が行動不能にさせられたので人手が足りないものでしてね」
そう、と短く答え月島は考える。騎士とは辰野のことであろう。しかし、どうして、彼女がレギオンに協力を、
——いや、そんな事は考えるまでも無かった。私が捕まったからか。私のせいだ。
かすかに胸を締め付けられるような苦しさが月島を襲う。うずくまろうと自然に体が動くのを抑え——平静を装った。
気付かれてはいないのだろう。表情を隠すことは月島がレギオンの象徴とされて得た数少ない事である。それは長年共に過ごしたワーでさえ時折月島が何を考えているか分からなくなることがある程であった。
だから、表情を変えることなく月島は会話を続ける。
「それで、上手くいきそうなのかい?」
「ええ、もちろん。ワタシにとってはこのぐらい簡単なことですよ。只の足止めですのでワーさん達の被害はほぼ無しで片付きそうですよ。・・・ワーさんと連絡しますが話されますか」
「いや、別に構わないよ」
そっけなく言うが内心はワーの心配と一人でいる自分の孤独感、そして、罪悪感が混ざり合って不安で仕方なかった。
しかし、傍から見れば平然としている彼女に針沼は深く追求せずに杖を振るう。虚空に円を描き図形を刻むと魔法陣の中心から丸い光りの球が現れた。
シャボン玉のように浮かぶソレはゆっくりと針沼の目の前で止まる。
通信魔法と呼ばれるその球体は魔法陣さえ対象に刻む事ができればそこから電波等関係なく電話のように通話することが出来る代物であった。難点があるとすればスピーカのように相手の声が他者からも聞こえるのであまり隠れて連絡等が取りにくいということである。
宙に漂う球体に針沼はマイクのように語りかけた。
「私です。状況は予定通りですか」
短い沈黙の後に球体から声が聞こえた。
「ああ、だいだい順調だよ」
針沼の近くにいる為、耳な入る聞き覚えのあるしわがれた声、その声がワーだと月島はすぐさま気が付いた。
——順調とは上手くアノ騎士を足止めしているということか。
「こちらの損害は?」
「三人軽症を負っているぐらいだ。その怪我人に連絡係がいたから、代役として役割の無かったアタシが連絡係になっているさ」
「なるほど、そうですか。では、特に何も問題はないということでよかったですね」
「ああ、遠距離からのヒットアンドウェイをネチネチやりながら足止めしていくだけだからね。しかし、向こうも仲間を呼んだらしい。もう一人現れたよ」
「・・・仲間ですか」
二人の会話を聞きながら嫌な予感がした。騎士の仲間。何処か頼りない少年
- Re: 脇役謳歌〜できそこないヒーロー ( No.47 )
- 日時: 2014/05/14 04:48
- 名前: uda (ID: T3U4YQT3)
——六原さん?
最後に見た彼の悔しそうに月島を見上げたあの瞳を思い出した。もちろん鎖により拘束された六原はこの場に向かえるはずが無いと思った。しかし、もし、鎖が解かれてしまった場合、この場所をすぐに調べ上げて向かってくる事だろうと思った。
——ワタシは覚悟を決めているのに。
その為に、追い掛けられている最中であったが何とか一度彼らを振りきった後六原に会いに行き、別れを言おうとした。だが、結果としては巻き込む形になってしまい、彼自身も怪我をした。
そして、ここに来れば、針沼は今度こそ容赦なく攻撃するだろう。だから、出来れば来て欲しくないと願う月島を余所に針沼は球体に向かって話した。
「まさか」
「アア、お前さんの思っている通り」
——やっぱり、そうだよ。
「あの訳のわからん女か」
「いや、メイドが現れた」
——……ですよね。
ワーの言葉に少しだけ、ホッとする。六原が向かってくること等、考えすぎだと自分に言い聞かせた。
——六原さんが来た所で何も変わりはしないのだから。
今までの戦いぶりからみても六原の力でワー達の防衛線を突破し、この場所に辿り着き、針沼たちを倒す芸当等出来るわけが無い。
だから、もしかして、なりふり構っていられない六原が辰野の仲間になって取り戻しにくるかもしれないがと月島は思っていたが・・・
針沼は泉のほうを見る、浜辺には4人ほどの黒いローブを着た針沼の仲間達がそれぞれの杖の先端を泉の水面に付け魔法陣を描いていた。水面に描かれた魔法陣は波紋に溶けすぐに形が崩れるが光の粒子が泉に少しずつ広がり泉に光が少しずつ輝きだしていた。
——この部隊とはついていなかったな。
改めてここにいるレギオンを見渡す彼等の手には杖が握られている。彼等は皆、魔法使いであった。
——レギオンの中でも異端とされた魔法使いによる部隊「レムレス」。彼らが来たとはね。
名前こそ知られているが切り捨ての部隊である。しかし、レギオン内で迫害を受けている魔法使い達をより集めた部隊である為実力もあり、さらにかなり錬度と統率された部隊であった。
——てっきり、この部隊ならいきなりこちらの世界に送られて、生活できずに朽ち果てるか。この世界でレギオンとは縁を切り、生きていくと思ったのだけどね。
等と月島は予想していたのだが、結果は予想以上にやる気があったらしく、月島の居場所を発見すると全力で捕まえに襲いに来る始末であった。
泉の近くでは未だ異世界に行く為の準備を淡々と行っている部下の様子を見ながら、針沼はワーにこれからの行動を指示した。
「転送まで、まだ少しかかりますので後二十分ほど時間は稼いでください。」
「あいよ。後な、これから連絡は取りにくいと思うが、何かあるかね」
「特には無いですね。まぁ、危なくなれば皆さん撤退して下さい。あなた方は別地点の転移先からこちらの世界に行ってもらいますので」
「分かった。じゃあ、ほどほどに頑張るとするよ。あとお嬢に手を出したら承知しないよ」
「ええ、分かっていますよ」
その言葉を最後に針沼が杖を一度軽く振るうと球体が萎むように小さくなり消えた。
連絡を終えた針沼は小さく口元を微笑ませ月島に語る。
「どうやら、無事に元の世界に戻れそうですね」
「そう」
部下たちに指示を出す針沼の声を耳にしながら、短い返事をした月島は空を見上げる。
空には光り輝く少し欠けた月が浮かんでいた。
——この月も見納めだね。
あちらの世界では青く輝く月である為、この夜空も二度と見ることはないと思うと少し名残惜しい気がした。
「ん?」
コウモリか。空に黒い小さな点が飛んでいた。しかし、ソレはコウモリの羽ばたく機動とは違い一直線に空をかけている。
見慣れた軌道だと月島は思った。
——嗚呼、あれか。
それが何なのか月島が思い出した時。空を飛ぶ影から一筋の光が流れる。少しの間をおいて流星の様な光は膨れ上がり、花火のように大きな塊となり飛び散った。
突然の発光に驚きの声を上げるレギオンに少し間をおいて破裂音が響いてくる。
「……皆さん」
周囲のざわめきに反し、動揺することなく針沼はメガネの縁を押さえつつ指示を出した。
「落ち着いて下さい。全員、作業中断。迎撃体制を・・・」
整えなさい。というセリフは部下には届かなかった。それよりも大きな衝撃と音が彼らと泉を挟んだ対岸に起きた。
先ほどまで高速で空を飛んでいた黒い何か一直線に地面に落下した。それだけしか針沼には分からなかっただろう。
「社長、アレ、なんです」
隣にいた部下が尋ねてくる。
もちろん、落ちたものが何の中か針沼には分からなかったが、このタイミングで来る者といえば敵しかいない。一体誰がという疑問は置き、土ぼこりが立ち込める中に針沼は杖を振い魔法陣を瞬く間に描き、光球を作り出すと見えない何かに向けて撃ち放つ。
「何だろうが、迎撃しますよ」
針沼の言葉を聞き、この場にいる六人の部下たちが一斉に杖を取り出し、魔法陣を早々と作り出す。
素早く描かれた簡単な魔法陣から光の弾丸が打ち出される様子をしり目に、針沼も次の魔法陣を描く。
光弾は一直線に対岸の土煙に向けて飛んでいく。
だが、それよりも速く、ゆらりと黒い何かが土煙から蠢く。
針沼の視界の先でソレはうっすらと光を放っているが見えた。
「来るぞ」
側にいる針沼の部下が呟くのと陽炎の様な光が大きく輝いたのは同時であった。
針沼達が放った光球と入れ違うように、土煙りの中から弾丸のように大きな黒い塊がこちらに飛び出す。
駈ける黒い塊は月光に照らされ湖の上でソレは姿をはっきり現わした。
黒い尖がり帽子に黒のマントで身を包んだ姿。そして、一本の棒に跨り空を駈ける姿に針沼は言葉を呟いた。
「・・・魔女」
箒に跨る少年は、六原 恭介は月島の元に向かい一直線に空を駈けた。
- Re: 脇役謳歌〜できそこないヒーロー ( No.48 )
- 日時: 2014/05/16 05:07
- 名前: uda (ID: T3U4YQT3)
地面に着地すると同時に、衝撃で舞った土ぼこりが視界を覆うが、マントと帽子に編みこまれた防御呪文により視界は晴れ渡っていた。
ニヤリと笑みを浮かべた六原は箒にだけ聞こえるように小さな声で語る。
「ヒーロー見参!・・・て感じだね。いいねぇ」
(最後に手元を狂わせなければ元主の地点に着地出来きて完璧でしたけどね)
「うるせぃ」
——初めての動きだったからミスぐらいするよぉ
「それで、行けそうかい?」
晴れた視界の先を、姉に教えられた月島がいるであろう場所をゆっくりと見据える。
(軌道修正完了です、ご主人様)
「了解!!ブースターも全開で頼みますよ」
箒の了承を受け、両足に設置し宙に浮かぶ魔法陣へ足を乗せる。六原は箒に乗ったまま軽く宙に浮いた。
六原の作戦はシンプルであった。
普通の手段で間に合わないなら普通じゃない手段で行けばいい。そして、都合よく傍にあった箒を使い、空を駈けてきたわけである。
もっとも、相手は六原が空から特攻してくるなどことを予想していないだろうが一応悟られないように、メイドと姉に針沼達を倒すことを条件に少し協力してもらった。
六原の出した提案、相手の注意をそぐ為にメイドは辰野と合流して派手に暴れてもらい。姉にはこの森周辺の敵を狩ってもらう事であった。
先ほどの急降下の際に後ろに乗っていた姉は森の中に落とした。今頃、恐らく先ほど空中にいた周辺の敵を倒している頃である。
そして、姉から借りた閃光弾のお陰で、暗闇の森にいる為空から見る事もできない月島の姿を確認できた六原であったが未だ運転にはなれず、急降下の際に運転を誤って反対側の岸に着地してしまったのであった。
——何だか、ほとんど人頼みになってしまったなぁ。
「まぁ、このほうが堂々と彼女を救うみたいでいいカッコいいから、いいか」
目の前に障害物は無いみたいであった。つまり、一直線に突っ込むだけである。
——敵の攻撃がくるかもしれないがそれなら、それよりも速く行けば良いだけだ。
ポケットから姉から貰ったチョーカーを取り出し、素早く首に巻く。
止め具となる針を通すと同時にその針を首筋に打ち込む。小さな痛みであったが体が少し痙攣し、首筋が熱くなる。
——主役はオレ。悪役はレギオン、ライバルキャラは姉と友人、そして、ヒロインは月島だ。
出来過ぎているよなぁ。マジで物語みたいだ。ははは……と、乾いた笑いが自然と零れる。
——まぁ、気にしない。今は気にしない。だから、今はテンションを上げて、格好良く、堂々としたヒーローのような活躍を始めよう。
嗚呼、覚悟は決まった。首筋に未だうずく痛みに耐えながら、六原は足元の魔法陣を蹴り飛ばした。
同時に背後から、大きく、高く、長い音がする。それは背後にあるブースターが最大力で噴出された音であった。
(ブースター予定値の限界)
六原はへらへらといつものように笑い、決断を下した。
「ぶっ放しちゃってください」
(振り落とされないでくださいよ)
「任せなさいや」
行きますと言う箒の声の後、すぐ背後で巨大な爆発音が周囲に鳴り響く。
箒のエンジンともなるブースターが全開で爆発し、弾かれたように六原は前へと飛び出した。
背後から聞こえる巨大な音は帽子に埋め込まれた魔法陣によって遮断される。衝撃で周囲を漂っていた土煙が瞬く間に晴れ、同時に頭の上を光りの球が掠めた。
——わぉ、いきなり攻撃ですか。ほら、もう少しヒーローの変身シーンを待ってあげるみたいな礼儀はないのかねぇ。滅茶苦茶ビビったじゃないですか。
不意に掠めた攻撃に少しだけ六原は背筋が寒くなる。ミスったらやばいと気合を入れる、箒の柄の先に付けられたハンドルを握る手が緩みそうになったが、すぐさま強く握りなおした。
視線の先には様々な魔法陣が無数展開されていた。視線の先にはまるで星空の様に煌めく光景が広がっていた。
——こりゃ、恐らく雨のように魔法がこちらに来るよなぁ。
一発でも攻撃を受ければ箒も六原自身もただではすまないことは数時間前に嫌でもメイドたちから聞かされており、少し前に味わっている。
——しかし、逃げるわけにもいけないってね。
先ほどまでの復習した箒の新しい乗り方を思い出し、六原は箒にすぐさま命令を出した。
「軌道を目的地「月島」までの自動修正。後、「陣」を一秒後足元に発動。ブースターは「陣」発動後まで落としておいてください」
はっきりと言葉にした命令は上手く伝わったようで箒は了解と言ってくれる。
晴れた視界からは青、金、白、黒、水色といった様々な色の塊がこちらに迫るのが見える。
その光景に圧倒されながらも六原は両足を少し大きく上げる。背後のブースターが弱まったのを確認すると真下に向かい上げた両足を勢いよく振り下ろした。
(「陣」発動します)
箒の声が六原の頭に響き、「陣」と六原が呼ぶ十センチほどの魔法陣が足元に現れる。振り下ろされる足の裏に出来た魔法陣は空中で固定され、振り下ろされていた足は足場にでも当たったかのようにピタリと止まる。まるで小さなトランポリンを踏んだような感覚であった。
同時に足の裏全体にとてつもない反動が加わったが、それは一瞬で六原の足元に足場が出来たということであり、下ろそうとした足の力は自由を求め六原の体は空に向かう。結果、急激に箒の高度が上がる。
「グッ、ギ…」
激しい激痛が両足から響き、六原は顔をゆがめた。
真下を様々な攻撃魔法が通過する中、六原は前を見る。まさかこんな風に避けるとは思っていなかったのか、何人かは表情が驚き、一瞬の隙が出来ていた。
その隙を見逃さずに六原は再びブースターを上げるように箒に命令し、スピードを下げることなく月島の元に特攻した。
手元に浮かんだ四角い魔法陣から数字が浮かび上がる。月島の元へ行くまでの時間が描かれる。
辿り着くまで約十秒。
飛んでくる槍や剣等の攻撃的な形の魔法を右側に発生させた陣を蹴ることで素早く移動し回避する。
そしてすかさず、後ろに浮かんだ魔法陣を両足で蹴り、スピードを落とすことなく六原は突っ込む。
ギチギチと、耳障りな音が、陣を蹴るごとに足の骨が軋む音が頭に響く。
高速で動く箒を無理矢理力技で軌道修正しているのだ、正直子の動きは足を壊しかねないと箒に警句されているレベルである。
「陣」、六原はそう呼んでいるが、正式にはソレは魔陣壁と呼ばれる箒に付属されている魔法陣であり、六原の身に付けているマントや帽子と同じように箒内の魔力を使いできるものである。しかし、魔陣壁は主に発進のときの足場等に使われるものであって、決して六原が使っているように軌道を緊急変更する為の壁として使うものではない。その行為はバイクで走っている最中に両足を地面に付けて止めようとしているようなものである。
ある程度箒の方で何とか衝撃を和らげようとしてくれているのだが、それでも、足が痺れるように痛む。
——だけど、まぁ、引く気は無いけどね。
足が痛み、壊れる前に、もっと速く・・・願い、六原はさらに背後に陣を展開させ蹴り飛ばしレギオンの魔法と真っ向からぶつかった。
鞭のようなしなる水の鞭を掻い潜る。
湖から突き出た巨大なツララも飛び上がり回避する。
雷を纏った誘導弾も連続で陣を蹴ることでかわし。
何の力も無い六原はただ、箒に言われるまま両足で陣を蹴飛ばし、両手で箒にしがみつくのみ、握る手は絶対に緩めない。
——見つけた。
黒ずくめの人影の中、暗闇の中で制服姿の少女、月島の姿を見つける。
そして、一瞬の内に針沼を通り過ぎる。
「そろそろ、止まりますよ」
——分かりました。
一度着地してから月島を保護して去って行こうと作戦。月島の元に近づいた六原は足元に陣を展開し、正面に向かって蹴り飛ばすことでスピードを落とし、勢い良く両足を地面に着地する。
「いってぇ!!」
がりがり。靴底が地面をこする音が騒音のように鳴り響く。
——やばい、やばい、ヤバい。
(着地の際に足が壊れるかもしれませんが耐えてくださいね。)
——言うの遅くないですか!?
「イッ!ッテェ!」
足に電気を流されたような痛みが奔り、これ以上陣を蹴ることが厳しいですと箒の警告を耳にしながら、ゆっくりとハンドルのアクセルと緩めスピードを落とす。
結果としてスピードが止まりきらずに月島の前で停まるはずが大きく横にずれてしまい、その間にレギオンの他の仲間が月島の身柄を確保する。
結果として、月島を箒で掻っ攫っていこうとする計画は潰れてしまった。
それでも何故か高揚感はまだ落ちていない。
「ははは」
足首の痛みで呻きたくなる衝動を抑え、代わりに笑う。六原は箒を肩で担ぐと笑みを浮かべ高らかに吼えた。
「お待たせ♪ヒーローの登場だ!!」
- Re: 脇役謳歌〜できそこないヒーロー ( No.49 )
- 日時: 2014/05/21 02:24
- 名前: uda (ID: T3U4YQT3)
「「「・・・・・・」」」
ウインクと共に発したセリフ。
突然現れたあまりにもふざけた登場に、周囲の人達は何も言い返せなかった。
——あれ?もしかして外したか。おかしい、かなり格好よく決まったと思ったのになぁ。
反応の無い周囲を見渡す。レギオンは月島を確保し、彼女の行く手を阻む壁のように六原の前に立っていた。
その中心に立つ針沼はメガネの縁を押さえると突然現れた六原に声を掛けた。
「もしかして、えーと、六原さんでしたっけ」
——なんでしょうかねぇ。その反応。自然とこちらのテンションも下げた方がいいと思うじゃないですか。
「はい。そうですが……」
ハンッ、と軽薄な鼻で笑われた。
「まさか、貴方のような只の一般人が、こんな大それた登場をするとは思いませんでしたよ」
語る針沼の口調からは今にも小バカにしたような軽薄な拍手を送られそうであった。
——完全に舐められていますよね。
「しかし、妙ですね。何故キミは周囲を索敵していた上空の部隊と出会わなかったのでしょうか」
「嗚呼、あの箒の乗った3人なら、もう一人のヒーローが相手をしているよ」
——まぁ、あの姉をヒーローと呼ぶのはやっぱり気に食わないが。協力してくれたんだ。良しとしよう。
今頃、空中にいる相手とキャッキャ、ウフフと追いかけっこの最中だろう。もっとも姉が鬼役で一方的に遊んでいるのだろうと容易に想像がついた。
「どうして」
黒いローブを纏った人達の奥から声が響いた。
声の主である月島はレギオンに拘束されながら六原に凛と声を届かせる。
「どうして、来たのだい?」
てっきり叫ぶような声を上げると思っていたが落ちついた声の少女に六原は箒を手近にあった木に引っ掛けるように置きながら答えた。
「おう、助けに来たからに決まっているだろ」
「しかし、姫様はそれを求めていませんよ」
「いや、いかにも悪役みたいなお前の言葉なんて聞いていないからね。とりあえず、お前は今からオレが姫様奪うから、邪魔しないでくれよ」
六原の言葉に針沼は鼻で笑って返答する。
「奪う?もしかしてその箒で掻っ攫うつもりですか?」
実はほんの少し前までそんな作戦であったが、針沼に言うとまたもや鼻で笑われそうなのであった。だから、本当の事は言わないでおく事にした。
代わりに笑みを浮かべ今からやる事を伝える。
「そんなわけ無いよ。堂々と邪魔するやつらを正面から倒して奪うから」
「誰にでも乗れる、そんな箒しか乗れない無力なお前に何が出来る?」
針沼の挑発的な笑い、六原は怒る様子も無く笑みを浮かべる。だが、六原の内心はこの展開にいらだっていた。
——確かにオレは何もできないだろう。
「そうだね。だけどな、こんな無力なオレでも必死なんだよ」
本当なら自分の実力で救いたかった。だけど、そんな事が出来るほど才能も運も無い。だから、誰かに、例えば、姉に頼るしかなかった。
六原は強がった笑みを浮かべた。
「そして、必死になった人間は、いや、ヒーローは不可能を可能にできるんだぜ」
——嗚呼、かっこわりぃ。
自分が嫌になると悪態を付けながら、マントと帽子を払うように箒の置いた辺りに脱ぎ捨てる。
放り投げたマントの内側から十字のマークの付いた紅いパーカーが現れた。
そして、六原は首筋に軽く手を当てた。針が小さく刺さり未だ痛みが引かぬ首筋。その痛みの元となっているチョーカーの止め具の金属板をゆっくりと左手の指でなぞると力を込め首に押し付ける。
痛みを誤魔化すように軽薄な笑みを浮かべ六原は彼女を思う。
——こんな風にヘラヘラ笑っているようだけど、やっぱり彼女をどうしても助けたいんだよ。他人の力を借りる程なりふり構っていられないぐらいにね。
だからと、思いながら左手の指先に力を込める。途端に先ほどとは比べ物にならない鋭い痛みに体が痙攣したが、六原は構わず力を込めた。ずるりと刺さっている金属部から首筋のチョーカーが首筋から垂れる血を啜っていく感覚にゾクリと寒気がした。
——だから、少しお前らにとって理不尽で理解不能な力を使ってもハンデだと思って許してくれよ。
これは正々堂々とした勝負ではない。六原にとって今から起きることは誰にでも出来るよう仕立て上げられた茶番でしかないような勝ち戦であった。
「バカですね」
右手を軽く上げた針沼は攻撃するように促す。素早くレギオンの内の一人が氷の槍を形成する。
「・・・・・・やめて」
「いけ」
月島の制止の声も届かず、針沼は小さな声で指示を下した。
同時に氷の槍を持ったうちの一人の姿が闇に溶けるように消えたのだが、その事に気付かない六原は首筋から手を離した。
首筋の皮膚の中に冷たく硬い感覚が疼く。姉から借りたチョーカーはどうやら上手く作動したようであった。一応、魔力源は先ほど箒の中にあった魔力を乗っている間に姉が操作し少し貰っていた。箒の魔力で動くか少し不安はあったのだが、体に熱線のような間隔が首筋を動き回る。
六原からは見えないが彼の首に巻かれたチョーカーからゆらりと紅い記号のような文字列が肌の上に現れ、文字列は蛇のように動きながら体中を這い回ると消えていった。
六原は右手の袖を捲り上げる。
しかし、現れたのは肌ではなく、白い何かが彼の右腕に絡まれていた。
ソレは札の塊であった。六原は姉に貰った札に糸を通し腕に巻きつけていた。肘から手首にかけて肌を覆うように巻かれた奇怪な記号の描かれた札は仄かに紫色の光りを灯し始める。
——うん、どうやら両方とも正常に動いたようだね。……さてと、それじゃあ蹴散らしますか。
拳を針沼に向けて突き出すと、堂々と言った。
「さぁ、この力を見せてや—ッ!!」
だが、見せてやる。という言葉は最後まで言うことはできなかった。
「がぁ!!ア、アア・・・・!!」
胸に強い衝撃の後、口から鉄の味のする液体が溢れる。
——マジ、か?
いつの間にか目の前に男がいる。彼の両手には氷の槍が握られており、槍の先端は六原の腹の中に隠れていた。
——も、もう、チョット、空気読んでくれんかぁぁあああ。
気がつくと六原は活躍もすることなく、腹部を槍が貫かれていたのであった。