複雑・ファジー小説

Re: 脇役謳歌〜できそこないヒーロー ( No.64 )
日時: 2014/05/31 09:29
名前: uda (ID: T3U4YQT3)

——参ったなぁ。初めてフラグが立ったと思えたのがバァさんとは・・・・・・
 等とふざけた事を考えながら六原は適当な世間話を交えていたところで、ワーはそろそろお前の姉に用があるからと言って、窓を開けた。
 聞けば今度は連れ戻されそうな主を自分の立場を省みずに助けた姉に、お礼を言いに行くらしい。
——やっぱり何か悔しいよなぁ。
 美味しい所だけ姉に持っていかれるといういつも通りの納得いかない出来事。
 しかし、結果だけいえば、レギオンの残党を完全に倒し、月島を最後に助けたのは姉であるという事実は明らかであった。
——てな、感じでイライラしていたらまた聞きそびれるじゃないか。
「あの」
 聞かなければいけない事を未だ六原は尋ねていない。慌てて、窓からもう一度去ろうと背中を向けるワーに六原は声を掛けた。
「月島は元気ですか」
 ワーは振り返ることなく窓を開け答える。
「それは本人に会うのが一番だと思うがね」
 そして、エプロンのポケットから折り畳まれたA4サイズの紙を取り出す。
「手紙ですか?」
 ワーは答えなかった。
「主もそれを望んでいるからね」
 そして、その紙を床に置くと窓枠に足を掛けて勢いよく飛び出していった。広げた紙を置いたままあっという間にワーの姿は消え、病室は静まり返る。
——え?何?何ですか?
 ワ—が何をやりたかったのか分からず、疑問に思いながら六原は思い体を引きずり、立ち上がるとその手紙を思える用紙を取ろうと近づいた。
 しかし、ベッドにいたときは見えなかったがその紙に描かれたものは手紙に記すような文章ではなかった。
 どこかで見たことのある円と記号。
 それは一つの魔法陣であった。
 六原がその魔法陣が何だったのか思い出すよりも早く。魔法陣は光り輝く。
——おいおい・・・いきなり発動かよ。
 とっさにベッドの陰に飛び込もうと身構えたが、目の前で起こる出来事の美しさに目を奪われ六原の動きは止まった。
 魔法陣の名から湧き上がるのは幾つもの光りの帯。
帯は魔法陣を取り囲み一つの羽毛のようにふわりと収束していく。
 重なり合う帯同士は一つの大きな光りの卵を形成した。
 全ての帯が収束し卵のような形の光りの固まりが出来上がる。光る固まりは一度大きくドクリと脈動すると同時に今度は砂のように卵が崩れ落ちた。
 卵は風に流されているように上から崩れてその内にあるものの姿を露わにした。
 それは中髪を後ろで結んだ一人の少女。灰色のニットワンピースに黒のパンツを着ている私服姿の少女。その両手には一冊の本と紙袋をそれぞれ持っている。
 目の前のとても現実とは思えない突然の光景は六原は見た事はなかったが、予想はついていた。
「・・・・・・転移魔法」
 目の前の出来事に驚きつつ、ポツリと言葉を漏らす六原に少女は、月島は微笑む。
「やぁ、六原さん」
「嗚呼、」
 言いたいことや聞きたいことは数多くあったがその笑顔に何を話そうとしていたのか忘れてしまう。
——自分パジャマ姿だから何か恥ずかしいんですけどね。
 今更、私服に着替えておけば良かったと後悔しながら六原は月島に話しかけた。
「す、凄い登場の仕方だな」
 ようやく出てきた言葉がワーの時と同じ事に自己嫌悪してしまう。
「カッコいいだろ」
 右手に持った魔道書を胸に抱えると自慢そうに言う。以前と変わらない調子に六原は安心した。同時に突然の登場ですこし動転していたが落ち着いてくるのを感じた。
「元気そうで良かった」
「それは六原さんも同じだね。それとワーさんが持って行ってなかったから・・・」
 月島は左手に持った紙袋を六原の目の前に持ってくる。受け取り中を覗くと高そうなお菓子の箱が詰め込まれていた。
「ありがとう。いやぁ、お見舞いってのは嬉しいですね」
 それは良かったと月島は言う。
 来てくれた事に六原は純粋に嬉しかった。そして、六原は内心迷っていた目の前の彼女にその後の話を聞いて良いのか。
 もし、目の前の彼女にとってその事実を話すことが苦痛であるなら、聞かずにいたほうがいいのではないのか。
——所詮、今回も自分は脇役みたいなものでしたから。
 自身が頑張ったところで予想した結末は何も変わらない、ただ、姉や友人にしか頼ることしか出来ない脇役だから。
 だが、そんな心配も無駄に終わった。
「キミにその後の話をしに来たんだよ」
「——え!?」
 月島自身から話を振ってきたのだったからだ。六原は月島の表情を見た。表情にはあまり変化のない月島であったが、嬉しそうな顔には見えず、どちらかと言えばどこか寂しそうに見えた。
 その表情で六原の先程までの聞こうとしていた気が失せる。
「なぁ、やっぱり、別に無理して言う必要はないぞ」
 やんわりと断る六原に月島は黙って首を横に振った。
「いや、助けてくれたキミには言っておきたい」
「・・・・・・別に助けてないけどねぇ」
「いや、確かに六原さんはワタシを助けてくれたよ」
 そんなわけはない。助けには来たが、結局何も出来ず。
「そうかい。じゃあ、聞こうか」
「その前に一つ言っておかないといけないか」
 月島は微笑みを六原に向けた。

「助けてくれて、ありがとう」
 
——え、あ。
 透き通る声に頭の中が一瞬で混乱した。同時に耳のあたりが熱くなるのを感じた。
 初めてだったのだ。
 ヒーローになろうとして初めて誰かからお礼を言われた。
 それは六原にとって今までの努力が初めて報われた結果を物語っていた。
——あれ、なんかめっちゃくちゃ嬉しいな。
 なぜか胸の辺りがこそばゆく、月島の顔を直視することが出来ない。
 何故だ?月島から顔を逸らすと、冷静に自分自身を客観的に、慎重に、細かく、理論的に、判断した結果。出てきた結論は単純なもので、その理由に気付くと同時にある言いたい言葉が浮かび、六原に話せという衝動に駆りたてる。
「月島さん」
 胸から湧き上がる衝動にあらがう理由は特になかった。
——その後の話を聞きたいけど、まぁ、後にしておこう。どうせ、姉がうまく活躍しただけの話だからな。
 きっとこれから、自分が気絶してからの話をする前に、六原は月島のほうに振り口を開いた。

「今度。デー、いや、遊びに行かないか」

「……はい?」

 驚き、口を半開きにする月島が何故か可愛いと思えた。