複雑・ファジー小説

Re: 君の絵 ( No.2 )
日時: 2014/01/19 10:12
名前: みーこ. (ID: J9Wlx9NO)




 彼女と出会ってから、俺の生活は転がるように変わっていった。
“内田”から、“小春”、“菊池くん”から、“爽ちゃん”。

 付き合おうよ、ってそんな言葉、二人の間にはなかった気がする。でも俺は確かに、小春のことが好きだった。
 付き合ったと確信したときは、高一の十二月だった。その日俺は日直で、教室で日誌を書いていた。そのときも、窓の外を見ていたのを覚えている。一回教室の中を覗いてから嬉しそうに目を細めて、彼女は教室に入ってきた。後ろに何か持っている。

「日直?」
「うん」

 小春は俺の前に立って、「ふうん」と顔をニヤニヤさせている。気付かないフリをして、日誌を書き続ける。正直、日誌の項目の授業内容など、書いても意味がない気がする。

「爽ちゃん!」
「何だよ」
「爽ちゃんたら、こっち向いてよ」

 小春を見上げると、「じゃじゃん!」と声を出し、後ろに持っていたものを俺に差し出した。何だか分からなかったけど、とりあえず受け取ってみる。

「爽ちゃん、今日誕生日でしょ」
「……そういえば。でも、言ってないのに何で知ってんの?」
「馬鹿だなァ。君さぁ、メアドに自分の誕生日入ってんじゃん!」
「あぁ……」

 思わず、なるほど、と声を漏らしてしまう。それと同時に、そんなことにも気付かなかった自分に思わず顔が赤くなる。そのまま俯いて動かなくなった俺の髪の毛を、ぐしゃぐしゃにするくらい強く撫でて、小春は笑った。

「これ、何だと思う?」
「明らかに、スケッチブック? でも何で二冊?」

 渡されたスケッチブックは二冊あった。俺はそれらの表紙を交互に見つめ、首をかしげた。

「爽ちゃん、スケッチブック欲しがってたでしょ」
「二冊なんて欲しがってないけど」
「開けてみてよ」

 そう言われたので、一冊目を一ページめくる。……写真と、絵と、文字?
「最近、そういうのはやってるんだって、アルバム」と言って、いつの間にか俺の隣に座っていた小春はニッコリと微笑んだ。
少しページをめくると、小春は興奮してあった写真に指をさす。

「ここ! 一番最初に出かけたところ。ナンパされてんの、爽ちゃんに助けてもらったよね」
「あー、覚えてる」
「あのときまだ私、爽ちゃんのこと“菊池くん”って呼んでたよね」
「うん。俺も、“内田”って呼んでた」
「それ、超懐かしい」

 小さく噴出す。——その後も散々話をした後、小春は立ち上がった。爽ちゃん、と神妙そうに小さく声を出す。明らかにいつもとは違う態度に、「ん?」と真面目に聞き返してしまう。
 小春は、大きく息を吸った。

「好き」

 大きく息を吸った割には、か細い声に、短い単語だった。それくらい彼女は緊張していたんだと思う。

「……え」
「好、……き」

 今度は少し大きく、もう一度言う。多分俺が聞こえなかったと思っているんだろう。あまりに驚きすぎて、俺は体が動かなかった。

「そ……れは、付き合って、と……いう風に……解釈しますか?」

 何にも分からなくて、頭が真っ白になって、ただ体中が熱かった。そのときは、恥ずかしくて思わず敬語が出てしまったことに気付かなかった。小春は、「うん」と頷いた。さっきよりも大分声が戻ってきていた。心配そうに俺の顔を覗き込む小春の顔を見つめていると恥ずかしくなって顔を伏せた。

「…………ん」

 そのまま小さく頷いた。小春は「良かった」と安堵していた。自分の顔が真っ赤になっていることが分かっていた俺は、その後もなかなか顔を上げられなくて、俯きがちに返事をしていた。それに気付いた小春が、俺の名前を何度も呼び始める。

「爽ちゃん?」
「……あんだよ」
「そーうーまー」
「何」
「爽ちゃんっ」
「何……ん」

 もういいや、と思って顔を上げた瞬間、唇に何かを感じた。向かい合わせの小春の顔も、俺と同じように目をまん丸にしていた。おそらく、キスする気はなかったんだと思う。俺の両足の間のイスの隙間に右ひざを乗せていたので、顔を近づけるくらいはしたかったのだと考えられた。ビックリして、お互い顔を離す。小春は「ごめん」と小さくそう言って、右手で口元を触った。声が出ない俺は、あわてて首を横に振る。

「……怒って、ない?」
「お、怒るわけないだろ」

 やっと声が出るようになって、胸の辺りをトントン、と軽く叩く。

「じゃあ、もう一回しても怒らない?」

 小春は、拗ねたように俺を見つめながら言った。二回くらい咳払いをしてから、俺は——頷いた。