複雑・ファジー小説

Re: 君の絵 ( No.3 )
日時: 2014/01/19 10:13
名前: みーこ. (ID: J9Wlx9NO)






 小春と付き合い始めてから、俺たちの関係は変わらずに九ヶ月経った。高校二年の夏休み。その日は登校日だった。進級して組は一緒ではなかったが、話す量も、俺が笑う量も前よりも格段に増えた。

 明後日に、花火大会の約束をしていた。

「明後日の花火大会、クラスのみんなで行こうってことになってるんだけど、菊池くんも来ない?」

 見上げると、俺の前にいたのははにかんで顔を赤らめるクラスメイトの女子だった。声を出さずに首を振ると、「内田さんと行くの?」と小春の名前を出した。頷くと、「そっか」とつぶやいてからそのクラスメイトはクラスの輪の中に入っていく。その様子を、俺はジッと見つめた。

 菊池くん、どうだった? ううん、だめだった。やっぱり内田さんと行くんだって。輪からそんな声が聞こえて、俺は目を閉じた。




 小春に言われて、その日の帰りは一緒に帰るつもりだった。そして、どこかで軽いものを食べて帰ろうと話をしていたが、小春がいつになっても校門まで来ないので、教室に戻ることにした。もしかしたら彼女は忘れているのかもしれない。今日も花火大会のことを一番嬉しそうに話してたし。もしそうだとしたら、明後日会うときに思い切り笑いのネタにしようと、一人で少しだけ笑った。

 戻る途中、駐輪所で女子のひどい悲鳴が聞こえる。ふとそっちへ目線を向けてみると、女子が数人、誰かを中心にして輪になっていた。なんだろう、と不思議になって目を細めてそっちを見ると、輪になっている女子はこっちを向いて帰ろうとしていた。なんだ、うちのクラスの女子も何人か混ざっているじゃないか。

 中心にいた女子は地面に座り込んで、肩を震わせていたように見えた。さっきの悲鳴は彼女のものだと気付く。しばらく黙って見つめていたが、そのまま見なかった振りをするのも胸苦しいので、ゆっくりとそっちに歩いていく。近くで見ると、彼女は髪の毛も制服もびしょ濡れだった。

 彼女と数十メートルになったとき、突然俺の足と思考が止まった。
 小春……か?
 小春と思われる彼女は、前髪で隠れているから顔は見えなかったが、確かに涙が地面に落ちていた。それから、それを手のひらで拭っていた。

「小春っち、大丈夫?」

 声をかけたのは、俺ではなかった。小春が顔を上げるので、びっくりして少し遠くへ退く。声の方を向く——それは、夕貴だった。

「うん、大丈夫」
「ごめん、気付くの遅かった」
「うん。……今日、爽ちゃんと一緒に帰る約束しちゃったの」

 自分の名前が出て、思わず肩が上がる。

「この姿じゃ無理だね。俺、何か言ってこようか?」
「……ごめんね」
「大丈夫。あ、一人で帰れる? 俺、一緒に帰ろうか?」

 小春は立ち上がる。夕貴はしゃがみこんで、小春の膝の砂を払った。触るな。触るな触るな触るな。胸の中で、醜い黒い感情がぐるぐる湧き上がる。砂を払い終えた夕貴は小春の顔をじとっと見つめて、それから明るく笑って、小春の涙をジャージの袖で拭った。小春はそれを優しく手で振り払った。

「大丈夫。一人で帰れるよ」
「……そっか。じゃ、ここから帰りな。爽ちゃんには言っとくよ」

 頭がぼやーっとして、自分が地に足をついている感覚がなかった。俺、彼女がいじめれているのに気付かなかったなんて。彼女の笑顔しか、俺は見えていなかった。そう思うと、今にも倒れそうな勢いで視界が揺らいだ。

 ばいばい、と二人の声がして、夕貴が振り返る。——目が合った。彼は、俺の顔を見つめて、気まずそうに口を歪めた。何も言えずに黙っていると、夕貴は少しだけ笑った。それはまるで、俺を蔑み笑うような笑みだった。