複雑・ファジー小説

Re: 君の絵 ( No.4 )
日時: 2014/01/19 10:13
名前: みーこ. (ID: J9Wlx9NO)





「爽ちゃーん」

 またか、と思う。待ち合わせの駅の近くで手を振る小春は、浴衣を着ていた。これで零勝五十七敗だ。一体彼女は待ち合わせの何時間前に来ているのか不思議に思う。一時間前に来ても、一時間半前に来てもいつもいるのだ。前に、「何時に来てるの?」と聞くと小春は「内緒」と笑っていた。

「浴衣、着てきたよ。可愛いって言ってよって、言ったよね? さあ、言っちゃって!」
「……俺、言うなんて言ってないよ」

 ちぇ、と小春は頬を膨らませた。それでも笑っているのは、本当に言わせるつもりはなかったんだと思う。「花火、楽しみだな」と俺の顔を覗き込んで微笑む小春は、本当はこの上ないほど可愛いと思った。



「何食べる?」
「んとねっ、まずはわたあめ!」
「はいはい」

 花火が上がるまで時間があるので、屋台を回る。小春は楽しそうに俺の手を引いてわたあめの屋台まで俺を走らせる。
 屋台のおっさんに「二つ」と言って財布を出すと、小春は「だめ、一つ」と声を上げた。何がなんだか分からなかったが、とりあえず「一つ」と訂正するように声を出す。それをもらうと、小春は満足そうに頬を赤らめて、草原に向かって走り出した。俺が追いつくと、彼女はそれを俺に差し出した。

「はい、爽ちゃん」
「え、俺が食べていいの?」
「うん。はい、どうぞ」

 言われたとおり、一口。口でわたあめをちぎる。口の外に伸びたわたあめを食べようとすると、小春がそれを口に含んだ。突然のことに、一瞬で顔を背けた。二人の唇をつなぐ一本のわたあめが千切れる。「あーあ」とつまらなそうに小春は言った。

「爽ちゃん、どうぞ」

 悪意に満ち満ちた顔で、小春はもう一度それを言う。

「……も、いい」

 なんだかもう何もかもお腹いっぱいで、胸をトントン、と軽く叩く。

「えへへ、ごめんごめん。嬉しくて、つい」
「……ふん」

 花火が始まった。ばーん、ばーん、と内臓を震わせるような大きな音と共に、青、黄色、紫、赤の花火。小春が「わぁ」と感嘆の声を漏らしている。そういえば、花火なんて見るのは久しぶりだ。ふと隣を見ると、俺のクラスの連中が同じ花火を見ていることに気付いた。よく見ると、この前小春をいじめていた女子たちが俺と小春を見ながら何か話していた。きっと、顔からして良くないことを話しているんだということは分かる。彼女がそれに気付いているのか、気付いていないのかは最後までよく分からなかった。


「……綺麗だったねっ、爽ちゃん」
「うん」

 花火大会が終わって、帰り道。小春ははしゃいだまま、軽く笑うと帰りに買ったヨーヨーを手に当てて遊んだ。
 楽しかった、けど。俺は言わなきゃいけないことを思い出して、小春、と名前を呼んだ。「え?」小春はヨーヨーをやめ、俺の顔を見た。

 今日、言おうと思っていたこと。ごめん、と小さくつぶやいた。

「どうしたの、爽ちゃん」
「ごめん、別れよう」

 彼女が息を吸い込む音が聞こえる。体が揺れた反動で落ちた風船が、小石に勢い良く当たって——割れた。水が俺と小春の足元にかかる。小春はひゃあ、と声を上げて後退りした。
 それからしばらく経って、小春は「やだ」と一言言ってから、嗚咽する声が聞こえた。

「なんで?」
「……俺は、見えない」
「え?」

 君の、笑顔しか。俺はまだ、まだ確かに、子供だった。
 小春の言葉が遠くに聞こえる。頭がぼやぼやして、彼女の声が響いて聞こえた。



——爽ちゃん、待って、爽ちゃん。


 ばいばい、小春。俺は、君を守れなかった。