複雑・ファジー小説
- Re: 君の絵 ( No.5 )
- 日時: 2014/01/19 15:18
- 名前: みーこ. (ID: J9Wlx9NO)
2話
「ん……」
幸せな夢。……や、むしろ悪魔なのか。目を開けようとすると目頭が痛い。それにくわえて、頭の中がくらくらした。爽ちゃん、と名前を呼ぶ声が聞こえる。
「爽ちゃん、眠いの?」
「うんにゃ……小春、か……?」
懐かしい声。目を閉じたまま声を出す。相手は、クスクスと静かに笑った。
「うん。久しぶり」
小春は、俺の頭を撫でる。撫でられたところだけ、じんじんと熱くなった。小春……小春。
「小春っ!?」
「え、何?」
一気に酔いから醒める。勢い良く起き上がると、視界がぐるぐる回った。小春は口をあんぐりと開けて俺を見つめる。顔……変わっていない。それから、小春は後ろを向いて苦笑した。つられて俺も後ろを向く。
「みんな酔っちゃったみたい」
「……」
居酒屋の中は何も音が聞こえない。多分ほとんど寝てるんだろう。「私も少し頭くらくらするな」と小春は手を額にやった。
「爽ちゃん」
名前を呼ばれて、横目で小春を見る。
「爽ちゃん」
「……何だよ」
ふぅ、と小春は息を吐いた。「声、聞きたかった」と言うと、俺の腕にしがみつく。それから、安心したように目を閉じた。
「だって爽ちゃん、何も言ってくれないし、話もしてくれないんだもん。今日は爽ちゃんに会えるかもって思って参加したんだよ」
「……」
何も答えないでいると、腕にしがみつく力を強められる。ズキン、と胸が痛む。小春は、あの頃よりも——ずっと綺麗だった。
「今彼女とかいんのー?」
「……お前、酔ってるだろ」
軽く苦笑したが、俺の腕にしがみつく彼女の腕が震えていることに気付き、首を振った。……そういえば、小春と初めて出かけたときも俺の手を強く握る彼女の手が震えていた。いつもあんなに明るいのに、照れてる顔が可愛くて、好きだと思った。「そっか」と小春は、嬉しそうに俺の腕に顔を擦り付けた。
突然、後ろから声がする。
「んー……」
小春は俺にしがみつくのをやめて、お互いに二秒ほど顔を見合わせて、後ろを向いた。起き上がったのは、夕貴だった。
ひょこっと置くから頭を出した夕貴。頭に寝癖がついていた。
「あれ、二人とも起きてたの?」
夕貴の声はいつもと同じようなやんわりとした口調。……だが、俺を捕らえる彼の瞳は、まるで獲物を見つけたライオンのように鋭かった。小春はそれに気付いていないみたいで、夕貴に「うん」と笑いかけた。
「ふーん。何話してたの?」
「ううん。別に何も?」
「そっかー……。あ、ほらみんな起きて! そろそろかいさーん」
夕貴が他のクラスメイトを起こす。んー、とか、あー、とか声を出してクラスメイトも起き上がる。カウンターに座る俺と小春二人は、その光景をじっと見つめていた。
結局同窓会なんて言って、夕貴と小春としか話さなかった。そんなことを思いながら席を立って店を出る。外を眺めた瞬間、「げっ」と声を漏らす。雨が降っていたからだ。家から近いからと言って歩いてきてしまった数時間前の自分に後悔する。バイク、乗ってくれば良かったなぁ。手を差し出すと、上から勢いのある雨粒が俺の手のひらの中に落ちた。
「傘……」
一言つぶやく。——が、つぶやいたところで傘が出るはずもなく。後ろから他のやつらが出てきそうだったので、走って帰ろうと足を踏み出す——と同時に、誰かに襟ぐりを引っ張られる。思わず、「ぐえ」と声が漏れた。
「私、傘持ってるよ?」
後ろから声をかけてきたのは小春だった。首を振ると、小春は俺の手を握った。傘を開くと、俺の手を引いていく。少し後ろから、店に出てきたクラスメイトが俺たちを見て、感嘆の声を漏らす。
それを気にも留めず、小春は俺の手と傘を握って走り出した。