複雑・ファジー小説
- Re: 君の絵 ( No.6 )
- 日時: 2014/01/19 23:47
- 名前: みーこ. (ID: J9Wlx9NO)
「……」
ポツポツと雨粒が傘の上に落ちて弾けた。
「……爽ちゃん、家どこだっけ?」
「あ、今は一人暮らし。この近くのマンション。ていうか、普通にお前の家帰っていいよ。俺走っていく」
「マンションって、そこの大きいの?」
「そう」
「本当? 私も!」
偶然、と嬉しそうに目を細めながらはしゃぐ小春は、あの頃のまま変わっていなくて、俺も少しだけ笑ってから、「うん、本当すごい偶然」と言葉にした。いつもそう。小春が嬉しそうにはしゃぐと、なんだか俺まで嬉しくなって笑いたくなる。懐かしい感情が腹の底から湧き上がって、少しだけ目頭が熱くなった。
「大学で、友達とかできた?」
「……うーん。昔よりかは人と話すようになったかな」
「女の子とか、すごいんだろうなぁ。爽ちゃん、しゃべんなくても顔かっこいいもん」
小春は照れたように「えへへ」と笑って、頭を掻いた。
彼女の言うとおり、一時期は女子の圧力がすごすぎて退学しようかと考えたくらいだ。教室ではいつも周りが女子生徒だったし、何かと話しかけてきて困ったときもあった。
「……ははは」
小春の問いに苦笑で返すと、「やっぱりか」と小春は笑った。
マンションに着いて、エレベーターに乗っている最中、小春は急に俺の肩に寄りかかった。「おい」と声をかけるが、小春は返事をしない。彼女の声をよく見てみる。顔が赤い。冷酒飲んだのか? 冷酒は後からまわるって言うし……。
「んにゃ、爽ちゃん……」
「お前、大丈夫か」
肩を支えてなんとか立たせるが、小春はすでに意識がない状態。困ったな、とため息をつく。こいつ、どんだけ飲んだんだよ……。
「おい小春、何号室だよ」
そう言って小春を揺らす。
「小春?」
「爽ちゃん……顔、怖いよう」
小春は楽しそうに笑う。
エレベーターの扉が開く。前を見ると、目の前に、朝によく会うサラリーマンが立っていた。俺たちを見て、目を見開く。
「あの」
「は?」
「扉、手で押さえてもらっていいですか。酔っちゃったみたいで」
「あ、はぁ」
彼に扉を押さえててもらうと、俺は小春を背中に負ぶってその人に頭を下げて外に出た。上下に揺らしてみるが、ヘラヘラと笑っているだけだった。
「……ったく」
ポケットから部屋の鍵を出して、鍵を開ける。
中に入って、背中の小春をソファに寝転ばす。小春は薄目を開けて俺を見ていた。彼女の赤い頬と眠たそうな顔に、ドキン、と胸が鳴った。小春には聞こえてないのに、それが無性に恥ずかしくて、咳払いをした。
「……俺シャワー浴びるから、先に寝てろ」
多分俺の言葉を聞いていないだろう小春に背を向け、風呂場に歩き出す。……ああ、今日は疲れた。あくびをすると、じわりと涙が滲んだ。その瞬間、服の裾を小春に掴まれる。振り返ると、小春の瞳からは涙が溢れていた。横向きの彼女の涙は、鼻を横切って流れて、それからソファを湿らせた。
「……小春」
突然のことに驚いて、俺は小春と目線が合うように腰を折り曲げた。
「……いか、ないれ……」
「え?」
「爽ちゃんいないと、私やっぱり嫌らよ」
ヒクヒクと嗚咽する小春は、酔っていて言葉の羅列が回っていなかった。俺は黙って小春の涙を拭った。
ふと、あのとき小春の涙を拭った夕貴を思い出す。小春に振り払われた夕貴の手は、行き場をなくしてふらふらと自身の腰の位置まで下がると、悔しそうに拳を握り締めていた。俺はどうしても、その震える拳を忘れられない。
「いつも、私からだったでしょ?」
「え?」
「キスも、デートも、ぎゅうってすることすら、爽ちゃん自分からしてくれなかったでしょう」
彼女の言葉に、言葉を失う。口は開いて何か言おうとするのに、自分自身は唖然としていて、言葉が出ない。
怖かった。ずっと、怖かった。と、酔った小春の口から出たとき、自分の頬に伝った涙を拭えなかった。
*