複雑・ファジー小説

Re: 君の絵 ( No.7 )
日時: 2014/01/21 00:19
名前: みーこ. (ID: J9Wlx9NO)



 そのまま小春は、すぅ、と寝息を立て始めた。何だよ、こいつ。小さな声でつぶやいく。顔から垂れそうな涙の粒を拭うと、小春を抱きかかえる。軽い。ベッドに寝かせて毛布を被せると、小春の閉じた目から涙が流れた。
 それを少しの間見つめる。小春は、不意にヘラッと笑うと、寝返りをうった。部屋の中は、ほぼ無音だった。時計の秒針が動く、カチカチという音だけが響いていた。

 ああ、今日は眠れそうにない。今日は、シャワー諦めよう。頭を掻いて、洗面台に向かった。









「……ん」

 目を開ける。視界が急に明るくなってなのか、それとも二日酔いなのか、頭がクラ、とした。額に手を置いてさする。
 目のピントが合うと、小春の背中が見えた。ソファから起き上がって、声をかける。

「……お前、何やってんの?」
「あ、爽ちゃんおはよう。ベッドに寝かせてくれてありがとう」

 振り返って、小春は笑った。が、頭痛がするのか、俺と同じように額をさすっていた。俺の上には、ベッドにあったはずの毛布がかけてあった。それを不思議そうに見つめる俺に、寒かったでしょ、ごめんね、と上から声が落ちてくる。

「朝ごはん、作ったけど。今日バイトとか面接とかある?」
「ない」

 そっか、と微笑んで、小春はまた前を向いた。

「ねー。二日酔いしちゃった。みんなに言われて、勢いで一気飲みとかやっちゃって……」
「お前、変わんねーな……」

 リモコンをテレビに向けてボタンを押した。テレビの中は、お笑い番組の最中だった。お笑い番組を見るのは好きだ。俺自身は大して笑いはしないんだが、自分が元々つまらない人間だから、他の人が面白いことをやっているのを見るのは好き。
 どうやら小春は昨日のことを忘れているみたいだ。あれだけ酔っていたなら忘れていて当然か、と思い大きなあくびをする。
 小春がどうぞ、と言いながらご飯、目玉焼き、味噌汁が出てくる。一人暮らしを始めて随分経つが、未だに料理は好きになれない。最近はコンビニ弁当を食べる日々なので、久々の手作りの料理に感動する。どうも、と目を合わせないようにお辞儀をすると、小春も嬉しそうにお辞儀をした。

「じゃあ、泊めてくれてありがとう。ごめん、夜色々迷惑かけたよね、全然覚えてないや」
「お前、食べていかないのか」
「うん。なんかお腹いっぱい」
「そう」

 小春は玄関に置いてあった荷物を取って、声を上げた。

「じゃ、ありがとねー!」
「……うん」

 喉から絞りだしたかのような情けない声が漏れる。うなずくと同時に出したその声は、小春に聞こえたかはわからなかった。
 変わってなかった……。声も、顔も。笑ったとき、垂れ目になるあの瞳も、何も変わっていなかった。きゅう、と心臓がしぼむように苦しくなって、目を閉じる。
 結局俺は、あの頃のまま何一つ進めていないことに気付く。一人暮らしを始めると決め、身の回りを整理したとき見つけた、小春がくれた誕生日プレゼントのスケッチブックも二冊ともある。捨てようと思ったけれど、最後まで捨てられなかった。俺が絵を描くようにとくれたスケッチブックは、まだ一ページも描いていなくて、真っ白のままだ。

 テレビでは、新人の芸人が観客の笑いを取っていた。その笑い声に驚いて我に返る。しばらく番組を眺めていると、部屋のチャイムが鳴った。
 ドアを開けると、半泣きの小春。どうした、と声をかけると「鍵、なくした」とか細くそう言った。