複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜 ( No.1 )
日時: 2019/01/14 10:09
名前: 狐 (ID: wC6kuYOD)
参照: https://twitter.com/icicles_fantasy/status/1051068376276070400

†主要登場人物†(多少ネタバレ要素あり)

◆ファフリ◆
本作の主人公である、鳥人の少女。十六歳。ミストリアの次期召喚師。
召喚術の才がないと判断され、父王に命を狙われ、国を追われることになった。
逃亡の旅途中で、ミストリアの様々な一面を見ることになる。

◆ユーリッド◆
ミストリア兵団に所属していた、人狼の少年。十六歳。
ファフリを護衛するため、兵団を脱退して旅に出る。

◆トワリス◆
サーフェリアの宮廷魔導師。二十三歳。
人狼と人間の混血で、サーフェリアに獣人が襲来して以来、売国奴の疑いをかけられている。
単身ミストリアに渡り、サーフェリアに襲来した獣人の秘密を探っていく中で、ファフリとユーリッドに出会い、彼らの旅に同行することになった。

◆ルーフェン・シェイルハート◆
サーフェリアの召喚師。二十六歳。
魔導師団の最高権力者で、教会と対立している。


†その他の登場人物†

◆アドラ◆
妃にファフリを託され、旅立った鳥人。
かつてはミストリア兵団の団長を勤めていた。

◆リルド◆
ミストリア国王の放った暗殺者の一人。
ファフリの命を狙っていた犬の獣人。

◆ヤスラ◆
ミストリア国王の放った暗殺者の一人。
ファフリの命を狙っていた犬の獣人。

◆スーダル◆
ミストリア国王の放った暗殺者の一人。
ファフリの命を狙っていた猫の獣人。

◆リークス◆
ミストリアの国王であり召喚師。召喚師としての才を見出せないファフリを、暗殺しようと謀る。

◆レンファ◆
ミストリアの王妃。
娘の第三王女ファフリが、リークスに命を狙われていると知って、ファフリをアドラ、ユーリッドに託した。

◆アレクシア・フィオール◆
サーフェリアの宮廷魔導師。

◆ハインツ◆
サーフェリアの宮廷魔導師。トワリス、ルーフェンとは昔馴染み。

◆バジレット・カーライル◆
サーフェリアの国王である、初老の女性。
次期国王が成人を迎えるまで、一時的に王座についている。

◆モルティス・リラード◆
サーフェリアの大司祭。イシュカル教会の最高権力者。
召喚師一族をひどく嫌っている。

◆ホウル◆
ハイドットを採掘するために、南大陸へと渡った鳥人の商人。
帰路で獣の群れに襲われたところを、トワリスに救われた。

◆イーサ◆
ミストリア兵団に所属する兵士。
見習い兵だった時代から、ユーリッドとは親友だった。

◆トバイ◆
宿場町トルアノの町長。

◆カガリ◆
南大陸の奇病にかかったトルアノの少年。今は故人。

◆シュテン◆
南大陸の奇病にかかった、トルアノ出身の炭鉱夫。今は故人。

◆タラン◆
ロージアン鉱山で発見した手記の持ち主。
かつて鉱夫としてロージアン鉱山で働いていたと思われる。

◆スレイン◆
タランの手記に名前が載っていた獣人。
木の葉の模様が描かれた栞の持ち主。

◆ソルム◆
タランの手記に名前が載っていた獣人。

◆キリス◆
ミストリアの宰相。
サーフェリアに奇病にかかった獣人たちを送りこんでいた張本人。

◆エイリーン◆
アルファノルの召喚師。闇精霊の王。
各国を訪れ、それぞれの召喚師と接触を図っている。

◆ラッセル◆
リオット族の長。

◆ノイ◆
リオット族の女性。

◆リリアナ・マルシェ◆
ヘンリ村で喫茶店を営む女性。トワリスとは幼馴染。

◆カイル・マルシェ◆
リリアナの弟。

◆ダナ・ガートン◆
ヘンリ村に住む、元医師。

◆ジークハルト・バーンズ◆
サーフェリアの宮廷魔導師団長。

◆マリオス◆
ミストリア兵団の元団長で、ユーリッドの父。
ユーリッドが十歳の頃に殉職した。

◆シドール◆
ミストリア兵団で見習い兵と訓練兵の教育を担当していた教官の一人。

◆メリル◆
ファフリの乳母。

◆グレアフォール◆
ツインテルグの召喚師。精霊族の王。

◆ミスティカ◆
グレアフォールに仕える、《時の創造者》の一人。

◆トート◆
グレアフォールに仕える、《時の創造者》の一人。

Re: 〜闇の系譜〜 ( No.2 )
日時: 2018/03/01 01:25
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
参照: https://twitter.com/icicles_fantasy/status/903528756463099904



†用語解説†


◆イシュカル教◆
全知全能の女神、イシュカル神を信仰する宗教。
サーフェリアにのみ存在する。
悪魔を闇の象徴としているため、召喚師一族に対して否定的。
教会は国王に次ぐ権力を持っている。

◆イシュカル神◆
かつて、世界をミストリア、サーフェリア、ツインテルグ、アルファノルの四国に分けることで、争いをおさめたという女神。

◆騎士団◆
サーフェリア国王、及び王都シュベルテの守護を中心とする武人達。
最高権力者は教会。

◆宮廷魔導師団◆
サーフェリア魔導師団の中でも、特に能力の高い者のみを集めた集団。
貴族と同等の地位を持つが、人数が少ないため多忙。
魔導師団は国全体の忠義者であるが、宮廷魔導師団は国王直属の集団であるため王都での仕事が多い。

◆獣人◆
獣の特徴を持った種族。姿形は種によって様々。
身体能力は人間より長けているが、召喚師一族以外に魔力をもつ者はいない。

◆召喚師◆
契約悪魔の召喚という、高等魔術を操る唯一絶対の守護者。
四国それぞれに一人ずつ存在する。
サーフェリアでは国王に次ぐ権力を持っており、他三国では国王と同一の最高権力者である。
代々特定の一族が引き継いでおり、子が召喚術の才を発揮し出すと、親は召喚術を使えなくなる。
契約悪魔も基本的には引き継がれるが、新たに契約することも可能。

◆兵士団◆
ミストリア国王に忠誠を誓う武人達。

◆魔導師団◆
サーフェリア全体の守護を勤める武人達。
最高権力者は召喚師。

◆ハイドット◆
ミストリアの南大陸でしか採れない貴重な鉱石。
精錬すると質の良い武器ができ、魔力を吸い取る性質がある。

◆リーワース◆
特徴的な細長い葉に、白色の樹皮をもつ落葉高木。
土壌から大量の水を吸い上げ、幹に貯蔵している。

◆リオット族◆
「地の祝福を受ける民」の名をもつ、特別な地の魔術を操る一族。
ノーラデュースの谷底で暮らしている。
リオット病により全身の皮膚がひきつったように爛れており、寿命が短い。

◆ルマニール◆
ジークハルトの愛槍。

◆王族文字(魔語)◆
悪魔召喚の呪文が記された魔導書に使用されている、召喚師一族しか扱えない特殊な言語。
ミストリアでは王族文字、サーフェリアでは魔語という。


†地名紹介†

◆ミストリア◆……獣人の住む東の国。生を司る。
・ノーレント………ミストリアの王都。
・トルアノ…………南大陸への関所に最も近い宿場町。
・ロージアン鉱山…南大陸の最西端に位置する、ハイドットの採掘・精錬を行っている鉱山。
・フェールンド……ノーレントの西側に位置する港町。
・スヴェトラン……かつて、ノーレントに隣接していた街。現在はノーレントの一部。

◆サーフェリア◆…人間の住む西の国。死を司る。
・シュベルテ………サーフェリアの王都。
・アーベリト………サーフェリアの旧王都。
・ハーフェルン……港湾都市。シュベルテに次ぐ巨大な街。
・ヘンリ村…………シュベルテの近くに位置する村。アーベリト出身者の住む村。

◆ツインテルグ◆…精霊の住む南の国。光を司る。
・ミレルストウ……ツインテルグの王都。
・古代樹の森………ミレルストウの中心に位置する、国王に目通りを許された者しか立ち入れない聖域。

◆アルファノル◆…闇精霊の住む北の国。闇を司る。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.3 )
日時: 2021/02/03 22:56
名前: 狐 (ID: r9bFnsPr)


 世界には、獣人、人間、精霊、闇精霊の四つの種族が存在していた。
それぞれが繁栄を願っていた彼らの間では、争いが絶えることはなかった。
憎しみ合い、殺し合い、その争いは何百年、何千年と繰り返され、それでも四種族は狂ったように戦い続けた。

 それを悲しく思った全知全能の女神イシュカルは、大地をミストリア、サーフェリア、ツインテルグ、アルファノルという四つの国に分けた。
そして、東の国ミストリアに獣人を、西の国サーフェリアに人間を、南の国ツインテルグに精霊を、北の国アルファノルに闇精霊をそれぞれ住まわせ、四種族を隔絶させることで争いをおさめた。
遥かいにしえの物語である。


『イシュカル神話』より

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.4 )
日時: 2014/01/19 22:16
名前: 夕陽 (ID: f4Jqg2cP)

こんばんは!
いきなりですがすごく内容が気になります……。
更新がんばって下さい!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.5 )
日時: 2014/01/19 23:29
名前: 狐 (ID: jAQSBAPK)


夕陽さん

ありがとうございます^^

なかなか長くなりそうですが……頑張ります!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.6 )
日時: 2021/04/12 21:38
名前: 狐 (ID: WZc7rJV3)

†序章†
『胎動』


 トワリスが城下町の一角にたどり着いた時には、既にほとんどの死体が騎士達によって片付けられていた。

 獣の爪に切り裂かれたような町民達の死体が、布にくるまれて次々と運ばれていく。
それでも尚残る濃い血臭に、トワリスは顔をしかめた。

(……また、獣人の仕業か)

 まだ片付けられていない死体に近づこうとして、不意に誰かに肩を掴まれた。
振り向くと、法衣ほうえを纏った小太りの男──大司祭モルティス・リラードが立っていた。

「……召喚師殿への襲撃を含めれば、これで三回目ですな。今回はどう言い訳するおつもりか」

 嘲笑うかのような調子で、トワリスを見つめている。
トワリスも、それに負けじと、頭一つ分ほど高い大司祭の顔を見上げた。

「……何度も申し上げた通り、私は獣人の襲撃には、一切関与しておりません」

 滴るような悪意を隠そうともせずに、大司祭が鼻で笑う。
ちょうどその時、一人の騎士が駆け寄ってきて、敬礼した。

「大司祭様、捕らえた獣人達はいかがいたしましょう」

「……意思の疎通は可能なのか」

「いえ、言葉は理解しているようですが、暴れるだけで答えようとはしません」

 大司祭は、ちらりとトワリスを見て舌打ちすると、厳しい口調で言った。

「ならば殺せ。一匹残らずだ」

「はっ!」

 騎士は再び敬礼し、その場から走り去った。

 大司祭が死体の方を見つめる。
けれど流れ出す血を見た瞬間に、袖で口を覆い、すぐにトワリスの元に戻ってきた。

「……会話も出来ぬような下等な獣人共が、ミストリアからこのサーフェリアに自力で渡れるとは考えづらい。何者かが誘導したと考えるのが、妥当だろう」

 まるで独り言のように呟いて、大司祭はトワリスを一瞥した。

「獣人は、知能の低い生き物ではありません。身体能力には違いがありますが、知能的にはほぼ人間と変わらない生き物です。ですから、獣人にも異国に渡るくらいのことは出来ると思います」

 淡々と言うと、大司祭は苛立たしげに拳を握りしめた。

「まだ言うか! そなたはサーフェリアにいながら、人狼の血を引いている。加えて、この王都シュベルテを恨んでおろう。ミストリアに肩入れする理由は、十分あるのではないか? それとも召喚師殿に何か——」

「召喚師様に関わらないで下さい!」

 思わず強めの口調で言葉を遮ると、大司祭はしてやったりと嫌らしい笑みを浮かべた。
その表情を見て、トワリスはしまったとばかりに押し黙ると、心を落ち着けるべく息を吐いた。

「……私は確かに人狼の血を引いていますが、生まれ育ったのはこのサーフェリアです。出身はシュベルテではありませんが、陛下には五年前に、宮廷魔導師として忠誠を誓った身……サーフェリアを襲わせるなどという愚かな真似、するはずがありません」

 トワリスの声は、震えていた。

「……まあ、よい。このことは陛下も知っておいでだ。明日、覚悟しておくがいい」

 勝ち誇ったかのような態度で言ってから、大司祭はぎろりとトワリスを睨んだ。

「この、穢らわしい売国奴め」

 吐き捨てるようにそう言うと、大司祭は背を向けて王宮の方へ歩いていった。
トワリスは黙ったまま、赤褐色の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.7 )
日時: 2021/04/12 21:41
名前: 狐 (ID: WZc7rJV3)

   *   *   *


 大通りを抜けると、夕日が山肌を染めて沈んでいくのが見えた。

 トワリスは、城下町から人気のない裏通りを通って、宮廷魔導師団の駐屯地へと戻った。
大きいだけで質素な外見のその建物の中には、予想した通り誰もいなかった。
他の宮廷魔導師達は、まだ仕事で出払っているのだろう。

 人間の住む国、サーフェリアは、主に魔導師団と騎士団によって守られている国である。
騎士団が王都シュベルテを中心に守護しているのに対し、魔導師団は、王都だけでなく、他の街や村の守護も勤めている。
宮廷魔導師とは、その魔導師団の中でも特に能力の高い者のみを集めた、国王直属の武官であった。
ただし、能力の高い者を、というだけあって、数が少ないのが問題で、一人あたりの管轄業務が多く、日々忙殺されている。
彼らは非番の日以外、ほぼ一日中仕事で国中を奔走することになり、今回のように駐屯地に誰もいないというのは、日常的なことだった。

 最近は特に、ミストリアからの度重なる獣人の襲撃で、宮廷魔導師達の忙しさはより増していた。
襲撃の被害は王都に出ていたため、本来ならば主に騎士団が対処すべき問題であったが、獣人は身体能力が人間より遥かに優れた生き物であり、騎士団のみでは太刀打ちできないという結論に至り、魔導師団も動員されることになったのだ。

 また、魔導師団が動くことになったもう一つの理由として、獣人達の狙いが召喚師である可能性が高い、というものがあった。
召喚師は、契約悪魔の召喚という高等魔術を扱える唯一の魔導師で、ミストリア、サーフェリア、ツインテルグ、アルファノルの世界四国に、それぞれ一人ずつ存在する。
並外れた強大な魔力を持つ国の絶対的守護者であり、基本的に国の最高権力者、つまりは国王となるべきものであった。

 しかし、サーフェリアでは、世界を創造したとされる女神イシュカル神を信仰対象とする、反召喚師派の教会の勢力が強い。
そのため、サーフェリアでは国王の次の権力者として、教会と召喚師を置き、騎士団の最高権力者を教会、魔導師団の最高権力者を召喚師とした。
すなわち、獣人の襲撃目的がサーフェリアの召喚師だとすれば、結果的に魔導師団も動かなければならなくなるのであった。


Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.8 )
日時: 2018/03/01 01:31
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 窓から夕焼け雲を見ながら、トワリスは椅子に腰かけた。
それから長いため息をつくと、机に突っ伏す。

「……疲れた」

「お疲れ様」

 一人きりなはずの室内で、あるはずのない返事が聞こえて、トワリスは即座に声のした方に振り向いた。
そしてそこに見慣れた銀髪の青年が立っているのを確認すると、今度はわざと大袈裟にため息をついた。

「……うわぁ、歓迎されてないなぁ」

「当たり前じゃないですか、ここは宮廷魔導師しか入れない場所ですよ。ルーフェンさんは帰って下さい」

「まあまあ、そう固いことは言わずにさ」

「…………」

 付き合うのも面倒だと言わんばかりに、トワリスは肩を落とした。
ルーフェンは苦笑して、そのまま机に寄りかかる。

「……で、どうしたんですか?」

「んー? 今日もトワちゃんの癖っ毛が元気かどうか、様子を見にねー」

 からかうように言うと、トワリスはきっと眉をつり上げて、思い切り、肩につかない程度の銀髪を引っ張った。

「いだっ、いたい、はげるはげる!」

「はげろ!」

 そう怒鳴り付けてから手を離すと、トワリスは人のものと同じ箇所に生えている狼の耳を、ぴっと立ててそっぽを向いた。
ルーフェンは「ごめんごめん」と軽い調子で謝った。

「……売国奴の疑いをかけられていること、なんで言わなかった?」

 不意に、ルーフェンが先程より幾分か低い声音で言った。
トワリスは、その言葉にびくりと首をすくめると、何も答えずに目をそらした。
そんなことには構わず、ルーフェンは続ける。

「それを理由に、明日の御前会議で教会側は無理難題を押し付けてくるだろうけど。……絶対に応じるな」

 打って変わって、真剣な眼差しを向けてくるルーフェンの言葉に、トワリスは詰まった。
しかし今度は、ルーフェンは返事を促そうと黙ったままだ。
トワリスは仕方なく顔をあげると、おずおずと口を開いた。

「無理、です。大司祭様の決定なら、魔導師団は逆らえません。私にどうにかできることじゃないんです」

「……俺ならどうにかできる」

 静かな迫力を滲ませて、ルーフェンが言った。
トワリスは、再び俯いた。

「確かに、そうかもしれません。でもルーフェンさんは、何もしないで下さい」

 呟くように言うと、ルーフェンは呆れたように首をふった。

「……教会の狙いは君じゃなくて俺だ。あいつらは、トワに揺さぶりをかければ、俺が動くと予想してる」

 トワリスは唇を噛んだ。

「それくらい、分かってます」

「だったら、実際に俺が動いてやればいい。そうすれば、教会の目はトワからはずれる」

「だから! 何もしないでって言ってるんですよ!」

 思いの外大きな声が出て、一瞬口をつぐんだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.9 )
日時: 2016/01/06 00:59
名前: 狐 (ID: WO7ofcO1)

「……お願いですから、わざわざ相手の思う通りに動こうなんて、馬鹿なことやめてください。私から教会の目がはずれたら、今度は貴方に集中するじゃないですか」

 ルーフェンの目に、哀しげな笑みが浮かぶ。

「トワが、俺と教会の問題に巻き込まれる必要はないでしょ?」

「だからって、ルーフェンさんがわざわざ問題に飛び込んでいく必要も、ないと思います」

 トワリスの目が、しっかりとルーフェンを見据えた。

「……あのねぇ、俺はそんなのもう慣れっこなの。そもそも、あんな『イシュカル様イシュカル様』ばっか言って、血見ただけで気絶しちゃいそうなお坊ちゃん達に、俺が殺されるわけないでしょうが」

「別に、殺されるなんて思ってませんよ……。ただ……怪我くらいはするかも、しれないし……」

 トワリスの語尾が、尻すぼみになって消えた。
ルーフェンは、ふうっと息を吐いた。
こうなれば、もうトワリスが自分の言うことを聞かないのは分かっている。

「…………。あー、はいはい。もう分かったよ」

 ルーフェンは、普段の軽薄そうな声の調子に戻ると、机に寄りかかっていた状態から勢いよく立ち上がった。
それからぐっと腰を伸ばすと、窓の外を見る。

「まあ、いいや。なんとなく嫌がるだろうとは思ってたし。……話はこれだけ」

「……もう帰るんですか?」

「なに、もっと一緒にいてほしい?」

「いや、帰れ」

 顔をしかめて、からからと笑うルーフェンを扉の方へと追いやる。
そして、早く出ていけとばかりに扉を開け、ルーフェンの背を手でぐいぐいと押した。
ルーフェンは特に抵抗することもなく、薄暗くなり始めた外へと、押されるままに踏み出す。

「……トワ」

 駐屯地を出て歩き出したルーフェンに、ふと呼ばれて、トワリスはそちらに振り向いた。
呼んだにも関わらず、ルーフェンは振り向かなかった。

「なんですか?」

「……ありがとう」

 トワリスは瞬きをした。
彼の、本心からの言葉を聞いたのは、なんだか久しぶりな気がしたからだ。
それと同時に、こうしてはっきりと礼を言われるのが、少し照れ臭く感じた。

 ルーフェンは、そのまま「じゃあ」と軽く手をあげて去っていった。
トワリスはその後ろ姿を見つめながら、小さく微笑んだ。


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.10 )
日時: 2017/01/05 19:04
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=355.jpg

†第一章†——安寧の終わり
第一話『隠伏』


 ファフリが目を覚ましたのは、真夜中だった。
扉の向こうから、誰かの足音が近づいてくる。
こんな夜更けに誰だろうかと、ファフリは静かに身を起こした。

「……姫様」

 軽く扉が叩かれて、聞き慣れた声が耳に入る。
ファフリはその声に喜びの色を浮かべると、慌てて手櫛で羽毛の混じる髪を整えた。

「ユーリッド? どうぞ」

 そっと扉が開き、燭台を持った人狼の少年が入ってきた。
その後ろに、更に鷲の頭を持つ大男と、妃の姿を認めて、ファフリは目を見開いた。

「アドラさん、お母様まで。どうしたの?」

 思いの外、深刻そうな表情で入ってきた三人に、ファフリは問うた。
真夜中の訪問という時点で、何か重要なことなのだろうという見当はついていた。

「ファフリ、身体はもう大丈夫?」

「はい、大丈夫です。少しまだ頭痛がするけれど、きっと朝には元気になると思う」

「そう、それなら良かった」

 重々しい雰囲気を振り払う様に、ファフリはにこりと笑って答えた。
けれど妃のいつもとは違う、まるで病人のように青白くやつれた顔を見て、すぐに黙り込んだ。

「……ファフリ、よくお聞きなさい。今から言うことは、とても大切なことです。母の一生の願いと思って、言う通りにするのです」

 ファフリは、あまりの妃の気迫に、ただこくりと頷いた。

「貴方も今年で十七になります。次期召喚師として、父であるリークス王からも魔力を引き継ぎ、いよいよ召喚術を用いてこのミストリアを守るようにならねばなりません。しかし、貴女はまだ悪魔の召喚すら出来ていない。王の魔力は日に日に減っていっているにも拘わらず、です。この現状は、理解できていますね?」

「……はい。でもだから、毎日こうやって召喚術の練習を……。今日はまた倒れちゃったけど、いつか私だって、お父様みたいに——」

「いいえ、もう、遅いのです」

 低くそう呟いた妃を、ファフリは見つめた。
妃はそれに応えるかのように、鋭くファフリを見つめ返した。

「貴女はお父様に、命を狙われています。このままでは魔力ばかりを貴女に奪われて、実際に我が国を守れる召喚師の力がなくなってしまう。そう考えて、王は貴女を殺そうとしているのです」

「え……?」


Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.11 )
日時: 2014/01/22 18:35
名前: 夕陽 (ID: NCbhQBaO)

こんばんは!
シリアスダーク板に書いてあるほうを読ませてもらいました。
景色が目の前に見えるような描写で読みやすかったです。
その文才、欲しいです……。
更新がんばって下さい!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.12 )
日時: 2014/01/22 22:05
名前: 狐 (ID: jAQSBAPK)


夕陽さん

またまたコメント頂き、ありがとうございます(*^_^*)

私は説明をつらつら書きだす癖があるので……読者様に読みづらいと思われてしまうんじゃなかろうかと心配していたのですが、読みやすいと感じてくださったなら良かったです!

そんな、私に文才なんてないようなものですが……(笑)

よろしければ、今後もよろしくお願いします!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.13 )
日時: 2018/09/06 11:03
名前: 狐 (ID: zc76bp3U)

 言っている意味が分からないといった様子で、ファフリはすがるように妃を見た。
妃の目に、再び強い光が宿る。

「貴女が死ねば、魔力は王に戻ります。王はそれから、また新たに自らの子として、召喚術の才を持つ子をもうける気です」

「お、お父様が……? そんな、嘘!」

 震える声で叫んだファフリの口を手で塞ぎ、妃は娘を強く抱き締めた。

「でも、そんなこと、させません……! 貴女は紛れもなく私と王の子、誇り高き次期召喚師です。だから、この城から逃げなさい。今すぐに。今日で、母とはお別れです」

 妃は語尾を震わせ、けれどすぐその震えを喉に押しこめると、後ろに控えるアドラとユーリッドを睨むように見た。

「この子を、どうか守って。城には二度と戻ってきては駄目。どこか遠くで、暮らしてほしい、生きていてほしい……! お願い」

 アドラとユーリッドは、妃の目をまっすぐに見つめ、「命に変えても」とかしこまった。

 それからアドラは、固まったままのファフリを担ぎ上げると、自分の被っていた黒い頭巾をファフリに被せた。

「……手はず通り、我々は地下道から外へと抜けます。そうしたら、すぐに姫の寝所に火をかけてください。後々焼け跡から死体が見つからぬと疑われはしましょうが、ひとまず姫は死んだことにせねばならない。よろしくお願い致します」

「ええ、分かっています」

 アドラの言葉に、妃が頷く。
ユーリッドはその様子を見てから、扉の外を見回した。

「アドラ団長、行きましょう。夜が明けてからでは遅い」

「……アドラ、ユーリッド、頼みましたよ。さあ、行って!」

 妃の目から、大粒の涙が幾筋もこぼれた。

 アドラとユーリッドは、急な出来事に呆然とするファフリを抱えると、手際よく支度を始めた。
しかし、他の者に見つかることなく城を抜け出すというのは、やはり至難の業で、ようやく地下道に差し掛かろうとした頃には、夜の闇は既にうす青い夜明けのものになっていた。

 肌を切り裂くような冷たい風が、三人を包んでいる。
息を吐けば、それはたちまち白くなって消えた。

 遠くで、城の者達の声が聞こえた。
何を言っているのかは分からないが、そのざわめきは次第に大きくなっている。
彼らが騒ぎ出した理由は明らかだった。

 城の方を見れば、とある一角が微かに明るくなり、やがてちろちろと大気を揺らして燃え始めた。

 アドラは、ただ茫然と担がれたままになっているファフリを見つめた。
彼女は目を見開いたまま、ひたすら城の方を眺めている。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.14 )
日時: 2018/09/06 10:48
名前: 狐 (ID: zc76bp3U)

「……貴女はもうミストリアの姫君でもなければ、召喚師でもありません。もちろん、召喚師としての力を失うことはないでしょうが……これからはただの一国民として、生きていくのです」

 ずっと黙っていたファフリが、すっと息を吸った。

「急なことすぎて、分からないよ。要するにお父様は、私が無能だから邪魔になったということ? ……お母様はどうなるの? 私が死んだって嘘をついて、でもその嘘がばれたら……お母様はどうなるの?」

 ファフリの食いしばった歯の隙間から、嗚咽が漏れ始めた。

「……姫様は、決して無能などではありません。ただ王は、ミストリアの軍事力発展を優先させるあまり、焦っていらっしゃるのかも……。きっといつかご自身の過ちに気づかれて、お妃様を咎めるようなことも——」

「ユーリッド」

 心配そうな顔をして言ったユーリッドの言葉を、アドラが遮った。
ユーリッドは頭から生えた狼の耳を悲しげに垂らすと、ファフリを見つめたまま押し黙った。

「姫様……いや、ファフリよ。今は自分のことだけを考えなさい。貴女を生かしたいという母君の想いを、踏みにじってはならない」

 ファフリは、唇を強く引き結んでから、俯いていた顔をあげた。
そして、流れる涙を乱暴に袖で拭うとこくりと頷いた。

「下ろして、アドラさん。自分で歩けるから」

 アドラが地面に下ろすと、ファフリは鼻をすすりながら、二人を置いてぐんぐんと歩き出した。
その様子に、アドラとユーリッドは、ほっとしたように溜息をついた。



 三人は、鼻が曲がりそうなほどの悪臭に耐えつつ、排水の流れる地下道を進んだ。
鳥人であるファフリとアドラももちろんであったが、特に鼻の利く人狼のユーリッドは、悪臭のあまり足元がふらついていた。

 数刻ほど歩いて、やっと地下道を抜け川原に出ると、三人は鼻の奥に残る臭いを消し去ろうと、何度も何度も深呼吸した。

 周囲はすっかり明るくなり、そろそろ城下の住人達が起き出すだろうか、という頃だった。

「さて、行くぞ」

 アドラが声をかけると、ファフリが「はい」と返事をした。
ユーリッドはまだ気分が優れない様子だったが、アドラを見つめて頷いた。


Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.15 )
日時: 2018/09/06 10:51
名前: 狐 (ID: zc76bp3U)

「どこへ行くの?」

 下流に向かって歩きながら、ファフリがアドラを見上げた。

「ああ、平民街へと向かう。貴女の格好はどう見ても庶民階級のものではない。まずは衣をそろえねばなるまい」

 ファフリは自分の身に付けている衣と、ユーリッドの着ているものを交互に見て、納得したように頷いた。
ユーリッドは身軽な麻の衣、アドラは年期の入った鉄鎧を身に付けていて、確かに双方とも旅人と聞いて疑わない格好だった。
しかしファフリは、前髪を留めた銀細工から桃色の絹服まで、どれに着目しても平民らしいものは持っていなかった。
これからはただの娘として生きていかねばならないのだから、こんなものは身に付けていて良いはずがない。

 川からはずれて、比較的歩きやすい山道を進みながら、三人は獣人(ひと)通りの少ない道へと入っていった。
初めは一面畑ばかりの静かなところであったが、一度街に入れば、辺りは獣人達でごった返していた。

 特に活気のある大通りを避け、土ぼこりのあがる古そうな水路を辿って、三人は薄汚い橋の下に身を隠した。

「あまり目立つ行動はとりたくないが、私が食料や衣等買ってくる」

 立ち上がったアドラにはっと反応して、ユーリッドも立ち上がった。

「そのくらいのことなら、俺がやります!」

「お前はファフリとここにいろ」

「ですが、団長は少し目立つような……」

「馬鹿者。私のような巨漢が橋の下で座り込んでいる方が目立つだろう」

 ユーリッドは、小柄なファフリと共に橋の下でぽつんと縮こまる鷲男の姿を想像して、思わず吹き出しそうになった。
しかし慌てて込み上げてきたものを飲み込むと、頷いて大人しくファフリの隣に座った。
アドラはそれを確認すると、周囲を警戒しつつ、買い物に出ていった。

 しばらくは無言のまま、アドラの帰りを待っていたが、ふと横を見やると、ファフリがうとうとと舟をこぎ始めていた。

「少し、眠ったらいかがですか?」

 見かねたユーリッドが声をかけると、ファフリははっと顔をあげて、首を振った。

「でも、昨晩は色々とありましたし、今だけでもお休みになった方がいいかもしれません。王都を抜けるまでは、しばらく大変でしょうし。何かあったら、俺が必ず起こしますから……」

「ううん、寝ない」

 ファフリはきっぱりと言い放つと、眠気を振り払うかのように頬をぺちりと叩いた。
そして隣に座るユーリッドを見つめて、小さく笑った。

「……ほら、ユーリッドも敬語使っちゃ駄目だよ。アドラさんみたいに、私のこと普通の獣人として扱わないと」

 ユーリッドが、黙りこむ。
しかし髪をがしゃがしゃと手で掻き回すと、すぐに笑って頷いた。

「……うん。そう、だな。なんか、ちょっと変な感じだけど……」

「なに言ってるの。私達昔はあんなに一緒に遊んでたじゃない。敬語使ってる方が変だったんだよ」

 二人は、顔を見合わせてくすくすと笑った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.16 )
日時: 2018/03/01 01:42
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

「……まあ、城にはファフリと同じ年の子供なんて、俺しかいなかったからな。俺も親父が会議に出てる間、遊びに来てただけだったけど」

「でもほら、庭の木をつたって、こっそりユーリッドが遊びに来てくれたりもしてたよね」

「ああ、あの時はなんか、俺すっげぇ怒られた覚えがある。勝手に城に侵入したんだから、当然だけどさ」

 囁くように会話しながら、ファフリが嬉しそうにユーリッドを見た。 

「違う違う。あの時は、私が一緒に木に登って落ちちゃって、それで危ないことするなって怒られたんだよ。私、昔から運動神経悪いから」

 恥ずかしそうに笑って、ファフリは言った。
それからちょっと口ごもり、表情を引き締めると、再びユーリッドを見上げた。

「ねえ、ユーリッドはどうして私についてきてくれたの? お母様に頼まれたから?」

 ユーリッドは言って良いのかどうか、少しの間考え込んだ。

「……いや、お妃様に直接頼まれたのは、アドラ団長だよ。俺は、団長に言われて、ファフリについていこうと思ったんだ」

「そっか。……他の兵団の皆は、どう思ってたのかな、私のこと。やっぱり邪魔だと思ってたかな。召喚師のくせに、全然戦力にならないから」

 ファフリの表情は、存外穏やかなものだった。

「……分からない。お妃様のご意志とはいえ、今していることは反逆行為みたいなものだし」

「……うん」

 俯いたファフリを見て、ユーリッドはしまったと口をつくんだ。

「いや、あの……ごめん。ファフリが悪いわけじゃなくて」

「……うん」

「兵団は血の気が多い馬鹿ばっかりだし、すぐ過激な方に乗せられるんだ。だから今はちょっと、敵に回るかもしれないけど……でも大丈夫。俺も馬鹿だけど、陛下は間違ってると思うし……えっと……」

 自分でも何が言いたいのか分からなくなって、ユーリッドは目を泳がせた。

「とにかく、団長と俺で、ファフリをきっと守ってみせるから……」

 真剣な顔で、ファフリを見る。
ファフリは何も言わずに、微笑んで頷いた。

 ふと、外から足音が聞こえてきた。
ユーリッドは腰に差した剣の柄を握ったが、すぐに構えを解いた。

「遅くなったな」

 橋の下に寄りながら、アドラが低い声で言う。
どさりと重そうな荷を地面に下ろして、ファフリに男用と思われる着物を手渡した。

「あとでそれに着替えるんだ。とりあえず今は、急いでここを離れよう」

 そう言ったアドラを見て、ユーリッドが首をかしげた。

「何かあったんですか?」

「いや。ただ、夜明けに城の一角が燃えたというので、街が騒いでいた。平民街ですらこの騒ぎだ。既に兵士たちが我々を探しているかもしれない」

 ファフリとユーリッドが、不安げに表情を歪める。

「では、もう今晩中に山を越えた方がいいでしょうか?」

「ああ。とにかく王都から抜け出さねばなるまい。山を越えて南大陸に渡れば、身を隠す場所もできよう」

 三人は互いに顔を見合わせ頷くと、旅支度を始めた。


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.17 )
日時: 2018/03/01 01:44
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

†第一章†——安寧の終わり
第二話『殲滅』


 初めて国王の口から直接命令が下された時、リルドはこれまでにないほど高揚した。
国王からの命令、すなわちそれは、兵士としてではなく、国王の手足として裏の仕事を任されるということだ。

 裏の仕事というのは、要するに世間には知られてはならない、秘密裏の仕事である。
決して誇れるような内容ではない、手を汚す仕事を任されるだろうとは分かっていたが、リルドにとって、そんなことはどうでも良いことだった。
何千、何万といる兵士の中から自分が選ばれた、それだけで十分満足だったのだ。

 リルドが初めて任された裏の仕事は、教皇の暗殺だった。
寝所に忍び込んで、眠る教皇の喉を音もなく裂いて殺した。
教皇の首が、ころりと支えを失って床に転がり落ちたとき、体が震えるほどの恍惚感を味わった。
このミストリアで、第二の地位を築くこの教皇が、自分の手で肉になったのだ。
リルドは肉を見下ろして、静かに笑った。

 こうしていくつもの裏の仕事をこなしてきた彼だったが、国王から、次期召喚師である第三王女ファフリを殺すように命じられたときは、流石に耳を疑った。
ファフリは、既に国王から魔力を受け継ぎつつあると聞いていたからだ。
思わず理由を問うた時、国王は淡々と言った。

「あれが召喚師となれば、ミストリアの軍事力は落ちるだろう。召喚もろくに行えぬ。行えるようになったとしても、私の思い描くミストリアを作ることは、あれには出来ぬ。なに、あれさえ死ねば、次期召喚師などまた生まれるのだから」

 リルドは、その日から初めて、第三王女ファフリの存在を意識して見るようになった。
さりげなく城での彼女を観察し、彼女の性格を知った。
そして、国王の言葉に納得した。
確かに、あのあどけなく笑う少女が、悪魔を操りミストリアを統率していくことなど無理だろう。
まして、襲いくる敵の軍勢を蹴散らすことなど、不可能だと思った。

「失敗は許されぬ。必ず殺せ」

 この国王の命令に、リルドは、これが一生に一度の大仕事だと悟った。
初めて裏の仕事を任された時——あの時から、自分はこの仕事を成功させるために、生きてきたのだと。

 リルドは、他に二人、同じく次期召喚師の暗殺を命じられたヤスラ、スーダルと共に、ファフリの行方を追った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.18 )
日時: 2018/09/06 11:07
名前: 狐 (ID: zc76bp3U)

  *  *  * 


 ファフリ達が平民街へと下った朝、リルド達もファフリを探すため、平民街に向かっていた。

 彼らはまず、街中のありとあらゆる店を巡って、今日の明け方から現在にかけて、売れた品物を調べた。
ファフリ達が城を出る際、身軽さを重視して最低限の旅支度しかしていなかったことから、彼らは必ず物資を街で調達するだろうと考えたからだ。

 昼に差し掛かる頃、リルドが決めた集合場所の、酒場の前に三人は顔をそろえた。

「駄目ですね。どの店でも、少しずつ物が売れている。これでは普段の売れ行きと変わらない。買っていった者の特徴も様々です。全く手がかりが掴めません」

 ヤスラが言った。
彼のこの報告から、リルド、ヤスラ、スーダルの三人の頭に浮かんだのは、かつて団長として兵団をまとめあげた、あの鳥人の姿だった。
頭のきれるあの男ならば、特定の店でまとめ買いをすれば、あっという間に追っ手に自分達の行動を知られてしまうと予測するくらいのことは、造作もないだろう。
だからおそらく、物資をそろえたのはあの男で、街中の店からそれぞれ少しずつ物を買っていったのだ。
ご丁寧に、軽い変装までして。
分かったのは、それだけだった。

「問題なのは、彼らが北に向かうか、南に向かうか、ですね。可能性としては、五分五分といったところか……」

 スーダルが、考え込むようにして言った。

「……こうなれば、手分けして街の北門と南門を見張るしかないのでは?」

 ヤスラの案に、リルドは首を振った。

「それは最終手段だ。王女はともかく、あちらにはアドラともう一人、ユーリッドという元兵士がついているらしい。我々三人が二と一で手分けをした場合、人数的に王女を仕留めるのが困難になる。アドラには、二人がかりでないとおそらく苦戦するだろうしな」

「そのユーリッドというのは、何者なのですか? 名前を聞いたこともありませんし、ただの下っ端兵でしょう。なぜ王女に同行しているのです」

 ヤスラの問いにスーダルも頷いて、二人はリルドを見た。

「私も詳しくは分からないが、ユーリッドは前兵団長の息子だそうだ。昔から王女とは親しかったようだから、王女を裏切らないと見込まれて同行してるんだろう」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.19 )
日時: 2016/10/16 21:44
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 リルドはそれからじっと考えたが、あまり良い案は浮かばなかった。
他二人も同じようで、眉間に皺を寄せたまま固まっている。

「とにかく今は、店を徹底的に調べろ。食糧はいい、毛皮や衣を売っている店を調べるんだ。夕刻までに何の手がかりも掴めなければ……仕方ない、手分けをしよう」

 ヤスラ、スーダルはうなずき、素早く街に散っていった。
リルドもそれを見届けると、街に出た。



 持ち前の迅速さで行動したつもりであったが、気づけば空が蜜色に染まり始めていた。
もう少しすれば、民衆達は帰路につくだろう。
そうすると自然と獣人(ひと)通りも少なくなるため、ファフリ達が動き出してしまうに違いない。
スーダルは舌打ちした。

 一度、集合場所の酒場に戻ろうかと思い始めた頃だった。
酒場に向かって路地を歩いていると、ふと、山のような衣類を軒先に並べた一軒の店に気づいた。

 いかに自分の店の衣が優れているか、見せつけるように吊るして売っている店が多い中、この店では、乱雑に衣を広げてあった。

 スーダルは、店主の方に近づいた。

「おやじさん、ちょいと長旅に出にゃならんもんで、長持ちする丈夫なもんが欲しいんだが、置いてあるかい?」

 初老の、鼠の獣人がこちらに振り返った。

「もちろんさ。そうだねぇ……丈夫なやつってぇと、これなんかどうだい?」

 店主が見せてきたのは、分厚い防寒用の外套だった。
ふと他の品にも目を落としたが、不思議なことに、どれも寒さをしのぐためのものばかりだ。

「いやいや、北じゃなくてさ。南に行く用のものはないかい?」

 スーダルが試しに聞いてみると、店主は驚いたように目を丸くした。

「おや、あんたも南大陸に渡るのかい? 最近、南は化け物が出るやらなんやらで危険だから、行こうとするやつはほとんどいないんだがねぇ」

(あんた、も……?)

 スーダルの胸に、淡い期待が閃いた。

「まあ危険なのは確かだがね。手っ取り早く稼ぐには南に行くのが一番だ。ほら、ハイドットを知ってるだろう? それを調達しに行くのさ」

 なに食わぬ顔で適当にそう言うと、店主は納得したような、驚愕したような表情を浮かべた。

「はーっ、そりゃすごい! 確かに、ハイドットの武具はびっくりするぐらい高値で売れるからね。俺も行って帰ってこられるようなら、南に行ってみたいもんだが」

 ハイドットとは、南大陸の鉱山で発見された鉱石である。
これを精錬して作った剣や鎧は、他とは比べ物にならないほどの強度をもつというので、数年前から話題になっているのだ。

 ただし、南大陸はもともと未開の土地だったため、相当な手練れか、兵団くらいしか行こうという者はいなかった。
加えて最近は、化け物が出るだの、疫病が流行っているだのという噂も上がって、実際行って帰ってくる者も少なかった。
そのため近頃では兵団ですら、行こうとしなくなったのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.20 )
日時: 2014/01/26 18:43
名前: はる (ID: wECdwwEx)

はるです、見に来ました!
ああ…トワリスとファフリ、可愛いですね…!
続きを楽しみにしています!
更新頑張って下さい!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.21 )
日時: 2014/01/26 23:57
名前: 狐 (ID: jAQSBAPK)



はるさん

わーい、見に来てくださってありがとうございます(*^_^*)

可愛いだなんて言ってもらえて、二人も喜んでると思います!
トワリスとファフリが出会うのはもう少し先ですが、良ろしければまた見てやってくださいね(笑)

でも本編だとどうしても暗くなってしまう……ちょいちょい小話でもはさみたいところです(笑)




Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.22 )
日時: 2015/05/23 00:22
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)


「ところで、さっき『あんたも』と言っていたが、俺の他にも南に行こうなんて物好きがいたのかい?」

 不自然な流れにならぬよう、話を持ち出すと、店主は特に不審がる様子もなく、べらべらと話し始めた。

「ああ、朝方にね。思えば、あのお客さんもあんたみたいにハイドット目当てだったのかもねぇ、やけにがたいが良くて、鎧も着けてたし。あんたみたいに、南に渡るための日除けの外套探してたんだよ」

 スーダルの推測が、確証に変わった。

「俺んとこは大分古い品も置いてあるから、なんとか日除けの外套も置いてあったんだが。南に渡る奴なんてほとんどいないし、他の店には売ってないだろうよって言ったら、うちにある外套全部買っていってくれたよ。……つうわけだから、うちにはもう防寒用の外套しかないなぁ。すまんね、お客さん」

(——これだ)

 スーダルの脳裏に、光が走った。
防寒用の外套はどの店にも売っているから、アドラが北に行くつもりなら、食糧と同じように複数の店からちょっとずつ買うはずだ。
しかし日除けの外套がこの店くらいにしかない、というなら、この一軒でまとめて買うしかない。
店主の証言と自分の推理とを合わせて、スーダルは笑みを浮かべた。

(南は危険だからという裏をかいて北に行くか、それとも捜索の手すら届きづらい南に行くか、分からなかったが、これではっきりした。——奴らは南に行く!)

 スーダルは店主を見た。

「ないんなら、仕方ない。駄目元で、他をあたってみるよ」

 そう告げてすぐ、勢いよく酒場に向かって走り出した。
その姿は、まるで獲物をみつけた時の猫のようだった。


  *  *  *


 ファフリは着替え終わると、アドラにもらった予備の短剣、金などを袋に詰めて、背負った。
つらいとまでは思わなかったが、質の悪い衣が、荷を背負ったことで素肌に擦れて、少し痛かった。

「準備ができたなら、そろそろ行くぞ」

 その声に、ファフリはぱっと立ち上がって、既に旅支度を終えたアドラとユーリッドの元に駆け寄った。

「いいか、何かあったら、とにかく逃げることだけを考えるんだ。ユーリッド、お前が基本的にファフリにつけ」

 ユーリッドは、頷いた。

「私、魔術なら使えるよ。一緒に闘えるわ」

 意気込んでそう言うファフリに、アドラはきっぱりと首を振った。

「相手はただの兵士ではない。魔術なんて使おうものなら、詠唱中に一撃で殺されるだろう。……貴女は、逃げ延びることだけ考えなさい」

「簡単なものなら、詠唱無しでもできるよ」

「駄目だ。言うことを聞け」

 声の調子を強めたアドラに、ファフリはしぶしぶ頷いた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.23 )
日時: 2018/03/01 01:51
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)


 街を出ると、家々の明かりがなくなるため、思ったより辺りは暗かった。
それでも、ぼんやりとした月明かりのお陰で、前が見える程度には明るかった。

 ユーリッドとアドラは、歩きながら周囲の気配を探っていた。
全くもって生き物の気配はしなかったが、気を緩めるわけにはいかなかった。
国王が放ってくるのは、殺しの専門家だろう。
相手に気配を悟られずに身を潜めることなど、朝飯前のはずだからだ。

 たとえまだ周囲に潜んでいないのだとしても、まだ城からそう離れていない前の今夜、何かが起こるであろうと、アドラは予測していた。



 三人の影が街を出て、南の方角に歩いていくのを、ヤスラはじっと見つめていた。

 街から続くこの一本道をしばらく歩くと、潜む場所のない草地へと出る。
そこならば、誰に見られることなく、対象をあの世送りにすることができる。
リルド達三人が、ファフリを襲うのは、その草地に出たときと決めていた。

 ヤスラは三人の影が十分遠ざかったのを確認してから、前方の茂みに身を隠すリルドとスーダルに、合図を送った。

 慎重に尾行していくと、やがて標的の三人が草地へと出た。
リルドは一度立ち止まると、同じく尾行をやめたヤスラ、スーダルとそれぞれ顔を見合わせた。

「……いくぞ」



 ユーリッドとアドラは、この平坦な草地に出た時から、焦りを感じていた。
ここでは、隠れる場所がない。
街からかなり離れているため、人目も気にならない。
襲われる側からすると、ここまで悪条件な場所もそうそうなかった。

 三人は速足で、前方にある森に早く入り込んでしまおうと思った。

 月明かりに照らされて、三人の足音だけが響いている。
地面が多少ぬかるんでいるのか、足をとられて走りづらかった。

 いよいよ前方に、森の木々が見え始めた時、ふっと大気を切り裂くような音がした。
アドラは気配で、ユーリッドは音でそれを感じとると、ファフリを突き飛ばして即座に伏せた。
頭の上を、二本の暗器が通りすぎる。

 アドラはすばやく起き上がると、手の甲に仕込んでいた短剣を、暗器が飛んできた方向へ、立て続けに三本放った。
すると、金属同士がかち合う音が響き、そこから二つの影が飛び出した。

 その内の一人、スーダルから、鋭い剣先が突くように押し出される。
アドラは抜刀した勢いでそれを弾くと、そのまま回転して、右脇を狙ってきたリルドの剣を受け止めた。
リルドの剣はスーダルのものに比べて重く、弾くことはできなかったが、アドラは剣を受けたまま、リルドの腹を蹴り飛ばした。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.24 )
日時: 2018/03/01 01:54
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)


 ユーリッドは、突き飛ばされたファフリを抱き起こすと、アドラの目配せを受けて、ファフリと共に前方の森に走り出した。
しかし次の瞬間、リルドとスーダルが飛び出してきたのとは逆の方向から、新たな剣先——ヤスラが襲いかかってくる。
ユーリッドは咄嗟に剣でその攻撃を受けたが、力負けして弾かれるように後方に飛ばされた。

 ユーリッドは、受け身をとろうとして、側にいたファフリにぶつかって転んだ。
ファフリは慌ててその場から退こうとして、立ち上がり、前に一歩踏み出した。
しかし、ファフリがユーリッドから離れた瞬間、ユーリッドに向かっていたヤスラの剣が、一気にファフリへと向かう。

「ファフリ!」

 思わず叫んで、ユーリッドは体制を立て直そうとしたが、ぬかるんだ地面に足をとられて一瞬遅れた。
ファフリはどうして良いか分からずに、襲いくるヤスラを見たまま硬直している。

 ヤスラの剣が、ファフリを切り裂こうとした寸前、ファフリの背後からアドラの剣が飛び出して、力強くヤスラの剣をはねあげた。
金属特有の高い音が響き、しかしそれと同時に、肉を裂く鈍い音がして、ファフリは瞠目した。
後ろにいるアドラの肩から、白い剣先が突き出ていたのだ。
ファフリをヤスラからかばったことで、背後に隙ができたアドラが、リルドに貫かれたのだった。

「…………!」

 ファフリが、声にならない悲鳴をあげる。
アドラは肩から生えた剣先を素手で掴むと、噴き出る血に構わず、振り返ってリルドを切りつけた。
リルドは頭を反らして、間一髪でそれを避けると、力ずくで剣をアドラの肩から引き抜いて、後退した。

「ユーリッド!」

 アドラの叫びに、ユーリッドははっとした。
放心状態となったファフリを担いで、再び森に向かって走り出す。

 それを追おうと構えたヤスラに、アドラは突進した。
不意をつかれたヤスラは、上体を反らすことで、かろうじて急所を外したが、アドラの振り下ろしたその剣先は、閃光のように閃いて腹部を切り裂いた。
アドラは、切り裂いたのと同時に、その傷口を力一杯殴り飛ばした。
流石のヤスラも、あまりの激痛に地面に崩れ落ち、血がのろのろと溢れる腹部を押さえて呻く。

 アドラは方向転換すると、ユーリッド達が姿を眩ました森の、少し右方に向かって走り出した。
背後から、リルドとスーダルの足音が迫ってくる。

 突然、背中に鋭い痛みが走って、アドラは表情を歪めた。
途端に回ってきた痺れに、毒針が刺さったのだと分かったが、アドラは構わず走り続けた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.25 )
日時: 2018/03/01 01:57
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 リルドとスーダルが、攻撃ではなく、アドラを追うことに専念し始めると、アドラは急に立ち止まり、片足を軸に後方に回転すると、リルドの懐に飛び込んだ。
そして思いきりリルドの鳩尾に肘を打ち込み、更にリルドを踏み台に翻って、隣にいたスーダルに襲いかかった。

 スーダルは素早く反応し、先程貫かれたアドラの左肩に再び剣を突き立てたが、アドラはそのまま迫ってきた。
剣が、ずぶずぶと肩の肉に吸い込まれていく。
予想外のアドラの行動に、一瞬動きを鈍らせたスーダルのこめかみを、アドラの剣が貫いた。
アドラは、スーダルが倒れるのを見もせずに、森の奥へと走り去っていった。

 リルドは、鳩尾に走る激痛に耐えつつ後を追おうとして、立ち止まった。
逃げたファフリを追う方が、先決だと考えたからだ。
すると、そこに後ろからヤスラが追い付いてきた。

「ヤスラ、スーダルはもう駄目だ。ひとまず王女達を追うぞ。アドラはどのみち、毒で死ぬ」

 二人は頷き合って、先程ユーリッド達が消えた方角に向かった。
リルド、ヤスラは共に犬の獣人である。
臭いを辿っての追跡は得意だった。



 ユーリッドは、暗殺者達の気配が近づいてくるのを感じていた。

 ユーリッドとファフリは、少しでも音や臭いをごまかそうと、川近くの木に身を隠していた。
しかし、見つかるのも時間の問題だろう。
次に追手が来たら、今度こそ自分が戦わねばならないと、ユーリッドは分かっていた。

 ゆらゆらと、下の方からこちらに向かってくるヤスラの姿を見て、ユーリッドは勝てると思った。
血止めはしているようだが、ヤスラの身体は傷だらけで、腹からは流れ出た血が足にまで達している。
歩くのもやっと、という様子だった。

 ユーリッドは短剣を二本、そして長剣を構えると、臨戦態勢を整えた。



 ヤスラは、リルドが後ろに控えたのを確認すると、川に沿って上流に向かい、歩き出した。
せせらぎの音と水の臭いで、もはや耳と鼻は使い物にならなかったが、逆に言えば、それは相手も同じである。
重症を負ったこの状態で、完璧に気配を絶つのは困難だと判断したリルドとヤスラは、相手に接近を悟られぬよう、川近くを歩くことにしたのだ。

 次の瞬間、水音ではない、風を裂く音がして、ヤスラは後ろに飛び上がった。
先程まで足があった箇所に、短剣が突き刺さる。

 更にもう一本、短剣が飛来してきたのと同時に、一つの影が森の中から走り出て、飛びかかってきた。
ヤスラは抜刀して迎え撃ったが、繰り出した剣先は全てかわされた。
腹に穴が空いているせいで、いつもより動きが鈍っているのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.27 )
日時: 2018/03/01 02:00
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 苦痛に顔を歪めるヤスラの顔を見て、ユーリッドは勝利を確信すると、素早くその懐に飛び込んで、喉元目掛けて剣先を突き上げた。
ヤスラは首をひねってそれを避けたが、腹に激痛が走り、そのまま体制を崩してよろめいた。
その隙をついて、ユーリッドがヤスラの鎖骨部分を切り裂く。

 しかし、ヤスラは鎖骨に剣が食い込むのも構わず跳ね起きると、ユーリッドの肩を掴み、川に投げ飛ばした。
浅いところだったため、溺れるようなことはなかったが、ヤスラの突然の行動に、ユーリッドが一瞬動きをとめる。
その間に、下から残光を引いて剣が襲いかかり、ユーリッドの右腕から血しぶきが上がった。
同時に、背中にも熱い衝撃が走って、ユーリッドは倒れこんだ。
背後から、隠れていたリルドが飛び出してきて、ユーリッドの背中を切りつけたのだ。

(くそっ、一人隠れてたのか——!)

 暗殺者達の狙いがこれだったのだと分かって、ユーリッドは舌打ちした。
しかし、時既に遅し。
倒れこんだユーリッドの心臓を貫かんと、ヤスラの剣が振り下ろされる。
ユーリッドは痛みを覚悟して、ぐっと目を閉じた。

 ユーリッドの心臓が、ぐさりと貫かれる、はずだった。
しかし、痛みではなく、体に何かが覆い被さってくるような重さを感じて、ユーリッドは目を開けた。
すぐ横に、血にまみれたヤスラの顔がある。
ヤスラが倒れたのだ。

 驚いて顔をあげると、血を撒き散らしながらリルドと対峙する、アドラの姿が見えた。
ユーリッドは、アドラがヤスラを斬ったのだと分かった。
だが、立ち上がろうとしたその瞬間、目を疑った。

 ざくりと嫌な音がして、アドラの剣がリルドの心臓を突く。
それと同時に、リルドの降り下ろした剣が、アドラの頭を真っ二つに割ったのだ。
相討ちだった。

 その光景を、ユーリッドは目を見開いたまま、見つめていた。
視界の端で、隠れていたファフリが、木の陰から思わず出てくるのが見える。

 二人の身体は、互いの体に剣を突き立てたまま、ゆらりと川の中に崩れた。
しばらくは川の浅い部分に引っ掛かっていたが、少しずつ深い部分に引きずられて、飲み込まれていく。
そのまま死体は、下流の方に流されて、やがて見えなくなった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.28 )
日時: 2017/08/14 18:32
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 
 ユーリッドは、放心したまま立ち上がると、 何気なく側にあったヤスラの死体を見た。
それから、木のそばで震えるファフリを見つめた。

「……ユ、リッド……だい、じょうぶ?」

 声を出したのは、ファフリだった。
ユーリッドはその問いかけに頷くと、ゆっくりとファフリの元に歩み寄った。

「……ファフリ、は?」

「私は、平気、だけど……ア、アドラさんが……っ!」

 ファフリが、先程アドラとリルドの死体が流されていった、下流を見つめた。
ユーリッドも同じ方向を見つめながら、あの恐ろしい光景を思い出して、身震いした。
兵団に入っていた頃から、こういった戦場には慣れていたつもりだったが、仲間が目の前で殺されるのを見るのは、初めてだった。

「ねえ、ユーリッド! た、助けにいかないと……っ!」

 泣きそうな顔で袖を掴んでくるファフリを見て、ユーリッドは唇を噛んだ。
そして黙ったまま、首を横に振った。
ファフリの目が、絶望の色を滲ませて、見開かれる。

「な、なんで……?」

 ユーリッドはしゃがみこんで、そのままのファフリの肩に手を置いた。

「ファフリ、団長は……もう……」

 冷静なつもりだったが、声を出してみて、ユーリッドは自分の声も震えていることに気づいた。

「そんなの、見てみなきゃ分からないよ……っ。もしかしたら、まだ——」

「ファフリ……」

 ファフリの身体から、力が抜けていくのが分かった。

 沈黙もつかの間、不意に辺りから、腹の底に響く、呻き声のようなものが聞こえてきた。

 ユーリッドとファフリは、身を凍らせた。

 咆哮が響いてきて、それに答えるように、所々から咆哮が重なっていく。

——狼。
血の臭いにひかれて、集まってきたのかもしれない。
そう気づいた時には、もう遅かった。

 ユーリッドが再び剣を構えたのを見て、ファフリも思わず立ち上がった。

「ユ、ユーリッド……駄目、だよ。怪我してるのに……」

 右腕と背中から血を流すユーリッドを見て、ファフリがそう言った。
実際、ユーリッドももう限界を感じていた。
普段ならともかく、こんな状態で狼の群れに襲われたら、おそらく助からない。
そもそも、利き腕がやられているのだ。
まともに戦えるかすら分からなかった。

 二人は、木々の間を蠢く無数の黒い影を見て、体を震わせた。
ユーリッドは、狼の群れに囲まれていることに、既に気づいていた。

 白い光が、闇の中で動いて、ゆっくりと近づいてくる。
狼の目だ。

「絶対、ここから動くな」

 ユーリッドが、ファフリを木に押し付けて、そう言った瞬間。
黒い影が二つ、滑るように駆けてきた。

 ユーリッドが、慣れない左手で剣を振るうと、それは狼にぶち当たり、狼は情けない鳴き声を残して後退した。
それからユーリッドは勢いよく、もう一匹の狼に回し蹴りを喰らわした。

 それをきっかけに、一斉に狼の群れが四方から襲いかかってくる。
ユーリッドは、必死に剣を振り回して応戦したが、体力はとうに限界を越していた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.30 )
日時: 2017/08/14 18:36
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=195.jpg

 ユーリッドの動きが、ついに乱れ始めた時、一匹の狼がその左腕に思いきり噛みついた。
呻(うめ)いて、ユーリッドはその狼を殴り飛ばしたが、両腕をやられた今、もう剣が振るえないことを悟った。

 ユーリッドの左腕が血を滴らせ、剣を落とした。
ユーリッドはもう戦えない。
けれど狼は、まだ何匹も周囲に蔓延(はびこ)っている。

 ファフリは、何度も魔術を放とうと手をかざしたが、動き回る狼を前に、狙いを定めることができなかった。
何より、ユーリッドに万が一当たったらと考えると、恐ろしくて出来なかった。

(死にたくない……!)

 全身が震えた。
アドラは死んでしまった。
そしてこのままでは、ユーリッドも自分も死んでしまう。

(誰か、誰か、助けて——!)

 その時ファフリは、胸から何かが込み上げてくるような、不思議な感覚に襲われた。
ぞくりと全身がざわめいて、自分の身体から、何かが這い出てくるようだった。

 意図的だったのか、無意識だったのか、ファフリは口を開いて、唱えた。

「汝、窃盗と悪行を司る地獄の総統よ。
従順として求めに応じ、我が身に宿れ。
——カイム……!」

 身体が、炎に包まれたかのように熱くなった。
ファフリは、自分の周りから、光の刃がいくつもいくつも噴き上がったのを見た。

 光の刃が、流れ星のようにきらめきながら、狼達を切り裂いていく。
先程まであんなにも恐ろしかった狼達が、まるで熟れた果実の如く、一瞬でぐちゃぐちゃになった。

 刃は、闇を切り裂きながら縦横無尽に飛び回り、ファフリとユーリッド以外の全てのものを刻んだ。

 ついに、辺りが静かになった時、ファフリはふぅっと息を吸って、その場に倒れこんだ。
それと同時に、飛び回っていた光の刃も、闇に溶けるようにして消えた。

 ユーリッドは、倒れたファフリを見つめながら、動けずにいた。
しばらくしてから、地面に転がる狼の死骸を見回して、そして再び、ファフリに目を移した。

 倒れこんだファフリの顔は、実に幸せそうな、満ち足りた笑みを浮かべている。
それは、ファフリが普段浮かべるような、明るい笑顔とは程遠いものだった。

 それを見た途端、ユーリッドはこれまで感じたことのないほどの、恐怖を感じた。

 真っ赤に染まった川の、せせらぎの音だけが聞こえる。
ユーリッドは、ファフリを見つめて、呆然と立ち尽くした。


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.31 )
日時: 2014/02/01 20:58
名前: 夕陽 (ID: 86O5cclD)

こんばんは!
突然ですが、こういうのって2回目読むと更に意味が分かって面白いです。
新しい話を楽しみにしつつ、何回も読ませてもらいます。
更新がんばって下さい!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.32 )
日時: 2014/02/02 09:53
名前: 狐 (ID: jAQSBAPK)


夕陽さん

コメント下さってありがとうございますー!^^

今後も、話を読み進めていくうちに辻褄が合う!っていうことが増えてくると思う(それを目指してる。)ので、ぜひ再度読んでいただければと思います(*^_^*)


夕陽さんの方も、盛り上がってますね!
魔獣が出てきたときはびっくりしました(笑)


更新頑張ります^^

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.33 )
日時: 2015/01/03 19:49
名前: カナタ (ID: EdfQYbxF)

こんにちは!小説紹介してもらったカナタです。
すごく面白いと思います!俺にはこんなすごいファンタジー書けません……ort
更新頑張ってください!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.34 )
日時: 2015/05/22 23:56
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

カナタさん

読んでくださりありがとうございました^^
そういっていただけると嬉しいです!

今後も更新頑張りますので、よろしければ応援よろしくお願いいたします。


Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.35 )
日時: 2018/09/06 11:28
名前: 狐 (ID: zc76bp3U)

†第一章†——安寧の終わり
第三話『策動』


 教会、及び国王の意向で、ミストリアの調査にトワリスが送られたのは、半年ほど前のことだった。

 獣人の襲撃に対する計画——実際にミストリアに赴き、襲撃の理由を調査するという計画に、売国奴の疑いをかけられていた彼女が、抜擢されたのだ。

 しかし、彼女たった一人に危険な土地の調査を命じるなど、あまりにも無謀すぎる。
どう考えても、正気の沙汰ではなかった。

——そう、正気ではない。
調査というのは、表向きの理由に過ぎない。
この計画は、はなから成功など望まれていないのだ。

「死んで、もう二度と帰ってくるな」
 これこそが、計画に隠された本当の目的である。



 この計画の存在に気づいた時、ルーフェンは、なんて稚拙で浅はかなのかと、怒りを通り越して呆れすら覚えた。

 ことに便乗して、サーフェリアから邪魔者を消そうと打ち出された計画。
召喚師を忌み嫌う教会が考えそうな、なんとも馬鹿らしいものだった。

 しかしそれを聞かされたトワリスは、何の迷いもなく、こう言ったのだ。
「何もするな」と。

 ルーフェンは、その時自分がどのような表情を浮かべていたか、覚えていなかった。
けれど、もし感情をそのまま顔に出していたのだとしたら、自分の表情は激しく歪んでいただろうと思う。

 そもそも、教会が本当にミストリアに送りたかったのは、ルーフェンなのだ。
トワリスも、そのことは分かっていたはずである。

 それなのに彼女は、「何もするな」と言った。
自分は、理不尽な揉め事に巻き込まれたのだと、理解していたのにも拘わらずだ。

 トワリスが、なぜここまで頑なになっていたのか。
傷だらけのくせに、どうして助けを求めないのか。
分からないことは多かったが、ただ一つ、ルーフェンが思ったのは、彼女は自分に並ぶ愚か者だということだった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.36 )
日時: 2018/03/01 02:13
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)



   *   *   *


 夜空が、徐々に朝の明るみを帯び始めた頃。
それを合図に、次々と起き出したヘンリ村の人々を、山上から見つめる人影があった。

 周辺の景色に似合わぬ、異色の雰囲気を放つ銀色の髪と瞳。
先端に紅色の魔石をはめこんだだけの簡単な杖を持ち、質素な黄白色の衣を纏う彼は、身なりからして一介の魔導師のようだった。
しかし、この青年こそ、『アーベリトの死神』とも囁かれるサーフェリアの召喚師、ルーフェン・シェイルハートである。

(さて、そろそろ戻らないとまずいかな)

 眼下のヘンリ村から目をはずし、ルーフェンは下山すべく身を翻した。
だが、その時ふと、背後の木立から視線を感じて、立ち止まった。

(……流石、嗅ぎ付けるのが速い)

 思ったのと同時に、木上から襲いかかってきたそれを、振り向き様に杖で弾く。
その反動を利用して、ルーフェンは後方にくるりと反転すると、同じく後退したらしいそれと向き合った。

 人の形をしたそれは、鋭い眼光を携えてこちらを睨み、低く唸り声をあげている。
襲いかかってきた時から、それが獣人だとルーフェンは分かっていたが、その表情はまるで生き物の表情ではないようだった。

 獣人は、目でとらえるのも難しいほどの速さで、再び襲いかかってくる。
ルーフェンは咄嗟に杖を半転させると、石突で獣人の鳩尾を突いた。
しかし、突いた瞬間に獣人は杖を掴み、一気に間合いを詰めてもう片方の手でルーフェンに掴みかかった。

 即座に杖を手放し、後退することでかろうじてその手を避ける。
しかし前方を見たときには、既に獣人の鋭い爪が、喉元目掛けて伸びてきていた。

 ルーフェンはその両手首を掴むと、懐に飛び込むように身を翻し、掴んだ腕を捻って獣人を地面に叩きつけた。
受け身をとる暇を与えず、ルーフェンは手首を捻ったまま、うつ伏せになった獣人の背中を足で押さえた。
こうすれば、もう動くどころか、声すらあげられなくなる。

 ルーフェンは、獣人の側に転がっている杖を、腕を伸ばして取った。
そしてそれを掲げると、言い放った。

「汝、獲得と地位を司る地獄の侯爵よ。
従順として求めに応じ、可視の姿となれ。
──フォルネウス!」

 ルーフェンの立つ地面が、水面のように揺れた。
ぼこぼこと沸騰するように泡立ち、水のようにしぶきをあげたかと思うと、次の瞬間、轟音と共に巨大な銀鮫が地面から飛び出した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.37 )
日時: 2017/08/14 18:48
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 ルーフェンの五倍はあろうかという銀鮫は、その頭上を回るように遊泳する。
そして、やがてルーフェンに寄り添うように動きを止めると、ひれを震わせ、低く鳴いた。

 抑揚の強いその声は、まるで歌のように周囲に響き渡った。
大気に作られた波紋が、銀鮫を中心に広がっていく。

 しばらくして、銀鮫の声が止んでから、ルーフェンは獣人に目を落とした。

 獣人を押さえつけている足の力を、僅かに抜く。
すると、獣人はすぐに起き上がろうともがいた。

(やはり、効かないか……)

 ルーフェンが掲げていた杖を下ろすと、控えていた銀鮫はふっと、溶けるようにして消えた。
水面のように揺れていた地面も、何事もなかったかのように土に戻る。

 ルーフェンは、今にでも飛びかかってきそうな獣人の背中を、再び足に力を込めて押さえつけた。
しかし今度は、獣人は動きを止めなかった。
考え事に集中しかけたルーフェンの意識が、一瞬で獣人へと向かう。

 足の下で、獣人が暴れる。
それと同時に、ルーフェンの捻っていた獣人の腕の骨が、ぎしぎしと嫌な音をたて始めた。
うつ伏せで、かつ腕の関節をとられたこの状態で無理に動こうとすれば、骨に負担がかかるのは当然である。

「やめろ、腕が折れるぞ」

 獣人の虚ろな目が、こちらを睨んだ。
ルーフェンは舌打ちすると、捻っていた腕の関節を、更にひねった。
しかし獣人は、自分の骨が悲鳴をあげるのも構わず、身を起こそうとしてくる。

 やがて、ぼきりと嫌な音がして、獣人の右腕の骨が折れた。
それでもなお起き上がろうとする獣人に、ルーフェンは瞠目した。

(痛みすら感じてないのか……?)

 瞬間、骨の折れた部分——関節ではなく二の腕の部分を折り曲げて、獣人が飛び上がった。
そして勢いをそのままに、折れたはずの右腕でルーフェンに殴りかかる。

 ルーフェンは身体を反らし攻撃を避けると、慌てて後ろに跳んだ。
あの一撃をまともに食らっていたら、確実に頭蓋骨が粉砕されていただろう。

 獣人が、ゆらりと起き上がった。
折れた腕はだらんと力なく下がっているが、痛みなどまるで感じていないようだった。

 ルーフェンは、杖を持っていない左手をすっと前に出した。
それから「悪いね」と呟くと、左手を大気を切るように下ろした。

 途端、獣人の身体から、炎が上がった。
獣人は、ぎゃっと耳障りな悲鳴をあげ、倒れこんで地面にのたうった。

「炎よ、紅き炎、猛き炎よ……」

 低い声音で、呪文が紡がれる。
それに呼応するかのように、更に激しく火の手が上がり、あっという間に獣人の身体は炭になった。

 ぼっと音を立てて、炎が消える。
さらさらと灰が風に流されていくのを見つめながら、ふうっとルーフェンは息を吐いた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.40 )
日時: 2018/03/01 02:19
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 その時ふと、ルーフェンの目が油断なく細まった。
背後の木陰から、何者かの気配を感じたからだ。

「……誰だ。出てこい」

 気配に鋭さを感じないことから、相手は敵ではないだろうと思い、ルーフェンは幾分か落ち着いた声で言った。

 かさりと茂みを分けて現れたのは、ルーフェンよりも一回り以上大きな巨漢であった。
古傷のせいか、身体中の皮膚がひきつっており、顔には歪な鉄の仮面がつけられている。
普通の人間ならば、見ただけで腰を抜かしてしまいそうな恐ろしい風貌だったが、ルーフェンはその姿を見ると、すぐに安堵の表情を浮かべた。

「ハインツくん、珍しいね。どうしたの?」

 ルーフェンは普段通りの飄々とした調子に戻ると、ハインツに歩み寄った。

「……ルーフェン、お願い、ある」

 ハインツは、その巨体に似合わぬ小さな声で、もじもじと縮こまりながら言った。

「お願いって、急ぎ? 俺、もうここから離れるつもりだったんだけど?」

「急ぎ……すぐ、終わる」

 ルーフェンは瞬きすると、相変わらず縮こまったままのハインツを不思議そうに見上げた。
彼が願い事を申し出てくるなんて、滅多にないことだったからだ。
しかしすぐに、ハインツの側にあるもう一つの気配を感じ取って、ルーフェンは納得したように眉をあげた。

「分かった。話を聞こうか。……とりあえず、そこの美しいお嬢さんも出ておいで」

 そう声をかけたのと同時に、木上から降りてきたのは、蒼髪の女だった。

「あら、気づいてたのね。召喚師様?」

 男を誘う、甘い蜜のような声音。
見上げてくる妖艶な瞳。
緻密に計算されたそれらの仕草に、ルーフェンは苦笑した。

「いやー、アレクシアちゃんは本当に目の保養になるなー」

 大袈裟に身振り手振りをつけてルーフェンが言うと、アレクシアは整った眉を歪めた。

「心にもないことを言わないでちょうだい? 貴方、ハインツかトワリスを連れていかないと基本的に会ってくれないくせに」

「はは、なるほど。だからハインツくんを連れてきたってわけね」

 大して不満げな様子もなく言ったアレクシアに、ルーフェンが肩をすくめた。
 
「まあ、とりあえず少し歩いたところに俺の家があるから、話はそこでしようか」


Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.41 )
日時: 2018/03/01 02:22
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

  *  *  *


 古い板張りの床に、ところどころひびの入った石壁。
殺風景な部屋の中心に置かれた、机と椅子。

 全くと言って良いほど生活感の感じられないその室内を見回しながら、アレクシアは椅子に座り、ルーフェンの入れた茶を一口すすった。
しかし、その白湯同然の味の薄さに顔をしかめると、すぐに隣に立つハインツを見上げた。
ハインツは、茶には全く口をつけていない。
昔からルーフェンと付き合いがある彼は、この茶が不味いことを知っていたのだろう。

「……それで、お願いって?」

 早速本題を切り出して、ルーフェンが聞いた。
アレクシアは、二度と飲むまいとコップを置いてから、少し考え込むようにして、口を開いた。

「……予想はついているでしょうけど、獣人のことよ」

 向かいに座ったルーフェンが、大きくため息をついた。

「もー、今度はなに。王都には被害出てないでしょうが」

「ええ、お陰様でね。貴方が王都から離れてここ半年くらいは、全く」

 アレクシアが机に肘をつき、わざとらしく微笑んで見せる。

「でもね、獣人との接点がなくなったせいで、逆に私達は獣人について調べられなくなってしまったの。国同士の交流自体がない以上、何故ミストリアから獣人が襲撃に来たのか、そもそもあの獣人は何なのか……謎は多いわ。それこそ分かったのは、獣人の狙いがやっぱり貴方だったってこと」

 それを聞いたルーフェンは、小さく鼻で笑った。

「獣人の狙いが俺、ね?」

「……あら、違うの?」

 含みのある笑いをこぼしたルーフェンに、アレクシアは怪訝そうに尋ねた。

「貴方、獣人の狙いが自分だと思ったから、王都にこれ以上被害が出ないよう、そうやって放浪してるんでしょう?」

「まあそうだけど。ただ、アレクシアちゃんも知ってるでしょ? あの獣人達の様子」

 言われて、アレクシアは眉を寄せた。

「……私は、半年前に処刑される寸前の獣人を、何匹か見ただけよ?」

「それで十分。……会話もできない、恐怖すら感じてない、そしてあの虚ろな目。どう考えたって奴らは普通じゃないだろう?」

「……何が言いたいのかしら?」

 苛立ったように問うアレクシアに、ルーフェンはからからと笑った。

「だからー、あんな人形みたいな奴らが、召喚師を狙おうなんて目的を持って行動できると思う?ってこと」

 ルーフェンのその言葉に、アレクシアははっと息を飲んだ。
確かに、このサーフェリアに半年ほど前から突如現れるようになった獣人は、一目見ただけで分かるほど、普通ではなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.42 )
日時: 2015/05/23 01:12
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

  

 本来獣人とは、獣の特徴を持った人間だと説明しても良いくらい、人間に近い生き物だ。
言葉も話す上、彼らの国であるミストリアは、このサーフェリアとほぼ変わらない発展ぶりを見せていると聞く。
それなのに、サーフェリアに襲来した獣人は、言葉を話すことはおろか、感情すらろくに持っていないようなのだ。

 そんな彼らが、目的のために意思を持って行動できるとは、確かに思えなかった。

「……そうね。実際、獣人達は王都の町民を攻撃したこともあったわ。狙いが貴方だけとは、言えないかもしれない」

 アレクシアはふっと息を吐くと、前方にいるルーフェンを見た。

「でもそれだと、今現在、貴方ばかりが襲われる理由が分からないわ。貴方が王都から離れた途端に、王都には獣人が現れなくなったのは何故?」

「……さあ?」

 アレクシアの挑戦的な視線に対し、ルーフェンは笑顔で答える。

「まあ、結局のところミストリアの狙いは俺なんでしょ。でも実際に襲ってくる獣人は、ものを考えて行動してるようには見えない。俺が言いたかったのは、それだけ」

 真剣味のない様子で答えたルーフェンを、アレクシアはじっと見つめた。
そして、ふと口元に笑みを浮かべると、目を細めた。

「ねえ、貴方。やっぱり何か知ってるでしょう?」

「…………」

 ルーフェンの沈黙を肯定と受け取って、アレクシアが立ち上がった。
それから身を乗り出して、顔をルーフェンにぐいと近づけた。

「獣人について知っていること、全て私達に教えてほしいの」

「……お願いっていうのは、これ?」

「ええ、そうよ」

 アレクシアが、にこりと笑う。
ルーフェンは、ぽりぽりと頭をかいた。

「知ってどうするの。獣人の弱点でも探って、ミストリアと戦争でも始める気?」

「教会はそのつもりみたいね」

 アレクシアの予想通りの返答に、ルーフェンは呆れたように息を吐いた。

「あっそ、なるほどね。大司祭は、俺が王都に不在だから王様気分なわけだ。……陛下はなんて?」

「賛同もしてないし否定もしてないわ。様子見ってところね。実際、全く状況が把握できてない今、ミストリアと戦うのは危険だもの」

 アレクシアは乗り出した身を戻し、更にいい募った。

「でもね、今はそんなことどうでもいいの。単純に、私達宮廷魔導師団が情報を集めたいのよ。召喚師である貴方と、陛下と教会、その中だけでどんどん話を進めちゃって……私達はまるで除け者状態。けれど実際にミストリアが攻めてきたら、前線で戦うのは誰? 私達でしょ? だったら私達にこそ、全貌を知る権利があるはずだわ。……貴方が王都から離れて獣人を引き付けてくれている間に調べたこと、全て教えて」

 言い終えると、アレクシアはルーフェンの返事を待った。
ルーフェンは考え込むようにしながら、黙ったままである。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.43 )
日時: 2015/05/23 10:14
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

「……ルーフェン。お願い、聞いてほしい」

 沈黙を破って、これまでずっと黙っていたハインツが、ふと口を開いた。
ルーフェンは、アレクシアからハインツに視線を移した。

「ルーフェンの気持ち、分かる。でもこれは、ルーフェンだけのことじゃ、ないから。国の、ことだから、国で解決、しないと……」

 低く聞き取りづらい声で、ハインツは呟くように続けた。

「それに、このまま、だと……サーフェリアの人達みんな、どんどん、獣人のこと嫌いになる。だから早く、何かしないと……」

「…………」

「俺達も、今はなにも知らないから、何もできなくて、嫌だから——」

 更に言葉を続けようとしたハインツを、ルーフェンは制した。
そして椅子から立ち上がると、二人を見つめた。

「いいよ、君達の言う通りだ。隠すことはしない。……といっても、俺だってまだ大したことは調べられてないんだけどね」

 明るい口調で話すルーフェンに、ハインツが「ありがとう」と礼を言う。
ルーフェンはそれに対し、答えずに笑みを返した。

「じゃあ早速だけど、今から王宮に行ってぱぱっと陛下に説明してくるわ。何度も話すの面倒だから、君達は陛下から聞いて」

 ルーフェンの言葉に、アレクシアが意外そうに眉をあげた。

「あら、私達にさえ話してくれればいいわ。陛下のところにはきっと司祭のじじい共もいるでしょうし。教会にはあまり聞かれたくないのでしょう?」

「……いや、どっちみちこれは陛下に直接話さなきゃいけないことなんだ。それに騎士団と魔導師団、双方に情報を伝えるなら、君達経由より王宮でぶちまける方が効率が良い」

 アレクシアは、少しの間考え込んだ末、納得したように頷いた。

「ああ、そうだ。あと戦争云々の件だけど、俺がいない間はとりあえず、魔導師団全員反対って言っといて」

 軽い調子で言ったルーフェンに、アレクシアの瞳が呆れの色を浮べた。

「随分と簡単に言ってくれるわね。戦争を起こすべきだと主張してる人は、割と多いのよ? それこそ貴方が陛下や教会に獣人の情報を渡したら、戦争賛成派はもっと増えるわ」

「まあ、それはそうだろうね」

「そうだろうねって……」

 ルーフェンが、楽しげに笑いながら言う。
その様子に、アレクシアは肩をすくめ、けれどやがて目を細めて微笑んだ。

「……仕方ないわね、了解よ。貴方が言うなら、従うしかないもの。要するに、貴方が次戻ってくるまで、戦争の話が進まないようにすれば良いのでしょう?」

「そうそう。さっすがアレクシアちゃん。話が早くて助かるわー」

 アレクシアが、当然だとでも言うように長い前髪をかきあげる。
そんな彼女の横で、ハインツが再び口を開いた。

「ルーフェン、次はいつ、戻ってくるの?」

 ルーフェンが、首を傾けてハインツを見る。

「明確には決めてないけど。ある程度獣人共引きずり出したら戻ってくるから、そんなにはかからないよ、多分」

「そう……」

 仮面ごしに不安の色を滲ませて、ハインツが言った。

「じゃあ、ルーフェン。次戻ってきた時、まだトワリスが、ミストリアから帰ってきて、なかったら……一緒に、探しにいこう」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.44 )
日時: 2015/05/23 01:16
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)


 突然出たトワリスの名前に、部屋の空気が一変した。
先程まで賑やかだったルーフェンやアレクシアも、口を閉じる。

 ハインツが、低い声で続けた。

「……トワリス、もう、半年以上帰ってきて、ない。すごく、心配。トワリス強いけど、一人だから……怪我とかして、困ってるかも、しれない……」

 ルーフェンは、しょうがないといったような顔でため息をついた。

「急に、何を言うかと思ったら……」

 微かに目を伏せて、更に言い募る。

「あの子は、自分で行くと言ったんだ。助けに行かなくたって、任務さえこなしたら帰ってくるでしょ」

「任務、どうでもいい……そもそも、トワリス一人だけ、ミストリア探るなんて、とても危ない。ルーフェンは、トワリスのこと、心配じゃない……?」

 ルーフェンの顔が、一瞬歪んだ。

「……任務はどうでもいいって? どうでもよくないさ。トワがミストリアの調査に成功して帰ってきたら、今こうして悩んでることも一気に解決するんだから」

「……でも、やっぱり、心配」

「心配だろうがなんだろうが、俺達は待ってるべきだ。ここで手を出したら、それこそ彼女が単身ミストリアに行った意味がなくなる」

 ルーフェンがさとすような口調で言うと、ハインツは押し黙った。

 トワリスが、此度の理不尽な任務を引き受けた理由の内、一つは、魔導師団の体裁と意地を守りたいという、彼女なりの想いである。
そこに手を出すということは、その想いを踏みにじる行為に他ならない。
ハインツも、そのことを心の奥底では分かっていたのだろう。

 アレクシアが顔をしかめて、小さくため息をついた。

「……ただ、トワリスも馬鹿よね。教会の思惑通りになってしまうとはいえ、大人しく召喚師様にかばわれれば良かったのに。そうは思わない?」

 わざとらしい視線を受けて、ルーフェンは苦笑した。

「仕方ないさ。トワは大人しく守られるような性格じゃない」

「それくらい、分かってるわ。ただ今は、性格がどうとか言ってる場合じゃないでしょう? ミストリアには、貴方が渡るべきだったのよ」

「どうだかねえ」

 肩をすくめて言ったルーフェンを、アレクシアは胡散臭げに見つめた。

「……確かに、結果的には、トワリスを行かせた貴方の判断も、間違ってなかったとは思うわ。仮に貴方がミストリアに行っていたら、獣人の被害は王都でどんどん拡大していたでしょうし。それに、獣人を恨む人間が増えている今、もしトワリスがサーフェリアに残っていたら、彼女きっとひどい扱いを受けることになってたもの」

 ルーフェンの様子を探るように、アレクシアは続けた。

「それでも今のサーフェリアには、ミストリアの情報がどうしても必要なの。だから私達は、何を犠牲にしようが任務の成功確率が高い選択をするべきだったんじゃないかって思うのよ。……もしそうしていれば、今も最悪の事態を想定せずに済んだわ」

「最悪の、事態……?」

 不安げに言ったハインツを、アレクシアは見つめた。

「トワリスが死んで、何も情報が得られないってことよ」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.46 )
日時: 2020/05/16 16:06
名前: 狐 (ID: 8NNPr/ZQ)

 淡々といい放たれた言葉に、ハインツからさっと血の気が失せた。
すがるように、ルーフェンを見る。

 ルーフェンはしばらく無表情のままだったが、やがて、唇の端を歪めた。

「……死ぬ? 冗談じゃない。彼女を見くびるなよ」

 一瞬、ルーフェンの瞳に不気味な光が宿る。
アレクシアとハインツは、思わず息を飲んだ。

「そんなこと、絶対にあり得ないし許さない。たとえ誰一人として、彼女の帰還を信じていなかったとしても、トワならその全員の予想を裏切ってみせるさ」

 自分に言い聞かせるように呟いてから、ルーフェンは立ち上がり、持っていた杖をハインツに渡した。

「もう、この話終わりね。……その杖、魔導師団の倉庫に戻しておいてくれる? この前、耳飾りの代わりに勝手に拝借したやつなんだけど、俺には合わないみたいだから」

 耳飾りの代わりに、という言葉に反応して、ハインツはルーフェンの左耳を見た。
そして、いつもはついているはずの、緋色の魔法石で出来た耳飾りが、今日はついていないことに気づいた。
あの耳飾りは、魔力の暴走を止める上で、ルーフェンにとっては必需品だったはずである。

 しかし、なぜ耳飾りがないのかと尋ねようとした時、既にルーフェンは、扉の取っ手に手をかけていた。

「……気をつけて」

 質問は諦めて、最後にハインツはルーフェンの背中にそう声をかけた。



 ルーフェンが出ていってしまうと、アレクシアは、ハインツに囁いた。

「ねえ、結局貴方達ってどういう関係なの?」

「関係?」

「貴方と、召喚師様と、トワリスの関係よ。まだ王都がアーベリトだった頃から、一緒だったのでしょう?」

 ルーフェンが出ていった扉を見つめたまま、ハインツはこくりと頷いた。

「……関係は、一言では、言えない。でも多分、友達……みたいな」

「友達?」

 そう聞き返して、アレクシアがちらりと笑った。

「……なに?」

 ハインツが、不機嫌そうに声を低くする。

「いいえ、別に? 友達にしては、異常に仲が良いと思っただけ。……言っておくけど、馬鹿にしたわけじゃないわよ? 私、なんだかんだ貴方やトワリスのことは気に入ってるもの」

「…………」

 眉を上げて妖艶に微笑むアレクシアを、ハインツはしみじみと見つめた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.47 )
日時: 2014/02/21 01:46
名前: R (ID: J9PmynZN)

何て言って入ってくればよかったのか。はじめましてではないです。
お世話になっています、狐さん(笑)

全部読ませていただきましたが、感想を述べさせて頂きます。

まず、話が頭に、すっと入ってきて読みやすかったです。それが最大のセールスポイント(`・ω・´)

そしてストーリーの展開。特にアドラさんには、感動しました(笑)やっぱりアドラさんという。
しかし、ファフリも健気で好感が持てます。前向きに生きていこうとする姿勢がいいです。本当にいい子。

ルーフェンさんのキャラも結構好きだったり…(笑)

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.48 )
日時: 2014/02/21 22:30
名前: 狐 (ID: jAQSBAPK)


Rさん

来てくださってありがとうございます^^
こちらこそ、いつもお世話になっております(笑)

Rさんに、文章的な面で褒めて頂けると、非常に心強いです!
まだまだ未熟な作品ですが、今後もよろしければ読んでやって下さいな^^

そしてルーフェンが好きって言ってくださって嬉しいです(ToT)
今後サーフェリア組はどんどん出てくると思うので、どうか見守ってあげてください(笑)

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.49 )
日時: 2014/02/23 21:20
名前: はる (ID: JK5a7QPr)

どうも、また来ました。
話もどんどん進んでいって、今後が楽しみな限りです!
なんというか、トワリスが可哀そうですね。売国奴なんて言われて、挙句の果てに失敗確定の計画までやらされて。
是非ともル—フェンさん達に守っていただきたいところですが、どうなるのでしょうか……!

更新楽しみに待ってます!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.50 )
日時: 2014/02/24 18:10
名前: 狐 (ID: jAQSBAPK)


はるさん

はるさんだ!^^ひゃっほーい!
来てくださってありがとうございます(^^)

そうですね……トワリスは今つらい状態です><
おい皆、助けてやれよ!と私も思います。
……が、大人しく守られたりしないのがトワリス(笑)

楽しみだなんていって頂けて光栄です(*^_^*)
今後も是非、よろしくお願いいたします!


そういえば、エドゥアールさんたち登場しましたね^^
既に存在を知っていた身としては、なんだかにやにやしてしまいました(笑)
パイナップルに似た手榴弾を投げるシモンさんを、応援したいです\(^o^)/


Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.52 )
日時: 2021/01/28 11:27
名前: 狐 (ID: r1a3B0XH)

「アレクシアは、まだ、ルーフェンのこと、嫌い?」

「……嫌いとか、そんな安っぽい感情じゃないわ。自分でも、よく分からないけれど。ただ、好きじゃないのは確かね。だって私達、目の前で彼に同輩を殺されてるんだもの」

 アレクシアは、目を細めて笑った。
そして、ルーフェンが出ていった方に顔を向けた。

「まあ、戦場での出来事だから、仕方がないとも思うわ。でもあの時、召喚師様はアーベリトの人達まで殺したでしょう? そのことを思うと、割り切れない部分もあるのよ」

 ハインツが、黙ったまま首を横に振った。

「違う。ちゃんと理由、ある」

「言えない理由なんて、ないのと同じよ」

「…………」

 言葉を詰まらせたハインツに、アレクシアはため息をついた。

「……教会の関係者でなくたって、シュベルテには召喚師のいない国を望む人は多かったのよ。だっておかしいでしょう? 国の存亡が、召喚師なんていうたった一人に委ねられてるなんて。……だから教会は、アーベリトを攻めたのよ。再び王都となって、召喚師ではなく国民による国造りを実現させるために」

 そう言ってから、アレクシアは肩をすくめた。

「正直、簡単に勝てると思ってたわ。アーベリトなんて、召喚師がいるだけの街だったから。でも実際は、一瞬で皆消し飛んだ。……召喚師の前じゃ、どんなに大勢で挑んだってまるで相手にされてないって、その時思ったわ。世界で召喚師の存在が重宝されているのも、少し納得してしまった。ただそれでも、余所みたいに国の守護者だと崇める気にはならなかったわね。むしろあの姿は、守護者というより死神のようだった。……アーベリトの死神って、誰が言い出したのかは分からないけれど、彼にはぴったりのあだ名だと思うわ」

 俯いて、ハインツは口ごもった。

「……シュベルテの人達が、ルーフェンを怨むのは、仕方ない。けど……」

 アレクシアは、しばらくその言葉の続きを待った。
しかし、ハインツが完全に黙り込んだのを見て、苦笑した。

「……無駄話ね、不快にさせたならごめんなさい。でも大丈夫よ、少なくとも魔導師団は、召喚師様に盾つこうなんて思ってないもの。彼を良く思っていないのは事実だけど、今はそれ以上に、教会のやり方が気に入らないから」

 ハインツが、ふと顔を上げた。

「教会が、国のこと後回しで、ルーフェンをミストリアに、送ろうとしたから?」

「まあ、それもあるわ。というより、そもそも召喚師を完全に消そうなんて、現実を見ていないイシュカル教徒共の戯れ言よ。あの時戦場に立っていた人間なら、きっとそんなことは言えないはず。アーベリトの王が死んで、結果的にはシュベルテが勝って王都になったけれど、召喚師の力がどれほど恐ろしいものか、私達はあの時痛感したもの。実際、戦力という形でなら、召喚師は必要だわ。理想論ばかり唱える教会の考えには、同意できない」

 アレクシアは目を細めると、不敵に微笑んだ。

「だからね。今は、召喚師様に従うわ」



(※紙媒体より少し変更箇所あり)

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.53 )
日時: 2014/02/28 08:29
名前: 羽瑠 ◆hjAE94JkIU (ID: or.3gtoN)

>> 狐 さん。

たぶん、こっちの板では、初めましてですね。
どうもー てへぺろはなさんです。
この小説が立った当初から、読ませて頂いてます。
獣ものって、凄く好みなんですよ。
設定も洗練される感じで、尊敬します。
見習わせていただく部分ばかり。

更新、楽しみにしてますねー
それでは。またふらっと来ます!(*^^*)/

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.54 )
日時: 2014/02/28 23:05
名前: 狐 (ID: xrNhe4A.)


羽瑠さん

はじめましてですね。
書き始めた頃から読んで下さってるとは……感動です!
本当にありがとうございます(^^)

尊敬だなんて……身に余るお言葉!
とても嬉しいです(*^^*)

更新頑張ります。
是非是非、またお越しください!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.55 )
日時: 2015/05/23 01:24
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)



  *  *  *


 サーフェリアの王都、シュベルテは、宮殿を頂点に扇状に広がっている街である。
その宮殿のすぐ東には、比較的小さな山や森が広がっており、更にその向こうにはヘンリ村が位置していた。

 ヘンリ村は、旧王都アーベリトの町民によって構成された、小さな村である。
かつてシュベルテとは敵対関係にあった故に、宮殿からの支配を拒むサーフェリア唯一の村であったが、決して反逆の意があるわけではなく、村人達は慎ましく質素な生活を送っていた。
また、宮殿もそのヘンリ村の在り方を認めており、王都の近くにおくことで監視はしているものの、直接的に圧をかけるようなことは一切していなかった。



 ヘンリ村の閑静とした雰囲気とは一転、市場で賑わう人々の間を縫うようにして、ルーフェンは足早に王宮へと向かっていた。

 こちらを見るなり慌てて門を開ける門衛や、見張りの魔導師達に軽く笑いかけ、ルーフェンは真っ直ぐ国王のいる謁見の間へと向かった。
謁見の申し出はしていなかったが、来客の多い昼時は基本的に、国王は謁見の間にいるのだ。

 王宮内は、人の出入りが多い割には静かだった。
しかし、決して寂れているという風ではなく、むしろ悠然としたその雰囲気の中には、威圧感さえ感じられた。

 ルーフェンは、こういった堅苦しい雰囲気が苦手だった。
重厚な白石の壁に囲まれ、常に緊迫感のある静けさを漂わせた王宮内。
まるで、檻の中に閉じ込められているような、そんな息苦しさを感じるからだ。

 王都から獣人を遠ざけるため、最近は囮として各地を放浪していたルーフェンは、久々にこの王宮の窮屈さを感じて、小さくため息をついた。



 謁見の間へと続く扉の前に門衛がいないのを確認すると、ルーフェンはほっとした。
門衛が扉の外にいる——室外で見張りをしている場合は、国王が謁見中だということだからだ。

 間近で国王の護衛をする騎士や魔導師は、信頼のおける人物で、かつ地位の高い者でなければならない。
また、国王と来客の会話内容を聞くのが許されるのも、そういった者達のみであり、門衛を果たすような地位の低い騎士は、謁見中は室外に出される。
つまり、門衛が謁見の間——室内にいるということは、今は謁見が行われていないことを示していた。

 宮殿全体に結界が張ってあることもあり、王宮の警備自体は薄かった。
とはいえ、予想よりも円滑に目的地へとたどり着けて、ルーフェンは胸を撫で下ろした。

(こんな格好だから、門衛に不審者扱いされるのも、覚悟してたんだけどなぁ)

 自分の薄汚れた格好を見て、苦笑する。
普段王宮に来るときは、召喚師として正装姿で来なければならないが、今のルーフェンは、一介の魔導師が身に付けるような軽装姿だった。
それも、下山してきたせいか、ところどころ土や泥が付着している。
門衛に不審者扱いを受けても、文句は言えないような風体だった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.56 )
日時: 2016/02/20 15:24
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 扉を軽く叩こうとした時、ふと向こう側に人の気配を感じて、ルーフェンは手を止めた。
それとほぼ同時に、扉が内側から引き開けられる。

 中から現れた小太りの男は、驚いたように顔を上げた。
イシュカル教会の最高権力者、大司祭モルティス・リラードである。

 ルーフェンは、心の中で舌打ちした。
謁見の間に大司祭がいるのは予想できていたが、こうして対峙するのは望ましくない。
だからといって、目的が国王と大司祭に獣人の話を持ちかけることである以上、彼にこの場を去られるわけにもいかなかった。

 ルーフェンが身を引いて道をあけると、モルティスはゆっくりとした動きで廊下に出た。
そして上品に整った口髭をもごもごと動かすと、やがて体をルーフェンの方へと向けた。

「……何のご用件ですかな。今、召喚師殿のすべきは、獣人の駆逐であるはず」

 いぶかしげに細められた目には、敵意の色が浮かんでいる。

「ええ、もちろん、分かっていますとも。ただ、その獣人のことで、ちょっとご報告したいことがありましてね」

 顔面に普段通りの笑みを貼り付けて、ルーフェンはそう答えた。
すると、モルティスは鼻をならした。

「今更何を報告なさるというのか。あのような野蛮な獣を送り込んで我々を襲わせるとは、獣人共の宣戦布告も同然! ミストリアの詮索など、端(はな)から必要ありませぬ」

 興奮した様子でそう語るモルティスに対し、ルーフェンは一切表情を変えなかった。

「端から、とは。……つい最近まで、ミストリアの調査にこだわっていた貴殿が、随分と考えを変えられたのですね」

 微かな皮肉を織り混ぜると、モルティスは忌々しげに顔を歪めた。

 しかし、モルティスが言い返そうと口を開く前に、部屋の奥から凛とした鋭い声が響いてきた。

「……ルーフェンか」

 二人は、同時に部屋の奥へ振り返った。

「……はい、陛下。ルーフェン・シェイルハートでございます」

「入れ。そなたに話がある」

 ルーフェンは、モルティスに部屋の奥を示した。
そして小声で、聴いていかれますか?と囁くと、モルティスはルーフェンを一瞥してから、再び謁見の間へと足を踏み入れた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.57 )
日時: 2016/01/28 02:14
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)


 謁見の間は床一面が大理石で作られており、その両側の壁には、紅を基調とした分厚い錦の布がかけられている。
この宮殿の中では、唯一といって良いほど色彩豊かな造りの部屋だった。

 サーフェリアの現国王、バジレット・カーライルは、その奥の一段高くなった場所——王座に鎮座している。

 バジレットは、今年六十を迎える初老の女性で、次期国王が成人を迎えるまで、一時的に王座についている。
白というよりは銀に近い白髪に、彫刻のような整った顔。
鋭い薄青の瞳からは、高齢を思わせないその意思の強さが感じ取れる。

 ルーフェンが、指を綺麗に合わせてからひざまずくと、バジレットが微かに頷いた。

「よくぞ無事であったの、ルーフェン。そなたの用は、獣人のことであろう」

「——は」

「……ならば、ちょうど良い。こちらもミストリアとのことで、近々動かねばと思っていたところだ」

 動く、という言葉が、ミストリアとの交戦を意味しているのは明らかだった。
しばらくは様子を窺うことに徹していたが、教会側の主張もあり、国王自身がいい加減行動を起こすべきだと考え始めたのだろう。

 ルーフェンは、顔をあげた。

「恐れながら、申し上げます。……些か、事を性急に運びすぎではないかと」

 ルーフェンの一言に、脇に控えていたモルティスが、何か言いたげに口を開き、閉じた。
バジレットによって、発言することを制されたのである。

「性急、と申すか。……しばらくシュベルテから離れていたそなたの意見は、まだ一度も聞いていない。話してみよ」

 ルーフェンは微かに笑みを浮かべると、ふっと息を吐いた。

「……性急というより、ミストリアとの交戦は得策ではない、と言うべきだったでしょうか。……ひとまず、結論から申し上げます。今後しばらく、私と宮廷魔導師以外の魔導師達の魔術の行使を、制限させて頂きたい」

 バジレットの目が、僅かに細められた。

「いつミストリアが攻めてくるか分からぬこの状況で、サーフェリアの戦力を騎士団のみにしろと言うのか」

「……はい。と、いいますのも、このサーフェリアに現れる獣人達は皆、どうやら魔力に引き寄せられて動いているようなのです」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.58 )
日時: 2015/05/23 01:29
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)


 ルーフェンは、バジレットをじっと見つめた。

「魔力というのは、魔術の発動時にしか発せられぬものです。獣人が現れ始めた当初、彼らは真っ先にシュベルテの町民を襲撃しました。これは、この宮殿を囲む結界が発した魔力か、あるいは魔導師団そのものの魔力か、とにかくそれらに反応してシュベルテに引き寄せられ、そこで鉢合わせた町民を襲撃したのでしょう。
……そこで、私がシュベルテを離れ、通常より強い魔力を発し続けたところ、シュベルテへの襲撃は止みました。そしてその代わり、獣人は私の元に現れています。これはつまり、より強い魔力に獣人達が引き寄せられている、ということ。
しかし、長期間常に強い魔力を発し続けるというのは、いくら私でも無理があります。故に、魔導師団の魔力行使の制限をお許し頂きたいのです。魔導師達から魔力が発せられなければ、こちらも最小限の魔力で獣人を引き付けることができます。……もしお許し頂けるのなら、民衆に被害を出させないと、お約束いたしましょう」

 ルーフェンは、鋭いバジレットの眼差しに気圧されることなく、続けた。

「それと、もう一つ……仮に、これまで通り魔導師団が動いていたとしても、無駄だということです。獣人には、おそらく敵いません」

 この発言には、我慢ならないといった様子で、モルティスが一歩前に出た。

「召喚師殿、貴殿は我が国の兵力が脆弱だと申すのか!」

「そうは言っておりません」

 ルーフェンは、淡々とした口調で言い放った。

「確かに獣人は、優れた身体能力を持った生き物です。しかしその代わり、彼らは魔力を持ちません。その点からも、サーフェリアがミストリアに劣っているなどということはないはずです」

「ならば、やはり獣人共を殺すには魔導師団の動員が有効ではないのか?」

「相手が普通の獣人ならば、そうです。しかし、サーフェリアに襲来している獣人は異質なのです。彼らは、生き物としての性質を失っている」

 モルティスが、言葉の意味を量りかねた様子で、顔をしかめた。

「性質……?」

「何も感じていない、ということです。中には言葉を理解しているような素振りを見せる獣人もいましたが、最近はそれもありません。もちろん痛みも感じていないわけですから、たとえ骨が折れようとも、腕を切り落とされようとも、動ける限りは襲いかかってきます。半端な攻撃では対抗できないと言うことです」

「……では、一撃で滅すれば良いだろう。奴等に動く隙を与えず、一瞬で消し飛ばしてしまえばよい」

「ええ、その通りです。ただし、そのような強力な魔術を使うには、普通は詠唱が必要になります。しかし素早い獣人相手に、それは不可能かと」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.59 )
日時: 2014/05/07 00:22
名前: ヨモツカミ (ID: H65tOJ4Z)

2話まで読みました^^
アドラさん、好きでした。あなたのことは忘れません・・・w

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.60 )
日時: 2014/05/07 20:23
名前: 狐 (ID: jAQSBAPK)

ヨモツカミさん

読んでいただきありがとうございます^^

それにしてもアドラさん、人気ですね( ゜Д゜)
今のところアドラさんが一番人気のような気がします(笑)
ファイトだ主人公勢……というか私もっと頑張れ!

よろしければ、今後も応援よろしくお願いいたしますね^^


Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.61 )
日時: 2014/05/08 20:37
名前: まどか (ID: RMr9yeJh)

お邪魔します・・・

作詞させていただいた者です。

やっぱり、これは気に入りますね・・・♪

作詞なら、何曲でもいかさせてもらいます!

また、ちょくちょく来ますね

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.62 )
日時: 2014/05/09 19:02
名前: 狐 (ID: NtGSvE4l)

まどかさん

作詞ありがとうございました(*^^*)
外伝の方に載せたいと考えております♪

また来ていただければ飛び上がって喜びます(笑)
よろしければ今後も応援よろしくお願いいたしますね!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.63 )
日時: 2014/05/11 22:40
名前: ヨモツカミ (ID: H65tOJ4Z)

最後まで読んだよ^^
情景描写が細かいから、風景がよく想像できていいね。
続き楽しみにしてます!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.64 )
日時: 2014/05/13 17:51
名前: 狐 (ID: NtGSvE4l)


ヨモツカミさん

再びご感想ありがとうございます(*^^*)
ネタもないのに、ついつい外伝の方を書きたくなってしまう私(笑)

本編の方も頑張って更新いたしますので、よろしくお願いいたします(^^)

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.65 )
日時: 2014/05/13 22:09
名前: R (ID: J9PmynZN)

お久しぶりです!再開されたんですね!
空いたのは、約二ヶ月というところでしょうか。
三月以降全く活動がなくて少し残念でしたが再開されたようで良かったです(^-^)

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.66 )
日時: 2014/05/15 18:43
名前: 狐 (ID: HBvApUx3)


Rさん

お久しぶりです〜(*^^*)

いやはや、新生活が始まりなかなか執筆にたどり着けず……(^_^;)
今後もちょいちょい空いてしまう可能性はございますが、放棄するつもりはないので気長に待っていただけると嬉しいです(;_;)
もちろん、可能な限り更新頑張りますが!

よろしければ今後もよろしくお願いいたします(^^)

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.67 )
日時: 2016/08/09 16:41
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 モルティスが、眉を寄せて押し黙った。
それと同時に、バジレットが口を開いた。

「……なぜ、そのような獣人が生まれたというのだ」

 ルーフェンは、静かに首を横に振った。

「明確な原因は、まだ。ただ確かなのは、彼らは脳が機能していないということです」

「……脳だと?」

「そうです。彼らには、フォルネウスの能力が効かないのです」

 ルーフェンは、軽く人差し指でこめかみを叩いた。

「フォルネウスの能力は、対象の脳に暗示をかけることです。もし眠れと命じたなら、対象は眠ります。しかし彼らにはそれが効かない……つまりは脳が機能していないのです。
脳が働いていないということは、死んでいるか、操られているか、あるいは薬物の類いによって脳が麻痺しているといったような可能性が考えられますが……いまいちどれも当てはまりません。操られているなら彼らからは魔力を感じるはずですし、薬物によるものなら肉体の動きも鈍くなるはず……そうなると死んでいるとしか考えられませんが、彼らは血を流します」

 ルーフェンは、表情を引き締めると、バジレットの顔を真っ直ぐに見た。

「陛下、国同士の争いは、双方の国全体をも滅ぼしかねない大規模なものとなるでしょう。そのようなことを、ミストリアの真意がはっきりとしない今、実行しようというのは大変危険です」

 バジレットは、微かに目を細めた。

「真にサーフェリアの未来を憂えるのなら、どうかご理解下さい。目の前のことに捕らわれて、争いを避ける道を見逃せば、無意味に多くの民を犠牲にすることになります。私の考えにご賛同下さるならば、ことの真実が明らかになるまで、サーフェリアは必ずお護りしますゆえ。……傍観しているだけではならないという陛下のお気持ちは、お察しします。しかし何よりも優先すべきは——」

「…………」

「民を護ること、ではないかと」

 バジレットは、ルーフェンが話し終えても何も言わなかった。
しばらくは考え込むように床の一点を見つめていたが、やがて、顔をあげてルーフェンを見た。

「……良いだろう、そなたの言い分はよく分かった。魔導師団の停止を認めよう。そなたは引き続き、獣人を探るのだ」

「——は」

 ルーフェンが深く頭を下げるのと同時に、モルティスが滑り込むようにして、バジレットの前にひざまずいた。

「お待ちください、陛下。こうして、いつまでミストリアを傍観し続けるおつもりなのですか! 確かに民を護ることが最優先でしょう。だからこそ、何か起こってから行動を起こすのでは、遅いのですぞ!」

 モルティスの発言にも一理あるのだと、ルーフェンは思った。

 実際ルーフェンも、守り一方にするつもりなど毛頭なかった。
ただし、ミストリアとの交戦は、出来る限り避けなければならないのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.68 )
日時: 2018/09/06 12:52
名前: 狐 (ID: zc76bp3U)

 国同士——つまり召喚師同士が争えば、その被害は絶大なものとなる。
これも理由の一つではあるが、ルーフェンが最も恐れているのは、ツインテルグとアルファノルの反応であった。

 召喚師の力は自国の守護のためにあり、争うためのものではない。
そのため、争いに発展せぬよう、長年国同士は無干渉を貫いてきた。
これは、召喚師の中では暗黙の規則のようなものなのだ。

 しかし、サーフェリアとミストリアが争ったとなれば、その均衡が完全に崩れ去ることになる。
故にルーフェンは、魔道師団の停止を進言したのだ。
獣人への対抗手段が魔術しかない以上、こうしてしまえば、ルーフェンが王都を離れていても、勝手に交戦への準備が進むような事態は起こらない。

 バジレットに対して言ったことも真実だが、それらは全て争いを避けるためのこじつけと言っても、過言ではなかった。
召喚師への理解が薄いサーフェリアで、召喚師の事情など話したところで、受け入れられないのは目に見えていたからだ。

 バジレットは、苛立たしげな様子で口を開いた。

「……分かっておる。最後まで話を聞かぬか、モルティス」

「し、失礼いたしました」

 モルティスが深々と頭を下げると、バジレットがルーフェンを見た。

「……二月だ、二月やろう。それまでにミストリアの真意とやらを調べてみせよ。それが出来なければ、交戦は避けられぬと思え。
モルティス、そなたは騎士団を王都だけでなく各地に配備させよ。獣人のこと以外は全て、騎士団に対処させるのだ」

 そう言ったバジレットの目には、鉄のような冷たさが秘められていた。
その瞳で睨むように視線を送られて、ルーフェンは肩をすくめた。

(……こりゃあ、軽くこじつけたの勘づかれてたかな)

 深く一礼してたちあがり、謁見の間から去りながら、ルーフェンは鼓動が早くなるのを感じた。
どうやら自分も、想像以上に他国に対して恐怖しているようだ。

(他国、というか……召喚師という化け物に対して、か)

 ふと自嘲気味に笑いながら、ルーフェンは歩を進めた。


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.71 )
日時: 2016/02/06 02:06
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

†第二章†——邂逅せし者達
第一話『異郷』



「ミストリアって、どんなところだろうね。獣人が棲んでるんだから、やっぱり森とか、自然が綺麗なところ? それとも、サーフェリアとあまり変わらないのかな?」

 いつもと同じ調子で、ルーフェンは言った。
それに対してトワリスは顔を歪めると、呆れたようにため息をついた。

「ふざけたこと、言わないで下さい……。私は別に、遊びにいくわけじゃないんですよ」

「分かってるって。調査ね、調査」

 あくまでも飄々とした様子で、ルーフェンは続けた。

「でも、具体的にどうしろとは言われてないんでしょ? だったら適当に済ませて、さっさと帰ってきなって」

「……適当って……。立派な仕事ですよ。サーフェリアの運命が、かかってるんですから……」

(——望まれているものでは、ないけれど)

 言いかけた言葉を飲み込んで、トワリスはぎゅっと拳を握った。
ルーフェンは、そんな彼女の様子にふっと笑うと、静かに肩をすくめた。

「……本っ当に馬鹿だよね、トワは。もう馬鹿の中の馬鹿。ものすごい、馬鹿」

 普段罵倒などしてくることのないルーフェンの言葉に、トワリスは目を見開いた。

「なっ……ルーフェンさんのほうが馬鹿です。阿呆だし。へんてこだし、平気で嘘つくし、なんかへらへらしてて腹立つし!」

「いーや、俺の方がってことはないよ。少なくとも君は、俺と同じくらいには馬鹿だね」

「同じ、なんかじゃ——」

 一瞬言葉が詰まって、トワリスは浅く息を吸った。

「同じなんかじゃ、ありません……。だから、私は——」

 言うつもりではなかったことが、思わず口を突いて出てきた。
ルーフェンは、ただ黙ったまま、トワリスの次の言葉を待っているようだった。

 トワリスは、居心地が悪そうにルーフェンから目をそらすと、うつむいた。

「……すみません、なんでもないです」

「…………」

 何と続けようとしたのか、深く追求されると思ったが、ルーフェンは何も言ってこなかった。
黙ったまま、一瞬何か言いたげに口を開いたが、すぐに閉じた。

 ルーフェンは、自分の耳から紅く光るものを取ると、トワリスに向かって放り投げた。
トワリスは慌ててそれを受け取ると、その手の中身を確認して、目を丸くした。

「……それ、貸してあげる」

「は?」

 きらりと光る、緋色の耳飾り。
トワリスは、信じられないといった様子で首を思い切り振った。

「か、貸してあげるじゃないですよ! いりません! というか、これ、大事な魔法具なんじゃ——」

「そう、かなり大事なもの。それがないと困る」

「だったら、尚更……!」

 怒鳴るように言って、勢いよく耳飾りをルーフェンの胸元に押し付ける。
しかしその手は、ルーフェンによって掴まれて、やんわりと押し返された。

「だから尚更、ね。ミストリアから帰ってきたら、ちゃんと俺に返してよ」

 そう囁くように耳元で言ったルーフェンの顔を見て、トワリスは何も言えなくなった。

 いつもの軽薄そうなものとは違う、哀しそうな笑み。
ルーフェンが本心を隠せずにいるのは、珍しいことだった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.72 )
日時: 2017/08/14 19:29
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

  *  *  *

 トワリスは、岩の上に立っていた。
そのすぐ横には、滝の流れ出る洞窟がぽっかりと口を開けている。
洞窟の中は暗黒よりも深い闇に覆われており、外から夕日の光が射し込んでも、ほとんど中は見えなかった。

 ごうごうと、はるか下へと流れ落ちる滝の音を聞きながら、トワリスは眼下に広がるミストリアの王都——ノーレントを見つめた。
トワリスがミストリアに降り立ってから、ずっと目指していた地である。



 他国へと渡るためには、何月もかけて海を渡るか、魔法陣を介した長距離移動が必要であった。
効率の良い方法は、当然後者である。
故に、召喚師以外の者が魔力を持たないミストリアでは、サーフェリアに渡る場合、召喚師の力を利用した可能性が高い。
つまり、サーフェリアに襲来した獣人について探るならば、必然的に召喚師のいる王都ノーレントを探らなければならないのだ。

 しかしトワリスは、なるべく王都には近づきたくなかった。
召喚師が、魔力を感じとることが出来るからである。

 母が人狼、父が人間であるトワリスは、身体能力の優れた獣人の血と魔力を持つ人間の血、その両方を受け継いでいる。
ただし、その血はそれぞれに薄く、純血の獣人に身体能力では敵わない上、普通の人間の魔導師にもまた魔力では勝つことが出来なかった。
そのため、トワリスは基本的にその両方を複合させることで、戦うことが多かった。
すなわち、身体に魔力を込めることで、一時的に獣人以上の身体能力を発揮するのだ。
そうすれば、身体を媒介に使っているため使用する魔力量も少なく済むし、元からある身体能力も生かすことができる。

 人間の女にしては強い、元はこの程度の力しかないトワリスがミストリアで生き抜くには、当然魔術の行使が必要だった。
しかし魔術を使えると知られたら、獣人でない——つまりミストリアの者ではないことが知られてしまう。
外見だけでいえば、人の耳がある位置に狼の耳が生えているため、獣人だと言い張っても誤魔化せるが、もし魔術のことを指摘されたなら、一貫の終わりである。
だから、唯一魔力の存在を感知できる召喚師には、近づきたくなかったのだ。

 ミストリアの場合は、サーフェリアと違って召喚師が国王を勤めている。
そのため、一介の旅人に過ぎないトワリスが、召喚師に会うようなことはないと分かっていた。
それでも、ノーレントで召喚師について探る以上は、どうしてもその不安が拭いきれなかった。



 旅人の行き来する街道があるようだったが、トワリスはこの洞窟を通って、ノーレントに出ようと思っていた。
極力、獣人と出会うことを避けたかったからだ。

 トワリスは大きく深呼吸すると、眼下に見つめていたノーレントの街並みに背を向けて、洞窟の闇へと足を踏み入れていった。


 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.73 )
日時: 2015/05/23 10:29
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

 水流に流されぬよう注意しながら、トワリスは岩壁に手を這わせて進んだ。
初めは入り口から射し込んでいた日光も、今は一切なかった。

(……暗い……)

 冷気の漂う洞窟で、ぶるりと身を震わせる。
洞窟内の生物を刺激すべきではないと思い、明かりは持ち込まなかった。
しかし、やはり松明は必要だっただろうかという後悔が、トワリスの中に沸々とわいていた。
視覚に頼らずとも、聴覚と嗅覚が効けば問題はなかったが、トワリス自身、暗闇はあまり得意ではないのだ。

 トワリスは、すっと目を閉じると、耳と鼻に神経を集中させた。
そして、鼻がつんと痛むほどの冷気の中に、ふと異質な臭いが混じっていることに気づいた。
わずかだが、煙と油の臭いしたのだ。

(これは……松明の臭い。私以外に誰かいるのか……?)

 周囲を一層警戒しながら、水流から抜けて脇の岩場に足をつけると、一気に水音が小さくなった。
足跡も臭いも残らない水流中を進もうと思っていたが、自分以外の何者かがいる可能性が高まった今、動きやすい岩場を歩く方が良いだろう。

 微かな水流の音と、自分の呼吸音しか聞こえない静寂の中、異変が起こったのは、一本の岐路に差し掛かった時だった。

 うめき声に近いような男の悲鳴が、洞窟中に響き渡り、トワリスはその悲鳴がした方向に走り出した。
そうして、少し広くなった場所に出るのと同時に、一気に視界が明るくなった。

 暗闇から急に明るみに出たため、トワリスは眩しげに目を細めた。
だが、松明を抱えて岩壁のそばでうずくまる男の姿を見つけると、すぐに男の元に駆け寄った。

 男は、息切れと嗚咽が混ざったような喘ぎ声をあげながら、がたがたと震えていた。
微かに血の臭いがしたが、大した怪我ではないだろう。

 近づいて、多少乱暴に肩の辺りを掴むと、男がびくりと跳ね上がって上擦った声を出した。
少し白いものが混じったその髪に、羽毛が入っていることから鳥人だと思われる男は、トワリスを見たまま混乱したように硬直した。

「静かに! 何があったんです?」

 鋭い声で問うと、鳥人の男は咳き込むように言った。

「あ、あっちに……っ!」

 男の視線が向けられた方へ目をやると、松明の明かりが届かない暗がりで、何かが蠢いているように見えた。
そして目を凝らそうとした瞬間、大気を切り裂くような鋭い音が迫ってきた。

 トワリスは、本能的に腕に仕込んでいた短剣を引き出すと、その方向へ投げつけた。
すると、ギャッという耳障りな断末魔が聞こえて、短剣と共にぼたりと何かが落下する音が響いた。

(何かいる……!)

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.74 )
日時: 2017/08/14 21:09
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 トワリスは、蠢く影をきつく睨んだ。
暗闇では、襲いかかる機会を窺うように、青白い目がいくつも光っている。
おそらくは洞窟生物だろうが、この数が相手では逃げ切れない。
それも、トワリスだけならともかく、こちらにはもう一人、怪我をした鳥人の男がいるのだ。

 トワリスは、傍らで怯える男を一瞥した。
彼が召喚師でないのは一目瞭然であり、状況を考えれば多少の魔術の行使は仕方がない。
よほど可視できて分かりやすい魔術でなければ、問題ないだろう。

 そう自分に言い聞かせると、トワリスはもう一本の腕に仕込まれた短剣を、素早く引き出した。
それから、纏っていた外套の一部を切り裂いて短剣の先に巻くと、男の抱える松明にそれを押し付けた。

 じりじりと外套の焦げる臭いがして、短剣の先に火が燃え移る。
それを確認すると、トワリスは即座に短剣を暗闇に投げつけた。

 外套に移っただけの小さな炎は、投げられた衝撃で危なげに揺れたが、それが消える寸前に、トワリスは魔力を練り上げた。

「爆ぜろ……!」

 小声で唱えたその言葉に呼応して、消えかけた炎がぼっと燃え上がった。
もともと魔力量の少ないトワリスには、存在していた炎の勢いを増すくらいのことしか出来なかったが、今回はそれが好都合だった。
この程度なら、混乱している男には、炎が何かに燃え移って広がったようにしか見えないはずだ。

 蠢くものの輪郭を縁取るように、炎はばっと広がり、収束した。

(蝙蝠——!)

 一瞬明るくなった視界に、通常の五倍はあろうかという巨大な蝙蝠の群れを捕らえると、トワリスは素早く腰にあった双剣を抜いた。
同時に、炎によって刺激された蝙蝠の群れが、一斉に牙を剥き出して襲いかかってくる。

 情けない悲鳴を上げ、腰を抜かした男に「動かないで」と声をかけると、トワリスは双剣を握る手に力を込めた。
そして、旋風のごとく双剣を回転させると、地を蹴って一気に蝙蝠の群れに突っ込んだ。
トワリス目掛けて押し寄せた蝙蝠達が、次々と双剣の渦に飲み込まれ、切り刻まれていく。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.75 )
日時: 2017/08/14 21:15
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 突進した先の岩壁を、体を回転させることで蹴りつけて、再び群れを掻き回そうとしたとき。
視界の端で、錯乱した男が自分の荷から取り出した剣を、群れに向かって投げたのが見えた。

 無茶苦茶に投げられたそれは、勢いを無くして、放物線を描きながら群れの中に落ちる。
その内の一本が頭上に降ってきて、トワリスは小さく舌打ちをすると、岩壁を蹴った足を地面に擦るようにつけた。
そして降ってきた剣を、右手の剣で弾いた。

 しかし、次の瞬間、弾いた右手から一気に魔力が抜けて、トワリスは双剣を取り落とした。
それと同時に全身がふらつき、動きに乱れが生じる。

「……っ!」

 何が起こったか分からなかったが、慌てて体制を整えようとすると、その隙を狙って一匹の蝙蝠が、トワリスの喉笛に飛びかかった。

 トワリスは、反射的に右の拳を蝙蝠の口に突っ込むと、そのまま地面に叩き落として頭蓋骨を粉砕した。
牙が刺さり、右手からは血が滴ったが、構わず落とした双剣の片割れを拾い上げる。
そうしている間に、自分の周りに残った蝙蝠が四方から集まってきていた。

 トワリスは、全身を縮めると、両足で地面を蹴って高く上に跳躍した。
そして一時的に群れから抜け出ると、重力で落下する勢いをそのままに、体ごと回転させて再び蝙蝠の中で双剣を振り回した。

 最小限の動きで、的確に蝙蝠を切り刻むと、ばらばらと散っていく死骸を見ながらトワリスは息を吐いた。

 血のついた双剣を振って、軽く血を飛ばすと、最後に残った数匹を切りつけて、とどめを刺す。

 すっと双剣を腰の鞘に納めると、トワリスは、蝙蝠の死骸が散らばる周囲を再度見回した。
そして先程、男が投げた剣の一つを拾い上げた。
弾いた瞬間から、この剣の存在がずっと気になっていたのだ。

 薄暗い洞窟内ではいまいち分からなかったが、この剣は、普通の鉄よりも少し黒光りしているように見える。
トワリスは、それをまじまじと見つめ、顔をしかめた。

(……この剣を弾いたとき、私の体から魔力が一気に抜けた。どういうこと……?)

 まるで全身から、力が一瞬で抜き取られたような、なんともいえない感覚だった。
魔力を発していない今は、剣を握ってもなにも起こらなかったが、あの奇妙な感覚は、確実にこの剣によって引き起こされたものだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.76 )
日時: 2015/05/23 10:31
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

 その時、背後で微かに声が聞こえた。
トワリスが我に返って振り向くと、鳥人の男が怯えたようにこちらを見ていた。

「……大丈夫ですか? お怪我は?」

 そう言って、他にも落ちていた男の剣を三本拾いながら、トワリスは男の元に向かった。
しかしそれに対して、男は焦ったようにトワリスから剣を奪い取った。
そしてそれらを鞘に納めると、はち切れんばかりに膨らんだ自分の荷に突っ込んだ。

 トワリスが、少し不審そうな視線を男に送ると、男は慌てて土下座をした。

「た、助けて頂きありがとうございました! 貴女は命の恩人です……!」

 言いながら、いつまでも頭を上げない男の側に、トワリスは屈んだ。

「構いませんから、頭を上げてください。あまり大きな声を出すと、また蝙蝠達が集まってくるかもしれません」

 囁くように言うと、男ははっと口をつぐんで、顔を上げた。
トワリスは、男の腕を掴んで立ち上がらせると、言った。

「とにかく、ここを出ましょう。微かにですが、風が吹いてくる……出口は近いと思いますから」

「は、はい……」

 男は、怪我をしている左足をかばいながら、よたよたと歩き出した。
しかしその間も、男は先ほど剣を突っ込んでいた自分の荷を、絶対に離すまいとしているようだった。

 二人が外に出たのは、朝陽が山々を縁取り始めた頃だった。


 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.77 )
日時: 2015/05/26 23:50
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

 外の空気は、洞窟の中のものより幾分か暖かかった。
濡れた草木や土の匂いが、乾燥して痛んでいた鼻を、潤してくれるようだ。

 サーフェリアとは違う、ミストリアの匂いに包まれて、トワリスは足を止めた。
そして眩しげに目を細めながら、うっすらと明るくなってきた空を見上げた。

「……あの……」

 見上げると、トワリスよりも背の高い鳥人の男と目が合った。
男は、改めて見ると意外にがっしりとした体躯で、薄手の外套を纏っていた。
その汚れた全身を見るからに、かなりの長旅をしてきたようだ。

「……この度は、本当になんとお礼を申し上げて良いか……。貴女は、大丈夫ですか? 少し怪我をしていらっしゃるようですが……」

 トワリスの体が、所々包帯で止血されているのを見て、男は心配そうに眉を下げた。

「私は大丈夫です。怪我も、以前負ったものであって、先程の戦いとは関係ありません。どうぞお気になさらずに」

 言ってから、トワリスは少し顔をしかめて、付け加えた。

「それより、貴方は何故あんな危険な洞窟に? その足の怪我も古いようですし、洞窟に入る前に既にあったものなのではないですか? そもそも、貴方は鳥人でしょう。暗いところに入ったらほとんど目は見えないはずです」

 トワリスが厳しい口調で言うと、男は怯んだように後ずさった。
そして膨らんだ荷を守るように抱え込むと、トワリスを見つめた。

「……私は、ホウルと申します。ノーレントで商売しておりましたが、ここのところ儲からず、明日の食事すらまともに摂れない状況でした……。それで、意を決して南大陸に渡ったのです」

 掠れた声で言いながら、ホウルはおずおずと荷の口を緩めた。
中から覗いたのは、先程ホウルが突っ込んでいた剣と、黒光りする鉱石のようなものだった。

 ホウルは、決心したようにトワリスを見た。

「この通りです。だから、賑やかな道など通れません。そんなことをしては、私は確実に襲われてしまう。それであの洞窟を通って、ノーレントに戻ろうと……」

 トワリスには、ホウルが何を言っているのか分からなかった。
話の流れからして、この剣や鉱石は、南大陸で調達してきたものなのだろう。
加えて、頑なに離すまいとする様子や、襲われてしまうといった表現から、それらはかなり貴重なものらしい。
そこまでは分かったが、この通りだと説明する意味が分からない。

(この鉱石は、ミストリアでは誰もが知っているようなものなのか……?)

 最終的にそのような結論に至って、トワリスは開きかけた口を閉じた。
もしこの鉱石が、推測通りミストリアで有名なものだったとして、それを知らないとなれば素性を疑われるだろう。
一人の鳥人など気にするに値しないとも思ったが、油断は禁物である。

 しかし、トワリスはどうしても剣のことが気になっていた。
剣は、確かにトワリスの魔力を吸いとったのだ。

 突然黙り込んだトワリスを、ホウルはしばらく不思議そうに見つめていた。
だが、はっと何かに気づいたように目を開くと、鉱石の一つを取り出した。

「……もしかして、ご存知ないのですか? ハイドットを」

 先に話題を切り出されて、トワリスは顔をあげた。
動揺を表情に出さないよう気を付けながら、慎重にホウルの様子を窺う。
この際、聞いてしまった方がいいだろうと考えて、トワリスは浅く息を吸った。

「……ハイドット、という名前だけなら、聞いたことがあります。私、実は北方の出で、この辺りには最近渡ってきたばかりなものですから、ノーレントや南の事情には疎いのです」

「ああ、なるほど」

 この出任せが通じるかどうか、トワリスは不安だったが、ホウルは納得したように笑みを浮かべていた。
温暖なミストリアの住人からすれば、サーフェリアの服装は通常より厚く見える。
これが、北方の出であるという理由を説得力のあるものにしたのだろう。

「道理で。服装もあまり見慣れない風ですし、言葉も少し変わった訛り方をしているなと思っていたんです」

 ハイドットを知らない——つまりは盗まれる危険がないと判断したのか、ホウルはわずかに安心したように微笑んだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.78 )
日時: 2017/08/14 21:22
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

「ハイドットは、南大陸でしか採れない鉱石なんですよ。これを精錬すると、とても質の良い剣や鎧が作れるのです」

「鎧?」

 トワリスは、ホウルの言葉に驚いた。
獣人は、剣はともかく鎧にはそこまでこだわりを持たない。
肉体そのものが丈夫な獣人達にとっては、更に守りを固めるよりも、身軽さを重視する傾向にあると思っていたからだ。

 そんなトワリスの疑問が伝わったのか、ホウルは少し声を潜めて言った。

「ええ……その、このことはあまり知られていないんですがね。実は、ハイドットで作られた武具は、ただ丈夫というだけではないみたいなんです」

「……というと?」

「私達獣人には分かりませんが、触れた者の魔力を吸い取るんだとか」

 トワリスは、すっと目を細めた。
田舎者という嘘の肩書きのお陰で、ホウルはすっかり安心しきっている。
彼から上手く話を引き出せば、予想以上の収穫が得られそうだった。

「……なるほど、それで重宝されているわけですか。魔力のない私達でも、それがあれば人間や精霊族にも太刀打ちできますものね」

「はい、その通りです。ハイドットの性質だそうで。召喚師様も、この発見にはお喜びになられたようですよ」

 微かに笑みを浮かべながら、ホウルは言った。
トワリスは、そんなホウルを横目に、頬にかかった髪をゆっくりとかきあげた。

「……それで、召喚師様はサーフェリアなど他国と争うおつもりなんでしょうか。ハイドットの武具を使って」

 あまり不自然な態度をとらぬよう、軽い口調で問うと、ホウルは少し考え込むように唸った。

「んー、どうでしょう。後々はそのおつもりかもしれませんね。ただ、今はそれどころじゃありませんから」

 その言葉に、黙ったまま眉を寄せると、ホウルは信じられない、というような顔でトワリスを見た。

「これも知りませんか? 南大陸にいた私ですら、噂で届いていたというのに」

「ええ、恥ずかしながら」

 ホウルの表情に、呆れの色が微かに浮かんだ。
これが疑惑の色だったなら、深く聞くことはやめるつもりだったが、どうやらその心配はいらないようだ。

「今、次期召喚師様が行方不明なんですよ。ノーレントでは今、そのことで大騒ぎしています」

「行方不明?」

「はい。といっても、次期召喚師様は正式に即位されるまで、顔どころか名前まで披露されませんから、私達一般の民には探すお手伝いもできないんですがね」

 予想外の返答に、トワリスは顔をしかめた。
獣人によるサーフェリアへの襲撃、そして新たに分かった、ハイドットという対魔術用の鉱石——。
種族間の争いを仄めかすようなこれらの真相を探っていけば、最終的にはミストリアの召喚師にたどり着くと思い込んでいたのだが、当の召喚師はそれどころではないという。

(……黒幕は、召喚師じゃないのか? とすると、一体なにが……?)

 どこから探りを入れていけば良いものか、分からなくなって、トワリスはため息をついた。
ホウル一人の言葉を鵜呑みにするわけではないが、今後の方向性を失ったのは事実である。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.79 )
日時: 2016/01/06 01:05
名前: 狐 (ID: WO7ofcO1)

「……まあでも、仮に次期召喚師様のことがなかったとしても、ハイドットの件については先伸ばしになるでしょう。現に、南大陸は兵団すら派遣されないような土地になってしまいましたから」

 ホウルの顔が、恐ろしいものを思い出したかのように、突然歪んだ。

「あそこは、本当に危険なところです。だからこそ、ハイドットが高値で取引されるようになったわけですが……生活がかかっていたとはいえ、あんなところに行くんじゃなかったと後悔しています」

 これ以上彼から聞き出すことはないと思っていたが、ホウルの怯えきった様子が気になって、トワリスは話の先を促した。

「そんなに荒れた土地なんですか?」

 ホウルは、がばりと顔をあげた。

「はい、それはもう……っ。他にも商人の仲間と出向いたのですが、ほとんどが亡くなりました。残っていた奴等とも、散り散りになってしまって……。私はなんとか帰ってこられましたが、彼らも無事かどうか……」

 トワリスは、ホウルを見つめて静かに言った。

「でも、それなら尚更、兵団を派遣すべきではないんですか? ハイドットがあるというなら、土地を見捨てるというわけにはいかないでしょうし」

 まさか、今後もハイドットの採掘を、生活に困窮した商人に任せるつもりではなかろうと、トワリスは言った。
しかし、ホウルはぶるぶると首を横に振った。

「ええ、ええ……私もそう思っていたんですよ。南大陸が危険になったのは最近のことですし、兵団も対処を考えてるだけなのだろうと。ですが、行ってみて、そうならない理由が分かりました。本当に、南大陸は異常なんです」

 口元をびくびくと震わせながら、ホウルは言った。

「貴女、さっき洞窟にいた蝙蝠を見たでしょう? あんなものじゃないんです。もっとこう……生き物ではないような。沢山の脚を持った獅子や、まるで泥のようにぐちゃぐちゃと崩れた獣がそこら中にいて……!」

 先ほどの様子とは打って変わったホウルに、さすがのトワリスも動揺した。
思い出しただけでここまで取り乱すのだから、相当恐ろしい目に遭ったのだろう。

 直接的に有力な情報を手に入れることはできなかったが、ハイドットの存在を知れただけでも十分だ。
そう思って、トワリスが制止の言葉をホウルにかけようとした、その時だった。

「——奇病まで流行っていて、南大陸中の獣人たちが何かおかしいんです。虚ろな目をして、まるで幽鬼のようにさまよい歩いていて……!」

 瞬間、トワリスの目が揺れた。

——虚ろな目をした、幽鬼のような獣人。

(それって、サーフェリアに来ていたのと同じ……?)

 トワリスは、ホウルの腕を勢いよく掴んだ。
そして、きつい光を瞳に宿して、睨むように彼を見た。

「その話、もっと詳しく聞かせてください」


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.80 )
日時: 2016/02/20 15:48
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

†第二章†——邂逅せし者達
第二話『果断』

 悪夢のような一夜が嘘だったかのように、空は青く澄んでいた。
鬱蒼と茂る木々の葉の隙間からは、日光がきらきらと輝いて見える。

 昨夜、暗殺者や狼の群れに襲撃され、なんとか命を繋ぎ止めた後。
ユーリッドは、気絶したままのファフリを背負って、無人の木樵(きこり)小屋へと逃げ込んだ。

 ファフリは、まるで死んでしまったかのように眠っていて、ユーリッドは何度も何度もその呼吸を確かめた。

 ユーリッド自身も、両腕に傷を負っていて、その痛みのせいなのか、あるいは戦闘後の興奮のせいなのか、上手く寝付くことが出来なかった。

 眠ろうとすると、閉じた瞼の裏に、ファフリのあの満ち足りた笑みが浮かんだ。
まるで、狼を殺すことを楽しんでいたかのような、不気味で恐ろしい微笑み。
記憶に焼き付くようなそれは、朝になっても、なかなか消えなかった。

 ファフリが目覚めてから動こうと思っていたが、追手のことを考えて、ユーリッドは今日移動することにした。
自分の荷物は昨夜の戦闘時、この森のどこかに捨ててきてしまったが、幸いファフリの持つ僅かな食糧と地図、そして城から持ってきた大金は残っていた。
そのため、森を抜けたところにある宿場——間宿(あいのしゅく)までは、なんとかたどり着けそうだった。

 間宿は、先にあるトルアノという宿場町——南大陸への関所に近い街と、ミストリアの王都、ノーレントの間に点在する休憩所である。
ノーレントと他の街々を行き来する商人達が、旅途中に定期的に利用するのがこの間宿であり、また、そこでも度々商人達により商売が行われるため、いわば小さな市街のようなものになっていた。

 しかし、小さい、といってもそれは表向きの話で、間宿では通りから一歩でも外れれば、闇市場が広がっていた。
すなわち、密売人の巣窟である。

 王都はもちろん、宿場町を含めたそれなりに大きな街では、役人や兵団の目が光っている。
しかし、間宿は小規模で、かつ一時的な滞在者しかいない。
加えて、商人達の大半は隊商として護衛を雇っているため、基本的には間宿で何かしらに商人が襲われるというような事件は、ほとんど起こらなかった。
故に、間宿には役人や兵団が寄越されることは滅多になく、闇市場が展開するには絶好の場所なのだ。

 ノーレントまでの最短経路上にある間宿は、当然賑わっているだろう。
そう考えると、そこにお尋ね者のファフリを連れていくのは躊躇われた。
だが、迂回する道を選べば、それこそリークスの追手に南大陸への関所付近で待ち伏せされる可能性が高まる。
リルド達三人の暗殺者を、あの森で切り捨てたことがリークスに知られた時点で、ファフリ一行が南大陸に渡ろうとしていることは明らかなのだ。

 また、間宿を通る最大の理由は、ユーリッドの狙いがその闇市場に行くことだからだった。

 南大陸へと渡るには関所を通らねばならず、通るには当然通行許可証が必要である。
許可証は本来、国王リークスの承認を得て発行されるものだが、その方法は確実に不可能だ。
となれば、闇市場で偽造されたものを入手するしかない。
おそらく、アドラもこの方法をとるべく間宿の方に進んでいたのだろう。

 木樵小屋に、なるべく自分達がいた痕跡を残さぬように後始末をして、ユーリッドはファフリを背負った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.81 )
日時: 2017/08/14 21:29
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 道中、隊商の馬車に乗せてもらいながらも、ユーリッド達が間宿に入ったのは真夜中だった。
ユーリッドの背で眠り続けるファフリに、好奇の目を向ける者も少なくなかったが、周囲の商人達も長旅で疲れているのか、特に話しかけてくる者はいなかった。

 ユーリッドは、まだうつらうつらとしているファフリを背負って、空いていた個室に入った。
木造作りで、部屋の両側にはベッドがそれぞれ置いてあり、その奥の方には暖炉もあった。

 ユーリッドは、暖炉脇に積み上がっている薪を、火床に箱状に並べた。
そして燧石(ひうちいし)と燧金(ひうちがね)を使って紙を燃やすと、それを薪の並べてある所に投げ、暖炉に火を点した。

 火は、ちろちろと不規則に揺れていた。
ユーリッドはその様子をぼんやりと眺めながら、外套を脱いでベッドに横たわった。

 扉一枚を隔てたすぐ外からは、まだがやがやとした喧騒が聞こえてくる。
それをどこか遠くに聞きながら、ユーリッドは未だに目を覚まさないファフリを一瞥して、深い眠りに落ちていった。



 夜明け少し前にユーリッドが目覚めたとき、ファフリはまだ起きていなかった。
呼吸は正常で脈もしっかりとあったが、声をかけても揺らしてみても、全く起きなかった。
ただ眠っているだけではないのかもしれない。
そう思ったが、ユーリッドには何もできなかった。

 ファフリはミストリア城にいた頃から、一気に魔術を使うと、こうして何日も眠り込んでしまうことがあった。
しかし、今回は状況が違う。
初めて悪魔を召喚したのだ。

 召喚師としては当然のことであり、また喜ぶべきことなのかもしれない。
だが、ユーリッドの心には恐れしかなかった。

(……狼の群れを蹴散らしたときの、ファフリの顔……。多分、あれはファフリじゃない)

 ほとんど確信に近く、そう思っていた。
あれは、ファフリではない別の何かだと。

 もし、このままファフリが目覚めなかったら。
あるいは、目覚めたとしてもそれがファフリではなかったら——。

 そんな漠然とした不安を抱えながら、ユーリッドはファフリの寝顔を見つめた。
頬には汚れと涙の流れた跡があり、わずかに開いた口からは規則正しく寝息が聞こえてくる。
いつも通りの、純粋であどけないファフリの顔だ。

 ユーリッドは、喉から熱くしみるものが込み上げてきて、強く歯を食い縛った。


Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.82 )
日時: 2015/05/23 10:40
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

 出てすぐにある通りの市場で、軽い買い物を済ませ部屋に戻ると、部屋の中から微かに話し声が聞こえてきた。
ぼそぼそと囁くような声だったが、ユーリッドは腰の剣に手を添えて、慌てて扉を開けた。

 中に入ると、ファフリが目を覚ましていた。
上半身を起こした状態で、ベッドに座っている。

 ユーリッドは、周囲を見回してから、先程の声は気のせいだったかと思い直した。
そして自分のベッドに荷物を置くと、ファフリに駆け寄った。

「良かった、おはよう! 大丈夫か? 痛いところとかないか?」

 なるべく明るい声で言うと、ファフリはまだ眠たそうな顔で、微笑んだ。

「うん、大丈夫よ」

 快活さはなかったが、いつものファフリらしい柔らかな声だった。
ユーリッドは、ほっと安堵のため息をついた。

「ずっと何も食べてなかったから、お腹空いてるだろう? さっき、買い物してきたんだ。ちょっとだけど果物もあるから、一緒に食べようぜ」

 荷物から取り出したコルの実をベッドに並べて、ユーリッドはファフリに笑いかけた。
ファフリは、それに笑顔を返すと、そのまま口を開いた。

「……ねえ、あの狼たちは、どうなったのかしら? 皆死んでしまった?」

 突然の問いに、ユーリッドは動きを止めた。

「……ああ、うん。おかげで、俺も大した怪我はしなかったよ……」

「そう、良かった。私はあまり覚えていないけれど、やっぱり召喚師の力ってすごいのね」

 どこかぎこちなく答えたユーリッドに対して、ファフリはちらりと笑った。
ユーリッドは、笑みを返せなかった。

 誰よりも優しく、呆れてしまうくらいお人好しなはずなのに、ファフリが狼たちを殲滅したことを何とも思っていないのが、不思議でならなかった。
生き残るためとはいえ、大勢の生物の命を奪ったのだ。
普段のファフリなら、悲しむはずだった。

 しかし、今ファフリは微笑んでいる。
いつものように、柔らかく安心したような笑顔で。

 なんとか生き永らえたことに、安堵しているのかもしれない。
そう思ったが、ユーリッドは腹の底から寒気が沸き上がってくるのを感じていた。
それは、悪魔を召喚し狼たちを殺した後、ファフリが微笑んだときに感じたのと同じ寒気だった。

(……やっぱり、ファフリにはあんなことさせちゃいけなかったんだ。助かったのは事実だけど、もう召喚はさせちゃいけない)

 ユーリッドは、ぎりりと奥歯を噛み締めた。

「……ファフリ、確かに召喚師の力ってすごいんだって思った。助けられたのも、事実だよ。でも、もうあまり使わないでほしい」

 ファフリが、驚いたようにユーリッドを見た。
ユーリッド自身、何故こんなことを言ったのか、明確な理由を問われたら答えられないだろうと思った。
ただ、次にまた召喚術を行使したら、以前のファフリは二度と戻ってこないかもしれない。
そんな不安に襲われたのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.83 )
日時: 2017/08/14 21:34
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=197.jpg

「……どうして? そんなこと言うの」

 ファフリは、静かな口調で聞いた。

「……なんで、急に力を使わないでなんて言うのよ。そりゃあ、まだ完全には使えるわけじゃないし、今更使えるようになったって遅いのは分かってるわ。私に才能がないのは明らかだし……。でも、でも……やっと使えたのに……」

「うん……ごめん。急に変なこと言って。だけど、召喚術を使ったときのファフリは……なんだか普通じゃなかった気がするんだ」

 不明瞭なユーリッドの答えが、ファフリの気持ちを逆撫でした。

(なんで、ユーリッドまで……! 私の気持ちなんて分からないくせに……!)

 その瞬間、異常なまでの怒りが噴き上がってきた。
その怒りは、まるでファフリの全身を包み込むかのようにむくむくと膨れて、喉元から吐き出そうになった。

 ファフリは、ユーリッドをきつく睨むと怒鳴った。

「どうして、そんなこと言うのよ! これまでずっと、召喚できるようになれ、召喚できるようになれって皆で私のこと責めて……! 挙げ句、才能がないからって命まで狙われて……。それなのに、やっと成功したら、今度は召喚するなって言うの!?」

 ユーリッドが、はっと顔を上げた。
ファフリは、大きく音を立ててベッドから立ち上がった。

「私だって、好きで召喚師に生まれたんじゃない……! なんで、なんでこんな目にばっかり遭わなきゃいけないのよ! もう嫌……なにもかも、皆いなくなっちゃえばいいのに……!」

 ファフリの目から、ぼろぼろと涙が溢れ出た。
ユーリッドが、蒼白になって口を開いた。

「ごめん、ファフリ。俺、そんなつもりで言ったんじゃ——」

「うるさい、うるさいうるさい!」

 ユーリッドの言葉を遮って、ファフリはベッドに置かれたコルの実を彼に投げつけた。
実は、ユーリッドの肩に勢いよくぶつかり、僅かな凹みを残してそのまま床に落ちた。

 掠れた声で叫ぶファフリは、まるで獣のような凶暴な眼差しをしていた。

「召喚術を使われるのが嫌なら、ユーリッドだってどこか行っちゃえばいいのよ! 私がちゃんと、悪魔を使役できるようになったら、ユーリッドなんていらないんだから……! やろうと思えば、この国の獣人たち全員を殺すことだってできるのよ!」

 ユーリッドの顔が、さっと強張った。
同時に、ファフリも我に返ったように口を閉ざした。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.84 )
日時: 2017/08/14 21:38
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 ファフリは、血の気の失せた顔でその場にへたり込んだ。

「ご、ごめんなさい……」

 震える声で、謝罪の言葉を絞り出す。

「わ、私、なんであんなこと……ごめんなさい。ユーリッドをいらないだなんて、本当に思ってないの」

 ユーリッドは、一つ息を飲んでから気持ちを落ち着かせると、首を横に振った。

「俺の方こそ……ファフリの気持ち、分かってなかった。ごめん」

 ファフリは、俯いたまま泣いていた。
床には、ぱたぱたと涙が落ちている。

 ユーリッドは屈み込むと、氷のように冷たいファフリの手を握った。

「ごめん。俺じゃあまり頼りにならないかもしれないけど、ファフリのことは全力で守るよ。だから、もう少し頑張ろう。……つらいけど、今はとにかく行かないと」

 ファフリの鳶色の瞳から、ぽろぽろと滴が落ちた。

 前向きな言葉はどうしても出なかったが、それでもファフリはこくりと頷いた。

 ユーリッドは、床に落ちていたコルの実を拾ってかぶりつくと、ベッドにあったもう一つをファフリに手渡した。

「それ食べ終わったら、動けそうか? 大丈夫だったら、市場に行きたいんだけど……」

 ファフリは、一瞬大丈夫だと言おうとして、すぐに首を横に振った。
獣人の目の多い場所へと出るのはまずいと思ったのだろう。

「平気かな。もしまた見つかったりしたら……」

「ああ、多分今は平気だと思う。そこら辺の奴等は次期召喚師の顔なんて分からないし、兵団からの追手は流石にまだ追い付いていないはずだ」

 ファフリが、ユーリッドを見上げた。

「でも、ここは間宿でしょう? 沢山の商人が集まってるし、もしかしたら私のことを知っている獣人もいるかも……」

「それも、多分大丈夫だ。万が一商人に見つかっても、兵団が近くにいない限りはすぐ捕まるようなことはないと思う。国民は、ファフリが行方不明だと知らされてるだけで、陛下に命を狙われてることは知らないからな。いざというときは、兵団に引き渡される前に、力ずくで逃げられるよ」

 召喚師が次期召喚師の暗殺を謀っていたなどと公表されるはずもなく、世間にはファフリが失踪したとだけ伝えられていた。
すなわち、実質ファフリの命を狙っているのはミストリア兵団やリークス王からの刺客のみということになる。

 これは、先程買い出しに行った際、市場でユーリッドが耳にしたことであった。

 それを聞くと、ファフリは僅かに安心の色を見せた。

「何より、今は時間がない。もう少し休憩しても大丈夫だとは思うけど、夕刻以降闇市に行くのはちょっと心配だから、出来れば早めに動きたいんだ」

「闇市? 闇市に行くの?」

 単に買い出しに行くだけだと思っていたのか、ファフリが首を傾げた。

「うん。南大陸に渡るなら、許可証を偽造しないといけないから」

 ユーリッドの言葉に、ファフリは緊張した面持ちで頷いた。
城での生活しか知らないファフリにとって、闇市など別世界のものだろう。

 とは言えユーリッド自身も、闇市に行くのは初めてだった。
正直、世間的に言えばまだ子供であるユーリッドとファフリ、二人でそんなところへ行くのには不安があった。
しかし、今はこうするしかないのである。

 もし再び、刺客に追い付かれるようなことがあれば、次こそは死を覚悟せねばならないのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.85 )
日時: 2017/08/14 21:44
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

  *  *  *

 ユーリッドとファフリは、外套を纏い、頭巾を深く被った状態で闇市に向かった。
周囲にいるのは、王都ノーレントへと向かう商人ばかりで、旅途中のため服装は外套などの風避けを身に付けている者が多い。
故に、ユーリッド達の格好が特別目立つようなことはなかった。

 広い大通りに並ぶ、出店と出店の間の小道に入り込むと、たちまち辺りの雰囲気が一変した。
地面には、何人もの獣人が俯いたまま座り込んでおり、周囲はあっという間に煙草と濃い酒の臭いに包まれた。

 ファフリは、ユーリッドの陰に隠れるようにして歩きながら、鼓動が早くなるのを感じた。

(……ミストリアには、こんなところがあるのね。皆、家や仕事がない人たちなのかな……)

 間宿の本通りに展開していた市場とは、全く別世界のようだと、ファフリは思った。

 所々並ぶ怪しげな出店の中に、一つだけ大きく目立つ建物があった。
横長の直方体で、簡素な木造建築だが、他の建物に比べればしっかりとしたもので、雨風は凌げそうだった。

 窓からは微かに明かりが漏れていて、中から多くの話し声が聞こえてくる。
どうやら、中には結構な人数がいるらしい。

 開け放たれた状態の大きな扉から、ユーリッドとファフリは建物の中に足を踏み入れた。
天井には梁(はり)が巡っていて、室内は外観より更に広く見えた。

 酒や煙草、埃に加えて混じった金属の臭いが、硬貨と武器の臭いだと気づくのに時間はかからなかった。

 先程までいた市場とは違い、ここでは食糧を売っている獣人はほとんどおらず、多くが武器を売っているようだった。
あとは自分達と同じように深く頭巾を被った獣人が、至るところでゆらゆらと歩きながら他の獣人たちに話しかけており、彼らがこちらに来たらと思うと、ファフリは少し怖かった。

 ユーリッドは、ファフリの手を引きながら足早に歩いて、ふと建物の奥の隅に置かれた大量の木箱に目を止めた。
そこには、毛皮や装飾品といった、明らかに商人から強奪したであろうものが入れられている。

(商人から奪ってきたものなら、許可証も混じってるかもしれない)

 ユーリッドは、気を引き締めると、周りを歩く獣人たちにぶつからないようにして、そちらに進んだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.86 )
日時: 2016/02/20 16:03
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 木箱のすぐ近くには、木製の椅子に腰を下ろした男が一人、煙草を吹かしていた。
ユーリッドが近づくと、男がぎろりとこちらを睨んだので、ファフリは思わずユーリッドの手をぎゅっと握った。

 顔つきや体毛からして、虎の獣人だろう。
首から足までがっちりと太く、まさに虎のような男だった。

 ユーリッドは一歩前に出ると、頭巾をかぶったまま口を開いた。

「……南大陸への関所を通れる通行許可証があれば、売ってほしい」

 男は、顔に似合った野太い声で答えた。

「ああ? お前みたいなガキが、そんなもんどうするんだよ」

「答える義理はない」

 きっぱりと答えると、男はにやりと笑った。
そして吸っていた煙草を地面に落とし踏みつけると、ファフリの方を一瞥してユーリッドに視線を戻した。

「悪いが、うちの店にそんなものはねえなぁ」

 まるで面白がるような顔で言う男に、ユーリッドは微かに眉をしかめた。

「……それなら、どこに行けば手に入るか教えてくれ。売ってないなら偽造できる場所でも——」

 言いかけて、ユーリッドはふと男の真後ろにある木箱を見た。
そこに乱暴に突っ込まれている鞣(なめ)し革には、王家——リークス王の紋様が刻まれている。

(——通行許可証! こいつ、騙してるのか……!)

 ユーリッドは、少し顔を上げて男を見据えた。

「あるはずだ。商人から奪ったものが」

「はっ、それをてめえに売るか売らないかは、俺の自由だ」

 勝ち誇ったように言い放つ男を横目に、ユーリッドは懐から金の入った小袋を取り出した。
旅立つ時、王妃レンファから渡されたものである。
おそらく、庶民階級の者ならば一生かかっても稼げないほどの大金が入っている。

「……金ならある」

 強奪した通行許可証の相場など分からなかったが、一先ず金貨を一枚、男の前に出した。
すると、さっと男の顔から笑みが消えた。

「き、金貨……!」

 ごくりと息を飲むと、男は食い入るように金貨を見つめて、それから不敵に笑った。

「すげえや、お前たち貴族か?」

「……お前には関係ない。早く許可証を」

 ぐっと睨み付けた時、男の笑みが深くなったのを見て、ユーリッドは悪い予感がした。
そして、次の瞬間。
背後に鋭い気配を感じて、ユーリッドはファフリを庇うようにして振り返った。
すると、反射的に出した腕に、鈍い衝撃が走る。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.87 )
日時: 2015/05/23 10:47
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

「——っ!」

 背後から忍び寄ってきた大柄な男たちの一人が、ユーリッド目掛けて殴りかかってきたのだ。

 なんとか踏みとどまると、ユーリッドは臨戦態勢に入った。
彼らが襲いかかってきた理由など、簡単に想像できる。
捕まれば、所持金全てをとられるか、どこかに売り飛ばされるか。
どちらにせよ、話し合いでどうこうできる問題ではないだろう。

(こうなったら、力ずくで……!)

 一応一般市民である彼らに対し、剣を抜くのはまずいと思い止まって、ユーリッドはまず先程殴りかかってきた男に狙いを定めた。
 
 地面を蹴って、一気に間合いを詰めると、右足を軸にして男の両足をなぎ払った。
そして、バランスを崩して倒れ込んできた男の鳩尾に、とどめとばかりに拳を叩き込んだ。

「がはぁ……!」

 苦しげに呻いて動かなくなった男に、周囲の獣人たちがどよめいた。

「お、おい、あのガキ戦えるぞ!」

 どっと湧いたどよめきを無視して、ユーリッドは次に右隣にいた男を見た。

(騒ぎになる前に、こいつら全員倒して逃げるしかない……!)

 目があった瞬間、蹴りを放ってきた男の足を避けると、ユーリッドは男の懐に深く潜り込んだ。
そして腹部を右拳で殴り付けると、男は腹を抱えて蹲った。

 その時、またしても上がったどよめきと同時に、ファフリの短い悲鳴が聞こえてきた。
慌てて振り向くと、先程の虎の獣人が小刀を片手に、もう一方の腕をファフリの首に回していた。

「抵抗するな、ガキ!」

 虎の獣人はそう叫んで、ファフリの頬に小刀を当てて見せる。

 仕方なく押し黙ると、好機とばかりに残っていた男二人が、ユーリッドの両脇を抱えて、動きを封じた。

 虎の獣人は、ファフリの頭巾を乱暴に剥ぎ取ると、彼女の顔を見て嫌らしく笑った。

「おい! こいつ高値で売れそうだ。行くぞ!」

「こっちのガキも売れるぞ!」

 形勢逆転を確信したのか、男たちはさっきまでの動揺が嘘だったかのように、喜々として話している。
そうして歩き出した男たちに引きずられるように進みながら、ユーリッドはぎりりと奥歯を噛み締めた。

(くっ、しまった……逃げられそうだったのに!)

 少しでも、ファフリから離れてしまったのがいけなかったのだ。
彼女が狙われるのは分かりきっていたというのに、つい戦闘に没頭してしまった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.88 )
日時: 2017/08/14 21:50
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 どう逃げ出すかを思案していると、ふと前を歩いていた虎の獣人が立ち止まった。
それに伴い、ユーリッドの両脇を固めた二人の獣人も止まる。

 どうしたのかと首を傾けて見ると、虎の獣人の前に一人、小柄な女が立っていた。

 女は、ユーリッド達と同じように外套を纏い、深く頭巾を被っていた。
だが、その外套の縁に入っている模様や、革靴の皮革が独特なもので、格好が同じと言えどこか変わった風貌をしていた。

「なんだ、お前?」

 行く手を塞がれたことに苛立ったのか、虎の獣人は威圧的に女に顔を近づけた。
しかし、彼女はそれに動じる様子もなく、自分より二回り以上大きい相手を、見上げるようにして顔を上げた。

「……この子たち、離してもらえませんか? 私の連れなんです」
 
 連れ、という言葉に、ファフリもユーリッドも頭の中に疑問符を浮かべた。
当然、この旅に連れなどいない。

 虎の獣人は、女を値踏みするかのように眺めた後、ふんっと鼻で笑うと、女を手で押しのけて歩を進めた。

「あの、話聞いてます?」

「どけ、邪魔だ」

 虎の獣人は、眼光鋭く女を睨み付けると、突きつけていた小刀をファフリから離して、脅しのように女の目の前にちらつかせた。
すると、その次の瞬間。

 突然、なにかがバンッと弾けるような音がして、獣人の顎が跳ね上がった。
彼は、勢いそのままに仰け反ると、バランスを崩して後ろに尻餅をついた。

 一瞬、何が起きたのか分からなかったが、女が空に向かって手を突き上げている。
どうやら、彼女がすれ違う際に虎の獣人の顎を叩き上げたようだ。

(今だ!)

 ファフリが解放されたことを確認すると、ユーリッドは即座に、脇を抱えた二人の獣人のうち、一人の脛を蹴り上げた。
そして、激痛で力を緩めた男を振り払い、それによって怯んだもう一人の男の顔面を殴り付けると、急いでファフリの元に走った。

「ユーリッド!」

 そう叫んで、同じく駆け寄ってきたファフリを受け止めると、ユーリッドは周囲を見渡した。
虎の獣人と、ユーリッドを抱えていた二人の獣人、計三人。
先程の打撃から回復してはいないようだが、この分ではすぐにまた襲いかかってくるだろう。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.89 )
日時: 2015/05/23 10:49
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)


 ユーリッドが再び構えようとすると、小柄な女がずいと前に出た。

「さっきから聞いていれば……大の男が揃いも揃ってみっともない。そんなに体力が有り余ってるなら、まともな仕事でも探しなさい」

 説教じみたことを言い放った女に、虎の獣人は怒り心頭といった様子で立ち上がった。
そして、びきびきと丸太のような腕に血管や筋を浮き上がらせると、女の左腕に掴みかかった。

 女の細腕は、先程獣人の顎を叩き上げたものとは思えないほど、簡単に掴み上げられた。
その時、頭巾で隠れた女の顔が、わずかに苦痛に歪んだ気がして、ユーリッドは加勢すべく身を乗り出した。

 そもそも彼女は、ユーリッドどころかファフリともほとんど身長差がないように見える。
この巨漢たちに勝てるとは、到底思えなかった。

 しかし、そう思ったのもつかの間。
女は、ユーリッドが乗り出したのを片手で制すると、ふっと息を吸った。
それからほんの一瞬、身を縮ませると、自分の腕を掴んでいる虎の獣人の肘に目掛けて、下から手刀を叩き込んだ。

 ごきっと鈍い音を立てて、男の肘が不自然な方向に曲がる。

「うぎゃあっ……!」

悲痛な叫びをあげながら後ずさった獣人の脇腹を、女が更に蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた獣人は、派手な音を立て、椅子や机を巻き込みながら出店に突っ込んだ。
ぴくりとも動かなくなった彼は、舌を口からだらりと出して、完全に気絶しているようだ。

「あいつ、急に力が強くなったぞ……!」

「化け物か!?」

 残った二人の獣人は、悔しげにそう言いながら、ユーリッド達と女の間をすり抜けて走り去っていく。

 女は、彼らが逃げ去った方向を一瞥してから、ユーリッド達の方に近づいてきた。

「……大丈夫?」

 そう言って、女は自分よりも背の高いユーリッドを見上げると、深くかぶっていた頭巾を外した。
女は、多少癖のついた褐色の髪をしており、埃を払うためか軽く首を左右に振ると、頭巾に隠れていた三編みが一つ、後ろに垂れた。

 小柄ではあるが童顔というわけではなく、歳は二十代前半といったところだろう。
また、ちょうどこめかみの下辺りから生えている狼の耳を見て、彼女が自分と同じ人狼であることにユーリッドは気づいた。

「俺は、大丈夫です。ファフリも怪我とかないよな?」

「う、うん」

 二人でそれぞれ返事をすると、女は微かに微笑んで、出店の木箱が並んでいるところへ歩いていった。
ユーリッドがそれに着いていこうとすると、くいくいとファフリがユーリッドの手を引っ張った。

「ん?」

 振り向いてから、ファフリが信じられないといったような表情をしているのを見て、ユーリッドは目を見開いた。

「え、どうしたんだ? どこか痛いのか?」

 ファフリは首を横に振ると、木箱の方に向かった女に視線を向けた。

「……あの獣人、さっき魔術を使ったわ」

「え!?」

 思わず大声を出しそうになって、ユーリッドは口元を押さえた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.90 )
日時: 2015/05/23 10:50
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)


 獣人には、魔術を使える者はいない。
唯一使えるのは、召喚師の一族だけだ。
つまり、ミストリアにおいて、リークス王とファフリ以外の獣人は魔術を使えないはずなのだ。

「か、勘違いじゃなくて?」

「うん……。可視できるようなものじゃなかったし、所々だったけど、彼女が虎の獣人と戦ってたとき、微かに魔力を感じたの」

 ファフリは、困惑したような表情を浮かべて言った。

 正直なところ、信じられないというのが本音だ。
しかし、ファフリが嘘などつくようにも思えないし、魔術を使ったとすれば、女の力が急に強くなったのも頷ける。

 加えて、考えてみれば、同じ人狼としてもあの女は少し不思議な点が多かった。
まず、人狼にしては小柄すぎるし、耳の位置も、こめかみより下にあるなんて聞いたことがない。

 当然、人狼と一括りにするにしても、棲む地域や種族によって異なる箇所が多いため、断言は出来ない。
ただ、現れたときから異様に深くかぶった頭巾や、独特な匂いや風貌。
気にしようと思えば、気になる点は多くあるのだ。

 魔力を感知できるのが魔術を使える者——召喚師の一族だけである以上、魔術を使っただろうと問い詰めることはできなかった。
もしそんなことをしたら、ファフリが次期召喚師であると女にばれてしまうからだ。

 だが、どうしても彼女の正体が気になった。
そう考えながら、ごくりと息を飲んで、女に視線を移そうとしたとき。
目の前に何かが迫ってきて、ユーリッドは慌てて手を出した。

 ばさりと滑り込むよう落ちてきたそれを受け止めると、ユーリッドとファフリは同時に声をあげた。

「許可証!」

 ユーリッドがはっと顔をあげると、女が自分の手にも許可証を持って、こちらに戻ってきた。
木箱から、ユーリッドとファフリ、そして自分の分の通行許可証をとってきたようだ。

「貴方たちもこれが欲しかったんでしょう?」

「あ、ああ……」

 柔らかく笑って問うてきた女に対し、ユーリッドは緊張した面持ちで頷いた。

 女は、次いで懐から巾着を取り出すと、その中から青玉のついた指輪をころりと掌に出す。
そして、未だ気絶したままの虎の獣人の手に、それを握らせた。

「……まあ、彼らも生活がかかってるんだろうしね」

 そうぽつりと呟いた女に、ユーリッドも思わず、さっき彼に渡し損ねた金貨を出した。
すると、女はそれを見て、くすくすと笑った。

「貴方たちは、出さなくていいよ。不当に売買されかけたんだから」

 彼女につられるようにして、ユーリッドとファフリも微かに笑った。

 正体が気になるのは本当だったが、この女が悪者のようには全く見えなかった。
それ以前に、彼女はユーリッドたちの恩人なのである。
まだ感謝の言葉を述べていなかったことに気づいて、ユーリッドは急いで手を差し出した。

「助けてくれて、ありがとう。俺、ユーリッドって言うんだ。こっちはファフリ。よろしくな」

 女は、一瞬戸惑うような仕草を見せたが、軽くユーリッドの手を握ると、二人を真っ直ぐに見た。

「——私はトワリス。こちらこそ、よろしく」

 凛とした通る声で言うと、トワリスはすぐに手を離した。

「ゆっくり挨拶したいところだけど、万が一さっきの奴らが戻ってきたら困る。とにかくここを出よう」

 トワリスの言葉に、ユーリッドとファフリもこくりと頷くと、三人は足早に間宿の大通りへと向かった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.91 )
日時: 2015/05/23 10:51
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

  *  *  *


 間宿の大通りへと出た三人は、ひとまずユーリッド達が泊まっていた部屋に戻った。
先程の闇市の者達が追ってきていないか、しばらくは不安だったが、どうやら彼らも早々に諦めたようだった。

「本当、無事に済んで良かった」

「うん……」

 ほっとしたように胸を撫で下ろして、ユーリッドとファフリは呟いた。

「まあ、とんだ災難だったね」

 それに対して、まだ少し外の様子を窺いながら、トワリスは言った。

「ただ、気を付けないと駄目だよ。貴方たちみたいな子供があんなところに行って、おまけに大金ちらつかせたら、狙われるに決まってるだろう?」

 多少怒ったように声音を強めると、二人は大人しく頷いた。

「あの……トワリスさん」

 ベッドに腰かけて、ふと口を開いたファフリに、トワリスは顔をあげた。

「トワリスでいいよ。なに?」

「あの、えっと……」

 ファフリは、若干口ごもって、しかしすぐにトワリスに視線を戻すと言った。

「さっき、通行許可証をくれたとき……貴方たちも、って言いましたよね? つまり、トワリスも、南大陸に渡るってことですか……?」

「……ああ、まあ、そうだけど」

 トワリスは、一瞬眉をしかめた。

「その、だったら、私たちと一緒にいきませんか?」

 強く決心したように、ファフリは言った。
これには、ユーリッドも少し驚いて、目を丸くした。

 誰かと同行すれば、ファフリが次期召喚師であるとばれてしまう可能性が高くなる。
だが、それを理解した上でも、彼女がトワリスを誘った理由。
そんなものは、明らかだった。

(トワリスが魔術を使えるっていうのが、気になってるんだ……)

 獣人では、召喚師の一族しか使えないはずの魔術。
これを使えるということは、トワリスは召喚師一族に何か関わりのある獣人なのだろうか。

 誰かを旅に加えるのは不安だったが、彼女の正体が知りたい気持ちは、ファフリと同じだった。
ユーリッドは黙ったまま、様子を伺うようにトワリスを見た。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.92 )
日時: 2018/06/01 21:06
名前: 狐 (ID: ktklDelg)

 トワリスは、複雑な表情を浮かべていた。

 ミストリアの事情に疎いトワリスにとって、本物の獣人と旅ができるのは、確かに損な話ではない。
しかし、ユーリッドとファフリというこの子供たちは、どうみても訳ありだ。
自分にも、獣人によるサーフェリアへの襲撃の原因を調査する、という重要な役割がある以上、それ以外の重荷を背負うことはしたくなかった。

 第一、トワリスが南大陸に渡るのは、ホウルから聞いた『虚ろな目をした、幽鬼のような獣人』について調べるためだ。
すなわち、サーフェリアを襲うあの獣人たちの巣窟に足を踏み入れるということ。

 見たところ、ユーリッドはともかくファフリは戦えそうもない。
そんな危険な場所に、この子供たちを連れていくというのは、気が引けるのだった。

(多分この子達は、兵団関係の獣人ではないのだろうけど……。万が一、私の正体がばれても厄介だし……)

 返答を決めると、トワリスはファフリを見た。

「……悪いけど、遠慮するよ。そちらにも事情があるように、私にも事情があるからね」

 はっきりと言われて、ファフリが残念そうに眉を下げた。
すると、ユーリッドが一歩前に出た。

「でも、トワリスってこの辺りのことにあまり詳しくないだろう?」

 完全なる推測だったが、この言葉を聞いた瞬間、トワリスが軽く目を見開いた。
どうやら、図星だったようだ。

「……よく分かったね」

「さっき、虎の獣人に硬貨じゃなくて装飾品渡してたからな。旅慣れはしてるみたいだけど、ノーレント付近の奴なら、使わない装飾品なんてすぐ換金するから、もしかしたら地方出身なんじゃないかってずっと思ってたんだ。身なりもちょっと変わってるし」

 そう言って、ユーリッドはトワリスをじっと見た。

「トワリスの言う通り、お互い事情があるから、行動を共にすることに躊躇いがあるのは分かる。でも俺たちは、ノーレントの出身だし、この辺りの地理には詳しいんだ。だから、南大陸までの道案内はできる」

「…………」

「別に無理に一緒に行こうってわけじゃないんだけど、トワリスにとっても、これは悪い話じゃないと思うんだ」

 地理に詳しい、というのは本当だった。
兵団に入っていた頃、見回りの対象となるノーレント周辺の地理は、嫌というほど叩き込まれている。

 トワリスは、少し警戒するように目を細めた。

「確かに私は余所者だし、この辺りの土地勘はない。でも、随分と親切なんだね。さっきのことに恩を感じてる、それだけ?」

 彼らが、ここまで自分と一緒に行きたがる理由を確かめるためにも、トワリスは問うた。
恩を感じてるだけではなさそうだと言うのは、ほぼ確信している。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.93 )
日時: 2016/01/06 01:06
名前: 狐 (ID: WO7ofcO1)

 貴女の正体が気になるからだ、などと言えるはずもなく、ユーリッドは言葉を詰まらせた。
深めに被った頭巾や、強い警戒心。
自分達も同様だが、彼女も自分の素性を探られたくはないはずだ。
信じてもらうためには、何か別の理由を提示しなければならないだろう。

 必死に思考を巡らせている時、ベッドの方から声がして、トワリスとユーリッドはそちらを見た。

「……貴女の、戦力が欲しいの」

 ファフリは、ベッドから腰をあげると、トワリスを見つめた。

「もちろん、ずっととは言わないわ。トワリスの旅の目的の妨げにならない程度でいい。だから、一緒に行きたい」

 静かな声で言うと、ファフリはユーリッドを一瞥した。

「……私が弱いせいで、ユーリッドが無茶しちゃうの。でももう私、誰かが怪我したり殺されたりするのを見たくないから……お願いします」

 ファフリは、深く頭を下げた。
トワリスの素性を探る、という理由を隠すための方便には、聞こえなかった。

 トワリスは、はぁっと小さく息を吐いた。
やはり、彼らはかなりの訳ありらしい。
大掛かりな家出でもしてきたのだろうかと思っていたが、口ぶりからして、命を狙われているようだ。

(こんなことに、関わっている余裕はないんだけどなぁ……)

 正直、彼らと同行する利益よりも、不利益のほうが多い気がする。
しかし、こう頭を下げられては、断りづらくなるのも事実だった。

 トワリスは、考え込むようにして俯き、しばらくそのままでいた。
そして、やがて顔を上げると、再び扉の隙間から外の様子を見た。

「……明日、出発する隊商に紛れてここを出る。街道を歩くのが関所への一番の近道のようだけど、あまり人目につきたくないから、山道を通って迂回する」

 それだけ言って、二人に視線をやると、ユーリッドがこくりと頷いた。

「俺達も、そのつもりだ」

 望んでいたような、望んでいなかったような答えが返ってきて、トワリスは苦笑した。

「そう、なら山道の案内頼むよ。改めてよろしく」

 ファフリが顔をあげて、ぱっと笑顔になった。

 蜜色の光が、扉の隙間から注がれる夕暮れ時。
三人は、明日の出発に備えて、早めに床に入ったのだった。


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.94 )
日時: 2015/05/23 21:11
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

†第二章†——邂逅せし者達
第三話『隘路』


 空が、わずかに明るみを帯び始めた。

 間宿の正門には、多くの商人達が集まり、出発の準備を始めている。
早朝の大気は冷たく、足踏みを繰り返しながら、時折ぶるると鼻を鳴らす馬たちの息も、白く濁っていた。

 ユーリッドとファフリ、トワリスの三人は、この大きな隊商に紛れて、間宿を出ようと考えていた。
頭巾を深くかぶり、商人達の波に埋もれていれば、誰もこちらを怪しむ者はいないだろう。

 かんかん、と耳をつんざくような、正門脇の鐘が響く。
出発の合図である。

 鐘が鳴ったのと同時に、ざわりと動き出した隊商に続いて、ユーリッド達もゆっくりと歩き出した。

 街道は整備されていたが、荷を多く積んでいるため、隊商は緩やかな速度で進んでいた。
しばらくは、二、三列になってひしめくように移動していたが、最終的には一列になり、荷馬車と荷馬車の間隔も広くなった。

 昼を過ぎる辺りまで、三人は隊商に着いていたが、やがて、前方の道脇に切り通しが見え始めると、ユーリッドがトワリスに耳打ちした。

「山道に入るなら、あそこからだ。そろそろ隊商から抜けよう」

 トワリスは頷いて、歩く速度を更に緩めた。
ユーリッドも、ファフリの隣に並んで速度を落とす。
すると、商人や荷馬車は次々と三人を抜かしていった。

 こうして三人は、密かに列から遅れ、深い森へと続く細い山道へと反れていったが、止まることなく進んでいく隊商の獣人達が、それに気づいた様子はなかった。

「大体の道は分かると思うから、俺が前を歩く。二人は後に続いてくれ」

 ユーリッドの言葉に、トワリスは分かったと返事をすると、次にファフリを行かせた。
歩き続けて疲れ始めたのか、若干ふらついている彼女を、最後にするわけにはいかないからだ。

 山道は、木々に日光が遮られている分、寒く感じられた。
今は動いているためちょうど良い気温に思えるが、野宿をすることになったら防寒が必要だろう。

 鳥達のさえずりさえ聞こえない、不気味な静けさの中を、三人は無言で移動していった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.95 )
日時: 2015/05/23 10:55
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)


 上り坂を越えた辺りから、水の流れる音が聞こえ始めた。
渓流があるのだろう。

 ユーリッドが振り返って、大きな声で言った。

「この先に、多分吊り橋があるんだ。そこを抜けたら平坦な道が続くから、楽になるぞ」

 おそらく後半はファフリに向けたと思われる言葉だったが、ファフリは返事をしなかった。
坂道が続いたせいで、疲労が溜まっているようだ。

 トワリスは、ユーリッドに対して軽い返答をしながら、周囲を見回した。

 先程から、この森の雰囲気に妙な違和感を感じる。
その正体を探ろうとしていると、ユーリッドが独り言のように呟いた。

「……少し、変だな」

 トワリスが、目を細めてユーリッドを見た。

「私もそう思う。この森、ちょっと静かすぎやしないか?」

「ああ……生き物の気配がまるでしない」

 それを聞いて、トワリスは胸騒ぎを覚えた。

 彼の言うように、違和感の原因は、おそらく動物たちの気配が全くしないことだ。
しかし、この森は見る限り、鬱蒼とした豊かな森のようだから、生き物が生息していないなどということはないだろう。
だとすれば、考えられる理由は一つ。

(……何かを警戒して、身を潜めてるんだ)

 トワリスは、ぐっと眉を寄せた。

「……気を付けよう。何かあるかもしれない」

 ユーリッドは、緊張した面持ちで頷いた。

 少し進むと崖が現れ、そこにはユーリッドの言う通り、短い吊り橋が架かっていた。
眼下では、ごうごうと唸りをあげて、渓流が流れている。

 吊り橋をつっている縄を確認すると、ユーリッドはほっとしたように言った。

「良かった、思ったより劣化してない。渡れそうだ」

 そう彼が言い終えたのと同時に、突き刺さるような殺気を背後から感じて、トワリスは反射的に双剣を抜いた。
ユーリッドもそれに気付いたようで、抜刀して構える。

 その瞬間、木の高い位置から無数の矢が襲いかかってきた。
トワリスは、矢を薙ぎ払いつつ振り返ると、ファフリの背を押すようにしてユーリッドに近づいた。

「数が多い! 走れ!」

 最後の一雨を剣で叩き落とすと、ユーリッドはファフリの手を引いて、トワリスと共に吊り橋の方に走った。

 矢数からして、敵はかなりの人数だろう。
しかも、これまで上手く気配を隠していたところから、戦い慣れしているとみえる。
それをたった三人で相手にするのは得策でないと考えたのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.96 )
日時: 2016/02/20 16:17
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)


 しかし、吊り橋を渡った先の木々の間からも、大勢の武装した獣人達がざっと立ち上がったのが見えた。
挟み撃ちが向こうの狙いだったようだ。

「なんなのさ、いきなり!」

 焦ったようにトワリスが言うと、ユーリッドは信じられないといった表情で言った。

「あの甲冑、ミストリア兵団だ……!」

「兵団!?」

 ユーリッドは、心の中で舌打ちをした。
胸の中が、有り得ないという思いで一杯になる。

 アドラを殺したあの刺客たちは、手腕からして選び抜かれた精鋭だったはずだ。
つまり、ファフリを殺すための最初で最後の切り札のつもりで、放たれたのだろう。
だから、それを打ち破った時点で、国王リークスは次の一手を迅速に打つことはできないと思っていた。

 そもそも、あの夜からまだ五日しか経っていないのだ。
いくらこちらが手負いとはいえ、ユーリッドたちの逃亡経路を予測し、かつ待ち伏せするなんてことが、この短期間にできるわけがない。

(そう、有り得ないんだ……。だとしたら……)

 もしかしたら、あの刺客達が、ユーリッド達を襲う前に、城にファフリ一行が南に向かっていることを知らせたのかもしれない。
そして、それを受けた国王が、万が一を考えて南側——関所への通り道全てに兵団を配置したのだ。
この筋書きなら、今の状況も説明できる。

 焦燥と怒りがどっと込み上げてきて、ユーリッドの心を支配した。
どうしてこうなることを予測できなかったのだろう。
やはり、あの刺客たちは切り札だったのだ。

 じわじわと距離を縮めてくる兵士達を睨みながら、トワリスはユーリッドを一瞥した。

「兵団に狙われる心当たりは?」

「……ある」

 弱々しいユーリッドの返答を聞いて、トワリスは舌打ちした。
やはり、関わるべきではなかった。

 もし兵団に、トワリスが魔術を使えること——サーフェリアから来たことが知られれば、この事実は国王である召喚師にすぐに伝わるだろう。
そうして、サーフェリアに帰る前に追われる身にでもなったら、一貫の終わりである。

(といっても、魔術なしでどこまで戦えるか……)

 獣人相手に、自分の腕力が通じるはずもない。
魔術の行使を見られるのは非常にまずいが、こんなところで死ぬわけにもいかない。

 ぱちん、と嫌な音がして、吊り橋をつっていた縄が一本、跳ね上がった。
兵士の一人が、縄を斬ったのだ。

(俺たちを吊り橋ごと落とす気か……!)

 渓流に落とすなどという不確かな方法は、兵士達もできるだけ避けたいだろうが、決して安全には見えない吊り橋の上で乱闘を起こすのは、流石に彼らも躊躇っているようだった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.97 )
日時: 2015/03/20 17:24
名前: 狐 (ID: u5fsDmis)



 激しく顔を歪めて、ユーリッドは兵士達を見た。
かつて自分が兵団の一員だったこともあり、見知った顔がちらほらとある。

「ファフリを頼む!」

 それだけ叫ぶと、剣を握る手に力を込めて、ユーリッドは兵士達に斬りかかった。
そして甲高い金属音をあげて交わった相手の剣を、力任せに跳ね上げると、甲冑の隙間——脇腹の辺りに剣を突き立てて、そのままその兵士を盾にするような形で、後ろに控える兵士達ごと押しきった。

 不安定に揺れ動く吊り橋の上で、トワリスは咄嗟にファフリを引き寄せた。
これ以上の衝撃と重みが加われば、確実にこの吊り橋は崩れ落ちるだろう。

 その時だった。
ファフリに向けられた矢の一本が、吊り橋の縄をかすった。

 しまった、と思う間もなく、吊り橋がまるで生き物のように左右にうねり、落下し始める。

 ユーリッドは、引き抜いた剣を反射的に橋板に突き刺すと、トワリスとファフリの方に手を伸ばした。
トワリスは、距離的にその手を掴むことは叶わないと悟ると、ファフリの身体をユーリッドに向かって放った。

 なんとかファフリを受け止めると、ユーリッドは、そのまま落ちていく橋板ごと崖に叩きつけられる。
背中から全身に激痛が走り、思わず咳き込んだが、すぐにはっとしてトワリスのほう見た。

 トワリスは、双剣の片方をすぐ下の崖に突き刺して、留まっている。
落ちずにいられたようだ。

 しかし、安堵する暇もなく、ひゅんっとユーリッドの頬をかすって、崖に矢が刺さった。
右手には橋板に刺さった剣、左手にはファフリを抱えているこの状況では、矢を払うことができない。
このままでは、矢の恰好の的である。

 反対側の崖に並ぶ兵士達が、矢尻を一斉にこちらに向けたのが見えて、ユーリッドは身構えた。
だが、それらの矢が射たれる前に、一人の兵士の喉元に飛来した短剣が突き刺さり、一瞬兵士達がどよめいた。
トワリスが放ったものだ。

 トワリスは、崖に突き立てた片方の剣に飛び乗ると、脚に魔力を込めて高く跳躍した。
突然のことに唖然とする兵士達の頭上を、宙返りして飛び越えると、トワリスはその背後に降り立つ。
そして彼らに振り返る間も与えることなく、回し蹴りを食らわせると、何人かが悲鳴をあげながら、もつれるようにして崖下に落ちた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.98 )
日時: 2015/03/26 19:27
名前: 狐 (ID: /dHAoPqW)


 それからトワリスは、素早く魔力を練り上げると、崖に刺していたものと対になる双剣の片割れを構え、唱えた。

「——雷光よ、一条の光となれ!」

 その瞬間、トワリスの剣が閃いて、剣先から稲妻が迸る。
稲妻は、複数の兵士を貫いて、地に流れると共に霧散した。
 
 兵士達が、動揺してざわつき始めた。
彼らにとって、魔術は未知の力なのだろうから、当然である。

 トワリスは、再び剣に魔力を込めて構えた。
こうなったら、出し惜しみをしている場合ではない。

 しかし、背後から斬りかかってきた兵士の剣を受け止めたとき、身体から一気に魔力が抜けた。
身に覚えのある感覚に、トワリスは瞠目する。

 顔を上げると、受けていたのは、僅かに黒光りする剣だった。

(ハイドットの剣……!)

 魔力の抜けたトワリスの身体は、簡単に相手に組み敷かれた。
地面に倒されたトワリスは、降り下ろされた剣を、横に転がって避け、すぐに立ち上がる。

 だが、そこに待ち構えていた兵士が、剣を力任せに振り抜いてきて、即座にそれを受けたトワリスは、力負けしてそのまま木の根本まで吹っ飛んだ。

 後頭部に衝撃が走って、目から火が出る。
頭巾を被っていなければ、気絶していたかもしれない。

(だめだ、ハイドットの剣に触れないようにしないと……!)

 頭を打った影響か、揺れる視界に目を細めながら、トワリスは木の根を蹴って、すぐそばに迫っていた兵士に飛びかかった。
驚いた兵士は、咄嗟に剣を構えることもできず、もんどりうって頭を地面に叩きつけた。
その頭を踏み台に、トワリスは勢いよく走り出すと、別の兵士の脇をすり抜け様に切り裂く。

 剣を交えずに交戦するのは難しく、トワリスは、体力の限界を感じていた。
いずれは魔力も完全に尽きて、そうなったら勝算はなくなるだろう。

 ユーリッドは、橋板に突き立てた剣にぶら下がりながら、左腕に抱えているファフリを見た。
気を失ってしまったのか、彼女はぴくりとも動かない。

 幸い、こちら側の崖には弓兵がいないのか、向こうの崖でトワリスが戦ってくれている内は、矢で狙われることはなかった。
しかし、それも時間の問題だ。
矢で狙われなくとも、橋板を崖から切り離されたら下に落ちてしまうのだ。

 ファフリさえ目を覚ましてくれれば、自分もどうにか戦いに行くことが出来そうだったが、ファフリはまるで人形のように動かない。

 いっそ、落ちてしまおうか。
そう思って崖下の渓流を見て、すぐにその考えは消えた。

 想像以上に、渓流の流れが急だったからだ。
突き出た岩に当たって、高く上がる水しぶきからも、それは容易に推測できる。
上手く着水できたとしても、強い水流にもまれ、泳ぐこともできず岩に衝突して気を失ったら、その後は確実に死ぬだろう。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.99 )
日時: 2015/05/23 10:58
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

 全身から汗が噴き出して、目に入った。

(くそっ、どうしたら……!)

 その時、不意にファフリの身体が軽くなった。
驚いてファフリを見て、ユーリッドは目を疑った。
ファフリが、ユーリッドの腕をすり抜けて、ふわりと宙に浮いたのだ。

 鳥人とはいえ、有翼人でない限り飛べるなんてことはありえない。

 ファフリは、静かに目を開けた。

「……まだ、いけない。あともう少し」

 ぽつりと呟いて、ファフリは浮いたまま渓流を見つめる。
その目はどこか虚ろで、彼女はおそらくファフリではないとユーリッドは思った。

「もう少しって……?」

 ユーリッドが訝しげに問うと、ファフリがこちらを見た。

「水……」

(水……?)

 ファフリの返事を聞いて、ユーリッドも再び渓流を見つめた。
ごうごうと唸る水流は、まるでのたうち回る大蛇のようだ。

 ファフリが、ふうっと舞うように上昇した。
その視線の先には、やはり渓流がある。

 突然浮遊したファフリに驚き、トワリスを含め、兵士たちが一斉に顔を上げた。
その内の何人かは、標的をトワリスやユーリッドからファフリに移して、弓や槍を構えた。

 ユーリッドは、覚悟を決めると、すぐ下に刺さっているトワリスの剣を、空いた左腕で引き抜いた。
そしてファフリを狙っている弓兵めがけて、力任せに投げつけた。

 唸りながら飛来した剣は、弓兵の肩口付近に刺さった。
刹那、飛び込むように走り出たトワリスが、その剣を握り真横に滑らせると、弓兵の首が落ちる。

「トワリス! 飛び込むぞ!」

 ユーリッドがそう叫ぶと、トワリスは弾かれたようにユーリッドを見て、それから崖の下を見た。
その表情は一瞬曇ったが、彼女も飛び込むしかないと判断したのだろう。
力強く頷いた。

「次期召喚師を狙え──!」

 兵士の一人から上がった声に、全員がファフリに狙いを定めた。
すると、ひたすら渓流を見つめていたファフリが、ゆっくりと兵士たちを見回す。

 ぎらぎらと、燃えるような殺気を向けてくる兵士たちに対し、ファフリはただ、満足げに微笑んだ。
そしてその唇を、動かす。

「……汝、窃盗と悪行を司る地獄の総統よ。
従順として求めに応じ──」

 彼女がそう唱え始めた瞬間、これまで兵士たちが見せていたまとまりは、完全に崩れ去った。
兵士たちの顔が皆、恐怖に歪み、強ばって、その表情には戦慄が走っている。

 恐怖を感じたのは、ユーリッドやトワリスも同じだった。

 あの狼達を殺した夜のように、ファフリは恐ろしいほど穏やかに微笑んで、死の言葉を口ずさむ。
もう二度と、あんなことは起きてほしくないと願っていたのに。

 自分達が絶体絶命の危機にあることは分かっていたが、そんなことよりも、ファフリに召喚術を使わせてはならないという思いが、ユーリッドの中で先行した。

「ファフリ! やめろ!」

 喉が痛むほどの大声で叫んで、ユーリッドは全身をぐっと縮めた。
そして両足で崖を蹴ると、刺していた剣を引き抜くのと同時に、ファフリに向かって飛び上がった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.100 )
日時: 2015/05/23 10:59
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

 唱え終わる前に、ユーリッドがファフリを抱き込むと、二人の体は重力に逆らうことなく、落下し始めた。
渓流に吸い込まれるように落ちていく二人を見て、トワリスは戸惑うように一瞬足を止めたが、続いて崖から飛び降りた。

 内臓が震えるような浮遊感を感じて、ぎゅっと目を瞑る。
そして、石畳の上に全身を叩きつけられたかのような衝撃を受けた瞬間、三人の意識が途切れた。



 兵士たちは、崖に身を乗り出して、渓流を見下ろした。
三人の身体は、ゆらゆらと揺れながら浮き上がったが、やがて水流にのまれて沈んだ。

「隊長、追跡して、死体の首を持ち帰りますか?」

 兵士の一人が問うと、隊長と呼ばれた男は首を横に振った。

「……いや、この流れの速さでは、跡を追ったところで死体は見つかるまいよ。それより、イーサ!」

「はっ!」

 男の呼び声に、イーサはさっと兵士たちを掻き分けて前に出ると、敬礼した。

「イーサ、お前。あのユーリッドとか言う兵士と同期だったろう。次期召喚師様とも、お会いしたことはあるのか?」

「い、いえ……」

 イーサは、ユーリッドたちが流れていった方を見て、うつむいた。

「確かに、ユーリッドとは同期でしたが、それは見習い兵の時の話であります。昇格してからは、隊も分かれてほとんど交流はありませんでしたし、まして、次期召喚師様とは……」

「…………」

 目を合わせずに答えたイーサに、男は眉を寄せたが、すぐに元の表情に戻った。
そして森の近くで控えていた兵士から、馬を一頭呼び寄せると、イーサにその手綱を渡した。

「イーサ、お前は陛下の元に戻り、今あったことを全てご報告しろ。我々は他の隊と合流し、次なる陛下の指示を待つ」

「はっ!」

 返事をして、イーサは素早く馬に跨がった。

「いいか、全てご報告するんだ。次期召喚師様が、召喚術を使おうとしたこともだ」

 男の言葉に、イーサはごくりと息を飲んで、頷いた。

 次期召喚師ファフリが、召喚術を使えるようになったのかもしれない。
それを知ったリークスは、それでも彼女達を殺せと命令し続けるのか、否か。

 イーサは、最後にもう一度、渓流の方を一瞥して、馬の尻を鞭で叩いた。
 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.101 )
日時: 2015/05/23 11:00
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

  *  *  *


 無数の剣に身体を貫かれているような、そんな鋭い水流に、身動きをとることさえ出来なかった。
幸い、持っていた荷が浮き袋の役割を果たしていたので、深くに沈むようなことはなかったが、いずれ荷の中に水が浸透してしまえば、それも望めないだろう。

 流されていく途中で、すれ違った岩に咄嗟に掴まると、濡れてまとわりつく髪をかきあげて、トワリスは水面から顔を出した。

 辺りを見回すと、前方に同じく荷を浮き袋にして、必死に水をかいているユーリッドの姿が見えた。
しかし、見えたのと同時に、踏ん張りがきかなくなって、トワリスは再び激流にのまれた。

 身を切るような冷たい水に、だんだんと全身の感覚がなくなってくるのが分かる。
息が詰まって、意識が遠くなり始めたのを感じて、もう駄目かもしれないと思った。

 その瞬間、ごほごぼっと水音が聞こえて、水が糊のように重くなった。
荒れ狂っていた渓流の流れも動きを止め、なにかどろどろとしたものに全身を包まれているような感覚に陥る。

 何が起きたのか分からぬまま目を開くと、漂う水の中、ファフリの姿だけがはっきりと見えた。

 ファフリの方に手を伸ばしたとき、突然見えない力にぐっと背中を押されて、水面まで浮上した頃には、目の前に岸が迫っていた。
かじかんだ手を岸に向かって出すと、その手をユーリッドが掴んで、トワリスは岸に引き上げられた。

 げほげほと咳き込んで、全身の筋肉がばらばらになりそうなほどの疲労感と戦いながら顔を上げると、ユーリッドがほっとしたようにこちらを見ていた。
その傍らには、ファフリが放心したように立っている。

 ユーリッドですらまだ立てずにいるのに、ファフリは息一つ乱さずにいて、その姿には、一種恐怖を覚えた。

 ある程度息が整ってから、トワリスは立ち上がると、半ば睨むようにしてファフリを見た。

「……ファフリ、貴女、何をしたの?」

 ファフリは、無表情のまま、渓流を指差した。

「……深く、暗い闇が広がっている。苦しいと喘ぐ水が、助けを求めてきた。それに応じたから、水も我々を助けた」

 トワリスとユーリッドは、同じように顔を歪めた。
声はファフリのものだが、口調が明らかに彼女のものではない。

 同時にトワリスは、先程の崖での戦いで、ファフリが唱えようとした呪文を思い出して、身震いした。
聞き覚えがあったのだ。

 脳裏に、銀髪の男の姿が過って、そうして浮かんだ一つの可能性に、トワリスの手が自然と腰の剣に伸びた。

「ファフリ……まさか、行方不明の次期召喚師って……」

「…………」

 なにも言わないファフリに苛立って、トワリスは詰め寄ろうとしたが、それは前に出たユーリッドによって止められた。
トワリスは強くユーリッドを睨んだが、ユーリッドは少し悲しそうな顔をしている。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.102 )
日時: 2017/08/14 22:45
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 ユーリッドの行動で、ファフリが次期召喚師であることを確信すると、トワリスは再び口を開いた。

「……どういうこと? なんで兵団に命を狙われてるの?」

 問うと、ユーリッドは困惑した様子で顔を強張らせた。
何か耐えるように、ぐっと口を引き結ぶその姿は、やはりまだ大人になりきれていない、少年のそれだった。

 その時、立ったままだったファフリが、急に崩れ落ちて、ユーリッドが咄嗟にその身体を受け止めた。

 しばらく沈黙が流れたが、やがてユーリッドは、目を閉じて眠ってしまったようなファフリを見ながら、呟いた。

「……話すよ、全部」

 弱々しく吐かれた言葉を聞いて、トワリスは立ったままユーリッドを見つめた。

 後方を見れば、崖はもう見えない。
随分と遠くまで流されてきたようだ。

 全身が濡れているせいもあり、そよそよと吹く微風さえも、とても冷たく感じた。



 ユーリッドは、これまでの経緯を全て話した。
十六にもなって、召喚術の才が見出だせないファフリを、父王である現召喚師リークスが殺そうとしていること。
ファフリの母である王妃の頼みで、アドラと共に逃亡の旅に出たこと。
しかし、アドラは殺され、その時に初めてファフリが召喚術を使ったこと。
それ以降、少しファフリの様子がおかしいこと。
感じたこと、思ったことまで、一切包み隠すことなく話した。

 途中、話すつもりのないことまで口からぽろぽろとこぼれ出たが、話終えた後、少しだけ気分が楽になった。
ずっと、誰かにこの苦しみを吐き出したかったのかもしれない。

 トワリスは、ユーリッドの話をただ黙ったまま聞いていた。
黙っていたと言うよりは、想像以上に残酷で悲劇的な話だったため、何を言えば良いか分からなかったというほうが正しいだろう。
それでも、話終えた時のユーリッドの表情は、少しだけ晴れ晴れとしていて、トワリスは心の片隅で安堵した。

 一方、心の奥に湧き上がってきた狂暴な思いに、ふと表情を曇らせる。

(……もし、私が今ここで、ファフリを殺したら……?)

 そう考えて、ぞわっと冷たいものが身体を巡った。

 ファフリがいなくなったら、ミストリアには次期召喚師がいなくなり、残るは国王リークス一人だ。
それも、ファフリが召喚術を使えるようになっている今、リークスは多少なりとも力を失っている。

 ファフリを殺せば、当然リークスの思惑通り召喚師としての力は彼に戻るだろう。
だが、それも瞬時に戻るわけではないはずである。
とすれば、今ここでファフリを亡きものとして、その直後に自分がその旨をサーフェリアに伝えたなら、敵対するのは力が不完全な召喚師のみ。

 サーフェリアへの獣人の襲撃の原因を突き止めようが、突き止めまいが、どちらにせよサーフェリアとミストリアは争うことになる可能性が高い。
その時に、リークスの力が衰えているなら、サーフェリアは圧倒的優位に立てる。
しかも、上手くミストリアが敗北を認め、退いてくれた場合、被害をほとんど出さずに事態を治められるだろう。

 たとえ任務を放棄してでも、ファフリを殺すことは、サーフェリアにとって有益のように思えた。

 また、そういった背景がなかったとしても、いつ完全に覚醒するか分からない次期召喚師を、他国の人間としてみすみす見逃すわけにはいかなかった。
リークスも、まだトワリスの存在には気づいていないはずだし、何よりファフリは、簡単に殺せる立ち位置に在る。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.103 )
日時: 2017/08/14 22:48
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

──殺すなら、近々動かなければならない。

 恐ろしいほど冷静に、トワリスの頭は働いた。
こうなれば、いつ、どう動くのが最もサーフェリアにとって良いのか、それだけを考えるのだ。
感情など、持ってはいけない。
これは、トワリスの宮廷魔導師としての経験から来る判断だった。

「トワリス……?」

 ふと聞こえてきたユーリッドの声に、トワリスは我に返って顔を上げた。

「大丈夫か? なんか、顔真っ青だけど……」

「あ、いや……ごめん、なんでもないよ」

 慌てて首を振って、トワリスは先程までの考えをひとまず脳内から追いやった。
元々嘘が得意な方ではないし、下手に思考を巡らせていると何かしら相手に勘づかれるかもしれないからだ。

 ユーリッドの意識を反らすためにも、トワリスは言った。

「……話は、分かったよ。でも、ファフリは既に召喚術を使えるんでしょう? それなら、召喚師だってもう殺そうとはしないんじゃないか?」

 そう尋ねると、ユーリッドは不安げに俯いた。

「それは、どうだろう。ファフリだって、まだ完全に召喚術を使えるようになった訳じゃないし、召喚師様は厳格なお方だから、ファフリに才能がないと判断した時点で、意見は変えない気がするんだ。早くファフリを殺して、新しく才能のある召喚師を生み出したいと考えてるのかも……」

 ユーリッドは、眠ったままのファフリを見て、続けた。

「仮に召喚師様がファフリを受け入れたとしても、だ。ファフリに、自分を殺そうとした奴と今後一緒に暮らせなんて、言えないよ……」

 ユーリッドの意見は、もっともだとトワリスも思った。
しかし、このまま逃げ続けても解決する問題ではないことくらい、火を見るより明らかである。
南大陸に渡って、兵団の手から逃れたとしても、そもそも南大陸は危険だから兵団が来ないのだ。
その危険な土地で、子供二人が生き延びられるとも思えなかった。

 ユーリッドが、再び口を開いた。

「……それに、本当は俺、ファフリには召喚術をあまり使ってほしくないんだ。見ただろう? ファフリが笑って、悪魔を召喚しようとしたところ。ファフリは、あんな風に笑って生き物を殺せるようなやつじゃないのに……。狼に襲われたときも、さっきこの渓流に何か起きたのも、助かったのは事実だけど、このままファフリが召喚師になったら、ファフリがファフリでなくなる気がしてならないんだ。今もそうだったけど、なんかぶつぶつ呟いてたりすることが多いし……」

 ユーリッドの言っていることは、言い得て妙だとトワリスは思った。
トワリスも、サーフェリアの召喚師に対して、同じようなことを感じたことが多々ある。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.104 )
日時: 2021/04/12 23:46
名前: 狐 (ID: WZc7rJV3)

 重苦しく息を吐き出すと、トワリスもファフリに視線を移した。

「……私も、詳しいことは分からないけど、その呟いてたって言うのは、悪魔のせいなんじゃないかと思うよ」

 ユーリッドが、はっとしたように頷いた。

「おそらく、ファフリはまだ悪魔を制御する術を持ってないんだよ。悪魔は、隙あらば主に取って変わろうとするらしいし、さっきファフリが言っていたことも、ファフリじゃなくて悪魔の言葉だったのかもしれない」

 トワリスがそう言うと、ユーリッドも納得したように、なるほどと呟いた。

「それにしても、トワリスって召喚師と何か関わりのある血筋なのか? なんかやたら詳しいし、魔術も使えるみたいだし……」

 トワリスは、しまったと一瞬焦った。
しかし、ファフリが次期召喚師である以上、自分が魔力を持っていることなど隠すだけ無駄である。
少し明かしたくらいで、サーフェリアから来たとユーリッド達が予想できるはずもないし、今更誤魔化すのも妙だろうと思って、トワリスは言った。

「別に、そんなんじゃないよ。私は、父親が人間だからね。魔力のある人間の血が入ってるから、私も魔術が使える。それだけ」

 若干棘を含んだ言い方に、暗にそれ以上は聞くなと言われているようで、ユーリッドは他には何も聞かなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.105 )
日時: 2016/10/17 00:27
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)


 
 幸い、兵士たちが追ってくる様子はなかったが、念のため三人は森の中に入った。
木々に囲まれていれば、見つかる可能性が低くなるからだ。

 本来ならば、夜通し歩いてでも南大陸への関所に向かうべきなのだろうが、渓流に流され体力の消耗が激しい今、それをするのは自殺行為だ。
そのため、ユーリッドとトワリスで話し合い、今日のところは休むことにしたのである。

 日の沈みかけた群青の空を、木々の間から見上げて、ユーリッドは白い息を吐いた。

 相変わらず眠ったままのファフリは、まるで人形のように自分に背負われており、荷をもって前を歩くトワリスも、何か考えているのか、先程から一言も発さない。
三人の間には、ひどく重苦しい空気が流れていた。

 自然に作られたであろう、小さな岩屋に入ると、ユーリッドはそこに自分の上着を敷いて、ファフリを横たわらせた。
まだ濡れたままの上着を使用しても暖かくはならないだろうが、岩の上にそのまま寝かせるよりはましだろう。

「だいぶ、冷えてきたな……」

 そう言うと、トワリスがはっと顔を上げて、そうだねと頷いた。
自分達が逃亡の旅に出た理由を話してから、トワリスはどこか上の空だ。

「……トワリス、大丈夫か? さっき落ちたときに、怪我とかしたんじゃ……」

 心配になってユーリッドが尋ねると、トワリスは少し複雑そうな顔をした。

「……いや、なんともないよ」

「そうか……?」

 彼女の態度に、どこかよそよそしさを感じながらも、きっと疲れてるんだろうと理由付けると、ユーリッドはトワリスの持っていた自分達の荷物を指差した。

「間宿で買った干肉が入ってるはずなんだけど、食えるかな?」

 努めて明るい声音で言うと、トワリスがふっと表情を和らげた。

「食べられると思うけど、相当ふやけてるだろうね。私が持ってた食料も水浸しだったし。夕飯にするなら、一回火で炙った方がいい」

「はは、そうだよな……。じゃあ俺、焚き火用に薪をとってくるよ。トワリスは、ファフリを見ててくれ」

「ああ……分かった」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.106 )
日時: 2017/08/14 22:53
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 岩屋を飛び出していったユーリッドを見送ってから、トワリスは座り込んだ。
衣服が濡れているせいや、疲労のせいもあるだろうが、全身が妙に重く感じた。

(ファフリを見ててくれ、ね……)

 心の中で呟いて、膝を抱える。
きっとユーリッドは、完全に私を信頼しているのだろうと、トワリスは思った。

 わざわざ明るい笑顔を作って、怪我をしたんじゃないかと心配までして。
あんな風にこちらに気を使っていたけれど、ユーリッドはまだ子供である。
元々警戒心の少ない性格も手伝っているのだろうが、辛い状況下でやっと出会えた大人──トワリスに、無条件で心を許してしまっているのかもしれない。

 そのトワリスも、ファフリの命を狙っているというのに。

 トワリスは、ぐっと唇を噛んだ。

 売国奴と蔑まれ、半ば追い出されるようにミストリアへと送られて、もう三月は経つ。
おそらくサーフェリアでは、既に自分は死んだことになっているだろう。
当然だ、異国に単身渡って帰ってくるだなんて、普通は誰も思わない。

 それなのに、行けと命じられたということは、やはりそういうことだ。
分かっていた。
元々、サーフェリアの教会がトワリスに望んでいるのは、任務の遂行ではなく、死なのだから。
 
 近くで、獣の遠吠えが聞こえる。
その音を聞きながら、ふと、今敵に襲われたらどうなるのだろうと思った。
例えば、今朝魔術を行使したことがミストリアの召喚師に伝わって、自分がサーフェリアの者だと気づかれていたとしたら──。
可能性としては、十分あり得る話だ

 そうしたら、自分は死ぬのだろうか。
この異国の土地で、誰かに悲しまれることもなく、たった一人。
獣人の血を引く、サーフェリアの愚かな売国奴として。

 そう考えた途端、言葉では言い表せないほどの悲しみと、虚無感が心を覆った。
これまでなるべく意識しないようにしてたのに、一度考えてしまえば、その絶望感はどこまでも広がっていく。

(……サーフェリア、か……)

 引き寄せた膝に額を押し付けて、嘆息する。

 獣人の血が混じる自分のことも受け入れてくれた、大切な故郷。
今回の獣人の襲撃が原因で、居場所はなくなってしまったけれど、やはり自分が帰る場所は、サーフェリアしかない。

 目を閉じれば、不思議とサーフェリアでのことが頭に浮かんだ。

 自分がミストリアに渡ることを反対していた、ハインツや宮廷魔導師の仲間たち。
自分が渡らなければ、代わりにルーフェンがミストリアへ送られることになっていただろうし、何より、無謀な作戦とはいえ、任務の遂行がサーフェリアのためになるのは事実だったから、結局自分は渡ることを決意したわけだが、最後まで身を案じてくれる彼らの存在は、とても嬉しかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.107 )
日時: 2017/08/14 22:55
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 トワリスは、絶対に落とさないように腰の革袋に入れておいた、緋色の耳飾りを取り出した。

 それを強く握りしめると、掌にじわりと暖かいものが流れ込んでくるような気がした。

「……ルーフェンさん……」

 ぽつり、とその名を呟く。

 「何もするな」と大見得きって告げてきたのに、こんな風に弱気になっているところを見られたら、彼に何を言われるだろう。
また、馬鹿だね、と笑われるだろうか。
それとも、いつも通りおどけて、有り難みの薄い慰めでもしてくるだろうか。

 どちらにせよ、表向きではいまいち繊細さの欠ける行動ばかりとる男だから、こちらが望むような言葉をかけてくるなんてことはないだろう。

 けれど、別にそれでも良い。
自分は、労られたいわけではないのだから。

 ただ、もし無事にサーフェリアに帰れたら、己を対等に見てほしいと思った。

 召喚師に並ぶ強力な存在はないから、ルーフェンはいつだって一人である。
そんな彼に追いつきたくて、宮廷魔導師にまで上り詰めたのに、ルーフェンと同じ立場に立てたことなどない。
いや、正確には、立たせてもらえないのだ。
だから、ちゃんとこの耳飾りを返せたら、頼りになるのだと認めてほしい。

 膝につけていた顔を上げて、トワリスは耳飾りをそっとしまった。

(……絶対、帰ってやる……)

 自分に今できることは、サーフェリアのために動くことである。
たとえ期待されていなかったとしても、サーフェリアを有利な方向に導けば、自分が売国奴ではないという確固たる証拠にも繋がるはずだ。

 そのためならば、なんだってする。
そう強く心に決めて、トワリスは拳に力を込めた。

 辺りにユーリッドの気配がないことを再度確かめると、トワリスはちらりとファフリを見た。

 ファフリは、まだ湿ったままのユーリッドの上着の上で、横たわっている。
深く眠っているようだ。

 その姿を確認してから、トワリスはわざと音をたてて立ち上がった。
それでも、ぴくりとも動かないファフリに、トワリスは微かに目を細める。

(起きる様子はなし、と……)

 ファフリの元に静かに歩み寄りながら、腰の双剣を、一本だけそっと引き抜く。
すると、木々のざわめきが一層強まった。

 ファフリに怨みなどないし、むしろ助けてやりたかった。
ユーリッドの話からも伺えるが、召喚師がいかに残酷な運命のもと生きているのか、自分は普通よりも理解できているつもりだ。
だからこそ、この子供たちに手を差し伸べてやりたいという気持ちは、確かにある。

 しかし、その気持ちは捨てなければならない。
自分はサーフェリアのためにこのミストリアに渡ったのだから、それ以外のことに尽くす余裕も、理由もないのだ。
ましてそれが、自国を陥れることに繋がりかねないというなら、尚更力を貸すわけにはいかない。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.108 )
日時: 2015/05/21 19:15
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: rBo/LDwv)

 こんばんは、雑談板の方で少し絡ませて頂いたゴマ猫と申します。
 覚えていらっしゃるでしょうか?(汗)

 先日は雑談板の方で、お世話になりました。
 小説を読んで頂いたそうで、感想までありがとうございます! またお時間があって、お暇な時にでも読んで頂けたら嬉しく思います。
 まだ途中までで恐縮なのですが、一章まで読ませて頂いたので感想を。
 どちらに感想を書こうか迷ったのですが、こちらのスレに書かせて頂きます。

 ファンタジーは本当に疎いのですが、冒頭から続きが気になる内容でした。
 まず驚いたのは細かい設定です。多分、物語の都合上、設定を細かく、丁寧に作らないといけないと思うのですが、凄く作りこまれている印象を受けました。それでいて、お話がくどくないというのも狐さんの技術なのだろうなと。
 ファフリさんが王都を追いやられ、平民として生きていく、そこまでに行く過程で既にワクワクしながら読んでいました。
 上手く感想を書けないので、ちゃんと狐さんに伝わるか不安なのですが、ファンタジー素人のゴマ猫でも『楽しい!』と思える作品でした。

 また続きをじっくり読ませて頂いて、ご迷惑でなければコメントさせて頂きたいなと思います。更新、応援していますね!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.109 )
日時: 2015/05/22 23:07
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: dfg2.pM/)


ゴマ猫さん

コメントくださってありがとうございます(*´▽`*)
もちろん、覚えていますともっ
むしろ私のこと覚えていてくださって、感謝感謝です( ;∀;)

楽しいと感じて頂けたのなら、本当に良かったです(*´ω`)
ファンタジーは、すべてにおいて一から説明しなければ読者さんに世界観が伝わらないので、ついつい長ったらしくなってしまいます……(;´・ω・)
(私の力が足りないだけかもしれませんがw)
故に、なるべく分かりやすく簡潔に、というのは私自身気を付けていたつもりなので、くどいと感じなかったと言って頂けてすごく嬉しいです^^

ワクワクした……そ、そんなこと言われたら舞い上がってしまう(*ノωノ)
応援に応えられるよう、今後も頑張って書いていくので、どうぞ見守ってやってくださいませっ
めめめ迷惑だなんてとんでもない!
また来ていただけるのだと思うと、思わずニヤニヤしてしまいますw

私も、ゴマ猫さんの作品にコメントさせて頂きますね!(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.110 )
日時: 2015/05/24 17:03
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: 9yNBfouf)

 こんばんは、ゴマ猫です。
 更新分を全部読ませて頂いたので、感想を書かせて頂きますね。

 伏線や、それぞれのキャラの心情、背景など、前のコメントでも書かせて頂きましたが、とても作りこまれているというのを再確認しました。
 戦闘シーンの描写、凄いですね。ゴマ猫は、戦闘シーンの描写は書かないので、読みながら「おぉ、凄い……」と、ひとりPC前で呟いていました。
 序盤から個人的にお気に入りだった、アドラさんが亡くなった時、ちょっとショックで、肩を落としてしまいました。何故だと、考える事、小一時間。
 もしかしたら生き返るかもしれないじゃない。という結論に至り、淡い期待を持ちながら、読み進めました。まだなのか、と。はい、ゴマ猫の戯言ですので、あまり気にしないで下さい。


 トワリスさんがファフリさんを、国のため、仲間のため、殺そうかと葛藤している様子も印象的でした。どういう決断をするのか、続きも楽しみにしていますね! 今回も楽しく読ませて頂きました!
 ちゃんと感想らしい感想を言えたのだろうか? という不安が今回も残りますが。


 そして、ゴマ猫の小説はかなり長かったと思うのですが、お忙しい中、全て読んで頂き、狐さんは女神なのだと確信しました。
 サッと目を通して頂けるだけでもありがたいですのに、まさか全部……もう感謝の言葉しかありません。本当にありがとうございます!

 迷惑じゃないと言われ、調子に乗って来てしまいました。これからも狐さんの作品を応援していきたいと思います! 無理せず、更新、頑張って下さいませ(^.^) ではでは。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.111 )
日時: 2015/05/25 22:00
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: dfg2.pM/)


ゴマ猫さん

 再びコメントして下さり、ありがとうございます(*´ω`*)

 文章は面倒になって適当に書いちゃうことが多々あるのですが(w)、設定はそれなりに長年暖めてきたものなので、作りこまれていると言って頂けて、嬉しいです^^
 戦闘描写も、褒めて頂けて狂喜乱舞しています。
どの描写が得意なのかは自分でもよくわかりませんが、戦闘シーンはやはりほかに比べて手間がかかるので……すごく励みになりますっ
 あー、アドラ氏は序盤で早々に退場したにも関わらず、意外と人気だったりするんですよね(笑)
ゴマ猫さんに気に入って頂けて、彼も天国でにやにやしていることでしょう(`・ω・´)
外伝のほうにアドラ氏のお話があるので、もしよろしければそちらm((殴

 トワリスは基本ドがつくクソ真面目なので、任務は絶対にやり通そうとしますから……そこにファフリとユーリッドの健気さWアタックがどうヒットするかですねw
楽しみだなんて……もう幸せで昇天しそうですw
本当に、素敵な感想をありがとうございました!

 いやいやそんな、ゴマ猫さんの素敵文章は、むしろ短かったら「続きが気になるぜ畜生!」ってなってたと思うので、それなりの話数があって良かったです(*´▽`*)
全部読むなといわれてもきっと読んでました。
素晴らしい作品をありがとうございます♪
こちらこそ、結構長かったと思うのですが、読んで下さって感謝感激雨霰ですっ
ゴマ猫さんの方こそ女神……!

 お互い、無理せず楽しく執筆していきたいですね(*´ω`)
頑張りましょう!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.112 )
日時: 2015/05/27 21:54
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: n1enhNEv)


「……ごめんね」

 そう口の中で小さく呟いて、トワリスは柄を逆手に持った。
そして、ファフリの喉元にゆっくりと切っ先を近付ける。

 優しく閉ざされた瞼や、規則正しく上下する胸元。
一度も傷ついたことなどないような、綺麗で白い肌。
まるで汚れを知らない風に見える彼女は、それこそこんな逃亡の旅に出る前は、本当に穏やかに暮らしていたのだろう。

 召喚師とはいえ、彼女はまだ幼さを残す少女なのだ。
悪魔に巣食われることさえなければ、ユーリッド同様、ただの純粋無垢な一人の子供にすぎない。

 そんな子供を、自分は殺そうとしているのだと思うと、ひどく悲しくなった。


——だったら、殺さなければいい。


 そんな考えが浮かんで、トワリスの腕はぴたりと動かなくなった。

 まだいくらでも殺せる機会はあるとか、もう少し様子を見てからでも良いだろうとか、様々な言い訳が頭を駆け巡って、トワリスは顔を歪めた。

 こんなことを思い始めたら、きっと自分は永遠にファフリを殺せない。
命を奪うとき、情にほだされたらもう出来ないということくらい、よく分かっている。

(……駄目だ、やれ)

 そう言い聞かせて、再び柄を握る手に力を込めた。

 そもそも、会って数日も経たない子供たちに、どうして情がわくというのか。
おそらく自分は、ファフリの召喚師という肩書きから、この子供達に昔の自分達を重ねてしまっているだけだ。
必要以上に気にしてしまうのも、原因はそこにあるのだろう。

 私情でこの機会を逃すなど許されない。
自分がここで彼女を殺し、それをサーフェリアに伝えれば、ミストリアという脅威が取り除かれることになる。

 今ここで、剣を下ろす。
たったそれだけだ。

「ん……」

 瞬間、ファフリが小さく声を漏らして身じろいだ。
喉元に迫っていた刃が、僅かに肌に食い込んだ気がして、トワリスは咄嗟に剣を後ろに落とした。
剣は、かしゃんと音を立てて、地面に落ちた。

 焦りなのか、恐れなのか、剣を握っていた手が震えて、全身から嫌な汗が噴き出した。
どくどくと脈打つ心臓の音を聞きながら、トワリスは恐る恐るファフリの喉元を見つめるが、相変わらずその肌は白いままだ。

 それに安堵すると共に、情けない気分になって、トワリスは額を押さえた。
先程まで、なんだってしてやるつもりだったのに、早速その決意が揺らいでしまった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.113 )
日時: 2015/05/30 09:34
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: n1enhNEv)



 その時、ふと視界の端に、ファフリのはだけた胸元が見えた。
わずかに覗く肌が、黒く変色している。

(あざ……?)

 不思議に思って少し近づいてみると、そのあざのような黒ずみは、蛇の鱗のように皮膚に貼り付いていた。
打撲傷や火傷の一種なのかとも思ったが、どうやら違うらしい。

 思いがけずその黒ずみに目を奪われていると、ファフリの瞼がゆっくりと持ち上がった。

「トワリス……?」

「…………」

 ファフリは、気だるそうに上半身を起こすと、辺りを見回しながら言った。

「……私、また寝ちゃったのね。ここは、どこ? ユーリッドは……?」

 トワリスは、後ろめたい気持ちを表情に出さないように目をそらすと、先程落とした剣をこっそり拾い上げて、鞘に納めた。

「……流された渓流の近くの森だよ。今日はひとまず、野宿することにしたんだ。ユーリッドは、今薪を取りに行ってる」

「渓流……? 流されたって、何が?」

 きょとんとした様子で聞き返してきたファフリに、トワリスは目を見開いた。

「何が、って……流されたじゃないか。吊り橋の上で兵団に襲われて、私達崖の下に落ちただろう? 覚えてないの?」

「兵団……」

 ファフリは、さっと顔を強張らせると、首を左右に振った。

「私、トワリスと会った日の夜から、記憶がないわ。間宿を出発したなんて、知らなかった」

「え……?」

 トワリスは、驚きのあまり絶句した。
戦いの最中は気絶していたとしても、襲われるまではファフリは一緒に歩いていたのだ。
記憶がないなんて、有り得ないことだった。

 ファフリはトワリスを見つめて、それから俯いた。

「……大丈夫よ、心配しないで。実は、ここ数日、こういうことがよくあるの。記憶が、断片的っていうか……」

「よくあるって、なんでそんなことが……。じゃあ、今日あったこと何も覚えてないってこと?」

「ええ……」

 弱々しい声で答えたファフリを見て、トワリスは眉を寄せた。
確かに、今日のファフリは明らかに様子がおかしかった。
ユーリッドにも言ったように、おそらく意識を悪魔に支配されていたのだろう。

 しかし、その間の記憶がごっそりないだなんて、少なくともトワリスは聞いたことがなかった。
トワリスが知っているのは、召喚師一族は時折悪魔の邪気に影響されて、人格が本人のものでないようになることがある、というだけだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.114 )
日時: 2016/02/20 16:39
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

(……ならファフリは、意識も身体も全て乗っ取られていたってこと……?)

 そんなこと、あるのだろうか。
信じられないという思いで頭がいっぱいになって、トワリスは息をのんだ。

 だが、自分が考え込んだところで答えが出るはずもないので、トワリスは、ひとまず今日あったことをファフリに説明した。
兵団に襲われたことはもちろん、ユーリッドから旅の事情を聞いたことも、全て。

 ファフリは、相槌を打ちながら静かに耳を傾けていたが、その瞳にはまるで生気が感じられなかった。

「……そっか、そんなことがあったのね。私のことに巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。……トワリスは、怪我とかしてない?」

「……してないよ」

「そう……良かった」

 言いながら、力なく微笑んだファフリを見て、トワリスは強い罪悪感に襲われた。

 ユーリッドにしても、ファフリにしても、この余裕がない状況下でどうして他人の心配ばかりしているのか。
しかも、ただの他人ではない。
ファフリを殺そうとしているトワリスに、だ。

 つい先程まで、実際にファフリの喉を掻き切ろうとしていたのだ。
本来畏怖(いふ)や軽蔑の眼差しを向けられるべきなのに、それでも優しい言葉をかけられていることが、むしろトワリスにとってはつらかった。

 トワリスは、一度何を言うべきか悩んで、それから口を開いた。

「……私の心配なんて、しなくていいよ。貴方たちは、それどころじゃないだろう。怖くないの? 悪魔のことも、命を狙われていることも……」

 私には、自分のことを考えることしかできないのに。
他人を気遣ってやれる余裕なんてないのに。
そういった申し訳なさと皮肉の意味も込めてトワリスが言うと、ファフリは悲しそうに眉を下げた。

「……怖いよ、ものすごく。色々なことが、怖くてしょうがないの」

 そう言うと、ファフリは胸元に手をかけて、衣を脱ぎ始めた。
トワリスが見た、あのあざのような黒ずみが露になっていく。
素肌にこびりつく鱗のようなそれは、胸から腹部にかけて、思ったより広範囲に広がっていた。

「それ、は……?」

 躊躇いがちに問いかけると、ファフリは泣きそうな顔でこちらを見た。

「……日に日に、広がっていってるの……。多分、悪魔の皮膚だと思うわ……」

 それだけ言うと、ファフリはすぐに胸元を閉じた。

「これが肌を全て覆ったら、きっと私も死ぬのよ。悪魔に、心も体も喰い尽くされて……。私には、それを抑えられる力も理由も、ないもの」

「……ファフリ……」

「こんなの、気持ち悪いよね……? 自分でも思うの、化け物みたいって。……だからお願い、ユーリッドには、絶対に言わないで……」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.115 )
日時: 2016/08/09 17:38
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ファフリは、自分を抱くように身体を縮めた。

「ユーリッドに、気持ち悪いって思われたくないの……」

 その言葉に、ずきんとトワリスの胸が痛んだ。

 ユーリッドなら、気持ち悪いだなんて思わないし、言わないだろう。
そんなことは、ファフリが一番よく分かっているはずだ。
それでも知られたくないと思う彼女の気持ちを、トワリスは否定することができなかった。

 ファフリの頭に手を置き、さらりと優しく撫でる。
自分は何をしているんだろうと思いつつも、トワリスは、その手を止めるつもりはなかった。

「……気持ち悪いだなんて、思わないよ……」

 ファフリは、再びトワリスを見て、微笑んだ。
その陰のある笑顔は、無邪気な少女というよりは、どこか大人びた笑顔だった。

「ありがとう……。トワリスは、優しいのね」

「……優しく、なんか……」

 複雑な表情を浮かべて、トワリスは黙り込んだ。
ファフリは俯いて、静かに目を閉じた。

「──どうして、わたしが……」

「…………」

 ファフリは、それ以上は何も言わなかった。
しかし、その先に続く言葉を、トワリスは予測できた。

──どうして、わたしが召喚師なんだろう?

 どこかで、聞いたことがある言葉だった。

 どうして自分が召喚師なのか。
召喚師にならなければならなかったのか。
何故、自分ばかりこんな目に遭わなければならないのか。

 きっと、幾度となく問い続けてきたのだろう。
まるで己を召喚師とした運命を呪うように、責め立てるように。

 彼女たちのこういった殺伐とした苦しみを、完全に理解することはできないだろうと、トワリスは思う。
それでも、こうして見ているだけで──ファフリの心情を想像するだけで、身の内が焼けるようだった。

 父王に命を狙われ、国を追われ、もうどこにも逃げる場所はない。
すがれる希望もなく、自身を巣食う力に怯えて、“死”以外の選択肢を夢見ることさえ許されない状況のように思えた。

「……こんなの、おかしいじゃないか」

 唐突に突き上げてきた思いが、トワリスの口をついて出る。

 決して長い時間を過ごしたわけではないけれど、ファフリやユーリッドを追い詰めた多くの者達に、胸の底から怒りが湧いてきた。
何の罪もなく、ただ健気に生きてきた子ども達が、何故こんなにも苦しまなければならないのか。
手を差し伸べようとする者も、誰一人としていないのか。

 一度、強く息を吸い込むと、トワリスは視線を落とした。
ファフリは、膝を抱え、目を閉じたまま、すうっと寝息を立てている。
どうやら、再び眠りに落ちてしまったらしい。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.116 )
日時: 2015/08/26 21:46
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: HBvApUx3)


 トワリスは、そっとファフリの肩を抱くと、そのまま横に倒して寝かせた。
そして、出来るだけ物音を立てぬように立ち上がり、岩屋の壁にもたれるようにして座り込むと、ちら、と茂みのほうに視線を向けた。

「……ユーリッド」

 トワリスがそう声をかけると、がさっと茂みが揺れて、薪を抱えたユーリッドが木の陰から現れた。
その表情は気まずそうで、唇は真一文字に引き結ばれている。

「聞いてたんだろ」

「…………」

 トワリスの問いかけに、ユーリッドは返事をしなかった。
ただ黙ったまま、前に出て屈むと、火を起こす準備を始めた。

 しかし、薪を並べ終わったところで、ユーリッドはふと口を開いた。

「……ファフリが……聞いてほしくなかったんなら、聞かなかったことにする」

「…………」

 次いで、ユーリッドは燧石を打ち付けながら、下を向いたまま言った。

「トワリスは、後悔してるか?」

「何を」

「……俺達に、ついてきたこと」

 ユーリッドは、トワリスの返事を待つことなく、続けた。

「ファフリとの会話を聞いてて、思ったんだ。トワリスが一人旅に戻りたいっていうなら、俺達に止める権利はないんだって。むしろ、もしまた兵団に襲われたら、今度こそ命が危ないかもしれないから、もう別れた方がいいんだと思う。トワリスは、俺達とは何の関係もないんだし……」

 トワリスは、俯くユーリッドを見て、嘆息した。

「正直に言えば、割と後悔だらけだよ。初めて会ったときから、何か訳ありな子ども達だろうとは思ってたけど、まさか追放された次期召喚師様だったとはね。察しろなんて無理だ」

「……うん、ごめん」

 申し訳なさそうに首をすくめたユーリッドに、トワリスは一息置いてから、小さく笑った。

「でもね、なんか……運命的なものも感じてる」

「……運命?」

「だって、次期召喚師なんて、私みたいな部外者がそう簡単に会えるものじゃないでしょう。しかもあんな闇市のど真ん中で、通りすがりに」

「はは、まあ……すごい偶然っちゃ、偶然だよな」

 微かに顔をあげて言ったユーリッドに対して、トワリスは首を左右に振った。

「……いや、きっと偶然じゃないんだ。こういうこと、一回じゃないんだもの。だから、運命的だなってね。私は、何か不思議な縁を持ってるのかもしれないな」

 少し表情を和らげて言ったトワリスに、ユーリッドは首を傾げた。
一回じゃない、とはどういう意味なのか、よく理解できなかったからである。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.117 )
日時: 2017/08/14 23:04
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 トワリスは、藍色の空を見上げた。

「……自分に過信している訳じゃないけれど、貴方達、私が抜けたらどうするわけ?」

 多少低くなったトワリスの声に、ユーリッドは口ごもって答えた。

「どうするって……トルアノに向かって、それから南大陸に渡るつもりだけど……」

「そのあとは? 行く宛はあるの? それに、渡るつもりって言ったって、南大陸は危険なところなんでしょう。たった二人で、生きていけると思うの?」

「…………」

 ユーリッドは、一瞬ぎゅっと表情を歪めて、再び下を向いた。
視線の先にある薪の輪郭が、わずかにぼやける。

 ユーリッドは、はあっと息を吐いた。

「……想像、できないよ、未来なんて。今、この一瞬を生きることしか、俺には考えられない……」

「…………」

 そう言って肩を震わせたユーリッドを、トワリスは無言で見つめた。
ユーリッドは、表情を必死に固くしているようだった。

 この先のトワリスの言葉次第で、ユーリッドはきっと涙を流すだろう。
起きていたら、ファフリも同じはずである。

 努めて明るく装っていても、結局彼らの頭にあるのは未来への絶望のみだ。
想像しただけで打ちひしがれてしまうような、深い深い絶望。

 それを考えまいとして、笑っていたユーリッドを思うと、先程まで全く余裕のなかった自分が、トワリスはひどく滑稽に思えた。
己にはまだ、サーフェリアに帰るという未来を、思い描くことができるというのに。

 トワリスは、腰の革袋から緋色の耳飾りを取り出すと、それを眠ったままのファフリの左耳につけた。
深紅のそれは、まるで自己主張するように、きらりと光って揺れる。

「……これね、私も詳しいことは分からないんだけど、魔力を抑える耳飾りなんだって」

 トワリスの行動に、ユーリッドは怪訝そうに数回瞬いた。

「魔力を抑えるって……なんで」

「抑えるっていっても、制御するだけ。必要以上の魔力の暴走を止めると言った方が、正しいのかな。悪魔は宿主の魔力を喰って増長するから、これをつけていると身体が楽になるらしくて……どれくらい効くかは知らないけど、もしかしたらファフリに起きていることも、これを身に付けることで多少軽減されるかもしれない」

 ユーリッドが、驚いたように目を見開いた。

「い、いいのか……? そんな、すごいもの」

 トワリスは、大きく頷いた。

「大事なものだから譲れはしないけど、ファフリに貸してあげる」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.118 )
日時: 2016/01/06 01:07
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: WO7ofcO1)

 全くの偶然か、あるいは必然か。
そんなことは分からないが、ここまで来ると、ルーフェンにこの耳飾りを渡されたことも、何か重大な意味があるような気がした。
もちろん、このミストリアという地で、ユーリッドとファフリに出会ったことにも。

 これから行うのは、国の命運を揺さぶることにもなりうる、大きな選択だ。
この子供達を、殺すか否か。
今ならまだ、どちらも選択できる。

 そして、サーフェリアの宮廷魔導師であるトワリスにとっての正解は、おそらく前者。
だが、心が後者に傾き始めた途端、どんどんと溶けて無くなっていくわだかまりを、見て見ぬふりをすることも出来なくなっていた。

「……トワリス?」

 突然話さなくなったトワリスを心配したのか、ユーリッドが顔を覗きこむ。
トワリスは、強い意思を瞳に宿して、視線をあげた。

「……決めた」

「え?」

 何を、といった様子で不思議そうな顔をしている少年に、トワリスははっきりとした声音で言った。

「私は、南大陸に行って色々と調べたいことがあるの。ただ生憎、道順も何もかも、私は知らない。だから、今更単独行動に戻ろうったって、こっちも困る」

「でも、それは……俺達じゃなくても、トルアノで地図を入手するなり、誰かを雇うなりすれば──」

「ユーリッド」

 言葉を遮られ、思わず口を閉ざしたユーリッドに、トワリスはいたずらっぽく笑った。

「あんたが、案内してくれるって約束だっただろう? 忘れたの?」

 ユーリッドは、ふるふると首を振った。

「い、いや、覚えてるよ。トワリスがいてくれたら、すごく助かるし……でも、やっぱり俺達の事情に巻き込むのは……」

「当人の私が良いって言ってるんだ。ごちゃごちゃ悩むのはやめなさい」

 きっぱりと言い切って、トワリスはぱんっと右の拳を左の掌に打った。

「生き延びなよ、貴方達は何も悪くないんだから。……生き延びて、いつか、ファフリのお父さんをぶん殴ってやりな。何発も殴ったら、正気に戻るかもしれないでしょう?」

 冗談混じりではあったが、その言葉を聞くと、ユーリッドは呆けた様子でトワリスを見た。
そして、やがて困ったようにはにかむと、僅かに頷いた。

「ああ……そう、だな」

 ユーリッドの瞳が、微かに揺れる。

「ありがとう、トワリス。これからも、よろしく頼むよ」

「……任せろ」

 二人の声音に、不穏の色はもう微塵もなく。

 人知れず流れたファフリの涙は、こめかみを通って落ち、冷たい大気の中、白濁した息がふわりと舞って、暁に消えていった。


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.119 )
日時: 2015/11/24 18:25
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: gF4d7gY7)

†第三章†──永遠たる塵滓
第一話『禍根』


 ファフリは、夢を見ていた。
ここのところ、頻繁に見る嫌な夢だ。

 夢に繰り返し現れるのは、空から舞い降りてくる、小さな薄茶色の鳥であった。
鳥は、ファフリの傍に降り立つと、何をするわけでもなく、じっとこちらを見つめている。

 ファフリは、その鳥を見返して、口を開いた。

「カイム……?」

 鳥は、何も答えない。

 ファフリは、きゅっと唇を引き結ぶと、眉を寄せた。

「ずっと私の中にいるの、貴方なんでしょう? どうしてこんなことするの……? 私の身体を、乗っ取ろうとしないで!」

 身を乗り出して怒鳴ったが、やはり鳥は、何の反応も示さない。

 それに苛立って、再び口を開こうとしたとき。
どこからか、ごうごうと流れる水の音が聞こえてきた。

 途端、足元から一気に水が湧き上がってきて、あっという間に全身が水に飲まれる。
ファフリは、驚いて咄嗟に目を閉じたが、不思議と息ができることに気がつくと、恐る恐る、目を開けた。

 そして、その異様な光景に、瞠目する。

(なに、これ……!)

 ファフリの周囲に満ちた水は、おぞましいほどに、真っ黒であった。
それも、黒よりも深い、暗い暗い闇の色である。

 訳もわからず、一体なんなのだと問うように、ファフリは鳥の方を見る。
すると、鳥が一声、クィックィッ、と鳴いた。
その時だった。

 黒い水が、無数の顔を形成して、苦悶の声を上げ始めたのだ。
苦しい、助けてくれと口々に喘ぎながら、その目はファフリを凝視している。

 ファフリは、あまりの恐ろしさに、涙目になって、再び鳥に視線をやった。

「やめて、やめてよ……! こんなもの見せて、なにがしたいの!」

 耳を塞ぎ、何度も首を振りながら、その場にへたりこむ。
苦しい、助けてなんて言われても、自分には何もできない。
どうすればいいかなんて、分からなかった。

 ファフリは、そうしてしばらく、何も見ないように、聞かないようにと身を縮こませていたが、やがて、辺りが静かになると、ゆっくりと顔を上げた。

 いつの間にか、周囲に充満していた黒い水は、跡形もなく消え去っている。

 鳥は、こちらに歩いてくると、ファフリをじっと見ながら、再度クィックィッと鳴いた。
ちょうどその時、ファフリは初めて、その鳥の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいることに気づいた。

「泣いてるの……?」

 微かに目を見開いて、躊躇いがちに手を伸ばす。

 鳥は、ファフリの手を一瞥してから、ぱちぱちと瞬きした。
そして、鳥の瞳から、ぽたん……と一粒の涙がこぼれ落ちたとき。
ファフリは、はっと目を覚ました。


Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.120 )
日時: 2015/12/06 12:19
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: bOxz4n6K)


 ぼんやりとかすむ頭で、ゆっくりと目を開けると、天井の木目が目に入った。
つかの間、これまでのことは全てが夢で、自分はいつも通り城の自室で起きたのかと思ったが、車輪ががらがらと回る音を聞いて、自分は馬車に乗っているのだと気づいた。

 確か、森の中にいたはずなのに、どうして馬車になんて乗っているのだろう。
不思議に思って、辺りを見回すと、窓から外を眺めているトワリスの姿に気づいて、ファフリは身体を起こした。

「……目が覚めた?」

 トワリスが振り返って、こちらを見る。
ファフリは、小さく頷いて、トワリスの方に近づいた。

「……ここは……?」

「森を出たあと、ちょうどトルアノに向かうっていう商人の荷馬車が捕まったから、ついでに乗せてもらってるんだよ」

 それを聞いて、ファフリは焦ったように目を開いた。

「嘘、私、そんなに寝ていたの……?」

 トワリスは、くすりと笑って、首を振った。

「大丈夫、まだ二日も経ってないよ。急いだ方がいいって言うんで、森を早く抜けただけ」

 その言葉に、ほっとした一方で、おそらく自分はユーリッドに担がれてきたのだろうと思うと、申し訳なさで胸が一杯になった。
旅に出てから、自分は誰かに迷惑をかけてばかりいる。

 再び外を見ていたトワリスが、ぴくりと反応したとき。
馬車の前方にある扉がばたんと開き、麻袋を肩にかけたユーリッドが入ってきた。

 ユーリッドは、ファフリを見てぱっと表情を明るくすると、すぐさまこちらに近寄った。

「ファフリ、おはよう! 良かった、目が覚めたんだな」

「……うん、ありがとう。気分も良いし、大丈夫よ」

 微笑んでファフリが答えると、ユーリッドは、荷物を置いて、嬉しそうにはにかんだ。

「そっか、良かった! やっぱり、その耳飾りの効果なのかな」

 ユーリッドがそう言うと、トワリスが苦笑した。

「さあ、どうだろうね。私はよく分からないけど……効いてるなら、貸した甲斐があったよ」

「ああ、きっとそうさ。本当にありがとな」

 ユーリッドは、トワリスからファフリに視線を戻すと、耳に下がった緋色の耳飾りを指差した。

「それ、トワリスが貸してくれたんだ。魔力を制御する力があるから、きっとファフリの役に立つだろうって」

「……そう」

 本当は、この耳飾りのことは、贈られた夜にユーリッド達の会話を聞いていたから、知っていた。
だが、それを口に出すことはせず、ファフリは、トワリスに向き直ると、穏やかな表情で言った。

「本当に、本当に……色んなことをしてくれて、ありがとう……」

「いいよ、気にしなくて」

 トワリスは、少し照れたように肩をすくめると、ユーリッドと目を合わせて、安心したように息を吐いた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.121 )
日時: 2015/12/10 18:54
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: bOxz4n6K)



 いつの間にか、トワリスの中にあった躊躇いのようなわだかまりが、溶けて消え去っているように感じた。
ユーリッドとも、自分が眠っている間に随分と打ち解けたようで、安堵に似たものが胸の中に広がる。
しかし同時に、ファフリは、まるで自分が置いてきぼりにされているような気分になった。

(私だけ一人、足手まといだわ……)

 悲しみのような、悔しさのような、暗い感情が湧いてくる。

 だが、そう嘆く一方で、何を今更、と嘲笑う自分もいた。
足手まといもなにも、この苦しい旅路自体、全て己のせいじゃないか。
アドラが死んだのも、ユーリッドが怪我をしたのも、トワリスが巻き込まれたのも、全部自分が原因じゃないか、と。

 こんな風に罪悪感に苛まれながら、辛い逃亡生活を送るくらいなら、あの時、父王リークスの思惑にかかって死んだほうが、良かったのかもしれない。
いや、きっと、死ぬべきだったのだ。
そうすれば、自分より遥かに強力な次期召喚師が生まれて、ミストリアだって安泰する。

 こんなこと、自分のために命をはってくれた母やユーリッド、アドラやトワリスには絶対に言えないけれど。
それでも最近、悪魔に意識を乗っ取られている時以外に考えることと言えば、こうした、自分が生きていることへの後悔ばかりだった。

 馬車の動きが徐々に緩やかになり、やがて止まったとき。
外の方から、何やら話し声が聞こえてきた。

 トワリスは、窓から乗り出すようにして、外の様子を伺った。

「トルアノに着いたみたいだけど……なんか、もめてる」

「もめてる?」

 ユーリッドが返答して、首をかしげる。

 一体何をもめているのかと、聞こえてくる声に耳を澄ませたが、流石に馬車の中では、会話内容までは聞こえない。
三人は、仕方なく後ろ手に設置されている扉から、外へと出た。

 馬車から出ると、トワリスの言う通り、馬車の持ち主である獣人と、トルアノの門番であろう獣人が、言い争っているようだった。

「だから、今あんたたちを街に入れることはできないんだよ! 悪いけど引き返してくれ」

 トルアノの獣人が、苛立ったように言う。
どうやら、街に馬車を入れたくないということらしい。

 それに対して、商人である獣人も、困惑した様子で言い返した。

「はあ? どういうことだよ。俺達は、何日もかけてトルアノを目指してきたんだぞ?」

「とにかく、今は駄目なんだ。帰ってくれ!」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.122 )
日時: 2016/02/20 16:50
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 吐き捨てるようにそう言って、トルアノの獣人は、外郭の門を閉じた。
予想外の事態に、馬車の持ち主とユーリッドたちは、しばらく呆気に取られたように、門を見つめていた。

 トルアノは、南大陸への関所に最も近い宿場町で、旅途中の商人や旅人からの宿代を主な財源としているような街である。
受け入れを拒否するなんて、聞いたことがなかった。

 馬車の主人は、困ったようにため息をつきながら、ユーリッド達の方に戻ってきて、言った。

「なんだかよく分からんが……しょうがねえ。俺は西に少し戻って間宿を探すが、お前さんたちはどうする? また乗っていくかい?」

 主人の問いかけに、ユーリッドは躊躇いがちに首を振った。

「……いや、いいよ。ここまでありがとう、おやじさん」

「そうかい。じゃ、あんたらの旅路に祝福を」

「ああ、祝福を」

 主人は、かぶっていた帽子を軽く上げて見せてから、馬車に乗り込み、来た道を戻っていった。

「さて、今晩も野宿かなあ……」

 疲れた様子でぼやいたトワリスに、ユーリッドが唸る。
まさかトルアノで受け入れ拒否を受けるなんて、想定外だったのだ。
こんなところで、足止めを食っている暇はないし、一刻も早く、南大陸に渡ってしまいたいのに。

 ユーリッドの脇にいたファフリが、控えめな声で言った。

「……もう、関所まで一気に行くことはできないの? トルアノについたってことは、もう近いんでしょう?」

 ユーリッドは、悩ましげに眉を潜めた。

「んー、まあ、それも手なんだけど……物資も補給しなきゃならないんだよ。食料なんて、ほとんど川に落ちたときに駄目になったし、南大陸に渡ったら、買い物なんていつできるか分からないからな」

 背負っている軽い麻袋を揺らしながら、肩をすくめる。
そんなユーリッドを見ながら、ファフリも嘆息した。

 トワリスは、先程トルアノの獣人が入っていった門を見つめて、一瞬腰の鉤縄(かぎなわ)に手をかけた。

 トルアノの周囲には、外郭の壁が巡らされており、先程門の奥を見たところ、もう一つ壁が見えたから、内郭もあるのだろう。
しかし、その厳重さ故か、見張り自体は少ないように思える。
しかも、それなりに大きな宿場町のようだし、町民全員が顔見知りということもないだろうから、ファフリはともかく、やろうと思えば忍び込むことはできるかもしれない。

(……けど、侵入するのは得策とは言えないか……)

 鉤縄から手を外して、トワリスは目を伏せた。

 街の中に余所者を入れたがらないということは、何かが内部で起きているということだ。
その何かが分からない以上、侵入など試みるのは危険だろう。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.123 )
日時: 2017/08/14 23:18
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 トワリスは、二人に向き直った。

「とりあえず、物資がないのも問題だし、追っ手のことを考えると引き返してる時間もない。今は、トルアノの中で何が起きてるのか、調べるのがいいと思う」

 トワリスの言葉に、ユーリッドが頷いた。

「ああ、そうだな。さっきの門番に、理由だけでも聞いてみるか」

「……さっき断られたばかりだから、取り合ってもらえるか分からないけどね」

 ユーリッドは、トワリスの脇を抜けて、外郭の門の前に立つと、大声で言った。

「おい、誰かいるか!」

 響いた声は、誰にも届かなかったのか、しばらく、辺りはしん、と静まり返っていた。
だが、ユーリッドが再び声を出そうとすると、ぎぎっと微かに音がして、門が拳一つ分ほど開いた。

「……誰だ」

 鋭い声で、門の隙間からユーリッドを睨んだのは、先程の門番の獣人だった。
門番は、その目にユーリッドを映すと、苦々しげに言った。

「さっきの連れか。言っただろう、街には誰も入れられない。帰ってくれ」

「ちょっ、ちょっと待った!」

 すぐさま閉じられそうになった門を、あと少しのところで押さえつけて、ユーリッドは身を乗り出した。

「なんで駄目なんだ。ここは宿場町だろう? 理由を聞かせてくれないか」

 ユーリッドの言葉に、門番は、門を閉めようとした手を止めて、警戒した様子で口を開いた。

「……あんたたち、どこから来たんだ。王都か?」

「ああ、そうだ。ノーレントだ」

 ユーリッドがこくりと頷くと、門番はすっと目を細めた。

「……そうか、じゃあやっぱり、中央と北大陸にはまだ伝染してないんだな」

「伝染……?」

 訝しげに問い返すと、門番は、ユーリッドを睨むように見つめた。

「病だよ……南大陸からの。ついに、トルアノにまで発病者が出たんだ」

 その言葉に、トワリスが反応した。
ノーレントまでの旅途中に知り合った、南大陸に渡ったと言う商人──ホウルの言葉が、脳によみがえる。

 トワリスは、ユーリッドの横に駆け寄ると、門番にぐっと顔を近づけた。

「病って、どんなものですか? もしかして、虚ろな目をして、さまようようになるっていう……」

 細まっていた門番の目が、はっと開かれる。

「し、知ってるのか、あんたら……」

 門番は、次いで門を大きく開けると、ユーリッドとトワリス、そしてその後ろに控えていたファフリを見つめた。
そして、ユーリッドの腰にある剣を見て、顔色を変えた。

「あんたたち、もしかしてミストリア兵団から派遣された兵士なのか!? そうなんだろう! そうだと言ってくれよ!」

 門番は、突然すがるようにユーリッドの胸元に掴みかかると、必死の形相でそう言った。
ユーリッドは、一瞬たじろいで、否定の言葉を述べようとしたが、すぐに口を閉じて、ちらりとトワリスを見た。

 この門番の態度を見るに、兵士だと名乗れば街に入れてもらえるかもしれない。
トワリスも、同じことを考えているようだった。

 ユーリッドは、ごくりと息を飲んで、門番に視線を戻すと、ゆっくりと頷いた。

「……ああ、そうだ。俺達はミストリア兵団から派遣されてきた」

 途端、門番はその場に崩れ落ちて、震えながら涙を流した。

「ああっ、ありがとう、ありがとう……! てっきり、もう見捨てられたのかと思っていたけど、ちゃんと、文書は王都に届いていたんだ……!」

 手を合わせて、門番は何度も何度もユーリッドたちに頭を下げる。
その光景に、三人は顔をしかめて、思わず顔を見合わせた。

 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.124 )
日時: 2016/01/04 00:31
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: WO7ofcO1)

  *  *  *


 最後に一口、残っていた猪肉の角煮を口に放り込むと、ユーリッドはため息をついた。

 こんなに豪華な食事をしたのは、旅に出て以来初めてで、疲れきった身体は、大いに満足している。
しかし、自分は兵士だという嘘をついたがために得たこの贅沢は、なんとも受け難いものであった。

(まさか、こんな優遇されるとはなあ……)

 ユーリッドは、居心地が悪そうに頭を掻いて、崩していた足を正し、再び座り直した。

 門番に泣きつかれた、あの後。
結局ユーリッド達は、街に引き入れられ、頼んだ旅支度を整えてもらった上に、宿まで用意してもらった。
それも、旅人用の安宿とは思えない、食事から寝床の世話まで全てしてくれるような、上客用の宿である。

 流石、ミストリア屈指の宿場町というだけあって、届いた保存食や装備なども、かなり充実したものであったし、正直、予想以上の待遇に助かった点も多々ある。
だが、それで素直に喜ぶほど、ユーリッドたちは楽観的ではなかった。

(このまま関所に送り出してもらえるとは、思えないな……)

 ユーリッドは、小さく嘆息した。

 トルアノは本来、旅人や商人たちの行き交う、賑わいのある街である。
それなのに、今のトルアノは、まるで死んだように静かだった。
もちろん、来た者を拒んでいるから獣人が少ない、という理由もあるのだろうが、それだけじゃない。
町民ですら外には出ず、塞ぎ混んだように部屋に閉じ籠っているのだ。

 その原因は、門番の言っていた病で、間違いないだろう。
そう考えれば、兵団が派遣されたと聞いて、門番が目の色を変えたのも頷ける。
兵士ならば、蔓延している病のことを召喚師リークスに伝えることができ、そうすれば、勅令で医師団が動くからだ。

 ユーリッドは、横に座って、同じく浮かない表情で食事をしているファフリとトワリスの方に向いた。

「……なあ、街に入れてもらったのはいいけど、どうする? 兵団から派遣されたなんて嘘だし、もし何かあったら……。街の獣人たちには悪いけど、こっそり抜け出すか?」

 ユーリッドは、周囲を窺いながら、小声でそう言った。
すると、トワリスが箸を置いて、首を横に振った。

「……旅支度もしてもらったし、賛成したいところだけど……ごめん。その病とやらを、調べたいんだ。私は残るよ」

 それを聞いて、ファフリが首をかしげた。

「……トワリスは、その病のことを知ってるの? なんだか、症状のこととか、知っているような口振りだったけど……」

 トワリスは、少し困ったように口を閉じて、黙りこんだ。
今更、ファフリやユーリッドを信用していない、なんてことはない。
しかし、自分がサーフェリアから来たこと、サーフェリアに襲来したあの虚ろな目の獣人と、ホウルの言っていた南大陸の病に関係があるのか調べていることなどは、言う気にはなれなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.125 )
日時: 2017/08/14 23:32
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 三人の間に、しばらくの沈黙が流れる中。
不意に、失礼します、という声が壁越しに聞こえてきて、部屋の襖が開いた。

 入ってきたのは、宿の従業員らしき女たちと、腰の曲がった老いた獣人であった。
女たちは夕食の乗った盆を片付けた後、すぐさま部屋を出ていったが、老いた獣人は、部屋に残った。

 上品に薄黄色の髭を整えている狐の獣人は、曲がった腰を庇いつつ、ゆっくりとその場に正座をする。

「兵士様、よくぞお越しくださった。私は、トルアノの町長、トバイと申します。長旅でお疲れでしょう。今宵はこちらで一夜、ごゆるりとお過ごしください」

 そう言って、深々と頭を下げたトバイに、ユーリッドは眉を下げた。

「いや、あの……色々と良くしてくれて、ありがとうございます。ただ、急ぎの旅なので、出来れば明日の早朝にはもう出発したいのですが──」

「明日ですって?」

 トバイは、長い眉毛を押し上げるように目を開くと、がばりと顔をあげた。

「そんな、明日だなんて。兵士様は、召喚師様のご命令で、病人の様子を見にトルアノに派遣されたのではないのですか? 文書は、召喚師様に届いたのではないのですか?」

 捲し立てるように言って、トバイはユーリッドに顔を近づけた。
すると、その傍らにいたファフリが、すかさず口を開いた。

「門番の方も、そう言ってましたね。その文書というのは、リークス王に宛てたものなんですか?」

 落ち着き払ったファフリの声に、トバイも幾分か興奮をおさめた様子で、答えた。

「……そうです。トルアノに例の病人が出てから、我々はもう何通も召喚師様に文書と使いの者を出しています。トルアノの医術師では対処できませぬから、どうにかして頂きたいと。しかし、返事はおろか、どなたも派遣される様子がない。一度、兵士様がその役を申し出て下さったこともあったのです。それなのに……何故、召喚師様はお応え下さらないのか。我々も、どうすれば良いのか分からず……」

「兵士? トルアノに常駐の兵士なんていましたか?」

 ユーリッドが問うと、トバイは小さく首を振った。

「いえ、宿泊されていた方が申し出て下さっただけで、正確には分からないのですが……貴方のその、紋様の彫られた剣の柄。それと同じようなものを、お持ちになっていたので、ミストリア兵団の方かと思いまして」

「……なるほど」

 ユーリッドは、返事をしながら、思わずどきりとして、剣の柄を握りこんだ。
この柄の紋様は、確かにミストリア兵団の証であるし、それを持っていたというのなら、トバイの言う通り、その獣人は兵団の者だったのだろう。

 しかし、実はユーリッドのもつ柄の紋様は、一般のものとは違い、現在は使われていないものだ。
ユーリッドの剣は、かつて兵団長であった父の形見であり、通常より複雑に彫り込まれているのである。
一見変わらないように見えるが、よく柄の部分を見ていた者が見れば、ユーリッドが兵士ではないと気づいてしまうだろう。

 ユーリッドは、気を取り直してから、トワリスの方を一瞥して、トバイを見た。

「トバイ町長、俺たちはまだ下級兵ですから、召喚師様にトルアノの文書が届いたのかどうか、分かりません。でも、病人の様子を俺達にも見せてください。さっきも言った通り、急いでいるので、今お願いします」

 今、という言葉に焦ったのか、トバイは一瞬、戸惑った顔をしたが、すぐに安心したような表情になった。
これで、病人たちの情報がノーレントに届くと思ったのだろう。

 そんな彼の様子に、ひどく罪悪感を感じながら、ユーリッドは病人たちの元に案内するよう、トバイに言った。

 病について調べても、召喚師に伝えることなど、今のユーリッドたちには出来ない。
それでも、この場を切り抜けて南大陸に渡るには、こうする他なかったのである。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.126 )
日時: 2016/02/20 17:22
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 荷物を持ち、一度宿の外に出ると、ユーリッドたちは小さな石造りの建物に案内された。
その建物には、入口が一つしかなく、窓などもなかったので、中は外の夜闇よりもずっと暗かった。

 二重になっている扉の、一つ目を開けたとき。
トバイが、懐から布を三枚取り出して、それで口元を覆うように、ユーリッドたちに指示をした。
ユーリッドたちは、大人しくそれに従うと、トバイに促されて二つ目の扉を開け、部屋に入る。

 部屋の中は、壁に数ヵ所配置されている燭台の明かりしかなく、随分と薄暗かった。
だから、目が慣れるまでは、床に何人横たわっているのか、よく分からなかった。

 トバイが持っていた手燭を翳すと、茣蓙(ござ)の上に寝かされている二人の獣人が、ぼんやりと闇に浮かび上がる。

 茣蓙に寝かされている獣人の内、一人は、まだ二十歳にも満たないだろうという若者だった。
彼は、目を閉じたまま微動だにせず、その微かに開いた口は、生者のものとは思えぬ、虚ろな穴のようだった。

 その奥に寝ているもう一人の獣人は、肩の辺りまで毛布ですっぽりと覆われており、どのような状態で寝かされているのか、はっきりとは分からない。
しかし、唯一出ている顔は、まるで火傷を負ったように崩れていて、目鼻立ちすらはっきりとしていなかった。

 トバイは、口に当てた布を更に手で押さえながら、くぐもった声で言った。

「最初に感染したのは、この奥にいるシュテンという炭鉱夫です。彼は出稼ぎに南大陸に渡り、帰ってきた数日後、突然倒れ、そのまま動かなくなりました。息はしていますが、まるで全身の皮膚が溶けるかのように崩れ始め、今ではこのような有り様です。こちらのカガリという少年は、南大陸には行っていません。五日前に、近くの川に釣りに行って、帰ってきたときには症状が現れていました」

 トバイは、静かにユーリッドたちに向き直った。

「シュテンとカガリに、接点はありません。手掛かりが少なすぎて、我々にはどうすることもできませぬ。この原因不明の病が伝染性のあるものなのか、それとも何か他に要因があるものなのか、それすらも分かりません。けれど、病が南大陸から徐々に北上し、このトルアノを侵食し始めていることは事実です」

 トワリスは、じっとカガリの顔を見て、それから爛れたシュテンの顔を見つめた。

「症状は、倒れて動かなくなること、皮膚が崩れること、それ以外にはありませんか?」

 トワリスの問いに、トバイが口を開こうとすると、足元の暗がりから別の声が聞こえた。

「……いいえ、時々、何かを思い出したように起き上がりますわ」

 答えたのは、トバイではなく、カガリに寄り添うようにうずくまっていた、一人の中年の女性であった。
闇に紛れていてよく見えていなかったが、どうやら、トワリスたちが部屋に入ったときから、カガリに付き添っていたようだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.127 )
日時: 2016/02/20 17:24
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 トバイが、カガリの母親です、と告げてから、彼女の肩に手を置く。
すると、目の下に色濃い隈のできたその女性は、掠れた声で続けた。

「普段は、声をかけても、何をしても、死んでしまったように全く動かないんです。けれど、時々起き上がって、まるで何かを探しているかのように歩き回り、しばらくしたらまた倒れて、動かなくなるんです。その時のこの子の目には、生気もないし……カガリとは別人のようで……。もう、私、どうしたらいいか……」

 カガリの母は、そう言って両手で顔を覆うと、涙を流す。
トワリスは、その様子を眺めながら、目を細めて再びカガリを見た。

 幽鬼のようにさまよう、という証言は、完全にホウルと一致しているから、やはりこの病は南大陸で流行っているものと同一なのだろう。
そして、この病は徐々に南大陸から北にまで広がっている。
ここまでは、間違いなさそうである。

 しかし、この病にかかった獣人が、サーフェリアに来ていた獣人と同じなのかどうか、根本的なところがまだ、トワリスの中では引っ掛かっていた。

(普段は全く動かない、ということは、サーフェリアに来ていた獣人とは違うのか……?)

 じっくりと記憶を探りながら、ホウルの言葉や、サーフェリアに現れた獣人の様子を思い出す。

 皮膚が爛れるという症状が、末期のものであるとして、サーフェリアではその症状が出る前に捕獲して処刑していたと考えれば、そこの相違点は解決できる。
だが、サーフェリアに来ていた獣人は、こんな穏やかなものではなかった。
常に徘徊し、出会い頭に襲ってくるような、そんな状態だったのである。
幽鬼のよう、死人のようという点では一致しているが、このシュテンやカガリと同じ獣人だとは、思えなかった。

(……とにかく今は、まだ判断材料が少なすぎる)

 トワリスは、壁にかかっていた燭台の一つを取り外し、蝋燭の炎をカガリの顔に近づけると、トバイに視線をやった。

「少し、調べさせて頂いても良いですか?」

「え、ええ、それは、もちろん……」

 トバイは言ってから、なにか困った様子で口ごもった。

「し、しかし……この部屋に長時間いるというのは……」

 伝染性の病だったら、移るかもしれない。
トバイの言いたいことは、これだろう。
身内のこととはいえ、奇病の危険に晒されるというのは、誰でも恐ろしいはずだ。

 すぐにそう察すると、トワリスはなるべく柔らかな口調で言った。

「……そうですね。では、お二人は外に出ていて下さい。調べるのは、私達だけでやりますから」

「……ですが……」

 トバイは、一度躊躇ったように俯いて、カガリの母と顔を見合わせた。
だが、やがて、ふと顔をあげると、申し訳なさそうに頭を下げた。

「……わかりました。私達は、この石室の外におりますので、何かあればお申し付け下さい」

「はい、ありがとうございます」

 トバイとカガリの母は、再び深々と頭を下げると、静かに石室から出ていった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.128 )
日時: 2016/01/10 21:20
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: 3KWbYKzL)

 それを見届けてから、トワリスは腕捲りをすると、今度はシュテンの方を見る。
そして、シュテンを覆っていた毛布をゆっくりと取り上げると、燭台の明かりで彼の腹部を照らした。

(これは……!)

 思わず顔をしかめて、トワリスは後ずさる。
シュテンの腹の表皮は、顔面以上に溶け出しており、まるで酸でもかけられたかのように、筋骨がむき出しになっていたのだ。

 この光景には、トワリスの後ろにいたユーリッドやファフリも、はっと息を漏らした。

「なんだよ、これ……本当に生きているのか……?」

 ユーリッドの言葉に、トワリスはシュテンの口元に手をかざす。
すると、トバイたちの言う通り、確かに呼吸が感じられた。
こんな状態で生きているなんて、信じられない。
この病に冒された生物たちがうろついているというなら、南大陸でホウルが恐ろしさに震えていたのも、確かに頷けた。

「……生きてるよ、信じられないけど」

 強ばった声でそう答えると、ユーリッドが眉を寄せた。

「こんな病が、南大陸では流行ってるのか。……奇病が蔓延してるのは聞いてたけど、まさかこんな……」

 戸惑いを隠せない様子で、ユーリッドが言う。
トワリスも、額にじっとりと汗がしみ出してくるのを感じながら、ただひたすら、シュテンを見つめていた。

 サーフェリアに襲来した獣人と、この病には何かしら関係がある。
そう確信してここまで来たが、謎に包まれている部分が多すぎて、今はまだなにも判断できなかった。

 ただ、サーフェリアに襲来した獣人たちは、腕を切り落とそうが、足の骨を砕こうが、動ける限りは向かってきた。
もし、この病の特徴として、痛みを感じなくなる、異様に創傷に対して強くなる、といったものがあるなら、シュテンがこのような状況下で生きていることも頷けるし、何より、先程カガリの母が言っていた、“何かを探しているかのようにさまよう”という言葉が気になる。

 獣人たちは、何故サーフェリアでは凶暴化しているのか。
そもそも、この病は一体何が原因なのか。

 サーフェリアでは感染者が出ていないことと、カガリとシュテンには接点がなかったことなどから、この病に伝染性がある可能性は低いと予想しているが、正直、それ以外は何も分からない。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.129 )
日時: 2016/03/16 01:37
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 トワリスが考え込んでいると、不意に、ユーリッドが何か気づいたように、シュテンに近づいた。

「……なんか、不思議な臭いがしないか?」

「え……?」

 言われてみて、トワリスもシュテンに鼻を近づけてみる。
しかし、これといって変わった臭いは感じられなかった。

「臭いって、どんな?」

「なんていうか、鼻がつん、とするような刺激臭……。とりあえず、身体からするような臭いではないよ」

 トワリスは、再び臭いを嗅いでみたが、やはり刺激臭らしきものは感じなかった。
しかし、完全な獣人であるユーリッドの方が嗅覚は優れているだろうし、よく考えてみれば、これといって臭いが感じられないというのは、確かにおかしいのだ。

 獣人ほどの嗅覚がなくても、酷い火傷のような皮膚を持つ病人がいれば、多少なりとも体液の臭いや、傷が腐敗するような臭いがするものだ。
それに、傷が膿んでいれば、蛆(うじ)だって涌くはずである。

 こういった石室は虫が涌きにくいけれども、トバイ等の様子を見る限りでは、このトルアノの獣人たちが日々熱心にこの石室に通いつめて、シュテンの傷口に消毒を施しているとは思えない。
むしろ、病が移ることを恐れて、敬遠しているように見える。
だから、決して衛生的とは言えないこの状況で、シュテンからなんの臭いもせず、虫も涌いていないというのは、何か不自然だった。

 ファフリは、話し込むトワリスとユーリッドを横目に、息もできず、横たわるカガリとシュテンを見つめていた。

 間宿で闇市を訪れた時にも感じた、哀しさに似た何かが、胸に込み上げてくる。
こんなほの暗い世界は、見たことがなかったし、聞いたこともなかった。
十六年間、国の頂点となるべき次期召喚師として生きてきたのに、全く知らなかったのだ。

「……ひどいわ、こんなの」

 気づくと、その思いが口を突いて出ていた。
ファフリは、こちらに振り向いた二人を見つめて、か細い声で言った。

「……どうして、お父様は動かないのかしら。こんな恐ろしい病気、放っておいて良いはずがないのに」

 ユーリッドが、俯いて言った。

「トルアノについては、文書が届いてないって可能性もあるけど……。でも、少なくとも南大陸でこの病が流行っていることは、ノーレントにも知れ渡っているし、なんの対策もとろうとしてないっていうのは、実際おかしいよな」

「ええ……。治療法が、見つからないのかな」

 目を伏せて、悲しそうに言ったファフリに、トワリスは冷静に告げた。

「医師や兵団を、南大陸に派遣してすらいないんだ。治療法を見つけようともしてないって可能性が高い」

 ファフリが、はっと顔をあげる。
トワリスは、声もなくこちらを見つめてくるファフリに、淡々と返した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.130 )
日時: 2016/02/20 17:29
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「……見離そうとしてるのかもしれないよ。ハイドットのこともあるから、南大陸を棄てるようなことはないだろうって思ってたけど、想像以上にハイドットは王都周辺で普及しているみたいだし……。なるべく、病の蔓延は南大陸だけに留めて、極力被害を拡大しないようにと考えてるのかも」

「なっ……でも、南大陸に住んでる獣人だっているんだぞ?」

 目を見開いて声をあげたユーリッドに、トワリスは視線を移した。

「そうだろうけど、こんなのよくある話じゃないか。原因不明の奇病を、一から調査して解明しようだなんて、簡単に出来ることじゃないんだ。それに、南大陸に兵団がいなくなった理由も、こういった背景が原因だと考えれば──」

「そんなはずないわっ!」

 トワリスの声を遮って、ファフリが声を荒げる。
驚いて、弾かれたようにこちらを向いたトワリスを見つめながら、ファフリは深く息を吸って、続けた。

「そんなはず、ないわ……。だってお父様は、何よりも国民を想ってる方ですもの……。ご自分の命よりも、家族よりも、ミストリアを大切に考えてる。だから……」

 声を震わせて言ったファフリの言葉に、トワリスは、胸の中に強い後悔が沸き上がってくるのを感じた。
つい考えもなしに言ってしまったが、この国の王と言えば、ファフリの父親である。
自分の命を狙っているとはいえ、父親を貶(けな)されるというのは、ファフリにとって気分の良いものではなかったのかもしれない。

「……ごめん、ファフリ」

 謝罪したトワリスを一瞥して、ユーリッドは、ファフリを見た。
ファフリは、トワリスに対して何か返事をしようとはしなかったが、彼女を責めたことを悔いているような、複雑な表情を浮かべている。

(ファフリは、陛下をかばうんだな……)

 なんとなく、そう疑問に思った。
娘を役立たずだと殺そうとしている相手でも、かばうだなんて、ファフリらしいといえばファフリらしいが、何故だか違和感は拭えない。
少なくとも、ユーリッドの中では、リークスを恨む気持ちの方が、ずっと大きかった。

 ファフリは、しばらくの間黙ったままでいたが、やがてトワリスとユーリッドを交互に見ると、小さな声で言った。

「ご、ごめんなさい、感情的になって……トワリスは、悪くないわ」

 ファフリは目を閉じ、己の肩を抱いた。
そしてぶるりと震えると、微かに目を開いて、再びカガリとシュテンを見た。

「……私は、次期召喚師なのに、何もできないのね。それどころか、つい最近まで、ミストリアはお父様に守られた平和で安全な国だなんて、思い込んでたわ」

 ぽつりと呟かれたその言葉に、トワリスもユーリッドも、何も返事ができなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.131 )
日時: 2016/02/20 17:33
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 その沈黙が、肯定の意味に聞こえて、ファフリは余計に悲しくなった。

 分かっていた。
トワリスやユーリッドには、返事のしようがないことなど。
結局、リークス王に追われる身では、どうすることもできないのだ。

 ファフリは、壁にかかっている燭台を見て、そちらのほうに静かに手を伸ばした。

「せめて……もっと暖かくて明るい部屋にしてあげればいいのに……。こんな寒くて狭い部屋じゃ、カガリさんもシュテンさんも、可哀想よ」

 そうして、ファフリが微かに魔力を放出させると、ぽわっと燭台の炎が強まる。
──と、その時だった。

 だんっ、と凄まじい音がして、突如黒い影のようなものが、ファフリ目掛けて跳ね上がった。
咄嗟に反応したユーリッドは、その影の姿をとらえられないまま、ファフリの前に立つと、すんでのところで影を鞘(さや)で殴り付けた。

 石床に叩きつけられた影が、ゆらりと立ち上がるのを睨みながら、対峙(たいじ)する。
その瞬間、ユーリッドは驚愕して、一瞬動けなかった。

 その影は、先程まで微動だにしていなかった、シュテンだったのである。

 シュテンは、もはや骨格に近い身体で、再びユーリッドに襲い掛かってきた。
ユーリッドは、反射的にシュテンの懐に潜り込むと、拳で鳩尾(みぞおち)をついたが、拳はずぶっとシュテンの腹部に沈む。
まるで、内臓の隙間に直接手を突っ込んだような感覚だった。

 驚いたユーリッドが、一瞬怯んだ瞬間に、シュテンは信じられぬ身軽さで宙に飛び上がると、ファフリに向かって身体の向きを変える。
ファフリは、咄嗟に震える指先を翳(かざ)して、魔力を練り上げようとしたが、焦りからか頭が真っ白になって、呪文を紡ぐことが出来なかった。

 獣人というより、もはや獣そのもののような唸り声をあげて、シュテンはファフリに飛びかかる。
ユーリッドは、瞬時に方向転換すると、思い切り床を蹴りあげて、シュテンの頭を再び鞘で打った。

 力の加減は、あまりできなかった。
場合によっては、死んでしまうかもしれないような力で、頭部を打ったのだ。
少なくとも、脳震盪(のうしんとう)を起こしてシュテンは動けなくなるだろう。

 そう踏んで放った攻撃であったのに、刹那、ユーリッドは、あまりの出来事に、言葉を失った。
壁まで吹っ飛ばされたシュテンは、打たれた衝撃で歪んだ頭蓋を起こして、何事もなかったかのように立ち上がったのである。

「なっ、なんで……!」

 慌てたように後退して、ファフリをかばうように立つ。
鳩尾を殴られ、頭部も歪むほど打ち付けたというのにまだ動けるなんて、生き物とは思えなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.132 )
日時: 2016/03/16 01:42
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 同じく、何が起きているのか理解できずにいたトワリスは、しかし、満身創痍の状態で身を起こしたシュテンに既視感を覚えて、目を見開いた。

(サーフェリアにいた獣人と同じ……!)

 虚ろな目、痛みを感じていないかのような動き。
横たわっている時では確信できなかったが、今のシュテンは、まさしくサーフェリアに襲来した獣人と同じ様だった。

 一体、何がシュテンを起き上がらせたのだろう。
トバイやカガリの母は、確かに、普段はほとんど動かないのだと言っていた。
それなのに、彼が突然、こんなにも凶暴化した原因はなんなのか。

 必死になって頭を回転させていると、ふと、ルーフェンの言葉を思い出して、トワリスは瞠目した。
そして、先程ファフリが炎を強めた燭台を一瞥すると、叫んだ。

「ファフリ! 魔力を抑えて!」

 びくっと反応したファフリが、高めていた魔力を収束させる。
それと同時に、トワリスが魔力を放出させると、途端に、シュテンがぎろりとこちらを睨んで飛びかかってきた。

(やっぱり……!)

 予想通りの事態に、トワリスは燭台の火を消して投げ捨てると、向かってきたシュテンと対峙した。
シュテンは、凄まじい早さで跳ね上がると、鋭い爪を立ててこちらに突っ込んでくる。
トワリスは、あまりの攻撃に、身を捩って避けるのが精一杯だった。

 シュテンが勢いそのままに、壁に激突したのを確認すると、トワリスは双剣を構えた。

「こいつ、魔力に反応してるんだ! ファフリ、魔術は使わないで」

 そう言い放つと、ファフリはこくこくと頷く。
ユーリッドは、トワリスのほうに駆け寄ると、抜刀せずに鞘を構えた。

「どうなってるんだ、全然攻撃が効かないぞ」

 信じられないといった声音でそう言うと、同じく切迫した声で、トワリスが返した。

「中途半端な攻撃は効かないんだ。やるなら、私が魔術で一撃で殺すしか……」

「こ、殺すって……」

 戸惑ったように返事をして、ユーリッドは眉を寄せた。
そんなことを言っても、あくまでシュテンはトルアノの住人なのだ。
殺すことはもちろん、傷つけることですら、躊躇うに決まっている。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.133 )
日時: 2016/01/28 23:33
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: 3KWbYKzL)


 額に汗が滲んで、ぐっと剣を握りしめたとき。
殺気とは違う、恐怖に近い何かを感じて、ユーリッドとトワリスは同時に振り返った。

 シュテンとは別の影が、トワリスの方へ突進してくる。
──カガリだ。

 トワリスは、危ういところで後ろに反転すると、カガリの爪を避けた。
しかし、着地した瞬間、背後からシュテンの鋭い蹴りが入り、背中に激しい衝撃がくる。

 息の詰まるような痛みに、思わずその場に踞(うずくま)った。
ユーリッドは、そのままトワリスに殴りかかったシュテンに、回し蹴りを放ったが、今度はユーリッドの足元からカガリの腕が伸びてきて、その手がユーリッドの首を掴む。

 ユーリッドは、渾身の力を込めてカガリの腕を両手で絞り上げると、先程シュテンを蹴り飛ばした方向に、カガリを投げつけた。

 げほげほと咳き込んで、ユーリッドは、躊躇いがちに剣を鞘から引き抜こうと、手をかけた。
カガリやシュテンを、殺したくはない。
しかし、このままでは埒があかない。

 関節が変に折れ曲がったまま、尚も操り人形のようにシュテンとカガリが起き上がった瞬間、石室の扉が開いて、トバイとカガリの母が入ってきた。

「へ、兵士様、どうなさったんですか? なにかすごい物音が……」

 驚いたようにそう言って入ってきた二人は、扉の近くにいたファフリ、そして奥のほうにいるトワリスとユーリッドを見た後、最後に、豹変した様子のシュテンとカガリに視線をやって、瞠目した。

「カ、カガリ……?」

 カガリの母が、掠れた声で問いかける。
何も見えていないような血走った目で、牙を向くカガリは、もはや化け物だとしか言い様がない。

 ぎろりと、カガリの顔がトバイと母のほうに向いた時、ファフリは、心臓が止まりそうなほどの恐怖を感じた。
しかし、トワリスとユーリッドは、入口とは離れたところにいる。

「部屋から出てっ!」

 トワリスの叫び声が聞こえた刹那、ファフリは、震えた足で石床を蹴りつけると、硬直しているトバイとカガリの母を、力一杯扉の外へ押しやった。
だが、矢の如く襲い掛かってきたカガリの爪は、振り返った時には、既に喉元まで迫っていた。

 死──。
その一文字が脳裏を過った瞬間、ぎゅんっと大気を割く音がして、生暖かい何かが、ファフリの身体に降りかかった。
同時に、ぼたりと何かが落ちる音がして、恐る恐る目を開けると、頭から刀身を生やしたカガリが、石床の上でびくびくとのたうっているのが見える。
ファフリの身体についたのは、カガリの血だった。

 ユーリッドが、咄嗟にカガリに向かって、剣を投げたのである。

 頭を貫かれたカガリは、流石に、すぐには起き上がらなかった。
その隙に、トワリスは壁の燭台を二つ取ると、一つはカガリに、もう一つを壁際にいたシュテンに投げつけて、瞬時に魔力を高めた。

 炎がばっと勢いを増して、カガリとシュテンは微かに悲鳴を上げたが、すぐに灰になった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.134 )
日時: 2016/02/20 17:38
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 カガリの母は、目の前で息子が燃えていく様を、呆然と見ていた。
最初は、戸惑いと混乱に満ちた表情を浮かべていたが、やがて、残ったのが灰とユーリッドの剣だけになると、瞳の奥に深い絶望の色を滲ませた。

「カガリ……?」

 か細い声で呟いて、ゆっくりと顔を上げる。
その色を失った瞳と目が合って、ユーリッドは、動けなくなった。

「あ……」

 声が出て、ユーリッドは、一度自分の手を見てから、灰になったカガリを見た。
カガリの頭を貫いたのは、自分だった。

「お、俺……」

 胸に、ぞわりと冷たいものが込み上がってくる。
ふらりと立ち上がったカガリの母から、目が離せなかった。

「な、何で、兵士様……。息子を……」

 カガリの母は、ぽつりと呟くと、ファフリを押し退けてユーリッドの剣を見た。
そして、その柄に入った紋様を見て、言った。

「……違う……。兵士様の……兵団の剣じゃない……」

「え……?」

 その言葉には、トバイも思わず身を乗り出す。
ユーリッドは、全身に冷たい汗がどっと噴き出してくるのを感じた。

「どうして……貴方達、兵士様じゃないの……?」

 カガリの母は、そう言いながらユーリッドを見つめると、瞳の色を怒りに変える。
ユーリッドは、何も言うことができず、ただその場に立ち尽くしていた。

「この……っ、よくも、カガリを……!」

 ユーリッドの剣を両手で持つと、カガリの母は、悲痛な叫びをあげてユーリッドに切りかかる。
拙い剣捌きだったが、ユーリッドには、避けられる気がしなかった。

 トワリスは、動く気配のないユーリッドを見て、咄嗟に前に出ると、向かってきたカガリの母のうなじに手刀を叩き込んだ。

 気を失ったカガリの母が、石床に崩れ落ちる。
次いで、トワリスは置いていた荷物を背負い、素早く剣を拾ってユーリッドに押し付けると、早口で言った。

「逃げるよ」

 ユーリッドは、反応しなかった。
目を見開いまま、微かに手を震わせて、じっとカガリの母を見ている。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.135 )
日時: 2016/02/04 10:29
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: PNMWYXxS)


 トワリスは、小さく舌打ちすると、ぱんっとユーリッドの頬を平手打ちした。

「ユーリッド!」

 その鋭い声音に、ユーリッドが、はっとトワリスを見る。
それを確認すると、トワリスはユーリッドの手を強引に引き、ファフリにも声をかけて、腰を抜かしたままのトバイの脇を通り石室から走り出た。

 石室の中が暗かったせいか、外に出ると、ぽっかりと夜空に浮かぶ月の明かりですら、ひどく眩しく感じる。

 三人は、石室から飛び出して、周囲に獣人がいないか見回すと、内郭の壁際まで走った。
それから、トワリスは腰に装備してある鉤縄を手にすると、慣れた手つきで荷物を自分の身体に巻き付ける。

「こ、これからどうするの……?」

「トルアノから逃げるよ。このままじゃ私達、兵士と偽って病人を殺した殺人犯だ」

 まさか、諸々の事情をトルアノの町民たちに説明して、誤解を解くというわけにもいかないし、今は逃げるしかないだろう。

 トワリスは、内郭の高さを目測しながら、早口で言った。

「ユーリッド、私は荷物を持つから、あんたはファフリを背負って」

「…………」

 ユーリッドから、返事はなかった。
トワリスとファフリが彼のほうに振り返ると、ユーリッドは、未だ混乱した様子で放心している。
一般の国民であるカガリを刺したことに、動揺しているのだ。

 トワリスは、ぎゅっと拳を握りこんでから、ユーリッドの胸倉を掴み上げた。

「しっかりしなさい! 奇病について調べたいって言ったのも、カガリを殺したのもあんたじゃない、私だ! それに、あんたがカガリに剣を投げなきゃ、ファフリが死んでたんだ。狼狽えてるんじゃない……!」

 そう強く怒鳴り付けて、トワリスは勢いよく手を離す。
すると、ユーリッドは、辛そうに表情を歪めて、黙ったままうつむいた。

 ファフリは、そっとユーリッドの肩に手を置くと、柔らかい声で言った。

「……ユーリッド、私のこと、守ってくれてありがとう。……ごめんね」

 ユーリッドは、ゆっくりと顔を上げると、しばらくファフリの顔を見つめていた。
しかし、やがてきつく唇を噛むと、大きく息を吸った。

「ごめん……」

 ユーリッドはそう言うと、ファフリを横抱きにして抱えた。
それに対し、トワリスは頷きを返すと、鉤縄の鉄鉤(てつかぎ)を内郭の頂上へと放った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.136 )
日時: 2016/03/02 17:03
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

  *  *  *


 ミストリアの国王、召喚師リークスの御座(おわ)す玉座の間には、その両側の壁面に沿ってびっしりと、数多くの兵士達が配置されていた。
また、入り口に二人、玉座の御簾(みす)の手前にも一人、手練れの兵士を置いており、まさに虫一匹の侵入も許さぬような、厳戒体制をとっている。

 だが、部屋の真ん中に突如として現れたその侵入者に、対応できた者は、誰一人として存在しなかった。

 御簾の向こうに、ミストリアの宰相キリスと共に座っていたリークスは、まるで床から湧いたように現れた侵入者の気配を、いち早く感じ取った。
しかし、侵入された時点で大失態だったというのに、気づいた頃には、もう遅かった。

 部屋の中心に現れた、獣人ではない侵入者に、兵士達は驚いたが、すぐさま各々の腰の剣を抜き放ち、一斉に斬りかかった。
──が、その剣先が侵入者に届くことはなく、次の瞬間、その場にいた全ての兵士が、同時にのけぞって倒れこむ。
そして、びくびくと痙攣を起こし、もがくように手足を宙で動かすと、やがて、口から泡を噴き出して死んだ。

 唯一、斬りかかることなく、リークスの側に控えていた兵士──ミストリア兵団の副団長は、その一瞬にして起きた地獄絵図のような光景に、思わずたじろいだ。
しかし、剣を構えると、円状に積み重なる兵士達の屍の中心にいる侵入者を、きつく睨んだ。

「貴様、何者だ!」

 侵入者は、その薄い唇に笑みを刻むと、長い漆黒の髪を揺らして、副団長の方を見た。

「……汚い口で騒ぐな、礼儀を知らぬ獣人如きが」

 男とも女ともとれぬ、中性的な声で言う。
次いで、侵入者は、その血の気のない指先を副団長に向け、ふいと空を切るように動かした。

 その、次の瞬間。
副団長は白目をむくと、自分の脳天に、自ら剣を突き刺した。
そのままどしゃりと崩れて死んだ様を見て、侵入者は嗤う。
それから、続けて何かを払うように手を動かすと、リークスの前に垂れていた御簾が吹っ飛んだ。

 ひいっ!と情けない声をあげて、脇に控えていたキリスが飛び退く。
リークスは、玉座からすっと立ち上がると、その鳶色の目を細めて、侵入者を見据えた。

「……貴様、闇精霊か。何故ミストリアに来た」

 太く、怒りのこもった声音で問いかける。
侵入者は、それに対して不愉快そうにリークスを見上げると、苦々しげに呟いた。

「……なんと、のう。口の利き方も知らぬとは。下衆(げす)の上に立つ者は、結局下衆ということか」

 その言葉に、リークスはこめかみに青筋を浮かべた。
兵士達を悉(ことごと)く惨殺された挙げ句、ここまで愚弄されたとなると、本来ならば一瞬で消し去ってやりたいところだ。

 だが、その時リークスは、何も言えなかった。
この侵入者と自分の間に、かつて感じたことがないほどの、圧倒的な差があると確信していたからだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.137 )
日時: 2017/05/08 20:00
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 召喚術を完全に己のものとしていた頃ならば、まだ歯向かう気概があったかもしれない。
だが、今のリークスは、次期召喚師である娘、ファフリに召喚術の才が多少なりとも渡ってしまっているが故に、力が万全な状態ではないのである。

 リークスが沈黙したままでいると、侵入者はそれを鼻で笑ってから、ふと、足元で死んでいる兵士から剣を取り上げた。
黒光りする刀身のそれは、ハイドットの剣である。

 侵入者は、それを手に持ち、高く掲げると、一気に魔力を放出した。

「……ほう、魔力を吸収するというのは、真実であったか」

 侵入者の魔力を、ハイドットの剣はどんどんと吸い上げていく。
それに伴い、周囲に転がっていた他の兵士のハイドットの剣も、まるでその強大な力に誘われるようにして、かたかたと震えながら侵入者の方へと吸い寄せられていった。

 侵入者は、満足そうに笑みを浮かべると、放出していた魔力量を更に増加させた。

 空気が振動するほどの、莫大な魔力。
きーんと耳鳴りがして、キリスが思わず身を縮めたとき。
甲高い金属音がして、侵入者の握っていた剣が砕けた。

「……吸収できる魔力量には、限度はあるのか」

 そう呟くと、侵入者は、残った剣の柄を投げ捨てる。
キリスは、その様子を信じられないといった思いで、見つめていた。

 侵入者は、リークスに向き直ると、長い袖を口元に当てて言った。

「ミストリアの王よ、此度はこの魔力を吸う剣について、話があって参ったのだ。この剣を作り出している地へ、我を案内せい」

 リークスは、それを聞くと、怪訝そうに眉を潜めた。

「……ハイドットの武具は、我がミストリアの南大陸で造られたものだが、もう二十年以上前に精錬は中止させている。もうこのノーレント周辺にしかないはずだ」

「二十年前だと?」

 侵入者は、それを聞くと、突然からからと声をあげて笑い始めた。
そして、実に可笑しそうに口元を歪めると、すっと目を細めた。

「愚かな王よ、そなたの目と耳はどこについている」

 キリスが、その言葉にぎくりと反応する。
それを見ると、侵入者は楽しそうに再び笑って、続けた。

「まあ、よい。そちらの男の方が、真実を知っておるようだ。後々尋ねてみるがいい。……とにかく今は、我をその南大陸とやらに案内しろ」

 リークスは、焦ったように震えているキリスを、ぎろりと睨んだ。
だが、その時点では何かを言うことはなく、再び侵入者のほうに視線を戻すと、はっきりと言った。

「……何故貴様がそのようなことを申すのかは知らんが、それは出来ぬ。私はミストリアの守護者だ。ここを離れるわけにはいかぬ」

 侵入者は、それを聞くと、橙黄色の瞳でリークスをじっと見つめた。
次いで、己の周りに散乱する獣人の兵士達の屍(しかばね)を見回すと、また最後にリークスを見て、言った。

「……では、そなたがこの城に戻るまで、我が兵にこの城を守らせよう」

「兵だと?」

 眉根を寄せたリークスに、侵入者は笑みを向けると、唱えた。

「汝、苦闘と貧困を司る地獄の侯爵よ。
従順として求めに応じ、可視の姿となれ。
──ガミジン……」

 詠唱が終わるのと同時に、侵入者の影から漆黒の馬が飛び出した。
黒い煙のような馬は、一つ嘶(いなな)いて霧散すると、霧となって散乱した兵士の屍を包み込む。

 刹那、まるで見えない糸で上に引かれたように、死んだはずの兵士達が立ち上がった。

 兵士達の顔は青白く、生気がない死体そのもののようだったが、彼らはゆらゆらと揺れながらもその足で立ち、手にはしっかりと剣が握られている。

 言葉もなく呆然としているリークスとキリスに、侵入者は言った。

「我が死者の兵は、この世で最も忠実で強い。感情もなく、死ぬこともないからのう。こやつらならば、そなたが戻るまで、必ずこの城を守ってくれよう。どうだ、これで文句あるまい?」

 リークスとキリスは、尚も、何かを口に出すことができなかった。
それどころか、この突如現れた侵入者の雰囲気に飲まれて、指一本動かすことができなかったのだ。

 キリスはともかく、リークスにとっては、こんな経験は初めてであった。
この侵入者は、瞬く間にこの玉座の間を邪悪な魔力で満たし、異様な空間に変えてしまったのである。

 立ちすくむ二人の様子に気づいたのか、侵入者は、楽しげにくつくつと笑った。

「何を驚いている。まさかそなたら、未だに我の正体が分からぬとでも言うつもりではあるまいな」

 侵入者は、底光りする目を二人に向けると、唇で弧を描いた。

「我が名はエイリーン。アルファノルの召喚師にして、闇精霊の王。『忘却の砦』の主であるぞ──……」


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.138 )
日時: 2016/02/17 22:33
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: oN2/eHcw)

†第三章†──永遠たる塵滓
第二話『慄然』

 
 午後の日が暮れ始めた頃。
ユーリッド、ファフリ、トワリスの三人は、ようやく足を止めた。

「はあ、流石に疲れたな……」

 額の汗を拭いながら、トワリスが固まった足首を回す。
ファフリも、本当に棒になったのではないかという脚を伸ばしながら、地面に崩れ落ちた。

 もし、トルアノの町民たちが追いかけてきていたら、という不安もあったし、トワリスやユーリッドに比べて荷物を軽くしてもらっている手前、疲れたから休みたいなどと、自分から言うことは出来なかった。
しかし、こんな長距離を休むことなく歩いたのは初めてで、ファフリはもう限界であった。

 ふと見てみれば、ふくらはぎは擦り傷だらけで、革靴をはいているため見えないが、足の裏も肉刺(まめ)だらけだ。
一度座り込むと、脚がぷるぷると震えてしまって、しばらく立てないかもしれないと思った。

「大丈夫か?」

 ユーリッドが、心配そうにファフリの顔を覗きこむ。
ファフリは、震える脚をさすりながら、力なく笑って大丈夫だと告げた。

「……少し休もう。夜通し山道を歩いたし、関所もきっと目と鼻の先だ」

 ユーリッドがそう言うと、二人は賛成だと頷いた。

 トルアノを出て、もう一日近く経っている。
本当は他にも薬などを買うつもりだったのだが、カガリやシュテンとのことがあり、それどころではなくなったため、結局調達した食料や装備だけを持ち出す形となってしまった。

 未だに深い罪悪感は胸の奥に渦巻いていたが、なるべくそれを思い出さないようにして、ユーリッドは自分も地面に腰を下ろした。

 背負っていた荷物の中から、革の水筒と携帯食──米と魚の削り節を混ぜて固めたもの──を取り出すと、ユーリッドは、それらをトワリスとファフリに渡した。
水は重いため、そこまで大量には持ってこなかったから、途中でなくなってしまうかもしれないが、水ならば道中の川などで調達できるだろう。

 ファフリは、水を一頻(ひとしき)り飲んだところで、携帯食を見て、顔をしかめた。

「私、食べられそうもないわ……」

 食欲がないの、と続けて、お腹に手をやる。
トワリスとユーリッドは、それぞれ食べていた手を止めると、顔を見合わせた。

「多分、疲れすぎて空腹を感じてないんだよ。食べたくない気持ちは分かるけど、これからもっと厳しい旅になるし、無理にでも食べた方がいいよ」

 トワリスは、ファフリを見ながらそう言った。

「……そ、そうだよね……でも、今食べたら、吐いちゃいそう」

 ファフリは、携帯食を口元に近づけ、離してからそう呟いた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.139 )
日時: 2016/02/20 22:15
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: 3KWbYKzL)


 ユーリッドは、そんな彼女の隣に座りこむと、荷物から別の頭陀袋(ずだぶくろ)を取り出し、その中からコルの実を出すと、ファフリに渡した。

「じゃあ、これなら食べられるんじゃないか? 甘いし、水気もあるから」

 気乗りしないといった面持ちで、コルの実を見つめていたファフリだったが、おずおずとユーリッドから実を受け取ると、それを口に含んで、驚いたように顔をあげた。
前に間宿で食べたときより、ずっと美味しく感じたからだ。

 コルの実の、果汁たっぷりな、それでいてべたつかないさわかな甘味は、身体の芯まで染み渡るようだった。

「……おいしい」

 ファフリがそう言うと、ユーリッドは嬉しそうに笑った。

「コルの実は、疲れたときに食べるとすごく甘く感じるんだよな」

「うん、本当に。これなら食べられるわ」

「だろ? トワリスも、一個食べるか?」

「ああ、じゃあもらうよ。ありがとう」

 ユーリッドは、トワリスにも一つ、コルの実を投げてよこした。
コルの実は、掌にちょうど入るくらいの大きさで、かじってみると、確かに爽やかな甘さが、疲労した身体に心地よい。

 ミストリアとサーフェリアでは、果実の種類なども大きく違っているようだが、このコルの実は、味だけで言えば、サーフェリアの林檎に近かった。

「本当、確かに美味しい」

 そう感想を述べると、ユーリッドが少し驚いたように言った。

「トワリス、コルの実を食べたことなかったのか?」

「……うん、はじめて食べたよ」

「そうなのか。ノーレント、というかミストリアの中心部なら、コルの実っていうと、旅の必需品みたいなものなんだけど……」

 自分もコルの実をかじりながら、ユーリッドは続けた。

「トワリスって、旅慣れしてる感じはあるのに、意外と世間知らずだよな」
 
 その言葉に、トワリスは思わずぎくりとしたが、曖昧に笑みを浮かべて誤魔化した。
北の田舎の出だと適当な説明をしたが、それにしても、ミストリアの常識を知らなさすぎるということだろう。
だが、今更、本当は国外から来たんだよ、なんていうのは、どうにも言い出しづらかった。

「でも、頼りになるから、すっごく助かってるよね」

 ユーリッドに次いで、嬉々としてファフリが言った。
トワリスは、いやいや、と手を顔の前で振る。

「別に、そんな大したことはしてないよ」

「いや、ファフリの言う通りだよ。トワリスがいなかったらってこと、何度もあったし」

 ユーリッドは、少し恥ずかしそうに頭をかきながら、トワリスに向き直った。

「ほら……昨日も、ありがとうな。俺が、カガリさんのことで落ち込んでたとき。あのとき、ガツンと言ってくれて、本当に助かったよ」

 それに対し、トワリスは苦笑すると、肩をすくめた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.140 )
日時: 2021/04/12 23:38
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)

「いいよ、あれは。誰かを殺すっていうのは、慣れるものでもないんだろうし。……でも、急に放心するのは勘弁ね」

「ああ、悪い」

 和やかな雰囲気も織り混ぜて、トワリスが言うと、ユーリッドは申し訳なさそうに謝った。
そして、表情を切り替えると、ユーリッドはぐっと拳を握って見せて、力強く言った。

「トワリスは、なんか男らしくてかっこいいよな!」

 その瞬間、傍らで、ファフリがぴしりと固まる。

「ユーリッド! それ全然褒め言葉になってないよ」

「え? なんで?」

 ファフリは、焦ったように、ユーリッドの袖をぐいと引っ張った。

「他にも褒めるところ、沢山あるでしょう? 例えば、料理もできて女の子らしいね、とか」

「ええ? 今、料理の話とか全然関係ないだろ」

「女の子は、男らしいって言われるより、女らしいって言われる方が嬉しいんだから、いいの!」

 耳打ちしてはいるが、丸聞こえな二人の会話に、トワリスはくすくすと笑った。
それに気づいたのか、ファフリが慌てた様子で首を振る。

「あっ、お世辞とかじゃないよ? 本当にそう思ってたの。ほら、トワリスってぱぱっとご飯とか作ってくれるし……。私なんか、お料理なんて全然したことなかったから、トワリスすごいなぁって」

 どうやらファフリは、トワリスが、先程の褒め言葉をユーリッドの発言を塗り替えるためのお世辞だと勘違いしないように、説明してくれているらしい。
その必死な様子が可笑しくて、トワリスの中で、益々笑いがこみあげてきた。

 ユーリッドも言いなさい、とでも言いたげに、ファフリが目配せすると、ユーリッドは、相変わらず能天気な笑顔を浮かべて、言った。

「トワリスのご飯は、確かに美味しいよな! ファフリと二人だったときは、俺が作ったりしたけど、俺は同じようなのしか作れないからさ。これからどうしようかなあって、思ってたんだよ」

 ファフリが、便乗してうんうんと頷く。

「魔術は使えるし、戦えるし、料理もできるし……トワリスは何でもできちゃうのね。そういうの、小さい頃に覚えたの?」

「うん、まあ……そうだね」

「でも、ミストリア兵団とは関係ないんだろう? トワリスくらい強いなら、兵団でもやっていけると思うんだけどな」

 ユーリッドは、にししと笑って、そう言った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.141 )
日時: 2021/04/12 23:39
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)

 ユーリッドもファフリも、きっと純粋な興味で、尋ねてきているのだろうと思う。
その証拠に、ユーリッドなんかは特に、トワリスが素性を聞かれると言葉を濁す傾向にあるのを知っているから、深いところまでは絶対に聞こうとしない。
その二人の気遣いが、最近、有り難くもあり、少し歯がゆいとも思うようになった。

 実際、全く知らない相手と旅をするというのは、ユーリッドやファフリだって不安だろうし、真実を話したところで、この二人なら案外素直に受け止めてくれる気がしていた。
正直なところ、話しても良いとは思っているのだ。
自分が、本当はサーフェリアから来たのだということを。

 トワリスは、別に二人のことを警戒して、素性を話さないわけではない。
ただ、二人にこれ以上、重荷になるような話はしたくなかったし、実は他国から来たんです、なんて突拍子もないことは、夢物語のようで少々話しづらいというだけだ。

 トワリスは、笑いをおさめてから二人を見ると、軽い口調で言った。

「二人とも、急にどうしたの? そんなに褒めたって、何も出ないよ」

 それから少し視線を外して、さわさわと揺れる木々の葉を見る。

 一番良いのは、うまくミストリアの話に置き換えて、誤魔化しつつ二人の興味に応えられることだ。
しかし生憎、自分はそこまで器用ではない。
昔から嘘をつくのは向いていないと言われてきたが、どうやらそれは、本当だったらしい。

 トワリスは、訥々とつとつと呟いた。

「そうだなあ……剣の扱いとかは、兵団ではないんだけど、やっぱり似たような感じで、そういう訓練を受けて覚えて……。それ以外のことは……」

 そうして言葉を紡いでいくと、面白いくらい鮮明に、昔の思い出が蘇ってくる。
その時見たことや、感じたことまで、こと細かく。
案外、どうでも良いことというのは、記憶に残るものなんだと、トワリスは苦笑した。

「……料理は、十二とか十三の時に、自分で覚えたんだよ。他の人が作ってるところを、盗み見たりしてね」

 そう言うと、ファフリは目を瞬かせた。

「十二や十三? すごいね、そんなときから。お料理に関心があったの?」

「うーん……そういうわけでも、なかったんだけど」

 じゃあどうして、と、ファフリが不思議そうな顔をする。
当たり前だ。ここまで言われたら、気になるのは当然だろう。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.142 )
日時: 2021/04/12 23:42
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)

 トワリスは、懐かしそうに目を細めた。

「友達に、料理とか裁縫とか、そういうのが得意な子がいるんだ。一時期、その子と一緒に住んでたってのが、大きいかな。あとは、私の上官っていうか、昔馴染みっていうか……まあそういう人がいるんだけど。小さい頃、その人にすごくお世話になってね」

 話し始めると、その時のことが、更に頭に呼び起こされてきた。

「私は、その人に恩返しがしたくて……色んなことを勉強したり、覚えたりしたんだ。でもその人は、憎たらしいくらい何でも一人でやってしまう人だから、私が出る幕なんてなくてね。けどその人、油断するとすぐ不摂生になるし、自炊するような生活もしてないから、それなら、私が料理を覚えようって思ったんだ」

 微かに笑いを含んだ声で、トワリスは続けた。

「信じられる? その人、卵割ってって言ったら、包丁で割ろうとしたんだよ?」

 これには衝撃だったらしく、ユーリッドとファフリは、目を丸くして、ぷっと吹き出した。

「ははっ、なんだそれ! ひどいな!」

「私だって、さすがに卵は手で割るよ」

 トワリスは、大きく頷いた。

「でしょう? 浮世離れしてるから、一般常識がないんだよね。他にも、果実の皮を剥かせたら、実の部分はほとんどなくなるし、そもそも、剣は多少使えるのに、包丁の使い方は何故か壊滅的なんだよ」

 楽しげに笑うユーリッドとファフリを見て、トワリスもつられて笑う。
二人の、こんなに子供らしい笑顔を見たのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 トワリスは続けて、身ぶり手振りをつけながら、こう言った。

「せめて最低限の生活は送れるように、一品くらいは作れた方がいいですよって言ってるのに、そんな調子で全くできない。それで私が、やる気がないんでしょうって怒ると、へらへら笑いながら、『トワは分かってないなぁ。これで俺が、料理まで完璧に出来ちゃったら、皆嫉妬しちゃうでしょ?』とか言うの」

 ファフリは、ふふっと笑みを溢して、トワリスを見た。

「トワリスがそんなに嬉しそうに言うなんて、すごく面白い獣人ひとなんだね」

「……面白いっていうか、滅茶苦茶だよ。我儘だしうるさいし……。……器用に見えるけれど、本当は、ものすごく不器用な人なんだ」

 トワリスは、呆れたように、けれどどこかほっとしたような面持ちで、呟くようにそう言った。

「上官って言ってたけど、それならトワリスは、そいつの命令で南大陸の奇病について調べにきたのか?」

 ユーリッドの問いに、トワリスは、すぐには答えなかった。
少し逡巡して、差し当たりのない言葉を選ぶと、返事をした。

「……いや、命令してきたのは別で、その人には、むしろ止められたんだけど……。でも、大変な任務だからこそ、もし成功させたら……少しは頼りにされるかなと思って」

 懐かしそうに目を伏せて、トワリスは、しゃくりと一口、コルの実をかじる。
ユーリッドは、明るい声で言った。

「トワリスなら、成功するさ。南大陸に行ったら、宛のある旅ってわけじゃないし、俺たちも手伝うからさ」

「うん。力になれるかは分からないけど……奇病のことは、私達も気になるしね」

 穏やかな声で言ったユーリッドとファフリに、トワリスは、ありがとう、と言って微笑んだ。
それに柔らかく笑みを返して、だが、少しだけ寂しそうな声音で、ファフリは言った。

「トワリスは、早く故郷に帰れるといいね。きっと、皆心配してるもの」

「……うん。そうだと、いいんだけどね」

 苦笑混じりに言ったトワリスを、ファフリは一瞥した。
トワリスは、どこか不安そうにうつむいて、ぼんやりとしてた様子で、握っている実を見つめていた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.143 )
日時: 2016/03/08 21:11
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: iXLvOGMO)


 全員がそれぞれに食事を済ませると、ユーリッドは、多少軽くなった荷物を背負い直して、立ち上がった。

「そろそろ行けるか? 多分、関所まではあとちょっとだから」

 そう告げると、他の二人も立ち上がる。
ファフリは、まだ少し疲れた表情をしていたが、身体についた土埃をぱんぱんと払うと、大丈夫だと言う風に頷いた。

 三人はずっと、近道をすることと、目立たないようにすることを優先して、舗装(ほそう)された街道ではなく、山道を進んできた。
だから、ここからはまた少し、道なき道を行くことになるだろう。

 ユーリッドが先頭を立ち、その後ろにファフリ、最後にトワリスと並んで歩く。
険しい坂道や足場の悪い泥土の道は、どうしてもゆっくりとしか進めなかったが、それでも彼らは、ひたすら歩き続けた。

 やがて、完全に日が暮れ落ち、互いの顔さえはっきりとは見えないほど暗くなってきた頃、不意に、目の前が開けた。
ついに、正規の街道に出たのである。

 街道のすぐ先には、目的地である関所が建っており、三人は、ひとまず無事にたどり着いたことを喜んだ。
これでようやく、南大陸に渡ることができるのだ。

 しかし、関所に近づいたところで、ユーリッドは、ふと顔をしかめた。
関所が、まるで何年も放置された廃墟のように、荒れていることに気づいたからだ。

 均等に積まれていたであろう石壁は、何かに抉りとられたかのように崩れ、清掃もされていないようで、所々に砂や瓦礫が蓄積している。
唯一無傷と言える、頑丈な鉄扉を開けて中に入ってみると、本来いるはずの門衛の姿も、見当たらなかった。

 驚いて、絶句したまま関所の中を見回していると、トワリスが口を開いた。

「賊にでも襲われたって感じだね。少なくとも一月以上は、この状態で放置されてるように見えるけど……」

 ユーリッドは、痛んだ壁や床を見つめながら、腑に落ちない様子で返した。

「……でも、この関所は兵団が管理してる場所なんだ。賊が襲ってきたって、対処はできるよ。それに、一月以上誰も来てないなんて、この関所が兵団の管轄(かんかつ)から外されたとしか……」

 そこまで言いかけて、トワリスとユーリッドは、はっとファフリを見た。
ファフリは、沈んだ表情を浮かべて、口を閉じている。

 しかし、気まずい沈黙が三人を包むと、それを真っ先に破ったのは、ファフリであった。

「……お父様の命令で、関所を見捨てたのかな」

 ぽつりと呟かれた言葉に、トワリスとユーリッドが、顔をこわばらせる。
そうして再び訪れた静寂に、ユーリッドは、以前間宿の闇市で入手した通行許可証をひらひらと掲げると、無理矢理笑った。

「こ、この許可証も無駄になっちゃったな……はは」

「……うん、残念だね。あんなに苦労したのに……」

 ぼんやりと返ってきたファフリの言葉に、場の空気が更に凍てつく。
トワリスが、呆れたようにユーリッドを睨むと、ユーリッドは、申し訳なさそうに首をすくめて、苦々しい顔をした。

「……まあ、今日はもう遅い。野宿よりは関所内の方が落ち着ける。今晩はここで休もう」

 気を取り直して、トワリスがそう言うと、ユーリッドはそうだな、と返事をし、ファフリも頷いた。

 ユーリッドは、寝る支度をしている間も、ずっと不安げにファフリを見ていた。
その不安の奥には、悔しさのような、やるせなさのようなものも混じっていることに、トワリスは気づいていた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.144 )
日時: 2019/01/14 10:10
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
参照: https://twitter.com/icicles_fantasy/status/1051068376276070400

 突然ですが、今回は本編ではありません。
 この頁は、ミストリア編の序章〜第三章までの解説頁となります。
本編で描かれていない第四章以降の内容については触れていませんが、第三章までのネタバレを含んでいる(というかネタバレの塊)ので、ご覧になる際はご注意ください。
用語、登場人物に関する解説は>>1-2参照。
上記URLは、ミストリア編の人物相関図となります。

◆物語概要◆
 『悪魔』の召喚という高等魔術を操る唯一絶対の守護者、召喚師。
彼らは、世界に存在する四つの国——獣人の国ミストリア、人間の国サーフェリア、精霊の国ツインテルグ、闇精霊の国アルファノルに一人ずつ存在し、それぞれの国を統治していた。
 ある日、ミストリアの次期召喚師であるファフリは、召喚術の才が見出せないという理由から、父王リークスに命を狙われることとなる。
城を追われた彼女は、次期召喚師としての地位を捨て、ユーリッド、アドラと共に逃亡の旅に出ることを決意する。
しかし、その旅で彼女が目の当たりにしたのは、深まっていくミストリアの闇であった。

〜各国紹介〜
—生を司る東方の国—《ミストリア》
 獣人の住まう国。
 王都ノーレントのある北大陸は、温暖な気候も手伝って自然は豊かで、発展した土地となっている。
しかし、未開の土地である南大陸は、鉱山や砂地も含め荒地が多い。
 召喚師一族以外の獣人は、魔力を持たないため、魔導師は存在しない。
ただし獣人は身体能力が他種族よりも長けている。
 国の統治者は召喚師で、その下に宰相と教皇が仕える。軍事(兵団)は主に教皇の下につき、政治を行うのは宰相である。

—死を司る西方の国—《サーフェリア》
 人間の住まう国。
 王都シュベルテは大陸の中央に位置しており、四季がある。
大陸全体に街や村が広がっている。
 王都がアーベリトからシュベルテへと変わってからは、イシュカル教の信仰者が急増し、現在では四国で唯一召喚師を国王としない国となった。
 国の統治者は国王であり、第二の権力を持つのが召喚師と教会(大司祭)である。召喚師は、宮廷魔導師団と魔導師団、大司祭はイシュカル教団と騎士団を束ねており、大公以下の貴族たちが領主として土地を治める。政治を主に取り仕切っているのは執政官で、執政官の下には政務次官と事務次官、その更に下に官僚が勤めている。

—光を司る南方の国—《ツインテルグ》
 精霊の住まう国。
 王都ミレルストウに住むエルフ族が、最も優れた種族とされており、他にもドワーフ族等が暮らしている。
かつては小人族やオークといった種族も存在していたが、迫害されたため現在はいない。

—闇を司る北方の国—《アルファノル》
 闇精霊の住まう国。
 死霊の国とも言われ、生者は踏み込めないとされている。

◆年表——ミストリア編◆(S=サーフェリア M=ミストリア)
……【S歴1472年 M歴935年】
(M)南大陸、ロージアン鉱山にてハイドットが発見される。
【S歴1473年 M歴936年】
(M)鉱夫たちがハイドットの廃液の危険性をミストリア城に報告する。
【S歴1474年 M歴937年】
(M)ロージアン鉱山からスレインら数名の獣人が行方不明になる。
(S)ルーフェン・シェイルハートの生まれ年。
【S歴1477年 M歴940年】
(S)トワリスの生まれ年。
【S歴1482年 M歴945年】
(S)ルーフェンが旧ヘンリ村にて発見される。
【S歴1484年 M歴947年】
(M)ファフリ、ユーリッドの生まれ年。
【S歴1488年 M歴951年】
(S)王都がシュベルテからアーベリトに遷都。ルーフェンが正式に召喚師としての位につく。
【S歴1495年 M歴958年】
(S)王都が再びシュベルテに戻る。
【S歴1500年 M歴963年】……←現在
(M)ファフリ一行が城を追われ、逃亡の旅に出る。
(S)獣人が襲来。トワリスが売国奴の疑いをかけられ、ミストリアに渡る。

◆あらすじ◆
†序章†『胎動』
——人間と獣人の混血であるトワリスは、ミストリアと通じているのではないかという疑いを、教会にかけられる。
売国奴の疑いを晴らすため、また、獣人によるサーフェリア襲撃の真相を突き止めるため、彼女は単身、ミストリアに渡る。

†第一章†——安寧の終わり
・第一話『隠伏』
——ミストリアの次期召喚師、ファフリは、召喚術の才が見出せないという理由で、父王リークスに命を狙われていることを知る。
地位を捨てることを決心した彼女は、ユーリッド、アドラと共に今、逃亡の旅に出る。
・第二話『殲滅』
——召喚師リークスからの勅命を受けた刺客、リルド、ヤスラ、スーダルの三人が、ファフリ一行に襲い掛かる。
凄絶な戦いの中、ついに、ファフリの力が覚醒する。
・第三話『策動』
——サーフェリアの召喚師、ルーフェンは、ミストリアとの交戦を避けるため、襲来した奇妙な獣人たちを探る。
しかし、運命には逆らえず、教会との亀裂はより深さを増していく。

†第二章†——邂逅せし者達
・第一話『異郷』
——ミストリアの王都、ノーレントを目前にしたトワリスは、旅中の商人ホウルから、南大陸の話を聞く。
南大陸に蔓延する病、奇怪な姿の生物たち、そして、魔力を吸う鉱石『ハイドット』の存在が意味するものとは。
第二話『果断』
——アドラを失いながらも、悪夢のような一夜を生き延びたユーリッドは、ファフリを連れて闇市を訪れる。
南大陸へ渡るための通行許可証を入手する過程で、二人は不思議な風貌の女に出会う。
第三話『隘路』
——旅を共にすることとなったユーリッド、ファフリ、トワリスの三人は、新たな敵に敗れ、水に沈む。
ファフリの力で事態を切り抜けるも、トワリスは、ファフリの正体を知ってしまう。

†第三章†——永遠たる塵滓
・第一話『禍根』
——宿場町トルアノを訪れたユーリッド一行は、南大陸に蔓延る奇病の真実を目の当たりにする。
一方そのころ、リークスの元には、闇精霊の統治者であるアルファノルの召喚師、エイリーンが姿を現していた。
・第二話『慄然』
——生き延びるため、サーフェリアに襲来した獣人の謎を確かめるため、それぞれの目的を胸に、無事に南大陸へ渡ったユーリッド一行。
ファフリは、ミストリアが抱える闇を、徐々に認識していくことになる。
・第三話『落魄』
——ロージアン鉱山にて、南大陸で起こっている異変の真相が、ついに明らかになった。
今後のことを模索しながらも、ひとまず鉱山から出ようと動き始めたユーリッドたちに、最悪の事態が起こる。

†次章†——対偶の召喚師
To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.145 )
日時: 2016/03/13 20:29
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: HijqWNdI)


 翌日は、晴れていた。
明るい陽射しの中で見る関所の雰囲気と、昨晩の夜闇の中で見た関所の雰囲気はやはり違い、明るい中で見た方が、幾分かは、廃墟独特の不気味さが緩和されていた。

 干肉と携帯食で簡単な朝食を済ませると、三人は、早速関所から出た。
だが、関所一つ越えたところで、劇的に風土が変化するはずもなく、三人の目の前に広がっていたのは、相変わらずの深い森であった。

 強いて言う違いがあるとするならば、先に見える森は、これまでのものより、更に鬱蒼(うっそう)としているような気がした。
これは、南大陸が未開の土地故なのか、それとも、行く先に不安が大きい自分達の心がそう見せているのか、分からなかったが、どちらにせよ、この獣道を進むのかと思うと、どうにも気が重くなった。

 不意に、ファフリが後ろの関所を振り返って、しみじみと言った。

「ついに、南大陸に入ったのね」

 喜びの声だったのか、感情のよく読み取れない声だったが、ユーリッドは、努めて晴々とした声で言った。

「ああ。これで、追っ手も少しは減るだろ。……やったな」

「うん」

 ユーリッドとファフリは微笑みあって、ぱん、と手を打ち合わせた。
そんな光景を見ながら、トワリスが口を開く。

「……私は、これから奇病のことを調べに集落や村を回るつもりだけど。……二人とも、それに着いてくるので、本当にいいんだね?」

 ユーリッドとファフリは、一度顔を見合わせて、こくりと頷いた。

「ああ、これからどうするかなんて決めてないし、俺らもずっと旅をしてるわけにはいかないから……どっちみち、集落や村を回るつもりだったんだ。だから、手伝うよ」

「分かった。……ありがとう」

 トワリスは、少し安心したようにそう返事をすると、先に進むべく身を翻した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.146 )
日時: 2016/03/18 18:40
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: FSosQk4t)


 三人は、再びユーリッド、ファフリ、トワリスの順に並ぶと、険しい山道を歩き始めた。

 ユーリッドが、時折剣で藪や雑草を切り開きながら、一歩ずつ一歩ずつ進んでいく。
その道中で、何頭か、“動物の死骸らしきもの”を見た。
というのも、それらは、下半身が白骨化していたり、一部が腐敗しているにも関わらず、胸を上下させて呼吸していたのである。
すなわち、死んでいるはずの状態で、生きているのだ。

 あの病が、獣人以外にも被害を及ぼしているのだということが、この時はっきりしたのだった。

 しかし、そういった動物は、地面に横たわっているか、ぼんやりと歩いているだけで、襲いかかってくることは一切なかった。
つまりそれらは、結局のところ、魔力にしか反応しないのだろう。

 奇病にかかると、痛覚といった生物としての性質を失い、また、魔力にしか反応しなくなる。
故に、国中に結界が張られ、魔導師がいるサーフェリアでは、病にかかった獣人たちは凶暴化し、一方の魔力をもたぬ獣人の国、ミストリアでは、基本さまようか、死んだように眠るかのどちらかなのだ。

 トワリスは、頭の中でこれらのことを整理しながら、歩いていた。

(……けど、それなら、どうしてホウルたちは襲われたんだろう……)

 口元をびくびくと震わせながら、南大陸は恐ろしいところなのだと主張していた、あの鳥人の男をふと思い出す。

 魔力にしか反応しないのなら、魔力をもたないホウルには、病にかかった生物たちは、襲いかかってこなかったはずだ。
確かに、身体がずたずたの状態で、幽鬼のようにさまよい歩く生物たちを見るのは、気味が悪い。
だが、それだけで、あんなに怯えるだろうか。
そもそもホウルは、一緒にいた仲間は死んだと言っていた。
これは、襲われて死んだということだと思っていたのだが、違ったのだろうか。

(……ノーレントにいる召喚師の魔力に反応して、たまたま近くにいたホウルたちに襲いかかった、とか? そんなこと、あるんだろうか。くそ、もっと詳しく聞いておけばよかったな……)

 トワリスは、心の中で舌打ちした。

 とにかく、新たに調べるべきことは、奇病の原因と傾向、ホウルたちが襲われた理由。
そして、何故その奇病にかかった獣人たちが、サーフェリアに襲来したのか、ということである。

 最後の理由に関しては、もし、ミストリアの召喚師がこの奇病のことを知っていたなら、サーフェリアを襲わせるために病人たちを送り込んだ、というのが、最も信憑性のある理由だ。
ミストリアからサーフェリアへは、海を渡って行くこともできるが、一番手っ取り早いのは、魔法陣を介した長距離移動──移動陣を使って送り込むことだからだ。

 移動陣とは、陣から陣へと瞬間的に移動できる、つまりはテレポートすることができる魔法陣のことだ。
使用した場合は魔力の消費が激しいため、サーフェリアでは一般的には使われていないが、トワリスも、ルーフェンによるこの移動陣の応用魔術で、ミストリアに送ってもらったのである。

 ミストリアで移動陣がどの程度普及しているのかは分からないが、とにかく移動陣を使うには、当然魔力が必要であり、ミストリアで魔力をもつのは召喚師一族だけ。
となると、必然的に、元凶は召喚師になる、というわけである。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.147 )
日時: 2016/03/22 10:50
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: zh8UTKy1)


 長いこと歩き続けて、西日が傾き始めた頃。
みるみる薄暗くなり、淡い夕暮れの光が木々の葉を照らし始めた辺りで、不意に、さわさわと川の流れる音が聞こえてきた。

 そこから更に歩き、少し開けた場所に出ると、やはり、そこには川があった。

「ずっと歩いてきたし、ここでちょっと休憩するか」

 ユーリッドがそう言って、どさりと荷物を下ろす。
ファフリも、嬉しそうに息をはくと、いつものごとく棒のようになった脚を擦りながら、ぺたりと地面に座り込んだ。

「やっぱり、心なしか南大陸は暑いね」

 ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら、ファフリが言う。
ユーリッドも、煩わしそうに前髪をかきあげながら、頷いた。

「ここはまだ森だからいいけど、木がなくなったら、もっと暑くなるんだろうな……今日一日で、飲み水も大分減っちまった」

 苦笑して、残り少ない革の水筒をぽちゃぽちゃと揺らす。
それからユーリッドは、ちょうど川が見つかって良かったよ、と言いながら、水筒に川の水を入れようとした。

 その時だった。

「──駄目っ!」

 ファフリが、突如立ち上がり、大声で叫んだ。
ユーリッドとトワリスは、びっくりして、ファフリの方に振り向いた。

「ど、どうしたんだ、ファフリ」

「え……?」

 川の方に身を傾けていたユーリッドが、体制を戻して問いかける。
しかしファフリは、きょとんとした様子で、不思議そうに首を傾けた。

「私……今、なんで……」

 目を瞬かせながら、ぽつんと呟く。

 自分でも、何故駄目だなんて叫んだのか、よく分からなかった。
ただ、ユーリッドが川の水に近づいた瞬間、急にどうしようもないくらい焦って、駄目だと口が動いたのだ。

(今の、なに……?)

 そう考えながら、じっと川の流れを見つめる。
すると突然、夢の中にいるような気持ちになってきた。

──あの夢だ。
カイムがこちらに何かを語りかけてきて、そのあと、恐ろしい真っ黒な濁流が自分を飲み込む夢。

 ただ、少し違うのは、自分は今、森の中にいるということだった。
足元ではさらさらと草が揺れて、頭上では木々の細長い葉がざわめいている。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.148 )
日時: 2016/03/25 01:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 4mXaqJWJ)


 なんとなく、目を閉じてみると、川の流れる音が、どんどん耳元に近づいてきて。
さらさら、さわさわと、ファフリの心も揺さぶってくるようだった。

 それらの音が、何かを自分に訴えかけてきているような気がする。
しかし、その内容を聞き取ることはできない。

「なに……? 何を言っているのか、分からないよ……」

 ファフリは、うわ言のようにそう言った。

 ユーリッドは、何か悪い予感がして、ファフリの肩をがしりと掴むと、軽く揺さぶった。

「おい! ファフリ!」

 何度か前後に揺すると、ファフリは、ゆっくりと目を開いた。
しかし、その目は虚ろで、ユーリッドを見ていない。

(悪魔に乗っ取られた時と同じだ……!)

 ユーリッドは動揺した様子で息を飲むと、必死にファフリに呼び掛けた。

「ファフリ! ファフリ!」

 トワリスも、心配になってこちらに駆け寄ってくる。
しかし、ファフリは未だ虚ろな目のままで、そして、ゆっくりと唇を動かした。

「水が……」

 渓流で、兵団に襲われたときと、同じ台詞。
ユーリッドは、手を止めて川に視線を移した。
だが、ファフリの言葉に何の意味があるのかは、相変わらず全く分からない。

 その時、不意に、何かが後ろから駆けてくるような音がした。
軽い足音で、ふっとそちらに振り返ると、二頭の鹿が、川の側まで来ていた。

 鹿は、ユーリッドたちの方を警戒した様子で見たまま、じっとしていた。
だが、一度ぴくんと耳を動かすと、川の水に口をつけようとした。

 すると、ファフリが言った。

「──やめなさい」

 鹿が、ばっと顔をあげて、ファフリを見る。
ファフリは、彼女らしからぬ低い声音で、続けた。

「飲んでは駄目……」

 そうしてしばらく、ファフリと二頭の鹿は見つめあっていたが、ふとユーリッドが身じろぎをすると、鹿はそろって、水を飲まずに走り去っていった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.149 )
日時: 2017/08/15 01:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 ユーリッドとトワリスは、お互いに顔を見合わせると、一体何が起こったんだ、という風に眉をひそめた。

「……さっきの鹿、怪我もなかったし、奇病にはかかっていないように見えたけど……。今の、ファフリの言葉を、理解したってことなの?」

「さあ、俺には何がなんだか、さっぱり……」

 ユーリッドは、ファフリから一旦離れると、もう一度じっくりと川を覗きこんだ。
しかし、やはり自分には、何の変哲もないただの川に見える。

 しかし、身を乗り出して、更に川に近づこうと、川縁(かわべり)の石に手をつくと、何かぬめりとしたものが指に付着した。

「うわ、なんだこれ」

 思わず声をあげて、自分の指を見る。
すると、黒いねっとりとした何かが、指先にべったりと付いていた。

「油……?」

 脇から覗きこんだトワリスが、怪訝そうに尋ねる。
ユーリッドは、分からないと答えて、先程の石をよく見た。
そうすると、ちょうど水かさの高さに沿って、黒い何かが少量、石の表面にこびりついていることに気づいた。

「……なんだろう、上流で誰かが何か流したのかな」

 そんなトワリスの呟きを聞きながら、試しに、臭いを嗅いでみる。
すると、ユーリッドは目を見開いて、勢いよく身を起こした。

「これ、シュテンさんの身体からした臭いと同じだ……!」

 トワリスが反応して、瞠目する。

「どういうこと?」

「分かんない、けど……このつん、とする臭い、絶対そうだよ」

 トワリスは、鼓動が速くなるのを感じながら、再度川に視線をやった。
この黒い物質の正体は分からないが、同じ臭いがしたというなら、これと奇病に何らかの関係がある可能性は大いにある。

 ユーリッドは、ひとまず足元の草に黒い物質を擦り付けた。
黒い物質は、案外簡単に取れて、液体のように土と草に染み込んでいく。

「でも、川が使えないってなると、厳しいぞ。飲み水が大分少なくなってきたし……」

 ユーリッドがそう言って、革の水筒を持ち直すと、ファフリがふと顔をあげた。
ファフリは、そっと手を伸ばして、ユーリッドから水筒を取ると、川を離れて、今度は森の奥の方に歩き始めた。

 その足取りは、ゆったりとしているのに速く、先程まで、疲れて座り込んでいた少女のものとは思えない。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.150 )
日時: 2016/03/30 23:30
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: hZy3zJjJ)


 ユーリッドとトワリスは、急いで荷物を持ち、ファフリを追いかけた。
そして、追い付いてから、ぐっと腕を掴んで振り向かせると、途端に、はっとファフリの目に光が戻った。

「ユーリッド……?」

 ぱちくりと瞬いて、ファフリが首を傾ける。
ユーリッドは、はあっと脱力したように息をはくと、安心したように表情を和らげた。

「……よかった、元に戻った。大丈夫か?」

「うん……でも、お水を調達しないと……」

 ファフリの言葉に、トワリスは驚いたように眉をあげた。

「ファフリ、今回のことは記憶にあるの?」

「え……?」

 そう言われてから、ファフリは色々なことに気づいた。
まず、自分は、水筒に川の水を汲むのは駄目だと叫んだあの時から、ユーリッドに腕を掴まれるまで、すっぽりと意識がなかった。
自分が今までなにを考え、見ていたのか、全然分からないのだ。

 それなのに、不思議なことに、記憶はあった。
川縁の石に黒い油のようなものが付着しているのを見つけ、どこかで水を手に入れなければと思ったところまで、はっきりと覚えている。

 まるで、意識がない間、自分はその場にいなかったけれど、誰かがその時のことを見聞きしていて、その誰かの記憶がそのまま自分の頭に後々はまりこんだような、そんななんとも言えない感覚であった。

 これらをどう言葉に表現してよいのか分からず、ファフリは、困ったようにトワリスを見ると、たどたどしく口を開いた。

「えっと、何て言ったらいいのか分からないの……でも、覚えてるわ。ただ、あの時の私は、私じゃなかったっていうか……」

 なんとか必死に伝えようとするも、ユーリッドとトワリスは表情を曇らせたままだ。
しかし、ファフリには、これ以上どう言えば良いのか、分からなかった。

 その時、不意に、耳元でクィックィッと声がした。
カイムの声だ。

 ファフリが顔をあげると、立ち並ぶ木々の一本に、カイムが止まっている。
こちらに来い、と言っているようだった。

 ファフリは、ぎゅっと水筒を抱えると、ユーリッドとファフリに視線を戻した。

「とにかく、飲み水を確保するなら、あっちに行けばいいの。あそこ、あの鳥がいるほうよ」

 カイムを指さして、再びファフリは歩き出す。
ユーリッドとトワリスは、困惑した様子でファフリの指した方向に目を向けた。
そこには、鳥の姿なんてなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.151 )
日時: 2016/04/07 17:15
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 5VHpYoUr)


 歩き出したファフリについていくと、たどり着いたのは、小さな湖畔であった。
どこか薄白い木々に囲まれたその湖には、心なしか澄んだ空気が流れており、頬を撫でるように過ぎていく爽やかな風が、とても気持ち良い。

 ファフリは、早速湖の側によると、革の水筒を沈めて、水を一杯にいれた。
その作業を、ユーリッドも手伝って、持っている全ての水筒に水を補給する。

 それが終わると、どこか満足そうなファフリに、ユーリッドは、湖を見ながら言った。

「確かに綺麗なところだけど……ここの水は、大丈夫なのか?」

「ええ」

 ファフリは、はっきりと頷いた。

「さっきの鳥が……カイムが、教えてくれたの」

 その言葉に、ユーリッドは眉を寄せ、トワリスを一瞥してから、再びファフリを見る。
そして、どこか不安そうに言った。

「……ファフリ、俺たちには、そんな鳥は見えなかったよ」

 ファフリが、驚いたように目を見開く。
そして、何か言おうと口を開いたとき、森の方から、別の声が聞こえてきた。

「誰かいるのか!?」

 複数の足音が近づいてきたかと思うと、薄暗い木々の間から、四人の男たちが現れる。
男たちは、何か光るものを掲げながらこちらを見ると、ぱっと安堵したような表情になった。

「おお! まだ生きた獣人がいたのか……!」

 嬉しそうに声をあげて、トワリスたちの方に駆け寄ってくる。
しかし、その瞬間、なにか薬草を煮詰めたような強烈な悪臭がして、ユーリッドがうげっと嫌そうな顔をした。

 それを見た男の一人が、慌てて腰の匂袋(においぶくろ)の口を閉じる。

「おっと、すまない……これ、忌避剤なんだ」

 申し訳なさそうに謝りながら、ユーリッドを見る。
ユーリッドは、大丈夫だと頷いたが、まだ渋そうな顔をして咳をしていた。

 男たちは、剣などを持っておらず、ろくに戦えそうもない軽装姿であった。
だが、それぞれが所持している斧や鎌、そして山道に適した藁の編み靴を履いているところなどからして、この辺りの地域、気候には慣れているようだ。
もしかしたら、地元の集落に住む獣人なのかもしれない。

 男の一人が、トワリスに話しかけてきた。

「良かった……。もう生きてるのは俺たちだけなんじゃないかって、不安だったんだ。あんたたちは、どこの村から逃げてきたんだ?」

 トワリスは、微かに目を細めると、答えた。

「いえ、私たちは、ノーレントの方から来たんですが……」

 すると、男たちは、途端に信じられない、といったような顔になって、口々に言った。

「ノーレントって……王都だよな」

「まさか、あんたらもハイドットを採りに来たのか? だったら、悪いことは言わないから、引き返した方がいい」

「ああ、そうだ。ここから南は、更に危険になるんだ。命が欲しいなら帰んな」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.152 )
日時: 2016/04/10 19:07
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: OSKsdtHY)

 男たちはそう言って、トワリスに詰め寄る。
トワリスは、慌てて首を横に振ると、否定の言葉を述べた。

「いえ、ハイドットが目的ではないんです。ただ、私たちは、南大陸で流行っている病の原因について調べようと思っていて……。そのために、村や集落を回って、情報を集めようと考えていたんですが……あの、なにか奇病について、知っていることはありませんか?」

 トワリスの問いかけに対し、男たちはびっくりした様子で、目を丸くした。
そして、悲痛な面持ちで、言った。

「奇病の原因なんて、俺たちが聞きたいくらいだよ……。ここ十年くらいで一気に広まって、気づいたら、南大陸中が気味の悪い化け物だらけになっちまった。知ってるだろ? あの、生きた屍みたいなのが、うろうろして……」

 トワリスは、真剣な顔で頷いた。
すると、傍らにいた別の男が、続けて口を開く。

「元々は、南大陸の南西端で流行り始めた病だったんだ。だから、原因っつったら、多分そこにあるんだろうけど……あそこは、軽い気持ちで行ける場所じゃねえよ。ハイドットが採れるロージアン鉱山があるっていうんで、最近商人なんかが何人も行ってるみたいだが、生きて帰ったなんて奴、ほとんど見たことがない。少なくとも、あんたみたいな女が行くなんて、自殺行為だ」

 男の話を聞きながら、トワリスは、またハイドットか、と眉を潜めた。
ミストリアに渡ってからというもの、とにかくハイドットという鉱石の話を聞く。
最初は、魔力を使う者にとって、ハイドットの武具は厄介だ、くらいにしか思っていなかったが、ここまで何度も話題に出てくると、何かあるような気がしていた。

 男は、更にいい募った。

「それに、村や集落を巡ろうったって、もうそんなもん探したってないよ。あの化け物に襲われて壊滅してるか、村人全員が北に逃げようっていうんで、もぬけの殻になったところばっかりだ」

 その言葉に、トワリスははっと顔をあげた。

「襲われたって、どうして」

「どうしてって、そんなの化け物に聞いてくれよ。あいつら、夜になると襲ってくるんだ」

(夜……?)

 トワリスは、顎に手を当てて、考え込んだ。

 奇病にかかった生物たちは、魔力にしか反応しないと思っていたが、実は時間帯も関係があったのだろうか。
いや、そんなはずはない。
トワリスが見てきたカガリやシュテン、サーフェリアに襲来した獣人も含め、朝だろうが夜だろうが、魔力を感じれば襲ってきたし、魔力さえ発さなければ襲ってこなかった。

 それなら、一体なぜ、南大陸の発病者は、集落や商人を襲ったのだろうか。
魔力など感じないはずの、ミストリアで、何故──。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.153 )
日時: 2016/04/16 18:23
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: OSKsdtHY)


 感じない、と考えたところで、トワリスは、どこからか微弱な魔力が発せられていることに気づいた。
これは、ファフリのものではない。

 周囲を探してみると、その発信源は、男たちが持っている光──旅灯であった。
薄い長草を編んだ中に、光源が入ったそれは、てっきり中に蝋燭か何かが入っているのかと思っていたが、どうやら魔術によって生み出された光源のようだ。

 一体どうして獣人がこんなものを持っているのかと驚いて、旅灯を凝視していると、それを持っていた男が、怪訝そうに顔をしかめた。

「……ん? この魔力灯が、どうかしたのかい?」

「ま、魔力灯って……これ、どこで手に入れたんです?」

 そうトワリスが尋ねると、男たちは面食らったような顔をした。
もしかしたら、この魔力灯というのも、ミストリアでは一般的なものだったのかもしれない。

 勢いに任せて聞いてしまったことを、少し後悔していると、トワリスの問いに答えたのは、ユーリッドであった。

「それは、先々代の召喚師様が作って、ミストリア中に流通させたんだよ。松明や燭台は、油や蝋を消費するからな。といっても、魔力灯は数が限られてるし、全員が全員持ってるわけじゃないんだけど……って、あ!」

 ユーリッドが、口を半開きにして、トワリスを見た。
ユーリッドも、トワリスの考えに気づいたようだ。

 つまり、全ての原因は、この魔力灯にあったというわけである。

 夜になれば、明るくするために魔力灯をつける。
すると、その魔力にひかれて、奇病にかかった生物が村や集落を襲う。
魔力を感じない獣人は、魔力灯が原因だなんて分かるはずもなく、単に化け物が襲ってくるからと逃げ惑う。

 商人に関しても、そうだろう。
恐らく、松明だけで旅に出ていたら、他の危険はあれど、あの奇病にかかった生物には、襲われることはなかったはずだ。
実際、生き残ったホウルは、松明しか持っていなかった。
おそらく、ホウルに同伴した誰かが魔力灯を持っていたせいで、彼は襲われる羽目になったのだ。

 トワリスは、男を見つめて、強い口調で言った。

「その魔力灯、もう二度とつけないで下さい。そうしたら、化け物に襲われることもなくなりますから」

「はっ? え……?」

「いいから消して!」

 ぴしゃりと言い放って、魔力灯の灯りを消させる。
次いで、トワリスは、訳がわからないといった様子の男に、ゆっくりと言った。

「私たち獣人じゃ分かりませんが、奇病にかかった生物たちは皆、魔力に反応して凶暴化するんです。逆に考えれば、魔力さえ発しなければ、襲ってはきません」

 そう言うと、男たちは目に驚嘆の色を浮かべて、トワリスを見た。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.154 )
日時: 2017/08/15 12:57
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「魔力って……な、なんでそんなこと知ってるんだよ?」

「それは……」

 言いかけて、口を閉じる。
何か相手が納得できるような言い訳を考えなければ、と頭を回転させていると、男の一人が、先に口を開いた。

「もしかして、あんたら兵団の獣人か……?」

 前にもあったようなやり取りに、思わず固まる。
だが、兵団の者だと名乗るのが、一番自然だろうと思った。
二回も嘘をいうのは気が引けたけれど、兵士ならば、普通知られてはいないことを知っていても、おかしくはないからだ。

「ああ、えっと、まあ……そんな感じの……」

 トワリスは、曖昧に頷いて返した。
すると男たちは、予想外にも表情を険しくして、尖った声で言った。

「兵団が、今更南大陸に何をしに来たって言うんだよ。俺たちを見捨てて、とっとと逃げ帰りやがったくせに……!」

 その言葉には、ファフリとユーリッドも反応した。

「お前ら王都の獣人は、どうせ俺たちのことなんて、鉱山の労働力くらいにしか思ってないんだろ! だから、病にかかって役に立たなくなったらさようならってか、ふざけんな!」

「お、おい、ちょっとやめろよ……!」

 怒鳴り散らす男を、他の獣人たちが抑える。
彼らは、ユーリッドやトワリスの腰の剣を、気にしているようだった。

 不意に、ファフリが前に出て、言った。

「逃げ帰ったって、どういうことですか? ここに来る途中、関所にも兵団の獣人がいなくて……私たちも混乱して──」

「お前らに話すことなんて何もねえっ!」

 男の一人が叫んで、ずんずんと歩いていく。
他の三人の男たちは、こちらをちらちらと気にしながらも、その男を追いかけて、森の奥へと消えていった。

 ファフリは、その後ろ姿を悲しそうに見つめながら、目を伏せてうつむいた。

「……やっぱり、お父様、南大陸を見捨てるおつもりなのかな。だから、兵団を撤退させて……」

「いや、必ずしもそうとは、限らないかもしれない」

 トワリスが、ふと呟くように言った。

「さっき、魔力灯の話が出たけど、もし召喚師が奇病の特徴──つまり魔力に反応するってことを知ってたら、魔力灯の使用を中止すると思わない? 仮に南大陸を見捨てようと考えていたとしても、病人たちが暴れた方が良いなんてことは、ないだろう?」

 ファフリが、そういえば、と頷く。
ユーリッドも、確かにそうだな、と言って、トワリスを見た。

「じゃあ、もしかしたらリークス王は、奇病のことを知らないんじゃないか。はっきり言って、北大陸と南大陸じゃ普段は全然親交がないし、連絡を取り合うようになったのも、ハイドットが発見されてからだ。なんで兵団が南大陸から撤収したのかは分からないけど、南大陸の情報は、ミストリア城に上手く伝わってないのかもしれない……。まして、奇病にかかったら、魔力に反応するようになるだなんて、俺たちだって、ファフリとトワリスがいたから奇跡的に発見したようなものだしな」

 ユーリッドの言葉に、トワリスが頷く。

「ああ、私もそうなんじゃないかって、さっきふと思ったよ。調査もなにも、召喚師は奇病が流行っていること自体を、知らないんじゃないかって」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.155 )
日時: 2016/04/25 07:51
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Lr4vvNmv)




 ファフリは、二人の話を、黙ったまま聞いていた。

 正直、そんなことあるんだろうか、と思った。
トルアノにまで侵食しているほど、こんなにひどい状態なのに、奇病のことを知らないだなんて。

 だが、ファフリ自身、こうして旅に出るまでは、なにも知らなかったのだ。
国民がどんな風に生活し、どんなことに悩まされ、苦しんでいるのか。
城に住んでいた頃は、そんなこと、気にしたこともなかったかもしれない。

 毎日美味しいものを食べ、華やかに暮らしている獣人もいれば、闇市で犯罪紛いのことを繰り返している獣人や、病に冒され死んでいく獣人もいる。
こういったミストリアの色んな面を見ていく内に、己がいかに狭い世界の中で生き、無知のまま育ったのか、だんだんと分かってきた。

(もし、お父様もそうなら……)

 奇病のことを、知らないということも、あり得るだろう。
ずっと城にいるのだ。
家臣たちが教えてくれなければ、国のことなんて分からない。
それが国王であり、召喚師なのかもしれない。

 ミストリアの発展をまず第一に考えていた父、リークスだったが、発展のことを考えるばかりで、国民の生活に目を向けることを忘れていたんだろうか。
そんな思いが、ファフリの中に、わき上がってきた。

 トワリスが、そのまま続ける。

「これは、魔力灯に限る話じゃないしね。他にも、本当に奇病のことを知ってるなら、移動陣とか魔力を使うものは徹底排除するべきだろう? それをしていないってことは、やっぱり知らないって可能性もないとは言えないと思うんだ。まあ、ユーリッドの言う通り、そうなると兵団を撤退させた理由がつかないから、南大陸を切り捨てようとしているっていう線の方が、はっきり言って有力だけど……」

 トワリスの言葉に、ユーリッドが首をかしげた。

「なあ、トワリス。移動陣って、なんだ?」

「えっ?」

 トワリスは目を剥いて、押し黙った。

(ミストリアに、移動陣は存在しない……?)

 ふと、その結論を思い立つ。

 ついサーフェリア基準で考えて、ミストリアにも移動陣は当然あるものだと思ってしまっていたのだが、それはとんでもない勘違いだったのか。

 よく考えてみれば、トワリスをミストリアに送るために、ルーフェンが使った魔術だって、移動陣とは少し違うものだったのだ。
ルーフェンが使ったのは、ミストリアの召喚師の魔力を辿って、その付近に送り込むという少々不確かなもの。
一方的かつ、相手側に特徴的な魔力の持ち主がいなければ使えないという不便さを持ち合わせているわけだが、それでもこの方法を選んだのは、そうするしかなかったからだ。
ミストリアに移動陣があったなら、そのまま移動陣を使って送ればよかったのだから。

 ああ、なんでこんな単純なことに気づかなかったのだろうと、トワリスは一瞬自己嫌悪に陥った。
しかし、すぐにユーリッドに向き直ると、なんでもないから忘れてくれ、と告げた。

(でも、移動陣がないってことは、サーフェリアにきた獣人たちは、直接海を渡ってきたということ……?)

 と、すればだ。
召喚師が関与しなくとも、サーフェリアに獣人を送ることは可能である。

(いよいよ、本当に召喚師が黒幕なのか、怪しくなってきたな……)

 その日、結局三人は、その湖畔で夜を明かすことにした。
食事中、ぱちぱちと燃える焚き火を眺めているときも、木にもたれて眠るときも、トワリスはずっと奇病のことを考えていたし、ユーリッドやファフリもまた、リークス王のことを考えていた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.156 )
日時: 2016/04/27 08:15
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 6kBwDVDs)


 翌朝、ユーリッドは、まだ空が薄青い、夜明けの時間帯に目を覚ました。
木々に囲まれた湖畔とはいえ、どうにも蒸し暑い夜だったため、全身にじっとりと汗をかいている。

 湖の水で顔を洗おうと、立ち上がると、ちょうどその時に、トワリスも起きたようだった。
二人は挨拶を交わして、湖の辺りに向かった。

 トワリスは、冷たい水で顔を洗いながら、ぼんやりと水面を眺めていた。
ファフリが、しきりに言っていた“水”のこと。
悪魔──カイムが言っていたのだということもあって、やはり気になるが、何を意味するのかは分からない。

 奇病のことも、昨夜一晩、考え続けたが、結局ぴんとくる答えは浮かばなかった。
そもそも、奇病は何故こんなに急激に、南大陸に広がったのだろうか。
それも、獣人と森の生物たち、双方に発病するなんて、とてつもない感染力である。
トルアノでも考察した通り、個体から個体への伝染性はないように思うが、それでは、一体どうやってここまで爆発的に蔓延したのか。

 そうして思考を巡らせていると、不意に、トワリスの目先の水面に、小さく波紋ができた。
目線を動かしてみると、ひらりと水面に落ちた、木の葉が目に入ってくる。

 立木のものにしては珍しい、妙に細長い葉。
色素も薄いし、なんだか特徴的な葉だなと、昨日から気になっていたのだ。

(……特徴的と言えば、この湖の周りの木は、なんだか変わってるな……)

 この細長い葉に、薄白い幹。
どこか神聖な雰囲気をもつその木々は、サーフェリアにはないものだった。

「トワリス、どうしたんだ?」

 何気なく、立ち並ぶ木々を見ていると、ユーリッドが声をかけてきた。

「ん? いや……この湖の周りに生えてる木、なんか珍しい色合いだなって思って」

 そう答えると、ユーリッドが苦笑した。

「ああ、あれな。あれは、リーワースっていう木だよ。言う通り、ちょっと珍しい木でさ。土から大量の水を吸って、それを幹に蓄えているんだ。旅なんかでも、いざとなったら、あの枝で水分補給することもできるんだぜ」

「へえ……。ユーリッドは、よく知ってるんだね」

「まあな。兵団では、こういう地理的な知識は、叩き込まれるから」

 ユーリッドは、少し照れ臭そうに言った。

 トワリスは、水面に落ちた葉を拾うと、それを掌で弄びながら、続けた。

「でも、このリーワースっていうのは、いくつか種類があるものなの?」

 そう尋ねると、ユーリッドは、きょとんとした表情になった。

「種類? 別にないと思うけど……。なんでそんなこと聞くんだ?」

「いや、だって、昨日川の近くに立ってた木も、これと同じような葉の形をしてたし……。こんな形の葉、そうそうあるもんじゃないだろう?」

 持っていた葉を、ユーリッドに渡す。
ユーリッドは、葉を色んな角度から見ながら、唸って顔をしかめた。

「うーん、そうだったっけか。確かに、珍しい葉の形だけど……。でも、少なくとも、昨日の川縁に立ってた木は、リーワースじゃないと思うよ。リーワースは、白っぽい幹が特徴なんだ。昨日見たやつは、普通に茶色っていうか、黒っぽい幹だっただろ?」

「まあ、そうだけど……」

 トワリスが、いまいち腑に落ちないといった様子で、口ごもる。
すると、その傍ら、ユーリッドは不意に動きを止めると、目を見開いたまま顔をあげた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.157 )
日時: 2016/04/30 22:28
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SEvijNFF)


「……いや、ちょっと待った」

 それだけ言って、だっと走り出す。
次いで、ユーリッドは、自分が寝ていたところから剣を持ってきて、そのまま今度は、リーワースの木の近くまで行った。
そして、少し太めの枝を剣で切り落とすと、その断面をじっと見た。
トワリスも、その様子を横から覗きこむ。

 枝の断面は、幹と同じで白っぽく、その微かに弾力のある枝を強く握ってみると、じんわりと水がにじみ出てくる。

「この水、透明で綺麗だよな……」

 ユーリッドが、枝から搾り取ったわずかな水を手に溜めて、言う。

「ああ、そうだね」

 トワリスが答えると、ユーリッドはトワリスの方を見て、はっきりと言った。

「でもな、時々、この枝から絞った水が、汚れているときがあるんだ。つまり、土壌の状態次第で、リーワースに蓄えられてる水も変わる」

「…………!」

 ユーリッドの言いたいことが分かって、トワリスは瞠目した。

 二人は、目を合わせ、互いの意見が一致したことを確認すると、まだ眠っていたファフリを起こし、三人で昨日の川があった場所に向かったのだった。



 川辺にたどり着くと、川縁に立っている木の葉は、トワリスの言う通り、やはり細長く特徴的な形をしていた。
昨日は葉に注目していなかったため、先程は正確なことが分からなかったが、もしかしたらリーワースの葉と同じかもしれないと、ユーリッドは思った。

 湖畔近くのリーワースの枝を地面に置くと、どこか緊張した面持ちで、ユーリッドは木々に視線を向けた。
葉は、確かにリーワースに酷似しているが、幹は浅黒く、どう見ても別物に見える。

(だけど、もしかしたら……)

 ユーリッドは、さっきと同じように、太めの枝を選ぶと、それを剣で切り落とした。
そして、その断面をみて、目を見開いた。
断面は、一様に浅黒かったのではなく、白黒の斑のような、奇妙な色をしていたのである。

 トワリスも、それには驚き、断面を見た瞬間に息をのんで、言った。

「やっぱりこの川辺の木も、リーワースなんだね……」

「ああ、そうみたいだな」

 ユーリッドもため息混じりにそう言って、その場に座る。
ファフリは、目覚めたばかりで少し眠そうな顔をしながら、必死に二人の会話についていこうとしていた。

「どういうことなの? この川辺の木と、湖畔近くに立っていた木が同じってこと?」

 ユーリッドが、こくりと頷いた。

「さっきトワリスが、湖畔近くのリーワースの葉と、昨日みた川辺の木の葉が似てるっていうから、調べたんだ。川辺の木は茶色っていうか、浅黒い色をしてるし、最初は違う種類だろうって思ったんだけど、やっぱりこっちもリーワースだったって、今わかった」

「どうして? こんなに違う見た目なのに?」

 ファフリが、更に問い返す。
ユーリッドは、先程切った白黒斑な枝の断面を見せて、答えた。

「原因は、“水”だったんだよ」

「水……?」

 ユーリッドは、ファフリから木々に視線を移すと、続けた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.158 )
日時: 2016/05/01 21:12
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: gF4d7gY7)


「このリーワースっていう木は、通常の木より多くの水を幹に蓄える性質があるから、水の影響を受けやすい。だから、こんな風に幹の色が白黒斑になってるってことは、吸った水……つまり、この土壌に含まれている水が、真っ黒で汚れてるってことなんだ」

 とんとん、と足で地面を叩いて、ユーリッドは言った。
ファフリは、地面をまじまじと見つめる。

「じゃ、じゃあ、ここの木々は皆リーワースで、本来は白っぽい幹なのに、汚れた水を蓄えてしまったせいで、こんな浅黒い色になってしまったというの?」

「ああ」

 ユーリッドは、再び頷いた。

「幹の表面にちょうど色素が出てたから、断面を見るまでは分からなかったけど、そうみたいだ。水の汚れは葉にも影響するはずだけど、多分、リーワースだから葉に行き渡る前に幹に貯蔵されてたんだろうな。ここの土壌に含まれてる水は、当然この川の水が大半だろうし……となると、この黒い汚れの原因は、川ってことになる」

 川縁の石に、微かに付着していた黒い油のようなものを思い出して、ファフリは眉を潜めた。
きっとあの黒い物質は、見えないだけで、川の水に大量に溶け込んでいるのだろう。
それを土壌が吸い、木々が吸い、最終的に、リーワースの幹をこんなにも変色させてしまった。

 木々に被害が及んでいるなら、いずれ生体にも──。
そう考えると、なにか底知れぬ恐怖のような、途方もないものが、ファフリの胸を覆った。

 今度は、トワリスが口を挟んだ。

「一方で、湖っていうのは、周りが陸地だから、どことも繋がってないだろう? すなわち、他の河川や海の影響は、少ししか受けない。……だから、ファフリの言う通り、あの湖畔の水にはこの黒い物質が溶け込んでなくて、本当に綺麗だったんだ。それ故に、その水を吸って周りに生えてるリーワースの幹も、本来の通り白かったんだね」

 ファフリは、少し戸惑った様子で、口を開いた。

「そんな……じゃあ、この黒いのは、どこから来たのかしら。誰かが川に流したの? 何のために?」

 その言葉を最後に、つかの間、三人の間に沈黙が流れる。
すると、トワリスが唇をなめて、ふとファフリに視線をやった。

「ねえ、ファフリ。最初に水が、って言い始めたのは、渓流に流されたときだったよね。あのときも、カイムがそう言ったの?」

 ファフリは、申し訳なさそうに俯くと、ふるふると首を振った。

「ごめんなさい……その時のことは、本当に記憶になくて。でも、きっとそうだと思うわ。この川のことも、湖のことも、教えてくれたのは全部カイムだったもの。カイムがいるときは、川のせせらぎや木々のざわめきが、何か意味を持った言葉のように聞こえるの。それに……最近、よく夢を見るわ」

「夢?」

「うん……」

 ファフリは、トワリスを見つめて言った。

「真っ黒な水がね、私を飲み込んで言うの。苦しい、苦しいって。まるで、私に助けを求めるみたいに」

 そこまで聞いて、トワリスは、額に手を当てると、はあっとため息をついた。

「……分かってきたね」

 ぽつりと、呟くように言う。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.159 )
日時: 2016/05/05 00:50
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: AdHCgzqg)


「この黒い物質は、河川や海を循環してるんだろう。もちろん、渓流にもね。それを、カイムはファフリに訴えかけてたってわけだ」

 ファフリは、ゆっくりと目を見開いて、川を見る。

 ユーリッドは、話を聞き終えると、訝しげに顔をしかめた。

「……ファフリが、そういう夢を見て、それが現実ってことは、この黒いのは、良くないものってことだよな?」

 トワリスが首肯して、すっと息を吸った。

「ああ。……良くないものもなにも、これが、奇病の原因なんじゃないか」

 ファフリとユーリッドが、はっと目を見開く。
トワリスは、低い声で言った。

「……ユーリッドが、この黒い物質の臭いと、シュテンの身体からした臭いが同じだって言った時点で、薄々そうなんじゃないかって思っていたけど……。伝染性がないと思われるこの奇病が、ここまで爆発的に、かつ種を越えて蔓延するのだとしたら、その原因は、どんな生物にとっても関わりのある、必要不可欠なものであるはずだろう?」

 ユーリッドが、微かに俯いて、口を開く。

「つまり……水か」

「そうだ」

トワリスは頷いて、小さくため息をこぼした。

「確かカガリは、川に釣りに行ってから、発症したと言っていたよね。川の水は飲まなかったにしても、その川の魚を食べたりしたら、結果的に川の水を体内に取り込んだことになる。それが原因で、発症したんじゃないかな。……生命維持に必要な水は、どんな生き物だって摂取するんだ。もし水が原因だと考えれば、ここまで爆発的に広範囲に蔓延したのも、頷ける。この黒い物質が、南大陸中の河川に溶け込み、それが今やトルアノの付近にまで流れている……私は、そう思うよ」

 ユーリッドが、ぎゅっと眉根を寄せた。

「……そうなると、益々この黒い物質の正体が気になるな」

「……ええ、そうね」

 ファフリが頷き、トワリスもふっと目を細める。

 この黒い物質の正体も、なんとなく、予想はついていた。
昨晩あった男たちは、奇病は南大陸の西端──ロージアン鉱山がある地域から広がったと言っていたし、かなり症状が末期だったシュテンも、元炭鉱夫だと言っていた。
と、すれば──。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.160 )
日時: 2016/05/05 21:29
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 4IM7Z4vJ)


 トワリスは、ファフリが持っていたリーワースの黒ずんだ枝から、僅かに濁った水分を、掌の上に搾り取った。
そして、今度は川縁の石にへばりついた黒い物質を、ちぎった葉で拭い取るようにして集めると、それを反対の掌に乗せた。

「……確かめてみようか」

 そう一言言って、ユーリッドとファフリの方を向く。
それからトワリスは、周囲の気配をよく探ってから、掌に魔力を込めて、一瞬ぼっと炎を現出させた。

 水分が蒸発して、固体成分のみになる。
そうして、トワリスの掌に残ったのは、きらきらとした、黒い砂のような結晶であった。

 トワリスは、続けて魔力のみを発現させた。
すると、もやっと煙のように掌に現れた魔力は、しかし、あっという間に、黒い結晶に吸い込まれていく。

 ユーリッドには、その様子は見えなかったが、ファフリにははっきりと見えていた。

「魔力が、吸収された……」

 ぽろりと、ファフリの口から言葉が溢れる。
ユーリッドは、それを聞いて、はっと息を飲んだが、驚いたような表情は浮かべなかった。
薄々、彼も勘づいていたのかもしれない。

 トワリスは、魔力を収束させて、掌の上の結晶を見つめた。
日光を浴びて、きらきらと輝くそれは、宝石のような美しさを持っていたが、その一方で、なにか禍々しい邪悪な力を秘めているように見えた。

 トワリスは、微かに血の気を失った顔で、言った。

「……この結晶、ハイドットだ」

 ユーリッドもファフリも、それに同調したように頷く。
ファフリは、強ばった暗い表情を浮かべて、言った。

「それって、ハイドットが、ロージアン鉱山から、河川に溶出したってことよね……。それで、ハイドットの毒素が南大陸中に広がって、その川の水を含んだ生き物たちが、皆、奇病にかかってしまった……」

「……うん。ずっと、気になってたんだ。魔力を吸収する鉱石と、魔力に反応する病に、何か関係があるんじゃないかって。……大当たりだったね。どう生体に作用するかまでは、調べるとなると医療の分野になってしまうけど、原因物質がハイドットっていうのは、間違いなさそうだ」

「……でも、どうしてそんなことが起こってしまったのかしら。誰かが、ハイドットを海や河川に捨てたってこと?」

 トワリスは、それを聞いて、何か考え込むようにしばらく俯いていた。
だが、やがて、顔をあげると、ユーリッドを見た。

「ユーリッド、そのロージアン鉱山っていうのは、採掘だけじゃなくて、ハイドットの精錬もしてるんだろ?」

 ユーリッドは頷いて、静かに言った。

「……してるはずだ。ハイドットに関しては、全部あの鉱山が取り仕切ってる」

「……そう」

 トワリスは、ぽつっと言った。

「それなら、そこで出た廃液は、どうしているんだろうね」

 ユーリッドとファフリは、トワリスが言わんとしていることが分かった様子で、黙っていた。
トワリスも、しばらくの間、ついに奇病のことを突き止めることができて、喜ぶべきなのかどうか、複雑な気持ちになって、じっと川を見ていた。

 しかし、茂みから鳥が鳴きながら飛び立つと、トワリスは顔をあげて、言った。

「……行こう。考えていても、仕方がない。次の目的地はロージアン鉱山だ」


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.161 )
日時: 2016/05/07 10:08
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Ga5FD7ZE)

†第三章†──永遠たる塵滓
第三話『落魄』

 
 ユーリッド一行が南大陸に渡って、既に十日の月日が経っていた。
三人は、ロージアン鉱山を目指してひたすら歩き続けていたが、あの湖畔で出会った男たちの言う通り、道中に村や集落はなく、時折誰かが生活していたような跡を発見しても、結局一度も、他の獣人と会うことはなかった。

 森を抜け、平地を進み、だんだんと景色が荒涼とした岩場に変わり、そして、目の前に切り立った岩山が現れたところで、一行は足を止めた。
ついに、ロージアン鉱山にたどり着いたのである。

 鉱山前の広場には、わずかに錆びた手押し車や鶴嘴(つるはし)がいくつも転がっており、岩壁にぽっかりと開いた坑道は、先の見えない暗闇に繋がっている。
三人は、ひとまずその坑道への入口まで行くと、中の様子を伺った。

「見たところ、もう既に廃鉱になってるみたいだね」

 トワリスの言葉に、ユーリッドは、しかめっ面になりながら、頷いた。
坑道の奥から吹いてくる生暖かい風が、ひどい臭いだったのだ。
あの、つん、とする刺激臭である。

 ファフリが、心配そうな表情で、ユーリッドを見る。

「ユーリッド、大丈夫?」

「ああ、なんとか……」

 鼻声で苦笑しながら、ユーリッドは答えた。
次いで、ユーリッドは、ちらりと転がっている手押し車を見ると、トワリスに視線をやった。

「放置されてる手押し車の錆び具合からして、廃鉱になったのは最近じゃないかな。管理者がいないのをいいことに、商人がハイドット目当てで入り込むこともあるみたいだし、もしかしたら、中に誰かいるかもしれない」

「ああ。確かに、その可能性は捨てきれないね……」

 トワリスは、逡巡の後、二人を交互に見ながら尋ねた。

「どうする? もう昼過ぎだし、明日になってから入るのも手だよ」

 二人は、互いを見合って、つかの間沈黙した。
しかし、その時、不意にどこからか鳥のさえずりが聞こえた気がして、ファフリは顔をあげた。

(カイム……?)

 目線を動かすと、坑道の暗闇に、不自然なほどくっきりと浮かぶ、カイムの姿が見える。
ファフリは、カイムをじっと見つめて、胸元でぎゅっと手を握った。

(この奥に、何かあるの……?)

 そう心の中で問いかけたが、それに答えが返ってくることはなく、カイムは、ぱたぱたと坑道の奥に飛び去ると、すぐに姿を消した。
ファフリは、思わずそれを追おうとして、坑道の中に踏み出した。

「待って! カイム……!」

「──ファフリ!」

 その、次の瞬間。
ファフリは、前に踏み出したのと同時に、ユーリッドに腕を捕まれて、勢いよく後方に引かれた。
すると、バランスを崩して転んだファフリの目の前に、白く鋭い牙が迫ってくる。

 咄嗟のことに、訳がわからず硬直したファフリは、防御の姿勢をとろうとして、両腕を顔の前に出した。
しかし、その牙が彼女に届くことはなく。
ユーリッドが、ファフリに迫るそれを素早く抜刀して斬りつけると、それは坑道の外に弾き飛ばされ、情けない鳴き声をあげて、ユーリッドたちから距離を取った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.162 )
日時: 2016/05/08 15:43
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Ga5FD7ZE)


 明るみに出たそれは、どうやら野犬のようだった。
だが、脚が余分に一本、不自然に前肢の脇から生えている上、ユーリッドの斬撃で頭が裂けかけているにも関わらず、立っている。
奇病にかかっているようだ。

 無意識にとはいえ、召喚術を使い、カイムと接触していたことに気づいたファフリは、慌てて魔力を収束させた。
それでも野犬は、牙を剥いて襲いかかってくる。
だが、再びユーリッドが剣で薙ぎ払うと、野犬は地面に打ち付けられ、起き上がったときには、先程までの勢いを無くしていた。

 野犬は、もうファフリに目をくれることもなく、ふらつきながら立ち上がって、岩壁に身体をぶつけながら、しばらくよたよたと歩いていた。
そして、血を流しながら岩壁にもたれるように倒れると、やがて大人しくなった。

「ファフリ、魔術を使ったの?」

 トワリスに尋ねられて、ファフリは申し訳なさそうに俯いた。

「ご、ごめんなさい……無意識に、カイムを呼び出してたみたい。気を付けるわ……」

 ファフリは、弱々しい声で言いながら、倒れた野犬の方を見た。
野犬は、胸を忙しく上下させながら、倒れたまま震えている。
ひどく、苦しんでいるように見えた。

 ユーリッドが、坑道の奥を一瞥して言った。

「こいつが出てきたってことは、この坑道の奥には、他にも奇病にかかった生物がいるかもしれないな。まあ、魔力さえ発さなければ、襲いかかってくることはないんだろうけど……」

「魔力は使わないったって、物理的な攻撃が効かない以上、万が一襲われた場合は魔術で攻撃しないと、こいつらを倒せないよ」

 ため息混じりに答えると、トワリスは、ファフリの方を見る。

「極力私が請け負うつもりではあるけど、私はあまり魔術が得意ではないから、いざというときは、私とユーリッドでこいつらの動きを押さえる。そうしたら、とどめはファフリに頼んでもいい……?」

 躊躇いがちに言ったトワリスに、ファフリは、少し暗い表情を浮かべて、頷いた。

「ええ、燃やすくらいなら、私にもできるから……やるわ」

 それだけ答えて、ゆっくりと坑道の方に振り返る。
カイムは、まるでこの奥に進めと言っているようだったが、奇病の原因があるであろうこの坑道の奥には、ユーリッドの言う通り、きっと病を発症した生物たちが沢山いるのだろう。

 痛々しくぼろぼろの身体で、無理矢理生き続けているような彼らを見るのは、とても嫌だった。
あのおぞましい姿の生物たちが、牙を剥いて襲い掛かってくるのは、すごく恐ろしいのだ。

 そこまで考えて、ファフリは、きゅっと唇を噛んだ。

(……ううん、違う。怖いんじゃない、見たくないんだ……)

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.163 )
日時: 2016/05/11 01:03
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: VXkkD50w)


 あんな生物が、なぜ産まれてしまったのだろう。
奇病が南大陸全土に広がってしまう前に、どうして食い止められなかったのだろう。
どれもこれも、王族が──召喚師一族がするべき、大切なことなのに。

(なんで私は、これまでミストリアは良い国だと、根拠もなく信じられたの……?)

 口の中に血の味が滲んだところで、ファフリははっと我に返って、唇から歯を離した。
そして、ユーリッドとトワリスの方に振り返ると、静かに言った。

「……もう進みましょう。一刻も早く、奇病の原因を突き止めないと……」

 苦しそうな表情で言ったファフリに、ユーリッドとトワリスは、少し驚いたように顔をあげた。

「ファフリ、どうしたんだ?」

 心配したユーリッドが、声をかける。
それに対して、大丈夫だという意味を込めて首を振ると、ファフリは真剣な表情で言った。

「お父様が、どういう理由で動かないのかは分からないわ。でも私は、たとえ出来損ないでも、役立たずでも、ミストリアがこの奇病に冒されていくのを、指をくわえて見ているだけじゃいけない立場にいると思うの。奇病にかかった生物たちは……正直、見たくない。でも、彼らがこんな姿になってしまった原因を、私は確かめないといけない気がする。見たくなくても、現実をしっかりと見て……そして、受け止めなきゃ。だって私は、次期召喚師だから」

 ファフリの瞳の光は、強く、真っ直ぐだった。

 トワリスは、そんなファフリを見つめて、力強く頷いた。

「そうしよう、出来れば私も、早く進みたいし。ユーリッドも、それでいいだろう?」

「……ああ」

 ユーリッドは首肯したが、どこか腑に落ちない様子で、ファフリを眺めた。

(次期召喚師だから、って……。でもファフリ、お妃様は……)

 一瞬、何かを言いそうになって、ユーリッドは口を閉じた。

 三人は、準備を整えると、坑道の闇の中へ足を踏み入れた。
 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.164 )
日時: 2016/05/13 14:48
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 1866/WgC)

 入り口から差し込む光が見えなくなるまで、三人は、坑道の中を黙々と歩き続けた。

 坑道は、木製の支柱で支えられているようだったが、内部の湿気のせいか、支柱の腐食は激しく、いつ落盤が起きてもおかしくない状態である。
また、岩壁には、所々松明をかける金具が設置されていたが、もうそこには、湿気った古い燃えさしが引っ掛かっているだけであった。

 松明を灯したほうが良いだろうか、と考え始めた頃だった。
前方に、何か光が見え始め、三人は立ち止まった。
一瞬、外に出る道を進んでしまったのだろうかと不安になったのだ。

 しかし、再び歩き始めたところで、その光の正体が分かった。
行った先の坑道の岩壁が、きらきらと輝いていたのである。

「これ、ハイドットの岩壁だ……」

 息を飲んで、ユーリッドが言った。
そこは、岩壁全体がハイドットの結晶で出来ていたのだ。

 ハイドットで出来た坑道は、まるで満天の星空に囲まれた回廊のようだった。
上下左右、全方向から光に照らされ、もちろん松明など不要であったし、ハイドットの岩壁同士が風景を反射し合っていたので、まるで映し鏡の世界に迷いこんでしまった気分になる。
だが、その輝きの向こうは、ハイドットの漆黒がどこまでも続く、闇の空間が遠く広がっているようにも見えた。

 その不思議な回廊を更に進んでいくと、自分たちの足音以外に、どこからか水音が聞こえてきた。

「ここ、すごく狭くなってるから気を付けて」

 先頭にいたユーリッドが、声をかける。
言われて前方を見やると、確かに、ユーリッドが潜(くぐ)ろうとしている穴は、立ったままではとても通れそうになかった。

 精一杯身を屈めて、ユーリッドに続きファフリ、トワリスと、なんとかその穴を潜り抜けると、三人の目の前に広がっていたのは、大きな川だった。
黒々と輝くハイドットの岩壁を削って、穏やかに川が流れているのである。

 それを見た途端、トワリスがさっと前に出て、川の下流に向かって駆け出した。
少し走ると、川が続いているずっと先に、光の点が見える。
ハイドットの光ではない、外へと通ずる光だ。

「この川……いや、排水は、やっぱり外に繋がってるんだ」

 低い声で、トワリスはぽつりと言った。

 ユーリッドたちは、トワリスに追い付くと、同じように外への光を見て、それから排水を見た。
そして、あることに気づき、ユーリッドが怯えた声で言った。

「この水……真っ黒だ……」

 ユーリッドと同じように水面を覗いて、ファフリも背筋が寒くなった。
てっきり、水底のハイドットの漆黒が反映されているだけだと思っていたのだが、そうではない。
この排水は、水自体が、まるで漆のように黒かったのである。

 同時に、既視感を覚えて、ファフリは口を開いた。

「私、この水に見覚えがあるわ」

 トワリスとユーリッドの視線が、ファフリに向く。

「夢の中で、何度も見たの。この真っ黒の水に、沢山の顔が浮かんで、苦しい苦しいって叫ぶのよ。……きっと、カイムはずっと、これのことを言っていたんだわ。私に、この真っ黒な排水が外に流れ出て、川や海や渓流を汚染してるんだって、そう伝えたかったのよ」

 ファフリの言葉に、トワリスは苦しげに息を吐いた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.165 )
日時: 2016/05/14 07:07
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 1866/WgC)

「……私たちの予想通りだった、ってことだね。ロージアン鉱山では、ハイドットの精錬で出た廃液をそのまま地下水として流していた。それで、その廃液は南大陸を中心とした河川に広がり、それを飲んだ生物たちは皆、奇病にかかったんだ。
これは調べてみないと分からないけど、ハイドットには、神経毒か何かがあるのかもしれない。廃液を体内に取り込んだ者は脳や神経が麻痺して痛みを感じなくなり、かつ、魔力を吸収する性質を持つこの石の成分は、きっと生体に入り込んで尚、魔力を求め続けるんだ」

「じゃあ、やっぱりリーワースが生えてるあの川縁で見つけた黒い物質も、何もかも、ハイドットの廃液が原因だったんだな」

「……ああ」

 トワリスは、返事をしながら、煩わしそうに前髪を掻き上げると、腰に引っ掛けていた荷から細長い小瓶を取り出して、触れないようにしながら排水を少量汲み取った。
サーフェリアに持ち帰るためだ。

 しかし、その瞬間、トワリスの身体が不自然に揺らぎ、そのまま排水の流れる方へ、前のめりになった。
ユーリッドは、トワリスの様子がおかしいことに気づくと、咄嗟に、排水に落ちかけた彼女の身体を抱える。
すると、排水に近づいたのと同時に、これまでとは比べ物にならないくらいのきつい刺激臭が、鼻をついた。
廃液の臭いを吸い込んだのだ。

「──っ!」

 ユーリッドは、慌てて息を止めると、トワリスごとその場から離れ、そのまま二人で、岩壁に寄りかかるようにして倒れこんだ。

 トワリスは、口元を押さえて、咳をしながらその場にうずくまる。
ユーリッドは、寄りかかった状態からなんとか立ち上がろうとしたが、視界がぐらつくほどの強烈な目眩を感じて、思わず岩壁に手をついた。

「二人とも! 大丈夫!?」

 ファフリは、倒れそうになったユーリッドを支えようとしたが、重みに耐えきれず、その身体はどんどん傾いていく。
それでも、倒れこむ前になんとか踏みとどまると、ユーリッドはずるずると背中をこするように岩壁にもたれて、げほげほと咳をした。

「っ、この臭い……毒性が、あるみたいだ……」

 ぐらっと視界が揺れて、目の前が真っ暗になる。

「ユーリッド!」

 ファフリが、焦った様子で何度も名前を呼ぶのが聞こえた。
しかし、答えようにも、喉がはりつくように痛んで、上手く声が出ない。

 ユーリッドの意識は、そのまま眠るように、闇の中に沈んでいった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.166 )
日時: 2016/05/15 16:55
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 1866/WgC)


 額に、なにか冷たいものが乗せられて、ユーリッドは目を覚ました。
重たい瞼を持ち上げて、ゆっくりと目を開けると、心配そうにこちらを覗きこむファフリと視線が合う。

「ユーリッド! よかった、気がついたのね……!」

 ファフリは、僅かに目尻に溜まっていた涙を拭いながら、ほっとした様子で胸を撫で下ろした。

「ファフリ……あれ、俺どうしたんだっけ?」

 ユーリッドは、未だにずきずきと痛む頭を押さえながら、上体を起こして言った。
すると、ぽとりと額から濡れた手拭いが落ちる。
どうやら、先程の冷たい感覚は、ファフリが水筒の水で濡らしたこの手拭いだったらしい。

 ファフリは、微かに涙声になりながら、答えた。

「さっき、廃液の毒素を吸い込んじゃったみたいで、気絶してたのよ。本当によかった……ユーリッドもトワリスも、もしこのまま目が覚めなかったら、どうしようかと……」

 言われて視線をあげると、ファフリのすぐ後ろには、同じく先程まで気絶していたであろう、トワリスの姿があった。

 トワリスは、採取した廃液の小瓶を荷にしまうと、緩慢な動きで立ち上がって、ユーリッドの方に行った。

「ごめん、ユーリッド。私のせいで……立てる?」

 そう言って、手を差し出す。
ユーリッドは、落ちた手拭いを拾ってから、トワリスの手を握ると、引き起こされる形で立ち上がった。

「いや、大丈夫だ。廃液の中に落ちなくて良かったよ。ファフリも、手拭いありがとう」

 ファフリは、手拭いを受け取ると、まだ不安げな面持ちでユーリッドとトワリスを交互に見た。

「二人とも、まだ休んでいた方がいいわ……。顔が真っ青だもの」

 トワリスは、小さく首を左右に振った。

「いや、こんなところで休んでたら、余計に毒気に当てられそうだ。さっさとやることを済ませて、鉱山から出た方がいい」

「でも、もう奇病の原因は分かったわ。これ以上、何を調べるの?」

「……証拠がほしいんだよ、ここで、廃液をそのまま流していたという証拠が。なにか、鉱山での記録みたいなものがあればいいんだけど……」

 少し掠れた声で言ったトワリスに、ユーリッドは、上流のほうをちらりと見た。

「記録があるかは分からないけど、この鉱山のどこかに、鉱夫たちが寝泊まりしていた場所があるはずだ。もし資料や何かがあるんだとしたら、そこじゃないか?」

 トワリスも、ユーリッドの視線を辿って上流のほうを見ながら、頷いた。
この排水の川にたどり着くまでは一本道で、他に道などなかったから、鉱夫たちの生活圏は、この上流にあるのだろう。

 三人は、黒い排水の上方に向かって、再び固い岩の上を歩き始めた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.167 )
日時: 2016/05/19 08:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: sE.KM5jw)

 上流に向かって進んでいくと、さほど歩かぬ内に、道が二手に別れたところへと出た。
一方はそのまま川に沿った道で、もう一方は、川から外れた道である。

 三人は、地下水に棄てることで廃液の処理を行っているとしたら、川に沿った道の先には精錬場があるのだろうと予想して、外れた方の道を進んだ。
すると、程無くして、完全に獣人(ひと)の手が入っているであろう、舗装された細長い通路に出た。

 通路は、もうハイドットの岩壁などはなく、光源が一切ないため真っ暗であった。
流石にこのまま進むのは危ないと、三人は、木棒に脂を含ませた布を巻いて、松明を二つ用意すると、ユーリッドとトワリスでそれを掲げながら、一歩ずつ注意深く進んでいく。
奇病にかかった生物どころか、自分達以外、なんの気配も感じないこの静けさが、妙に薄気味悪かった。

 しばらく進むと、今度は両側の壁に沢山の扉が並ぶ、広場のようなところに出た。
扉の上部につけられた金属板には、それぞれ違う番号が書かれている。
おそらく、部屋番号か何かだろう。

「予想的中だな。多分、ここは鉱夫たちが過ごしてた部屋ってとこだろう」

「そうだね。探ってみよう、何か見つかるかもしれない」

 そうして、どの部屋に入ろうかと周囲を見回すと、不意に、ファフリが口を開いた。

「ねえ、あの扉だけ、他のものより少し大きいわ」

 ファフリが指差した、左側の一番奥にある扉は、確かに他の扉に比べ、大きく頑丈そうであった。
しかも、その扉だけ取っ手がついていないところを見ると、おそらく引き戸になっているのだろう。

 三人で近づいてみて、扉の金属板を見てみるが、錆と汚れで何が書かれているのかは分からない。
だが、通常より大きく、横に長いその金属板には、おそらく部屋番号以外のものが書かれていたのだろうということが伺えた。

 トワリスは、ユーリッドとファフリに少し離れるように言うと、扉の脇の壁に背を当て、そっと剣を抜いてから、素早く扉を引いた。

 すると、埃と共にむわっと強烈な腐敗臭が漏れ出してきて、三人は思わず手で鼻と口を覆った。

(死体の臭い……)

 トワリスはそう確信すると、眉をしかめて、ユーリッドたちのほうを見た。

「……手分けをしよう。この部屋は私が探るから、二人は別の部屋をお願い」

 トワリスの言葉に、何かを察したようで、ユーリッドはこくりと頷いた。

「ああ、分かった。じゃあ俺たちは、鉱夫たちの部屋に何かないか探すからな」

 そう言って、ユーリッドたちは向かいの部屋へと入っていく。
それを見届けると、トワリスは、用心しながら引き戸の先に、足を踏み入れた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.168 )
日時: 2016/10/17 01:46
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 部屋の中は埃がひどく、決して綺麗とは言えない状態であったが、案外、物は整頓されていた。
床には、ハイドットの鉱石や剣の入った大袋が並べて置いてあり、壁に設置された本棚には、ぎっしりと書類や本が詰められている。

 荒らされた様子がないことや、ハイドットが持ち出されていないことなどから、南大陸に渡った商人たちは、おそらくこの部屋には訪れていないのだろう。

 本棚を漁ると、そこにあったほとんどの書類は、ハイドットの武具の発注や輸送、あるいは鉱夫の名簿、生産数の記録に関するものなどであった。

 他には、鉱山の全体図などもあったが、トワリスが求めているような、廃液の処理方法についての記述は見当たらない。

 全体図を見るに、やはりあの排水の川の先には精錬場が位置しているようで、そのことからも、廃液をあの川にそのまま流していることは明らかだ。
この全体図と、採取した廃液、それからハイドットなどを持ち帰れば、証拠はもう十分と言えるのだが、それをいざサーフェリアの国王に報告するとなると、必ず教会が立ちはだかってくるだろう。

 とにかく召喚師側の輩(やから)を排斥したい、あの教会のことだ。
何かしら文句をつけてくるに決まっている。
それならば、もっと確実で決定的な証拠が、あるに越したことはない。

(……精錬場は川の先。採掘場は、ここから少し行った洞窟か……)

 ちょうど、ハイドットの岩壁があった坑道と、この鉱夫たちの生活圏の間の位置に採掘場があることを確認すると、トワリスは、全体図を自分の荷にしまった。

 それから、今度は床にある袋を漁って、ハイドットの短剣と、その欠片を一つずつ取ると、それらも荷に加える。
すると、そのとき、袋と本棚の隙間から、なにかがどしゃりと崩れて、倒れてきた。

(…………)

 床に溜まった埃を巻き上げて、倒れてきたのは、この腐敗臭の発生源──獣人の死体だった。
室内に放置されていたせいか、白骨化はしていないが、膨張なども見られないため、ガスや体液は完全に抜けきっているようだ。
死んでからかなり経っているように見えた。

(……臭いがするってことは、奇病にかかっていたわけじゃないのか……)

 ふと、トルアノのシュテンのことを思い出して、顔をしかめる。
奇病にかかると、どんなに大怪我を負っていても生き続けるようだし、あのハイドットの刺激臭には虫も寄ってこないのか、シュテンは臭いはおろか、患部に虫が涌いてすらいなかった。
つまり、この死体は、奇病にはかかっていなかったということだ。

 何故こんなところで亡くなったのかは分からないが、何かに襲われたと考えるのが妥当だろう。
本棚の側に転がっていた、壊れた魔力灯をちらりと見て、トワリスはそう思った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.169 )
日時: 2016/05/24 19:35
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: sjVsaouH)


 もうこれ以上この部屋を調べていても仕方がないと、引き戸から出ると、ちょうど、ユーリッドたちも向かいの部屋から出てくるところであった。

「トワリス、なにか見つかったか?」

 トワリスは、どこか疲れた様子で首を振った。

「いや、倉庫みたいなところではあったけど、大したものは見つからなかったよ。この鉱山の地図くらいかな」

 そう言うと、ユーリッドとファフリが顔を合わせて、こちらに寄ってきた。

「……じゃあ、これ。正式な記録とかじゃないから、役に立つか分からないけど……」

 ユーリッドがトワリスの目の前に差し出したのは、黒い革表紙の小さな冊子だった。
受け取って、裏を見てみると、そこには『タラン』と書かれている。

「これ……手記……?」

 問いかけると、ファフリが小さく頷いた。

「向かいの部屋で見つけたの。タランさんっていう獣人が、書いてたんじゃないかしら」

 トワリスは、手記に松明の光を近づけると、一つ頁をめくった。
そこには、闊達な文字で、こう記されていた。

──ミストリア歴、九三五年。
ロージアン鉱山にて。

 トワリスは、微かに顔をあげると、ユーリッドのほうを見た。

「今、何年だっけ?」

「えっと……九六三年だから、その手記が書かれたのは、二十八年前ってことになるな」

「二十八年……」

 それだけ聞くと、トワリスは、更に次の頁をめくった。

 紙は黄ばんで、ばりばりとしており、中にはくっついてめくれない頁もあるようだったが、ほとんどの頁は読めそうだ。
文字のインクも、所々滲んでいるが、解読不能というほどではない。

 トワリスは、静かな声で、手記を読み始めた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.170 )
日時: 2016/05/27 18:58
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 69bzu.rx)


━━━━━━━━

ミストリア歴、九三五年。
ロージアン鉱山にて。

ハイドットの発見により、国中が歓喜している。
その生産・精錬に携われること、私は一国民として、誇りに思う。

八月三日
ハイドットの剣は、噂に違わぬ素晴らしい一振りとなる。
しかし、精錬した際に出る廃液の臭いが原因で、今日、一人倒れた。
廃液は、強烈な臭いを発する。
すぐに排水として流さねばならない。

八月十二日
今日も二人倒れた。
私も、左手の皮膚が、溶けるように痛む。
医術師に診てもらったが、原因が分からない。

九月二十日
ソルムが倒れた。
倒れた者は皆、声をかけても反応がない。
私の左腕も、動かなくなった。
何かがおかしい。

九月二十九日──休暇
スレインと共に、鉱山の外に出た。
黒い排水が、川にそのまま流れている。
鉱山内で倒れた者たちと、同じ症状の病が、周辺の村で流行っているらしい。

十月十三日
鉱夫が何名か、奇怪な姿の生物に襲われた。
まるで、魔界から来た化け物のようだった。
この鉱山は、何かが変だ。

十月十四日
鉱山の従業員も、周辺に棲む獣人たちも、謎の病にかかり、次々と倒れている。
彼らは夜になると動きだし、他の獣人を襲う。
外に現れる化け物のような動物たちも、一様に同じだ。
私達は、一度ハイドットの採掘、及び武具の生産を中止させ、このことをミストリア城に伝えた。
病人たちは、やむを得ず動けないように縛って、独房にまとめて閉じ込めた。

十一月十日
城から、ハイドットの生産を続けろとの命令が下った。
召喚師様は、何を考えていらっしゃるのか。

…………

ミストリア歴、九三六年
二月九日
従業員の数が、初期に比べて半分以下になった。
私達は、城からの命令を無視し、鉱山の活動を休止させた。

五月二十日
恐ろしいことが判明した。
ハイドットの精錬の際に出る廃液が、強い毒性を持つことが分かったのだ。
奇病の原因も、おそらくこれだろう。
私達はこのことを、再び召喚師様に伝えるべく、ノーレントに伝令を送った。

六月十八日
ミストリア城から、ついに鉱山の活動停止の命令が下った。
私達は、すぐに撤退の準備を始めた。
なんの疑いも持たず、廃液を地下水として流してしまっていたことが、ひどく悔やまれる。

六月二十一日
信じられないことに、再びハイドットの生産を続けろとの命令が寄越された。
私達が命令に背かぬよう、ミストリア兵団から兵士が見張りとして派遣された。
私達は、生産を続けるしかなかった。

七月三日
兵士たちが、奇病にかかった者たちを、ノーレントへ連れて行った。
奇病の治療法が見つかったとのことだ。
ソルムが、無事に回復して帰ってこられることを祈る。

ミストリア歴、九三七年

奇病にかかった者たちは、まだ帰ってこない。

ミストリア歴、九三八年

一月十一日
スレインが、鉱山を出ていった。
兵士達が彼女を追っている。
どうか無事であってほしい。

ミストリア歴、九三九年

ハイドットの廃液をこのまま垂れ流し続ければ、いずれミストリアは壊れるだろう。
しかし、私達にはどうすることもできない。

ソルムたちは、まだ帰ってきていない。
ミストリア城からの連絡もない。

━━━━━━━━

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.171 )
日時: 2017/08/15 14:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 はっきりと読むことが出来るのは、ここまでだった。
そのあとも何か綴られていたが、用紙の劣化が激しくて読めない。

 最後の頁をめくり、トワリスがぱたりと冊子を閉じると、何かがはらりと地面に落ちた。
拾ってみると、それは“スレイン”の文字が入った栞(しおり)であった。

(スレインって……鉱山で働いてたっていう、手記に出てきた女の人……?)

 樹脂を素材とした、掌程の栞。
しかし、その表に描かれている赤い木の葉の模様を見た瞬間、トワリスは、一瞬心臓が止まったのではないかという程の、衝撃を受けた。

「トワリス?」

 だが、目を見開いて硬直したトワリスを覗きこんで、ユーリッドが話しかけてくると、トワリスは、小さく首を振って、そっとその栞を懐にしまいこんだ。
そして、もう一度手記を開くと、その文面をじっと見ながら言った。

「……ありがとう、二人とも。これで十分、証拠になるよ」

「そうか、よかったよ。まだ何か探すか?」

「……ううん。少し休憩したら、もうここを出よう。こんなところに長時間いるのは、危険だ」

 トワリスの言葉に、ユーリッドとファフリは頷いた。

 本当は、もう少し手記の内容に触れたかったのだが、そうしなかったのは、ファフリの顔色が真っ青だったからである。
手記の記述からして、ハイドットの廃液の危険性を知って尚、生産を続けさせていたのは、やはり召喚師のようだ。
ファフリは、その現実が受け止めきれてないのかもしれない。

 それに、この手記とこれまでの証拠さえあれば、廃液の流出が奇病の原因だということは、はっきりと証明できる。
他にほしい情報といえば、なぜ奇病にかかった獣人達がサーフェリアに襲来したのか、ということだが、それに関しては、ロージアン鉱山を探っても分からないことだろう。
なぜなら、手記にはそのことが記述されていない、すなわち、鉱夫たちは何も知らないということだからである。

──兵士たちが、奇病にかかった者たちを、ノーレントへ連れて行った。
奇病の治療法が見つかったとのことだ。
ソルムが、無事に回復して帰ってこられることを祈る。

──奇病にかかった者たちは、まだ帰ってこない。

 ミストリアには移動陣というものが存在しないようだから、仮に自力で海を渡ってサーフェリアに来たとして、それでも、船の手配等を考えると、民衆の力だけで渡ったとは考えづらい。
まして、思考力などないであろう、奇病にかかった獣人たちなら、尚更だ。

 とすると、やはり何か組織的な力が動いているとするのが妥当であり、タランの手記に記されている、『ノーレントに連れていかれた病人たち』が、サーフェリアに送られたという可能性が高い。
治療をするためにノーレントに行った、とは書いてあるが、帰って来ない上に、城から連絡すらないというのは、どう考えても不自然だからである。

 おそらく、召喚師の命令かなにかで、兵士たちは、治療をするからとロージアン鉱山の鉱夫たちに嘘を言い、奇病にかかった者たちを拐(さら)ったのだろう。
そして、魔力を持つ者を狙うという彼らの性質を利用して、ルーフェンや魔術師たちを襲わせるため、サーフェリアに送った。

 つまり、ロージアン鉱山で働いていた者たちは、奇病にかかった獣人達がどうなったのかを、一切知らない。
知っているのは、召喚師や当時この鉱山に派遣されていた兵士くらいのはずである。
だから、これ以上、この鉱山を探っても、何も有力な情報は出ないだろう。

 これまでの旅で、もうトワリスの任務はほとんど遂行できたようなものだ。
奇病の原因は分かったし、襲来の理由も、先程の推測で間違いないように思える。
あくまで推測でしかないだろう、と言われてしまえばそこまでだが、逆に言えば、それ以外にミストリアがサーフェリアに獣人を送る理由など、ないのだから。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.172 )
日時: 2016/06/03 18:36
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: kct9F1dw)



 トワリスは、ユーリッドとファフリが、休憩すべく床に腰を下ろしたのを確認すると、こっそりと荷の中から一枚の紙を取り出した。
これだけは無くすまいと、丈夫な革の袋に入れていたものだ。

 目一杯広げたとしても、大きめの本の表紙程度しかないこの紙には、サーフェリアへと通ずる移動陣が描かれている。
一度しか使えない、特殊な移動陣だ。

 移動陣は、特別に魔力が集中しやすい場を選んで敷くもので、本来は、こんな紙に描いて持ち歩けるようなものではない。
ただ、移動陣とは元々サーフェリアの召喚師一族が生み出した魔術のようで、ルーフェンは度々応用的に発展した移動陣を使っているから、今回は特例ということで、彼が作ったものをトワリスが持っているのだ。

 海を渡らずにミストリアに来られたのも、サーフェリアに帰れるのも、こうした移動陣の特殊な使い方をしたからこそ成せた技である。

(これを使えば、サーフェリアに帰れる。帰ろうと思えば……私、もう帰れるんだ……)

 そう思うと、ずっと胸の中にあった底知れぬ不安が、一気に取り払われたような気がした。
しかし、どうしても、喜ぶ気分にはなれない。
ずっとずっと、サーフェリアに帰りたいと思っていたのに、まだ一つだけ、気掛かりなことがあった。

(もし、私がこの場からいなくなったら……)

 トワリスは、釈然としない表情で、ユーリッドとファフリのほうを見つめた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.173 )
日時: 2016/06/04 23:23
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: kct9F1dw)

 今が朝なのか、それとも夜なのか。
日の光が届かない鉱山の中では、現在の時刻など分からなかった。
しかし、鉱山に入ってから、もう一日は経過しているだろう。
流石に、これ以上歩き続けるのは得策ではないと、三人はしばらくの間、扉が並ぶ広場で休んでいた。

 休むといっても、長時間強烈な悪臭に曝されているせいで、食事など喉を通りそうもなかったし、まして、くつろごうという気分でもない。
あくまで足を休ませるだけ、という感じであった。

 憔悴したような表情で、ずっと黙りこんでいるファフリを見ながら、ユーリッドが言った。

「……眠れそうなら、寝てもいいんだぞ。奇病にかかった生物も、思いの外いないみたいだし……襲われる心配もなさそうだから」

 ファフリは小さく微笑み、大丈夫だと告げたが、その表情はやはり疲労しきっているようであった。

 トワリスは、周りを見回して、ユーリッドたちのほうに視線をやった。

「そういえば、確かに奇病にかかった奴等がいないね。もっといるかと思ったんだけど……」

「ああ、俺もそう思ってたんだ。気味悪いくらい静かだし……まあ、このまま無事に鉱山を抜けるまで、出てこなくていいんだけどさ」

「……そうだね」

 ぼんやりと返事をして、トワリスは目を伏せる。

(このあと、鉱山を抜けたら……)

 トワリスは、再び目線をあげて、ユーリッドとファフリを見つめると、静かな声で尋ねた。

「……ファフリたちは、鉱山を抜けたらどうするの?」

 二人の顔が、一瞬不安げに歪む。
答えが返ってこない内に、トワリスは再び口を開いた。

「……私は、目的通り任務をこなせたから、故郷に帰ろうと思うんだ」

「…………」

 つかの間、三人の間に、重い沈黙が流れる。
しかし、すぐにユーリッドは笑顔になると、答えた。

「そっか。……ここまでありがとう、トワリス。俺たちは……まあ、南大陸でなんとかやっていくよ。なんだかんだ言って、俺たちの身の上じゃあ、南大陸のほうが安全だと思うしな」

 ユーリッドの明るい表情がひどく痛々しくて、トワリスは、なんと言葉をかけて良いか分からなかった。

 黙っているわけにもいかないが、妙な慰めをするのも気が引ける。
いくらユーリッドとファフリが放っておけないからといって、トワリスは、ミストリアに残るわけにはいかないのだ。

(もう、何もできないだろう……私には……)

 そう自分に言い聞かせて、唇を噛む。

 仮に、自分がミストリアに残ったとしても、南大陸にいることを追っ手に把握されている以上、いつかはまた兵団に襲われることになるだろう。
それ以前に、このまま奇病が広がっていけば、南大陸自体が崩壊するかもしれない。
そうなれば、トワリスにだってどうしようもできないのだ。

 ミストリアには、もうこの子達の居場所はない。

(……じゃあ、サーフェリアは……?)

 そんな考えが、一瞬頭に浮かんで、トワリスは慌てて振り払った。

 サーフェリアに一緒に行こうだなんて、言ってどうするというのか。
サーフェリアには今、獣人を怨む者たちが大勢いる。
そんな人間の国に連れて行ったって、結局ユーリッドのファフリの居場所なんてない。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.174 )
日時: 2016/06/09 16:55
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 393aRbky)


 押し黙ったトワリスが、何かを言う前に、不意に、ファフリが口を開いた。

「鉱山を抜けたら……私、ミストリア城に戻るわ」

 思いがけない言葉に、トワリスとユーリッドが瞠目する。

「……は……? ファフリ、何言ってるんだ……?」

「ミストリア城に戻るのよ。戻って、この奇病のことを……ロージアン鉱山のことを、お父様にお伝えするわ」

 目を見開いたまま唖然としているユーリッドに、ファフリは、真剣な顔つきで続けた。

「タランさんの手記を読む限り……廃液のことを報告されていたにも拘わらず、鉱山の活動を続けろと命令したのは、ミストリア城──つまり、お父様だわ。でも、私やっぱり、どうしてもお父様がそんなことするとは思えないの。きっと、何か理由があったのよ。だから、私が直接お父様に、ちゃんと伝わるように、言いに行く」

 ユーリッドは、少し青ざめた顔で、ファフリのことを見つめていた。
しかし、やがて何かが切れたようにばっと立ち上がると、声を荒らげた。

「なに馬鹿なこと言ってるんだよ! そんなことしたら、会った瞬間に殺されるに決まってるだろ!」

 ファフリが、びくっと肩を揺らす。
しかしファフリは、ユーリッドと同じように立ち上がると、強い口調で言い返した。

「じゃあユーリッドは、この現状を放っておけって言うの!? いつ廃鉱になったのかは分からないけど、何年もこの廃液を川に流し続けて……これじゃあ、川を塞き止めでもしない限り、ハイドットの廃液はミストリア中にどんどん広がっていくわ。皆が奇病で苦しんでるのに、それを黙って見過ごすなんて、しちゃいけない! 私は次期召喚師なのよ!」

「……っ、次期召喚師、次期召喚師って……!」

 ユーリッドが、ぐっと拳を握って、ファフリを見つめる。
そして、激情をおさめるために、一度息を吸うと、ユーリッドは低い声で言った。

「……ファフリは、召喚師になりたいのかよ……」

「え……?」

 ファフリが、心細げに瞬きをする。

「……この間から、次期召喚師だから、次期召喚師だからって言ってるけど……もし、ファフリが召喚師一族だから民を助けなきゃっていう使命感で、そんなことを言ってるなら、俺はやっぱり賛成できない。召喚師だとか召喚師じゃないとか、そんなの、どうだっていいじゃないか。俺もアドラさんも、ファフリが次期召喚師だから、一緒に着いてきたわけじゃないんだぞ……? ファフリに、生きて幸せになってほしいから、着いてきたんだ」

「…………」

「もちろん、召喚師っていう役割は、やめたいからやめられるってほど甘いもんじゃないって、俺も分かってる。だけど、それでも! そんな召喚師の柵(しがらみ)から解放されてほしいって……普通の民として幸せを見つけてほしいって、お妃様はそう願ったから、ファフリを城の外に逃がしたんだ! ……俺やアドラさんだって、そう思ってるよ。ファフリが笑って、楽しく過ごせる未来があるなら……それを実現させたいって思うから、ここまで戦ってきたんだ!」

 ファフリは、なにも答えない。
ユーリッドは、悲痛そうな表情を浮かべて、更に言い募った。

「ファフリが……奇病のことを見過ごせないって言う気持ちも、確かに分かるよ。でも、俺たちがミストリア城に行ったって、殺されるだけだ。……殺されに行くなんて、俺は絶対認めない」

 最後にそれだけ言って、ユーリッドは再び座りこんだ。
ファフリは、涙を堪えたような表情で、黙ったまま俯いている。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.175 )
日時: 2021/04/15 16:14
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)

 その時だった。
突然、地面が激しく揺れ始めて、石床がべこりと沈んだ。

「地震……!?」

 立っていられなくなって、体勢を崩したファフリを受け止めると、ユーリッドが叫ぶ。
そして、揺れが止まった、と思った刹那、砕け散った石床の破片が飛んだと思うと、地面から、巨大なモグラのような生物が現れた。

「────!」

 それは、モグラのようではあるが、体表は溶け出した蝋のように皮膚が剥き出しており、前肢に備わった爪は、異常なほど長く、鋭く尖っている。
こんな生物は、見たことがない。

「なっ、これも奇病にかかってるのか……!?」

「でも、魔力なんて使ってないだろ!」

 焦ったように、ユーリッドとトワリスが言う。
その横で、ファフリは、この広場から更に奥へと続く通路を見つめると、はっと息を飲んだ。
通路の向こうに、ファフリともトワリスとも違う、けれど、かつて感じたことのある別の魔力を感じたからだ。

「とにかく逃げるぞ!」

 ユーリッドの掛け声と共に、三人は通路の奥に向かって駆け出した。

 化物は、足先の爪で地面を破壊しながら、凄まじい勢いで突進してくる。
いずれ追い付かれてしまうことは目に見えていたが、隠れる場所などない通路では、とにかく走るしかなかった。

 やがて、化物がすぐ後ろに迫ってきたことを悟ると、トワリスは振り返って、持っていた松明を投げつけ、一気にそれを魔力で爆発させた。
しかし、炎の勢いが足りず、化物の体表には着火しない。

 トワリスは、舌打ちして双剣を抜刀すると、自分めがけて降り下ろされた脚の爪を避けるのと同時に、爪が地面にめり込むのを見るや否や、飛び上がって、化物の背に剣を刺した。
それによって、のけぞった化物の背後に回ると、今度は、ユーリッドが後肢に剣を突き立てる。

 ギャアアッという断末魔が響いて、地面がぶるぶると震える。
そして、傷口から緑色の体液を振り撒きながら、化物が動きを止めたとき、トワリスとユーリッドは、再び逃げに徹するべく、化物から距離をとった。

 しかし、次の瞬間。
三人は、全身にぶわっと鳥肌が立つほどの、鋭い殺気を感じた。
これは、化物から発せられているものではない。
戦闘慣れしたトワリスやユーリッドでさえ、動けなくなるほどの殺気だった。

 まるで、心臓を鷲掴みにされたような、そんな恐怖に縛られながらも、咄嗟に、三人は地面に伏せた。
すると、目の前が光った、と思ったときには、爆音が耳をつんざいて、続いて巻き起こった爆風に、三人は吹っ飛ばされた。

 何が起こったのか分からぬまま、緩慢な動きで顔をあげる。
しかし、しばらくは、突如起きた強烈な光と爆音のせいで、目も耳も使い物にならなかった。

 やがて、肌がちりちりと焼けるように痛みだすと、徐々に全身の感覚が戻ってきて、その時、三人はようやく立ち上がることができた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.176 )
日時: 2016/06/12 23:03
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: noCtoyMf)


「な、んだったんだ……今の……」

 呆然とした様子で立ち尽くして、ユーリッドが言う。
不思議なことに、周囲を見回すと、先ほどの化物がどこにもいなかった。
忽然と、消えてしまったかのようだ。

 トワリスは、ふと、通路の岩壁が完全に崩れ去っていることに気づくと、ゆっくりとそちらに歩いていった。
どうやら、先の爆発で岩壁の一部が消し飛んだらしい。

 崩壊した岩壁の先には、別の広場──洞窟のような空間が広がっていた。
洞窟の壁には、最初に通った坑道と同じように、所々ハイドットの結晶が形成されている。

(ここは……採掘場……?)

 ふと、鉱山の全体図を見たときに、今いる鉱夫たちの生活圏と、ハイドットの岩壁があった坑道の間に、採掘場があったことを、トワリスは思い出した。
壁が崩れたことで、この通路と採掘場が、繋がってしまったのだろう。

 身を乗り出して、採掘場を見回してから、トワリスは、さっと身構えた。
奥の方に、三人の人影が見えたからである。

 一人は、背の低い猫の獣人、もう一人は、長い黒髪を持った中性的な顔の人物、そして、その真ん中に立つ大柄な鳥人の男は、通常では考えられない量の魔力を身に纏っていた。

(もしかして、さっきの爆発は、この鳥人が……?)

 そうだとしか、考えられなかった。
あの爆発は、相当な魔術の使い手でなければ、起こせないものだ。

 そして、ミストリアでこんなにも膨大な魔力を持つ獣人を、トワリスは、ファフリ以外に一人しか知らない。

 嫌な汗が、じっとりとこめかみに流れる。

 鳥人の男は、鳶色の目を細めて、じっとこちらを見た。

「まだ化物の生き残りがいたのかと思えば……何故、お前たちがここにいる」

 地を這うような、低い声。
その瞬間、トワリスと同様に採掘場に脚を踏み入れたファフリとユーリッドが、目を見開いて、身を凍らせた。

「なっ……どうして……!」

 尋常ではない動揺ぶりで、ユーリッドが後ずさる。
それを最後に、男の鳶色の瞳に捕らえられたまま、足がすくんで、なにも考えられなくなった。

 ファフリは、異常なほど震えた手で口元を覆うと、ひどく怯えた声で、言った。

「お父、様……っ」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.177 )
日時: 2021/02/23 22:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)

 ファフリは、瞠目したまま、その場に崩れ落ちた。
まるで、床に全身を縫い付けられてしまったかのように、声も出なかったし、動けなかった。

 このただならぬ威圧感を感じながら、トワリスは、小声でユーリッドに言った。

「お父様って……まさか……」

 ユーリッドは、小刻みに震える拳をぎゅっと握って、答えた。

「あいつが、リークス王──ミストリアの、現召喚師だ……」

 その瞬間、トワリスも、思わず目を見開いて、再びリークスの方へ視線を向けた。
最悪だ、と思った。
召喚師を相手に、敵うはずがない。

 立ち竦んで、動かない三人を見下ろしながら、リークスは一歩、こちらに踏み出した。
その重々しい足音が、三人を縛る緊張に、更なる重圧を与える。

 このままでは、ファフリとユーリッドは、確実に殺される。
リークスは、まだ一言も発していなかったが、身に纏う雰囲気だけで、それが分かった。

 トワリスは、ぐっと唇を噛むと、足に力を込めた。
とにかく、時間を稼がなければ、と思った。
逃げる時間を──。
逃げる手立てを、考える時間を──。

「────っ」

 震える足で床を蹴って、前に出ると、トワリスはリークスの前で跪(ひざまづ)いた。

「……お初にお目文字つかまつります。私、サーフェリアから参りました、トワリスと申します。ご無礼を承知で、ミストリアの国王陛下に、申し上げたいことがございます」

 切迫した声でなんとか言葉を紡ぎだし、顔をあげると、背後で、ユーリッドとファフリがはっと息を飲む音がした。
リークスも、すっと目を細める。

「サーフェリアだと……?」

「──はい」

 額に、冷たい汗が噴き出してくるのを感じながら、トワリスは言った。

 本当は、たとえ任務が失敗に終わったとしても、自分がサーフェリアから来たことを明かすなんて、したくはなかった。
もしリークスが、サーフェリアに敵意を持っていたとしたら、ファフリやユーリッドだけでなく、自分も確実に殺されるからだ。

 しかし、二人を見殺しにすることなど、今更できない。
仮に、自分が見逃されることになったとしても、二人が殺されるくらいなら、可能性は低いが、全員が生き延びる方に賭けてみようと思った。

 すなわち、今、時間を稼いでいる内に、何かしら手立てを考えて、三人全員でこの場から逃げる、という可能性だ。

 それに、ホウルやファフリの話を聞く限りは、このリークスという召喚師は、サーフェリアに攻撃をしかけようという強い意志があるようには思えなかった。
召喚師である以上、国同士の争いなど起こせば、利益よりも犠牲のほうが多いことなど分かっているだろうし、おそらく、彼がこだわるのは、あくまでミストリア内のことだ。
だったら、むしろ素直に事情を話してみれば、なにか聞き出せるかもしれない。
いわば、これは分の悪い賭けだった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.179 )
日時: 2016/06/18 19:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: nEqByxTs)



 リークスが、腹に響くような、太い声で問う。

「……そなた、獣人ではないのか」

 必死に頭を回転させながら、トワリスは、はい、と答えた。

「三十年ほど前に、ミストリアから、何名かの獣人が海を渡って、サーフェリアに来たのはご存知でしょうか。私は、その獣人の内の一人と、人間の混血です。故に、生まれも育ちも、サーフェリアなのです」

 無表情でこちらを見下ろすリークスに対し、声が震えるのを自覚しながら、トワリスは続けた。

「今回、私がミストリアに参りましたのは……南大陸における、奇病の感染者のことです。彼らは、半年以上前から、突如としてサーフェリアに現れるようになり、何人もの人間を襲い、殺してきました。これは、サーフェリアの魔力に誘き寄せられた獣人たちが、ただ偶然に海を渡ってきたのか、それとも、ミストリアが故意に、サーフェリアを襲わせるために獣人たちを送り込んだのか……この、真相を、お聞かせ願いたく、馳せ参じた次第でございます」

 トワリスが言い終わると、不意に、リークスが険しく眉を寄せた。
その鋭い目付きに、トワリスは一瞬身構えたが、リークスが視線を向けたのは、すぐ側にいた、気の弱そうな猫の獣人であった。

「キリス」

 その呼び声と共に、リークスの凄絶な眼差しを受けて、キリスは震え上がった。
キリスは、直ぐ様トワリスの前に飛び出し、床に額を擦り付けるように土下座をすると、弱々しい声で言った。

「もっ、申し訳ございません、申し訳ございません……! どうぞ、お許しください……それは、この私、キリスが故意にしでかしたことでございますっ」

 予想外の展開に、トワリスは目を丸くして、キリスを見た。

「全て、私がやったことなのでございます……! 病にかかった獣人たちを舟にくくりつけ、サーフェリアの方角に向けて、海に放ちました。奴等は刺しても斬っても、死にませぬ。故に、我々では手に負えず、海に流せば、ついでにサーフェリアにとって脅威になるのではと……出来心で! もう、誓って、絶対に致しませぬ! ですから、どうか、お許しください……!」

 キリスは、何度も何度も指の短い手を擦り合わせながら、トワリスに頭を下げた。

 彼の言うことが本当なら、つまり、一連の出来事は、リークスの意思ではなく、このキリスという男が水面下で行ったこと、ということになる。

 思わぬことにトワリスが思考を停止させていると、リークスが、力任せに、キリスの頭を踏みつけた。
みしっ、と嫌な音がして、キリスが短く悲鳴をあげる。
リークスは、苦虫を噛み潰したような顔でキリスを見ると、次いで、トワリスに目をやった。

「サーフェリアに、交戦の意思はあるのか」

 トワリスは、慌てて首を振ると、慎重に言葉を選びながら、答えた。

「い、いえ……ミストリアにそのご意志がないのであれば、サーフェリアも、交戦は望みません」

 そう答えると、リークスは一瞬沈黙して、キリスから足をどかした。
そして、トワリスの横に移動すると、言った。

「……ミストリアも、交戦は望まぬ。獣人を送るような真似も、二度とせぬ。……これで良いな」

 その問いかけに対し、トワリスは、大人しく肯定の意を示すしかなかった。
しかし、まだ肝心なことは、何一つ思い付いていない。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.180 )
日時: 2016/06/25 23:31
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 予想以上に、時間が稼げなかったことに焦って、トワリスが身を起こすと、そのとき既に、リークスの足は、ファフリとユーリッドの方に向かっていた。

 どうにかして、また時間を稼がなければ──。
そう思って、立ち上がると、リークスは、そんなトワリスの心境を察していたかのように、トワリスを眼光鋭く睨み付け、言った。

「──話が済んだのなら、サーフェリアに帰るが良い。私の邪魔をするなら、殺す」

 まるで、全てを見透かすような言葉に、身体が動かなくなる。
それでも、ぐっと唇を噛んで、やむ無く双剣に手をやろうとした、その時だった。
トワリスは、不意に、ぞわっと背筋が泡立ったのを感じた。

 しかし、振り返ったときには、既に遅く。
瞬間、胸から肩にかけて熱い衝撃が走り、同時に、膝が砕けて力が抜けた。

「……っ、かはっ……」

 喉の奥から、鉄の臭いが込み上げてくる。
ごぷり、という嫌な咳と共に、口から鮮やかな血液が滴った。
一瞬、何が起こったのか分からなかったが、胸の内からどんどんと体温が抜けていくのを感じて、トワリスは、すぐに胸部を斬られたのだと悟った。

 自分の名前を叫ぶ、ユーリッドの声がする。
だが、もうそちらを見る力はなかった。

 踏ん張りがきかず、重力のまま地面に倒れ込むと、頭上から、くつくつという笑い声が聞こえてきた。

 黒髪の、男とも女ともつかぬ、中性的な顔が、こちらを覗き込んでくる。
トワリスは、視線だけを動かして、その橙黄の瞳を見つめ返すのが、精一杯であった。

「……親子の対面を邪魔してやるな。出来損ないの娘と、死に損ないの父親、どちらが生き残るのか……見物ではないか」

「……はっ……っ」

 声を出しても、掠れたうめきにしかならない。
トワリスは、とにかく、必死に呼吸を繰り返すことしかできなかった。

 すると、不意に振り返ったリークスが、トワリスたちの方を見た。

「エイリーン殿、あまり手を出さないで頂きたい」

「…………」

 エイリーンは、リークスの言葉に、一瞬不愉快そうに顔を歪めた。
だが、ふと袖を口元に持ってくると、まあ良い、とだけ呟いて、トワリスから離れた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.181 )
日時: 2016/06/26 00:10
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: gKP4noKB)


 ユーリッドは、近づいてきたリークスをきつく睨み付けると、腰の剣に手をやった。
しかし、その手が柄を握る前に、空気の塊のようなものが真横から衝突してきて、ユーリッドは、岩壁まで弾き飛ばされた。

 ハイドットの、硬い結晶が背中にぶち当たって、息が詰まるような衝撃がくる。

 リークスは、激しく咳き込むユーリッドを見ながら、冷たい声で言った。

「……貴様か、ユーリッドとか言う人狼の小僧は。アドラはどうした? 本当に死んだか?」

「…………!」

 ユーリッドの目に、怒りが灯る。
だが、リークスは顔色一つ変えることなく、無感情な声音で続けた。

「愚かな……大人しく私に従っていれば良かったものを。非力な小娘一匹のために、命を捨てるとは……」

 ユーリッドは、ぎりっと奥歯を噛み締めると、憤激に全身が震えるのを感じた。

「……愚かなのは、どっちだ……っ」

 リークスの眉が、ぴくりと動く。
ユーリッドは、今出る精一杯の声を張り上げて、再びリークスを睨み付けた。

「お前は、一国の王である前にファフリの父親だろっ! 娘の命を平気で奪おうとするような屑(くず)に従うくらいなら、死んだほうがましだ──!」

 怒鳴り終えた途端、今度は、真上から空気の圧がのしかかってきて、ユーリッドは地面に崩れ落ちた。
骨格の軋む音が、めきめきと全身から聞こえてくる。

 リークスが、ユーリッドに向けて手をかざすと、その圧はどんどんと重みを増していった。

「やめて──っ!」

 ファフリは、ユーリッドにかざされたリークスの腕にしがみつくと、首を振りながら泣き叫んだ。

「やめてっ、これじゃあユーリッドが死んじゃう! もう、お父様の言う通りにするわ、死ねって言うなら……死ぬから、だから、ユーリッドとトワリスを殺さないで……! お願い……!」

 リークスは、腹立たしげに顔をしかめると、ファフリの頭を殴り付けて、そのまま腕を振り払った。
がんっ、と鈍い音がして、ファフリが地面に叩きつけられる。

 その小さな体を更に蹴り飛ばすと、リークスは、ファフリを見下ろした。

「引っ込んでいろ、お前はあとで殺す」

「…………っ」

 ファフリは、嗚咽を噛み殺して、瞳に凄絶な光を宿した。

 ユーリッドも、トワリスも、もう動けない。
自分が助けなければ、ここで全員死んでしまうだろう。
このまま二人が殺されてしまうところを見るのは──それだけは、絶対に嫌だった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.184 )
日時: 2016/07/01 12:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: sFi8OMZI)


 ファフリは、再びユーリッドの方を見やったリークスに向かって、唱えた。

「汝、窃盗と悪行を司る地獄の総統よ。
従順として求めに応じ、我が身に宿れ!
──カイム!」

 全身がざわめき、ファフリの周りに光の輪が浮き出る。
そこから、輝く刃がいくつもいくつも噴き上がって、刃は、まばゆい残光の尾を引きながら、閃光のごとくリークス目掛けて飛んでいった。

 地に響く轟音をあげて、土煙が舞い上がる。
ファフリは、その光景を見つめている内に、ふと、自分にはっきりと意識があることに気づいた。
初めて、自分の意思で、召喚術を行使したのだ。

 しかし、次の瞬間。
視界の悪い土煙の中から、大きな手が伸びてきたかと思うと、その手はファフリの首を掴んで、そのまま彼女の身体を持ち上げた。
リークスの手だ。

 首を絞められて、喘ぐように呼吸するファフリを見ながら、リークスは、嘲(あざけ)るように口端を吊り上げた。

「──笑止。ようやく召喚術を使えるようになったと思えば、やはりお前はこの程度か。殺気すら纏えぬ次期召喚師など、ミストリアには必要ない」

「……ぁっ……うっ」

 リークスの手に、更に力が加わる。
朦朧(もうろう)とし始めた意識の中で、それでもファフリは、リークスから視線を外さなかった。

 そんなファフリの眼差しが気に食わなかったのか、リークスは、口元に浮かべていた笑みをふいと消した。

「……いいだろう、殺されたいというなら、まずお前から殺してやる」

(っ、ファフリ……っ!)

 殺気を膨れ上がらせたリークスを見て、ユーリッドは、ぎりぎりと唇を噛んだ。
口の中に、血の味が広がっていく。

 無理矢理立ち上がろうとすると、リークスからの重圧を受けた骨格が悲鳴をあげて、ぼきっと乾いた音がした。
しかし、このまま倒れていては、本当にファフリが殺されてしまう。

 全身に走る激痛に構わず、身を起こそうとしたとき。
視界の端で、倒れていたトワリスが、口を動かした。

 ユーリッドは、はっとしてトワリスに視線をやると、彼女の唇を読み取る。
そして、ぐっと全身に力を込めると、ユーリッドはついに立ち上がり、血を吐き出すように叫びながら、リークスに向かって走り出した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.185 )
日時: 2016/07/02 19:35
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: sFi8OMZI)


 脚を動かす度に、骨が軋む音がする。
だが、それ以上の力が、ユーリッドを突き動かした。

 まさか、ユーリッドが起き上がるとは思っていなかったリークスは、背後から凄まじい絶叫が聞こえてきた瞬間、一瞬耳を疑った。
しかし、その叫びは幻聴などではなく──。
思いがけず瞠目し、こちらを振り返ったリークスの顔面に、ユーリッドが突きだした拳が、入った。

「────っっ!」

 よろめいたリークスの手から、ファフリが解放される。
力なく落ちてきた彼女の身体をかき抱くと、ユーリッドはそのまま、トワリスの元に全力疾走した。

 トワリスは、震える手で、腰の革袋から一枚の紙──移動陣が描かれた紙を取り出すと、そこに自分の血を塗りつけた。
そして、ユーリッドとファフリがこちらに飛び込んできた、その瞬間。
渾身の力を込めて、移動陣を、地面にだんっ、と叩きつけた。

 かっと採掘場が光に包まれ、三人の姿が、その場から消える。
ほとんど、一瞬の出来事であった。

 突然のことに、リークスは放心して、しばらくその場から動けなかった。
キリスも、一体何が起こったのか理解できないといった様子で、呆然と立ち尽くしている。

 しかし、やがてエイリーンのくつくつという笑い声が聞こえてくると、二人は、はっと我に返った。

「ほう、奴等、サーフェリアに逃げおったぞ。嬲(なぶ)っておらずに、さっさと殺せば良かったというのに」

 可笑しそうに目を細めて言ったエイリーンに、リークスが、怪訝そうに眉をしかめた。

「……ここから、サーフェリアにだと? どういうことだ」

「移動陣じゃ、お前たちは知らぬであろうな。今の魔力、サーフェリアの小僧が作ったと見える」

「…………」

 リークスは、忌々しげに唇を歪めると、口惜しさに青筋を立てた。
そんな彼の怒りを煽るように、エイリーンは愉しげに言う。

「ふっ、無様よのう。お前はそうして、この国で永遠に燻っておるがよい。サーフェリアには、我が出向いてやろう」

 エイリーンは、そう言い残すと、召喚術の詠唱をして、まるで煙のように姿を消した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.186 )
日時: 2017/08/15 14:40
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 リークスは、怒り心頭といった様子で、先程ユーリッドに殴られた口元を拭った。
そして、エイリーンが消え去った跡を睨むと、続いて、キリスに視線をやった。

 その貫くような視線に、キリスは思わず後ずさったが、すぐさま土下座の体制をとる。

「……二十年前、何故私の命令を無視し、鉱山の活動を再開させたのだ」

「もっ、申し訳ございません……!」

「何故かと問うている、答えよっ!」

「ひぃっ!」

 凄まじい剣幕で怒鳴られて、キリスは縮み上がった。
しかし、答えなければ確実に殺される。

 キリスは、汗や涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、必死になって言葉を紡ぎ出した。

「……ハイドットの、ぶ、武具は、魔力を吸い取ります故、使いようによっては、魔力を、無効化することが出来ます……! で、ですから、人間や精霊族に、我ら獣人族の恐ろしさを知らしめる、格好の武器になると考え、勝手ながら、ハイドットの生産を、再開させたのでございます! 廃液によって、多少の犠牲を払ってでも、ハイドットの生産は、続ける価値があると──全ては、ミストリアの為になると! そう思ってのことなのでございます……!」

 瞬間、頭部に衝撃が走って、キリスはリークスに蹴り飛ばされた。
視界が揺れて、地面に打ち付けた後頭部から、じわじわと温かいものが滲み出てくる。

 身体を丸め、呻(うめ)き声をあげているキリスを睥睨(へいげい)して、リークスは、吐き捨てるように言った。

「もう二度と、私の前に現れるな。目障りだ」

 その言葉が聞こえたのか、聞こえなかったのか。
キリスは、ぴたりと動きを止め、声も出さなくなった。

 そんなことは気にも止めず、リークスは、鉱山から出るべく踵を返す。
すると、ふと立ち眩みがして、少しの間、歩みを止めた。
どうやら、久々に召喚術を行使したため、疲れが出たようだ。

 ファフリがカイムを召喚した際、リークスも、フェニクスを召喚していたのである。
フェニクスは、他の悪魔の力を無効化する能力があるのだ。

 目を閉じて、目眩に耐えていた──と、その時だった。
ずぶりと、肉を裂く音がして、リークスの口から血潮が滴った。
ゆっくりと振り返ってみれば、背後には、倒れていたはずのキリスがいる。

「……あ、貴方様が、悪いのですよ……。私の考えを、分かって下さらないから……」

 こちらの様子を窺うように、キリスが顔を上げる。
その瞳は、狂気を孕んでいた。

「……っき、さま……っ!」

 キリスに激昂の目を向けて、リークスは魔力を高める。
だが、高めれば高めるほど、身体から力を奪われていくように、一向に魔力が集まらない。

 キリスは、瞳孔が開ききった目で、勝ち誇ったように言った。

「無駄ですよ、陛下……。今、貴方様の心の臓を貫いたのは、ハイドットの短剣です……! 魔術も、召喚術も使えません」

 短剣が、勢いよく引き抜かれる。

 リークスは、徐々に視界が朧になっていくのを感じながら、どしゃりと膝をついて、倒れた。

 キリスは、しばらくその様子を、呆然と眺めて震えていた。
その震えが、恐ろしさからくるものなのか、悦びからくるものなのかは、分からなかった。

 しかし、やがて、恐る恐るリークスに近づくと、その頭に、もう一度短剣を突き立てた。
そして、二度とリークスが動かないことを悟ると、ぬらぬらと血に濡れたハイドットの短剣を、目の前にかざした。

「はっ、はは……!」

 自然と、キリスの顔から笑みがこぼれる。

「すごい! すごいぞ……! ハイドットさえあれば、獣人は無敵だ! 召喚師にだって勝てるんだ……!」

 キリスは、勝利の快感に酔いしれ、血まみれになったリークスの頭を蹴りつけると、げらげらと大笑いした。

「リークス王、間違ってるのはお前の方だ! ハイドットの生産を中止? 冗談じゃない、こんな素晴らしいもの、どんなに犠牲を払ったって、手放してなるものか──!」

 ハイドットの短剣を抱き締めて、キリスは満ち足りた気分でいた。
ハイドットさえあれば、自分はもう無敵である。
人間も精霊族も、魔力さえ封じてしまえばこちらの勝ちだ。
召喚師でさえ、脅威にはならない。

 キリスは、堪えきれずに再び笑い声をあげると、リークスの死体を見下ろした。
自分はどうして、こんな愚かな王を恐れていたのだろう。
今となっては、不思議でたまらない。

「ミストリアの新王は、俺だ……!」

 キリスは天を仰ぎ、歓喜に身を任せて、そう叫んだ。


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.187 )
日時: 2016/11/15 18:23
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

†第四章†——対偶の召喚師
第一話『来訪』


 日が傾き始めた頃。
岩棚に寝転がっていたルーフェンがふと目を開けると、それと同時に、傍らで座り込んでいた老人──ラッセルも顔を上げた。

「……誰か、結界の内に入ったな」

 しわがれた声で、ラッセルが言う。
ルーフェンは、気だるそうに身を起こした。

「……獣人か」

「いいや、これは人の気配じゃのう」

「人?」

 予想外の返答に、ルーフェンが聞き返す。
すると、その時、上方の岩場から、まるで猿のような身軽さで、一人の女がラッセルの横に降り立った。

 女は小柄で、年齢を窺わせない若々しい顔立ちをしていたが、左の片目が潰れており、どこか謎めいた雰囲気を持っている。

「人ならば、私が追い払ってこようか。ルーフェンは休んでいるといい」

 女は、太股に仕込んであった小刀を抜くと、抑揚のない声で言う。
だが、ルーフェンは首を横に振った。

「いや、いいよ、ノイちゃん。多分、俺の客だから」

 そう言って、突き出した岩に手をかけると、ルーフェンは勢いをつけて飛び上がる。
そうして崖の頂上まで登ると、目先の草一本生えないその岩場には、案の定、二人の男が立っていた。
鎧などは着けておらず軽装だったが、剣帯には細身の剣と暗器を吊るしており、目元以外は覆面で隠されている。

「……召喚師、ルーフェン・シェイルハートとお見受けする」

 男の一人が、こもった声で問いかけてくる。
それに対し、ルーフェンは、やれやれといった様子で男達に向き合うと、わざとらしく肩をすくめた。

「さあ? 君達、こんな南方の地まで来てご苦労なことだけど、人違いじゃないの?」

 軽い口調で言うと、もう一人の男が、苛立ったように怒鳴った。

「ほざけ! その銀の髪と瞳、間違いなかろう!」

 男達は、それぞれの剣を抜き払うと、腰を落として構えた。
ルーフェンは、それを見て苦笑した。

「なにそれ。分かってるなら、聞かなくていいのに」

「──覚悟!」

 その言葉を無視して、男達が一気に間合いを詰めてくる。
ルーフェンは丸腰のまま、向かってくるうちの一人に狙いを定めると、ふざけたように言った。

「あーあ、もう最近こんなのばっかり。いい加減にしろよ──と!」

 すっと目を細めて、男を睨む。
その瞬間、睨まれた男は、突如見えない壁にぶち当たったように仰け反って、そのまま爆風に巻き込まれたかのごとく、後方に吹っ飛んで動かなくなった。

 それにぎょっとして、一瞬動きを止めたもう一人の男の懐に、ルーフェンは素早く飛び込む。
そして、鳩尾を膝で蹴り上げ、つんのめった男の手から剣を奪い取ると、うつぶせに倒れた男を仰向けに蹴り転がし、その腹を強く踏みつけた。

「俺、召喚師様よ? こんなんで殺されるわけないでしょーが」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.188 )
日時: 2016/07/17 16:48
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: kkPVc8iM)

読ませていただきました!


まず登場人物からして魅力的なキャラばかりですね〜。
私個人的にはやっぱり主人公のファフリちゃんが好きですかね。ザ・主人公って感じで可愛いです。
トワリスさん……結構苦労してますね……、見てて応援したくなりますw


取り敢えず言いたいのはファフリちゃんのパパ上最悪ですねw
こんなに可愛い娘を殺そうとしますかね……w私だったら絶対無理です。
皆凄い事件に巻き込まれ、死にかけてますね……。
如何か皆には平和と幸せが訪れますようにと祈るばかりです。


それと、やはり私なんかより卓越した文章力の高さには舌を巻きました。
何これ凄い。
イラストも舐め回すように全部見ました((キモイ
ハイクオリティすぎて死ぬかと思いました。テスト勉強ほっぽり出して何してんだって話ですよね。


キャラもストーリーも文章力も文句なしってあれですよね、神はなんとかっていいますよねw
私にも分けてくれよって感じですなw


最後に長ったらしい文章にまりましたが本当に読みやすくて面白かったです!!
またコメントさせていただきますね。
雑談の方でもよろしくおねがいします^^

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.189 )
日時: 2016/07/18 12:03
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: q6B8cvef)

ルビーさん

 コメントくださり、ありがとうございます^^

 ファフリは、私の中でも極力「かわいい女の子」を目指して作った登場人物だったので、そういって頂けて嬉しいです!
多分、今作だと、好きって言ってくださる読者さんが一番多いのはファフリかもしれないですね。それか、早期退場したアドラ氏(笑)
 トワリスは、宮廷魔導師としては甘い未熟者かもしれませんが、作品を支えてくれてるオカンですw
実質闇の系譜シリーズの主人公は彼女(とルーフェン)なので、是非応援してやってください。

 ファフリのパパンは、確かに父親としては最低最悪ですねw
まあでも、彼の中での最優先事項は国を護ることであって、しかも今ちょうど家臣に裏切られ、あの世でしょんぼりしてると思うので、なんとか許してあげてください(笑)
 そうですね、召喚師二人(パパンとエイリーン)に出くわしたので、流石に全員瀕死状態ですね。
ユーリッドはともかく(えw)、女の子二人に怪我をさせるのはちょっと嫌だったんですが、そこは男女差別なしということで結構派手にやらせてもらいました。
とりあえずファフリとユーリッドは、バッドエンドにはなりませんので、ご安心くださいっ

 外伝のほうのイラストもご覧くださったようで、感謝申し上げます(*^。^*)
私も嬉しすぎて死にそうです。
そんなにお褒め頂くと調子に乗りそうですが、とりあえず喜びの舞を踊っておきますね!
文章は正直あまり自信ないのですが、文句なしと思ってくださったのなら安心です(^_^;)
キャラとストーリー、読みやすさも、今後も良しと言って頂けるように精進いたします!

 テスト勉強のお邪魔をしてすみませんでしたw
またお時間あるときにでも、覗いてしかもコメントくださったりなんかしちゃったら、狂喜乱舞します。
こちらこそ、雑談でもリク板でもよろしくお願いいたします。
私も、またルビーさんの小説のほうお邪魔しますね。
返信も長くなってしまいましたが、本当にありがとうございました^^

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.190 )
日時: 2016/07/21 23:30
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ルーフェンの勝ち誇ったような言葉に、男は、悔しそうにぎりぎりと歯を食い縛る。
それを見ながら、からからと笑って、ルーフェンは男の腹にどかりと腰を下ろすと、奪った剣先をその喉元に突きつけた。

「さーて、男を組み伏せる趣味はないけど、一応聞こうか。誰の差し金でここに来た?」

「…………」

 男は、何も答えない。

 ルーフェンは嘆息すると、男の帯や胸元をごそごそと探って、彼の首に紐がかかっているのを見つけると、それを手繰り寄せて引きちぎった。
軽く装飾の施されたその紐の先についていたのは、小指の先程の小さな女神像。

 ルーフェンは、それを掌の上で転がすと、呆れたように笑った。

「へえ……イシュカル神の小像が付いた首飾り、か。随分と洒落たもの着けてるね」

 言いながら、空いている手で乱雑に首飾りを放り投げ、落下してきたところを再び掴みとって見せると、男の目の色が、明らかに変わった。
ルーフェンは、それを見逃さず、続けてその小像を地面に落とし、踏みつけようとすると、目を見開いた男が、ついに口を開いた。

「穢らわしい手でイシュカル様に触れるなっ!」

 ルーフェンは、足を止めると、首飾りを拾い上げて男を見た。

「……やっぱり、イシュカル教徒か」

「黙れ! この、呪われた悪魔使いがっ!」

 男は、荒い息を繰り返しながら、ぎらぎらとした目付きでルーフェンを睨む。

「我々人間は、イシュカル様のご加護の下にあってこそっ、真に平和でいられるのだ! 貴様のような邪悪な殺人鬼は、サーフェリアから消えろ! 我らイシュカル教徒は、正義のために戦う勇士! 召喚師など恐れはせぬ──!」

「…………」

 顔を真っ赤にして、男は喚き散らす。
しかし、ふと表情を消したルーフェンが、ぐっと首筋に刃を押し当てると、男は静かになった。

 ルーフェンは、男の皮膚に僅かに食い込んだ刃を、しばらくじっと見つめていた。
だが、やがて小さく息を吐くと、ゆっくりと突きつけていた剣を退け、男の上からどいた。

「……死にたくなかったら、大人しく帰んな」

 男は、素早く飛び起きると、ルーフェンを警戒したように見つめる。
ルーフェンは、冷めた目で男を見やると、静かな声で言った。

「帰って、君の主に伝えるんだ。下らないことはやめろってね。わかった?」

 それだけ言って、ルーフェンは身を翻す。
男は、険しい表情のまま、その場から動かずにいたが、ルーフェンが完全に背中を向けたのを確認すると、にやりと笑った。
そして、剣帯に吊ってあった暗器を手に取ると、駆け出して背後からルーフェンに襲いかかる。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.191 )
日時: 2016/07/25 22:47
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: sNU/fhM0)



 暗器の刃先が、ルーフェンの首をとらえた。
──はずだった。

 しかし、すんでのところで、ずぶりと肉を裂く音がして、男は瞠目した。
ルーフェンが、振り向き様に男の脇腹を横から斬りつけたのだ。

 ルーフェンは、抜いた剣をくるりと回転させて、逆手に持ち変えると、その場で崩れかけた男の頭に、ぐさりと突き刺した。
男は、脳天から血を噴き出すと、そのまま地面の上に倒れた。

「……だから帰れっつったのに、馬鹿だなあ」

 独りごちて、剣を男の側に突き立てる。
そして、ぱんぱんと手を払うと、いつの間にか、岩棚から上がってきていたラッセルとノイを見た。

「……捨て駒といって良いほどの刺客じゃったの。教会も人使いが粗いようじゃ」

 死んだ男の亡骸を覗きながら、ラッセルが言う。
ルーフェンは、眉をあげると、いつもの調子で肩をすくめた。

「まあ、命令されてきたのかは分からないけどね。案外、自分から志願して俺を殺しにきた物好きかも」

「……人気者じゃのう、おぬしは」

「そうそう、モテる男は辛いのよ」

 けらけらと笑っておどけていると、不意に、どこかへ走っていったノイが、何かを大きなものをこちらにぶん投げてきた。
どしゃあっと砂埃をあげて落下してきたのは、最初に、ルーフェンが魔術で吹き飛ばした男の身体である。

 ノイは、ルーフェンとラッセルのほうに戻ってくると、冷静に言った。

「……死んだ奴はともかく、こっちの気絶してる男はどうすればいいの。私達リオット族の土地に、生きた王都の人間を置いていかれても困るわ」

 ルーフェンは、投げられた男の顔をみて、ぽんっと手を打った。

「ああ、忘れてた。どうしようか」

 呑気な声をあげて、ルーフェンが考え込む。
そんな彼を横目に、ラッセルは、手首から先のない棒のような腕で、男の首筋に触れると、ふむ、と頷いた。

「確かに、気絶しているだけで息はあるようじゃの」

「……とりあえず、生きて帰すにしても、この物騒な刃物は没収ね」

 気絶して尚、男によって強く握られていた剣を取り上げると、ノイはその剣を枝切れのように素手でぼきっと真っ二つに折ると、ぽいっと放り投げた。

 それを見て、ルーフェンが囃(はや)すように口笛を吹く。

「相変わらずの怪力ぶりだね、ノイちゃん」

「リオット族なら、これくらい誰でもできるわ。……握手してあげようか?」

「ノイちゃんなら大歓迎……って言いたいところだけど、握りつぶされそうだから遠慮しておくよ」

 そんなルーフェンとノイの軽口を聞きながら、ラッセルはよっこらせと立ち上がると、気絶した男の襟首を、指のある方の左手でひょいと持ち上げた。

「ノイや、ここから北西に、魔導師団の砦の跡地があるじゃろう。この男は、そこに置いてこい。あそこならば、雨風も凌げる。……なに、元々ここまで来た人間じゃ。自力で帰れるじゃろう」

「……そうね。わかった、投げてくる」

「投げんで良い、置いてこい」

 ノイは、ラッセルから、自分よりも二回りほど大きな男を受け取ると、同じように襟首をつかんで、ずるずると引きずっていった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.192 )
日時: 2021/02/04 11:07
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)

 それを見送ると、ラッセルは一つため息をついて、ルーフェンを見上げる。

「……助けてくれと言われたり、死ねと言われたり、召喚師というのもなかなか忙しない職業じゃの」

「はは、全く、その通り」

 ルーフェンははあっと息を吐いて、ぐぐっと伸びをした。

「こっちは変な獣人にまで追いかけ回されてるってのに、これじゃあ身が持たないっての。たまには広ーいふかふかベッドで、大の字になって寝たいもんだね」

「……固い岩の上が嫌なら、このラッセルが膝枕してやるぞ」

「おじいちゃんの膝枕も、充分固いでしょうよ」

 からかうように言って、ルーフェンはラッセルの禿げ頭をぺしぺしと叩いた。
ラッセルは、しばらくされるがままになっていたが、やがて、ふと顔だけルーフェンに向き直ると、穏やかな声で言った。

「……冗談はさておき、おぬし、もう少しここにおるのじゃろう」

 ルーフェンが、頭を叩いていた手を止める。

「んー……どうしよっかな」

「いた方が良い。その獣人というのはよう分からんが、四六時中魔力を放出したままというのは、いくらおぬしでも堪(こた)えよう。その役目、一時的に代わってやるから、もう少しここに残れ。ふかふかベッドはないがな」

 思いの外、真剣な面持ちで告げてきたラッセルに、ルーフェンは黙りこんだ。
そして、小さく笑みを溢すと、何か考え込むようにして、目を伏せる。

 だが、ある時はっと顔をあげると、ルーフェンは、赤くなった西の空を見て、目を見開いた。

「……どうした、今度は」

「いや……」

 窺うように目を細めたラッセルに、ルーフェンは一度口を開きかけ、閉じると、含み笑いをした。

「……移動陣が使われた。国外で」

「国外? あんなもん、サーフェリア以外にもあったのかね?」

 驚いて眉を上げたラッセルに、ルーフェンは頷いた。

「いや……今使われたのは、多分、俺が持たせた方のだ」

 ルーフェンの言葉の意味がわからず、ラッセルは怪訝そうに表情を曇らせた。
だが、端から説明する気はなかったようで、ルーフェンは何も言わずに、外套の頭巾を深く被る。

 ラッセルは、それを見ると、呆れたようにため息をついた。

「なんじゃい、結局王都に戻るんか。折角この老いぼれが、力を貸してやろうと言うたのに」

 そう言って、半目で睨んでやると、ルーフェンはからからと笑った。

「まあまあ、俺がいなくなって寂しいのは分かるけど、そんないじけないでよ」

「やめい、気色悪い」

 鳥肌が立ったと腕をさすりながら、ラッセルはルーフェンを追い払うように、手をしっしっと振る。
ルーフェンは、それに対して、ひどいだの何だのと言いながら、シュベルテへ通ずる移動陣がある方へと、身体を向けた。

「……じゃあ、助かったよ。ノイちゃんたちにもよろしく」

「ああ。ハインツにも顔を出せと伝えておけ」

「はいよー」

 一度だけ振り返って、ルーフェンが返事をする。
ラッセルは、それを見ながら、しばらくしてルーフェンとの距離が開くと、再び声を上げた。

「また、何かあったら来い」

 端的に告げると、ルーフェンは今度は、手をあげて応えた。
肯定したのか否定したのか分からぬ、その曖昧な態度は、彼らしいと言えば彼らしいが、どうにも危なげで心配になる。
しかし、注意したところで、意味はないのだろう。
あの男は、昔から危なっかしい性分なのだ。

 すーっと駆け抜ける乾いた風の音が、崖の底にこだましていく。
ルーフェンは、夕暮れの光の中に、静かに消えていった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.193 )
日時: 2016/07/31 01:39
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: yl9aoDza)

  *  *  *


 雨音を遮るような、凄まじい雷鳴が響いている。
その音で目を覚ますと、ファフリは泥を跳ねあげて、びくりと起きた。

 どれくらい、この大雨の中、自分は眠っていたのだろう。
まるで槍のように降る雨は、ファフリの体温をすっかり奪ってしまっている。

 ここはどこなのか。
時刻はいつなのか。
全く見たことのない景色に、ファフリは、氷のような手を擦り合わせながら、必死になって周囲を見回した。

 すると、周りを囲む森の奥──少し行った先に、石造りの大きな門が見えた。
その門の向こうには、どうやら大きな街が広がっているようだったが、ノーレントではない。
知らない街だった。

 暗雲に覆われた空を見上げるも、この空模様では、今がいつなのか測れない。

 目頭が熱くなって、視界がにじむ。
突然、どこか知らない世界に一人、置いてきぼりにされたような、そんな不安が胸一杯に広がった。

 その時、微かに、誰かが自分を呼ぶ声がした。
振り返ると、うつ伏せに手をついて倒れたトワリスが、確かにファフリの名を呼んでいた。

「トワリス!」

 涙声で叫んで駆け寄ると、トワリスは、か細い声で、途切れ途切れに言った。

「この、先に……煙突の、家が……」

 ファフリは、トワリスの口元に耳を近づけると、凄まじい雨音の中から、彼女の声を聞き分けた。

「この先に、煙突のある家があるの?」

 トワリスが、微かに頷く。
彼女が指していたのは、門がある方ではなく、森の奥だった。

「そこ、に……」

「そこに……? そこに、行けばいいの?」

 ファフリは、震える声で必死に問いかけたが、それっきり、トワリスは気を失ったようで、なにも言わなくなった。

 続いて、ファフリは木の下で倒れているユーリッドを見つけると、慌てて駆け寄った。

「ユーリッド! ユーリッド!」

 ユーリッドは、何度呼び掛けても、ぴくりとも動かない。
手を握っても氷のように冷たかったし、胸に手を当ててみても、自分の手が震えているせいか、呼吸しているのかどうか分からなかった。

 ユーリッドの側に手を突くと、微かに温かい何かが掌に付着して、ファフリは息を飲んだ。
雨水ではない、赤黒いそれは、ユーリッドの腹部の辺りから滲み出している。

 ファフリは、頭が真っ白になって、しゃくりあげながらユーリッドの手をきつく握りこんだ。

「ユーリッド……嫌だよ……。死んじゃ嫌だよ……お願い……」

 叩きつける鋭い雨粒が、ざあざあと唸って、三人の体を貫く。

 ファフリは、しばらくの間、握ったユーリッドの手を額に当てて、祈るように泣いていた。
しかし、やがてゆっくりと立ち上がると、先程のトワリスが指した方へ、嗚咽を漏らしながら走っていった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.194 )
日時: 2016/08/02 21:32
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: vKymDq2V)

  *  *  *


 ぐつぐつと、何かが小気味よく煮える音がする。
同時に、食欲をそそるなんとも良い匂いが鼻孔をくすぐって、ユーリッドは静かに目を開けた。

 視線だけ動かすと、目先にある暖炉に、鍋がかかっていた。
その蓋を持ち上げながら、車椅子に乗った女が、満足そうに頷く。
長い赤毛を二つに結った、見たことのない若い女だった。

「うーん、完璧! マルシェ家特製、トマトとクリームチーズリゾットの完成よ!」

 女は、早口でそう言い、器用に車椅子を操作して大皿を持ってくると、鍋の中身を皿によそった。

「すごい……とっても美味しそう……」

「でしょでしょ? 私、料理の腕だけは誰にも負けない自信あるんだから。ファフリちゃんも、遠慮しないで一杯食べてね」

 そう言って笑う女の横には、よく見ると、ファフリの姿があった。
ファフリは、女の手元を覗きこんで、小さく微笑んでいる。

 ユーリッドは、微かに身じろぎすると、掠れた声を出した。

「ファ、フリ……?」

 その瞬間、はっとして、ファフリが振り返る。
ファフリは、ぼんやりとした様子で目を開くユーリッドを見ると、みるみる目に涙を溜めて、寝台に駆け寄った。

「良かった、ユーリッド……! 目が覚めたのね! 私、私……もしユーリッドが死んじゃったら、どうしようって……!」

 ファフリの濡れた瞳の奥に、安心の色が浮かぶ。
それを見た途端、これまでの記憶がどっと押し寄せてくるのと共に、ユーリッドも、心の底からほっとした。
今、どういう状況で、ここがどこなのかは一切分からなかったが、それでも、自分達はあのリークス王から逃れ、生きているのだという実感がふつふつと湧いてきたのだ。

「ファフリこそ、本当に良かった……無事で……」

 安堵の息を吐き、そう言葉を漏らすと、ファフリはぽろぽろと泣きながら、ユーリッドに抱きついた。
ふわっとファフリの匂いに包まれると、身体の芯が温かくなって、思いがけず、目の前がにじんだ。

「せっ、先生ー! ダナ先生ー! カイルー!」

 ファフリの脇にいた車椅子の女が、唐突に大声を上げる。
すると、部屋の扉が開いて、二人の男が入ってきた。
一人は腰の曲がった老人、もう一人は、まだ十代半ばくらいの少年であった。

「そんなに叫ばなくても聞こえるよ、姉さん。一体何事?」

「ユーリッドくんがね! ユーリッドくんが起きたのよ! ダナ先生、早く診て!」

 興奮した様子で女が言うと、ダナと呼ばれた老人は、摺り足でユーリッドに近づいた。
そして、添え木と共に包帯が巻かれていたユーリッドの腕や腹部を確かめると、滝のように流れる眉毛を持ち上げて、目線を動かした。

「調子はどうだね。腹に違和感はあるかい?」

 そう問われて、ユーリッドは、試しに上体を起こそうとした。
しかし、全身の骨が軋むように痛んで、上体どころか頭さえあげられない。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.195 )
日時: 2016/08/29 15:24
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 身を起こして、心配そうにこちらを見るファフリに一度苦笑してみせると、ユーリッドは、ダナの方に視線をやった。

「全身、痛くて仕方ない……。でも、腹はなんともないみたいです」

 ダナは、その返事を聞くと、ふむ、と頷いて、ユーリッドの腕を触りながら言った。

「折れた骨が内臓に突き刺さってるのではと懸念しておったが、その心配はないようだ。もうあとは、回復に向かうだけだろう。頑丈だのう、ユーリッドくんとやら」

 ユーリッドとファフリは顔を見合わせると、ほっと息をはいた。
その横で、女が盛大に鼻をすする。

「ぅうぅうう……よがっだわね、ファフリぢゃん……!」

「姉さん泣かないでよ、リゾットに鼻水が入るだろ」

 少年が、冷静に突っ込んで、女の手からリゾットの入った皿を取り上げる。
ユーリッドは、ダナを見たあと、今度は女と少年のほうに目をやった。

「あの、助けてくれてありがとうございます。えっと……」

「リリアナよ。リリアナ・マルシェ。こっちは弟のカイルっていうの。気にしないで、困ったときはお互い様よ!」

 赤毛の女──リリアナは、前掛けで涙をごしごしと拭うと、カイルと共にユーリッドの側に寄った。

「ファフリちゃんから、大体の事情は聞いたわ。大変だったのね……。トワリスのお友達だもの、なんだって協力するから、今は安心して、ゆっくり休んでね。追っ手だって、こんなところまでは来やしないわよ」

 追っ手が来ない、という言葉に、ユーリッドは少し目を見開いて、ファフリを見た。
ファフリは、真剣な表情でユーリッドを見つめ返すと、何から説明すべきか迷っている様子で、答えた。

「あのね、ユーリッド……ここは、サーフェリアなの……」

「サー、フェリア……?」

 思いがけない言葉に、ユーリッドは、目に驚愕の色をにじませる。
言われてみれば、確かにリリアナたちには、獣の耳も、鋭い爪も牙も、なにもかもがついていない。

「えっと、じゃあ……貴方たちは、人間……?」

 戸惑った様子のユーリッドに、リリアナは頷いた。

「そうよ、私達は人間。そしてここは、サーフェリアのヘンリ村っていう小さな村よ。一昨日、ユーリッドくんとトワリスが王都の東門近くに倒れているのを、ファフリちゃんがうちまで知らせに来てくれて、村の人たちに手伝ってもらって、ここまで運んできたの。あの日はすごい雨だったし、血の跡とか痕跡は全て流れたみたいだから、心配しないでね」

「…………」

 そこまで聞いてユーリッドは、全ての状況を理解した。
つまり、二日前にトワリスによってサーフェリアに移動した自分達は、リリアナたちに助けられ、今ここにいるというわけだ。

 リークス王に襲われたあのとき、トワリスは、自分は獣人の奇病について調べるために、サーフェリアから来たのだと言っていた。
そして、リークスからファフリを奪取し、トワリスの元に走っていったときに自分は気を失ってしまったから、きっと、あの瞬間に、トワリスの力でサーフェリアに渡ったのだろう。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.196 )
日時: 2017/08/15 14:58
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ユーリッドは、理解しつつも、未だに信じられないといったような思いで、ふと横の寝台を見た。
首がうまく動かないため、気づかなかったが、すぐ隣には、青白い顔をしたトワリスが横たわっている。

 ファフリは、再び心配そうな顔つきになって、ダナを見た。

「あの、ダナさん。トワリスは……どうなんでしょうか。まだ一度も目を覚ましてないし……」

 ダナは、長い顎髭を撫で付けながら、静かにトワリスの側に行くと、彼女の腹から肩口にかけて巻かれている包帯を見た。

「さてのう、傷は縫ったし、ひどい化膿は見られんから、そろそろ目覚めても良いとは思うんだが……。何分、出血が酷かったから、なんとも言えんなあ。ヘンリ村には、医療に長ける者は多くいるが、皆、現場からは引退した年寄りばっかりじゃ。本当は、設備の整ったシュベルテの診療所に送る方が、良いんだろうが……」

 そうして口ごもったダナの言葉を拾う形で、カイルが口を開いた。

「でもシュベルテになんか連れていったら、トワリスがミストリアから帰ってきたこと、教会にばれるだろ。容態が悪化してるわけじゃないんなら、ひとまずうちでかくまってたほうがいいと思うけど。それに、そこの二人がサーフェリアに来たことだって、トワリス以上に教会に知られたらまずいよな」

 カイルが、ファフリとユーリッドを示す。
リリアナは、会話についていけてないといった様子のユーリッドたちに、穏やかな声で説明した。

「……サーフェリアにはね、一年くらい前から、獣人が次々と渡ってきていて、人間を襲ってたのよ。このあたりの事情は、知ってる?」

 リリアナの問いに、ユーリッドとファフリは神妙な面持ちで頷く。
二人の頭には、トワリスがリークスに話していた内容が蘇っていた。

「そう……なら話は早いわね。それで、サーフェリアにはイシュカル教会っていう勢力があるんだけど。そいつらが、獣人との混血であるトワリスを、ミストリアと通じてサーフェリアを襲わせた売国奴だって騒ぎ立てて、この子を無理矢理ミストリアの調査に向かわせたのよ。サーフェリアに襲来してる、獣人について探れってね。単身他国に送り込むなんて、死ねって言ってるようなものなのに……」

 リリアナは、怒りと悲しみが混ざったような悲痛な表情を浮かべて、横たわるトワリスの髪を撫でた。

(そうか、だからトワリスは、ミストリアで奇病にかかった獣人について調べてたんだな)

 ユーリッドは、そう納得すると、目を伏せた。
その横で、同じように不安げに目を伏せると、ファフリが言った。

「……そんな状況なら、この国の人間たちは皆さん、獣人のことをひどく嫌ってますよね。じゃあ私達、尚更ここにいない方がいいんじゃ……」

 ぽつんと漏れた呟きに、しかし、リリアナはすぐに首を横に振った。

「そんなことないわ!」

 ファフリの手を、リリアナが力強く握る。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.197 )
日時: 2016/08/12 17:43
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: A4fkHVpn)



「だって二人とも、ミストリアに戻ったら、また命を狙われちゃうんでしょう? それなら、やっぱりここにいるべきよ。確かにサーフェリアだって、安全とは言えないけど……それでも、ミストリアよりはましだと思うわ。大丈夫、貴方たちはあの変な獣人じゃないんだから、そのことをちゃんと国王陛下に相談してみましょう? 教会に目をつけられる前に、上手く陛下にご相談できれば、サーフェリアに滞在するくらい、お許し頂けるんじゃないかしら」

「まあ、トワリス嬢も、表向きは宮廷魔導師の正式な任務として、ミストリアに向かったからのう。任務完了を陛下に報告して、その事実が公になりさえすれば、流石の教会も、トワリス嬢に露骨な手出しは出来なくなるだろうて」

 リリアナとダナの言葉に、ユーリッドが眉をしかめた。

「でも、そう簡単に国王陛下に謁見することなんて、できるんですか? トワリスはともかく、俺たちは完全に他国の獣人だし……。ミストリアの次期召喚師が来たなんていったら、敵視されるんじゃ……」

 ユーリッドと同意見だ、という風に頷くと、ファフリもリリアナに目を向ける。
すると、リリアナは表情を明るくして、返した。

「心配いらないわ。国王への取り次ぎは、任せられる人がいるの。彼なら教会と同等の権力を持ってるし、きっと二人のことも助けてくれるわ」

「……彼?」

「ええ。ルーフェン・シェイルハート様って言うの。サーフェリアの現召喚師様よ」

 それを聞いた途端、ファフリが驚いた様子で、目を見開いた。

「えっ、ちょっと待って。召喚師は、国王陛下のことではないんですか?」

 カイルが、淡々とした声で答える。

「サーフェリアでは、王家と召喚師一族は別だよ。国王がいて、その下に教会と召喚師がつくんだ。それに、サーフェリアの教会は、女神イシュカルを信仰していて、悪魔のことは邪悪と穢れの象徴として見ている。だから教会と召喚師一族は、水面下で対立関係にあるし、トワリスみたいな召喚師側の奴らは、教会に目をつけられやすいんだ。そういうわけだから、トワリスもあんたらも、教会に見つかる前に、なんとかルーフェンに会えればいいんだけど……。あいつ、放浪癖があるから、一体今どこにいるんだか……」

 そう言って、カイルははぁっとため息をつく。
ファフリは、そんな彼の言葉を聞きながら、心臓の鼓動が速まるのを感じていた。

(サーフェリアの、召喚師……)

 知らず知らずに、握った拳に力が入る。

 召喚師というと、なんとなく自分の一族以外には、存在しないものと思っていた。
しかし、召喚師は、国に必ず一人存在する絶対的な守護者である。
ミストリアにリークスという召喚師が存在するならば、当然、サーフェリアにも召喚師はいるはずなのだ。

 自分とも父とも違う、悪魔を使役しうるまた別の存在──。
召喚術に関しては、これまでリークスが全ての指標だったファフリにとって、自分と同じ力を持った者が他にもいるというのは、なんとも不思議な感覚だった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.198 )
日時: 2016/09/16 22:31
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「その……サーフェリアの召喚師様は、どんなお方なんですか?」

 いてもたってもいられず、そう尋ねると、リリアナ、カイル、ダナの三人は、それぞれ顔を見合わせて、一瞬沈黙した。
だが、やがてカイルがファフリのほうを見て、躊躇いがちに口を開いた。

「そう、だね……なんていうか、言動を見てると、一見すごく馬鹿っぽい奴なんだ……」

「…………」

「…………」

 ファフリとユーリッドが、真剣な顔つきで息を飲む。
カイルは、続けてなにかを決心したように、言った。

「……で、実際話してみると、本当に馬鹿なんだ……」

「…………」

「…………は?」

 思わず、ユーリッドが間抜け声を出す。
すると、ダナがぶほっと吹き出した。

「まあ要するに、馬鹿ってことだの」

 つかの間、部屋が静寂に包まれる。
そして、一拍置いた後、不安げな表情に逆戻りしたファフリとユーリッドを見て、リリアナが慌てたように付け足した。

「だっ、大丈夫! 馬鹿と言っても、本当は頼れる人なのよ! 確かにちょっと阿呆っぽいっていうか、不真面目なところはあるわ。なんか空気読めないし、うるさいし、正直鬱陶しいし、トワリスにもよく殴られてる。だけど、きっと頼りになるわよ!」

「……姉さん、頼れるという根拠を何一つ言えてないよ」

 カイルが、呆れた様子でため息をつく。
リリアナは、ますます不安そうな顔つきになったユーリッドとファフリを見て、更に焦ったように捲し立てた。

「と、とにかく! 今は、冷めないうちに昼食を食べましょう! お腹が減ってちゃ、なにもできないんだから! 話はそれからよ」

 先程カイルが取り上げたリゾットを持って、リリアナが、ユーリッドとファフリにそれをずいと手渡す。
濃厚なチーズの匂いを放つそれは、二人にとっては未知の食べ物であったが、使われている食材自体は、ミストリアのものとそう違いはないようで、口にすることに抵抗はなかった。

 カイルとダナは、リリアナの勢いに押されて、躊躇いながら皿を受けとるユーリッドとファフリを見て苦笑すると、自分達も、食卓についたのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.199 )
日時: 2016/08/19 11:19
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: qToThS8B)


 リリアナの作ったリゾットは、本人が自信作だと豪語していただけあり、本当に美味しかった。
一口食べれば、身体だけでなく心までじんわりと温かくなるようで、ファフリに食べさせてもらっていたユーリッドも、最初は遠慮がちに食べていたファフリも、途中からは、会話すら忘れて頬張っていた。

 食事が終わり、リリアナが用意した茶で一服すると、ダナは、トワリスに何かあれば知らせるように、とだけ告げて、自宅へと帰っていた。
ここは、リリアナとカイルの家であって、ダナは呼ばれて来ていただけだったようだ。

 そんなダナを見送って、戻ってきたカイルは、ユーリッドの寝台脇の椅子に座ると、小さく嘆息した。

「それで、さっきの話の続きだけど。まずは、ルーフェンを探すってことでいいわけ?」

 その言葉に、食器を回収していたリリアナが頷く。

「いいんじゃないかしら。ここで燻っていても、仕方ないもの。ルーフェン様に相談すれば、きっとどうにかしてくれるわよ」

 リリアナは、幾分か緊張のほぐれてきたユーリッドとファフリに目を向けて、微笑みながら言った。
しかしカイルは、腕を組むと、小さく唸った。

「でもさ、数日前にちょろっと森の方を見てきたけど、やっぱりルーフェンの奴、いなかったよ。あの幽霊屋敷、全然見えなかったし」

 それを聞いて、考え込むようにしながら、リリアナが返事をする。

「そう……。となると、シュベルテのほうにもいないってことね……」

 ファフリは、微かに首を傾けると、カイルに問いかけた。

「サーフェリアの召喚師様は、この近くに住んでいるの?」

 カイルはまあね、と告げて、部屋の窓から見える、小高い山を指差した。

「普段いるのは、王宮なんだけどさ。あそこにほら、山が見えるだろ? あの山に、今は使われてないボロ家があるんだけど、なんかルーフェンの奴、その家を気に入ってて、よくそこに出入りしてるんだよ。つっても、なんの術かけてんだか、ルーフェンが近くにいないと現れない、気味悪い家なんだけどな」

 だから俺たちは幽霊屋敷って呼んでるんだ、とカイルが加える。
リリアナは、その会話を聞きながら、困ったように眉を下げた。

「けれど、いないとなると、どうしましょう。二人のことを助けたいのは山々だけど、私達じゃ、ルーフェン様を探すくらいしかできないし……。トワリスは、どうするつもりだったのかしら。何か聞いてる?」

 そう聞かれて、ユーリッドとファフリは一度顔を見合わせてから、 申し訳なさそうに俯いた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.200 )
日時: 2017/06/06 10:24
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「いや……俺たちも、逃げるのに必死で、話す余裕なんてなかったんだ。トワリスがサーフェリアから来たことも最近知ったし、そもそも、サーフェリアに渡ったってこと自体、さっき理解したし……」

 ユーリッドの言葉に、リリアナも悲しそうな表情になった。

「ううん、いいのよ。……そうよね、そんな危ない状況だったんなら、仕方ないわ。トワリスも、きっと咄嗟に判断して、二人をここに連れてきたのよ」

 リリアナが、横たわるトワリスを一瞥する。
カイルは、沈んだ雰囲気に似合わぬ淡々とした態度で言った。

「まあ、こうして考えていたところで、結論は変わらないか。とりあえず俺と姉さんは、トワリスが目覚めるのを待ちながら、ルーフェンを探す。で、あんたたち二人は、とにかく身を潜める。特に、黄色っぽいローブを着た魔導師団の奴等と、いかつい鉄鎧を来た騎士団の奴等には、絶対に見つからないこと。ヘンリ村の中だったら心配はいらないと思うけど、それっぽい奴等を見たら、すぐ逃げろよ。あいつらに見つかって、万が一獣人であることがばれでもしたら、教会に知らされて即地下牢行きだからな」

 年下とは思えない、しっかりとしたカイルの物言いに、ユーリッドとファフリが大人しく頷く。
リリアナも、もう少し何か出来ないかと悩んでいたようだったが、やがて、異論はないといった風に首肯した。

「ひとまず、カイル。もう一度、森の方を見てきてちょうだいよ。もしかしたら、今日はルーフェン様が帰ってるって可能性もあるでしょ?」

「……まあ、そうだね」

 カイルは、一度窓の外へと視線をやると、気だるそうに腰を上げた。
それを見て、ファフリもぱっと立ち上がる。

「あの、サーフェリアの召喚師様を探しに行くなら、私も行きたいわ」

 その場にいた全員が、驚いた様子でファフリを見た。
ファフリは、頑なな面持ちで続けた。

「会ってみたいの……私の一族と同じ力を持つ、サーフェリアの召喚師様に。それに、私はちゃんと歩けるもの。リリアナさんとカイルくんばかりに、負担をかけるわけにはいかないわ」

「それなら、俺も行く……!」

 慌てたように口を出して、ユーリッドが起き上がろうとする。
しかしその瞬間、全身に激痛が走って、ユーリッドは顔をしかめた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.201 )
日時: 2016/08/27 01:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NtGSvE4l)



 リリアナは、ユーリッドをなだめるように寝台に近づくと、心配そうにファフリを見つめた。

「駄目よ、危険だわ。ファフリちゃんだって怪我が完治したわけじゃないんだし、ここはミストリアではないんだもの。そんな、私達は負担だなんて思ってないから、気にしないで」

「でも……」

 リリアナの言葉に対し、納得がいかないといった表情で、ファフリが口ごもる。
すると、カイルが嘆息して言った。

「俺についてルーフェンを探すくらいなら、いいんじゃない。ヘンリ村の中なら、魔導師や騎士の連中は来ないはずだし。それにあんた、ミストリアの次期召喚師なんだろ? それなら、ルーフェンが近くにいるかどうか、魔力で分かるかもしれない」

「ちょっと、何言ってるのよカイル!」

 リリアナがきっと眉を吊り上げて、カイルを睨む。
カイルは、そんな叱責など物ともしない様子で、リリアナのほうを見た。

「別に問題ないだろ、姉さんは過保護なんだよ。魔導師でもない俺たちじゃ、ルーフェンの魔力を感じ取ったりは出来ないんだし。今は少しでも、ルーフェンが早く見つかる方法をとるべきだと思うけど?」

「そ、それは、そうだけど……」

 言葉を詰まらせるリリアナに、カイルが肩をすくめる。
ユーリッドは、視線だけ動かして、カイルに尋ねた。

「なあ、今、魔導師や騎士はこのヘンリ村に来ないって言ったよな? それって、どういう意味だ?」

 カイルは、呆れたように息を吐いた。

「どうって、言葉通りの意味だよ。ヘンリ村は、王都シュベルテの支配下からは外れている村だからね。魔導師団や騎士団の守護対象からも、当然除外されてるってわけ。だから、ヘンリ村を出ない限りは連中に見つかる可能性も低いし、はっきり言って、ルーフェンを探しにあの山を見に行くくらい、簡単なお散歩みたいなもんだよ。姉さんも大概だけど、あんたも過保護すぎだね」

 カイルの刺々しい物言いに、ユーリッドが思わずむっとする。
しかし、言い返す前にファフリに手を握られて、ユーリッドは、ファフリのほうに視線を移した。

「ユーリッド、お願い。私、足手まといになりたくないの。これまでユーリッドとトワリスには、たくさん守ってもらったんだもの。大したことはできないけど、今度は、私が二人の役に立ちたいわ」

「ファフリ……」

 ユーリッドは、不安げな面持ちで、しばらくファフリを見つめていた。
しかし、やがて目を伏せると、わかった、と小声で呟くように言った。

 ユーリッドの返事が決まると、カイルは、リリアナに視線を戻した。
リリアナは、少しばつの悪そうな表情を浮かべた。

「まあ……ユーリッドくんが良いって言うなら、良いわよ」

「あっそ」

 カイルは、そっけなく返すと、続いてファフリを見る。

「んじゃ、さっさと行くよ。言っておくけど、勝手な行動はしないでよね」

「う、うん」

 ファフリが頷いて、さっさと歩き始めたカイルの後を追う。
ユーリッドは、二人が扉から出ていって消えるまで、その後ろ姿を心配そうに見つめていた。

 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.202 )
日時: 2018/05/18 20:12
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)

 件の幽霊屋敷が建っているという山は、確かにカイルの言う通り、リリアナの家からはすぐの場所にあった。
踏み込んでみると、人の手が加わっていないせいか、時折飛び出した木枝や根が行く手を塞いでいる。
だが、山道自体は急な勾配があるわけでもないので、険しいというほどではなかった。

 それこそ、城から出たばかりの頃のファフリなら、この程度の山道でも息が上がっていたかもしれない。
しかし、これまでミストリアで、散々厳しい道のりを体験した今なら、へっちゃらである。

 前を歩きながらも、カイルは、ファフリに色々なことを説明してくれた。
この山を越えて、更に少し行くと、王都シュベルテがあること。
ヘンリ村には、旧王都アーベリトの住民たちが住んでいることなど。
話し方自体は、なんだか偉そうで生意気なのだが、見方を変えれば、知っていることを得意気に話すその様子が、どこか子供らしくて、可愛いとも感じられた。

 そんなカイルをじっと見つめていると、ファフリの視線に気づいたらしいカイルが、怪訝そうに眉をしかめて言葉を止めた。

「なに、じろじろ人のこと見て」

「あ、ううん、ごめんね」

 ファフリは首を振ると、少しだけ迷ったように口を開いてから、尋ねた。

「カイルくんって、いくつなのかなって思って」

 カイルは、歩きながらファフリのほうを見て、答えた。

「俺? 十三だけど」

「十三? そう、私達より三つも年下なのね……」

 感嘆したファフリがそう言うと、カイルは足を止めて、不機嫌そうな顔になった。

「年下だからって、馬鹿にしてんの?」

 ファフリは、慌てて首を横に振った。

「まさか、違うよ。むしろその逆で……三つも年下なのに、しっかりしていて、すごいなって思ったの。サーフェリアに来て、右も左も分からない私達に色々教えてくれるし、さっきだって、今は何をすべきか判断して、仕切ってくれたし」

 にこりと笑ってそう答えると、カイルは、一瞬照れたように言葉をつまらせた。
しかし、すぐにそっぽを向くと、突っぱねるような言い方をした。

「……別に。俺は、さっさと事態を解決して、あんたたちを早く家から追い出したいだけだよ」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.203 )
日時: 2016/09/04 05:58
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Mu5Txw/v)



 率直な物言いに、思わず瞠目する。
カイルは、再び歩を進めながら、鋭い声で続けた。

「姉さんはお人好しだから、負担じゃないなんて言ってたけど……俺は、見ず知らずのあんたたちに命を賭けようだなんて、思ってないから」

 気まずそうな表情で、ファフリを見る。

「……姉さんは見ての通り、車椅子がないと立てないし、走れないんだ。俺だって、トワリスやルーフェンみたいに戦えるわけじゃない。だからもし、あんたらの追っ手とかいうのがうちに来たら、俺たちは逃げられない」

「…………」

「あんたたちに恨みがある訳じゃないし、まあ、気の毒な境遇だとは思うよ。だけど、あんたたちにそこまで尽くす義理はないし、姉さんがなんと言おうと、長居しようだなんて思わないでよね」

 そこまで言ってから、ふとファフリの表情を見て、カイルは驚いた。
ファフリの顔が、怒りでも悲しみでもなく、穏やかな笑みを浮かべていたからだ。

 自分の言っていることが、良くも悪くも正論である自覚はあったが、命からがら逃亡してきた者たちに対し、厄介だから早々に出ていけと告げているのだ。
薄情だとかひどいだとか、反論されるならともかく、微笑まれるようなことを言った覚えは一切ない。

 戸惑って、カイルが絶句していると、ファフリは一層笑みを深めた。

「……カイルくんは、お姉さん想いで偉いね。なんか感動しちゃった」

「…………は?」

 思いがけないことを言われて、カイルは眉を寄せた。

「なに言ってんの? 俺、あんたらを追い出そうとしてるんだよ?」

「……うん。でも、そう思うのは当然だよ。誰だって……家族は、大切だもの。家族を守るためなら、他人に構ってられないって思うこともあるわ」

 ファフリは、呆気にとられたような顔のカイルに対し、少し悲しそうに笑ってみせた。

「……守るべきお姉さんや、ヘンリ村の人達がいるのに、それでもカイルくんは、突然現れた私達を助けてくれた。それだけで私、十分嬉しいし、カイルくんはすごく優しいなって思うよ。だって見ず知らずの獣人なんて、最初から突っぱねてしまうことも、できたはずだもの。それを受け入れて、治療もしてくれて、ご飯もくれて……なかなか出来ることじゃないわ」

 ファフリは、更に言い募った。

「沢山迷惑と心配をかけてしまって、ごめんなさい。本当に、本当にありがとう。……でも、カイルくんと同じように、私も、ユーリッドやトワリスを守りたいの。だから、もう少しだけ、力を貸してください。お願いします……」

 深々と頭を下げられて、カイルはやりづらそうに頭を掻いた。

「……頭下げるとか、やめてくれる? まるで俺が、あんたをいじめてるみたいじゃないか。お人好しすぎて呆れるよ」

 その言葉に、おずおずと顔をあげると、カイルはむすっとしたまま踵を返した。

「別に、助けないとは言ってないよ。……なるべく早く出ていけって言ってるだけだから」

 素っ気なく言って、再びカイルが歩き出す。
その様子を見ながら、ファフリはほっと安心したように、ため息をついた。

(そう、だよね……)

 進んでいくカイルの背中を、ぼんやりと見つめる。

(……皆、自分と自分の大切なものを守るために、一生懸命生きてる。たとえ戦う術を持たなくても、弱い立場でも、必死に抗って、守るべきものを守ろうとする。……私も、こうやって皆に守ってもらってたのね。私はちゃんと、戦う術をもっているのに──……)

 ファフリは、無意識に唇を噛んだ。
そして、小走りでカイルに追い付くと、再び山道を登り始める。

 どこかで、茂みから小鳥が飛び立つような音を聞きながら、ファフリは再び歩き始めたのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.204 )
日時: 2016/09/16 21:20
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 3EnE6O2j)


 結局、そのあともしばらく、二人は山道を登り続けたが、同じような景色が続くばかりで、例の屋敷は姿を現さなかった。
カイルに言われて、召喚師のものと思われる魔力を探ってみるも、サーフェリアではミストリアと違い、色々なところで魔術が発動されている。
そのため、様々な魔力が入り交じっていて、その中から特定の魔力を見つけ出すというのは、ひどく困難だった。

 これ以上は探しても無意味だろうということで、日が暮れる頃には、カイルとファフリは、家に引き上げた。
リリアナとユーリッドは、ルーフェンが見つからなかったという知らせを聞いて、少し残念そうな表情を浮かべたが、元々見つからない前提で探しに行ったのだからと、四人はすぐに和やかな雰囲気を取り戻した。

 リリアナお手製の夕食を食べたあとは、寝る支度をして、ファフリはユーリッドの横にある寝台に入った。
ユーリッドが目覚めてから、初めて迎えるサーフェリアの夜だ。
つい嬉しくて、ユーリッドと話し込んでいたが、ユーリッドもまだ本調子ではなく、ファフリもまた、知らず知らずの内に疲れていたのだろう。
いつの間にか、二人は眠りについていた。

 深い眠りの渦に落ちると、ファフリは、久しぶりにあの夢を見た。
こちらを見つめる薄茶色の小鳥──カイムと、苦悶の声をあげる漆黒の濁流。
確か、最後にこの夢を見たのは、ロージアン鉱山に入る前のことだっただろうか。

 ファフリは、自分を取り囲む黒い水に無数に浮かぶ顔を、じっと見つめていた。
そして、苦しい、助けてくれと叫ぶその声の一つ一つに、ただただ耳を傾けていた。

 これまでは、この断末魔が、弱い自分を責め立てる声なのだと思っていた。
しかし、この黒い水の正体──ハイドットを巡る真実を知った今では、そうは思わない。
この声はきっと、悲しさと絶望の間で、一心に自分に助けを求めている声だったのだろう。
そう、次期召喚師である、自分に。

 今はもう、怖いから目を反らそうという気もなくなっていた。
否、もう反らしてはいけないのだ。
自分は、そういう立場にあるのだから。

 ファフリは、黒い濁流を見つめたまま、側にいるカイムに声をかけた。

「……貴方はずっと、この夢を見せて、ミストリアがハイドットの廃液に汚染されていることを、私に知らせたかったのよね」

 カイムが、ぱたぱたと飛んで、ファフリの肩に止まる。
気づけば、周囲で苦悶の叫びをあげる黒い水は、跡形もなく消え去っていた。

「……私ね、貴方のこと、私を乗っ取って殺戮を繰り返そうとする、悪い奴みたいに思ってたの。でも本当は、私が主人として未熟だっただけで、貴方はずっと、私達のことを導いてくれてたんだよね。……気づけなくて、ごめんね」

 ファフリの言葉に、カイムはなんの反応も示さない。
けれど、絶対に聴いてくれているという確信が、不思議とファフリの中にはあった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.205 )
日時: 2016/09/19 21:52
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: HBvApUx3)


 ファフリは、その場に座り込むと、膝を抱えた。

「……ねえ、カイム。私、これからどうすればいいのかな……」

 俯きながら、静かに問いかける。

「私、皆を助けたいよ。これまで何もできなかった分、奇病にかかった獣人たちを治療して、ハイドットの廃液の流出も食い止めて……。ミストリアを、皆が笑って平和に暮らせるような国に、したいよ……」

 不意に、目頭が熱くなって、みるみる視界がぼやけた。

「だけど、私にそんなことできるのかな……。ユーリッドも、トワリスも、私のせいであんな大怪我しちゃった……。二人を守ることも出来なかったのに、私……」

 ロージアン鉱山で、ユーリッドに対して、奇病を見過ごしてはいけないと言った。
あの時の言葉、覚悟が、嘘だったわけではない。
それに実際、黒幕は宰相のキリスであり、ファフリが信じた通り、父王のリークスがハイドットの廃液流出を、故意に見過ごしていたわけではなかった。

 それでも、リークスが自分を殺そうとしていたことも、また事実で──。
父のあの侮蔑するような眼差しと、圧倒的な力を見せつけられてしまえば、自分は無力なのだと、強く思い知らざるを得なかった。

「ユーリッドもトワリスも、守りたいって思うけど……私になにが出来るのか、分からないよ……。サーフェリアじゃ、飛び交ってる魔力が多すぎて、召喚師様の居所も掴めないし……」

 そうぽつりと呟くと、ふと、カイムが顔をあげる。
そして、なにか言いたげにファフリを見てから、突然、空高く舞い上がった。

(あっ……!)

 思わず、飛翔したカイムを目で追ったのと同時に、そのままカイムの勢いに引っ張りあげられるかのように、一気に意識が浮上する。
そうしてはっと目を覚ましたファフリは、寝台から身を起こし、ふと視界に入った窓からの景色に、瞠目した。

(…………!)

 カイルと登った小高い山の中腹に、ぼんやりと、小さな明かりが見えたからだ。

(……あれって、まさか……召喚師様のお屋敷の……?)

 あの山に、他に建つ家などなかった。
ということは、もしかしたらサーフェリアの召喚師が戻ってきていて、例の屋敷が出現したのかもしれない。
今、見える明かりが、その屋敷から漏れたものだとしたら──。

 ファフリは、大慌てで寝巻きの上に外套を羽織ると、側においてあった革の肩かけ鞄をとった。
それから寝台から下り、靴に履き替えると、ユーリッドたちの方を見た。

 ユーリッドもトワリスも、深く眠っている。
今は真夜中なのだから、別室のリリアナとカイルも、当然寝ているだろう。

「…………」

 ファフリは、一瞬ユーリッドの近くに行こうとして、踏みとどまった。

(──駄目。頼ることを当たり前に思っちゃ、駄目。……一人で行くのよ)

 もう一度、窓から見える山腹の明かりを確認して、ぐっと肩かけ鞄の紐を握り込む。

 もちろん、あの明かりがまだサーフェリアの召喚師によるものだと、決まった訳じゃない。
もしかしたら、誰かが山中で焚き火をしているだけかもしれないし、松明を持って歩いているだけかもしれない。

 それでも、少しでも可能性があるなら──。

 ファフリは、皆を起こさないように忍び足で玄関に向かうと、外に飛び出した。

 天高く昇る満月が、深い藍色の中で、煌々と輝いている。
草木も眠る、静かな夜。
ファフリは、唇を噛み締めて、山腹を目指し歩き出した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.206 )
日時: 2016/09/23 00:55
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: KDFj2HVO)


 はやる気持ちが抑えられず、無意識の内に小走りしながら、ファフリは再び山の中に踏み込んだ。

 一人で歩く夜の山道は、昼間に通ったものと同じとは思えないほど不気味で、思わず進むのを躊躇うほどだった。
時折、何かが茂みを揺らして駆け抜ける音がすれば、心臓が痛いほど収縮したし、先の見えない暗闇からは、常に何かの視線がこちらに向けられているような気がした。

 山道に入ってしまえば、あの明かりが見えることもなく、もし道を間違えて迷ったらどうしようとか、人間に見つかってしまったらどうしようという、そういった底知れぬ不安が次々と襲ってくる。
しかし、生い茂った木々を掻き分け、目の前に古い山荘が現れると、そんな不安や恐怖など、あっという間に吹き飛んでしまった。

 今、目の前に、カイルと来たときにはなかった屋敷が、確かに存在しているのだ。

 屋敷は、幽霊屋敷と噂されるだけあって、とても人が利用しているとは思えないほど古ぼけていた。
無機質な石壁には所々ひびが入り、枯れかけた蔓や蔦が、屋敷全体を覆っている。
一階と二階にそれぞれある窓も、長年手入れをしていないらしく、砂埃で汚れていて、カーテンなどかかっていないのに一切中の様子が見えない。
唯一着色されていたであろう屋根も、今や全体的に色が剥げて、茶色と灰色が混ざったような煤けた色になっていた。

 ファフリは、屋敷の周りを一周し、どこからも明かりが漏れていないことを確認すると、落胆した様子で息を吐いた。

「召喚師様、もうどこかにいっちゃったのかな……」

 あるいは、ファフリが見た明かりは、この屋敷とは関係のないものだったのか。
どちらにせよ、この屋敷には誰もいないようだ。

 しかし、カイルの言葉通りなら、この屋敷が現れたということは、サーフェリアの召喚師がどこか近くにいるということである。

 ファフリは、一通りきょろきょろと辺りを見回すと、頭上に生える木々に向かって叫んだ。

「カイム! カイム……!」

 さわっと夜風が駆け抜けて、ファフリの呼び掛けが響く。

「サーフェリアの召喚師様を、探しているの。ねえ、カイム! 居場所を知っているなら、教えて……!」

 刹那、まるで、ファフリの問いかけに答えるように、木々たちがざわりと音を立てる。
その時、背後から、ぱきりと小枝を踏む音がして、ファフリは振り返った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.207 )
日時: 2017/07/15 20:48
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=568.jpg

 均整のとれた体躯に、異彩を放つ銀色の髪と瞳。
月光を受けて、冴え冴えと光るその銀髪は、作り物めいていると感じるほど、優雅に夜風に靡(なび)いている。

(……わ、綺麗な人……)

 突如、目の前に現れたこの不思議な風貌の男に、ファフリは素直にそう思った。

 まっすぐにこちらを見る瞳は、どこか神秘的な色を孕んでいて。
その瞳に心をとらわれてしまったかのように、男から目を離すことができない。

 しかし、不意に男は、髪と同じ銀色の睫毛を伏せると、ゆっくりと目を閉じた。
そしてそのまま、ふらっとよろめき、思いっきり、どしゃあっと地面にうつ伏せに倒れる。

「えっ……だ、大丈夫ですか!?」

 突然の出来事に、慌てて近寄って、男の体を揺すってみるが、男はぴくりとも動かない。
この時、改めて男の全身を観察してみて、ファフリは血の気がひいた。
男の纏っていた衣が、薄汚れた黄白色のローブだったからだ。

──特に、黄色っぽいローブを着た魔導師団の奴等と、いかつい鉄鎧を来た騎士団の奴等には、絶対に見つからないこと。

 脳裏にカイルの言葉がよみがえって、一瞬、男を揺らしていた手を止める。

(ど、どうしよう……この人、多分、魔導師団の人間だ……)

 カイルは、ヘンリ村には魔導師団や騎士団の者は来ないと言っていたけれど、明らかに私服とは思えないこのローブを見る限り、ファフリのこの予想は的中しているだろう。
とすると、もし、この男に獣人であることがばれてしまったら、地下牢行きということになる。

(でも、こんな森の中で倒れてるのを、放っておくわけにもいかないし……)

 うんうんと唸って、どうするべきかファフリが頭を悩ませていると、ふと、男が身じろぎをした。
その瞬間、彼の腹から、ぎゅるる……と間抜けな音が響く。

「…………」

 ファフリは、拍子抜けしたように瞬くと、しばらく倒れた男のほうを凝視していた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.208 )
日時: 2016/10/09 00:28
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: loE3TkwF)


「いやぁ、助かったー。ほんと、ここ何日か何にも食べてなくてさ、空腹で死にそうだったんだよね。ありがとうー」

「い、いえいえ……」

 銀髪の男が唐突に倒れた原因は、腹の虫の言う通り、やはり空腹だったらしい。
あのあと、ファフリが鞄にいれていた保存食──干し肉を差し出すと、男はむくりと起き上がって、それを食べ始めたのだった。
ミストリアからサーフェリアに渡ってきて以来、鞄に入れっぱなしで存在すら忘れていた保存食だったのだが、空腹状態の彼からしたら、ご馳走だったようだ。
男は、あっという間に平らげてしまった。

 食べ終えてから満足そうに伸びをすると、男は、先程興した焚き火の横で、片膝を立てて座り直した。
そのすぐ横に腰を下ろしながら、落ち着かなさそうな様子で、ファフリは何度も深くかぶった頭巾を気にする。
鳥人特有の、髪に混じる羽毛を男に見られないように、頭巾で隠しているのだ。

 先程から、気さくに話しかけてくる男だったが、正直ファフリは、その対応をするどころではなかった。
男を助けたことに後悔はなかったが、もしこの男に自分が獣人であることがばれてしまったら、まずいからだ。

 しかし、だからといって、突然帰ろうとするのも逆に怪しまれそうだし、万が一素性を疑われて戦闘にでもなったら、余計に危ない。
男の話にある程度付き合って、自然な流れで別れるのが得策なのだろうが、そのような流れは一向に訪れず、ファフリは、額の脂汗が止まらなかった。

 本当は、男の側に保存食を置いたら、すぐにその場から離れようと思っていたのだ。
だが、置いた瞬間に男が起き上がったので、帰ろうにも帰れなくなってしまったのである。

 どうやって逃げようかと、必死に考えていると、男が再び話し出した。

「そういえば、君、こんなところで何してたの? 旅途中か何か?」

 男の問いに、ファフリがぎくっと身体を強ばらせる。
そして、ぎくしゃくとした動きで男の方を見ると、なんとか声を絞り出した。

「あ、えっと……はい、そうです。私、旅をしていて、その途中で……」

「女の子一人で?」

「い、いや、その……連れはいるんですけど、今は怪我をしちゃってるので、山下のヘンリ村で休ませてもらっていて。私は……そう。星を見に来たんです」

「……ふーん。まあ確かに、この辺りは星がよく見えるからね」

 そう返事をして、男が天を仰ぐ。
ファフリは、そこまで深くは追及されなかったことに安堵して、ひとまず胸を撫で下ろした。

 だが、ほっとしたのもつかの間、男は俗っぽい笑みを浮かべると、ファフリに言った。

「……でもね、知ってる? この辺り、特にこの森は……出るんだよ」

「出る……?」

 男の意味深な発言に、ファフリが首をかしげる。
男は、くすりと微笑んで、背後にある屋敷を示すと、続けて言った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.209 )
日時: 2016/10/13 17:55
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Xr//JkA7)


「この山荘、ここ一帯では有名な幽霊屋敷でね。前の持ち主である没落貴族が、抵当として領地を失った挙げ句、ここで自殺したとかなんとか。それが原因なのかは分からないけど、夜になると、無人のはずのこの屋敷に明かりが灯って、そこに誰かが首を吊ってる陰が映る、なーんて専ら噂になってるんだよ」

「えっ……えぇ?」

 困惑した様子のファフリに、男が楽しそうに笑みを深める。
ファフリは、思わず目を見開いて、屋敷の方を見つめた。

 この屋敷は、魔術により姿が見えたり見えなかったりするから、幽霊屋敷と呼ばれるようになったのだとカイルは言っていた。
だが、まさか本当に幽霊が出るのだろうか。
とすると、先程ファフリが見た明かりは、もしかして。

 そんなことを考え出すと、急に森に入ったときの恐怖がぶり返してきて、ファフリは硬直した。
──その時だった。

「わっ!」

「きゃあっ!」

 突然、背後から肩を掴まれて、耳元で叫ばれる。
縮み上がったファフリは、驚いて悲鳴をあげたが、すぐにそれが男の仕業だということに気づくと、慌てふためいた様子で振り返った。

「なっ、あ、なにするんですか!」

「ふっ、ははは……っ!」

 実に可笑しげな様子で、男が爆笑する。
どうやら、ファフリの反応を見て楽しんでいるようだ。

「驚いちゃった? 今の、全部嘘だから安心してよ」

 最初に会ったときの、神聖な雰囲気など微塵も感じさせないような、いたずらっぽい笑みを浮かべて男が言う。
ファフリは、何故こんなことをされたのか分からず、呼吸を落ち着けると、男の方を軽く睨んだ。

「う、嘘って……どうしてそんなこと……」

 頭巾の端を引き寄せ、警戒したように問いかけると、男は言った。

「ごめんね。君みたいな可愛い子を見ると、ついからかいたくなっちゃうんだ。許してくれる?」

 まるで息をするように出た言葉に、ぽかんとする。

 普通、初対面の相手に対して、からかったり可愛いなどと言ったりするだろうか。
少なくともこの男は、ファフリがこれまで会ったことのないタイプである。

(サ、サーフェリアの男の人って、こんな、可愛いとかひょいひょい言ったりするものなの……?)

 完全に混乱状態に陥ったファフリであったが、男はその様すら面白がっているようで、なにも言わずにファフリを見て笑みを浮かべている。
しかし、しばらくすると、今度は別のことをひらめいたようで、男は再び口を開いた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.210 )
日時: 2016/10/20 06:37
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 3w9Tjbf7)


「ねえ。じゃあ、ご飯をくれたお礼と、怖がらせちゃったお詫びに、何かしてあげるよ。何がいい?」

「えっ、う、うーん……」

 急にそんなことを聞かれて、ファフリは口ごもった。
正直、今すぐここから離れたいというのが本音だが、折角何かしてくれるというのに、帰らせてほしいと答えるのも忍びない。
だが、今日初めて会った人間に、お願いしたいことなど何も思い付かなかった。

(……やっぱり、急いでるので帰りますって言おうかな……。このまま長居して、獣人だってばれたら、洒落にならないし……)

 そこまで考えて、ファフリは、あることを思い付くとはっとした。
魔導師であるこの男なら、サーフェリアの召喚師の居場所を知っているかもしれない、と思ったからだ。

 リリアナたちは、サーフェリアの召喚師と知り合いのようだが、それでもどこにいるかは分からないと言っていたし、何より、ヘンリ村自体が王政からは隔絶された場所のようだから、このままここで待ち続けたところで、本当に召喚師に会えるかどうか怪しいところだ。
極力リリアナとカイルには迷惑をかけたくないし、サーフェリアの召喚師の居所を尋ねたところで、獣人ではないかと怪しまれたりすることもないだろう。
それならば、早く召喚師を見つけるためにも、この男に居場所を聞いてみるのも手かもしれない。

 ファフリは心を決めると、男の方をじっと見つめて、言った。

「あの……貴方は、魔導師団の方ですよね……?」

「うん、そうだよ」

 柔らかい表情で答えて、男は頷く。
ファフリは、膝にのせた両の拳に力を込めると、緊張した面持ちで続けた。

「だったら、その……もし、ご存知だったらで良いんですけど。召喚師様が今どこにいるのか、教えてくれませんか?」

 それを聞くと、男は数回瞬いてから、くすりと笑った。
そして、ファフリに顔を近づけると、先程よりも低い声で聞いてきた。

「召喚師に、会いたいの?」

 男を見つめ返し、こくりと首肯する。
すると、男は目元を和らげ、つかの間沈黙して、ファフリから身体を離した。

「……召喚師は、今は王都にいるよ。会いたいのなら、明日、シュベルテに行ってみるといい。そうしたらきっと、会えるから」

 予想以上に具体的な答えが返ってきて、ファフリは驚いた。
サーフェリアの召喚師になんて、そう容易には会えないだろうと思っていたし、放浪癖があると聞いていたから、見つけるのすら難しいかもしれないと考えていたのだ。
しかし、この男の口ぶりだと、随分簡単に邂逅を果たせそうだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.211 )
日時: 2016/10/24 19:03
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: JbPm4Szp)



 近々サーフェリアの召喚師と会えるかもしれないということと、男が案外すんなり答えてくれたことに安心して、ファフリはほっと息を吐いた。

「そうなんですね……よかった。ずっと、どこにいらっしゃるのか分からなかったので、どうしようかと思ってたんです」

 微かに表情をやわらげると、男は苦笑した。

「そうだね、今はもう、魔導師団の動きも制限されなくなってるし。召喚師本人を直接探すのは、居場所がわからないと難しいだろうね」

 男の発言の意味が分からず、返答に迷っていたファフリだったが、男はそれを待つことなく、ゆっくりと立ち上がった。
そして、焚き火の上に手をかざし、その手をぎゅっと握り込むと、じゅっと音を立てて火が消える。

 その一瞬だけ、辺りが暗くなったように感じたが、月光のおかげで、男の表情ははっきりと見えた。

「……さて、長く引き留めてしまって、ごめんね。もう帰ったほうがいい。送ってあげたいところなんだけど、俺はちょっと野暮用があるから、一人で戻れる?」

「あ、はい……!」

 ようやく望んでいた流れになって、ファフリも立ち上がった。

「あの、ありがとうございました。召喚師様のこと、教えて下さって」

「…………」

 軽く頭を下げ、ファフリが改めて礼を述べると、男はふと笑みを消し、微かに目を細めた。
そして、ファフリの方に手を伸ばすと、その髪を優しく梳(す)くように、頭巾の中に手を差し入れる。

 ファフリは、頬に触れられた感触がするまで、何をされたのか分からなかった。
だが、男に頭巾を取り払われ、隠していた自分の髪が広がったことに気づくと、焦りで咄嗟に動けなくなった。

 男は、頬から手を移動させると、次いで、ファフリの左耳についた緋色の耳飾りに触れる。

「……お礼を言うのは、こちらの方だよ。君とはきっと、また会えるだろうから、その時に話そう。この耳飾りの元の持ち主にも、よろしくね」

「え……?」

 目を見開いて、ファフリは吐息のように声をこぼす。
男は、再び口許に笑みを刻むと、最後に耳飾りを軽く指で揺らして、ファフリから手を引いた。

「それじゃあ、またね。気を付けてお帰り、可憐なお嬢さん」

 一瞬、月明かりのせいか、男の瞳が怪しく光ったような気がして、ファフリは息を飲んだ。
同時に、恐怖や嫌悪とは違う、不思議な胸騒ぎがする。
それはまるで、ファフリの直感が、この男は普通ではないと告げてきているようだった。

 男は、呆然としているファフリを残して、手を振りながら森の奥へと消えていった。

 金縛りから解けたように、思わずその場にへたりこむと、ファフリは耳飾りに触れた。

(……耳飾りの元の持ち主にも、って……あの人、トワリスのことを知ってるの……?)

 ぼんやりとした意識のまま、ファフリは露(あら)わになってしまった自分の髪を見つめると、微かに目を伏せた。

 彼は、髪の毛に混じる羽毛に、気づかなかったのだろうか。
それとも、気づいていてあえて口には出さなかったのか。

 男が消えていった暗がりを見つめて、ファフリはしばらく、そのまま物思いに耽っていた。
 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.212 )
日時: 2016/10/30 13:28
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: vzo8adFf)


 行きよりもゆっくりと下山し、リリアナの家に戻ってくると、扉の前に、ユーリッドが立っていた。
朝焼けに照らされたその表情には、ひどく疲れが滲んでいる。
しかし、その視線は忙しなく周囲を探っているようで、どこか落ち着かない様子だった。

 ファフリは、慌ててユーリッドに駆け寄った。

「ユーリッド、どうしたの? まだ立っちゃ駄目だよ、安静にしてないと……」

 ユーリッドは、ファフリの姿を認めると、一瞬安堵したように表情を和らげたが、すぐに転げるように走ってくると、眉をつり上げて怒鳴った。

「どうしたの、じゃないだろ! どこ行ってたんだよ!」

 ファフリが、びくりとして体を縮める。
よく考えてみれば、何も告げずに家を出てきてしまっていたのだ。
心配をかけて当然の状況だった。

「ご、ごめんなさい……サーフェリアの召喚師様を探しに、山に行っていたの」

 ユーリッドは、それを聞くと、溜めていた息を長々と吐き出して、その場にへろへろとへたり込んだ。

「……それならそうと、言ってくれよ……。起きたら、隣にいたはずのファフリがいなかったから、俺はてっきり、何かあったんじゃないかと……」

「ご、ごめんね。夜中だったし、ユーリッドを起こしちゃいけないと思って……」

 言いながら、憔悴しきった顔つきのユーリッドを見て、ファフリの胸に、じわじわと罪悪感が湧いてくる。
同時に、なんともいえない暖かさが心に広がってきて、ファフリはユーリッドの手をきゅっと握った。

 まだ全身傷だらけで、立つのも辛いだろうに。
格好が寝巻きのままであることから察するに、ユーリッドは、ファフリの不在に気づいてすぐ、寝床から飛び出してきてくれたのだろう。
それが、とても嬉しかったのだ。

 おぼつかない足取りのユーリッドを補助して、家の中に戻ろうとすると、勢いよく扉が開いて、リリアナとカイルが出てきた。

「ああ! よかった、ファフリちゃん、見つかったのね!」

「……はい。騒いじゃってすみません。召喚師を探しに、山に行ってたみたいで」

 車椅子を操作してこちらに向かってきたリリアナに、ユーリッドが説明する。
どうやら、ユーリッドだけでなく、リリアナやカイルにも心配をかけてしまっていたらしい。

 申し訳なくなって、ファフリはすぐに頭を下げた。

「勝手なことをしてしまって、本当にごめんなさい……。夜に目が覚めたら、あの山に明かりが見えたの。それで、もしかしたらサーフェリアの召喚師様がいるかもしれないって思ったら、いてもたってもいられなくなっちゃって……」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.213 )
日時: 2016/11/02 22:03
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: dSN9v.nR)


 ファフリがそう言うと、リリアナとカイルは、驚いたように目を見開いた。

「明かりって、本当に?」

 カイルの問いに、ファフリが頷く。

「うん。でも、見つかったのはお屋敷だけで、明かりも見当たらなかったし、きっと私の見間違いだったんだわ。それか、魔導師の人と会ったから、その人が使ってた焚き火とか松明の明かりを見て、屋敷から出ている光だと勘違いしたのかも……」

 それを聞くと、リリアナは訝(いぶか)しげに眉をひそめた。

「待って。その魔導師の人って……魔導師団所属の?」
 
「え? う、うん……」

 怪訝そうに見つめられて、ファフリは思わず言葉を濁した。

「……多分、そうだと思うわ。前にカイルくんが言っていたような、黄色いローブを着ていたし、魔導師団の方ですかって聞いたら、そうだって答えていたもの」

 その答えを聞いて、リリアナとカイルの表情が、ますます不可解そうに歪む。
カイルは、一度リリアナと顔を見合わせると、ファフリに視線を戻して言った。

「そいつ、本当に魔導師だったの? 前にも言ったけど、ヘンリ村の付近にシュベルテの奴等が来ることなんてそうそうないし、あの山は、それこそヘンリ村の奴でも近づかないような場所だよ。夜中に、魔導師がうろついてただなんて、正直信じられないんだけど」

「…………」

 改めてカイルに指摘されて、ファフリは考え込んだ。
確かに、言われてみれば、何故魔導師があんな真夜中に、人気のない外れの山にいたのだろうか。
巡回しているようにも見えなかったし、そもそも、空腹で倒れるような状態で彷徨(うろ)いていたなんて、よく考えれば違和感しかない。

 もしかして、魔導師だというのは嘘だったのではないだろうか。
そんな不安に駆られて、ファフリはおずおずと顔をあげた。

「そう、ね……ローブを見て、魔導師だって思い込んじゃったんだけど、確かに、ちょっと怪しい男の人だったかも……。何日も空腹状態だったって言ってたし、なんか怖い冗談とか言ってくるし、急に触ってくるし……」

「触る!?」

 大人しく話を聞いていたユーリッドが、驚いて声をあげた。

「さ、触るって……大丈夫か? ファフリ、何か変なことされたのか?」

 本気で動揺したユーリッドに、ファフリは急いで首を横に振った。

「あっ、別に、何か嫌なことをされた訳じゃないの。ただ、初対面なのに距離が近かったから、ちょっとびっくりしただけで……」

「それ、全然大丈夫じゃないだろ……」

 その“男”とやらを怪しむように、ユーリッドが言う。
一方のリリアナとカイルは、なんとも言えない表情で、ファフリに話の続きを促した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.214 )
日時: 2016/11/06 21:56
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ファフリは、昨晩のことを思い出しながら、続けて言った。

「でも本当に、嫌な感じはしない人だったのよ。怪しいって言うよりは、不思議って表現の方が合ってるのかな。雰囲気も普通じゃなくて、あと、すごく綺麗な人で……。私も、最初はちょっと変だなって思ったけど、すごく優しかったし、悪い人だとは思わなかった」

「…………」

 リリアナは、みるみる悩ましそうな顔つきになると、ファフリに問いかけた。

「あ、あの、ファフリちゃん……もしかしてその人って、こう、肩につかないくらいの銀髪で、瞳は銀色だった……?」

「え? うん、そう……銀髪だったわ。そういえば、瞳も銀色だった。リリアナさん、知り合いだったの?」

 きょとんとした表情で聞き返してきたファフリに、リリアナとカイルは同時にため息をついた。
状況が飲み込めず、二人の様子を伺うユーリッドとファフリに、カイルは言った。

「……知り合いもなにも、そいつがルーフェンだよ。お目当ての、サーフェリアの召喚師だ。銀の瞳といったら、召喚師一族の証だし、間違いない」

「えぇ!?」

 ユーリッドとファフリの驚きの声が、見事にそろった。
 
「だ、だけど、それが本当なら、どうして召喚師様が一介の魔導師の格好なんてしていたの? しかも、あんな真夜中に一人で出歩いて……普通、そんなことは許されないでしょう……?」

 同じ召喚師の血を継ぐ者として、戸惑いを隠せないファフリに、カイルが呆れたように答えた。

「だからさ、あいつは普通の召喚師じゃないんだって。召喚師らしい威厳とか風格なんて、ルーフェンにはあってないようなもんだ」

「とにかく、自由がお好きな方なのよ。ルーフェン様は」

 続けて、リリアナが苦笑する。
ファフリは、それでも信じられないといった面持ちで、リリアナとカイルの話を聞いていた。

 もしミストリアで、ファフリが夜中に一人で抜け出そうものなら、城中大騒ぎになって、家臣たち総出で捜索が行われるだろう。
追われる身となった今では、当然家臣たちに心配されるようなことはないのだろうが、ミストリアではそれほど、召喚師とは重要視されている存在なのだ。

 王族と召喚師一族が、同一視されているか否かという点でも明らかだが、サーフェリアとミストリアでは、同じ召喚師と言えど、置かれる立場がかなり違うようだ。

 そこまで考えて、ファフリはあることを思い出すと、はっと顔をあげた。

「あっ、そうだ! 王都に行かないと!」

「王都って……シュベルテ?」

 尋ねてきたリリアナに、ファフリが頷く。

「昨晩、その……ルーフェン様に、言われたの。召喚師に会いたいなら、シュベルテにおいでって。そうしたら会えるからって」

 それを聞くと、リリアナは、考え込むようにして俯いた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.215 )
日時: 2016/11/08 22:42
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: eldbtQ7Y)



「そう……。魔導師だと偽ったりして、ルーフェン様がなにを考えてるのかは、相変わらず分からないけど、本人がそう言ってるなら、シュベルテに行くべきよね……」

 でも、と口ごもって、リリアナは申し訳なさそうに眉を下げた。

「本当なら、一緒に着いていって、シュベルテまで案内してあげたいところなんだけど……ごめんね。私達ヘンリ村の人間は、できれば王都には顔を出したくなくて……」

 言いづらそうにそう告げたリリアナに、カイルが口を開きかける。
しかし、何も言うなという風に目配せされて、カイルは押し黙った。

 二人の訳ありげな雰囲気に、ファフリが何を言うべきか探していると、不意に、ユーリッドが口を開いた。

「──大丈夫。それなら、俺とファフリで行きます。王都はここから近いみたいだし、確かにサーフェリアのことはよく分からないけど、きっとなんとかなる」

 そう言いきったユーリッドに、ファフリが心配そうに言った。

「でも、ユーリッドはまだ怪我が全然治ってないのに……。駄目だよ、私一人で行くわ」

 ユーリッドが、にっと笑った。

「いや、一緒に行こう。平気だよ、俺、身体は頑丈だから。正直、そのサーフェリアの召喚師っていうのも、なんか怪しいし……。俺は、ファフリの護衛なんだから、これ以上寝てられない」

「ユーリッド……」

 ファフリは、頷くことができず、ユーリッドを見つめたまま、しばらく黙っていた。

 ひどく、不安だったのだ。
サーフェリアには、父王リークスはいないと分かっているけれど、もし、また何かに襲撃されて、自分のせいでユーリッドが致命傷を負ってしまったら──。
そう考えると、不安で不安で堪らなかった。

 だがそれは、きっとユーリッドも同じ気持ちなのだ。
先程ファフリを心配して、扉の前でずっと帰りを待っていてくれたことを考えると、ユーリッドもまた、たとえ己の命を擲(なげう)つことになっても、ファフリには傷ついてほしくないと、そう願ってくれているのかもしれない。
そう思うと、また一人で行くとは言えなかった。

 長い沈黙の末、ゆっくりとファフリが頷くと、ユーリッドはほっとしたようにうなずき返した。
それを見ながら、両手を合わせて、リリアナが深々と頭を下げる。

「協力するって言ったのに、本当に本当にごめんね! 二人とも、絶対に無理はしちゃ駄目よ。シュベルテに行ってみても、ルーフェン様が見つからなかったり、危ないと思うようなことがあったら、すぐに帰ってきてね。私、お昼ご飯作って待ってるから!」

 早口で言ったリリアナに、改めて礼を述べる。
それからファフリは、黙ったまま、気まずそうな顔をしているカイルに微笑みかけて、向き直った。

「ありがとう……。私達のことは、心配しないで。リリアナさんとカイルくんこそ、もし、私達がいない間に誰か来ても、私達のことは知らないって言ってね」

 ファフリの言葉に、リリアナが一瞬悲しそうな表情を浮かべる。
しかし、すぐに分かったと頷くと、ファフリとユーリッドの手を固く握った。

「私達は、ファフリちゃんとユーリッドくんの味方だからね! また、いつでも頼ってね。帰り、絶対待ってるから」

 リリアナの瞳に浮かぶ、澄んだ光を見つめながら、ユーリッドとファフリは再度お礼を言った。

 二人は、一度家の中から荷物とってくると、シュベルテへと向かう準備を始めた。

 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.216 )
日時: 2016/11/15 18:08
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: HhjtY6GF)


 ユーリッドとファフリは、ヘンリ村から小さな山を一つ越え、リリアナたちにもらった地図を頼りに、シュベルテへと向かった。

 獣人としての特徴は、頭巾と外套で隠し、怪しまれない程度に、周囲を警戒しながら歩いていたが、人間たちは、道行く赤の他人など気にも止めないらしい。
二人は、昼前には、シュベルテの入口である東門にたどり着いた。

 シュベルテは、巨大な防壁で外郭を覆われた、扇状に広がる大きな街だ。
その防壁には、東西南北それぞれに門があり、その門から続く大通りを北へと上がっていくと、王宮にたどり着ける。
また、防壁沿いの道や大通りには、沢山の露店が並んでおり、街全体に、ミストリアの王都ノーレントとは比べ物にならないほどの、大規模な市場が展開されていた。

 目が回りそうなほどの人混みに揉まれながら、ユーリッドとファフリは、ひとまず王宮のほうへと向かっていた。
はぐれないよう、ユーリッドがファフリの手を引いていたが、密度が高すぎて、すれ違う度に人とぶつかるので、疲労から手がちぎれそうであった。
これなら、険しい山道を進む方が、まだましだとさえ思う。

「……ファフリ、そのルーフェンとかって言う奴とは、どこで会えるんだ?」

「わ、わかんない……」

 喧騒に飲まれないよう、大きな声で問いかけるユーリッドに、ファフリが困ったように返した。

 正直、王都とは言っても、ノーレントほどの規模だろうと思っていたから、こんなに大きくて人が多い街だとは思わかなかったのだ。
昨晩出会った、ルーフェンと思しき男の口ぶりからしても、まるで簡単に会えるような言い方であったから、ファフリもあまり気にしていなかった。
しかし、よく考えてみれば、時間も場所も決めずに、こんな巨大な街で、目当ての人物と会えることなど、ほとんど不可能に近い。

 一旦、シュベルテから出ようとも思ったが、一度入った人混みから抜けることは困難で、思うように動くこともままならない。
海の真ん中に、突如放り込まれたかの如く、二人は、しばらく人の波の間で揺れているしかなかった。

 やがて、流されるままに大通りを登っていくと、少し開けた広間に出た。
そこは、市場通りとはまた違う、殺伐とした熱気に包まれている。

 広間の中心で、何か催し物でも行われているのだろうか。
そう思って、なんとか背伸びして様子を伺おうとしたユーリッドだったが、そのとき、すぐ隣にいた人間たちの話し声を聞いて、ぎくりとした。

「おい、獣人の処刑だってよ!」

「ほんとかよ! 俺、本物の獣人を見るの初めてだ!」

 その興奮したような声は、ファフリの耳にも入ったらしい。
二人は、思わず顔を見合わせると、無理矢理人の間を縫って、前のほうにせり出した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) 奇数日更新……多分 ( No.217 )
日時: 2016/11/17 19:06
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: HhjtY6GF)


 目の前に、かろうじて広間の中心部が見える位置まで進むと、人と人の間から、特別に設けられた処刑場が見えた。

 石床に堆(うずたか)く積まれた薪と、その上に突き出す一本の太い金属棒。
そこに鎖で縛り付けられていたのは、紛れもない、二人の獣人だ。
彼らは、ぐったりとして、死んだように動かなかった。

(…………)

 あの獣人たちは、トワリスやリリアナの言っていた、サーフェリアに襲来した獣人なのだろう。
人間たちからすれば、罪もない町人を襲った憎悪の対象。
しかし、ユーリッドとファフリの目には、奇病にかかった挙げ句、キリスによって異国へと流されてしまった、哀れな同胞としか映らなかった。

 二人は、殺到する見物人を抑え込む騎士達の声を聞きながら、ただ呆然と、目前の光景を見つめていた。

「──これより、蛮行を働いた罪で、獣人の処刑を行う!」

 処刑場の横にいた騎士から宣言がなされると、それまでざわついていた見物人たちが、一斉に口を閉ざした。
興奮と好奇が混ざったような眼差しは、一様に、縛られる獣人たちに向けられている。

 騎士が、鉄鎧に包まれた右手を、大きく振り上げ、張りつめた緊迫感の中、静かに下ろす。
その瞬間、脇に控えていた魔導師が、大量の薪に魔術で火を放ち、すると、獣人たちは、あっという間に炎に飲まれた。

「────っ!」

 刹那、広間全体に炎の熱気が広がり、続いて、獣人たちの断末魔と、見物人たちの喚声がわき上がる。
奇病が進行してしまった獣人は、もう痛みや苦しさなど感じないだろうから、この断末魔は、おそらく魔術に反応して暴れているだけなのだろう。
だが、その悲痛な叫びをあげる姿は、焼き焦がされる苦痛に、見悶えているようにしか見えなかった。

 程なくして、再び処刑場の脇に控える騎士が、口を開いた。

「──静まれ! 大司祭、モルティス・リラード様からのお言葉である!」

 その言葉と共に、見物人たちの前に姿を現したのは、紫を基調とした祭服を身に纏う男──モルティスだった。

 モルティスは、燃え盛る獣人たちを背に立ち、大きく手を広げると、見物人たちに語りかけた。

「諸君! 此度の処刑をこのように面前で行う理由は、他でもない。我が国の民が、この野蛮な獣人共の毒牙にかかり、犠牲となってしまったが故だ! 皆も知っての通り、西国ミストリアの醜悪な奸計(かんけい)により、罪もない我ら人間の尊い命が、失われたのだ!」

 その力強い声に同調して、再び見物人たちがざわつき始める。
そのざわめきは全て、獣人によって引き裂かれた町民を思う声であり、また、ミストリアを非難する声でもあった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) 奇数日更新……多分 ( No.218 )
日時: 2016/11/19 23:02
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 50PasCpc)



 モルティスは、背後でもがき苦しむ獣人たちを一瞥すると、自然と浮かんだ笑みを隠しもせずに、再び口を開いた。

「我らが全知全能の女神、イシュカル神は、かつて、世界に存在する四種族を隔絶することで、世に平穏をもたらした。その神より定められし聖なる均衡、隔たりを侵し、異国へと攻めこんできた獣人共の罪は、万死に値する! 故に我らは、このサーフェリアに侵入した獣人共を全て捕らえ、裁き、そして残るは、今ここで処されている二匹のみ! その鋭い牙と爪を以て、我らを脅かしていた獣人の脅威は、ようやく去るのだ!
イシュカル教会は、ミストリアの恫喝(どうかつ)に屈することなく、戦い続けることを、改めてここに宣言する!」

 朗々とした力強いモルティスの演説は、見事に見物人たちの心を奮い立たせた。

「野蛮な獣人には死を!」

「サーフェリアに永久の繁栄を!」

 わき上がった歓声が広間に木霊し、見物人たちの熱気は、ますます膨れ上がっていく。

 その異様な盛り上がりの中で、怒りのような、悲しみのような複雑な感情を抱えながら、ユーリッドは、ただ燃え尽きようとする同胞を見つめていた。
しかし、ふと、傍らにいるファフリが、辛そうに耳を塞いでいるのを見て、強く彼女の腕を引いた。

「……行こう。ここを離れよう、ファフリ」

 疲弊しきったような表情で顔をあげたファフリが、微かに頷く。
そうして、人の波から抜け出そうとした時。
何かが軋(きし)むような、嫌な音がして、ユーリッドは再度処刑場に目をやった。

 ぎしぎしと、獣人たちがもがき動く度に、何かが音を立てている。
それが、獣人たちを縛る鎖から出ているものだと気づくと、ユーリッドは硬直し、瞠目した。

「……まずい、あんな弱い鎖じゃ……」

 ユーリッドの呟きに、ファフリも反応する。
二人は、その場にいる誰もが気づいていない、処刑場の異変を感じとると、思わずその場に立ち尽くした。
──獣人を、金属棒にくくりつけている鎖が、弱すぎるのだ。

 もちろん、処刑されているのが人間であれば、問題ない強度の鎖ではあるのだろう。
だが、二人もの獣人を押さえつけておくには力不足だと、火を見るより明らかであった。

 獣人にも、様々な特徴を持った者がいるが、力の強い者であれば、細い鎖など簡単に引きちぎってしまう。
そういった獣人の特性を、人間は理解できていないのである。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) 奇数日更新……多分 ( No.219 )
日時: 2016/11/21 21:05
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: RuL2wqqJ)



 やがて、夢中で騒いでいた見物人たちの中にも、獣人の異変に気づき始めた者が出てきた。

「お、おい……あの獣人、動きが激しくなってないか?」

「はあ? 苦しいからに決まってるだろ」

「そうじゃなくてさ、鎖が緩くなってるっていうか……」

 一部から広まったその動揺が、徐々に広がっていく。
先程まで最高潮に達していた熱は、あっという間に失われ、見物人たちは騒然となり、皆、食い入るように獣人たちを見つめ始めた。
──その、次の瞬間。

 ばんっ、と処刑場から何かが弾けて、火だるまになった二人の獣人が、見物人たちの波に襲いかかった。
獣人たちを縛る鎖が、ついに弾け飛んだのだ。

 賑やかな歓声は、一瞬にして悲鳴に変わり、我先にと逃げようとする見物人たちで、広間は大混乱に陥る。

 ユーリッドは、咄嗟に抜刀すると、こちらに向かってきていた獣人の体当たりを、剣を盾にして受けた。
途端、腹部にひびが入ったような、鋭い痛みが走る。
獣人からの攻撃を受けた衝撃で、完治していなかった傷が開いたのだ。

「────くっ!」

 ユーリッドは、浅く息をしながら、つかの間、獣人とその姿勢のまま拮抗していた。
だが、時機を見計らって、ふっと息を吸うと、盾にしていた剣を勢いよく振り切った。

 ギャッと悲鳴をあげ、全身を炎に侵食されたまま、獣人がはね飛ばされる。
ユーリッドは、石床にうつ伏せに倒れた獣人が起き上がる前に、素早く跳躍して、その胸板を剣で刺して押さえつけた。

「ファフリ!」

 ユーリッドに名前を呼ばれて、ファフリが顔をあげる。
ファフリはその意図を汲むと、ユーリッドが獣人から離れるのと同時に、魔力で獣人を取り巻く炎の勢いを強くさせた。
すると、ごうっと炎が唸って、獣人の身体は、みるみる炭に変わっていく。

 次いで、そのファフリの魔力に反応し、別方向から殴りかかってきたもう一人の獣人の爪を、ユーリッドは頭を反らして避けた。
そして、その低く屈んだ体勢のまま、着地した獣人に突進し、その腹に剣を突き立てる。

 ずぶずぶと、肉に深く刃が刺さった感触がして、獣人は、懸命にユーリッドに掴みかかろうと手を伸ばした。
しかし、次の瞬間には、再びファフリによって炎の威力が増し、獣人は、腹部に刺さったユーリッドの剣を掴み、痙攣しながら炭になった。

 額に滲んだ脂汗を拭い、獣人の腹から剣を引き抜くと、ユーリッドは一度息をついて、ファフリのほうを見た。
その時だった。

「動くな! この獣人め!」

 モルティスの鋭い声が響いて、ユーリッドとファフリの周りを、一斉に騎士たちが取り囲む。
騎士たちは、二人を中心に円状に並ぶと、各々の長槍を構えた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) 奇数日更新……多分 ( No.220 )
日時: 2016/11/23 18:31
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 16oPA8.M)


 ユーリッドは、一瞬、何が起きているのか理解できなかった。
だが、戦闘中に自分の頭巾がとれ、獣の耳が顕(あらわ)になっていることに気づくと、全身が氷のように冷たくなった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺たちは、処刑されようとしていた獣人たちとは違うんだ!」

「黙れ蛮族め! 先程の人間離れした動き、そしてその獣の耳、間違いなく獣人ではないか!」

 ユーリッドの言葉に、騎士の背後で守られるように立っているモルティスが、反論する。
ふと見れば、自分達を取り囲む騎士たちも、その向こうで遠巻きにこちらを見据えてくる見物人たちも、皆、恐怖と侮蔑の色を目に浮かべていた。

(まずい、どうすれば……!)

 人間たちを説得できるうまい言葉が見つからず、必死に頭を回転させていると、今度はファフリが口を開いた。

「さっき貴方達に襲いかかった獣人は、病にかかっていて、正気じゃなかったんです! 本来の獣人は、意味もなく誰かを襲ったり、殺したりしないわ! お願い、話を聞いて!」

「獣人共の戯言に耳を貸すな! 早くやれ!」

 聞く耳持たずといった様子で、モルティスが騎士達に指示を出す。
すると、それに従い、一斉に騎士たちが二人目掛けて長槍を突き出した。

 ユーリッドは舌打ちして、瞬時にファフリを抱えると、跳躍して騎士たちの頭上を飛び越え、モルティスの側に着地した。

「ひっ、ひぃ!」

 モルティスが、恐怖に顔を歪ませて後ずさる。
その脇に控えていた騎士が、勢いよく槍を突きつけてきたが、ユーリッドはその槍の柄を掴んで引くと、そのまま体勢を崩した騎士を、槍ごと投げ飛ばして、地面に叩きつけた。

 獣人に比べれば、人間は力など弱く、動きも遅い。
怪我が完治していないユーリッドでも、投げ飛ばすくらいのことは、造作もなかった。

 戦う姿勢を見せてしまえば、人間たちの敵意を増幅させてしまうことは分かっていた。
しかし、だからといって何もしなければ、自分達の身が危険にさらされてしまう。

 ユーリッドは、血が滲み出してきた腹部を押さえながら、腰を抜かしたモルティスを見つめて、苦しそうに言った。

「頼むから、話を聞いてくれ。俺たちは、人間と戦うつもりなんてないんだ!」

 モルティスは、悔しそうにユーリッドを睨み返すと、次いで、周囲を見回しながら叫んだ。
 
「おい、宮廷魔導師は何をやっておる! バーンズ卿!」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) 奇数日更新……多分 ( No.221 )
日時: 2016/11/25 23:13
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: yOB.1d3z)



 その瞬間、ユーリッドは、空気が振動するほどの鋭い気配を、背後から感じた。
ほぼ反射的に振り返り、両腕を顔の前で交差させ、受け身に入ると、途端、凄まじい衝撃が上からのし掛かってくる。

「──っ……!」

 巨大な金槌で、思いきり殴られたのかと思うほどの威力だった。
だが、受けとめたのは、間違いなく人の拳──。
ユーリッドの背後から、全身古傷だらけの、歪な仮面をつけた大男が、突然殴りかかってきたのだ。

(こいつ、強い……!)

 とても人間とは思えない、獣人にも劣らぬ凄まじい腕力。
なんとか殴り飛ばされることなく、ユーリッドは耐えたが、いつまでこの体勢を維持したまま持ちこたえられるかは、時間の問題であった。

 包帯だけでは吸いきれなかった血液が、ユーリッドの腰帯を伝って、ぽたぽたと地面に滴る。
これ以上傷口が開けば、戦いどころではなくなってしまうだろう。

 ファフリは、ユーリッドの腹部から血がにじんでいることに気づくと、真っ青になって、加勢すべく立ち上がった。
だが、後ろから誰かに強く外套を引っ張られて、仰け反った。

 振り返ると、蒼白く光る短槍を手にした黒髪の男が、ファフリの外套を踏みつけていた。

「おお! よくぞやってくれた、バーンズ卿! そのまま獣人共にとどめを刺すのだ!」

 騎士達に支えられながら、よろよろと立ち上がったモルティスが、嬉々として言う。

 ユーリッドとファフリの動きが止まったことで、心に余裕が生まれたのだろう。
先程までの脅えきった様子とは一転し、悠々とした態度で、ユーリッドたちを見下ろしている。

 黒髪の男──ジークハルト・バーンズは、そんなモルティスを、しばらく見つめていた。
しかし、やがて呆れたように嘆息すると、胸ぐらを掴んで、ファフリを無理矢理立ち上がらせた。

「ファフリ!」

 ユーリッドが焦ったように叫んで、ファフリの元に向かおうとする。
だが、ジークハルトはユーリッドを鋭い目付きで睨むと、落ち着いた声音で、大男に言った。

「ハインツ。そのままガキを足止めしてろ」

「……分かった」

 大男──ハインツが低い声で返事をして、再びユーリッドに向かって拳を振り上げる。
ユーリッドは、慌てて視線をハインツに戻すと、抜刀して、かろうじてその拳の軌道を剣でそらした。

 受け流したのにも関わらず、全身が痺れるほどの重い打撃に、思わずユーリッドがよろける。
まともに受けていたら、今度こそ殴り飛ばされていただろう。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) 奇数日更新……多分 ( No.222 )
日時: 2016/11/27 23:02
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Dbh764Xm)



 ジークハルトは、ユーリッドがハインツの相手をするので精一杯になっていることを確認すると、ファフリの首筋に、短槍の穂先を当てた。

「……お前たち、さっき、病がどうのとか言っていたな。あれはどういう意味だ」

 攻撃されるのではないかと身構えていたが、ジークハルトから思わぬ質問を受けて、ファフリは顔をあげた。

「……どうって、そのままの意味だわ。私たち、どうして獣人があんな風に人間を襲っていたのか、何故サーフェリアに来ていたのか、全部知ってるの。お願い、全て話すから、私たちを解放して。ユーリッドは怪我をしているの」

 ファフリが、震える指先で、ジークハルトの腕を掴む。
ジークハルトは、すっと目を細めたが、それでもファフリを解放することはなく、厳しい声で返した。

「話すのが先だ。お前、獣人に襲われたとき、魔術まで使っただろう。その辺りの事情も含め、今ここで吐け」

「……っ」

 ぐっと首筋に刃を押し当てられて、思わず息が詰まる。
事情なんて話していたら、その間にユーリッドがやられてしまうかもしれない。
それに、話したところで、本当に解放してもらえるかどうかも分からない。

 焦りと混乱で、どうするべきなのか考えられなくなり、ファフリは、ただジークハルトの顔を見つめていた。
全身がどくどくと脈打って、頭が沸騰しているように熱いのに、背筋は水をかけられたかのように冷たい。

(どうしよう──!)

 ファフリの思考が、真っ白になった、そのとき。
ジークハルトの眉間に、誰かの指が押し当てられたかと思うと、不意に、ファフリの後ろから、間の抜けた声が聞こえてきた。

「ジークくん、顔恐ーい」

 同時に、後ろから腕を引かれる感覚がして、ジークハルトの手から解放される。
誰かが、ファフリを引き寄せたのだと気づくには、少し時間がかかった。

「そんな眉間しわっしわの恐い顔で迫られたら、誰だって怖がっちゃうに決まってるでしょー?」

 場の雰囲気にそぐわない、飄々としたその声は、確かに聞いたことのある声で。
ファフリは、自分を引き寄せた人物から離れると、その銀髪を見上げて、驚いたように瞠目した。

「ル、ルーフェン、様……?」

「やあ、昨夜ぶり。お嬢さん」

 揚々と片目をつぶってみせたのは、ファフリが昨晩出会い、そして、今まさに探し求めていた人物──。
ルーフェン・シェイルハート、その人であった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) 奇数日更新……多分 ( No.223 )
日時: 2016/12/17 23:55
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 いまいち事態が飲み込めず、唖然としていたファフリだったが、そうなっているのは、ファフリだけではなかった。
その場にいた全員が、突然現れたルーフェンを、ぽかんとした表情で見つめていたのだ。

 しかし、そんな空気は長くは続かず。
ジークハルトは、ずんずんとルーフェンに近づいていくと、おびただしいほどの殺気を纏って言った。

「……おい、お前、今までどこほっつき歩いてた」

 その低く、どすの利いた声に、近くにいたファフリも、思わず固まる。
しかしルーフェンは、全く物怖じしない様子で、呆れたように言った。

「だからさぁ、ジークくん恐いって。四六時中そんな鬼の形相でいたら、皆に嫌われちゃうよ?」

「その呼び方やめろっつってんだろ!」

 ジークハルトが、ルーフェンを鋭く睨みつける。
それとは対照的な態度のルーフェンは、からからと楽しげに笑った。

「えー、長い付き合いなんだし、別にいいじゃん。ジークハルトくんって、なんか長くて呼びづらいんだもん」

「だもん、とか言うな気色悪い。串刺しにするぞ、この阿呆召喚師!」

 もはや、じゃれあいなのかどうか分からない不穏な二人のやりとりに、ますます混乱が広がる。
ルーフェンは、それでも調子を崩さず、平然と周囲に告げた。

「まあまあまあ、皆、とりあえず落ち着いて。ほら、ハインツくんとそこの少年も、喧嘩はやめて。穏便にいこうよ」

 ルーフェンの言葉に、ハインツの攻撃がぴたりと止むと、ファフリは、慌ててユーリッドの元に駆け寄った。
ユーリッドは、腹を押さえながら片膝をついたが、ひとまず大丈夫だという意思をファフリに伝えた。

 ルーフェンは、続けて辺りを見回し、未だに燃え続ける処刑場や、焼け焦げた獣人の死体などを見遣ると、最後にモルティスのほうへと歩いていった。

「……なんだか妙に騒がしいと思って来てみれば。これはどういうことでしょう? 獣人の処理は魔導師団の職務であり、私の管轄です。街中で公開処刑を行うなど、全く聞いていなかったのですが?」

「…………」

 モルティスは、気に食わないといった表情を隠しもせず、しばらくルーフェンを睨んでいた。
しかし、やがて小さく鼻で笑うと、綽々(しゃくしゃく)とした態度のまま、肩をすくめて見せた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.224 )
日時: 2016/12/03 17:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: z5ML5wzR)


「これは失礼、召喚師殿。しかし、我ら教会と騎士団が最も優先すべきことは、民達の心身を護ること。民達が今、求めるのは、襲い来る脅威に勇敢に立ち向かい、打ち倒す勇士なのです。他国を恐れ、足踏みをしているだけの守護者ではありませぬ」

 モルティスの明らかな皮肉に、ルーフェンは薄い笑みを浮かべた。

「……お戯れを。確かに仰る通り、最優先事項は民の守護ですが、陛下が提示された二月は、まだ経っておりません。それにも拘わらず、貴殿は独断で魔導師団を動かし、このような場を設けられた。これは、陛下と私、双方の意向を無視したことと同然であり、王族と召喚師一族を蔑(ないがし)ろにしたととられてもおかしくはない行為ですよ。それが分からない貴殿ではないでしょう? ……守護、というよりは、何か別の思惑がおありのように感じてしまうのは、私だけでしょうか?」

 忌々しそうに顔をしかめて、モルティスが目を細める。
そうして、両者共に、しばらく睨み合っていたが、やがて、ルーフェンが何かを思い出したように、ぽんっと手を打った。

「ああ、そういえば」

 ごそごそと自分の懐を漁って、小さな女神像の首飾りを、モルティスの前に出す。
その瞬間、モルティスが初めて表情を崩し、ぎょっとした様子で目を見張った。

 ルーフェンは、顔面に微笑みを貼り付けたまま、悠々と述べた。

「この前、貴殿のお友達が私の元に来ましてね。呪われた悪魔使いだとか騒ぐし、急に斬りつけてくるしで、随分物騒なお友達だったので、それなりの対処をさせてもらいました」

 ルーフェンは、モルティスの側に寄ると、小さな声で言った。

「……貴殿が、腹の底で何を思おうが自由ですが、あまり目立つ真似はしないほうがいいと思いますよ。イシュカル教会が、召喚師の暗殺を目論んでいる……なーんて噂が公(おおやけ)に広まってしまったら、流石にまずいでしょう?」

「…………」

 ルーフェンは、小像の首飾りを奪おうと伸びてきたモルティスの手をかわすと、一歩下がった。
そして、首飾りを懐にしまいこむと、にこりと笑った。

「獣人の件に関しては、私に一任頂けますね?」

 選択権のないその問いに、モルティスが小さく舌打ちする。
そして、やむを得ず眉根を寄せると、周囲に散らばっていた騎士達に声をかけた。

「……行くぞ」

 騎士達は、びしっと直立して姿勢を正すと、列を整えながら、モルティスの指示に従う。
そうして、王宮の方へと撤退していく一団を見送ると、ルーフェンは、くるりと振り返って、ユーリッドとファフリのほうを見た。

「さーてと。これで二人の命運は俺次第ってことになったけど。そっちの男の子は手当てが必要そうだし、ひとまず王宮においで」

 穏やかな口調で言われて、ユーリッドとファフリは、周囲を見回した。
騎士団が去った今でも、見物人たちが未だに騒ぎ立てながら、こちらの様子を伺っている。

 ルーフェンが、片膝をつくユーリッドに手を差し出そうとしたとき。
それを制して、ジークハルトが厳しい声で言った。

「おい待て。こんな得たいの知れない奴ら、王宮に招き入れてたまるか」

「えー、大丈夫大丈夫。だって、大体素性は見当ついてるし。ね?」

 ルーフェンに視線を投げられて、ユーリッドとファフリは、一瞬言葉を詰まらせた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.225 )
日時: 2016/12/17 23:58
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 暗に、早く素性を明かせと言われているのだろうが、そう易々と正体を明かして良いのか、分からなかったのだ。
だが、リリアナたちの話では、警戒するべきは教会側の人間であり、ひとまずは召喚師であるルーフェンを頼るようにと言われていた。
それに、下手に正体を隠すような真似をして、再び敵対視されては敵わない。

 そう思い直すと、ユーリッドは、眼光鋭く睨んでくるジークハルトを一瞥して、ゆっくりと立ち上がった。

「……えっと、俺はユーリッド。こっちはファフリで、ついこの前、ミストリアから渡ってきたんだ」

 続いて、ファフリが一歩前に出ると、ルーフェンを見た。

「私、ミストリアの次期召喚師なんです。昨晩、少しお話ししたからご存知だとは思うんだけど、ずっと、サーフェリアの召喚師様を探してて……」

 そのとき、ジークハルトが、持っていた短槍──ルマニールを一転させると、ファフリをかばうように前に出たユーリッドの首元に、その穂先を突きつけた。

「……そんなことは分かってんだよ。何故、どうやってサーフェリアに来た。言え」

「…………」

 凄まじい剣幕で睨まれて、思わず息を飲む。
ユーリッドは、じっとりと全身に冷や汗が流れ出してくるのを感じながら、口を開いた。

「……これまでの経緯は、話すと長くなる。それに、誰彼構わず話してもいいっていう内容じゃないんだ。でも、俺達は決して、サーフェリアに害を成すつもりで来た訳じゃない。ここに来た経緯も、盗み聞きされるような心配がない場所でなら、ちゃんと話すよ」

 ジークハルトの眉間の皺が、さらに深くなる。
本当に喉を掻き斬られるのではないかと、ユーリッドはひやひやしたが、次に口を開いたのは、ルーフェンだった。

「確かに、ここじゃあ誰が聞いてるか分からない。懸命な判断だよ。……それなら、聞き方を変えよう」

 ちらりと笑って、ルーフェンが口の端を上げる。

「君達をここに連れてきたのは、誰だい?」

 まるで、誰かと一緒に来たことを分かっていたかのような口ぶりに、ユーリッドは目を見開いた。
ファフリは、左耳の耳飾りに触れると、ユーリッドと目を見合わせてから、答えた。

「……トワリスよ」

 その一瞬だけ、ジークハルトが目を細める。
傍らに佇んでいたハインツも、仮面で隠されて表情は分からなかったが、動揺した様子でユーリッドたちを見た。

 その緊張状態のまま、五人は、しばらくの間沈黙していた。
だが、やがて、ジークハルトが嘆息すると、ユーリッドに突きつけていたルマニールをどかした。

「……なるほどな。なんとなく、状況が読めた。それで、連れてきた張本人は何してる」

 ジークハルトの問いに、ファフリが眉を下げる。

「トワリスは、ひどい怪我をしてて……もう三日も眠っているわ。お医者様は、そろそろ目を覚ましても良いはずだって仰っていたけど……。今は、リリアナさんたちが──」

「いや、いい」

 ファフリの言葉を遮って、ルーフェンが口を出した。

「場所まで言わなくてもいい。生憎、俺も君達も、敵が多いからね。ユーリッドくんの言う通り、これ以上は聴衆が少ない場所で話した方がいい」

 こくりと頷いて、口をつぐんだユーリッドとファフリを見てから、ルーフェンは、今度はハインツのほうに視線をやった。

「ハインツくん、トワを王宮に連れてきて。トワの居場所は、さっきの話でわかるね? ……で、ジークくんは、ユーリッドくんとファフリちゃんを王宮へ。俺も、この場を収めたらすぐに行くから」

 ハインツが、無言で首肯する。
ジークハルトは、返事の代わりに鼻を鳴らすと、ルマニールの発現を解いた。

 ルマニールは、ジークハルトによる重金属の合成魔術で産み出された、魔槍である。
その具現化、消失は、ジークハルトの意のままに操れるのだ。

 ルーフェンは、軽い口調に戻ると、最後にユーリッドとファフリを見た。

「そういえば、こちらの自己紹介がまだだったね。あの大きいのがハインツで、こっちの目付き悪いのがジークハルト・バーンズ。二人とも、トワと同じ、王宮に仕える宮廷魔導師だ」

 ルーフェンは、にこりと微笑んだ。

「そして、俺がルーフェン・シェイルハート。昨晩は偽ってしまったけれど、正真正銘、このサーフェリアの召喚師だよ。以後よろしくね」



To be continued....


 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.226 )
日時: 2016/12/07 16:53
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: AQILp0xC)



†第四章†──対偶の召喚師
第二話『慧眼』



 洗い終わった鍋を、暖炉のある居間──ユーリッドたちが寝起きしていた部屋に、戻そうとしたとき。
部屋に入った瞬間、リリアナは、思わず鍋を落としそうになった。

 三日以上、眠り続けていたはずのトワリスが、寝台の上で、上体を起こしていたからだ。

「ト、トワリスっ!」

 鍋を机に置くと、リリアナは、すぐさま寝台の側に寄った。
返事がないのも構わず、涙ぐんで、トワリスの手を強く握りこむ。

「トワリス、トワリス……よかった! わかる? 私、リリアナよ。貴女、無事にサーフェリアに帰って来られたのよ! 大変だったでしょう。もう、大丈夫だからね。痛いところとか、ない? 待ってて、今、ダナ先生を呼んでくるから……」

 そこまで言って、リリアナは、トワリスから全く言葉が返ってこないことに気づいた。
言葉どころか、握った手もぴくりとも動かないし、反応らしい反応が一切ない。

「……トワリス……?」

 不審に思って、ゆっくりとトワリスの顔を見る。
すると、伏せられていたトワリスの目が、ふっとリリアナを映した。

 その、次の瞬間。

「──っ……!」

 がん、と頭に殴られた衝撃が来て、リリアナは、車椅子ごと床に吹っ飛ばされた。

 頭を打ち付ける鈍い音がして、視界が揺れる。
そのぼやけた視界の端で、倒れた車椅子の車輪が、からからと回っていた。

「ちょっと姉さん、何やって……」

 リリアナが倒れる音を聴いて、駆けつけてきたカイルが、扉を開けて部屋に入ってくる。

 カイルは、状況が理解できず、寝台で座ったままのトワリスを見て、硬直していた。
しかし、車椅子から投げ出されたリリアナを見ると、すぐにそちらに駆けていって、リリアナを抱き起こした。

「なに、なにこれ……トワリス、どうしたんだよ……?」

 混乱したまま、リリアナとトワリスを交互に見て、カイルが呟く。
リリアナは、カイルを支えになんとか身を起こすと、寝台の上にいるトワリスを見つめた。

「どうしちゃったの? トワリス、私たちのこと、分からない?」

 震える声で問いかけると、トワリスが、リリアナとカイルのほうを見た。
その瞳を見て、リリアナは、胸が冷たくなるのを感じた。
茶褐色のはずのトワリスの瞳が、橙黄色に光っていたからだ。

 トワリスは、寝台から下りて立ち上がると、周囲を一通り見回してから、ふっと笑みを浮かべた。

「……相変わらず、居心地の悪い国だ。依代(よりしろ)にも、うまく馴染めぬ」

 まじまじと自分の腕や脚を観察しながら、トワリスが言う。
その声を聞きながら、リリアナとカイルは、放心しているしかなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.227 )
日時: 2016/12/10 20:51
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 9i/i21IK)


 トワリスは、不気味な橙黄色の目を二人に向けると、ゆったりとした口調で言った。

「人間よ、ミストリアの小娘は、どこへ行った」

「……!」

 その質問を受けて、リリアナの脳裏に、ファフリとユーリッドの姿が浮かぶ。
リリアナは、トワリスから視線を反らすと、未だ呆気に取られているカイルの身体を、力一杯押し飛ばした。

「カイル、逃げなさい! 早く!」

 顔を真っ青にしたカイルが、首を横に振る。
全くもって何が起きているのか分からなかったが、このトワリスと姉を二人にしておくのは、絶対に危険だ。
それだけは、理解できた。

 カイルは、脚に力を込めると、倒れたままのリリアナの腕を、自分の首に回させた。
こうなったら、自分が姉を支えて、走って逃げるしかない。
リリアナは、自力で立つことが出来ないのだ。

 しかし、立ち上がる前に、風圧が二人の間に生じて、カイルは壁際まで吹っ飛ばされた。
どんっと背中を強く打ち付けて、嫌な咳が込み上げてくる。

 トワリスは、床で仰向けに倒れているリリアナを見下ろすと、唇で弧を描いた。

「つまらぬ茶番はよせ。今一度問う。ミストリアの小娘は、どこだ」

 そう尋ねながら、トワリスの手が、リリアナの胸元にのびていく。
すると、その瞬間、目の前で信じられないことが起きた。
トワリスの指先が、リリアナの胸の中に吸い込まれていったのだ。

 衣服や肌、肉さえも貫いて、トワリスの手が、ずぶずぶとリリアナの胸に入っていく。
途端、心臓がぎゅっと鷲掴みにされたかのように痛んで、リリアナは仰け反った。

「……さあ、言え。言わぬと、心臓を握り潰すぞ」

 くつくつと愉快そうに笑いながら、トワリスが言う。
そんな彼女を見ながら、リリアナは、腹の底から凄まじい寒気が這い上がってくるのを感じた。
心臓の痛みは消えたが、今、トワリスの手が自分の心臓に触れている。
不思議と、その感覚があったのだ。

 カイルは、咄嗟に机にあった鍋をとると、それを、思いきりトワリスに向かって投げつけた。

「この化け物! 姉さんから離れろっ!」

 真っ直ぐに、鍋がトワリス目掛けて飛んでいく。
だがそれは、トワリスの頭部に直撃する前に、空中でぴたりと止まった。

「…………」

 一瞬の沈黙の末、トワリスが、リリアナの胸から手を引き抜いて、ゆらりと立ち上がる。
その様子に、なにか嫌な予感がして、カイルに逃げろと叫びたかったが、リリアナには、そんな力はもう残っていなかった。
恐怖のあまり、呼吸するのが精一杯で、声すらあげられなかったのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.228 )
日時: 2016/12/11 19:33
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 9i/i21IK)


 トワリスは、しばらく無表情で俯いたまま、じっと黙っていた。
しかし、ふと顔をあげると、視線だけ動かして、ぎょろりとカイルを睨んだ。

「……煩い」

 地を這うような低い声で言われて、身体が凍りついたように動かなくなる。
トワリスのものではない、その爛々と光る瞳に射抜かれるだけで、カイルは、全身を屠(ほふ)られているような感覚に陥った。

 トワリスが、ふぅっとゆっくり息を吸う。
すると、宙に浮かんでいた鍋が、高熱で溶かされたかの如く、液状になって、ぼたぼたっと床に滴った。

「……飽きた。死ね」

 そう言って、トワリスが、すっとカイルに人差し指を向けた、そのとき。

 凄まじい勢いで部屋の扉が開いたかと思うと、大きな影が飛び出して、カイルの前に立ちはだかった。

 一瞬、死を覚悟して固く目を閉じていたカイルは、しかし、一向に痛みが襲ってこないことに気づくと、恐る恐る目を開けた。
そして、自分をかばうように、ハインツが目の前に立っているのを見ると、腰が抜けて、すとんと床に座り込んだ。

「……ハ、ハインツ……」

 息を漏らすように言うと、ハインツが、ちらっとカイルに顔を向ける。
どうやら、トワリスが放った魔術を、そのまま身体で受け止めたらしい。
ハインツの身体からは、しゅうっと煙が上がっていた。

 一方のトワリスは、突如現れたハインツを見て、すっと目を細めた。
確実に、人間ならば吹き飛んでばらばらになるくらいの魔術を使った。
それなのにこの大男は、苦しがる様子もなく、平然と立っている。
何か特別な結界を張ったわけでもない、直接身体に受けたにも拘わらず、だ。

 ハインツは、足元でへたりこんでいるカイルと、トワリスの近くで力なく倒れているリリアナを見ると、最後に、対峙する敵に目を向けた。
それは、確かにトワリスの姿をしているが、絶対に別の何者かだと、すぐに分かった。
本物のトワリスは、高等な魔術は使えないし、瞳の色も違う。
そもそも雰囲気一つを見ても、目の前の相手に、トワリスの面影は全くなかった。

「……お前、誰」

 低い声で言って、ハインツが構える。
すると、ただですら強堅な筋肉で覆われている身体が、ぴきぴきと岩のように硬化し始めた。
この魔術は、ハインツがもつ独特のもので、このように皮膚を岩のように硬化させてしまえば、斬撃や打撃はおろか、魔術でさえ半端なものは効かない。

 攻撃を仕掛けるよりは、守りに徹した方が得策だと思ったのだ。
下手に動けば、近くにいるリリアナを人質にとられる可能性があるし、見たところ、トワリスも怪我をしている。
相手の正体はともかく、乗っ取っているだけで、身体自体は本物のトワリスなのだ。
もしその身体で無茶なことをされたら、トワリスの命にも関わる。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.229 )
日時: 2016/12/13 09:20
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: oKgfAMd9)


 異様な緊張感の中、ハインツが相手の出方を伺っていると、不意に、トワリスの目が面白そうに光った。

「そうか、その肉体……貴様、巨人族の血族であろう。いや、こちらでは、リオット族(地の祝福を受ける民)と呼ばれているのであったか」

 無表情から、再び可笑しげな笑みに戻って、トワリスが口を開く。

「道理で、あの程度では倒れぬわけか。相分かった。……おぬしがいるということは、サーフェリアの小僧も既に動いておるのだろう。ならば、都合が良い」

 独り言のように言って、天井を仰ぐと、トワリスは静かに目を閉じた。
すると、トワリスの胸から肩口にかけての傷から、黒い煙のようなものが噴き出てきて、空気中に霧散した。

 その瞬間、トワリスの身体が、糸の切れた操り人形のように、重力に従って崩れる。
ハインツは、咄嗟に身体の硬化を解くと、トワリスを受け止めた。

 先程までの緊迫した空気は跡形もなくなり、しん、と部屋の中が静まり返る。
ハインツの腕の中に落ちたトワリスは、ぐったりとして動かず、再び眠りに落ちたようだ。

「……た、助かった、のか……?」

 カイルが、力ない声で言った。
リリアナは、未だ早鐘を打っている胸に手を当てると、はぁっと安堵の息を吐いて、身を起こした。

 ハインツは、ひとまずトワリスを寝台に寝かせ、倒れている車椅子を起こすと、リリアナを抱えてそこに座らせた。
そして、腰が抜けたまま上手く立てないカイルを軽々と持ち上げると、再びリリアナの前にやってきて、見せつけるようにカイルをずいと前に出す。

 一瞬、ハインツが何をしたいのかよく分からず、ぽかんとしていたリリアナだったが、やがて、彼はカイルが無傷だということを自分に示したいのだと気づくと、じわっと涙が出てきた。

「うっ……カイル、ハインツくん……」

 がばっと両腕を広げて、リリアナがハインツの太い腰にしがみつく。
ハインツは、カイルを置いて逃げようとしたが、逃げる前にリリアナに抱きつかれて、動けなくなった。

「うわぁあぁあ、殺されちゃうかと思ったぁああ」

 泣き叫ぶリリアナに、ハインツが硬直する。
おろおろしながら困った様子で、助けてくれと言わんばかりに、ハインツはカイルに視線をやったが、カイルは何も言わずに、その光景を見ていた。

 リリアナの突発的かつ大胆な行動に、ハインツが困惑するのはいつものことだ。
普段なら、カイルがリリアナに制止をかけるのだが、今はそんな気分にはなれない。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.230 )
日時: 2016/12/18 14:02
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 リリアナは、しばらくそうして、わんわん大声で泣いていたが、やがて、しゃくりあげながらカイルを見て、トワリスの方にも目をやった。
そして最後に、微動だにしないハインツを見上げると、ようやく彼を解放した。

「ぅ、うっ……ハインツくん、助けてくれて、ありがと。そういえば、なんでここにいるの?」

 涙を拭いながら尋ねたリリアナに、ハインツが、過剰に反応する。
ハインツは、そのままびくびくしながら後ずさって、部屋の隅に身体を丸めて座り込むと、小動物のように身体を震わせながら答えた。

「……かっ、勝手に、部屋、入ってごめん……」

 その図体の大きさからは想像もつかない、か細い声で言う。
そうして、申し訳なさそうにちらちらとこちらを伺うハインツを見て、カイルはため息をついた。

「……ほら、姉さんが急に抱きついたりするから、ハインツが動転して怯えてるじゃないか」

「えっ!? ち、違うわよ……あれは愛の抱擁よ! 守ってくれてありがとうっていう、お礼の印で……」

「はいはい」

 呆れたように言って、小さく肩をすくめる。

 正直、つい先程まで、カイルの心も動揺と恐怖で一杯だったが、姉とハインツの普段通りのやり取りを見ていたら、なんだか妙な安心感がわいてきて、案外冷静に言葉が出てきた。

 リリアナは、何度も深呼吸してしゃくりあげを止めると、寝台の上で眠るトワリスを見た。

「さっきのあれは、なんだったのかしら。トワリスに、何があったの……?」

 その言葉に、カイルもトワリスを見る。
ハインツは、部屋の隅で座り込んだまま、小さく首を振った。

「……わからない。でも、さっきのは、トワリス、違う」

 リリアナが、そうよね、と答えて、不安げにうつむいた。

「あれがトワリスじゃなくて、誰か別人だって言うのは、分かってるわ。別にトワリスのことを、疑ったりなんてしてないの。だけど、もし次に目覚めたとき、トワリスがまたあんな風になっていたら……」

 先程のことを思い出して、リリアナが身震いする。
カイルも、どこか心細そうに目を伏せて、黙っていた。

 ハインツは、ふと立ち上がると、慎重にトワリスを抱き上げた。

「……大丈夫。中にいた奴、多分、出ていった。あと俺、トワリス、王宮に連れていく。ルーフェンに、言われた」

 その言葉に、カイルは驚いたように顔を上げる。

「なに? ルーフェンのやつ、トワリスが帰ってきてること、知ってるの?」

「……うん」

 ハインツが、こくりと首肯する。

「シュベルテに、獣人の子、来た。今、王宮にいる。ミストリアの話、するから、ルーフェンが……トワリス、連れてこいって」

 その瞬間、疲労が滲んでいたリリアナとカイルの顔つきが、ぱっと明るくなった。

「獣人の子って、ユーリッドくんとファフリちゃんのことよね! 良かった、二人とも、無事にルーフェン様と会えたのね!」

 ほっと胸を撫で下ろして、リリアナが嬉しそうに表情をやわらげる。
詳しい事情を聞いておらず、黙っているハインツに、カイルが付け足して説明した。

「ユーリッドとファフリは、トワリスがミストリアから連れてきたんだ。命を狙われてるらしくて、サーフェリアまで逃げてきたみたいなんだけどさ。俺たちじゃどうしようもできないし、とりあえずルーフェンに訳を話して、どうにかしてもらおうっていうんで、ずっとルーフェンを探してたんだよ」

 リリアナが頷いて、言葉を続けた。

「ファフリちゃんはね、ミストリアの次期召喚師なの。それもあって、ルーフェン様に相談するのが一番かなって思って」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.231 )
日時: 2016/12/19 18:25
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 次いで、今度は真剣な面持ちになると、リリアナはハインツを見つめた。

「あ、でも……王宮にいるって言っていたけれど、ユーリッドくんとファフリちゃん、ひどい目に遭ったりしないわよね? あの二人を、私達みたいな一般人がいつまでも預かっているわけにはいかないし、こんな方法をとってしまったのだけど、獣人を敵視しているこの国の現状を考えると、やっぱり不安で……。ユーリッドくんとファフリちゃんは、あの変な獣人たちとは違うのだし、ちゃんと話せば、陛下やルーフェン様も分かってくださるわよね? 二人とも、とってもいい子達なの。なんとか、一時的にでもいいから、サーフェリアでの滞在をさせてあげたいわ」

 リリアナの言葉を拾う形で、カイルが口を開いた。

「本当は、王宮に見つかる前に、ルーフェンだけに話を持ちかけられれば良かったんだけどな。全く、ルーフェンのやつ、どうでもいいときはうろちょろしてるくせに、どうしてこんな肝心なときにいなかったんだよ……」
 
「…………」

 姉弟の会話を聞きながら、ハインツは、ふと昼間の公開処刑の場で起きたことを、思い出していた。

 教会側の反応を見る限り、彼らがユーリッドやファフリを良く思っていないのは、まず確実だろう。
良く思っていないどころか、正式に処遇が決定されるとなれば、獣人など潰してしまえと主張してくる可能性が高い。

 仮に、教会側のそういった主張が無くても、今のサーフェリアの状況を考えれば、獣人を擁護しようという者は少ないはずだ。
まして相手が、敵国の戦力の中枢ともなり得る、ミストリアの次期召喚師となれば、尚更である。
普通に考えれば、敵の頭を叩かずにみすみす見逃すなんてことは、あり得ない選択だ。

 あとは、ルーフェンがどう判断するか──。

 リリアナは、ルーフェンがファフリたちの擁護に回ってくれるだろうと信じているようだが、それも、実際のところ、どうなるかは分からない。
ひとまず王宮に招いてはいたが、それが一体どのような意図で行われたことなのか。
ルーフェンが考えていることは、ハインツでも推測できないのが常である。

(それに……さっきのは……)

──……おぬしがいるということは、サーフェリアの小僧も既に動いておるのだろう。ならば、都合が良い。

 トワリスの中にいた、何者かの言葉を思い出す。
まるで、起こっていることの全てを把握しているような、そんな口ぶりだった。

 加えて、あの膨大な魔力に、不気味な橙黄色の瞳。

 その正体を考えれば考えるほど、底知れない不安が胸にわき起こってきて、ハインツは、仮面の奥で目を細めたのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.232 )
日時: 2021/04/12 23:28
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)

  *  *  *


 トワリスは、長い間、ずっと暗闇の中にいた。
自分が今どこにいるのか、何をしていたのかも分からなくて、状況を確かめるべく、身を起こそうとするのだが、全身がひどく痛んで、手足が全く動かない。
なにか叫ぼうにも、喉が焼けつくようにはりついて、声もうまく出せなかった。

 音もない、景色もない。
そんな、恐ろしいほど真っ暗な虚無の空間で、不意に、どこからかじゃらじゃらと鎖の音が聞こえてきた。
同時に、濃い顔料の臭いが鼻をついて、びくりと目を開ける。

 すると、はっきりとしない視界に、蝋燭の光に照らされた銀髪が映った。

「……ルーフェン、さ……」

 掠れた声で呼ぶと、さらりと銀髪が動いた。
不意に、喉の奥から熱いものが込み上げてきて、つっと涙が流れる。

 ルーフェンは、そんなトワリスの様子に、一瞬目を見開いた。
だが、すぐに瞳にやわらかい光を浮かべると、彼女の目にたまった涙を、指で拭った。

「……トワ、おはよう。……怖い夢でも見た?」

 言いながら、ルーフェンは、目にかかりそうな彼女の前髪を丁寧に払いのける。
徐々に、夢うつつから現実の世界に引き戻されて、トワリスは、ルーフェンを見つめた。
ルーフェンは、燭台の炎を強めると、ゆっくりとした口調で言った。

「……君は今、大怪我をして動けないんだ。分かる?」

「怪我……?」

 何故、怪我なんてしてるんだろう。
そう考えた途端、全ての記憶がどっと押し寄せてきた。

「……そう……そうだ。ユーリッドとファフリは……! 私達、ミストリアで──」

「分かってるよ」

 ルーフェンは、無理矢理起き上がろうとしたトワリスを、両手で押さえた。

「……ここは王宮だ。君は、ミストリアからサーフェリアに、帰ってこられたんだよ。ずっとリリアナちゃんの家にいたみたいだけど、ハインツくんに言って、君をここまで連れてきてもらった。ユーリッドくんとファフリちゃんも、今、王宮にいる。明日、君が起き上がれそうなら会わせてあげるから、そこで一度話そう。いいね?」

「王宮に、って……ユーリッドとファフリも? そんな、私、ろくな説明も出来ないまま二人をサーフェリアに連れてきちゃって……。ファフリは、ミストリアの次期召喚師なんです。王宮なんかにいたら、命を狙われるんじゃ……」

「知ってる。大丈夫だから、本当に心配しなくていい」

 未だに混乱した様子のトワリスを、なだめるような口調で言うと、ルーフェンは声を潜めた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.233 )
日時: 2016/12/25 18:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: gZQUfduA)



「明後日、陛下の御前で審議会が行われる。そこで正式に、ファフリちゃんたちをどうするか、決定されるだろう。その審議には、当然トワも出席することになるけど、君は、とりあえずミストリアで見たことを、そのまま全て陛下に話せ。それだけでいい。あとはこっちでどうにかする。そうすれば、きっと君が心配しているようなことにはならないから」

「で、でも……」

 不安そうに口ごもって、トワリスが表情を曇らせる。
するとルーフェンは、大袈裟に肩をすくめた。

「この俺が大丈夫って言ってるんだから、何も気にせず、どんと構えてればいーの。それともなに、俺の言ってることは、信用ならないって?」

「……別に、そういう訳じゃないですけど……」

「それならほら、早く寝な。言っておくけど君、かなり重体で、四日近く目を覚まさなかったんだからね? 他人の心配してる場合じゃないっての」

 諭すように言われて、幾分か落ち着きを取り戻すと、トワリスは再び寝台に身体を埋めた。
それを見届けると、ルーフェンは、どこか呆れたように息を吐いて、苦笑した。

「……大体、こんなでっかい傷、どこで作ってきたのさ?」

「傷って……どれのことですか?」

「これ」

 襟元から覗く、トワリスの肩口の傷を、包帯ごしにルーフェンがなぞる。

「ああ……これは、急にやられたから、防げなくて」

「やられたって、誰に?」

「えっと……確か、エイリーンとかなんとかって、呼ばれてたような……」

 そう言った瞬間、ルーフェンが顔をしかめた。

「……誰だって?」

「私も、よく知りませんよ。長い黒髪で、二十歳そこそこくらいの外見でしたけど……。今考えれば、獣人じゃなかったような気がします」

「……ふーん」

 気がなさそうな返事をして、ルーフェンは、寝台脇の机にある蝋燭に視線を移した。
その表情はどこか堅く、鋭いように見える。

 しかし、すぐにいつもの軽薄そうな表情に戻ると、ルーフェンは、トワリスの襟を直した。

「……ま、とにかく今は、治療に専念することだね。……食欲は?」

「……あんまり」

「そ。じゃあ今はいいから、明日の朝、ちゃんと食べなよ」

 それだけ言って、席を立ったルーフェンに、トワリスは、思いがけず言った。

「……どこか、行くんですか?」

 それを聞くと、ルーフェンは、少し驚いたような顔をした。
だが、にやりと笑うと、いたずらっぽく言った。

「なに、もっと一緒にいてほしいの?」

「……うるさい」

「はは、久々の再会だっていうのに、相変わらずつれないなぁ」

 そう言って、苦々しく笑うと、ルーフェンは、上げかけた腰を再び下ろした。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.235 )
日時: 2016/12/30 20:01
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: GbhM/jTP)


 もっと一緒にいたいのか、などと尋ねてくるルーフェンを、トワリスが帰れと追い出す。
このやりとりは、なんだかしょっちゅうしているような気がした。
今回は、トワリスの返事が、少しだけいつもと違っただけだ。

「……あの、ルーフェンさん」

「ん?」

 結局、もう少しここに留まることにしたらしいルーフェンを、不意に、トワリスが呼んだ。

「あの……耳飾り……。今、ファフリに貸していて」

「……うん」

「ちゃんと後で返すので、もう少し、待っていてください」

 律儀に、そんな申告をしてきたトワリスに、ルーフェンは小さく笑った。

「ああ。いいよ、いつでも」

 そう答えて、ルーフェンはトワリスに背を向けると、寝台に寄りかかった。
しかし、そうして息をつく間もなく、再びトワリスが口を開く。

「私がいない間、サーフェリアで、何もなかったですか?」

「んー?」

 ルーフェンは、考えるように宙を見ると、静かに答えた。

「……何もなかった、とは言えないけど、獣人たちも大方片付けたし。トワも帰ってきたし。まあ、悪い方向には向かってないんじゃない?」

「…………」

 トワリスは、一瞬沈黙してから、薄く笑みをこぼした。

「そう、ですか……それなら良かった」

「……どうしたの」

 背を向けたまま、ルーフェンが尋ねると、トワリスは目を伏せた。

「……いえ、正直、帰れないんじゃないかって、思ってた部分もあったので……なんていうか、まだ実感が湧かなくて……」

 しみじみと言ったトワリスに対し、ルーフェンは、場違いなほど明るい声で言った。

「帰れないって、トワが? そんなまさか。トワなら、どんな相手が襲ってきても、そいつ蹴っ飛ばして、ぶん殴って、ついでにぶつぶつ小言言いながら、ふんぞり返って帰ってくると思ってたよ」

「……あの、私のことを何だと思ってます?」

「えー、言ったら怒られそうだから言わなーい」

「怒られそうなこと考えてるんじゃないですか!」

 掠れた声を荒らげて、トワリスが憤慨する。
ルーフェンは、安心したように笑って、小さく肩をすくめた。

「おー、恐い。それだけ元気なら、明日には立ち上がって、俺に蹴りかかって来そうだね」

「ほんっとうるさいです」

 むすっとした顔つきになると、トワリスはそっぽを向いた。
それにも拘わらず、沈黙が気まずいのか、あるいは他に理由があるのか──トワリスはずっと、何か話題を探しているようだった。

 だが、いい加減、疲労と眠気で、上手く頭が回らないのだろう。
次の言葉が見つからないらしく、トワリスは、しばらくそうして、落ち着かなさそうにして黙っていた。

 しきりに何か言おうとするが、躊躇ったように口を閉じるトワリスを見て、ルーフェンは、ぷっと吹き出した。

「……トワ、寝られない? それとも、寝たくないの?」

「…………」

 トワリスは、返事をしなかった。
しかしルーフェンは、その反応に対しても、どこか可笑しそうに肩をすくめた。

「……早く寝なって。しばらく、ここにいてあげるからさ」

 そう告げて、トワリスがなにも言わないことを確認すると、ルーフェンは再び寝台を背もたれにして、後ろを向いた。

 二人はそのまま、長い間、ずっと黙っていた。
だが、ある時、ふとルーフェンの方を見ると、トワリスが言った。

「ルーフェンさん、私……」

「……うん?」

 ルーフェンが、再度振り返る。
トワリスは、ルーフェンの目を見て、何か言おうと口を開いたが、結局何も言わず、諦めたように寝台に潜り込んだ。

「やっぱり、なんでもないです」

「…………」

 ルーフェンは、微かに笑みをこぼして、穏やかな声で言った。

「……おやすみ、トワリス」

 その声を聞きながら、目を閉じると、不思議と安心感に包まれて、トワリスは、深い眠りに落ちていった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.236 )
日時: 2017/01/02 07:53
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8.g3rq.8)


 トワリスが眠ったのを見届け、部屋の外に出ると、長廊下にハインツが立っていた。
ハインツは、ルーフェンの姿を認めると、小さな声で言った。

「……トワリスは?」

「目を覚ましたよ。……ただ、サーフェリアにきてからの記憶は、一切なさそうだ。つまり、リリアナちゃんたちを襲ったのは、確実に別の誰かってことだね」

 ルーフェンの言葉に、ハインツが眉をひそめる。

「……あいつ、トワリスの、肩の傷から、出ていった。炎みたいな、黄色の瞳で、とても強い」

「…………」

 ルーフェンは、ハインツの声に耳を傾けながら、脱力したように壁に寄りかかると、はぁっとため息をついた。
それから、何か考え込んで目を伏せると、胸の前で腕を組む。
その目が、険しく細められているのを見て、ハインツは訝しげに問うた。

「……ルーフェン、心当たり、ある?」

「いや……」

 ルーフェンは、言葉を濁すと、つかの間黙りこんでから、ハインツに向き直った。

「……とりあえず、今、片付けるべき問題は審議会だ。ハインツくんは、トワについていて。あと念のため、リリアナちゃんたちのところにも様子を見に行って、何かあれば、また俺に言って」

「……わかった」

 返事を聞いて、その場から立ち去ろうとしたルーフェンに、ハインツは声をかけた。

「ルーフェン、トワリスに、ついてなくて、いいの?」

 ルーフェンは、振り返って、少し困ったように笑った。

「……あの子、意地っ張りだから、今は俺より、ハインツくんに側にいてほしいんじゃないかな」

 その返答に、ハインツが不思議そうに首をかしげる。
しかしルーフェンは、それだけ告げると、踵を返して歩いていってしまった。

 廊下を進みながら、ルーフェンはずっと、“トワリスの中にいたという誰か”のことを考えていた。
ハインツには、言わずにごまかしたが、その正体に、ルーフェンは心当たりがあるのだ。

(……冗談じゃない。もし、司祭共の言うイシュカル様ってのが、本当にいるのだとしたら、是非もう一度、お出まし頂きたいもんだね)

 珍しく厳しい表情を浮かべて、ルーフェンは心の中で独りごちる。

 ずっと心の奥底にあった嫌な予感を、見て見ぬふりすることが出来なくなっていることに、ルーフェンは気づいていた。

 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.237 )
日時: 2017/01/05 18:53
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: O/vit.nk)


 次にトワリスが目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎだった。

 ゆっくりと目を開けると、自分の顔をユーリッドとファフリが覗き込んでいて、トワリスは目を瞬かせた。

「……ユー、リッド? ファフリ?」

 トワリスが名前を呼ぶと、二人は顔を見合せ、嬉しそうにはにかんだ。

「トワリス! おはよう!」

 ファフリが声をあげて、トワリスの首元に抱きつく。
ユーリッドも、目に安心したような光を宿して、ほっと胸を撫で下ろした。

「大丈夫か? 傷は痛まないか?」

 抱きついてくるファフリの背中を撫でながら、トワリスは苦笑した。

「ありがとう、大丈夫だよ。ユーリッドとファフリは? 怪我、治ったの?」

 二人は、もう一度顔を見合せてから、微笑んで頷いた。

「ああ。正直、痛いところはたくさんあるけど、俺は大丈夫。すぐ良くなるよ」

「私も、二人に比べたら、大した怪我なんてしてなかったし……。サーフェリアに来たあとね、リリアナさんとカイルくんが、とっても良くしてくれたの。王宮でも、ルーフェン様がひとまず泊まっていっていいって、客間を用意してくださったし、私たちは平気よ」

「そっか……」

 あどけない笑顔で、そう言ってくるユーリッドとファフリを見て、トワリスは、心が暖かくなるのを感じた。

 リークスに殺されてしまうかもしれないと思い、あの時、咄嗟に判断して、二人をサーフェリアに連れてきてしまったが、獣人であるユーリッドたちを、サーフェリアに連れてくるなんて、後々多くの問題が出てくるだろう。
それでも、こうしてまた笑い合う二人を見ていたら、あの時の判断は、間違っていなかったのだろうと思えた。

「……リリアナたちにも、ちゃんと後でお礼を言いに行かなきゃな」

 そう呟いて、トワリスが身を起こそうとすると、すぐ隣から大きな手が伸びてきて、起き上がるのを助けてくれた。
あまりにも静かなので気づかなかったが、ハインツが傍らで座り込んでいたらしい。

 ハインツは、トワリスが寄りかかっていられるように、壁と背の間に枕を挟み込んでくれた。

「ハインツ……久しぶり。ずっとついていてくれたの?」

 優しく尋ねると、ハインツはこくりと頷いた。
それから側の机にある深皿と木匙を取ると、トワリスに渡す。

「起きたら、食べさせろって、言われた」

 相変わらずの、ぼそぼそとした小さな声で言われて、深皿を受け取ると、中には粥が入っていた。
トワリスがいつ目覚めるか分からなかったから、少し前に用意したのだろう。
粥は、作りたてというよりは、生温くなっている。
だが、少量木匙ですくって食べると、心なしか懐かしい味がして、鼻の奥がつんとした。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)とりけらとぷすさんの挿絵掲載 ( No.238 )
日時: 2017/01/09 19:25
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: NzSRvas.)

お久しぶりです。
感想書くとか言っておいて遅れて申し訳ございません。
では早速感想の方に入らせていただきます!


まず……まだみんなの平穏は訪れないってことが改めて判明いたしましたねw
何とか死なずにすんだものの怪我は絶えないのが何だか悲しいですね。
そして今までファフリちゃん一筋だったのにハインツさんが急に株を上げてきて私自身すごくびっくりしています。
あまりしゃべるタイプではないけれどどことなく優しいのがかわいいくてかわいくて……。
話すと長くなるのでやめておきますねw

でもファフリちゃんも大好きですよ!!
ただハインツさんが株を上げてきたんです!!私は悪くな((略
えー。毎度のことながら展開の読めないのでワクワクしてみています。
きっと生傷は絶えないんだろうなあと思いながら見守っています……。
そしていつかは怪我のない平穏な日常になってほしいものです。

更新頑張ってください!!
これからもずっと見てますので。

〜闇の系譜〜(ミストリア編)とりけらとぷすさんの挿絵掲載 ( No.239 )
日時: 2017/01/11 13:39
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

ルビーさん

 コメントくださってありがとうございます^^
いえいえ、来て頂けただけでも嬉しいですー!

 ファフリパパとエイリーン(アルファノルの召喚師)に、結構こてんぱんにやられましたからね(笑)
そう易々と傷は治らないのです(´_ゝ`)
 自分で言うのもなんですが、ハインツくんはめっちゃ可愛いです(真顔)
いかついゴリマッチョですが、彼は人見知りで引っ込み思案なので、優しく慎重に近づかないと逃げます(笑)
ちょうどサーフェリア編にも出てきてるので、もしお時間ありましたら見てやってください^^

 展開が読めないというお言葉は嬉しいですね(*´▽`*)
生傷は絶えないかもしれませんが、まあそれはしょうがないです!

 応援して下さりありがとうございます(´ω`*)
お互い更新頑張りましょう!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)とりけらとぷすさんの挿絵掲載 ( No.240 )
日時: 2017/01/14 20:05
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SkZASf/Y)



「そういえば、二人は? なにか食べた?」

 ふと思い付いて、トワリスが問うと、ファフリが身を起こして頷いた。

「ええ、侍女さんに用意してもらって、頂いたわ」

「そう。ならいいけど……」

 ファフリの返事を聞いて、トワリスは、安堵の息を漏らした。
いくら獣人が相手とはいえ、流石に王宮も、いきなり食事に毒を盛るような軽率な真似はしていないらしい。

 歓迎はされていないにせよ、ファフリとユーリッドは、一応宮殿に引き入れられているのだ。
王宮側も、今のところは、ファフリたちを他国の要人、あるいは、トワリスと共にミストリアの事情を把握する、重要な参考人くらいには認識しているようだ。

 トワリスが食べ終わると、ユーリッドとファフリは、サーフェリアに渡ってきてから、王宮に至るまでの経緯を話した。
トワリスは、黙って二人の話を聞いていたが、一通り話が終わると、申し訳なさそうに言った。

「そうか……二人とも、ごめん。いきなりサーフェリアに連れてきた挙げ句、ちゃんと説明もできないまま、私だけこんなに寝込んじゃって……。ただですら、この国じゃ獣人は敬遠されてるっていうのに、司祭達にまで正体がばれたってなると、私たちと教会のいざこざにまで、貴方達を巻き込むことになっちゃうね」

 ユーリッドが、首を横に振った。

「なに言ってるんだよ。トワリスがいなきゃ、俺たちは確実にミストリアで死んでたんだ。そもそも、俺たちが先にトワリスを巻き込んじゃったんだし、そんなこと、気にしないでくれ」

 それに同調して頷き、ファフリも柔らかい笑みを浮かべた。

「そうよ。トワリス、本当にありがとう。……それに、召喚術のこととか色々お話ししてみたくて、ルーフェン様にお会いしたいって思ったのは、私よ。いつまでも、リリアナさんたちにお世話になって、隠れているわけにはいかなかったし、サーフェリアに来た以上、こうして王宮にご挨拶することになるのは、必然だったのだと思うわ」

「それは、そうかもしれないけど……」

 不安げに俯いて、トワリスは、言葉をこぼした。

 挨拶をして、二人のサーフェリアへの滞在が許されるのならば、もちろんそれが一番良いだろう。
だが、この状況では、よほど上手く立ち回らない限り、国王や教会がユーリッドとファフリを認めるとは思えなかった。

 トワリスも、入手してきた情報──此度のサーフェリアへの獣人の襲来は、宰相キリスが独断で行ったことであり、召喚師リークスには、交戦の意思はなかったのだということを、当然提示するつもりではある。
しかし、たったそれだけでは、国王も教会も納得しないだろう。
そもそも、売国奴と疑われていたトワリスへの信用は、今のサーフェリアにおいて、ないに等しい。
トワリスの意見など無視し、ユーリッドとファフリを殺した方が、不安要素の排除という意味でも、ミストリアの戦力を削ぐという意味でも、よほど有益なように思えた。

(……巻き込みたくなかったけど、やっぱり、ルーフェンさんの力を借りるしか……)

 そう考えたところで、トワリスはふと顔をあげると、寝台横に座るハインツの方を見た。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.241 )
日時: 2017/01/19 20:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: KXQB7i/G)



「ところで、ルーフェンさんって、今どこにいるの?」

 ハインツは、むっくりと起き上がると、扉の方に歩いていった。

「……ルーフェン、呼んでくる」

 言いかけて、ハインツが取っ手に手をかけた瞬間。
部屋の外側から、勢いよく扉が開けられて、ハインツの顔面に直撃した。

 ハインツ以外の三人の注目を浴びながら、扉を開けて入ってきたのは、ちょうど話題に出ていた、ルーフェンだった。

「えっ、なになに、皆でお出迎え? ……あ、ハインツくん、ごめん」

 立ったまま、無言で顔面をおさえるハインツに、ルーフェンが軽い口調で謝る。
それから、持っていた手提げ籠(かご)をファフリに渡すと、笑顔で言った。

「はい、これプレゼント。食べていいよ、ファフリちゃん」

「あ、ありがとうございます……」

 戸惑いながら受け取った籠の中には、一口サイズの焼き菓子が入っていた。

 食べていいよ、などと言ったにも拘わらず、その籠から数枚焼き菓子をとると、それをぽりぽりと食べながら、ルーフェンはトワリスの寝台にどかりと座った。

「……あの、なんですか、それ」

 トワリスが冷めた目付きで言うと、ルーフェンはにこりと笑った。

「なにって、クッキーだけど。街で遊……巡回してたら、露店のお姉さんがくれたんだよね。だから、様子を見がてら、ファフリちゃんにもお裾分けをしようかと。トワも食べる? はい、あーん」

「いるか!」

 伸びてきたルーフェンの手を払って、トワリスが怒鳴り付ける。
この男は、どうしていつもこう緊張感がないのかと考えると、頭が痛くなった。

 ルーフェンは、部屋の真ん中にある長椅子を、ユーリッドとファフリに勧めた。

「ほらほら、二人も食べなよ。美味しいよ。……あ、残り十枚だから、ユーリッドくんが食べていいのは二枚ね」

「なんでだよ」

 思わぬ差別にユーリッドが突っ込むと、ルーフェンはからからと笑った。

「えー、だって俺はファフリちゃんのために持ってきたんだし、野郎に贈り物する趣味はないしー」

「…………」

 いまいちルーフェンの扱いに困りながら、ひとまずユーリッドとファフリは、長椅子に腰かける。
そんな二人を見ながら、トワリスは呆れたようにため息をついた。

「……まあ、いいです。ちょうど良かった。ファフリたちのことで、話があるんです、ルーフェンさん」

 トワリスがそう告げると、ファフリとユーリッドは顔をあげ、扉の側に佇んでいたハインツも、再び寝台横に来ると、その場に座り込んだ。
ルーフェンは、焼き菓子を食べていた手を止めた。

「話って、何の?」

「俺たちが、サーフェリアに来た経緯と、今後どうするかって話だよ。昨日、獣人の処刑場で騒ぎがあったときに、ちゃんと説明するって言っただろ」

 ユーリッドが答えると、ルーフェンは、ああ、と声を漏らして、寝台に座り直した。

「……そういえば、まだ聞いてなかったね。いいよ、話して」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.242 )
日時: 2017/08/15 16:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ユーリッドとファフリ、トワリスの三人は、それぞれ互いの話を整理しながら、これまでの旅のことを、ルーフェンに詳しく語った。
ルーフェンは、珍しく横槍をいれることなく、静かに聞いていたが、話が終わる頃には、どこか退屈そうな表情をしていた。

「ふーん……それで、ファフリちゃんは、奇病に冒されたミストリアを、どうにかして救いたい、と」

「はい」

 ルーフェンの取りまとめに、真剣な顔つきで、ファフリが首肯する。
その傍ら、腑に落ちない面持ちのユーリッドを、ルーフェンはじっと見つめていた。

 トワリスは、微かに身を乗り出した。

「とにかく、一時的にリークスから身を隠すためにも、ファフリたちがサーフェリアに滞在することを、陛下に許可してもらいたいんです。だからまずは、ミストリアには、サーフェリアと交戦する意思はないんだってことをお伝えして、なんとか、ファフリたちに敵意はないってことを証明したいんですけど……」

 続いて、ファフリが口を開いた。

「キリスがサーフェリアに獣人を送って、ルーフェン様や人間たちを襲わせたっていうことに関しては、本当にごめんなさい……。簡単に許してもらえることじゃないって、分かってるわ。だけど、ここで両国が敵対しても、犠牲が増えるだけで、サーフェリアにとっても良いことはないと思うの。厚かましいことをお願いしてるっていうのは重々承知だけれど、もし、サーフェリアにいることを許してくださるなら、もう二度と、サーフェリアには迷惑をかけないって誓うわ」

 ルーフェンは、しばらくつまらなさそうに肘をついて、ぼんやりと話を聞いていた。
だが、やがて寝台から立ち上がると、ぐっと伸びをした。

「……まあ、どうしても陛下を説得したいっていうんなら、今のトワとファフリちゃんの言い分を、明日の審議会で話せばいいよ。ミストリアに敵意はありませんよー、争うよりもミストリアに恩を売っておいたら得ですよーって。ハイドット云々に関する証拠は、ちゃんとあるんだろう?」

 ルーフェンに尋ねられて、トワリスは頷いた。

「はい。私が持ってきた荷物の中に、ちゃんと入ってます」

 そう言って、リリアナの家から、トワリスと共にハインツが運んできてくれた荷物を示す。
ルーフェンは、小さく欠伸をすると、ふうっと息を吐いた。

「そう。じゃあ、奇病のこととかハイドットに関しては、ちゃんと信憑性があるっていうんで信じてもらえるだろうし、そんな感じで、とりあえず明日、頑張って説得してみればいいんじゃない?」

「いいんじゃない、って……」

 あまりにも軽いルーフェンの受け答えに、トワリスが眉をしかめる。
確かに、ユーリッドたちをサーフェリアに連れてきてしまったのは、トワリスの勝手な判断だし、ルーフェンからしたら、そんな厄介事に付き合う義理はないのかもしれない。
だが、仮にも話を聞こうと承諾したなら、もう少し、ちゃんと受け答えするなり、助言をくれたりしても良いのではないだろうか。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.243 )
日時: 2017/01/28 21:23
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 ルーフェンは、不満げな表情で黙ったトワリスには目もくれず、ファフリに話しかけた。

「そんなことよりさ、ファフリちゃんって、いくつなの?」

「じゅ、十六、ですけど……」

「へえー、じゃあ、ちょうど俺の十個下か。いやぁ、まさかミストリアの次期召喚師が、こーんな可愛い女の子だったとはねえ。獣人っていうと、皆、筋骨隆々としてる印象だったし、てっきり、むっきむきのおっさんかと思ってたよ」

 ははっと笑うルーフェンに、ファフリが曖昧な微笑みを返す。
明らかに困った様子のファフリだったが、そんなことには構わず、ルーフェンは話し続けていた。

 しばらくは、そうしたルーフェンの一方的な雑談を見守っていたトワリスだったが、やがて、耐えかねたように、厳しい口調で言った。

「あの、いい加減にしてください」

 ルーフェンが、ぴたりと口を閉ざす。
トワリスは、ルーフェンを睨むと、不機嫌そうに言った。

「そうやってふざけるのも、大概にしてください。こっちは、真剣に話してるんですよ。少しは真面目に聞いたらどうなんですか」

「…………」

 ルーフェンは、微かに目を細めると、トワリスのほうを見つめた。
そして、小さくため息をつくと、含み笑いした。

「……真面目に、ねえ……」

 そう呟いてから、天井の方をじっと見つめる。
そうしてルーフェンは、いらいらとした様子のトワリスに再び向き直ると、肩をすくめた。

「じゃあ、真面目に聞くけどさ。……トワは、なんでユーリッドくんとファフリちゃんを、わざわざ生かして連れてきたわけ?」

 瞬間、トワリスの目が、大きく見開かれる。
ユーリッドとファフリも、苦い顔つきになると、トワリスを見た。

「そ、それは……」

 口ごもったトワリスに、ルーフェンは、追い討ちをかけるように言った。

「まさか、同情して助けたとか言わないよね? ……君は一体、何のためにミストリアに渡ったの? 敵国と見なされたミストリアを、探るためだろう。それなのに、その次期召喚師を救うために動いてるなんて、それこそ、場合によっては売国奴と指差されてもおかしくない」

「…………」

 言葉を失ったトワリスから視線を外し、ルーフェンは、続いてファフリに目をやった。

「ファフリちゃんも、さっき、ミストリアの現状をどうにかしたいとか言ってたけど、それってつまり、父親であるリークス王を殺して、王位を簒奪(さんだつ)するってことだよね?」

「え……」

 動揺の色を見せたファフリに、ルーフェンは呆れたように苦笑した。

「なに、その意外そうな顔。だって、そうだろう? ミストリアの情勢を変えるのも、サーフェリアに対して協力体制をとるのも、国王でなければできないことだ。つまり、君は自分の父親を殺して、ミストリアの統治者として君臨するつもりなんだと思ったんだけど、違うの?」

「…………」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.244 )
日時: 2017/02/01 22:30
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
参照: https://www.youtube.com/watch?v=ZirQMeh8mjI&t=15s


 皆様こんばんは!
今回は本編ではありません、ごめんなさい><

 サーフェリア編に引き続き、ミストリア編もPVを作ってみたので、よろしければご覧ください^^
使用した画像数が超絶少ないので、動きはあまりないのですが、ガチで作るととんでもない時間がかかるのでご容赦を(笑)

 受験生の方々は、今が一番忙しい時期だと思いますが、最後まであきらめず頑張ってください(`・ω・´)
それでは、失礼しましたー!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.245 )
日時: 2017/02/06 09:42
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: kEC/cLVA)



 ファフリは俯いて、つかの間、床の一点を見つめていた。
だが、やがて、ルーフェンと目線を合わせると、弱々しい口調で言った。

「……確かに、一番確実なのは、その方法なのかもしれない……。だけど、私には召喚術の才能がないし、お父様には、きっと勝てないわ。……でも、でもね、私のお父様は、ミストリアのことを、本当に強く想っているお方なの。だから、今回の奇病のことも、サーフェリアのことも……ミストリアのためになることだからって言えば、私の話を聞いて下さると思う」

「……それ、本気で言ってる?」

 びくりと身体を揺らしたファフリに、ルーフェンは嘲笑するように言った。

「お父様は、国を強く想っているから? 綺麗事すぎて、反吐(へど)が出るね。俺は、ファフリちゃんのことも、リークス王のこともよく知らないけど、話を聞く限りじゃあ、とても話を聞いてくれるような父親には思えないんだけど。現に、話を聞いてくれなかったから、こうして殺されかけて、サーフェリアまで逃げてきたんだろう? ねえ、ユーリッドくん」

 突然話を振られて、ユーリッドが顔をしかめる。
ルーフェンは、ふっと笑みをこぼして、続けた。

「君はさっきから、ずーっと浮かない顔しているけど、ファフリちゃんの意見に対して、何か言いたいことでもあるんじゃないの?」

「…………」

 ルーフェンを睨む、ユーリッドの顔つきがますます険しくなる。
しかし、そんなことには構わず、ルーフェンは再びため息をつくと、更に言い募った。

「全く、どいつもこいつも、現実味のない夢物語ばっかりで、笑っちゃうね。悪いけど、勝率の低い賭けに出るほど、サーフェリアも馬鹿じゃないんだ。確かに、獣人襲来の件は一度水に流して、ミストリアに恩を売っておくと言うのも、まあ、損な話じゃない。だけどそれは、ファフリちゃんが確実に国王として即位し、いずれ恩を返してくれることを前提として考えたときの話だ。……でも、実際はどう? ファフリちゃんには、父親を討つ覚悟もない。それどころか、ユーリッドくんと、意見の擦り合わせすら出来てない。とてもじゃないけど、ミストリアをどうこう出来るとは思えないし、そんな君達に手を貸したところで、サーフェリアに得があるとも思えないんだよね。明日までは、俺の権限で君達を生かすことはできるけれど、審議会でどう判断されるかは、また別の話だよ。……正直俺は、君達を生かすより、殺してしまった方が、よほどサーフェリアにとっては良いと思ってる」

 涙をこらえているような顔で、押し黙っているファフリを、ルーフェンは見つめた。

「……残念ながら、優しさと正義感だけの無能な召喚師なんて、不必要なんだ。いい加減、現実を見て、どういう心持ちで在るべきなのか、考えた方がいい。……ああ、それとも、もう現実を見るのは嫌になったのかな?」

 ルーフェンは、寝台の脇に、荷物と共に置いてあったトワリスの双剣を一本抜くと、それをファフリの喉元に突きつけた。
それには、流石にユーリッドとトワリスも表情を強張らせたが、ルーフェンはそれを無視して、続けた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.246 )
日時: 2017/03/09 15:13
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「ねえ、ファフリちゃん。もう死んだほうが楽になるんじゃないかと、思ったことはない?」

 ファフリの瞳が、ふっと揺れる。
その鳶色の瞳を見て、ルーフェンは口の端を上げた。

「君を逃がすために、犠牲になった人達の気持ちを考えると、言い出せなかっただろう? 君は悪くないとか、生きていてもいいとか、そういう言葉はかけられたことがあったとしても、死んでいいよって言ってくれる人は、いなかったんじゃない?」

「…………」

「……望むなら、今ここで、俺が君を殺してあげるよ」

 そう言って、ルーフェンが、ファフリの喉元に、ぐいっと刃を押し付けたとき。
ユーリッドが、力任せにルーフェンの胸ぐらを掴み上げて、壁際に追いやった。

 勢いのあまり、ルーフェンが取り落とした剣が、床に落ちて、金属音を響かせる。
だんっ、と背中を壁に打ち付けて、ルーフェンは、思わず呻き声をあげた。

「ってて……ったく、この馬鹿力──」

「お前、ふざけんなよっ!」

 ルーフェンの言葉を遮って、鋭い怒声を放つ。
ユーリッドは、ルーフェンの胸ぐらを掴む手に、ぎゅっと力を込めた。

「さっきから黙って聞いてりゃ、急になんなんだよ! そんな、追い詰めるような言い方、しなくたっていいだろ!」

 つかの間、痛みに顔を歪めていたルーフェンだったが、ユーリッドの怒りの表情を見ると、ふっと鼻で笑った。

「……追い詰める? 俺は、言われた通りに、真面目に意見しただけなんだけど。なに、全部図星だった?」

「……っ」

 ユーリッドは、ぎりっと歯を食い縛って、俯いた。

「……確かに、お前の言ってることは、正しいよ……」

 ぽつんと呟いて、目を伏せる。

「だけど、実の父親に命を狙われて、城から逃げてきて……。そんな苦しい状況でも、ファフリは必死に前を向いて、悩んで、生き延びようとしてきたんだよ! それをそんな風に、簡単に分かったみたいに言うな!」

 激しい、けれどどこか悲しさを孕んだような口調で言われて、ルーフェンは一瞬口をつぐんだ。
しかし、すぐに可笑しそうに眉をあげると、意外そうに言った。

「……へえ、ただの護衛かと思ったら、随分とファフリちゃん想いなんだね。でもこれは、一時休止のきく子供の追いかけっこじゃないんだ。召喚師同士の争い、場合によっては、他国との関係をも揺るがす、大事だよ。君みたいな甘っちょろい思考の持ち主が、口を出せるような簡単な事態じゃない。君が思っているよりずっと、ファフリちゃんの置かれている立場は重いんだ。ファフリちゃんは、君とは違う。ミストリアの、次期召喚師なんだ」

「……だから、何だよ」

 低い声で言い返して、ユーリッドは、再び顔をあげた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.247 )
日時: 2017/02/13 11:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: XsTmunS8)



「召喚師だから、なんだよ。召喚術が使えるってだけで、召喚師ってのは、心まで強くなるのか? ……少なくとも、ファフリは違う。ファフリは、俺たちと一緒で、泣くし、悩むし、誰かに助けを求めたくなることだって、あるよ」

 ユーリッドは、胸ぐらを掴む手から少し力を抜くと、まっすぐにルーフェンの目を見た。

「俺は、召喚師みたいな強い力は持ってない。でも、ただの護衛だから引っ込んでろって言われて、簡単に引き下がれるわけあるか。なんと言われようと、ファフリが望む限り、俺は口も出すし、手も出すよ。ファフリは、次期召喚師である前に、俺の大切な幼なじみだ。助けようとして、何が悪い!」

「…………」

 はっきりと、ユーリッドはそう言い放った。
ルーフェンは、そんなユーリッドを見つめていたが、やがて、意地の悪い笑みを浮かべると、突然、ユーリッドの狼の耳をわし掴んだ。

「隙あり!」

「ぶぎゃっ!」

 短い悲鳴をあげて、ユーリッドがルーフェンから跳ぶように離れる。
ルーフェンは、ようやく解放された襟元を正しながら、満足げに言った。

「いやー、一回でいいから、触ってみたかったんだよね。ユーリッドくんの、その耳」

「お、おまっ、いきなり何して……!」

 耳をおさえながら、ユーリッドが動揺して、ぱくぱくと口を動かす。
先程までの緊張感は、どこへやら。
ルーフェンは、からからと笑った。

「きゅ、急に耳を掴むとか、お前、失礼にも程があるだろ!」

「ぇえー? 昨日助けてあげた、命の恩人である俺に対して、胸ぐらを掴んでくるほうが失礼だと思いまーす」

 飄々と言ってのけるルーフェンに、ユーリッドが抗議しようとしたとき。
突然、腹に太い腕が回されたかと思うと、ユーリッドは、ハインツの右腕に軽々と持ち上げられた。

「なっ、離せ!」

 咄嗟に、ハインツに殴りかかろうもするも、それを見ていたルーフェンが、ユーリッドに向けて指先を動かす。
すると、まるで両手首を石で固められてしまったかのように、腕が重く、動かなくなった。

「はいはい、暴れなーい。それ、鎖じゃないんだから、力ずくじゃとれないよ」

「はあ!?」

 脚をじたばたさせながら、ユーリッドがルーフェンを睨む。
ハインツは、そんなユーリッドを抱え直すと、続いて、長椅子の上で呆然としていたファフリを、左の小脇に抱えた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.248 )
日時: 2017/08/15 17:07
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「おいっ、ファフリにまで何するんだよ!」

 抵抗を続けるユーリッドを横目に、ルーフェンは咳払いすると、楽しそうに言った。

「明日まで客室に泊まらせてあげようと思ってたけど、なんかユーリッドくんが反抗的だし、二人は今晩、地下牢に閉じ込めます」

「なっ……!」

 ユーリッドとファフリの表情に、焦りが浮かぶ。
ルーフェンは、悔しそうなユーリッドに顔を近づけて、続けた。

「言っておくけど、逃げようとか考えても無駄だよ? 王宮には、俺も宮廷魔導師もいるんだから、大人しくしててね。明日、審議会の時間になったら、迎えに行ってあげるから。じゃ、ハインツくん、あとよろしくー」

 そう言って、ルーフェンが部屋の扉を開けると、ユーリッドとファフリを両脇に抱えたハインツが、どすどすと足音を立てて部屋を出ていこうとする。
しかし、その途中で、ルーフェンが何かを思い出したように、ファフリを見た。

「ああ、そういえば、ファフリちゃん。行く前に一つ、良いことを教えてあげるよ」

 ハインツが立ち止まって、ルーフェンとファフリの目が合う。
ルーフェンは、微かに目を細めると、静かに言った。

「君はさっき、召喚師として才能がないと言っていたけれど、召喚術を使うのって、本当はとても簡単なんだよ。つまり、君は召喚術が使えないんじゃない。使わないんだ」

 ファフリは、眉をしかめると、覇気のない声で返した。

「……そんなはず、ないわ。まだ城にいたとき、皆に、早く召喚術を身に付けろ、身に付けろって言われて、私、たくさん練習したもの。でも、本当に、使えるようにならなきゃって思ってたけど、全然できるようにならなかった」

「使えるようにならなきゃっていう焦りと、使いたいという欲望は違うよ、ファフリちゃん」

 ルーフェンは、薄い笑みを浮かべて、ふうっと息を吐いた。

「ねえ。君は……自分の父親が、召喚術を行使する姿を、見たことがある?」

 ファフリの返事を待たずに、ルーフェンは続けた。

「見たことがあるとしたら、君はその時、どう思った? 悪魔の力で、敵を蹴散らすその力を見て。自分も、あんな風になりたいと思った? それとも、恐ろしいと思った……?」

「…………」
 
 ファフリの目が、わずかに見開かれる。
その瞳に宿る、不安定な光を見ながら、ルーフェンは言った。

「地下牢は、とっても静かなところだ。考えごとがあるなら、捗(はかど)ると思うよ。……それじゃあ、また明日ね」

 ユーリッドが文句を言おうと口を開く前に、ハインツが再び歩き出す。
ファフリは、遠くなっていくルーフェンの姿を、ぼんやりと見つめていた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.249 )
日時: 2017/02/16 23:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 ハインツたちが出ていってしまうと、トワリスが我に返って、ルーフェンに言った。

「ちょっ、ちょっと待って下さい!」

「んー?」

 間延びした声で返事をして、ルーフェンが振り返る。
トワリスは、寝台の上で、今にも転げ落ちそうなほど前のめりになっていた。

「地下牢って、それじゃあ、扱いが罪人と同じじゃないですか……! ユーリッドとファフリが、一体何をしたって言うんです! 二人をサーフェリアに連れてきたのは、私です! 責任は取りますから、だから──」

「トワ、落ち着いて」

 取り乱すトワリスを見て、ルーフェンは、深くため息をついた。

「責任とるって、なに? 今度は、ユーリッドくんとファフリちゃんを連れて、三人で亡命でもするつもり?」

「……っ」

 トワリスの顔から、みるみる血の気が失せていく。
ルーフェンは、小さく肩をすくめて、扉の取っ手に手をかけた。

「君も、頼むから余計なことはしないでね。まあ、その怪我じゃ、大したことは出来ないだろうけど。わかった?」

 それだけ言い捨てると、ルーフェンも、部屋を出ていってしまった。

 先程まで騒がしかった室内に、しん、と静寂が訪れる。
トワリスは、しばらく扉の方を見つめていたが、ひゅっと息を吸うと、思わず口元を手で押さえた。

 国王、教会、そして召喚師──。
この三勢力が、ファフリたちの排除を望んでいるというなら、審議する理由など、どこにあるというのか。
ファフリたちは、確実に殺される──明日の審議会は、死刑宣告も同然である。

(どうしよう、私が、連れてきたせいで……)

 別に、最初からルーフェンを宛にしていたわけではなかった。
ルーフェンも、サーフェリアの召喚師であるし、自らの国を守るために、危険な侵入者を消そうとするのは当たり前のことだ。
しかし昨晩、心配いらないとトワリスに告げていたから、てっきり、ルーフェンは味方をしてくれるものだと、心のどこかで安心してしまっていたのかもしれない。

 もしかして、昨晩ルーフェンがこの部屋に来たのは、夢だったのだろうか。
そんな考えに至るも、机にある溶けた蝋燭を見て、トワリスはその考えを振り払った。
トワリスが眠るとき、わざわざ明かりを持ってきてくれるのは、ルーフェンしかいない。

 初めから、ファフリたちを殺すつもりでいたなら、どうしてルーフェンは、トワリスに心配いらないなどと言ってきたのか。
流石に一晩で意見が変わった、ということはないだろうし、昨晩からのルーフェンの態度の一変ぶりは、やはり不自然だ。

 その時、不意に、何か気配が動いたような気がして、トワリスは顔をあげた。
本当に、微かな気配だ。
普段なら、気のせいだったかと思い過ごしてしまいそうなほどの、わずかな気配。

 だが、トワリスは、先程ルーフェンが、一瞬だけ天井を気にしていたことを思い出すと、はっと目線をあげた。

──そうすれば、きっと君が心配しているようなことにはならないから。

──君も、頼むから余計なことはしないでね。

 記憶の糸を手繰って、ルーフェンの言葉を思い出す。
トワリスは、天井を見つめて、微かに瞠目した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.250 )
日時: 2017/02/19 09:48
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8topAA5d)



  *  *  *


 地下牢に到着すると、ハインツは、ユーリッドとファフリを、牢の中に放り投げた。
とんできたファフリを咄嗟に受け止めて、ユーリッドは、大声で言った。

「おい、待ってくれ!」

 鉄柵をつかんで、牢の錠を閉めるハインツを見る。

「ルーフェンが言ってた、明日の審議会って、俺たちを殺すか生かすかってことか? 明日の、いつから?」

 早口で捲し立てたユーリッドに、ハインツは、返事をしなかった。
黙ったまま、しっかり牢の鍵が閉まったかを確認すると、ユーリッドを一瞥して、そのまま去っていく。

 ユーリッドは、その後ろ姿を見送ると、はぁっとため息をついて、納得いかない様子で言った。

「……ったく、いきなりなんなんだよ。ルーフェンのやつ、昨日まで普通に話してたのに、急に掌返したみたいにして……」

 ぶつぶつと文句を言いながら、その場に座り込む。
続いてユーリッドは、向かいで俯いているファフリに気づくと、慌てたように言った。

「ファフリ、大丈夫か? あんなやつの言うことは、気にするなよ。ルーフェンは、俺たちのこと、よく知らないんだし……」

「……うん」

 か細い声でそう答えてから、ファフリは、膝を抱えてその場に座った。

「……でも、ルーフェン様の言ってることは、その通りだなって思ったわ」

「…………」

 ファフリの言葉に、思わずユーリッドが言葉を詰まらせる。
ファフリも、同じように黙りこんで、抱いた膝の間に顔を埋めた。

 この地下牢には、二人の他に、誰もいないらしい。
一度話すのをやめてしまうと、石壁に設置された灯りに、ふらふらとたかる虫の羽音が、微かに聞こえてくるだけであった。

 しばらく沈黙が続いたあと、ふと、ファフリが顔をあげた。

「……ユーリッド。私ね、ルーフェン様の言う通り、子供の頃に、お父様が召喚術を使ったところ、見たことがあるんだ」

 はっと目をあげたユーリッドに、ファフリは続けた。

「……八歳か、九歳くらいの時だったかな。臣下の一人に、ずっとお父様に楯ついていた獣人(ひと)がいたらしくて、お父様は、彼を召喚術で殺してしまったの。遠くから見ただけだったけど……すごく、怖かった。いつか、私もあんなことをしなければならないのかしらって思ったら、本当は、とても嫌だった」

「…………」

 黙って耳を傾けるユーリッドを、ファフリは見つめた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.251 )
日時: 2017/09/10 23:01
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「でも別に、召喚師になりたくなかったわけじゃないの。一方で、国を統率して護っているお父様を、尊敬していたし、私も召喚師になったら、頑張ってミストリアをもっと素敵にしようなんて、夢見てたこともあったのよ。……笑っちゃうよね。今じゃ私、ミストリアの役立たずな邪魔者なのに」

 ユーリッドは、気まずそうに口を開いた。

「……もし、こんな風に命を狙われたりしていなければ、その夢を、まだ叶えたいって思うのか?」

 ファフリは、一瞬考えた後、薄く笑みを浮かべた。

「……どう、かな。なんかもう、色々分からなくなっちゃった。もちろん、ミストリアから奇病がなくなって、皆が幸せになれたら、嬉しいよ。……でも、その時にミストリアを統治している国王は、私であるべきなのかな……?」

「ファフリ……」

 悲しげに顔を歪ませたユーリッドを見てから、ファフリは、目を閉じて、湿った石壁に寄りかかった。

「……ユーリッド。私、本当はね。お父様とお話ししたの、ロージアン鉱山で襲われたあの時が、初めてだったんだ」

「…………」

「産まれてから、私のお世話をしてくれていたのは、乳母のメリルさんと、侍女や教育係の皆で……お父様とは、ほとんど関わったことがなかったの。……お見かけしたとしても、御簾(みす)ごしよ。おかしいでしょう? お父様はミストリア想いだとか、尊敬してるだとか、散々言っていたくせに、本当は私、お父様がどんなお方なのか、よく知らないのよ」

 ファフリは、小さく鼻をすすった。

「……だからね、お父様に命を狙われているって知ったとき。びっくりしたけれど、同時に、ああ、やっぱりそうだったんだって、冷静に受け入れられたの。だって、これまでお父様は、私と一度も会おうとしてくれなかったんだもの。……自分が愛されていないのは、薄々、気づいていたわ」

 ファフリは、目を閉じたまま、再び膝の間に顔を埋めた。

「でも私は……そのことを、どうしても認めたくなかった。それでね、お父様は責任感の強い、立派な召喚師だから、きっと、娘の私よりミストリアを優先したんだって、勝手にそう思い込んだの。私のことを捨てたんじゃなくて、ミストリアのために、仕方なくそうしたんだって。お父様のことをよく知らないくせに、そうやって無理矢理言い聞かせて、弱い自分の存在を、正当化したんだよ。……馬鹿みたいだよね。私はずっと、夢物語ばかり語って、現実から目をそらしてきたんだよ」

 目頭が熱くなって、涙が出そうになった。
今、こんな情けない顔で頭をあげたら、きっと、ユーリッドは困った表情になるだろう。
いつもそうだ。
小さい頃から、ファフリが泣くと、ユーリッドは焦ったような、困ったような顔になってしまう。

 ファフリは、すっと大きく息を吸うと、精一杯笑顔を作って、顔をあげた。

「ごめんね、今更こんな話して。ユーリッドは、これ以上お父様に関わるのは危険だって、前々から忠告してくれていたのに、その度に、私がそんなはずないとか言って、振り回して。……本当に、ごめんね」

 そう言って、ユーリッドの顔をみたとき、ファフリは驚いた。
ユーリッドが、押し黙って、涙を流していたのである。

 ユーリッドは、涙をぬぐいもせず、声もあげることなく。
ただただ悲しそうに、静かに泣いていた。


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.252 )
日時: 2017/08/15 17:23
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

†第四章†──対偶の召喚師
第三話『偽装』



 地下牢に連れて来られてから、どれくらいの時間がたったのか。
ユーリッドは、誰かが近づいてくる気配を感じて、はっと目を覚ました。

 牢の中で眠りについたのは良いが、浅い眠りだったのだろう。
ファフリも、ユーリッドが起きたのと同時に目を開けると、緊張した面持ちになった。

「……時間。出てきて」

 ユーリッドたちの牢を開けて、そう告げてきたのは、ハインツだった。
時間、とは、おそらく審議会が始まる時間、ということだろう。

 二人は、強固な手枷をはめられて、ハインツと共に謁見の間へと向かった。

 薄暗い地下牢を出て、王宮の長廊下を歩いている間、ユーリッドとファフリは、一言も話さなかった。
黙ったまま俯いて、抵抗することもなく、ただハインツの言う通りに歩いた。

 謁見の間に足を踏み入れてしまえば、沢山の騎士や魔導師が警備に回っているだろうし、もう後戻りできなくなるだろう。
今、廊下から謁見の間に着くまでの、このわずかな時間が、逃げられるかもしれない最後の機会だというのに、それでも何故か、抵抗しようという気は失せてしまっていた。

 やがて、重々しい大扉の前に到着すると、両脇にいた門衛が、ゆっくりと扉に手をかけた。
扉が開くと、中から明るい光が漏れてくる。
その光は、謁見の間に並ぶ多くの燭台から出ているものであり、大理石の壁にかかった紅色の錦布を、きらきらと輝かせていた。

 広間の四方には、沢山の臣下たちがはべり、奥の一段高くなった玉座には、サーフェリアの国王、バジレットが鎮座していた。
彼女の下手には、大司祭モルティスと召喚師ルーフェンが座っており、その周りには、騎士や魔導師たちも佇んでいる。
よく見れば、玉座の前には、既にトワリスもひざまずいていた。

「前に進め!」

 門衛の騎士たちに、乱暴に背中を押される。
その勢いのまま、ユーリッドとファフリが謁見の間に入ると、全員が、さっと目をあげて二人を見た。

 ユーリッドとファフリは、騎士たちに促されて進むと、トワリスの後ろに並んで、跪(ひざまず)いた。
すると、バジレットが鋭い目を細め、凛とした口調で言った。

「面を上げよ」

 ユーリッドとファフリが、言われるまま、顔をあげる。
バジレットは、無表情で言った。

「……まずは、度重なる我らの無法な振る舞いを詫びよう、ミストリアの王女殿下。このような事態は異例ゆえ、許して頂きたい」

 バジレットが、二人の顔をそれぞれ見つめる。
その詫びの言葉とは裏腹に、彼女は、ユーリッドとファフリの側に控える騎士を、下げようとはしなかった。
ミストリアの要人としては認めるが、やはり警戒を解く気はない、ということだろう。

 続いて、バジレットが侍従に合図をすると、侍従は、錦布の包みを持ってきた。
その包みをバジレットがとると、中から出てきたのは、ハイドットの剣だった。
トワリスが、証拠品として献上したものだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.253 )
日時: 2017/02/27 17:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 5TWPLANd)



 バジレットは、ハイドットの剣をとって見てから、それを再び侍従に手渡すと、冷たい声で言った。

「そなたたちの事情は、トワリスから聞いておる。ハイドットのことも、ミストリアには、サーフェリアと交戦する意思がないということも、全てな。しかし、その奇病とやらにかかった獣人たちによって、サーフェリアの民の命が失われたことは、紛れもない事実。我らとて、無用な争いを避けたいところであるが、そなたたちの処遇に関しては、こちらで改めさせてもらう」

「…………」

 老齢を感じさせない、鋭い薄青の瞳で見つめられて、ユーリッドとファフリは、ただ黙っているしかなかった。
二人は、目を伏せて跪いたまま、一度もバジレットのほうを見なかったが、バジレットはそれを気にすることもなく、平坦な声で続けた。

「……では、審議を始めよう。まずは教会より、意見を申してみよ」

「はっ」

 下座に控えていたモルティスが、席を立って、一歩前に出る。
モルティスは、恭しく頭を下げると、バジレットの前で畏まった。

「イシュカル教会、大司祭モルティス・リラードより、陛下に申し上げます」

 モルティスは、ユーリッドとファフリを、強く睨み付けた。

「我々は、この獣人たちを、速やかに処分するべきだと考えております。ミストリアに交戦の意志がない以上、確かに、はるか遠い西国へサーフェリアが遠征するというのは、時間や労力も考慮して、得策とは言えぬのかもしれません。しかし、だからといって、このままこの獣人たちのサーフェリアへの滞在を、見過ごすというのは、如何なものでしょうか。先程陛下も仰ったように、こちらには、獣人によって命を奪われた者達がおります。彼らの無念を晴らすためにも、ミストリアにサーフェリアの権威を示すためにも、我々は、毅然たる態度を持ち、この獣人たちに相応の罰を与えるべきなのです。獣人は今や、民たちの不安を煽る危険な存在でしかありません。このような分子を、わざわざ残す意味があるとは思えませぬ。陛下、どうか我らサーフェリアの民のために、賢明なご判断を」

 モルティスが再び畏まって、バジレットを見る。
バジレットは、それに対して頷きを返すと、続いてルーフェンに視線をやった。

「召喚師よ、そなたの意見を聞こう」

「…………」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.254 )
日時: 2017/03/02 18:50
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 話を振られても、ルーフェンは、返事もしなかったし、席から立つこともしなかった。
その無礼極まりない態度に、その場にいた全員の視線が、ルーフェンに注がれる。
ずっと俯いていたユーリッド、ファフリ、トワリスの三人も、思わずルーフェンを見た。

「……そうですねえ……」

 呟いて、ルーフェンが横目にユーリッドたちを見る。
それから、真剣味のない口調で言った。

「……そこのファフリちゃんが、いずれミストリアの王になる可能性があるなら、恩を売っておくというのも、悪くはないと思いますがね。まあでも、大司祭様の仰る通り、彼らの存在が、民の不安を煽る存在だということは確かです。殺しておいた方が、無難でしょう」

 賛同されたにも拘わらず、モルティスが顔をしかめる。
ルーフェンは、薄く笑んだまま、そんなモルティスを見ていた。

 双方の意見を聞き、バジレットが口を開こうとしたとき。
トワリスが叫んだ。

「陛下、お待ちください!」

 突然の発言に、場の視線がトワリスに集中する。
トワリスは、深く息を吸って、まっすぐにバジレットを見つめた。

「……大司祭様や召喚師様が仰ることは、ごもっともです。しかし、次期召喚師であるファフリは、元々ミストリアの国王リークスに、命を狙われていたのです。そんな彼女を、私達が殺したところで、ミストリアの思う壷になるだけではないでしょうか。確かに、ミストリアと交戦するならば、次期召喚師を殺すことが、相手の戦力を削ることにもなりましょう。ですが、先程のお話にも出た通り、ミストリアに交戦の意志がないとなれば、遠征する分サーフェリアが不利になるだけです。となれば、やはり交戦は避けるべきであり、わざわざミストリアの戦力を削る必要もありません。それに、ファフリたちを殺したところで、国王リークスは何とも思わないでしょう。サーフェリアの権威を示すことには、ならないのです」

 かすれた声で、必死に話しながら、それでもトワリスは、バジレットから目をそらさなかった。

「ユーリッドとファフリは、むしろミストリアの国王とは敵対する存在です。二人が、サーフェリアに害を成すはずがありません。無茶な申し出をしていることは、充分承知しております。ですがどうか、ご慈悲を。温情を施しては頂けないでしょうか」

「お前の意見など聞いてはおらぬ!」

 バジレットが何かを言う前に、トワリスの声を、モルティスが遮る。
モルティスは、忌々しげな表情を浮かべると、バジレットに向き直った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.255 )
日時: 2017/08/15 17:35
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「陛下! お耳を傾ける必要はございません。この宮廷魔導師の娘は、獣人混じりです。サーフェリアに忠誠を誓った身でありながら、獣人たちをかばっている辺り、どうにも疑わしい。陛下にご報告した内容も、真実かどうか、信用できませぬ。この者が売国奴であるという可能性が完全に否定できない以上、その証言を聞き入れる必要など──」

「私は売国奴じゃありません!」

 強く言い放ったトワリスに、一瞬、モルティスは口をつぐむ。
しかし、すぐに鼻で笑って見せて、モルティスは、トワリスに近づいた。

「売国奴ではないなどと、どの口が言っている。現にそなたは、こうして獣人をミストリアから連れ帰ってきているではないか! 任務を果たしたふりをして、何か企んでいるのではないか?」

「違います!」

 否定したトワリスに、モルティスは、ますます嘲笑を深める。

「ふん、そうしてすぐに牙を剥くところも、獣そのものではないか。さあ、言ってみよ、己は売国奴なのだと」

「──違いますっ!」

 血を吐くようなトワリスの叫びが、室内に響く。

 トワリスは、モルティスの顔を見ている内に、底冷えするような悲しさが胸を覆ってきた。

 売国奴の疑いを晴らすために、危険を冒してミストリアに渡ったというのに、まるで信じてもらえる気配がない。
このように頭ごなしに否定されては、これ以上、モルティスには何を言っても無駄だろう。
そう思うと、言い返す言葉を考える気力が、徐々になくなっていった。

 一瞬の沈黙の後、口を開いたのは、ユーリッドだった。

「……違うよ。トワリスは、売国奴じゃない」

 普段のユーリッドからは想像できない、静かな声。
ユーリッドは、無感情な瞳でモルティスを見つめると、言った。

「トワリスは、ミストリアにいる間も、ずっとサーフェリアのことを想って動いてた。出会った当初は、俺たちを殺そうと考えてたことも、あったんじゃないかな」

「ユーリッド……」

 トワリスが、動揺した様子で振り返る。
ユーリッドは、それに対して、少し困ったように笑った。

「ごめん、トワリス。俺、なんとなく気づいてたんだ。……でも、結局トワリスは、俺たちを殺さなかった。それどころか、俺たちが生き延びられるように、手を貸してくれた。だけどそれは、サーフェリアを裏切ろうとしてたわけじゃない。単純に、トワリスは優しいから、俺たちを見捨てないでいてくれただけだ。あんた、それくらい、分からないのか?」

 ユーリッドの物言いに、モルティスの眉がぴくりと動く。
モルティスは、一瞬、ユーリッドを怒鳴り付けようとして、しかし、咳払いして息を整えると、怒りを抑えた声で言った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.256 )
日時: 2017/03/09 21:19
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 0/Gr9X75)



「……己の立場を、分かっていて発言をしているのか。今この場で、お前を殺してやっても良いのだぞ」

 ユーリッドは、モルティスを見つめて、淡々と述べた。

「サーフェリアが、俺たち獣人を嫌うのは、仕方がないことだと思う。でもトワリスは、獣人の血が混じってるってだけで、サーフェリアの国民だろう? なんでそうやって、ろくに意見も聞かずに否定するんだよ。国のために、ちょっとした不安要素も消しておきたいっていうあんたの気持ちは分かるけど、これじゃあ、端からトワリスを信じたくないみたいだ」

 激しく顔を歪めたモルティスを無視して、ユーリッドは、バジレットのほうを見た。

「サーフェリアの国王陛下、俺たちとトワリスは、関係ありません。俺たちは、まだトワリスと知り合って一年も経ってないけど、それでも、トワリスが売国行為をするような奴じゃないって、分かります。もっとずっと、長い間トワリスと過ごしてきた貴女たちなら、それくらい、分かるのではないですか」

「黙れ、獣人風情が! 無礼な口を叩くな!」

 激昂したモルティスが、側にいた騎士から、剣を奪い取る。
その剣をトワリスに押し付けるように手渡すと、モルティスは、ユーリッドを指差した。

「そこまで言うのなら、トワリス殿。この獣人を、今すぐここで切り捨てて見せよ! さすれば、そなたの宮廷魔導師としての忠誠心を信じ、売国奴と疑ったことを撤回しようではないか」

「……!」

 トワリスは、つかの間、何を言われているのか理解できなかった。
ただ、凍りついたように、目の前に聳え立つモルティスを見上げていた。

 この剣で、ユーリッドたちを殺すなんて、できるはずがない。

「さあ、早くしろ! 真にサーフェリアに忠誠を誓っているというなら、できるはずだ。このままでは、そなたはサーフェリアの売国奴として扱われるのだぞ。何を優先すべきかは、明白であろう!」

 そんなトワリスを追いたてるように、モルティスが早口で言う。
その様子を見ていたユーリッドが、再び口を開こうとすると、今度は、下座のほうから声が聞こえてきた。

「……全くもって、大司祭様の仰る通りですね」

 穏やかな口調でそう告げたのは、ルーフェンだ。
ルーフェンは、小さく息を吐くと、椅子の肘掛に頬杖をついた。

「単身ミストリアに渡り、獣人襲来の真意を突き止めてきた彼女の働きは、評価すべきことでしょう。ただ、トワリスは仮にも宮廷魔導師だ。間諜(かんちょう)として潜り込んだ以上、敵である獣人に同情して連れて帰ってくるなんて、話にならない。故に、今回再び売国奴の疑いをかけられてしまったのは、彼女の甘さが招いた当然の結果とも言える。そうでしょう、大司祭様?」

「……いかにも」

 モルティスは、首肯しながらも、怪しむようにルーフェンのほうを見た。
ルーフェンが、意見に賛同するだけでなく、教会にこのような親和的な態度をとるなど、予想外だったからだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.257 )
日時: 2017/03/12 00:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: u5wP1acT)


 ルーフェンは、微かに笑みを浮かべて、トワリスを見た。

「……さあ、身の潔白を証明する絶好の機会だ。さっさとやりなよ」

「…………」

 張りつめた空気が、広間を包む。
沈黙の末、トワリスは、血の気のない顔で、ルーフェンとモルティスを見て、答えた。

「お……お許し下さい……。私には、できません……」

 そう答えた瞬間、モルティスが嘲笑って、バジレットのほうに振り向いた。

「聞きましたか、陛下! この娘、サーフェリアよりも、ミストリアの獣人をとりましたぞ!」

 トワリスのこの行動には、モルティスだけでなく、その場にいた全員が、ざわざわと疑問の声を上げ始める。
この声のどれもが、自分に向けられた批難の声であることを感じて、トワリスは、俯いて唇を噛んだ。

 モルティスは、興奮したように周囲を見回し、朗々と宣言した。

「これで決まりですな! 獣人に肩入れするような娘が、サーフェリアを支える宮廷魔導師にふさわしいのか、疑問を感じざるを得ません。この娘からは、宮廷魔導師としての権限を剥奪するべきです! そして、この獣人共は即刻処分いたしましょう! 異論のある者は、おりますまい!」

 場にいた多くの視線が、その言葉に同調して、モルティスを見る。
ルーフェンも、落ち着いた顔つきで、納得したように頷いた。

「ええ、そうですね。特に異論はありません」

 ふっと笑って、それからルーフェンは、モルティスを見据える。

「──では、厄介事は早い内に片付けた方が良いでしょうし……どうぞ、大司祭様。今すぐこの場で、獣人たちを処分してください」

「…………!」

 瞬間、モルティスの顔が、はっと強張る。
ルーフェンは、にこやかな表情のまま、続けて言った。

「そこにいる獣人は、奇病にかかった連中とは違いますから、首を落とすだけで死にますよ。さあ、どうぞ?」

 モルティスは、先程トワリスに手渡した剣を一瞥すると、ぐっと眉を寄せた。

「ここは……陛下の御前ですぞ。そのような、血生臭いことは……」

 途端に、ぼそぼそと口ごもり始めたモルティスに、ルーフェンが首を傾げる。

「嫌だなぁ、何を仰ってるんです? つい先程まで、この場で獣人を殺せと、トワリスに命じていたのは貴殿でしょう?」

「…………」

 バジレットが、ルーフェンを横目に見て、小さくため息をつく。
ルーフェンは、押し黙ったモルティスを挑発するような口ぶりで、更にいい募った。

「……何を躊躇っておられるんです? まさか、大司祭様までサーフェリアへの忠誠心が示せないなんて、ありませんよね?」

 その言い方に、かちんときたのか。
モルティスは、トワリスから引ったくるようにして剣を奪うと、ユーリッドのほうに大股で歩いていった。

「戯れ言を仰らないで頂きたい!」

 そう叫ぶように言って、はっと身構えたユーリッドの襟首を、モルティスが掴む。
すると、今まで黙っていたファフリが、弾かれたように顔をあげた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.259 )
日時: 2017/03/14 20:33
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「待って! ユーリッドを殺さないで!」

 しかし、その言葉を無視して、モルティスが剣を振り上げる。
──その、次の瞬間。

「やめて──っ!」

 ファフリの悲痛な叫び声と同時に、モルティスの握っていた剣が、突然空中でぐるりと身を翻した。
そして、モルティスに刃先を向けたかと思うと、矢の如く飛んで、その頬をかする。

 剣は、飛んでいった先の石壁にぶち当たって、高い金属音をあげると、からんからんと床に落ちた。

「…………」

 モルティスが、振りかぶった姿勢のまま、よろめくようにユーリッドから後退して、尻餅をつく。
ユーリッドは、しばらく呆然としていたが、はっと我に返ると、ファフリに視線をやった。

「ファフリ……?」

 ユーリッドの言葉に、ファフリがゆっくりと顔をあげる。
しかし、その口が紡いだのは、返事ではなく、呪文であった。

「……汝、高慢と権力を司る地獄の伯爵よ。従順として──」

 ファフリの唱える声に合わせて、禍々しい魔力の渦が、広間を包み始める。
人々が、その異様な魔力から事態を理解するより早く、騎士たちの持つ剣や槍が、まるで意思を持ったかのように、空中に跳ね上がった。

 ファフリを囲むようにして、飛び上がった剣や槍が、宙に浮く。
それらは、しばらく自らの在り場所を探して、くるくると回転していたが、やがて、一様に剣先をモルティスに向けると、ぴたりと静止した。

 あまりにも凄まじい光景に、モルティスは、声すらあげることができなかった。
目の前で起きていることが信じられず、ただ呆然と、自分に向けられた無数の剣先を、見つめている。

 そのとき、侍従の一人が、不意に悲鳴をあげた。
その声を皮切りに、謁見の間に、混乱の波がわき起こる。
戦場を知っている魔導師や騎士たちでさえ、恐怖と動揺の色に染まり上がっていた。

 ユーリッドは、その混乱に乗じて、側にいた騎士を振りきると、ファフリの元に駆け出した。

「ファフリ! やめろ!」

 必死の思いで叫んで、ファフリに飛びかかる。
ユーリッドは、手枷を煩わしく思いながらも、なんとかファフリの口を手で押さえた。

 すると、ファフリの詠唱が止んで、宙に浮いていた剣や槍が、重力に従って床に落ちる。
沢山の金属が落下する音は凄まじく、すべての剣と槍が地面に落ちた後も、しばらくの間は、高い金属音が耳鳴りのように響いていた。

 全員が、夢から覚めたような顔で、ユーリッドとファフリを見つめる中。
へたりこんでいたモルティスが、ふと、上ずった声をあげた。

「いっ、今だ! 誰か、獣人を押さえろ! 早く殺せ!」

 しかし、動こうとする者は、誰もいない。
口を固く閉じ、俯いて目をそらす臣下たちを見て、モルティスは、更にわめき散らした。

「早くしろ! お前たち、何をやっておるのだ! 早く──」

 モルティスの後ろに控えていた司祭が、躊躇いがちに言った。

「だ、大司祭様……危険です、おやめください……。相手は、悪魔の力を持つ召喚師一族です。私たちでは……」

 モルティスの頬に、かっと血が昇る。
しかし、言い返すこともできず、モルティスは口を閉じた。


Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.260 )
日時: 2017/03/17 17:31
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 やがて、臣下たちの視線が、徐々にルーフェンに向き始めたことを感じると、ルーフェンは、いきなり笑いだした。
笑って、はぁと息を漏らすと、やれやれといった様子で口を開いた。

「真にサーフェリアに忠誠を誓っているなら、殺せるはずだ……か。どうやら、この国に忠臣は一人もいないみたいですね」

 ルーフェンの言葉に、モルティスが眉を寄せる。
他の臣下たちも、むっとしたような表情で、ルーフェンを見た。

 彼らのそんな反応に、ルーフェンは、またしても笑いを噛み殺したような顔になった。

「……いや、冗談ですよ。少し、意地悪なことを言いました。恐怖心っていうのは強いものですから、貴殿方の反応はごく自然だ。召喚術の恐ろしさを知っている以上、大司祭様もトワリスも、この場にいる全員が、きっとファフリちゃんを殺すことはできない。……私以外はね」

 そう言うと、ルーフェンは、ようやく席を立った。
そして、散らばった剣や槍の中心にいる、ファフリたちのほうへと歩いていく。
すると、トワリスが肩の傷を押さえながら、ルーフェンの前に立ち塞がった。

「……邪魔。どいて」

「嫌です」

 硬い声で否定して、トワリスがルーフェンを睨む。
ルーフェンは、微かに目を細めると、踏み出し様に、トワリスのうなじに手刀を叩き込んだ。

「……っ!」

 予想もしなかった攻撃に、咄嗟に反応しきれず、トワリスが倒れこむ。
その身体を受け止めると、ゆっくり地面に下ろして、ルーフェンは再び歩を進める。

 ユーリッドは、未だ意識が混濁している様子のファフリを支え起こすと、強張った表情で、鋭くルーフェンを見た。

 ルーフェンは、ふっと笑った。

「随分冷静だね。君達、殺されようとしてるんだよ?」

 言いながら、ルーフェンが二人に手をかざす。
そのとき、茫洋としていたファフリの瞳に、再び光が宿った。

「────!」

 散らばる剣の一本が、ルーフェン目掛けて飛び上がったのと、魔術の炎がユーリッドたちを飲み込んだのは、ほとんど同時だった。

 瞬間──広間に、光と熱の飛沫が広がって、人々の視界を灼く。
魔力が膨れ上がり、次いで、爆発音が鼓膜に突き刺さったかと思うと、本能的にその場に屈みこんだ人々の、聴覚を奪った。

 広間にいた者たちは、一瞬、自分達の身体まで、炎に焼かれたのではないかとという錯覚を覚えた。
しかし、熱や爆発音がおさまり、徐々に麻痺した目と耳に光と音が戻ってくると、人々は、恐る恐る顔をあげた。

「…………」

 静寂の中、踞っていた臣下たちが、ぽつぽつと起き上がり始める。
てっきり、謁見の間ごと爆発したのではないかと思っていたが、ルーフェンによって焼かれたのは、ユーリッドたちがいたごく一部の場所だけ。
その他は、壁や床、燭台に立つ蝋燭一本でさえも、不自然なほど変わらず存在していた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.261 )
日時: 2017/03/19 22:52
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: w93.1umH)



 身体の震えがおさまり、時間と共に全身の感覚が戻ると、漂ってくる焦げ臭さに、人々は広間の中心部を見た。

 焼けてぼろぼろになった絨毯の上に、二つの焼死体──ユーリッドとファフリが、寄り添うように倒れている。
もう、生前の姿は跡形もなく、ぷすぷすと燻って煙を出すその炭の塊を、人々は、呆然と見つめていた。

「……これで、一件落着ですね」

 涼やかな笑顔を浮かべて、ルーフェンが言う。
今にも崩れそうな、脆い焼死体を前にして、まるで死神のごとく立って笑うその様に、人々は、底知れない寒気と恐怖を感じた。

 ルーフェンは、先程目前で落ちた剣を、足で器用に跳ね上げて手に取ると、今度はゆっくりとトワリスの方に歩いていった。
そして、その剣先を、トワリスに向ける。

「……それで、彼女はどうしますか? 宮廷魔導師としての権限を剥奪……それだけでよろしいので?」

 どこか挑発的に言って、ルーフェンは、未だ地面に座り込むモルティスの方を見た。
モルティスは、蒼白な顔でルーフェンを凝視したまま、何も言わない。

 沈黙の後、モルティスに代わり、口を開いたのはバジレットだった。

「……もう良い。ここは処刑場ではないのだぞ。やめろ、ルーフェン」

 疲れたように息を吐いて、バジレットが顔をしかめる。

「このシュベルテが王都として再建したときから、トワリスは、国のためよく尽くしてくれていた。獣人たちを連れ帰ってきたその甘さは、誉められることではないが、ミストリアから生還し、その内情を探り当ててきたことは見事である。宮廷魔導師の権限を、剥奪したりはしない」

「……左様で」

 ルーフェンは微笑んで、モルティスを一瞥すると、トワリスから剣先をどけた。

 バジレットは、落ち着かない様子の臣下たちを見回すと、平坦な声で言った。

「宮廷魔導師団長、前へ」

 大勢の人々の中から、ジークハルトが玉座の前に出てきて、畏まる。
バジレットは、無表情で頷くと、ジークハルトを見据えた。

「トワリスの処遇は、そなたに一任しよう。なにか問題があれば、後日沙汰する。トワリスを連れて、もう下がれ」

「はっ」

 ジークハルトは、落ち着いた態度で返事をすると、門衛の側で静かに立っていたハインツを、合図して呼び寄せた。
ハインツは、黙ってのそのそと歩いてくると、倒れているトワリスを抱き上げる。

 ジークハルトは、最後にルーフェンを横目に睨むと、ハインツを伴って、謁見の間から出ていった。

 宮廷魔導師たちの退室を見届けると、バジレットは、絨毯の上に転がる焼死体に、視線を移した。
そして、悩ましげに手で目を覆うと、深々とため息をつく。

 この審議会が始まったときから、ユーリッドとファフリの処刑は、ほとんど決まっていたようなものではあった。
だがまさか、この場で執行されるとは思いもしなかったのだ。

 ファフリの召喚術の暴走を止めるため、仕方のない部分があったとはいえ、あのように強引かつ一方的に焼き殺せば、臣下たちの召喚師に対する恐怖を増長させることになる。
興奮して騒ぎ立てたモルティスの言動も、鼻につく行為ではあったが、ルーフェンが、わざわざ召喚師への恐怖心を煽るような行動をとったことは、更に愚かしい。
ルーフェンが、何故そのようなことをしたのか、不可解だった。

「……ミストリアのことは……」

 バジレットは、そう呟いて、手を膝の上に下ろした。
しかし、言葉を続けることなく、迷ったように、再びため息をつく。

 国王の疲弊した様子に、気遣った侍従が側に寄ると、バジレットは、小さく首を振った。

「……良い。この件は、もうこれで終いだ」

 厳しく目を細め、バジレットは、ルーフェンとモルティスを見た。

「ミストリアの次期召喚師は、死んだ。サーフェリアに蔓延っていた獣人たちも、もう駆逐したのであろう。であれば、この件は終いだ。今後、ミストリアの動向に注意し、西沿岸の警備を強化するように。魔導師団の活動制限も解く。良いな?」

「……御意」

 ルーフェンが、畏まって返事をする。
それを見て、モルティスも我に返ったように慌てて立ち上がると、深々と頭を下げた。

 バジレットは、最後に広間全体を見渡すと、目を閉じ、軽く手を振った。

「……では、もう下がれ。審議会は、これにて閉廷する」

 


 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.262 )
日時: 2017/03/22 19:35
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ET0e/DSO)


  *  *  *


 昼間の賑わう大通りを避け、王宮から宮廷魔導師団の駐屯地へと戻ると、ハインツは、仮眠用に休憩室に設置されている寝台の上に、トワリスを寝かせた。
そうして、見守る体勢に入ったハインツだったが、苛々した様子のジークハルトが脇にやって来ると、びくっと体を震わせた。
ジークハルトが、トワリスの横たわる寝台を、軽く蹴ったのだ。

「おい、いい加減、狸寝入りはやめて起きろ」

 ジークハルトの鋭い声に、トワリスが、ゆっくりと目を開ける。
トワリスは、気まずそうに上体を起こすと、小さな声で言った。

「……ばれてましたか?」

 ジークハルトは、呆れたようにため息をついた。

「当たり前だ。あんな急所を外した攻撃で気絶するほど、お前は柔じゃないだろ。他の馬鹿共はともかく、俺を騙そうなんざ百年早い」

「す、すみません……」

 トワリスが、縮こまって謝罪する。

 謁見の間で、トワリスは、ルーフェンの手刀に気絶したふりをした。
そのことを、あの場でジークハルトにばらされていたら、今回の策は打ち破られていただろう。

 それなのに、ジークハルトはどうして黙っていてくれたのか。
聞いてみたかったが、ジークハルトの不愉快極まりないといった表情に、これ以上の発言は許されないような気がして、トワリスは黙っていた。

 備え付けの椅子に、ふんぞり返って座ると、ジークハルトは続けた。

「……狸寝入りだったなら、陛下の話も聞いていたな。お前の処遇は、俺が決めることになった」

「あ、はい……」

 顔をあげ、トワリスがジークハルトに向き直ると、ジークハルトも、体を寝台のほうに向けた。

「お前、一ヶ月謹慎して、寮で大人しくしてろ。いいか、くれぐれも目立つ行動はとるんじゃないぞ。城下をふらふら出歩くのも禁止だ。分かったな?」

「あ……えっと……」

 ジークハルトの言葉に、トワリスは頷かなかった。
それに対し、ジークハルトはますます表情を厳しくしたが、トワリスは、ぐっと拳を握ると、口を開いた。

「……私、本当に、売国奴じゃないんです。信じてください」

 ジークハルトの目を、まっすぐに見て言う。
すると、ジークハルトは、厳しい顔つきのまま、ふうっと息を吐いた。

「……馬鹿か。別に、信じるも何も、俺はお前が売国奴だなんて端から疑っちゃいない。そんなことできるほど、お前は器用じゃないだろう」

「え……でも、じゃあなんで謹慎って……」

 売国奴だと疑われているわけでないなら、何故謹慎処分を食らわなければならないのか。
それとも、これはファフリたちを連れ帰ってきたことに対する罰だろうか。
そういった意味を込めて問い返すと、ジークハルトが、更に不機嫌そうな表情を浮かべた。

「……なんでだと? じゃあ、お前は傷も治っていないくせに、仕事復帰するつもりなのか。ろくに歩けもしないその状態で、出来る任務があるなら言ってみろ。あ?」

「い、いや……ないです……」

 ふるふると首を振って、もうジークハルトの怒りに触れないように、口を閉じる。
要は、謹慎という名の、休暇をくれたということなのだろう。
実際、怪我が治癒するまでは、任務に出たところで足手まといにしかならない。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.263 )
日時: 2017/03/25 20:21
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 いつも以上に機嫌の悪いジークハルトと、居心地が悪そうに黙りこむトワリスとハインツ。
そんな三人の間に、妙な沈黙が流れたとき。
外から足音が聞こえてきたかと思うと、休憩室の扉が開いて、アレクシアが入ってきた。

「あら、トワリスじゃない。帰ってきたって、本当だったのね」

 艶然(えんぜん)と微笑んで、アレクシアが豊かな蒼髪をかきあげる。
その仕草だけで、耐性のない男ならば簡単にくらりと来てしまうだろうが、そんな手練手管が宮廷魔導師の面子に通用するはずもなく、ジークハルトは、アレクシアをぎろりと睨んだ。

「何しに来た。お前は油売ってないで、さっさと仕事しろ」

「まあ、怖い」

 くすくすと笑って、アレクシアがトワリスの隣に座る。

「別に、少しくらい良いでしょう? せっかくトワリスも帰ってきたんだし。ねえ?」

 そう言って、アレクシアがトワリスに視線を送る。
いつもなら、あんたのさぼりは少しじゃないだろう、とでも言い返したいところだが、アレクシアとも、久々の再会である。
トワリスは、苦笑だけ返した。

 ジークハルトは、アレクシアの相手をするのが面倒になったのか、眉間に皺を刻み付けたまま、椅子から立ち上がった。

「……とにかく、トワリス。先程も言ったが、くれぐれも目立つ行動はとるなよ。あの阿呆召喚師が何を企んでいるのかは知らんし、興味もないが、お前は絶対に大人しく謹慎してろ。いいな?」

 それだけ言い放って、ジークハルトは、さっさと休憩室から出ていってしまう。
そのあまりに素っ気ない様子に、残された三人は、しばらく呆然とジークハルトが出ていった扉を見つめていたが、やがて、トワリスとアレクシアは、顔を見合わせてぷっと笑った。

「やあねえ……素直に、今は仕事のことを忘れてゆっくり休みなさいって、そう言えばいいのに」

 可笑しげに肩をすくめるアレクシアに、トワリスも、詰めていた息を吐き出した。

「……謹慎処分だなんて言われるから、てっきり、団長にまで売国奴だと疑われてるんだって、勘違いしちゃった。だけど、よく考えたら、本当に売国奴だと思われてたんなら、私、とっくに宮廷魔導師を解雇になってるよね」

 安堵の表情で、トワリスが言う。
アレクシアは、そうね、と答えてから、ふと、笑みを消した。

「……まあでも、わざわざ休暇と言わなかったのは、言葉通りトワリスには、謹慎していてほしいってことなんじゃないかしら」

「え……?」

 アレクシアの言葉に、トワリスが瞬く。
アレクシアは、一瞬だけ窓の外を見ると、すっと目を細めた。

「……休暇感覚で、必要以上に外に出るなってことよ。教会がやたらと吹聴しまくったせいで、外には、まだ貴女のことを売国奴だと思っている連中が大勢いるの。いずれ、獣人騒動が収まったことは、王宮から発表されるだろうけど、ほとぼりが冷めるまでは、しばらく身を潜めていた方がいいわ。今、貴女がのこのこと外を出歩いていたら、何されるか分かったもんじゃないもの」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.264 )
日時: 2017/08/15 18:42
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 トワリスの瞳が、小さく揺れる。
アレクシアは、そんなトワリスの顔をじっと見つめていたが、やがて、ふっと笑って続けた。

「まあとにかく、今は貴女の出る幕じゃないってことよ。時が経てば、きっとなんともなくなるわ。そうしたら貴女も、無事に仕事復帰。私の仕事の取り分も、めでたく少なくなるってわけ」

「……相変わらずだね、あんたは」

 呆れたように言ったトワリスに、アレクシアは大袈裟な口調で言った。

「あら、ちゃんと労りの気持ちも持ってるわよ? ミストリアから帰ってくるなんて、すごいじゃない。おかえり」

 トワリスは、胡散臭そうにアレクシアを見上げていたが、くすっと笑うと、頷いた。

「アレクシアに、労りの気持ちがあるとは思えないけど。……ただいま」

 アレクシアは、微笑んで立ち上がると、くるりとトワリスに背を向けた。

「じゃあ私、もう行くわよ。仕事しないと、あのこわーい鬼顔の団長に怒られちゃう」

「……うん」

 アレクシアは、最後にひらひらと手を振ると、軽い足取りで部屋を出ていく。
トワリスは、どこかぼんやりとした様子で、その後ろ姿を見送ると、微かに俯いた。

 ジークハルトに続き、アレクシアもいなくなると、部屋にはトワリスとハインツだけになった。

 トワリスは、普段から多くしゃべる方ではないし、ハインツも元来寡黙であるから、この二人の間に、沈黙が流れることはよくあることだ。
しかし、あまりにも長く続く沈黙に、トワリスの顔を覗き込んでみて、ハインツは驚いた。
トワリスの目から、涙が流れていたのだ。

 どうしてよいか分からず、右往左往するハインツを見て、トワリスも、初めて自分が泣いていることに気づいたのだろう。
顔を拭った手の甲が、涙で濡れているのを見ると、トワリスは微かに目を見開いた。

「あれ……ごめん。なんでだろう、急に……」

 そう言って、笑おうとしたが、失敗する。
声が震えて、次々と溢れてきた涙に、トワリス自身困惑しながら、ハインツから顔を背けた。

「……ごめん……。気が、緩んだのかも……」

 途切れ途切れに、嗚咽を漏らしながら、呟く。

 自分でも、何故今になって涙が出てきたのか、分からなかった。
未だ自分を売国奴だと疑っている者達がいることが悲しいのか、それとも、独断でユーリッドたちを連れてきてしまったにも関わらず、信じて助けてくれる仲間達がいることが嬉しかったのか。
色んな感情がごちゃまぜになって、とにかく気持ちが一杯一杯だ。

 ハインツは、しばらく戸惑った様子で固まっていたが、やがて、トワリスを抱き締めると、すりすりと頭に頬を擦りよせた。

 耳のすぐ近くで、すすり泣くような声が聞こえてきて、どうしてハインツまで泣くのだと、トワリスはふと笑ってしまった。

「……大丈夫だよ、ハインツやルーフェンさんが、ファフリたちを助けてくれたし。ありがとう」

 そう言ってトワリスは、ハインツの大きな背中を、あやすように撫でた。
自分より何倍も大きい体躯を持つハインツだが、昔から、泣き虫で不器用なところがあるから、トワリスにとっては手のかかる弟といった感覚である。

 いつの間にか、涙も引っ込んで、トワリスは苦笑した。
そうして、ぐずぐずと泣いているハインツを慰めながら、トワリスは、安心したように息を吐いたのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.266 )
日時: 2017/04/04 20:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: fjkP5x2w)



  *  *  *


 微かに、誰かの話し声がする。
自分にのし掛かる、暖かい重みを感じて、ユーリッドはのろのろと目を開けた。

 ぼんやりとした頭で、周囲を見回すも、辺りは真っ暗で、何もわからない。
しかし、自分にのし掛かって倒れているのが、ファフリであることに気づくと、ユーリッドははっと目を見開いた。

「ファ──」

 ファフリ、と名前を呼ぼうとして、突然、背後から伸びてきた手に口を押さえられる。
驚いて、一瞬動きを止めると、目の前の暗闇に、ふわりと光る文字が浮かんだ。

──静かに。動かないで。

 ユーリッドは、その文字を読んでから、ゆっくりと後ろを向いた。
すると、光る文字に照らされた、ルーフェンの顔が視界に映る。

 ユーリッドは、自分の口を押さえるルーフェンの手を、無理矢理引き剥がすと、小さくも鋭い声で言った。

「おいルーフェン、どこだよ、ここ!」

「…………」

 ルーフェンは何も答えず、しっと人差し指を口元に当てる。
とにかく今は、喋るなということなのだろう。

 仕方なく押し黙ったユーリッドだったが、その代わり、倒れているファフリを引き寄せると、警戒したようにルーフェンから身を引いた。

 よく考えれば、自分達は、先程まで行われていた審議会の場で、このルーフェンに焼き殺されたのではなかったか。
確かに感じた、身を焦がす灼熱を思い出して、ユーリッドはファフリを抱く手に力を込めた。

 今がどういう状況で、何故自分達が再び目を覚ましたのか。
理解できなかったが、また次に、いつルーフェンが襲い掛かってくるとも限らない。

 そんなユーリッドの警戒心を感じたのか、ルーフェンは苦笑して、もう何もしない、という風に両手を上げた。
それから再度、喋らないようにと人差し指を口元にやると、今度は地面を指差して、手招きをした。
どうやら、こちらに来いと言っているらしい。

 ユーリッドは、鋭い目付きのまま、しばらくルーフェンを睨んでいた。
だが、やがて、ファフリを静かにその場に寝かせると、ゆっくりとルーフェンに近づく。
そして、ルーフェンが指差す地面に視線をやると、そこには、板と板をずらしたような、僅かな細長い隙間があった。

 その隙間から漏れ出る、微かな光に誘われるように、隙間を覗き込むと、眼下に、見知らぬ部屋の床が見えた。

(そうか、ここ、天井裏だったのか……)

 辺りが真っ暗で、何もないことを妙に思っていたが、ここが天井裏であると考えれば、それも頷ける。
眼下にある部屋も、ユーリッドには見覚えのない部屋だったが、高級そうな調度品や、磨かれた大理石の壁と床が見えるところからして、王宮のどこかにある一室なのだろう。

 謁見の間で行われていた審議会で、ルーフェンに焼き殺されたかと思いきや、何故か王宮にある別の一室の、天井裏に移動したらしい。
ユーリッドもファフリも、今まで気絶していたわけだから、普通に考えて、移動したのはルーフェンの仕業だろう。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.267 )
日時: 2017/04/07 22:20
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 状況が分からず、自分達がここにいる理由を問いかけようと、ユーリッドがルーフェンに視線を移したとき。
部屋の方から、ばんっと大きく扉を開ける音がして、ユーリッドは、再び隙間から部屋の中を見た。

 そういえば、目を覚ました時も、誰かの話し声が聞こえていた。
隙間が狭いため、広範囲を見渡せず気づかなかったが、部屋には数人、誰かがいるようだ。

(あれは……審議会の時にいた、教会の奴らか? それと、大司祭の……)

 勢い良く扉を開け、部屋に入ってきたのは、大司祭モルティスだった。
審議会の場から、この部屋に直接やってきたのだろうか。

 モルティスは、苛々とした様子で床を踏み鳴らし、力任せに壁を蹴る。
天井板の隙間からではよく見えなかったが、佇んでいた他の司祭たちは、そんなモルティスに対し、恭しく頭を下げた。

「くそっ、一体どうなっておる! 召喚師はミストリア側につくのではなかったのか!」

 口汚く叫びながら、モルティスは、飾ってあった皿を取り上げ、地面に叩きつけた。
皿の割れる派手な音に、びくりと震えながら、司祭たちが慌てて言葉をかける。

「し、しかし、大司祭様。昨日、獣人やトワリス卿と面会していた際も、召喚師は『ミストリアに加担する気はない』というようなことを、はっきり本人たちに告げておりました。獣人たちを地下牢に閉じ込めたのも、召喚師の意思です。ですから、その……」

「それは真であろうな!? ミストリアに加担するつもりはないのだと、召喚師は確かにそう申したのか!」

 険しい表情のモルティスに詰め寄られ、司祭は、何度も頷いた。

「召喚師を監視していたイシュカル教会の間諜(かんちょう)が、そのように報告していますから、事実かと……。他にも、召喚師の動向を見張るようにと命じた者はおりますが、召喚師が獣人に手を貸すような素振りを見せたとの報告はありません。此度の審議会で、ミストリアの次期召喚師を処刑したのも、召喚師本人が、元々そのつもりだったからだとしか……」

「…………」

 司祭の言葉を聞くと、モルティスは顔を歪め、詰め寄っていた司祭からよろよろと離れた。
そして、部屋に置かれた椅子に座り込むと、長いため息をつく。

 そうして頭を抱えるモルティスに、司祭の一人が、困ったように言った。

「ですが……結果的には、これでよかったのではないでしょうか。ミストリアの次期召喚師は死に、サーフェリアに襲来していた獣人達も、根絶やしに出来たとのこと。完全にとは言えないものの、これで、獣人たちの驚異は去ったと言えるのでは……」

「そんなことは、どうでも良いのだ……」

 司祭の言葉を遮り、モルティスは、再び息を吐いた。

「……獣人のことなど、端からどうでも良い。問題なのは、召喚師が我らイシュカル教会と同様の意見を述べ始めたことだ」

 椅子の肘掛けに、とんとんと人差し指を打ち付けながら、モルティスは言った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.268 )
日時: 2017/08/15 18:52
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「召喚師は、ミストリアに交戦の意思があるか確かめるべきだと、ずっと主張し続けていた。つまり、ミストリアとの争い、衝突を避けたがっていたのだ。故にあのまま、ミストリア側の肩をもつような態度を続けていれば、いずれは陛下の中で召喚師の地位は陥落。結果、我らイシュカル教会が台頭していたはずなのに……。召喚師め、今になって、自らの立場が惜しくなったか」

「…………」

 ぎりっと奥歯を噛みしめ、悔しげに唸るモルティスを、司祭たちは、戸惑った様子で見つめた。

「……大司祭様、恐れながら、これ以上は……。あの召喚師(死神)が、我らイシュカル教会と肩を並べ、権力を貪っていることは見過ごせません。しかし、あまり執拗に活動すれば、召喚師にこちらの動きを悟られる可能性があります」

 躊躇いがちな司祭の申し出に、モルティスは何も言わず、しばらく考えこんでいた。
だが、司祭の言い分はもっともだと思ったのか、やがて、椅子から立ち上がると、吐き捨てるように言った。

「分かっておる。……召喚師を、監視から外せ」

 司祭たちは、驚いたように目を見開いた。

「監視まで外して、よろしいので?」

 モルティスは頷いて、司祭たちのほうに向き直った。

「これ以上監視したところで、意味はないだろう。それに、今回の審議会が、全く無意味だったという訳ではない。まさか召喚師が、ミストリアの次期召喚師を陛下の御前で、あのように無惨に焼き殺すとは……。正直予想外ではあったが、あれでルーフェン・シェイルハートの残虐さと本質を、再認識した者は多いはずだ」

 今まで、モルティスたちの会話を黙って聞いていたユーリッドだったが、ここで、ルーフェンの名前が出たことに、ふと眉を寄せた。

 会話の所々に出ていた、“召喚師”というのが、ルーフェンを指しているのだということは、なんとなく分かっていた。
だが、同じ人間同士、サーフェリアを守る権力者同士であるのに、監視をするだの、地位を陥落させるだの、出てきたのは信じられない言葉ばかりだ。

(……でも、そうか。そういえばカイルたちも、教会と召喚師は敵対関係にある、って言ってたな)

 リリアナとカイルの言葉を思い出しながら、顔をあげると、ユーリッドは、傍らにいるルーフェンを見た。
天井裏は暗いため、表情まではっきりとは分からないが、どうやらルーフェンも、モルティスたちの会話に耳を傾けているようだ。

 ルーフェンは、ユーリッドの視線に気づくと、静かに身じろぎ、その腕を掴んだ。
続いて、倒れているファフリの腕も掴むと、声には出さずに何かを唱える。

 すると、何をする気なのかと問う間もなく、足元に魔法陣が展開した。

 魔法陣から発せられた、眩い光に包まれて、ユーリッドは、咄嗟に目を閉じた。
 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.269 )
日時: 2017/04/14 18:35
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: HBvApUx3)



 魔法陣の光に包まれ、一瞬の浮遊感の後、ユーリッドは、背中から硬い石床に落下して、思わず呻いた。
同時に、土埃とかび臭さが鼻をついて、げほげほと咳き込む。

 そうして、ゆっくりと身を起こすと、ユーリッドは、今度は自分が全面石造りの奇妙な空間にいることに気づいた。

 石室の中は、滅多に人が出入りしないのか埃っぽく、所々蜘蛛の巣がはっている。
石床の中心には、微かに光を放つ、大きな魔法陣が描かれていて、それは、先程ルーフェンが発現させたものによく似ていた。

 天井裏の次はなんだ、という風に、呆然としていると、やがて、足元の大きな魔法陣の光が、徐々に弱まっていき、消えた。
すると、石室が真っ暗になる前に、すぐ側にいたらしいルーフェンが、空中で指を動かす。
その指の動きに連動するように、石壁に設置されていた燭台の蝋燭が、次々と火を灯した。

「ここ、は……?」

 久々に声を出して、ユーリッドが尋ねる。
ルーフェンは、倒れているファフリの額に手を当てながら、静かな声で答えた。

「王宮の裏口付近にある、地下道だよ。ここには、瞬間移動できる魔法陣、移動陣が敷かれてるんだ。質問は後で聞くよ。……ファフリちゃん、悪いけど起きて」

 矢継ぎ早に述べて、ルーフェンがファフリの肩を揺らす。

 今は、立ち話をしている暇などない、ということか。
ユーリッドも、未だ詳しい状況は分からないものの、審議会で死んだことになっているはずの自分達が、王宮の人間たちに見つかったらまずいことくらいは、理解していた。

「召喚術を使ったあとは、しばらくファフリは起きないよ。魔力の消耗が、激しいんだと思う。これまでも、召喚術を使ったあとは、長時間目を覚まさなかったんだ」

 ファフリを起こそうとするルーフェンに、ユーリッドがそう告げると、ルーフェンは、微かに目を細めた。

「……魔力の欠乏だけじゃ、長時間意識を失ったりはしないよ。多分、意識が混濁してるんだろう」

「意識が混濁?」

 眉をしかめるユーリッドには答えず、ルーフェンは、ファフリの頭の上に手をかざした。

「……中にいるのは、誰だ」

 鋭く、冷たい声で、ルーフェンが問いかける。
すると、ファフリの体から黒い煙のようなものが立ち上ぼり、ぼんやりと鳥のような姿を象った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.270 )
日時: 2017/04/17 10:46
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 鳥の形になった煙は、ぽっかりと空いた穴のような目でルーフェンを見つめながら、石壁全体を這うように羽を伸ばし、どんどんと巨大化していく。
その巨体から放たれる、あまりにも禍々しい妖気に、ユーリッドは、思わず後ずさった。

「……ユーリッドくん、大丈夫だから、あまり動揺しないで」

「い、いや、そんなこと、言われても……」

 ルーフェンの言葉に、なんとか声を絞り出して、反論する。
動揺するな、と言われても、こんな奇妙な鳥なんて、今まで見たことがないのだ。
平静を保っていろという方が、無理な話である。

 鳥は、鋭い爪や嘴を持っているわけでも、地を震わせるような咆哮をあげるわけでもない、影のような不確かな存在であった。
しかし、見ているだけで、全身が凍てついてしまうほどの恐怖を感じる。
それは、強敵を目の前にして、死を覚悟したときに感じる恐ろしさとは違う。
身を内側から貪られ、絡め取られ、成す術もなく吸い込まれてしまいそうな、形容しがたい恐怖であった。

 ルーフェンは、覆い被さるように広がった鳥を見上げて、小さく息を吐いた。

「……ハルファス、ちょうど審議会の時に召喚されていた悪魔か……。邪魔をするな、今すぐ主の意識を解放しろ」

 昨日までの飄々とした態度からは想像もできない、強い口調で、ルーフェンが言い放った。
だが、鳥の影──ハルファスは、威嚇するようにルーフェンを包み込むと、その身体を飲み込もうとばかりに、嘴を大きく開く。

 ルーフェンは、目前まで迫るハルファスの双眸をきつく睨み付けると、憎悪が滲んでいるとさえ感じられる、地を這うような低い声で告げた。

「……召喚師一族に歯向かう気か? 使役悪魔の分際で、つけあがるなよ……!」

 ずん、と空気が重くなって、石室全体が、ルーフェンの魔力に満たされる。
ゆらゆらと揺れていたハルファスは、それと同時に動きを止め、何かを見定めるように、ルーフェンを見つめた。

 次いで、ルーフェンは更に放出する魔力量をあげると、強く言い募った。

「もう一度言おう、邪魔だハルファス。大人しく引っ込んでいろ……!」

 瞬間、突風に掻き消された煙の如く、ハルファスの姿が薄れる。

 ユーリッドは、呆然とその様子を見つめていたが、やがて、ハルファスが完全に消え去ると、恐る恐る声を出した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.271 )
日時: 2017/04/20 21:24
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: fhP2fUVm)



「い、今のが、悪魔……? ルーフェン、倒したのか?」

 ルーフェンは、ふうっと息を吐いて小さく笑うと、肩をすくめた。

「まさか。本当の使役主でもないのに、そんなこと出来るわけがないさ。一時的に威圧して、大人しくさせただけだよ。ハルファスがもう少し気の強い悪魔だったら、逆に隙をつかれて取り込まれてたかもね」

 ハルファスと対峙していた時とは異なる、軽い口調でルーフェンが言う。

 取り込まれていたかも、だなんて、何故そんな風に笑いながら言えるのか、正直理解できなかった。
しかし、身体の力を抜くと、ユーリッドも、ひきつった笑みを返した。

 ユーリッドがルーフェンの側にいくと、倒れていたファフリの瞼が震えて、微かに目を開いた。
ファフリは、覗き込んでくるユーリッドとルーフェンの顔を、つかの間ぼんやりと見つめていたが、ふと身動ぐと、唇を動かした。

「……ここ、どこ……?」

 ユーリッドは、ファフリを安心させるように、穏やかな声で答えた。

「王宮近くの地下道だって。俺も状況はよく分からないんだけど……」

 そう言って、ルーフェンのほうを見ると、ルーフェンは少し考え込むように俯いてから、ファフリの手を握った。
そして、ゆっくりとファフリの手を引いて立たせると、続いてユーリッドの手に、ファフリの手を握らせる。

「話は後、もう一度飛ぶよ。二人とも、絶対にお互いの手を離さないように」

「と、とぶ……?」

 先程まで眠っていたファフリが、戸惑ったように声をあげた。
しかし、何かを発言する間もなく、ルーフェンが地面の移動陣に手をかざす。

 ユーリッドは、ルーフェンが再び瞬間移動するつもりなのだと悟ると、握っていた手に力を込め、反対の手で素早くファフリを抱き寄せた。
刹那、魔法陣が眩い光を放ち、三人はその光に飲まれる。

 同時に襲ってきた強い向かい風に煽られつつ、何か見えない力に引っ張られるのを感じながら、ユーリッドとファフリは、じっと目を閉じていた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.272 )
日時: 2017/04/23 20:37
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 3w9Tjbf7)



 全身を嬲(なぶ)る強風から解放され、次にファフリたちが着地したのは、シュベルテの東門近くにある、移動陣の上であった。

 周囲は森に囲まれ、長い街道の続く先には、城下町へと繋がる石造りの大きな門──東門がある。
その門の向こうでは、遠目からでも分かるほど沢山の人間たちが、賑やかに往来していた。

(ここ……ミストリアからサーフェリアに渡ってきたときに、初めて着地したところね)

 辺りを見回しながら、ファフリはそう確信した。
ルーフェンによって連れてこられたのは、かつて、サーフェリアに来た際に着いた、移動陣の上のようだ。

 あの時は、冷たい雨に打たれながら、瀕死のユーリッドとトワリスを残し、ひたすらリリアナたちの家を目指して、死に物狂いで走ったのだった。
ファフリは、久々に拝んだ太陽の光に目を細めながら、そんなことを思い出していた。

 その時だった。
突然、ファフリを強く抱いていた腕が、するりと離れる。

 ユーリッドは、そのまま仰向けに地面に倒れると、苦しげに呻いた。

「いっ、だぁあぁぁ……」

「ユ、ユーリッド! どうしたの!?」

 涙目になって喘ぐユーリッドに、ファフリが屈みこんで様子を伺う。
見たところ、真新しい傷も見当たらないし、怪我を負ったという訳ではなさそうだ。
しかし、倒れたまま動けなくなっているところを見る限り、相当な激痛がユーリッドを襲っているのだろう。

 どうして良いか分からず、何も出来ずにいると、同じく傍に着地していたルーフェンが、くすくすと笑った。

「大した距離移動してないから、平気だと思ったんだけど、やっぱり痛むみたいだね。大丈夫?」

「全っ然大丈夫じゃない! 身体がすっげえ痛え!」

 大して心配している様子もなく、軽い調子で尋ねてくるルーフェンに、ユーリッドが怒鳴るように返事をする。
大きな声が出せるなら、そこまで深刻な状態ではないと安堵しつつ、ファフリは、心配そうにルーフェンを見た。

「あの……やっぱり痛むって? ルーフェン様が使った瞬間移動と、関係があるの?」

 ファフリの質問に、ルーフェンは頷いた。

「ああ。移動陣っていうのは、言っちゃえば、時空をねじ曲げて物質を転送する、無茶苦茶な魔術だからね。俺やファフリちゃんならともかく、魔力耐性の低い奴には、身体に相当な負荷がかかるらしいよ。ユーリッドくんなんか獣人だし、魔力への耐性なんてないに等しいから、しばらく動けないかもね」

 尚も笑顔で告げるルーフェンに、ユーリッドは、顔をしかめた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.273 )
日時: 2017/04/26 20:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「身体に負荷って……でも、ミストリアからサーフェリアに渡ってきたときとか、さっき変な屋根裏から地下道に移動した時は、こんな痛み感じなかったぞ」

 ユーリッドのぼやきに、ルーフェンは眉をあげた。

「君達がサーフェリアに来たときに使った移動陣は、俺が作ってトワに渡したものだからね。サーフェリアに来たときも、先程地下道に移動したときも、全て俺の魔力に十分依存した形で移動陣を使ったから、負担はぜーんぶ俺が受けるんだよ。でも、そんなこと毎度繰り返してたら、俺も身体がもたないし、今の移動は、俺一人が移動する分の魔力だけ使って、君たち二人を無理矢理引っ張りあげたわけ。だから、負担は移動する人数全員に平等にかかるってこと。それが、ユーリッドくんにはきつかったみたいだね。ファフリちゃんが平気なのは、流石に召喚師一族ってところだけど」

「な、なんだって? 魔力が?」

 捲し立てるようなルーフェンの説明に、ユーリッドが困惑した表情で返す。
そもそも、魔術などとは縁遠い生活を送ってきたのだ。
いきなり瞬間移動なんてものを経験した上に、魔力の依存がどうのと長々言われても、自分の頭では理解できる気がしなかった。

 ファフリは、神妙な面持ちで、ルーフェンを見た。

「要は、三人が移動するのに十分な魔力を使わなかったから、負荷が術者以外にもかかった、ということですよね」

「そうそう、その通り」

 頷き返して、ルーフェンは大袈裟に肩をすくめた。

「十分な魔力を使わなかった、といっても、本来は人一人移動させるのだって、何人もの魔導師の力を要するんだ。その点、俺は君達二人を謁見の間からここに連れてくるまで、四回も移動陣を使って、召喚術まで行使したんだからね? 大いに感謝して労っていいよ」

 へらへらと笑いながら、ルーフェンが軽口を言う。
ユーリッドは、その時、はっと顔を強ばらせると、真剣な顔でルーフェンを見つめた。

「謁見の間から、って……じゃあ、やっぱり俺達を焼き殺そうとして、ここまで連れてきたのは、お前なんだな。結局、どういうことだ? 俺達をどうするつもりなんだよ」

 眉を寄せ、険しい表情を浮かべて、ユーリッドが上体を起こす。
ファフリも、そんなユーリッドの傍で不安げな顔つきになると、ルーフェンに視線をやった。

「状況が状況だから無理もないけど、そんなに警戒しないでよ。むしろ命の恩人だって、感謝されたいくらいなのに」

 見るからに不信感を募らせている二人に、ルーフェンは苦笑した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.274 )
日時: 2017/04/30 16:25
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「君達二人の処刑は、審議会が始まる前から、決まっているようなものだった。俺やトワが反発したところで、それは覆らないし、万が一処刑は免れたとしても、地下牢にぶちこまれて監視されるのが落ちだ。だから俺が、表向き二人を殺したんだよ。死んだとあっちゃ、君達を狙う輩はもういないだろう? ユーリッドくんは聞いたと思うけど、面倒な教会の奴等も、完全に君達二人は死んだと思い込んでる。つまり、これでユーリッドくんもファフリちゃんも、晴れて自由の身、ってわけ」

 ユーリッドとファフリが、同時に目を大きく開いて、顔を見合わせる。
次いで、ユーリッドは考え込むように俯くと、再び表情を曇らせた。

「表向き殺した……って、でもそれって、あの審議会の場にいた全員を騙したってことだよな? 爆発を起こした瞬間に、俺達をあの屋根裏に移動させたなら、謁見の間に死体だって残らないだろう?……大丈夫なのか?」

 訝しげに問うたユーリッドに、ルーフェンは、呆れたように息を吐いた。

「それくらい、ちゃんと対策をとってるよ。死体なら置いてきたさ。獣人の焼死体、二人分ね」

「置いてきた…… って、どうやって」

 ぞっとしたような顔のユーリッドを見て、ルーフェンはにやっと笑った。

「覚えてない? 初めて俺達が会った時、城下での公開処刑で焼け死んだ、二人の獣人のこと。あの死体を処理せずにとっておいて、君達の死体として代用したんだ」

「……ってことは、俺達を焼き殺す直前に、俺ら二人と死体を、移動陣で入れ換えたのか?」

「そういうこと」

 納得したように、ユーリッドは声をあげた。
そういえば確かに、あの処刑場での騒ぎの後処理をしたのは、ルーフェンであった。
正直、同胞の死体を代わりに使われただなんて、あまり良い気はしないが、今はそんな綺麗事を言っている場合ではないだろう。

 ルーフェンは、明るい声で続けた。

「まあ、実を言うと、こんなに上手くいくとは思ってなかったんだけどね。君達がサーフェリアに来たこのタイミングで、教会が公開処刑を行って、獣人二人分の焼死体が手に入ったのは偶然。審議会でも、正直手探り状態で、どう君達を殺す展開に持ち込むか、賭けに近い部分もあったんだけど、なんだかんだで上手くいった。どうやら、運がユーリッドくんとファフリちゃんに味方してたらしい」

 ふっと微笑んで、ルーフェンがファフリを見る。
ファフリは、なにも言わずに、微かに目を伏せた。

「そうか……じゃあルーフェンは、最初から俺達を助けてくれるつもりでいたんだな。悪かったよ、その……昨日、胸ぐら掴んだりして」

 幾分か、身体の痛みが和らいできたのか。
腰を擦りながら、よろよろと立ち上がると、ユーリッドは申し訳なさそうに言った。

「ほんっとそうだよねー。だから言ったじゃん、命の恩人である俺に対して、失礼じゃないかって」

 わざとらしくため息をつくと、やれやれといった風に、ルーフェンが述べる。
ユーリッドは、一瞬むっとしたような顔になったが、すぐに反論を飲み込むと、口を閉ざした。

 そんなユーリッドを見て、ぷっと吹き出すと、ルーフェンはおかしそうに続けた。

「冗談。いーよ、別にそんなこと。そもそも、君達を助けようとする素振りなんて、見せるつもりはなかったからね。二人には、審議会で追い詰められて、本気で焦ってもらわなきゃ、周りを騙すことなんて出来なかったんだ」

「……分かってる。けど、悪趣味だな。お前」

 どこか呆れたように、ユーリッドが詰めていた息を吐く。
同時に、全身の緊張がほぐれてきて、ようやく自分達はまだ生きているのだという実感が湧いてきた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.275 )
日時: 2017/10/12 01:24
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ルーフェンは、穏やかな口調で言った。

「とにかく、さっきも言ったけど、君達はもう死んだことになったんだ。サーフェリアに滞在しても、文句を言う奴は誰もいない。でも、だからといって、時間が無限にある訳じゃないし、いつまでもサーフェリアで匿ってやれるわけじゃない。今後の身の振り方は、ちゃんと自分達で考えるんだよ」

 ユーリッドとファフリが顔をあげて、こくりと首肯する。
ルーフェンは、東門とは反対の森の奥を示して、続けた。

「それまでは、俺の家を隠れ家として使っていい。あそこを知っている奴はほとんどいないし、知っていても、俺が認めなきゃ自力でたどり着けないようになってる。家の場所は……ファフリちゃん、分かるね? あと、理解してると思うけど、不用意に外を出歩いたりするのは禁止だよ。必要なものがあれば、トワやハインツくんに頼んで。王宮に没収された君達の武器や荷物も、後でハインツくんに届けさせるから」

 次いで、東門の方に体を向けると、ルーフェンは、顔だけ振り返った。

「じゃ、慌ただしいようだけど、これで大体事態は把握してくれたかな。あまり長時間姿をくらましていると怪しまれるから、質問がなければ、俺はもう王宮に戻るけど、大丈夫?」

 ユーリッドは、再び頷くと、微かに笑って見せた。

「ああ。助けてくれて、ありがとう。なんとなくだけど、状況は分かったよ。悪いけど、もうしばらく世話になる」

 ユーリッドの言葉に、ルーフェンも笑みを返す。

 今まで沈黙を貫いていたファフリは、一歩前に出ると、躊躇いがちに口を開いた。

「あの……ルーフェン様……」

「ん?」

 ファフリは、胸の前で、ぎゅっと手を握った。

「私、昨日、色々考えてみたんです……。その、どうしたら召喚術を扱えるようになるのかな、とか。私に、ミストリアを救うほどの力があるのかな、とか……。でも、そうしたら、考えれば考えるほど、どうすれば良いのか分からなくなっちゃって……」

 か細い声でそう告げたファフリに、ルーフェンは、ゆっくりと答えた。

「……力なら、あるでしょ? だってファフリちゃんは、召喚師一族の血を引いているんだから」

「…………」

 俯いて、再び何も言わなくなったファフリに、ルーフェンは言い募った。

「君がこれからどうするべきかなんてのは、俺や、別の誰かが決めることじゃない。それこそ、もしファフリちゃんが、自分の役割も、母国も全部投げ捨てたって、俺は悪いとは思わないよ。その先にあるものだって、楽なものではないだろうけど、嫌々召喚師としての運命を受け入れたって、きっと後悔ばっかりになる」

 ファフリは、尚も口を閉じたままで、どう返事をするべきか迷っているようだった。
ルーフェンは、しばらくファフリを見つめていたが、やがて小さく笑うと、突然、ファフリの肩に手を回した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.276 )
日時: 2017/05/06 11:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「まあ、そーんな悲しそうな顔しないでよ。俺達、同じ召喚術の才を持つ者同士だろう? 本来交わるはずのない……世界にたった四人しかいない召喚師の内の二人、俺とファフリちゃんが、今ここに存在している。これって、どこか運命的だと思わない? 折角だから、仲良くしようよ。なんなら、ルーフェン様なんて堅苦しい呼び方はやめて、親しみを込めてルーフェンお兄さんと──」

「距離が近いっ!」

 ファフリとの距離をぐいぐい詰めていくルーフェンに、ユーリッドが思わず蹴りを入れる。
軽く吹っ飛んだルーフェンは、地面に打ち付けた腰を擦りながら、大袈裟に声をあげた。

「いったーっ! あのさぁ、昨日も思ったけど、俺は人間だよ? ユーリッドくんみたいな馬鹿力に殴られたり蹴られたりしたら、全身複雑骨折になっちゃうよ」

「手加減ならしてるだろ! この程度で骨折するわけあるか!」

 ファフリをかばうように立って、ユーリッドが声を荒らげる。
ルーフェンは、服の汚れを払いながら立ち上がると、息を吐きながら首を振った。

「だからさー、ユーリッドくん基準で考えないでよ。俺の身体は君と違って繊細なわけ。優しくしてくれないと、簡単に折れちゃうんだから」

「うるさい! そもそも、ファフリにやたらめったらベタベタするほうが悪いんだろ!」

「えー、なになに。俺のファフリに触るなって?」

「ばっ、そんな言い方してない!」

 顔を赤くして憤慨するユーリッドを、明らかに楽しんでいる様子のルーフェン。
ファフリは、言い争う二人を見つめながら、やがて、くすくすと笑い始めた。

「……ありがとう、二人とも。ごめんね、私、暗い顔ばっかりしてて……」

 どこか悲しそうに微笑んで、ファフリが言う。
ユーリッドは、ルーフェンとの言い合いを中断すると、首を横に振った。

「気にするなよ。状況が状況だし、一番辛いのは、ファフリだと思うから」

「ユーリッド……」

 ファフリは、躊躇いがちに頷くと、ルーフェンのほうへ向き直った。

「ルーフェン様……じゃなくて、じゃあ、ルーフェン、さん。助けてくれて、本当にありがとうございました。あの……また、会えますか?」

 ルーフェンは、小さく頷くと、肩をすくめた。

「君達がミストリアに戻る時がきたら、俺の力が必要だろうしね。ま、可愛いファフリちゃんのためなら、いつだって会いに来るよ。後でもう一度、様子を見に行くつもりではあるし」

 片目をつぶって見せたルーフェンに、ファフリが微かに笑みを返す。

 二人は、再度ルーフェンに礼を述べると、ヘンリ村のほうへと歩いていったのであった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.278 )
日時: 2017/05/10 20:42
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: UruhQZnK)


 ヘンリ村近くの山頂にある、ルーフェンの家の前で、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきて、トワリスは顔をあげた。

 ハインツに支えてもらいながら、腰かけていた岩から立ち上がると、山道を登ってくる、ユーリッドとファフリの姿が見える。
その瞬間、トワリスの心に残っていた不安は、全て取り払われた。

「トワリスー!」

 手を大きく振りながら、ユーリッドがこちらに駆けてくる。
ファフリも、疲労した顔つきではあるが、ぱっと表情を明るくすると、歩いてきてトワリスに抱きついた。

「やっぱり無事だったんだね、良かった……」

 肩に顔を埋めるファフリの頭を撫でながら、トワリスがほっと呟く。
ユーリッドも、安堵した様子で笑った。

「ああ、ルーフェンが助けて、ここまで連れてきてくれたんだ」

「うん……私も、事情はハインツから聞いた」

 すぐ隣にいるハインツを見て、トワリスは答えた。

 ユーリッドとファフリを、審議会の場で処刑したと見せかけることで、サーフェリア中の目を欺く──。
このルーフェンの計画には、どうやらハインツも関わっていたようで、王宮からの脱出後、ルーフェンがユーリッドたちを自分の家に匿うつもりであることは、ハインツも知っていた。
故に、宮廷魔導師の駐屯地に寄った後、ハインツは、トワリスをここまで連れてきていたのである。

 相変わらず、一言も発さないハインツを見て、ファフリは頭を下げた。

「あの……貴方も、私達のこと助けくれて、ありがとうございます。ルーフェンさんとトワリスの、仲間なんでしょう?」

 ファフリに次いで、ユーリッドもハインツに視線をやった。

「俺からも、礼を言うよ。本当にありがとう。えっと……」

 そう言って、言葉を止めたユーリッドに対し、それでも返事をしないハインツに、トワリスは苦笑した。

「名前は、ハインツね。私と同じ、サーフェリアの宮廷魔導師。ごめん、ちょっと人見知りなんだ」

「お、おお、そうか……」

 この巨漢に似合わない、人見知りという紹介をされて、ユーリッドは差し出そうとした手を、思わず引っ込めた。
正直この外見に、人見知りだなんて言葉は合わないと思ったが、そういえば昨日、トワリスと再会したときも、ハインツは部屋の隅で縮こまっていた。
獣人だから嫌われているだけなのかと考えていたが、トワリスの言葉通り、単に緊張して上手く話せなかっただけだったのかもしれない。

 ハインツは、隠れるようにトワリスの後ろに回ると、小さく頭を下げた。
もはや、ただの頷きともとれる挨拶であったが、ユーリッドとファフリには、ちゃんと通じたらしい。
二人は、一瞬互いに顔を見合わせると、微笑んでから、ハインツにおじぎを返したのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.279 )
日時: 2017/05/14 13:58
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 少し談笑したあとは、ルーフェンの家に入り、それぞれ休むことにした。
普段はルーフェンが放置しているため、どこか埃っぽい、殺風景な屋敷であったが、野宿に比べれば、十分に居心地の良い寝床である。

 特に、ユーリッドとファフリは、精神的にも肉体的にもかなり疲れていたようで、山の稜線から細い月が覗く頃には、毛布にくるまって、深い眠りに落ちていた。

 トワリスも、寝台に腰掛けてハインツと話している内に、いつの間にか、うつらうつらしていた。
しかし、ふと、家の外に誰かの気配を感じて、意識を覚醒させた。
それはハインツも同じようで、二人は、一度窓から外を確認すると、すぐに家から出た。

 扉を開けると、予想通り、濃い夜闇の中に、ルーフェンが立っていた。
ルーフェンは、トワリスとハインツを見ると、微かに肩をすくめた。

「ごめん、起こした?」

 トワリスは、首を横に振って、ルーフェンをまっすぐ見た。

「いえ……。あの、ユーリッドとファフリのこと、本当に助かりました。私が勝手に、ミストリアから連れてきちゃったのに……」

 ルーフェンは、小さく笑うと、側にある木に寄りかかった。

「いいよ、ファフリちゃん可愛いし。それに結果的には、ミストリアとの交戦も避けられた。他国の召喚師と話せるなんて、滅多にない機会だし、あのまま見殺しにするのも気が引けたからね。何より、ファフリちゃん可愛いし」

「……助けた動機が不純なことはよく分かりました」

 楽しげに答えたルーフェンに、冷たい視線を向けて、トワリスが返事をする。
そういう男なのだということは当然知っているが、ふざけているとしか思えない答えに、呆れるしかなかった。

 しかし、すぐに真剣な表情に戻ると、トワリスは言い募った。

「でも……私が言うのも失礼な話ですけど、本当に大丈夫ですか? 審議会には、大勢が出席していましたし、全員の目を欺くことが出来たかどうか……」

「いや、出来てないだろうね」

 拍子抜けするほど、ルーフェンはあっけらかんと返事をした。

「処刑までの流れは問題なし、ユーリッドくんとファフリちゃんに代わる焼死体も用意した。けど、死体をすり替えるのに移動陣を使ったし、第一、あの炎自体が召喚術で作り出した幻でしかない。それなりに魔術の才能がある奴……少なくとも、ジークくんあたりは、今回の処刑が偽装だって気づいてるんじゃないかな」

「……そう、ですよね……」

 トワリスは、昼間に駐屯地で、ジークハルトに言われた言葉を思い出して、眉を寄せた。

 ルーフェンの言う通り、たとえユーリッドたちの生存を確信してはいなかったとしても、此度の処刑に、違和感を感じた者はおそらくいるだろう。
他にどうすることも出来なかったとはいえ、もしその人物が、感じた違和感を国王や教会に報告したとしたら──。
そう考えるだけで、とてつもなく大きな不安感が、トワリスの胸を覆う。

 だが、思い詰めた様子でうつむくトワリスの額を、ルーフェンは、指で思いっきり弾いた。

「いたっ」

「別に、そんな心配しなくたって平気でしょ」

 訝しげに睨んでくるトワリスを見て、ルーフェンが、からからと笑う。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.280 )
日時: 2017/05/17 19:06
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「とりあえず、時間稼ぎにはなるんじゃないかな。サーフェリアの、特にシュベルテの人間は、召喚師の話題には触れたがらないだろうし。召喚師が処刑を偽装した、なんてことが明るみに出るまでには、時間がかかるはずだから、それまでに、ファフリちゃんたちをどうにかサーフェリアから出せばいい」

「そんな……だけど、もしそれで、ルーフェンさんが罪に問われたりしたら……」

 それでも、納得がいかないといった表情のトワリスに、ルーフェンは苦笑した。

「仮にそうなったところで、俺は痛くも痒くもないよ。別に、召喚師としての地位に執着してはいないし。大体、考えてもみな。もし俺が罪人扱いされるって分かってたら、トワはファフリちゃんたちをミストリアで見捨てられたわけ?」

「それは……分からない、ですけど……」

 うっと言葉を詰まらせて、言いにくそうに答えたトワリスに、ルーフェンはぷっと吹き出した。

「でしょ? どんな結果になるにしろ、トワなら、絶対サーフェリアにユーリッドくんとファフリちゃんを連れてきていたんだと思うよ。普段は模範的な癖に、時々突拍子もないことやらかすからねー、トワは。今日だって、正直一番の不安要素はトワだったもん」

「……え、私?」

 不思議そうに瞬いたトワリスに、ルーフェンは、大袈裟な身振り手振りを付け加えて答えた。

「だってどうせ、『私のせいでファフリたちが殺されたらどうしよー』とか、『いざとなったら二人を連れて王宮から逃げ出すしかない!』とか、色々思い詰めてたんでしょ? だから、審議会で二人の処刑が確定したとき、いつトワが暴れ出すかと冷や冷やしてたんだから。俺だって、殴られるどころか切り刻まれるんじゃないかと──」

「なっ、そんなことしませんよ!」

 心外だ、という風に顔をしかめて、トワリスはルーフェンの言葉を遮った。
そして、一息つくと、ルーフェンから目をそらして、ぼそぼそと言った。

「……私だって、ちゃんと分かってたんですから」

 少し驚いたように眉をあげたルーフェンに、トワリスは続けた。

「確かに、その……。ルーフェンさんが、ユーリッドたちに、『手を貸したところでサーフェリアに得があるとは思えない』って言ったときは、ちょっと混乱しましたよ。……だけどあのとき、ルーフェンさん、天井の方を少し気にしてましたよね? それで、分かったんです。天井裏で、誰かがルーフェンさんや私達を、見張ってるんだろうって」

 トワリスは、真剣な顔つきになると、ルーフェンを見つめた。

「気配の消し方からして、素人じゃありませんでした。多分、教会に属する間諜が潜り込んでいた、ってところですよね。そのことに気づいていたから、ルーフェンさんは、ミストリアに味方するつもりはないと、あの場で意思表示したんでしょう? 私達の話を、あえてその間諜に聞かせることで、こちらは元々ユーリッドたちを処刑するつもりだったんだって、教会に信じこませるために」

 トワリスは、表情を緩めた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.281 )
日時: 2017/08/15 19:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「途中でそのことに気づいたので、私、ルーフェンさんが二人を助けてくれるつもりだってことは、ちゃんと分かってました。具体的に、どうするつもりなのかっていうのは、予測できませんでしたけど。だから、審議会でも、ルーフェンさんに気絶させられたふり、したんですよ。何より、私が初めて目を覚ました夜に、『大丈夫だから何も心配しなくていい』って、ルーフェンさんが言ってくれてましたから、色々と不安なことはありましたけど、心配で思い詰めたりはしてなかったです」

「…………」

 安心したような、穏やかな表情のトワリスを、ルーフェンは、黙ってみていた。
しかし、やがて意味ありげな笑みを浮かべると、口を開いた。

「……なんだ、あの夜のこと、覚えてるんだ? 少し意識が朦朧としてるみたいだったから、覚えてないかと思ってたのに」

「……はい?」

 あの夜、というのは、話の流れからして、トワリスが初めてサーフェリアで目を覚ました時のことを指しているのだろう。
だが、何故ルーフェンが、こんな怪しい笑みを浮かべているのかが分からない。

 なんとなく身を引くと、ルーフェンは、更に笑みを深めて言った。

「いやー、あの時のトワちゃんは流石にしおらしくて、可愛げあったなー」

「!?」

 トワリスが、目を見開いて硬直する。
ルーフェンは、うんうんと頷きながら、あの夜の光景を思い出すように目を閉じた。

「俺が部屋から出ていこうとしたら、『ルーフェンさん、寂しいから行かないで』って引き留められて──」

「はあ!? そんなこと言ってませんっっ!」

 思いがけず、声が裏返るほどの大声を出して、トワリスの顔が真っ赤になる。
同時に、ルーフェン目掛けて拳を振り上げようとしたトワリスを、慌ててハインツが止めた。

「トワリス、怪我、怪我……!」

 まだ支えなしでは歩けないほど、トワリスの怪我はひどい状態だというのに、殴りかかりでもしたら、傷が開くかもしれない。
ハインツは、トワリスを背後から抱き抱えて、身動きがとれないようにしたが、ルーフェンは、そんな二人を見て、爆笑していた。

「他にもさ、俺が『寝るまでここにいてあげるから』って言ったら、すごーく嬉しそうに──」

「してませんっ!」

「えー? してたしてた。トワ、忘れてるだけじゃないの?」

「嘘つくな馬鹿! 絶っっ対そんなこと言ってませんし、してませんっ!」

「二人とも、仲良く、仲良く……」

 明らかに遊んでいるルーフェンに、今にも飛びかかりそうなトワリス。
それを必死になだめようとするハインツに、ルーフェンは言った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.282 )
日時: 2018/07/01 18:40
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)



「ハインツくん、大丈夫大丈夫。別に喧嘩してる訳じゃないよ。トワの言う馬鹿は、愛情表現だから」

「どれだけお気楽な脳みそしてるんですか! この阿呆召喚師! からかいに来ただけなら、王宮に戻って仕事して下さい!」

「おー、怖い怖い」

 ハインツに抱えられつつも、全力で威嚇してくるトワリスに、降参だという風に両手をあげると、ルーフェンは言った。

「んじゃ、まあ本当に様子を見に来ただけだったし、トワにぶん殴られる前に、退散しようかな」

 くすくすと笑いながら、次いで、ハインツの方を見る。

「ハインツくんも、流石に明日には、一度駐屯地に戻った方がいい。……トワもね。ユーリッドくんとファフリちゃんの存在は、匂わせないように」

「……そんなこと、分かってます」

 トワリスとハインツが、同時に頷く。
それからトワリスは、はっと何かを思い出したように、懐から、赤い木の葉の模様が描かれた栞を取り出した。
ミストリアのロージアン鉱山で、読んだ手記の中から出てきたものである。

「あの、そういえば、これ……」

 そう言って、栞を見せると、ルーフェンも、驚いた様子で瞠目した。

「この、葉の模様って……」

 呟いたルーフェンに、トワリスは首肯した。

「私の、お母さんの脚に彫られていたものと同じ模様です。この栞、ハイドットについて調べていた時、ミストリアの鉱山で見つけた手記の中から、出てきたものなんですけど……この葉の模様の横に、スレインって名前が入れられてますよね。手記によれば、そのスレインっていうのは、当時鉱山で働いていた獣人の一人で、ハイドットの廃液を不法流出させることに耐えかねて、途中で姿を消したって記されていたんです。だから、もしかして、私の母親って……」

「…………」

 ルーフェンは、何かを考え込むようにうつむくと、微かに目を細めた。

「……ごめん、サーフェリアに漂着した獣人の記録は、ほとんど残っていないし、その時のことは、俺も前に調べた以上のことはよく知らないんだ。ただ、その鉱山とやらの情報を掘り下げれば、当時のことをさらに詳しく調べることは可能だと思う」

 ルーフェンの言葉に、トワリスは、持っていた栞をぎゅっと握りこんだ。
そうして、しばらく黙り込んでいたが、やがて首を横に振ると、静かな声で答えた。

「いえ……やっぱり、いいです。調べたところで、何かが変わるわけでもないですし……。急にこんなこと言って、すみません」

 存外、穏やかな口調で返してきたトワリスに、ルーフェンは一息つくと、軽い調子で答えた。

「……まあ、事実がどうだったのかは分からないけど、トワの母親でしょ? 強い獣人(ひと)だったんじゃないの。悪政とか周囲の反応なんて物ともせずに、周り蹴り飛ばして、サーフェリアに来たんだよ、きっと」

「だから、私を何だと思ってるんですか……全くもう」

 問答する気も失せたといった様子で、トワリスが、はあっと息を吐く。
そして、ハインツに支えてもらいながら踵を返すと、最後に顔だけ振り向いて、ルーフェンを見た。

「……とにかく、ファフリたちのことは、ありがとうございました。私も、結局謹慎食らったので、しばらくは大人しくしてます。……ルーフェンさんも、色々と気を付けて下さい」

「りょーかい」

 ルーフェンが苦笑しながら返事をすると、トワリスは、相変わらずむすっとした顔つきのまま、家の中に入っていった。

 最後に、ルーフェンがハインツの方に目をやると、その視線を受けて、ハインツは無言でこくりと頷いたのだった。

 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.283 )
日時: 2017/05/26 20:49
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 トワリスとハインツの気配がなくなったことを確認してから、下りの山道を少し行ったところで立ち止まると、ルーフェンは、ふと目を細めて、木陰の一点を睨んだ。

「……それで。盗み聞きとは、趣味が悪いですね。闇精霊王」

 そう呼び掛けると、木々の間にたゆたう夜闇が、煙のように渦巻いて、エイリーンの姿を形成する。
エイリーンは、体重を感じさせない動きで、すうっとルーフェンの横に現れた。

「……あの小娘、しぶとく生きておったか。獣人混じりというだけあって、人間よりは多少頑丈なようだ」

 くくっと笑って、エイリーンが口を開く。
ルーフェンは、目線を前に戻すと、微かにため息をついた。

「……まさかとは思っていましたが、ミストリアの鉱山でトワたちと接触したのは、やはり貴方でしたか。その上、彼女に憑依して一般人にまで手を出すなんて、一体何を考えてるんですか」

 厳しい声音で言うと、エイリーンは、くつくつと笑みをこぼした。

「……そういきり立つな。我はただ、ミストリアの次期召喚師を追ってきただけだ。獣人混じりの小娘も、実体化するための依代として利用したに過ぎん。人間を殺さぬという約束は、違(たが)えていない」

 ルーフェンは、眉を寄せて、刺々しく言った。

「違えていない? 運良く助かっただけで、一歩間違えれば、死んでたと思いますがね」

 エイリーンは、どこか意外そうにルーフェンを見た。

「ほう……どうした、何をそのように怯えている。今更、人間共に情でも湧いたか」

 エイリーンの橙黄色の瞳が、怪しげな光を孕む。
ルーフェンは、一瞬押し黙ってから、冷たい声で答えた。

「……別に、そういうわけじゃない」

 腕を組んで、脱力したように、背後の木にもたれかかる。

「ただ、うちの重鎮にも鋭い奴はいる。俺はともかく、貴方にあまり表立って動かれると、勘づかれる可能性がある」

 ルーフェンの返答を聞くと、エイリーンは、途端につまらなさそうな表情になった。

「……そんなことか。なに、勘づいた者がおれば、殺してしまえば良いではないか。どうせ、獣人も人間も、いずれ我の手中に入るのだ。数匹殺したところで、何の問題もない」

「…………」

 口元を長い袖で隠して、エイリーンが言う。
ルーフェンは、返事をしようと口を開いたが、結局何も言わず、つかの間沈黙すると、話題を変えた。

「……それで、一体何の用ですか? そんなことを言うために、わざわざ俺の前に現れたわけじゃないでしょう?」

 ルーフェンの問いかけに、エイリーンは、しばらく何も返さなかった。
しかし、ふとルーフェンのほうに向くと、唇で弧を描いた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.284 )
日時: 2017/05/31 06:49
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「ミストリアの召喚師が、死んだ」

 ルーフェンが、大きく目を見開く。
思わず身を起こして、ルーフェンは、信じられないといった様子で尋ねた。

「死んだ……って、ファフリちゃんの父親が?」

「そうだ。臣下の裏切りにあって、無様に殺された」

 口を覆った袖の奥で、エイリーンが不敵に嗤う。
その瞳を見つめながら、ルーフェンはたどたどしく言った。

「それじゃあ、ミストリアの召喚師は……」

「実質、あの能無しの小娘ということになるのう」

 可笑しそうに目を細めて、エイリーンは続けた。

「此度は、このことをお前に伝えに来たのだ。リークスが死んだ以上、ミストリアの召喚師の血を引く者は、あの小娘しかおらん。良いか、状況が変わった。小娘の召喚術の才が覚醒するまで、必ず生かせ。召喚師一族の血を、絶やすことがあってはならぬ」

「…………」

 ルーフェンは、言葉を失ったように、じっと黙り込んでいた。
しかし、長く息を吐くと、再び木にもたれて口を開いた。

「……どうにも、予想外のことばかり起こるな。裏切りに、召喚師の殺害……。統治者不在となれば、今後、ミストリアは荒れる一方でしょう」

 ルーフェンの言葉に、エイリーンが鼻で笑った。

「ふっ、哀れむ必要などない。リークスが、愚王だったというだけのことじゃ。臣下の裏切りにも気づかず、まんまと騙される方が悪い。……それにむしろ、此度の誤算は、我にとっては喜ばしいことだ」

「喜ばしい?」

 顔をしかめて問うてきたルーフェンに、エイリーンは、淡々と述べた。

「リークスを殺害したのは、キリスというミストリアの宰相だ。現在、ミストリアの実権は奴が握っている。おそらくキリスは、中止されていたハイドットの武具の生産を、再開させるつもりだ。ハイドットの精錬が行われれば、それによって流出する廃液は、水を汚染し、大地を侵食し、いずれは海を渡り、世界を蝕もうとするであろう。……そうなれば、不浄を嫌う『あの男』が、動かぬはずがない」

 そう言って、口の端をあげたエイリーンに、ルーフェンはますます眉を寄せた。

「……この機会を利用して、グレアフォール王を、ツインテルグから引きずり出すつもりですか」

 その瞬間、目の前でどす黒い魔力が渦巻いたかと思うと、ルーフェンの全身に、エイリーンの放った妖気がのしかかった。

「──……っ!」

 咄嗟の出来事に、成す術もなく、ルーフェンが崩れ落ちる。
かろうじて、手をついて体勢を保ったルーフェンだったが、同時に、喉の奥から鉄の臭いがせりあがってきて、ごぼっと血潮が唇から滴った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.285 )
日時: 2017/06/04 00:51
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 全身の内臓を押し潰されたような、激しい痛みに悶絶する。
しかし、ルーフェンには目もくれず、エイリーンは、よろよろと後ずさると、震える両手で白い顔を覆った。

「……あの男を、王と呼ぶな」

 地を這うような低い声で、呻きながら言う。
途端、エイリーンの身体から腐敗臭が立ちのぼり、突然、皮膚がどろどろと溶け始めた。

 顔面や手を覆う皮膚、そして肉が、じゅうっと煙をあげながら、溶けて蒸発していく。
そうして、半分白骨化したような姿になりながら、エイリーンは、凄絶な光を瞳に浮かべて叫んだ。

「我らを忘却の砦に幽閉した、あのおぞましき精霊族の略奪者が……。その残虐さも、恐ろしさも知らぬくせに、その名を出すな……!」

 エイリーンの声と共に、ルーフェンの身体にのしかかる妖気が、更に重みを増す。
ルーフェンは、重圧に耐えきれず、みしみしと悲鳴をあげる骨格の音を、ただ聞いていることしかできなかった。

 そんなルーフェンを横目に、エイリーンも、浅い呼吸を繰り返していたが、やがて、ふと近くに立っていた木に触れると、低い声で何かをぶつぶつと唱え始めた。
すると、触れている部分から木が腐敗し、枯れ朽ちていくのと同時に、その生気を吸いとったかのように、エイリーンの肉体が再生し始める。

 エイリーンは、完全に元の姿に戻ると、落ち着きを取り戻した様子で、冷たい視線をルーフェンに向けた。

 ルーフェンは、自分の血で染まった掌を握りこみ、胸元を押さえて立ち上がろうとした。
しかし、止まぬ激痛が全身を突き抜け、再び咳き込むと、口元を覆った指の間から、ぼたぼたと鮮血が落ちる。

 エイリーンは、退屈そうに瀕死状態のルーフェンを眺めていたが、しばらくして、小さく息を吐くと、すっと手をかざした。

「汝、調和と精緻を司る地獄の総裁よ。従順として求めに応じ、可視の姿となれ……。──ブエル」

 エイリーンの詠唱に合わせて、五芒星の描かれた魔法陣が、ルーフェンの周りに浮かび上がる。
魔法陣は、眩い光を放ち、ルーフェンをゆっくりと包み込むと、ルーフェンの全身の損傷は、みるみる治癒されていった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.286 )
日時: 2017/08/15 19:39
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 妖気が消え、全身を蝕む激痛に解放された後でも、ルーフェンは、すぐには動けなかった。
うずくまって、荒い呼吸を繰り返しながら、強い目眩に耐えていたが、やがて、木を支えによろよろと立ち上がると、弱々しくエイリーンを睨んだ。

「……っは、勘弁、してくださいよ。貴方達と違って、こっちは、生身なんですから……」

 げほっと咳をしながら、掠れた声で言う。
エイリーンは、不愉快そうに目を細めて、ルーフェンを見つめ返した。

「ならば、その無作法な口を閉じろ、小童。思い上がるなよ、下等な人間ごときが」

「…………」

 凄惨な目付きで言われて、思わずルーフェンは黙りこむ。
だが、微かに息を吐くと、困ったように首を振って、小さく肩をすくめた。

「……別に。思い上がってなんて、いませんよ。現に、ここまで約束通り、ちゃんと事を進めてるでしょう? 心配しなくても、今後も上手くやります。ミストリアの次期召喚師一人くらい、隠して生かすくらい、造作もない。……幸い、俺の周りにいるのは、それを優しさから来る行動だと信じて疑わない、馬鹿がほとんどですからね」

 エイリーンは、はっとほくそ笑んだ。

「……その言葉、あの獣人混じりの小娘や、リオット族の者達が聞けば、どのような顔をするのであろうな。サーフェリアの真の売国奴が、お前であると知って、屈辱に顔を歪ませる奴等を見るのも、また一興やもしれぬ」

「……悪趣味なことで」

 そう呟いたルーフェンに、エイリーンは、面白そうに唇を歪めた。

「お前にだけは、言われたくないのう。我は長く生きてきたが、自らの国を売る召喚師など、お前が初めてじゃ」

「……そりゃ、どうも」

 ため息混じりに返事をして、ルーフェンは、血で濡れた袖を鬱陶しそうに捲る。

「まあ俺は、サーフェリアなんて国、昔から大嫌いですからね。ツインテルグを滅ぼすという貴方の策略に協力することで、召喚師という立場から解放されるなら、これは、俺にとっても損な話じゃない。だから、安心していて下さいよ。サーフェリアの生温い連中を騙して、陥れるくらい、なんの躊躇いもなくやれますから」

 エイリーンは、ルーフェンの言葉を黙って聞いていたが、やがて、ふっと笑うと、哀れむような目でルーフェンを見た。

「人間は、残酷な種族だな」

 一瞬、目を伏せたルーフェンは、そのままエイリーンから視線を外す。

「……はは、何を今更。それに、貴方が言ったのでしょう?」

 そして、頭だけ振り返り、ルーフェンは、薄い笑みを浮かべた。

「──騙される方が、悪いんだってね」



To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.287 )
日時: 2018/01/21 01:14
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

†第五章†──回帰せし運命
第一話『眩惑』


 サーフェリアでの暮らしは、ユーリッドとファフリにとって、とにかく目新しい発見に満ちたものであった。
まず、年中温暖な気候のミストリアに対し、サーフェリアには四季があるのだ。

 ルーフェンの家で暮らし始めた頃は、青々と繁っていた山の木々も、秋が深まり、冬の足音が近づいてきた今では、すっかり葉を落として、乾いた幹や枝がむき出しになっている。

 初めは、慣れない寒さに戸惑っていた二人だったが、季節によって変わる食べ物や、冬特有の澄んだ空気など、未知のものに触れていく内に、ミストリアとは違う生活様式を楽しむようになっていた。
特に、雪がちらついた日には、ユーリッドもファフリも、城下で遊ぶ子供たち以上に興奮していたものである。
ミストリアでは、雪なんて数十年に一度お目にかかれるか、かかれないかの奇跡なんだと、ユーリッドは力説したが、そのあまりのはしゃぎっぷりには、トワリスも苦笑するしかなかった。

 トワリスは、時折シュベルテに戻ることがあったが、やはり心配だというので、ユーリッドたちと共にルーフェンの家で暮らしていた。
だが、その心配とは裏腹に、三人は恐ろしいくらいに穏やかな日々を過ごしていた。

 もちろん、ユーリッドもファフリも、自分達が置かれている立場や、ミストリアで起きたことを忘れたわけではない。
このままサーフェリアで、ずっと安穏と暮らしているわけにもいかないことだって、十分に分かっている。
しかし、それでも、追っ手に襲われることのないサーフェリアでの生活に慣れていく内に、『自分達の今後についての話』が、自然と口から出なくなってしまっていた。

 そんな暮らしの中で、少しずつ変化が起き始めたのは、ルーフェンの家に移り住んで四月が経った頃だった。
ファフリが、体調を崩したのである。

 最初は、生まれて初めて冬の寒さを経験し、風邪を引いただけなのかと思っていたが、かれこれ、一月は寝込んでいる。
ユーリッドもトワリスも、流石に不自然だと感じ始めていた。

 加えてファフリは、魂が抜けてしまったかのように、ぼんやりとすることが多くなった。
サーフェリアに来てから、一人で物思いに耽っていたり、何かを思い悩んでいるような姿を見せることが多くなっていたが、それとは違う。
本当に、人形のように放心して、一日中座り込んだまま動かないこともあるのだ。

 かといって、サーフェリアの医師にファフリを診せるわけにもいかないし、そもそも、熱があるとか、痛む場所があるとか、具体的な症状は出ていないのだ。
ユーリッドもトワリスも、打つ手はなく、ただファフリを見守ることしか出来なかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【奇数日更新】 ( No.288 )
日時: 2017/06/11 21:21
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ET0e/DSO)


 その日も、朝からファフリは、寝台から起きてこなかった。
日によっては、普通に起床して、朝食を食べながら会話する時もあるのだが、徐々にそういった日も減ってきている気がする。

 眠り込むファフリの額に手を当てて、ユーリッドは、細くため息をついた。

「熱は、ないな。……これ、やっぱり悪魔とかの影響だと思うか?」

 問いかけられて、トワリスは首を振った。

「わからない。でも、そうとしか考えられないよね。ルーフェンさんに、近々相談できればいいんだけど……」

「……ああ」

 ユーリッドが頷いて、微かに目を伏せる。
その横顔は、暗く沈んでいて、少しやつれたようにも見えた。

 ファフリの様子がおかしくなって以来、ユーリッドも、思い詰めたような顔をすることが増えた。
トワリスが話しかければ、思い出したように笑顔になって答えるが、夜もあまり寝ていないらしく、その空元気も、見ている方が痛々しい。

 一時的とはいえ、ミストリアの追っ手から解放され、サーフェリアの生活を楽しそうに送っていたのに。
少し前まで見られた、ユーリッドとファフリの笑顔が、みるみる消えてなくなってしまったのは、トワリスにとっても辛いことだった。

「とにかく、ここで二人してぼんやりしてても仕方ない。私は朝食を作ってくるから、ユーリッドはファフリをみてて」

「……悪い、ありがとう」

 ユーリッドが礼を言うと、トワリスは少し寂しそうに笑って、部屋を出ていった。

 残されたユーリッドは、隣部屋から聞こえてくる包丁の小気味良い音を聞きながら、ファフリの白い寝顔をじっと見つめていた。

 こうして黙っていると、ミストリアでの出来事が、次々と頭に甦ってくる。
ミストリア兵団を脱退し、ファフリを守ろうと決めた時のこと。
刺客に襲われ、目の前でアドラを殺されたこと。
そしてファフリが、召喚術を用いて、狼たちを殲滅させたこと──。

 何度も死線をくぐり抜け、トワリスと出会い、ハイドットのことやミストリアの悪政まで目の当たりにしてきた。
全てが悪いことばかりだったわけじゃない。
しかし、そのどれもが、自分の心を深く抉り、鮮烈な痛みとして記憶に止まっている。

(……全部、覚えてる。忘れちゃいけない。……だけど……)

──だけど、思い出して考えたところで、これからどうすれば良いのかが、分からない。
ミストリアに戻れば、また追っ手に襲われ、いずれは捕らえられ、国王リークスに殺されてしまうだろう。
だが、いつまでもこうして、サーフェリアに居座っているわけにもいかない。

 そんな、居場所もない自分達に、一体何ができるというのか。

 ユーリッドは、不意に熱くなった目を閉じて、ただじっとしていた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【奇数日更新】 ( No.289 )
日時: 2017/06/13 22:26
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 その時、ふと寝台のきしむ音がしたかと思うと、ファフリが唸って、ゆっくりと目を開けた。

「ファフリ!」

 慌てて立ち上がって、ファフリの顔を覗き込むと、ファフリは虚ろな目で小さく呟いた。

「ユーリッド……もう、朝?」

 ユーリッドは、ほっと胸を撫で下ろすと、肩をすくめた。

「朝どころか、昼近いよ。どうだ、具合が悪いところとか、ないか?」

 ファフリは、緩慢な動きで首を横に振ると、寝台から起き上がった。

「……夢を、見てたの」

「夢?」

 ユーリッドが首を傾げて、聞き返す。
するとファフリは、ふわりと笑って頷いた。

「……うん。すごく、幸せな夢。……もう少し、見ていたかったな」

 ファフリの穏やかな顔に、ほっとしつつも、ユーリッドは困ったように言った。

「これ以上寝ようなんて、やめてくれよ。俺、ファフリがもう目覚めないんじゃないかって、毎回心配してるんだからな」

「…………」

 ファフリは、まだどこか意識がはっきりしない様子である。
ユーリッドは、ファフリの手を握ると、隣の部屋を示した。

「とりあえず、朝御飯食べようぜ。今、トワリスが作ってくれてるんだ」

 そう言って手を引いても、ファフリは、立ち上がらなかった。
そして、ユーリッドを見上げると、こてんと首を傾げた。

「トワリスって、なに……?」

「え……?」

 ユーリッドの胸に、ぞくりとしたものが走る。
この感覚には、覚えがあった。

(そうだ……確か、ミストリアの渓流で襲われた時も……。ファフリは、悪魔に乗っ取られてる時の記憶がなかった)

 ユーリッドは、ぱっと手を離すと、ファフリの方を睨んだ。

「お前……カイムか……?」

 緊張した声音で、強く問いかける。
しかしファフリは、混乱した様子で、ふるふると首を振った。

「ユーリッド、何言ってるの……? カイムって、なんのこと?」

「なんのこと、って……」

 まさか、カイムのことまで忘れているのか。
ファフリは、悪魔に意識を乗っ取られているわけじゃないのだろうか。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【奇数日更新】 ( No.290 )
日時: 2017/06/15 22:25
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 様々な疑問が、頭に渦巻いて、ユーリッドの思考を侵食していく。
ユーリッドは、怪訝そうにファフリを見つめながら、戸惑ったように言った。

「お前、悪魔じゃないのか……? 本当に、ファフリなのか? だったら、なんでトワリスやカイムのこと忘れて……」

 ファフリは、何も答えず、寝台の上で身を縮めている。
まるで、何かに怯えているように、その身体はかたかたと震えていた。

「やめて……忘れたいの。思い出したく、ないの……」

 そううわ言のように呟きながら、ファフリが手で耳をふさぎ、首を振る。
その手──袖口からのぞく皮膚が、黒い鱗のように変色しているのを見て、ユーリッドはぎょっとした。

(あれは、悪魔の……!)

 直接説明されたことはないが、前にミストリアで、トワリスとファフリの会話を聞いてしまったとき、確かにファフリが言っていた。


──……日に日に、広がっていってるの……。多分、悪魔の皮膚だと思うわ……。

──これが肌を全て覆ったら、きっと私も死ぬのよ。悪魔に、心も体も喰い尽くされて……。私には、それを抑えられる力も理由も、ないもの。


 ユーリッドは思わず、震えているファフリの両肩に、手を置いた。

「ファフリ! おい、ファフリ! しっかりしろ!」

 瞬間、ファフリの全身が、どす黒いもやに包まれる。
すると、ファフリに触れていた手に、電撃に貫かれたような痛みが走って、ユーリッドは思わず後ずさった。

「ユーリッド?」

 騒ぎに気づいたトワリスが、扉を開けて部屋に入ってくる。
そして、異様な光景──寝台の上で黒いもやに包まれ、震えているファフリを見ると、トワリスは息を飲んだ。

「なにこれ……一体どうしたのさ!」

「わ、わからない! ファフリが起きたと思ったら、急に、こうなって……!」

 未だ痺れたように痛む両手をおさえながら、ユーリッドが答える。
同時に、あることに気づいて、ユーリッドの全身にはっと緊張が走った。
よく見れば、縮こまって震えているファフリの身体が、みるみる黒く変色していっているのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【奇数日更新】 ( No.291 )
日時: 2017/06/17 20:10
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 いてもたってもいられず、ユーリッドは、再びファフリに手を伸ばした。

「────っ!」

 鋭い痺れが、手から全身に広がり、次いで、炙られているような熱さが襲ってくる。
まるで、灼熱の業火に、直接手を突っ込んでしまっているかのようだ。

「……ファフリ……っ!」

 それでも手を離さず、歯を食い縛ると、ユーリッドは、ファフリの華奢な身体を無理矢理抱き込んだ。

「ファフリ、落ち着け……!」

 もはや、ちゃんと声として出ていたかも分からない。
全身を蝕む黒い炎に焼き尽くされて、息を吸うことすら、ままならなかった。

「ユーリッド! ファフリから離れて!」

 黒い炎が危険であると察したのだろう。
トワリスが、鋭く叫ぶ。
しかしユーリッドは、ファフリを抱いたまま、頑なに離れようとしなかった。

 咄嗟に、トワリスもユーリッドに手を伸ばしたが、黒い炎から発せられるあまりの熱気に、近づくことができない。
周囲の寝台や壁が燃えていないことから、あの黒い炎は、幻の類いなのかもしれないと思ったが、その解除方法も、二人を助け出す方法も、トワリスには思い付かなかった。

「このままじゃ、あんたまで危ないよ! ユーリッド!」

 熱さに目を細めながらも、トワリスが再び叫ぶ。
しかしユーリッドには、もうその声すら聞こえていなかった。

 焼かれる内に、全身の感覚もなくなってきて、次第に、視界すら真っ暗になってくる。
もはや、ちゃんとファフリを抱いているのかすら、分からない。

 しかし、そうして、ただただ身悶えするほどの苦しさに耐えていると、不意に、どこからか笛のような音が聞こえてきた。
それは、歌うように美しい旋律を奏でながら、恐怖と焦りでささくれていたユーリッドの心の表面を、緩やかに溶かしていく。

 同時に、強張っていた全身からも力も抜け、いつの間にか、ユーリッドを蝕む苦しみは、何もなくなっていた。

(……駄目、だ……ファフリを、離しちゃ……)

 そう思うのに、全身に力が入らず、だんだんと思考力も奪われていく。
気づけば、周囲の景色も見えなくなって、ユーリッドは、どこか暖かい空間にふわふわと浮いているような感覚に陥った。

(…………)

 優しい歌声を聴きながら、まるで真綿に包まれているような心地よさを感じて、ユーリッドは、ゆっくりと意識を手放した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【奇数日更新】 ( No.292 )
日時: 2017/06/19 20:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


──リッド! ユーリッド!


 誰かが、名前を呼んでいる。


──おい、ユーリッド……!


 その、どこか懐かしい呼び声に、意識を引きずりあげられて、ユーリッドは、はっと目を開けた。

「おい、ユーリッド! ぼーっとして、どうしたんだ? 食事中だぞ」

「え……?」

 暖かい日だまりのような空間から、一気に呼び起こされて、頭が覚醒する。
同時に、手に握っていた何かがぽろんとこぼれ落ちて、ユーリッドは、咄嗟に視線を下に動かした。

「…………」

 からん、と音を立てて床に落ちたのは、小さな木匙(きさじ)であった。
何故匙なんか持っていたのだろうと、目線をあげると、目の前には、ほのかに湯気の立ち上る雑炊が置いてある。
自分はどうやら、椅子に座って、この雑炊を食べていたらしい。

(ここは……どこだ……?)

 状況を把握するため、周囲に頭を巡らすと、今ユーリッドがいるのは、木造建築の一室のようだった。
朝日の差し込む大きな窓からは、そよそよと涼しい風が入ってきて、後ろにある暖炉では、燠(おき)がぱちぱちと音を立てながら、赤く光っている。

 暖炉にかかった両手鍋には、自分が食べているものと同じであろう雑炊が、くつくつと煮えており、そこから立ち上る良い香りが、部屋中に充満していた。

 自分は、いつの間にこんなところに来たのか。
そもそも、部屋で食事を始めた記憶なんてない。

 未だ事態が飲み込めず、ユーリッドはただ、このどこか見覚えのある部屋を、呆然と見渡していた。

「なんだ、どうしたってんだユーリッド? まだ寝惚けてるのか?」

 呆れたような笑いが聞こえてきて、その声の主が、拾った木匙を軽くテーブル掛けで拭き、ユーリッドに差し出してくる。
その人物──がたいの良い人狼の男を見て、ユーリッドの心臓は、大きく跳ねた。

「……と、父さん……?」

 呟いて、目を大きく見開く。
自分に話しかけてきていたのは、かつて、ミストリア兵団の団長として名を馳せた、父マリオスであったのだ。

「なっ、なんで……父さん……っ!」

 ユーリッドは、青ざめた顔で後ずさると、思わず席から立ち上がった。

 父、マリオスは、ユーリッドが十歳のときに、隣のスヴェトランとの争いに出兵して、殉職したのだ。
はっきりと、覚えている。
その後に、殉職したマリオスの地位を継いで、アドラがミストリア兵団の団長に任命されたはずだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【奇数日更新】 ( No.293 )
日時: 2017/06/21 18:33
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 ユーリッドは、目の前にいるマリオスを、強く睨み付けた。

「お前、誰だ! 父さんは、七年前に死んだはずだ……!」

 鋭い声で言って、身構える。
しかしマリオスは、ぽかんとした表情でユーリッドを見つめると、やがて、げらげらと笑い出した。

「だっ、ははは……っ! 死んだ? 俺が? 勘弁してくれよ、ユーリッド。冗談にしちゃあ、ちときついぜ」

 そのあまりにも豪快な笑い声に、思わず拍子抜けする。
だが、すぐに気を引き締めると、ユーリッドは再びマリオスを睨んだ。

 自分は、冗談を言っているつもりも、ふざけているつもりもない。
マリオスは、確かに死んだのだ。
自分で墓標まで立てたのだから、間違いはない。

 そんなユーリッドの態度に、嘘を言っているつもりではないことを悟ったのだろう。
先程まで楽しげに笑い飛ばしていたマリオスは、途端に心配そうな顔になると、席から立って、ユーリッドの額に手を当てた。

「熱は……ねえみてぇだが……。なんだ、どうした? 兵団の仕事がきつくて、疲れてんのか?」

「へ、いだん……?」

 続いて出た、兵団という言葉に、ますます頭が混乱する。
ユーリッドは、マリオスの手を思いっきり弾くと、更に一歩下がって叫んだ。

「一体、何のことを言ってるんだ! 俺は兵団なんて、もうとっくに脱退して……!」

 そこまで言って、ユーリッドは、言葉をつまらせた。
次の言葉が、どうしても出てこないのだ。

(脱退、して……? 兵団を脱退して、俺は何をしてたんだ……?)

 自分は一体、今まで何をしていたのか。
確実に今の状況がおかしいと思っているのに、どうしてそう思っているのかが分からない。
何故、目前に存在している父を、死んだはずだと主張しているのか。

 頭に浮かんでくる疑問に、もはや思考する力もなくなっていく。
そうして黙り込んでいると、マリオスは、困ったように息を吐いた。

「何のこと言ってるんだって、そりゃあ、こっちの台詞だぞ。脱退したって……お前、この前ようやく十歳になって、兵団に見習いとして入団したばっかじゃねえか」

「……は? 十歳、って……」

 反論する気力もなく、ユーリッドは、慌てて近くの水甕(みずがめ)を覗きこんだ。
そして、溜まった水を水鏡に、自分の姿を見て、目を疑った。
マリオスの言う通り、自分が十歳の頃の容姿になっていたからだ。

「そんな……俺は、今年十七で……」

 信じられない、といった様子で、一回り以上小さくなった、己の両手を見つめる。

 この場所に来る以前、一体どこで何をしていたのかは、思い出せない。
だが、今こうして父マリオスと過ごしているこの状況は、やはり何かが不自然だ。
ここは、お前の居場所じゃないのだと、頭の中で誰かが警鐘が鳴っているようだった。

 その時、家の外から、カーンカーンと、甲高い鐘の音が聞こえてきた。
それを聞いた途端、困って立ち尽くしていたマリオスが、血相を変えて、食卓の傍に置いてあった荷物を背負う。

「まずい! もう登城の刻だ! 急ぐぞ、ユーリッド!」

「えっ、ちょっ!?」

 何かを言う暇もなく、マリオスがユーリッドを担いで、食卓もそのままに家を飛び出す。
十歳の身体では、大柄な父に抵抗できるはずもなく、ユーリッドは、強制的にミストリア城へ連行されたのだった。

 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【奇数日更新】 ( No.295 )
日時: 2021/02/04 13:02
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)

 ミストリア城の門前に到着すると、マリオスは、軽く門衛に挨拶だけ済ませて、とっとと城の中へ入っていってしまった。
取り残されたユーリッドは、荘厳な城を見上げて、しばらく突っ立っていたが、その様子をおかしく思ったのだろう。
門衛の一人が、声をかけてきた。

「……おい、お前、ユーリッドだろう。団長の息子の」

 頷くべきかどうか迷ったが、マリオスの息子であることは事実なので、こくりと頷く。
すると、門衛は周りを一度見回してから、声を小さくした。

「だったら、早く納屋へ行かんか。他の見習い兵たちは、とっくに集合しているぞ。シドール教官には黙っていてやるから、ほら」

 そう促されて、ユーリッドは、思わずびくりとした。
シドール教官とは、見習い兵や訓練兵の指導を担当している兵士の一人で、兵団一厳しい教官なのだ。
遅刻やさぼりはもちろん、少しでも弱音を吐いたり、不平不満を溢しているところが見つかれば、とんでもない厳罰を処されてしまう。

 かつて、自分も散々しごかれたことを思い出し、息を飲むと、ユーリッドは慌てて訓練場にある納屋へと向かった。



 兵団の一員として、ミストリア城へ来たのは、かなり久々のはずであったが、敷地内の納屋への道程は、驚くほどはっきりと覚えていた。

 道中、十歳の頃はいつも懐に入れてあった、見習い兵の証の記章を胸につけて、教官に見つからないように走る。
そうして、到着した納屋の立て付けの悪い扉を開けると、門衛の言葉通り、中には十数名ほどの見習い兵たちが、揃って甲冑や武具を磨いていた。

「ユーリッド! 何してたんだよ、遅かったじゃないか……!」

「……イーサ……」

 汗臭さと埃っぽさが充満する納屋の中で、声が聞こえてきた方を見ると、同期のイーサが、自らのイタチの尾をぱたぱたと振って、ユーリッドを呼んでいた。

 床に散らばる武具を跨ぎながら、イーサの隣に座ると、目の前に、大量の兜(かぶと)を置かれる。
磨け、という意味なのだろうが、そのあまりの多さに、ユーリッドはイーサを見た。

「ちょっ、ちょっと待て……これ、多くないか……?」

 イーサは、同じく兜を磨きながら、早口で言った。

「何言ってるんだよ! さっき、教官が来たときにな、俺たち『今日も全員揃ってます』って、報告してやったんだぞ。俺たちのお陰で、遅刻がばれなかったんだから、感謝してそれくらいの量は磨け!」

 強く言われて、思わず口を閉じると、イーサ以外の、他の面々からも声が上がった。

「そうだぞ! 遅刻がばれたら、二晩は走り込み確定なんだからな!」

「はは、経験者は語る、ってか?」

「うるせえ!」

 くすくすと笑い、騒がしく話しながら、皆で、ひたすら雑用をこなしていく。
その全員の顔に、それぞれ見覚えがあって、ユーリッドは、彼らの顔を眺めていく内に、なんとも言えない気持ちになった。

(そうだ……俺、昔はこうやって、皆で過ごしてたよな……)

 ミストリア兵団は、十歳から入団することができ、最初の二年間は見習い兵として、十二歳から十五歳までは訓練兵として、日々鍛練に励む。
そして、無事に教官に認められた十六歳以上の者のみが、ようやく、正式に兵士として任務に当たることになるのだ。
故に、ユーリッドたちのような、幼い見習い兵の内は、剣を持たせてもらうこともない。
ただひたすら、武具を整理したり、先輩の兵士たちの昼食を作ったり、洗濯をしたりといった、雑用を課されることになるのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【奇数日更新】 ( No.296 )
日時: 2017/06/25 19:50
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 雑用は、想像以上に重労働で、うっかり手を抜いて教官に罰を与えられた時なんかは、精神的にも肉体的にも、参ってしまう。
時折、耐えられずに兵士になることを諦める者もいたが、それでもユーリッドは、昔から、同期の見習い兵たちと過ごすこの時間が、好きだった。

 毎日、汗臭い防具や、錆と手垢まみれの剣を手入れして、やれ汚いだの臭いだの文句を言いながら、品のない世間話をしては、げらげら笑っていた。

 ただ、仕事中に話しているところなどを教官に見つかれば、全員その場で、こっぴどく叱られるから、皆、教官の足音だけには、常に気を付けていた。

 獣人は、種によって、腕力の強い者、脚力のある者、鋭い爪を持つ者など、それぞれ秀でた特徴を持っていたから、とりわけ耳の良い獣人は、誰よりも早く教官の足音を聞きとって、鬼の到来を皆に知らせるのだ。
そして、教官が近くを通りすぎる時のみ、全員ぴたりと黙って、真面目に労働に勤しんだものである。

 それで、その日一日、無事に教官から大目玉を食らわずに済むと、俺たちも大したものだと調子にのって、また馬鹿笑いしていたのだった。



 武具の手入れを午前中に終わらせると、次は、先輩である訓練兵たちの昼食を、用意しなければならなかった。
用意するのは、大体毎日、大量の米と、適当に切り刻んだ肉や魚、野菜をひたすら煮て作る雑炊である。

 不味いというわけではないが、味気ない上に、明らかに質より量を重視された雑炊。
これは今朝、ユーリッドがマリオスと共に食べた朝食と、よく似ていた。

(多分父さんも、これしか作れなかったんだろうな……)

 そう思うと、少しだけ笑いが込み上げてくる。

 普段剣ばかり握っている兵士たちは、兵団で習慣的に雑炊を作っているせいか、得意料理までいつの間にか雑炊になっているのだ。
飽きるから別の料理も作ろうとは思うのだが、材料が安くてすぐそろう上に、簡単に出来るので、気づけばいつも雑炊ばかり作って食べている。
ユーリッドがそうであるように、きっと、父もそうだったのだろうと思うと、くすぐったい気持ちになった。

 自分は、十歳だった時代に戻ってしまったのだろうか。
何故、どうして──。
そんなことを、悶々と考えていたユーリッドだったが、見習い兵としての一日の仕事を終えた頃には、もう疲れて考えるのをやめていた。

 夕方、それぞれ仕事や訓練を終えた兵士たちが、とぼとぼと帰路につく中。
かつて、十歳だった時の自分がそうだったように、訓練場近くの寮に帰ろうとすると、イーサに声をかけられた。

「あれ、ユーリッド。今日は寮に泊まるのか?」

「……え?」

 まるで、普段は寮にいないじゃないか、とでも言いたげなイーサに、ユーリッドは首をかしげた。

「今日は、って……俺は、寮住まいだろ?」

 イーサは、眉をしかめた。

「はあ? 何言ってるんだよ。寮は、地方から来た奴らが利用してるだけだろう。なんで城下に住んでるユーリッドが、わざわざ寮を使うんだよ」

 変な奴だな、と言って、イーサが笑う。
それに対し、笑みを返すことも出来ず、ユーリッドは黙りこんだ。

 やはり、何か奇妙だ。
確かに、イーサの言う通り、城下暮らしで寮を利用していた者は少なかったが、見習い兵時代のユーリッドは、ずっと寮で生活していたはずなのである。
父は、ミストリア兵団の団長として、日々多忙を極めていたため、家に帰っても自分一人しかいなかったからだ。

 今年十七歳を迎えるはずの自分が、十歳の頃に戻っている。
かといって、自分が十歳だった頃の記憶とは、いくつか違う点がある。
殉職した父、マリオスが生きていて、寮暮らしだったはずが、城下暮らしになっているのだ。

(一体、何が起きてるんだ……? 俺がおかしいのか……?)

 久々に同期だった兵士たちと再会できたおかげか、不思議と、不安や苛立ちは感じていなかったが、考えれば考えるほど、自分の置かれている状況に混乱する。

 そんなことを考えながら、ユーリッドは仕方なく、城下の自宅へと帰ったのであった。


 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.297 )
日時: 2017/06/27 17:57
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 自宅に戻ってから、しばらくして。
夜もどっぷりと更けた頃に、マリオスは帰ってきた。

 剣の鉄臭さと、汗や土埃の臭いを纏って、疲れた様子で部屋に入ってきたマリオスは、それでも、ユーリッドを見ると、にっと笑顔になった。

「ただいま、ユーリッド」

「…………」

 ユーリッドは、何も言わず、マリオスを見つめたまま、その場に立ち尽くした。
しかし、もう驚きはしなかった。
なんとなく、マリオスは帰ってくる気がしていたからだ。

 この世界では、とにかく過去の事実とは違うことが起こる。
ユーリッドの記憶では、城に泊まり込んでばかりだったマリオスも、現に今、家に帰ってきているのだ。

 呆然としているユーリッドの顔を、マリオスは、心配そうに覗きこんだ。

「なんだ、飯も食わないで。俺は帰りが遅いから、先に寝ていいっていつも言ってるだろう。どこか具合でも悪いか? そういやお前、今朝も様子が変だったしなぁ」

 居間の中央にある食卓の椅子に座ると、マリオスが尋ねてくる。
それに、何かを答えようとしたが、言葉が浮かばず、ユーリッドは口を閉じた。

 思えば、こんな風にマリオスと話したことは、なかったかもしれない。
小さな頃から、団長として兵団をまとめあげるマリオスを、誇りに思っていたし、自分もそんな父に憧れて、兵団に入団した。
しかし、常に仕事でミストリア中を駆けずり回っていた父と、会って話す機会などほとんどなかったから、ユーリッドはマリオスのことを、どこか他人のように感じてきたのだ。

 ユーリッドが黙ったままでいると、マリオスは、困ったように笑った。

「別に、何も言いたくないならそれでいいさ。お前にだって、色々あるんだろうしな。だが、俺の聞ける話があるなら、聞くぞ」

「…………」

 そう穏やかな口調で言われて、ユーリッドの胸に、じんわりと暖かいものが広がった。

 幼い頃、街中を楽しげに歩く親子を見ては、少し羨ましく思っていた時の記憶が、ふと甦る。
ミストリア兵団長の息子、という理由で、羨望の眼差しを向けられることも嫌ではなかったが、こうして父と話せる普通の幸せが、本当はずっと欲しかったのかもしれない。

 ユーリッドは、辿々しく、今起きている不可解な状況を、マリオスに説明した。

 どうして、今まで自分がしてきたことを思い出せないのか。
何故自分は、十歳の頃に戻ってしまったのか。
分からないが、今起きていることは、何かおかしい気がするのだと。
そんな漠然とした戸惑いを、ぽつぽつとユーリッドが話すのを、マリオスは神妙な面持ちで聞いていた。
しかし、やがて、ユーリッドが言葉を終えると、ふむ、と唸った。

「気がついたら、急に昔の姿に戻っていた、と……。随分ぶっ飛んだ話だなあ。お前、やっぱり疲れて、変な夢でも見たんじゃないのか?」

「……そんなこと……」

 話を軽んじられているのではと思ったユーリッドだったが、マリオスは、真剣な顔をしていた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.298 )
日時: 2017/06/28 18:36
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: AwgGnLCM)


「本当言うとさ、少し心配だったんだ。お前、最近疲れてるみたいだったし、兵団で無理してるんじゃないかってな」

「兵団で……?」

 驚いて、ユーリッドは瞠目した。
そんな心配をされているなんて、知らなかったからだ。

 マリオスは、深く頷いた。

「母さんが、お前を産んだのと同時に死んで、ずっと俺達二人で暮らしてきただろ。極力寂しい思いをさせないように、なんて俺なりに考えもしてたけど、俺ぁ、仮にもミストリア兵団を背負って立つ身だ。家に戻れない日だってあるし、帰れたって、こうして話せるのは夜中の短い間くらいだ。だからさ、お前が兵団に入団したいって言い出した時、思ったんだ。俺は、お前に兵士になることを強要したつもりはないけど、俺と二人だけのこんな環境で育ったから、お前は、兵士になる以外考えられなかったんじゃないかって。結果的に、兵士になることを強要してたんじゃないか、ってな」

 ゆっくりと語りながら、マリオスは続けた。

「兵士になるってのは、大変なことだ。訓練が辛いとか、まあ、それももちろんだが……。兵士になって、戦場に立つって言うのは、本当に苦しいことなんだ。自分の命が危険なだけじゃない。仲間を目の前で殺されることもあるだろうし、逆に、自分が誰かを殺さなければならないこともある。その誰かが、たとえ善人だったとしても、敵という立場なら斬り捨てなきゃならないんだ。俺は、もう二十年以上兵士をやっているが、初めて獣人を刺した時の感触は、未だに忘れられない。仲間を失う辛さにだって、全く慣れない。いや、慣れちゃいけないと思ってる。何人も斬り殺した夜は、うまく寝付けず、魘(うな)されることだってある。兵士を目指すってことは、そういう厳しい道を歩むってことなんだ」

 自分をまっすぐに見つめてくるマリオスに、ユーリッドは尋ねた。

「……そんなにつらいなら、どうして父さんは、兵士を続けてるんだ?」

 マリオスは、少し困ったように笑った。

「……そうだなぁ。なんでだろうな。でもやっぱり、この国を守りたいんだろう。俺は、大切な奴等やお前との、平穏な暮らしを壊されたくないんだ。それに、ミストリアの民を守護する役目を、召喚師様だけが背負うなんて、おかしいだろ?」

 ユーリッドは、こくりと頷いた。

「……うん。俺も、そう思う」

 マリオスは、表情を明るくした。

「そうか……お前も、そう思うか。だったら俺は、それで十分だよ」

 嬉しそうに笑って、マリオスは言った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.299 )
日時: 2017/06/29 18:15
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: as61U3WB)



「お前が、そう思える奴に育ってくれたなら、それで十分なんだ。別に、俺と同じ道を歩んでくれなくたって、いい。つらいなら、兵団をやめたっていいんだ。お前はまだ子供なんだから、これから色んなものを見て、考えて、それから将来どうするか、決めていけばいい。お前の人生だ。お前の夢なら、俺は全力で応援するんだからな」

 その言葉に、思いがけず目頭が熱くなって、ユーリッドは慌てて息を吸い込んだ。
しかし、止める間もなく、涙が次々溢れてくる。

 マリオスは、驚いたように目を見開いた。

「おいおい、なんだよ。泣くなよ、ユーリッド」

 そう言いながらも、無骨な手で、くしゃくしゃと頭を撫でてくれる。

 ユーリッドはうつむいて、首を左右に振った。

「違う、違うよ……父さん。俺は……」

 震える声を絞り出して、なんとか言葉を紡ぐ。

「俺は……ちゃんと、自分の意思で、兵士になりたいと思ったんだ。ずっと、父さんに憧れてて、誇りに思ってて……だから、兵士を目指したんだ。ミストリアは、召喚師だけの国じゃない。だから、俺も召喚師の助けになりたい……。守りたいんだ、ファフリのこと……」

 マリオスは、一瞬だけユーリッドの頭から手を離したが、すぐにまた手を置いた。
涙で霞んだ視界では、その表情ははっきりとは分からなかったが、マリオスは、笑っているようだった。

「そうか、ユーリッド。お前は、俺の自慢の息子だよ」

 止めようと思うのに、涙が止まらなかった。
ユーリッドは、しゃくりあげながら、何度も何度も頷いた。

「……ありがとう、父さん」

 父の本音を聞いたのは、初めてだった。
自分の記憶の中にある、十歳の頃の思い出に、父としてのマリオスはほとんどいない。
マリオスが、自分のことをどんな風に思っていたのか、知ることができて、ユーリッドの心は、これまでにないくらい満たされていた。

(……きっと、俺は悪い夢を見てたんだ)

 今思えば、この瞬間を疑っていた自分の方が、おかしかったのだ。
目の前にいるのに、父が死んだはずだなんてあり得ない話だし、自分は今年で十七歳だなんていうのも、きっと夢だったのだ。

 何かを思い出そうとすれば、頭が痛くなる。
思い出したくない。
怖い、嫌だと、心が叫んでいる。
だから、やっぱり自分は、夢を見ていたに違いない。
恐ろしいものに追われているような、そんなつらくて苦しい、悪夢を。

 今が幸せなのに、どうしてわざわざ、そんな悪夢を思い出そうとしていたのだろう。
自分はユーリッドという名の、今年十歳を迎えた見習い兵で、父と二人暮らしをしている。
それが、現実のユーリッドなのだ。

 ユーリッドは、目を拭って顔をあげた。

「……ありがとう」

 それしか言う言葉は浮かばなかったが、一番マリオスに伝えたかった言葉は、やはり感謝だった。
マリオスは、屈託なく笑うと、大きく頷いたのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.300 )
日時: 2017/06/30 19:32
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 マリオスは心配していたようだったが、見習い兵としての生活は、ユーリッドにとって、本当に楽しいと思えるものだった。
もちろん、教官にしごかれるのは怖いし、毎日のように地味で疲れる雑用をこなさなければならないのは、正直嫌気が差すこともある。
だが、それ以上に、同期の仲間たちと話したり、ふざけたりするのは面白かったし、マリオスが帰ってきた夜には、そんな同期たちとの下らないやりとりを、父に話したりできるのも、とても嬉しかった。

 初めて経験するはずのことに、何故か見覚えがあったり、そういう奇妙な違和感を感じることもあった。
しかし、どれもこれも、悪夢のせいだと思いながら、一日一日を過ごしていく内に、いつの間にか、日々に感じる疑問を気にしなくなっていた。

 そんな、ある日。
マリオスの登城後に、ミストリア城へと向かうと、兵団の共用の炊事場で、普段寮で暮らしている、イーサたち同期の見習い兵に会った。

「ん? ユーリッド、お前、なんでいるんだよ。今日は休みだぞ」

「御前会議で、皆出払ってるからなぁ」

 そう言われて、ユーリッドは、ああ、と声をあげた。
なんとなく習慣的に登城してしまったが、思えば、今日は月に一度の御前会議が行われる日だ。
兵団の重役たちも当然召集されてしまうため、この日だけは、訓練兵や見習い兵たちにも、休暇が与えられるのであった。

 何故そんなことを忘れていたのだろう、と思い悩むユーリッドであったが、ふと、目の前のイーサがにやにやと笑っていることに気がついて、思わず後ずさった。
イーサは、腰かけていた手洗い場の縁からぴょんと飛び降りると、ユーリッドの首に手を回した。

「察しが悪いなぁ、二人とも。ユーリッドは、御前会議の日は、愛しの次期召喚師様に会いに行くんだよ」

「い、愛しの!?」

 突然のイーサの発言に、ユーリッドが目を剥く。
次期召喚師といえば、ファフリのことだろうが、もちろん、ユーリッドとファフリはただの友達同士だ。
愛しの、だなんて付けられるような間柄ではない。

 しかし、慌てるユーリッドを面白がるように、他の同期たち二人も、すぐに薄笑いを浮かべた。

「ははぁ、なるほど。そりゃあ、引き留めて悪かったなぁ、ユーリッド」

「さっさと行ってやれよ。お姫様、きっと待ってるぜ」

 わざとらしい口調で、二人がユーリッドをからかう。
ユーリッドは、ぶんぶんと首を振った。

「ばっ、別に俺とファフリは、そんな関係じゃ──」

「隠すなよ、水臭い。いいじゃんか、次期召喚師様に会うのを許されてるなんてさ。流石、マリオス団長の息子様は違うよなー」

「だから違うって!」

 必死に否定するも、イーサは相変わらずのにやにや顔で、ユーリッドのこめかみをぐりぐりと拳で押してくる。
他の二人も、実に楽しげにその様を見て、笑っていた。

 確かにユーリッドは、御前会議の日になると、ファフリに会いに行くことが多かった。
一介の見習い兵に過ぎないユーリッドが、次期召喚師に謁見するなど、本来ならば許されないことだ。
しかし、城の者達も、日頃一人きりで過ごすことが多いファフリには、同世代の話し相手が必要だと思ったのだろう。
ミストリア兵団長の息子という肩書きも手伝ってか、ユーリッドだけは、ファフリに会いに行っても、見逃されているようだった。

 自分を押さえ込んでくるイーサを振り払って、ユーリッドは、痛むこめかみを擦りながら言った。

「全く……何を勘違いしてるのか知らないけど、俺とファフリは友達だって言ってるだろ。会いたいなら、お前達も会いに行こう。きっと、ファフリは喜ぶよ」

 ユーリッドは、大真面目に言ったつもりであったが、イーサたちは、ますます笑みを深めるだけであった。

「いやぁ、熱い二人の邪魔をするなんて野暮はしないよ。なあ?」

「そうそう! 俺たちのことは気にせず、いってこいって!」

 尚も茶化してくる同期たちに、言い返す気力もなくなってくる。
本気で言い返せば言い返すほど、彼らのからかいの的になってしまうだろう。

 ユーリッドは、やれやれとため息をつくと、囃し立てる同期たちの声を背に、その場を去ったのであった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.301 )
日時: 2017/07/01 18:14
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 正式に召喚師として即位するまでは、公に姿を出すことはない。
そんな次期召喚師、ファフリと出会ったのは、ユーリッドが六歳の頃だった。

 当時は、城に行ったことなどなかったユーリッドであったが、一度だけ、ミストリア兵団長の親族として、召喚師リークスに晩餐に招かれたことがあったのだ。
その際、晩餐が始まるまでの時間、他の使用人の子供たちと庭園で遊んでいた時。
離れの塔からこちらを見るファフリに気づいて、ユーリッドが声をかけたことが、きっかけだった。

 戸惑うファフリを遊びに誘って、初めて塔から連れ出したときは、当然、他の家臣たちにひどく叱られた。
そして、二度とこのような真似はするなと、何度も釘を刺された。

 だが聞けば、ファフリは就寝するとき以外、ずっとこの塔に籠って、勉強やら魔術の練習やらをさせられているらしい。
外出が許されるのも、年に数日だけで、もちろん、同年代の友人と話したこともない。
だから、こんな風に遊んだのは初めてで、とても楽しかった。
ありがとう、そう言って、再び塔に連れ戻されていくファフリの寂しそうな笑顔が、ユーリッドは忘れられなかった。

 数日経ってから、御前会議のために登城するマリオスに着いて、ユーリッドは、再度城を訪れた。
前に遊んだ使用人の子の手拭いを借りて、そのまま持って帰ってきてしまったから、返したい。
そんな嘘をついて、またファフリに会いに行ったのだ。

 家臣に見つかれば、怒鳴られるのは分かっていたが、ファフリの日頃な窮屈を生活を思うと、いてもたってもいられなかった。
別に、自分にできることはないが、もし一瞬でも会えたら、「頑張れよ、きっとまた遊ぼうな」、その一言だけでも伝えて、元気付けてあげたい。
そんな思いで、ユーリッドはこっそりとファフリのいる塔へと忍び込んだ。

 しかし、すぐ捕まるだろうというユーリッドの予想に反して、ファフリとは、案外すんなり会えた。
しかも、塔の見張りを行っていた兵に見つかったときも、「塔からは出るなよ」と一言注意されただけで、ファフリと引き離されるようなことはなかった。

 今思えば、その時すでに、マリオスが家臣たちに口添えしてくれていたのだろう。
だが、六歳だったユーリッドは、とりあえずよく分からないが、自分とファフリは会うことを許されたらしいと喜んで、それ以来、御前会議のある日には、ファフリを訪ねるようになった。

 訪ねるといっても、塔から出ることは許されていないから、ほんの数刻、他愛もない話をするだけである。
それでも、ファフリには良い気晴らしになっていたようだし、ユーリッド自身も、ファフリに会いに行くことは楽しみになっていた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.302 )
日時: 2017/08/15 23:10
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 この習慣は、ユーリッドが十歳になり、見習い兵として兵団に入団した今も健在で、今日のように御前会議がある日には、ユーリッドは、ファフリに会いに行っていた。

 いつも通り、城の離れにある塔に行き、今や顔を見るだけで通してくれるようになった、見張りの兵たちにも挨拶をする。
そして、塔の一室の扉を叩くと、案の定、ファフリは勢いよく扉をあけた。

「ユーリッド! おはよう!」

 ばっと飛び出してきたファフリが、ユーリッドに抱きつく。
それを受け止めてから、ファフリの明るい笑顔にほっとしつつ、ユーリッドも笑みを向けた。

「おはよう、ファフリ。元気だったか?」

「うん! ユーリッド、会いに来てくれて嬉しい!」

 そう言って、抱きついた腕にぎゅっと力を込めてから、ファフリはユーリッドから離れた。
いつもなら、「俺も嬉しい」と返すところだが、先程イーサたちに、愛しの次期召喚師様だなんだとからかわれたばかりだ。
別にやましいことなど何もないが、妙な気恥ずかしさが込み上げてきて、ユーリッドは返事ができなかった。

「今日は、何してたんだ?」

 ファフリの部屋に入り、分厚い絨毯の上に胡座をかくと、ユーリッドは尋ねた。

 室内には、沢山の魔導書やら教本やらを溜め込んだ大きな本棚と、ファフリの勉強机しかない。
遊び道具など一つもないので、ユーリッドは、ここにくると、とりあえず絨毯の上に腰を下ろして、ファフリの話を聞いたり、逆に、ユーリッドから巷(ちまた)の話題を、ファフリに話して聞かせたりした。

 ファフリは、勉強机の椅子に座ると、机に置いてあった一冊の本をとって、ユーリッドに見せた。

「今日はね、朝のお祈りを済ませた後、ずっとこの絵本を読んでたの。この前、お父様に頂いたのよ」

「お父様……って、リークス王に?」

 嬉しそうに父親の話をするファフリの姿に、妙な違和感を感じて、ユーリッドは眉を寄せた。
何故違和感を感じたのかは、分からない。
だが、この違和感は、マリオスが生きていることを信じられなかった、あの時に感じた違和感によく似ていた。

「ファフリ、国王様と、そんなに仲良かったっけ?」

 思わず問いかけると、ファフリは、不思議そうに首をかしげた。

「当たり前じゃない。だって親子だもの。私、お父様のこと大好きよ」

「……。そっか……」

 胸の中で、何かがざわりと音を立てる。
しかし、折角ファフリが楽しそうに話しているのに、それをわざわざ遮る必要はないと、ユーリッドは、わき上がる違和感を振り払った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.303 )
日時: 2017/07/03 18:56
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「それで、その絵本は、どんな話なんだ?」

 話を変えて、ファフリに聞くと、ファフリはにこりと笑って、ユーリッドの隣に腰かけた。

「魚人族の女の子が、地上に住む獣人に恋をしてしまうお話なの。すごく、ロマンチックでしょう?」

 ファフリはそう言って、物語の世界観に浸るように、絵本をぎゅっと抱き締める。
ユーリッドは、へえ、と相槌を打つと、人魚の描かれた絵本の表紙を見た。

「でも魚人族じゃ、地上には出られないだろう? 恋するって言っても、相手と話したり、一緒にいたりすることはできないんじゃないのか?」

 ファフリは、こくりと頷いた。

「そう、そうなの。だからね、この魚人族の女の子は、不思議な薬の力で、地上を歩ける二本の脚を手にいれるのよ。それで、相手の獣人と、恋人同士になるの。でもその薬の効力は、一日しか持たなくて、最終的に女の子は、海の泡になって、消えちゃうんだ」

「ええ? なんかすごい悲しい話だな……」

 怪訝そうに言ったユーリッドに、ファフリは、くすりと笑った。

「うん。……私もね、最初はそう思って、なんだか悲しい気持ちになったわ。でもこの物語は、きっとこの主人公の夢のお話なんだわって考えるようにしたら、素敵な物語だって思えるようになったの」

「夢……?」

 聞き返したユーリッドに、ファフリは首肯した。

「そう、夢。この物語は、地上に憧れていた主人公が見た、夢のお話だったのよ。夢の中で主人公は、地上の男の子に恋をして、恋人になって……。でも夢は、結局夢でしかないから、最終的には泡のように消えて、目が覚めてしまうの。起きたら主人公は、いつもの寝台の上で、ああ、素敵な夢を見たなって、ため息をつくんだわ」

 ファフリは、本を抱えたまま立ち上がると、塔の窓を開けて、外の景色を眺めた。

「私も時々、城の外を自由に出歩く夢を見るわ。広い空とか海を見て、お父様やお母様と、綺麗ねってお話しながら、街でお買い物したりするの」

「…………」

「でも、楽しい夢ほどあっさり終わってしまうから、朝になったら寝台の上で、ああ、幸せな夢だったなって、思い起こすのよ」

 ぼんやりと窓の外を眺めながら、静かに話すファフリを見て、ユーリッドは、ぽつりと言った。

「……海、見に行こうか」

「え……?」

 ファフリが瞠目して、ユーリッドを振り返る。
ユーリッドは、立ち上がってファフリの隣に並ぶと、窓の外を見回した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.304 )
日時: 2017/07/04 18:20
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「海辺に行くのは無理だけど、ノーレントからだって、遠目に海を見ることはできるよ。本物、見たことないだろ? 今から見に行こうぜ」

 ファフリは、慌てたように首を振った。

「む、無理だよ……。塔から出ちゃいけないって言われてるし……。もし衛兵の獣人(ひと)達に見つかったら、ユーリッド、また叱られちゃうよ」

「俺は別に平気だよ。普段からよく怒られてるし。それにほら、見張りがいる反対側の、この窓から木を伝って飛び降りて、城壁のあそこ! 物見の塔の屋根まで登れば、ノーレントの西側に、海が見えると思うんだ」

 ユーリッドが指差した先には、眺望のために設けられた、物見の塔が高く聳え立っている。
つまりユーリッドは、衛兵たちに見つからないように、まずこの塔の窓から木を伝って庭に降り、それから城壁に沿って物見の塔に侵入し、階段を上がり、衛兵がいる最上階は避けて、その一つ下の上層階の窓から、屋根によじ登ろうと言うのだ。

 ファフリは、ユーリッドの示す道程を確認しながら、再び首を振った。

「でも私……あんなに高いところ、登れないよ」

「そんなの心配しなくても、連れていってやるよ。俺、ああいうの得意だから!」

 意気揚々と言うと、ユーリッドは、直後、何の躊躇いもなく窓から飛び降りた。

「ユーリッド……!」

 驚いたファフリは、はっと息を飲んで、慌てて窓から下を見た。
しかし、そんな心配などよそに、ユーリッドは、塔の真下に伸びている大木の太い枝に、器用にぶら下がっている。
一度ファフリに笑顔を向けてから、ユーリッドは身体を揺らして、太い幹に飛び移ると、両手両足を使って、あっという間に地面まで降りてしまった。

 ユーリッドは、身体についた汚れを軽く払うと、周囲に衛兵たちがいないことを確認した。
そして、呆然とこちらを見ているファフリに向けて、ぱっと両手を広げた。

「降りてこいよ、ファフリ! 俺が受け止めるから、ほら!」

 ぎりぎり届くくらいの、小さな声で言う。
するとファフリは、びっくりしたように目を見開いて、不安げに眉を下げた。

「で、出来ないよ……私、こんな高さから飛び降りるなんて、したことないもの……」

 怯えた様子で言うファフリに、ユーリッドは笑顔で答えた。

「大丈夫、怖くないって。絶対に俺が受け止めるから、信じて!」

「…………」

 ファフリは、しばらく戸惑ったように、ユーリッドと地面を見つめていた。
しかし、やがて小さく頷くと、絵本を机に置いて、ゆっくりと窓枠に足をかけた。

 その体勢になって、再び決心が鈍ったのか、ファフリはまた動かなくなった。
だが、すぐに全身に力を込めると、思いきって、窓枠を蹴った。

 ファフリが落下する位置目掛けて、ユーリッドが、手を伸ばす。
その手を掴んで、ファフリは、塔の中から飛び出した。


Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.305 )
日時: 2017/07/05 18:53
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 衛兵たちに見つからないように、物見の塔へと進入して、階段を上がっていく。
忍び足で歩いているつもりでも、塔内で反響する自分達の足音は、とても大きなものに聞こえた。

「よし、ここの窓から、屋根に登ろう」

 螺旋階段の途中にあった窓を指差して、ユーリッドが小声で言う。
更に階段を登れば、物見をしている見張りの衛兵に見つかってしまうから、屋根まで出るとしたらこの窓しかない。

 ユーリッドは、両手をこすり合わせると、ひょいっと窓をくぐって、外に身を乗り出した。
それから、窓枠を踏み台に、高く飛び上がって、瓦を掴んで屋根までよじ登る。
流れるような速さで目的を達成したユーリッドに、ファフリは、驚きを隠せなかった。

「はい。引っ張りあげるから、手出して」

「う、うん……」

 続いて、ユーリッドが屋根の上から手を伸ばすと、ファフリは、その腕を両手でぎゅっと握った。
返事は躊躇いがちであったが、一度、塔から飛び降りるという荒業を乗り越えたお陰だろう。
海が見たい気持ちもあって、ユーリッドの手を掴んだファフリに、怖がっている様子はなかった。

「わ、高い、ユーリッド……」

 ぐいっと力強く引っ張りあげられて、ファフリは、おずおずと屋根の上に足を下ろした。
瓦葺きのため、滑るようなことはないが、屋根の上なので、当然足元が斜めっている。
おまけに、少し風が吹くだけで、煽られて落ちてしまうような気がした。

「大丈夫か? 怖かったら掴まれよ」

「うん、ありがとう……」

 そうお礼を言いながら、ファフリはしばらく、ユーリッドにしがみついて、安定する足場を探していた。
そうして、ようやくファフリが、自力で立てそうな立ち位置を見つけた頃に、ユーリッドが西側を示して、口を開いた。

「ほら、見てみろよ。ノーレントの向こう、あそこが港町フェールンドだ」

 ユーリッドの手を握ったまま、ファフリが顔をあげる。
日が傾きかけた、橙の空を見上げて、ファフリは息を飲んだ。

「それで、そのフェールンドの更に向こうに見えるのが、全部──」

「海──……」

 ファフリは、大きく開いた目で、ユーリッドの指す方を見つめた。

 高い高い城壁の外に広がる、賑やかな町並み。
沈み行く太陽に照らされて、茜色に染まる家々。
そして、夕陽を反射して輝く海は、どこまでも雄大で、見たことがないほどに美しかった。

「…………」

「……ファフリ?」

 黙りこんでしまったことを不思議に思い、ユーリッドは、ファフリの顔を覗きこんだ。
そして、瞠目した。
ファフリは、目を見開いたまま、涙を流していたのだ。

「えっ、あ、どうし……」

 狼狽えて問いかけると、ファフリは、こぼれた涙をぬぐうこともせず、笑みを浮かべた。

「──ありがとう、ユーリッド」

 夕陽を浴びて、ファフリの濡れた瞳も、きらりと輝く。
その笑顔に、思わずどきりとして、ユーリッドはファフリを見つめた。

「私、今日のこと、一生忘れない。本当にありがとう」

 ファフリは、ユーリッドと繋いでいる手に、力を込めた。

「すごく綺麗……。たとえ夢だったとしても、この景色が見れて、良かった……」

「え……夢、って……?」

 ファフリの言葉に、疑問を投げかけた、その時だった。

「こらぁ! そこで何してる!」

 下の方から、男の怒鳴り声が聞こえてきて、二人ははっと振り向いた。
すると、ユーリッドたちが出入りに使った窓から、衛兵の一人が真っ赤な顔でこちらを睨んでいる。

「うげっ、衛兵……!」

 思わず後ずさったユーリッドは、その拍子に、瓦を踏み外して、屋根の上から滑り落ちた。

「ユーリッド!」

 咄嗟にユーリッドを掴もうとしたファフリの手も、虚しく空回り。
ユーリッドは、そのまま物見の塔から、落下していったのであった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.306 )
日時: 2017/11/20 01:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 衛兵に捕まり、離れの塔へと戻ると、ファフリの乳母メリルが、すごい剣幕で立ちはだかっていた。

「物見の塔の屋根に登るなんて、一体何を考えているんです!」

 鋭い声で叱られて、ユーリッドとファフリは、大人しく正座をした。
先程塔から落下したユーリッドは、受け身をとった拍子に左腕を擦りむいていたが、今は、その治療をしている場合ではない。

 ファフリは、慌ててメリルに言った。

「あ、あの、違うの! 絵本の話をしていて、それで、私が海を見たがったから、ユーリッドはそれを叶えようとしてくれただけで……」

 そのファフリの言葉に、咄嗟にユーリッドも口を挟んだ。

「いや、俺が行こうって誘ったんです。ファフリは躊躇ってたんですけど、俺が、大丈夫だからって言って──」

「お二人とも悪いのですから、かばい合いなどしても無駄です」

「……ご、ごめんなさい……」

 メリルの容赦ない一言に、二人同時に謝罪する。
メリルは、縮こまっているユーリッドとファフリを見下ろして、大きくため息をついた。

「大体、この塔の入り口には衛兵がいたはずでしょう。一体どうやって抜け出したんだか……」

 そう言ってから、窓の外をちらりと見て、メリルはかっと目を見開いた。
そして、もはや怒りで裏返ったような声を出すと、ユーリッドとファフリを交互に見た。

「まさか、窓から飛び降りたんじゃないでしょうね!?」

「…………」

 ユーリッドが、気まずそうに口ごもる。
その沈黙を肯定ととったのか、メリルは、悩ましげに額に手を当てた。

「ああ、なんてこと……信じられない。そんなことをして、もし次期召喚師様がお怪我をしたら、どうするつもりだったのです!? 誇り高きマリオス様のご子息が、聞いて呆れます!」

「……すみません……」

 一通りユーリッドを叱りつけると、メリルの怒りの矛先は、今度はファフリに向かった。

「姫様も、召喚師一族であることを自覚なさって下さい! 無断で塔から抜け出そうなんて、許されることではありませんよ。それくらい、お分かりでしょう?」

「はい……ごめんなさい」

 メリルは、呆れ顔で二人を睨んだ。

「今回は大事にはなりませんでしたから、特別に許しますが、二度とこんなことはなさらないように。もし次、また勝手に塔から抜け出すようなことがあれば、お二人が会うことも一切禁止にしますからね。良いですか?」

「……はい」

 二人が、口を揃えて返事をしたのを聞くと、メリルは、やれやれといった様子で部屋を出ていった。



 メリルがいなくなり、再び二人きりになると、ユーリッドとファフリは、顔を見合わせた。
ひどく叱られた後だったが、不思議と、穏やかな気持ちである。

「……ごめん、結局ばれちゃったな」

 ファフリは微笑んで、首を横に振った。

「ううん、すごく嬉しかったよ」

 ユーリッドは、ファフリの顔をじっと見つめて、ぱっと立ち上がった。

「……楽しかったなら、またどこでも連れてってやるよ。もしかしたら、見つかって叱られるかもしれないけど、それでもファフリの気晴らしになるなら、俺はどこにでも付き合うよ」

 ファフリは、驚いたようにユーリッドを見た。
それから、つかの間沈黙して、静かに言った。

「ありがとう……。でも私、ユーリッドと会うの禁止されちゃう方が嫌だから、もう大丈夫」

「そうか……?」

 表情を曇らせたユーリッドに、ファフリはにこりと笑った。

「うん。確かに、ちょっと窮屈だなって思うときはあるけど、今の生活が、嫌な訳じゃないから」

 ファフリは、穏やかな声で続けた。

「……お父様やお母様がいて、ユーリッドがこうして会いに来てくれて、毎日、平和に暮らしていられる……。私は、それだけで、十分だから」

 そう告げたファフリの横顔が、一瞬陰ったような気がして、ユーリッドの胸に、何か冷たいものが触れた。

(……ああ、まただ。また、この違和感)

 黙りこんだユーリッドの手を握って、ファフリは再度笑顔になった。

「また、遊びに来てね。外に出ないで、塔の中でお話できるだけでも、私は幸せだよ」

「…………」

 ユーリッドは、腑に落ちない様子で、頷くこともせず、ファフリの手を握り返したのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.307 )
日時: 2017/07/07 18:46
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 1Fvr9aUF)


「だっはははっ! それでお前、屋根から落ちて、腕擦りむいたのか!」

「わ、笑うなよ……」

 自宅に戻ってから、今日あった出来事を父に話すと、マリオスは、ファフリを連れ出したことを叱るどころか、大爆笑していた。
ユーリッド自身、叱られないだろうと思って話したのだから、予想通りと言えば予想通りなのだが、まさかここまで笑われるとは思わなかったので、いまいちばつが悪い。

 マリオスは、笑いすぎて口から噴き出した米粒を、台拭きで拭いながら、ユーリッドに言った。

「いやぁ、だってお前、それだけ大見得切って姫様連れ出したくせに、結局衛兵に見つかって、挙げ句屋根から落ちるとか……! 格好悪いなー!」

 未だに笑いが堪えきれてないマリオスに、ユーリッドは顔をしかめた。

「うるさいな! 別に格好つけるつもりで連れ出したんじゃねえし!」

 そう言って、唇を尖らせる。

「俺はただ……四六時中あんな塔の中で過ごしてるなんて、絶対に息が詰まるだろうって思っただけだよ。よくファフリが、ぼんやり外を眺めてることも知ってるし、少しの時間でも、外の景色を見せてあげたら喜ぶかなって、そう思って……」

 言いづらそうに述べたユーリッドに、マリオスは、苦笑した。

「そうか……。まあ、そうだよなぁ。決して、自由な生活とは言えないよな」

 ユーリッドは、深く頷いて、怒ったように言った。

「そうだよ。あんなの、ファフリが可哀想だ。いくら次期召喚師だからって、ああやって何もかも禁止するような生活を強いるなんて、まるで投獄された罪人じゃないか。前に塔から抜け出した時だって──」

 そこまで言って、ユーリッドは、はっと口を閉じた。

(前に、塔から抜け出した……?)
 
 出会った日を除いて、ファフリを外に連れ出したのは、今日が初めてだったはずだ。
それなのに何故、前にも抜け出したなんて発言をしたのだろうか。

 自らの言葉に、自分で驚いているユーリッドに対し、マリオスも同じ疑問を感じたのか、顔をしかめた。

「前にって、お前、以前も無断で姫様連れ出したのか?」

「……い、いや……そうじゃないよ。言葉、間違えただけ……」

 どこか困惑したように否定するユーリッドを、マリオスは、訝しむように見つめた。
しかし、やがてふうっと息を吐くと、空になった食器を重ねながら、言った。

「まあ、お前の気持ちも分かる。分かるけどさ、今日限り、もう姫様を連れ出すのはやめとけ」

「…………」

 ユーリッドが眉を寄せて、顔をあげる。
マリオスは、そんなユーリッドに苦笑いすると、諭すように述べた。

「そりゃあ、姫様だって、好き勝手色んなところに行ってみたいだろうさ。でもな、彼女には、次期召喚師としての立場ってもんがあるんだよ。沢山のことを我慢して、自分の役目を全うしようとしてる姫様を、わざわざ連れ回そうなんて、そんなのお前の我が儘だろ。それにもし、本当に姫様に何かあったら、お前、責任取れねえだろうが。な?」

「……それは、そうだけど」

 浮かない表情のユーリッドを見て、マリオスは、呆れたように笑った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.308 )
日時: 2017/07/08 18:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: z6zuk1Ot)


「納得はできないかもしれんが、いつか、分かる日が来るさ。お前みたいに、真剣に悩んでくれる奴がいるってだけで、姫様もきっと嬉しく思ってるだろ」
 
「…………」

 ユーリッドは返事をしなかったが、マリオスは、もう何も言わなかった。
しつこく言ったところで、無駄なことは明白であったし、自由のないファフリの生活に疑問を持ってしまうのは、マリオスも同じだったからだ。

 また、ユーリッドも、マリオスの意見が正論であることは分かっていたので、これ以上反論しようという気はなかった。

 マリオスは、一通り食卓を片付けると、まるで何かのついでのように、さらりと次の話を切り出した。

「そういや、話は変わるんだが、最近陛下が、隣のスヴェトランに目をつけていてな。近々、本格的に出兵することになりそうなんだ。それで、今日の御前会議で決まったんだが……俺も、スヴェトランまで遠征することになった」

「え……」

 ユーリッドは、マリオスを見つめたまま、硬直した。

(スヴェ、トランって……)

 身体がすうっと冷たくなって、鼓動がどくどくと加速し始める。
これまでも、父が遠征に出ることくらい、しょっちょうあったが、スヴェトランという言葉は、ユーリッドの頭の中に不気味な響きを残した。

「俺がいねえ間は、いつも通り寮で寝泊まりしてくれ。遠征っつっても、今回はすぐ隣だし、スヴェトランがうまくこちらの言い分を飲んでくれりゃあ……」

「駄目だ!」

 ユーリッドは、勢いよく食卓から立つと、真っ青な顔でマリオスを見た。

「スヴェトランは駄目だ……! 行かないで、父さん」

 マリオスが、驚いたようにユーリッドを見上げる。

「……どうした? そんな心配すんなって。スヴェトランは広い街ではあるが、大した軍事力は持っちゃいねえ。ノーレントとの戦力差は明らかだ。遠征したところで、多分戦にも発展しな──」

「そう言って死んだくせにっ!」

 マリオスの言葉を遮って、ユーリッドは大声で叫んだ。
これには、流石のマリオスも動揺したらしく、口を閉じる。

 ユーリッドは、自分でもなぜこんなに感情的になったのか理解できず、震える拳を握って、唇を噛んだ。

 しん、と静まり返った部屋の中で、沈黙を破ったのは、マリオスだった。

「……死んだって、俺がか? ユーリッド、お前、この前もそんなようなこと言ってたが、一体どういう……」

 マリオスが、真剣な面持ちで尋ねてくる。
ユーリッドは、どう答えて良いか分からず、そのまま黙り続けていた。

 一体どういうことなのか。
そんなこと、自分でも分からなかった。

 どれもこれも、悪夢のせいだ。
忘れよう、忘れようとそう思っているのに、時折妙な違和感が、頭の中を支配してくる。
父マリオスと過ごし、同期の兵士たちと仕事に励み、ファフリの笑顔を見て、笑いあって、そんな当たり前のような日常を、何かが違うと訴えかけてくる。

 息が、うまく吸えなかった。
浅く呼吸を繰り返しながら、ユーリッドは、込み上げてくる感情を抑えて、マリオスを見た。

「……ごめん、俺、もう寝る。頭冷やすよ」

 マリオスが、心配そうにこちらを見る。
ユーリッドは、そのまま背を向けると、寝室の方に歩し出した。

「変なこと言い出して、ごめん。遠征、頑張って」

 それだけ言うと、逃げるように寝室に入って、毛布にくるまった。
その後も、マリオスがこちらの様子を伺って、ユーリッドの寝室に入ってきていたことには気づいていたが、寝たふりをして、ユーリッドはずっと毛布の中に閉じ籠っていた。

 明日になって、気分が落ち着いたら、笑顔でおはようと言おう。
そして、もう一度謝って、マリオスが心配事なく遠征に出られるように、見送るのだ。

 そう決めていたのに、翌朝、ユーリッドが起床した頃には、もうマリオスは登城していた。
遠征前で忙しいのだろうと、その日は、夜遅くまで父の帰りを待っていたが、マリオスは、結局帰ってこなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.309 )
日時: 2017/08/15 23:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 よく晴れた昼の日射しを浴びて、王都ノーレントの中央通りでは、道行く獣人たちが盛んに歓声をあげていた。
皆、隣街スヴェトランに遠征する兵士たちの行進を、一目見ようと集まっているのだ。

 一通り午前の業務を終えた見習い兵たちも、いずれ自分もあのような兵士になるのかと、夢を抱きながら見物に集まっている。
ユーリッドも、イーサに連れられて、この獣人の波の中に紛れていた。

「うわぁ、こりゃあ全然見えねえな。図体でかいやつは、後ろに行けっての!」

 そんな文句を言いながら、イーサがユーリッドの方を振り返る。
ユーリッドは、そうだな、とだけ答えて、ぼんやりとひしめく獣人たちを見つめていた。

 結局、スヴェトランに行くなと告げたあの日から、マリオスは一度も、家に帰ってこなかった。
あれから三日経った今日、兵団がスヴェトランに向かうというのも、人伝に知っただけである。
いってらっしゃいの一言でいいから、父に伝えたいと思ったのだが、この見物人の多さでは、マリオスの目にとまることも難しいだろう。

 半ば諦めながら、なんとか前の方に行こうとするイーサを見守っていると、ふと、どこからか声が上がった。

「おい、来るぞ!」

 その叫びに、獣人たちの波が大きく動く。
同時に、ゴーン、ゴーンという鐘の音が響いて、城門が開いたかと思うと、ミストリア兵団の兵士たちが、足並みを揃えて中央通りを進み始めた。

 わぁっと獣人たちが歓声をあげ、それぞれ手を振ったり、兵団の紋章が刺繍された旗を振ったりしている。
中には、行進する兵士の中に親族がいるのか、名前を呼んでいる者もいた。

「おいユーリッド! ほら見ろよ! 先頭に、お前の父ちゃんいるぞ!」

 興奮のあまり、イーサがユーリッドの頭をばしばしと叩く。
ユーリッドは、必死に背伸びをして、なんとか獣人たちの頭と頭の隙間から、兵士たちの先頭を捉えた。

 背後に歩兵を引き連れ、馬に乗ったマリオスが、ゆっくりと大通りを進んでいく。
その隣には、ミストリア兵団の副団長である鳥人、アドラも並んで、馬に跨がっていた。

「すっげえ! 俺、団長と副団長が並んでるところ、初めて見た! かっこいいなぁ!」

 目をきらきらと輝かせ、イーサが食い入るように馬上の二人を見つめる。
しかし、ユーリッドはその瞬間、心臓を掴まれたような衝撃を感じた。

(やっぱり、おかしい……)

 身体の内側から、もやもやとしたどす黒いものが溢れてくる。
同時に、激しい頭痛と目眩を感じて、ユーリッドはその場でうずくまった。

「おい、どうしたんだ?」

 気づいたイーサが、声をかけてきたが、それに答える余裕はない。
どんどんと遠くなっていく周囲の喧騒を聞きながら、ユーリッドは、呻いて目をつぶった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.310 )
日時: 2017/07/10 18:52
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 4V2YWQBF)


(ここは、どこだ……?)

 マリオスがいて、アドラがいる。
ファフリが笑っていて、自分は、ミストリア兵団の見習い兵で──。
ここが、本当に自分の居場所だっただろうか。

 込み上げてくる吐き気を、必死になって堪える。
すると、不意に脳裏に、墓標の前に佇(たたず)む自分の姿が映った。

(墓……? あれ、は……)

 兵団が建てた豪勢な墓は、どこか近寄りがたくて。
それとは別に、太い枝を十字に組んで作った、自作の墓標。
そこに埋められるものは何もなかったけれど、その墓標に向かって話しかけたとき、自分は初めて、父とふれ合えたような気がした。

 その墓標に自分で彫った、マリオスの名前がはっきりと記憶に蘇った瞬間。
ユーリッドは、ぱっと駆け出した。

「父さん……っ!」

 獣人たちを無理矢理かき分け、兵士たちの元に走る。

──マリオスは、スヴェトランとの戦いで死ぬ。
そんなこと、忘れようとした。
だが確かに現実だった、その記憶が次々と頭に浮かび、ユーリッドは、絶叫した。

「父さんっ! 行くな!」

 声が届いたのか、マリオスと、ふと目が合う。
──その時だった。

「────!」

 突然、風のごとく現れた黒い影が、マリオスの首を、はねた。

 何が起きたのか理解する間もなく、マリオスの身体が、泡沫の如く霧散して、大気の中に消える。
獣人の形をしたその黒い影は、漆黒の刃を閃かせながら、騒然とする中央通りを、疾風のように駆け巡った。

 思わず見入ってしまうような剣さばきで、黒い影は、次々と獣人たちを切り裂いていく。
アドラを刺し、歩兵たちを刻み、民衆でさえ、抵抗する間も与えずに、容赦なく散らして──。
ユーリッドは、そうして儚く消えていく者たちの姿を、ただただ立ち尽くして見ていた。

「やめろ……」

 一人、また一人と獣人たちが斬られていくたび、ユーリッドの心の中にも、深い悲しみが流れ出してくる。

「やめ……っ」

 まるで、黒い影のその一振りが、ユーリッドの心にも、深い傷をつけていくように。
どうしようもないくらいの絶望と怒りが、胸の中に広がった。

「やめろ──っ!」

 地面に転がっていた、歩兵の剣をとり、ユーリッドは、弾かれたように走り出した。
せわしなく息を吐きながら、剣を振りかぶり、渾身の力を込めて、黒い影に斬りかかる。

 見習い兵の自分は、誰かに斬りかかったことなどないはずなのに。
こうして、剣を突きつける緊張感に、ユーリッドは覚えがあった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.311 )
日時: 2017/07/11 18:27
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 4V2YWQBF)


「……っ!」

 剣先が、黒い影を捉えた刹那──。
しかし、ユーリッドの剣は、黒い影の斬撃に阻まれる。

 咄嗟に後退し、高く宙返りをして、影との距離をとる。
互いに動きを止め、対峙すると、ユーリッドは黒い影を強く睨み付けた。

「なんで……」

 声が震えて、熱い塊が、喉の奥から込み上げてきた。

「なんで、こんなことするんだよっ! 折角また会えたのに、どうして皆を消すんだよっ!」

 ぐっと歯を食い縛り、再び、黒い影に向かって刃を向けた。
黒い影は、一言も言葉を発することなく、ただ静かに、ユーリッドの剣を受け続けた。

 二人の剣が、激しくぶつかり合い、弾き合って、空気がうなり声をあげる。
無駄のない動きで、ユーリッドの攻撃を防ぐ黒い影のその太刀筋には、どこか見覚えがあるような気がした。

 己の中から噴き上がってくる激情を、そのまま黒い影に叩きつけるように、ユーリッドは、何度も何度も力任せに剣を振った。

「父さんと、ようやく話せたんだ……!」

 ほとんど家に帰ってこない、まるで、他人のように過ごしてきた父、マリオス。
親子らしい思い出もないまま、彼は、スヴェトランへと遠征に出て、死んだ。

「もう一度、兵団の皆とも、会えて……」

 狂ったような勢いで剣を交えて、ユーリッドは叫んだ。

「ファフリだって、リークスに絵本をもらったって、笑ってたのに……!」

 昔から、自分に会いに来てくれるのはユーリッドだけだと、寂しそうに言っていたファフリ。
きっと彼女は、友人を作りたいとか、城の外に出てみたいとか、そういった願い以上に、父親からの愛が欲しかったのだ。

「……嬉しそうにっ、絵本を見せて……っ!」

 リークスは、決して自分のことを嫌っているわけじゃない。
そんなファフリの希望は、もう粉々になって、消えてしまった。
リークスが、ファフリの殺害を謀っていると分かった、あの瞬間に──。

「────っ!」

 重くのし掛かってきた、黒い影の一撃を受け損なって、ユーリッドは吹っ飛ばされた。
握っていた剣が、円を描いて弾け飛ぶ。
ユーリッドは、勢いよく背中を地面に打ち付けて、ぐっと息をつまらせた。

「……っ」

 はっと息を吸って、腕に力を込める。
今まで見てきた、父やイーサたち、ファフリの明るい顔が、次々と頭に浮かんできた。

「ここでは、皆、幸せそうに笑ってたのに……」

 緩慢な動きで、上体を起こす。
ユーリッドは、かすれた声で言った。

「まるで、夢、みたいに……」

──夢。

 その瞬間、立ち上がろうとして、ふと視界に入った自分の手を見て、ユーリッドは目に驚愕の色をにじませた。

 手が、十歳の頃の自分のものより、ずっと大きくなっている。
よく見れば、服装も今まで着ていたものとは違う。
兵団を脱退し、ファフリと共に逃亡の旅に出た、十六歳の自分の姿に戻っていたのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.312 )
日時: 2017/08/15 23:47
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「…………」

 気づけば、先程まで賑わっていたノーレントの街並みも、跡形もなく消え去っていた。
マリオスも、アドラもイーサも、兵士たちも民衆たちも、全て夢だったかのように、消滅してしまった。
何もない真っ暗な空間に、たった二人。
ユーリッドと、黒い影が向かい合っているだけだ。

「……そうか、やっぱり、夢……」

 ぽつんと言って、ユーリッドは、見つめていた手をぎゅっと握った。
同時に、断片的に浮かんでいた記憶がはっきりとして、ユーリッドの頭に、サーフェリアでの出来事が蘇った。

(……具合が悪いファフリの側にいて、そしたら急に、黒い炎に包まれて、俺は……)

──俺は、ファフリを蝕む悪魔の幻に、取り込まれたんだ……。

 心に巣食っていた怒りは消え、代わりに、底知れない虚しさが胸に広がった。

 なんとなく、分かっていたのだ。
本当は、マリオスが生きていないことも。
ファフリと自分が、笑い合えるような状況下でないことも。

 些細な違和感だと思い込んで、目をそらしていただけで、ずっと、心の奥底では分かっていた。

「全部……夢、だったんだな」

 ふと口に出して、抑えきれない熱が、目に滲んでくる。

 もし、スヴェトランとの争いがなければ。
リークスが、ファフリの命を狙っていなければ──。

 この夢のように、父マリオスは、生きていたのだろうか。
アドラを失うこともなく、苦しい逃亡の旅路を行くこともない。

 皆で笑い合える、そんな未来を、歩んでいた可能性があったのだろうか──。

 たとえ今まで見てきたものが、悪魔の見せている幻でも、そう考えずにはいられなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.313 )
日時: 2017/07/13 19:06
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NtGSvE4l)


(それでも……ここは、現実じゃない)

 どんなに幸せでも、楽しくても、夢は、夢でしかない。

 ファフリの内に潜む、悪魔の思惑通りになんて、なってやるものか。
ここで幻の中に逃避したら、ファフリを守りたいという言葉に頷いてくれたマリオスの気持ちを、裏切ることになる。
それだけではない。
命を落としてまで、自分達を守ってくれたアドラや、無関係だったにも拘わらず、手を差しのべてくれたトワリスの思いまで、踏みにじることになるのだ。

 幻に取り込まれていたのだと自覚した途端、そんな思いが突き上げてきて、ユーリッドは、立ち上がった。
黒い影は、ユーリッドにとどめを刺すことはせず、未だ静かに、目の前に立ったままでいる。

「……お前が、悪魔なのか」

 黒い影は、何も答えない。
ユーリッドは、取り落とした剣を拾い上げると、それを構えて、黒い影を見つめた。

「ファフリはどこにいるんだ。ファフリも、この幻の中にいるんだろ」

「…………」

 ユーリッドは、何も言わない黒い影に、一気に斬りかかった。
今度は、怒りに任せて剣を振るうのではなく、確実に、相手を仕留められるように。

(……現実に戻ったって、どうしたらいいかなんて思い付かない)

 残光を引き、素早く斬り込んでくる剣を、ユーリッドは力一杯弾いた。

(今の俺じゃ、何もできない)

 そして、思いきり地面を蹴ると、相手の懐に踏みこみ、胸部めがけて剣を突き上げた。
しかし、がつんっ、と腕に衝撃がきて、剣の軌道をそらされる。

(だけど、ミストリアを護るのは、ファフリだけの役目じゃないはずだ……!)

 体勢を崩した拍子に、黒い刃が肩口をかすって、熱い衝撃が走る。
だが、ユーリッドは引かなかった。

(ファフリが悩むなら、俺も一緒に悩んで──)

 肩口に刺さった剣には構わず、ずいっと前に出ると、黒い影の腹に、ユーリッドは刃を突き立てた。

(──一緒に、戦うんだ……!)

 不思議と、黒い影の剣筋には、見覚えがあった。
実際に戦ったことはなかったけれど、何度も見て、はっきりと記憶している太刀筋だ。
そんな気がした。

 相手がとるであろう次の動きを読んで、ユーリッドは、腹を刺されてひるんだ影の剣を、力強く跳ね上げた。

「────っ!」

 ぎゅんっと大気の裂ける音がして、跳ね飛んだ剣が、闇に溶ける。
その瞬間、黒い影の目が、はっきりとユーリッドを映した。

 黒い影は、一歩下がり、ぴたりと動きを止めると、ユーリッドに向かい合った。
そして、暗闇の一点を指差すと、微かに頷いて、すうっと消えた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.314 )
日時: 2017/07/14 20:56
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 袖を切り裂き、肩口の傷を止血すると、ユーリッドは、先程黒い影が指した方向を見上げた。

 この先に、何があるかは分からない。
だが、他に何の手がかりもない。
辺り一面暗闇に包まれたこの空間では、示された方向に進むしかないだろう。

(……とにかく、今はファフリを探そう)

 そう決心して、ユーリッドは走り出した。

 ここは、悪魔が作り出した幻の世界だ。
魔術の使えないユーリッドでは、どうやって抜け出せば良いのか全く検討がつかないし、ファフリだって、一体どのような状態で捕らえられているのか、定かではない。

 しかし今は、ファフリを探し出して、なんとか助け出すしかない。
幻の中ではあるが、幸い、剣も入手出来たし、戦うこともできた。
ユーリッドの攻撃が、全く通用しないということはないようだ。

 長い間走り続けていると、不意にどこからか、美しい笛の音が聴こえてきた。
歌うように滑らかで、心にしっとりと染み入ってくるようなそれは、ユーリッドがファフリと共に、この幻に取り込まれる直前に聴いたものと同じだった。

 一瞬、聴いてはまずいかと身構えたが、次の瞬間──。
気がつくとユーリッドは、ミストリア城の離れにある、ファフリの過ごしている塔の中にいた。

 ユーリッドは、いつものように分厚い絨毯の上に腰かけており、手には、焼き菓子の包みが握られていた。

「ね、美味しいでしょう? お母様が、作ってくださったの」

 すぐ近くで声がして、はっと顔をあげる。
すると目の前で、十歳の姿のままのファフリが、ユーリッドを見つめて、嬉しそうに笑っていた。

「今度時間をもらえたら、私も、このお菓子の作り方を教えてもらおうと思って。そうしたら、お父様に差し上げて──」

「ファフリ!」

 言葉を遮って、ユーリッドが叫ぶ。
ファフリは、驚いたように目線をあげると、目を瞬かせた。

「ど、どうしたの? 急に、大きな声を出して……」

 ユーリッドは、持っていた焼き菓子を地面に捨てると、ファフリの小さな肩をつかんだ。

「ファフリ、俺の姿、見えるだろ? 俺たちは、もう十歳の子供じゃない。ここは、悪魔が作り出した夢の中なんだよ!」

 ファフリは、びくりと震えると、微かに俯いた。

「……夢? 夢って、何のこと? ユーリッドが言ってること、分からないよ……」

 ユーリッドは、眉を寄せると、今一度辺りを見回した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.315 )
日時: 2017/07/15 19:30
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: npB6/xR8)


 幼少期、ファフリが過ごした塔の中。
しかし、ユーリッドの記憶にある現実とは、一つ違う点がある。
部屋の中に、国王リークスからの贈り物だという、絵本が置いてあるのだ。

(……やっぱりここは、ファフリの夢の中だ)

 ユーリッドが、マリオスの生きている夢を見ていたように。
ファフリもまた、父であるリークスから愛される夢を見ている。
つまりここは、悪魔の作り出した『ファフリの望んでいた世界』なのである。

 ユーリッドは、ファフリの肩から手をどけると、まっすぐに彼女を見つめた。

「……夢は、結局夢でしかない。最終的には、泡のように消えて、目が覚めてしまう……。楽しい夢ほど、あっさり終わってしまうんだって、ファフリ、そう言ってたよな」

「…………」

 ファフリが俯いたまま、身体を強張らせる。
ユーリッドは、それでも構わず、ゆっくりと続けた。

「本当は、気づいてたんじゃないのか。ここが幻の世界で、いつかは目覚めなきゃいけない、夢の中なんだって。俺たちはサーフェリアで、悪魔に取り込まれたんだよ」

「…………」

「ファフリ、帰ろう。俺たちは今、リークス王に命を狙われて、逃亡の旅途中にある。今後どうやって生き残るか考えないといけないし、奇病に苦しむミストリアのことだって、放置してはおけないだろう。だから、現実の世界に、戻ろう」

 そう言って、ユーリッドがファフリに手を伸ばすと、ファフリは、その手を力強く払いのけた。

「嫌! 私、戻りたくない!」

 ユーリッドが、伸ばした手を止める。
ファフリは、苦しそうな表情で、ユーリッドを睨み付けた。

「ここが、悪魔の作り出した世界だなんて、分かってるよ。でも、夢だっていい! もう嫌なの……逃げるのも、考えるのも……。沢山悩んだって、もう無駄だよ。私には、何もできないって結論しか出てこないの!」

 ファフリは、声を荒げて、更に言い募った。

「ユーリッドだって、ロージアン鉱山で言ったじゃない! 私がミストリア城に戻るのは、賛成できないって! お母様だって、私を召喚師の柵から解放するために、城から逃がしたんだろうって!」

 ファフリが、ぎらぎらとした目で、ユーリッドを睨む。
徐々に十六歳の姿に戻りつつあるファフリを見て、ユーリッドは、静かに言った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.316 )
日時: 2017/07/16 21:33
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「……それはファフリが、次期召喚師だからっていう責任感で、ミストリアを救いたいって言ってると思ってたから、反対したんだよ」

 ユーリッドは、ファフリに向き直った。

「でも、違ったんだな。ファフリは、リークス王が護るミストリアが好きで、次期召喚師だからとか、そんなの関係なく、本心から奇病をどうにかしたいって思ってたんだよな」

「…………」

 ファフリの目の光が、微かに弱まる。
ユーリッドは、再び室内を見回した。

「俺もさっきまで夢を見てたから、この幻の居心地の良さは、分かってる。だからファフリが、本気でこの夢の中に永遠にいたいと思うなら、それでもいいよ」

「…………」

「……でも、本当にそれでいいのか?」

 ユーリッドは、ファフリに視線を戻した。

「ファフリは、小さい頃からずっと、国を護れる召喚師になるため、頑張ってたじゃないか。友達作って遊びたくても、自由に外を出歩きたくても、そういうの全部我慢して、沢山勉強とか魔術の練習をしてたの、俺は知ってるよ。だけど、もしこの夢の中に残ったら、そういう努力が全部無駄になっちゃうんだぞ。それでもいいのか?」

 ファフリが、僅かにたじろいだ。

「……正直俺も、今のミストリアを救うために、どうしたらいいかなんて想像もつかないよ。でもこの夢の中で、父さんと話して、思い出した。俺は、ファフリの力になって、ミストリアを守るために、兵士になったんだ。兵団はもうやめちゃったけど、その気持ちは変わらない」

「……っ」

 ファフリが、ひゅっと息をのむ。
そして、歯を食いしばると、か細い声で言った。

「……私だって……本当は、ミストリアを助けたい……」

 涙をこらえたような目で、ファフリは顔を上げた。

「でも、そう思っても、何もできないんだもの……。私には、召喚術を扱える力が、ないんだよ……」

 ファフリは、微かに震えながら、目を伏せた。

「だったらまずは、ファフリが召喚術を使えるようになるにはどうすればいいか、一緒に考えよう」

 ユーリッドは、微笑んだ。

「長い間、一人で悩ませてごめんな。召喚師の辛さなんて、きっと考えても理解できないだろうからって、俺はずっと、自分達が生き残ることしか頭になかったんだ。でも、そうやってファフリに押し付けるの、もうやめるよ。召喚術のことも、ミストリアのことも、これから俺たちがどうするかも、ファフリが思い悩んでること全部、俺もちゃんと一緒に考えるから。……だから、とりあえず一つ目の課題が、召喚術のことなら、まずは、ファフリがどうしたら召喚術を使えるようになるか、俺なりに考える」
 
「ユーリッド……」

 ファフリは、ユーリッドを見つめた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.317 )
日時: 2017/07/17 19:37
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: sjVsaouH)



「……だけど私、また、悪魔に乗っ取られたりして、迷惑かけるよ。もしかしたら、見境いがなくなって、ユーリッドを殺そうとすることだってあるかもしれない……。そんなの、私、怖いよ」

 ユーリッドは、首を横に振った。

「そんなことないさ。だって、初めてカイムを召喚して狼を殺したときも、渓流で兵団に襲われたときも……リークス王に出くわしたときや、サーフェリアの審議会で殺されそうになったときだって。ファフリは、俺やトワリスを護るために、悪魔を召喚したんだろう」

「…………」

「実際に俺たちは、それで何度も命拾いしてるんだ。だからきっと、ファフリに素質がないなんてことは、ないんじゃないかな。俺も詳しくは分からないけど、あとは、悪魔の力に飲み込まれないように、制御できるようになるだけ。才能云々の問題じゃなくて、ファフリの、気持ちの問題なんじゃないか」

「私の、気持ち……」

 呟いてから、ファフリの脳裏に、ふとルーフェンの言葉が甦った。


──君はさっき、召喚師として才能がないと言っていたけれど、召喚術を使うのって、本当はとても簡単なんだよ。君は召喚術が使えないんじゃない。使わないんだ。


 ぴしっ、と音がして、この空間に、ひびが入る。
まるで硝子のように砕け始めた、塔の部屋の中を見回しながら、ユーリッドは言い募った。

「城を出た頃は、何もできなかったのに、今じゃ、カイムもハルファスも、ファフリに力を貸してくれてる。この幻を作っている悪魔だって、いつか、ファフリの呼び掛けに答えてくれるようになるよ」

 ユーリッドは、もう一度、ファフリの前に手を差し出した。

「それにもし、また悪魔の力に飲み込まれるようなことがあっても、何度だって、俺が助けに来るよ。俺は、ファフリが乗っ取られたって、どうなったって、逃げないよ。沢山名前を呼んで、必ず元のファフリに戻してみせる」

 ユーリッドは、笑った。

「だから、大丈夫、怖くない。絶対に俺が受け止めるから……信じて」

 見開かれたファフリの目から、涙が零れ落ちる。
ファフリは、ぐっと口を引き結ぶと、間をおいてから、頷いた。

 ファフリの伸ばした手が、ゆっくりとユーリッドの手を掴む。

──その瞬間。
周囲の景色が、粉々に砕け散って、二人は、暗闇の中に放り出された。

 同時に、周囲が業火に包まれ、目の前に、全身が燃え盛る鳥が姿を現した。

(フェニクス……!)

 カイム、ハルファスに続く、三体目の悪魔──。
歌声で相手を魅了し、その魔力に打ち勝った者のみに付き従う、ミストリアの召喚師が扱える最後の悪魔だ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.318 )
日時: 2017/07/18 19:25
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: q9W3Aa/j)


 耳をつんざくような、フェニクスの甲高い咆哮が、二人の鼓膜に突き刺さる。
身を焦がす灼熱の炎が、視界を焼き、聴覚を炙り、思惟(しい)を奪い去った。

 ファフリは、ユーリッドの身体に掴まりながらも、フェニクスの姿を、はっきりとその目に映した。

(力を貸して、フェニクス……!)

 熱で全身の感覚が失われていくのを感じながら、ファフリは、フェニクスに向かって手を伸ばした。

 恐ろしかった。
心臓を鷲掴まれ、がくがくと揺さぶられているような──。
そんな、強い恐怖を感じる。

 しかし、それでもファフリは、目を閉じなかった。

(もう、貴方たちの力を怖がったりしない……!)

 全身が爆発するような苦しみが襲ってきて、伸ばした手が、震える。

(だから──……!)

 それでも、ぐっと精一杯伸ばした指先が、フェニクスに届いた。

──刹那。
力を振り絞って、身をよじったユーリッドが、フェニクス目掛けて斬りかかる。
元が幻でしかなかった剣は、燃え尽きて消えたが、その斬撃で一瞬炎が掻き消えた隙に、ユーリッドは、ファフリの手を引いて駆け出した。

 言葉を交わすこともできず、先の見えない暗闇の中を、ひたすらに走る。
渦巻いていた炎は、ぐんぐんと遠くなり、あっという間に背後で消えた。

 そうして、夢中で足を動かしている内に、後ろの方から声が聞こえてきた。

「ファフリ……!」

 母である、ミストリアの王妃レンファの声であった。

(お母様……!)

 母は、自分を城から出して、どうなったのだろう。
次期召喚師を逃がした罪を、一人で背負い、リークスに罰せられてしまったのだろうか。

 思わず振り返ろうとして、しかし、すんでのところで、ファフリは留まった。
ここは、フェニクスが作り出した夢の中だ。
レンファがこんなところにいるはずはない。

 聞こえてくる声などには耳を貸さず、一心不乱に走り続けていると、今度は、これまでの旅での記憶が、次々と目の前に現れてきた。

 降り下ろされた剣に、ざくりと頭を真っ二つに割られ、刺客と共に崩れ落ちたアドラ。
彼も、刺客たちも、狼たちも、皆、真っ赤に染まった川の中に沈んでいった。

 宿場町トルアノで、ユーリッドに刃を向けてきた、カガリの母親。
奇病にかかった息子を殺されたとき、彼女は、どんな気持ちだったのだろうか。
今も、ユーリッドたちに深い憎悪を抱きながら、暮らしているのだろうか。

 国王リークスは、実の娘であるファフリを、何の躊躇いもなく、殺そうとしてきた。
冷たい視線を向けて、まるで、害虫でも見るかのように。

 だんだんと、走る足が鉛のように重くなってきた。

 自分達は、どれだけの犠牲を払って、旅を続けてきたのだろう。
これから先、どれほどの困難が待ち受けているのだろう。
今ここで目覚めたら、また辛く苦しい生活が待っている。
そう思った瞬間、ユーリッドとファフリの身体を、とてつもない疲労が襲った。

 このまま現実に戻らなくたって、何の問題もないのかもしれない。
トワリスやルーフェン、サーフェリアの人間たちに迷惑をかけることもなくなるし、国王リークスは、予定通りファフリが死んだと歓喜して、新たに産まれた次期召喚師が、ミストリアを統率していくのだろう。

 現実に戻ってもがいたところで、更なる犠牲を生み出すだけではないのか。
もし、力を貸してくれたトワリスやリリアナ、カイルたちまで、アドラのように死んでしまったら──。

 先程、あれだけ強く目覚めると決心したのに、どんどんと心が闇の底に沈んでいく。
ユーリッドは、必死になってファフリの腕を引こうとしたが、その手すら、ひどい倦怠感に襲われて動かなくなっていた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.319 )
日時: 2017/07/19 21:54
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: q9W3Aa/j)



 その時、背後から、微かに風が吹いてきた。
同時に、ユーリッドの耳に、懐かしい声が聞こえてくる。

──我々兵士のすべきことは、召喚師様の手となり足となり、ミストリアのために戦うことだ。

 父マリオスが死んだとき、墓標の前で佇むユーリッドに、アドラが言った言葉だった。

──我々には、いつまでも死者を思い、悲しみに浸っている暇はないのだ。その悲しみが、己の剣を鈍らせるというのなら尚更な。

 落ち着き払った様子で、しかし、どこか寂しそうに言っていたアドラの姿が、ぼんやりと目に浮かぶ。
あの言葉は、死者の命を軽く考えても良いとか、犠牲を払っても良いとか、そういう言葉ではない。

 過ぎ去った物事には囚われず、前に進め──。
そういう言葉なんだと、当時十歳であったユーリッドにも、はっきりと分かった。

(進め……!)

 全身に、熱い力が込み上げてきた。

(進め──!)

 動かせば、身体がちぎれてしまうのではないかと思うほどの、重い足を引きずって。
ユーリッドは、ぎりぎりと歯を食い縛る。

 その瞬間──。
誰かが、ユーリッドとファフリの腕を、強く掴んだ。

 その大きくて暖かい手に、はっと顔を上げると、腕を掴んでいたのは、先程ユーリッドと剣を交わした、黒い影だった。

「あんた、一体……」

 思わず声に出して、ユーリッドが問いかける。

 最初は悪魔かと思っていたが、この幻を作ったのがフェニクスだとすれば、この黒い影は、何者なのだろう。
思えば、この黒い影がマリオスや兵士たち、民衆の幻を斬り殺してくれなければ、ユーリッドが、夢の中から抜け出すことはできなかった。

 どくん、どくんと、心臓の脈打つ音が聞こえる。

 見覚えのある、巧みな剣さばき。
掴まれた腕から伝わってくる、懐かしい温もりと匂い。
そして、それらを感じ取った時、徐々に形として見え始めた黒い影の姿を見て、ユーリッドとファフリは、目を見開いた。

「──……アドラ、団……!」

 力強く腕を引っ張られ、まるで泥沼から足が抜け出したかのように、身体が軽くなる。
そのまま前のめりになったユーリッドとファフリの背中に、大きな手が触れて、二人は、どんっと前に押し出された。

──行け……!

 頭の中に、アドラの声が響いた気がした。
その瞬間、目前に眩い光が迫ってきたかと思うと、二人は、その光にあっという間に飲まれてしまう。

「──……っ!」

 ユーリッドとファフリは、夢から弾き出されるようにして、はっと目を覚ました。
お互い汗だくで、激しく呼吸しながら、自分達が今、ルーフェンの家にいることを確認する。

 それから最後に、驚いたようにこちらを見つめるトワリスと目が合うと、ふと、ファフリが声をあげて泣き出した。
泣きながら、何度も何度もユーリッドに謝り、そして、アドラの名前を呼びながら、ありがとうと告げた。

 自分達が、丸一日も眠りについていたのだと知ったのは、ファフリが泣き疲れて、寝てしまってからだった。
ずっと見守ってくれていたのだろうトワリスに、ユーリッドは、夢で見た内容を、ぽつぽつと話して聞かせた。

 負ったはずの傷や、火傷が消えている辺り、自分達が体験したことは全て、やはり夢だったのだろう。
だがあれは、ただの夢ではない。
悪魔フェニクスが、ファフリを闇へと誘うために作った、幻の世界だったのだ、と。

 話し終えた後は、ユーリッドも疲れ果て、気を失うように眠ってしまった。
怪我などは負っていなかったが、歩くのも億劫なほど、身体が疲弊していることには変わらなかった。

 薄れ行く意識の中、もう記憶の中で朧気になっていたはずの、マリオスやアドラの顔をはっきりと思い浮かべる。
ユーリッドは、最後にファフリを見てから、深い眠りの中に落ちていったのだった。



To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.320 )
日時: 2017/07/20 22:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: q9W3Aa/j)


†第五章†──回帰せし運命
第二話『決意』


 微かに聞こえてきた物音で、ファフリは穏やかに目を覚ました。
濃い夜闇の中、ファフリは、しばらくぼんやりと天井を見つめていたが、少しして、目が暗がりに慣れてくると、隣で眠っているユーリッドを見た。

 悪魔と接したことなどなく、魔力への耐性も一切持たないユーリッドは、今回フェニクスの夢に取り込まれて、相当な負荷が身体にかかったはずである。
感謝と、申し訳ない気持ちで一杯になりながら、ファフリは毛布を退けて起き上がった。

 寝台のすぐ隣にある机では、トワリスが、突っ伏して眠っていた。
ちゃんと自分の寝室に行った方が良いと、声をかけようとも思ったが、起こすのも忍びないので、ファフリは何も言わなかった。

 二人を起こさぬよう、そっと寝室を出て、隣の居間へと向かう。
外気を浴びたくて、窓を開けると、ひんやりとした夜風が頬を撫でた。

 こうしていると、先程まで、フェニクスの幻に囚われて死にかけていたなんて、嘘のようだ。
しかし、これまでは時折、自分の中に別の誰かが潜んでいるような──。
油断をすれば、身体から意識が押し出されてしまうような、不安定な恐怖を常に抱えていたのだが、今は、自分が自分であるという意識がはっきりしている。

 拒絶していた悪魔の力が、すんなりと身体の芯に馴染んで。
胸の奥に、熱い力がみなぎってくるのを感じていた。

「…………」

 ファフリは小さく息を吐くと、わき上がってくる強い思いを押し込めて、窓を閉めた。
そして、椀で水甕から水を掬うと、それを一口飲んだ。
特別喉が渇いたようには感じていなかったのだが、冷たい水を飲んでみると、とても美味しかった。

(……まだ深夜だし、もう少し寝よう)

 そう思い、椀を片付けようとしたファフリだったが、振り返って食卓につまずいた拍子に、うっかり椀を取り落とした。
耳が良いユーリッドとトワリスを、起こしてしまったかと思わず身構えたが、幸い、寝室の方で二人が身動ぐ気配はない。

 ほっとして、落ちた椀を拾おうとしたとき。
ファフリは、食卓の下の床が、一部だけ色が違うことに気がついた。

(なんだろう……)

 不思議に思って触れてみると、床の部分に、ぼんやりと青白い文字が浮かぶ。
その文字にびっくりして、ファフリは、大きく目を見開いた。

(これ……王族文字だ……)

 王族文字とは、悪魔召喚の呪文が記された魔導書に使用されている、特殊な言語のことである。
ミストリアでは、一部の学者と召喚師一族、すなわち王族しか読解できないため、王族文字と呼ばれている。
サーフェリアでも、王族文字という名称で呼ばれているのかは分からないが、悪魔召喚に関する文字であることは確かなので、ルーフェンが書いたものなのだろう。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.321 )
日時: 2021/01/30 22:14
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)

「禁じられし、咎人の書……凍てつく時の砂、生命の環を、狂わせる……?」

 文字を指でなぞりながら、読み上げてみる。
さっぱり訳が分からなかったが、その瞬間、色の違う床部分が微かに光って、ぱたんと扉のように開いた。
よく見ると、開いた床の入り口には縄梯子がかかっており、地下へと続いている。
地下には、光源などないはずなのに、覗いてみると、床の底がぼんやりと光っているようだった。

(この奥は……地下倉庫か何かかな?)

 勝手に探るのはまずいだろうかと思う傍ら、好奇心には勝てず、ファフリは、ゆっくりと縄梯子を降りていった。

 元々、ルーフェンの家には興味があったのだ。
この山荘には、ファフリの知らない魔導書や魔法具が、多く存在しているからだ。
サーフェリアは、召喚師一族しか魔力を持たないミストリアよりも、ずっと魔術に関しては発展しているのだろう。

 泊まらせてもらっている身の上で、家を探るのは気が引けるし、日頃放置されているせいで、寝室と居間以外の部屋は整理されておらず入りづらい。
そのため、探索などはしたことがなかったが、こんな風にいざ目の前にすると、少しなら大丈夫だろうという気持ちがもたげてしまう。

 縄梯子を下り、地面に降り立つと、そこは、やはり地下倉庫のような場所だった。
狭い室内の両脇には、古い本棚が並んでおり、いかにも怪しげな魔導書がぎっしりと詰まっている。
また、石壁には、見たこともない銀白色の石が等間隔で設置されており、ほんのりと光っていた。
窓もないのに、この部屋が明るいのは、この石が光源になっているためのようだ。

 地下特有の冷え込む空気に、腕をさすりながら、ファフリは、本棚に詰められた魔導書を見た。
どれも古い書物なのか、表紙が煤けたものばかりである。
その中には、鎖や錠で開かないように封印された、異様な魔導書もちらほらと見受けられた。

 よほど強力な魔術について、記されているのだろうか。
ファフリは、書が放つその奇妙な雰囲気に吸い込まれるように、魔導書から目が離せなくなった。

 しかし、手に取ろうとして、鎖の冷たさに触れた瞬間、はっと我に返った。

(……やっぱり、勝手に触るのはまずいよね)

 よく考えれば、鎖で縛られたり、錠で鍵をかけられている魔導書なんて、軽い気持ちで手を出してよいものではないのかもしれない。
そもそも、この地下室は、王族文字を読み上げなければ、入れないような仕組みが施されていたのだ。
つまりルーフェンが、自分しか出入りできないように作った空間である可能性が高い。

(戻ろう……)

 ファフリは、本棚から目をそらすと、再び縄梯子のほうに歩いていった。
だが、その時ふと、壁にかかった肖像画に気づいて、足を止めた。

(すごい、綺麗な女(ひと)……)

 思わず見とれてしまうような、美しい女の肖像画。
保存状態が悪いため、錆びて汚れてしまっているが、絵は、見るからに高級で、精巧な金の額縁に入れられている。
絵自体も、表面の埃を払うと、その繊細で華やかな色味がはっきりと分かった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.322 )
日時: 2017/07/22 21:02
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SkZASf/Y)


(この人、もしかして……)

 絵をじっと見ながら、ファフリは、頭の中にルーフェンを思い浮かべた。

 透き通るような、銀色の髪と瞳。
血の気の薄い白い肌に、どこか神秘的な雰囲気。
普段のルーフェンは、ふざけた言動が目立つが、作り物めいた綺麗な微笑みも含めて、全体的に、この絵に描かれた女は、ルーフェンによく似ていた。

(ルーフェンさんの、お母様かな……?)

 そんなことを考えていると、不意に、すぐ近くで声がした。

「なーにしてるの?」

「!?」

 飛び上がるほど驚いて、ファフリが声のした方に振り返る。
すると、鼻先が触れてしまいそうなくらい近くに、ルーフェンの顔があって、ファフリは思わず悲鳴をあげそうになった。

「あっ、る、ルーフェンさん……!」

 咄嗟に悲鳴を飲み込んで、後ずさる。
ルーフェンは、周囲をゆっくりと見回してから、肩をすくめた。

「ファフリちゃんとユーリッドくんが大変だから、戻ってこいって言われて、帰ってきたんだけど。トワとユーリッドくんは爆睡してるし、ファフリちゃんはこんなところにいるし、なんか皆、元気そうだね?」

「えっ、と……その……」

 顔はいつも通り笑顔なのに、なんとなくルーフェンが怒っているような気がして、ファフリは、慌ててこれまでの経緯を話した。

 最近体調が悪かったことや、ユーリッドと共にフェニクスの夢に囚われた話など。
かなり長い間説明したが、ルーフェンの態度は全く変わらず。
話を終える頃には、ファフリの声は、申し訳なさから小さくなっていた。

「それで、その……床に浮かんだ王族文字を読んだら、床が開いたから、つい……。ご、ごめんなさい! 勝手に入っちゃって……」

「王族文字? ああ、魔語のことか」

 ルーフェンは、淡白に答えると、にこりと笑い、ファフリを見下ろした。

「それで? 何か面白そうなものは見つかった?」

「う、ううん!」

 ファフリが、勢いよくぶんぶんと首を振る。

「興味があって、ちょっと部屋を覗いてみただけなの。でも、勝手に見るのは良くないって思ったから、何もしてないわ。早く地下から出ようとして……そしたら、この肖像画が目に止まって、綺麗な絵だなって、見てただけよ。本当に」

 必死に捲し立てるファフリを見つめて、ルーフェンは、しばらく黙りこんでいた。
やはり、興味本意で勝手に人の部屋に入るのはまずかったのだろう。
完全に自分が悪いと反省しながら、ファフリは身を縮めた。

 沈黙が恐ろしく、もう一度謝ろうとしたファフリだったが、その時、ルーフェンがぶっと吹き出して、けらけらと笑いだした。

「そーんな怯えなくても、別に怒ってないって。ファフリちゃんかーわいいー」

「…………」

 ぽかんとした顔で、ファフリが固まる。
ルーフェンが怒っていないと分かって、ほっとしたのと同時に、いつも彼に絡まれているトワリスの気持ちが、少しだけ分かったような気がした。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.323 )
日時: 2017/07/23 20:03
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SkZASf/Y)


 ルーフェンは、一頻り笑うと、はぁっと息を吐いて、肖像画を見上げた。

「まあ、でもそうか……ファフリちゃんなら、魔語が読めるんだもんな。ここにも入れて当然か。この地下室は長く締め切ってたから、俺も久々に入ったよ」

 どこか懐かしそうに目を細めて、ルーフェンが言う。
ファフリは、ルーフェンの様子を伺いつつ、同じように肖像画に目をやった。

「……この女の人、もしかして、ルーフェンさんのお母様?」

 ルーフェンは、ファフリの方を見ずに、静かに答えた。

「……そう。俺の母親で、先代の召喚師だよ」

 ファフリは、表情を明るくすると、ルーフェンを見た。

「やっぱり、そうだったのね。ルーフェンさんにそっくりだから、そうかなって思ってたの。とっても綺麗で、優しそうに笑う方ね」

 本心から褒めたつもりだったが、ルーフェンから、返事はなかった。
黙ったまま、少し困ったように笑って、ルーフェンは肩をすくめただけであった。

「……もし、魔導書とかに興味があるなら、他の部屋も好きに見て回っていいよ。ろくに管理してないから、どうなってるか分からないけど。でも、この地下室だけは、もう入るの禁止ね」

 話を変え、ファフリに向き直ると、ルーフェンは言った。

「うん、わかった。もう絶対入らないわ。ごめんなさい……」

 再度謝罪の言葉を述べると、ルーフェンは笑顔になって、人差し指を唇にあてた。

「トワやユーリッドくんに、この地下室のことを話すのも駄目。いい?」

 ルーフェンの目をしっかりと見て、こくりと頷く。
やはり、怒っていないとは言いつつも、この地下室はあまり入って良いものではなかったらしい。

 ルーフェンは、ファフリが頷いたのを確認すると、縄梯子のほうに顔を向けた。

「じゃあ、この話はもう終わりね。ファフリちゃんとユーリッドくんに、特に問題がないなら、俺は王宮に戻るけど──」

 そこまで言ったとき、ファフリが、あっと声をあげて、ルーフェンの手を掴んだ。

「ちょっと待って。私、ルーフェンさんに会えたら、お願いしたいと思ってたことがあって……」

 ルーフェンが振り返って、首をかしげる。
ファフリは、少し戸惑ったように手を離したが、やがて表情を引き締めると、決心したように言った。

「……私のこと、誰も近づかないような場所に、連れていってほしいの。ここじゃなくて、ユーリッドやトワリスがいないところで、お話したいわ」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.324 )
日時: 2017/07/24 20:10
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SkZASf/Y)



 ルーフェンの家から、真っ暗な山道を登って森を抜けると、眼下に、月光に照らされたシュベルテの街並みが広がっていた。
足元では、夜風に靡いた草花が、さわさわと揺れて、膝を擦っている。

 上を見れば、満天の星空が近くに見えて、ファフリは、自然と両手を広げた。

 全身を包む、ひんやりとした空気が心地よい。
水気を含んだ湿った土の匂いは、懐かしいミストリアのものに、どこか似ているような気がした。

「良いところだね……」

 ため息混じりに呟くと、後ろに立っていたルーフェンが、くすりと笑った。

「そうだね。この山なら、ほとんど人が近寄らないし、なかなかの穴場だと思うよ。女の子は、こういうところが好きでしょ?」

「もう、ルーフェンさん、すぐそういうこと言うんだから」

 呆れたように苦笑して、ファフリは、シュベルテの街並みに視線を移した。

 人々の眠る、静かな夜の街は、しかし、冴え冴えと輝く満月の光によって、幻想的に浮かび上がっているように見えた。

「サーフェリアは、綺麗な国だね」

「……そう?」

 ファフリの言葉に、ルーフェンが聞き返す。
ファフリは、ルーフェンのほうに振り返ると、小さく微笑んだ。

「うん、綺麗だよ。綺麗だし、皆優しくて……とっても良い国だと思う」

「…………」

 さあっと風が吹いて、髪を揺らす。
ファフリは、さざめく草花に視線を落として、穏やかな口調で言った。

「ミストリアもね、サーフェリアに負けないくらい、素敵な国なのよ。緑が沢山あって、暖かくて。皆、日々を一生懸命生きているの。……私、旅に出てから色々なものを見てきたけれど、やっぱり、ミストリアに生まれて良かったって、今は心からそう思うわ」

 ルーフェンは、少し間をあけてから、返事をした。

「……君を殺そうとした国なのに?」

 ファフリが、どこか寂しそうに笑う。
それから、再び街並みに目をやると、ファフリは話を続けた。

「……サーフェリアに来て、リリアナさんたちの家にお世話になったときね。カイルくんに、言われたの。俺達は獣人の追手が来ても、戦うことができない……だから、早く家から出ていってほしい、って。私、それを聞いたとき、素敵だなって思ったの」

 ファフリの言いたいことが分からず、ルーフェンが微かに眉を寄せる。
それでもファフリは、言葉を止めずに、静かに言った。

「他にもね。ミストリアで、トルアノっていう宿場町に立ち寄った時。奇病にかかった男の子を、殺してしまったのだけど……その子のお母様が、息子を殺されたと知って、私達に斬りかかってきたの。きっと、剣なんて握ったこともないはずなのに……」

 ファフリは目を閉じて、胸に手を当てた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.325 )
日時: 2017/07/25 18:42
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SkZASf/Y)



「皆、自分にとって大切なものを守るために、懸命に生きているのね。種族の違いとか、戦えるとか戦えないとか、そんなの関係なく……。たとえ、抗いようのない残酷な運命を突きつけられて、敵わないって分かっていてたとしても、大切なものを守るために、必死になって、それに逆らおうとする。……きっと、国のこともそう。自分の生まれた国を──ミストリアを、守りたいって思う気持ちは、皆同じ。だから、奇病の脅威に曝されつつある、今のミストリアには、その恐怖と戦いながら、一生懸命生きようとしている獣人たちが、沢山いるはずだわ」

 ファフリは振り返り、ルーフェンを見つめた。

「私、そんな獣人たちの気持ちを、蔑(ないがし)ろにしたくない。その手を掴んで、守ってあげたい。一人一人の民の力では、どんなに強く願っても、叶わないことってあると思う。だけど、今の私には……ミストリアの運命を覆せる、確かな力があるから」

 強い意思を瞳に秘めて、ファフリが告げる。
ルーフェンは何も答えず、その目をじっと見ていた。

「もちろん、怖くないわけじゃないよ。戦って、誰かの命を奪ってしまうのは嫌だし、召喚術だって、また発動に失敗しちゃったらどうしようって考えると、不安になる。でもね、ユーリッドが、言ってくれたの。一緒に悩んで、一緒にミストリアを守ろうって。……だから私、もう大丈夫」

「…………」

「ユーリッドは、本当にかっこいいよ。真っ直ぐで、心が強くて、いつも私のこと助けてくれるの。小さな時から、ずっとそうだった……。召喚師一族でもないのに、悪魔の幻までぶち破っちゃうんだもの。私、ユーリッドが応援してくれるなら……ユーリッドと、ユーリッドが守りたいって思ってるミストリアのためなら、なんだってできる気がする」

 言い切ったファフリに、ルーフェンは、小さくため息を溢した。

「……君は、綺麗事が好きだね」

 どこか冷たい響きを含んだ声に、ファフリは、首を傾げた。

「そう、かな? あまり、綺麗事だっていう自覚はないんだけど……。ルーフェンさんから見たら、やっぱり私の考えは甘いのかな」

 審議会の前日に、言い合った時のことを思い出したのだろう。
ファフリは、少し不安げに返した。

「……どうだろうね。ただ、理解は出来ないな。召喚師の能力なんて、結局、人殺しの力に過ぎない。それに、俺も君も、別に望んで召喚師一族として生まれた訳じゃないだろう。それなのに、どうして無責任に助けを乞うてくる馬鹿共や、窮屈な人生を強いてくる奴等を、好きになれるって?」

 ルーフェンは、自嘲気味に笑って、肩をすくめた。

「懸命に生きていると言えば、聞こえはいいけど、俺達にすがってくるような奴の大半は、他力本願で、貪欲で、意地汚く生き残ろうとしてる奴等だ。俺は、自分を犠牲にしてまで、そんな奴等の国を守りたいとは思わないね」

 思いがけず、ルーフェンの口から飛び出した毒に、ファフリは、少し驚いたように瞬いた。
しかし、すぐに表情を柔らかくすると、首を横に振った。

「……犠牲だなんて、思ってないよ。私は、自ら望んで、ミストリアを守りたくなったの」

 そう言って、ファフリは目を伏せた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.326 )
日時: 2017/07/26 19:53
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: hZy3zJjJ)


「……私も、自分が召喚師一族として生まれたことが、嫌で嫌で仕方なかったよ。苦しいことばっかりで、なんで私なんだろうって。……でも今は、良かったって思ってる。だって召喚術は、何かを護る、大きな力になるもの。私はこの旅で、ミストリアがもっと好きになれたから、自分の意思で、護りたいって思うんだよ」

 ファフリは、ふわりと笑った。

「ルーフェンさんも、いつか絶対に、サーフェリアを好きになれるよ。悪い面だけじゃなくて、良い面も見れば、必ず。この国には、優しくて暖かい人たちが沢山いて、素敵なところもいっぱいあるんだから」

「…………」

 ファフリの屈託のない笑顔に、ルーフェンは、拍子抜けして黙りこんだ。
そして、微かに息を吐くと、小さく苦笑した。

「……俺には、そんなこと考えられないわ」

「え?」

 声が聞き取りづらかったのか、ファフリが聞き返す。
だが、いつもの軽薄な声音に戻ると、ルーフェンはファフリに尋ねた。

「いや、なーんでもない。それで、さっき言ってたお願い事ってのは? ファフリちゃんのお願いだし、俺にできることなら、聞いてあげる」

 一瞬だけ、ファフリの表情に、影がよぎる。
ファフリは、満月を見上げてから、真剣な顔つきでルーフェンを見つめると、ゆっくりと口を開いた。

「──……」

 ざわっと通り抜けた風に、草花が踊る。
背後では、夜明けの薄い夜闇の中で、木立が不安げにざわめいていた。

 強い口調で告げられた、ファフリの願いに、ルーフェンは目を見開いた。
しばらくの間は、何も返さず、ファフリの言葉を頭の中で反芻していたが、やがて、首を左右に振ると、顔をしかめた。

「賛成は、できない。……召喚術が扱えるようになっているのだとしても、それは、あまりにも無謀すぎる」

 予想通りの反応だったのか、ファフリは、表情を変えなかった。
穏やかな顔つきのまま、ルーフェンの傍まで歩いてくると、言った。

「ルーフェンさんにしか、お願いできないことなの。ユーリッドやトワリスのことは、もちろん信じてるわ。でも、二人がこれ以上傷つくのは、私、耐えられない」

「…………」

「ルーフェンさんなら、この気持ち、分かってくれると思う。私ね、ミストリア城から旅に出て、もう沢山守ってもらったの。だから……今度は私が守る番。ね、ルーフェンさん、お願い……」

 静かな、しかし、はっきりとした強い意思が感じられる声で、ファフリは言った。
ルーフェンは、しばらく言葉を詰まらせていたが、ふうっとため息をつくと、分かったと呟いた。

「……以前、君を無能な召喚師だと言ったことを、詫びるよ」

 ルーフェンの返答に、ファフリが笑みを浮かべる。
ルーフェンも、微かに笑みを返すと、ファフリに手を差し出した。

「仰せのままに。ミストリアの、新女王陛下」

 ファフリは、その上に手を重ねて、泣きそうな顔で笑って、頷いた。

「ありがとう……ルーフェンさん」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.327 )
日時: 2017/07/27 19:45
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Ga5FD7ZE)


 隣の寝台で寝ていたはずのファフリが、いなくなっていることに気づくと、ユーリッドは、ばっと跳ね起きた。
寝具がすっかり冷たくなっていることから、ファフリがいなくなって、もう大分時が経っているようだ。

 ユーリッドは、窓の外を見て、朝日が昇っていることを確認すると、勢いよく立ち上がった。
同時に、その音で目覚めたらしいトワリスが、机に伏せていた顔をあげる。

「ユーリッド……?」

「トワリス! ファフリがいない!」

 言うなり、焦った様子で、ユーリッドが寝室を飛び出す。
慌ててトワリスが追いかけ、居間に行くと、食卓にルーフェンが座っていた。

「おはよ」

 何でもない風に、ルーフェンが挨拶してくる。
ユーリッドは、眉をしかめたまま、ルーフェンに問いかけた。

「ルーフェン、ファフリがいないんだ。どこに行ったか、知らないか」

「…………」

 ルーフェンは、返事をしなかった。
その沈黙に、ユーリッドはさっと顔色を変えると、ルーフェンに詰め寄った。

「知ってるんだな!? 教えてくれ、ファフリはどこに行ったんだ! まだ身体が回復してるとも思えないし、早く探して見つけないと……!」

「…………」

 ルーフェンは、尚も沈黙していた。
黙って、無表情のまま、だらしなく椅子の背もたれに寄りかかっている。

 ユーリッドは、苛立ったように舌打ちすると、扉に向かって走り出した。
しかし、ユーリッドが外に出る前に、ルーフェンが口を開いた。

「探しても、見つからないよ」

 ユーリッドが立ち止まって、振り返る。
トワリスは、怪訝そうに眉を寄せた。

「……どういう意味ですか?」

「…………」

 ルーフェンは、微かに目を伏せると、平坦な声で答えた。

「……サーフェリアを探しても、ファフリちゃんは、見つからない」

 ユーリッドの顔が、蒼白になる。
瞠目した後、ユーリッドは、身体をルーフェンの方に向けた。

「……まさか、ミストリアに行ったのか……?」

 ルーフェンが、視線だけ動かして、ユーリッドを見る。
ユーリッドは、ぐっと歯を食い縛ると、ルーフェンの胸ぐらを掴み上げた。

「何とか言えよ! お前、ファフリを一人で行かせたのか!? その場にいたなら、なんで止めなかったんだよ!?」

 ユーリッドの勢いに、ルーフェンは椅子ごと倒れそうになった。
しかし、咄嗟に脚で踏ん張ると、ユーリッドを見た。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.328 )
日時: 2021/04/13 13:35
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)

「だからさぁ、そうやってすぐ胸ぐら掴んでくるの、やめてくんない? 痛いんだけど」

「はぐらかしてないで、早く答えろ!」

 余裕のない表情で、ユーリッドが怒鳴る。
それに対しルーフェンは、煩わしそうにため息をつくと、瞬間、ユーリッドの左肘に手刀を叩き込んだ。

 痛みで怯んだユーリッドの首筋に、そのまま掌を押し付けると、同時に椅子から立ち上がって、膝裏を蹴りあげる。
膝がすくわれて仰向けに倒れたユーリッドは、そのまま地面に背中を叩きつけた。

「いちいち暑苦しいなぁ、ユーリッドくんは」

 倒れたユーリッドを見下ろして、ルーフェンは、薄く笑った。

「止めるも何も、ファフリちゃんが言ったんだ。『王座を取り戻したい。だから、私一人をミストリアに送ってほしい』ってね」

 ユーリッドが、ぐっと顔をしかめる。
素早く身体を起こすと、ユーリッドは声を荒げた。

「だからって、なんでそんなこと簡単に承諾したんだよ! ファフリは、まだちゃんと召喚術が使えるか分からないんだぞ! 使えたとしても、一人でミストリア城に乗り込むなんて、危険すぎる! それくらい分かるだろ!」 

 ユーリッドが、ルーフェンを強く睨む。
ルーフェンは、真剣味のない表情で、肩をすくめた。

「じゃあ、どうしろって? ファフリちゃんは、召喚師としての力を完全に手に入れたよ。それなら後は、ミストリアに戻って王位を継ぐか、このまま逃亡生活を続けるかのどちらかだろう? ファフリちゃんは、前者を選んだ。それの何が問題なわけ? ユーリッドくんは、逃亡生活を続けたいの?」

 煽るようなルーフェンの物言いに、ユーリッドは更に口調を激しくした。

「そうじゃない! ファフリとは、一緒にミストリアを救おうって決めた! 俺が言ってるのは、なんで一人で行かせたんだってことだ!」

 激昂するユーリッドに、ルーフェンは眉を上げた。

「それなら仮に、ユーリッドくんも一緒についていったとして、何が変わるっていうのさ。剣を振り回してるだけの君が、何の役に立つって? それでもし君が死んだら、ファフリちゃんが一人で行った意味がなくなる」

「なっ……!」

 怒りのあまり、ユーリッドの瞳に凶暴な光が宿る。
それでも尚、こちらを試すような顔つきのルーフェンに、ユーリッドは思わず掴みかかろうとした。

 しかし、その瞬間。
頬に激しい衝撃が襲ってきたかと思うと、ルーフェンとユーリッドは、頭から地面に突っ込んだ。
一瞬、頭が床にめり込んだのではないかと思うほどの衝撃に、目の前で火花が散る。

 対峙して、お互いに気をとられていたルーフェンとユーリッドの頬を、トワリスが殴り付けたのだ。

「状況を考えろこの馬鹿っ!」

 倒れこむ二人を見て、トワリスが怒鳴った。

「ルーフェンさん、わざわざユーリッドを怒らせるようなようなこと言わないで下さい! ユーリッドも、少し落ち着いて。こんなところで喧嘩してる場合じゃないでしょう!」

 捲し立てるように言って、トワリスが仁王立ちする。
つかの間、気が遠くなっていたルーフェンとユーリッドは、はっと意識を取り戻すと、ゆっくりと上体を起こした。

「とりあえず、ファフリがミストリアに向かったなら、急いで追いかけよう。どうせ私達を巻き込みたくなくて、一人で向かったんだろうけど、やっぱり危ないよ」

 トワリスの言葉に、ユーリッドが唇を噛んで頷く。
ルーフェンは、赤くなった頬を擦りながら、はあっと息を吐いた。

「いったぁ……トワ、手加減しないで殴ったでしょー。せめてグーじゃなくて平手打ちで──」

 ルーフェンが言い終わる前に、トワリスが太股に仕込んであった短刀を引き抜いて、どすっと床に突き刺す。
トワリスは、厳しい形相でルーフェンを見ると、低い声で言った。

「うるさいです」

「……はい」

 両手をあげて、流石のルーフェンも口を閉じる。
トワリスは、ルーフェンにぐいと顔を近づけた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.329 )
日時: 2017/08/15 17:28
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「今すぐ私とユーリッドを、ミストリアに送ってください。ファフリと同じのところに」

「…………」

 ルーフェンは、トワリスを見つめ返して、微かに息を吐いた。

「……行ってどーすんのさ。召喚師の争いに入り込めると?」

 トワリスが返事をする前に、ユーリッドが、静かな声で答えた。

「入り込めるよ。……いや、もう入り込んでるんだ」

 ユーリッドは、ルーフェンを見つめた。

「ミストリア城から逃げ出したあの日から、ずっと一緒に頑張ってきたんだ。刺客に襲われたときも、フェニクスの夢に取り込まれたときも、ファフリは、一人じゃなかった」

 膝上に置いた拳を握って、ユーリッドは口調を強くした。

「ミストリアに戻って、王位を奪還するっていうなら、ファフリは、兵団の奴等やリークス王と戦うことになる。その責任と罪悪感を、ファフリ一人に背負わせたりしたくない。ミストリアは、俺たちの国だ。召喚術が使えるからって、ファフリ一人にその守護を押し付けたりしない。俺も一緒に戦うんだ!」

 言い放って、ユーリッドが立ち上がる。
 
ユーリッドとルーフェンは、しばらく睨み合っていたが、やがて顔をしかめると、ユーリッドは扉の方に身体を向けた。

「……もういい。ルーフェンが連れていってくれないなら、自力でミストリアに行く」

「ちょっと、ユーリッド!」

 扉を開けて出ていこうとするユーリッドに、トワリスが慌てて声をかける。
ルーフェンは、やれやれといった風に立ち上がると、指先をひょいと動かした。

 瞬間、開いていた扉がばんっと閉まって、びくともしなくなる。
力一杯押しても引いても動かなくなって、ユーリッドは、ルーフェンを睨んだ。

「なんだよ、俺が勝手に行くだけなら、ルーフェンに迷惑かからないだろ!」

 刺々しく言って、ユーリッドがルーフェンに向き直る。
ルーフェンは、呆れた様子で後頭部を掻くと、長々と息を吐いた。

「ばーか。自力で行くったって、航路じゃ何月かかると思ってる。人狼族ってのは、皆そんな感じなのかねー」

「じゃあどうしろって言うんだよ!」

 怒りの表情を浮かべて、ユーリッドが言う。
ルーフェンは、そんなユーリッドをじっと見てから、宙に視線を移した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.330 )
日時: 2017/11/22 18:14
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「……バシン、どこにいる? 戻ってこい」

 ルーフェンの呼び掛けに応じて、室内に、生暖かい吐息のような風が吹く。
トワリスは、少し驚いたように、ルーフェンのほうを見た。

「いいんですか……?」

 ルーフェンは、鼻で笑った。

「ぶん殴ってきたくせに、よく言うよ。ほら、早く準備して」

 床に手をかざし、目を閉じる。
ルーフェンは、周囲の魔力を探りながら、小さな声で唱えた。

「汝、頂点と終点を司る地獄の公爵よ。
従順として求めに応じ、可視の姿となれ。
──バシン……」

 詠唱を終えた瞬間、床に巨大な鱗のようなものが浮かんできて、ぞろりと動いた。
足元で大蛇がうねっているような感覚に、ユーリッドが思わず構える。
 
 同時に、床全体に浮かんだ移動陣の魔語をなぞるように、ルーフェンは指を動かした。

「移動陣を新しく描き換える、ミストリアの召喚師の魔力を辿れ」

 その言葉で、ルーフェンの行動の意味が分かったのか、ユーリッドは顔をあげた。

「ミストリアに連れていってくれるのか!」

 空気中に浮かんでは消えていく、魔語の描き換え作業を行いながら、ルーフェンは言った。

「ミストリアには移動陣が敷かれていないから、確実にファフリちゃんのところに送れる訳じゃない。一般的な移動陣を多少描き換えて、彼女の魔力をたどり、おおよその場所に送り込むだけだよ」

 言いながら、ルーフェンが指先を向けると、トワリスの手の甲に、描き換えられたものと同じ魔法陣が浮かぶ。
行きとは別に、帰りに使用するためのものだ。

 ユーリッドは、深く頷くと、はっきりとした口調で言った。

「それで十分だよ。ごめん、ルーフェン……ありがとう」

 ルーフェンは、ふっと笑って、移動陣を完成させた。

「……ユーリッドくんみたいなお人好しの御託は、もう聞き飽きたからね。さっさと行けばいいよ。君達を見ているのは、どうにも疲れるから」



To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.331 )
日時: 2017/08/16 12:43
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

†第五章†──回帰せし運命
第三話『帰趨』


 暗闇の中、移動陣から伸びる一本の光の筋を辿って、ファフリは、ぼんやりと輝く輪の奥に飛び込んだ。
すると、湿った空気が全身を包んで、足に地面の固い感触が当たる。

 閉じていた目を開けて、周囲を見回すと、そこは、暗い牢の中だった。

(ここは……地下牢? だとしたら、ミストリア城に来られたってこと……?)

 辺りの様子を伺いながら、壁に手を沿わせて立ち上がる。

 まだ城にいた頃、地下牢なんて覗いたことはなかったから、確証は持てない。
しかし、ミストリアには、南大陸と北大陸の中間にある監獄とは別に、城の地下に、罪人を幽閉するための牢があると聞いたことがあった。

 周囲から魔力を感じ取れないことから、今いるのがサーフェリアではなく、ミストリアであることは確かだ。
とすれば、ファフリが降り立ったのは、ミストリア城の地下ということになるだろう。

(運が良かったのね。うまく行けば、今日のうちにお父様に会えるかもしれない……)

 父王リークスに会いに行くため、ミストリアへ飛ばしてほしいとルーフェンにお願いした、あのとき。
ルーフェンの話では、リークスの魔力を目印に移動させるという不確かな方法をとるため、確実にどの場所に着地できるかは分からないとのことだった。

 本来、移動陣から移動陣へと飛ばす魔術を、違う使い方で行使する上、長距離の移動を行うのだ。
リークスの近くに着地できるとは思っていなかったし、最悪、一人で旅をする羽目になると覚悟していた。
だが、いきなりミストリア城に着いたのだから、自分は十分幸運だったと言えるだろう。

(私、頑張るよ……ユーリッド)

 ぐっと胸元で手を握って、ファフリは、牢が並ぶ長い通路を、足音を立てないように歩き出した。
夜目のきかない鳥人であるファフリが、あまり長時間、この暗い地下牢にいるのは得策とは言えない。
石壁を辿って、通路を歩いていけば、必ず兵士や看守が出入りするための扉があるはずだ。
そこから地上に出て、リークスを探すのが良いだろう。

 そうして、辺りを警戒しながら歩いていく内に、ファフリは、奇妙なことに気がついた。
地下牢ならば、罪人が閉じ込められているはずなのに、何者かが動く気配や、物音が全くしないのだ。

(もうこの地下牢は、使われていないのかな? そんなはず、ないと思うんだけど……)

 そう思って、牢が並ぶ向かいの暗闇を、じっと見つめてみる。
しかし、ぼんやりと鉄格子が見えるだけで、罪人が幽閉されているかはよく見えなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.332 )
日時: 2017/08/01 18:28
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SqYHSRj5)



 ファフリは、ごくりと息を飲むと、恐る恐る、牢に近づいていった。
そして、冷たい鉄格子の隙間から、じっと目を凝らしたとき。
その奧に広がる光景に、ファフリは、思わず悲鳴をあげそうになった。

 鉄格子の奥、牢の中には、物言わぬ骸(むくろ)が幾重にも積み重なって、放置されていたのだ。

「────!」

 咄嗟に叫びそうになった口を、手で押さえて、ファフリは後ずさった。

 濃い闇の中、まるで捨てられたごみのように、牢の中に散らばっている獣人たち。
見れば、隣の牢にも、その更に隣の牢にも、獣人たちが閉じ込められている。
その様はひどく凄惨で、恐ろしく思えた。

(なんで、こんなことになってるの……? これじゃあまるで、死体置場じゃない)

 うなじにひやりとしたものが触れて、ファフリはその場に立ち尽くした。
そして、速くなる鼓動と呼吸音を抑えようとして、はっとした。

(……違う、死体じゃない。きっと、奇病にかかった獣人だわ……)

 暗いため、はっきりと奇形があるかどうかは確認できない。
だが、この地下牢には、何の臭いもしないのだ。

 普通、これだけ多くの死体が並んでいれば、呼吸なんてままならないくらいの、腐敗臭がするはずである。
それがしないということは、この牢の中に放置されている獣人たちは、死体ではない可能性が高い。
おそらく、奇病にかかった獣人たちを南大陸から集め、魔力に反応しないように隔離して、この地下牢に幽閉しているのだろう。

 何故そんなことをしているのか、理由は分からない。
しかし、宰相のキリスが、この奇病にかかった獣人を使って、サーフェリアを襲わせていたという事実もある。
この獣人たちは、何らかの理由価値があると見なされて、この地下牢に連れてこられたのかもしれない。

──その時だった。

「……おい、今なにか音がしなかったか?」

 遠くでそんな声が聞こえて、通路の少し先から、光が差してきた。

 驚いてそちらに目を向けると、暗闇の奥にある扉が開いて、二人の人影が通路に入ってきた。
この地下牢の出入り口を見張っていた、兵士である。

 ファフリは、素早く屈んで、兵士たちの動向を伺った。
微かな足音か何かを、聞かれてしまったのだろう。

 幸い、暗い地下牢では視界が悪く、兵士たちもまだファフリの存在に気づいてはいないようだ。

「気のせいじゃないのか? こんな気色悪いところ、誰が忍び込むっていうんだよ」

「いや、でも今、確かに音が聞こえたんだって」

 そんな会話をしながら、一人の兵士がごそごそと身じろいで、同時に、じゅっと引火する音が聞こえてくる。
──松明をつけた音だ。

 ファフリは、震える膝に力を込めると、勢いよく駆け出した。

 松明で通路を照らされてしまえば、絶対に見つかるだろう。
見つかってしまえば、きっともう逃げられない。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.333 )
日時: 2017/08/02 18:27
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



(──兵士たちが、私に気づく前に……!)

 ファフリは、勢いよく扉に向かうと、まだ事態を把握できていない二人の間に、思いきり突っ込んだ。

「うわっ、なんだ!?」

 突然突進してきた人影に、一瞬ひるんだ兵士たちが、左右に避ける。
ファフリは、その隙に地下牢から飛び出すと、足を止めずに、その場から走り去ろうとした。

「待て! 貴様何者だ!」

 しかし、背後から兵士の鋭い怒声が迫ってきて、瞬間、ファフリは仰け反った。
追い付いた兵士が、ファフリの髪を掴んだのだ。

 そのまま髪を引っ張られ、投げ飛ばされたファフリは、身体を起こす頃には、二人の兵士に挟まれてしまっていた。

「女か……?」

「お前、どうやって地下牢に入った!」

 腰の剣に手をかけ、二人の兵士たちが、じりじりと距離を詰めてくる。
ファフリは、ぐっと唇を噛むと、迫る兵士たちをにらみ返した。

「私は、ファフリ。次期召喚師よ」

 兵士たちが立ち止まって、目を見張る。
ファフリは、強い口調で続けた。

「剣から手を引きなさい。でないと、召喚術を使うわ」

 ファフリの言葉に、躊躇った様子で、兵士たちが剣から手を引く。
しかし、見逃す気はないらしく、二人は互いに目を見合わせたあと、微妙な距離をとったまま、ファフリを睨んでいた。

(どうしよう……。このまま、お父様の元に連れて行くように、言ってみるのも手かしら……)

 城の長廊下の壁を背にして、ファフリは、必死に思考を巡らせていた。

 誰にも捕まることなく、リークスと会い、話し合えれば良かったのだが、見つかってしまった以上は仕方がない。
自分はリークスの居場所が分からないし、いっそ兵士たちに連れて行ってもらうのも、方法の一つかもしれない。

 召喚術を使うと脅しはしたが、ファフリにとっても、それは最終手段であり、できれば避けたい事態だと考えていた。
なぜなら、先程地下牢で見た獣人たちが、本当に奇病にかかった者たちならば、召喚術を使うと、その魔力に反応して暴れ出してしまうからだ。
それに、あまり抵抗すると、いざリークスと会ったときに、話し合いどころではなくなってしまうだろう。

 高まっていく緊張感の中、三人は、しばらく動かず、その場で沈黙していた。
一歩でも動けば、兵士の間合いに入ってしまうような気がしたし、兵士たちもまた、ファフリが魔術を使ってこないか、警戒しているようだった。

 沈黙を破ったのは、兵士の一人だった。
兵士は、懐から小さな笛を取り出すと、それを口元に持っていこうとする。

 緊急事態を周囲に知らせるため、笛を吹こうとしているのだ。

「やめ──!」

 やめなさい、と口に出す前に、瞬間、廊下の角から飛び出してきた獣人が、兵士の頭を背後から殴り付けた。

 反応しきれなかった兵士が、気を失って、地面に倒れ込む。

「なっ、なんだお前!?」

 もう一人の兵士は、慌てて抜刀しようと構えたが、獣人は、目にも止まらぬ早さで兵士の後ろに回り込むと、そのうなじに手刀を叩き込んだ。

 がしゃんっと甲冑が派手な音を立てて、二人目の兵士も気絶する。

 突如現れた獣人は、兵士たちが完全に気を失ったことを確認すると、ファフリに向き直った。

「次期召喚師様……ファフリ様、ですね?」

 神妙な面持ちで、獣人が尋ねてくる。
太い尾から、イタチの獣人であろうこの男は、小柄だが、先程の素早い身のこなしを見る限り、戦えるようだ。
胸につけている紀章からして、彼もまた、ミストリア兵団の一員らしい。
よく見れば、小振りのものだが帯剣もしていた。

「ええ、私はファフリだけど……。あの、貴方は……?」

 助けられたことに戸惑って、ファフリが問いかけると、イタチの獣人は、周囲を見回してから、早口で言った。

「安心してください。俺は、貴女様の味方です。とにかく今は、身を隠しましょう。着いてきて下さい」

 獣人は、自分が着ていた革製の兜と外套をファフリに被せ、彼女の手を掴むと、辺りを警戒しながら走り出した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.334 )
日時: 2017/08/02 21:02
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1CRawldg)

こんばんは!
今更なうえ突然なのですが、PVを見せていただきました。とてもクオリティが高い映像でびっくりしてつい書き込みました!
銀竹さんが作られたのですよね?凄いですね!
……ということで、本編とはあまり関係のない内容ですが書かせていただきました。お話の方もちょくちょく覗かせていただいております。頑張って下さい、応援しています!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.335 )
日時: 2017/08/03 00:58
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

四季さん

 コメントくださってありがとうございます(´ω`*)

 そうですね、イラストの枚数さぼった感は否めないのですが、PVは私が作りました(笑)
お褒めの言葉嬉しいです♪

 ミストリア編の方は八月中には完結すると思いますので、お時間ある時によろしければ覗いてやって下さい^^
頑張りますー(*´▽`*)

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.336 )
日時: 2017/08/03 17:51
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 イタチの獣人に連れられてやって来たのは、兵士たちの防具や武器が保管してある、城内の倉庫の一つだった。
入った瞬間、むっと香ってくる汗臭さと錆び臭さに、思わずむせそうになる。
だが今は、そんなことで文句を言っている場合ではない。

 獣人は、倉庫に入るや否や、扉と換気のために開けていた窓を、完全に締め切った。
そして、周りに誰もいないことを確認してから、ほっと息を吐いた。

「……今日は見習い兵も訓練兵も休暇ですし、ここには誰も近づかないはずですから、ひとまず大丈夫ですよ」

「あ、ありがとう……」

 お礼を言って、借りていた兜と外套をを脱ぐ。
この兜と外套を着用していたお陰で、ここに来るまで、侍従や兵士たちに特別怪しまれることはなかったが、正直、暑くて限界であった。
兜など着けること自体、ファフリは初めてだったのだが、その上、そのまま走ったのだ。
日頃この装備で戦っている兵士たちの苦労が、身に染みて分かった。

 そんなファフリの疲労に気づいたのか、イタチの獣人は、少し頬を赤らめた。

「も、申し訳ありません……状況が状況だったとはいえ、こんなものを次期召喚師様に被せてしまって……」

 ファフリは微笑んで、首を振った。

「ううん。助けてくれて、ありがとう。貴方が来てくれてなかったら、危なかったわ」

 イタチの獣人は、更に顔を赤くすると、僅かに俯いた。

「い、いえ……本当に偶然、通りすがったものですから……。でも、運が良かった。今日は、御前会議の日なのです。それが終わるまでは、謁見の間に警備が集中していますから、比較的城内には獣人が少ないはずです。先程の警備兵たちが目を覚ましたら、騒ぎにはなるでしょうが……」

「…………」

 そう話すイタチの獣人の顔をじっと見ながら、ファフリは尋ねた。

「御前会議のことを知ってるってことは、貴方、やっぱりミストリア兵団の兵士なのよね? どうして私を助けてくれたの……? 私が追われている身なのは、知ってるでしょう?」

 獣人の表情が、はっと強張る。
獣人は、それから悔しそうに顔を歪めると、ファフリに向かって土下座をした。

「私は……私は、イーサと申します。仰る通り、ミストリア兵団の新兵です。次期召喚師様のお命が狙われていることは、もちろん存じ上げております……」

「イーサ……?」

 そのどこか聞き覚えのある名前に、ファフリは、目を細めた。
そして、はっと目を見開くと、言った。

「イーサって、もしかして、ユーリッドのお友達の?」

「…………」

 刹那、イーサが顔をあげて、唇を震わした。
何かこらえるように口を閉じ、そして、再び額を地面に擦り付けると、イーサは涙声で言った。

「友達……。ユーリッドは、まだ俺のことを、友だと言っているのですか……」

「え……?」

 イーサが泣き出した意味が分からず、ファフリは首をかしげた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.337 )
日時: 2017/08/04 19:08
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 イーサは、ユーリッドが見習い兵だった時からの親友である。
ファフリが実際に会ったのは初めてだったが、ユーリッドからは、そのように聞いていた。

 旅に出てからは、そんな親友の話を聞くこともなくなっていたが、昔は、よくイーサのことをユーリッドが話題に出していたのだ。
お調子者で騒がしい奴だが、入団したとき、最初に話しかけてきてくれた、気さくで良い奴なのだと。
ユーリッドは、イーサをそんな風に言っていた。
元々、周囲に馴染むのが上手いユーリッドだったが、イーサはその中でも、特別な友達なんだなと思っていた記憶がある。

 イーサは、涙を拭いながら、ぽつぽつと語り始めた。

「……私は、ユーリッドとアドラ前団長が、貴女様を守るために兵団を脱退したことを、知っていたのです……。陛下が、正式に次期召喚師様を殺せと命令を下す前から、貴女様の命が狙われていることを、ユーリッドから内密に聞いていました……」

 ファフリが、微かに瞠目する。
イーサは、震える声で話を続けた。

「私の気持ちは、ユーリッドと同じでした。直接お会いしたことはありませんでしたが、次期召喚様のことは、ユーリッドから聞いていましたし、いくら軍事力発展のためとはいえ、貴女様が殺されるのはおかしいと、本当にそう思っていたんです。でも、私には、勇気がなかった……。正義を翳す兵士でありながら、ユーリッドたちのように追われる身となる覚悟が、私にはなかったのです……」

 少し躊躇ったあと、イーサは、嗚咽を殺しながら言った。

「アドラ前団長が亡くなったという知らせを受けた後も、私はやはり命令に背くことができず、あの渓流での戦いで、貴女様に剣を向けました。ユーリッドが命をかけて戦っているのを見ても、それでも、兵団に逆らう勇気が出なかった……。私は、次期召喚師様やユーリッドから見れば、臆病で脆弱な裏切り者なのです。このように、言葉を交わすのもおこがましい。まして、友を名乗るなど許されない、卑怯者なのです……」

 身を縮めながら、何度も何度も顔を拭って、イーサは言い募った。

「その、報いなのでしょうか。ミストリアが、こんな風になってしまって……。国をお守りするために兵士になったというのに、私は何も果たせていない。ですから先程、貴女様をお見かけしたとき、これは私に与えられた償いの機会だと確信したのです……! もう、自分の命惜しさに、逃げたりはしません。ですからどうか、貴女様の護衛をさせてください……!」

「…………」

 ファフリは、何かを考え込むように、しばらくイーサを見つめて黙っていた。
しかし、やがてイーサに合わせて屈み込むと、穏やかな声で告げた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.338 )
日時: 2017/08/05 19:59
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: xDap4eTO)


「……ユーリッドは、今、サーフェリアにいるよ」

「え……」

 擦りすぎて真っ赤になった顔で、イーサが顔をあげる。
ユーリッドがそばにいないことから、ユーリッドは死んだと思っていたのかもしれない。

 ファフリは、これまでの経緯を軽く話してから、頷いて微笑んだ。

「……イーサ、その気持ちはとても嬉しいけど、そんな簡単に、命をかけるだなんて言っちゃ駄目だよ。ユーリッドはきっと、私と過ごしてきた時間があったから、私に着いてきてくれたんだと思う。でもイーサは、そうじゃないでしょう? 一度も会ったことのなかった私より、これまで一緒に頑張ってきた兵団の仲間を選ぶのは、当然のことだよ」

 ファフリは、イーサの肩に手を置いた。

「私は、ユーリッドやアドラさん、他にも色んな人たちのおかげで生き延びて、今、自分の意思でここにいるの。私を生かすために、亡くなった獣人(ひと)がいると思うと、胸が締め付けられるけど……私は、自分を不幸だなんて思ってないよ。ミストリア兵団のことを、憎んでもいない。だから大丈夫、貴方を裏切り者だなんて、私、思ってないから。もちろんユーリッドだって、そんなこと思ってないはずだわ」

 イーサは、大きく目を見開いて、再び俯いた。
そして、繰り返し繰り返し、呟くように言った。

「……ああ、良かった、本当に……生きていて……。次期召喚師様も、ユーリッドも……」

 イーサは、そうして長い間、静かにむせび泣いていた。
ファフリは、しばらく黙って、その背を擦っていたが、やがて、イーサの呼吸が落ち着いてくると、口を開いた。

「……ねえ、イーサ。私を、お父様のところに連れていってくれない? ううん、居場所を教えてくれるだけでもいいの。私、お父様とお話がしたい」

 真剣な口調で言うと、イーサは驚いたように、ファフリを見つめ返した。

「リークス王と、ですか……? あの……次期召喚師様は、ご存知ないのでしょうか?」

「え……?」

 イーサの言葉に、ファフリが眉を寄せる。
何のことを言っているのか、さっぱり分からなかった。

 イーサは、何かを言おうとして、しかし、躊躇ったように口を閉じると、辛そうに表情を歪めた。

「いえ……失礼しました。そうですよね、サーフェリアにいらっしゃったのなら、今ミストリアがどのような状況下なのか、ご存知ないのも当然です」

「どういうこと……? 何かあったの?」

 イーサは、言いづらそうに口ごもっていたが、何か決心したように拳を握ると、ファフリに視線を戻した。

「……お父上の……リークス国王様の元に、お連れします。そこで、ミストリアの現状についてもご説明致しましょう」
 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.339 )
日時: 2017/08/16 12:57
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 イーサの言う通り城内には、不自然なほど兵士の数が少なかった。
時折、侍従などとすれ違うこともあったが、倉庫から持ち出した兵士用の装備を身に付けていれば、素性を聞かれるようなこともなかった。

 なるべく人目につかないよう、イーサに先導されて、城の階段を次々と上がっていく。
リークスは、国王の寝殿とされる、城の最上階の一室にいるとのことであった。

「ここです。このお部屋に、リークス王が……」

 言いづらそうに告げて、イーサが、大きな観音開きの扉を示す。
ファフリは、目を閉じ、そして開くと、意を決して、扉を押し開いた。

 磨き抜かれた石造りの部屋の奥には、光沢のある絹の寝台が置いてあり、そこに、リークスが深々と身を沈めて眠っていた。

 リークスと会いまみえるのは、ロージアン鉱山で争ったとき以来である。
一言目は、なんと言おうか。
自分の言葉を、聞いてくれるだろうか。
そんなことを考えていたファフリだったが、寝台に近づき、横たわるリークスを目に映したとき、言葉を失った。

 父王リークスは、すっかり変わり果てた姿をしていたのだ。

「お父、様……?」

 兜を脱ぎ去り、か細く呼び掛けてみるも、異様な姿のリークスが、答えることはない。

 寝台の上で力なく倒れ、骨と皮だけになったリークスは、もう呼吸をしていなかったのだ。

 強い意思を秘めていた瞳は光を失い、ファフリと同じ鳶色だった髪の毛は、細く、真っ白になっている。
また、その腹には、黒光りする剣──ハイドットの剣が、深々と突き立てられていた。

「そ、そんな……なんで、こんなことに……」

 動揺を隠せない様子で呟くと、ファフリは、そっと父の手に触れた。
乾いたその手は、まるで木の枝のように固く、氷のように冷たい。
目の前で息絶えている今のリークスに、国王たる威厳は、もうなくなっていた。

「……リークス王は、殺害されました。しかし、殺されて尚、弔われてはおりません。次期召喚師様が不在でしたから、陛下がその身に宿す魔力は、大変貴重なものです。そのため、ハイドットの剣を突き立てられた状態で、日々魔力を吸い上げられているのです」

 ファフリの背後で、イーサが言った。
ファフリは、ハイドットの剣に視線をやって、消え入りそうな声で返した。

「魔力を、って……どうして、そんなことをする必要があるの……?」

 イーサは、顔をしかめた。

「それは……。奇病にかかった獣人たちを、生物兵器として利用するためです」

 ファフリが、絶望したような目で、イーサを見る。
イーサは、目を伏せた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.340 )
日時: 2017/08/16 13:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「次期召喚師様、地下牢にいらっしゃったのなら、牢に閉じ込められたあの獣人たちを、ご覧になったのではありませんか? あれらは全て、南大陸から連れてきた、奇病にかかった獣人たちです。彼らは、刺しても斬っても、動ける限りは魔力に反応して、手近にいる者を襲い続けます。ですから、リークス王の亡骸から吸い上げた魔力を利用し、彼らを凶暴化させ、戦に駆り出そうとしているのです」

「…………」

 ファフリは、緩慢な動きで、リークスに突き刺さったハイドットの剣に触れた。
魔力を吸収するというハイドットの性質上、近くにいても魔力は感じないが、こうして触れてみると、確かに、リークスの魔力を感じる。
長い間ずっと、吸収され蓄えられた魔力は、ハイドットでも、完全に消化するには時間がかかっているようだ。

 イーサは、言葉を選びながら、ゆっくりと説明した。

「私も、詳しいことは分かりません。ですがリークス王は、ハイドットの廃液の流出を止めようとしておられた。しかし、ミストリア城内の重鎮には、奇病の蔓延というリスクを払ってでも、ハイドットの武具を生産し続けることに意味があると唱える者が多い。故に、リークス王は殺されたのです」

「…………」

「……兵士たちの中でも、今、内部分裂が生じています。ハイドットの廃液の流出を止めるべきだと主張する派閥と、人間や精霊族の魔術に対抗するため、ハイドットの武具を造り続けるべきだという、二つの派閥があるのです。奇病の対策として、貯蔵された清潔な水を用意してはいますが、そんなもの、城下にしか配給されていませんし、いつ尽きてしまうかも分かりません。城下外で生活する民衆たちは、徐々に北上してくる奇病の脅威にさらされ、今も脅えながら暮らしています。奇形生物が出たという報告も、日に日に増えています。このままでは……ミストリアは、いずれ破滅してしまう」

 苦しそうに話すイーサの言葉を、ファフリは、ただ黙って聞いていた。
そのうち、ぽろぽろと涙が出てきたが、それを拭う気にもなれなかった。

 やはりリークスは、ハイドットの廃液の流出を食い止めようとしていたのだ。
その安堵と、悲しみ、怒り、そして絶望──。
色々な感情がごちゃまぜになって、何かを思考することもできなかった。

 イーサは、膝をついて頭を下げると、すがるように言った。

「次期召喚師様……貴女様を追い詰め、殺そうとしたにも拘わらず、こんなことをお願いするのは身勝手極まりないことだと、重々承知の上です。ですが、どうか……もし、ミストリアを想って戻ってきて下さったのなら、どうか、この国を救って下さらないでしょうか……。もう、貴女様しかいないのです。もちろん、私も戦います! 先程の言葉に偽りはありません。微力ながら、私も全力で戦います故、ですからどうか……!」

「…………」

 ファフリは、つかの間なにも言わなかった。
だが、涙を拭うと、一つ深呼吸した。

「……誰?」

「え……?」

 聞き返したイーサに、ファフリは、落ち着いた声音で聞いた。

「誰が、お父様を殺し、ミストリアをこんな風にしたの?」

 イーサは、立ち上がると、一瞬言葉を濁らせた。
しかし、すぐに表情を引き締めると、口を開いた。

「それは──」

「──私ですよ。次期召喚師様」

 その時、不意に扉の方から、声がした。
同時に扉が蹴破られ、室内に沢山の兵士たちがなだれ込んでくる。

 イーサは、すぐに剣を抜いたが、流石に何人もの兵士たちに囲まれては対抗できない。
ファフリも、抵抗する間もなく捕捉されて、喉元に剣を突きつけられてしまった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.341 )
日時: 2017/08/08 18:27
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: fqLv/Uya)



「やはり、ここにいらっしゃったのですね。兵を引かせ、わざわざこの部屋に呼び寄せた甲斐があったというもの」

 そう言って、兵士たちに続き部屋に入ってきたのは、ミストリアの宰相、キリスであった。
キリスは、自らの猫の髭を撫で付けながら、まじまじとファフリを見た。

「いやはや、まさか本当に次期召喚師様がお姿を現すとは。一体どのようにして城に入り込んだのかは分かりませんが、再び会えて光栄ですよ」

「キリス……」

 ファフリは、驚いたようにキリスを見つめていたが、ぐっと眉を寄せると、強い口調で言った。

「キリス、どういうこと? さっきの発言は本当なの? 貴方がお父様を殺したの?」

 キリスは、眠るリークスを一瞥して、にやりと笑った。

「ええ、その通りですよ。私が貴女のお父上、リークス前国王を殺害し、このミストリアの新王となったのです。ハイドットの武具を、今後も生産し続けるために」

「そんな……」

 信じられない、といった様子で、ファフリが瞠目する。
確かにキリスは、ロージアン鉱山で、リークスの命令を無視し、奇病にかかった獣人たちをサーフェリアに送りつけたと言っていた。
だが、まさかその後に、リークスの殺害まで謀ったのだろうか。

 キリスは、ファフリが幼い頃からリークスに仕え、宰相としてずっとミストリアを支えてきた獣人である。
どこか気弱な印象はあったが、穏やかで優しい性格に加え、仕事熱心で頭が切れるため、国を動かしていく上で心強い存在だった。
決してリークスを裏切るような、そんな獣人には思えなかった。

 ファフリは、強く唇を噛むと、弱々しい声で言った。

「どうして……どうしてなの、キリス。貴方は長年、ミストリアに尽くしてくれていたじゃない。何故こんなひどいことをするの? 貴方がハイドットなんかに執着するせいで、奇病が蔓延して、沢山の犠牲が出てるのよ? これ以上ミストリアの獣人たちを苦しめて、何になるっていうの」

 キリスは、はっと嘲笑した。

「何故ですって? お父上同様、貴女も何も分かっていらっしゃいませんね。我々獣人族は、何百年何千年もの間、ミストリアという土地一つで甘んじてきたのですよ。この現状に、どうして貴女たち召喚師一族は、何の疑念も抱かないのですか? 世界に存在する四種族の内、獣人族が最も優れた種族だと……そのことを他国に知らしめるためには、この魔力封じのハイドットの武具が、絶対的に必要なのです……! ろくな力も持たぬ獣人共が、多少死んだところで、我々の地位は揺らがない。少しの犠牲を払いさえすれば、我ら獣人族に栄華がもたらされる! そう確信できるほどに、このハイドットという鉱石には、可能性が秘められているのです」

 まくし立てながら、そう告げてくるキリスの目を見て、ファフリの胸に、深い悲しみが広がった。

 今のキリスの目には、優しかった昔の面影が、一切感じられない。
何が彼を変えてしまったのだろうか。

 笑みを浮かべてはいるが、キリスのその瞳には、ファフリに対する明らかな侮蔑と、狂気の色しか浮かんでいなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.342 )
日時: 2017/08/09 19:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: xDap4eTO)


 ファフリは、歯を食い縛ると、キリスを睨み付けた。

「分かっていないのは、キリスの方よ。ミストリアの民は、貴方の玩具じゃない……!」

 ファフリの強気な態度が気に入らなかったのか、キリスは、小さく舌打ちすると、兵士に向けて合図をした。
すると、ファフリを背後から押さえていた兵士が、懐から手錠を取り出し、ファフリの両手に取り付ける。

 キリスは、満足そうに頷いてから、ファフリの顎を掴んで持ち上げた。

「今、取り付けたのは、ハイドットで作った特製の手錠です。これで貴女は、召喚術はもちろん、魔術は一切使えない。非力な小娘同然だ」

「……!」

 しまった、と目線を動かして、手錠で拘束された自らの手を見る。
しかし、首筋に刃を当てられているこの状況では、動きようがなかった。

 キリスは、唇の端を上げて、話を続けた。

「なに、そう敵視なさらないで下さい。私は別に、リークス前国王とは違い、必ずしも貴女を殺そうとは思っていません。どうです、私と貴女、二人でミストリアを築き上げていくというのは。ハイドットの前にすれば無力とはいえ、確かに召喚師の能力というのは、魅力的ですからね。貴女が、ミストリアの現国王である私に従い、協力してくれるというなら、貴女の帰還を歓迎しますよ。もちろん、相応の地位と権力も差し上げます。悪くない話でしょう」

 ぐっと顔を近づけてきたキリスに対し、ファフリも負けじと睨み返すと、即座に返した。

「絶対に嫌よ。貴方に協力なんて、考えただけでもぞっとする」

 はっきりとした拒絶に、キリスは、目を細めた。
そして、イーサを取り押さえている兵士に目配せした。
途端、兵士がイーサの腕を後ろに捻り上げ、その瞬間、肩の関節がごきりと嫌な音をあげる。

 呻いたイーサを見ながら、キリスは、げらげらと大笑いした。

「ははっ、交渉決裂ですね、次期召喚師様。協力して下さらないというのなら、貴女の侵入を手引きしたあの兵士は罪人。貴女も立派な反逆者だ!」

 再びキリスの合図を受けて、兵士が、イーサのもう片方の腕にも手をかける。

「イーサ!」

 ファフリは、思わず声を上げたが、イーサは、苦悶の表情を浮かべながらも、首を横に振った。

「いけません、次期召喚師様! 俺のことは気になさらず。キリスの要求を飲んでは駄目です!」

「黙れ! この生意気な小僧が!」

 キリスが怒鳴り散らして、忌々しげにイーサを見る。
ファフリは、咄嗟にキリスの脛(すね)を蹴りあげると、早口で言い放った。

「この卑怯者! 弱虫なところは、昔とちっとも変わらないのね! どうせ私に手を出すのが怖くて、イーサを痛め付けることしか思い付かないんでしょう! そんな小さい器で国王を名乗ろうっていうんだから、ちゃんちゃら可笑しいわ! 主犯は私なんだから、やるなら先に私をやってみなさいよ!」

「なっ……!」

 突然蹴られて、罵声を浴びせられるとは思っていなかったのか、キリスの猫の毛が、怒りで逆立つ。
一瞬、挑発に乗るなと自分をなだめようとしているようだったが、それも馬鹿馬鹿しくなったらしい。
すぐに瞳に怒りを灯すと、自らの腰のハイドットの剣を抜き、兵士の手からファフリを奪った。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.343 )
日時: 2017/08/10 17:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: xDap4eTO)


 首筋に剣を押し当て、腕を掴み上げると、そのままファフリをずるずると引きずって、部屋の大窓から、バルコニーへと出る。
そして、ファフリを手すりに押し付けると、眼下に展開する広場を指差した。

「見ろ! あれがなにか分かるか?」

 腕を乱暴に引っ張られ、痛みに顔を歪めながら、ファフリは視線を落とした。
城壁の内側にある、頑丈な内郭の石壁に覆われたその広場は、全面に砂が敷いてあり、その他には何もない。

 ファフリが黙っていると、キリスが荒く呼吸しながら、答えた。

「処刑場だよ。私に楯突く者は皆、処刑場で、あの狂った獣人共に喰わせるのさ」

「狂った……? まさか、奇病にかかった獣人たちのこと!?」

 先程のイーサの言葉を思い出しながら、ファフリが問う。
キリスは、狂気を孕んだ目で、ファフリを見つめた。

「その通り。貴女は奇病が蔓延することで、沢山の犠牲者が出ると言ったが、それも間違いだ。貴女なら知っているだろう。奇病の症状が出れば、奴等は痛覚を失い、永遠に動き続ける生物兵器となる。それらを戦場に駆り出せば、どれほどの戦力になることか! 力を持たぬ弱き獣人は、奇病にかかることで、屈強な戦士に生まれ変わるのだよ……!」

 恍惚とした表情で言うと、キリスは、ファフリの頭を掴み、力任せに引っ張り上げた。
ファフリの身体が、手すりから身を乗り出す状態となり、不安定に揺れる。

 キリスは、畳み掛けるように叫んだ。

「ハイドットと、あの奇病の力があれば、獣人は最強だ! 人間も、精霊族も、召喚師一族ですら敵ではない!」

 血がにじむほど強く、唇を噛んでいるファフリを見ながら、キリスは、頭を掴む手に更に力を込めた。

「さあ、もう一度だけ機会をやろう。私に協力すると言え、次期召喚師! でなければ、ここから処刑場に突き落とすぞ! あの処刑場は、地下牢と繋がっている。私の合図一つで、お前は気狂い(奇病にかかった獣人)共に八裂きにされるのだ……!」

「……っ!」

 高笑いをしながら、キリスは、ファフリの頭を手すりに打ち付ける。
しかしファフリは、その痛みさえ感じなくなっていた。

(……お父様を殺し、奇病の蔓延を知りながら……──この、男は)

 なんて愚かなのだろう、そう思った。
獣人の栄華のためとは言うが、結局キリスは、己の欲望に突き動かされているだけだ。

 どこまでも身勝手に、醜く──。
キリスは、自国の民たちを、まるで使い捨ての駒のように動かしている。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.344 )
日時: 2017/08/11 19:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: kgjUD18D)



「……──いで」

 低い声で言った、ファフリの言葉が聞き取れず、キリスは眉をしかめた。

「あ? なんだと?」

 かつて感じたことがないくらいの怒りが、身体の内側から噴き上げてくる。
身悶えするような、強い強い怒りが爆発して、ファフリは、血を吐くように叫んだ。

「──ふざけないでっ!」

 胸の奥がぐらぐらと煮えるように熱くなって、全身に底知れぬ力がわいてくる。
それは、ファフリの身の内に留まることはできず、内からどんどん溢れだして。
その力が、魔力であることを感じながら、掴まれている頭に構わず、ファフリは、キリスの方を見た。

 キリスは、一瞬たじろいだが、すぐにファフリの頭と腕を掴み直した。

「はっ、話の分からない小娘だ! いいだろう、今すぐ処刑場に突き落として──」

「その口を閉じなさい、キリス……!」

 ファフリのものとは思えない、地を這うような声。
まるで、獰猛な肉食獣の如く鋭い眼差しを向けると、ファフリは、目を不気味に光らせた。

「貴方の言葉は、もう聞きたくない! この国は、貴方のものじゃない……!」

 ファフリは、すっと息を吸い、怒鳴った。

「これ以上、ミストリアを穢さないで──!」

 瞬間、噴き出した蒸気のように魔力が膨れ上がって、キリスは、バルコニーから室内へと吹っ飛ばされた。
その場にいた全員が、思わず目をつぶり、うずくまる。

 キリスは、何が起きたか理解できず、つかの間座り込んで放心していた。
だが、やがて、自分の手に粉々になったハイドットの手錠が握られていることに気づくと、目を剥いた。

 ファフリは、荒くなった呼吸を整えながら、解放された手首を擦って、唱えた。

「汝、高慢と権力を司る地獄の伯爵よ!
従順として求めに応じ、我が身に宿れ……!
──ハルファス!」

 ファフリが詠唱したことに焦って、キリスは立ち上がった。

「止めろ! 早くっ!」

 指示を受けて、兵士たちが、一斉に抜刀する。
しかし、その次の瞬間には、剣が兵士たちの手から跳ね上がり、空中で向きを変え、その刃先にキリスを捉えた。

「イーサを解放して。……今後、ハイドットの武具の生産を廃止することを、約束しなさい」

 はっきりと言い放って、ファフリは、キリスを見据えた。
キリスは、怯えた表情で、兵士にイーサから離れるよう指示を出すと、何度も頷いた。

「わ、わかった。約束しよう! だから、剣を下ろしてくれ」

 自分を狙う、無数の剣先を見回しながら、キリスが言う。
ファフリは、それでも警戒を解かないまま、キリスを睨み付けていた。

 キリスの言葉は、簡単には信用できない。
このまま身動きがとれないように、拘束したほうが良いだろう。

 そう考えながら、ファフリの思考がキリスに集中していたとき。
横合いから何かが迫ってきたかと思うと、ファフリは、思いきり顔面を殴られた。

「──っ!」

 がんっ、と頭を打ち付ける鈍い音が響いて、地面に叩きつけられる。
キリスに気をとられている内に、兵士の一人が、ファフリ目掛けて突っ込んできたのだ。

 まずい、と思う隙もなく、キリスは走り出すと、横たわるリークスの腹から、ハイドットの剣を引き抜いた。
リークスの魔力を蓄えたその剣は、まるで雷をまとっているかのように、ばちばちと光を放っている。

「死ねぇええっ!」

 叫んで、キリスは、ハイドットの剣を振り下ろした。
瞬間、その剣先から眩い閃光が迸(ほとばし)って、ファフリのいるバルコニー全体を包み込む。

「────!」

 殴りかかってきた兵士をも巻き込んで、ばきばきと石畳の割れる音がする。
その音を聞きながら、ファフリは、宙に投げ出された。

 バルコニーが、崩れている。
そう理解した頃には、ファフリは、眼下の処刑場に落下し始めていた。

 宙に浮いていた剣が落ちる金属音と、キリスの歓喜の声が、遠くで聞こえる。
バルコニーの瓦礫と共に、空気がうなるのを感じながら、ファフリは、身を丸めて、ぎゅっと目を閉じた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.345 )
日時: 2017/08/16 13:11
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「今すぐ地下牢の奴らを解放しろ! 処刑場に放て!」

 崩れたバルコニーの近く、大窓から処刑場を覗きこんで、キリスは命令した。

 城の最上階にあるこの部屋から、地下の高さにある処刑場まで落下したのだ。
到底ファフリが無事でいるとも思えないが、処刑場に敷いてあるのが砂であることを考えると、死んでいるとも限らない。

 兵士の数人が、処刑場と地下牢をつなぐ大扉を開くため、内郭の石壁に向かう。
それを確認すると、キリスは、再び兵士たちに拘束されたイーサを見た。

「次はお前だ! 直に、お前もここから突き落としてやるからなっ!」

 興奮した様子で、そう言ったキリスを睨み、イーサは、強く歯を食い縛った。
兵士を振り切り、キリスを大窓から突き落としてやろうかとも思ったが、自分は既に、利き腕の肩の関節を外されている。
抵抗したところで、他の兵士たちに勝てるとも思えなかった。



 朦朧とした意識で、ファフリが目を開けると、不自然な方向に曲がっている、自分の脚が見えた。
視線を上げれば、先程までいたミストリア城の最上階、崩れたバルコニーの残骸が、ぼんやりと目に映る。

 次いで、周りに散らばっている石畳の破片と、処刑場の砂、そして、霞んだ自分の掌を、ファフリはぼうっと見つめた。

(私、生きてる……?)

 ずきずきと傷むこめかみに触れると、べっとりと生暖かい血液が、手に付着する。
ハイドットの手錠を破壊するため、一気に魔力を放出しすぎたのだろう。
激しいめまいがして、息をすれば、軋むように胸部が痛んだ。

 立つこともできず、激痛に身をよじりながら、ファフリは、必死になって顔だけを動かした。
すると、ふと、重々しい大扉が開く音がして、その奥から、獣のように駆けてくる、数百の奇病にかかった獣人たちの姿が見えた。

(……私、殺されるの……?)

 キリスの言葉を思い出しながら、迫ってくる獣人たちを、呆然と見つめる。
自我を失い、ただ身体を動かしているだけの、哀れな操り人形たち。
先程召喚術を使ってしまったから、魔力の発生源である自分目掛けて、彼らは、迷いなくこちらに襲いかかってくるだろう。

 そう思うと、言葉にできない虚しさが、心の底から込み上げてきた。

(……やっぱり、ユーリッドに、何か伝えてから来れば良かったな)

 サーフェリアを出る前、ユーリッドに会えば、折角の決心が揺らぐと分かっていた。
ユーリッドだって、一人で行くなと怒ったに違いない。
だから誰にも会わずに、何も言わず、ファフリは一人で移動陣に飛び込んだ。

(…………)

 ミストリアに一人で来たことは、後悔していない。
これ以上、ユーリッドやトワリスが傷つくことは、自分が死ぬよりも辛いから。
それでも一言──いや、一言では伝えきれないのだろうけど、何かしら、自分の想いを、ユーリッドたちに伝えて来れば良かったという気持ちが、突き上げてきた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.346 )
日時: 2017/08/16 13:13
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 これまで、生き残るために、一生懸命走ってきた。
旅の途中で、生きようと運命に逆らい、もがいている者達も沢山見てきた。
しかし、いざ死ぬときになると、案外命とは呆気ないものなのだなと思う。

 己を危機にさらしてまで、自分を守ってくれたユーリッドやアドラ。
城から逃がしてくれた母、レンファ。
そして、トワリスやルーフェン、これまで出会ってきた者達の顔が、次々と頭に浮かんだ。

 そうして、立ち煙る砂埃を眺めながら、瞼を閉じようとしたとき。
どこからか、クィックィッと鳥の鳴き声が聞こえてきた。

(カイム……?)

 カイムが、どこかで呼んでいる。
唯一、最初からそばにいて、導いてくれた悪魔──。

 その鳴き声を耳元で感じたとき、ファフリの意識が、はっきりと戻った。
自分は、今から奇病にかかった獣人たちに襲われ、死ぬのだという現実を突き付けられた途端、とてつもない悔しさが、全身に広がった。

(まだ、死ねない……!)

 自分の命は、自分だけのものではない。
これまで助け、守ってくれた者達が繋いでくれた、大切な命だ。
ミストリアの命運を揺さぶる力を持っているのに、今ここで、死ぬわけにはいかない。
まだ、死にたくない。

 目を開けて、向かってくる獣人たちを見て、ファフリは肘をついて顔を上げた。

 彼らはもう、生きているとは言えない。
このまま、キリスの思い通りに動かし、殺戮を続けさせてはいけない。

 ファフリは、叫んだ。

「汝、窃盗と、悪行を司る、地獄の総統よ……!
従順として、求めに応じ、可視の、姿となれ……っ」

 ごぷっと喉の奥から、血が流れ出てくる。
それにも構わず、ファフリは、絶叫した。

「カイム……っ!」

 身体の芯が熱くなって、すぐ横を、巨大な人影が通りすぎた。
風に乗り、まるで羽ばたくように現れた人影──カイムは、手に持った光の刃を閃かせて、空気に溶けるようにして消える。

 瞬間、無数の光の刃が大気中に噴き出し、荒れ狂う獣人たちを切り裂いた。

 岩を削る激流の如く、空を割く稲妻の如く。
そして、大地を駆け巡る疾風の如く、光の刃が、全てを刻んでいく。

 石壁を土泥のように削り、獣人たちは、血肉を撒き散らしながら倒れていく。

 その凄絶な光景に、キリスは、声をあげることもできず、ただただ大窓から処刑場を見下ろしていた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.347 )
日時: 2017/08/12 19:15
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「だ……っ、誰か! 獣人を増やせ! 地下牢にいる奴ら、全員を引きずり出せ……!」

 錯乱した様子で、キリスは怒鳴り散らしたが、兵士たちは、目をそらすばかりで、誰も動こうとはしなかった。

 処刑場と地下牢をつなぐ大扉は、安全な内郭の上から、鎖で釣って開けることができる。
故に、処刑場に獣人を出したい場合は、事前に数ヶ所、地下牢を開いておくのだ。
そうして、処刑場で魔力をちらつかせれば、それに反応した獣人たちが、勝手に飛び出していく。

 だが、その獣人を増やせということは、今から地下牢に行って、新しく牢を開けなければならないということだ。
普段の、死体同然の獣人が入っている牢を開けるだけなら、こちらに危険はないが、今、魔力に反応して荒れ狂っているだろう獣人たちの牢を開けるだなんて、自ら死にに行くようなものだ。
そんな命令に、従おうとする者などいなかった。

 キリスは、動かない兵士たちを見て、歯軋りをした。
それからわめき散らすと、そのままリークスの腹から抜いた剣を持って、部屋から出ていった。

 突然のキリスの行動に、司令塔を失った兵士たちが、混乱する。
イーサは、その混乱に乗じて、自分の上に乗っている兵士を蹴り飛ばすと、そのまま転がるように部屋を出て、キリスの後を追った。

 兵士たちも、慌ててその後を追いかけようとしたが、その時、横たわるリークスの死体に、異変が起きた。
ハイドットの剣が突き刺さっていた傷口を中心に、ぼこぼこっと、皮膚が膨れ上がり始めたのだ。

 沸騰した水面のように皮膚を泡立たせながら、リークスの死体が、どんどんと肥大化していく。
風船のように頭部がふくらみ、目や口まで不規則に巨大化して、やがて、手足の生えた大きな肉塊へと変貌していく。

 もはや、獣人の面影もない。
異様な昆虫のような姿になると、リークスは、その巨大な目をぎょろりと動かして、兵士たちを睨んだ。

 ハイドットの剣の影響で、奇形が起きたのか。
そんなことを考える余裕もなく、兵士の一人が、悲鳴をあげる。
それを皮切りに、次々と恐怖で発狂し始めると、兵士たちは、それぞれの剣を拾って、必死になって逃げる術を探した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.348 )
日時: 2017/08/13 19:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 ファフリは、倒れていく獣人たちと、縦横無尽に動き回る光の刃を見ながら、懸命に頭痛に耐えていた。
魔力の不足か、血を流しすぎたのか、いや、その両方が原因だろう。

 一時は意識もはっきりしたが、再び、気が遠くなり始める。
目の前の景色も掠れ、ファフリは、次第に自分の頭が傾いていくのを感じていた。

(駄目、気を失っちゃ、駄目……!)

 浅く呼吸を繰り返しながら、ファフリは、なんとか目を開けた。

 ほとんどの獣人は、動かなくなっているようだが、何しろ、奇病にかかった獣人には、死という概念がないのだ。
まだ、こちらを狙って這っている獣人が見えるし、大扉の向こうから、まだ出てこようとしている獣人たちが、かろうじているようだ。

 今、ここで意識を手放したら、カイムの召喚を保てなくなる。
そうなれば、自分は獣人たちの餌食になってしまうだろう。

 歯を食い縛りながら、ファフリは、身体に力を入れた。
しかし、身体は言うことを聞かず、カイムの気配が、遠のいていくのを感じていた。

 地を揺らす獣人たちの足音が、近づいてくる。
視界が暗くなり、完全にカイムの気配が消えたとき、ファフリの頭の中に、獣人たちに殺される自分の姿がよぎった。

 すぐ近くで、肉を割く音が聞こえた。
自分が、切り裂かれたのだと思った。
しかし、一向に襲ってこない痛みに、ファフリは、微かに目を開けた。

 誰かが、自分をかばうように立っている。
その後ろ姿が、ユーリッドのものであると気づいたとき、ファフリは、驚いて目を見開いた。

「ユー、リッド……」

 言葉として出たのかどうか分からないくらい、掠れた小さな声で、名前を呼んだ。
ユーリッドは、歯を剥き出して剣に食らいついている獣人を切り捨てると、ファフリを見た。

「なんで……ユーリッド……」

 それ以上は、声にならなかった。
ユーリッドの瞳を見つめ返して、こらえていた熱が、堰を切って目から溢れた。

「ファフリの馬鹿!」

 掴みかかってきた獣人の腕を切り落として、ユーリッドは言った。

「一緒に、ミストリアを救うんだろ! なんで一人で行っちゃったんだよ……!」

 ごめん、と言おうとして、しかし、もう口が動かなかった。
涙がこぼれ落ちて、むせび泣きながら、ファフリはユーリッドを見つめていた。

「──ユーリッド! 次期召喚師様!」

 その時、地下牢と繋がる大扉とは別の、小さなくぐり戸から、懐かしい声が聞こえてきた。

「イーサ!?」

 思わず声をあげて、ユーリッドが瞠目する。
イーサは、痛む右肩を押さえながら走り寄ると、早口で言った。

「次期召喚師様と、一緒にいたんだ。すまん、守れなくて……。今からでも、加勢する」

「……いいのか?」

 戸惑ったようなユーリッドの言葉に、イーサは、向かってきた獣人の脳天を突き刺し、そのまま地面に縫い止めると、答えた。

「兵団にも、この奇病を食い止めたいと思ってる奴はいる! 俺もそうだ。だから、協力させてくれ……!」

 強い意思を瞳に秘め、イーサはユーリッドを見た。
二人は、互いに頷き合うと、剣を取り、迫る獣人たちを見据えた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.349 )
日時: 2017/08/16 13:23
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 傾き始めた、赤い夕暮れの光に照らされて。
血に染まった処刑場が、砂埃を上げている。

 トワリスは、そんな処刑場の様子を伺いながら、内郭の石壁の上を走っていた。

 ファフリの召喚術の力か、ほとんどの奇病に冒された獣人たちは、もう身動きなどとれぬほどに、木端微塵になって散っている。
しかし、ファフリが力尽きてしまった今、未だに動ける獣人たちは、ユーリッドたちに襲いかかっていた。

 数が多いわけではないが、よく見れば、処刑場の大扉から、まだちらほらと新たな獣人が飛び出してきている。
──大扉を、封鎖する必要があった。

 内郭を巡っているうち、目前に、大扉を釣る二本の太い鎖を発見すると、トワリスは、走る速さを上げた。
そして、鎖が巻き付いている一方の滑車と、留め具を蹴り飛ばして引き抜くと、持ち上がった大扉を支える、片方の鎖を内郭の外に放り投げた。

「何者だ!」

 大扉を管理していたらしい兵士が、トワリスに剣を向けてくる。
その剣が、ハイドットの剣であることに気づくと、トワリスは舌打ちした。

 今は、この大扉を閉じることが、最優先事項である。
魔術を使ってでも、この兵士を倒すべきなのだろうが、ハイドットの剣を使われれば、魔力は吸収されてしまう。

 斬りかかってきた兵士の攻撃を、宙返りして避け、トワリスは、内郭の縁に移動した。
それから双剣を抜くと、同じように兵士めがけて、剣を振る。

 だがトワリスは、向かってきた兵士の剣を、受けなかった。
力で敵わないことは、分かっている。
故に、剣を交えず、攻撃を受ける寸前に身を沈めると、トワリスは、双剣をその場に捨て、兵士の腕を掴んだ。
そして、斬りかかった勢いそのままに、前のめりになった兵士を、内郭の外に背負い投げる。

 悲鳴をあげながら、処刑場の方に落下していく兵士を見送って、トワリスは、もう一方の鎖も外した。

 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.350 )
日時: 2017/08/16 13:27
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 轟音が響いて、地下牢に繋がる大扉が閉まった。
それを見ながら、腕に噛みついてきた獣人を殴り飛ばすと、ユーリッドは、ほっと胸を撫で下ろした。
これで、奇病にかかった獣人たちが増えることはないだろう。

 背後で倒れているファフリを守りながら、飛びかかってくる獣人たちを、次々に斬りつける。
荒くなった呼吸を整えていると、左右から同時に獣人が襲いかかってきて、ユーリッドは、咄嗟に鞘を抜くと、一方を剣で斬り、他方を鞘で殴り付けて、さっと跳びずさった。

「くそっ、こいつら、全然動きが鈍らないじゃないか……!」

 隣で、獣人ともつれ合うようにして戦っていたイーサが、口を開いた。
彼は、奇病にかかった獣人たちと戦うのは、初めてなのだろう。

「こいつらは、燃やして灰にするくらいじゃないと、死なないんだよ」

 走れないように獣人の脚を切り裂いて、ユーリッドが答える。
二人は、獣人たちを散らしながらも近寄ると、背中を合わせて剣を構え直した。

 動ける獣人は、ざっと二十。
かなり数は減っているものの、このままでは、こちらの体力が尽きるのが先だ。

「ユーリッド!」

 トワリスの声が、降ってきた。

 トワリスは、鉤縄(かぎなわ)を使って内郭の石壁から降りてくると、ユーリッドたちの近くに走ってきた。

「ファフリは?」

 双剣を構えて、ユーリッドに尋ねる。
ユーリッドは、ファフリを一瞥して、浅く頷いた。

「大怪我してるけど、まだ生きてる」

「そう」

 返事をしてから、トワリスは、脚に噛みつこうとしてきた獣人を避け、その脳天に剣を突き刺すと、魔術で炎を使った。
ギャッと耳障りな断末魔を上げて、獣人が丸焦げになる。

 イーサは、トワリスが魔術を使えることに驚いたが、今はそんなことを指摘している場合ではない。

 燃え尽きた獣人を見て、トワリスは、顔をしかめた。

「倒せなくはないけど、きりがないよ。ファフリを連れて、ここから出よう」

 トワリスがそう言うと、ユーリッドは、眉を寄せた。

「そうしたいのは山々だけど、ファフリを背負って、あいつらから逃げられるかどうか……」

 血の飛沫を散らしながらも、こちらに襲いかかってくる獣人たちを見て、ユーリッドが返す。
トワリスは、もう一度ファフリを見ると、悔しそうに唇を噛んだ。

 獣人たちは皆、ファフリの魔力に引き寄せられている。
その狙いを外せれば良いのだが、魔力量の少ないトワリスでは、ファフリ以上の魔力を放出して囮にはなることはできない。

 それに、大扉は閉じたものの、兵士たちは大勢城内にうろついているのだ。
このまま戦いが長引けば、また大扉が開かれるかもしれないし、次は兵士たちに囲まれる可能性もある。
ファフリの怪我も心配であるし、早急にこの場から立ち去るのが得策なのだろうが、ユーリッドの言う通り、この獣人たちを撒くのは容易ではなさそうだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.351 )
日時: 2017/08/14 18:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


(戦うしかないか……)

 そう覚悟を決め、再度敵を見据えた三人だったが、その時、突然、獣人たちが一斉に身を翻した。

 ファフリには見向きもせず、一様に同じ場所を目指して、獣人たちが飛び上がる。
その先に、一振りの剣を持ったキリスが佇んでいることに気づくと、三人は、思わず目を見張った。

「──……っ!」

 しかし、獣人たちの爪牙が、キリスに届くことはなかった。
キリスが、持っていたハイドットの剣を地面に突き刺した瞬間。
強烈な爆発音と共に、凝縮された空気の塊が、キリスを中心に破裂した。

 刃物の如く、鋭い風の塊が、獣人たちを喰らい、地面をえぐり、砂埃を巻き上げていく。
ユーリッドたちは、咄嗟に突き立てた剣を支えに、その場に踏みとどまったが、ややあって、目を開いた時には、群がっていたはずの獣人たちが、全員消し飛んでいた。

「あいつ、何したんだ……!?」

 驚愕してユーリッドが言うと、イーサが顔を歪めた。

「キリスが持っているハイドットの剣は、リークス王の魔力を吸い続けたせいで、膨大な魔力を纏ってるんだ。多分、剣が魔力を消化し切るまで、キリスは魔術を使えるのと同然な状態になってる」

「リークス王の、って……」

 イーサの説明を受けて、ユーリッドは、改めてキリスに視線をやった。

 目の前にいるキリスは、ユーリッドの知っているかつての彼の姿とは、全く異なっていた。
爛々と光る、瞳孔の開き切った目で、ふうふうと荒く息を吐くキリスは、見ていて鳥肌が立つほど、異様であった。

 キリスは、ハイドットの剣を振りかざすと、何かに乗っ取られたかのように叫びながら、ファフリめがけて斬りかかってきた。

 戦闘の経験がなく、おそらく剣を扱ったこともないだろうキリスの攻撃など、簡単に振り払えると思った。
だが、ユーリッドがその攻撃を受けた瞬間、再び、キリスの剣から風の刃が噴き出した。

「────っ!」

 剣から発せられるおぞましい魔力に、ユーリッドの頬が切れて、血がにじむ。
同時に、腕にも数多の傷が走って、交差したユーリッドの剣が、みしみしと音を立て始めた。

(まずい、剣が……!)

 びしっ、と金属の割れる音がして、ユーリッドの剣に、ひびが入る。
全身を切り刻まれるような、ひどい激痛に耐えながらも、ユーリッドは、なんとかキリスを押し返そうと、腕に力を込めた。

 背後には、ファフリがいるのだ。
今ここで、引くわけにはいかない。

 トワリスとイーサは、なんとかキリスに斬りかかろうとしたが、ハイドットの剣から巻き起こる強い衝撃波に煽られて、近づけないでいた。
しかし、このままでは、ファフリ共々、ユーリッドが真っ二つになってしまう。
ユーリッドの剣が完全に折れれば、その時はすぐだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.352 )
日時: 2017/08/15 18:11
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: OZDnPV/M)


 剣に入ったひびはどんどん広がり、ユーリッドの身体も、これ以上の風圧には、耐えきれそうもなかった。
勝利を確信したのか、キリスが、冷たい笑みを深める。

 駄目かもしれない、そう覚悟したとき。
ユーリッドはふと、背後でファフリの声を聞いた。

(ファフリ……?)

 後ろから、すっと細い腕が伸びてきて、ユーリッドの腕に触れる。
その、次の瞬間──。

 ユーリッドの剣が光ったかと思うと、そこから炎が噴き出し、キリスに襲いかかった。

「────っ!」

 勢いよく燃え上がった炎は、巨大な鳥の形を象り、キリスの身体を蝕んでいく。
キリスは、悲痛な断末魔を上げると、火だるまになって、地面をのたうち回った。

「フェニクス……」

 ユーリッドは、そう呟くと、粉々に砕けてしまった己の剣を見た。
あと一歩遅ければ、自分は今ごろ、キリスに殺されていただろう。

 ユーリッドは、朦朧とした意識で震えているファフリを抱き起こすと、すぐにその場から離れようとした。
しかしキリスは、それを許さなかった。

 全身に炎を纏ったまま、ハイドットの剣を握り、キリスが再び突撃してくる。
フェニクスの炎は、剣に吸収され、徐々に弱まっているようだ。

 剣を砕かれてしまったユーリッドは、どうすることも出来ず、ファフリを守るように覆い被さった。

「──……」

 ふと、夕陽の光が遮られて、辺りが暗くなった。
発狂していたキリスの声が止み、何かが、上空から落ちてくる。

 それが、牙を剥いた巨大な肉塊であることに気づくと、ユーリッドは、絶句して目を見開いた。

 大地を揺らし、凄まじい音を立てながら、その奇妙な肉塊が、処刑場に降り立つ。
その生物は、昆虫のような体型で、巨大な肉の胴体に手足を生やし、その頭部には、むき出しの眼球と、割けた大きな口がついていた。

(奇病に冒された、奇形生物か……?)

 ユーリッドはそう思ったが、この生物の本当の正体は、ユーリッドにもトワリスにも、イーサにも分からなかった。

 奇妙な生物は、耳を貫くような咆哮をあげると、地面ごと削り取るような勢いで、キリスを飲み込んだ。
キリスの悲鳴が響き渡り、次いで、ごりごりと骨を噛み砕き、嚥下する音が聞こえる。

 ユーリッドたちは、その様を、凍りついたように見つめることしかできなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.353 )
日時: 2017/08/15 18:12
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: OZDnPV/M)



 ぎょろりと生物の眼球が動いて、その瞳に、ユーリッドとファフリを映す。
ユーリッドは、逃げなければと思ったが、身体が動かず、はっと身を硬くした。

 ユーリッドも、トワリスもイーサも、全員が得体の知れない恐怖で硬直する中。
ファフリだけは、意識を覚醒させて、その生物の瞳を、じっと見つめていた。

(……お父、様……?)

 その瞳は、ファフリと同じ、鳶色だった。

 生物は、ファフリをその目に映したまま、しばらくの間、微動だにしなかった。
だが、やがて、ゆっくりとその場に崩れ落ちると、ユーリッドたちに襲いかかることもなく、死体のように動かなくなった。

 しゅうっと煙を上げて、急速に、その生物の肉体が腐敗していく。
肉が蒸発し、皮膚が溶け落ちると、やがて、彼は骨だけになった。

「おい、大丈夫か!?」

 イーサとトワリスが駆けてきて、ユーリッドとファフリの様子を伺う。
ユーリッドは、頷こうとして、しかし、処刑場のくぐり戸から、沢山の兵士たちが入ってくるのを見て、顔を強張らせた。

 同じく、兵士の存在に気づいたイーサとトワリスが、ユーリッドたちの前で剣を構える。

 だが、兵士たちは、もう戦おうとはしなかった。
ファフリたちの前に集まり、その場で剣を捨てると、皆で跪(ひざまず)いた。

 服従の意を示し、召喚師様、召喚師様と口々に呟くと、深く頭を下げた。

 ユーリッドは、その光景を呆然と眺めていたが、やがて、ぐっと口を閉じると、ファフリを見た。
ファフリは、ユーリッドに抱えられた状態で、血まみれのまま、ぐったりとしていた。
しかし、その景色は、ちゃんと見えていたようだ。
その目から、一筋涙を流すと、力なく微笑んだ。

 ユーリッドは、傷ついたファフリの身体を、震える手で抱き締めた。

──ようやく、終わった。
そして、始まるのだと、そう思った。

 込み上げてきたものを抑えて、すっと息を吸うと、ユーリッドは、ファフリを抱く腕に力を込めた。


Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.354 )
日時: 2017/08/16 18:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 0llm6aBT)



 激しい戦いの後、大怪我をしていたユーリッドとファフリは、しばらくの間、ミストリア城で治療に専念していた。
その間、トワリスもイーサも、周囲の獣人たちを警戒していたが、何者かが、ファフリたちの命を狙ってくることはもうなかった。
国王リークスが死に、代わって国政を握っていたキリスを討ったファフリを、城の者たちは、新たな指導者として認めているようであった。

 キリスに反抗し、北大陸と南大陸の中間にある監獄に収容されていた兵士たちも、無事に解放されることとなった。
ファフリの母であるレンファも、そこに投獄されていたことが分かり、近々ミストリア城へ戻ってくるとのことだ。

 奇病の原因が、河川に流出したハイドットの廃液であることは、ファフリが意識を取り戻してすぐ、民衆たちに開示された。
ロージアン鉱山は、完全に封鎖。
壊滅状態であった南大陸への立ち入りも禁じ、ハイドットの武具は、ミストリア城で回収、使用を禁止することになった。

 一方で、キリスを支持し、ハイドットの武具の生産を、続けるべきだと主張している者たちもいた。
そんな彼らの暴動に備えるため、武具の回収は、一時先伸ばしにするべきだという意見もあったが、ファフリは、譲らなかった。

 汚染された河川の処理、および奇病にかかった獣人たちの治療に関しては、一朝一夕に解決できる問題ではなかった。
目に見えて廃液が滞留しているような河川や土壌では、ハイドットの成分が高濃度に堆積している汚泥を除去。
生活用水に関しては、煮沸してからの使用をするようにと、呼び掛けることになった。
しかし、既に広がってしまった汚染は、容易に浄化しきれるものではない。
自浄作用に頼りながら、何百年、何千年の月日をかけて、対策をとっていく必要があるだろう。

 奇病の治療については、せめて軽度な者だけでも、回復を見込めないかと研究されたが、現時点では、まだ何の治療法も見つかっていない。
魔力さえ感じなければ、死体同然である彼らは、話しかけても、触れても反応することはなく、最終的には、徐々に身体に奇形が生じていく。
その瞳は虚ろで、見つめ返しても、そこには深い闇があるだけであった。



 爽やかな朝日が降り注ぐ中、ミストリア城に隣接する林を抜けると、目の前に、リディアの花畑が広がった。

 鼻孔をくすぐる甘い匂いと、風にさらわれ舞い上がる、薄桃色の花弁。
ファフリは昔から、この花畑が好きだった。

「……よかった。ここは、変わってなかったんだね」

 目を閉じて、穏やかなミストリアの空気を感じながら、ファフリは言った。

 重傷を負い、死の淵に立たされていたファフリの身体には、あれから一月以上経った今も、まだ痛々しい傷痕が残っていた。
頭部や両足には包帯を巻き、松葉杖をつくことを余儀なくされていたが、それでもファフリは、晴れやかな表情をしていた。

「この花畑は、城に近いからな。式典の日に、うまく風向きが城下の方に向くと、まるで祝福してくれてるみたいに、ノーレント全体にこのリディアの花弁が舞うんだ」

 ファフリに付き添っていたユーリッドが、トワリスに説明する。
トワリスは、へえ、と相槌を打つと、小さく笑って花を見つめた。

「この後の戴冠式でも、花弁が飛んできてくれるといいですね」

 イーサが、笑顔で言った。
トワリスは、少し困ったような顔でファフリを見ると、痛々しい頭部の包帯に触れて、口を開いた。

「……そうか、もう戴冠式をやるんだね。体調が良くなって、傷がちゃんと治ってからにすればいいのに」

 ファフリは、トワリスの手に、自分の手を重ねた。

「皆そう言ってくれるんだけど、やっぱり今は、時間が惜しいから。ミストリアは、私が精一杯守りますって宣言して、ミストリアに住む獣人(ひと)達を、少しでも安心させてあげたいの」

「ファフリ……」

 トワリスは、感心したように息を吐いたが、ユーリッドは、苦々しい笑みを浮かべた。

「あんまり、一人で背負い込むなよ」

「……うん」

 ファフリが微笑んで、ユーリッドを見つめる。

「大丈夫だよ。だって、ユーリッドが傍にいてくれるもの。これからも、ずっと一緒にいてね」

 そう言って、ファフリは、ユーリッドの手を握った。
その手をぎゅっと握り返し、ユーリッドは、深く頷いた。

「ああ、もちろん」

 二人の様子を見ていたトワリスは、どこかやりづらそうに目をそらすと、ぽつんと呟いた。

「なんか私、邪魔そうだし、そろそろサーフェリアに帰ろうかな……」

 トワリスの言葉の意味が分からなかったらしく、ユーリッドとファフリが、同時に首をかしげる。
しかし、イーサだけはうんうんと頷いて、トワリスの肩に手を置いた。

「その気持ち、分かります。二人とも、昔からずーっとこんな感じなんですよ」

 イーサとトワリスは、顔を見合わせると、やれやれといったように肩をすくめた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.355 )
日時: 2017/08/16 18:24
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 0llm6aBT)


 林の奥から、足音が聞こえてきて、一人の兵士がファフリの近くで跪(ひざまづ)いた。

「召喚師様、そろそろお時間が」

「……うん、わかった」

 ファフリは返事をすると、トワリスの方に振り返った。

「トワリス、私、そろそろ戴冠式の準備に行かなくちゃ」

 トワリスは頷くと、ファフリに向き直った。

「うん、行ってらっしゃい。私はあまり目立つと良くないだろうから、もう、サーフェリアに帰るよ。傷も大したことないしね」

 さらりと言ったトワリスに、ユーリッドとファフリが、微かに目を見開く。
ファフリは、眉を下げて、寂しそうに返事をした。

「……そっか。もう帰っちゃうのね」

 トワリスは、ユーリッドとファフリの頭に手を置くと、穏やかに笑った。

「二人とも、大変だったね。ユーリッドもファフリも、本当に立派だよ。国一つ動かしていくのは、私が思っている以上に辛くて、難しいことなんだと思うけど、二人なら、この先にどんなことがあっても、きっと乗り越えられるよ」

「トワリス……」

 イーサも横で頷き、ユーリッドとファフリに視線をやる。
ファフリは、涙を湛えた目で、トワリスを見つめた。

「……私、ちゃんと出来るかな?」

 トワリスは、二人の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「出来るよ。……出来ないって思ったら、ユーリッドや、兵団の獣人達に遠慮なく頼ればいい。それでも駄目そうだったら……また、私に相談してよ。ルーフェンさんも、またひねくれたことばっかり言うだろうけど、きっと協力してくれる。ファフリの味方は、沢山いるよ」

 ファフリは、泣き笑いした。

「トワリスも、困ったことがあったら、なんでも言ってね。あと、これ……貸してくれて、ありがとう。ルーフェンさんに、返してあげて」

 そう言って、ファフリが差し出してきたのは、左耳についていた緋色の耳飾り。
トワリスは、表情を和らげると、耳飾りを受け取った。

「……また、絶対会おうな」

 ファフリに次いで、ユーリッドも口を開く。
トワリスは、一拍置いてから、深く頷いた。

「ああ。……いつかまた、必ず」

 トワリスは、掌に小さな傷を入れて、そこに刻まれた移動陣を、地面にかざした。

「さようなら、二人とも。どうか、元気で」

 最後に振り返り、ユーリッドとファフリを見ると、トワリスは言った。
ファフリは、声が震えないように深呼吸しながら、大きく手を振った。

「さようなら……! トワリス、ありがとう。……本当に、ありがとう」

 移動陣が、トワリスの足元に展開し、眩い光を放つ。
その光は、トワリスを飲み込んで、やがて、緩やかに収束していった。

 暖かなミストリアの風が、リディアの花を揺らす。

 ひらひらと踊るその花弁が、空を渡っていく様を見つめながら、ユーリッドとファフリは、踵を返したのだった。









──ミストリア歴、九六四年。
ファフリは、ミストリアの召喚師として、正式に即位した。

 後に、この女王ファフリが、精霊族の王グレアフォールと並び、世界に存在するたった二人の召喚師となる。
絶対的な悪魔の力を有する、国の守護者──闇の系譜を継ぐ者として、後世の史実に、名を馳せることになったのだ。



〜闇の系譜〜(ミストリア編)【完】

終章へ続く。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.356 )
日時: 2017/08/17 18:12
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

†終章†
『光闇』


 闇よりも深い、新月の夜空に、星が一筋、弧を描いて駆けた。

 エイリーンは、静かな海面に降り立つと、ふと光の気配を感じて、宙を掴んだ。
途端、夜気を切り裂き、エイリーンの拳から、無数の閃光が迸(ほとばし)る。

 光の精霊は、エイリーンの拳を焼き尽くすと、星のように大気を走り、水面へと着地した。
そして、淡く光る少年の姿を象ると、忌々しげにエイリーンを見て、吐き捨てるように言った。

「裏切り者、穢らわしい闇精霊の王め……! 貴様の愚かな謀(はかりごと)、確かにこの目で見届けたぞ!」

 エイリーンは、焼かれた拳が再生していくのを見ながら、不敵な笑みを浮かべた。

「……低俗なミスティカの奴隷(いぬ)が。このままツインテルグへ帰してやると思っているのか?」

 光の精霊は、顔をしかめると、すぐさま閃光へと姿を変え、上空に飛び上がった。
しかし、その直後、どこからか召喚術の詠唱が聞こえてきて、身を凍らせる。

 刹那、頭上に青白い光が瞬いたかと思うと、一条の雷光が、光の精霊を貫いた。

「────っ!」

 全身に突き刺さる稲妻に、光の精霊が、声にならない断末魔をあげる。
少年の形に戻った精霊は、見開いた目で声の主を映すと、驚愕した様子で言った。

「そなた……サーフェリアの、召喚師か……?」

 ルーフェンは、なにも答えないまま、その場で長杖を出現させると、それを振り上げ、一気に光の精霊を叩き落とした。

 海面めがけて吹っ飛ばされた精霊が、そのまま海の中に突っこみ、水飛沫を上げて沈んでいく。
ルーフェンは、エイリーンの傍にゆっくりと降り立つと、光の精霊が落ちていった水面を眺めた。

 しかし、その瞬間。
海の底が、突然光を孕んだかと思うと、海面を破って、幾多の光の筋が、槍の如く突き出してきた。

 静かだった海が荒ぶり、波立ちながら、ルーフェンとエイリーンを飲み込もうと襲いかかってくる。
ルーフェンは、咄嗟に周囲の海面を凍らせると、次いで、長杖を水中に刺した。

「──あぶり出せ」

 ルーフェンを中心に、電撃が海中を駆け巡る。
同時に、海面を覆っていた氷が消し飛んで、光の精霊が、悲鳴を上げながら水面に飛び出してきた。

「おのれ! サーフェリアの召喚師……血迷ったか! 何故そなたが、闇精霊の王と共にいる……!」

 ぜえぜえと呼吸しながら、光の精霊が、ルーフェンを睨む。
ルーフェンは、興味がなさそうに肩をすくめた。

「さあ? なんでだろうね」

 そう言って、素早く前に踏み込むと、光の精霊の首を、長杖の柄で海面に押し付ける。
光の精霊は、海に沈むまいと必死になって杖を押し返したが、やがて、長杖から強力な稲妻が噴き出すと、足をじたばたと動かしながらもがいた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.357 )
日時: 2017/08/17 18:14
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 夜の暗黒に雷光が飛び散り、光の精霊の首を、じりじりと焼いていく。
精霊は、喉をかきむしるように暴れていたが、しばらくして、遂に首が焼き切れると、ぱたりと動かなくなった。

 光を失った胴体が、暗い海の底に、どっぷりと沈んでいく。
しかし、まだ水面に浮いたままの頭を動かし、ぎょろりとルーフェンを睨むと、精霊は、不気味な笑い声を上げた。

「己の行動の意味が分かっているのか、サーフェリアの召喚師よ……。そなたはツインテルグではなく、アルファノルに従属するというのか。ああ、なんと罪深い、愚かな人間め……」

「…………」

 光の精霊は、続いてエイリーンを睨み付けた。

「闇精霊の王、貴様の力など、グレアフォール様は恐れていない。闇に喰われた裏切り者は、忘却の砦の中で、永遠に苦しみ続けるが良い……!」

 エイリーンは、不愉快そうに目を細めると、ルーフェンの傍まで寄ってきて、光の精霊の頭部を踏み潰した。

 ばしゃん、と水面が揺れる音がして、頭部も海の底に消えていく。

 ルーフェンは、召喚術を解くと、エイリーンに尋ねた。

「情報を引き出すべきだったのでは?」

 エイリーンは、ルーフェンを一瞥すると、はっと嘲笑した。

「名も持たぬ使役精霊だ。大した話など引き出せぬ」

 そう言いながらも、エイリーンは、精霊が沈んでいった海面を、しばらくじっと見つめていた。
だが、やがて目を伏せると、呟くように言った。

「……海の色が、暗い」

 ゆらゆらと揺れる水面に視線をやったまま、エイリーンが、袖を口元にやる。
人間の視力では、夜中の海の色がどうかなんて分からなかったが、ルーフェンも同じように海を見渡すと、口を開いた。

「ハイドットの影響が、ここにまで及んでるとか?」

「……そうであろうな」

 エイリーンは、短く返事をしたあと、次いで、ルーフェンを横目に見た。

「……ところで小童。お主、何故小娘を一人でミストリアに送った。我は、あやつを生かせと言ったはずだ」

「…………」

 小娘、とは、ファフリのことだろう。
ルーフェンは、つかの間言葉を止めたが、すぐに苦笑を浮かべて、首を振った。

「別に。深い意味はありませんよ。あの時すでに、彼女は召喚術を使えるようになっていた。だから、単身ミストリアに戻ったって、王座を奪還できるくらいの力はあったはずだ。幸い、亡くなったはずのリークス王の魔力も、あの何とかって宰相のおかげで残留していたようですし、ファフリちゃん一人をミストリアへ送るくらい、造作もなかった。そして事実、彼女はミストリアの召喚師として、即位した。なにか問題が?」

「…………」

 エイリーンは、少しの沈黙のあと、唇で弧を描いた。
そして、ルーフェンに顔を近づけると、くつくつと笑った。

「……腹の底が読めぬ男よ」

 エイリーンは、それだけ言うと、北の空を見上げて、すっと目を閉じた。
長い間、そうして動かずにいたエイリーンだったが、やがて、ゆっくりと目を開けると、呟くように言った。

「……アルファノルから、少し離れすぎたようだ。我はしばし眠ろう」

「……そうですか」

 答えたルーフェンを振り返って、鼻を鳴らす。
エイリーンは、それから可笑しそうに目を細めて、ルーフェンの目を見た。

「……良いか。くれぐれも、変な気は起こすなよ」

 愉快そうな表情とは裏腹に、橙黄の目を光らせ、エイリーンが低い声で言う。
ルーフェンは、なにも答えず、微かに笑みを浮かべた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.358 )
日時: 2017/08/18 13:12
名前: Garnet (ID: hmF5PELO)

 名乗るよりも先に、ミストリア編完結おめでとうございます、と言いたくて仕方がありません。完結おめでとうございます!
 改めましてGarnetです、こんにちは。こちらでは全くの初めましてでしたね。Twitterのおかげで感覚が麻痺しそうだ(笑)
 ほんとうはあとがきが投稿されたあとにコメントしたかったのですが、夕方は時間をとるのが難しくなってしまいました。タイミング悪くレスを挟んでしまいごめんなさい。


 わたしは恐らく、カキコに2014年秋からおりまして、当時は初めての小説投稿サイトということで右往左往していました。とにかく早く慣れたくて、あっちのページこっちのページと飛びまくっては迷子になったりして。
 やっと迷わなくなったころには、『闇の系譜』というタイトルはけっこう見慣れていたような気がします。
 初めてスレッドにお邪魔したのは少なくともそれ以降の時期だと思うのですが、ファンタジー小説だということと(当時はがっつりファンタジーが少し苦手だった)、さらにファジー板の雰囲気が濃く感じられることとでなんだか恐れ多くなってしまい、そっ……と回れ右をしたことだけはよく覚えています……時すでにお寿司()ですがあの瞬間の自分を殴りにいきたい。きちんと銀竹さんの作品を読ませていただいたのもつい最近で、本当に申し訳なさが。
 今、ロック画・待ち受け画面の壁紙にさせていただいてる例のイラストを最初に目にしたとき、ファフリちゃんに会いに行きたい!と決意したのです。それからミストリア編を読み進めていって、第一章が終わる頃にはもうすっかりこの作品に引き込まれてしまい、第二章の最後でファフリちゃんと共に涙したあと「ファフリパパ、わたしはお前を許さんぞ」となり、第三章ラストで「げすにゃん、ゲスにゃんにゃん」状態でした(笑)
 もっともっと早く決意していればよかった!

 世界観や登場人物たちも細部まで素敵で、とてもグロくて(全力で褒めてる)、好きです……。
 文章自体というかお話にも無駄がなくて、早過ぎず遅過ぎず物語が進んでいく感覚でとても読みやすかったです。後半からは外伝とも合わせて読んでいったので、倍以上楽しめました。個人的には赤ずきんパロが大好き。またそちらにも突撃します(笑)
 最初はルートワコンビ推しでしたが、今は圧倒的にファフリちゃんラブです!!!強くてかわいくて、いいこで、かっこよくて。最後の戦いのときもずっとずっと応援してました。彼女には言葉で言い表せない魅力がたくさんあります、お料理はトワさんとリリアナちゃんのがいいけど……。
 ファフリちゃぁああん!召喚師即位おめでとう!! 無理はしないでお大事にね。あとユーリッドくんと末永くお幸せに!!!

 まだまだミストリアの中心で愛を叫びたいのだけど、声が枯れてしまいそうなのでここまでにしておきますゼエゼエ。あとは後日、イラストで気持ちを伝えますので、期待せずにおまちください(笑)
 もちろんルートワへの愛も育んでいきますし、サーフェリア編にもお邪魔させていただきます。速読できるようになりたいと思うのはこういうとき……!


 何度もしつこいようですが、銀竹さんは真面目に、すごすごにすごいです。アルファノル編やツインテルグ編も楽しみにしています!
 素敵な作品を有難うございました。

Garnet
 
 

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.359 )
日時: 2021/02/01 12:57
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)

  *  *  *


 南方に広がる精霊族の王国、ツインテルグ。
この国の中央に広がる広大な森は、『古代樹の森』と呼ばれ、王都ミレルストウの中でも、国王に目通りを許された精霊しか入ることのできない聖域であった。

 精霊族の王、グレアフォールは、純血のエルフ族であり、ツインテルグの召喚師である。
彼に仕える《時の創造者》の一人、ミスティカは、聖域にて、ふと身体を貫いた稲妻に、胸を押さえてよろめいた。

 まるで、心の一部が欠けてしまったかのような、虚無感に襲われる。
ミスティカは、途端に溢れ出した涙を拭いもせず、目の前に鎮座しているグレアフォールに、深々と頭を下げた。

「……申し訳ありません、グレアフォール様。私の使いが、消されたようです」

 ざわりと、周囲を取り囲んでいた木々の精霊達が、悲嘆の声をあげる。
ミスティカの傍で跪(ひざまず)いていた、同じく《時の創造者》であるボガートのトートも、思わず言葉を失った。

 ミスティカたちと向き合う形で、古代樹の根に腰かけているグレアフォールは、微かに目を細めた。

「……エイリーンか」

 低く、落ち着いた声で問いかける。
その長い黄金の髪から覗く、瑠璃色の瞳には、王と呼ばれるに相応しい、滲み出るような威厳の光が宿っていた。

 ミスティカは、心臓を掴むように、左胸を掻き抱いた。

「闇精霊の王を追うようにと命じましたから、おそらくは。ですが、直接私の使いに手を下したのは、別の者のようです。確か、この魔力は……」

 目を閉じて、ミスティカは、海底に沈んだ使いの精霊の気配を辿ろうとした。
グレアフォールは、その様を無表情で見つめていたが、ふと、目の奥に警戒の色を浮かべると、ミスティカに制止をかけた。

「……エイリーンは、アルファノルに縛られたままだ。今は、獣人たちの穢れを浄化することに専念せよ。水を汚し、地を蝕むあの穢れは、この世界の流転(るてん)には必要のないものである」

 トートが、御意、と返事をして、頭を下げる。
ミスティカは、不安げな面持ちで、グレアフォールを見上げた。

「しかし……恐れながら。闇精霊の王を、このまま野放しにしておいて良いものでしょうか? 彼奴(あやつ)は必ず、グレアフォール様に害を為す存在となりましょう。今後の動向を探るためにも、どうか今一度、私めにご命令を」

 姿勢を正して、ミスティカは申し出た。
だがグレアフォールは、表情を変えぬまま、冷たい声で答えた。

「……お前に限らず、エイリーンには力及ぶまいよ。彼奴は、生と死の狭間を彷徨う哀れな咎人だ。満たされることなく、死ぬこともなく、復讐だけを喰らって漂い続けている。……時が来れば、我が葬ろう。お前は、穢れの浄化に努めよ」

「……御意」

 ミスティカは、悔しそうに口を閉じたが、すぐに礼をすると、凛とした声で言った。

「出すぎた物言いを致しました。……全ては、グレアフォール様の預言の通りに……」

 そう恭しく告げてから、ミスティカとトートは、聖域から姿を消した。

 グレアフォールは、ふと目を細めると、腰かけている古代樹を見上げた。
風など吹いていないのに、何かを訴えかけるかの如く、さわさわと葉擦れの音が響く。

 その枝葉を見つめる、グレアフォールの瑠璃色の瞳には、遠い遥かな未来が、はっきりと映し出されていた。



See you next story....

〜闇の系譜〜(ミストリア編)【完】

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.360 )
日時: 2018/01/17 23:54
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=600.jpg

〜あとがき〜


 皆様こんにちは!銀竹です。
ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございました。

 いやぁ……長かったですね(笑)
一度スマホの故障で、十万字のストックが全部消失したときは、どうしようかと思いましたが、無事完結できて良かったです(^o^;)

 兼作していたとはいえ、ミストリア編の執筆には、三年半も費やしてしまいました。
正直ミストリア編は、サーフェリア編を書く練習だ!程度の気持ちで始めたのですが、まさかこんなにがっつり執筆する羽目になるとは(白目)。
でも、こういう長編ものを、ちゃんと公開する形で書いたのは初めてだったので、すごく良い経験になりました(^^)
こうして続けられたのも、一重に応援して下さった皆様のお陰です。

 闇の系譜シリーズは、『厚みがあるけど分かりやすいファンタジー』を目指して書きました(笑)
とにかくくどい描写は削って、ぱぱっと書く。
でも登場人物たちの掘り下げとかはちゃんとしたい……。
そんな二つの目標に挟まれて、悩みつつ書いてきました。

 また、このミストリア編は、自分の中では、かなりの王道を突っ走ったつもりです。
ユーリッドもファフリも、まさに主人公!って感じの性格ですよね。
作中の台詞にも、結構綺麗事を出してます。
この展開を、読者さんが「うん、王道だね!」と捉えてくださったのか、「いやいや、こんな上手くいくわけないよ!」と捉えてくださったのかは、分かりません。
でも私の執筆ものは、結局こういう王道作品になることが多いと思います。
死人も出るし、公害問題とか差別問題とか扱っちゃいますが、結果的にはハッピーエンド。
サーフェリア編は、ハッピーエンドと言えるか怪しいところですが、基本的に頑張ってる登場人物を不幸にするような流れは苦手なので、最後は幸せになります。

 分かりやすさともう一つ、この作品でこだわったのは、種族によって概念が違う、というところです。
つまりミストリア編で言えば、人間と獣人は違うってところ。
例えば最後の展開、読者さんの中には、「ええっ、召喚師の力をファフリが見せつけただけで、他の獣人たち皆、従っちゃうの!? 最終的に暴力で解決!?」なんて思われた方がいるかもしれません。
でも、そうなんです。私の中の獣人は、暴力で解決なんです。
動物の世界は、弱肉強食ですから、強い者が正義なんです。
もちろん、ただの獣ではなく『獣人』ですから、あまりにぶっ飛んだ思考の持ち主が統治者になれば、不満を持つ者は出ます(キリスみたいにね)。
でも、基本的には強い奴が出てくると、「うおー! あいつすげー! 俺たちあいつに従うー!」的な感じで、ついていっちゃうんです。
なんていうか、単純。まさに脳筋って感じですけど、私はそれをイメージしてました。
しかし、サーフェリア(人間)じゃ、こうはいきません。
強力な力を持つ召喚師を、崇拝はしますが、やはりどこかで、「こいつは普通とは違う、異質だ」と敬遠する者達が現れます。
力だけで支配されるのも納得しないし、すぐ自分たちとは違う人間を差別し始めます。
だから、ルーフェンは国王の地位ではありませんよね。
教会とも対立しています。
精霊族に関しては、また別の機会に書ければと思いますが、これらのこだわりを読者さんがもし感じて下さっていたなら、私は本望です。

 ミストリア編は完結しましたが、この物語はシリーズものですから、サーフェリア編や外伝、アルファノル編、そして書くか分からないけどツインテルグ編とも繋がっている部分が沢山あります。
伏線もいっぱい。
ですから、一度読了して下さった方も、読み直して頂けたら感じるものが違ってくるかもしれません。
そうなったらいいな、という希望です(笑)

 最後に、ここまで読んで下さった方、感想を下さった方、挿絵を描いてくださったとりけらとぷすさん。
本当に本当にありがとうございました(*´ω`*)
出来の良し悪しはともかく、楽しく書けたので、私も満足してます!

 これからは、ルーフェンとトワリスを主人公としたサーフェリア編、アルファノル編と続いていきますので、もしよろしければ、読んで頂けると幸せです。
あとがきももう少し続きます(笑)

 それでは、皆様に感謝をこめて。
失礼しましたー!

2014.1.6〜2017.8.18
銀竹

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【完結】 ( No.361 )
日時: 2017/08/18 18:26
名前: ヨモツカミ (ID: BL8fZ.Pl)

先ずはお疲れ様でした!
私が以前コメント残したのは3年前なんですね……タメ口でなんて内容の無い感想を書きやがるのか、今思うと自分を殴り飛ばしたいです(震え)
あの頃からアドラさんのこと好きだったんだなぁ。アドラさんは何処までも格好良かったです!最後のリディアの花が出たところで、アドラさんも好きだった花だ……てなんか泣きそうになってました。

ミストリア編、完結おめでとうございます。私は何度もこの小説を読んでいて泣きました!てか今も泣いてます。
何も知らないか弱い女の子だったファフリちゃんが、何度も辛い思いをして、逃げたくなってもミストリアの為に闘おうって……こんなに、こんなに立派になってっ。本当に良かったなぁ(´;ω;`)て思います。
なんていうか、ミストリア編は全体的に読んでいて懐かしい気持ちになれたんですよね。読んだことのあるファンタジーの物語なんてナルニアとハリーポッターくらいなんですけど、懐かいような、凄く温かい気持ちになれました。ファンタジー大好きなので凄く好きでしたし、読みやすくて、寝る前に読むと続きが気になってむしろ眠れなくなったりw

あと私、リークス王がファフリちゃんのことを愛してなかったわけじゃなくて、リークスさんは国の事を一番に考える上で止む終えずにファフリちゃんを殺そうとしただけで、最後の奇形化した状態でキリスにゃんさんとファフリちゃん達の前に現れたのは、最期まで王としての責務を果たした、というよりは父親としてファフリちゃんの前に現れたんだって、私はそう思いたいです。
ファフリちゃんは無事王女となり、ミストリアが平和になってよかった!それからエイリーンさんやルーフェンさん、グレアフォールさん達のお話も気になりますね!闇の系譜はまだまだ続くって感じで、今後の展開にもわくわくです!

なんだかもっと、ユーリッド君のマジなんだよこのイケメンとか、トワさんの活躍とか、ルーフェンさんの事とか、沢山言いたいことはあるのですが、上手く日本語で表せる気がしないのでツイッターで騒ぐだけにしておきますねw
本当にお疲れ様でした、こんな素敵な小説をありがとうございました!!!

〜闇の系譜〜(ミストリア編)【完結】 ( No.362 )
日時: 2017/08/18 19:56
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

>>358
Garnetさん

 お祝いのお言葉ありがとうございます(*´▽`*)
ここでは初めまして(笑)銀竹です!

 なんと、Garnetさんも2014年からカキコにいらしてたんですね^^
このミストリア編は2014年の1月から執筆しておりましたので、大体同じくらいのタイミング!
 こういったがっつりハイファンタジーは、苦手な方も多いでしょうし、実際小難しくなりがちなので、ちょっととっつきにくいですよね(笑)
あの水着のほたるちゃん&ファフリのイラストが、拙作の門を叩くきっかけとなったなら、私も描いて良かったなぁと思います(*´Д`)
そしてこうして、Garnetさんがミストリア編を読了して下さって、更にはコメントまで頂けたこと、本当に嬉しいです!
 第三章のゲスにゃんにゃんはなんかツボりましたw
あれ、最初にゲスにゃんって言い始めたの誰だ?(笑)

 外伝は、遊び感覚で書いてるのですが、本編と一緒に読むことで、登場人物たちにより感情移入して頂けるようになったのなら幸いです(*^^*)
赤ずきんパロも、ふざけるにもほどがあるだろって感じですが、面白いと感じて頂けたなら良かったです(笑)
外伝やサーフェリア編まで読んで下さるなんて、やはりGarnetさんは神様か……!?

 ファフリは、(料理の腕以外は)非の打ちどころがないくらいの可愛い系王道ヒロインを目指しました(*´▽`*)
女の子らしいけど、それだけじゃなくて芯の通った主人公。
気に入って下さって嬉しいです!(・´з`・)
沢山応援してくださって、Garnetさんのパワーもファフリに届いていると思います……!
今後はルートワが主体の物語になってきますが、アルファノル編でまたユーリッドとファフリが出てくるので、是非また応援してやって下さい♪
友達同士なんだか恋人同士なんだか、ていうかもはや夫婦なのか、よくわからないユーリッドとファフリですが、きっと生涯二人は仲良く在り続けることでしょう(*´ω`)

 イラスト下さるんですか……!?
わぁぁぁああぁありがとうございます!( ;∀;)
めっちゃ楽しみにしております!

 最後に、長編にも拘わらず、貴重なお時間を割いて拙作を読んで下さり、重ねて感謝申し上げます(*'▽')
今後も闇の系譜シリーズをよろしくお願い致します!
私もより一層精進いたしますね!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【完結】 ( No.363 )
日時: 2017/08/18 22:00
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: PNMWYXxS)

完結おめでとうございます!三年以上も執筆なさっていたのですね!
私はこのサイトへ来るようになってからまだそれほど経ちませんが、最初、「こんな大作もあるんだ!」と驚いたのを覚えています。まだ最後まで読みきれていませんが(すみません……)今から読ませていただきますね!
次回作も楽しみにしています!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【完結】 ( No.364 )
日時: 2017/08/19 17:25
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

>>361
ヨモツカミさん

 とてもご丁寧なコメント、ありがとうございます(*´▽`*)
ヨモツカミさんは、書き始めた当初からミストリア編を読んで下さってて、その頃からアドラさん推しでしたよね。
第五章で、アドラさんが再登場を果たしたのも、そういった読者さん、ヨモツカミさんたちのおかげです(笑)
 外伝に出てきたリディアの花に気づいて頂けたのも、とても嬉しいです♪
最後の花畑の場面でも、戴冠式の時でも、きっとアドラさんはユーリッドとファフリのことを天国から見守っていることでしょう^^

 拙作を読んで泣いて下さるなんて、本当にありがとうございます( ;∀;)
主人公(ユーリッドとファフリ)の成長物語って、王道でありがちなんですけど、やっぱりそういった展開の方が胸が熱くなりますし、古き良きって感じがしますよね^^
続きが気になって眠れないなんて、最高の褒め言葉です!

 リークス王に関しては、私が込めたメッセージを全部感じ取って下さって、感謝感激です!><
別に、リークス王も悪い奴じゃないんですよね。
国を背負って立つ者として、やはり非情にならなければならない時もあるでしょうし、実際、ファフリは召喚術の才云々以前に、優しすぎる部分があるので、王たる素質を見出せなかったんだと思います。
でもファフリが召喚術の才を継いでしまった以上、もう他に召喚師となりうる子は生まれないので、結果、殺すという選択肢を選ばざるを得なかったのでしょう。
 第五章、奇形化した場面でのリークスは、個人的には、「最期に国の守護者——召喚師としてキリスを討ち、そしてファフリを次の国王と認め、力尽きた」という設定で書きました。
召喚術が使えるようになっても、執拗にファフリの命を狙っていたリークスが、最期はキリスを殺しただけで何もしなかった。
これはやっぱり、この時の戦うファフリの姿を見て、彼女の中に王としての素質を認めたんじゃないかなぁと思います。
でもこの場面は、読者さんによって色々と感じて頂ければと考えてるので、単に「リークスはキリスに復讐して力尽きた」って捉えられたのだとしても、いいかなって思ってます(^^)

 ミストリアも、まだまだ問題は抱えてますが、今後はきっと良い方向に向かうでしょう^^
エイリーンとルーフェンがなんかこそこそと悪だくみしてますが、まあ基本はハッピーエンドの銀竹なので、大丈夫です(笑)

 自分で言うのもなんですが、ユーリッドは本当にイケメンですよねw
元々性格はよいですし、いずれ剣の腕も成長したら、非の打ち所がない男前になるんじゃないかと思います(*´ω`*)

 仰る通り、闇の系譜はまだまだ続くので、よろしければ今後も応援よろしくお願い致します!
こちらこそありがとうございました!(*^▽^*)


>>363
四季さん

 お祝いのコメントありがとうございます♪
そうなんです、なんだかんだで三年半もかかってしまいました……(笑)
ここまでの長編を書くのは私も初めてだったので、試行錯誤しながらの更新でしたが、お褒め頂けて良かったです(*´▽`*)

 いえいえ、読むというお言葉だけで充分嬉しいです^^
長いので、お時間ある時にご覧いただければ幸いです!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【完結】 ( No.365 )
日時: 2017/08/20 21:23
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 7TIkZQxU)

 こんにちは、瑚雲と申します!
 こちらのスレッドでは初めまして。以前私の書いている小説に感想をいただきまして、誠にありがとうございました!
 闇の系譜ミストリア編、ただいま読了いたしまして、早速コメントをしに参った所存です。

 まず、ミストリア編の完結本当におめでとうございます!
 一つの作品が完結する。それもこれほどの長編ともなると、途中で挫折してしまったりだとか、諦めかけたりだとか、いろいろあるとは思いますが、この作品の完結という形に大変嬉しく思っております。
 自分も頑張らねば! と奮わされました。


 ここからは内容の感想になるのですが、一貫読んでまず「面白かった」と素直に思わされました。
 内容がかなり綿密に作られていて、それなのにストーリーやキャラクターがごちゃごちゃしていなくて非常に読み進めやすかったです。
 ファンタジーもの特有の広大な世界観とか、国々の考え方とか、現実とか、そういう一つ一つの相違点にしっかりと中身が詰まっていて、内心ハラハラしながら考えさせられていました。
 各キャラクターの性格や心情も読者に伝わりやすく、個人同士のやりとりなんかもとても魅力的でした。

 俗的な(?)話になるのですが、ファフリちゃんとユーリッド君の絆の深さというか愛の深さというか、現存する言語では言い表せない二人の仲に終始心もっていかれてました。可愛すぎです。
 ついでにルーフェンさんの危なっかしいかっこよさに胸を打たれ続け、彼が時折見せる冷徹な姿勢になおもまっすぐ立ち向かっていこうとするトワリスさん。この二人の仲もなんとも形容しがたいもので、この二人についてもっと知りたい。そういうふうに思えるようになりました。
 この作品のほかのお話も、絶対読むぞと意気込んでおります!


 さて、少し長くなってしまいましたが、私は「自分の小説にコメントしてくださったからお返しのためにやってきた」わけではまったくありません。
 確かにきっかけは、イラストの件でこの作品がどういう作品か知っておかねばというところに起因しますが、今は一ファンとして、『闇の系譜』という作品に魅入られた者の一人として、筆を執っています。
 なので純粋に感想が言いたくて、この高揚した気持ちを銀竹さんに伝えたくていっぱいなのです。
 この作品に出会えたこと、まだまだ楽しめるんだという期待を得られたこと、とても嬉しく思っております。
 銀竹さん、ありがとうございます!

 これからも影ながら応援させていただきます。
 この度は本当に、おめでとうございました!!

〜闇の系譜〜(ミストリア編)【完結】 ( No.366 )
日時: 2017/08/21 17:04
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

>>365
瑚雲さん

 ご丁寧なコメントくださってありがとうございます!( ;∀;)
結構な長さだったと思うのですが、読了して下さるなんて、本当に感謝感激です!

 当初、ミストリア編はこんなに長期連載になる予定ではなかったのですが、無事完結して私自身胸を撫で下ろしております。
話の流れは決まっていたのですが、いざ執筆するとなると、やはり予想通りにはいかないものですよね(笑)
途中ストックが消失したときはショックで放心しましたが、なんとか楽しく書き終えることができて良かったですw
 瑚雲さんの活力にも繋がったのでしたら幸いです(*´▽`*)

 それなりに壮大な世界観で、設定やキャラクターも充実させたいと思う一方で、やはりファンタジーとなるととっつきづらい方もいるでしょうから、理解しやすく読みやすい作品にすることには、結構こだわりました。
ですから、読者に伝わりやすいと感じて下さったのなら、私としても本当に嬉しいです^^
 世界観はファンタジーですが、扱っているのは人種差別とか、公害問題ですので、現代にも通じるものはありますよね。
考えさせられる部分があったと思って頂けたなら幸いです(*´ω`*)

 ユーリッドとファフリは本当一途というか素直というか……ピュアッピュアですよね(笑)
この二人に関しては、もう恋愛関係っていうよりは、いつもまでも手つないでほのぼのしていてほしい気持ちが強いです( *´艸`)
気づいたら夫婦になってるんでしょうねw
 ルーフェンとトワリスは、シリーズ全体の主人公となりますので、今後ますます出番が増えてきます^^
余裕綽々としているように見えて、一番精神不安定なのがルーフェンなので、トワさんにはオカン力を発揮してもらわないとですね(笑)
……というのはちょっとふざけたコメントですが、この二人も様々な困難にぶつかることになるので、よかったら応援してやって下さい(*'▽')

 過分に褒めて頂き、本当にありがとうございます!(*´▽`*)
瑚雲さんのお言葉一つ一つが、大変励みになります!
今後も精進いたしますので、是非よろしくお願い致します!

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【完結】 ( No.367 )
日時: 2017/08/23 18:50
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=601.jpg

〜あとがき〜②

 ここでは、各話ごとの感想・解説的なものを銀竹が語るだけです。
このシーンにはこういう意味があるとか、こう考えて書いたとか、過度なネタバレにならない程度に語っていきます……私の自己満足です(笑)
あとは、イラストとかもちまちま載せていこうかなと。

 多分長くなりますし、読まなくても大丈夫です!
気になるなとか、分かりづらい章がもしございましたら、ちらっとでも見て下さると嬉しいです。



†序章†『胎動』

 主人公はユーリッドとファフリなのに、いきなりルーフェンとトワリスが出てきて、「ん?」と思われた方もいるかもしれません(笑)
でも闇の系譜シリーズの本当の主人公は、ルーフェンとトワリスで、そのことを印象づけたかったので、この二人を最初に出しました。
また、序章では、闇の系譜の世界観、召喚師や魔導師のことなどを説明したかったので、サーフェリアの召喚師vs教会な場面を書いた次第です。

 この章では、人間が獣人を見下してるような描写も入れてます。
精霊族はともかく、やっぱり人間からすると、獣人は原始的で劣っている種として認識してる設定です。
別に劣ってるってことはないですけど、それでも実際、獣人は魔力を持たないので、他国より文化が遅れている感じはありますね。
ハイドットの公害問題を起こしちゃったのも、これまで工業にさほど手を出してこなかったためだと私は思ってます。

 トワリスが売国奴扱いされた原因、彼女が獣人と人間の混血であるという設定も、結構押し出しました。
他国同士関わりがないはずなのに、なんで?と思った方もいらっしゃるかもしれません。
この話は、第三章の第三話、ロージアン鉱山での、木の葉模様の栞の件でも触れています。
言っちゃえば、スレインという女の獣人が関わっているのですが、詳しいことは、サーフェリア編で書こうと思っています。

 イシュカル教会の最高権力者、モルティスは、今後も出番は多いです。
トワリスと言い合っている場面で、「こいつうぜぇ」と思うでしょうが、まあ、彼も一応サーフェリアのために頑張ってるので許してあげてください(笑)
やり口が汚いのは頂けないですけどね。
トワリスが売国奴であるか、そうでないかは、正直どうでもいい。
とにかく召喚師側の人間を追い出したい、そんな魂胆が丸見えなので、モルティスは大司祭とは思えない腹黒さです。



†第一章†──安寧の終わり
第一話『隠伏』

 ようやく主人公のユーリッドとファフリが登場しました。
敬語を使ってるユーリッドが、なんか笑えますね。
ユーリッドって、脳筋だけど別に礼儀知らずじゃないんです(笑)
上の立場をちゃんと敬うっていう姿勢は、見習い兵時代に散々叩き込まれてるので、ちゃんと敬語とかは使えます。

 ファフリを逃したとき、妃レンファやアドラは、どれほど未来のことを見据えて考えていたのでしょうね。
正直、逃げたところで、召喚師の運命から解放されることはないんです。
時間が経てば、リークスの力がどんどんとファフリに継承されるわけですから、ファフリは、その力をものにして悪魔を従えるか、逆に悪魔の力に飲まれて死ぬしかありません。
それでも生き延びてほしくて、僅かな可能性に賭けて、レンファは娘をアドラたちに託したのでしょう。
ユーリッドとファフリは、結局まだ十六の子供。
レンファとアドラがどれほどのことを考えていたのかと思うと、結構ぐっとくるものがあります。

 この時点では、ファフリもまだ前向きですね。
というか、急展開の割に落ち着きすぎだろと思うかもしれません。
でもこれは、第四章の第二話にもあるように、ファフリも薄々勘づいていたのです。
自分が、リークスに命を狙われていてもおかしくない状況であることを。

 また、ユーリッドに敬語はやめて良いと告げて、昔話をする場面は、第五章の第一話と合わせると、ふむふむという感じです。
それにしても三年以上前の文章って、なんか恥ずかしい。


第二話『殲滅』

 リークス王からの刺客と戦う話ですね。
この話は、多くの方にお褒め……というか悲しんで頂きました(笑)
アドラさーん!
私自身、「序盤が勝負! インパクトのある話にしないと!」と思っていたので、その点については成功したのかなと喜んでおります。
おかげで、アドラさんが好きだと言ってくださる方が一番多いかもしれません。
ちょっとここまでアドラさん推しの方が増えると思ってなかったので、結構戸惑いました(笑)

 この話では、早速ハイドットの話題も出ていますね。
ハイドットは、ミストリア編において超重要なアイテム。
実はアルファノル編でも少し出てきます。
ハイドットの武具があれば、召喚師にも対抗できちゃいますからね。


第三話『策動』

 ここでルーフェン再登場。
序章に繋がる話で、ここではサーフェリアの現状や、召喚師ルーフェンとトワリスの周囲の関係などを書いてます。
世界観の説明のための章って感じですね。

 アレクシアたちとの会話は、掘り下げるとサーフェリア編のネタバレになるので控えますが、王都シュベルテと召喚師一族には確執があるようです。
とりあえずルーフェンは嫌われてて、あんまり友達いなさそうですね(笑)


†第二章†──邂逅せし者達

第一話『異郷』

 今度はトワリスの出番です。
獣人の血が混じっているとはいえ、生まれも育ちもサーフェリアである彼女にとって、単身ミストリアに渡るっていうのは、やはりなかなかつらい決断だったんじゃないかなーと思います。
かつては一つの大陸だったことから、四国に分かれた今も、言葉は通じますが、いきなり外国に放り出されるようなものですからね。
まあでもたくましいのが売りのトワさんなので、巨大蝙蝠なんかもバサバサ倒しますw

 洞窟に入ったとき、トワリスが暗いのは苦手、みたいな描写があったと思いますが、実はこれも、サーフェリア編に繋がる設定になります。
まあ、めちゃくちゃ大事ってわけではないですが(笑)
第四章の第二話で、眠るトワリスの寝室にルーフェンが灯り(燭台)を置きっぱなしにしたのも、ルーフェンが彼女の暗所恐怖症を知っていたからなんですね。


第二話『果断』

 悪夢のような一夜を無事に生き延びたユーリッドとファフリ。
この章から、ファフリの次期召喚師としての覚醒の片鱗が見え始めます。

 また、ここでファフリは、初めてミストリアの闇深い面(闇市)を見ることになります。
もちろんミストリアに限らずなのですが、人々の暮らし、闇市の光景なんていうのは、ずっと城で育ってきたファフリにとっては、初めて見る景色だったに違いありません。

 この話では、トワリスも登場しますね。
お互い訳ありで、警戒し合いながらも一緒に旅することになった三人ですが、これが物語の始まりとも言えます。
アドラが亡くなって、ユーリッドとファフリに新たな保護者ができました(笑)


第三話『隘路』

 二度目の襲撃で、ファフリたちは渓流に飲まれてしまいます。
ここで、ユーリッドのかつての親友イーサも登場しますね。
第五章の第三話でも語られますが、心の中ではユーリッドたちを案じつつ、じゃあ兵団を裏切れるかというと、それは難しいイーサくんです。
実はそこそこ重要な登場人物でした。

 この話で、トワリスはファフリたちの正体に気づいてしまいます。
サーフェリアのため、ファフリを殺そうとも考えるトワリスですが、最終的には彼女たちの助けになることを決意します。
サーフェリアの宮廷魔導師として、その決断は甘いんじゃない?って思いますよね。
私も思います(笑)
でも一応擁護しておくと、この時のトワリスは、やっぱりユーリッドとファフリの姿を、かつての自分たちと重ねてたんじゃないかなと思います。
召喚師であることに苦しんでた昔のルーフェンを、ずっと見てきたトワリスなので、他人事には考えられなかったんだろうと。
宮廷魔導師として実力も認められていたはずの彼女ですが、良くも悪くも非情になりきれない部分があります。

 けれどそのおかげで、ユーリッドたちの旅に微かに希望が差します。
やはり子供だけで生き延びようというのは、酷ですから、アドラに代わるトワリスの登場は、二人にとっても大きなものでした。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【完結】 ( No.368 )
日時: 2017/08/27 21:42
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: OZDnPV/M)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=607.jpg

〜あとがき〜③

†第三章†──永遠たる塵滓

第一話『禍根』

 宿場町トルアノにまで、奇病が蔓延していることを知った一行。
トルアノは何度も王都ノーレントに病に関する文書を送ったと言っていますが、召喚師リークスに動きはありません。
この時既に、宰相のキリスが、ハイドットの武具の生産を再開させようと、隠蔽工作していたのでしょう。

 この話で、ミストリアの南大陸で流行っているという奇病について、明らかになってきます。
奇病にかかった獣人たちは、果たしてサーフェリアに襲来した者達と同じなのか。
第二話にも続く推理タイムです。

 また、ファフリがいよいよ、ミストリアの現状を認識し始めます。
何よりも国を大切に思っているはずの父王リークスが、なぜ動かないのか。
父が自分を愛してくれないのは、政に忙しいからだと信じ込んでいたファフリにとっては、辛いことだったのかもしれません。
でもこのとき、父をかばったファフリを見て、ユーリッドは複雑な気持ちになります。
ユーリッドからすれば、リークスは憎むべき相手。
命を狙われて尚、父をかばうファフリの姿は、見ていて気持ちの良いものではなかったのでしょう。

 この話の最後では、闇精霊の王であるアルファノルの召喚師、エイリーンが登場します。
謎多き人物ですが、とりあえず一言。
エイリーンは無性別です。
混乱してしまう読者さんがいるかもしれないので、言っておきますが、性別はありません。でもおかまじゃないよ(笑)

 圧倒的な力をリークスに見せつけたエイリーン。
ミストリア編でもそこそこ出てきますが、今後アルファノル編ではかなり重要な登場人物となってきます。
キリスにゃんの悪巧みも、割と簡単にばらされちゃったね。


第二話『慄然』

 本格的に奇病について掘り下げていく話です。
あとは、ユーリッドとファフリ、トワリスがだんだん打ち解けていく描写も入れてます。

 読者さんの中には、気づいてくださった方もいますが、このミストリア編での奇病、まさに公害病ですよね。
特別どの病気を参考にしたって訳でもないのですが、現実で言う水俣病あたりに似てるかもしれません。
ちなみにリーワースの木は、白樺をイメージしました(笑)
特徴的な細長い葉の形は、実は関所の辺りでもその描写を出しています。


第三話『落魄』

 ついに奇病の謎が明らかになりました。
ちなみに、前にも書きましたが、タランの手記に出てきたスレインという女性は、トワリスに深く関わる獣人です。
この辺は年号のすり合わせも大変でした……(笑)
ちゃんと計算したので、サーフェリア編との矛盾点もない、はずです(^o^;)

 話の終盤では、黒幕がリークス王でないことが分かりました。
でもファフリのことは、リークスは殺す気満々ですね。
リークス的には、召喚術が使えるかどうかも勿論重要ですが、それ以前に、王たる強さと威厳を備えた後継者が欲しかったのでしょう。
その点ファフリちゃんは、確かにちょっと優しすぎる感じがします。

 父親としてはクズだけど、一応リークスは王として、ミストリアのことを考えてました。
ハイドットの危険性を理解し、ハイドットの武具の生産を中止させてたんですね。
でもキリスにゃんがそれを再開させろと命令し、その事実を隠蔽。
廃れたあとも、再び生産開始させようと目論んでいるわけです。

 力に取りつかれ、狂ったキリスにゃん。
ラスボスと見せかけてあっという間に出番が終わったリークス王。
咄嗟にサーフェリアに逃げたユーリッドたち。
あと、エイリーンも何か企んでるなって感じの話でした。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【完結】 ( No.369 )
日時: 2017/09/19 12:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
参照: https://twitter.com/icicles_fantasy/status/903528756463099904


〜あとがき〜④

†第四章†──対偶の召喚師

第一話『来訪』

 ついに一行がサーフェリアに渡り、ルーフェンやリリアナたちも出てきます。
ついでにサーフェリア編で問題になっている、リオット族も登場しますね。
リオット族については、後々また書きますが、実は巨人族の末裔。
身体能力で言えば獣人に敵いませんが、単純に腕力と頑丈さで言えば、獣人にだって負けません。

 瀕死の三人を助けてくれたリリアナとカイル。
この二人、私はとても気に入ってます(笑)
この姉弟の話も、サーフェリア編で沢山書こうと思ってますが、とりあえずミストリア編では、一般人なのにトワリスたちと知り合ってるせいで、やたら肝が据わっている人達、という認識でいてください(笑)
底抜けに明るくて、ちょっと空気が読めないリリアナさんも、一人で弟を育て上げた苦労人だし、一見クールに見えるカイルくんも、実は結構なシスコンです。

 また、この話あたりから、ファフリがだんだん強くなってきます。
夢から目をそらさないでいようとか、ルーフェンを一人で探して見せようとか、脱お姫様してますね。

 宮廷魔導師であるジークハルトや、ハインツも登場します。
ジークハルトなんかは特に、突如現れたユーリッドとファフリに警戒MAX。
まあ、当然と言えば当然ですよね。
ルーフェンなんかは、最初は正体を怪しんで自分が召喚師であることを偽りますが、それでも、自分がトワリスに渡した緋色の耳飾りを、ファフリが着けてたので、「この子達トワリスが連れてきたな」って一発で勘づきます。
でも、そんなの知らないジークハルトたちは、ユーリッドたちを敵視しちゃうのが普通だと思います。
ちなみにジークハルトは、サーフェリア編で大活躍のオーラントさんの息子。
最年少で宮廷魔導師団長になった実力者であります。
唯一ルーフェンと渡り合えるって言うか、召喚師の一族でもないのにめちゃ強いので、ある意味作中一の秀才じゃないかと私は思ってます。


第二話『慧眼』

 エイリーンの怪しい動きが気になるものの、ようやくトワリスが目を覚ました。
ちなみに、ルーフェンとトワリスが再会したとき、ルーフェンが最後に「トワ」ではなく「トワリス」と呼んだのは、誤字じゃないです。

 その後、ユーリッドたちも交えて今後のことを話し合いますが、この時のルーフェンは、正直ファフリたちのことをあまり良くは思っていなかったと思います。
良く思ってないっていうか、苦手って表現の方が合ってるでしょうか。
エイリーンとのこともあるし、ファフリたちのことを助けようとしていたのは事実ですが、召喚師であるが故に色々と屈折した人生を送ってるのがルーフェンなので、ファフリとユーリッドみたいなピュアッピュアな性格の子供達を相手にするのはやりづらかったのでしょう(笑)
ファフリたちを救おうとしていることを、教会に勘づかれないよう、ルーフェンは刺々しく現実を突きつけますが、ある意味そのときの態度が、一番本心に近かったのかもしれませんね。
でも、その時のユーリッドの「召喚師だから、なんだよ」って言葉は、幼少の頃のルーフェンが、すごく欲しかった言葉なんじゃないかなぁと思います。
召喚師であることが嫌で、召喚師だから国を護れとか、そういう押し付けを嫌うルーフェンですが、実は最も召喚師だという事実に固執して囚われているのは、ルーフェンなんですよね。

 地下牢では、ファフリがユーリッドに、リークスとの思い出がないことを告白します。
ファフリは小さい頃、自分が構ってもらえないのは、リークスが国のために奔走する忙しい国王だからと無理矢理納得して過ごしていました。
この時ファフリも、ルーフェンの言葉で、悪魔の召喚が自分の気持ち次第であることに、気づいたんじゃないでしょうか。
ファフリは、才能がないわけではなく、単純に、心の中では悪魔の召喚を望んでいなかっただけなんですね。
また、ユーリッドも、次期召喚師だからという理由からでなく、ファフリが本当にミストリアを救いたいのだと気づきます。
それを成し遂げられるとは、まだ思っていませんけどね。


第三話『偽装』

 ユーリッドたちの処遇を決める、審議会が始まりました。
正直、モルティス率いる教会の言い分の方が正論じゃね?って思います(笑)
それもあって、ルーフェンは反論はせず、ファフリたちを殺したと見せかける方法をとりました。
モルティスも、やり口は汚いけど、間違ったことはあまり言ってないんですよ。

 トワリスが責め立てられたとき、かばったユーリッドの発言も、なかなか鋭いんじゃないかなって個人的には思います。
ユーリッド、脳筋っぽいところありますが、意外と洞察力はあるんです。
ただこのとき、トワリスは、売国奴だって指差されることにダメージは受けてますが、ルーフェンがファフリたちを助けるつもりだということは、前話の最後で気づいてるので、超絶焦ってるわけではありません。
ルーフェンすら味方してくれなくて、本当にファフリたちが殺されそうになったら、多分大人しくひざまずいてなんていないでしょうね(笑)

 ユーリッドたちを殺せと宣言したモルティスを、「じゃあどうぞ?」と挑発したときのルーフェンは、どちらかというと賭けに出た感じがあります。
ただ、前回の獣人の公開処刑で、モルティスが完全に獣人にビビってるのは知ってたので、ルーフェンも言い負かせると確信してた節はあるのではないでしょうか。
公開処刑のことがなくても、サーフェリアは全体的に、召喚師に対して畏怖の感情を抱いている傾向にあります。
だから、いざ次期召喚師であるファフリを殺せと言われたら、きっと躊躇うんだろうとルーフェンは予想してたに違いありません。
ルーフェンの吹っ掛け方に、バジレットはちょっと呆れ顔ですが、ファフリたちの処刑を当然ルーフェンにやらせるつもりだったモルティスは、面食らいます。

 また、ルーフェンがファフリたちを殺したら殺したで、周囲がドン引きすることも、ルーフェンは予想してました。
召喚師の一方的で強力な力を、サーフェリアの人間たちは決して良く思っていません。
だからこそ、ルーフェンはより残虐な方法で、ユーリッドたちを殺したと見せかけました。
結構めちゃくちゃな計画ですが、そうすれば、真相を深入りして探ってくる者が減る、と考えたわけです。
「やーい殺せ殺せー!」と興奮している周りを、「い、いや、それはちょっとやりすぎだろ……」と興ざめする方向に持っていったんですね。
ルーフェンと付き合いが長いジークハルト辺りには、この作戦気づかれてましたけど(笑)

 終盤では、エイリーンとルーフェンに関わりがあることが分かりました。
ここで、ルーフェンだけがリークスの死を知ります。
でも二人の意図は、まだはっきりしていません。
ルーフェンはエイリーンに協力しているようですが、エイリーンはトワリスに大怪我させるわ乗っ取るわで、かなりの横暴を働いたので、ルーフェンちょっと怒り気味。
ですが同じ召喚師とはいえ、エイリーンは少し特別な立ち位置なので、逆らうのは難しいようです。
エイリーンと精霊王グレアフォールの間にも、何か問題がある様子。
今後も動向に注意。
アルファノル編に続く!(笑)

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【完結】 ( No.370 )
日時: 2017/09/19 10:49
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: KnTYHrOf)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=618.jpg

〜あとがき〜⑤

†第五章†──回帰せし運命

第一話『眩惑』

 ユーリッドとファフリの過去の話が出てきます。
ユーリッドパパ、理想的なお父さんを目指して書きました(笑)
ファフリと同じく、あまり父親と接点のないまま育ったユーリッドですが、マリオスに関してはすごく良いパパでした。
国を護るのは召喚師だけの役目じゃないっていう考えも、現実では直接話したわけじゃないですが、パパから来てたのかもしれませんね。
このパパとのシーンは、是非外伝の『忘却と想起の狭間で』と合わせて読んで頂きたいです……。
外伝は基本ふざけてるので、あまり勧めないんですが、この二つの話はかなり繋がってる部分があるので。

 ユーリッドとファフリが、一緒に海を見に行く場面も、結構気に入ってます。
ファフリにとってユーリッドは、自分を殻の中から引っ張り出してくれる大切な存在だったんじゃないかなぁと思います。
塔から飛び降りる時、ユーリッドは「絶対受け止めるから信じて!」と言ってますが、この台詞、フェニクスの夢から抜け出すときも全く同じことを言ってるんですよね。
わざとなのか、わざとじゃないのか……どちらにせよ、ユーリッドは何気に作中一の天然イケメンじゃないかと思ってます(笑)

 この話で、アドラ再登場しますね。
当初この展開は予定していなかったのですが、第一章に出て以来、アドラが結構人気だったので、用意しました(笑)
これは、フェニクスが見せている夢が、ユーリッドとファフリの望む世界だから、アドラが出てきたのか。
あるいは、本当にアドラが霊魂となって出てきたのか。
どちらなのかは、皆さんのご想像にお任せします(^^)
ちなみに、黒い影ことアドラとユーリッドが戦った際、ユーリッドは、肩口に刺さった剣に構わず、影の腹に剣を突き立てます。
この戦い方、第一章の第二話で、刺客との攻防で見せたアドラの身の振り方と同じなんです。
ユーリッドが意図的に真似したのか、無意識に真似したのかは分かりませんが、アドラって、ユーリッドの第二のお父さんみたいな感じだったのではないでしょうか。
むしろマリオスよりも、アドラの背中を見て育った時間が多かったんじゃないかと思います。
旅立った頃に比べれば、ユーリッドも強くなったなぁと、アドラも認めて姿を消したんじゃないかなと。


第二話『決意』

 召喚師トークのお時間です。
ルーフェンの家の地下倉庫にあった怪しげな魔導書に関しては、サーフェリア編でも重要なものになってきます。
ちなみに、倉庫を照らしていたぼんやり光る不思議な銀白色の石ころは、サーフェリア編で登場したシシムの磨石。
はっきり言ってこの場面は、サーフェリア編のために用意した場面ですね(笑)
シルヴィアさんの話題もちょっぴり出てきます。
ファフリちゃんその話は地雷よ( ´∀`)

 山中での会話では、ルーフェンとファフリ、二人の召喚師としての考え方の違いを出しました。
ぶっちゃけ、ファフリのほうが器が広いですね!(笑)
まあ勿論、境遇の違いというのはあるのですが。
自国を愛し、綺麗な面も汚い面も受け入れ、自ら召喚師として生きることを決意したファフリ。
一方、まだあまり多くは語ってませんが、自国を憎み、周囲を斬り捨て、召喚師としての運命を全て拒絶しているのがルーフェンです。
そんなルーフェンにとって、ファフリの考え方はやっぱり綺麗事っていうか、夢見がちな理想論を唱えているように聞こえたんじゃないでしょうか。
ルーフェンだって、幼少期は綺麗事言いまくってたんですけどね(笑)
ただルーフェンも、危険を冒して、一人でミストリアに戻ると言ったファフリの強さには、心から敬意を払っていたように思います。

 ファフリがミストリアに旅立った後の、ルーフェンとユーリッドが言い争う場面では、やはりユーリッドの言い分が尤もなように感じますね。
ルーフェンもひねくれたこと言ってユーリッドに反論してはいますが、彼も本当は、ファフリを一人で行かせるのは得策でないと踏んでたと思います。
エイリーンに「ファフリ死なせたら許さんへんで」って脅されてますしね。
それでも一人で行かせたのは、なんとなく召喚師同士、ファフリの気持ちが分かったからなのでしょうし、ここで死ぬようなら、召喚師として生きたところでファフリも辛い思いをするだけだろうと考えてたからなのかなぁと思います。
また、前のあとがきにも書きましたけど、ユーリッドの台詞は、とことんルーフェンの心に響くものが多いと思います。
サーフェリア編読んで下さってる方がいましたら、思い当たるかと思うのですが、ルーフェンは幼少期、やりたくもない国の守護を押し付けられて、とにかくうじうじしてます。
『国民の味方を気取って、貧困を見て見ぬふりする政治も、人形みたいな母親も、上辺ばっかりの貴族も、他力本願に国を護れとか言ってくる連中も、全部大嫌い。
召喚術を使うのも、人殺しを繰り返すのも嫌だ。
国を護れと押し付けてくる癖に、本当は心の奥底で悪魔の力を恐れ、召喚師を敬遠してる輩も、全員消えればいい』
とか思っちゃってたのが幼いルーフェンなので、そんな幼少期に、ユーリッドみたく「召喚師一人に国の守護なんてものを背負わせたりしない!」って言ってくれる人がいたら、色々と変わってたんじゃないかなぁと思います。
まあルーフェンにはトワさんがいるけどね。

 ユーリッドとファフリは、王道主人公ですが、ある意味作中で一番精神的に安定した人物だと思うのです。
特にユーリッドね。


第三話『帰趨』

 この話に関しては、もはや言うことはありません……。
ああ、ついに終わっちゃうんだなぁって気持ちで書いてました(笑)

 奇病のことは簡単に解決しないし、召喚師として即位したファフリは、今後も苦労していくのでしょうが、それでも、ひとまずおめでとうって言いたいです!


†終章†『光闇』

 アルファノル編への伏線みたいな章です。
何やら怪しいエイリーンとルーフェンですね。
その二人を警戒するツインテルグの精霊達。
ちなみにルーフェンが最後に使っていた召喚術の悪魔は、バアルです。
ファフリがカイムと相性が良いように、ルーフェンはバアルを使うことが一番多いです(^^)

 最後の最後に召喚師四人全員が出てきました!



 さて、いい加減あとがきはここまでにしておきます。
正直、自分でもドン引きするくらい書いてしまいました(笑)
まさかここまで全部読んで下さってる読者さんはいらっしゃらないと思いますが、今後もどうぞ、闇の系譜シリーズをよろしくお願いいたします!
また、完結した時期に、2017年夏の大会にて、本作が金賞を頂きました。
応援してくださった方、本当に本当にありがとうございました!

〜闇の系譜〜(ミストリア編)、今度こそ終わりと致します(*´∀`)