複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.145 )
日時: 2016/03/13 20:29
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: HijqWNdI)


 翌日は、晴れていた。
明るい陽射しの中で見る関所の雰囲気と、昨晩の夜闇の中で見た関所の雰囲気はやはり違い、明るい中で見た方が、幾分かは、廃墟独特の不気味さが緩和されていた。

 干肉と携帯食で簡単な朝食を済ませると、三人は、早速関所から出た。
だが、関所一つ越えたところで、劇的に風土が変化するはずもなく、三人の目の前に広がっていたのは、相変わらずの深い森であった。

 強いて言う違いがあるとするならば、先に見える森は、これまでのものより、更に鬱蒼(うっそう)としているような気がした。
これは、南大陸が未開の土地故なのか、それとも、行く先に不安が大きい自分達の心がそう見せているのか、分からなかったが、どちらにせよ、この獣道を進むのかと思うと、どうにも気が重くなった。

 不意に、ファフリが後ろの関所を振り返って、しみじみと言った。

「ついに、南大陸に入ったのね」

 喜びの声だったのか、感情のよく読み取れない声だったが、ユーリッドは、努めて晴々とした声で言った。

「ああ。これで、追っ手も少しは減るだろ。……やったな」

「うん」

 ユーリッドとファフリは微笑みあって、ぱん、と手を打ち合わせた。
そんな光景を見ながら、トワリスが口を開く。

「……私は、これから奇病のことを調べに集落や村を回るつもりだけど。……二人とも、それに着いてくるので、本当にいいんだね?」

 ユーリッドとファフリは、一度顔を見合わせて、こくりと頷いた。

「ああ、これからどうするかなんて決めてないし、俺らもずっと旅をしてるわけにはいかないから……どっちみち、集落や村を回るつもりだったんだ。だから、手伝うよ」

「分かった。……ありがとう」

 トワリスは、少し安心したようにそう返事をすると、先に進むべく身を翻した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.146 )
日時: 2016/03/18 18:40
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: FSosQk4t)


 三人は、再びユーリッド、ファフリ、トワリスの順に並ぶと、険しい山道を歩き始めた。

 ユーリッドが、時折剣で藪や雑草を切り開きながら、一歩ずつ一歩ずつ進んでいく。
その道中で、何頭か、“動物の死骸らしきもの”を見た。
というのも、それらは、下半身が白骨化していたり、一部が腐敗しているにも関わらず、胸を上下させて呼吸していたのである。
すなわち、死んでいるはずの状態で、生きているのだ。

 あの病が、獣人以外にも被害を及ぼしているのだということが、この時はっきりしたのだった。

 しかし、そういった動物は、地面に横たわっているか、ぼんやりと歩いているだけで、襲いかかってくることは一切なかった。
つまりそれらは、結局のところ、魔力にしか反応しないのだろう。

 奇病にかかると、痛覚といった生物としての性質を失い、また、魔力にしか反応しなくなる。
故に、国中に結界が張られ、魔導師がいるサーフェリアでは、病にかかった獣人たちは凶暴化し、一方の魔力をもたぬ獣人の国、ミストリアでは、基本さまようか、死んだように眠るかのどちらかなのだ。

 トワリスは、頭の中でこれらのことを整理しながら、歩いていた。

(……けど、それなら、どうしてホウルたちは襲われたんだろう……)

 口元をびくびくと震わせながら、南大陸は恐ろしいところなのだと主張していた、あの鳥人の男をふと思い出す。

 魔力にしか反応しないのなら、魔力をもたないホウルには、病にかかった生物たちは、襲いかかってこなかったはずだ。
確かに、身体がずたずたの状態で、幽鬼のようにさまよい歩く生物たちを見るのは、気味が悪い。
だが、それだけで、あんなに怯えるだろうか。
そもそもホウルは、一緒にいた仲間は死んだと言っていた。
これは、襲われて死んだということだと思っていたのだが、違ったのだろうか。

(……ノーレントにいる召喚師の魔力に反応して、たまたま近くにいたホウルたちに襲いかかった、とか? そんなこと、あるんだろうか。くそ、もっと詳しく聞いておけばよかったな……)

 トワリスは、心の中で舌打ちした。

 とにかく、新たに調べるべきことは、奇病の原因と傾向、ホウルたちが襲われた理由。
そして、何故その奇病にかかった獣人たちが、サーフェリアに襲来したのか、ということである。

 最後の理由に関しては、もし、ミストリアの召喚師がこの奇病のことを知っていたなら、サーフェリアを襲わせるために病人たちを送り込んだ、というのが、最も信憑性のある理由だ。
ミストリアからサーフェリアへは、海を渡って行くこともできるが、一番手っ取り早いのは、魔法陣を介した長距離移動──移動陣を使って送り込むことだからだ。

 移動陣とは、陣から陣へと瞬間的に移動できる、つまりはテレポートすることができる魔法陣のことだ。
使用した場合は魔力の消費が激しいため、サーフェリアでは一般的には使われていないが、トワリスも、ルーフェンによるこの移動陣の応用魔術で、ミストリアに送ってもらったのである。

 ミストリアで移動陣がどの程度普及しているのかは分からないが、とにかく移動陣を使うには、当然魔力が必要であり、ミストリアで魔力をもつのは召喚師一族だけ。
となると、必然的に、元凶は召喚師になる、というわけである。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.147 )
日時: 2016/03/22 10:50
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: zh8UTKy1)


 長いこと歩き続けて、西日が傾き始めた頃。
みるみる薄暗くなり、淡い夕暮れの光が木々の葉を照らし始めた辺りで、不意に、さわさわと川の流れる音が聞こえてきた。

 そこから更に歩き、少し開けた場所に出ると、やはり、そこには川があった。

「ずっと歩いてきたし、ここでちょっと休憩するか」

 ユーリッドがそう言って、どさりと荷物を下ろす。
ファフリも、嬉しそうに息をはくと、いつものごとく棒のようになった脚を擦りながら、ぺたりと地面に座り込んだ。

「やっぱり、心なしか南大陸は暑いね」

 ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら、ファフリが言う。
ユーリッドも、煩わしそうに前髪をかきあげながら、頷いた。

「ここはまだ森だからいいけど、木がなくなったら、もっと暑くなるんだろうな……今日一日で、飲み水も大分減っちまった」

 苦笑して、残り少ない革の水筒をぽちゃぽちゃと揺らす。
それからユーリッドは、ちょうど川が見つかって良かったよ、と言いながら、水筒に川の水を入れようとした。

 その時だった。

「──駄目っ!」

 ファフリが、突如立ち上がり、大声で叫んだ。
ユーリッドとトワリスは、びっくりして、ファフリの方に振り向いた。

「ど、どうしたんだ、ファフリ」

「え……?」

 川の方に身を傾けていたユーリッドが、体制を戻して問いかける。
しかしファフリは、きょとんとした様子で、不思議そうに首を傾けた。

「私……今、なんで……」

 目を瞬かせながら、ぽつんと呟く。

 自分でも、何故駄目だなんて叫んだのか、よく分からなかった。
ただ、ユーリッドが川の水に近づいた瞬間、急にどうしようもないくらい焦って、駄目だと口が動いたのだ。

(今の、なに……?)

 そう考えながら、じっと川の流れを見つめる。
すると突然、夢の中にいるような気持ちになってきた。

──あの夢だ。
カイムがこちらに何かを語りかけてきて、そのあと、恐ろしい真っ黒な濁流が自分を飲み込む夢。

 ただ、少し違うのは、自分は今、森の中にいるということだった。
足元ではさらさらと草が揺れて、頭上では木々の細長い葉がざわめいている。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.148 )
日時: 2016/03/25 01:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 4mXaqJWJ)


 なんとなく、目を閉じてみると、川の流れる音が、どんどん耳元に近づいてきて。
さらさら、さわさわと、ファフリの心も揺さぶってくるようだった。

 それらの音が、何かを自分に訴えかけてきているような気がする。
しかし、その内容を聞き取ることはできない。

「なに……? 何を言っているのか、分からないよ……」

 ファフリは、うわ言のようにそう言った。

 ユーリッドは、何か悪い予感がして、ファフリの肩をがしりと掴むと、軽く揺さぶった。

「おい! ファフリ!」

 何度か前後に揺すると、ファフリは、ゆっくりと目を開いた。
しかし、その目は虚ろで、ユーリッドを見ていない。

(悪魔に乗っ取られた時と同じだ……!)

 ユーリッドは動揺した様子で息を飲むと、必死にファフリに呼び掛けた。

「ファフリ! ファフリ!」

 トワリスも、心配になってこちらに駆け寄ってくる。
しかし、ファフリは未だ虚ろな目のままで、そして、ゆっくりと唇を動かした。

「水が……」

 渓流で、兵団に襲われたときと、同じ台詞。
ユーリッドは、手を止めて川に視線を移した。
だが、ファフリの言葉に何の意味があるのかは、相変わらず全く分からない。

 その時、不意に、何かが後ろから駆けてくるような音がした。
軽い足音で、ふっとそちらに振り返ると、二頭の鹿が、川の側まで来ていた。

 鹿は、ユーリッドたちの方を警戒した様子で見たまま、じっとしていた。
だが、一度ぴくんと耳を動かすと、川の水に口をつけようとした。

 すると、ファフリが言った。

「──やめなさい」

 鹿が、ばっと顔をあげて、ファフリを見る。
ファフリは、彼女らしからぬ低い声音で、続けた。

「飲んでは駄目……」

 そうしてしばらく、ファフリと二頭の鹿は見つめあっていたが、ふとユーリッドが身じろぎをすると、鹿はそろって、水を飲まずに走り去っていった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.149 )
日時: 2017/08/15 01:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 ユーリッドとトワリスは、お互いに顔を見合わせると、一体何が起こったんだ、という風に眉をひそめた。

「……さっきの鹿、怪我もなかったし、奇病にはかかっていないように見えたけど……。今の、ファフリの言葉を、理解したってことなの?」

「さあ、俺には何がなんだか、さっぱり……」

 ユーリッドは、ファフリから一旦離れると、もう一度じっくりと川を覗きこんだ。
しかし、やはり自分には、何の変哲もないただの川に見える。

 しかし、身を乗り出して、更に川に近づこうと、川縁(かわべり)の石に手をつくと、何かぬめりとしたものが指に付着した。

「うわ、なんだこれ」

 思わず声をあげて、自分の指を見る。
すると、黒いねっとりとした何かが、指先にべったりと付いていた。

「油……?」

 脇から覗きこんだトワリスが、怪訝そうに尋ねる。
ユーリッドは、分からないと答えて、先程の石をよく見た。
そうすると、ちょうど水かさの高さに沿って、黒い何かが少量、石の表面にこびりついていることに気づいた。

「……なんだろう、上流で誰かが何か流したのかな」

 そんなトワリスの呟きを聞きながら、試しに、臭いを嗅いでみる。
すると、ユーリッドは目を見開いて、勢いよく身を起こした。

「これ、シュテンさんの身体からした臭いと同じだ……!」

 トワリスが反応して、瞠目する。

「どういうこと?」

「分かんない、けど……このつん、とする臭い、絶対そうだよ」

 トワリスは、鼓動が速くなるのを感じながら、再度川に視線をやった。
この黒い物質の正体は分からないが、同じ臭いがしたというなら、これと奇病に何らかの関係がある可能性は大いにある。

 ユーリッドは、ひとまず足元の草に黒い物質を擦り付けた。
黒い物質は、案外簡単に取れて、液体のように土と草に染み込んでいく。

「でも、川が使えないってなると、厳しいぞ。飲み水が大分少なくなってきたし……」

 ユーリッドがそう言って、革の水筒を持ち直すと、ファフリがふと顔をあげた。
ファフリは、そっと手を伸ばして、ユーリッドから水筒を取ると、川を離れて、今度は森の奥の方に歩き始めた。

 その足取りは、ゆったりとしているのに速く、先程まで、疲れて座り込んでいた少女のものとは思えない。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.150 )
日時: 2016/03/30 23:30
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: hZy3zJjJ)


 ユーリッドとトワリスは、急いで荷物を持ち、ファフリを追いかけた。
そして、追い付いてから、ぐっと腕を掴んで振り向かせると、途端に、はっとファフリの目に光が戻った。

「ユーリッド……?」

 ぱちくりと瞬いて、ファフリが首を傾ける。
ユーリッドは、はあっと脱力したように息をはくと、安心したように表情を和らげた。

「……よかった、元に戻った。大丈夫か?」

「うん……でも、お水を調達しないと……」

 ファフリの言葉に、トワリスは驚いたように眉をあげた。

「ファフリ、今回のことは記憶にあるの?」

「え……?」

 そう言われてから、ファフリは色々なことに気づいた。
まず、自分は、水筒に川の水を汲むのは駄目だと叫んだあの時から、ユーリッドに腕を掴まれるまで、すっぽりと意識がなかった。
自分が今までなにを考え、見ていたのか、全然分からないのだ。

 それなのに、不思議なことに、記憶はあった。
川縁の石に黒い油のようなものが付着しているのを見つけ、どこかで水を手に入れなければと思ったところまで、はっきりと覚えている。

 まるで、意識がない間、自分はその場にいなかったけれど、誰かがその時のことを見聞きしていて、その誰かの記憶がそのまま自分の頭に後々はまりこんだような、そんななんとも言えない感覚であった。

 これらをどう言葉に表現してよいのか分からず、ファフリは、困ったようにトワリスを見ると、たどたどしく口を開いた。

「えっと、何て言ったらいいのか分からないの……でも、覚えてるわ。ただ、あの時の私は、私じゃなかったっていうか……」

 なんとか必死に伝えようとするも、ユーリッドとトワリスは表情を曇らせたままだ。
しかし、ファフリには、これ以上どう言えば良いのか、分からなかった。

 その時、不意に、耳元でクィックィッと声がした。
カイムの声だ。

 ファフリが顔をあげると、立ち並ぶ木々の一本に、カイムが止まっている。
こちらに来い、と言っているようだった。

 ファフリは、ぎゅっと水筒を抱えると、ユーリッドとファフリに視線を戻した。

「とにかく、飲み水を確保するなら、あっちに行けばいいの。あそこ、あの鳥がいるほうよ」

 カイムを指さして、再びファフリは歩き出す。
ユーリッドとトワリスは、困惑した様子でファフリの指した方向に目を向けた。
そこには、鳥の姿なんてなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.151 )
日時: 2016/04/07 17:15
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 5VHpYoUr)


 歩き出したファフリについていくと、たどり着いたのは、小さな湖畔であった。
どこか薄白い木々に囲まれたその湖には、心なしか澄んだ空気が流れており、頬を撫でるように過ぎていく爽やかな風が、とても気持ち良い。

 ファフリは、早速湖の側によると、革の水筒を沈めて、水を一杯にいれた。
その作業を、ユーリッドも手伝って、持っている全ての水筒に水を補給する。

 それが終わると、どこか満足そうなファフリに、ユーリッドは、湖を見ながら言った。

「確かに綺麗なところだけど……ここの水は、大丈夫なのか?」

「ええ」

 ファフリは、はっきりと頷いた。

「さっきの鳥が……カイムが、教えてくれたの」

 その言葉に、ユーリッドは眉を寄せ、トワリスを一瞥してから、再びファフリを見る。
そして、どこか不安そうに言った。

「……ファフリ、俺たちには、そんな鳥は見えなかったよ」

 ファフリが、驚いたように目を見開く。
そして、何か言おうと口を開いたとき、森の方から、別の声が聞こえてきた。

「誰かいるのか!?」

 複数の足音が近づいてきたかと思うと、薄暗い木々の間から、四人の男たちが現れる。
男たちは、何か光るものを掲げながらこちらを見ると、ぱっと安堵したような表情になった。

「おお! まだ生きた獣人がいたのか……!」

 嬉しそうに声をあげて、トワリスたちの方に駆け寄ってくる。
しかし、その瞬間、なにか薬草を煮詰めたような強烈な悪臭がして、ユーリッドがうげっと嫌そうな顔をした。

 それを見た男の一人が、慌てて腰の匂袋(においぶくろ)の口を閉じる。

「おっと、すまない……これ、忌避剤なんだ」

 申し訳なさそうに謝りながら、ユーリッドを見る。
ユーリッドは、大丈夫だと頷いたが、まだ渋そうな顔をして咳をしていた。

 男たちは、剣などを持っておらず、ろくに戦えそうもない軽装姿であった。
だが、それぞれが所持している斧や鎌、そして山道に適した藁の編み靴を履いているところなどからして、この辺りの地域、気候には慣れているようだ。
もしかしたら、地元の集落に住む獣人なのかもしれない。

 男の一人が、トワリスに話しかけてきた。

「良かった……。もう生きてるのは俺たちだけなんじゃないかって、不安だったんだ。あんたたちは、どこの村から逃げてきたんだ?」

 トワリスは、微かに目を細めると、答えた。

「いえ、私たちは、ノーレントの方から来たんですが……」

 すると、男たちは、途端に信じられない、といったような顔になって、口々に言った。

「ノーレントって……王都だよな」

「まさか、あんたらもハイドットを採りに来たのか? だったら、悪いことは言わないから、引き返した方がいい」

「ああ、そうだ。ここから南は、更に危険になるんだ。命が欲しいなら帰んな」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.152 )
日時: 2016/04/10 19:07
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: OSKsdtHY)

 男たちはそう言って、トワリスに詰め寄る。
トワリスは、慌てて首を横に振ると、否定の言葉を述べた。

「いえ、ハイドットが目的ではないんです。ただ、私たちは、南大陸で流行っている病の原因について調べようと思っていて……。そのために、村や集落を回って、情報を集めようと考えていたんですが……あの、なにか奇病について、知っていることはありませんか?」

 トワリスの問いかけに対し、男たちはびっくりした様子で、目を丸くした。
そして、悲痛な面持ちで、言った。

「奇病の原因なんて、俺たちが聞きたいくらいだよ……。ここ十年くらいで一気に広まって、気づいたら、南大陸中が気味の悪い化け物だらけになっちまった。知ってるだろ? あの、生きた屍みたいなのが、うろうろして……」

 トワリスは、真剣な顔で頷いた。
すると、傍らにいた別の男が、続けて口を開く。

「元々は、南大陸の南西端で流行り始めた病だったんだ。だから、原因っつったら、多分そこにあるんだろうけど……あそこは、軽い気持ちで行ける場所じゃねえよ。ハイドットが採れるロージアン鉱山があるっていうんで、最近商人なんかが何人も行ってるみたいだが、生きて帰ったなんて奴、ほとんど見たことがない。少なくとも、あんたみたいな女が行くなんて、自殺行為だ」

 男の話を聞きながら、トワリスは、またハイドットか、と眉を潜めた。
ミストリアに渡ってからというもの、とにかくハイドットという鉱石の話を聞く。
最初は、魔力を使う者にとって、ハイドットの武具は厄介だ、くらいにしか思っていなかったが、ここまで何度も話題に出てくると、何かあるような気がしていた。

 男は、更にいい募った。

「それに、村や集落を巡ろうったって、もうそんなもん探したってないよ。あの化け物に襲われて壊滅してるか、村人全員が北に逃げようっていうんで、もぬけの殻になったところばっかりだ」

 その言葉に、トワリスははっと顔をあげた。

「襲われたって、どうして」

「どうしてって、そんなの化け物に聞いてくれよ。あいつら、夜になると襲ってくるんだ」

(夜……?)

 トワリスは、顎に手を当てて、考え込んだ。

 奇病にかかった生物たちは、魔力にしか反応しないと思っていたが、実は時間帯も関係があったのだろうか。
いや、そんなはずはない。
トワリスが見てきたカガリやシュテン、サーフェリアに襲来した獣人も含め、朝だろうが夜だろうが、魔力を感じれば襲ってきたし、魔力さえ発さなければ襲ってこなかった。

 それなら、一体なぜ、南大陸の発病者は、集落や商人を襲ったのだろうか。
魔力など感じないはずの、ミストリアで、何故──。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.153 )
日時: 2016/04/16 18:23
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: OSKsdtHY)


 感じない、と考えたところで、トワリスは、どこからか微弱な魔力が発せられていることに気づいた。
これは、ファフリのものではない。

 周囲を探してみると、その発信源は、男たちが持っている光──旅灯であった。
薄い長草を編んだ中に、光源が入ったそれは、てっきり中に蝋燭か何かが入っているのかと思っていたが、どうやら魔術によって生み出された光源のようだ。

 一体どうして獣人がこんなものを持っているのかと驚いて、旅灯を凝視していると、それを持っていた男が、怪訝そうに顔をしかめた。

「……ん? この魔力灯が、どうかしたのかい?」

「ま、魔力灯って……これ、どこで手に入れたんです?」

 そうトワリスが尋ねると、男たちは面食らったような顔をした。
もしかしたら、この魔力灯というのも、ミストリアでは一般的なものだったのかもしれない。

 勢いに任せて聞いてしまったことを、少し後悔していると、トワリスの問いに答えたのは、ユーリッドであった。

「それは、先々代の召喚師様が作って、ミストリア中に流通させたんだよ。松明や燭台は、油や蝋を消費するからな。といっても、魔力灯は数が限られてるし、全員が全員持ってるわけじゃないんだけど……って、あ!」

 ユーリッドが、口を半開きにして、トワリスを見た。
ユーリッドも、トワリスの考えに気づいたようだ。

 つまり、全ての原因は、この魔力灯にあったというわけである。

 夜になれば、明るくするために魔力灯をつける。
すると、その魔力にひかれて、奇病にかかった生物が村や集落を襲う。
魔力を感じない獣人は、魔力灯が原因だなんて分かるはずもなく、単に化け物が襲ってくるからと逃げ惑う。

 商人に関しても、そうだろう。
恐らく、松明だけで旅に出ていたら、他の危険はあれど、あの奇病にかかった生物には、襲われることはなかったはずだ。
実際、生き残ったホウルは、松明しか持っていなかった。
おそらく、ホウルに同伴した誰かが魔力灯を持っていたせいで、彼は襲われる羽目になったのだ。

 トワリスは、男を見つめて、強い口調で言った。

「その魔力灯、もう二度とつけないで下さい。そうしたら、化け物に襲われることもなくなりますから」

「はっ? え……?」

「いいから消して!」

 ぴしゃりと言い放って、魔力灯の灯りを消させる。
次いで、トワリスは、訳がわからないといった様子の男に、ゆっくりと言った。

「私たち獣人じゃ分かりませんが、奇病にかかった生物たちは皆、魔力に反応して凶暴化するんです。逆に考えれば、魔力さえ発しなければ、襲ってはきません」

 そう言うと、男たちは目に驚嘆の色を浮かべて、トワリスを見た。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.154 )
日時: 2017/08/15 12:57
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「魔力って……な、なんでそんなこと知ってるんだよ?」

「それは……」

 言いかけて、口を閉じる。
何か相手が納得できるような言い訳を考えなければ、と頭を回転させていると、男の一人が、先に口を開いた。

「もしかして、あんたら兵団の獣人か……?」

 前にもあったようなやり取りに、思わず固まる。
だが、兵団の者だと名乗るのが、一番自然だろうと思った。
二回も嘘をいうのは気が引けたけれど、兵士ならば、普通知られてはいないことを知っていても、おかしくはないからだ。

「ああ、えっと、まあ……そんな感じの……」

 トワリスは、曖昧に頷いて返した。
すると男たちは、予想外にも表情を険しくして、尖った声で言った。

「兵団が、今更南大陸に何をしに来たって言うんだよ。俺たちを見捨てて、とっとと逃げ帰りやがったくせに……!」

 その言葉には、ファフリとユーリッドも反応した。

「お前ら王都の獣人は、どうせ俺たちのことなんて、鉱山の労働力くらいにしか思ってないんだろ! だから、病にかかって役に立たなくなったらさようならってか、ふざけんな!」

「お、おい、ちょっとやめろよ……!」

 怒鳴り散らす男を、他の獣人たちが抑える。
彼らは、ユーリッドやトワリスの腰の剣を、気にしているようだった。

 不意に、ファフリが前に出て、言った。

「逃げ帰ったって、どういうことですか? ここに来る途中、関所にも兵団の獣人がいなくて……私たちも混乱して──」

「お前らに話すことなんて何もねえっ!」

 男の一人が叫んで、ずんずんと歩いていく。
他の三人の男たちは、こちらをちらちらと気にしながらも、その男を追いかけて、森の奥へと消えていった。

 ファフリは、その後ろ姿を悲しそうに見つめながら、目を伏せてうつむいた。

「……やっぱり、お父様、南大陸を見捨てるおつもりなのかな。だから、兵団を撤退させて……」

「いや、必ずしもそうとは、限らないかもしれない」

 トワリスが、ふと呟くように言った。

「さっき、魔力灯の話が出たけど、もし召喚師が奇病の特徴──つまり魔力に反応するってことを知ってたら、魔力灯の使用を中止すると思わない? 仮に南大陸を見捨てようと考えていたとしても、病人たちが暴れた方が良いなんてことは、ないだろう?」

 ファフリが、そういえば、と頷く。
ユーリッドも、確かにそうだな、と言って、トワリスを見た。

「じゃあ、もしかしたらリークス王は、奇病のことを知らないんじゃないか。はっきり言って、北大陸と南大陸じゃ普段は全然親交がないし、連絡を取り合うようになったのも、ハイドットが発見されてからだ。なんで兵団が南大陸から撤収したのかは分からないけど、南大陸の情報は、ミストリア城に上手く伝わってないのかもしれない……。まして、奇病にかかったら、魔力に反応するようになるだなんて、俺たちだって、ファフリとトワリスがいたから奇跡的に発見したようなものだしな」

 ユーリッドの言葉に、トワリスが頷く。

「ああ、私もそうなんじゃないかって、さっきふと思ったよ。調査もなにも、召喚師は奇病が流行っていること自体を、知らないんじゃないかって」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.155 )
日時: 2016/04/25 07:51
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Lr4vvNmv)




 ファフリは、二人の話を、黙ったまま聞いていた。

 正直、そんなことあるんだろうか、と思った。
トルアノにまで侵食しているほど、こんなにひどい状態なのに、奇病のことを知らないだなんて。

 だが、ファフリ自身、こうして旅に出るまでは、なにも知らなかったのだ。
国民がどんな風に生活し、どんなことに悩まされ、苦しんでいるのか。
城に住んでいた頃は、そんなこと、気にしたこともなかったかもしれない。

 毎日美味しいものを食べ、華やかに暮らしている獣人もいれば、闇市で犯罪紛いのことを繰り返している獣人や、病に冒され死んでいく獣人もいる。
こういったミストリアの色んな面を見ていく内に、己がいかに狭い世界の中で生き、無知のまま育ったのか、だんだんと分かってきた。

(もし、お父様もそうなら……)

 奇病のことを、知らないということも、あり得るだろう。
ずっと城にいるのだ。
家臣たちが教えてくれなければ、国のことなんて分からない。
それが国王であり、召喚師なのかもしれない。

 ミストリアの発展をまず第一に考えていた父、リークスだったが、発展のことを考えるばかりで、国民の生活に目を向けることを忘れていたんだろうか。
そんな思いが、ファフリの中に、わき上がってきた。

 トワリスが、そのまま続ける。

「これは、魔力灯に限る話じゃないしね。他にも、本当に奇病のことを知ってるなら、移動陣とか魔力を使うものは徹底排除するべきだろう? それをしていないってことは、やっぱり知らないって可能性もないとは言えないと思うんだ。まあ、ユーリッドの言う通り、そうなると兵団を撤退させた理由がつかないから、南大陸を切り捨てようとしているっていう線の方が、はっきり言って有力だけど……」

 トワリスの言葉に、ユーリッドが首をかしげた。

「なあ、トワリス。移動陣って、なんだ?」

「えっ?」

 トワリスは目を剥いて、押し黙った。

(ミストリアに、移動陣は存在しない……?)

 ふと、その結論を思い立つ。

 ついサーフェリア基準で考えて、ミストリアにも移動陣は当然あるものだと思ってしまっていたのだが、それはとんでもない勘違いだったのか。

 よく考えてみれば、トワリスをミストリアに送るために、ルーフェンが使った魔術だって、移動陣とは少し違うものだったのだ。
ルーフェンが使ったのは、ミストリアの召喚師の魔力を辿って、その付近に送り込むという少々不確かなもの。
一方的かつ、相手側に特徴的な魔力の持ち主がいなければ使えないという不便さを持ち合わせているわけだが、それでもこの方法を選んだのは、そうするしかなかったからだ。
ミストリアに移動陣があったなら、そのまま移動陣を使って送ればよかったのだから。

 ああ、なんでこんな単純なことに気づかなかったのだろうと、トワリスは一瞬自己嫌悪に陥った。
しかし、すぐにユーリッドに向き直ると、なんでもないから忘れてくれ、と告げた。

(でも、移動陣がないってことは、サーフェリアにきた獣人たちは、直接海を渡ってきたということ……?)

 と、すればだ。
召喚師が関与しなくとも、サーフェリアに獣人を送ることは可能である。

(いよいよ、本当に召喚師が黒幕なのか、怪しくなってきたな……)

 その日、結局三人は、その湖畔で夜を明かすことにした。
食事中、ぱちぱちと燃える焚き火を眺めているときも、木にもたれて眠るときも、トワリスはずっと奇病のことを考えていたし、ユーリッドやファフリもまた、リークス王のことを考えていた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.156 )
日時: 2016/04/27 08:15
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 6kBwDVDs)


 翌朝、ユーリッドは、まだ空が薄青い、夜明けの時間帯に目を覚ました。
木々に囲まれた湖畔とはいえ、どうにも蒸し暑い夜だったため、全身にじっとりと汗をかいている。

 湖の水で顔を洗おうと、立ち上がると、ちょうどその時に、トワリスも起きたようだった。
二人は挨拶を交わして、湖の辺りに向かった。

 トワリスは、冷たい水で顔を洗いながら、ぼんやりと水面を眺めていた。
ファフリが、しきりに言っていた“水”のこと。
悪魔──カイムが言っていたのだということもあって、やはり気になるが、何を意味するのかは分からない。

 奇病のことも、昨夜一晩、考え続けたが、結局ぴんとくる答えは浮かばなかった。
そもそも、奇病は何故こんなに急激に、南大陸に広がったのだろうか。
それも、獣人と森の生物たち、双方に発病するなんて、とてつもない感染力である。
トルアノでも考察した通り、個体から個体への伝染性はないように思うが、それでは、一体どうやってここまで爆発的に蔓延したのか。

 そうして思考を巡らせていると、不意に、トワリスの目先の水面に、小さく波紋ができた。
目線を動かしてみると、ひらりと水面に落ちた、木の葉が目に入ってくる。

 立木のものにしては珍しい、妙に細長い葉。
色素も薄いし、なんだか特徴的な葉だなと、昨日から気になっていたのだ。

(……特徴的と言えば、この湖の周りの木は、なんだか変わってるな……)

 この細長い葉に、薄白い幹。
どこか神聖な雰囲気をもつその木々は、サーフェリアにはないものだった。

「トワリス、どうしたんだ?」

 何気なく、立ち並ぶ木々を見ていると、ユーリッドが声をかけてきた。

「ん? いや……この湖の周りに生えてる木、なんか珍しい色合いだなって思って」

 そう答えると、ユーリッドが苦笑した。

「ああ、あれな。あれは、リーワースっていう木だよ。言う通り、ちょっと珍しい木でさ。土から大量の水を吸って、それを幹に蓄えているんだ。旅なんかでも、いざとなったら、あの枝で水分補給することもできるんだぜ」

「へえ……。ユーリッドは、よく知ってるんだね」

「まあな。兵団では、こういう地理的な知識は、叩き込まれるから」

 ユーリッドは、少し照れ臭そうに言った。

 トワリスは、水面に落ちた葉を拾うと、それを掌で弄びながら、続けた。

「でも、このリーワースっていうのは、いくつか種類があるものなの?」

 そう尋ねると、ユーリッドは、きょとんとした表情になった。

「種類? 別にないと思うけど……。なんでそんなこと聞くんだ?」

「いや、だって、昨日川の近くに立ってた木も、これと同じような葉の形をしてたし……。こんな形の葉、そうそうあるもんじゃないだろう?」

 持っていた葉を、ユーリッドに渡す。
ユーリッドは、葉を色んな角度から見ながら、唸って顔をしかめた。

「うーん、そうだったっけか。確かに、珍しい葉の形だけど……。でも、少なくとも、昨日の川縁に立ってた木は、リーワースじゃないと思うよ。リーワースは、白っぽい幹が特徴なんだ。昨日見たやつは、普通に茶色っていうか、黒っぽい幹だっただろ?」

「まあ、そうだけど……」

 トワリスが、いまいち腑に落ちないといった様子で、口ごもる。
すると、その傍ら、ユーリッドは不意に動きを止めると、目を見開いたまま顔をあげた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.157 )
日時: 2016/04/30 22:28
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SEvijNFF)


「……いや、ちょっと待った」

 それだけ言って、だっと走り出す。
次いで、ユーリッドは、自分が寝ていたところから剣を持ってきて、そのまま今度は、リーワースの木の近くまで行った。
そして、少し太めの枝を剣で切り落とすと、その断面をじっと見た。
トワリスも、その様子を横から覗きこむ。

 枝の断面は、幹と同じで白っぽく、その微かに弾力のある枝を強く握ってみると、じんわりと水がにじみ出てくる。

「この水、透明で綺麗だよな……」

 ユーリッドが、枝から搾り取ったわずかな水を手に溜めて、言う。

「ああ、そうだね」

 トワリスが答えると、ユーリッドはトワリスの方を見て、はっきりと言った。

「でもな、時々、この枝から絞った水が、汚れているときがあるんだ。つまり、土壌の状態次第で、リーワースに蓄えられてる水も変わる」

「…………!」

 ユーリッドの言いたいことが分かって、トワリスは瞠目した。

 二人は、目を合わせ、互いの意見が一致したことを確認すると、まだ眠っていたファフリを起こし、三人で昨日の川があった場所に向かったのだった。



 川辺にたどり着くと、川縁に立っている木の葉は、トワリスの言う通り、やはり細長く特徴的な形をしていた。
昨日は葉に注目していなかったため、先程は正確なことが分からなかったが、もしかしたらリーワースの葉と同じかもしれないと、ユーリッドは思った。

 湖畔近くのリーワースの枝を地面に置くと、どこか緊張した面持ちで、ユーリッドは木々に視線を向けた。
葉は、確かにリーワースに酷似しているが、幹は浅黒く、どう見ても別物に見える。

(だけど、もしかしたら……)

 ユーリッドは、さっきと同じように、太めの枝を選ぶと、それを剣で切り落とした。
そして、その断面をみて、目を見開いた。
断面は、一様に浅黒かったのではなく、白黒の斑のような、奇妙な色をしていたのである。

 トワリスも、それには驚き、断面を見た瞬間に息をのんで、言った。

「やっぱりこの川辺の木も、リーワースなんだね……」

「ああ、そうみたいだな」

 ユーリッドもため息混じりにそう言って、その場に座る。
ファフリは、目覚めたばかりで少し眠そうな顔をしながら、必死に二人の会話についていこうとしていた。

「どういうことなの? この川辺の木と、湖畔近くに立っていた木が同じってこと?」

 ユーリッドが、こくりと頷いた。

「さっきトワリスが、湖畔近くのリーワースの葉と、昨日みた川辺の木の葉が似てるっていうから、調べたんだ。川辺の木は茶色っていうか、浅黒い色をしてるし、最初は違う種類だろうって思ったんだけど、やっぱりこっちもリーワースだったって、今わかった」

「どうして? こんなに違う見た目なのに?」

 ファフリが、更に問い返す。
ユーリッドは、先程切った白黒斑な枝の断面を見せて、答えた。

「原因は、“水”だったんだよ」

「水……?」

 ユーリッドは、ファフリから木々に視線を移すと、続けた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.158 )
日時: 2016/05/01 21:12
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: gF4d7gY7)


「このリーワースっていう木は、通常の木より多くの水を幹に蓄える性質があるから、水の影響を受けやすい。だから、こんな風に幹の色が白黒斑になってるってことは、吸った水……つまり、この土壌に含まれている水が、真っ黒で汚れてるってことなんだ」

 とんとん、と足で地面を叩いて、ユーリッドは言った。
ファフリは、地面をまじまじと見つめる。

「じゃ、じゃあ、ここの木々は皆リーワースで、本来は白っぽい幹なのに、汚れた水を蓄えてしまったせいで、こんな浅黒い色になってしまったというの?」

「ああ」

 ユーリッドは、再び頷いた。

「幹の表面にちょうど色素が出てたから、断面を見るまでは分からなかったけど、そうみたいだ。水の汚れは葉にも影響するはずだけど、多分、リーワースだから葉に行き渡る前に幹に貯蔵されてたんだろうな。ここの土壌に含まれてる水は、当然この川の水が大半だろうし……となると、この黒い汚れの原因は、川ってことになる」

 川縁の石に、微かに付着していた黒い油のようなものを思い出して、ファフリは眉を潜めた。
きっとあの黒い物質は、見えないだけで、川の水に大量に溶け込んでいるのだろう。
それを土壌が吸い、木々が吸い、最終的に、リーワースの幹をこんなにも変色させてしまった。

 木々に被害が及んでいるなら、いずれ生体にも──。
そう考えると、なにか底知れぬ恐怖のような、途方もないものが、ファフリの胸を覆った。

 今度は、トワリスが口を挟んだ。

「一方で、湖っていうのは、周りが陸地だから、どことも繋がってないだろう? すなわち、他の河川や海の影響は、少ししか受けない。……だから、ファフリの言う通り、あの湖畔の水にはこの黒い物質が溶け込んでなくて、本当に綺麗だったんだ。それ故に、その水を吸って周りに生えてるリーワースの幹も、本来の通り白かったんだね」

 ファフリは、少し戸惑った様子で、口を開いた。

「そんな……じゃあ、この黒いのは、どこから来たのかしら。誰かが川に流したの? 何のために?」

 その言葉を最後に、つかの間、三人の間に沈黙が流れる。
すると、トワリスが唇をなめて、ふとファフリに視線をやった。

「ねえ、ファフリ。最初に水が、って言い始めたのは、渓流に流されたときだったよね。あのときも、カイムがそう言ったの?」

 ファフリは、申し訳なさそうに俯くと、ふるふると首を振った。

「ごめんなさい……その時のことは、本当に記憶になくて。でも、きっとそうだと思うわ。この川のことも、湖のことも、教えてくれたのは全部カイムだったもの。カイムがいるときは、川のせせらぎや木々のざわめきが、何か意味を持った言葉のように聞こえるの。それに……最近、よく夢を見るわ」

「夢?」

「うん……」

 ファフリは、トワリスを見つめて言った。

「真っ黒な水がね、私を飲み込んで言うの。苦しい、苦しいって。まるで、私に助けを求めるみたいに」

 そこまで聞いて、トワリスは、額に手を当てると、はあっとため息をついた。

「……分かってきたね」

 ぽつりと、呟くように言う。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.159 )
日時: 2016/05/05 00:50
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: AdHCgzqg)


「この黒い物質は、河川や海を循環してるんだろう。もちろん、渓流にもね。それを、カイムはファフリに訴えかけてたってわけだ」

 ファフリは、ゆっくりと目を見開いて、川を見る。

 ユーリッドは、話を聞き終えると、訝しげに顔をしかめた。

「……ファフリが、そういう夢を見て、それが現実ってことは、この黒いのは、良くないものってことだよな?」

 トワリスが首肯して、すっと息を吸った。

「ああ。……良くないものもなにも、これが、奇病の原因なんじゃないか」

 ファフリとユーリッドが、はっと目を見開く。
トワリスは、低い声で言った。

「……ユーリッドが、この黒い物質の臭いと、シュテンの身体からした臭いが同じだって言った時点で、薄々そうなんじゃないかって思っていたけど……。伝染性がないと思われるこの奇病が、ここまで爆発的に、かつ種を越えて蔓延するのだとしたら、その原因は、どんな生物にとっても関わりのある、必要不可欠なものであるはずだろう?」

 ユーリッドが、微かに俯いて、口を開く。

「つまり……水か」

「そうだ」

トワリスは頷いて、小さくため息をこぼした。

「確かカガリは、川に釣りに行ってから、発症したと言っていたよね。川の水は飲まなかったにしても、その川の魚を食べたりしたら、結果的に川の水を体内に取り込んだことになる。それが原因で、発症したんじゃないかな。……生命維持に必要な水は、どんな生き物だって摂取するんだ。もし水が原因だと考えれば、ここまで爆発的に広範囲に蔓延したのも、頷ける。この黒い物質が、南大陸中の河川に溶け込み、それが今やトルアノの付近にまで流れている……私は、そう思うよ」

 ユーリッドが、ぎゅっと眉根を寄せた。

「……そうなると、益々この黒い物質の正体が気になるな」

「……ええ、そうね」

 ファフリが頷き、トワリスもふっと目を細める。

 この黒い物質の正体も、なんとなく、予想はついていた。
昨晩あった男たちは、奇病は南大陸の西端──ロージアン鉱山がある地域から広がったと言っていたし、かなり症状が末期だったシュテンも、元炭鉱夫だと言っていた。
と、すれば──。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.160 )
日時: 2016/05/05 21:29
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 4IM7Z4vJ)


 トワリスは、ファフリが持っていたリーワースの黒ずんだ枝から、僅かに濁った水分を、掌の上に搾り取った。
そして、今度は川縁の石にへばりついた黒い物質を、ちぎった葉で拭い取るようにして集めると、それを反対の掌に乗せた。

「……確かめてみようか」

 そう一言言って、ユーリッドとファフリの方を向く。
それからトワリスは、周囲の気配をよく探ってから、掌に魔力を込めて、一瞬ぼっと炎を現出させた。

 水分が蒸発して、固体成分のみになる。
そうして、トワリスの掌に残ったのは、きらきらとした、黒い砂のような結晶であった。

 トワリスは、続けて魔力のみを発現させた。
すると、もやっと煙のように掌に現れた魔力は、しかし、あっという間に、黒い結晶に吸い込まれていく。

 ユーリッドには、その様子は見えなかったが、ファフリにははっきりと見えていた。

「魔力が、吸収された……」

 ぽろりと、ファフリの口から言葉が溢れる。
ユーリッドは、それを聞いて、はっと息を飲んだが、驚いたような表情は浮かべなかった。
薄々、彼も勘づいていたのかもしれない。

 トワリスは、魔力を収束させて、掌の上の結晶を見つめた。
日光を浴びて、きらきらと輝くそれは、宝石のような美しさを持っていたが、その一方で、なにか禍々しい邪悪な力を秘めているように見えた。

 トワリスは、微かに血の気を失った顔で、言った。

「……この結晶、ハイドットだ」

 ユーリッドもファフリも、それに同調したように頷く。
ファフリは、強ばった暗い表情を浮かべて、言った。

「それって、ハイドットが、ロージアン鉱山から、河川に溶出したってことよね……。それで、ハイドットの毒素が南大陸中に広がって、その川の水を含んだ生き物たちが、皆、奇病にかかってしまった……」

「……うん。ずっと、気になってたんだ。魔力を吸収する鉱石と、魔力に反応する病に、何か関係があるんじゃないかって。……大当たりだったね。どう生体に作用するかまでは、調べるとなると医療の分野になってしまうけど、原因物質がハイドットっていうのは、間違いなさそうだ」

「……でも、どうしてそんなことが起こってしまったのかしら。誰かが、ハイドットを海や河川に捨てたってこと?」

 トワリスは、それを聞いて、何か考え込むようにしばらく俯いていた。
だが、やがて、顔をあげると、ユーリッドを見た。

「ユーリッド、そのロージアン鉱山っていうのは、採掘だけじゃなくて、ハイドットの精錬もしてるんだろ?」

 ユーリッドは頷いて、静かに言った。

「……してるはずだ。ハイドットに関しては、全部あの鉱山が取り仕切ってる」

「……そう」

 トワリスは、ぽつっと言った。

「それなら、そこで出た廃液は、どうしているんだろうね」

 ユーリッドとファフリは、トワリスが言わんとしていることが分かった様子で、黙っていた。
トワリスも、しばらくの間、ついに奇病のことを突き止めることができて、喜ぶべきなのかどうか、複雑な気持ちになって、じっと川を見ていた。

 しかし、茂みから鳥が鳴きながら飛び立つと、トワリスは顔をあげて、言った。

「……行こう。考えていても、仕方がない。次の目的地はロージアン鉱山だ」


To be continued....