複雑・ファジー小説
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.245 )
- 日時: 2017/02/06 09:42
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: kEC/cLVA)
ファフリは俯いて、つかの間、床の一点を見つめていた。
だが、やがて、ルーフェンと目線を合わせると、弱々しい口調で言った。
「……確かに、一番確実なのは、その方法なのかもしれない……。だけど、私には召喚術の才能がないし、お父様には、きっと勝てないわ。……でも、でもね、私のお父様は、ミストリアのことを、本当に強く想っているお方なの。だから、今回の奇病のことも、サーフェリアのことも……ミストリアのためになることだからって言えば、私の話を聞いて下さると思う」
「……それ、本気で言ってる?」
びくりと身体を揺らしたファフリに、ルーフェンは嘲笑するように言った。
「お父様は、国を強く想っているから? 綺麗事すぎて、反吐(へど)が出るね。俺は、ファフリちゃんのことも、リークス王のこともよく知らないけど、話を聞く限りじゃあ、とても話を聞いてくれるような父親には思えないんだけど。現に、話を聞いてくれなかったから、こうして殺されかけて、サーフェリアまで逃げてきたんだろう? ねえ、ユーリッドくん」
突然話を振られて、ユーリッドが顔をしかめる。
ルーフェンは、ふっと笑みをこぼして、続けた。
「君はさっきから、ずーっと浮かない顔しているけど、ファフリちゃんの意見に対して、何か言いたいことでもあるんじゃないの?」
「…………」
ルーフェンを睨む、ユーリッドの顔つきがますます険しくなる。
しかし、そんなことには構わず、ルーフェンは再びため息をつくと、更に言い募った。
「全く、どいつもこいつも、現実味のない夢物語ばっかりで、笑っちゃうね。悪いけど、勝率の低い賭けに出るほど、サーフェリアも馬鹿じゃないんだ。確かに、獣人襲来の件は一度水に流して、ミストリアに恩を売っておくと言うのも、まあ、損な話じゃない。だけどそれは、ファフリちゃんが確実に国王として即位し、いずれ恩を返してくれることを前提として考えたときの話だ。……でも、実際はどう? ファフリちゃんには、父親を討つ覚悟もない。それどころか、ユーリッドくんと、意見の擦り合わせすら出来てない。とてもじゃないけど、ミストリアをどうこう出来るとは思えないし、そんな君達に手を貸したところで、サーフェリアに得があるとも思えないんだよね。明日までは、俺の権限で君達を生かすことはできるけれど、審議会でどう判断されるかは、また別の話だよ。……正直俺は、君達を生かすより、殺してしまった方が、よほどサーフェリアにとっては良いと思ってる」
涙をこらえているような顔で、押し黙っているファフリを、ルーフェンは見つめた。
「……残念ながら、優しさと正義感だけの無能な召喚師なんて、不必要なんだ。いい加減、現実を見て、どういう心持ちで在るべきなのか、考えた方がいい。……ああ、それとも、もう現実を見るのは嫌になったのかな?」
ルーフェンは、寝台の脇に、荷物と共に置いてあったトワリスの双剣を一本抜くと、それをファフリの喉元に突きつけた。
それには、流石にユーリッドとトワリスも表情を強張らせたが、ルーフェンはそれを無視して、続けた。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.246 )
- 日時: 2017/03/09 15:13
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「ねえ、ファフリちゃん。もう死んだほうが楽になるんじゃないかと、思ったことはない?」
ファフリの瞳が、ふっと揺れる。
その鳶色の瞳を見て、ルーフェンは口の端を上げた。
「君を逃がすために、犠牲になった人達の気持ちを考えると、言い出せなかっただろう? 君は悪くないとか、生きていてもいいとか、そういう言葉はかけられたことがあったとしても、死んでいいよって言ってくれる人は、いなかったんじゃない?」
「…………」
「……望むなら、今ここで、俺が君を殺してあげるよ」
そう言って、ルーフェンが、ファフリの喉元に、ぐいっと刃を押し付けたとき。
ユーリッドが、力任せにルーフェンの胸ぐらを掴み上げて、壁際に追いやった。
勢いのあまり、ルーフェンが取り落とした剣が、床に落ちて、金属音を響かせる。
だんっ、と背中を壁に打ち付けて、ルーフェンは、思わず呻き声をあげた。
「ってて……ったく、この馬鹿力──」
「お前、ふざけんなよっ!」
ルーフェンの言葉を遮って、鋭い怒声を放つ。
ユーリッドは、ルーフェンの胸ぐらを掴む手に、ぎゅっと力を込めた。
「さっきから黙って聞いてりゃ、急になんなんだよ! そんな、追い詰めるような言い方、しなくたっていいだろ!」
つかの間、痛みに顔を歪めていたルーフェンだったが、ユーリッドの怒りの表情を見ると、ふっと鼻で笑った。
「……追い詰める? 俺は、言われた通りに、真面目に意見しただけなんだけど。なに、全部図星だった?」
「……っ」
ユーリッドは、ぎりっと歯を食い縛って、俯いた。
「……確かに、お前の言ってることは、正しいよ……」
ぽつんと呟いて、目を伏せる。
「だけど、実の父親に命を狙われて、城から逃げてきて……。そんな苦しい状況でも、ファフリは必死に前を向いて、悩んで、生き延びようとしてきたんだよ! それをそんな風に、簡単に分かったみたいに言うな!」
激しい、けれどどこか悲しさを孕んだような口調で言われて、ルーフェンは一瞬口をつぐんだ。
しかし、すぐに可笑しそうに眉をあげると、意外そうに言った。
「……へえ、ただの護衛かと思ったら、随分とファフリちゃん想いなんだね。でもこれは、一時休止のきく子供の追いかけっこじゃないんだ。召喚師同士の争い、場合によっては、他国との関係をも揺るがす、大事だよ。君みたいな甘っちょろい思考の持ち主が、口を出せるような簡単な事態じゃない。君が思っているよりずっと、ファフリちゃんの置かれている立場は重いんだ。ファフリちゃんは、君とは違う。ミストリアの、次期召喚師なんだ」
「……だから、何だよ」
低い声で言い返して、ユーリッドは、再び顔をあげた。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.247 )
- 日時: 2017/02/13 11:09
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: XsTmunS8)
「召喚師だから、なんだよ。召喚術が使えるってだけで、召喚師ってのは、心まで強くなるのか? ……少なくとも、ファフリは違う。ファフリは、俺たちと一緒で、泣くし、悩むし、誰かに助けを求めたくなることだって、あるよ」
ユーリッドは、胸ぐらを掴む手から少し力を抜くと、まっすぐにルーフェンの目を見た。
「俺は、召喚師みたいな強い力は持ってない。でも、ただの護衛だから引っ込んでろって言われて、簡単に引き下がれるわけあるか。なんと言われようと、ファフリが望む限り、俺は口も出すし、手も出すよ。ファフリは、次期召喚師である前に、俺の大切な幼なじみだ。助けようとして、何が悪い!」
「…………」
はっきりと、ユーリッドはそう言い放った。
ルーフェンは、そんなユーリッドを見つめていたが、やがて、意地の悪い笑みを浮かべると、突然、ユーリッドの狼の耳をわし掴んだ。
「隙あり!」
「ぶぎゃっ!」
短い悲鳴をあげて、ユーリッドがルーフェンから跳ぶように離れる。
ルーフェンは、ようやく解放された襟元を正しながら、満足げに言った。
「いやー、一回でいいから、触ってみたかったんだよね。ユーリッドくんの、その耳」
「お、おまっ、いきなり何して……!」
耳をおさえながら、ユーリッドが動揺して、ぱくぱくと口を動かす。
先程までの緊張感は、どこへやら。
ルーフェンは、からからと笑った。
「きゅ、急に耳を掴むとか、お前、失礼にも程があるだろ!」
「ぇえー? 昨日助けてあげた、命の恩人である俺に対して、胸ぐらを掴んでくるほうが失礼だと思いまーす」
飄々と言ってのけるルーフェンに、ユーリッドが抗議しようとしたとき。
突然、腹に太い腕が回されたかと思うと、ユーリッドは、ハインツの右腕に軽々と持ち上げられた。
「なっ、離せ!」
咄嗟に、ハインツに殴りかかろうもするも、それを見ていたルーフェンが、ユーリッドに向けて指先を動かす。
すると、まるで両手首を石で固められてしまったかのように、腕が重く、動かなくなった。
「はいはい、暴れなーい。それ、鎖じゃないんだから、力ずくじゃとれないよ」
「はあ!?」
脚をじたばたさせながら、ユーリッドがルーフェンを睨む。
ハインツは、そんなユーリッドを抱え直すと、続いて、長椅子の上で呆然としていたファフリを、左の小脇に抱えた。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.248 )
- 日時: 2017/08/15 17:07
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「おいっ、ファフリにまで何するんだよ!」
抵抗を続けるユーリッドを横目に、ルーフェンは咳払いすると、楽しそうに言った。
「明日まで客室に泊まらせてあげようと思ってたけど、なんかユーリッドくんが反抗的だし、二人は今晩、地下牢に閉じ込めます」
「なっ……!」
ユーリッドとファフリの表情に、焦りが浮かぶ。
ルーフェンは、悔しそうなユーリッドに顔を近づけて、続けた。
「言っておくけど、逃げようとか考えても無駄だよ? 王宮には、俺も宮廷魔導師もいるんだから、大人しくしててね。明日、審議会の時間になったら、迎えに行ってあげるから。じゃ、ハインツくん、あとよろしくー」
そう言って、ルーフェンが部屋の扉を開けると、ユーリッドとファフリを両脇に抱えたハインツが、どすどすと足音を立てて部屋を出ていこうとする。
しかし、その途中で、ルーフェンが何かを思い出したように、ファフリを見た。
「ああ、そういえば、ファフリちゃん。行く前に一つ、良いことを教えてあげるよ」
ハインツが立ち止まって、ルーフェンとファフリの目が合う。
ルーフェンは、微かに目を細めると、静かに言った。
「君はさっき、召喚師として才能がないと言っていたけれど、召喚術を使うのって、本当はとても簡単なんだよ。つまり、君は召喚術が使えないんじゃない。使わないんだ」
ファフリは、眉をしかめると、覇気のない声で返した。
「……そんなはず、ないわ。まだ城にいたとき、皆に、早く召喚術を身に付けろ、身に付けろって言われて、私、たくさん練習したもの。でも、本当に、使えるようにならなきゃって思ってたけど、全然できるようにならなかった」
「使えるようにならなきゃっていう焦りと、使いたいという欲望は違うよ、ファフリちゃん」
ルーフェンは、薄い笑みを浮かべて、ふうっと息を吐いた。
「ねえ。君は……自分の父親が、召喚術を行使する姿を、見たことがある?」
ファフリの返事を待たずに、ルーフェンは続けた。
「見たことがあるとしたら、君はその時、どう思った? 悪魔の力で、敵を蹴散らすその力を見て。自分も、あんな風になりたいと思った? それとも、恐ろしいと思った……?」
「…………」
ファフリの目が、わずかに見開かれる。
その瞳に宿る、不安定な光を見ながら、ルーフェンは言った。
「地下牢は、とっても静かなところだ。考えごとがあるなら、捗(はかど)ると思うよ。……それじゃあ、また明日ね」
ユーリッドが文句を言おうと口を開く前に、ハインツが再び歩き出す。
ファフリは、遠くなっていくルーフェンの姿を、ぼんやりと見つめていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.249 )
- 日時: 2017/02/16 23:34
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ハインツたちが出ていってしまうと、トワリスが我に返って、ルーフェンに言った。
「ちょっ、ちょっと待って下さい!」
「んー?」
間延びした声で返事をして、ルーフェンが振り返る。
トワリスは、寝台の上で、今にも転げ落ちそうなほど前のめりになっていた。
「地下牢って、それじゃあ、扱いが罪人と同じじゃないですか……! ユーリッドとファフリが、一体何をしたって言うんです! 二人をサーフェリアに連れてきたのは、私です! 責任は取りますから、だから──」
「トワ、落ち着いて」
取り乱すトワリスを見て、ルーフェンは、深くため息をついた。
「責任とるって、なに? 今度は、ユーリッドくんとファフリちゃんを連れて、三人で亡命でもするつもり?」
「……っ」
トワリスの顔から、みるみる血の気が失せていく。
ルーフェンは、小さく肩をすくめて、扉の取っ手に手をかけた。
「君も、頼むから余計なことはしないでね。まあ、その怪我じゃ、大したことは出来ないだろうけど。わかった?」
それだけ言い捨てると、ルーフェンも、部屋を出ていってしまった。
先程まで騒がしかった室内に、しん、と静寂が訪れる。
トワリスは、しばらく扉の方を見つめていたが、ひゅっと息を吸うと、思わず口元を手で押さえた。
国王、教会、そして召喚師──。
この三勢力が、ファフリたちの排除を望んでいるというなら、審議する理由など、どこにあるというのか。
ファフリたちは、確実に殺される──明日の審議会は、死刑宣告も同然である。
(どうしよう、私が、連れてきたせいで……)
別に、最初からルーフェンを宛にしていたわけではなかった。
ルーフェンも、サーフェリアの召喚師であるし、自らの国を守るために、危険な侵入者を消そうとするのは当たり前のことだ。
しかし昨晩、心配いらないとトワリスに告げていたから、てっきり、ルーフェンは味方をしてくれるものだと、心のどこかで安心してしまっていたのかもしれない。
もしかして、昨晩ルーフェンがこの部屋に来たのは、夢だったのだろうか。
そんな考えに至るも、机にある溶けた蝋燭を見て、トワリスはその考えを振り払った。
トワリスが眠るとき、わざわざ明かりを持ってきてくれるのは、ルーフェンしかいない。
初めから、ファフリたちを殺すつもりでいたなら、どうしてルーフェンは、トワリスに心配いらないなどと言ってきたのか。
流石に一晩で意見が変わった、ということはないだろうし、昨晩からのルーフェンの態度の一変ぶりは、やはり不自然だ。
その時、不意に、何か気配が動いたような気がして、トワリスは顔をあげた。
本当に、微かな気配だ。
普段なら、気のせいだったかと思い過ごしてしまいそうなほどの、わずかな気配。
だが、トワリスは、先程ルーフェンが、一瞬だけ天井を気にしていたことを思い出すと、はっと目線をあげた。
──そうすれば、きっと君が心配しているようなことにはならないから。
──君も、頼むから余計なことはしないでね。
記憶の糸を手繰って、ルーフェンの言葉を思い出す。
トワリスは、天井を見つめて、微かに瞠目した。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.250 )
- 日時: 2017/02/19 09:48
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8topAA5d)
* * *
地下牢に到着すると、ハインツは、ユーリッドとファフリを、牢の中に放り投げた。
とんできたファフリを咄嗟に受け止めて、ユーリッドは、大声で言った。
「おい、待ってくれ!」
鉄柵をつかんで、牢の錠を閉めるハインツを見る。
「ルーフェンが言ってた、明日の審議会って、俺たちを殺すか生かすかってことか? 明日の、いつから?」
早口で捲し立てたユーリッドに、ハインツは、返事をしなかった。
黙ったまま、しっかり牢の鍵が閉まったかを確認すると、ユーリッドを一瞥して、そのまま去っていく。
ユーリッドは、その後ろ姿を見送ると、はぁっとため息をついて、納得いかない様子で言った。
「……ったく、いきなりなんなんだよ。ルーフェンのやつ、昨日まで普通に話してたのに、急に掌返したみたいにして……」
ぶつぶつと文句を言いながら、その場に座り込む。
続いてユーリッドは、向かいで俯いているファフリに気づくと、慌てたように言った。
「ファフリ、大丈夫か? あんなやつの言うことは、気にするなよ。ルーフェンは、俺たちのこと、よく知らないんだし……」
「……うん」
か細い声でそう答えてから、ファフリは、膝を抱えてその場に座った。
「……でも、ルーフェン様の言ってることは、その通りだなって思ったわ」
「…………」
ファフリの言葉に、思わずユーリッドが言葉を詰まらせる。
ファフリも、同じように黙りこんで、抱いた膝の間に顔を埋めた。
この地下牢には、二人の他に、誰もいないらしい。
一度話すのをやめてしまうと、石壁に設置された灯りに、ふらふらとたかる虫の羽音が、微かに聞こえてくるだけであった。
しばらく沈黙が続いたあと、ふと、ファフリが顔をあげた。
「……ユーリッド。私ね、ルーフェン様の言う通り、子供の頃に、お父様が召喚術を使ったところ、見たことがあるんだ」
はっと目をあげたユーリッドに、ファフリは続けた。
「……八歳か、九歳くらいの時だったかな。臣下の一人に、ずっとお父様に楯ついていた獣人(ひと)がいたらしくて、お父様は、彼を召喚術で殺してしまったの。遠くから見ただけだったけど……すごく、怖かった。いつか、私もあんなことをしなければならないのかしらって思ったら、本当は、とても嫌だった」
「…………」
黙って耳を傾けるユーリッドを、ファフリは見つめた。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.251 )
- 日時: 2017/09/10 23:01
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「でも別に、召喚師になりたくなかったわけじゃないの。一方で、国を統率して護っているお父様を、尊敬していたし、私も召喚師になったら、頑張ってミストリアをもっと素敵にしようなんて、夢見てたこともあったのよ。……笑っちゃうよね。今じゃ私、ミストリアの役立たずな邪魔者なのに」
ユーリッドは、気まずそうに口を開いた。
「……もし、こんな風に命を狙われたりしていなければ、その夢を、まだ叶えたいって思うのか?」
ファフリは、一瞬考えた後、薄く笑みを浮かべた。
「……どう、かな。なんかもう、色々分からなくなっちゃった。もちろん、ミストリアから奇病がなくなって、皆が幸せになれたら、嬉しいよ。……でも、その時にミストリアを統治している国王は、私であるべきなのかな……?」
「ファフリ……」
悲しげに顔を歪ませたユーリッドを見てから、ファフリは、目を閉じて、湿った石壁に寄りかかった。
「……ユーリッド。私、本当はね。お父様とお話ししたの、ロージアン鉱山で襲われたあの時が、初めてだったんだ」
「…………」
「産まれてから、私のお世話をしてくれていたのは、乳母のメリルさんと、侍女や教育係の皆で……お父様とは、ほとんど関わったことがなかったの。……お見かけしたとしても、御簾(みす)ごしよ。おかしいでしょう? お父様はミストリア想いだとか、尊敬してるだとか、散々言っていたくせに、本当は私、お父様がどんなお方なのか、よく知らないのよ」
ファフリは、小さく鼻をすすった。
「……だからね、お父様に命を狙われているって知ったとき。びっくりしたけれど、同時に、ああ、やっぱりそうだったんだって、冷静に受け入れられたの。だって、これまでお父様は、私と一度も会おうとしてくれなかったんだもの。……自分が愛されていないのは、薄々、気づいていたわ」
ファフリは、目を閉じたまま、再び膝の間に顔を埋めた。
「でも私は……そのことを、どうしても認めたくなかった。それでね、お父様は責任感の強い、立派な召喚師だから、きっと、娘の私よりミストリアを優先したんだって、勝手にそう思い込んだの。私のことを捨てたんじゃなくて、ミストリアのために、仕方なくそうしたんだって。お父様のことをよく知らないくせに、そうやって無理矢理言い聞かせて、弱い自分の存在を、正当化したんだよ。……馬鹿みたいだよね。私はずっと、夢物語ばかり語って、現実から目をそらしてきたんだよ」
目頭が熱くなって、涙が出そうになった。
今、こんな情けない顔で頭をあげたら、きっと、ユーリッドは困った表情になるだろう。
いつもそうだ。
小さい頃から、ファフリが泣くと、ユーリッドは焦ったような、困ったような顔になってしまう。
ファフリは、すっと大きく息を吸うと、精一杯笑顔を作って、顔をあげた。
「ごめんね、今更こんな話して。ユーリッドは、これ以上お父様に関わるのは危険だって、前々から忠告してくれていたのに、その度に、私がそんなはずないとか言って、振り回して。……本当に、ごめんね」
そう言って、ユーリッドの顔をみたとき、ファフリは驚いた。
ユーリッドが、押し黙って、涙を流していたのである。
ユーリッドは、涙をぬぐいもせず、声もあげることなく。
ただただ悲しそうに、静かに泣いていた。
To be continued....