複雑・ファジー小説
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.320 )
- 日時: 2017/07/20 22:16
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: q9W3Aa/j)
†第五章†──回帰せし運命
第二話『決意』
微かに聞こえてきた物音で、ファフリは穏やかに目を覚ました。
濃い夜闇の中、ファフリは、しばらくぼんやりと天井を見つめていたが、少しして、目が暗がりに慣れてくると、隣で眠っているユーリッドを見た。
悪魔と接したことなどなく、魔力への耐性も一切持たないユーリッドは、今回フェニクスの夢に取り込まれて、相当な負荷が身体にかかったはずである。
感謝と、申し訳ない気持ちで一杯になりながら、ファフリは毛布を退けて起き上がった。
寝台のすぐ隣にある机では、トワリスが、突っ伏して眠っていた。
ちゃんと自分の寝室に行った方が良いと、声をかけようとも思ったが、起こすのも忍びないので、ファフリは何も言わなかった。
二人を起こさぬよう、そっと寝室を出て、隣の居間へと向かう。
外気を浴びたくて、窓を開けると、ひんやりとした夜風が頬を撫でた。
こうしていると、先程まで、フェニクスの幻に囚われて死にかけていたなんて、嘘のようだ。
しかし、これまでは時折、自分の中に別の誰かが潜んでいるような──。
油断をすれば、身体から意識が押し出されてしまうような、不安定な恐怖を常に抱えていたのだが、今は、自分が自分であるという意識がはっきりしている。
拒絶していた悪魔の力が、すんなりと身体の芯に馴染んで。
胸の奥に、熱い力がみなぎってくるのを感じていた。
「…………」
ファフリは小さく息を吐くと、わき上がってくる強い思いを押し込めて、窓を閉めた。
そして、椀で水甕から水を掬うと、それを一口飲んだ。
特別喉が渇いたようには感じていなかったのだが、冷たい水を飲んでみると、とても美味しかった。
(……まだ深夜だし、もう少し寝よう)
そう思い、椀を片付けようとしたファフリだったが、振り返って食卓につまずいた拍子に、うっかり椀を取り落とした。
耳が良いユーリッドとトワリスを、起こしてしまったかと思わず身構えたが、幸い、寝室の方で二人が身動ぐ気配はない。
ほっとして、落ちた椀を拾おうとしたとき。
ファフリは、食卓の下の床が、一部だけ色が違うことに気がついた。
(なんだろう……)
不思議に思って触れてみると、床の部分に、ぼんやりと青白い文字が浮かぶ。
その文字にびっくりして、ファフリは、大きく目を見開いた。
(これ……王族文字だ……)
王族文字とは、悪魔召喚の呪文が記された魔導書に使用されている、特殊な言語のことである。
ミストリアでは、一部の学者と召喚師一族、すなわち王族しか読解できないため、王族文字と呼ばれている。
サーフェリアでも、王族文字という名称で呼ばれているのかは分からないが、悪魔召喚に関する文字であることは確かなので、ルーフェンが書いたものなのだろう。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.321 )
- 日時: 2021/01/30 22:14
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
「禁じられし、咎人の書……凍てつく時の砂、生命の環を、狂わせる……?」
文字を指でなぞりながら、読み上げてみる。
さっぱり訳が分からなかったが、その瞬間、色の違う床部分が微かに光って、ぱたんと扉のように開いた。
よく見ると、開いた床の入り口には縄梯子がかかっており、地下へと続いている。
地下には、光源などないはずなのに、覗いてみると、床の底がぼんやりと光っているようだった。
(この奥は……地下倉庫か何かかな?)
勝手に探るのはまずいだろうかと思う傍ら、好奇心には勝てず、ファフリは、ゆっくりと縄梯子を降りていった。
元々、ルーフェンの家には興味があったのだ。
この山荘には、ファフリの知らない魔導書や魔法具が、多く存在しているからだ。
サーフェリアは、召喚師一族しか魔力を持たないミストリアよりも、ずっと魔術に関しては発展しているのだろう。
泊まらせてもらっている身の上で、家を探るのは気が引けるし、日頃放置されているせいで、寝室と居間以外の部屋は整理されておらず入りづらい。
そのため、探索などはしたことがなかったが、こんな風にいざ目の前にすると、少しなら大丈夫だろうという気持ちがもたげてしまう。
縄梯子を下り、地面に降り立つと、そこは、やはり地下倉庫のような場所だった。
狭い室内の両脇には、古い本棚が並んでおり、いかにも怪しげな魔導書がぎっしりと詰まっている。
また、石壁には、見たこともない銀白色の石が等間隔で設置されており、ほんのりと光っていた。
窓もないのに、この部屋が明るいのは、この石が光源になっているためのようだ。
地下特有の冷え込む空気に、腕をさすりながら、ファフリは、本棚に詰められた魔導書を見た。
どれも古い書物なのか、表紙が煤けたものばかりである。
その中には、鎖や錠で開かないように封印された、異様な魔導書もちらほらと見受けられた。
よほど強力な魔術について、記されているのだろうか。
ファフリは、書が放つその奇妙な雰囲気に吸い込まれるように、魔導書から目が離せなくなった。
しかし、手に取ろうとして、鎖の冷たさに触れた瞬間、はっと我に返った。
(……やっぱり、勝手に触るのはまずいよね)
よく考えれば、鎖で縛られたり、錠で鍵をかけられている魔導書なんて、軽い気持ちで手を出してよいものではないのかもしれない。
そもそも、この地下室は、王族文字を読み上げなければ、入れないような仕組みが施されていたのだ。
つまりルーフェンが、自分しか出入りできないように作った空間である可能性が高い。
(戻ろう……)
ファフリは、本棚から目をそらすと、再び縄梯子のほうに歩いていった。
だが、その時ふと、壁にかかった肖像画に気づいて、足を止めた。
(すごい、綺麗な女(ひと)……)
思わず見とれてしまうような、美しい女の肖像画。
保存状態が悪いため、錆びて汚れてしまっているが、絵は、見るからに高級で、精巧な金の額縁に入れられている。
絵自体も、表面の埃を払うと、その繊細で華やかな色味がはっきりと分かった。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.322 )
- 日時: 2017/07/22 21:02
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SkZASf/Y)
(この人、もしかして……)
絵をじっと見ながら、ファフリは、頭の中にルーフェンを思い浮かべた。
透き通るような、銀色の髪と瞳。
血の気の薄い白い肌に、どこか神秘的な雰囲気。
普段のルーフェンは、ふざけた言動が目立つが、作り物めいた綺麗な微笑みも含めて、全体的に、この絵に描かれた女は、ルーフェンによく似ていた。
(ルーフェンさんの、お母様かな……?)
そんなことを考えていると、不意に、すぐ近くで声がした。
「なーにしてるの?」
「!?」
飛び上がるほど驚いて、ファフリが声のした方に振り返る。
すると、鼻先が触れてしまいそうなくらい近くに、ルーフェンの顔があって、ファフリは思わず悲鳴をあげそうになった。
「あっ、る、ルーフェンさん……!」
咄嗟に悲鳴を飲み込んで、後ずさる。
ルーフェンは、周囲をゆっくりと見回してから、肩をすくめた。
「ファフリちゃんとユーリッドくんが大変だから、戻ってこいって言われて、帰ってきたんだけど。トワとユーリッドくんは爆睡してるし、ファフリちゃんはこんなところにいるし、なんか皆、元気そうだね?」
「えっ、と……その……」
顔はいつも通り笑顔なのに、なんとなくルーフェンが怒っているような気がして、ファフリは、慌ててこれまでの経緯を話した。
最近体調が悪かったことや、ユーリッドと共にフェニクスの夢に囚われた話など。
かなり長い間説明したが、ルーフェンの態度は全く変わらず。
話を終える頃には、ファフリの声は、申し訳なさから小さくなっていた。
「それで、その……床に浮かんだ王族文字を読んだら、床が開いたから、つい……。ご、ごめんなさい! 勝手に入っちゃって……」
「王族文字? ああ、魔語のことか」
ルーフェンは、淡白に答えると、にこりと笑い、ファフリを見下ろした。
「それで? 何か面白そうなものは見つかった?」
「う、ううん!」
ファフリが、勢いよくぶんぶんと首を振る。
「興味があって、ちょっと部屋を覗いてみただけなの。でも、勝手に見るのは良くないって思ったから、何もしてないわ。早く地下から出ようとして……そしたら、この肖像画が目に止まって、綺麗な絵だなって、見てただけよ。本当に」
必死に捲し立てるファフリを見つめて、ルーフェンは、しばらく黙りこんでいた。
やはり、興味本意で勝手に人の部屋に入るのはまずかったのだろう。
完全に自分が悪いと反省しながら、ファフリは身を縮めた。
沈黙が恐ろしく、もう一度謝ろうとしたファフリだったが、その時、ルーフェンがぶっと吹き出して、けらけらと笑いだした。
「そーんな怯えなくても、別に怒ってないって。ファフリちゃんかーわいいー」
「…………」
ぽかんとした顔で、ファフリが固まる。
ルーフェンが怒っていないと分かって、ほっとしたのと同時に、いつも彼に絡まれているトワリスの気持ちが、少しだけ分かったような気がした。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.323 )
- 日時: 2017/07/23 20:03
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SkZASf/Y)
ルーフェンは、一頻り笑うと、はぁっと息を吐いて、肖像画を見上げた。
「まあ、でもそうか……ファフリちゃんなら、魔語が読めるんだもんな。ここにも入れて当然か。この地下室は長く締め切ってたから、俺も久々に入ったよ」
どこか懐かしそうに目を細めて、ルーフェンが言う。
ファフリは、ルーフェンの様子を伺いつつ、同じように肖像画に目をやった。
「……この女の人、もしかして、ルーフェンさんのお母様?」
ルーフェンは、ファフリの方を見ずに、静かに答えた。
「……そう。俺の母親で、先代の召喚師だよ」
ファフリは、表情を明るくすると、ルーフェンを見た。
「やっぱり、そうだったのね。ルーフェンさんにそっくりだから、そうかなって思ってたの。とっても綺麗で、優しそうに笑う方ね」
本心から褒めたつもりだったが、ルーフェンから、返事はなかった。
黙ったまま、少し困ったように笑って、ルーフェンは肩をすくめただけであった。
「……もし、魔導書とかに興味があるなら、他の部屋も好きに見て回っていいよ。ろくに管理してないから、どうなってるか分からないけど。でも、この地下室だけは、もう入るの禁止ね」
話を変え、ファフリに向き直ると、ルーフェンは言った。
「うん、わかった。もう絶対入らないわ。ごめんなさい……」
再度謝罪の言葉を述べると、ルーフェンは笑顔になって、人差し指を唇にあてた。
「トワやユーリッドくんに、この地下室のことを話すのも駄目。いい?」
ルーフェンの目をしっかりと見て、こくりと頷く。
やはり、怒っていないとは言いつつも、この地下室はあまり入って良いものではなかったらしい。
ルーフェンは、ファフリが頷いたのを確認すると、縄梯子のほうに顔を向けた。
「じゃあ、この話はもう終わりね。ファフリちゃんとユーリッドくんに、特に問題がないなら、俺は王宮に戻るけど──」
そこまで言ったとき、ファフリが、あっと声をあげて、ルーフェンの手を掴んだ。
「ちょっと待って。私、ルーフェンさんに会えたら、お願いしたいと思ってたことがあって……」
ルーフェンが振り返って、首をかしげる。
ファフリは、少し戸惑ったように手を離したが、やがて表情を引き締めると、決心したように言った。
「……私のこと、誰も近づかないような場所に、連れていってほしいの。ここじゃなくて、ユーリッドやトワリスがいないところで、お話したいわ」
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.324 )
- 日時: 2017/07/24 20:10
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SkZASf/Y)
ルーフェンの家から、真っ暗な山道を登って森を抜けると、眼下に、月光に照らされたシュベルテの街並みが広がっていた。
足元では、夜風に靡いた草花が、さわさわと揺れて、膝を擦っている。
上を見れば、満天の星空が近くに見えて、ファフリは、自然と両手を広げた。
全身を包む、ひんやりとした空気が心地よい。
水気を含んだ湿った土の匂いは、懐かしいミストリアのものに、どこか似ているような気がした。
「良いところだね……」
ため息混じりに呟くと、後ろに立っていたルーフェンが、くすりと笑った。
「そうだね。この山なら、ほとんど人が近寄らないし、なかなかの穴場だと思うよ。女の子は、こういうところが好きでしょ?」
「もう、ルーフェンさん、すぐそういうこと言うんだから」
呆れたように苦笑して、ファフリは、シュベルテの街並みに視線を移した。
人々の眠る、静かな夜の街は、しかし、冴え冴えと輝く満月の光によって、幻想的に浮かび上がっているように見えた。
「サーフェリアは、綺麗な国だね」
「……そう?」
ファフリの言葉に、ルーフェンが聞き返す。
ファフリは、ルーフェンのほうに振り返ると、小さく微笑んだ。
「うん、綺麗だよ。綺麗だし、皆優しくて……とっても良い国だと思う」
「…………」
さあっと風が吹いて、髪を揺らす。
ファフリは、さざめく草花に視線を落として、穏やかな口調で言った。
「ミストリアもね、サーフェリアに負けないくらい、素敵な国なのよ。緑が沢山あって、暖かくて。皆、日々を一生懸命生きているの。……私、旅に出てから色々なものを見てきたけれど、やっぱり、ミストリアに生まれて良かったって、今は心からそう思うわ」
ルーフェンは、少し間をあけてから、返事をした。
「……君を殺そうとした国なのに?」
ファフリが、どこか寂しそうに笑う。
それから、再び街並みに目をやると、ファフリは話を続けた。
「……サーフェリアに来て、リリアナさんたちの家にお世話になったときね。カイルくんに、言われたの。俺達は獣人の追手が来ても、戦うことができない……だから、早く家から出ていってほしい、って。私、それを聞いたとき、素敵だなって思ったの」
ファフリの言いたいことが分からず、ルーフェンが微かに眉を寄せる。
それでもファフリは、言葉を止めずに、静かに言った。
「他にもね。ミストリアで、トルアノっていう宿場町に立ち寄った時。奇病にかかった男の子を、殺してしまったのだけど……その子のお母様が、息子を殺されたと知って、私達に斬りかかってきたの。きっと、剣なんて握ったこともないはずなのに……」
ファフリは目を閉じて、胸に手を当てた。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.325 )
- 日時: 2017/07/25 18:42
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SkZASf/Y)
「皆、自分にとって大切なものを守るために、懸命に生きているのね。種族の違いとか、戦えるとか戦えないとか、そんなの関係なく……。たとえ、抗いようのない残酷な運命を突きつけられて、敵わないって分かっていてたとしても、大切なものを守るために、必死になって、それに逆らおうとする。……きっと、国のこともそう。自分の生まれた国を──ミストリアを、守りたいって思う気持ちは、皆同じ。だから、奇病の脅威に曝されつつある、今のミストリアには、その恐怖と戦いながら、一生懸命生きようとしている獣人たちが、沢山いるはずだわ」
ファフリは振り返り、ルーフェンを見つめた。
「私、そんな獣人たちの気持ちを、蔑(ないがし)ろにしたくない。その手を掴んで、守ってあげたい。一人一人の民の力では、どんなに強く願っても、叶わないことってあると思う。だけど、今の私には……ミストリアの運命を覆せる、確かな力があるから」
強い意思を瞳に秘めて、ファフリが告げる。
ルーフェンは何も答えず、その目をじっと見ていた。
「もちろん、怖くないわけじゃないよ。戦って、誰かの命を奪ってしまうのは嫌だし、召喚術だって、また発動に失敗しちゃったらどうしようって考えると、不安になる。でもね、ユーリッドが、言ってくれたの。一緒に悩んで、一緒にミストリアを守ろうって。……だから私、もう大丈夫」
「…………」
「ユーリッドは、本当にかっこいいよ。真っ直ぐで、心が強くて、いつも私のこと助けてくれるの。小さな時から、ずっとそうだった……。召喚師一族でもないのに、悪魔の幻までぶち破っちゃうんだもの。私、ユーリッドが応援してくれるなら……ユーリッドと、ユーリッドが守りたいって思ってるミストリアのためなら、なんだってできる気がする」
言い切ったファフリに、ルーフェンは、小さくため息を溢した。
「……君は、綺麗事が好きだね」
どこか冷たい響きを含んだ声に、ファフリは、首を傾げた。
「そう、かな? あまり、綺麗事だっていう自覚はないんだけど……。ルーフェンさんから見たら、やっぱり私の考えは甘いのかな」
審議会の前日に、言い合った時のことを思い出したのだろう。
ファフリは、少し不安げに返した。
「……どうだろうね。ただ、理解は出来ないな。召喚師の能力なんて、結局、人殺しの力に過ぎない。それに、俺も君も、別に望んで召喚師一族として生まれた訳じゃないだろう。それなのに、どうして無責任に助けを乞うてくる馬鹿共や、窮屈な人生を強いてくる奴等を、好きになれるって?」
ルーフェンは、自嘲気味に笑って、肩をすくめた。
「懸命に生きていると言えば、聞こえはいいけど、俺達にすがってくるような奴の大半は、他力本願で、貪欲で、意地汚く生き残ろうとしてる奴等だ。俺は、自分を犠牲にしてまで、そんな奴等の国を守りたいとは思わないね」
思いがけず、ルーフェンの口から飛び出した毒に、ファフリは、少し驚いたように瞬いた。
しかし、すぐに表情を柔らかくすると、首を横に振った。
「……犠牲だなんて、思ってないよ。私は、自ら望んで、ミストリアを守りたくなったの」
そう言って、ファフリは目を伏せた。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.326 )
- 日時: 2017/07/26 19:53
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: hZy3zJjJ)
「……私も、自分が召喚師一族として生まれたことが、嫌で嫌で仕方なかったよ。苦しいことばっかりで、なんで私なんだろうって。……でも今は、良かったって思ってる。だって召喚術は、何かを護る、大きな力になるもの。私はこの旅で、ミストリアがもっと好きになれたから、自分の意思で、護りたいって思うんだよ」
ファフリは、ふわりと笑った。
「ルーフェンさんも、いつか絶対に、サーフェリアを好きになれるよ。悪い面だけじゃなくて、良い面も見れば、必ず。この国には、優しくて暖かい人たちが沢山いて、素敵なところもいっぱいあるんだから」
「…………」
ファフリの屈託のない笑顔に、ルーフェンは、拍子抜けして黙りこんだ。
そして、微かに息を吐くと、小さく苦笑した。
「……俺には、そんなこと考えられないわ」
「え?」
声が聞き取りづらかったのか、ファフリが聞き返す。
だが、いつもの軽薄な声音に戻ると、ルーフェンはファフリに尋ねた。
「いや、なーんでもない。それで、さっき言ってたお願い事ってのは? ファフリちゃんのお願いだし、俺にできることなら、聞いてあげる」
一瞬だけ、ファフリの表情に、影がよぎる。
ファフリは、満月を見上げてから、真剣な顔つきでルーフェンを見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「──……」
ざわっと通り抜けた風に、草花が踊る。
背後では、夜明けの薄い夜闇の中で、木立が不安げにざわめいていた。
強い口調で告げられた、ファフリの願いに、ルーフェンは目を見開いた。
しばらくの間は、何も返さず、ファフリの言葉を頭の中で反芻していたが、やがて、首を左右に振ると、顔をしかめた。
「賛成は、できない。……召喚術が扱えるようになっているのだとしても、それは、あまりにも無謀すぎる」
予想通りの反応だったのか、ファフリは、表情を変えなかった。
穏やかな顔つきのまま、ルーフェンの傍まで歩いてくると、言った。
「ルーフェンさんにしか、お願いできないことなの。ユーリッドやトワリスのことは、もちろん信じてるわ。でも、二人がこれ以上傷つくのは、私、耐えられない」
「…………」
「ルーフェンさんなら、この気持ち、分かってくれると思う。私ね、ミストリア城から旅に出て、もう沢山守ってもらったの。だから……今度は私が守る番。ね、ルーフェンさん、お願い……」
静かな、しかし、はっきりとした強い意思が感じられる声で、ファフリは言った。
ルーフェンは、しばらく言葉を詰まらせていたが、ふうっとため息をつくと、分かったと呟いた。
「……以前、君を無能な召喚師だと言ったことを、詫びるよ」
ルーフェンの返答に、ファフリが笑みを浮かべる。
ルーフェンも、微かに笑みを返すと、ファフリに手を差し出した。
「仰せのままに。ミストリアの、新女王陛下」
ファフリは、その上に手を重ねて、泣きそうな顔で笑って、頷いた。
「ありがとう……ルーフェンさん」
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.327 )
- 日時: 2017/07/27 19:45
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Ga5FD7ZE)
隣の寝台で寝ていたはずのファフリが、いなくなっていることに気づくと、ユーリッドは、ばっと跳ね起きた。
寝具がすっかり冷たくなっていることから、ファフリがいなくなって、もう大分時が経っているようだ。
ユーリッドは、窓の外を見て、朝日が昇っていることを確認すると、勢いよく立ち上がった。
同時に、その音で目覚めたらしいトワリスが、机に伏せていた顔をあげる。
「ユーリッド……?」
「トワリス! ファフリがいない!」
言うなり、焦った様子で、ユーリッドが寝室を飛び出す。
慌ててトワリスが追いかけ、居間に行くと、食卓にルーフェンが座っていた。
「おはよ」
何でもない風に、ルーフェンが挨拶してくる。
ユーリッドは、眉をしかめたまま、ルーフェンに問いかけた。
「ルーフェン、ファフリがいないんだ。どこに行ったか、知らないか」
「…………」
ルーフェンは、返事をしなかった。
その沈黙に、ユーリッドはさっと顔色を変えると、ルーフェンに詰め寄った。
「知ってるんだな!? 教えてくれ、ファフリはどこに行ったんだ! まだ身体が回復してるとも思えないし、早く探して見つけないと……!」
「…………」
ルーフェンは、尚も沈黙していた。
黙って、無表情のまま、だらしなく椅子の背もたれに寄りかかっている。
ユーリッドは、苛立ったように舌打ちすると、扉に向かって走り出した。
しかし、ユーリッドが外に出る前に、ルーフェンが口を開いた。
「探しても、見つからないよ」
ユーリッドが立ち止まって、振り返る。
トワリスは、怪訝そうに眉を寄せた。
「……どういう意味ですか?」
「…………」
ルーフェンは、微かに目を伏せると、平坦な声で答えた。
「……サーフェリアを探しても、ファフリちゃんは、見つからない」
ユーリッドの顔が、蒼白になる。
瞠目した後、ユーリッドは、身体をルーフェンの方に向けた。
「……まさか、ミストリアに行ったのか……?」
ルーフェンが、視線だけ動かして、ユーリッドを見る。
ユーリッドは、ぐっと歯を食い縛ると、ルーフェンの胸ぐらを掴み上げた。
「何とか言えよ! お前、ファフリを一人で行かせたのか!? その場にいたなら、なんで止めなかったんだよ!?」
ユーリッドの勢いに、ルーフェンは椅子ごと倒れそうになった。
しかし、咄嗟に脚で踏ん張ると、ユーリッドを見た。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.328 )
- 日時: 2021/04/13 13:35
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)
「だからさぁ、そうやってすぐ胸ぐら掴んでくるの、やめてくんない? 痛いんだけど」
「はぐらかしてないで、早く答えろ!」
余裕のない表情で、ユーリッドが怒鳴る。
それに対しルーフェンは、煩わしそうにため息をつくと、瞬間、ユーリッドの左肘に手刀を叩き込んだ。
痛みで怯んだユーリッドの首筋に、そのまま掌を押し付けると、同時に椅子から立ち上がって、膝裏を蹴りあげる。
膝がすくわれて仰向けに倒れたユーリッドは、そのまま地面に背中を叩きつけた。
「いちいち暑苦しいなぁ、ユーリッドくんは」
倒れたユーリッドを見下ろして、ルーフェンは、薄く笑った。
「止めるも何も、ファフリちゃんが言ったんだ。『王座を取り戻したい。だから、私一人をミストリアに送ってほしい』ってね」
ユーリッドが、ぐっと顔をしかめる。
素早く身体を起こすと、ユーリッドは声を荒げた。
「だからって、なんでそんなこと簡単に承諾したんだよ! ファフリは、まだちゃんと召喚術が使えるか分からないんだぞ! 使えたとしても、一人でミストリア城に乗り込むなんて、危険すぎる! それくらい分かるだろ!」
ユーリッドが、ルーフェンを強く睨む。
ルーフェンは、真剣味のない表情で、肩をすくめた。
「じゃあ、どうしろって? ファフリちゃんは、召喚師としての力を完全に手に入れたよ。それなら後は、ミストリアに戻って王位を継ぐか、このまま逃亡生活を続けるかのどちらかだろう? ファフリちゃんは、前者を選んだ。それの何が問題なわけ? ユーリッドくんは、逃亡生活を続けたいの?」
煽るようなルーフェンの物言いに、ユーリッドは更に口調を激しくした。
「そうじゃない! ファフリとは、一緒にミストリアを救おうって決めた! 俺が言ってるのは、なんで一人で行かせたんだってことだ!」
激昂するユーリッドに、ルーフェンは眉を上げた。
「それなら仮に、ユーリッドくんも一緒についていったとして、何が変わるっていうのさ。剣を振り回してるだけの君が、何の役に立つって? それでもし君が死んだら、ファフリちゃんが一人で行った意味がなくなる」
「なっ……!」
怒りのあまり、ユーリッドの瞳に凶暴な光が宿る。
それでも尚、こちらを試すような顔つきのルーフェンに、ユーリッドは思わず掴みかかろうとした。
しかし、その瞬間。
頬に激しい衝撃が襲ってきたかと思うと、ルーフェンとユーリッドは、頭から地面に突っ込んだ。
一瞬、頭が床にめり込んだのではないかと思うほどの衝撃に、目の前で火花が散る。
対峙して、お互いに気をとられていたルーフェンとユーリッドの頬を、トワリスが殴り付けたのだ。
「状況を考えろこの馬鹿っ!」
倒れこむ二人を見て、トワリスが怒鳴った。
「ルーフェンさん、わざわざユーリッドを怒らせるようなようなこと言わないで下さい! ユーリッドも、少し落ち着いて。こんなところで喧嘩してる場合じゃないでしょう!」
捲し立てるように言って、トワリスが仁王立ちする。
つかの間、気が遠くなっていたルーフェンとユーリッドは、はっと意識を取り戻すと、ゆっくりと上体を起こした。
「とりあえず、ファフリがミストリアに向かったなら、急いで追いかけよう。どうせ私達を巻き込みたくなくて、一人で向かったんだろうけど、やっぱり危ないよ」
トワリスの言葉に、ユーリッドが唇を噛んで頷く。
ルーフェンは、赤くなった頬を擦りながら、はあっと息を吐いた。
「いったぁ……トワ、手加減しないで殴ったでしょー。せめてグーじゃなくて平手打ちで──」
ルーフェンが言い終わる前に、トワリスが太股に仕込んであった短刀を引き抜いて、どすっと床に突き刺す。
トワリスは、厳しい形相でルーフェンを見ると、低い声で言った。
「うるさいです」
「……はい」
両手をあげて、流石のルーフェンも口を閉じる。
トワリスは、ルーフェンにぐいと顔を近づけた。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.329 )
- 日時: 2017/08/15 17:28
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「今すぐ私とユーリッドを、ミストリアに送ってください。ファフリと同じのところに」
「…………」
ルーフェンは、トワリスを見つめ返して、微かに息を吐いた。
「……行ってどーすんのさ。召喚師の争いに入り込めると?」
トワリスが返事をする前に、ユーリッドが、静かな声で答えた。
「入り込めるよ。……いや、もう入り込んでるんだ」
ユーリッドは、ルーフェンを見つめた。
「ミストリア城から逃げ出したあの日から、ずっと一緒に頑張ってきたんだ。刺客に襲われたときも、フェニクスの夢に取り込まれたときも、ファフリは、一人じゃなかった」
膝上に置いた拳を握って、ユーリッドは口調を強くした。
「ミストリアに戻って、王位を奪還するっていうなら、ファフリは、兵団の奴等やリークス王と戦うことになる。その責任と罪悪感を、ファフリ一人に背負わせたりしたくない。ミストリアは、俺たちの国だ。召喚術が使えるからって、ファフリ一人にその守護を押し付けたりしない。俺も一緒に戦うんだ!」
言い放って、ユーリッドが立ち上がる。
ユーリッドとルーフェンは、しばらく睨み合っていたが、やがて顔をしかめると、ユーリッドは扉の方に身体を向けた。
「……もういい。ルーフェンが連れていってくれないなら、自力でミストリアに行く」
「ちょっと、ユーリッド!」
扉を開けて出ていこうとするユーリッドに、トワリスが慌てて声をかける。
ルーフェンは、やれやれといった風に立ち上がると、指先をひょいと動かした。
瞬間、開いていた扉がばんっと閉まって、びくともしなくなる。
力一杯押しても引いても動かなくなって、ユーリッドは、ルーフェンを睨んだ。
「なんだよ、俺が勝手に行くだけなら、ルーフェンに迷惑かからないだろ!」
刺々しく言って、ユーリッドがルーフェンに向き直る。
ルーフェンは、呆れた様子で後頭部を掻くと、長々と息を吐いた。
「ばーか。自力で行くったって、航路じゃ何月かかると思ってる。人狼族ってのは、皆そんな感じなのかねー」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
怒りの表情を浮かべて、ユーリッドが言う。
ルーフェンは、そんなユーリッドをじっと見てから、宙に視線を移した。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【多分毎日更新】 ( No.330 )
- 日時: 2017/11/22 18:14
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「……バシン、どこにいる? 戻ってこい」
ルーフェンの呼び掛けに応じて、室内に、生暖かい吐息のような風が吹く。
トワリスは、少し驚いたように、ルーフェンのほうを見た。
「いいんですか……?」
ルーフェンは、鼻で笑った。
「ぶん殴ってきたくせに、よく言うよ。ほら、早く準備して」
床に手をかざし、目を閉じる。
ルーフェンは、周囲の魔力を探りながら、小さな声で唱えた。
「汝、頂点と終点を司る地獄の公爵よ。
従順として求めに応じ、可視の姿となれ。
──バシン……」
詠唱を終えた瞬間、床に巨大な鱗のようなものが浮かんできて、ぞろりと動いた。
足元で大蛇がうねっているような感覚に、ユーリッドが思わず構える。
同時に、床全体に浮かんだ移動陣の魔語をなぞるように、ルーフェンは指を動かした。
「移動陣を新しく描き換える、ミストリアの召喚師の魔力を辿れ」
その言葉で、ルーフェンの行動の意味が分かったのか、ユーリッドは顔をあげた。
「ミストリアに連れていってくれるのか!」
空気中に浮かんでは消えていく、魔語の描き換え作業を行いながら、ルーフェンは言った。
「ミストリアには移動陣が敷かれていないから、確実にファフリちゃんのところに送れる訳じゃない。一般的な移動陣を多少描き換えて、彼女の魔力をたどり、おおよその場所に送り込むだけだよ」
言いながら、ルーフェンが指先を向けると、トワリスの手の甲に、描き換えられたものと同じ魔法陣が浮かぶ。
行きとは別に、帰りに使用するためのものだ。
ユーリッドは、深く頷くと、はっきりとした口調で言った。
「それで十分だよ。ごめん、ルーフェン……ありがとう」
ルーフェンは、ふっと笑って、移動陣を完成させた。
「……ユーリッドくんみたいなお人好しの御託は、もう聞き飽きたからね。さっさと行けばいいよ。君達を見ているのは、どうにも疲れるから」
To be continued....