複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.35 )
日時: 2018/09/06 11:28
名前: 狐 (ID: zc76bp3U)

†第一章†——安寧の終わり
第三話『策動』


 教会、及び国王の意向で、ミストリアの調査にトワリスが送られたのは、半年ほど前のことだった。

 獣人の襲撃に対する計画——実際にミストリアに赴き、襲撃の理由を調査するという計画に、売国奴の疑いをかけられていた彼女が、抜擢されたのだ。

 しかし、彼女たった一人に危険な土地の調査を命じるなど、あまりにも無謀すぎる。
どう考えても、正気の沙汰ではなかった。

——そう、正気ではない。
調査というのは、表向きの理由に過ぎない。
この計画は、はなから成功など望まれていないのだ。

「死んで、もう二度と帰ってくるな」
 これこそが、計画に隠された本当の目的である。



 この計画の存在に気づいた時、ルーフェンは、なんて稚拙で浅はかなのかと、怒りを通り越して呆れすら覚えた。

 ことに便乗して、サーフェリアから邪魔者を消そうと打ち出された計画。
召喚師を忌み嫌う教会が考えそうな、なんとも馬鹿らしいものだった。

 しかしそれを聞かされたトワリスは、何の迷いもなく、こう言ったのだ。
「何もするな」と。

 ルーフェンは、その時自分がどのような表情を浮かべていたか、覚えていなかった。
けれど、もし感情をそのまま顔に出していたのだとしたら、自分の表情は激しく歪んでいただろうと思う。

 そもそも、教会が本当にミストリアに送りたかったのは、ルーフェンなのだ。
トワリスも、そのことは分かっていたはずである。

 それなのに彼女は、「何もするな」と言った。
自分は、理不尽な揉め事に巻き込まれたのだと、理解していたのにも拘わらずだ。

 トワリスが、なぜここまで頑なになっていたのか。
傷だらけのくせに、どうして助けを求めないのか。
分からないことは多かったが、ただ一つ、ルーフェンが思ったのは、彼女は自分に並ぶ愚か者だということだった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.36 )
日時: 2018/03/01 02:13
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)



   *   *   *


 夜空が、徐々に朝の明るみを帯び始めた頃。
それを合図に、次々と起き出したヘンリ村の人々を、山上から見つめる人影があった。

 周辺の景色に似合わぬ、異色の雰囲気を放つ銀色の髪と瞳。
先端に紅色の魔石をはめこんだだけの簡単な杖を持ち、質素な黄白色の衣を纏う彼は、身なりからして一介の魔導師のようだった。
しかし、この青年こそ、『アーベリトの死神』とも囁かれるサーフェリアの召喚師、ルーフェン・シェイルハートである。

(さて、そろそろ戻らないとまずいかな)

 眼下のヘンリ村から目をはずし、ルーフェンは下山すべく身を翻した。
だが、その時ふと、背後の木立から視線を感じて、立ち止まった。

(……流石、嗅ぎ付けるのが速い)

 思ったのと同時に、木上から襲いかかってきたそれを、振り向き様に杖で弾く。
その反動を利用して、ルーフェンは後方にくるりと反転すると、同じく後退したらしいそれと向き合った。

 人の形をしたそれは、鋭い眼光を携えてこちらを睨み、低く唸り声をあげている。
襲いかかってきた時から、それが獣人だとルーフェンは分かっていたが、その表情はまるで生き物の表情ではないようだった。

 獣人は、目でとらえるのも難しいほどの速さで、再び襲いかかってくる。
ルーフェンは咄嗟に杖を半転させると、石突で獣人の鳩尾を突いた。
しかし、突いた瞬間に獣人は杖を掴み、一気に間合いを詰めてもう片方の手でルーフェンに掴みかかった。

 即座に杖を手放し、後退することでかろうじてその手を避ける。
しかし前方を見たときには、既に獣人の鋭い爪が、喉元目掛けて伸びてきていた。

 ルーフェンはその両手首を掴むと、懐に飛び込むように身を翻し、掴んだ腕を捻って獣人を地面に叩きつけた。
受け身をとる暇を与えず、ルーフェンは手首を捻ったまま、うつ伏せになった獣人の背中を足で押さえた。
こうすれば、もう動くどころか、声すらあげられなくなる。

 ルーフェンは、獣人の側に転がっている杖を、腕を伸ばして取った。
そしてそれを掲げると、言い放った。

「汝、獲得と地位を司る地獄の侯爵よ。
従順として求めに応じ、可視の姿となれ。
──フォルネウス!」

 ルーフェンの立つ地面が、水面のように揺れた。
ぼこぼこと沸騰するように泡立ち、水のようにしぶきをあげたかと思うと、次の瞬間、轟音と共に巨大な銀鮫が地面から飛び出した。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.37 )
日時: 2017/08/14 18:48
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 ルーフェンの五倍はあろうかという銀鮫は、その頭上を回るように遊泳する。
そして、やがてルーフェンに寄り添うように動きを止めると、ひれを震わせ、低く鳴いた。

 抑揚の強いその声は、まるで歌のように周囲に響き渡った。
大気に作られた波紋が、銀鮫を中心に広がっていく。

 しばらくして、銀鮫の声が止んでから、ルーフェンは獣人に目を落とした。

 獣人を押さえつけている足の力を、僅かに抜く。
すると、獣人はすぐに起き上がろうともがいた。

(やはり、効かないか……)

 ルーフェンが掲げていた杖を下ろすと、控えていた銀鮫はふっと、溶けるようにして消えた。
水面のように揺れていた地面も、何事もなかったかのように土に戻る。

 ルーフェンは、今にでも飛びかかってきそうな獣人の背中を、再び足に力を込めて押さえつけた。
しかし今度は、獣人は動きを止めなかった。
考え事に集中しかけたルーフェンの意識が、一瞬で獣人へと向かう。

 足の下で、獣人が暴れる。
それと同時に、ルーフェンの捻っていた獣人の腕の骨が、ぎしぎしと嫌な音をたて始めた。
うつ伏せで、かつ腕の関節をとられたこの状態で無理に動こうとすれば、骨に負担がかかるのは当然である。

「やめろ、腕が折れるぞ」

 獣人の虚ろな目が、こちらを睨んだ。
ルーフェンは舌打ちすると、捻っていた腕の関節を、更にひねった。
しかし獣人は、自分の骨が悲鳴をあげるのも構わず、身を起こそうとしてくる。

 やがて、ぼきりと嫌な音がして、獣人の右腕の骨が折れた。
それでもなお起き上がろうとする獣人に、ルーフェンは瞠目した。

(痛みすら感じてないのか……?)

 瞬間、骨の折れた部分——関節ではなく二の腕の部分を折り曲げて、獣人が飛び上がった。
そして勢いをそのままに、折れたはずの右腕でルーフェンに殴りかかる。

 ルーフェンは身体を反らし攻撃を避けると、慌てて後ろに跳んだ。
あの一撃をまともに食らっていたら、確実に頭蓋骨が粉砕されていただろう。

 獣人が、ゆらりと起き上がった。
折れた腕はだらんと力なく下がっているが、痛みなどまるで感じていないようだった。

 ルーフェンは、杖を持っていない左手をすっと前に出した。
それから「悪いね」と呟くと、左手を大気を切るように下ろした。

 途端、獣人の身体から、炎が上がった。
獣人は、ぎゃっと耳障りな悲鳴をあげ、倒れこんで地面にのたうった。

「炎よ、紅き炎、猛き炎よ……」

 低い声音で、呪文が紡がれる。
それに呼応するかのように、更に激しく火の手が上がり、あっという間に獣人の身体は炭になった。

 ぼっと音を立てて、炎が消える。
さらさらと灰が風に流されていくのを見つめながら、ふうっとルーフェンは息を吐いた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.40 )
日時: 2018/03/01 02:19
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 その時ふと、ルーフェンの目が油断なく細まった。
背後の木陰から、何者かの気配を感じたからだ。

「……誰だ。出てこい」

 気配に鋭さを感じないことから、相手は敵ではないだろうと思い、ルーフェンは幾分か落ち着いた声で言った。

 かさりと茂みを分けて現れたのは、ルーフェンよりも一回り以上大きな巨漢であった。
古傷のせいか、身体中の皮膚がひきつっており、顔には歪な鉄の仮面がつけられている。
普通の人間ならば、見ただけで腰を抜かしてしまいそうな恐ろしい風貌だったが、ルーフェンはその姿を見ると、すぐに安堵の表情を浮かべた。

「ハインツくん、珍しいね。どうしたの?」

 ルーフェンは普段通りの飄々とした調子に戻ると、ハインツに歩み寄った。

「……ルーフェン、お願い、ある」

 ハインツは、その巨体に似合わぬ小さな声で、もじもじと縮こまりながら言った。

「お願いって、急ぎ? 俺、もうここから離れるつもりだったんだけど?」

「急ぎ……すぐ、終わる」

 ルーフェンは瞬きすると、相変わらず縮こまったままのハインツを不思議そうに見上げた。
彼が願い事を申し出てくるなんて、滅多にないことだったからだ。
しかしすぐに、ハインツの側にあるもう一つの気配を感じ取って、ルーフェンは納得したように眉をあげた。

「分かった。話を聞こうか。……とりあえず、そこの美しいお嬢さんも出ておいで」

 そう声をかけたのと同時に、木上から降りてきたのは、蒼髪の女だった。

「あら、気づいてたのね。召喚師様?」

 男を誘う、甘い蜜のような声音。
見上げてくる妖艶な瞳。
緻密に計算されたそれらの仕草に、ルーフェンは苦笑した。

「いやー、アレクシアちゃんは本当に目の保養になるなー」

 大袈裟に身振り手振りをつけてルーフェンが言うと、アレクシアは整った眉を歪めた。

「心にもないことを言わないでちょうだい? 貴方、ハインツかトワリスを連れていかないと基本的に会ってくれないくせに」

「はは、なるほど。だからハインツくんを連れてきたってわけね」

 大して不満げな様子もなく言ったアレクシアに、ルーフェンが肩をすくめた。
 
「まあ、とりあえず少し歩いたところに俺の家があるから、話はそこでしようか」


Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.41 )
日時: 2018/03/01 02:22
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

  *  *  *


 古い板張りの床に、ところどころひびの入った石壁。
殺風景な部屋の中心に置かれた、机と椅子。

 全くと言って良いほど生活感の感じられないその室内を見回しながら、アレクシアは椅子に座り、ルーフェンの入れた茶を一口すすった。
しかし、その白湯同然の味の薄さに顔をしかめると、すぐに隣に立つハインツを見上げた。
ハインツは、茶には全く口をつけていない。
昔からルーフェンと付き合いがある彼は、この茶が不味いことを知っていたのだろう。

「……それで、お願いって?」

 早速本題を切り出して、ルーフェンが聞いた。
アレクシアは、二度と飲むまいとコップを置いてから、少し考え込むようにして、口を開いた。

「……予想はついているでしょうけど、獣人のことよ」

 向かいに座ったルーフェンが、大きくため息をついた。

「もー、今度はなに。王都には被害出てないでしょうが」

「ええ、お陰様でね。貴方が王都から離れてここ半年くらいは、全く」

 アレクシアが机に肘をつき、わざとらしく微笑んで見せる。

「でもね、獣人との接点がなくなったせいで、逆に私達は獣人について調べられなくなってしまったの。国同士の交流自体がない以上、何故ミストリアから獣人が襲撃に来たのか、そもそもあの獣人は何なのか……謎は多いわ。それこそ分かったのは、獣人の狙いがやっぱり貴方だったってこと」

 それを聞いたルーフェンは、小さく鼻で笑った。

「獣人の狙いが俺、ね?」

「……あら、違うの?」

 含みのある笑いをこぼしたルーフェンに、アレクシアは怪訝そうに尋ねた。

「貴方、獣人の狙いが自分だと思ったから、王都にこれ以上被害が出ないよう、そうやって放浪してるんでしょう?」

「まあそうだけど。ただ、アレクシアちゃんも知ってるでしょ? あの獣人達の様子」

 言われて、アレクシアは眉を寄せた。

「……私は、半年前に処刑される寸前の獣人を、何匹か見ただけよ?」

「それで十分。……会話もできない、恐怖すら感じてない、そしてあの虚ろな目。どう考えたって奴らは普通じゃないだろう?」

「……何が言いたいのかしら?」

 苛立ったように問うアレクシアに、ルーフェンはからからと笑った。

「だからー、あんな人形みたいな奴らが、召喚師を狙おうなんて目的を持って行動できると思う?ってこと」

 ルーフェンのその言葉に、アレクシアははっと息を飲んだ。
確かに、このサーフェリアに半年ほど前から突如現れるようになった獣人は、一目見ただけで分かるほど、普通ではなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.42 )
日時: 2015/05/23 01:12
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

  

 本来獣人とは、獣の特徴を持った人間だと説明しても良いくらい、人間に近い生き物だ。
言葉も話す上、彼らの国であるミストリアは、このサーフェリアとほぼ変わらない発展ぶりを見せていると聞く。
それなのに、サーフェリアに襲来した獣人は、言葉を話すことはおろか、感情すらろくに持っていないようなのだ。

 そんな彼らが、目的のために意思を持って行動できるとは、確かに思えなかった。

「……そうね。実際、獣人達は王都の町民を攻撃したこともあったわ。狙いが貴方だけとは、言えないかもしれない」

 アレクシアはふっと息を吐くと、前方にいるルーフェンを見た。

「でもそれだと、今現在、貴方ばかりが襲われる理由が分からないわ。貴方が王都から離れた途端に、王都には獣人が現れなくなったのは何故?」

「……さあ?」

 アレクシアの挑戦的な視線に対し、ルーフェンは笑顔で答える。

「まあ、結局のところミストリアの狙いは俺なんでしょ。でも実際に襲ってくる獣人は、ものを考えて行動してるようには見えない。俺が言いたかったのは、それだけ」

 真剣味のない様子で答えたルーフェンを、アレクシアはじっと見つめた。
そして、ふと口元に笑みを浮かべると、目を細めた。

「ねえ、貴方。やっぱり何か知ってるでしょう?」

「…………」

 ルーフェンの沈黙を肯定と受け取って、アレクシアが立ち上がった。
それから身を乗り出して、顔をルーフェンにぐいと近づけた。

「獣人について知っていること、全て私達に教えてほしいの」

「……お願いっていうのは、これ?」

「ええ、そうよ」

 アレクシアが、にこりと笑う。
ルーフェンは、ぽりぽりと頭をかいた。

「知ってどうするの。獣人の弱点でも探って、ミストリアと戦争でも始める気?」

「教会はそのつもりみたいね」

 アレクシアの予想通りの返答に、ルーフェンは呆れたように息を吐いた。

「あっそ、なるほどね。大司祭は、俺が王都に不在だから王様気分なわけだ。……陛下はなんて?」

「賛同もしてないし否定もしてないわ。様子見ってところね。実際、全く状況が把握できてない今、ミストリアと戦うのは危険だもの」

 アレクシアは乗り出した身を戻し、更にいい募った。

「でもね、今はそんなことどうでもいいの。単純に、私達宮廷魔導師団が情報を集めたいのよ。召喚師である貴方と、陛下と教会、その中だけでどんどん話を進めちゃって……私達はまるで除け者状態。けれど実際にミストリアが攻めてきたら、前線で戦うのは誰? 私達でしょ? だったら私達にこそ、全貌を知る権利があるはずだわ。……貴方が王都から離れて獣人を引き付けてくれている間に調べたこと、全て教えて」

 言い終えると、アレクシアはルーフェンの返事を待った。
ルーフェンは考え込むようにしながら、黙ったままである。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.43 )
日時: 2015/05/23 10:14
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)

「……ルーフェン。お願い、聞いてほしい」

 沈黙を破って、これまでずっと黙っていたハインツが、ふと口を開いた。
ルーフェンは、アレクシアからハインツに視線を移した。

「ルーフェンの気持ち、分かる。でもこれは、ルーフェンだけのことじゃ、ないから。国の、ことだから、国で解決、しないと……」

 低く聞き取りづらい声で、ハインツは呟くように続けた。

「それに、このまま、だと……サーフェリアの人達みんな、どんどん、獣人のこと嫌いになる。だから早く、何かしないと……」

「…………」

「俺達も、今はなにも知らないから、何もできなくて、嫌だから——」

 更に言葉を続けようとしたハインツを、ルーフェンは制した。
そして椅子から立ち上がると、二人を見つめた。

「いいよ、君達の言う通りだ。隠すことはしない。……といっても、俺だってまだ大したことは調べられてないんだけどね」

 明るい口調で話すルーフェンに、ハインツが「ありがとう」と礼を言う。
ルーフェンはそれに対し、答えずに笑みを返した。

「じゃあ早速だけど、今から王宮に行ってぱぱっと陛下に説明してくるわ。何度も話すの面倒だから、君達は陛下から聞いて」

 ルーフェンの言葉に、アレクシアが意外そうに眉をあげた。

「あら、私達にさえ話してくれればいいわ。陛下のところにはきっと司祭のじじい共もいるでしょうし。教会にはあまり聞かれたくないのでしょう?」

「……いや、どっちみちこれは陛下に直接話さなきゃいけないことなんだ。それに騎士団と魔導師団、双方に情報を伝えるなら、君達経由より王宮でぶちまける方が効率が良い」

 アレクシアは、少しの間考え込んだ末、納得したように頷いた。

「ああ、そうだ。あと戦争云々の件だけど、俺がいない間はとりあえず、魔導師団全員反対って言っといて」

 軽い調子で言ったルーフェンに、アレクシアの瞳が呆れの色を浮べた。

「随分と簡単に言ってくれるわね。戦争を起こすべきだと主張してる人は、割と多いのよ? それこそ貴方が陛下や教会に獣人の情報を渡したら、戦争賛成派はもっと増えるわ」

「まあ、それはそうだろうね」

「そうだろうねって……」

 ルーフェンが、楽しげに笑いながら言う。
その様子に、アレクシアは肩をすくめ、けれどやがて目を細めて微笑んだ。

「……仕方ないわね、了解よ。貴方が言うなら、従うしかないもの。要するに、貴方が次戻ってくるまで、戦争の話が進まないようにすれば良いのでしょう?」

「そうそう。さっすがアレクシアちゃん。話が早くて助かるわー」

 アレクシアが、当然だとでも言うように長い前髪をかきあげる。
そんな彼女の横で、ハインツが再び口を開いた。

「ルーフェン、次はいつ、戻ってくるの?」

 ルーフェンが、首を傾けてハインツを見る。

「明確には決めてないけど。ある程度獣人共引きずり出したら戻ってくるから、そんなにはかからないよ、多分」

「そう……」

 仮面ごしに不安の色を滲ませて、ハインツが言った。

「じゃあ、ルーフェン。次戻ってきた時、まだトワリスが、ミストリアから帰ってきて、なかったら……一緒に、探しにいこう」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.44 )
日時: 2015/05/23 01:16
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)


 突然出たトワリスの名前に、部屋の空気が一変した。
先程まで賑やかだったルーフェンやアレクシアも、口を閉じる。

 ハインツが、低い声で続けた。

「……トワリス、もう、半年以上帰ってきて、ない。すごく、心配。トワリス強いけど、一人だから……怪我とかして、困ってるかも、しれない……」

 ルーフェンは、しょうがないといったような顔でため息をついた。

「急に、何を言うかと思ったら……」

 微かに目を伏せて、更に言い募る。

「あの子は、自分で行くと言ったんだ。助けに行かなくたって、任務さえこなしたら帰ってくるでしょ」

「任務、どうでもいい……そもそも、トワリス一人だけ、ミストリア探るなんて、とても危ない。ルーフェンは、トワリスのこと、心配じゃない……?」

 ルーフェンの顔が、一瞬歪んだ。

「……任務はどうでもいいって? どうでもよくないさ。トワがミストリアの調査に成功して帰ってきたら、今こうして悩んでることも一気に解決するんだから」

「……でも、やっぱり、心配」

「心配だろうがなんだろうが、俺達は待ってるべきだ。ここで手を出したら、それこそ彼女が単身ミストリアに行った意味がなくなる」

 ルーフェンがさとすような口調で言うと、ハインツは押し黙った。

 トワリスが、此度の理不尽な任務を引き受けた理由の内、一つは、魔導師団の体裁と意地を守りたいという、彼女なりの想いである。
そこに手を出すということは、その想いを踏みにじる行為に他ならない。
ハインツも、そのことを心の奥底では分かっていたのだろう。

 アレクシアが顔をしかめて、小さくため息をついた。

「……ただ、トワリスも馬鹿よね。教会の思惑通りになってしまうとはいえ、大人しく召喚師様にかばわれれば良かったのに。そうは思わない?」

 わざとらしい視線を受けて、ルーフェンは苦笑した。

「仕方ないさ。トワは大人しく守られるような性格じゃない」

「それくらい、分かってるわ。ただ今は、性格がどうとか言ってる場合じゃないでしょう? ミストリアには、貴方が渡るべきだったのよ」

「どうだかねえ」

 肩をすくめて言ったルーフェンを、アレクシアは胡散臭げに見つめた。

「……確かに、結果的には、トワリスを行かせた貴方の判断も、間違ってなかったとは思うわ。仮に貴方がミストリアに行っていたら、獣人の被害は王都でどんどん拡大していたでしょうし。それに、獣人を恨む人間が増えている今、もしトワリスがサーフェリアに残っていたら、彼女きっとひどい扱いを受けることになってたもの」

 ルーフェンの様子を探るように、アレクシアは続けた。

「それでも今のサーフェリアには、ミストリアの情報がどうしても必要なの。だから私達は、何を犠牲にしようが任務の成功確率が高い選択をするべきだったんじゃないかって思うのよ。……もしそうしていれば、今も最悪の事態を想定せずに済んだわ」

「最悪の、事態……?」

 不安げに言ったハインツを、アレクシアは見つめた。

「トワリスが死んで、何も情報が得られないってことよ」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.46 )
日時: 2020/05/16 16:06
名前: 狐 (ID: 8NNPr/ZQ)

 淡々といい放たれた言葉に、ハインツからさっと血の気が失せた。
すがるように、ルーフェンを見る。

 ルーフェンはしばらく無表情のままだったが、やがて、唇の端を歪めた。

「……死ぬ? 冗談じゃない。彼女を見くびるなよ」

 一瞬、ルーフェンの瞳に不気味な光が宿る。
アレクシアとハインツは、思わず息を飲んだ。

「そんなこと、絶対にあり得ないし許さない。たとえ誰一人として、彼女の帰還を信じていなかったとしても、トワならその全員の予想を裏切ってみせるさ」

 自分に言い聞かせるように呟いてから、ルーフェンは立ち上がり、持っていた杖をハインツに渡した。

「もう、この話終わりね。……その杖、魔導師団の倉庫に戻しておいてくれる? この前、耳飾りの代わりに勝手に拝借したやつなんだけど、俺には合わないみたいだから」

 耳飾りの代わりに、という言葉に反応して、ハインツはルーフェンの左耳を見た。
そして、いつもはついているはずの、緋色の魔法石で出来た耳飾りが、今日はついていないことに気づいた。
あの耳飾りは、魔力の暴走を止める上で、ルーフェンにとっては必需品だったはずである。

 しかし、なぜ耳飾りがないのかと尋ねようとした時、既にルーフェンは、扉の取っ手に手をかけていた。

「……気をつけて」

 質問は諦めて、最後にハインツはルーフェンの背中にそう声をかけた。



 ルーフェンが出ていってしまうと、アレクシアは、ハインツに囁いた。

「ねえ、結局貴方達ってどういう関係なの?」

「関係?」

「貴方と、召喚師様と、トワリスの関係よ。まだ王都がアーベリトだった頃から、一緒だったのでしょう?」

 ルーフェンが出ていった扉を見つめたまま、ハインツはこくりと頷いた。

「……関係は、一言では、言えない。でも多分、友達……みたいな」

「友達?」

 そう聞き返して、アレクシアがちらりと笑った。

「……なに?」

 ハインツが、不機嫌そうに声を低くする。

「いいえ、別に? 友達にしては、異常に仲が良いと思っただけ。……言っておくけど、馬鹿にしたわけじゃないわよ? 私、なんだかんだ貴方やトワリスのことは気に入ってるもの」

「…………」

 眉を上げて妖艶に微笑むアレクシアを、ハインツはしみじみと見つめた。