複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.55 )
日時: 2015/05/23 01:24
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)



  *  *  *


 サーフェリアの王都、シュベルテは、宮殿を頂点に扇状に広がっている街である。
その宮殿のすぐ東には、比較的小さな山や森が広がっており、更にその向こうにはヘンリ村が位置していた。

 ヘンリ村は、旧王都アーベリトの町民によって構成された、小さな村である。
かつてシュベルテとは敵対関係にあった故に、宮殿からの支配を拒むサーフェリア唯一の村であったが、決して反逆の意があるわけではなく、村人達は慎ましく質素な生活を送っていた。
また、宮殿もそのヘンリ村の在り方を認めており、王都の近くにおくことで監視はしているものの、直接的に圧をかけるようなことは一切していなかった。



 ヘンリ村の閑静とした雰囲気とは一転、市場で賑わう人々の間を縫うようにして、ルーフェンは足早に王宮へと向かっていた。

 こちらを見るなり慌てて門を開ける門衛や、見張りの魔導師達に軽く笑いかけ、ルーフェンは真っ直ぐ国王のいる謁見の間へと向かった。
謁見の申し出はしていなかったが、来客の多い昼時は基本的に、国王は謁見の間にいるのだ。

 王宮内は、人の出入りが多い割には静かだった。
しかし、決して寂れているという風ではなく、むしろ悠然としたその雰囲気の中には、威圧感さえ感じられた。

 ルーフェンは、こういった堅苦しい雰囲気が苦手だった。
重厚な白石の壁に囲まれ、常に緊迫感のある静けさを漂わせた王宮内。
まるで、檻の中に閉じ込められているような、そんな息苦しさを感じるからだ。

 王都から獣人を遠ざけるため、最近は囮として各地を放浪していたルーフェンは、久々にこの王宮の窮屈さを感じて、小さくため息をついた。



 謁見の間へと続く扉の前に門衛がいないのを確認すると、ルーフェンはほっとした。
門衛が扉の外にいる——室外で見張りをしている場合は、国王が謁見中だということだからだ。

 間近で国王の護衛をする騎士や魔導師は、信頼のおける人物で、かつ地位の高い者でなければならない。
また、国王と来客の会話内容を聞くのが許されるのも、そういった者達のみであり、門衛を果たすような地位の低い騎士は、謁見中は室外に出される。
つまり、門衛が謁見の間——室内にいるということは、今は謁見が行われていないことを示していた。

 宮殿全体に結界が張ってあることもあり、王宮の警備自体は薄かった。
とはいえ、予想よりも円滑に目的地へとたどり着けて、ルーフェンは胸を撫で下ろした。

(こんな格好だから、門衛に不審者扱いされるのも、覚悟してたんだけどなぁ)

 自分の薄汚れた格好を見て、苦笑する。
普段王宮に来るときは、召喚師として正装姿で来なければならないが、今のルーフェンは、一介の魔導師が身に付けるような軽装姿だった。
それも、下山してきたせいか、ところどころ土や泥が付着している。
門衛に不審者扱いを受けても、文句は言えないような風体だった。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.56 )
日時: 2016/02/20 15:24
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 扉を軽く叩こうとした時、ふと向こう側に人の気配を感じて、ルーフェンは手を止めた。
それとほぼ同時に、扉が内側から引き開けられる。

 中から現れた小太りの男は、驚いたように顔を上げた。
イシュカル教会の最高権力者、大司祭モルティス・リラードである。

 ルーフェンは、心の中で舌打ちした。
謁見の間に大司祭がいるのは予想できていたが、こうして対峙するのは望ましくない。
だからといって、目的が国王と大司祭に獣人の話を持ちかけることである以上、彼にこの場を去られるわけにもいかなかった。

 ルーフェンが身を引いて道をあけると、モルティスはゆっくりとした動きで廊下に出た。
そして上品に整った口髭をもごもごと動かすと、やがて体をルーフェンの方へと向けた。

「……何のご用件ですかな。今、召喚師殿のすべきは、獣人の駆逐であるはず」

 いぶかしげに細められた目には、敵意の色が浮かんでいる。

「ええ、もちろん、分かっていますとも。ただ、その獣人のことで、ちょっとご報告したいことがありましてね」

 顔面に普段通りの笑みを貼り付けて、ルーフェンはそう答えた。
すると、モルティスは鼻をならした。

「今更何を報告なさるというのか。あのような野蛮な獣を送り込んで我々を襲わせるとは、獣人共の宣戦布告も同然! ミストリアの詮索など、端(はな)から必要ありませぬ」

 興奮した様子でそう語るモルティスに対し、ルーフェンは一切表情を変えなかった。

「端から、とは。……つい最近まで、ミストリアの調査にこだわっていた貴殿が、随分と考えを変えられたのですね」

 微かな皮肉を織り混ぜると、モルティスは忌々しげに顔を歪めた。

 しかし、モルティスが言い返そうと口を開く前に、部屋の奥から凛とした鋭い声が響いてきた。

「……ルーフェンか」

 二人は、同時に部屋の奥へ振り返った。

「……はい、陛下。ルーフェン・シェイルハートでございます」

「入れ。そなたに話がある」

 ルーフェンは、モルティスに部屋の奥を示した。
そして小声で、聴いていかれますか?と囁くと、モルティスはルーフェンを一瞥してから、再び謁見の間へと足を踏み入れた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.57 )
日時: 2016/01/28 02:14
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)


 謁見の間は床一面が大理石で作られており、その両側の壁には、紅を基調とした分厚い錦の布がかけられている。
この宮殿の中では、唯一といって良いほど色彩豊かな造りの部屋だった。

 サーフェリアの現国王、バジレット・カーライルは、その奥の一段高くなった場所——王座に鎮座している。

 バジレットは、今年六十を迎える初老の女性で、次期国王が成人を迎えるまで、一時的に王座についている。
白というよりは銀に近い白髪に、彫刻のような整った顔。
鋭い薄青の瞳からは、高齢を思わせないその意思の強さが感じ取れる。

 ルーフェンが、指を綺麗に合わせてからひざまずくと、バジレットが微かに頷いた。

「よくぞ無事であったの、ルーフェン。そなたの用は、獣人のことであろう」

「——は」

「……ならば、ちょうど良い。こちらもミストリアとのことで、近々動かねばと思っていたところだ」

 動く、という言葉が、ミストリアとの交戦を意味しているのは明らかだった。
しばらくは様子を窺うことに徹していたが、教会側の主張もあり、国王自身がいい加減行動を起こすべきだと考え始めたのだろう。

 ルーフェンは、顔をあげた。

「恐れながら、申し上げます。……些か、事を性急に運びすぎではないかと」

 ルーフェンの一言に、脇に控えていたモルティスが、何か言いたげに口を開き、閉じた。
バジレットによって、発言することを制されたのである。

「性急、と申すか。……しばらくシュベルテから離れていたそなたの意見は、まだ一度も聞いていない。話してみよ」

 ルーフェンは微かに笑みを浮かべると、ふっと息を吐いた。

「……性急というより、ミストリアとの交戦は得策ではない、と言うべきだったでしょうか。……ひとまず、結論から申し上げます。今後しばらく、私と宮廷魔導師以外の魔導師達の魔術の行使を、制限させて頂きたい」

 バジレットの目が、僅かに細められた。

「いつミストリアが攻めてくるか分からぬこの状況で、サーフェリアの戦力を騎士団のみにしろと言うのか」

「……はい。と、いいますのも、このサーフェリアに現れる獣人達は皆、どうやら魔力に引き寄せられて動いているようなのです」

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.58 )
日時: 2015/05/23 01:29
名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)


 ルーフェンは、バジレットをじっと見つめた。

「魔力というのは、魔術の発動時にしか発せられぬものです。獣人が現れ始めた当初、彼らは真っ先にシュベルテの町民を襲撃しました。これは、この宮殿を囲む結界が発した魔力か、あるいは魔導師団そのものの魔力か、とにかくそれらに反応してシュベルテに引き寄せられ、そこで鉢合わせた町民を襲撃したのでしょう。
……そこで、私がシュベルテを離れ、通常より強い魔力を発し続けたところ、シュベルテへの襲撃は止みました。そしてその代わり、獣人は私の元に現れています。これはつまり、より強い魔力に獣人達が引き寄せられている、ということ。
しかし、長期間常に強い魔力を発し続けるというのは、いくら私でも無理があります。故に、魔導師団の魔力行使の制限をお許し頂きたいのです。魔導師達から魔力が発せられなければ、こちらも最小限の魔力で獣人を引き付けることができます。……もしお許し頂けるのなら、民衆に被害を出させないと、お約束いたしましょう」

 ルーフェンは、鋭いバジレットの眼差しに気圧されることなく、続けた。

「それと、もう一つ……仮に、これまで通り魔導師団が動いていたとしても、無駄だということです。獣人には、おそらく敵いません」

 この発言には、我慢ならないといった様子で、モルティスが一歩前に出た。

「召喚師殿、貴殿は我が国の兵力が脆弱だと申すのか!」

「そうは言っておりません」

 ルーフェンは、淡々とした口調で言い放った。

「確かに獣人は、優れた身体能力を持った生き物です。しかしその代わり、彼らは魔力を持ちません。その点からも、サーフェリアがミストリアに劣っているなどということはないはずです」

「ならば、やはり獣人共を殺すには魔導師団の動員が有効ではないのか?」

「相手が普通の獣人ならば、そうです。しかし、サーフェリアに襲来している獣人は異質なのです。彼らは、生き物としての性質を失っている」

 モルティスが、言葉の意味を量りかねた様子で、顔をしかめた。

「性質……?」

「何も感じていない、ということです。中には言葉を理解しているような素振りを見せる獣人もいましたが、最近はそれもありません。もちろん痛みも感じていないわけですから、たとえ骨が折れようとも、腕を切り落とされようとも、動ける限りは襲いかかってきます。半端な攻撃では対抗できないと言うことです」

「……では、一撃で滅すれば良いだろう。奴等に動く隙を与えず、一瞬で消し飛ばしてしまえばよい」

「ええ、その通りです。ただし、そのような強力な魔術を使うには、普通は詠唱が必要になります。しかし素早い獣人相手に、それは不可能かと」