複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.6 )
日時: 2021/04/12 21:38
名前: 狐 (ID: WZc7rJV3)

†序章†
『胎動』


 トワリスが城下町の一角にたどり着いた時には、既にほとんどの死体が騎士達によって片付けられていた。

 獣の爪に切り裂かれたような町民達の死体が、布にくるまれて次々と運ばれていく。
それでも尚残る濃い血臭に、トワリスは顔をしかめた。

(……また、獣人の仕業か)

 まだ片付けられていない死体に近づこうとして、不意に誰かに肩を掴まれた。
振り向くと、法衣ほうえを纏った小太りの男──大司祭モルティス・リラードが立っていた。

「……召喚師殿への襲撃を含めれば、これで三回目ですな。今回はどう言い訳するおつもりか」

 嘲笑うかのような調子で、トワリスを見つめている。
トワリスも、それに負けじと、頭一つ分ほど高い大司祭の顔を見上げた。

「……何度も申し上げた通り、私は獣人の襲撃には、一切関与しておりません」

 滴るような悪意を隠そうともせずに、大司祭が鼻で笑う。
ちょうどその時、一人の騎士が駆け寄ってきて、敬礼した。

「大司祭様、捕らえた獣人達はいかがいたしましょう」

「……意思の疎通は可能なのか」

「いえ、言葉は理解しているようですが、暴れるだけで答えようとはしません」

 大司祭は、ちらりとトワリスを見て舌打ちすると、厳しい口調で言った。

「ならば殺せ。一匹残らずだ」

「はっ!」

 騎士は再び敬礼し、その場から走り去った。

 大司祭が死体の方を見つめる。
けれど流れ出す血を見た瞬間に、袖で口を覆い、すぐにトワリスの元に戻ってきた。

「……会話も出来ぬような下等な獣人共が、ミストリアからこのサーフェリアに自力で渡れるとは考えづらい。何者かが誘導したと考えるのが、妥当だろう」

 まるで独り言のように呟いて、大司祭はトワリスを一瞥した。

「獣人は、知能の低い生き物ではありません。身体能力には違いがありますが、知能的にはほぼ人間と変わらない生き物です。ですから、獣人にも異国に渡るくらいのことは出来ると思います」

 淡々と言うと、大司祭は苛立たしげに拳を握りしめた。

「まだ言うか! そなたはサーフェリアにいながら、人狼の血を引いている。加えて、この王都シュベルテを恨んでおろう。ミストリアに肩入れする理由は、十分あるのではないか? それとも召喚師殿に何か——」

「召喚師様に関わらないで下さい!」

 思わず強めの口調で言葉を遮ると、大司祭はしてやったりと嫌らしい笑みを浮かべた。
その表情を見て、トワリスはしまったとばかりに押し黙ると、心を落ち着けるべく息を吐いた。

「……私は確かに人狼の血を引いていますが、生まれ育ったのはこのサーフェリアです。出身はシュベルテではありませんが、陛下には五年前に、宮廷魔導師として忠誠を誓った身……サーフェリアを襲わせるなどという愚かな真似、するはずがありません」

 トワリスの声は、震えていた。

「……まあ、よい。このことは陛下も知っておいでだ。明日、覚悟しておくがいい」

 勝ち誇ったかのような態度で言ってから、大司祭はぎろりとトワリスを睨んだ。

「この、穢らわしい売国奴め」

 吐き捨てるようにそう言うと、大司祭は背を向けて王宮の方へ歩いていった。
トワリスは黙ったまま、赤褐色の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.7 )
日時: 2021/04/12 21:41
名前: 狐 (ID: WZc7rJV3)

   *   *   *


 大通りを抜けると、夕日が山肌を染めて沈んでいくのが見えた。

 トワリスは、城下町から人気のない裏通りを通って、宮廷魔導師団の駐屯地へと戻った。
大きいだけで質素な外見のその建物の中には、予想した通り誰もいなかった。
他の宮廷魔導師達は、まだ仕事で出払っているのだろう。

 人間の住む国、サーフェリアは、主に魔導師団と騎士団によって守られている国である。
騎士団が王都シュベルテを中心に守護しているのに対し、魔導師団は、王都だけでなく、他の街や村の守護も勤めている。
宮廷魔導師とは、その魔導師団の中でも特に能力の高い者のみを集めた、国王直属の武官であった。
ただし、能力の高い者を、というだけあって、数が少ないのが問題で、一人あたりの管轄業務が多く、日々忙殺されている。
彼らは非番の日以外、ほぼ一日中仕事で国中を奔走することになり、今回のように駐屯地に誰もいないというのは、日常的なことだった。

 最近は特に、ミストリアからの度重なる獣人の襲撃で、宮廷魔導師達の忙しさはより増していた。
襲撃の被害は王都に出ていたため、本来ならば主に騎士団が対処すべき問題であったが、獣人は身体能力が人間より遥かに優れた生き物であり、騎士団のみでは太刀打ちできないという結論に至り、魔導師団も動員されることになったのだ。

 また、魔導師団が動くことになったもう一つの理由として、獣人達の狙いが召喚師である可能性が高い、というものがあった。
召喚師は、契約悪魔の召喚という高等魔術を扱える唯一の魔導師で、ミストリア、サーフェリア、ツインテルグ、アルファノルの世界四国に、それぞれ一人ずつ存在する。
並外れた強大な魔力を持つ国の絶対的守護者であり、基本的に国の最高権力者、つまりは国王となるべきものであった。

 しかし、サーフェリアでは、世界を創造したとされる女神イシュカル神を信仰対象とする、反召喚師派の教会の勢力が強い。
そのため、サーフェリアでは国王の次の権力者として、教会と召喚師を置き、騎士団の最高権力者を教会、魔導師団の最高権力者を召喚師とした。
すなわち、獣人の襲撃目的がサーフェリアの召喚師だとすれば、結果的に魔導師団も動かなければならなくなるのであった。


Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.8 )
日時: 2018/03/01 01:31
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 窓から夕焼け雲を見ながら、トワリスは椅子に腰かけた。
それから長いため息をつくと、机に突っ伏す。

「……疲れた」

「お疲れ様」

 一人きりなはずの室内で、あるはずのない返事が聞こえて、トワリスは即座に声のした方に振り向いた。
そしてそこに見慣れた銀髪の青年が立っているのを確認すると、今度はわざと大袈裟にため息をついた。

「……うわぁ、歓迎されてないなぁ」

「当たり前じゃないですか、ここは宮廷魔導師しか入れない場所ですよ。ルーフェンさんは帰って下さい」

「まあまあ、そう固いことは言わずにさ」

「…………」

 付き合うのも面倒だと言わんばかりに、トワリスは肩を落とした。
ルーフェンは苦笑して、そのまま机に寄りかかる。

「……で、どうしたんですか?」

「んー? 今日もトワちゃんの癖っ毛が元気かどうか、様子を見にねー」

 からかうように言うと、トワリスはきっと眉をつり上げて、思い切り、肩につかない程度の銀髪を引っ張った。

「いだっ、いたい、はげるはげる!」

「はげろ!」

 そう怒鳴り付けてから手を離すと、トワリスは人のものと同じ箇所に生えている狼の耳を、ぴっと立ててそっぽを向いた。
ルーフェンは「ごめんごめん」と軽い調子で謝った。

「……売国奴の疑いをかけられていること、なんで言わなかった?」

 不意に、ルーフェンが先程より幾分か低い声音で言った。
トワリスは、その言葉にびくりと首をすくめると、何も答えずに目をそらした。
そんなことには構わず、ルーフェンは続ける。

「それを理由に、明日の御前会議で教会側は無理難題を押し付けてくるだろうけど。……絶対に応じるな」

 打って変わって、真剣な眼差しを向けてくるルーフェンの言葉に、トワリスは詰まった。
しかし今度は、ルーフェンは返事を促そうと黙ったままだ。
トワリスは仕方なく顔をあげると、おずおずと口を開いた。

「無理、です。大司祭様の決定なら、魔導師団は逆らえません。私にどうにかできることじゃないんです」

「……俺ならどうにかできる」

 静かな迫力を滲ませて、ルーフェンが言った。
トワリスは、再び俯いた。

「確かに、そうかもしれません。でもルーフェンさんは、何もしないで下さい」

 呟くように言うと、ルーフェンは呆れたように首をふった。

「……教会の狙いは君じゃなくて俺だ。あいつらは、トワに揺さぶりをかければ、俺が動くと予想してる」

 トワリスは唇を噛んだ。

「それくらい、分かってます」

「だったら、実際に俺が動いてやればいい。そうすれば、教会の目はトワからはずれる」

「だから! 何もしないでって言ってるんですよ!」

 思いの外大きな声が出て、一瞬口をつぐんだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.9 )
日時: 2016/01/06 00:59
名前: 狐 (ID: WO7ofcO1)

「……お願いですから、わざわざ相手の思う通りに動こうなんて、馬鹿なことやめてください。私から教会の目がはずれたら、今度は貴方に集中するじゃないですか」

 ルーフェンの目に、哀しげな笑みが浮かぶ。

「トワが、俺と教会の問題に巻き込まれる必要はないでしょ?」

「だからって、ルーフェンさんがわざわざ問題に飛び込んでいく必要も、ないと思います」

 トワリスの目が、しっかりとルーフェンを見据えた。

「……あのねぇ、俺はそんなのもう慣れっこなの。そもそも、あんな『イシュカル様イシュカル様』ばっか言って、血見ただけで気絶しちゃいそうなお坊ちゃん達に、俺が殺されるわけないでしょうが」

「別に、殺されるなんて思ってませんよ……。ただ……怪我くらいはするかも、しれないし……」

 トワリスの語尾が、尻すぼみになって消えた。
ルーフェンは、ふうっと息を吐いた。
こうなれば、もうトワリスが自分の言うことを聞かないのは分かっている。

「…………。あー、はいはい。もう分かったよ」

 ルーフェンは、普段の軽薄そうな声の調子に戻ると、机に寄りかかっていた状態から勢いよく立ち上がった。
それからぐっと腰を伸ばすと、窓の外を見る。

「まあ、いいや。なんとなく嫌がるだろうとは思ってたし。……話はこれだけ」

「……もう帰るんですか?」

「なに、もっと一緒にいてほしい?」

「いや、帰れ」

 顔をしかめて、からからと笑うルーフェンを扉の方へと追いやる。
そして、早く出ていけとばかりに扉を開け、ルーフェンの背を手でぐいぐいと押した。
ルーフェンは特に抵抗することもなく、薄暗くなり始めた外へと、押されるままに踏み出す。

「……トワ」

 駐屯地を出て歩き出したルーフェンに、ふと呼ばれて、トワリスはそちらに振り向いた。
呼んだにも関わらず、ルーフェンは振り向かなかった。

「なんですか?」

「……ありがとう」

 トワリスは瞬きをした。
彼の、本心からの言葉を聞いたのは、なんだか久しぶりな気がしたからだ。
それと同時に、こうしてはっきりと礼を言われるのが、少し照れ臭く感じた。

 ルーフェンは、そのまま「じゃあ」と軽く手をあげて去っていった。
トワリスはその後ろ姿を見つめながら、小さく微笑んだ。


To be continued....