複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.67 )
日時: 2016/08/09 16:41
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 モルティスが、眉を寄せて押し黙った。
それと同時に、バジレットが口を開いた。

「……なぜ、そのような獣人が生まれたというのだ」

 ルーフェンは、静かに首を横に振った。

「明確な原因は、まだ。ただ確かなのは、彼らは脳が機能していないということです」

「……脳だと?」

「そうです。彼らには、フォルネウスの能力が効かないのです」

 ルーフェンは、軽く人差し指でこめかみを叩いた。

「フォルネウスの能力は、対象の脳に暗示をかけることです。もし眠れと命じたなら、対象は眠ります。しかし彼らにはそれが効かない……つまりは脳が機能していないのです。
脳が働いていないということは、死んでいるか、操られているか、あるいは薬物の類いによって脳が麻痺しているといったような可能性が考えられますが……いまいちどれも当てはまりません。操られているなら彼らからは魔力を感じるはずですし、薬物によるものなら肉体の動きも鈍くなるはず……そうなると死んでいるとしか考えられませんが、彼らは血を流します」

 ルーフェンは、表情を引き締めると、バジレットの顔を真っ直ぐに見た。

「陛下、国同士の争いは、双方の国全体をも滅ぼしかねない大規模なものとなるでしょう。そのようなことを、ミストリアの真意がはっきりとしない今、実行しようというのは大変危険です」

 バジレットは、微かに目を細めた。

「真にサーフェリアの未来を憂えるのなら、どうかご理解下さい。目の前のことに捕らわれて、争いを避ける道を見逃せば、無意味に多くの民を犠牲にすることになります。私の考えにご賛同下さるならば、ことの真実が明らかになるまで、サーフェリアは必ずお護りしますゆえ。……傍観しているだけではならないという陛下のお気持ちは、お察しします。しかし何よりも優先すべきは——」

「…………」

「民を護ること、ではないかと」

 バジレットは、ルーフェンが話し終えても何も言わなかった。
しばらくは考え込むように床の一点を見つめていたが、やがて、顔をあげてルーフェンを見た。

「……良いだろう、そなたの言い分はよく分かった。魔導師団の停止を認めよう。そなたは引き続き、獣人を探るのだ」

「——は」

 ルーフェンが深く頭を下げるのと同時に、モルティスが滑り込むようにして、バジレットの前にひざまずいた。

「お待ちください、陛下。こうして、いつまでミストリアを傍観し続けるおつもりなのですか! 確かに民を護ることが最優先でしょう。だからこそ、何か起こってから行動を起こすのでは、遅いのですぞ!」

 モルティスの発言にも一理あるのだと、ルーフェンは思った。

 実際ルーフェンも、守り一方にするつもりなど毛頭なかった。
ただし、ミストリアとの交戦は、出来る限り避けなければならないのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.68 )
日時: 2018/09/06 12:52
名前: 狐 (ID: zc76bp3U)

 国同士——つまり召喚師同士が争えば、その被害は絶大なものとなる。
これも理由の一つではあるが、ルーフェンが最も恐れているのは、ツインテルグとアルファノルの反応であった。

 召喚師の力は自国の守護のためにあり、争うためのものではない。
そのため、争いに発展せぬよう、長年国同士は無干渉を貫いてきた。
これは、召喚師の中では暗黙の規則のようなものなのだ。

 しかし、サーフェリアとミストリアが争ったとなれば、その均衡が完全に崩れ去ることになる。
故にルーフェンは、魔道師団の停止を進言したのだ。
獣人への対抗手段が魔術しかない以上、こうしてしまえば、ルーフェンが王都を離れていても、勝手に交戦への準備が進むような事態は起こらない。

 バジレットに対して言ったことも真実だが、それらは全て争いを避けるためのこじつけと言っても、過言ではなかった。
召喚師への理解が薄いサーフェリアで、召喚師の事情など話したところで、受け入れられないのは目に見えていたからだ。

 バジレットは、苛立たしげな様子で口を開いた。

「……分かっておる。最後まで話を聞かぬか、モルティス」

「し、失礼いたしました」

 モルティスが深々と頭を下げると、バジレットがルーフェンを見た。

「……二月だ、二月やろう。それまでにミストリアの真意とやらを調べてみせよ。それが出来なければ、交戦は避けられぬと思え。
モルティス、そなたは騎士団を王都だけでなく各地に配備させよ。獣人のこと以外は全て、騎士団に対処させるのだ」

 そう言ったバジレットの目には、鉄のような冷たさが秘められていた。
その瞳で睨むように視線を送られて、ルーフェンは肩をすくめた。

(……こりゃあ、軽くこじつけたの勘づかれてたかな)

 深く一礼してたちあがり、謁見の間から去りながら、ルーフェンは鼓動が早くなるのを感じた。
どうやら自分も、想像以上に他国に対して恐怖しているようだ。

(他国、というか……召喚師という化け物に対して、か)

 ふと自嘲気味に笑いながら、ルーフェンは歩を進めた。


To be continued....