複雑・ファジー小説
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.80 )
- 日時: 2016/02/20 15:48
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
†第二章†——邂逅せし者達
第二話『果断』
悪夢のような一夜が嘘だったかのように、空は青く澄んでいた。
鬱蒼と茂る木々の葉の隙間からは、日光がきらきらと輝いて見える。
昨夜、暗殺者や狼の群れに襲撃され、なんとか命を繋ぎ止めた後。
ユーリッドは、気絶したままのファフリを背負って、無人の木樵(きこり)小屋へと逃げ込んだ。
ファフリは、まるで死んでしまったかのように眠っていて、ユーリッドは何度も何度もその呼吸を確かめた。
ユーリッド自身も、両腕に傷を負っていて、その痛みのせいなのか、あるいは戦闘後の興奮のせいなのか、上手く寝付くことが出来なかった。
眠ろうとすると、閉じた瞼の裏に、ファフリのあの満ち足りた笑みが浮かんだ。
まるで、狼を殺すことを楽しんでいたかのような、不気味で恐ろしい微笑み。
記憶に焼き付くようなそれは、朝になっても、なかなか消えなかった。
ファフリが目覚めてから動こうと思っていたが、追手のことを考えて、ユーリッドは今日移動することにした。
自分の荷物は昨夜の戦闘時、この森のどこかに捨ててきてしまったが、幸いファフリの持つ僅かな食糧と地図、そして城から持ってきた大金は残っていた。
そのため、森を抜けたところにある宿場——間宿(あいのしゅく)までは、なんとかたどり着けそうだった。
間宿は、先にあるトルアノという宿場町——南大陸への関所に近い街と、ミストリアの王都、ノーレントの間に点在する休憩所である。
ノーレントと他の街々を行き来する商人達が、旅途中に定期的に利用するのがこの間宿であり、また、そこでも度々商人達により商売が行われるため、いわば小さな市街のようなものになっていた。
しかし、小さい、といってもそれは表向きの話で、間宿では通りから一歩でも外れれば、闇市場が広がっていた。
すなわち、密売人の巣窟である。
王都はもちろん、宿場町を含めたそれなりに大きな街では、役人や兵団の目が光っている。
しかし、間宿は小規模で、かつ一時的な滞在者しかいない。
加えて、商人達の大半は隊商として護衛を雇っているため、基本的には間宿で何かしらに商人が襲われるというような事件は、ほとんど起こらなかった。
故に、間宿には役人や兵団が寄越されることは滅多になく、闇市場が展開するには絶好の場所なのだ。
ノーレントまでの最短経路上にある間宿は、当然賑わっているだろう。
そう考えると、そこにお尋ね者のファフリを連れていくのは躊躇われた。
だが、迂回する道を選べば、それこそリークスの追手に南大陸への関所付近で待ち伏せされる可能性が高まる。
リルド達三人の暗殺者を、あの森で切り捨てたことがリークスに知られた時点で、ファフリ一行が南大陸に渡ろうとしていることは明らかなのだ。
また、間宿を通る最大の理由は、ユーリッドの狙いがその闇市場に行くことだからだった。
南大陸へと渡るには関所を通らねばならず、通るには当然通行許可証が必要である。
許可証は本来、国王リークスの承認を得て発行されるものだが、その方法は確実に不可能だ。
となれば、闇市場で偽造されたものを入手するしかない。
おそらく、アドラもこの方法をとるべく間宿の方に進んでいたのだろう。
木樵小屋に、なるべく自分達がいた痕跡を残さぬように後始末をして、ユーリッドはファフリを背負った。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.81 )
- 日時: 2017/08/14 21:29
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
道中、隊商の馬車に乗せてもらいながらも、ユーリッド達が間宿に入ったのは真夜中だった。
ユーリッドの背で眠り続けるファフリに、好奇の目を向ける者も少なくなかったが、周囲の商人達も長旅で疲れているのか、特に話しかけてくる者はいなかった。
ユーリッドは、まだうつらうつらとしているファフリを背負って、空いていた個室に入った。
木造作りで、部屋の両側にはベッドがそれぞれ置いてあり、その奥の方には暖炉もあった。
ユーリッドは、暖炉脇に積み上がっている薪を、火床に箱状に並べた。
そして燧石(ひうちいし)と燧金(ひうちがね)を使って紙を燃やすと、それを薪の並べてある所に投げ、暖炉に火を点した。
火は、ちろちろと不規則に揺れていた。
ユーリッドはその様子をぼんやりと眺めながら、外套を脱いでベッドに横たわった。
扉一枚を隔てたすぐ外からは、まだがやがやとした喧騒が聞こえてくる。
それをどこか遠くに聞きながら、ユーリッドは未だに目を覚まさないファフリを一瞥して、深い眠りに落ちていった。
夜明け少し前にユーリッドが目覚めたとき、ファフリはまだ起きていなかった。
呼吸は正常で脈もしっかりとあったが、声をかけても揺らしてみても、全く起きなかった。
ただ眠っているだけではないのかもしれない。
そう思ったが、ユーリッドには何もできなかった。
ファフリはミストリア城にいた頃から、一気に魔術を使うと、こうして何日も眠り込んでしまうことがあった。
しかし、今回は状況が違う。
初めて悪魔を召喚したのだ。
召喚師としては当然のことであり、また喜ぶべきことなのかもしれない。
だが、ユーリッドの心には恐れしかなかった。
(……狼の群れを蹴散らしたときの、ファフリの顔……。多分、あれはファフリじゃない)
ほとんど確信に近く、そう思っていた。
あれは、ファフリではない別の何かだと。
もし、このままファフリが目覚めなかったら。
あるいは、目覚めたとしてもそれがファフリではなかったら——。
そんな漠然とした不安を抱えながら、ユーリッドはファフリの寝顔を見つめた。
頬には汚れと涙の流れた跡があり、わずかに開いた口からは規則正しく寝息が聞こえてくる。
いつも通りの、純粋であどけないファフリの顔だ。
ユーリッドは、喉から熱くしみるものが込み上げてきて、強く歯を食い縛った。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.82 )
- 日時: 2015/05/23 10:40
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
出てすぐにある通りの市場で、軽い買い物を済ませ部屋に戻ると、部屋の中から微かに話し声が聞こえてきた。
ぼそぼそと囁くような声だったが、ユーリッドは腰の剣に手を添えて、慌てて扉を開けた。
中に入ると、ファフリが目を覚ましていた。
上半身を起こした状態で、ベッドに座っている。
ユーリッドは、周囲を見回してから、先程の声は気のせいだったかと思い直した。
そして自分のベッドに荷物を置くと、ファフリに駆け寄った。
「良かった、おはよう! 大丈夫か? 痛いところとかないか?」
なるべく明るい声で言うと、ファフリはまだ眠たそうな顔で、微笑んだ。
「うん、大丈夫よ」
快活さはなかったが、いつものファフリらしい柔らかな声だった。
ユーリッドは、ほっと安堵のため息をついた。
「ずっと何も食べてなかったから、お腹空いてるだろう? さっき、買い物してきたんだ。ちょっとだけど果物もあるから、一緒に食べようぜ」
荷物から取り出したコルの実をベッドに並べて、ユーリッドはファフリに笑いかけた。
ファフリは、それに笑顔を返すと、そのまま口を開いた。
「……ねえ、あの狼たちは、どうなったのかしら? 皆死んでしまった?」
突然の問いに、ユーリッドは動きを止めた。
「……ああ、うん。おかげで、俺も大した怪我はしなかったよ……」
「そう、良かった。私はあまり覚えていないけれど、やっぱり召喚師の力ってすごいのね」
どこかぎこちなく答えたユーリッドに対して、ファフリはちらりと笑った。
ユーリッドは、笑みを返せなかった。
誰よりも優しく、呆れてしまうくらいお人好しなはずなのに、ファフリが狼たちを殲滅したことを何とも思っていないのが、不思議でならなかった。
生き残るためとはいえ、大勢の生物の命を奪ったのだ。
普段のファフリなら、悲しむはずだった。
しかし、今ファフリは微笑んでいる。
いつものように、柔らかく安心したような笑顔で。
なんとか生き永らえたことに、安堵しているのかもしれない。
そう思ったが、ユーリッドは腹の底から寒気が沸き上がってくるのを感じていた。
それは、悪魔を召喚し狼たちを殺した後、ファフリが微笑んだときに感じたのと同じ寒気だった。
(……やっぱり、ファフリにはあんなことさせちゃいけなかったんだ。助かったのは事実だけど、もう召喚はさせちゃいけない)
ユーリッドは、ぎりりと奥歯を噛み締めた。
「……ファフリ、確かに召喚師の力ってすごいんだって思った。助けられたのも、事実だよ。でも、もうあまり使わないでほしい」
ファフリが、驚いたようにユーリッドを見た。
ユーリッド自身、何故こんなことを言ったのか、明確な理由を問われたら答えられないだろうと思った。
ただ、次にまた召喚術を行使したら、以前のファフリは二度と戻ってこないかもしれない。
そんな不安に襲われたのだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.83 )
- 日時: 2017/08/14 21:34
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=197.jpg
「……どうして? そんなこと言うの」
ファフリは、静かな口調で聞いた。
「……なんで、急に力を使わないでなんて言うのよ。そりゃあ、まだ完全には使えるわけじゃないし、今更使えるようになったって遅いのは分かってるわ。私に才能がないのは明らかだし……。でも、でも……やっと使えたのに……」
「うん……ごめん。急に変なこと言って。だけど、召喚術を使ったときのファフリは……なんだか普通じゃなかった気がするんだ」
不明瞭なユーリッドの答えが、ファフリの気持ちを逆撫でした。
(なんで、ユーリッドまで……! 私の気持ちなんて分からないくせに……!)
その瞬間、異常なまでの怒りが噴き上がってきた。
その怒りは、まるでファフリの全身を包み込むかのようにむくむくと膨れて、喉元から吐き出そうになった。
ファフリは、ユーリッドをきつく睨むと怒鳴った。
「どうして、そんなこと言うのよ! これまでずっと、召喚できるようになれ、召喚できるようになれって皆で私のこと責めて……! 挙げ句、才能がないからって命まで狙われて……。それなのに、やっと成功したら、今度は召喚するなって言うの!?」
ユーリッドが、はっと顔を上げた。
ファフリは、大きく音を立ててベッドから立ち上がった。
「私だって、好きで召喚師に生まれたんじゃない……! なんで、なんでこんな目にばっかり遭わなきゃいけないのよ! もう嫌……なにもかも、皆いなくなっちゃえばいいのに……!」
ファフリの目から、ぼろぼろと涙が溢れ出た。
ユーリッドが、蒼白になって口を開いた。
「ごめん、ファフリ。俺、そんなつもりで言ったんじゃ——」
「うるさい、うるさいうるさい!」
ユーリッドの言葉を遮って、ファフリはベッドに置かれたコルの実を彼に投げつけた。
実は、ユーリッドの肩に勢いよくぶつかり、僅かな凹みを残してそのまま床に落ちた。
掠れた声で叫ぶファフリは、まるで獣のような凶暴な眼差しをしていた。
「召喚術を使われるのが嫌なら、ユーリッドだってどこか行っちゃえばいいのよ! 私がちゃんと、悪魔を使役できるようになったら、ユーリッドなんていらないんだから……! やろうと思えば、この国の獣人たち全員を殺すことだってできるのよ!」
ユーリッドの顔が、さっと強張った。
同時に、ファフリも我に返ったように口を閉ざした。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.84 )
- 日時: 2017/08/14 21:38
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
ファフリは、血の気の失せた顔でその場にへたり込んだ。
「ご、ごめんなさい……」
震える声で、謝罪の言葉を絞り出す。
「わ、私、なんであんなこと……ごめんなさい。ユーリッドをいらないだなんて、本当に思ってないの」
ユーリッドは、一つ息を飲んでから気持ちを落ち着かせると、首を横に振った。
「俺の方こそ……ファフリの気持ち、分かってなかった。ごめん」
ファフリは、俯いたまま泣いていた。
床には、ぱたぱたと涙が落ちている。
ユーリッドは屈み込むと、氷のように冷たいファフリの手を握った。
「ごめん。俺じゃあまり頼りにならないかもしれないけど、ファフリのことは全力で守るよ。だから、もう少し頑張ろう。……つらいけど、今はとにかく行かないと」
ファフリの鳶色の瞳から、ぽろぽろと滴が落ちた。
前向きな言葉はどうしても出なかったが、それでもファフリはこくりと頷いた。
ユーリッドは、床に落ちていたコルの実を拾ってかぶりつくと、ベッドにあったもう一つをファフリに手渡した。
「それ食べ終わったら、動けそうか? 大丈夫だったら、市場に行きたいんだけど……」
ファフリは、一瞬大丈夫だと言おうとして、すぐに首を横に振った。
獣人の目の多い場所へと出るのはまずいと思ったのだろう。
「平気かな。もしまた見つかったりしたら……」
「ああ、多分今は平気だと思う。そこら辺の奴等は次期召喚師の顔なんて分からないし、兵団からの追手は流石にまだ追い付いていないはずだ」
ファフリが、ユーリッドを見上げた。
「でも、ここは間宿でしょう? 沢山の商人が集まってるし、もしかしたら私のことを知っている獣人もいるかも……」
「それも、多分大丈夫だ。万が一商人に見つかっても、兵団が近くにいない限りはすぐ捕まるようなことはないと思う。国民は、ファフリが行方不明だと知らされてるだけで、陛下に命を狙われてることは知らないからな。いざというときは、兵団に引き渡される前に、力ずくで逃げられるよ」
召喚師が次期召喚師の暗殺を謀っていたなどと公表されるはずもなく、世間にはファフリが失踪したとだけ伝えられていた。
すなわち、実質ファフリの命を狙っているのはミストリア兵団やリークス王からの刺客のみということになる。
これは、先程買い出しに行った際、市場でユーリッドが耳にしたことであった。
それを聞くと、ファフリは僅かに安心の色を見せた。
「何より、今は時間がない。もう少し休憩しても大丈夫だとは思うけど、夕刻以降闇市に行くのはちょっと心配だから、出来れば早めに動きたいんだ」
「闇市? 闇市に行くの?」
単に買い出しに行くだけだと思っていたのか、ファフリが首を傾げた。
「うん。南大陸に渡るなら、許可証を偽造しないといけないから」
ユーリッドの言葉に、ファフリは緊張した面持ちで頷いた。
城での生活しか知らないファフリにとって、闇市など別世界のものだろう。
とは言えユーリッド自身も、闇市に行くのは初めてだった。
正直、世間的に言えばまだ子供であるユーリッドとファフリ、二人でそんなところへ行くのには不安があった。
しかし、今はこうするしかないのである。
もし再び、刺客に追い付かれるようなことがあれば、次こそは死を覚悟せねばならないのだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.85 )
- 日時: 2017/08/14 21:44
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
* * *
ユーリッドとファフリは、外套を纏い、頭巾を深く被った状態で闇市に向かった。
周囲にいるのは、王都ノーレントへと向かう商人ばかりで、旅途中のため服装は外套などの風避けを身に付けている者が多い。
故に、ユーリッド達の格好が特別目立つようなことはなかった。
広い大通りに並ぶ、出店と出店の間の小道に入り込むと、たちまち辺りの雰囲気が一変した。
地面には、何人もの獣人が俯いたまま座り込んでおり、周囲はあっという間に煙草と濃い酒の臭いに包まれた。
ファフリは、ユーリッドの陰に隠れるようにして歩きながら、鼓動が早くなるのを感じた。
(……ミストリアには、こんなところがあるのね。皆、家や仕事がない人たちなのかな……)
間宿の本通りに展開していた市場とは、全く別世界のようだと、ファフリは思った。
所々並ぶ怪しげな出店の中に、一つだけ大きく目立つ建物があった。
横長の直方体で、簡素な木造建築だが、他の建物に比べればしっかりとしたもので、雨風は凌げそうだった。
窓からは微かに明かりが漏れていて、中から多くの話し声が聞こえてくる。
どうやら、中には結構な人数がいるらしい。
開け放たれた状態の大きな扉から、ユーリッドとファフリは建物の中に足を踏み入れた。
天井には梁(はり)が巡っていて、室内は外観より更に広く見えた。
酒や煙草、埃に加えて混じった金属の臭いが、硬貨と武器の臭いだと気づくのに時間はかからなかった。
先程までいた市場とは違い、ここでは食糧を売っている獣人はほとんどおらず、多くが武器を売っているようだった。
あとは自分達と同じように深く頭巾を被った獣人が、至るところでゆらゆらと歩きながら他の獣人たちに話しかけており、彼らがこちらに来たらと思うと、ファフリは少し怖かった。
ユーリッドは、ファフリの手を引きながら足早に歩いて、ふと建物の奥の隅に置かれた大量の木箱に目を止めた。
そこには、毛皮や装飾品といった、明らかに商人から強奪したであろうものが入れられている。
(商人から奪ってきたものなら、許可証も混じってるかもしれない)
ユーリッドは、気を引き締めると、周りを歩く獣人たちにぶつからないようにして、そちらに進んだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.86 )
- 日時: 2016/02/20 16:03
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
木箱のすぐ近くには、木製の椅子に腰を下ろした男が一人、煙草を吹かしていた。
ユーリッドが近づくと、男がぎろりとこちらを睨んだので、ファフリは思わずユーリッドの手をぎゅっと握った。
顔つきや体毛からして、虎の獣人だろう。
首から足までがっちりと太く、まさに虎のような男だった。
ユーリッドは一歩前に出ると、頭巾をかぶったまま口を開いた。
「……南大陸への関所を通れる通行許可証があれば、売ってほしい」
男は、顔に似合った野太い声で答えた。
「ああ? お前みたいなガキが、そんなもんどうするんだよ」
「答える義理はない」
きっぱりと答えると、男はにやりと笑った。
そして吸っていた煙草を地面に落とし踏みつけると、ファフリの方を一瞥してユーリッドに視線を戻した。
「悪いが、うちの店にそんなものはねえなぁ」
まるで面白がるような顔で言う男に、ユーリッドは微かに眉をしかめた。
「……それなら、どこに行けば手に入るか教えてくれ。売ってないなら偽造できる場所でも——」
言いかけて、ユーリッドはふと男の真後ろにある木箱を見た。
そこに乱暴に突っ込まれている鞣(なめ)し革には、王家——リークス王の紋様が刻まれている。
(——通行許可証! こいつ、騙してるのか……!)
ユーリッドは、少し顔を上げて男を見据えた。
「あるはずだ。商人から奪ったものが」
「はっ、それをてめえに売るか売らないかは、俺の自由だ」
勝ち誇ったように言い放つ男を横目に、ユーリッドは懐から金の入った小袋を取り出した。
旅立つ時、王妃レンファから渡されたものである。
おそらく、庶民階級の者ならば一生かかっても稼げないほどの大金が入っている。
「……金ならある」
強奪した通行許可証の相場など分からなかったが、一先ず金貨を一枚、男の前に出した。
すると、さっと男の顔から笑みが消えた。
「き、金貨……!」
ごくりと息を飲むと、男は食い入るように金貨を見つめて、それから不敵に笑った。
「すげえや、お前たち貴族か?」
「……お前には関係ない。早く許可証を」
ぐっと睨み付けた時、男の笑みが深くなったのを見て、ユーリッドは悪い予感がした。
そして、次の瞬間。
背後に鋭い気配を感じて、ユーリッドはファフリを庇うようにして振り返った。
すると、反射的に出した腕に、鈍い衝撃が走る。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.87 )
- 日時: 2015/05/23 10:47
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
「——っ!」
背後から忍び寄ってきた大柄な男たちの一人が、ユーリッド目掛けて殴りかかってきたのだ。
なんとか踏みとどまると、ユーリッドは臨戦態勢に入った。
彼らが襲いかかってきた理由など、簡単に想像できる。
捕まれば、所持金全てをとられるか、どこかに売り飛ばされるか。
どちらにせよ、話し合いでどうこうできる問題ではないだろう。
(こうなったら、力ずくで……!)
一応一般市民である彼らに対し、剣を抜くのはまずいと思い止まって、ユーリッドはまず先程殴りかかってきた男に狙いを定めた。
地面を蹴って、一気に間合いを詰めると、右足を軸にして男の両足をなぎ払った。
そして、バランスを崩して倒れ込んできた男の鳩尾に、とどめとばかりに拳を叩き込んだ。
「がはぁ……!」
苦しげに呻いて動かなくなった男に、周囲の獣人たちがどよめいた。
「お、おい、あのガキ戦えるぞ!」
どっと湧いたどよめきを無視して、ユーリッドは次に右隣にいた男を見た。
(騒ぎになる前に、こいつら全員倒して逃げるしかない……!)
目があった瞬間、蹴りを放ってきた男の足を避けると、ユーリッドは男の懐に深く潜り込んだ。
そして腹部を右拳で殴り付けると、男は腹を抱えて蹲った。
その時、またしても上がったどよめきと同時に、ファフリの短い悲鳴が聞こえてきた。
慌てて振り向くと、先程の虎の獣人が小刀を片手に、もう一方の腕をファフリの首に回していた。
「抵抗するな、ガキ!」
虎の獣人はそう叫んで、ファフリの頬に小刀を当てて見せる。
仕方なく押し黙ると、好機とばかりに残っていた男二人が、ユーリッドの両脇を抱えて、動きを封じた。
虎の獣人は、ファフリの頭巾を乱暴に剥ぎ取ると、彼女の顔を見て嫌らしく笑った。
「おい! こいつ高値で売れそうだ。行くぞ!」
「こっちのガキも売れるぞ!」
形勢逆転を確信したのか、男たちはさっきまでの動揺が嘘だったかのように、喜々として話している。
そうして歩き出した男たちに引きずられるように進みながら、ユーリッドはぎりりと奥歯を噛み締めた。
(くっ、しまった……逃げられそうだったのに!)
少しでも、ファフリから離れてしまったのがいけなかったのだ。
彼女が狙われるのは分かりきっていたというのに、つい戦闘に没頭してしまった。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.88 )
- 日時: 2017/08/14 21:50
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
どう逃げ出すかを思案していると、ふと前を歩いていた虎の獣人が立ち止まった。
それに伴い、ユーリッドの両脇を固めた二人の獣人も止まる。
どうしたのかと首を傾けて見ると、虎の獣人の前に一人、小柄な女が立っていた。
女は、ユーリッド達と同じように外套を纏い、深く頭巾を被っていた。
だが、その外套の縁に入っている模様や、革靴の皮革が独特なもので、格好が同じと言えどこか変わった風貌をしていた。
「なんだ、お前?」
行く手を塞がれたことに苛立ったのか、虎の獣人は威圧的に女に顔を近づけた。
しかし、彼女はそれに動じる様子もなく、自分より二回り以上大きい相手を、見上げるようにして顔を上げた。
「……この子たち、離してもらえませんか? 私の連れなんです」
連れ、という言葉に、ファフリもユーリッドも頭の中に疑問符を浮かべた。
当然、この旅に連れなどいない。
虎の獣人は、女を値踏みするかのように眺めた後、ふんっと鼻で笑うと、女を手で押しのけて歩を進めた。
「あの、話聞いてます?」
「どけ、邪魔だ」
虎の獣人は、眼光鋭く女を睨み付けると、突きつけていた小刀をファフリから離して、脅しのように女の目の前にちらつかせた。
すると、その次の瞬間。
突然、なにかがバンッと弾けるような音がして、獣人の顎が跳ね上がった。
彼は、勢いそのままに仰け反ると、バランスを崩して後ろに尻餅をついた。
一瞬、何が起きたのか分からなかったが、女が空に向かって手を突き上げている。
どうやら、彼女がすれ違う際に虎の獣人の顎を叩き上げたようだ。
(今だ!)
ファフリが解放されたことを確認すると、ユーリッドは即座に、脇を抱えた二人の獣人のうち、一人の脛を蹴り上げた。
そして、激痛で力を緩めた男を振り払い、それによって怯んだもう一人の男の顔面を殴り付けると、急いでファフリの元に走った。
「ユーリッド!」
そう叫んで、同じく駆け寄ってきたファフリを受け止めると、ユーリッドは周囲を見渡した。
虎の獣人と、ユーリッドを抱えていた二人の獣人、計三人。
先程の打撃から回復してはいないようだが、この分ではすぐにまた襲いかかってくるだろう。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.89 )
- 日時: 2015/05/23 10:49
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
ユーリッドが再び構えようとすると、小柄な女がずいと前に出た。
「さっきから聞いていれば……大の男が揃いも揃ってみっともない。そんなに体力が有り余ってるなら、まともな仕事でも探しなさい」
説教じみたことを言い放った女に、虎の獣人は怒り心頭といった様子で立ち上がった。
そして、びきびきと丸太のような腕に血管や筋を浮き上がらせると、女の左腕に掴みかかった。
女の細腕は、先程獣人の顎を叩き上げたものとは思えないほど、簡単に掴み上げられた。
その時、頭巾で隠れた女の顔が、わずかに苦痛に歪んだ気がして、ユーリッドは加勢すべく身を乗り出した。
そもそも彼女は、ユーリッドどころかファフリともほとんど身長差がないように見える。
この巨漢たちに勝てるとは、到底思えなかった。
しかし、そう思ったのもつかの間。
女は、ユーリッドが乗り出したのを片手で制すると、ふっと息を吸った。
それからほんの一瞬、身を縮ませると、自分の腕を掴んでいる虎の獣人の肘に目掛けて、下から手刀を叩き込んだ。
ごきっと鈍い音を立てて、男の肘が不自然な方向に曲がる。
「うぎゃあっ……!」
悲痛な叫びをあげながら後ずさった獣人の脇腹を、女が更に蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた獣人は、派手な音を立て、椅子や机を巻き込みながら出店に突っ込んだ。
ぴくりとも動かなくなった彼は、舌を口からだらりと出して、完全に気絶しているようだ。
「あいつ、急に力が強くなったぞ……!」
「化け物か!?」
残った二人の獣人は、悔しげにそう言いながら、ユーリッド達と女の間をすり抜けて走り去っていく。
女は、彼らが逃げ去った方向を一瞥してから、ユーリッド達の方に近づいてきた。
「……大丈夫?」
そう言って、女は自分よりも背の高いユーリッドを見上げると、深くかぶっていた頭巾を外した。
女は、多少癖のついた褐色の髪をしており、埃を払うためか軽く首を左右に振ると、頭巾に隠れていた三編みが一つ、後ろに垂れた。
小柄ではあるが童顔というわけではなく、歳は二十代前半といったところだろう。
また、ちょうどこめかみの下辺りから生えている狼の耳を見て、彼女が自分と同じ人狼であることにユーリッドは気づいた。
「俺は、大丈夫です。ファフリも怪我とかないよな?」
「う、うん」
二人でそれぞれ返事をすると、女は微かに微笑んで、出店の木箱が並んでいるところへ歩いていった。
ユーリッドがそれに着いていこうとすると、くいくいとファフリがユーリッドの手を引っ張った。
「ん?」
振り向いてから、ファフリが信じられないといったような表情をしているのを見て、ユーリッドは目を見開いた。
「え、どうしたんだ? どこか痛いのか?」
ファフリは首を横に振ると、木箱の方に向かった女に視線を向けた。
「……あの獣人、さっき魔術を使ったわ」
「え!?」
思わず大声を出しそうになって、ユーリッドは口元を押さえた。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.90 )
- 日時: 2015/05/23 10:50
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
獣人には、魔術を使える者はいない。
唯一使えるのは、召喚師の一族だけだ。
つまり、ミストリアにおいて、リークス王とファフリ以外の獣人は魔術を使えないはずなのだ。
「か、勘違いじゃなくて?」
「うん……。可視できるようなものじゃなかったし、所々だったけど、彼女が虎の獣人と戦ってたとき、微かに魔力を感じたの」
ファフリは、困惑したような表情を浮かべて言った。
正直なところ、信じられないというのが本音だ。
しかし、ファフリが嘘などつくようにも思えないし、魔術を使ったとすれば、女の力が急に強くなったのも頷ける。
加えて、考えてみれば、同じ人狼としてもあの女は少し不思議な点が多かった。
まず、人狼にしては小柄すぎるし、耳の位置も、こめかみより下にあるなんて聞いたことがない。
当然、人狼と一括りにするにしても、棲む地域や種族によって異なる箇所が多いため、断言は出来ない。
ただ、現れたときから異様に深くかぶった頭巾や、独特な匂いや風貌。
気にしようと思えば、気になる点は多くあるのだ。
魔力を感知できるのが魔術を使える者——召喚師の一族だけである以上、魔術を使っただろうと問い詰めることはできなかった。
もしそんなことをしたら、ファフリが次期召喚師であると女にばれてしまうからだ。
だが、どうしても彼女の正体が気になった。
そう考えながら、ごくりと息を飲んで、女に視線を移そうとしたとき。
目の前に何かが迫ってきて、ユーリッドは慌てて手を出した。
ばさりと滑り込むよう落ちてきたそれを受け止めると、ユーリッドとファフリは同時に声をあげた。
「許可証!」
ユーリッドがはっと顔をあげると、女が自分の手にも許可証を持って、こちらに戻ってきた。
木箱から、ユーリッドとファフリ、そして自分の分の通行許可証をとってきたようだ。
「貴方たちもこれが欲しかったんでしょう?」
「あ、ああ……」
柔らかく笑って問うてきた女に対し、ユーリッドは緊張した面持ちで頷いた。
女は、次いで懐から巾着を取り出すと、その中から青玉のついた指輪をころりと掌に出す。
そして、未だ気絶したままの虎の獣人の手に、それを握らせた。
「……まあ、彼らも生活がかかってるんだろうしね」
そうぽつりと呟いた女に、ユーリッドも思わず、さっき彼に渡し損ねた金貨を出した。
すると、女はそれを見て、くすくすと笑った。
「貴方たちは、出さなくていいよ。不当に売買されかけたんだから」
彼女につられるようにして、ユーリッドとファフリも微かに笑った。
正体が気になるのは本当だったが、この女が悪者のようには全く見えなかった。
それ以前に、彼女はユーリッドたちの恩人なのである。
まだ感謝の言葉を述べていなかったことに気づいて、ユーリッドは急いで手を差し出した。
「助けてくれて、ありがとう。俺、ユーリッドって言うんだ。こっちはファフリ。よろしくな」
女は、一瞬戸惑うような仕草を見せたが、軽くユーリッドの手を握ると、二人を真っ直ぐに見た。
「——私はトワリス。こちらこそ、よろしく」
凛とした通る声で言うと、トワリスはすぐに手を離した。
「ゆっくり挨拶したいところだけど、万が一さっきの奴らが戻ってきたら困る。とにかくここを出よう」
トワリスの言葉に、ユーリッドとファフリもこくりと頷くと、三人は足早に間宿の大通りへと向かった。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.91 )
- 日時: 2015/05/23 10:51
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
* * *
間宿の大通りへと出た三人は、ひとまずユーリッド達が泊まっていた部屋に戻った。
先程の闇市の者達が追ってきていないか、しばらくは不安だったが、どうやら彼らも早々に諦めたようだった。
「本当、無事に済んで良かった」
「うん……」
ほっとしたように胸を撫で下ろして、ユーリッドとファフリは呟いた。
「まあ、とんだ災難だったね」
それに対して、まだ少し外の様子を窺いながら、トワリスは言った。
「ただ、気を付けないと駄目だよ。貴方たちみたいな子供があんなところに行って、おまけに大金ちらつかせたら、狙われるに決まってるだろう?」
多少怒ったように声音を強めると、二人は大人しく頷いた。
「あの……トワリスさん」
ベッドに腰かけて、ふと口を開いたファフリに、トワリスは顔をあげた。
「トワリスでいいよ。なに?」
「あの、えっと……」
ファフリは、若干口ごもって、しかしすぐにトワリスに視線を戻すと言った。
「さっき、通行許可証をくれたとき……貴方たちも、って言いましたよね? つまり、トワリスも、南大陸に渡るってことですか……?」
「……ああ、まあ、そうだけど」
トワリスは、一瞬眉をしかめた。
「その、だったら、私たちと一緒にいきませんか?」
強く決心したように、ファフリは言った。
これには、ユーリッドも少し驚いて、目を丸くした。
誰かと同行すれば、ファフリが次期召喚師であるとばれてしまう可能性が高くなる。
だが、それを理解した上でも、彼女がトワリスを誘った理由。
そんなものは、明らかだった。
(トワリスが魔術を使えるっていうのが、気になってるんだ……)
獣人では、召喚師の一族しか使えないはずの魔術。
これを使えるということは、トワリスは召喚師一族に何か関わりのある獣人なのだろうか。
誰かを旅に加えるのは不安だったが、彼女の正体が知りたい気持ちは、ファフリと同じだった。
ユーリッドは黙ったまま、様子を伺うようにトワリスを見た。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.92 )
- 日時: 2018/06/01 21:06
- 名前: 狐 (ID: ktklDelg)
トワリスは、複雑な表情を浮かべていた。
ミストリアの事情に疎いトワリスにとって、本物の獣人と旅ができるのは、確かに損な話ではない。
しかし、ユーリッドとファフリというこの子供たちは、どうみても訳ありだ。
自分にも、獣人によるサーフェリアへの襲撃の原因を調査する、という重要な役割がある以上、それ以外の重荷を背負うことはしたくなかった。
第一、トワリスが南大陸に渡るのは、ホウルから聞いた『虚ろな目をした、幽鬼のような獣人』について調べるためだ。
すなわち、サーフェリアを襲うあの獣人たちの巣窟に足を踏み入れるということ。
見たところ、ユーリッドはともかくファフリは戦えそうもない。
そんな危険な場所に、この子供たちを連れていくというのは、気が引けるのだった。
(多分この子達は、兵団関係の獣人ではないのだろうけど……。万が一、私の正体がばれても厄介だし……)
返答を決めると、トワリスはファフリを見た。
「……悪いけど、遠慮するよ。そちらにも事情があるように、私にも事情があるからね」
はっきりと言われて、ファフリが残念そうに眉を下げた。
すると、ユーリッドが一歩前に出た。
「でも、トワリスってこの辺りのことにあまり詳しくないだろう?」
完全なる推測だったが、この言葉を聞いた瞬間、トワリスが軽く目を見開いた。
どうやら、図星だったようだ。
「……よく分かったね」
「さっき、虎の獣人に硬貨じゃなくて装飾品渡してたからな。旅慣れはしてるみたいだけど、ノーレント付近の奴なら、使わない装飾品なんてすぐ換金するから、もしかしたら地方出身なんじゃないかってずっと思ってたんだ。身なりもちょっと変わってるし」
そう言って、ユーリッドはトワリスをじっと見た。
「トワリスの言う通り、お互い事情があるから、行動を共にすることに躊躇いがあるのは分かる。でも俺たちは、ノーレントの出身だし、この辺りの地理には詳しいんだ。だから、南大陸までの道案内はできる」
「…………」
「別に無理に一緒に行こうってわけじゃないんだけど、トワリスにとっても、これは悪い話じゃないと思うんだ」
地理に詳しい、というのは本当だった。
兵団に入っていた頃、見回りの対象となるノーレント周辺の地理は、嫌というほど叩き込まれている。
トワリスは、少し警戒するように目を細めた。
「確かに私は余所者だし、この辺りの土地勘はない。でも、随分と親切なんだね。さっきのことに恩を感じてる、それだけ?」
彼らが、ここまで自分と一緒に行きたがる理由を確かめるためにも、トワリスは問うた。
恩を感じてるだけではなさそうだと言うのは、ほぼ確信している。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.93 )
- 日時: 2016/01/06 01:06
- 名前: 狐 (ID: WO7ofcO1)
貴女の正体が気になるからだ、などと言えるはずもなく、ユーリッドは言葉を詰まらせた。
深めに被った頭巾や、強い警戒心。
自分達も同様だが、彼女も自分の素性を探られたくはないはずだ。
信じてもらうためには、何か別の理由を提示しなければならないだろう。
必死に思考を巡らせている時、ベッドの方から声がして、トワリスとユーリッドはそちらを見た。
「……貴女の、戦力が欲しいの」
ファフリは、ベッドから腰をあげると、トワリスを見つめた。
「もちろん、ずっととは言わないわ。トワリスの旅の目的の妨げにならない程度でいい。だから、一緒に行きたい」
静かな声で言うと、ファフリはユーリッドを一瞥した。
「……私が弱いせいで、ユーリッドが無茶しちゃうの。でももう私、誰かが怪我したり殺されたりするのを見たくないから……お願いします」
ファフリは、深く頭を下げた。
トワリスの素性を探る、という理由を隠すための方便には、聞こえなかった。
トワリスは、はぁっと小さく息を吐いた。
やはり、彼らはかなりの訳ありらしい。
大掛かりな家出でもしてきたのだろうかと思っていたが、口ぶりからして、命を狙われているようだ。
(こんなことに、関わっている余裕はないんだけどなぁ……)
正直、彼らと同行する利益よりも、不利益のほうが多い気がする。
しかし、こう頭を下げられては、断りづらくなるのも事実だった。
トワリスは、考え込むようにして俯き、しばらくそのままでいた。
そして、やがて顔を上げると、再び扉の隙間から外の様子を見た。
「……明日、出発する隊商に紛れてここを出る。街道を歩くのが関所への一番の近道のようだけど、あまり人目につきたくないから、山道を通って迂回する」
それだけ言って、二人に視線をやると、ユーリッドがこくりと頷いた。
「俺達も、そのつもりだ」
望んでいたような、望んでいなかったような答えが返ってきて、トワリスは苦笑した。
「そう、なら山道の案内頼むよ。改めてよろしく」
ファフリが顔をあげて、ぱっと笑顔になった。
蜜色の光が、扉の隙間から注がれる夕暮れ時。
三人は、明日の出発に備えて、早めに床に入ったのだった。
To be continued....