複雑・ファジー小説

Re: ANIMA-勇者伝-【更新】 ( No.260 )
日時: 2014/05/26 22:25
名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: kOmP6qDh)



 所変わってここはゴンドラ大陸にあるまだ戦争の影響を受けていない小さな街、そこにミキとクウゴは座っていた。
廃れた場所だが、たぶんここは戦争の影響を受けないだろうと言うクウゴの予想の元、尋ねたまでだ。

小さなバー、居酒屋の様な所へ入り、クウゴとミキは隅の方へ座る。ここは人も少ないし、内うちの話をするにはもってこいの場所だった。

席に着くなりミキは口を開く。

「で、話を聞かせてもらっていいですか?」

そう言ったミキの顔は真剣だった。クウゴはそれでも少し迷う。そんな歯切れの悪いクウゴにミキは言葉を強めて言った。

「助けを求めたのでしょう?」

クウゴはその言葉に折れたのか、メニューを持っていた手を置いて、視線を泳がせながら話し始めた。

「俺は……無謀だと思っているんだけど……世界から戦争を消したいんだ」

自信なく苦笑いをするクウゴ。ミキは目を丸くして意図を探る。だがわからなかったのか話の続きを促した。

「その、俺昔備兵やってたんだよな。毎日毎日戦争に駆り出されてさ、仲間は死んでいくし、俺の精神も弱って行くし、気が触れそうになった。あぁ、ミキなら知ってるかな、有名な戦争、国盗り合戦なんて平和な名前で今は呼ばれているあの戦争だよ」

クウゴはミキをちらりと見た。ミキは思い当たったのか「あぁ」と声を漏らしている。

「国盗り合戦」そう呼ばれた戦争はかの有名なグレイト王国の司祭、アンブラーが初めて起こした大規模な戦争だ。情報は鼠より早く広がり、一時期世界の視線を一気に集めた戦争。
あの戦争は今や目的も誰も知らず、ひっそりと影に消えた。起こった事さえ知らない人だって沢山いるだろう。
ミキでさえ国盗り合戦を知ったのは終戦から数年後だ。とある国で文献を読み、初めて知る。謎の多いアンブラーの唯一の足跡として興味深かったのを覚えていた。
それが何なのだろうか? ミキはクウゴの言葉を待った。

「……あれに俺、参加したんだ」

ぽつりと言われたその言葉に、ミキは大きく興味を引かれた、思わず身を乗り出してしまうほどに。
ミキは思ったのだ、もしかしたらこのクウゴと言う人物はアンブラーの姿を知っているかもしれない。あの戦争の意味も噂程度で聞いた事があるかもしれないと。
質問したい事は山々あったが、暗い表情のクウゴを見て、その言葉をぐっと飲み込んだ。質問など後ですればいい、今は彼が何故「戦争を無くしたい」なんて無謀な考えに至ったのかが重要だ。そう思いなおし、気持ちを落ち着かせた。
それを見たクウゴは続けた。

「俺はあの戦争を終わらせるために最後の備兵隊として導入された。激しい戦争だった。俺の前で何人死んだだろう、俺は何人殺したのだろう、そう考えるだけで夜眠るのも億劫になった事もあった」

懐かしそうに呟くクウゴの顔はひどく冷たい物だった。こんな表情見た事が無い、ミキはクウゴの触れてはいけない所に触れているような気になり、少し俯く。

「俺達は優秀な備兵として有名だったんだ。仲間は入れ替わりも激しかったけど、大体15人程度。少数だが実力派ぞろい。仲間の顔は皆覚えていた。俺だって、多少は把握していた。だけど、途中から覚えるのがつらくなった。……ミキはなんで入れ替わりが激しかったと思う?」

突然問われて少し狼狽したミキだが、考えた。否、考えるまでも無かったのかもしれない、その答えは明確だ。

「仲間が死んでいくから……?」

恐る恐るそう言ったミキに、クウゴは頷く。哀しい苦笑いだ。

「実力派って言ってもたかだかニンゲン、生物、俺達は殺人兵器じゃない……万能じゃないんだ。だから仲間は死んでいく。明日は見えない。またいつか飲もうって言ってもそのいつかがこない。
俺はよく生き延びる方だったから死んだ仲間の数はきっと数えきれないほどいるだろう。……無情だが、顔も思い出せなくなっている仲間もいる。
それから数年してすぐ戦争が終結した。仲間はごまんと死んだ。俺達が付いていたグレイト王国は勝った、だが、俺は空しかった。戦争が終われば俺達備兵なんて用なしだ。国に居る事さえ許されない。
なぁミキ、そう考えたら仲間は無駄死にしたように思えないか? 俺の大切な友人だってグレイト王国のために戦って散って行ったんだ。墓も、弔いも、死体でさえ何もないんだ。俺達は捨て駒なのか? 便利な殺人兵器なのか? 俺達の感情や思いはどうなるんだ?」

眉の尻を弱々しく下げたクウゴの表情は悲哀を浮かべていた。痛々しく自嘲気味に問うてくるクウゴにミキは何と声をかけ、慰めてやったらいいのか分からなくなった。

この時ミキがヘタな慰めの言葉をかけるときっとクウゴは話しを止めるだろう。そうなればまた彼は姿を消して独り、戦地へ赴く。無謀だとわかっている事を繰り返し、そのうち精神が弱るだろう。そして死んでいくのか? なんて滑稽で哀れなのだろうか。

クウゴはそれから少し黙った。思い出しているのか、遠くを見る目はなにも映していない。ミキもクウゴにならって黙りこくったまま視線だけを送る。

「だから俺は思ったんだ。戦争を無くせばいいってさ。戦争を無くせば皆あるべき場所へと戻れるんだ。早く、早くしないとその場所へ戻れなくなる兵士が出てくる。でもどうやって戦争を無くしたらいいのか分からない。俺には何もできないのか……?」

まるで自分に問うような言葉。クウゴはきっとあの大規模な戦争で大切な人を沢山無くしたのだろう。そしてその戦争と、今のゴンドラ大陸の大規模な戦争を重ねている。
このゴンドラ大陸の戦争ももう随分長く続いていた。ドラファー帝国とパルメキア王国は何を目的にして争っているのかはわからない。いつかサクヤに聞いた大陸の主権争い、それだけでは無い気がしてならない。

「……ごめん、急に姿消したりしてさ」

クウゴは何度目かわからない謝罪の言葉を述べる。そして呟くように続ける。

「実はあの時もらった手紙は誰からかわからないんだ。手紙にはこの大陸の事を書かれていた。まるであの時の再現の様だと俺は思ったね。だから急に飛び出したんだ。あぁ、あの時の様に何事もなく終わればいい。俺が……終わらせればいい。俺は死神とか言われている。悪意を斬れる。この鎌でこの戦争の中心人物の悪を根こそぎ切り刻む。反省の色が無いならその時は……」

クウゴの瞳が鈍く光る。意志の強そうな光だ。ミキは初めてこんなクウゴを見たかもしれない。
クウゴはそれからすぐいつも通りの気だるげな雰囲気に戻った。にこりと笑いかけてオーダーを通す。

「だから俺はこの戦争の黒幕を見つけるまでこの地を離れる気はないんだ。ミキは俺が安全な道で送り届けるから……」

クウゴはそう言って笑っていた。ただその笑みには黒い影が落ちている。
ミキはそんなクウゴを見て心配を隠せない。もしむちゃをやったら流石のクウゴでも殺されるかもしれない、どうすればいいのか、そう考えたミキは持ってこられたパスタを眺めながらある事を決心した。
真っ直ぐクウゴを見る。クウゴは視線に気づいたのか顔を上げた。

「クウゴさん」
「ん?」
「僕も手伝わせてもらっていいですか?」

クウゴはミキの言葉に目を大きく見開く。次に慌てた様子で首を振った。

「いや、危ない、てか俺の問題だから!」

そんなクウゴを睨みつけるように見るミキ。

「相談って言うのはその人と一緒に解決したいから行われる心的行動。無意識下の中でクウゴさんは僕にヘルプと言っているんですよ? そんな貴方を放っておけないです」

真剣にそう告げるミキ。何とも彼らしい分析だ。
クウゴはそれを聞いて苦い笑みを前面に浮かべる。きっとどう言えば納得するのか考えているのだろう。
前に座っているミキはそんなクウゴの心理を感じ取ったのか、ムスッとしている。

「貴方に言われなくても僕はここに残りますけどね。僕だって世界を見て知識を蓄えたいと思っている。貴方と一緒ですよ。今、クウゴさんは歴史を学びながら世界を旅しているんでしょう?」
「あぁ、まぁ、そうだが……」
「僕も同じようなものです。だから貴方の目的をメインとしても自分の目的を果たす事ができるんです。わかりますか?」

なんならサブでもいい。そう告げたミキは優しく微笑んでいる。
クウゴは複雑な心境になる。自分の問題は自分で解決、その半面、ミキの協力を受けたら自分の目的は前進するんじゃないかと言う期待もある。
うんうん唸るクウゴをよそにミキはパスタを食べ始めた。呑気に「ここの料理美味しいですね」なんて感想まで述べている。

クウゴは迷った挙句、決心がついたのか、食べ終わったミキに頭を下げた。

「……協力、お願いします」

告げたクウゴの言葉にミキは満足そうに手を差し出した。交渉成立だ。
そうときまればこれからどう動いて行くのか、二人はきっちり話し合う事にした。なんだか悪戯をする子共の様な顔をして話し合う二人は、先ほどまでの重い雰囲気を感じさせずこれからの未来を明るく語り始めた。