複雑・ファジー小説

Re: ANIMA-勇者伝-【7/20更新】 ( No.278 )
日時: 2014/07/20 16:47
名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: no72hslI)



 日が沈みきった森の中。グライト達の洞窟は影をひそめるようにそこにある。
魔物の声も、足音も、喧騒とした声も聞こえないゴンドラ大陸は静かすぎるほどだ。
グライトはそんな中、ふと目を覚ました。
布団の中にもこもことした何かが入っている事に気が付いたからだ。何が入っているのか気になり、布団を避けてみるとそこには黒猫が寝ていた。

「リーブル!?」

驚き、声を上げて飛び上がるグライト。ずっと姿を見せなかった相棒の黒猫が何故こんな所に居るのか、疑問は残るのだが、それよりも声が洞窟に響いた事により、皆が目を覚めないか辺りを窺った。
穏やかな寝息を立てている皆を見てからグライトは再びリーブルに向き直る。
こぼれおちそうなほどの青い瞳がグライトを見ていた。
グライトは声を潜めてリーブルを近くまで呼んだ。

「今までどこに隠れてたのさ」

ちょっとムッとしながら尋ねるが、リーブルは大きな欠伸をして体を伸ばす。
応えない事はわかっていたが、こんな態度を取られるとグライトは少し腹を立てた。

しばらく色々質問していると、後ろの方に気配を感じた。
おそるおそる振り返るとそこにセレリーが立っていた。

「誰と話している?」

セレリーは警戒心を強くしてグライトの手の中を見る。グライトの手の中の黒い猫を見て首を傾げた。

「ご、ごめん、起こして。この猫、リーブルって言うんだけど、今までいなかったから吃驚してさ」

ハハハと空笑いをしてセレリーを見るグライト。セレリーはそれでとりあえず納得したのだろうが、まだそわそわと落ち着きを取り戻さない。
グライトはそんなセレリーを見て声をかける。

「ちょっと外に出る?」

セレリーは黙って頷いてグライトの後に続いた。


 外は冷たい空気がただよっていた。まだまだこの大陸には暑い日は来ないらしい。
グライトは後ろに歩いているセレリーをちらりと見る。
セレリーは何か思いつめたような顔で歩いていた。きっとこの大陸の様々なものを見て来たのだろうとグライトは勝手に思う。

しばらく歩き、見つけた適当な場所にグライトとセレリーは腰を下ろした。グライトの足の傍にはリーブルが寄り添っている。
セレリーはリーブルを興味深そうに見ている。そっと手を伸ばせば頭をすりつけてくるリーブルにすっかり心を奪われたらしい彼女は、少し笑みをこぼした。
それを見たグライトはつられて笑う。セレリーはそんなグライトを見て再びムッとした表情に戻ってしまった。
二人の間に沈黙が流れる。沈黙と言っても居心地は悪くなかった。
グライトは空を見上げる。真っ黒な空にポツポツと光る星は弱々しい。この大陸の空気が悪いのか、それともただ単に霧がかかっているのかわからない。

「あのさ、聞きたいんだけど」

グライトはふとセレリーを見る。セレリーは静かにしていたから寝ていたかと思ったが、しっかり起きていたらしい。
無言を許可と勝手に解釈したグライトは話しを続けた。

「奴隷ってどんな人の事を言うの?」

ちょっと無神経だっただろうか、そう思ったグライトは取り繕うように言葉を続けようと頭を捻るが、セレリーは何とも思っていなかったらしく応えてくれた。

「この大陸で奴隷商人に捕まった、または戦争に負けた国に連れ出された奴ら全員の事だ。私の住んでいたエルヘラ王国は平和を字に書いたような国だった。ドラファー帝国が進行してくるまでは……」

はぁっと息を吐きだしたセレリーは肩を落としている。

「ドラファー帝国は私達エルヘラ国民を大量に殺害して行った。ゼルフは自分たち魔族以外の全てのソレイユの民を道具か何かと思っているらしい。私はゼルフの軍に捕らえられたエルフの一人、友達もいた、家族もいた、昨日まで笑っていたお隣さんも居たんだ。今はどこに居るのかわからないけど……私は信じている。ゼルフの戦略が崩れることを、これを恨みとも言っていい。私が何故王国を命からがら逃げてきたかわかるか?」

グライトは首を振る。

「復讐のためだ。」

セレリーの瞳はその瞬間一瞬生気を吹きもどした。復讐、恨み、憎悪を纏ったその言葉はグライトに向けられたものじゃないのだが、心が痛んだ。
セレリーはキッとグライトを睨む。

「お前の様な奴にはわからない。この気持ち、この悔しさ、この憤り。あいつらは由緒あるエルフの私たちをバカにした。私達の誇りを鼻で笑った。許せない……許せないの……!!」

今にも泣き出しそうなセレリーにどう声をかけるべきか、声をかけないべきなのか……グライトはわからなかった。
最善の方法を探しあぐねていたグライトはパキッと言う小さな音を感じる。

「……!」

慌てて折れた木刀を構えるグライト。セレリーはただ驚き、グライトを見た。
森の奥、パキ、パキと一歩ずつ誰かが近づいてくるのを感じた。緊張感がその場を支配する。グライトとセレリーは息を殺した。

「……俺だ。ソラだ」

静かな森に響いたソラの声。グライトとセレリーは肩の力を抜いた。

「ソラか、吃驚した。起きてたんだね」

グライトはそう声をかけて手招きする。ソラは静かにグライトの隣に腰を下ろした。

「話し……全部聞いた。聞くつもりは無かったんだ。でもたまたま寝れなくて通りかけたら声聞こえたから」

俯きながらそう言うソラ。ソラはそのまま視線をセレリーに送る。

「俺も、奴隷だったんだ」

セレリーはソラの言葉に驚きを記した。

「ドラファー帝国でエルフ達が売られている所を知っている。その場にいたから」

セレリーは身を乗り出した。

「私達の仲間は、どこに行ったんだ? 誰に買われた? どんな奴が……」
「そこまではわからない。でも金持ちそうな奴、人間や魔族、そのほかにもいろんな種族がエルフを買っていた。エルフは珍しいらしいな。顔も綺麗だから人気があった」

ソラの淡々とした口調にセレリーは肩を落として、顔をうずめる。きっと泣いているのだろう。グライトは何だかこの場に居てはいけないような気がして落ち着かない。

「そ、ソラ……俺先戻るね。二人で話したい事とか色々あるんじゃない? だからここに来たんじゃない?」
「……うん」
「やっぱり? じゃあ戻るね」

グライトはセレリーを一瞥して洞窟へと戻ろうと足を進めた。二人の話を聞きたいが、達いると元に戻れないような気がした。リーブルを抱えて洞窟へ戻るグライトの背中をソラは見届けた。