複雑・ファジー小説

Re: ANIMA-勇者伝-【8/16更新】 ( No.325 )
日時: 2014/08/16 21:42
名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: n5JLvXgp)



 あれからクウゴは一時間にわたって自分の考えを提示した。戦争を無くしたい。このソレイユと言う国に安息を約束したい。それにはまず、この戦争を止めなくてはならない——……と。
エレーナはそれを否定するわけでもなく、ただ聞いていた。
グライト達もその時初めてクウゴの思いと信念を聞かされた。ミキはその事を大半聞いたのだが、それでもまだ序の口だと言う事が身にしみる。
クウゴは本気だった。
ソレイユと言う世界から戦争を消す。クウゴはその思いを遙か昔、そう、備兵の時代から掲げていたそうだ。備兵の頃のクウゴをグライト達は知らない。だが、今とそう変わらないんじゃないかと思った。きっと態度や雰囲気は違うのだろうけど、根本の部分は今と変わらない。

エレーナはクウゴの話を聞き終わり、フッと目を閉じた。何度か瞬きをしてそして真っ直ぐクウゴを見る。
クウゴは何を言われるのか覚悟を決めた。何を言われても自分の信念は歪めない、そんな意志を持ってエレーナを見返した。

「俺のためとはいわない。世界の……いや、ソレイユの未来のために力を貸してくれないか? 力と言っても無理は言わない。ただ、この戦争を終わらせてほしいだけだ」

クウゴは意志の強い光を瞳に燈し、エレーナを静かに見据えた。二人の間に、一瞬の緊張が走る。
しばらく間を置いた後、エレーナは考える様に首を捻った。そして口をゆっくり開く。

「……いやよ」

エレーナはそう言った。きっぱり、はっきりと部屋に響く声でそう言った。
グライト達は非難の目をエレーナに向けた。彼女が何を考え、その答えに至ったのかは分からない。だが、あれだけ熱意のこもった説得をいとも簡単に、三文字の言葉で否定した。
悔しさの様な物が込み上げてくる。ちょうどサブリア大陸で戦ったエースに負けた時の様な……そう、あの感覚だった。無力、憤り、悔しさ、そんな物が混ざっては消える。
一番悔しいのはクウゴだと言うのに……グライトは眉をハの字にしてクウゴを見た。答えを出すのは彼だからだ。
しかしグライトは次の瞬間目を大きく開く。クウゴはその答えを予想していたのか、へにゃりと笑っていたのだ。

「クウゴ、悔しくないの!? けして間違った事を言っているわけでは無いのに、否定されたんだよ? いやだって……エレーナ様の我がままかもしれないのに。腹が立たないの?」

グライトは思わず口をついてそんな言葉を言っていた。クウゴはグライトを横目で見て少し笑った後、ふっと息を吐きだした。

「否定されても俺の意志は曲がっていない。人それぞれ思いがあるんだよ」

優しい声で言った後、「なッ!」と軽くミキに言葉を投げかける。ミキは同じように笑って「そうですね」と肯定した。
あぁそうか、二人は目標があるのか。自分のために、自分だけの目標が。そう思ったグライトは「そっか」と小さく呟くだけだった。
そんな雰囲気を打ちつける様にエレーナはぴしゃりと言い放つ。

「話はそれだけ?」

冷たい声でそう言ったエレーナの本心はわからない。クウゴはそんなエレーナに「それだけだ」と頷く。

「……ならばもう用は無い。さっさと出て行って。私は、私だけの世界を作るの。誰も逆らわない。裏切らない。そんな世界。ねぇ、貴方はこれからどうするの?」

エレーナは問いかける。何も感情を映さない瞳だ。彼女も彼女なりの信念があるのだろう。
クウゴはそんなエレーナの問いかけに、少し考える。これからもなにも……パルメキア王国の力を、このエレーナと言う一人の王女の力を借りなければ戦争は止まらない。「そうだな」そう呟いてクウゴはチラリとアルトを見た。

「俺もこの国の兵隊になろうかな」

ついでにミキも、そう付け足してにこりと笑う。エレーナは目を見開き、「はぁ?」と呆れたような声を出してクウゴを見る。なにを言いだすんだ、そんな表情だった。

「俺はまだあきらめてねぇからな。お前の力が無かったら、戦争は終わらない。この戦争はお前の国とドラファー帝国の問題だが、俺はこれを大きくなる前に止める。そのためにはお前を口説かなきゃいけねぇ。近くで、それでいて口がきける距離。女王様の元に毎日通うのはちと辛い……。そうなったら答えは一つだ。俺もこのパルメキア王国の隊へ入隊する。この戦争が終わるまで……いや、終わらすまで」

勝ち誇ったように笑うクウゴに、エレーナは呆れてものも言えない。

「ミキも付き合ってくれるか?」
「えぇ、貴方の力になると決めましたからね。戦いはあまり好ましくないのですが、王家直属の兵隊なら戦場へ赴くことはしばらくないでしょう。今のうちは……ですが。時間の問題ですよ、クウゴ」
「わかってる。決まりだ。おい、アルト。お前どうやって入った? 教えてくれ」

クウゴはアルトに近づいた。意志の強そうな瞳に、アルトはたじろぐ。だが、アルトは挑戦的な瞳でクウゴを見た。

「エレーナ様に立てつくかもしれない不安分子を、軍に引き入れると思うのか?」

どうやらアルトはクウゴ達をエレーナの敵とみなした様だ。クウゴは困ったようにボサボサの髪を掻いた。

「別に敵じゃねぇよ。入ったからには毎日鍛錬に励むつもりだし、俺だって兵士をやった事があるんだ。ルールぐらいわかっているつもりだが? それとも、お前が嫌なのか?」
「は?」

アルトは目をパチクリしながらクウゴを見ている。

「お前、女王陛下様と恋仲かなんかだろ?」

何でも無くそう言うクウゴに、アルトはパクパクと口を金魚のようにしていることしかできない。
カッと赤くなった顔を見る所、どうやら本当らしい。
エレーナに恋人が!? 傍で話しを聞いていたグライトは俄然興味を示す。無言で視線を送るグライトに気が付いたのか、アルトはバツが悪そうに俯いたのち、しゃがみ込んでしまった。

「……ま、まて……ぼ、ぼ、僕に、過失があったのか? どこで、いつ、気付いた?」

気弱な声は先ほどまで張りつめていたアルトの雰囲気を壊す。どうやら否定をしない所を見ると付き合っているらしい。
クウゴはそんなアルトを見て愉快そうに口元を歪めた後、にやにやと笑い始めた。

「ばかめ。お前の熱のこもった視線を見ていたらすぐわかる事だ。異常にエレーナ女王陛下を見ていた事、自分では気づかないのか? あーぁ、若いって怖いねぇ」
「う、うるさい……! 僕は、ただ、女王陛下のナイトとして……って何言わせる気だよぉ!」
「別に。その様子を見るからに、周りに入っていないみたいだな? バラしてほしくなければさっさと俺とミキを軍に入れろ。これがバレたら後々怖いなァ……国民とか、兵士とか、綺麗な女王様だ、こいつに惚れている奴もいるかもしれない。夜道にビクビクする羽目になるかもな。気弱なお前の事だ。それは耐えられないだろうに」

意地悪く笑うクウゴ。アルトはその話を聞いてビクビクと目に見えてわかるほど怯えた。
グライトはその話を聞いて感心するばかりだ。クウゴは人の事をよく見ている。いや、観察していると言った方がいいのだろうか? グライトの思ったアルトとは程遠い素の部分が動揺により見えてくる。
アルトはどうも本当に気弱な人間らしい。そしてエレーナとは違い、人の事を大切にする想いが強いらしい。
もしかしたらエレーナも冷たい人間だけでは無いのかもしれない。グライトは表面だけ、取り繕ったエレーナを見て判断していたが、もしかしたら彼女も温かい心を持った一人の少女なのかもしれない。
そんなエレーナの心を見抜き、クウゴはこんな突拍子の無い事を言いだしたのだろう。
そこでふとグライトは思うものがあった。

「え、ってことは、俺達はどうなるの……?」

グライトの言葉に話の流れについて行けないリュウやユーノも反応する。

「そうだ、俺達はどうなる? クウゴさんの意志を手伝おうとここまで動いたのに、俺達は兵隊になれないのか?」
「えぇ!? じゃあボク達はまた訳の分からない土地で迷うしかないの? ねぇ、ボク達も兵隊になっちゃだめかな? ボクは女だけど、セレンさんも女の人だし、性別では問題ないよね?」

騒ぎ出すグライト達三人に、クウゴは呆れたようにため息を吐く。

「お前達は役割があるだろ? 手伝ってくれるのは嬉しいが、お前達は兵隊になっている暇はない。お前達にはドラファー帝国に行ってもらわなければならないからな」

クウゴの言葉にグライト達は「え」と言葉を漏らす。

「俺達、三人で……?」
「そうだ三人で。スパイをして来いって言っているわけじゃない。エレーナ女王は俺が説得するから、お前達はドラファー帝国のゼルフ・ニーグラスを説得してもらう。最終平和的に和解へ持ち込むため、頼んだぞ」

力強くグライトの肩を叩くクウゴ。じゃあなと言ってアルトとミキと部屋を出て行ってしまった。続いてエレーナはセレンに呼ばれた兵士達に連れられて客間を後にする。
残されたグライト、リュウ、ユーノは困惑する事しかできなかった。