複雑・ファジー小説

Re: ANIMA-勇者伝-【8/30更新】 ( No.343 )
日時: 2014/09/01 23:18
名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: T4clHayF)

第四十話 終焉の狼煙

 空中で攻防を続けたグライトとゼルフ。もう一度響く爆発音で二人は地面へと叩きつけられた。
派手に地面を割り落下した二人、先に立ちあがったのはゼルフだ。ゼルフはよろよろと立ちあがった後、起き上がるグライトに飛びかかる。

「……ッ!!」

態勢を慌てて立て直し、その剣を受けようと身構えるが、寸での所でゼルフの姿が消えた。驚いて辺りを見渡すグライト。ゼルフはグライトの後ろへ移動していたのだ。後ろから魔剣を振り下ろすゼルフ。グライトは無理矢理体を捻り、その剣を受け流した。
ゼルフはそれだけでは諦めない。また体を何処かへ体を移動させ、グライトの視界から消えた。今度は後ろにも横にも居なかった。焦ったグライトだが、残りの自分の視界を探す。

「……上かッ!!」

そう言ったと同時にゼルフの魔剣はグライトを地面に叩きつけた。
肩に深く刺さったそれは、ギリギリのところでグライトに受け止められていた。致命傷を避けたものの、肩からは血が吹き出ている。グライトはほとんど運で受け止めたのだ。
ゼルフは面白そうに口の端を釣り上げる。

「なかなかやるな」
「やらなきゃやられると思ったら……ねッ!」

力を入れて蒼剣を横に振るうグライト。その際肩から血が噴き出したが、不思議と痛くなかった。
隙をつかれたゼルフはその剣を受け流す事も出来ず、腹に受ける。浅い傷だがゼルフを憤慨させるのに十分だ。

「貴様……!」

ゼルフはグライトの肩に刺さっている魔剣を無理矢理下へと動かした。ぶちぶちと肉の斬られる音がグライトに耳に響く。

「フンッ! このまま腕を引き千切ってやる」
「いっ……!! このっ!!」

苦痛に顔を歪めたグライトは、力任せに蒼剣でゼルフの魔剣をはじいた。中途半端に斬れた肩は声にならない程の激痛を伴った。いっそ斬られた方がましだとグライトが思ったほどだ。
肩を押さえて立ち上がったグライトは視界にゼルフがいないと知る。
慌てて眼で追うが、その姿は霧の中にいるかのごとく見えない。そんな中、一瞬ゼルフの気配が見えたような気がした。

「そこだっ!!」

そう言って蒼剣を前へと振り被るが、それは影だった。

「後ろだ」

ゼルフの低い声は無防備なグライトの背中に響く。遅れて振り返ろうと体を捻るが、もう遅い。グライトは背中から鮮血を流す。あまりに切れ味の良い魔剣に、一瞬斬られた事さえもわからなかった。

「くそっ!!」

悪態付くが、仕方がない。圧倒的にゼルフの方が経験豊富だ。まだ修行を始めたばかりのグライトがかなうわけもない。
この状況を打破するべくグライトは足掻く。後ろ、前、左、上、気配の感じる方へ剣をふるってみるものの、ゼルフには当たらない。自分の傷が増えるばかりだ。

(どうなってる? 何故あたらない? ……ゼルフが見えない!)

そう思っては焦るばかりだ。これはよくないとグライトは一度心を落ち着けてみることにした。浅い呼吸を整え、流れる血を意識しないようにする。
そうする事で血の昇っていた頭が少し冷えたような気がした。

(そうか……目で追おうとするからダメなんだ。感じろ。ゼルフの戦闘スタイルに合わせるんだ。気配は常にそこにあるんだから)

心の中でそう念じたグライトは再び気を引き締めて前方を見据える。そこには何もない。だが、きっと来るはずだ。
グライトは目を閉じた。耳で、空気で、体で感じるんだ。

「……くるッ……!」

グライトは後を振り返り、流れに沿うように剣を動かした。

「……ッ!! なにッ!!」

グライトの手にはしっかりと肉を斬る感じが伝わった。苦痛を伴ったゼルフの声は確かに後ろで聞こえる。
グライトはそれを機に次々と続けて剣をふるう。ゼルフは隙をつかれて態勢を立て直せず、それを受けるしかなかった。

「この……ガキッ……め!!」

ゼルフは怒りをあらわに、瞳孔が開く。地面に仰向けになったゼルフは、立ちあがろうとしたところをグライトの蒼剣に阻まれた。先ほどとは真反対の立場になった。ゼルフはその事に屈辱を感じたのか、歯ぎしりを始める。
グライトはそんなゼルフを見ながら苦い顔で息を吐きだした。

「本当はこういうのは苦手なんだけど……戦争を止めろ。さもなくば今此処で……」

言い終えず、グライトは口を閉じた。ゼルフはそんなグライトを見て、にやりと笑う。

「俺を殺してどうするつもりだ? この国を動かすとでも言うのか? ハッ! ガキが……一国の重さも知らずに語ってくれるなよ」

ゼルフは続けた。

「俺はこの国を守るため育ってきたんだ。父上もそうだ。祖父もそうだった。俺達は国を考え、一国の王として威厳を保つ。その威厳を盾に国民をひれ伏させ、導かなければならない。わかるか? ぽっと出のガキにこの国が扱えるのか? ……言っておくが、ドラファーの国民は一筋縄ではいかぬぞ」

ハハハと笑うゼルフはなんだか楽しそうだった。なぜこんなに楽しそうなのか、グライトにはわからない。ゼルフの言葉もどれほど重い物なのか、理解できない。
ただ、彼の言う事には一理ある。この魔族が占めるドラファーをどう扱うか、凡人には難しいだろう。
そうなればゼルフを殺すのは正しくは無い。ゼルフもゼルフで国民の事を考え、過ごしてきたんだ。どれだけ残忍と言われようが、一国の王と言う事だろうか。
グライトは「うーん」と小さく唸った。どうすべきか、自分の判断が後を決めるのだとすれば半端な選択を選んではならない。

「どうした? はやく殺せ。殺したいんだろう? 迷う必要はない。ここはドラファー。弱肉強食の世界だ」

ゼルフは座りなおし、グライトの蒼剣を自分の首へとあてがう。グライトはそんなゼルフの覚悟をしっかり受け止めたのか、力強く頷いた。

「弱肉強食ってことは強者に弱者が従うってことだよね? なら、今の状況は俺が強者に当たるってことだよね?」
「まぁ、そうなる。……認めたくはないが、俺が油断したんだ」

淡々と答えたゼルフはもうどうでもいいと言った様子だ。
グライトはそんなゼルフを見て、ニッと笑った。

「なら命令する! ゼルフ・ニーグラス今すぐ戦争を止めろ。パルメキア王国と和解同盟を結ぶんだ」

グライトはそう言って蒼剣を折れた木刀に戻し、懐へと直した。
ゼルフはそんなグライトの言葉に、本当に仕方がないと言った様子で従う事にした。服についた埃を払いながら立ち上がるゼルフ。しっかり自分の服を正し、魔剣を腰へと刺した。
グライトはそんなゼルフを見て、気が抜けたのか足から崩れる。そのまま深い意識の底へと堕ちて行った。