複雑・ファジー小説
- Re: ANIMA-勇者伝-【9/30更新*お知らせ】 ( No.368 )
- 日時: 2014/10/05 16:28
- 名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: m7RL/.Cf)
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「エース君、俺と戦ってくれないかな?」
グライトは門を開けるなりそう言った。エースはそんなグライトを待っていたように笑顔で迎える。
「君ならそう来るだろうと思ってもう準備してるよ」
エースは慣れた手つきで銃の安全装置を外す。エースの後ろにはグレイシアが立っていた。
「グライト君、どうせなら一瞬で決めないか?」
「一瞬で?」
首を捻るグライト。エースは説明した。それはとても簡単な事。まず後ろを向く。向いた方向に五歩歩く。5……4……3……2……1……バン、そこで勝負は決まる。まぁ言わば西部の町の勝負と言ったところだろう。サブリア大陸にとてもマッチしている勝負だとグライトは思った。
勝負の説明を終えた頃、リュウは呑気なグライトに変わってエースに質問する。
「その場合の武器はどうなる? グライトは銃を扱った事がない。まさか、剣で戦えって言うのか? 明らかにグライトの方が不利だろ?」
リュウの言葉を聞いたエースは含み笑いをした。
「グライト君なら大丈夫だよね? 噂はかねがね、帝王であるゼルフまでもを倒したのだから、僕の速さについてこれないわけがない」
そうだよね? そう言ってグライトを見るエース。グライトは戸惑ったが、承諾した。それ以外方法が思い浮かばないのだからしかたがない。一刻も早く秘宝を集め、伝説の宝「ディザイア」を手に入れなければならない。
ディザイアとは七つの秘宝が集まった時に現れる神からの授けモノ。黒雲を封じ込めるにはこれしかないとグライトは思っている。
「本当に大丈夫なの? グライト……」
「大丈夫、ユーノ。心配しなくても秘宝は手に入れる」
強く頷くグライト。ユーノは心配でならない。小さな声で呟いた「グライト、死なないで」と言う言葉はグライトには届かなかった。あぁどうしても自分は無力な子供なのだろうか? もう止めてしまえばいい、これ以上好きな人が死に急ぐのは見てられない。ユーノは胸の前で両手を握りしめた。守護神を前にして神に祈ると言うのはおかしな話だが、こうしていなければ心が落ち着かない。
そんなユーノを見た守護神グレイシアは優しく微笑み、ユーノの頭を撫でる。
「心配しないで、グライト君は死なないわ。エースだってそれぐらいわかっている。だからって手を抜くつもりはなさそうだけど……エースは治癒もできる。私もいる。心配しないで」
グレイシアはそう言ってもう一度ユーノの頭を撫でた。
そんな事をしている間にグライトとエースは位置についたらしい。反対方向へ歩き出す二人、その顔は険しく足取りはゆっくり、踏みしめるように進む。
グライトはこのたった五歩が妙に長く感じた。脂汗が一筋、とたんに不安にかられる。息も荒く、もしかしてダメかもしれないと嫌な想像ばかりが膨らむ。
そんな時、頭に声が響いた。
……私の力を使うか?
その言葉はグライトにしか聞こえない。なぜならそれは影のものだから。グライトは拒否した。これは自分の実力で勝ち取りたいと思ったから。
だが、影は嘲笑うばかりで、力を使えと迫る。
約束しただろう? 力を発散させろ……私はお前を乗っ取らない。
影は確かにそう言った。だがグライトはまだ信じられないでいる。共生しようと、影はそう言うがグライトは不安でたまらない。乗っ取られるのではないか? そうでなければこのざわつきはなんだ。彼が傍に居るだけで不安と焦燥に駆られる。
「ダメだ……ダメだ……」
ブツブツそう言うグライト。もう後2歩と迫っているのに、このままでは集中できない。
使え。後悔はしない。このままでは死んでしまうぞ。
とうとうグライトは受け入れた。意志をしっかり持つんだ。そうでなければ一瞬で意識が吹っ飛ぶ。落ち着け、いや、妙に落ち着いている。先ほどまでの不安はすっかり無くなった。あぁこれが影の力か。そう意識した時、手に持っていた昼の空の様な蒼を纏った愛刀が静けさを持った夜空のように輝く。グレイシアは綺麗なその色に、何故か見覚えがあった。
首を捻るグレイシアだが、次の瞬間、空間を破る一発の銃声が鳴り響く。銃声はエースのものだ。二人は五歩、歩き終わっていた。思わずグライトの居た場所を見るが、そこには誰もいなかった。
「……ッ!!」
エースは驚き、目を見開く。グライトは夜空の様な色を纏った剣を持ち、エースの後ろに居たのだ。大きく振り被ったグライトはそのまま無慈悲に剣を振り下ろした。一瞬の出来事だ。エースは息を飲み、斬られた背中を庇う様グライトの真正面を向く。
「ハッ……ハハ、やるな、グライト君」
擦れた声、あまりにも綺麗な切り口だったのか、不思議と痛みは感じない。
グライトの表情はと言うと、何故か驚いたような顔をしていた。
「……やった……俺、勝った……?」
グライトは一気に息を吐きだした。とたん、今までの落ち着きが嘘のように無くなり、残ったのは荒い息使いだけだ。
エースはそんなグライトを見て微笑んだ——そして、倒れた。エースの背中からはとめどなく血が流れる。
「エース君ッ!!」
真っ青になったグライトは剣を捨て、エースに駆け寄る。グレイシアも駆け寄った。グライトを押しのけ、すぐさまエースの背中に手を当てるグレイシア。緑色の光が傷口をあっという間にふさいだ。エースは険しい顔から穏やかな顔になり、静かに寝息を立てた。それを見届けたグレイシアはグライトを見て告げる。
「勝者、グライト。貴方に、秘宝を授けます」
グライトは唖然と突っ立ったままだ。その背中にユーノが飛びついて来た。態勢を崩しかけるグライトだが、なんとか踏ん張る。
「やった!! グライト、怪我がなくて、よかった……」
ユーノはグライトの背中に顔をうずめた。グライトの服を強く握りしめる手は震えている。グライトは思わずユーノを抱きしめた。
「ごめん、心配しないで」
小さく呟いたグライトをユーノは見上げた。そっとユーノの体を放したグライトはグレイシアの前に立ち、頭を深く下げる。
「ありがとうございます。秘宝、大切にします。黒雲を祓います。エース君には悪いけど、俺たち急いでるんで起きるまで待てません。ごめんなさい」
苦い顔で告げたグライトにグレイシアは微笑みを向ける。
「ふふ、気になさらないで。私が面倒をみるから。秘宝は託したわ、貴方のその腕輪、剣、弓を見る限り、これで四つ目ね。後三つ、速く集めて私の妹を助けてあげて。お願い」
そう言ってグレイシアはエースを大事そうに抱えた。
「お願いよ、グライト」
最後そう言い残しグレイシアの洞窟はグライト達の前から姿を消す。一度瞬きをすればそれは完全に無く、代わりに視界に広がるのは砂漠だった。