複雑・ファジー小説

Re: ANIMA-勇者伝-【10/22更新】 ( No.386 )
日時: 2014/10/23 22:11
名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: /z9KW9Ro)



 〜♪〜♪〜♪……〜♪〜♪〜♪。
心地の良い歌声が海風に乗って耳をくすぐる。
思わずうっとりとしている周りの漁師達は足がヒレだったり、背中に背ビレがあったりと様々な形をしている。
グライト達もそれに倣い思わず目を瞑る。そんな三人の様子を見てカントスは小さな声で呟いた。

「あんまり聞き惚れたら海に引きずり込まれるぞ」

脅しではない穏やかな声で告げられた言葉はあまりに恐ろしく、思わずカントスの顔を窺う。カントスはそんな視線に気づいて顎に生えた白い髭を撫でた。

「嘘じゃないぞ。人魚と言うのはその美貌と美声を持って人間を海へと引き摺りこむと言うイタズラをするんじゃ。まぁわしら魚人は大丈夫じゃが人間のお主らは死活問題じゃろう?」

カントスは少年のような笑顔でそう言う。グライト達は身震いをして気を張った。この誘惑じみた歌を終えるまで気を緩められない。まさに地獄だと三人は遠い目をして周りの様子を窺った。のんきな魚人達は居眠りを始める人までいた。

 しばらく続いた誘惑の歌も終わりを告げる。名残惜しそうに立ち去る魚人達とは反対方向にグライト達は歩きだした。
グライト達の接近に気付いたのか、ブルーラはこちらを振り返る。

「あら〜? カントス爺様じゃない! お久しぶりね。そちらの方々は?」

歌うようにしゃべる彼女に守護神の風格は感じられない。少女のようにあどけない顔で首を傾げる姿は人魚の名に恥じない可愛らしさだ。

「久しぶりじゃの〜ブルーラ。こっちの三人のガキはグライト、ユーノ、リュウ。お前さんの持っている秘宝を集めて旅をしているそうじゃ。よかったら話を聞いてやってはくれんか?」
「いいわよ、私にできる事なら何でもするわ! グライト君、ユーノちゃん、リュウ君、何でも言ってくれて構わないわよ」

ニコニコと花を咲かせたように笑うブルーラ。近くに来ると案外身長が大きく(と言っても半分は魚だが)、頬が桜色、海へと流れる長い髪の毛は神々しい金色だ。まるでおとぎの国のお姫様の様な容姿にユーノは思わず目を輝かせる。

「ブルーラ様、御伽の国から出てきたお姫様見たい! ボク、今まで見た守護神で一番好きかも知れない!」
「うふふありがとう。ユーノちゃんも可愛いわ。将来有望ね! 王子様がお空から降りてきてきっと貴方を捕まえてくれるわ」
「王子様……」

ブルーラの言葉に反応し、チラリとユーノはグライトを見た。王子様とは程遠い容姿、ぼやっとした瞳、グライトはそんな視線に気付きユーノを見返す。

「王子様と言うより……」
「うふふ、私の言っている王子様は貴方の好きになった人よ。愛の力は自分と王子を良い方へと導くの、がんばってね!」
「……そう、かなぁ」

思案顔になったユーノを相変わらず見ながら、グライトは話しの意図がつかめず首を傾げている。
自分が話の中心になっているとは欠片ほども思わないのだろうか? とリュウは心配そうにグライトを見た。リュウの心配をよそにグライトは欠伸まで始めてしまった。
見かねたカントスは息を吐きつつ話しを促す。

「ほれ、話しがそれているぞ。お前さん等は目的があるんじゃろう? 時間も無いらしいじゃないか。さっさと話しを進めんか。わしは向こうに行ってるからな、話しが終われば呼んでくれ」

カントスは最後、呆れつつそんな事を言い置き漁師の団体へと入って行く。知り合いが多いのかすぐさま混じって見えなくなってしまった。
グライトはカントスの言葉を聞き、「そうだ!」と思いだしたようにブルーラに秘宝を譲ってもらえないかと尋ねた。

「うぅん難しいわね……でもお姉さま達が貴方に授けたのなら私もあげちゃう!」

軽くそう言ってブルーラはグライトの両手を握る。あっさりとブルーラが言ったものだからグライトは抵抗できずされるがままだ。
握られた両手をじっと見ていると水色の淡い光があふれている。まるでグライトの蒼刀の光のようだった。
温かい光に見惚れていると手に何か触れる感覚が現れた。自由になった手を開けてみるところりと何か出てきた。碧い三日月の形のネックレスだ。光に反射してキラキラと輝くそれをブルーラはニコニコと笑って見ている。

「もしかして、これが秘宝?」
「うん、そうよ。私の好きな形にしてみたわ! どうかしら? ちょっと可愛すぎるかしら?」
「そうだねぇ」

グライトはそう言って苦笑いをするとブルーラはパンッと手を叩き妙案を思いついたとばかりにユーノを見る。

「じゃあこうしましょ、彼女に託しましょう!」
「……え?」

いきなり指名されたユーノは驚きで目を白黒させている。ブルーラはまた可愛らしく笑うと説明を始めた。

「秘宝の力は何も攻撃や守備ばかりに使われるわけじゃないのよ。グライト君の帰る場所だったり、特別な人だったりに託してもいいの。迷子になった貴方を運命の糸が導いてくれるのよ!」

「運命の赤い糸が導く」と遠い目をして呟き、うっとりしているブルーラ。フレーズが気に入ったらしい。
グライトはその言葉に照れくさそうに笑った。隣に立っているユーノも同じ様に笑っていた。
そんな二人の桃色の空気を追い払うようにリュウは手を振る。そしていつの間にかフェードアウトして行った。カントスの方へ行ったらしい。グライトはそんなリュウを見て笑うとユーノに碧い月のネックレスをかけてやる。

「じゃあこのネックレス、ユーノに渡すね。これで何があっても大丈夫。迷子になってもきっと会えるね」
「そ、そうだね! どーんとボクに頼りなさい!」

照れ隠しなのかユーノはそう言って胸を張る。いつもはぼんやりした赤い瞳なのに、今日はキラキラと輝いて見えた。
それをみたブルーラは満足そうに頷く。

「うふふ、うまくいったわ。じゃあ私はこれで帰るわね。海の仲間にも歌を届けなきゃならないの。がんばってね、可愛い旅人さん達。いいものを見せてもらったわ」

ブルーラはそう言って海へ綺麗に飛びこんだ。泡のように溶けて行くブルーラの美しさに二人はもう一度お礼を言ってリュウとカントスの方へと走って行った。さりげなく繋がれた手はリュウとカントスの元へ着く時にはすでに名残惜しそうに放されていた。