複雑・ファジー小説
- Re: ANIMA-勇者伝-【10/30更新】 ( No.395 )
- 日時: 2014/10/31 21:21
- 名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: L43yfzZ2)
第四十九話 動く
重々しい空気がその場を支配する。目の前のドーバは嗚咽を漏らし、泣くだけだ。自分達にはどうしようもない問題が現れてしまった。無力と悔しさと憤りが混じる感情でグライトは立ちつくすばかりだ。気付けばリーブルが足元にすり寄ってきていた。この猫はいったいどこから現れるのだろう? 何のために自分の元に居るのだろう?
リーブルの存在をうすうす認知しながらグライトは考えないようにしていた。認めてしまえばリーブルに八つ当たりをしてしまうかもしれない。いつも迷った時、傍に居てくれたこの猫にそんな態度はとれまい。
グラグラと揺れる感情の中、その空気を破ったのは一つの爆発音だった。
空間でさえ揺れるその爆発音にグライト達は驚き、音の元を探す。
音の元は壁、棚の本は瓦礫のように崩れ、煙の中から一つの影を浮かび上がらせる。
「誰だッ!!」
グライトは力いっぱい叫んだ。突然の訪問に気が動転しながらも、態勢を整える。グライトの目配らせが分かったのか、リュウとユーノもグライトの後ろに控えた。フィーはドーバを守る様に端の方へと移動する。
壁を割って現れた男はゆらゆらと一歩前へ踏み出し、口を聞く。
「秘宝くれ」
声は低く冷たく、無機質なものだ。聞いた事のない声のはずなのだが、何処かで会ったような、そんな思いがグライトの中に生まれる。
一体だれだ? どこであった?
今まであった人物を全て思い浮かべるのはたやすい。しかしその中にこのような横暴に出る人物はいない。
「ん? 先客ですか……? 秘宝の気配がしたんだけど気のせいだったかな?」
コツコツと音を立てて近寄ってくる姿、グライトは驚き声をあげる。
「は、薄利さん……?」
恐る恐る尋ねると薄利は頷いた。
「なんで……」
なんでここに? その質問を遮る様にドーバがグライトを押しのけ飛び出してきた。
アンブラーはもう一度その人物を確認した。それから怒り狂ったように髪を乱し、唇を青くして震わせ始める。
「アンブラー!! 何しに此処へきた? お前に渡すものなどもう無い! さっさと消え失せろ!」
消えてくれ! 泣きわめくような声でそう言ったドーバはその場にまた崩れた。無念を泣く様に八つ当たり気味に叫ぶドーバを、薄利……元いアンブラーは鼻で嘲笑う。
「おやおやドーバ様、まだ存在してらしたのですね? ご無沙汰してます。一時期、御世話になりました。私は貴方のおかげで……貴方の力のおかげで若々しく体力のあるままで存在出来ております。本当に感謝感激ですよ」
「うるさい……!! お前なぞ……お前なんて私がこの手で!!」
ドーバはタカが外れたように袖から取り出した短刀を持ち、アンブラーの元へと飛びついて行く。その表情は憎悪と憤り、そして哀しみが混じっていた。
二人の様子を唖然と見ていたグライト達だが、ハッとし、慌てて止めようと走り出す。
「危ない!!」
グライト達の叫びは反響するだけ、ドーバの姿は気付けば半分吹き飛んでいた。ドーバの甲高い声が響きだす。
「——あぁぁあぁ!! おのれ……アンブラー……!! おのれ……!!」
悔しさをかみしめるような叫び声にグライト達は顔を歪めるばかりだ。吹き飛ばされたドーバを救出すべく、グライトはアンブラーに近寄る。
アンブラーは何も感情を顔に乗せずドーバを眺めていた。グライトはそんなアンブラーを睨みつけつつ、ドーバを労わる。
「薄利さん……いや、アンブラー。こんな事をして全ての神に許されるとでも思っているのか?」
低く、唸るような声のグライトにアンブラーはにこやかに答える。
「いやぁ許されないでしょう。私は一生神殺しの罪を背負い続けるでしょう。でもそれでもいいと思うから、こんな事をするのでしょう?」
なんで? グライトの返答は弱々しい。アンブラーは先ほどの能面のような表情から一転、嬉々として話し始めた。
「その問いに答えるのは簡単です。何故なら私が神になるから。私が神になれば格が与えられ、罪も流せるかもしれない。そのために秘宝が必要なんですよね」
真面目にそう言うアンブラーにグライトはモヤモヤした気持ちになる。はたして、秘宝にそんな力があっただろうか? もしかするとアンブラーは秘宝の全てを知っているかも知れない。しかし、なぜ? 一度もその姿を現す事のない神からの贈り物、何故アンブラーが存在を確認しているのだろうか?
そんなグライトの思いとは別にアンブラーは話し続けた。
「グライト君、見る限り貴方秘宝を六個持ってますね? それ私に譲りなさい。あぁ、最後の一個を探すのは無駄ですよ、なぜなら私が呑み込んでしまったから」
「……呑み込む?」
「食べたんです」
何でもなくそう言うアンブラー。グライトは驚き、声を失う。
「あれ? そんなに衝撃的でした? 普通でしょう。大切なものはいつも身近に……ほら、貴方もそうでしょう? 大切なものを身近に置くために秘宝なんて託したりする」
ニヤニヤと底意地悪く笑ってユーノを見るアンブラー。突然視線を受けたユーノは緊張したように体が動かない。グライトはそれを庇う様前に前に出た。
「秘宝は渡せない。アンブラー、あんたこそ腹の中にある秘宝を渡せ。秘宝は私利私欲のために使うものじゃない! 秘宝は、このソレイユに安定と秩序をもたらすために使うものだ。私利私欲のために神は力を与えない!」
食ってかかるグライトにアンブラーは「それはどうかな」と呟く。
「君は、自分が私利私欲のために使わないと言い切れるか? 君だって人間だ。人間は欲深いもので、力を手に入れれば狂ったように自己中心的な考えに陥るんだよ」
諭すようなアンブラーの声にグライトは強く首を横に振った。
「俺は、ソレイユに平和を取り戻したいだけ。自分のために使うなんてそんな恐れ多い事するわけがない」
「どうかな。君だって自分の村を助けたいだろう?」
アンブラーはそう言って鏡のようなものを空中に浮かびあがらせる。そこにグライトの故郷からリーフ、サブリア、セントリアまで黒雲が広がっている映像が映った。
黒雲に呑みこまれた国は暗く、陰鬱で、どうしようもないぐらい廃れている。人々も映った。自分の故郷、親しかったお婆さん、御爺さん、少し移動すると親しかった友人達が皆暗く、石像のように表情が無い。
「君の持っている秘宝を使えば、君の大切な友人や家族が助かるんですよ? でも、そのためには世界を諦めなければならないね。なぜなら秘宝は一つの願いしか聞き入れないから。黒雲を封じ込め、世界を救うか、自分の家族、友人、関わった人達皆助けるか、君はどちらを選びますか?」
グライトはそう言われて初めて意志が揺らいだ。確かに、この力を使えば自分の帰る場所、友人達が救える。
皆よくしてくれた人たちで、知らない人達を救うよりそちらの方がいいんじゃないか? ——いや、それはだめだ。ソレイユ全土を救えば友人や家族も喜ぶだろう。
だが、彼らが元に戻らなかったら? もし、世界を救い、ソレイユに青空を取り戻したとしても友人や家族がこのままならどうする? 自分なら能面のような彼らを見て心を痛めるだろう。彼らは闇に呑まれるかもしれない。
人間は弱い。トラウマや心の傷に侵されれば簡単に崩れてしまう。
忘れてはならないのだ、黒雲は人の闇をえぐり出していると言う事を。嫌な思い出や、どうにもならないコンプレックスを黒雲はよみがえらせているんだということを。
「さあどうするのかな」
アンブラーの声がグライトの選択を急かせる。グライトは眉間に皺を寄せてアンブラーを睨むばかりだ。
「まぁゆっくり考える時間をあげましょう。私はこれから影ノ皇再び誕生を祝い準備を始めます。私のいる場所はルォータ デラ フォルトーナ。グレゴラ大陸、レイヤル王国の奥にある幻魔境です。まぁそのうち巻き込まれるでしょうが、一応伝えておきますね」
アンブラーはそう言って煙のように消えた。最後に悪寒が走るような笑顔を残し、その場を去った彼を誰も止めはしない。
グライトは冷や汗をかいていたが、手の中のぬくもりが徐々に失われているのがわかり慌ててドーバを見た。ドーバはくちびるを紫に震わせながら苦しんでいる。
「誰か、回復を……!!」
グライトはそう言って振り返るが、リュウもユーノもフィーも首を横に振るばかりだ。
「どうして!?」
「そんな大怪我を治せるような治癒師はボク達の中にはいない……」
「クソッ! ドーバさん! しっかり!」
舌打ちをつきつつ、グライトはドーバをどうする事も出来ずただ揺する。ドーバはうっすら目を開けてグライトに微笑む。安らかな表情とは言い難い。悔しさがにじんだ笑顔だった。
「ドーバさん!!」
ドーバはグライトの声に応えることは無く、手は力なく地面に放り出された。顔からは精気が抜け、淀んだ瞳は虚空を見つめ続けている。
グライトは唇をかんだ。大粒の涙を一粒だけ流し、ドーバの肩を持つ手に力を入れる。
ドーバはそのまま光の粒となり空間へ弾けた。淡い光はいつまでも、まるでドーバの心残りを現すかのように地面に広がっていた。