複雑・ファジー小説
- Re: ANIMA-勇者伝-【11/6更新】 ( No.406 )
- 日時: 2014/11/07 22:51
- 名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: rdOgUgjF)
第五十二話 世界を覆う
連れてこられた場所は宿屋だった。どこにでもありそうな宿屋だ。グライト達はきょろきょろしながら辺りを見渡す。
そんな三人を客間の様な所へ案内した男は帽子をとって丁寧にお時期した。
「私はゼルファ・セルリオス。こっちはリン・クロスフォード。どうやら君達は旅人さんらしいね。どう言った目的だろうか?」
グライト達はそう言われピクリと反応する。一瞬にして見抜かれた三人がドギマギとしていると、ゼルファは穏やかに笑った。
「大丈夫だよ、安心なさい。私達は旅人を歓迎する方針だから、ばれた所で袋叩きになんてしないさ。それより旅人さん弁解をしていいかい? 私達レイヤル王国は他種族が来てもあまり軽蔑はしないんだよ。周りでは何を言われているのか知らないけれど、君達が正体を隠すと言う事は良いようには言われてないようだ。私達は他にも共和政を取り入れ、国民の代表が国を治めるという形式をとっている。だから、私は国王なんて言われているけど正式に言えば代表者だ。かしこまらなくていい、私もただの一般人なのだから」
ゼルファはそう言い終え、隣に座っているリンをちらりと見た。リンはグライト達を睨みつけている。何も言わないリンに変わってゼルファはもう一度口を開いた。
「彼女は影ノ皇を崇拝している私達の教祖様だ。心優しい子だから、軽蔑しないでやってくれ。君達は影ノ皇が悪い奴だと決めつけているんだろう? そんな奴を崇拝するなんて頭がおかしいんじゃないかって思っているだろう? でもね、私達は影ノ皇が我らの神だと信じているんだよ。影ノ皇だって色々歴史があるんだ」
その言葉を聞き、訝しげな顔をしたグライト達に、ゼルファは穏やかに笑った。
「少し昔話でもするか」
ゼルファはそう前置きをしてから穏やかな視線をグライト達に向けた。グライト達は何の話をするのかと尋ねる。それは影ノ皇にまつわる話だとゼルファはそう言った。
ゼルファの話しに耳を傾けたのはグライト達だけじゃない。今まで一言もしゃべっていないリンも穏やかな表情を見せた。どうやらこの話が好きらしい。グライト達はその話を聞いてみることにした。
「あれは……今から数世紀前かな、影ノ皇はこの地に生を受けた。影ノ皇は噂では戦闘民族だったらしい。影ノ皇率いる一派はそれはそれは強かった。ただし、その強さは弱き者を踏みにじる強さでは無く、全ての種族に敬意を払って接して行ける——そんな強さだ。
そんな影ノ皇達はとある日を境に差別の対象になってしまった。元々穏やかな性質なのもあっただろう。影ノ皇は嘆いた。〝何故我らが……他の種別と変わりのない我らがこのような不当な扱いを受けなければならないのか? 何故だ? 何故、生物は皆我らを敵視するのだ?″影ノ皇はそう言って数ヶ月間、外界との接触を絶った。そのおかげで影ノ皇が支配していた魔物たちが暴れ出したのだ。ソレイユは荒果て、廃れ、廃頽した。数ヶ月間影ノ皇はどこに身を潜めていたのかは分からない。数人の仲間を連れて遠征でもしていたのかもしれない。
とある日、影ノ皇は突然自分の拠点に帰ってきた。その時、自分の拠点を見て影ノ皇は驚き、悲しんだ。なぜなら自分たちの作り上げた家も、農場も、牧場も全て荒らされていたからだ。影ノ皇の仲間は自分の連れて行った数人しか残っていなかった。影ノ皇は初めて怒りを覚えた。恨みも憎しみも……それまでに無かった負の感情を覚えた。
影ノ皇は綿密に調べ上げた何者がこの地を荒らしたか。そして浮かび上がった事実、それは自分たちを迫害していた生物全てが徒党を組み、この地を荒野に変えたと言う事だ。影ノ皇は言った〝恨みがましい……何たる野蛮な種族であろうか……″影ノ皇はその日以来、復讐のために生きた。自分の胸の内を、胸の闇をさらけ出すように。影ノ皇は侵略に侵略を重ねた。そして悟る〝世界を闇で覆ってやろう。さすれば、生物は己の過ちに気付くだろう″影ノ皇は瞬く間に国を潰し、人を殺した。
後にだんだん目的を見失い、ただただ恨みだけが募り、発散される毎日。そして世界はとうとう壊れた。高らかに笑い声を上げたのは影ノ皇ただ一人。そして影ノ皇に新たなる力が芽生える。それは膨大な魔力だ。恨みを糧にした魔力はとうとう影ノ皇という器から流れ出し、ついには世界を黒き雲で覆うようになった。ソレイユの民はその雲を見て過ちを嘆き、悲しみだした。影ノ皇はそれを見て再び高らかに笑った。
——そこへ一人の男が現れるまで、影ノ皇は笑った」
終わり、そう言ってゼルファはほほ笑んだ。グライト達はその話を聞き、首を傾げる。
「影ノ皇は結局悪い人なの?」
その質問に何も言わず黙っていたリンが口を開いた。
「お前はバカなのか。……今の話しの何を聞いていた? その質問は愚問と言うものだ」
リンのきつい言葉にグライトはムッとした。
「だって人を殺したらダメだ。黒雲が出来たのも影ノ皇のせいだ。リンさん、貴方はなぜそんな影ノ皇を信仰している? 世界を再び黒雲で覆ってもいいと言うの? 悲しみに包まれていいと言うの?」
「バカめ。何故影ノ皇は影ノ皇になったのか、そんな事もわからないのか。お前たちの様な者がいるからだとなぜわからない。お前達が影ノ皇を生んだ。お前たちの闇が影ノ皇を悲しみに突き落としたんだ。生き物は何故弱きものを作らなければ生きていけない? 差別の対象を作らなければ自分の強さを保っていられない? 全てが影ノ皇——我らが主のせいだと言うのは筋違いも甚だしい」
リンはそう言ってフンとグライトを鼻で笑った。グライトはそれでも引かない。
「だからって人を殺すのはおかしい。世界を悲しみで覆うのはおかしいじゃないか」
勢い込んでグライトはそう言った。リンはその言葉にムッとしてさらに言い返す。
「その悲しみを作ったのはお前達だ! 何故それがわからない? よくしてやってたやつに裏切られた、言葉で言えば簡単だが心では簡単に理解できるものじゃない。協和を先に乱したのはお前たちの方だ」
グライトとリンはそのまま少し睨みあった。慌てるリュウとユーノ。
睨みあって今にも喧嘩を始めようとする二人の間に割って入ったのはゼルファだ。「まぁまぁ」と言って二人の視線を集める。
「どちらの主張も正しい。ソレイユの民は皆間違っていたんだ。一からやり直して今がある。そういがみ合うな」
「でも」二人はそう言ってまだ討論を続けようとする。
そんな二人を横目に、リュウとユーノはゼルファに尋ねた。アンブラーの言っていた「ルォータ デラ フォルトーナ」とはどこにあるのかと。ゼルファは少し考えて、思い出したように手を打った。
「このレイヤル王国の少し行った所に不思議な森がある。迷路の森って言われていて、そこに入れば迷っている間に異界へ足を踏み入れられることがあるそうだ。それに賭けては如何かな?」
ゼルファの助言にいがみ合っていたグライトも同意する。
「じゃあ明日そこへ行ってみよう。今日はここに止めてもらいたいんだけど……良いかなァ、おじさん?」
「あぁいいよ、可愛いお譲さん。では私達はお暇しよう。あぁそうだ、リン、客がもうすぐ来る。お前の客だ、可愛いお嬢さんだったよ。会ってきなさい」
ゼルファはそう言ってリンと共に客間を後にする。グライト達は指定された部屋へと移った。外は相変わらず真っ黒な雲が覆っていて時間がわからない。疲れた事もあり、三人は少し眠る事にした。久しぶりの安息に気を抜いていたせいか、三人は数秒後には眠りについた。