複雑・ファジー小説

Re: ANIMA-勇者伝-【11/7更新】 ( No.407 )
日時: 2014/11/17 20:28
名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: c6/fJCmS)



 待合室を後にしたリンはとある宿泊部屋に来ていた。ゼルファに連れられてそこまで来てみたものの、誰がそこに居るのかわからない。
リンは困惑していたが、背中を押されて中に入る。そこにいたのは同じ大きな翼を持った、しかし真っ白な彼女だ。リンはその人物を見て驚きに目を見開ける。

「ゼルファッ!!」

リンが怒鳴るもののゼルファはそのまま扉を閉めた。沈黙が部屋を支配する。口を開いたのはリンの方だった。不機嫌を身に纏い、白い彼女……リンの大切〝だった″人レイラ・ローレラムを静かに睨みつける。

「……何をしているレイラ。ここはお前のいる場所じゃないのは分かっている事だろう?」

レイラはその言葉に不安そうに瞳を揺らした。リンの気持ちはもっともだ、だがここで引くわけにはいかない。レイラは大切な話しを伝えにここまでやってきた。

「話を聞いてリン……」

レイラの弱々しい声にピクリと眉を跳ねあがらせたリンは苛立ちのままに叫ぶ。

「うるさいっ! 裏切り者が何の用だ? お前はこの場にふさわしくない。自分の居何処へ帰ればいい。私の前には一生姿を現すな。不愉快だ!」

リンはそう言って憎悪の瞳でレイラを射抜いた。レイラはそんなリンを見て哀しそうな顔をするばかりだ。

「お前のその顔も、笑顔も、もう見たくはない。お前は私をバカにして蔑んで……お前なんて大っ嫌いだ! 今更……今更どの面を下げてここまでやってきた? さっさと帰れ!」
「そんな事言わないでリン……。あの時のことは本当に申し訳ないと思っているわ、今はとても反省してもうそんな事は無いようにと常に気をつけているの。ねぇ話しをしましょう?」
「……嘘くさい。ベラベラベラベラと綺麗事を並べて……そんなにしてまで私をバカにしたいの? ホント、軽蔑すべき存在よね……白竜族なんて」

鼻で笑ったリンに今度はレイラが叫ぶ。流石に自分の種族をバカにされるというのは耐え難かった。

「種族は関係ないわ! 私と貴方は大切な家族だったじゃない!」
「ハッ……家族ぅ? 私に家族なんていたかしら? 家族なんて個人が思っているだけでは空しいだけよ。貴方、今、すごく滑稽よ」

リンは強気な姿勢でそう言った。そんなリンの瞳は不安と苛立ちで渦巻いていた。
何故リンがこうなってしまったのか、それはレイラに原因があると言って間違いはない。レイラの住む天空の大陸で一人だけ翼が黒かったリンは侮辱され、蔑まれ生きてきた。唯一の友であるレイラはそんなリンを憐れみ、彼女を救うため様々な手を尽くしていた。
そんな生活が数年続いた。問題は無かったのだ。しかしレイラはとある事情によりリンを匿っていられなくなってしまった。——結果、彼女を裏切る事になってしまった。
リンは唯一、絶対信頼が置ける友人レイラに裏切られた事により悲しみに暮れた。そのうち心を閉ざしていき、ついには心と体、全てがチグハグになってしまったのだ。
人前では気を良く、温和に努めているリンだが、その心の内は残酷で、人を寄せ付けない。周囲の者を拒み続け、自分以外を信じないようになってしまった。
とうとう天空の大陸を飛び出してしまったリンをレイラは探し続けていた。そして今、そのリンが目の前に居る。だが昔とは違う、レイラに向ける瞳は冷たく、鋭くとがっていて、まるで子供がごねている時のように融通が利かない。

「私のせいだとわかっているの、謝らせてほしいの。謝って許してもらおうなんて思って無い、ただ貴方に昔のような笑顔と温かい心を思い出してほしいだけなの。
私はここまで来るのに様々な経験をした。貴方を探して様々な大陸を周り、大切な経験をした。……ねぇ貴方も外を見てみない? 私と一緒に世界を見て見ない? 外に目を向ければぐちゃぐちゃになった心も少しは癒されるかもしれないわ。貴方は一人じゃない、私は償いたいの。貴方を傷つけた事を……一生を持って償いたいの。ねぇ、一緒に行きましょうよ。ここも悪い土地では無いけれど、危ないでしょう? 私は心配なの。貴方は昔から危なっかしいから……」

不安で声が震えるレイラ。少し攻めれば泣き出してしまいそうな、壊れてしまいそうな雰囲気だ。
その雰囲気を感じ取ったリンは鬱陶しそうに眉をしかめ、怒りで顔を赤らめた。

「勝手な事言わないで!! 貴方がどれだけ償いたいと言っても私にとっては迷惑なだけ! 過去は取り戻せないの。教えてくれる? 貴方が壊した日常をどうやって取り戻せと言うの? 傷が癒えても仕方がない。癒えたところで何になるって言うの? 生物は繰り返すもの、また新しい傷を作っては意味がない。
それならば私は一人で生きて行く。誰の力も借りず、ただ私と同じように蔑まれた生物を助ける。それだけよ。無益なことはやめなさい。貴方が償いたいと言っている傷は一生かかっても償えないものなのよ。なぜわからないの? あれから貴方は何も学んでいないのね。愚かで可哀想なのは貴方なの」

リンは修道服に仕込んでいたナイフを構えた。それがどこに仕込まれていたものなのかは分からない。
レイラは「ごめんなさい」と繰り返してそのナイフの勢いを止めようとしない。刺されてもいい、そんな思いがレイラに浮かんだ。刺されても仕方がない事を私はしたのだ、と。
そんなレイラの態度にさらにリンは憤った。ナイフをレイラの首に押し付けて歯ぎしりをした。

「最後に聞いて、私はもう一つ伝えに来たの……」
「なに? またつまらない事を抜かすのならば、話の途中でも貴方を躊躇なく殺すわ」
「世界が黒雲で覆われたの。もう誰も止められない。早く逃げて、何処か遠くの結界が利いた所へ。出ないと貴方達は呑みこまれてしまう。それを伝えに来たの」
「黒雲に呑みこまれる? おかしなことを言わないで。黒雲は空を覆うだけでしょう? それに……私の崇拝している影ノ皇様の一部となるのなら喜んでこの身を捧げるわ」
「黒雲が空を覆うのは昔の事。今度の黒雲は人を石像に変えてしまう。きっとアンブラーが何らかの作用を施したのよ。貴方達の様な傷を負った者達は過去に捕われ続け、ただそこからは動けず、石のまま暮らさなければならない。そんな事になる前に逃げなさい。後は私達がどうにかするから」

レイラは胸の前で両手を合わせ、じっとリンを見上げた。その真剣な表情からは到底嘘をついているとは思えない。
リンはそんなわけないと言いつつも、ここではあまり情報が入ってこないと言う事が引っ掛かり、反論を戸惑う。

「信じて、本当よ。貴方達が讃えている影ノ皇がもうすぐ復活する。でももう彼は彼で無い。彼はアンブラーと言う男の手により動かされる。ただの操り人形なの。きっとアンブラーの事だから貴方達の影ノ皇は暴れ出すわ。アンブラーの魔力では彼を扱えないからよ。お願い、出来れば遠くへ。この土地以外にも沢山土地はあるわ。海を越えれば沢山。貴方達の翼ならば簡単に越えられるでしょう。……もう一度信じてもらえないかしら? 私を信じてほしいの」
「そんな事を言って……私達が邪魔だから、貴方達からは憎むべき異教徒だから、この土地から追い出そうって言う魂胆でしょう? お見通しよ。アンブラー? そんな男、知らない。私達は此処で私達の生活を全うするの」
「だめよ!! アンブラーはもうこの土地に入りこんでいる。影ノ皇を解き放つため呪詛を唱えている。ねぇ、お願い、お願いよ。私の言葉を信じて。ここが良いなら、問題が解決したらまた貴方達を呼びに行くわ。約束。もう一度私に貴方を守らせて」

レイラはそう言って哀しく笑うとリンの力の抜けたナイフを横へ避け、窓から出て行った。残されたリンはレイラの言葉を頭の中で反芻し、唇をかみしめた。血が流れるのなど気にせず乱暴に部屋を後にしたリンはきっと伝えに行ったのだろう。

「……別にレイラの言葉を信じたわけじゃない。私の大切な教え子たちを危険にさらしたくないだけ」

自分に言い聞かせるように呟くレイラの言葉を、影からこっそり聞いていたゼルファは苦笑を洩らした。

「さて、私は旅人さんたちを避難させようか……」

ゼルファは爆睡しているだろうグライト達の部屋へ向かった。静かにノックする音が廊下に空しく響いた。