複雑・ファジー小説
- Re: ANIMA-勇者伝-【11/23更新】 ( No.411 )
- 日時: 2014/11/24 22:58
- 名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: c6/fJCmS)
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洞窟は入り口と中では大層差があった。
青と紫の水晶が続く美しい道を進んで行くと、唐突に行き止まりにたどり着く。どうやらこれ以上奥は無いようだ。水晶が綺麗に反射するそこの足元には大きな魔法陣が書かれており、周りを見渡すと壁全体が透明度の高い水晶だった。
反射する光を通じて浮かび上がらせる二つの影。一つは体の半分を禍々しいものと化した人間の影。もう一つは大きく、筋肉質だがごつごつした感じでは無い、黒いマントを羽織った男の影。共通点と言えばどちらも顔を蒼白として病的なところだろうか。
一つの影がにやりと笑っている、半身を闇へ同化させた男だ。その男がグライト達の姿を捕えた。
「よくぞ辿り着きました。さて……ここが噂の影ノ皇の墓場です。そこにでかいのがあるでしょう? それが影ノ皇です」
クツクツと卑しく笑う怪物。その人物を見ていると腹のあたりがザワザワと気持ち悪くなってくる。
険しい雰囲気のせいかピリピリと体が緊張する。だがなんとかそれを振り払いグライトは問いかけた。
「薄利さん……いやアンブラー……君はどう言うつもりでこのような事を始めたのか、教えてほしい」
重い口調でそう言ったグライトに、薄利はまた卑しくクツクツと笑った。
「それより先に俺の質問に答えてもらえたら嬉しいです。さぁさぁ貴方の願いを聞かせていただきたい。あぁ、それと最後の宝石は俺自身です。ついさっき秘宝が体に溶け込みました。この為、我が半身はこのような醜い姿になりましたが、まぁいたしかたなし。俺の質問覚えていますか?」
にこにこと笑うアンブラー。機嫌の良いアンブラーにグライトは静かに告げた。
「黒雲を封印するか、自分の大切な人達を救うか……だったよね」
「それです、それ。答えは出ましたか? いや、答えが出たからこの場に居ると言ったところでしょう。教えてください、貴方の答えを」
「俺の答えは——」
グライトは一呼吸置いた。後ろでユーノが心配そうにグライトの名前を呟いた。グライトはぐっと口に力を入れて、宙で停止しているアンブラーを下から睨む。アンブラーは期待を込めた瞳でグライトを見ていた。
「俺は——黒雲を封印し、大切な人達を助けると言う答えを出した……。ディザイアは正しい方向へと導く唯一無二のソレイユの財宝だ。俺は俺の中で一番正しいと思った答えを選んだつもり。我儘だと言うのは分かっている。でも、どちらも俺の中で大切なものなんだ」
グライトはそう言ってアンブラーの居る方向へ歩いて行く。二人の距離が近づくにつれグライトの持っている五つの宝石と、アンブラーの半身が共鳴し始めた。後一つはユーノの首で淡いながら光を放っている。
アンブラーはそれを酷く不快な目で見ていた。自分の期待した答えでは無かったことと、半身が光る事により落ち着かないのだろう。
アンブラーは先ほどとは打って変わって無関心な瞳で言った。
「……あぁつまらない……」
ため息と共に低く呟いた声は洞窟に反響して大きくなる。美しい音楽を聞いているような綺麗な音だった。
それに応えたのは後ろで見ていたリュウだ。眉根を寄せてアンブラーを見ている彼の表情からは、不安が窺えた。
「何がつまらないんだ?」
その心配そうな瞳はグライトだけに向けられているわけでは無かった。不安定なアンブラーを見ていると自然とそうなってしまった。敵であるのだけれど、同情をしてしまったのだ。何に同情したのかは自分でもわからなかった。
とたんアンブラーの瞳孔が開いた。口を釣り上げ、下衆で、なにも映していない瞳で三人を見る。
「とりあえず、緊迫感でも演出しますか? そうだね、リュウ君、君、もう離脱してもらうね。君はあまりに邪魔だから。見る限り、一番腕が立ちそうだし……出る芽は摘まなきゃ」
アンブラーはそう言うとパチンと指を鳴らした。一体何をしたのかグライトはリュウを振り返る。リュウは一歩遅れて自分の体の変化を感じ取った。全身から力が抜け、体が重い。立っていられない。腹がグルグルとして胸のあたりがもやもやとしてくる。頭は霞がかり、正常に動いてくれない。
「……ッ!!」
リュウは膝を折って地面に沈んだ。だんだん顔から血の気が引いて行く。がたがたと震えだすリュウ。隣に立っていたユーノはそんなリュウの異変を感じ取り、声をかける。
「リュウ!? 大丈夫? 何をされたの? ねぇ、返事をして!」
ユーノの呼びかけにリュウは応答しない。当惑した目でアンブラーを見上げている。いや、正式には見ていないのだろう。今のリュウの瞳には何も映っていなかった。
心配と不安でユーノは焦る。
「リュウ! リュウ!!」
呼びかけ、肩を揺するが意味は無い。暫くするとリュウは何かを呟いた。小さな声だ。耳を澄まさなければ聞こえない、そんな弱々しい声だった。ユーノは呼びかけを止め、その声を聞き取ろうと耳を近づける。
リュウの声はだんだん大きくなってきた。聞取れるぐらいになった時、ユーノはリュウを覗きこんだ。
「俺は……認められたい……父に、母に、国に……。俺は……認めてもらえない。み、とめてもらえない……? 認めてもらえない……! なんで……どうして? どうして、どうして、どうして、どうして、どうして————?」
「ちょっとリュウ! 何言ってるの? リュウ!! しっかりしてよ!!」
リュウ、リュウ、ユーノはそう呼びかけ続けるが、リュウは何故? どうして? と繰り返してユーノを見ようとしない。リュウは自分の世界へ、過去へ戻ってしまったようだった。
グライトはこのリュウを知っている。リュウが何について悩んでいるのかも知っている。知っているからこそ怒りが湧き出てくる。
「なにをした!!」
グライトは怒りに震えた。これはきっと黒雲に作用した力。人を絶望に突き落とす力だ。
アンブラーは高らかに笑った。タガが外れたように、糸を切った人形のように笑った。
「彼には離脱してもらった。ちょっとした催眠術と魔術ですので、すぐ解けます。——最も、解けるのは俺だけなんですけどね!」
アハハハ、そう言って笑うアンブラーは何がおかしいのか、心底不気味でしかない。アンブラーと同化した秘宝——半身の浸食は心なしか広がっているような気がする。
速く止めなければ、そうグライトは思った。
その後ろではまだリュウがぶつぶつと何かを呟き大粒の涙をダラダラと流していた。その姿は見ている事が辛くなるぐらい哀しみに呑まれている。
「緊迫感をさらに煽りましょう。——ルータ デラ フォルトーナ!!」
アンブラーはそう言って両手を広げた。両手には碧と紫の光が集まる。二つの光は水晶に反射してどんどん増幅していく。アンブラーの両手から溢れ出したそれはとめどなく、全てを呑みこもうと天へと登り、破裂した。
そして、洞窟の天井が崩れた。
水晶が雨のようにグライト達に流れ込んでくる。大きな石から小さな石まで、波のように荒れ狂う水晶と壊れた壁に、気付けばグライト達は巻き込まれていた。
「グライト!!」
「ユーノ!! リュウ!!」
慌ててグライトはユーノとリュウに駆け寄ろうとした。だが——遅かった。
ユーノとリュウの足元は見事に崩れ、雪崩に飲み込まれていく。リュウは気が狂ったように半狂乱で取り乱し、落ちている事にさえ気づいていない。ユーノはそんなリュウを支えつつ、自分の首にぶら下がっている秘宝を握りしめる。
「グライト……助けて……」
その声が深い闇に吸い込まれていく。最後に延ばされた手を掴もうとグライトは腕を伸ばすが、届かない。
空を切る自分の手を心底恨んだ。
「ユーノ!! リュウ!! なんで……なんでだよ!!」
グライトは伸ばした拳を振るえるぐらい握りしめた。悔しそうに唇を噛み、噛み過ぎて血が出る始末だ。
そうこうしている間に自分の足元も無くなった。驚き、慌てるグライトだが、どうにもできそうにない。
妬みがましくアンブラーを見上げると、彼は卑劣な笑顔をたたえ歌を歌うように何か唱えている。呪文だろうか? だがグライトは雪崩れる水晶の反射音でその声が聞こえない。
必死で耳を澄ませてみるものの無駄な努力だ。
グライトは悔しさを噛みしめるようアンブラーを睨みつけた。きっとアンブラーから見れば滑稽なのだろう。だがそれでも構わない。渾身の怒りとばかりに睨みつけるグライトを見てアンブラーは何を思ったのか、その笑顔からは読み取れない。
「おち……るッ!!」
グライトはとうとう闇に取り込まれた。
無力と憤り、悔しさと哀しみを噛みしめてグライトの世界は暗転した。