複雑・ファジー小説
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.1 )
- 日時: 2021/04/15 23:56
- 名前: 狐 (ID: WZc7rJV3)
†主要登場人物†
◆ルーフェン・シェイルハート◆
サーフェリアの召喚師である青年。ミストリア編では二十六歳、サーフェリア編では八〜二十一歳。
◆トワリス◆
人狼と人間の混血で、サーフェリアの宮廷魔導師を勤める女性。
ミストリア編では二十三歳、サーフェリア編では十二〜十八歳。
◆ファフリ◆
ミストリアの次期召喚師である、鳥人の少女。ミストリア編では十六歳。
性格は女の子らしいが、女子力は皆無。
◆ユーリッド◆
ミストリア兵団に所属していた、人狼の少年。ミストリア編では十六歳。
ファフリを護衛するため、兵団を脱退して旅に出た。
†その他の登場人物†
◆メリル◆
ファフリの乳母。
◆アドラ◆
妃にファフリを託され、旅立った鳥人。
かつてはミストリア兵団の団長を勤めていた。
◆マリオス◆
ユーリッドの父親。ミストリア兵団の前団長。
◆シルヴィア・シェイルハート◆
ルーフェンの母親。サーフェリアの前召喚師。
◆リリアナ・マルシェ◆
トワリスの幼馴染み。ヘンリ村で小料理屋を営んでいる。
◆カイル・マルシェ◆
リリアナの弟。
◆アレクシア・フィオール◆
サーフェリアの宮廷魔導師。トワリスの同僚。
◆ダリア・ティティス◆
シュベルテの花屋『ティティス』の店主。
◆アレク◆
貧民街の出の少年。
◆オーラント・バーンズ◆
サーフェリアの元宮廷魔導師。隻腕になってからは引退した。
◆ティア・シュミレット(バーンズ)◆
サーフェリア北方の地域一帯の資産家の娘。オーラントの妻。
◆ジークハルト・バーンズ◆
オーラントの息子。後のサーフェリアの宮廷魔導師団長。
◆アーヴィス◆
ツインテルグ編の主人公。名もない村の農夫。
◆ビビ◆
ツインテルグ編の主人公。
精霊王グレアフォールの娘だが、召喚術の才は継いでいない。
◆グレアフォール◆
ツインテルグの召喚師。偉大なる精霊王。
◆アイアス◆
ツインテルグの次期召喚師で、ビビの兄。
◆トート◆
◆ミスティカ◆
◆アルルゥ◆
◆サシャータ◆
グレアフォールに仕える《時の創造者》。
◆シャーラ◆
◆ミドロ◆
グレアフォールに仕える精霊。
†用語解説†
◆イシュカル教◆
全知全能の女神、イシュカル神を信仰する宗教。
サーフェリアにのみ存在する。
悪魔を闇の象徴としているため、召喚師一族に対して否定的。
教会は国王に次ぐ権力を持っている。
◆イシュカル神◆
かつて、世界をミストリア、サーフェリア、ツインテルグ、アルファノルの四国に分けることで、争いをおさめたという女神。
◆騎士団◆
サーフェリア国王、及び王都シュベルテの守護を中心とする武人達。
最高権力者は教会。
◆宮廷魔導師団◆
サーフェリア魔導師団の中でも、特に能力の高い者のみを集めた集団。
貴族と同等の地位を持つが、人数が少ないため多忙。
◆獣人◆
獣の特徴を持った種族。姿形は種によって様々。
ただし、親が獣と人間というわけではない。
身体能力は人間より長けているが、召喚師一族以外に魔力をもつ者はいない。
◆召喚師◆
契約悪魔の召喚という、高等魔術を操る唯一絶対の守護者。
四国それぞれに一人ずつ存在する。
サーフェリアでは国王に次ぐ権力を持っており、他三国では国王と同一の最高権力者である。
代々特定の一族が引き継いでおり、子が召喚術の才を発揮し出すと、親は召喚術を使えなくなる。
契約悪魔も基本的には引き継がれるが、新たに契約することも可能。
◆兵士団◆
ミストリア国王に忠誠を誓う武人達。
◆魔導師団◆
サーフェリア全体の守護を勤める武人達。
最高権力者は召喚師。
◆時の創造者◆
精霊王グレアフォールが定めた世の理から唯一外れることを許された精霊たち。
†地名紹介†
◆ミストリア◆……獣人の住む東の国。生を司る。
・ノーレント………ミストリアの王都。
◆サーフェリア◆…人間の住む西の国。死を司る。
・シュベルテ………サーフェリアの王都。
・アーベリト………サーフェリアの旧王都。
・ハーフェルン……港町。
・ヘンリ村…………シュベルテの近くに位置する村。アーベリト出身者の住む村。
・カナン村…………北方ネール山脈の麓にある小さな村。
◆ツインテルグ◆…精霊の住む南の国。光を司る。
◆アルファノル◆…闇精霊の住む北の国。闇を司る。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.2 )
- 日時: 2017/08/22 01:54
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
『三つ編みの』
夕闇に包まれたその街中は、人々の楽しげに騒ぐ声で、満ち溢れていた。
所狭しと建ち並ぶ屋台からは、ぼんやりとした灯りが漏れて、人々を照らしている。
ルーフェンは、差し出されたトワリスの掌に、鮮やかな紅色の髪留めを落とした。
花を模したその髪留めは、周囲の灯りを受けて、上品にきらきらと煌めいている。
トワリスは、見覚えのあるその髪留めに目を見開いて、それからルーフェンをじっと見つめた。
「え、これ……どうして」
「あげる」
ルーフェンの言葉に、トワリスの狼の耳が、嬉々としてぴっと立った。
目を輝かせて、手の上の髪留めを見つめている。
しかし、すぐに我に返ったように髪留めから目を反らすと、そのままルーフェンに突き返した。
「……貰えませんよ、こんなもの。私に何か、御祝いごとがあるわけでもないのに……」
そんな彼女の様子に、ルーフェンは心の中で苦笑した。
「そう? まあいらないなら、仕方ないけど。でも俺が持ってても、結局捨てることになるだろうし——」
「捨てる!?」
ルーフェンの言葉を、半ば怒鳴るようにして、トワリスが遮った。
「捨てるって、なんでそんなもったいないこと……」
「そう言われても、男の俺が持ってたって仕方ないしなぁ」
言いながら、ルーフェンが肩をすくめる。
正論を返されて、トワリスは一瞬言葉を詰まらせた。
「……でも、捨てるのはやっぱりもったいないです。まだ新しいのに……せめて、誰かにあげるとか……」
「だから今、トワにあげたじゃない」
うっと息を詰めて、トワリスが黙りこんだ。
それから無言のまま、しばらくルーフェンの顔と髪留めを交互に睨むと、やがて躊躇いがちに、突き返した髪留めを再び自分の胸元に戻した。
「そういうことなら、頂きます。……ありがとうございます」
「どういたしまして」
あまりにも予想通りの展開に、ルーフェンは思わず笑いそうになって、表情を引き締めた。
そんな彼をよそに、トワリスは髪留めを目の前にかざして、それが灯りを反射する様をじっと見つめている。
そして嬉しげに微笑むと、再び口を開いた。
「綺麗……。本当に、ありがとうございます」
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.3 )
- 日時: 2015/05/23 12:06
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
* * *
「ねえ、トワリスって、小さい頃はどんな子だったの?」
無邪気な笑顔を浮かべて、ファフリが尋ねた。
ルーフェンは突然の質問に驚きつつ、平静を装って微笑んでみせた。
「ん? 急にどうしたの?」
「ううん、特に意味はないんだけどね。ただルーフェンさんはトワリスと昔馴染みだし、なんか知ってるかなって。……さっきトワリスに聞いたんだけど、別に今と変わらなかったとしか、言わないんだもん」
面白味のある返答を期待していたのだろう。
ファフリは不満げに頬を膨らませて、そう言った。
ルーフェンは、そんなファフリの可愛らしい様子を見て、彼女の期待通りの返答をしてやろうと、記憶の糸をたどった。
しかしすぐに、期待には答えられないのだと気づいた。
トワリスの、今と変わらないという返答が、まさにその通りだったからである。
「そうねえ……でも確かにトワは、今とほとんど変わらないよ。性格も、背格好も」
仕方なくルーフェンがそう答えると、ファフリの目が驚愕の色を滲ませて、見開かれた。
「え? 本当に……? 全然変わらないの?」
「うん。俺の知る限りは——」
言いかけて、ふと言葉を止めた。
それから少し考え込むようにして、ルーフェンは言った。
「いや、そういえば、髪型は違ったかな」
その一言で、途端にファフリの表情が、ぱっと明るいものに切り替わった。
「昔はどんな髪型だったの?」
勢いよく聞き返してきたファフリに、ルーフェンは苦笑して、とんとん、と首の付け根を叩いた。
「確か、ファフリちゃんと似たような感じだったよ。ちょうど、この首の付け根くらいまでの長さで。まあ髪色は今と変わらず、褐色だけど」
言ってから、ルーフェンの脳裏に様々な記憶が甦ってきた。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.4 )
- 日時: 2014/02/10 23:42
- 名前: 狐 (ID: jAQSBAPK)
小説を公開させて頂いてから、一か月弱くらいでしょうか……。
気づけば、本編の方の参照数が500突破しておりました(^^)
皆様本当にありがとうございます!
まあだから何かやるのかといっても、なにもやらないんですが(笑)
嬉しかったので、つい^^
今後とも、〜闇の系譜〜をどうぞよろしくお願いいたします^^
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.5 )
- 日時: 2017/10/05 20:48
- 名前: 狐 (ID: /dHAoPqW)
トワリスは普段、後ろに髪を一つ、三つ編みして束ねており、その状態ですら肩甲骨の辺りまで届く長さがある。
おそらく、髪を解けばそれなりの長さがあるだろう。
しかしかつては、結ぶのさえぎりぎり難しいくらいの長さだった。
長髪でも、また短髪すぎても癖毛が目立つから、これくらいの長さがちょうどいいのだ、などと言っていたトワリスの姿が、思いの外鮮明に思い出された。
「そうなの。見たかったな、髪の短いトワリス。でも、どうして伸ばしたのかな? トワリスのことだから、長いと邪魔だとか言いそうなのに」
小首を傾げて、ファフリは言った。
ルーフェンはその問いの答えを考えながら、ふと窓から、外にいるトワリスを見つめた。
トワリスは、外でユーリッドと何やら話しながら、剣を手入れしているようだ。
そんな彼女の後ろ姿——髪型を見て、ルーフェンは呟いた。
「……多分、三つ編みかな」
「三つ編み?」
ファフリは、瞬きをして聞き返した。
「確かに、トワリスってずっと三つ編みしてるけど……三つ編みが、髪を伸ばした理由なの?」
「……まあ、伸ばした理由っていうか。彼女があの髪型になったきっかけは、なんとなく知ってるかもしれない」
ルーフェンの言葉は曖昧に濁されたものだったが、ファフリの興味を引くには十分だったようだ。
ファフリは身を乗り出して、ルーフェンに続きを促した。
「……俺が二十一だったから、トワが十八くらいの時かな。式典の夜、街でお祭りがあってね。いくつかある屋台の中で、トワが紅色の髪留めを──」
「分かった! ルーフェンさんが買ってあげたんだ!」
間髪を容れずに言ったファフリに、ルーフェンが眉をあげた。
どこか抜けているように見えて、こういった話になると妙な鋭さを見せるのがファフリである。
「……まあ、物欲しそうに見てたものだから」
苦笑しながら答えると、ファフリは満足げに微笑んだ。
「ねえねえ、その髪留めをあげた時、トワリス嬉しそうだった?」
「いや。貰えませんって、突き返された」
予想と違った答えに、ファフリが瞠目する。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.6 )
- 日時: 2015/05/23 12:08
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
「え? トワリス、その髪留めが欲しかったんじゃないの?」
「んー、欲しかったんだろうけど……あの子の場合、性格上簡単に受け取ったりしないんだよ。男の俺が持ってたって捨てるだけだって言ったら、受け取ってたけどさ」
「……へえ」
ルーフェンの説明に、ファフリが感心したように声をあげた。
「ふふ、でもなんかトワリスらしいかも。トワリスって、ちょっと意地っ張りなところあるもんね」
「ちょっとというか、かなりね。堅物だし素直じゃないし、おまけに筋金入りの頑固者。昔からだねー、あの性格は」
呆れたように肩をすくめて、ルーフェンは言った。
本当に、昔も今も、彼女は意地を張ってばかりである。
普段は身なりなど気にしないトワリスだが、案外装飾品の類いには興味があると知った、あの祭りの日。
しかしその後、装飾品を店先で眺めることはあれど、彼女がそれを買ったり、身に付けたりしているところは結局見たことがなかった。
自分には似合わないと思い込んでいるのか、あるいは贅沢だと自重しているのか、明確な理由は分からないが、実際髪留めを貰った時の彼女の反応を見る限り、欲しいのは確かなのだろう。
今や、それなりの地位を築いているわけだから、欲しいのなら手に入れれば良いと、ルーフェンはよく思う。
第一、彼女が見ていた装飾品など、大して高価なものではないのだ。
特別な宝石もついていなければ、美しい細工が施されているわけでもない。
質素で簡単な、ただの装飾品。
それすら見惚れるだけに留めるとは、一体何の意地なのか、ルーフェンには皆目見当もつかなかった。
しかし一度だけ、あの紅色の髪留めをつけたトワリスを、ルーフェンは見たことがあった。
もちろん、偶然見てしまっただけで、彼女が自ら見せに来たわけではない。
それでも、飾った彼女の姿を見たのは、おそらく自分が初めてなんだろうと思うと、なんとも言えない優越感をルーフェンは感じたのだった。
ファフリの視線を受けて、ルーフェンは過去を思い出すように、目を細めた。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.7 )
- 日時: 2016/08/22 14:52
- 名前: 狐 (ID: 49hs5bxt)
あれは六年程前、祭りから数日経った、ある昼時のことだった。
ルーフェンはふと、王宮庭園の噴水を覗きこむトワリスを見かけて、立ち止まった。
噴水といっても、宮殿に客人を迎えた時など、外観を良くする必要がある時のみ使うもので、今はただの溜め池のような状態である。
水が噴き出ているわけでもない、ただの水面をひたすら眺めるトワリスの姿は、実に滑稽だった。
(何してるんだ……?)
不思議に思って、ルーフェンは気配を絶つと、そっとトワリスの背後に近づいた。
しかし彼女の手に、きらきらと紅く光る何かが握られているのを見て、足を止めた。
遠目から、じっと目を凝らす。
(……あれは、この前の……)
日の光を受けて、紅色に輝く髪留め。
祭りの夜にルーフェンが渡したものだった。
そう認識してから、ルーフェンは全てを理解した。
おそらくトワリスは、噴水の水を水鏡にして、髪留めをつけようとしているのだ。
自室に鏡を置いていなかったがために、この方法をとるしかなかったのだろう。
付け方が分からないのか、トワリスは、髪留めをあてがっては遠ざけ、あてがっては遠ざけを繰り返している。
分からないのなら人に聞けば良いものを、そうしない辺りがいかにもトワリスらしくて、ルーフェンは唇をほころばせた。
「いたっ……!」
不意に響いたトワリスの声に、ルーフェンは顔を上げた。
どうやら、悪戦苦闘しているうちに、髪留めが髪の毛と絡まって、とれなくなったようだ。
少々癖のあるトワリスの髪は、なかなか髪留めを離そうとしない。
見かねたルーフェンが、更に歩を進めると、トワリスの肩がぴくりと揺れた。
もともと彼女は、気配に敏感である。
背後に迫るルーフェンの存在に気づいたのだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.8 )
- 日時: 2015/05/23 12:10
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
「大丈夫? 手伝ってあげようか?」
「…………」
意地の悪い響きを含ませてルーフェンが言うと、途端にトワリスは動かなくなった。
全身から、汗が噴き出してくるのを感じる。
気配や声から、背後に立つのがルーフェンであることは明らかだ。
振り返らずとも、彼が笑いをこらえているのがすぐに分かった。
恥ずかしさと、散々からかわれるであろう未来を思って、トワリスの拳が震える。
しかしまだ何もされていないのに殴るのは、些か理不尽だと考えて、なんとかその衝動をやり過ごした。
「……なんで、こんなところにいるんですか?」
怒りを多分に含んだ声音で、トワリスが問うた。
「うーん、たまたま通りかかったって感じ」
「……じゃあ、どっか行ってください。それとも私に何か用ですか?」
トワリスが、きっとルーフェンを睨み付けた。
しかしルーフェンの顔は、笑いを噛み殺してますます歪むばかりである。
「……用ってわけじゃないけど。困ってるみたいだから? 手伝ってあげようかなー、と思って」
「……別に、困ってなんかいません」
トワリスが言い終えた瞬間、ついにルーフェンが、堪えきれなくなったように吹き出した。
目には涙を薄く浮かべ、腹を抱えて笑い転げている。
「なっ……何ですか! さっきから!」
「何って……っ!」
ルーフェンは目元を軽く拭いながら、呆れたようにトワリスを見た。
「本っ当に意地っ張りっていうか、なんていうか。……髪留め、つけたいんでしょ? つけ方分からないなら、聞けばいいじゃない。それ俺があげたんだし、つけ方くらい教えてあげるって」
「そんなこと、自分で……!」
出来る、そう言いかけて、トワリスは口をつぐんだ。
髪留めを髪に引っかけたままのこの状態では、なにを言っても説得力は皆無だ。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.9 )
- 日時: 2015/05/23 12:11
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
トワリスはふっと息を吐くと、諦めたようにうつむいた。
「……教えてもらおうにも、人に見せたくなかったんですよ。つけたって、多分似合わないし」
唇をとがらせて、髪のはねを撫で付けながら言う。
「似合うと思ったから、あげたんだけど?」
ルーフェンは苦笑しながら、肩をすくめた。
「…………。その、お気持ちは、嬉しいですけど——」
「まあ、いいや。とりあえず後ろ向いて」
言い合いを無理矢理中断して、ルーフェンはトワリスの肩をつかむと、そのままくるりと彼女を後ろに向かせた。
「な、なんですか?」
「一人じゃほどけないでしょ? ……うわ、すっごい絡まってる」
楽しげに笑いながら、ルーフェンが少しずつ髪をほぐしていく。
するとあっという間に、するりと髪留めが抜け落ちて、髪の毛の突っ張りがなくなった。
「よし、とれた」
髪留めを掌でころりと転がして、トワリスに見せる。
思いの外簡単にとれて、トワリスは目を見開いた。
「……あ、ありがとうございます」
「お安い御用で」
微笑むルーフェンから、髪留めを受け取るために、振り返ろうとする。
しかしその瞬間、頭をつかまれて、再びルーフェンに背を向けるような姿勢に戻された。
ルーフェンの手が、またしてもトワリスの髪に伸びる。
「え、ちょっ……!」
「ほら、動かないで」
ルーフェンは、トワリスのこめかみ辺りから髪を一房ずつとると、素早く編み上げてそれを後頭部でまとめて、髪留めで留めた。
仕上げに、余った髪を手櫛で軽く整える。
「はい、出来た」
まるで流れるような早さで出来上がって、トワリスは目を瞬かせた。
唖然として硬直していると、見かねたルーフェンに背を押される。
されるがままに勢いで噴水に近づいて、そっと、水鏡を覗く。
そこには、自分ではないような、可愛らしい髪型をした娘が映っていた。
トワリスは、先程までの羞恥心を忘れて、水面に映る自分を食い入るように見つめた。
おそるおそる、編み込みの感触を確かめるように、髪に触れた。
「……これ、なんですか?」
「三つ編みだよ」
「三つ編み……」
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.10 )
- 日時: 2015/05/23 12:16
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
繰り返して呟いたトワリスに、ルーフェンは可笑しげに目を細めた。
「気に入った?」
「えっ……」
途端、トワリスの顔がみるみる赤く染まる。
わけの分からない顔の火照りを感じて、慌てて視線を反らした。
「気に入った、と、いいますか……。こうして編み込んじゃえば、癖毛が目立たないから、良いなと……」
自分でそう答えてから、トワリスは呆れ果てた。
他人に何かをしてもらうことに慣れていないとはいえ、仮にも礼を言うべき相手に、何故こんなに失礼な態度をとってしまうのか。
(……ちゃんと、嬉しいって言いたいのに)
そう思ったのと同時に、軽く腹が立った。
元々自分は、思ったことを口に出せないような性格ではない。
嬉しいの一言など、相手がこの男でさえなければ、いつもは言えるのだ。
「癖毛、そんなに気にしてたの?」
返ってきた言葉に、トワリスはおずおずとルーフェンを見上げた。
「まあ確かに、ところどころ尻尾みたいにはねてるけどさ。……でもそんなに気にする程じゃないんじゃない?」
そう言って笑うルーフェンを見て、トワリスは不機嫌そうに顔を歪めた。
「ルーフェンさんが気にしなくても、私は気にするんです」
「へぇ……ちょっと意外。髪留めのことといい、そういうこと気にするなんて、トワもやっぱり女の子なんだね?」
あからさまなからかいに怒りが沸く一方で、妙な気恥ずかしさが込み上げてきて、トワリスはうつむいた。
「別に……私だってたまには、髪留めとかしてみたいなって思っただけです」
存外素直に返されて、ルーフェンは拍子抜けしたようにトワリスを見つめた。
それから肩をすくめて、苦笑する。
「まあトワなら、その気になれば似合うものは多いよ。髪だって、折角深くて綺麗な褐色なんだから、伸ばせばいいのに」
「……は?」
まるで挨拶するかのようにさらりと言われて、トワリスは目を見開いた。
「それ、本気で言ってるんですか?」
「もちろん。本気本気」
「……嘘くさ」
「えー、それちょっとひどくない?」
大して傷ついたというような様子もなく、ルーフェンは言う。
トワリスは一つため息をついて、そのままルーフェンに背を向けた。
「……もう、仕事に戻ります」
「ん? ああ、そうだね。俺も戻ろうかな」
日の光を手で遮りながら、ルーフェンは空を見上げた。
昼時も、もうすぐ終わりである。
「……あの、髪……」
囁くような、小さな声が聞こえて、ルーフェンはトワリスに視線を戻した。
「髪、ありがとうございました」
随分と無愛想な声だった。
しかし、ふと見えたトワリスの横顔が、赤く染まっているのを見て、ルーフェンは口元を緩めた。
「どういたしまして」
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.11 )
- 日時: 2017/12/29 23:39
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
それ以来トワリスは、滅多に後ろ髪を切らなくなった。
後ろに一本、三つ編みで束ねられるようになった後でも、しばらくはそのまま伸ばしていたようだ。
「ルーフェンさん! ルーフェンさんってば!」
突然聞こえてきた声に、ルーフェンは我に返った。
目の前では、ファフリが怒ったように頬を膨らませている。
「ねえねえ、髪留めをあげて、その後どうなったの? 早く教えて? 」
愛らしく首を傾けて、ファフリが先を促す。
ルーフェンはその問いかけに引き続き答えようとして、しかし口を閉じた。
トワリスとの出来事を鮮明に思い出した今、もはやそれを誰かに明かそうという気は、もうなくなってしまった。
らしくもなく、恥ずかしいと思ったのだ。
ファフリの期待に満ちた瞳を見ると、教えないという選択に対して罪悪感も沸いたが、やはりこの記憶は、自分の中だけに留めておきたいのである。
「ルーフェンさん?」
様子を伺ってきたファフリから目をそらし、ルーフェンは外にいるトワリスを見た。
そして、再びファフリに視線を戻すと、満面の笑みを浮かべて、首を振った。
「やっぱり教えてあげなーい」
「えーっ!」
座っていた椅子から立ち上がり、ファフリがすがるようにルーフェンを見る。
「なんで!? ここまで聞いたら、続きが気になるじゃない!」
「ごめんごめん、でも秘密ー」
「うぅ……ルーフェンさんの馬鹿、けちんぼ!」
納得がいかないといった様子で、ファフリが非難の声をあげる。
恥ずかしいから、などという柄にもない理由を言えるはずもなく、ルーフェンはただ笑いながら、軽い調子で謝った。
「いいもん、トワリスに聞くから!」
そう言って扉の方に駆け出したファフリを見て、ルーフェンはわざとらしく眉をあげた。
「あれ? トワが教えてくれないから、俺のところに来たんじゃなかったっけ?」
「そうだけど、トワリスはルーフェンさんみたいに意地悪じゃないし、きっと頼めば教えてくれるもん!」
ファフリは叫ぶと、最後にべーっと舌を突きだして、そのまま勢いよく部屋から出ていった。
そんな彼女を見送りながら、ルーフェンはふと、トワリスはまだあの出来事を覚えているのだろうかと思った。
そもそも、三つ編みを教えたのがルーフェンであることは確かだが、彼女が髪を伸ばそうと思った原因は、別にあるのかもしれない。
そう考えれば、トワリスにとっては、あの出来事はただの世間話であり、覚えているほどのものでもないだろう。
(……まあ、なんだっていいか)
一つ伸びをして、椅子から腰をあげる。
外では宣言通り、トワリスとユーリッドの間に割り込むようにして、ファフリがなにやら話しているようだ。
ルーフェンは自嘲気味に笑うと、窓枠に手をついて、賑やかな外の様子を眺めた。
こうしてこのまま外を——トワリスの様子を眺めていれば、その赤面具合で、事の真相は分かってしまうのだろう。
………………
本当は、バレンタインまでに書き終えたかったものです。
大幅に過ぎました、はい。
さて次は何を書こう……ネタが思いつきません(笑)
どなたか、どうか私にネタを恵んでください(涙)
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.12 )
- 日時: 2017/12/29 23:43
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
『おまじない』
空には、どんよりとした分厚い雲が広がっていた。
いつもは煌々と輝いている月や星も、今はその雲のせいで全く見えない。
ファフリは自室の窓を開けると、勢いよく身を乗り出した。
肌を切り裂くような寒さに、吐いた途端白く濁る息。
いつもならば身を震わせて、暖かい部屋の中に逃げ込むところだが、今夜のファフリにとっては、その寒さを感じれば感じるほど、期待に胸が膨らむ一方だった。
窓の前で膝立ちになり、ゆっくりと目を閉じる。
(どうか明日、雪が降りますように)
薄い寝間着姿のまま、時間を忘れたように、ファフリはひたすら祈った。
* * *
「おーい! ファフリ! 雪、すっごい積もってるぞ! 膝ぐらいまで積もってる!」
扉を蹴破るようにして開け、ユーリッドは興奮した様子で部屋に転がり込んだ。
しかし、まだファフリが寝台に潜っているのを見て、目を丸くした。
ファフリなら、もう起きているだろうと思っていたのだ。
「ファフリ、まだ寝てるのか? もうお昼近いぞ?」
躊躇いがちに声をかけたが、ファフリは頭まで毛布をかぶったまま、動かない。
不思議に思って、ユーリッドは首を傾げた。
ミストリアの中心部に位置する王都、ノーレントでは、積もるくらいの雪が降るのは、珍しいことであった。
それ故、今日のように積雪した日には、街中の子供達が大はしゃぎで遊びだす。
しかしファフリの場合は、そうもいかなかった。
城から出ることを許される日も稀で、そもそも一般の子供達と関わること自体、良しとされていないからだ。
ユーリッドも、兵団長の息子という肩書きがなければ、こうして遊びに来ることは出来なかっただろう。
また、互いに十歳を迎えた今、ファフリは次期召喚師として、ユーリッドもまだ雑用係とはいえ立派なミストリア兵団の一員として、それなりに多忙な日々を過ごしていた。
そのため、ファフリがユーリッドと雪遊びをするには、ファフリに自由が許される日と、ユーリッドの非番の日、雪が降る日、その全てが重ならなければならないのである。
そして、そんな奇跡のような重なりを実現したのが、今日だった。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.13 )
- 日時: 2017/12/29 23:45
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
(なんだ、もうとっくに起きて、俺のこと待ってると思ったんだけど……)
自分も心待ちにしていた分、ユーリッドは拍子抜けして肩を落とした。
その時ふと、視界の端で毛布がうごめいた。
もぞもぞと動いて、毛布からファフリが顔を出す。
「ファフリ!」
ぱっと顔を上げると、ユーリッドは嬉しげに寝台へ歩み寄った。
「おはよう。外、雪積もってるぞ! ファフリは雪で遊ぶの初めてだよな? 早く遊びに行こうぜ!」
「ユーリッド……」
弱々しくかすれたファフリの声に、ユーリッドは目を見開いた。
ファフリは、申し訳ないといったような様子で身を縮めた。
「ごめんね、私……風邪、引いちゃったの……」
「……風邪?」
興奮していた気持ちを落ち着かせ、ユーリッドは改めてファフリを見つめた。
いつもより赤い頬に、気だるそうな声。
風邪を引いているというのは、見ただけで明らかだった。
「本当に、本当にごめんね。ユーリッドも、楽しみにしてたのに……ごめんなさい」
ファフリの目に、涙がたまる。
ユーリッドは、慌てて首を横に振った。
「いや、そんな……謝ることじゃないって。俺の方こそ、具合悪いのに起こしてごめん」
うなだれたように言うと、ファフリが勢いよく上半身を起こした。
「ううん! 私、元気なの! 熱がちょっと出てるだけで、多分雪遊びもできると思うの!」
こぼれかけた涙を強引に拭い、所々咳き込みながらファフリは言った。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.15 )
- 日時: 2017/12/29 23:50
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
「ただ、やっぱりお城の人が心配しちゃうし……乳母のメリルさんも、しばらくは遊びに行くなんて駄目って……」
部屋の空気が、どんよりと重いものになる。
仕方がないこととはいえ、双方の落胆ぶりは激しかった。
ファフリは、うつむくユーリッドを見て、またじんわりと目頭が熱くなってくるのを感じた。
自分が遊びに行けなくなったということと、ユーリッドに迷惑をかけたという二つの事実が、重く心にのし掛かってくるようだった。
ファフリは、引き結んでいた唇を緩めて、笑顔を作った。
「……ユーリッドは、遊びにいって? 折角雪が降ったんだもん。ユーリッドなら、街にいる皆とも遊べるし……」
ユーリッドが、俯いていた顔を上げた。
ファフリはそんなユーリッドの目をまっすぐに見つめながら、続けた。
「私は風邪を引いちゃって行けないけど、雪なんて、またいつか降るもの。楽しみがちょっと先延ばしになっちゃっただけだよ。だから、ね? 私のことは気にしないで、ユーリッドは遊びに行って?」
「……でも、俺……」
「ほら、早くしないと、遊ぶ時間が少なくなっちゃう」
「…………」
口ごもるユーリッドに歩み寄ると、ファフリは再び微笑んだ。
「雪だるま作りに、雪合戦……私、まだやったことないし、やり方もよく分からないの。ずっとどんな遊びなのかなって気になってたんだ。だから、ユーリッドが私の代わりに遊んできて、それで……その時のお話を後でいっぱい聞かせてくれたら、嬉しいな」
しばらくの沈黙の後、ユーリッドは軽く目を見開くと、それから歯を見せてにっこり笑った。
「よし、分かった! 待ってろよ!」
そう意気込んで部屋を飛び出したユーリッドに手を振りながら、ファフリは小さくため息をついた。
静寂の戻った部屋の中で、またにじんできた涙を拭い、ファフリはベッドに突っ伏した。
本当は、自分も一緒に遊びにいきたかった。
普段外出を許されないファフリにとって、今日という日は、待ち望んで待ち望んでやっと訪れた、夢のような日だったのである。
連れていってと頼めば、ユーリッドなら連れ出してくれるかもしれない。
しかしそんなことをすれば、城の者に心配をかける上、後々怒られるのはユーリッドなのだ。
「……ユーリッド……」
掠れた声で、ぽつりと呟いた。
召喚師一族として産まれたその時から、街で遊ぶ同年代の子供たちを、まるで他人事のように眺めていた。
関わる機会もほとんどなかったため、仕方がないと割りきってしまえばそこまでだったが、それでも時々、自分はなんなんだろうと思うことがあった。
そんなときに、無邪気な笑顔を浮かべて、話しかけてきたのがユーリッドである。
街で流行っている遊び、人気のお菓子、ユーリッドから色々な話を聞いて、そうして一緒に遊んでいる内に、いつしか子供たちを他人として眺めるようなことはなくなっていた。
自分も食べた焼菓子を頬張る子供を街で見かければ、自分が食べたときの感動を思い出して頬が緩んだし、雪遊びをしているところを見れば、自分もしてみたいと思った。
今まで知らなかった、きらきらとした素敵な世界。
それを教えてくれたユーリッドという少年は、ファフリにとっては憧れそのものである。
優しい彼のことだから、ファフリが本当は一緒に遊びに行きたかったことなど、お見通しだろう。
それと同時に、自分だけ遊びに行くことを、どこか申し訳なく思っているかもしれない。
「ごめんね……ユーリッド……」
次第に視界がぼやけ始め、ファフリの意識は闇へと落ちた。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.16 )
- 日時: 2016/08/23 20:32
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
気づけば、本編の方の参照数が1000超えておりました^^
皆様本当にありがとうございます!
記念に、リク板でまどかさんに作っていただいた歌詞を載せたいと思います。
『眠らぬ闇』
眠られない この世界に
一人ただ 世界を見る
黒く 染まった世界は
私の知る世界じゃないの。
母から 聞かされたのは
恐ろしい 計画だけ
「あなたを 殺しはしない」
そういった母の言葉
私は 強くなったでしょ?
私は 孤独じゃないわ
そう、いった
私の独り言
さようならする日まで・・・!
今 戦う
あなたのために
ここまで やってきた努力
さようなら 私の思い
いつか まためぐり合うのよ。
ファフリ視点の歌詞という感じですね(^^)
苦労人ファフリの今後の活躍を、期待せずにお楽しみに!
まどかさん、素敵な歌詞をありがとうございました!
さて、最近ただですら更新が滞っているというのに、作って頂いた歌詞を載せるだけというのは良くないですね(笑)
ちょっとどうでもいい独り言でも呟きたいと思います。
ミストリア編ではファフリとユーリッドが主人公となっておりますが、実は闇の系譜における真の主人公は、ルーフェンとトワリスだったりします。
というのも、闇の系譜の本当の本編は、ルーフェンとトワリスを主人公としたサーフェリア編(後々書けたらいいな。)だからです。
人間でありながら悪魔の力に手を染めた召喚師と、人と獣人の間を生きる女性を書きたい!というのがそもそもの原点でした。
じゃあなんでミストリア編から書いてるの?ということですが、一番大きな理由は文章を書く練習です!←え(笑)
いやはや、初心者の私にとって練習は大事なことなんです、はい( ー`дー´)
あとは、舞台がサーフェリアと対になる国ミストリア、ということで、ルーフェンとトワリスに似た境遇をもつ少年少女を書きたいなと思ったのもあります。
自分と似たような苦労をしてる子を見たら、サーフェリア組(ルーフェンとトワリス)はきっと助けちゃうな!という変な動機の元、書き始めました。
なんかやたらサーフェリア組が目立っちゃってる(特にトワリス)のは、上記のようなことが理由となっています。
いや、ファフリとユーリッドももちろん大好きですけどね!!
というわけで、以上、ミストリア編誕生秘話(そんな大層なものでもない。)でした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.17 )
- 日時: 2017/08/22 12:10
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
微かに物音が聞こえて、ファフリは目を覚ました。
気だるい体を起こし、緩慢な動きで扉に近づく。
「……ユーリッド?」
様子を伺うように声をかけると、やがて、背中で扉を押すようにしてユーリッドが入ってきた。
鼻と頬を真っ赤に染めた、全身雪まみれのその姿からして、つい先程まで外にいたのだろう。
その時、ファフリはふと、ユーリッドがなにやら大きな布の塊を抱えていることに気づいた。
気になってそれを見つめていると、その視線を受けたユーリッドが、申し訳なさそうに笑った。
「悪いな、お城のシーツちょっと借りたぞ。ちゃんと後で洗って返すから!」
「え、ううん、そんなことは構わないんだけど……」
茫然としたままのファフリを残して、ユーリッドは部屋の真ん中まで移動すると、どかりと床の上にその布を置く。
そして嬉しげな様子で、ファフリに手招きをした。
——それはなに?
そうファフリが口に出す前に、ユーリッドが布をばさりと広げる。
その瞬間、ファフリは瞠目した。
「…………」
「雪、とってきたんだ!」
布の中から現れた、両腕一杯分ほどの雪。
かき集めてきたせいか、その雪には枯れ葉や小枝が混じっており、ユーリッドは慌ててそれらを摘まんで取り除いた。
ファフリが驚いたようにユーリッドの顔を見つめると、ユーリッドは照れ臭そうに笑い返した。
「ちょっと、土とか混ざっちゃって汚いけどさ。今から、これで雪だるま作ろうぜ!」
「…………」
「風邪引いたときは額を冷やしたりするし、部屋の中でならお城の皆だって許してくれると思うんだ! ほら、触ってみろよ! 気持ちいいぜ、きっと」
ユーリッドはファフリの手を掴むと、そのまま勢いよく雪の中に手を突っ込んだ。
心地のよい冷たさが、じわじわと手に染み込んでくる。
それと同時に、不思議な暖かさが手から伝わってきた。
「な? 気持ちいいだろ?」
視界に映る、ユーリッドの笑顔がにじんで、ゆがむ。
ところどころ土の混じった、決して美しいとは言えない雪。
それを見つめながら、ファフリは、何か熱いものが喉の奥からこみ上げてくるのを感じた。
「……うん。気持ち、いいね……」
一言口に出すと、声以外のものまで溢れ出てくる。
「本当に、気持ちいい……。気持ちいいね」
つぶやきながら、突然ぼろぼろと泣き出したらファフリを見て、ユーリッドは目を見開いた。
「えっ、どうしたんだ? やっぱり具合悪かったか? 寝たいなら、俺すぐ帰るから!」
「ううん、違う……そうじゃなくて……」
頭に浮かんだ感謝の言葉は多すぎて、今の状態では言えそうもない。
そう考えて、ファフリは泣き顔のまま笑うと、両手に雪をすくい取った。
「作ろう……雪だるま」
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.18 )
- 日時: 2017/12/29 23:56
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
* * *
「完全に風邪だね、これは」
暖炉の火がぱちぱちと音を立てる側で、呆れたようにトワリスが言った。
その目線の先では、ユーリッドが頭に氷嚢を乗せ、寝台の上に横たわっている。
「全く……昨日あんな遅くまで遊んでるから……」
「ぅう……。仕方ないだろ、ミストリアにはこんなに雪降らないんだから……」
こもるような鼻声で、ユーリッドがすねたように呟く。
昨日の朝、ヘンリ村の山荘前で、ここ数日で積もった雪に興奮したユーリッドが、突然道端の雪をファフリに投げ付け、それを皮切りに雪合戦大会が勃発した。
雪合戦など、サーフェリアではよくみる光景だったが、温暖なミストリア出身の二人にとっては、滅多にできない至高の遊びだったらしい。
十六にもなってはしゃぎ回るユーリッドとファフリを端から見ていると、全くもって違和感しか感じなかったが、当の本人達はあまり気にしていなかったようだ。
ファフリは疲労のため、昼時には戦線離脱し、部屋の中で暖をとっていた。
しかし、無尽蔵の体力をもつユーリッドは、夕暮れ時までひたすら遊んでいたのだ。
「……そうはいっても、限度があるでしょう。ファフリみたいに昼には引き上げてくれば良かったのに……」
トワリスが溜め息をつきながらそう言うと、傍らにいたファフリが、心配そうにユーリッドの顔を覗きこんだ。
「ユーリッド、大丈夫?」
「……ああ、これくらい大丈夫だ!」
「全然そうは見えないけど……」
赤い顔で鼻をすするユーリッドの言葉を聞きながら、ファフリはそっと彼の額に触れた。
そして、予想以上の熱さに、眉を寄せた。
元来丈夫なユーリッドではあるが、思ったよりも風邪は悪化してしまったようだ。
自業自得の事態とはいえ、心配せずにはいられなかった。
そんな二人の様子を見ながら、トワリスは再度溜め息をついた。
「とにかく、今は薬を飲んで安静にしてなさい。なにか温かいものを作ってきてあげるから、ちょっと待ってて」
悪いな、と素直に謝罪したユーリッドに苦笑して、トワリスが扉に手をかける。
ちょうどその時に、ファフリがトワリスに駆け寄った。
「……ファフリは、ユーリッドのこと看ててくれていいよ」
「ううん。私、ちょっと出掛けてくる!」
「出かける? どこに?」
「外!」
意気込んだ様子で言い放ち、早速上着を着込み始めたファフリに、トワリスは顔をしかめた。
窓の外の曇天を見る限り、外はまだ寒さの厳しい銀世界だろう。
まさか、流石に遊びにいくわけではないのだろうと思いつつ、ファフリが何故外にいくのかという理由は、トワリスには全く分からなかった。
しかし、問いかけようとした時には、ファフリは慌ただしく駆け、外へと飛び出していった。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.19 )
- 日時: 2015/05/23 12:22
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
ユーリッドが眠りに落ちた頃。
突然扉が大きな音をたてて開き、トワリスは振り返った。
「ただいま!」
「……おかえり、ファフリ」
白い息を吐きながら、浮かれたように飛び込んできたファフリは、トワリスの言葉が小声であることに気づいて、すぐに口を閉じた。
そして隣部屋へと通じる扉を見て、申し訳なさそうな様子でトワリスに視線を移した。
「……ユーリッド、寝ちゃった?」
「さっきね」
「そっか……」
囁くようなファフリの声に、わずかに悲しげな響きが混じっているのを感じて、トワリスは首を傾げた。
先程大きな声を出したせいで、ユーリッドが起きてしまうとでもファフリは思ったのだろうか。
「……別に、大丈夫だと思うよ? あんな声くらいじゃ、ユーリッドは起きないだろうし……」
「あ、ううん、違うの」
ファフリは慌てて否定すると、自分の手元に視線を落とした。
それにつられて、トワリスもファフリの手元を見る。
そこには、丸められたファフリの上着が、大切そうに抱えられていた。
「……なに? それ」
不自然に膨らんでいるそれを見つめながら、トワリスは言った。
ファフリは、にこりと微笑むと、しゃがみこんで床の上に上着を置いた。
「それって……」
「……良かった。まだあんまり溶けてない」
置いたのと同時に、広げられた上着の中から現れたのは、きらきらとした白銀の雪だった。
トワリスが、意図をうかがうように眉を寄せると、ファフリはしゃがみこんだままトワリスを見上げた。
「ユーリッドとね、雪だるまを作ろうと思って」
「雪だるま? ……昨日散々作ってたし、まだ雪も降るだろうから、遊ぶなら風邪が治ってからでもいいと思うけど……」
「ううん。これは遊びじゃなくて、おまじないなの」
トワリスは、ますます意味がわからない、といった様子で黙りこんだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.20 )
- 日時: 2015/05/27 00:04
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
ファフリは、指で雪をいじりながら、口を開いた。
「ユーリッドも言ってたけど、ミストリアはサーフェリアより暖かいから、雪は滅多に降らないの。だから雪が積もったときは、皆夢中になって遊ぶのよ。ただ、私はまだその時お城にいて、あまり外出はできなかったし、ユーリッドも兵団のお仕事が忙しかったから、なかなか二人で雪遊びなんてできなかったんだ」
「…………」
「それで、十歳くらいの時だったかな。雪が積もった日に、たまたまユーリッドと遊べることになってね……それなのに当日、私が風邪を引いちゃって、お城で寝てなくちゃいけなくなったの……」
ファフリは、両手で雪をすくって、トワリスに見せた。
「そしたらね、ユーリッドがこうやって雪を私の寝室に持ってきて、一緒に雪だるま作ろうって言ってくれたんだ。私はユーリッド以外にお友達なんていなかったし、雪遊びも初めてだったから……それが本当に本当に嬉しかったの。それでね、二人で作った雪だるまをその後部屋に飾っておいたら、次の日はもう風邪がすっかり治っててね!」
「……それで、雪だるまが風邪に効くおまじないってことなのか」
雪だるまは当然溶けちゃったけどね、と付け加えて、ファフリは嬉しげに語った。
そんなファフリの笑顔につられるように、トワリスも微笑んだ。
「もう少しだけ早ければ、ユーリッドも起きてたんだけど……。ちょっと残念だったね」
苦笑してトワリスが言うと、ファフリはユーリッドの寝る隣部屋の方に視線を移し、首を振った。
「うん……でも、いいの。ユーリッドは、一度寝たらなかなか起きないし。そもそも風邪を治すには、こんなおまじないよりも、寝るのが一番だもの」
「……まあ、ね」
ファフリと同じように隣部屋へと続く扉を見つめながら、トワリスは一瞬言葉を濁した。
しかしすぐにすっと息を吸い込むと、軽くファフリの肩を叩いた。
「いいじゃない、作ってあげなよ。ファフリが作ってあげるだけでも、おまじないの効果はあるかもよ。何より、ユーリッドが起きたとき喜ぶって」
「……そう、かな?」
「そうそう」
そう言ってトワリスが笑うと、ファフリは嬉しそうに笑い返した。
「じゃあ、トワリスも一緒に作ろう?」
「私も?」
「うん」
二十三にもなって、雪だるまを作ることに気恥ずかしさを感じて、トワリスは断ろうとした。
しかし、ファフリのいかにも楽しみだといったような笑顔に、首を横に振ることなどできず、少しの間考えた末に、頷いた。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.21 )
- 日時: 2017/08/22 12:19
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
真剣な面持ちで雪を丸め固めると、表面が滑らかになるように削り落とす。
そうして手早く雪の球を作り上げると、トワリスはファフリを見た。
「はい、できたよ。これ胴体の部分ね」
「うん……ちょっと待って……。よし、私もできた! ほら、ユーリッドの顔!」
ファフリは自信満々な様子で、トワリスの目の前にそれを差し出した。
トワリスは、その歪な雪の球——ユーリッドの顔に、一瞬の沈黙の後、盛大に吹き出した。
「ぶっ、ははは……! ユーリッドの顔は、こんなにぼこぼこじゃないって」
「えー、でもちゃんと頭に狼の耳もつけたし、目もどんぐりで茶色い瞳を表現したよ?」
「違う違う、輪郭の問題!」
思いがけず力作を笑われて、ファフリは納得がいかないと言ったように、頬を膨らました。
そんな彼女とは対照的に、トワリスはうっすらと涙を浮かべて笑い転げている。
「ファフリって、本当に不器用なんだね。せめてもっと顎の部分をこう……丸くしないとさ」
「うぅ……いいの、これで! 真っ正面から見たら、結構似てるんだから!」
「嘘つけ。耳のところしか似てないよ」
「そんなことないもん! ほら!」
トワリスの握った雪玉の上に、凹凸の激しいユーリッドの顔を、そっと乗せた。
どんぐりの目と葉っぱの耳、そして枝の手を胴体の両側に差し入れる。
そうして見ると、この雪だるまの垢抜けない表情が、どことなく元気で子供っぽい、普段のユーリッドに確かに似ている気がした。
「ね? 似てるでしょ?」
「うーん、まあそう言われると、雰囲気がなんとなく似てるような」
「雰囲気以外も似てるよ。ほら、この目がきりっとしてるところとか! あと優しげな感じとか!」
「はいはい、そういうことにしてあげるよ」
苦笑するトワリスに、ファフリはますます頬を膨らました。
「もう! なに、その言い方! トワリスだって! ユーリッドの体はこんなに丸くないもん!」
「だってそりゃあ、雪だるまなんだから体は丸いでしょう?」
「……それは、そうだけど……。とにかく、もうこれでいいの!」
「はいはい」
快活に笑う、真っ白で生き生きとしたその雪だるまのように。
全快して、再び雪中に飛び出していこうとしたユーリッドを止めるのに苦労したのは、翌日のことである。
…………
ユーリッドって、後輩にいたらとても可愛いやつだと思います。
そしてファフリは妹に欲しいです(笑)
トワリスは……すごい良いお母さんかお姉さんになると思うんですが、ちょっと真面目すぎて口うるさそうなので、個人的には先生がいいです( ・`д・´)
ルーフェンは、なんか一緒にいると色々巻き込まれそうなので、剽軽な近所のお兄さんとかが楽しそうですね。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.22 )
- 日時: 2017/12/30 00:03
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
『忘却と想起の狭間で』
穏やかな風が、ふわふわと舞う薄桃色の花弁をさらった。
これまでずっと綺麗だと思っていたその光景が、今日は何故だか不快で仕方ない。
いつもは一杯に吸い込む花の香りも、べたべたと鼻にまとわりついて来るようで、ユーリッドは顔をしかめた。
ふと、背後から大きな影が伸びてきた。
その影は、自分と、自分の目の前にある墓標の影を全て飲み込んでしまうくらい、大きな影だった。
「君が、マリオスの息子か?」
「……はい?」
どこかで聞いたことのあるような、低くて力強い声だった。
ゆっくりとした動きで振り返ると、そこには屈強な鳥人の男が立っている。
「ふ、ふくだんちょ……っ、じゃなくて、団長!」
ユーリッドが慌てて敬礼すると、アドラは首を横に振った。
「今はまだ、マリオスが団長だ。私は正式には団長ではない。君は……確かユーリッドだったか?」
「あ、はい! ユーリッドです!」
緊張しながら、ユーリッドは精一杯声をあげて返事をした。
今年やっと十一を迎え、まだ雑用しか任されていないようなユーリッドが、まさか次期兵団長に声をかけられるなど、思ってもみなかったのだ。
アドラはユーリッドのそばまで歩み寄ると、その場に屈んで目の前にある墓標を指差した。
「この墓は、君が建てたのか?」
「はい、そうです。といっても、何か埋まってるわけではないので、ただの墓標ですけど……」
「そうか……」
太めの枝を十字にして建てただけの、ただの墓標。
ミストリア兵団、前団長であった父マリオスのものだったが、そこに埋められるものは何もなかった。
「遺体を持ち帰ることができなくて、本当にすまなかった……。マリオス団長が亡くなったあの日、私もその場にいたんだ。しかし、私の力では、どうにもならなかった……」
そう謝罪するアドラの存在が、突然小さく儚いものに見えて、ユーリッドは目を見開いた。
「私は、君の父君に本当に世話になっていたのだ。だから今日は、一人の部下として、礼を言いに来た。本当にありがとう。そして、すまなかった」
「い、いえ……」
ユーリッドは、何と返事をすればいいのか分からず、微かに俯いた。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.23 )
- 日時: 2016/08/24 13:39
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
父が死んだというのに、不思議と涙が出なかった。
死因も分からず、遺体も見ないまま、ただ「マリオス団長が殉職した」と聞かされただけだったから、まだ実感が沸いていないのだろうか。
それとも自分は、父の死を嘆けないほどに薄情だったか。
色々と考えを巡らせてみるも、結局しっくりとくる答えは見つからない。
ただ、そんな中で、一つだけ分かったことがあった。
それは、自分の中のマリオスが、思いの外曖昧な存在だということだった。
ミストリア兵団の団長を勤める父を、ユーリッドはずっと誇りに思っていた。
自分が兵団に入ったのも当然父の影響だったし、父のようになりたいと思っていたのも事実だ。
しかし、常に兵団にいた父と過ごした時間などほとんどなく、一体マリオスがどのような獣人だったのか、分からなかった。
それなら、自分は父のどこに憧れを抱いていたのだろう。
もしかしたら、団長という肩書きだけに抽象的な憧れを抱いて、ただ漠然と、曖昧な父を追いかけてきただけだったのかもしれない。
だから、本当は父のことをそれほど大切に思っていなくて、それで涙が出ないのか。
そう思うと、無性に自分に腹が立った。
「……俺、ひどいやつなんだ」
ぽつりと呟いてから、しまったと思った。
口に出すつもりなどなかったからだ。
「なぜ?」
「…………」
アドラに聞き返されて、ユーリッドは黙りこんだ。
言うつもりがなかったことだから、先の言葉が見つからない。
しかし、黙っているわけにもいかないと、ユーリッドは墓標に視線を落とし、口を開いた。
「……俺、父さんのこと誇りに思っていたし、目標にもしてました。でも今考えたら、父さんのどこに憧れてたのか、分からないんです」
アドラは口を閉じたまま、ただ俯くユーリッドを眺めていた。
「父さんみたいになりたいって、ずっとずっと思ってたはずなのに。俺、父さんのこと知らないんです。だから、自分でもひどいやつだって思うけど……父さんがいなくなったのに、大切なものを失ったように思えない。父さんのこと、全然思い出せないんだ……」
ユーリッドは、くしゃりと顔を歪めた。
それに対してアドラは、ふっと一つ息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。
「……それで良い」
「え……?」
予想と違った答えに、ユーリッドは瞠目して、アドラを見上げた。
アドラは、無表情だった。
「我々兵士のすべきことは、召喚師様の手となり足となり、ミストリアのために戦うことだ。死者を悼むことではない。そうだろう?」
黙ったままのユーリッドの頭に、アドラはぽん、と手を置いた。
「我々には、いつまでも死者を思い、悲しみに浸っている暇はないのだ。その悲しみが、己の剣を鈍らせるというのなら尚更な。故に君の“ひどい”は、兵士としては、間違えではない」
落ち着き払った声音に、わずかに寂しそうな音が混じっているような気がした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.24 )
- 日時: 2017/08/22 12:29
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
アドラは、そのままユーリッドに背を向ける。
しかし、「……だが」という言葉と共に頭だけ振り返った。
「……君の父君は、本当に素晴らしい方だった。強く、勇敢で、いつも君のことを気にかけていたよ」
「……父さんが?」
わずかに震えた声で聞き返すと、アドラは深く頷いた。
それから、再び前を向いた。
「君も私も、他の皆も、これからマリオスを過去のものとして忘れていくのだろう。しかし、君にこれだけは覚えていて欲しい」
「…………」
「父君は、君の尊敬に値するお方だった」
それだけ言って歩き始めたアドラの背を、ユーリッドが追いかけようとしたとき。
ふと、強く風が吹いた。
「あ……」
ふわふわと、薄桃色の花弁が舞う。
それらがまるで渦のようにアドラを取り囲んで、そのまま彼を飲み込んでしまいそうだった。
「副団長……!」
ユーリッドが叫ぶと、アドラが振り向いた。
踊る花弁に隠されて表情は窺えないが、その嘴(くちばし)が、言葉を紡いだように見えた。
しかし、風の音でその声は聞こえない。
「ありがとうございます……っ、父さんのこと……!」
アドラは、寂しげに笑った。
そしてもう一度、その嘴が動く。
けれど、あの穏やかな低い声は、やはり風の音で聞こえなかった。
「団長……!」
追いかけなければと強くそう思ったが、走っても走っても、何故か前に進めなかった。
その一方で、花弁は意思を持っているかのように、どんどんとアドラを包み込んでいく。
このままでは、アドラがどこか遠くに拐われていってしまうような気がした。
——団長、待って……!
——消えないで……!
「────アドラ団長……っ!」
「──ん……くん、ユーリッドくん!」
「あっ……!」
びくりと跳ね起きると、甘い花の臭いが鼻孔にまとわりついた。
同時に、腕に草がいくつか付着しているのを見て、自分が草の上に寝ていたことに気づく。
どうやら、外で眠っていたらしい。
夜の冷たい空気にぶるりと身を震わせて、汗のにじむ額を拭いながら、ふと横を見た。
そこには、銀髪の青年がこちらの様子を窺いつつ、座り込んでいた。
その掌では、薄桃色の花弁が弄ばれている。
「……ルーフェン……」
「おはよ。大丈夫ー? すごいうなされてたけど」
(……あ、夢か、さっきの)
うなされてた、という言葉でそう自覚して、ユーリッドは脱力したように、再び草の上に大の字になって倒れた。
「……ルーフェン。なんで、ここにいるんだ?」
寝込む前は自分しかいなかったのに、という意味を込めて尋ねると、ルーフェンは掌の花弁を見たまま答えた。
「んー? そりゃあ、ここ俺の家の前だし? あとファフリちゃんが心配してたから、探しに来た」
「……ファフリが?」
「うん。ファフリちゃんは今、夕飯作ってて、手が離せないってさ」
「……そうか」
ユーリッドは、ふうっと息を吐いて、小さく返事をした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.25 )
- 日時: 2017/08/22 12:39
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
それ以降、ルーフェンは何も言わなかった。
てっきり、なぜうなされていたのかと聞かれると思ったが、そのつもりはないらしい。
単に興味がないだけという可能性もあるが、ルーフェンのことだから、あえて聞かないでいるのかもしれないとユーリッドは思った。
隣で、ルーフェンが弄んでいた花弁に、ふっと息を吹き掛けた。
ふわっと、薄桃色の花弁が舞う。
木々に囲まれたこの辺りには、花弁など沢山落ちているし、ルーフェンが今飛ばしたのもその一つなのだろう。
いつもなら気にも留めないことだが、今は、その花弁が舞う様が、ユーリッドに先程まで見ていた夢を彷彿とさせた。
「……さっき、懐かしい夢を見たんだ」
大の字で寝たまま、ユーリッドは夜空を見上げると呟いた。
ルーフェンに聞き出す気がなかったのは分かっていたが、先程の夢の内容を、誰かに話したくなったのだ。
「ふーん。……アドラだんちょーの夢?」
「えっ……」
さらりと出たアドラ団長という言葉に、ユーリッドは驚いてルーフェンを見た。
ルーフェンに、アドラのことを話した覚えはなかったからだ。
ルーフェンは、そんなユーリッドの視線に気づいて、くつくつと笑った。
「寝言で言ってたよ、君が。アドラだんちょーって」
「ああ、なんだ……そういうことかよ」
寝言なんて言っていたのかと恥ずかしくなり、ユーリッドは無愛想に返事をした。
それを知ってか知らずか、ルーフェンは再び口を閉じたままでいる。
ユーリッドは、一瞬不満げに眉を寄せてから、ため息をつくと、ぽつぽつと話し出した。
「俺の父さん、昔ミストリア兵団の団長だったんだけど、俺が十一の時に、殉職してさ。その次の団長になったのが、アドラさんなんだ。だから、俺が兵団入ったのは父さんに憧れてたからだけど、実際お世話になったのは、アドラ団長だった」
相変わらずルーフェンは無言だったが、それでも先を促されているような気がして、ユーリッドは続けた。
「……でも、アドラ団長は、一年くらい前に俺とファフリを守って亡くなった。お墓を作ることもできなかった……」
言葉を口に出した途端、予想外にも胸から熱いものが込み上げてきた。
自分の顔は歪んでいるかもしれない、そう思って、ユーリッドは無理矢理笑みを作った。
「さっき見たのは、俺の父さんの墓参りに、アドラさんが来てくれたときの夢だったんだ。何を話したのか、はっきりとは覚えてないけど、思えば初めてアドラ団長と話したのは、あの時だったかもしれない」
ユーリッドは、上半身を起こすとルーフェンを見た。
ルーフェンは、無表情のまま夜空を見ていた。
聞いてないのかもしれないと思ったが、構わずユーリッドは口を開いた。
「……なんで、今更あんな夢を見たんだろうな。もうずっと、昔のことなのに」
独り言のようにも聞こえるその言葉は、出てすぐに、闇にとけた。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.26 )
- 日時: 2017/08/22 12:42
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
「……さあ? 寂しかったんじゃないの?」
「寂しい?」
聞いていないかもしれないという予想に反して、ルーフェンから返事があった。
しかし、その答えの意味がいまいち理解できず、ユーリッドは首を傾げた。
寂しいという言葉が、屈強なあの鳥人と、上手く結び付かなかったのだ。
「だからー、たまには俺のことも思い出してよって、寂しくてユーリッドくんの夢に出てきたんじゃないの? ってこと」
「なんだ、それ?」
ユーリッドは、思わず軽く吹き出した。
思い出してと寂しがるなんて、それこそあのアドラには不似合いな表現だ。
だがルーフェンは、思いの外真剣な表情をしていた。
「……だって、忘れられるのは寂しいだろう?」
ユーリッドの顔に浮かんでいた笑みが、ゆっくりと消える。
やはり、寂しいなんてアドラには似合わない言葉だと思っているのに、ルーフェンの顔を見ていたら急に笑えなくなったのだ。
「……なんで、そんなこと言うんだよ。俺がアドラ団長のこと、忘れたりするわけないだろ……」
「本当にそう言い切れる?」
ルーフェンは、低い声で言った。
「記憶なんて、時間が経てばどんどん薄れていくものなんだよ。どんなに忘れないと思っていても、いつの間にか過去のものとして、頭の中で曖昧になってるんだ」
言った途端、不機嫌そうにこちらを睨んだユーリッドに、ルーフェンは肩をすくめた。
「言っておくけど、別にアドラさんとやらのことだけを言ってるわけじゃない。仮にいなくなったのが俺だったとしても、ユーリッドくんはいつか俺のこと忘れちゃうわけよ。当然ファフリちゃんも、トワもね」
「……お前、なに言ってんだよ……!」
ユーリッドがいよいよ本格的に苛立ち始めて、ルーフェンは苦笑した。
勢いで立ち上がったユーリッドを一瞥し、そして再び闇を仰ぐ。
「……落ち着いて、よく考えてもみな。忘れることが出来ないなんて、その方がつらいだろう? 過去の、その瞬間に感じた鮮烈な痛みを一生忘れられないなんて、少なくとも俺は耐えられないね」
「それは、そうかもしれないけど……!」
「忘れることはさ、本来癒しなんだ。そりゃあ完全に忘れるのは無理だろうけど。過去は過去として……いつか、ああ、そんな人がいたなぁと思えるようになるくらいが、ちょうどいいのかもしれない」
だから、と次いで、ルーフェンはユーリッドに視線を移した。
「俺がいなくなったら、ユーリッドくんは俺のこと、忘れていいんだよ」
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.27 )
- 日時: 2017/08/22 12:45
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
ユーリッドは、怒りと共に恐怖で肌が泡立ったのを感じた。
この恐怖の原因は何なのか、はっきりとは分からなかったが、とにかく今は、目の前にいるこの青年の話を聞きたくなかった。
ルーフェンは、ふと笑った。
「……でもさぁ、去る側としては、やっぱり寂しいと思うわけよ。自分のことを思って苦しまれるくらいなら、忘れてほしいと思うのも事実だし、その一方で、忘れないでと思うのも事実なんだ。時々でいいから、思い出してってね」
どこか悲しげに言ったルーフェンが、なんだか小さく儚げに見えて、その時ユーリッドはそうか、と納得した。
今のルーフェンとアドラは、少し似ているのだ。
普段は弱気な様子など微塵も見せないのに、ふとした拍子に彼らは、弱々しく見える。
目を離せば、いつの間にかどこかに消えてしまいそうだった。
(……だから、見てて怖いのか)
拳を握って、ユーリッドはぶるりと震えた。
そんな彼の様子に気づいて、ルーフェンは僅かに目を見開いた。
少し言い過ぎてしまったらしい。
ルーフェンは、居心地が悪そうにぽりぽりと頭をかくと、立ち上がって、少し低い位置にあるユーリッドの頭にぽん、と手を置いた。
「ルーフェン……?」
「……ごめんごめん、ただの例え話だって。謝るから機嫌直してよ。夢のことなんて、実際どうだか全然知らないし」
ルーフェンは、肩をすくめて笑いながら言った。
「まあさ、気分が優れないならもう一回寝てみれば? そうしたら、今度は女の子に囲まれる夢とか見られるかもよ。ああ、ユーリッドくんは食べ物に囲まれてた方が嬉しいかもしれないけど」
「……やっぱり、ルーフェンとアドラ団長は全然似てない」
「ん? なに?」
「なんでもない!」
ユーリッドは、頭に置かれたルーフェンの手を乱暴に払うようにどかすと、背を向けて走り出した。
それから少し先で立ち止まると、勢いよくルーフェンの方に振り返った。
ひゅうっと息を吸い込んで、ルーフェンを睨む。
「俺、忘れないからな!」
ルーフェンは、不意を突かれたように目を瞬かせた。
「難しいことはよく分からないけど、忘れない! ルーフェンのことも、アドラ団長のことも! 分かったか!」
ユーリッドは、怒りをぶつけるように、力一杯叫んだ。
ルーフェンは、しばらく呆然としていたが、突然ぶっと吹き出した。
それから笑顔を浮かべると、ぽつりと呟く。
「……まあ、ユーリッドくんはそういう子だよね」
ユーリッドには、ルーフェンが何を言ったのか聞こえなかった。
しかしルーフェンの元に戻る気にもなれなくて、再び走り出した。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.28 )
- 日時: 2014/08/08 23:38
- 名前: 夕陽 (ID: KVjZMmLu)
こんにちは。
ファフリが風邪をひいた話が一番好きです!
最後のユーリッドにそっくりな雪だるま作ってるところで和みました。
本編も外伝も更新がんばってください!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.29 )
- 日時: 2014/08/09 19:41
- 名前: 狐 (ID: 8TaBVFdu)
夕陽ちゃん
ごめんなさい、返信遅れました!
ご感想ありがとうございます〜^^
ぼこぼこユーリッドの雪だるま、気にいって頂けてうれしいです(笑)
ファフリとユーリッドは揃うと必ずほのぼのするんだよなぁ……。
よろしければ今後も応援お願いいたします!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.30 )
- 日時: 2017/12/30 00:33
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
ユーリッドは、自分でも驚くほどの苛立ちを感じていた。
それはおそらく、ルーフェンの言ったことが正論で、それに頷いてしまった自分がいたからだ。
——記憶なんて、時間が経てばどんどん薄れていくものなんだよ。
そんなこと、ずっと前から分かっていた。
忘れることが癒しだとか、忘れられない方がつらいだとか、ルーフェンの言っていることは全て正しい。
そう考えて納得しかけた自分を、ユーリッドは憎いとさえ思った。
——君も私も、他の皆も、これからマリオスを過去のものとして忘れていくのだろう。
しかし、君にこれだけは覚えていて欲しい。
——父君は、君の尊敬に値するお方だった。
気づきたくなかった。
自分の中で、大切なものが曖昧になっていることなど。
曖昧になることが分かっていたからこそ、これだけは覚えていてほしいと願った鳥人の思いなど。
(……なんで、二人して同じようなこと言うんだよ……)
立ち止まってから息を整えると、ユーリッドは目を閉じた。
アドラの顔、声、瞳、剣捌き——。
大丈夫だ、まだ覚えていると言い聞かせながら、ぐっと唇を噛んだ。
——本当にそう言い切れる?
(…………)
深く深く、分かっていたのだ。
だからこそ、ルーフェンに言われて腹が立った。
本当は、顔も声も瞳も、憧れていたあの太刀筋も、何一つ鮮明に思い出せない。
思い出そうとしても、霞がかかったように朧気なものしか浮かばなかった。
アドラは、どんな顔だっただろうか。
どんな声で、どんな瞳で、どんな風に戦っていただろう。
もはや、失った時の痛みさえも薄れている。
どんどんと、アドラが曖昧になっていく。消えてしまう。
どくりと、心臓の脈打つ音が聞こえた。
「あれ? ユーリッド、こんなところにいたんだ」
突然背後から声をかけられて、ユーリッドは振り返った。
「ファフリ……」
「大丈夫? なんか顔色悪いよ?」
そう言って心配そうに覗き込んできたファフリに、ユーリッドは首を横に振った。
「……な、なんでもない。ちょっと外で居眠りしてたから、冷えたのかも……」
「そう? それならいいんだけど……風邪引かないように気を付けてね」
「……うん」
ファフリは、ふわりと微笑んだ。
その笑顔でほっと安心すると、ユーリッドは落ち着くために息を吐いた。
ふと、ファフリが薪を抱え込んでいるのを見て、ユーリッドは首を傾げた。
「薪、集めてるのか? 手伝おうか?」
ファフリは、それを聞くと嬉しげに笑った。
「ほんとに? ありがとう。じゃあそこにまだあるから、少し持ってくれる?」
「ああ、もちろん」
快く頷いてから、ファフリが指した方向——裏手の壁際に積まれている薪の束に、手を伸ばす。
しかし、そこに何枚か散らばっている薄桃色の花弁を見て、ユーリッドは硬直した。
「……このお花、サーフェリアにもあったんだね」
「え……?」
隣で口を開いたファフリを、ユーリッドはじっと見つめた。
「ほら、ミストリアにもあったでしょう? リディアの花」
「…………」
「毎年式典のあるこの時期になると、沢山咲いて、ふわふわ風にのって街中を舞ってた」
ファフリは、懐かしそうに目を細めた。
だがその表情は、とても寂しげだった。
「……ファフリ?」
黙ってしまったファフリに声をかけると、ファフリは伏し目がちだった瞳にユーリッドを映した。
「このお花を見ると、思い出すね」
「なに、が……?」
一拍おいて、ファフリが言った。
「……アドラさん」
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.31 )
- 日時: 2017/12/30 00:35
- 名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)
(今、なんて言った……?)
ユーリッドは、思わず耳を疑った。
「……ちょうど、六年前のことだよね。式典の時に、アドラさんがミストリア兵団の団長になったの」
「…………」
「あの時も、このリディアの花弁が舞ってて……。私、お城から見てたから覚えてるんだ。アドラさんがね、花弁を見ながら、綺麗だなって呟いてた」
動揺で、ユーリッドの瞳が揺れる。
どくりと、また心臓の脈打つ音が聞こえた。
「アドラさんって寡黙だから、あんまりそういうこと言わないでしょう? だから、この花は本当に好きだったんだなぁって……」
ファフリは、再び悲しそうに微笑んだ。
何か返事をしなければと、無意識に食い縛っていた歯から力を抜くと、ユーリッドの中で、何かが弾けた。
「…………ぁ」
視界が歪んで、涙が出る。
「…………」
「……ユーリッド?」
「……俺……」
——さあ?寂しかったんじゃないの?
——だって、忘れられるのは寂しいだろう?
(俺だって、寂しいです……)
忘れられることは、寂しいでしょう。
けど、忘れてしまうことも寂しいんですよ。
そう心の中で呟きながら、ユーリッドは嗚咽を漏らした。
——過去は過去として……いつか、ああ、そんな人がいたなぁと思えるようになるくらいが、ちょうどいいのかもしれない。
でもだからといって、完全に忘れ去ることも出来ない。
僅かに残った曖昧な記憶を、忘れたくないとひたすらに追いかけて。
忘れることも、思い出すことも出来ず、ただ忘却と想起の狭間で揺れ続ける。
なんて残酷なのだろうと、ユーリッドは思った。
「……ファフリ……俺……」
ファフリが、同じく泣きそうな表情で、こちらを見ていた。
「……俺、アドラ団長のこと……忘れちゃうよ……」
忘れたら、どうなってしまうのだろう。
「……忘れたくない、忘れたくないのに……!」
墓もない。遺品もない。
彼が生きていたという証は、ユーリッドとファフリの記憶にしかない。
それなのに、その記憶すら無くなってしまったら、どうなるのか。
ファフリは、薪を地面に置くと、何も言わずにユーリッドを抱き締めた。
ユーリッドは、声をあげながらただ泣き崩れる。
穏やかな夜風にさらわれて。
ふわふわと舞った花弁は、漂うように宙に消えていった。
…………
何人かの方々にリクエスト頂いてたアドラさんの追悼話です。
色々話混ぜすぎてごちゃごちゃしてますが、気にしないでください(笑)
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.32 )
- 日時: 2014/08/11 02:01
- 名前: ヨモツカミ (ID: cqAdOZIU)
アドラさん…(泣)
そういえば、誰かが言ってたな。人が死んだら、その人の何を最初に忘れるか。
それは声なんだって。声は変わる物だし、人の特徴として一番曖昧なんだって。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.33 )
- 日時: 2014/08/11 20:27
- 名前: 狐 (ID: ShMn62up)
ヨモツカミさん
コメントありがとうございます!
昔テレビで、過去のことを忘れられない病気(体質?)みたいなのを抱えた人のお話がやってて、その人がすごく辛そうだったんですよね。
(とっても稀な体質だそうで、外国人の方でしたが。)
それで、忘れられないってのも辛いなぁと思った記憶があったので、それをアドラさんのお話にしてみました。
なるほど、まず忘れるのは声なんですね。
確かに声って固定されるものではないですから、思い出せなくなりそうですな(^_^;)
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.42 )
- 日時: 2014/11/22 00:14
- 名前: 夕陽 (ID: jP/CIWxs)
こんばんは。
トワリスってルーフェンのことすごく想っているんだね。
言葉や行動から伝わってくる。
そしてそんな描写もかける狐ちゃんすごい!
更新がんばってね!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.43 )
- 日時: 2014/11/23 12:01
- 名前: 狐 (ID: no72hslI)
夕陽ちゃん
コメントありがとう(*´▽`*)
トワリスは小さい頃、ルーフェンにべったりだったしね(笑)
なんだかんだ二人は仲良し(`・ω・´)
私の貧相な描写力でも、そう感じてくれたなら嬉しいです!
お互い頑張りましょー!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.46 )
- 日時: 2014/12/30 13:16
- 名前: 蓮佳 (ID: F2lwV46U)
蓮佳といいます!こんにちは。
某質問スレッドで見かけてから気になっていたのですが、思わず一気読みしてしまいました(*´▽`*)
トワリスさん可愛いですトワリスさん。はやくルーフェンとくっついて幸せになってほしいです。
更新頑張ってください、楽しみにしてます!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.47 )
- 日時: 2014/12/30 22:04
- 名前: 狐 (ID: no72hslI)
蓮佳さん
コメントくださってありがとうございます!
リク板のほうも覗いて下さってたんですね(*^▽^*)
感謝感激雨霰です^^
トワリス、気に入って下さって嬉しいです( *´艸`)
本編じゃ恋愛要素はちょっと薄いですしね……。
(私が恋愛描写苦手なだけですがw)
拙い文ですが、楽しんで頂けたようで安心しました(*´▽`*)
この二人は基本主人公なので(ミストリア編では違いますが)、よろしければ今後も応援してやってください!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.89 )
- 日時: 2015/05/17 17:04
- 名前: まきゅう (ID: FSosQk4t)
狐様、はじめまして!まきゅうと申します!
ミストリア編の方をずっと読ませて頂いてたのですが、外伝もすごく面白くて……。
ファフリちゃんとユーリッドくんのお話は可愛くて癒されるし、トワリスさんとルーフェンさんのお話はほんと毎回キュンキュンします♪
これからも更新がんばってください!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.90 )
- 日時: 2015/05/18 20:59
- 名前: 狐 (ID: dfg2.pM/)
まきゅうさん
はじめまして〜^^
コメントくださってありがとうございますっ
本編のほうも読んで頂いてるようで……感謝感謝です(*´▽`*)
こちらとしても、ユーリッド&ファフリはほのぼの、ルーフェン&トワリスは恋愛(?)を意識しているので、そう言って頂けると嬉しいです(*'▽')
よろしければこれからも応援よろしくお願いいたしますね!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.94 )
- 日時: 2015/06/03 23:29
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: n1enhNEv)
『赤ずきん』
昔々、あるところに、働き者のトワリスという女の子がいました。
彼女は、赤いビロードの頭巾がとても似合っていたので、皆から『赤ずきん』と呼ばれていました。
そんなある日の事、アドラ母さんは、赤ずきんを呼んで、こう言いました。
「赤ずきん、私は兵団の緊急会議に召集されてしまったから、代わりに病気のおばあさんのところへお見舞いに行ってくれ。お前が行けば、きっとおばあさんも喜ぶだろうから」
「ああ、分かったよ」
「よし。それならほら、このケーキと葡萄酒を持って行くがいい」
アドラ母さんは、赤ずきんにケーキと葡萄酒の入った籠を渡して、付け加えました。
「それと、森では狼に注意するんだぞ。話しかけられても、無視するんだ。分かったか?」
「子供じゃあるまいし、大丈夫だよ。任せて」
赤ずきんは、アドラ母さんを心配させないように微笑んで、早速出掛けることにしました。
おばあさんの家は、深い森の中にありました。
道中、魔物の群れに襲われたりもしましたが、赤ずきんはお見舞いの品が入った籠を死守しました。
赤ずきんは、すごく強かったのです。
それから、しばらくして。
背後から、軽薄そうな声がしました。
「こんにちは、可愛いお嬢さん。俺、狼のルーフェン。君の名前は?」
「…………」
赤ずきんは、無視して歩き続けました。
しかし、ルーフェンと名乗った狼は、諦めることなく追ってきます。
仕方なく振り返ると、狼はにこりと笑いました。
白銀の毛をもった、綺麗な狼です。
赤ずきんは、胡散臭そうに目を細めました。
「……貴方に名前を教える義理はありません」
それでは、とまた前に進もうとすると、狼が赤ずきんの手を掴みました。
「つれないなぁ。ねえ、そんなに急いでどこ行くの?」
「それも、教える義理はありませんので。……というか、手、離してください」
「この先にあるおばあさんの家に行くのかな?」
狼の言葉に、赤ずきんは目を見開きました。
図星だったからです。
狼は、くすくすと笑いました。
「まあ、この先にはそのおばあさんの家くらいしかないしね。なんとなく想像はつくよ」
「…………」
赤ずきんは、狼を軽く睨み付けました。
しかし、狼は全く動じません。
「それで? なんでおばあさんのところに行くの?」
「……どうしてそんなに知りたがるんですか?」
「ただの興味本意ってやつだけど?」
赤ずきんは、はぁと溜め息をつきました。
こうなったら、諦めて事情を話した方が早そうです。
いざとなったら、この狼も殴って昏倒させてしまえばいい。
そう思って、赤ずきんは口を開きました。
「……おばあさんが病気なので、お見舞いに行くんです」
「あらら、そりゃあ大変だ。じゃあ、果物がすぐそこの林に生ってるから、ついでに持っていってあげれば?」
「果物?」
今まで面倒そうな表情しかしていなかった赤ずきんが、初めて話に乗ってきました。
「そう、果物。病気の時は、栄養をとらないと駄目だろう?」
「それは……そうですね」
赤ずきんの様子に、狼は心の中でにやりと笑いました。
(……この子が林に行っている間、先回りしておばあさんを食べてしまおう)
そう、狼の目的は、おばあさんを食べてしまうことだったのです。
しかも、そのあとおばあさんの家を訪ねてきた赤ずきんも、食べようと考えていました。
しかし、赤ずきんは、ふと顔を上げて言いました。
「ちなみに、その果物ってなんですか?」
「え?」
突然の問いに、狼は少し戸惑いました。
赤ずきんは、もう林に行く気だと思い込んでいたからです。
「えーっと……コルの実、だったかな」
「あ、じゃあ結構です」
あっさりと否定した赤ずきんに、狼は固まりました。
「コルの実は確かに栄養がありますけど、果実が少し固いので高齢の方には向かないかと」
「…………」
「あ、でも教えてくれて、ありがとうございました。本当に心配して下さってたんですね。森に棲む狼はそこまで悪い狼じゃないって、皆にも言っておきます。それでは——」
「いや、ちょっ、ちょーっと待った」
手を振り払って歩いていこうとした赤ずきんに、狼は慌てて声をかけました。
「……まだ何か?」
怪訝そうに振り返った赤ずきんに、狼は焦りました。
「ほら、折角森に来たのだし、周りを散歩してから行きなよ。花は綺麗だし、小鳥も可憐な声で歌っているよ」
「はあ? 貴方、話聞いてましたか? 私は急いでるんです。花も小鳥も素敵ですけど、今はおばあさん優先ですから」
「えーっ、でもちょっとくらい——」
「しつこいっ!」
「——いだぁっ!」
なんと意思の強い赤ずきんでしょう。
執拗に追ってきた狼に拳骨を一発お見舞いすると、すたすたと歩いていってしまいました。
その後、赤ずきんは無事におばあさんの家に到着し、お見舞いの品も届けることができました。
もともと病状がひどくなかったこともあり、おばあさんは回復して、数日後にはすっかり元気になりました。
おしまい。
ルーフェン「いや、おしまいって……これ駄目でしょ。全体的に駄目でしょ。ちょっとトワちゃーん! 赤ずきんだよ? もっと可愛い赤ずきんやってよー」
トワリス「……悪かったですね、可愛くなくて」
ルーフェン「本当だよ。もっとこう、狼を怖がるとかさー。そもそも初っぱなから『魔物の群れに襲われたりもしましたが、死守しました☆』っておかしいからね? 赤ずきん怖いから、強すぎるから」
トワリス「う、うるさいな……いいじゃないですか、ちゃんとお見舞いの品も届けたんですし」
ルーフェン「だーかーらー、届いちゃいけないんだって。ちゃんと台本読んだの?」
トワリス「失礼な、読みましたよ。ただなんか、赤ずきんがほいほい狼の言うこと聞いちゃうから、良くないと思って……」
ルーフェン「良い悪いじゃなくて、そういうお話なの。あー、やっぱり赤ずきんはファフリちゃんの方がいいって。ファフリちゃんでやろう」
トワリス「じゃ、じゃあ狼はユーリッドにしましょうよ。ユーリッドは人狼なんですし」
ルーフェン「えー、俺かわいい赤ずきんちゃん相手に狼やりたかったー」
トワリス「うるさい!」
ルーフェン「いでぇっ!」
アドラ「…………」
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.95 )
- 日時: 2015/06/13 21:33
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: O/vit.nk)
『赤ずきん』 take2
昔々、あるところに、可愛らしいファフリという女の子がいました。
彼女は、赤いビロードの頭巾がとても似合っていたので、皆から『赤ずきん』と呼ばれていました。
そんなある日の事、アドラ母さんは、赤ずきんを呼んで、こう言いました。
「赤ずきん、私は兵団の緊急会議に召集されてしまったから、代わりに病気のおばあさんのところへお見舞いに行ってきてくれ。お前が行けば、きっとおばあさんも喜ぶだろうから」
「ええ、分かったわ。お母様」
「うむ。それでは、このケーキと葡萄酒を持って行くがいい」
アドラ母さんは、ケーキと葡萄酒の入った籠を赤ずきんに渡して、付け加えました。
「良いか、道に迷うんじゃないぞ。何かあったら大声で叫ぶんだ。そしたらすぐにとんでいくから。ああ、あと森では狼に用心するんだ。狼は基本悪いやつだからな。話しかけられても無視しろ」
「ふふ、心配性なんだから。大丈夫よ!」
赤ずきんは、不安げなアドラ母さんに微笑みかけると、元気よく家を出ました。
おばあさんの家は、深い森の中にありました。
しかし、その日は天気がよく、森の中も明るかったので、赤ずきんは鼻唄を歌いながら歩いていました。
すると、そこへ茶色い毛の狼が現れたのです。
「よっ、俺、ユーリッドって言うんだ。君は?」
狼は、にこにこしながら赤ずきんに話しかけました。
赤ずきんは、アドラ母さんに言われた事を思い出しました。
でも、もともと狼は好きだったし、こんなに笑顔の狼が悪い動物には見えませんでした。
「私はファフリよ。こんにちは、ユーリッド」
赤ずきんが返事をしてくれたので、狼は嬉しくなりました。
「なあ、ファフリ。今からどこへ行くんだ?」
「えっとね、病気のおばあ様のお家に行くの。おばあ様、最近すっかり元気をなくしてしまったから……お見舞いに行くんだ」
赤ずきんは、少し悲しげに言いました。
「そっか……おばあさんの病気は、そんなに悪いのか?」
「ううん、重い病気ってわけではないのよ。お医者様に行けば、すぐ治るみたい。でも、おばあ様は腰も弱いから遠くへは行けなくて、家から出られないの。私じゃおばあ様を担げないし……」
狼は、そんな赤ずきんがだんだん可哀想になってきました。
最初は、赤ずきんを騙して、おばあさん共々食べてしまおうと企んでいたのですが、そんな気分ではなくなってしまいました。
「よし! ちょっと待ってて!」
「え? う、うん」
狼は、赤ずきんを残して、勢いよく走り出しました。
そして、近くの林に生っているコルの実をいくつか採ると、すぐに赤ずきんの元に戻ってきました。
「これ、ちょっと固いけど栄養のある果物なんだ! 握り潰して果汁にしたら、おばあさんも飲みやすいんじゃないかと思って」
「うわぁ、ありがとう! 優しいのね」
嬉しそうに笑った赤ずきんに、狼もつられて笑いました。
「ほら、貸せよ。荷物持つから」
「いいの? 結構重いよ?」
「大丈夫! 俺、力には自信あるんだ!」
狼は、自慢げに力こぶを作って見せると、赤ずきんの持っていたお見舞いの品を、おばあさんの家まで持っていってあげました。
おばあさんの家に到着して、お見舞いの品を届けた後。
狼は、おばあさんをお医者様のところまで背負って行きました。
しっかりとした治療を受けられたおばあさんは、あっという間に元気になりました。
それ以来、赤ずきんと狼はすっかり仲良くなり、毎日のように森で遊ぶようになりましたとさ。
おしまい。
ルーフェン「…………」
ユーリッド「結構楽しかったな!」
ファフリ「うん、そうだね」
ルーフェン「……おーい、そこの狼。赤ずきんちゃんに滅法弱いのやめてくれる? なんなの、この、ただのほのぼの話」
ユーリッド「別にいいじゃないか。終わりよければ全て良し、だ」
ルーフェン「いや、よくないからね? 原作無視ってどういうことなの?」
ファフリ「ねえねえ、それよりユーリッド。握り潰して果汁にすればって言ってたけど、ユーリッド、コルの実を握り潰せるの?」
ユーリッド「おお、できるぞ。ほら」
──ブシュッ
ファフリ「わぁっ、すごい」
ユーリッド「へへっ、そうか?」
ルーフェン「……駄目だ、こりゃ」
トワリス「まあ別にいいんじゃないですか?」
アドラ(…………)
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.98 )
- 日時: 2019/01/14 10:01
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
- 参照: http://www.kakiko.cc/gallery/images_02/2015_03/img1503_03.jpg
全然外伝更新できてないや……すみません(;´・ω・)
まあそんなことはさておき。
今回は、茉莉さんがサーフェリア編を読んで、ルーフェンの曲を作ってくださったので、それを載せさせて頂きたいと思います!
…………………………
【召喚パラドックス】
故郷の思い出はきっと苦しいことばかりだろう
目に焼き付いて離れないそれは
紅の滴る鋭い銀に恐怖を覚えてしまったから
願ってはいけなかった?
生きていてはいけなかった?
答のない疑問ばかりが脳を埋め尽くしていく
伝えきれない想いが
日に日に募っていく
認めてくれるならきっと
もっと努力しただろう
認めてくれるならきっと
定められた路を辿って生き抜いただろう
だけどそれが定めだったのだと信じて
今の感情に任せて生き抜いていく
……………………
素敵ですね!すごく素敵です(*^^*)
この最後の「今の感情に任せて生き抜いていく」ってあたり、今ヤケクソ状態なルーフェンにすごく合ってます……!
茉莉さん、本当にありがとうございましたー(*´▽`*)
あとなにか言うことあったかな……。
あ、そういえば、最近はサーフェリア編が滾ってるので、ちょっとしばらくはサーフェリア編を更新させて頂きます。
そして熱が冷めたら、ミストリア編に戻ろうと思います。
気まぐれで申し訳ないですw
それでは、是非またお越しくださいませ〜^^
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.99 )
- 日時: 2019/01/14 10:02
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
またしても更新ではない……さぼってて申し訳ないです(;´∀`)
今回は、山下愁さんにユーリッドとファフリのSSを書いて頂いたので、載せたいと思います!
サーフェリア編の参照が1500突破したので、そのお祝いということで。
私の説明不足のせいで、序盤のあらすじ部分とか世界観ちょっと本編とは違ってしまったのですが、ユーリッドとファフリが超素敵に書かれてるので、是非読んでみてください(*´ω`)
………………………
この世界には、全部で4つの国がある。
獣人の住まうミストリア、人間の住まうサーフェリア、精霊の住まうツインテルグ、闇精霊の住まうアルファノル——その4つだ。
4つの国は、召喚師によって統治されている。召喚師とは『契約悪魔の召喚を行える唯一無二の存在』のことで、そんな高等魔法を扱える彼らは国王に据えられるのだ。
召喚師になるということは、とても名誉なことである。誰しもが憧れるそんな存在なのだから。
しかし、召喚師と血の繋がりを持ちながら、召喚師の才能を見出されなかった不幸な少女がいる。
それが、獣人の国ミストリアの第2王女であるファフリだった。
ミストリアの召喚師である父を持つ彼女は、当然次のミストリアの召喚師になるだろうといわれていた。本人もそのつもりだったのだが……残念なことに、彼女に召喚師としての才能はなかった。どれだけ頑張っても召喚師の才能は身につくことはなかった。
「お前は役立たずだ」
「役立たずは必要ない」
16の少女にはとても耐えることができない罵詈雑言を一身に受け、ファフリはミストリアを逃げ出した。何もかもをかなぐり捨て、己が生まれ育った国を捨てたのだ。
そんなファフリについてきてくれたのは、元ミストリア兵団所属の人狼の少年、ユーリッドだった。
ミストリアから追われる身となった少女を守る為、彼もまた兵団を辞めてまで彼女についてきたのだ。兵団にいれば、少なからずいい身分を約束されていたと思うのに。
それでも人狼の少年は後悔していない。反省もしていない。天罰が下ろうがどうだっていい。この心優しい少女を守ると決めたのだから。
2人はどこまでも逃げる。世界の果てまでも、逃げ続ける。
4つの国のちょうど真ん中辺りかそこら辺に、小ぢんまりとした酒場がある。
客は旅人か行商か、とにかく長距離を移動する者が多い。様々な種族が混同してもはやカオスと化している酒場の隅に、ファフリとユーリッドはいた。
「うへぁ……やべえ、もう飲めない……」
小さな木製の机の天板に額をこすりつける茶髪の少年——ユーリッド。頭頂部には狼の耳がヒラヒラと揺れている。かなり酒を飲んだのか、耳元まで赤く染まっている。
そんなユーリッドと相対する羽毛が混じった茶髪の少女——ファフリは、
「あはは、ユーリッド〜こんなところで寝てたらダメだよぉ〜」
ふわふわとした口調から察するに、彼女は酩酊状態のようだった。からからと楽しそうに笑っている。
酒場特有の料理が机に並べられ、少なからず手はつけられている。ユーリッドが頭を天板に打ちつけたと同時に料理の皿が少しだけ浮いたが、まああまり関係のないことだ。
「……ファフリはよく飲むな。俺はもう目の前がぐるぐるしてる……」
「自分でもちょっと驚いてるよ」
グラスに残っている黒色の酒——この辺りで有名な『ブラックエール』というものらしい——を揺らしながら、ファフリは言う。
「最近は落ち着けなかったから……こんなにゆっくりできたの、本当に久しぶりだと思う」
グラスの中でブラックエールを揺らしながら、ファフリは微笑んだ。
のっそりと顔を上げたユーリッドは、据わった目を目の前の少女に向け、
「俺が何度でも守ってやるよ」
ブラックエールを揺らすファフリの手が、ピタリと止まる。
少女の鳶色の瞳がほんの少しだけ見開かれるも、人狼の少年はそれに気づかない。
「俺が何度でも、守ってやる。だから安心してくれ、ファフリ」
「…………うん、ありがとう」
ファフリははにかみながら礼を述べた。
満足のいく答えを貰えて安心したのか、ユーリッドの頭が再び天板めがけて落下する。ゴドンッという鈍い音を立ててユーリッドの額は机と衝突を果たし、料理の皿が盛大に跳ねた。
すー、すーと寝息を立てているところを見ると、どうやら彼はついに睡魔に負けて爆睡してしまったようだ。
眠るユーリッドの頭を撫で、ファフリは困ったような口調で、
「もう、ユーリッドったら……」
酒場の机でうつ伏せになって爆睡する幼馴染を見つめる鳶色の瞳には、かすかだが恋慕のような感情が滲んでいた。
……………………
何だこの二人、もう結婚しろよ……。
正直、私が書く二人より、ずっと甘くて可愛らしい感じですよね!
山下愁さん、素晴らしいSSを下さって本当にありがとうございました^^
それでは、失礼しました(`・ω・´)
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.102 )
- 日時: 2015/11/17 17:19
- 名前: 綾咲(亜咲 りん) ◆6/Q8468zb. (ID: UgGJOVu5)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18394
狐さん、お久しぶりです(^-^)
なんやかんやでコメントをするのが遅くなってしまいました(>_<)すいません。
相変わらず惚れ惚れするような文章力ですね……
最近、私とルーフェンが似ていることに気づきました(笑)
ですから、親しみが持てます。
キャラクターって、大事ですね!
まだ全部は読みきれていないのですが(汗)、コメントしたのには訳があります。
イラストのことです。
頼んだ『白雪姫』のイラストなのですが……
『白雪姫の林檎』、全然更新できていないのです!
このまま行くと、執筆停止になりそうなので、白雪姫は、別の小説の表紙にしてもよろしいでしょうか(涙目)?
複ファで書いている小説の、(URL貼っておきました)です。
「白雪」さんが、出てきます。
『白雪姫の林檎』の白雪姫と、ほぼ同じ見た目です。
ただ、世界はファンタジーではなく、現実です(ゴシックは変わりませんが)。
お願い致します……!
「白雪」さんの髪型は、ネットで[シュガーソルジャー 白雪]で画像を検索して、出てきた人の髪型を参考にしてもらえると嬉しいです*
お忙しい中、失礼致しました。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.103 )
- 日時: 2015/11/18 16:49
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: b4ou33H1)
綾咲さん
お久しぶりです^^
そ、そんな惚れ惚れするような文章ですかね……(;・∀・)
外伝は遊んでる部分有るので、お恥ずかしい限りですが、そう言って頂けると励みになります(笑)
ありがとうございますっ
ルーフェンに似てる……!?
あんな変態に似てるとか言っちゃダメですよ( *´艸`)
あら、執筆停止にしちゃうんですか……(;´・ω・)<それは残念。
白雪ちゃんは、リンク先の「私」のことで合ってますかね。
とりあえず、私だけだと判断に迷うので、下描きっぽいのを小説挿絵掲示板に載せておきますから(汚すぎてよく分からないかもしれませんがw)、確認して頂いてもいいですか?
それで、変えてほしいところとかあれば仰って下さい。
お願いしますー!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.106 )
- 日時: 2017/08/23 22:05
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
またまた話の途中に失礼します!
お知らせです。
時々、狐のほうで挿絵的なものを外伝に載せたりしていたのですが、この度、とりけらとぷすさんに正式に〜闇の系譜〜シリーズの挿絵を描いて頂くこととなりましたっ(∩´∀`)∩<わーい!
今後も、狐が適当に描いたぶつを外伝に載せさせて頂くことはあると思うのですが、本編のほうに載せるのは基本とりけらとぷすさんの絵になると思います。
皆様、是非ご覧くださいませ^^
と、いうわけで、とりけらとぷすさんからのお言葉です↓。
初めまして。狐さんの小説の挿絵を描かせていただくことになりました。とりけらとぷすです。よろしくお願いします!
狐<こちらこそお願い致しまーすっ!
挿絵は、掲載したら本編の親記事のほうでお知らせしたいと思います。
なお、挿絵描いて下さる方がもし他にもいらっしゃいましたら、リク板のほうでお声かけ頂けるとぶっ飛んで喜びます。
では、最後に、狐からの新年のご挨拶。
あけましておめでとうございます!
そして、本年度もどうぞ、〜闇の系譜〜をよろしくお願い致します!
失礼いたしました!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.115 )
- 日時: 2016/05/29 22:16
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
皆様こんばんは!^^
また本編ではありませんが、お知らせです。
これまで本編の挿絵をとりけらとぷすさんに描いて頂いておりましたが、この度、新たに乃詞さんにも描いて頂けることとなりました!
わーい!(*´▽`*)<パチパチ
私、只今幸せを噛みしめておりますっ
お二人とも、本当にありがとうございます!
今後は、ミストリア編をとりけらとぷすさんに、サーフェリア編を乃詞さんに、外伝はお二人に挿絵を描いて頂く形となります。
挿絵が追加されましたら、これまで通り親スレにてお知らせいたします。
それではここで、乃詞さんからお言葉頂戴しました↓!
「とりけらとぷすさんと分担で挿絵を描かせて頂くことになりました!乃詞と申します。拙いですが『〜闇の系譜〜』の素敵な世界観を表現できる手助けになれたら嬉しいです(*'▽')」
と、いうわけで、今後はお二人の素敵なイラストに是非ご注目下さい(`・ω・´)
よろしくお願い致します^^
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.116 )
- 日時: 2016/07/10 23:33
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
『とある魔女の独白』
心なんて、とうの昔に渇いて、枯れ果ててしまったと思っていた。
選択権のない、窮屈な人生。
人命を手鞠のごとく転がして、跡形もなく潰していく日々。
そうして悪魔が示すのは、私の意思など無視した未来だ。
どうせ、誰も私を見てなんてくれない。
皆が見ているのは、召喚師という立場であって、きっと私のことではない。
だから、こんな世界に長く留まるだけ、無駄だと思っていた。
けれど、そんな時。
ある男がこう言ったのだ。
──そなたの力は、素晴らしい。
私の目を見て、はっきりと。
──何を悲観する必要がある。
そなたは美しく、偉大な、国の誇る召喚師ではないか。
………….。嬉しかった。
突然、私の力には、大きな意味があるのだと思えるようになった。
エルディオ・カーライル──サーフェリアの第一王子。
それが、その男の名前と肩書き。
彼が喜んでくれるなら、人殺しも悪くない。
彼が私を見てくれるなら、居心地の悪いこの世界で、召喚師として生き永らえるのも構わない。
こんな風に思える日がくるなんて、想像もできなかった。
人は、この気持ちをなんと呼ぶのでしょう。
恋、陶酔、それとも傾倒……なんでもいい。
とにかくこの気持ちは、私を生まれてはじめて、幸せにしてくれたのだ。
やがてエルディオは、サーフェリアの国王になった。
時が経って、立場も変わって、それでも彼は、私のことを見てくれる。
私も、既に彼以外の男との間に子供がいたけれど、恋い焦がれている相手は、いつだってエルディオただ一人だった。
次期召喚師を産むために、好きでもない男と関係を持たなければならなかったのは、嫌だった。
でも仕方がない。
だって、エルディオの命令なんだもの。
エルディオが望むなら、私はなんだって出来る。
美しく在れというなら、美しく在り続けるし、人々に愛される召喚師で在れというなら、そう在ることもできる。
微笑んでみせるのは案外簡単で、人を騙すのも、思いの外簡単だ。
美麗に笑っていれば、それだけで周りは私に心を許し、私を讃える。
本物の笑顔も偽物の笑顔も、見分けられるほどに、人々は私を見てはいない。
私には、エルディオがいればいい。
それ以外は、どうでもよかった。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.117 )
- 日時: 2016/07/20 12:24
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
それなのに、エルディオがふと、言ったのだ。
──何故、次期召喚師が生まれぬ。
忌々しそうに、刺すような視線を私に寄越して。
その瞬間、私は急に、怖くなった。
恐ろしくて恐ろしくて、堪らなくなった。
もし、次期召喚師を生んでしまったら。
彼の視線は、私ではなく、次期召喚師に向くのだろうか。
もう、私を見てはくれなくなるのだろうか。
彼に必要としてもらえなくなったら、私に残るものは、何もないのに。
だから、三人目の子供が、銀の瞳と髪を持っていると分かったとき。
私は、この子を殺そうと思った。
殺すなんて、簡単だ。
生まれたての、瑞々しい体に刃を突き立てて。
まだ何も知らない、無垢な心を引き裂いて──。
いずれ、私から召喚師としての力を奪っていく、この子供の命を潰すことなど、容易いと——。
……そう、確信していたのに。
結局、そう出来なかったのは、私の中にわずかに残った、人間らしさの欠片のせいだったんだろう。
泣きじゃくる赤子を前に、刃を持ったまま硬直する私を見て、いつも傍にいた、ルウェンダ家の侍女が言った。
──召喚師様、この子は私が……棄てて参ります。
目から大粒の涙をこぼして、悲痛な表情を浮かべながら。
──この子は、死産でした。
死産だったんです、召喚師様……。
侍女は、赤子を抱き抱えると、苦しそうに笑った。
──私は、召喚師様のことをずっと見てきました。
ですから、召喚師様が何に苦しみ、悩んできたのか……わかっているつもりです。
どうぞ、私に任せてください。
そう言って、走り去った侍女に、私は何も言えなかった。
何を言えばよかったのか、分からなかった。
それ以来、どんな気持ちで生きていたのか。
私は、よく覚えていない。
あのときの赤子は死産だと発表されて、周囲からの次期召喚師を待ち望む声は、私が歳をとる度、日に日に大きくなっていった。
まだか、まだかと急かす声を聞くのは嫌だったけれど。
あの銀の赤子がどこかで生きている限り、私が次期召喚師を生むことはない。
私の地位が──エルディオの期待が、奪われることはない。
そう思うと、周囲からの圧力に耐えることくらい、造作もないことだった。
けれど、その圧力がなくなったのは、そう遠くない未来で。
ヘンリ村で見つかったのだという、やつれた小さな子供が、次期召喚師として王宮に連れてこられたとき。
私は、己と瓜二つなその顔を見て、深い絶望の底に突き落とされた。
ねえ、皆、聞いて。
その子供は、死産だったのよ。
私の子供じゃないの。
こちらを見て。
この国の召喚師は、私でしょう。
ねえ。
……ねえ、聞いて。
その、子供は、私の子供じゃ……。
……ねえ、皆。
私の言葉は、誰に届いたのだろう。
結局その子供は、王宮で私達と共に暮らすことになった。
私の後継者である、次期召喚師として。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.118 )
- 日時: 2016/07/20 11:00
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: sE.KM5jw)
私の中に、諦めが生まれたのは、その時だった。
だから、もうべったりと顔面に貼り付いてしまった笑顔を浮かべて、私はその子供に言ったのだ。
「……それなら、貴方の名前はルーフェンにしましょう。古の言葉で、奪う者って意味よ」
私にそっくりで、どこか怯えたような顔の、可哀想な子供。
ルーフェン・シェイルハート。
きっと貴方は、私から色々なものを奪っていくのでしょうね。
人々からの崇拝も、国王からの期待も。
召喚師としての地位も、力も、全て、全て──。
ああ、なんて残酷で、愚かで、嗤えるのかしら。
やっぱり、こうなるのよ。
結局、こんな世界で生き永らえるだけ、無意味だった。
私は死ぬとき、どんな風に死ぬのだろう。
どうせ死ぬなら、この私に窮屈な運命を強いた人々を、全員引っ掻き回して、サーフェリア中の人々の記憶に、私の名前を残して死んでやろうか。
それが、せめてもの復讐。
稚拙で浅はかで、虚しい、哀れな魔女の滑稽な願望。
きっと、そんなことをしたら、皆、私のことを深い憎しみの目で見ることでしょう。
でも、もうそれで良い。
憎しみも哀しみも、いつだって私の、一番近くにいたのだから。
ねえ、ルーフェン。
貴方もきっと、私のことを恨むでしょうね。
それとも、哀れだと同情するのかしら。
あるいは、滑稽だと嘲るのかもしれない。
けれど、出来ることなら、貴方には私のことを恨んでほしい。
今更、同情も哀れみもいらないの。
心が渇いて、もがく力も失せてしまったような人間には、わずかな水を与えるよりも、いっそ焼いて殺してしまった方が、よほど幸せよ。
ねえ、ルーフェン。
私は貴方を殺せなかったけれど、貴方は、私を殺せるかしら。
私はね。きっと、殺せると思うのよ。
その母譲りの顔を歪めて、思い切り、私の胸に刃を突き立てるの。
そんな貴方の、深い憎しみの表情を最期に見ながら死ぬのが、きっと私にはふさわしい。
だからね。
私を殺したいほど恨む人なんて、たくさんいるでしょうけれど。
それでも、どうか──。
とどめの一撃は、他人に譲らないでほしい。
私を殺す、最期の一突きは。
願わくば、貴方の憎悪に満ちた刃で──。
……………………
『とある魔女の独白』
つまり、シルヴィアさんの独り言タイムでした!
(ここで言っちゃう駄作者おい)
今は読んでも「?」って感じだと思うんですが、もう少しサーフェリア編を進めて、更にこの『とある魔女の独白』をもしお読み頂ければ、多少シルヴィアに対する見方が変わるんじゃないかな……って思います。
うん、そうなったらいいな(笑)
ルーフェンにトラウマを植え付けまくるシルヴィアさんですが、まあ彼女にも色々あったんだよ、と。
基本私は、モブを除いて、悪者って誰一人として書いていないつもりです。
私の描写の下手さは大いに関係するでしょうが、誰でも、必ず事情があるんだよっていう説明は入れてます、多分。
だから、もし『こいつ悪い奴め!』って思う登場人物がいたら、お時間在るときにでも良いところを探してあげてください(笑)
お読みくださってありがとうございました!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.120 )
- 日時: 2019/01/14 10:03
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
皆様、こんばんは^^
遅くなりましたが、今回の小説大会で、サーフェリア編が銅賞を頂いておりましたー(*´▽`*)やったね!
個人的には、ミストリア編のほうが読者さんが多いのかなと思っていたので、正直サーフェリア編のほうが入賞したのは意外でした。
でもとっても嬉しいですし、光栄ですね(´ω`*)
私自身はサーフェリア編のほうが凝ってるつもりなのですが、凝りすぎて自己満足になってる感が否めなかったので、今回入賞して少し安心しました(笑)
投票して下さった方々には、本当に心より感謝申し上げます。
今後も精進いたしますので、どうぞよろしくお願い致しますね!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.124 )
- 日時: 2017/01/07 04:17
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: IoNmRAUo)
こちらではお久しぶりです。ゴマ猫です。
明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
外伝、更新分まで読ませて頂きました〜。何だか銀竹さんの小説にコメントするのは久々過ぎて、変なテンションになっていますが、お許しくださいませ。
『三つ編みの』
なんですかもう。トワリスさん可愛すぎじゃないですか。ルーフェンさんから貰った髪留めを大事にしているシーンとか、水鏡で一生懸命髪留めを付けようとするシーンとかもう……全てが最高でした。本当にありがとうございます。この外伝を読ませて頂いて、トワリスさん一気に好きになりました。
『おまじない』
ユーリッドくんは遊び過ぎて風邪を引くなんて災難でしたね。雪を見てはしゃぐところとか、子供っぽいというか犬っぽいというかそんなところも良いですね(笑)
こういう思い出話というか回想シーンは良いですね。読んでいてほっこりします。ファフリさんの優しさに思わず頬が緩みました。
『忘却と想起の狭間で』
アドラさん……アドラさん。ゴマ猫が好きなアドラさんが回想とはいえ出てきて嬉しかったのですが、最後まで読み切って少し寂しくなりました。
忘れる事が癒し。本当にそうですね。過去を見つめる事も大事ですが、そこに囚われ過ぎてしまってはアドラさんも苦しいと思います。でも、時々で良いから思い出してほしいっていうのも共感できて、感情移入してしまいました。
ユーリッドくんの気持ちも分かるし、ルーフェンさんが言っている事も分かる。ファフリさんやユーリッドくんの中でアドラさんは精神的支柱でもあって、そのアドラさんが亡くなったというのはやっぱり心の中に残っていつまでも消える事はないのだろうなぁと考えていました。やっぱりアドラさんは偉大なお人だったんだと再確認しました。
『悪魔の愛し子』
多くは語らなくても通じ合っているルーフェンさんとトワリスさん良いですね。ルーフェンさんとのやり取りの中の初々しいトワリスさんの反応がまたなんとも可愛らしくて。ルーフェンさんはルーフェンさんで、葛藤しながらもトワリスさんを信頼していて。この絶妙な距離感は最高です。本当にありがとうございます(二回目)
あれ? 銀竹さん恋愛描写めちゃ上手じゃないですか。こんな素敵な展開の仕方とかゴマ猫書けませんよ(白目)
絵はめちゃ上手いですし、文章も凄いですし、人柄も穏やかで……やっぱり女王陛下は凄いお方でした(真顔)
『ずるい人/卑怯な人』
この外伝を読ませて頂いてから、ルーフェンさんとトワリスさんが凄く好きになりました。二人の距離感良いですね。本編ではあまり見られないシーンも貴重だなぁと。
ファフリさん、クッキー作るのに一体どれだけ失敗したんだと笑ってしまいました。塩と砂糖を間違えるベタなパターンから炭にするまで焼く……料理が下手だけど、ユーリッドくんの為に一生懸命作っていたところが個人的にツボでした。ユーリッドくんはユーリッドくんでファフリさんの為にという真っ直ぐな気持ちが伝わってきて、癒されました。何か二人の最初の台詞だけ見ていると、新婚の会話に聞こえなくもないですね(笑)
銀竹さん話の繋げ方が絶妙ですね。他の作者様の小説を読ませて頂く時に、重視して読んでいるのが物語の構成とかなんですが、これはもう凄いです。カキコで色々な方の小説を読ませて頂きましたが、お世辞でもなんでもなくゴマ猫の中では銀竹さんが一番上手いと感じました。花屋の件から最後ファフリさんに花を贈るまでの展開……本当に凄いです。
「同じように書いてみて」って言われてもゴマ猫には書けません。
ありがとうございました。思わずお礼を言いたくなるくらい素晴らしかったです。
『赤ずきん』
めちゃくちゃ笑いました。面白すぎです(笑)
原作通りに話が進まないし、真面目にやっているアドラさんが不憫で……(笑)
これは完全なるミスキャストですね。どちらの赤ずきんも狼を一人でなんとか出来てしまう。個人的にツボだったのが母親役のアドラさんが「このケーキと葡萄酒を持っていくがいい」のところで吹きました。台詞は徹底しないのかアドラさん!? と思わずツッコミ。
アドラさんの衣装も想像して序盤で既にヤバかったです(笑)
趣向を変えたこんなコメディタッチの作品まで、本当に凄いです。
『酩酊』
トワリスさん良いですね〜。いや、本当にあの不器用なところが好きです。
酒は飲んでも飲まれるなとよく言ったものですが、見事に飲まれていましたね。笑い上戸、泣き上戸、色々な人が居ますが酒乱は困りますね(笑)
気にしているトワリスさんに、ルーフェンさんのあのさり気ない気遣いもまたなんとも良かったです。最後の良いものは、言わずもがなですね。ここを濁して書くあたりがさすがだなと思いながら読んでいました。
『とある魔女の独白』
シルヴィアさんの視点で読むと、複雑な思いがあったのかなと感じますね。王の関心が自分ではなくルーフェンさんに向く事が、シルヴィアさんにとっては恐怖で、この子が居なければという思いがあって。ゴマ猫の貧相な語彙力では上手く文章にする事が出来ませんが、本編をもう一度しっかり見た後に読み直してみようと思います。
アドラさん生存ルートの可能性って!? このまま声高にアドラさんを応援していけばアドラさんがファンタジーの大いなる力で復活するのでは!? って本気で考えました(真顔)
座談会も楽しく読ませて頂きました〜。オーラントさんも出ていて大変満足です。
何だか長々書いているのに、相変わらず感想の中身が薄くてすいません。もっと上手く伝えられたらなぁと毎回思うのですが……。それでも銀竹さんが書く物語が凄く面白いです、好きです!! と、いうのが少しでも伝われば良いなぁと願いつつ書かせて頂きました。
銀竹さんの文章力、構成力、キャラクター達の魅力、読者を一気に物語へと惹きこむ力。どれを取っても素晴らしくて、読ませて頂いて良かったといつも思っております。
纏まりのない文章ですが、これからも銀竹さんの作品を応援していきますので宜しくお願い致します。ではでは。
- 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.125 )
- 日時: 2017/01/08 18:38
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ゴマ猫さん、あけましておめでとうございます(*´▽`*)
今年になって、初めての読者さんからのコメントです!
すごく丁寧なご感想頂きまして、本当にありがとうございます^^
外伝は、私も変なテンションで書いてるので、お恥ずかしい部分もありますが、心のこもったコメントを頂けてとても嬉しいです(*´Д`)
こちらこそ、今年もよろしくお願い致しますね!
『三つ編みの』
この話は、多分外伝で一番好きだと言って下さる読者さんが多いような気がします(笑)
トワリスが意地っ張りな上、ルーフェンが本心をあまり表に出さない奴なので、分かりづらくしていますが、実は出会って最初の頃は、トワリスの一方通行でしたw
だから、この髪留めのやり取りをしていた頃は、ルーフェンはまだトワリスのことが気になってる程度だったと思います。
二人が出会った頃〜今までの話は、サーフェリア編で詳しく書こうと思っていますが、最初はトワリスを振り回していただけのルーフェンが、段々自分もトワリスの言動に振り回されるようになってくる様を、なんとかうまく書きたいなぁと思っています(;^ω^)
『おまじない』
ユーリッドは人狼ですが、私も犬っぽいと思いますねw
忠実だし、一途だし、いつもこんな後輩いてほしいなと思っています。
ミストリアは温暖で、滅多に雪が降らないので、サーフェリアで雪が積もったのを見て大興奮したのでしょう(笑)
最初は、風邪を引いたユーリッドを、ファフリが看病する話にしようと思っていましたが、ファフリがおかゆを炭にする未来しか見えなかったので、おまじないしておくだけにしておきました(´艸`*)
この二人には、いつまでもほっこりこのぼのしていてほしいと思っているので、そういって頂けて嬉しいです(´ω`*)
『忘却と想起の狭間で』
アドラさんの思わぬ人気上昇に、戸惑っていた頃に書いたお話です。
少し暗めの話だった上に、今後の伏線的なものも少し混ぜたので、話がごちゃごちゃしてしまったのですが、感情移入して頂けたのなら良かったです( ;∀;)
鮮明に存在していたはずの記憶が、時間を経て、ふと思い出せなくなることって、現実でもありますよね。
後書きにも書いたのですが、この話は、あるテレビ番組を観て思いついた話です。
忘却への恐怖と、忘却できないことへの恐怖、この二つをアドラさんと絡ませてみたエピソードでした。
『悪魔の愛し子』
ルーフェン、面倒な男だと思いながら書いてましたw
恋愛描写、ちゃ、ちゃんと書けてましたか?|д゜)
ゴマ猫さんにそういって頂けると、自信がつきます(/ω\)
多分、ミストリア編の時点で、ルーフェンの一番近くにいるのはトワリスとハインツですが、それでも、近そうでいてどこか一線引いたような関係ではあり続けると思います。
ルーフェンとトワリスの間にあるのは、恋愛感情なんでしょうけど、そう思って浮かれていたのは若い頃だけで、今はお互い、近づくに近づけないもどかしい感じが続くんじゃないかなぁと(笑)
『ずるい人/卑怯な人』
書いてから、恥ずかしくて一度も読み返せていない話ですw
こちらもちょいと伏線を混ぜようとしたら、何故かめっちゃ長くなりました(;^ω^)
ファフリの料理の腕は、壊滅的ですね(笑)
ついでにルーフェンも、卵を割ってというと包丁で叩き割ろうとするほどの料理音痴なので、召喚師一族は全般料理下手なのかもしれません(´Д`)
ユーリッドとファフリには、いつまでも純粋で居てほしい気持ちがあるので、そんなにイチャイチャさせたことはないですw
多分彼らは、無意識に新婚夫婦やってるでしょうね(笑)
いつの間にか恋人みたくなってて、そういえばそろそろ結婚するか的なノリで、いつの間にか結婚していればいいと思います(*'▽')
は、話の繋げ方が絶妙!?銀竹が一番上手い!?
そ、そんなこと言われたら、もう、もう……嬉死ぬ。
これは踊るしかないですね!ありがとうございます(∩´∀`)∩
『赤ずきん』
アドラさんをネタに使っていいのかと迷いながら書きましたが、笑って頂けて良かったです(^O^)/
最初は、人狼と人狼混じりということで、ユーリッドとトワリスを狼役にしようかと思っていたのですが、ルーフェンが赤ずきんとか気持ち悪かったので、やめました(笑)
うちの女性陣は強いので、自己解決していくスタイルですねw
兵団の緊急会議に召集される時点でなんか怖いですが、口紅を引いたエプロン姿のアドラ母さんは、皆さんの脳内に封印しておきましょう!
『酩酊』
真面目な人って、酒癖悪かったりするよねって話でしたw
私は基本、トワリスの味方なので、たまにはお前(ルーフェン)も困惑しろということで書きましたが、いやはや……この話も想像以上にやらかしたので、二度と読み返せないですね(笑)
トワリスが、良いものに気づくとは思えませんが、万が一気づいたらルーフェンは死刑ですね(=゜ω゜)ノ
『とある魔女の独白』
シルヴィアは、人間らしいという意味で、一番怖い登場人物だと思っています。
自らの腹を痛めて産んだ子とはいえ、シルヴィアにとってルーフェンは、次期召喚師を望む王宮が選んだ、よく知らない男との子である上に、自分の存在意義である地位も、召喚師としての力もすべて奪っていく存在なので、憎くて憎くて仕方がない気持ちがあるのだと思います。
ルーフェンとシルヴィアの間のいざこざは、サーフェリア編で最もと言っていいほど、重要なものになっていきます。
リオット族の話を書いた後と、最後のほうに出てくる予定ですが、シルヴィアには彼女なりの葛藤があって、それを徐々に理解し始めたルーフェンが、段々一心に彼女を恨むことができなくなってくる、そんな描写ができたらと思っています。
仰るように、サーフェリア編を読んだあとにまたこの外伝を読んで頂けたら、本当に本当に嬉しい限りです^^
調子に乗ったら、返信もめちゃくちゃ長くなりました(;^ω^)
申し訳ないです><
ゴマ猫さんには沢山お褒め頂いて、ひたすら舞い上がるばかりです(笑)
素敵な感想を下さって、本当にありがとうございました!
これからも書いていくので、また覗いて下さったら嬉しいです(*´▽`*)
お互い執筆頑張りましょう!
【追伸】
アドラさんを復活させますか?
⇒はい
いいえ
……とかいうくだらないことを考えてしまった私を許してくださいw
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.126 )
- 日時: 2017/01/16 18:15
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 5VHpYoUr)
『桃太郎』
昔々、ある所に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
毎日、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行って、二人は慎ましく暮らしておりました。
そんな、ある日のこと。
いつも通り、おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から、どんぶらこ、どんぶらこと、大きな桃が流れてきました。
「おやまあ、なんて立派な桃でしょう」
おじいさんへの良いお土産になると思ったおばあさんは、桃を川から拾い上げ、大喜びで家に持って帰りました。
日が暮れて、おじいさんが芝刈りから戻ってくると、二人は、早速桃を食べることにしました。
しかし、おばあさんが桃を切ろうと、包丁を振り下ろした瞬間。
突然、桃からずばっと手が出てきて、包丁を白羽取りしました。
「やめてください、危ないじゃないですか」
その声と共に、桃を自力で割って中から現れたのは、なんと小さな女の子。
衝撃の出来事に、最初は驚いたおじいさんとおばあさんでしたが、二人には子供がいなかったので、その女の子を育てることにしました。
女の子は、トワリスと名付けられ、大切に大切に育てられました。
彼女は、男勝りな性格で、かつ桃から生まれたので、桃太郎というあだ名で親しまれ、村でも評判の、働き者の娘に成長しました。
ある日、麓の村で買い物をしていた時。
桃太郎は、こんな噂話を耳にしました。
「ねえ、ついに隣のノーレント村にまで鬼が現れたらしいわよ。なんでも、村中の金銀や高価なものを、根こそぎ奪っていってしまうんですって」
「おまけに村娘をさらって、鬼ヶ島で散々こき使っているって聞いたわ」
「どうしよう、次はうちの村に来るんじゃないかしら。怖いわ……」
今にも泣きそうになりながら、怯える村娘たちを見て、桃太郎は、思いました。
(……もし、本当にこの村を鬼が荒らしたら、買い物も出来なくなるし、今後、日雇いの仕事ももらえなくなる。そうなると、うちの今の経済状態じゃ、生活が厳しいな。……仕方ない、やられる前に、私が先手を打って鬼を退治しに行こう)
そう決心した桃太郎は、家に帰って、早速その旨をおじいさんとおばあさんに話しました。
「おじいさん、おばあさん。突然ですが、鬼ヶ島に行って、悪い鬼を退治しに行ってきます。大丈夫、腕には多少自信がありますし、一月後には帰ってきますから」
おじいさんとおばあさんは、最初は不安げでしたが、桃太郎がとてつもなく頑固で、一度決心したことは絶対に覆さない性格だと知っていたので、最終的には賛成してくれました。
おばあさんは、道中食べられるように、とびきり美味しいきびだんごを作って、桃太郎に持たせました。
こうして桃太郎は、鬼ヶ島へ鬼退治に旅立ったのです。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.127 )
- 日時: 2017/08/19 02:28
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
家を出発し、麓の村を出た矢先。
桃太郎は、道端にぐったりと倒れる、犬を発見しました。
茶色い毛並みの、狼に近い日本犬です。
「……大丈夫?」
思わず声をかけると、犬は、力ない声で言いました。
「お、お腹がすいて、もう一歩も歩けないんだ……」
桃太郎は、腰の袋に入れてあるきびだんごを取り出すと、それを犬の口に近づけました。
「犬がきびだんご食べられるか分からないけど……お腹がすいてるなら、あげようか?」
桃太郎がそう問いかけると、犬は、ぱっと目を輝かせました。
「食べる!」
結局犬は、よほどお腹がすいていたらしく、桃太郎が持っていたきびだんごを、全て食べてしまいました。
旅を開始して早々、きびだんごがなくなったのは痛手でしたが、おかげで犬はすっかり元気になりました。
嬉しそうに駆け回りながら、犬は言いました。
「助けてくれて、ありがとう! 俺はユーリッドって言うんだ。お前の名前は?」
「トワリスだよ。でも、あだ名が桃太郎で、そっちで呼ばれ慣れちゃってるから、桃太郎って呼んで。私、今から鬼ヶ島に鬼退治に行くんだ」
それを聞くと、ユーリッドははっと何か思い付いたように、桃太郎を見ました。
「鬼退治か、なんかかっこいいな! よし、きびだんごをくれたお礼に、鬼退治を手伝うよ! 俺、力に自信あるし、足も速いから、きっと役に立つぞ!」
桃太郎は、ユーリッドの申し出を受け入れるかどうか、少し迷いました。
しかし、考えてみれば、鬼の強さもよく知らないし、戦力が多いに越したことはありません。
桃太郎は頷いて、旅の仲間に犬のユーリッドを加えることにしました。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.128 )
- 日時: 2017/08/19 02:31
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
桃太郎は、ユーリッドと共に長い長い道のりを歩き、今度は森の中に入りました。
旅は順調でしたが、ずっと歩いていたせいか、ふと、ユーリッドが嘆息しました。
「はあ、なんか、またお腹すいてきたなぁ」
「……あんたがきびだんご、全部食べちゃったからね」
呆れたように、桃太郎は言いました。
ユーリッドは、それを皮肉だとも気づかずに、ひくひくと鼻を動かすと、近くの木に、美味しそうな果実が生っているのを見つけました。
しかし、果実は木の高い位置に生っていて、桃太郎やユーリッドではとても届きそうにありません。
困ったユーリッドが、どうしたものかと木の下でうろうろしていると、突然、果実が落ちてきて、ユーリッドの頭にこつんとぶつかりました。
「お求めのものは、それ? 欲しいならとってあげるから、昼寝の時間を邪魔しないでくれない?」
頭上から聞こえてきた声に、桃太郎とユーリッドが顔をあげると、木の上に、一匹の猿が腰かけていました。
白銀の毛並みを持つ、珍しい猿です。
「おお、ありがとう! 猿!」
「その呼び方やめてよ。俺にはルーフェンって名前があるの」
ルーフェンと名乗った白銀の猿は、すとんと木の上から降りてくると、ぴんとユーリッドの額を指で弾きました。
しかし、隣にいた桃太郎の顔を見ると、すぐに驚いたように目を見開きました。
「あれ、トワじゃん。こんなところで、何してるの?」
桃太郎は、ルーフェンの顔を見返すと、はぁっとため息をつきます。
ユーリッドは、そんな二人を交互に見ながら、首をかしげました。
「二人は知り合いなのか?」
「いや、知り合いと言うほどでも」
即答して、桃太郎は、じろっとルーフェンを睨みました。
「……ルーフェンさんは、よく村に来ては、白銀の毛が珍しいって言うんでちやほやされて、しょっちゅう鼻の下伸ばしてる猿なので、なんとなく覚えてるだけだよ」
「その言い方は、ちょっと悪意ない?」
からからと笑うルーフェンに、桃太郎は、再びため息をつきました。
「……私達、これから鬼ヶ島まで、鬼退治へ行きますので、ルーフェンさんに構ってる暇はありません。それでは」
「は? 鬼退治?」
ルーフェンは、怪訝そうに眉を寄せると、立ち去ろうとした桃太郎に詰め寄りました。
「鬼退治って、なんでまたそんな面倒臭そうなことを。トワがいくの? この犬と二人で?」
「俺はユーリッドだ!」
憤慨するユーリッドをよそに、桃太郎も、ルーフェンを見つめ返しました。
「そうですけど。だってしょうがないじゃないですか、村が鬼に荒らされたら、困りますし」
「…………」
ルーフェンは、何かを考え込むように黙ってから、にっこりと笑って言いました。
「よーし、じゃあ俺もついていってあげよう!」
「はい?」
途端に、桃太郎は疑わしそうな表情を浮かべました。
「どういう風の吹きまわしですか? さっき、面倒臭そうとか言ってたくせに」
桃太郎の冷たい態度もなんのその。
ルーフェンは、へらへらと楽しそうに言いました。
「えー、別にいいじゃん。俺はそんじょそこらの猿と違って、綺麗だし頭もいいし、連れていって損はないと思うよ。それに、鬼ヶ島には、拐われた村の女の子たちもいるんでしょ? そう思ったら、急にやる気がわいてきたんだよね」
俺は気まぐれだから、そう付け加えて笑うルーフェンに、桃太郎は肩をすくめました。
ユーリッドも、呆れた様子でルーフェンを見ていましたが、やがて、小さく息を吐くと、桃太郎に言いました。
「まあ、別に構わないんじゃないか。仲間が多いに越したことはないだろ」
「…………」
こうして、鬼退治の旅に、猿のルーフェンも加わったのでした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.130 )
- 日時: 2017/08/20 18:28
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
森を抜けて、山を一つ越えると、今度は藪から一羽の大きな雉(きじ)が現れました。
雉は、丁寧にお辞儀をすると、桃太郎に言いました。
「桃太郎殿、お噂は兼ね兼ね。私は雉のアドラと言う。貴女の持つきびだんごを一つ頂ければ、鬼退治に力を貸そう」
その申し出に、桃太郎が返事をする前に、ユーリッドが嬉々として雉に飛び付きました。
「アドラ団長!」
「久しぶりだな、ユーリッド」
そう言って、挨拶を交わす二人を眺めながら、ルーフェンが尋ねました。
「なに、知り合い?」
「前の職場の上司だ!」
ユーリッドは、しっぽを振りながら答えました。
桃太郎は、ユーリッドとアドラのやり取りが終わると、一つ咳払いしました。
「えっと、アドラさん、でしたっけ? その申し出は大変有り難いんですが、きびだんごは、そこのユーリッドが全部食べてしまって、手持ちがないんです」
桃太郎が空になった腰の袋を見せると、アドラは、ふむ、と頷きました。
「……ならば、仕方があるまい。無償で鬼退治を手伝おう」
「え、いいんですか?」
驚いた桃太郎に、アドラは、ふっと笑って見せました。
「そういう筋書きだったから、言っただけだ。別にきびだんごが好きなわけではない」
こうして、雉のアドラも仲間に加わったのでした。
犬、猿、雉を連れた桃太郎は、漁村で舟を一艘借りると、鬼ヶ島へと向かいました。
その日は幸い天気もよく、海も穏やかだったので、遠く黒いもやのように見えていた鬼ヶ島が、出発した翌日の朝には、はっきりと見える位置にまで漕ぎ着けました。
鬼ヶ島は、切り立った岩壁が、ぐるりと外郭の如く巡らされており、その上空には、雷を孕む暗雲が立ち込めています。
見る限りでは、何人の侵入も許されぬ、強固な砦のようでしたが、舟から偵察していたアドラが、岩壁に一ヶ所に、厳めしい鉄(くろがね)の大扉があることに気がつきました。
一人と三匹は、ひとまず様子を見ようと、鬼ヶ島の一角に舟をつけました。
そして、大きな岩影に隠れて、大扉の方を覗き見ます。
大扉の前には、桃太郎の五倍はあろうかという巨大な赤鬼が、門番として立っていました。
血走った眼に、どんなものでも容易く引き裂いてしまいそうな爪牙。
頭から生える二本の角は鋭く、その大きな口は、人間など一飲みしてしまいそうです。
虎皮の腰布を巻き、びきびきと血管の浮き立つ太い腕で、大きな金棒を握りしめる赤鬼。
険しい表情で、いかなる侵入者も許さないといった風に立ちはだかるその姿に、桃太郎たちは、思わず息を飲みました。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.131 )
- 日時: 2017/08/21 21:40
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「……どうしましょうか? あの赤鬼がいる限り、正面切って乗り込むのは、ちょっと難しそうですが」
神妙な面持ちで振り返り、桃太郎は、小声で三匹に問いかけます。
正面から乗り込むのが難しいといっても、見たところ、この鬼ヶ島の入り口は、目の前にある大扉しかありません。
この鬼ヶ島は、周囲が高い岩壁に囲まれているので、正面から突破するしかないように思えました。
「他に内部へ侵入できるような経路もなさそうだ。ここは、誰かが囮になり、あの赤鬼を引き付けている間に、残りの者達が正面の大扉から突入するしかあるまい。もしこの場所以外に、出入口があったとしても、そこにも見張りがいる可能性は高いだろうしな」
アドラは、冷静に言いました。
しかし、その意見に対して、ルーフェンは鼻で笑いました。
「……で、誰が囮になるの?」
「…………」
つかの間、一人と三匹の間に、沈黙が流れます。
ルーフェンは、ふっと笑うと、アドラの背をぱしっと叩きました。
「じゃあここは、言い出しっぺの原則ってことで、アドラさんよろしく。鳥だったら飛べるだろうし、なんとかあの赤鬼の気を引いておいてよ」
全員の視線が、アドラに向きます。
ですがアドラは、その提案を即座に拒否しました。
「何を言うか。私は確かに鳥類だが、雉だぞ。飛ぶのは苦手だ。私より、君のほうが適任なのではないか。猿なら、さぞ身のこなしも素早いのだろう」
ルーフェンは、やれやれと言った風に、ため息をつきました。
「えー、やだよ。俺、頭脳派だもん。それならユーリッドくんが行ってよ。走るの速そうじゃん」
ユーリッドは、露骨に嫌そうな顔をしました。
「確かに俺、脚力には自信あるけど、犬だから飛べないし、高いところにも登れないんだぜ? そうなると攻撃するとき、俺の背の高さじゃ、あの赤鬼の足に噛みつくことになるじゃないか。あの赤鬼、足が臭そうだから嫌だなぁ……。俺の鼻、デリケートなんだよ」
嫌がる三匹を見て、桃太郎は眉をしかめました。
「うーん……困りましたね。私は主役なので、まだ死ぬわけにはいかないですし……」
「ねえトワ、それ暗に囮役は死ぬって言ってるよね?」
ルーフェンの突っ込みは聞かなかったことにして、ユーリッドが声を上げました。
「もう! 全員やりたくないんだったら、しょうがないじゃんか。そもそも俺達、鬼退治とか向いてないんじゃないか? だって、犬と猿と雉だぞ? どう考えても、鬼に敵わないだろ」
ユーリッドの呟きに、ルーフェンが同調して頷きます。
「それ俺も思った。トワさぁ、なんで鬼退治のお供に、犬と猿と雉を選んだわけ? もっとこう、虎とか狼とか鷲とか、強そうな動物を連れてくれば良かったのに」
「鬼ヶ島に来るまで、役に立てるつもりでいた俺達、イタいな……」
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.132 )
- 日時: 2017/08/30 17:07
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: as61U3WB)
桃太郎は、不満げにルーフェンとユーリッドを睨みました。
「いや、私が選んだっていうか、貴方達が自主的に着いてきたんですが……。それに、今更そんなこと言われても、私はここで引くわけにはいきません。もし鬼に村を襲われて、日雇いの仕事が減ったら、我が家が生活苦に陥りますので」
はっきりとそう告げた桃太郎に、アドラは、悩ましげに唸りました。
「仕方あるまい……。それならば、囮作戦は取り止めて、皆で行こう。皆で行けば、怖くない! これなら平等だろう?」
「確かに、その方が確実に赤鬼を仕留められそうですね」
トワリスが納得して頷くと、アドラも満足げに首肯しました。
「では、作戦を立てよう。まず、ユーリッドと桃太郎殿が先行するのだ。ユーリッドが赤鬼の脛(すね)にかじりつき、桃太郎殿はもう一方の脛を思いきり蹴り飛ばす。そうすれば、赤鬼は痛みのあまり、屈み込むに違いない。もし脛への攻撃だけでは足りないようなら、脛毛をむしるのだ」
「うわっ団長、やり方が鬼……」
痛みを想像したのか、ユーリッドが顔をしかめます。
アドラは、今度はルーフェンの方を見て、話を続けました。
「赤鬼が痛みのあまり屈みこんだら、ルーフェン殿、君の出番だ。赤鬼の顔に飛び付き、そのまま目玉をえぐれ。そうすれば赤鬼は、もう我々を狙うことができない」
「ちょっと待った、その作戦のどこに貴方が?」
制止をかけたルーフェンに、アドラは、しれっと答えました。
「私は司令塔だ。ここでお前達の勇姿を見守っている」
「ん? どこが平等だって? え?」
無言で睨み合うアドラとルーフェンをよそに、ユーリッドが不満そうに言いました。
「待ってくださいよ、団長。俺、さっきも言ったけど、あんな臭そうな足に噛みつくのは嫌ですって。あの赤鬼、絶対足洗ってないだろ? 脛毛に何が絡まってるかも分からないしさぁ」
桃太郎は、同情した様子でユーリッドの頭を撫でると、深々とため息をつきました。
「まあ……そうですね。こうして話していても、まとまらなさそうですし、いっそ、全員で飛びかかっちゃいませんか? 倒す方法なんて作戦立てたところで、私達が倒されたら、結局意味ないわけですし」
「ちょっ、トワちゃんやる気失せること言わないでよ……」
桃太郎の言葉に対し、ルーフェンが嘆息します。
しかしアドラは、真顔で頷くと、淡々と述べました。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.133 )
- 日時: 2017/08/31 21:49
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
どうも、マルキ・ド・サドでございます。
この度は『〜闇の系譜〜(ミストリア編)』金賞受賞おめでとうございます!
銀竹さんの小説を書き続ける努力、本当に感服致しました。
いつも丁寧で読みやすく幅広い文章は私には真似できません。
残念ながら私は今回順位に入れませんでしたが・・・・・・(笑)
あの時、銀竹さんが私に送って下さったお褒めの言葉、まだ心に残っており思い出す度に元気が出ます。
銀竹さんが間違いを指摘し技術を提供してくれたお陰で私の小説は一層良くなりました。
そんな親切な方と共に作品を書いている事にいつも喜びを感じています。
ではこれで失礼します。重要な際に横入りしてしまい申し訳ありません。
これからも一緒に頑張っていきましょう!
Bonne chance!
- 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.134 )
- 日時: 2017/09/01 16:20
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
マルキ・ド・サドさん
お久しぶりですー!
お祝いのコメントくださってありがとうございます(*´ω`*)
完結&金賞受賞、自分でも嬉しくて舞い上がっております。
そんな風に過分に褒めて頂けると、なんだか恐縮ですが……(笑)
以前書かせて頂いた私の感想が、サドさんの活力になっているのなら幸いです^^
今後も精進いたしますね!
お互い頑張りましょうー(^^)/
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.135 )
- 日時: 2017/09/08 08:11
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「いや、桃太郎殿の言うことは正論だ。もし仮に、全員であの赤鬼を倒したとしても、鬼ヶ島の中には、他にも大勢の鬼達が待ち受けているだろう。それらをたった一人と三匹……しかも、桃から生まれちゃった系女子と、犬と猿と雉で全滅させようというのは、はっきりいって無謀な話だ。我々がとって喰われる可能性の方が高い」
「…………」
再び、一人と三匹の間に、重い沈黙が流れます。
桃太郎は、悔しそうに地面を殴ると、頭を抱えました。
「……くっ、私の馬鹿っ! なんで虎とか狼とか鷲にしなかったんだろう!」
「というか、この辺の領主に頼んで、武士とか招集すれば良かったんじゃないの?」
もはや、状況は絶望的──。
その時でした。
ぎゅるるっと凄まじい音が響いてきたと思うと、大扉の前に仁王立ちしていた赤鬼が、突然苦しみ出しました。
ただですら険しかった顔を、更に険しくして、身体をくの字に曲げ、腹を押さえています。
何事かと目を見開いて、一人と三匹は、赤鬼のほうを見つめました。
途端、赤鬼は、苦悶の声をあげながら、くるりと振り返って、大扉をばんばんと叩きました。
「おいっ、おい! まだ便所は空かないのか! 俺ぁもう限界だ! 見張りを交代してくれぇ!」
涙声になりながら、赤鬼が叫びます。
すると大扉の向こうから、別の鬼のものとおぼしき声が聞こえてきました。
「うるせぇ! 俺だって、便所から出られないんだ! もう無事なのは俺達だけだし、もう少し辛抱してくれっ!」
「そっ、そんなぁ……」
赤鬼は、悲痛な声をあげると、その場にうずくまりました。
そうしてしばらく、襲いくる腹痛に耐えていたようでしたが、やがて、吐き気まで催したのか、口を手で覆うと、倒れてしまいました。
全身から脂汗を噴き出し、悶え苦しむ赤鬼。
一体何が起きているのか理解できず、呆然とその様を見つめていた桃太郎たちでしたが、ついに、赤鬼が呻き声すらあげなくなると、恐る恐る、大扉の前まで近づいてみました。
「な、なにが起きたんだ……?」
戸惑った様子で赤鬼の顔を覗き込み、ユーリッドが言いました。
赤鬼は、口から泡を噴いて気絶したらしく、ぴくりとも動きません。
次いで、大扉の向こうから悲鳴が上がったかと思うと、だんっ、と大きな音がして、地面が揺れました。
どうやら、先程赤鬼と話していた鬼も、倒れたようです。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.136 )
- 日時: 2017/09/13 00:48
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 393aRbky)
予想もしなかった事態に、一人と三匹が立ち尽くしていると、ふいに、大扉が小さく開きました。
一瞬、鬼が現れたかと身構えた桃太郎たちでしたが、大扉から出てきたのは、可愛らしい娘でした。
鳶色の髪と瞳をしたその娘は、ユーリッドとアドラに気づくと、ぱっと笑顔になりました。
「ユーリッド! アドラさん!」
「ファフリ!」
ユーリッドがぴっと耳を立て、驚いたように声をあげます。
ファフリと呼ばれた娘は、駆け寄ってきてユーリッドに抱きつくと、嬉しそうに言いました。
「ユーリッドもアドラさんも、久しぶりね! 私のこと、助けに来てくれたの?」
ユーリッドは、アドラと顔を見合わせてから、ファフリに尋ねました。
「ファフリ、もしかして、鬼ヶ島に拐われてたのか?」
「うん、そうなの……」
拐われた時の恐怖を思い出したのか、ファフリは、怯えたように返事をしました。
「……私だけじゃないわ。この鬼ヶ島には、他にも村の女の子たちが沢山捕まってて、ご飯を作らされたり、お掃除させられたり、鬼達に散々こき使われてたの。でも、昨晩の夕飯を私が作ったら、それを食べた鬼達が皆、次々と倒れ出して……。今なら逃げられそうだなって思ったから、逃げてきちゃった」
「…………」
ユーリッドとアドラが、何かを察したように、黙り込みます。
話についていけない桃太郎とルーフェンは、同時に首をかしげました。
「えっと……ファフリちゃん、だっけ? ユーリッドくんたちと知り合いなの?」
ルーフェンの問いに、ファフリは微笑んで頷きました。
「ええ。私、ノーレント村に住んでるのですけど、ユーリッドやアドラさんには、子供の頃によく一緒に遊んでもらったの」
次いで、桃太郎が尋ねました。
「……ちょっと待って。さっき、次々と鬼達が倒れたって言ってたけど、作った夕飯に毒でも混ぜたの?」
ファフリは、ぶんぶんと首を振りました。
「まさか! 毒なんて持ち歩いてないもの。普通に、頑張って作ったのよ」
「まあ、ファフリの料理は、ちょっと前衛的な味がするからな!」
無邪気に笑って答えたユーリッドに、アドラが付け足すように説明しました。
「ファフリの料理の腕前は……その、なかなか上達しなくてな。私も以前、ファフリが作ったものを口にしたことがあるが、三日三晩、激しい下痢と嘔吐に見舞われて、体重が激減した」
ファフリは、ぷくっと頬を膨らませると、怒ったように言いました。
「もう! アドラさんったら! あの頃に比べれば、私だってお料理上手になったんだからね! それに、ちゃんと鬼達には言ったのよ。私、料理はあまり得意じゃないんですって。それなのに鬼達が、作らないとお前を喰ってやるって脅してくるから、仕方なく……」
「…………」
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.137 )
- 日時: 2017/10/26 09:30
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: LdHPPNYW)
結局、ファフリの活躍により、鬼ヶ島の鬼達は全滅していたようでした。
大扉を開けると、腹痛に苦しんだと思われる鬼達と屍が、累々と積み重なっていたのです。
桃太郎たちは、囚われていた村娘達を解放し、ついでに、鬼達が盗んだ金銀財宝も舟に乗せられるだけ乗せると、無事に鬼ヶ島から脱出しました。
村娘達をそれぞれの村に送り届けた後は、桃太郎たちも、自分達の故郷に帰ることにしました。
ユーリッドとアドラは、わざわざ野生に帰る必要もないだろうということで、一緒にノーレント村のファフリの家に住むことにしました。
ファフリは、実はノーレント村の村長の娘だったらしく、その後、二匹は大変豊かで幸せな毎日を送ったそうです。
ルーフェンは、ファフリと共に暮らしたいと言いつつ、何故か桃太郎の家に着いてきました。
桃太郎が、見事鬼退治を成し遂げたという噂は、あっという間に広まり、村に戻る頃には、桃太郎は立派な有名人となっておりました。
無傷で生還した桃太郎に、おじいさんもおばあさんも、大喜び。
しかし桃太郎は、どんなに村人達に称賛されても、決して威張ることはありませんでした。
「いや、違うんです本当……。私は、捕まってた女の子達を解放しただけなので……」
そんな桃太郎の謙遜に、村人たちはますます感嘆の息を漏らします。
それからしばらく、桃太郎は、勇敢で謙虚な英雄として、一躍時の人となったのでした。
めでたしめでたし。
………………
珍しくギャグに走ろうと思った結果がこれだーい(笑)
なんか、下らない上に、汚ならしい話になってしまってすみません(^o^;)
外伝ではギャグ要員になりつつありますが、あのアドラさんに、「脛毛をむしるんだ」とか言わせて、銀竹、誰かに暗殺されそうw
前回のパロディもの、赤ずきんが思いの外人気だったので、桃太郎も書いてみたのですが、本編の雰囲気をぶち壊すにもほどがありますね(笑)
まあミストリア編はもう完結したし、いっか!(*´∀`)
最後は、「ファフリの料理がひどすぎて、鬼が全員ぶっ倒れました」って言いふらすのを躊躇った結果、トワさんが謙虚な英雄扱いされちゃったんですね。
実際トワさんはなにもしてないので、謙遜でもなんでもないんですけど(笑)
ファフリの料理の腕が壊滅的なのは、外伝の別の話でも出してますが、その設定がどんどんエスカレートして、ファフリは悪魔(の料理)召喚師ということになっていますw
本編にはほとんど関係ない設定ではありますが(^。^;)
読んでくださった方、ありがとうございました!
色々すみませんでした!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.138 )
- 日時: 2018/04/01 16:09
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
『シンデレラ』
昔々、それはそれは元気な、リリアナという赤髪の娘がおりました。
リリアナは、小さい頃に火事で母親を亡くし、その時に負った怪我が原因で、車椅子での生活を余儀なくされていました。
その後、父親が再婚しましたが、彼もまた、病で亡くなってしまいました。
弟のカイルと二人、残されたリリアナは、現在、継母のアドラと、その連れ子であるアレクシア、キリスと共に暮らしています。
しかし、血が繋がっていないという理由から、継母や姉達は、結託してリリアナたちをいじめ、毎日家の雑用をさせては、おかしそうに笑っていました。
掃除に洗濯、食事の用意、それらを一生懸命こなしていく日々。
そんなリリアナの、薄汚れた身なりを揶揄して、継母たちはリリアナをこう呼びました。
『シンデレラ(灰かぶり)』と。
ある時、この国の王子様が、舞踏会を開く事になり、継母と二人の姉は、ドレスを着て王宮へ行くことになりました。
「いいか、我々が舞踏会から帰ってくる前に、床を綺麗に磨いておくのだぞ。部屋の汚れは心の乱れ、と言うからな」
鳥人であるアドラ義母さんが、鋭い眼光でリリアナとカイルを睨み、命令してきます。
その分厚い胸板に、ドレスが今にもはち切れそうですが、今日のアドラ義母さんは、ばっちりお洒落をしていました。
「まあ、正直舞踏会なんて興味ないけれど、王族と関係を持っておけば、後々役立ちそうよね?」
ふふっと妖艶に笑って、アレクシア姉さんが、長い蒼髪をかきあげます。
猫の獣人であるキリス姉さんは、家の柱で懸命に爪を研ぎながら、早口で言いました。
「ああ、あと夕飯に魚でも焼いておいて下さい。舞踏会で出る食事なんて、脂っこいに違いありませんからね。ちゃんと小骨もとって、冷まして置いておいて下さい。猫舌なので」
継母と姉達は、今日も家事をリリアナとカイルに押し付けると、早速王宮に出掛けていきました。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.139 )
- 日時: 2017/12/25 19:12
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
三人を見送ると、リリアナは、はあっと大きくため息をつきます。
「あーあー、舞踏会ですって。私も行きたかったなぁ……。豪華な食事に綺麗なドレス。かっこいい王子様に見初められて、ロマンチックにダンスして……。もし行けてたなら、きっと素敵な夜になるんでしょうね……!」
秋刀魚を焼きながら、目をきらきらと輝かせるリリアナに、カイルは鼻で笑いました。
「姉さんってば、馬鹿じゃないの? 王宮が一般に公開されているとはいえ、王子と踊れるのは、一部の上流階級のお嬢様だけに決まってるだろ。もし姉さんが舞踏会に行ったって、飯を食って終わりさ。ロマンチックにダンスなんて、有り得ないよ」
「もうー、ほんとカイルって夢がないわね!」
リリアナは、頬を膨らませました。
「そんなの分かってるけど、可能性がゼロってわけじゃないんだし、夢くらい見たっていいじゃない。女の子は、運命の出逢いに憧れてるの! はあ、かっこいい王子様……私のことを迎えに来てくれないかしら!」
「…………」
まだ見ぬ王子様を想像して、リリアナが、うっとりと目をつぶります。
そんな彼女の様子に、カイルは、呆れたように嘆息しました。
「全く……しょうがないな……」
そう言って、床を磨いていた雑巾をその場に置くと、ふと、カイルが立ち上がります。
どうしたのかと首を傾げるリリアナに向き直って、カイルは、ぱちんと指を鳴らしました。
すると、その時でした。
ぼふん、とカイルの横で煙が巻き上がったかと思うと、目の前に、巨大な黄金の馬車と、魔法使いの少女が現れました。
「こんにちは、リリアナさん。私、魔法使いのファフリよ」
にこりと愛らしく笑って、ファフリが言います。
その横で、馬車の馬を操っている御者の少年も、笑顔を向けてきました。
「俺はユーリッドだ! よろしくな!」
突然の出来事に、ぽかんと口を開けていたリリアナでしたが、はっと我に返ると、カイルの方を向きました。
「ま、魔法使い!? えっ、なに、カイル、何したの?」
カイルは、再び床磨きを始めると、淡々と答えました。
「ユーリッドとファフリは、俺の知り合い。そんなに舞踏会に行きたいなら、二人に頼んで連れていってもらいなよ。その足とぼろぼろの服じゃ、王宮になんて行けないだろ」
「た、頼んで、って……」
未だ状況が掴めず、唖然としているリリアナに、ファフリは魔法の杖を向けました。
「大丈夫、私達に任せて。いつも頑張ってるリリアナさんに、私達からの贈り物よ。──えいっ!」
掛け声と共に、ファフリが杖を振ると、瞬間、眩い光に包まれて、リリアナは思わず目を閉じました。
そして、ゆっくりと目を開けて、驚きました。
ぼろぼろの服を着ていたはずの全身が、見たことがないくらい綺麗なドレスに、包まれていたのです。
「うわぁ、素敵……!」
感じていた疑問など忘れて、身に纏うドレスに魅入ります。
深緑を基調とした、手触りのよいモスリンの生地に、たっぷりレースのあしらわれたスカート。
これなら、継母や姉達の着ていたドレスにも負けません。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.140 )
- 日時: 2018/02/21 17:09
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
感動して、言葉を失っているリリアナに、ファフリは言い募りました。
「それだけじゃないわ、リリアナさん。立ってみて」
ファフリの言葉に、はっと顔をあげて、リリアナは息を飲みました。
小さい頃、火事に巻き込まれて以来、リリアナは歩いていません。
恐る恐る、車椅子の足置きから足をずらして、床に置きます。
そして、肘置きを支えに、ゆっくりと身体を起こして、リリアナは、二本の足で床を踏みしめました。
「た……立てた……」
呟いて、まじまじとファフリの顔を見つめます。
笑顔で頷いたファフリとユーリッドを見て、リリアナの胸に、喜びが沸き上がってきました。
「すごいっ、すごいわファフリちゃん! わあ、私、立ってる! ありがとう……!」
パニエでふんわりと膨らんだスカートを掴み、リリアナがくるくると回ります。
そのはしゃぎっぷりに、カイルも苦笑しました。
「ふふ、喜んでもらえて、私も嬉しいわ! それじゃあ、最後に。リリアナさん、これも履いてみて」
そう言うとファフリは、ガラスの靴をリリアナの足元に置きました。
澄み渡った湖面のように透明で、つやつやと美しいそのガラスの靴は、まるで、宝石のように輝いています。
リリアナは、スカートの裾を持ち上げて、ガラスの靴を履くと、幸福を噛み締めるように何度も足踏みをしました。
「これで準備万端ね。王宮へ行くための馬車は、ユーリッドが運転してくれるわ。さあ、乗って!」
ファフリに促されるまま、リリアナは、黄金の馬車に乗り込みます。
こんなに綺麗なドレスと靴を身につけて、豪華な馬車で王宮の舞踏会に参加できるなんて、夢のようです。
ファフリは、喜びのあまり涙ぐんでいるリリアナを見て、言いました。
「リリアナさん、一つだけ注意事項なんだけれど、私の魔法は、夜の十二刻を過ぎて日付が変わると、解けてしまうの。だから、それまでには必ず戻ってきてね」
「ええ、分かったわ!」
リリアナは頷いて、お礼を言いました。
「カイル、ファフリちゃん、本当に本当にありがとう! 私、今まで生きてきて、一番幸せよ。ちょっと緊張するけど、王子様に会ってくるわ!」
カイルは呆れたように笑い、ファフリは頬を綻ばせて、手を振りました。
「よし、出発するぞ!」
ユーリッドが、大きな声を言って、ぐいっと馬の手綱を引きます。
すると、馬が宙を駆け上がり、馬車全体がふわりと浮かびました。
家の壁も屋根もすり抜けて、魔法の馬車は、天を渡ります。
カイルとファフリに見送られて、リリアナは、王子様の待つ王宮へと向かったのでした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.141 )
- 日時: 2021/04/16 00:36
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1a/index.cgi?mode=view&no=10240
〜闇の系譜〜座談会④
『世界線を越えて』
ユーリッド「よーし、じゃあ始めるぞ。それでは早速、今回のゲストの登場だ!」
半本「こんにちわ! はじめまして、ユーリッドさん! 新コメライ板の『巫山戯た学び舎』から出張してきました、半本(はんもと)とどろきといいます! 今回はよろしくお願いしますね!」
ユーリッド「今日は来てくれてありがとう、えっと……半本さん、でいいかな。こちらこそよろしくな! じゃあまずは、この会話を見てくれている読者さんに向けて、軽く自己紹介してくれないか? あとは『巫山戯た学び舎』のあらすじとかも、よかったら教えてほしい!」
半本「はい! 私は渦杜(うずもり)中学校に通っている中学一年生です。好きな動物は犬で、好きな野菜はラディッシュです。今やりたいことはユーリッドさんの耳を触ること! 『巫山戯た学び舎』というのは、私の通っている渦杜中学校で起こるドタバタを、宗谷(そうや)くんという私のお友達を中心に巻き起こっていく物語です!」
ユーリッド「なるほど、学校が舞台の物語なんだな。俺も以前は兵団で、同い年の連中と勉強したり、剣の訓練したりしてたけど、学校っていうのも、そんな感じのところだよな。俺の耳は……いや、そんな触っても良いことないと思うけど……。触りたいか?」
半本「そうですねー。剣を使っての授業はさすがにしないけど……あ、でも私の友達にとっても物理的に強い子がいますよ! 五十対一の喧嘩で無傷で勝ったーとか、なんか凄い伝説がある子です。えっ、触ってもいいんですか!? 触りますよ!?」
ユーリッド「うっ……まあ、半本さんはお客さんだしな。別に減るもんじゃないし、触っていいぞ。ほら」
半本「ほんとですか!? ありがとうございます! 痛かったりしたら言ってくださいね! わーい!(さわさわ)」
ユーリッド「はは、痛くはないよ、大丈夫! やっぱり人間からしたら、狼の耳とか珍しくて触りたくなるんだな。前にも、サーフェリアっていう、俺たちの世界で言う人間の国に行ったときに、耳を触られたことがあったんだ。まあ、そいつの場合は、触るっていうかいきなり鷲掴んできたから、怒ったけど」
半本「鷲掴みだなんて、その人酷いですね! こんなかわいらしい耳を乱暴に扱うだなんて……」
ユーリッド「全くだよ! そいつ、根は良い奴なんだけどさ、とにかく奔放すぎる性格だから、一緒にいると振り回されるんだよな……」
半本「振り回しちゃう人なんですねー。私も結構周りをおいてけぼりにしがちだから、お話合うかもしれません。ところで、人間の国……ということは、動物の国──わんわんにゃんにゃんパラダイスもあるんですよね?」
ユーリッド「わ、わんにゃん? えっと、動物の国、っていうのはないけど、俺たち獣人の国ならあるぞ。ミストリアっていうんだ! 今、俺の幼馴染が、ミストリアの女王なんだぜ!」
半本「獣人! とっても素敵な響き! ……って、ミストリア? ミストリアってなんか聞き覚えがあります。あ、思い出した。河童がこの前『ミストリア編が完結した! めでたい!』って騒いでました。そのミストリアですかね? 」
ユーリッド「そうそう、そのミストリアだよ。俺たちが主人公の物語なんだけどさ、この前ようやく完結したんだ。ありがとな!」
半本「河童が『完結ほんとにおめでとうございます! これからもずっと応援します!』と言っています。私からも完結、おめでとうございます! それにしても、お友達が女王様ってすごいですね! ごーじゃす!」
ユーリッド「まあ女王って言っても、俺にとっちゃ変わらぬ幼馴染って感じなんだけど。そういや、半本さんにも宗谷って友達がいるんだよな? どんな奴なんだ?」
半本「宗谷くんですか? 宗谷くんは可愛らしいお顔をした私のお友達ですよ! ちょっと人見知りでちょっと変な子ですけど、大事な友達です。ユーリッドさんの幼馴染さんはどんな方なのですか?」
ユーリッド「ん? ファフリは、普通の女の子って感じだぞ。少しおっとりしてるところもあるけど、優しいし! でも、ファフリが作る料理は、すごく前衛的な味がするな! 食べた奴は大抵倒れるんだ」
半本「ファフリさん、とても素敵な人みたいですね! ……料理の戦闘力はとても高いようですが……。ちょっとどんな料理か聞きたい気持ちもありますけど、怖いのでやめておきます。でも、友達って、ほんといいものですよね!」
ユーリッド「あはは、そうだな。俺も、もしファフリがいなくなってたら、なんて考えると、今でもぞっとするよ。やっぱり、苦しいときに支え合ったり、楽しみを共有できる相手がいるっていうのは、良いことだよな! 今回、闇の系譜とは違う世界から来た半本さんとも話せて、友達になれて嬉しいぜ」
半本「そうですね! 私にもたくさん友達いますけど、いろんな人がいて話してるだけで楽しいです。まさかこうやって別世界のユーリッドさんと仲良くなれるだなんて思ってませんでした! 一生の思い出です!」
ユーリッド「まあ確かに、こういう場じゃないと、別世界の誰かと話す、なんて機会はなかなかないよな。今回は、来てくれて本当にありがとう! そろそろ時間みたいだから、終わろうと思うんだが、最後に一言、お願いしていいか?」
半本「はい、えっと、今回は世界線を越えて友達を作る……という人生初なことができて本当によかったです! 機会を提供してくださった銀竹さん、お話してくださったユーリッドさん、本当にありがとうございました! ぜひまた呼んでくださいね!」
ユーリッド「おう! 絶対また会おうな!」
………………
今回は、コメライ板で連載中の『巫山戯た学び舎』から、半本とどろきちゃんに来ていただきました!
かなり前に書いた座談会なので、話題がミストリア編完結の時点で止まってるのはスルーしてください(笑)
こういうコラボ企画的なもの、ずっとやってみたかったんですよね(^^)
『巫山戯た学び舎』は、闇の系譜とは違うコメディタッチの作品ですが、とってもほのぼの&面白いので、是非読んでみて下さいね!(URL貼っておきます。)
個人的には、半本とどろきちゃん推しなのですが、座談会の会話でも出てきた物理的に強い人──加賀坂蒼ちゃんという登場人物も、かなりやばすぎてやばいので(語彙力)、必見です!
それでは、読んでくださった皆さん、そして河童さん、本当にありがとうございました!
またこういったコラボ企画やっていきたいと思います。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.142 )
- 日時: 2018/03/18 19:43
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: JbPm4Szp)
* * *
人間の国、サーフェリアの王都、アーベリト。
その中心に位置する王宮の大広間には、各街の領主や貴族たちが着々と集まり始め、談笑していました。
今夜は、今年二十一を迎える王子、ルーフェン・シェイルハートが主催の、舞踏会が開かれる日です。
今日ばかりは、王宮が一般にも開放されているため、有力な貴族から一般国民まで、多くの人々が、一目ルーフェンを間近で見ようと、集まっていました。
とりわけ、若い娘たちは、念入りにめかし込んで、ルーフェンの登場を待ちわびていました。
ルーフェンは、武勇の才に併せ、美しく整った容姿をしていることで有名な王子です。
舞踏会で、彼に見初められることがあれば、これほど幸運なことはないでしょう。
娘たちが、闘志を燃やすのも、無理のないことでした。
大広間からの喧騒を聞きながら、ルーフェンは、窓の外を見ていました。
「うわ、すごい人数。さすが俺、モテモテって感じ?」
王宮の正門に、吸い込まれるように入っていく大勢の人々を眺めて、ルーフェンが言います。
そのすぐ側に立つ、護衛のトワリスは、冷ややかな視線をルーフェンに向けました。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと用意してください。大広間に出たら、そのだらしない顔もどうにかしてくださいね」
「えー? 俺、そんなだらしない顔してる?」
「してます! 綺麗な女の子が集まってきて、浮かれてるの丸分かりの顔してます!」
「いでででっ」
ルーフェンの両の頬をつまんで、トワリスが叱責します。
ルーフェンは、つねられた頬を撫でながら、苦笑しました。
「全く、機嫌悪いんだから……」
「何か?」
「何でもないです」
睨んできたトワリスから目をそらし、カフスの釦を止めると、ルーフェンは身支度を整えました。
「それじゃ、トワが怖いし、そろそろ準備に行くかな。ハインツくんは、どうする?」
ふと、部屋の隅を見やると、ルーフェンが問いかけます。
その巨大な体躯を縮めるように、膝を抱えて座っていたハインツは、びくっと震えると、顔をあげました。
「い、いく……」
か細い声で返事をして、ハインツが立ち上がります。
ルーフェンは、その様子を見て、くすりと笑いました。
「そう? なら、ハインツくんには、中庭から正門を見張っていてもらおうかな。一応門衛はいるけど、もし怪しい奴が王宮に入ろうとしたら、捕まえておいてよ」
「……分かった」
ルーフェンの言葉に、歪な鉄仮面の奥で、ハインツの顔色が明るくなりました。
ハインツは、トワリスと同じルーフェンの護衛でしたが、その屈強な見た目とは裏腹に、人前に出るのが苦手で気弱な性格でした。
だから、人間が大勢集まる大広間に行くのは、正直なところ避けたかったのです。
こっちは任せて、という風に頷いたトワリスに頷き返すと、ハインツは中庭へと向かいました。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.143 )
- 日時: 2018/03/22 17:39
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: HBvApUx3)
中庭の茂みに身を潜めると、ハインツはしばらく、正門に入っていく人々を見つめていました。
武器を所持した者がいないか、門衛に対して反抗的な者がいないか。
一人一人入念に気を配りながら、王宮に不遜な輩が入らないよう、見張ります。
そうして、舞踏会の始まる夕刻になり、王宮の正門が閉まると、ハインツは、ふうと息を吐きました。
ルーフェンに言いつけられた役目は、これで終わりです。
本当は、大広間に行って、トワリスと共に護衛としての役割を果たすべきなのでしょう。
しかし、やはりハインツは人前に出るのが苦手だったし、人々もまた、ハインツの古傷だらけの身体を見ると、怯えてしまう者が大半でした。
ハインツは、リオット族という巨人族の血を引く一族の出で、生まれつき力も強く、身体も普通の人間より、一回り以上大きかったのです。
また、治療のおかげで進行はしていないものの、先天性の病気のせいで、顔を含めた全身の皮膚が、岩のように固く、歪にひきつっていました。
醜い皮膚を隠すため、顔には鉄の仮面をつけていましたが、それでも、人々はハインツを見ると怖がってしまいます。
自分が大広間に出ていくことで、舞踏会の賑やかな雰囲気を壊してしまうのは、本意ではありませんでした。
人目につかないよう、王宮外の見回りでもしようかと、立ち上がった時でした。
がさがさと音がしたかと思うと、突然、茂みの奥が揺れて、そこから赤髪の女が跳び出してきました。
「いったたた……」
「…………」
赤髪を二つに結い、深緑の上等なドレスを纏った、若い女性でした。
おそらく、舞踏会への参加希望者でしょう。
驚いて、硬直しているハインツを見上げると、女は笑顔になりました。
「よかったー! 人がいた! やっぱり王宮って広いのね、入り口から正門まで、ものすごい距離があるんだもの。私、すっかり迷っちゃって……」
髪やドレスについた葉っぱを払いながら、女が立ち上がります。
ハインツは、戸惑ったように一歩後退すると、正門の方を指差しました。
「……正門、あっち。閉まった、けど……多分、まだ大丈夫……」
「ほんと!? じゃあ間に合うのね!」
小さなハインツの声に対し、女は元気よく答えます。
女は、ハインツの手をいきなり掴むと、ぶんぶんと振りました。
「教えてくれてありがとう! もう参加できないんじゃないかって困ってたから、助かったわ! 私、リリアナって言うの。城下から来たのよ。貴方は?」
急に手を掴まれて、ハインツは、目を白黒させました。
人間の女性とこんな至近距離で話したことなんて、ほとんどありません。
まして、手を握られるなんて、初めてのことでした。
今すぐ逃げ出したい気持ちを堪えて、顔を背けると、ハインツは言葉を絞り出しました。
「お、俺……ル、ルーフェン、の、護衛、で……」
「えっ!? 王子様の護衛!?」
名乗ろうとしたところで、今度はリリアナがぐいっと顔を近づけてきて、ハインツが口ごもります。
しかし、そんなことには構わず、リリアナは興奮気味に話し始めました。
「王子様の護衛ってことは、いつも王子様のお側にいるってことでしょ! ね、王子様ってどんな方なの? やっぱり素敵な人?」
きらきらと瞳を輝かせて、リリアナが詰め寄ってきます。
怖がるどころか、どんどん自分に迫ってくるリリアナに、ハインツはもう一歩後ろに下がりました。
「……えっと……や、優しい……」
「王子様は優しい人なのね! わあ、夢に見た通りだわ!」
ようやくハインツの手を離すと、リリアナは、一層笑顔になります。
元々、悪い噂などは聞いたことがありませんでしたが、側近の護衛まで優しいと言うのだから、きっと王子は、本当に素敵な人物なのでしょう。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.144 )
- 日時: 2018/03/30 17:59
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
期待に胸を高鳴らせ、気合いを入れるために両頬を叩くと、リリアナは正門の方に向きました。
「本当にありがとう! 貴方、とっても親切なのね。それじゃあ、時間がないから、私行くわ! 今度また会えたら、お礼をさせてね!」
そう言って、ドレスのスカートをたくし上げると、リリアナは駆け出します。
しかし、次の瞬間。
思いきり足を引っ掻けてつんのめると、リリアナは、盛大に転びました。
「い、たぁっ……!」
足首をさすりながら、ゆっくりと上体を起こします。
普段は車椅子で生活しているリリアナにとって、踵の高い靴で歩くというのは、なかなか慣れないことでした。
少し恥ずかしそうに笑って、リリアナは、再びハインツを見ました。
「あはは、うるさくてごめんなさい。私、歩くの下手みたいで。おまけに、こんなに踵の高いガラスの靴なんて、履いたことがないものだから……」
「…………」
ハインツは、騒がしいリリアナの言動を、黙って見ていましたが、ややあって、彼女の足首が、少し赤くなっていることに気づきました。
赤くなっているだけではありません。
よく見れば、ガラスの靴に包まれた、その足の小指からは、痛々しく出血しています。
ここに来るまで、慣れない靴で走ってきて、足を傷つけてしまったのかもしれません。
少しだけ手を彷徨わせた末、ハインツは、自分の服の一部を裂くと、ガラスの靴を脱がせて、リリアナの両足に巻いてやりました。
見た目は悪いですが、こうすれば、布が包帯代わりになるので、痛みが軽減されるでしょう。
次いで、脆い飴細工にでも触るかのように、恐る恐るリリアナの足首を掴むと、ハインツは、もう一度彼女に靴を履かせました。
その仕草は、無骨な見た目からは想像できないほど優しく、丁寧です。
なんとなく、ハインツの所作を見つめていたリリアナでしたが、やがて、彼が腰に手を差し入れてくると、慌てて口を開きました。
「わっ、そんな、私はもう大丈夫よ! 重いだろうし!」
止める間もなく、ハインツの手が肩と膝下に伸びて、リリアナの身体が、ふわりと浮きます。
そのたくましくて分厚い腕に、軽々と持ち上げられた瞬間、リリアナの鼓動が、突然激しくなりました。
心臓が、どくんどくんと不規則に跳ね上がって、内側から胸を叩きます。
経験したことのない感覚に、リリアナはただ呆然と、ハインツの腕に抱かれていることしかできませんでした。
そんなリリアナの緊張をよそに、ハインツは、茂みを飛び越え、正門へと続く平坦な道まで出ると、彼女を下ろしてやりました。
「ここ、まっすぐ、行くと……正門、だから」
もう一度正門への行き方を示してやりながら、ハインツがリリアナから手を引きます。
リリアナは、何度か瞬くと、高い位置にあるハインツの顔を、まじまじと見上げました。
「……あ、ありがとう。すごく力持ちなのね」
一瞬、焦ったように、ハインツが手を震わせます。
目が合った瞬間、素早く距離をとって、ハインツはもじもじと縮こまりました。
「さ、触って、ごめん……」
それから、リリアナに背を向けると、ハインツは小さく頭を下げました。
「それじゃあ……ば、ばいばい……」
「あ、うん。ばいばい……」
つられて手を振って、歩いていくハインツの背中を見送ります。
見たこともないくらい、広くて筋肉質な背中。
そういえば、先程手を握った時も、彼の手は大きくて、とても温かいものでした。
抱き上げられたときの、太くてたくましい腕。
見た目に反して内気で、優しそうな声。
それらを思い出すと、鼓動がより一層激しくなり、リリアナの頬は、かっと熱くなったのでした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.145 )
- 日時: 2018/04/03 20:47
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: h4V7lSlN)
正門に並んでいた門衛に事情を説明し、なんとか王宮内に入れてもらうと、大広間では、既に舞踏会が始まっていました。
豪華な食事に手をつける者や、楽しげに談笑する者、楽団の演奏に合わせ優雅に踊る者など、沢山の人々が、皆思い思いに過ごしています。
リリアナは、同じく舞踏会に参加しているはずのアドラ義母さんと、二人の姉であるアレクシア、キリスに見つからないよう、こそこそと人々の間に入っていくと、ひとまず、料理が並ぶテーブルの近くに着きました。
どうやら、リリアナのような平民階級の人々は、食事に夢中になっている者がほとんどのようです。
折角来たのだから、流れる音楽に合わせてダンスをしてみたい気持ちもありましたが、大広間の中心で踊る、きらびやかな貴族たちの輪に入っていくのは、少し躊躇われました。
(まあ、よく考えたら、ダンスなんて踊ったことないし、仕方ないわよね)
近くの大皿に盛り付けてあった肉団子を口に放り込み、リリアナは、華やかな貴族たちのダンスを、ぼんやりと見つめていました。
王宮に来るまでは、夢に見るくらい、舞踏会で王子様と踊ることに憧れていたのに、何故でしょう。
今は、美味しい食事も、優雅に踊る貴族の男女も、リリアナの目には、それほど魅力的なものには映りませんでした。
ふと、視線を落とすと、裂かれた布切れに包まれた自分の足が、目に入ります。
先程、正門への行き方を示してくれた、大男が巻いてくれたものです。
彼の温かい手の感触を思い出して、リリアナは微かに嘆息しました。
(結局、名前を聞きそびれちゃったな……)
舞踏会を抜けて、今からでも彼を追いかけようか。
そう考え付いた、その時でした。
不意に、音楽が止んだかと思うと、辺りにざわめきが走り、その場にいた者達の目が、広間の大階段へと向かいました。
本日の主役──王子ルーフェンが、ようやく姿を現したのです。
人々が見守る中、護衛のトワリスを連れ立って、ルーフェンが、ゆっくりと階段を下り始めます。
一歩、また一歩と踏み出す度に、透き通るような銀髪が揺れ、左耳に下がる緋色の耳飾りが、きらりと光りました。
余計な装飾のない、深蒼を基調としたシンプルな正装は、王子の優美さを一層際立たせています。
伏せられた睫毛を上げ、どこか神秘的な雰囲気を孕んだ銀の瞳を大広間に向ければ、人々が感嘆の声を漏らします。
一心にこちらを見上げる者達を見渡しながら、ルーフェンは、美麗な笑みを浮かべたのでした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.146 )
- 日時: 2018/04/04 06:45
- 名前: 爆走総長ナオキ ◆UuU8VWSBGw (ID: pmOIN4oE)
この小説
おもしろいと 思うよ?
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.147 )
- 日時: 2018/04/10 19:28
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
周囲を警戒し、気配を探っていたトワリスは、ルーフェンを見つめる人々の中に、懐かしい赤髪を発見すると、思わず呟きました。
「あれ、リリアナ……?」
その声に反応して、ルーフェンが、小声で答えます。
「知り合いでもいた?」
「あ、はい。あの、赤髪を二つに結ってる子が……」
同じく小声で答えて、トワリスがリリアナを見つめます。
ルーフェンは、沢山いる人々の中から、該当するであろう赤髪を見つけると、トワリスの方に振り返りました。
「テーブルの近くにいる子?」
「はい。ちょっと遠くて見えづらいけど、多分そうです。リリアナは、私の幼馴染みで……。まさかこんなところで会うと思わなかったので、ちょっと驚きました」
僅かに頬を緩ませて、トワリスが言います。
ルーフェンは、ふーん、と返事をしてから、少し面白そうに笑いました。
そして、トワリスを置いて、階段を下りると、真っ直ぐリリアナの元に歩き始めました。
驚いた人々が、ルーフェンの通り道を空け、その行方を見守ります。
そうして、リリアナの前にたどり着くと、ルーフェンは尋ねました。
「君が、リリアナちゃん?」
「えっ、はい……えっ!?」
動揺したリリアナが、思わず持っていた串から肉団子を落としかけて、慌てて口に投げ入れます。
まさかルーフェンが、自分の前で止まるとは思わず、リリアナは、急いで口の中のものを飲み込みました。
「はいっ、えっと、私がリリアナですが……!」
早口で答えてから、手櫛で髪を整えます。
ルーフェンは、にこりと笑うと、リリアナの前に手を差し出しました。
「私と踊って頂けますか?」
再び、大広間にざわめきが起こります。
リリアナは、しばらくぽかんと口を開けて、ルーフェンの手を見つめていましたが、やがて、はっと瞠目すると、辺りをきょろきょろも見回してから、言いました。
「わっ、わ、私ですか!?」
「うん、そう」
慌てふためくリリアナに対し、ルーフェンが笑顔のまま頷きます。
弟のカイルには、「可能性はゼロじゃない」と言い放ったもの、いざ本当に王子からダンスを申し込まれると、頭が真っ白になりました。
夢の中でなら何度も経験しましたが、実際にダンスに誘われたり、人前で踊ったことなどありません。
リリアナは、大きく目を見開いたまま、ひとまずルーフェンの手をがしっと握りました。
「あのっ、とっても嬉しいお誘いなんですけれど、私、ダンスしたことないんです! それでも問題ありませんか!」
顔を近づけてきたリリアナに、ルーフェンが、少し驚いたように瞬きます。
それから、楽しそうに笑むと、力強く握ってくるリリアナの手を外して、自分の手に添えるように取り直しました。
「大丈夫、こんなの、音楽に合わせて揺れていればいいんだから」
これまでの神聖な雰囲気とは打って変わった、軽い口調で告げてから、ルーフェンはリリアナの手を引きます。
大勢の注目を浴びる中、二人が大広間の中心に歩み出すと、止まっていた音楽が、また流れ始めました。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.148 )
- 日時: 2018/04/16 22:46
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
戸惑いながらも、ルーフェンに導かれて、リリアナはステップを踏みます。
優雅な音楽に合わせ、周囲の動きも真似ながら必死に踊っていると、ルーフェンが、周りには聞こえないように、小さな声で尋ねました。
「君は……城下のどの辺りの出なの?」
リリアナが、はっと顔をあげます。
「あっ……城下って言っても、かなり南の方の、平民街に住んでます!」
言ってから、話を途切れさせてはいけないと思ったのか、リリアナは続けました。
「でも、いつかは城下の中央区で、自分の小料理屋を出すのが夢なので、もしそれが叶ったら、王子様も遊びに来てくださいね!」
ルーフェンは、ささくれたリリアナの手先を一瞥してから、微かに破顔しました。
「それは行ってみたいな。料理、得意なんだ?」
「はい! 王宮で出るようなお料理に比べれば、安っぽい味かもしれませんけど、それでも、腕前だけで言えば負けませんよ」
好きな料理の話題になって、いくらか緊張が解れてきたのか、リリアナは、くるくると表情を変えながら話し始めました。
「いつか、王子様も唸らせるような絶品料理を作って見せるので、絶対来てください! あ、でも、踊りに誘って頂いた上に、今後お店にまで招待したら、周りの女の子達に妬まれたりしちゃうのかな。あんた王子様に馴れ馴れしいのよ! とか、路地裏に呼びつけられて修羅場に発展! とか……。すごいわ……! そんな作り話のような展開、やっぱり王宮では日常的にあるのかしら。女同士の血で血を洗う争い、みたいな。今も、周りの貴族の方々が、私のこと睨んでますもんね!」
自分に向けられた羨望と嫉妬の眼差しに、怯えるどころか、何やら興奮した様子で、リリアナが捲し立てます。
ルーフェンは、くすくす笑うと、リリアナを見つめました。
「さあ、どうだろうね。仮にそんな展開になったとしても、君なら大丈夫そうな気もするけど。でも、もし本当に血で血を洗う争いになったら、責任とるから、俺に相談してよ」
冗談めかして言うと、リリアナも、おかしそうに笑いました。
「駄目ですよ! こういう女同士の争いは、男の人が入ってくると、余計ややこしくなるんですから」
「なるほど? じゃあ、うちの身軽な護衛を派遣しようかな。どうも、君とは仲が良いみたいだから」
そう言って、広間の奥にある大階段に立つトワリスを目線で示すと、リリアナの目が、途端に丸くなりました。
「トワリス……!」
思わず大きな声が出て、慌てて口をつぐみます。
しばらくトワリスを見つめた後、再びルーフェンに視線を戻すと、リリアナは問いかけました。
「……トワリスって、もしかして、王子様の護衛役をやってるんですか?」
「うん、そうだよ」
ルーフェンが頷くと、突然、リリアナの唇が震え始めました。
踊ることも止め、ひゅっと息を吸うと、彼女の目から、大粒の涙が溢れ出します。
「そ、そうだったんだ……よかった、よかった……」
ずびずびと鼻をすすって、リリアナは言いました。
「トワリスは、私の、小さい頃からの親友なんです……! 連絡、とれてなかったけど……小さい頃からずっーっと、王族付きの、魔導師になりだいって言ってだから……よかった……! なれたんですね……。ほんと、よかった……」
リリアナは、ドレスの袖で、濡れた顔をごしごしと拭いました。
思いがけない親友との再会に、涙が止まりません。
まだリリアナが十三歳で、父親が再婚する前のこと。
トワリスは、リリアナの家に一時的に住んでいたことがありました。
魔導師団に入団するからと言って、すぐに出ていってしまったので、それ以来、トワリスとリリアナは一度も会えていませんでしたが、その頃からトワリスは、王族専属の護衛になることを目標にしていたのでした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.149 )
- 日時: 2018/04/20 20:34
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
その時ふと、“護衛”という言葉に、先程出会った、あの大男のことを思い出しました。
歪な鉄仮面をつけた、一見恐ろしい風体をしたあの大男。
確か彼も、ルーフェンの護衛だと言っていました。
リリアナは、さっと顔をあげると、ルーフェンに詰め寄りました。
「あの! この舞踏会が終わった後で、トワリスともう一人……王子様の護衛をしてるって言う、おっきい男の人に会わせてもらえませんか!」
「おっきい男の人……?」
トワリス以外の名前も出されて、ルーフェンは、首をかしげました。
リリアナは、こくこくと何度も頷きます。
「そうです! おっきくて、見た目は怖そうなんですけど、でもすっごく優しい声で話す男の人!」
両手を広げ、大男の体格を表現しながら説明すると、ルーフェンが、ああ、と頷きました。
「もしかして、ハインツくんのこと? 顔に、鉄仮面つけてる……」
「そう! その人です!」
リリアナは、ぱっと目を輝かせました。
「実は、ここに来る前、迷っているところを、そのハインツくんに助けてもらったんです……! あの時は急いでいたから、名前も聞けなくて……。だから、もう一度会いたいんです!」
「…………」
トワリスの話題が出たときとは、また違う。
生き生きとした瞳で、リリアナはルーフェンを見つめました。
ルーフェンは、そんなリリアナの顔を、少し意外そうに眺めていましたが、やがて、ふっと微笑みました。
「へえ。リリアナちゃん、ハインツくんのこと気になるの?」
「……え……?」
一瞬、きょとんとした顔つきになって、リリアナが瞬きます。
ルーフェンは、笑いを噛み殺してから、なんでもないよ、という風に首を振りました。
「……まあとにかく、事情は分かったよ。元々、トワのところに連れていこうと思って、君に声をかけたんだ。トワもさっき、リリアナちゃんのこと、懐かしそうに見てたしね。ご希望通り、場を用意してあげる」
「本当ですか……! ありがとうございます、王子様!」
表情を明るくしたリリアナが、勢いよく頭を下げます。
ルーフェンは、面白そうに目を細めると、ぽつりと呟きました。
「……でも、ちょっと妬けちゃうな」
頭をあげたリリアナの手を取り、その身体を引き寄せます。
突然距離を詰められて、硬直したリリアナの耳元に顔を寄せると、ルーフェンは囁きました。
「誘ったのは俺なのに、リリアナちゃん、さっきからずっと、別の人のことばっかり考えてるから」
それだけ言うと、ぱっと手を離して、ルーフェンはリリアナの身体を解放しました。
会話の内容こそ漏れ聞こえてはいないものの、このルーフェンの急な行動には、周囲の者達も思わず目を見張ります。
ルーフェンが離れても、リリアナは、しばらく動けませんでした。
舞踏会に参加できただけでなく、憧れていた王子本人に、ダンスに誘われて、その上、こんな甘い台詞まで囁かれて──。
今日は本当に、なんて幸せな日なのでしょう。
けれど、気持ちが舞い上がる一方で、ルーフェンの姿を見ても、リリアナの胸は高鳴りませんでした。
透き通った銀の瞳で見つめられて、艶のあるテノールで話しかけられても、それは、リリアナの求めているものとは違います。
彼女がもう一度触れたいと思うのはやはり、自分を抱き上げてくれた、あの力強い温かい腕だったのです。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.150 )
- 日時: 2018/04/26 20:27
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: JbG8aaI6)
ルーフェンと共にいて、はっきりとそう自覚した、その時でした。
城下に建つ巨大な時計台から、夜の十二刻を告げる鐘が響いてきました。
重々しいその音は、遠い王宮の大広間にまで渡り、舞踏会を楽しむ者達の耳にも届きます。
リリアナは、焦って声をあげました。
「えっ、もう十二刻!?」
夜の十二刻──そう、ファフリが言っていた、魔法の解ける時間です。
魔法が解けてしまったら、リリアナはもう歩けなくなってしまうし、用意してもらったこのドレスも、消えてなくなります。
このまま王宮にいては、リリアナは帰れなくなるどころか、全裸になってしまうのです。
鐘の音など気にせず、何かを探るような目付きで、こちらを見ているルーフェンの手を、リリアナは両手で握りました。
「王子様、素晴らしい時間をありがとうございます! 貴方は本当にかっこよくて素敵な王子様だと思うけど、でも、私の王子様ではなかったみたい! 私にとっての王子様は、ハインツくんだったの……!」
早口で言うや否や、ルーフェンから離れて、リリアナは、スカートを捲し上げました。
「ごめんなさい、私、もう帰らなくちゃいけないんです! トワリスとハインツくんに、伝えてください! 絶対また会いに行くから、待っててねって……!」
「えっ、ちょっ──」
そのまま踵を返して、正門へと走り出します。
やはり走るのは慣れず、途中でガラスの靴が片方、脱げてしまいましたが、構わずリリアナは外に飛び出しました。
今は、時間がありません。
公衆の面前で、全裸になるのだけは御免です。
まるで嵐のように去っていったリリアナを、大広間にいる人々は、ぽかんとした表情で見つめていました。
ルーフェンも、残された硝子の靴を拾い上げると、それを見て、しばらく佇んでいたのでした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.151 )
- 日時: 2018/04/29 04:34
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 1866/WgC)
舞踏会を終えた、その翌朝。
ルーフェンは、王宮のテラス席で、リリアナが落としていったガラスの靴を弄っていました。
陽光を受け、つやつやと輝く透明な靴には、よく見ると、サーフェリアのものではない、独特の紋様が彫られています。
なんとなく、その紋様を目で辿っていると、向かいに座っていたトワリスが、口を開きました。
「それ、リリアナが履いていた靴ですか?」
「ん? ああ、そうだよ」
答えてから、トワリスにガラスの靴を手渡します。
トワリスは、靴をじっと見つめ、それからルーフェンの方を一瞥すると、ややあって、小さく笑い始めました。
「なに、どうしたの?」
「い、いえ……っ、ちょっと、思い出し笑い……」
いつもしかめっ面のトワリスが、肩を震わせながら、おかしそうに笑っています。
その様子を、珍しげにルーフェンが見つめていると、トワリスが、途切れ途切れに呟きました。
「私の、王子様では、なかったみたい! って……リリアナ、面白すぎ」
「…………」
舞踏会で、リリアナがルーフェンに言った台詞を思い出しながら、トワリスは咳き込むほどに笑います。
ルーフェンは、途端に無表情になると、大袈裟にため息をつきました。
「なーにを笑ってんのかと思ったら、俺が振られたところを思い出してたわけ? トワったら悪趣味ー」
「だ、だって……っ、あんな、あっさり振られてるところ、初めて見たから」
「失礼だなぁ。今回俺は、引き立て役として頑張ったのに」
わざとらしく唇をとがらせ、ルーフェンがぼやきます。
しかし、涙を浮かべて笑うトワリスを見ると、微かに笑って、肩をすくめました。
「リリアナ、って……?」
ルーフェンの側に、無言で佇んでいたハインツが、ふと尋ねます。
ルーフェンは、ハインツの方に振り返りました。
「ハインツくん、名前知らなかった? リリアナちゃんって、トワの幼馴染みで、昨日の舞踏会に参加してた女の子なんだけど。王宮で迷ってるところを、君に助けてもらったって言ってたよ。覚えてない? ほら、赤髪で二つ結びの、はきはきした子。ガラスの靴を履いててさ」
「…………」
ハインツは、少し考え込むように俯いてから、トワリスが持つガラスの靴を見ました。
そして、昨日、王宮の中庭で会った娘が、リリアナと名乗っていたことを思い出すと、ルーフェンに頷いて見せました。
ルーフェンは、にやっと笑いました。
「リリアナちゃん、昨日のお礼に、もう一度ハインツくんに会いたいって言ってたよ? 会ってみる?」
「…………」
ルーフェンが、何かを企んでいるような顔つきになります。
ハインツは、困ったように口ごもりました。
お礼と言われても、いざリリアナに会ったところで、自分は何を話したらいいのか分かりません。
それに、助けたと言っても、怪我をしていた足に布を巻いて、正門までの道を教えただけです。
わざわざ会って、お礼を言われるほどのことではないように思えました。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.152 )
- 日時: 2018/05/03 22:14
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
ハインツが沈黙していると、ルーフェンは苦笑しました。
それから、ガラスの靴をトワリスから受け取ると、今度はハインツの手にそれを渡しました。
「ま、いいや。とりあえず、そのガラスの靴を返しがてら、リリアナちゃんのこと王宮に連れてきてくれない? 俺、あの子、気に入っちゃった」
「…………」
ガラスの靴を手に持ったまま、ハインツが固まります。
連れてきてくれ、ということは、つまり、ハインツがリリアナを迎えに行かなければならない、ということです。
城下に下りた経験くらいはありますが、たった一人で人間だらけの街に行って女性を探すなんて、不安で仕方ありません。
断ろうとして、一方で、仮にも王族付きの護衛が、いつまでも極度の人見知りというのもどうなのだろう、という思いが突き上げてきて、ハインツが何度も口を開閉します。
慌てるハインツを面白そうに見ながら、ルーフェンは続けました。
「リリアナちゃんは、城下の南区に住んでるらしいよ。ね? お願い」
「…………」
懇願されて、思わず言葉を詰まらせます。
ガラスの靴と、ルーフェンの顔を何度も見て、やがて、小さく頷くと、ハインツは言いました。
「分かった……行く……」
ガラスの靴を握り直し、ハインツが踵を返します。
とぼとぼと歩いていくハインツの背中を、ルーフェンは、手を振って見送ったのでした。
ハインツがテラスから出ていくと、トワリスは、ルーフェンを胡散臭そうに見つめました。
「……ルーフェンさん、何か楽しんでるでしょ」
「んー?」
トワリスの方に振り返って、ルーフェンが椅子に座り直します。
笑いをこらえようともせずに、ぷっと吹き出すと、ルーフェンは言いました。
「だって、あのハインツくんに、だよ? 面白いに決まってるじゃん」
「面白いって……」
トワリスは、怪訝そうに顔をしかめました。
「リリアナはともかく、ハインツは、リリアナのこと、なんとも思ってないように見えますけど……」
ルーフェンは、楽しげに答えました。
「いいじゃんいいじゃん。リリアナちゃんみたいな賑やかな知り合いが出来たら、ハインツくんの人見知りも、多少はましになるかもよ」
「それは、そうかもしれませんが……」
言ってから、トワリスが、呆れたように息を吐きます。
「ルーフェンさんって、意外とお節介焼きたがりますよね。……いや、からかってるだけか」
「人聞き悪いなぁ」
ルーフェンは、ひょいと眉をあげました。
「トワも気になる人がいるなら、お節介焼いてあげるよ」
「いりません」
はっきりと拒絶して、トワリスがむっとした表情になります。
ルーフェンは、くすくすと笑うと、どこか嬉しそうに呟きました。
「まあ、トワのしかめっ面は今日も絶好調だし、今はそれでいいや」
つい先程まで笑っていたのに、今度は不機嫌そうにそっぽを向いてしまったトワリスを見て、ルーフェンは肩をすくめたのでした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.153 )
- 日時: 2018/05/10 18:39
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
* * *
「シンデレラ、洗濯物は終わったのか」
野太いアドラ義母さんの声で、リリアナは、はっと我に返りました。
手元の籠を見れば、まだ洗われていない洗濯物が、大量に入っています。
リリアナは、慌てて返事をしました。
「……ぁ、ああ! 洗濯物ね! ごめんなさい、今すぐやるわ!」
車椅子の車輪を器用に操って、リリアナが、外の洗い場へと向かいます。
しかし、その途中には点々と洗濯物を落としているし、出ていったあとも、家の扉を開けっぱなしにしています。
アドラ義母さんとキリス姉さんは、開いた扉の隙間から、リリアナの方を伺いました。
「……どうも、三日前の舞踏会以来、シンデレラの様子がおかしいですね。話しかけても上の空で、ぼーっとしてばかりのようです」
訝しげに目を細めて、キリス姉さんが言います。
アドラ義母さんは、うむ、と頷くと、床を磨いているカイルに尋ねました。
「カイルよ、何か聞いていないか。確かにここのところ、シンデレラはぼんやりとため息をつくばかりだ。あの舞踏会の席で、何かあったとしか思えん。そもそも、何故シンデレラは舞踏会に現れたのだ。参加を許した覚えも、あのようなドレスを与えた覚えもないぞ……」
ぶつぶつとこぼしながら、アドラ義母さんが唸ります。
カイルは、ちらりとアドラ義母さんのほうを見ました。
「さあ? 知らないよ。俺は舞踏会に参加してないし、何があったのか検討もつかないね。アレクシア姉さんは、男でも出来たんでしょ、って言ってたけど」
冷めた口調で答えて、カイルは床磨きを再開させます。
本当は、舞踏会の日に魔法使いを呼んだのも、リリアナを見送ったのもカイルでしたが、そのことをばらすつもりはありませんでした。
アドラ義母さんたちは、舞踏会に参加していたので、リリアナが王子ルーフェンからダンスに誘われ、周囲の注目を集めていたことを知っています。
しかし何故、家事を言いつけられていたはずのリリアナが、舞踏会に来たのか、という経緯は知りません。
怒られると分かっていて、わざわざその経緯を話す気は、毛頭ありませんでした。
「全く盛りおって小娘……アレクシアの奴も、舞踏会で捕まえたとかいう伯爵家のぼんぼんと出掛けおったし……。やはりシンデレラは、あの舞踏会の日に、王子に惚れたとしか考えられませんな!」
そう言って、キリス姉さんが、忌々しげに鼻に皺を寄せます。
アドラ義母さんは、腕組みをしました。
「……どうなのだろうな。流石に話す内容までは聞こえなかったから、何とも言いがたいが……。私には、シンデレラと王子が、それほど親密な関係にも見えなかった」
キリス姉さんは、猫の髭を撫で付けながら、刺々しく言いました。
「そりゃあ、公衆の面前だったからでしょう! まず、王子自らが、わざわざ平民であるシンデレラをダンスに誘った時点で、二人の間には何かあったと考えるのが妥当ではありませんか!」
「うむ、それは確かにそうだが……」
アドラ義母さんとキリス姉さんが、様々な憶測を巡らせていた──その時でした。
通りの方から、のそのそと足音が聞こえてきたかと思うと、庭先に、突然歪な鉄仮面をつけた、巨漢が現れました。
──ハインツです。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.154 )
- 日時: 2018/05/17 20:40
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: zh8UTKy1)
盥(たらい)に水を貯めたまま、ぼーっとして手を止めていたリリアナは、ハインツの姿を見ると、目を丸くしました。
そして、持っていた洗濯籠を落とすと、そのまま車椅子を操って、ハインツの元に走り寄りました。
「ハ、ハインツくん! どうしているの!?」
迫ってきたリリアナに、思わずびくりとして、ハインツが後退します。
ハインツは、リリアナと、家の扉の奥から、こちらを凝視しているアドラ義母さんたちを見て、戸惑ったように視線をさまよわせました。
しかし、やがてリリアナのほうに向き直ると、持っていたガラスの靴を差し出して、言いました。
「……これ、返したくて、ずっと、探してた。あと、ルーフェンが、王宮、きてほしいって……」
リリアナが瞠目して、ハインツの顔を見つめます。
同時に、様子を見守っていたアドラ義母さんとキリス姉さんも、はっと目を見開きました。
「おっ、王宮に来てほしいですって!? もしやこれは、私の読み通り、ルーフェン王子とシンデレラは相思相愛で、王子が去り際に彼女が落としていったガラスの靴を手掛かりにシンデレラを探し出し、最終的に妻として迎える……というやつでは!?」
早口で言って、キリス姉さんがわたわたと慌て出します。
アドラ義母さんも、目付きを鋭くすると、厳しい声で言いました。
「ああ、どうやらそのようだな。我々とて着飾って舞踏会に参加したというのに、シンデレラだけが王子に選ばれるなど、納得がいかん! 阻止するぞ、キリス!」
「にゃー!」
言うや否や、アドラ義母さんとキリス姉さんが、勢いよく家から飛び出しました。
「ちょっ、何する気だよ!」
咄嗟にカイルが止めようとするも、二人の素早さには追い付けず、アドラ義母さんとキリス姉さんは、ハインツ目掛けて地を蹴ります。
キリス姉さんは途中で転びましたが、アドラ義母さんは、まるで稲妻のような速さで、ハインツの腹部に突進しました。
「──ふんっ!」
「……っ!?」
どすっ、と鳩尾を殴られたような衝撃が来て、ハインツが吹っ飛ばされます。
咄嗟に受け身は取りましたが、直前までリリアナに気をとられていた上、獣人であるアドラ義母さんに力一杯飛び付かれては、流石に踏ん張りが利きません。
ハインツを押し倒した後、すぐさま跳ね起きると、アドラ義母さんは鼻で笑いました。
「王族付きの護衛といえど、まだまだだな。これに懲りて、シンデレラには近づくなと、王子に伝えてくれ」
次いでアドラは、ぽかんとした表情のリリアナを見て、続けました。
「お前は早く、洗濯物を片付けろ。ここ二日ほど、雨続きで洗濯物が溜まっているのだ。今日のような晴れの日を、逃すわけには行かない。分かったな?」
それだけ言うと、アドラ義母さんは、倒れ込むキリス姉さんを引きずって、家の中へ入っていってしまいました。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.155 )
- 日時: 2018/05/24 19:59
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
しばらく、呆然と事態を眺めていたリリアナは、やがて、家の扉が閉まると、慌ててハインツの元に向かいました。
「ハインツくん、大丈夫!? ごめんね、うちのお義母さん、昔、とある国の兵団長やってたらしくて、めちゃくちゃ強いのよ……」
「……大丈夫」
心配そうなリリアナに対し、低い声で返事をしてから、ハインツが立ち上がります。
ですが、ふと動きを止めると、ハインツは、はっと息を飲みました。
「……どうしたの?」
突然動かなくなったハインツの顔を覗き込んで、リリアナが問いかけます。
つかの間、一言も発さずに固まっていたハインツは、ややあって、わなわなと震えだすと、呟きました。
「く、くつが……」
「靴?」
聞き返してから、リリアナが、ハインツの視線を辿ります。
そうして、ハインツの見つめる先で、あのガラスの靴が粉々に割れてしまっているところを発見すると、リリアナも、思わずあっと声をあげてしまいました。
「ガラスの靴が……割れ、ちゃった……」
恐らく、アドラ義母さんに突進された拍子に、割れてしまったのでしょう。
ハインツは、先程まで靴を握っていたはずの自分の手を見て、それからもう一度ガラスの靴の破片を見やると、ゆっくりとその場にしゃがみこみました。
涙がにじんできて、喉の奥に、熱い塊が込み上げてきます。
このガラスの靴は、ルーフェンから預かった、大切なものです。
城下の平民街を三日もかけて巡り、ようやく探しだしたリリアナに、返しに来たものです。
それを割ってしまったと思うと、とてつもない罪悪感が、ハインツの胸の中に湧いてきました。
しゃくりあげ、唸るように泣き出したハインツに、リリアナは、ぶんぶんと首を振りました。
「そ、そんな、泣かないでハインツくん! ハインツくんのせいじゃないわ! 確かにこの靴は、ファフリちゃんからもらった大事な靴だけど、でも、今のはしょうがないもの! ね、だから気にしないで!」
明るい声で元気付けようとするも、ハインツの嗚咽は激しくなるばかり。
やがて、声をあげて泣き出したハインツに、リリアナも、悲しげに眉を下げました。
「……お願い、泣き止んで? 私まで悲しくなっちゃうわ。私、舞踏会の時は、魔法の力で歩けるようになってたのだけど、本当は、見ての通り足が不自由なの。だから、普段はガラスの靴なんて履けないし、本当に気にしないでちょうだい」
「でも……っ、これ、大事な……。ごめん……」
「……ハインツくん……」
仮面を伝ってあふれでてくる涙を拭いながら、ハインツが、何度も何度も謝ります。
リリアナは、長い間、困ったようにその様子を見つめていましたが、やがて、何か決心したように車椅子から下りると、ハインツの前にぺたんと座り込みました。
「……分かったわ、ハインツくん。そんなに気になるなら、私のお願いを、一つ聞いて? それで、この靴のことは水に流しましょう」
「……?」
顔をあげて、ハインツが、微かに首をかしげます。
リリアナは、ハインツの大きくてごつごつした手を、ぎゅっと両手で握ると、大声で言いました。
「ハインツくん! 私と、結婚してください!」
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.156 )
- 日時: 2018/05/29 19:28
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
ひゅっと涙が引っ込んで、ハインツが凍りつきます。
今、一体何を言われたのか。
一拍置いてから、混乱し始めたハインツをよそに、リリアナは続けました。
「あっ、いきなり結婚は早いかしら! まずはお付き合いしてください、って言うべきよね。ううん、私はもちろん、段階すっ飛ばして結婚でも良いんだけど……!」
リリアナは、満面の笑みをハインツに向けました。
「私ね、王宮で助けてもらったときから、ハインツくんのことが好きになっちゃったの! ああ、これが恋、運命の出会いってやつねって思ったわ! 力持ちなところも、優しいところも、泣いちゃうところも、控えめなところも、全部全部、大好きなの!」
仮面をしていても分かるくらい、動揺して顔を強張らせると、ハインツは、リリアナの手を振りほどこうとしました。
しかし、その手を逃がすまいと握り直して、リリアナが言い募ります。
「私、お料理なら得意よ! まだ知り合って間もないし、急に恋人同士になるのは抵抗があるっていうなら、まずはお友達からでも良いわ! 今度、一緒にご飯食べましょう? ハインツくんは、何が好き? 私、ハインツくんが、私のことお嫁さんにしたいって思うくらい、とびっきり美味しいご飯を作って見せるから、ね? お願い!」
ぐいぐいと距離を近づけてくるリリアナに、ハインツがたじろぎます。
困惑した表情で後ずさりながら、青くなって、赤くなって、最終的に小動物のように震えだすと、ハインツは、蚊の鳴くような小さな声で、答えました。
「……る、から……」
「え!?」
「……と、友達……なる、から……手、離して……」
「ほんとに!? やったぁ! ありがとうハインツくんっ!」
両手をあげ、歓喜の声を出すと、リリアナは、今度はハインツの首にしがみつきました。
仰天したハインツが、怯えたように縮こまりますが、彼にはもう、逃げ出すほどの気力がありません。
まさか、ぶん殴って引き剥がすわけにもいかず、ハインツは、リリアナが満足するまで、抱き締められる羽目になったのでした。
その後、晴れてお友達同士になったハインツとリリアナは、ほぼ毎日のように顔を合わせるようになりました。
リリアナが、毎日お弁当を作って、王宮で働くハインツに、届けるようになったからです。
アドラ義母さんたちも、相手が王子ではないのならと、もうリリアナの恋路を邪魔してくることはありません。
カイルに呆れられても、トワリスに諌(いさ)められても、リリアナの猛攻は、止まりませんでしたとさ。
めでたしめでたし。
…………………
シンデレラパロディ、いかがでしたでしょうか。
今回は、桃太郎よりも真面目に、ちゃんと恋愛ものっぽく書こうと思ってたんですが、結局アドラさんを義母役にしちゃったり、ルーフェンをチャラい王子にしちゃったりしたので、中途半端なギャグものになっちゃいました(笑)
まあ外伝なんで、適当で良いでしょうw
本編ではまだあまり触れていない、ハインツ×リリアナ、あとはほんのりルーフェン×トワリスって感じのお話でした。
ハインツくんはね……個人的にすごい気に入ってて、とにかく可愛い奴だと思ってます( ´∀`)
リリアナに押されまくってちょっと不憫な感じになってますが、そういうところも面白いなと思って、どぎまぎしてもらいました!
相変わらず外伝はふざけて書いてます、はい(笑)
本編がシリアスな時とか、息抜きに外伝に遊びに来ていただけたら嬉しいです(*^^*)
それでは、ここまで読んでくださった方、ありがとうございましたー!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.157 )
- 日時: 2018/06/03 21:39
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
『光』
「……もう二度と、あのような悲劇を繰り返さぬように。我らルンベルト隊は、引き続き、ノーラデュースにてリオット族牽制の任を全う致します」
国王エルディオに頭を垂れ、イグナーツ・ルンベルトが、誓いの言葉を述べる。
彼の横顔が、一層暗く面変わりしているのを見て、オーラントの胸が、ずきりと痛んだ。
四年前、奴隷身分からの解放を求めたリオット族たちが、王都シュベルテで起こした大規模な騒擾(そうじょう)──。
甚大な被害を出したあの事件以来、リオット族たちは、ノーラデュースと呼ばれる南方の荒地に追いやられ、地下に閉じ込められている。
イグナーツは、そんなリオット族たちの監視を命じられた、魔導師たちの筆頭であった。
自身も、リオット族に妻子を殺されたイグナーツは、ノーラデュースでの任務が決まった時から、ひどく冷たい目をするようになった。
彼だけではない。
同じように、リオット族に恨みを持つノーラデュース常駐の魔導師たち全員が、日に日に、瞳に狂気じみた色を宿していっているように感じる。
こうして、年に一度の叙任式(じょにんしき)で見かける度、暗い表情になっていく彼らを目の当たりにすると、オーラントも、思わずぞっとするのだった。
(……もし、家族がいたら)
国王の御前から下がるイグナーツを見ながら、オーラントは、ふと思う。
もし、大切な家族がいて、それらを亡くしたら、自分もあんな目になるのだろうか、と。
正義を掲げる魔導師団に入ってから、皮肉にも、人より多くの死に触れてきた。
殺す恐怖も、殺されそうになる恐怖も、嫌というくらい経験している。
だが、それ以上の恐怖は、まだ知らない。
イグナーツのように、最愛の者を失う絶望というものは、想像したところで、曖昧な不安として胸の奥に沈殿するだけであった。
例えば、生まれ故郷に残って、田畑を耕す生活をしていたら、殺す恐怖なんてものは、味わうことなく生きていたのだろうか。
例えば、召喚師一族のように圧倒的な力を持っていれば、死の恐怖に晒されることも、なかったのだろうか。
魔導師になっていなければ、今頃、自分にも──。
そんな仮定をしてみたところで、己が今歩んでいるのは、魔導師としてのオーラント・バーンズの道である。
今更、選ぶことのない可能性を考えても、仕方がないことのように思えた。
「次、オーラント・バーンズ!」
「はい」
名前を読み上げられて、一歩、前に出る。
自分と入れ代わりで、魔導師たちの並びに戻ってきたイグナーツと、一瞬、視線が交差した。
「…………」
まるで、どこかに魂を置いてきてしまったかのような──。
光のないイグナーツの瞳から目をそらして、オーラントは、国王の前にひざまずいた。
「──オーラント・バーンズ。本日を以て、正式に、そなたを宮廷魔導師に任命する」
頭上から、国王エルディオの、重々しい声が降ってくる。
同時に、ごくりと息を飲む魔導師たちの息づかいが、背後から聞こえてきた。
宮廷魔導師とは、魔導師の中でも特に優れた武勇を持ち、かつ国王と召喚師に選出された者のみが与えられる、最高位の称号だ。
この称号を授けられること、それはすなわち、身も心も、生涯サーフェリアに捧げることを誓うということ──。
誇らしげな、けれど一方で、もう自分は、魔導師としての道から引き返せなくなるのだということを自覚しながら、オーラントは、国王から宮廷魔導師のローブを受け取ったのだった。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.158 )
- 日時: 2018/07/31 23:31
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1a/index.cgi?mode=view&no=11117
カイル「……どうも。カイル・マルシェです。座談会やるっつーことで、呼ばれました」
リリアナ「きゃー! カイル頑張ってー!」
カイル「姉さんうるさい。……っていうか、俺のことなんて、読者さん覚えてるわけ? まだそんなに本編に出てないし、正直、こういう場が向いてる性格でもないんだけど」
リリアナ「そんなことないわよ。カイルはミストリア編にも外伝にも出演してるし、今後サーフェリア編にだって出る予定なんだもの。主役勢とも沢山関わりがあるし、十分重要な登場人物と言えるんじゃないかしら。だから自信もって!」
カイル「……いや、別に自信ないとか、そういう話じゃなくてさ。性格的に、こういう賑やかな場に出るのは向かないと思うんだよ。特に今回は、コメディ・ライト小説板で連載中の『最強次元師!!』から、ゲストが来るんだろ? 俺、無愛想だし、初対面の相手に気遣ったりとか出来ないよ」
リリアナ「うーん、その点は問題ないんじゃないかしら? そもそも、この座談会って銀竹の思い付きで作ったすっごい適当なコーナーだしね! それに、今回ゲストで来てくれる子は、とても元気な子だって聞いてるから、きっとうまく場を盛り上げてくれるわよ」
カイル「ふーん……まあ盛り上げてくれるんなら、任せたいくらいだけど。俺、そういうの苦手だし」
リリアナ「とにかく、早くゲストの子を呼びましょ! 私は物陰から応援してるから、二人とも、頑張ってね!」
〜闇の系譜〜座談会⑤
『世界線を越えてⅡ』
カイル「じゃあ、とりあえず今日のゲストを呼ぶよ。どうぞー」
ロク「はいはあい! おっじゃましまーす! コメディ・ライトの『最強次元師!!』から来ましたっ、ロクアンズ・エポールだよ! よろしくねー!」
カイル「うわ、なんか本当にテンション高いのが来たな……。えーっと、改めてカイルです。よろしく。じゃあ、エポールさん? とりあえず、簡単に自己紹介してくれる?」
ロク「ちょっとー! なんだかテンション低くない? あ、気軽にロクって呼んでいいからねっ! ええっとーなんだっけ? 自己紹介? 名前はロクアンズ・エポールで、年齢は十二! 食べることと動くことと、人とおしゃべりするのも大好きだよ!」
カイル「十二? なんだ、じゃあ年下か。それなら、ロクって呼ばせてもらうよ」
ロク「えっ、カイル年上なんだ!」
カイル「うん、俺は十三だからね。ま、一つしか変わんないけど」
ロク「なーんだ一つだけか! って、十三歳!? すごーい! あたしのお義兄ちゃんも十三歳なんだよ! ぐーぜんっ!」
カイル「へえ、お義兄さんがいるんだ。あんたに似た義兄だったら、二人そろうと騒がしそうだな……」
ロク「ううん、義兄はね、レトヴェールって名前なんだけど、すんごい静かで落ち着いてて、物知りなんだよー。自慢のお義兄ちゃん! ねっ、君は兄弟とかいる?」
カイル「俺? 俺には、姉さんが一人いるよ。ただ、ロクんとこと同じで、性格は全然違うな。うちの姉さんは、すっごい騒がしい感じ」
ロク「お姉ちゃんいるんだー! いいなー! しかもおしゃべり好きなんでしょ!? ねえねえ、お姉ちゃんはどんな感じの人? 名前は? もっと教えて!」
カイル「名前はリリアナだよ。リリアナ・マルシェ。やたら明るいところとか、結構あんたと似てるかも。おっちょこちょいだけど、料理はうまいよ。喫茶店やってるから。会ってみたら、案外仲良くなれるかもね」
ロク「すごい楽しそうな人だね! しゃべってみたいなー! 喫茶店でお料理してるの!? あたし食べるの大好きだから、いつか行きたいな! ねっカイル、今度連れてってよ!」
カイル「喫茶店つっても、すごいこじんまりしたところだけどね。まあ、連れていくくらい構わないよ、姉さんも喜ぶだろうし」
ロク「やった! 約束だよ、絶対連れてってねっ!」
カイル「はいはい。ところで、食べるのが好きって言ってたけど、ロクは料理したりはしないの?」
ロク「料理はねえ……実はこの前、よその国で焼き菓子にチャレンジしてみたんだけど、真っ黒コゲになってね。『これは食べ物じゃない』って言われちゃった……」
カイル「ま、真っ黒コゲって……一体どんな火加減で焼いたのさ。焼き菓子なんて、大抵材料混ぜて焼けばいいだけなんだから、そんな難しいものでもないだろ?」
ロク「えっ、だってだって、火を強くしたらすぐに出来上がるのかなーって思って……そしたら黒コゲになっちゃった。タイミングが大事だったのかなあー……料理は難しいよ!」
カイル「タイミングの問題じゃなくて、火加減の問題だって。一気に火力強くしたら、そりゃあ焦げるだろ」
ロク「ええー火加減かあ。やっぱりあたしには向いてないかも……」
カイル「まあ、料理が簡単じゃないってのは、否定しないけどな。だけど、練習すればある程度はできるようになるんじゃない? 今度会えたら、うちの姉さんに教えてもらいなよ」
ロク「えっ、いいの! ありがとー! ね、あたしお義兄ちゃんしかいないからわかんないんだけど、お姉ちゃんっていたらどんな感じなの? 弟には優しい?」
カイル「優しいっていうか、お節介だよ」
ロク「へえ! お節介しちゃうくらいカイルのこと大切にしてるんだね! いいなーお姉ちゃん!」
カイル「まあ、二歳の時に両親死んでから、なんだかんだ姉さんが俺を育ててくれたしね。感謝はしてるよ……ちょっとうるさいけど」
ロク「そっかそっか。私も拾い子だから両親のことはよくわからないし、代わりに育ててくれたおばさんも亡くなっちゃったから、なんかわかる気がするな」
カイル「なるほどね。俺たち、案外似たような境遇なのかもな。俺も両親のことなんて覚えてないし、まあ、姉さんがいたから、特別自分が不幸だとは思ったことないけど」
ロク「へへっ。そう考えるとなんだか嬉しいな! あたしも、お義兄ちゃんがいてくれるから寂しくないんだ。いっしょだね!」
カイル「ロクのところも、義兄とは仲良さそうだな」
ロク「もちろん仲良しだよー! よくバカかお前はって言われるけど! あっお兄ちゃんって言っても血が繋がってないから義理の兄なんだけどね!」
カイル「血が繋がってなくても、一緒に育てば兄妹みたいなもんだろ。拾われたってことは、育ててくれたそのおばさんとやらの息子が、レトだったの?」
ロク「そうそう! 二人とも顔がそっくりでねー、髪型もいっしょなんだよ! 金髪の一つ結び!」
カイル「親子なんだから顔は似てるの分かるけど、髪型まで一緒なんて、仲良いな……。ロクもかなり髪の毛長いけど、結んだりしないの?」
ロク「仲良しだったねえ、そういえば! あたし? あたしはね、むしろ長すぎて結ぶの大変になっちゃった……」
カイル「結ぶのが大変になるくらい長いって……髪洗ったりするのも、面倒にならないわけ? 俺の姉さんも、二つ結びをほどくと肩甲骨につくくらいの髪の長さなんだけど、なんで女子ってあんな髪伸ばしたがるのかすごい疑問。そう言ったら、だから女心が分からないんだって叱られたけど」
ロク「ちっちゃいころからずっとこれだしねーっ。あ、でもいっつも髪の毛が乾かないうちに寝ちゃうかな! そりゃ、伸ばしたほうがかわいいからじゃない!? 二つ結びなんてかわいいじゃんかー! まったく、あたしより年上なのに女心がわかってないなあカイルは! これだから十三歳男子は!」
カイル「えー、髪なんて、別に長くても短くてもどっちでも良いだろ。いちいち結び方にこだわるのもめんどくさそうだし、女ってよくわかんないや。レトも女の髪型なんて気にしないんじゃないか? 男はそんなもんだと思うけど」
ロク「……こ、これだから男子はー……。ま、まあたしかにレトは気にしてないと思うけど……洋服とかも適当だし。もしかして男子ってみんなそうなの!?」
カイル「どうだろ。男でも自分の髪型や服装にこだわる奴はいると思うけど、女の髪型をいちいち気にしてる奴はいるのかなぁ? ……あ、でも、俺の知り合いでルーフェンって奴がいるけど、そいつは細かく気づきそう」
ロク「女の子の髪型に気づく人が身近にいるの!? じゃあ参考にするといいよー! その人は、男のカガミだね! ……レトにも教えてあげてほしいよ」
カイル「そんなもんなのかね? けどさぁ、女の格好とか髪型を気にするのって、恥ずかしいっつーか……男はどんと構えてる方がかっこよくない?」
ロク「どんと構えるって……まあそれもそうだけどさ、さらっと、ねっ! さりげなーく言ってあげたらさ、すごくかっこいいと思わない?」
カイル「さらっと、『可愛いね?』とか言うの? うへぇ、俺には無理だな……。ああ、でもロクほど髪長い人は見たことないから、ロクが髪型変えたら、見てみたい気はするよ」
ロク「ほんと!? それならあたしも髪型変えてみよっかな!」
カイル「じゃあ、折角ならレトと同じ一つ結びにしなよ。そしたら、俺たちの喫茶店があるサーフェリアのヘンリ村集合な」
ロク「それいいねー! レトめっちゃ嫌がりそうだけど! 楽しみだなー!」
カイル「ああ、レトってあんまりそういうの好きじゃないんだっけ? まあ、記念だしいいんじゃないか。折角こうやってクロスオーバーしたしな」
ロク「そうなんだよぅ、ノリ悪いからなーレト。でも記念だからって駄々こねてみたらいけるかも……」
カイル「ノリが悪い、か……どっちかっていうと、俺はレトの方と気が合いそうだな」
ロク「ええー!? さびしいこと言わないでよー! ぜったい、あたしの方が気が合うって言わせてやる、覚悟しててね!」
カイル「いや、俺とロクは全然性格違うだろ……。まあでも、他作品の奴と話したのなんて初めてだったから、それなりに面白かったよ。今日はわざわざ来てくれてありがとな」
ロク「むぅ……まあ、そうだけど、対局にいるからね、むしろいいバランスだよそうだよ! あたしは諦めないからあっ! って、こんなに仲良くしたいって思えるくらい、あたしも楽しかったよ! こちらこそ、呼んでくれてどうもありがとう!」
カイル「そろそろ時間だから終わりにするけど、後日、なんとか義兄さん連れてきてよね。ヘンリ村で待ってるから」
ロク「うんっ、ぜったいレトも連れてくね! 楽しみにしてるっ!」
カイル「ああ。俺も、楽しみにしてるよ」
……………
今回は、コメライ板で連載中の『最強次元師!!』から、ロクアンズちゃんに来て頂きました(^^)
この作品、なんと七年以上もかけて完結した、ハイファンタジー超大作!
作者である瑚雲さんは、他にも色んな作品を書いてらっしゃいますが、やはり最強次元師!!が代表作なんだろうなと個人的には思っています。
作風が違うとはいえ、同じハイファンタジーを書いている身ですので、本格的な異世界ものをしっかり筋を通して書き続ける大変さはよーく分かります(笑)
だからこそ、瑚雲さんの作品は是非おすすめさせて頂きたいですねb
最強次元師!!はとにかくアツい、それでいてしっかり内容も練られた作品です。
少年漫画とか好きな方なら、絶対面白いと思うんじゃないかな(*^^*)
ちなみに私の推しは、キールアちゃんというキャラです……!
現在リメイク版が連載されていますので、読んでみてくださいね!(上記URL)
それでは、読んでくださった皆さん、瑚雲さん、ありがとうございました!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.159 )
- 日時: 2018/12/06 08:30
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
* * *
寝室の扉が開く音がして、オーラントは、反射的に立ち上がった。
居間に出てきた医師は、憔悴しきったようなオーラントの顔を見ると、穏やかに笑った。
「……大丈夫ですよ。痛み止めも効いて、今は眠っています。やっぱり、家に帰ってきて、落ち着いたんでしょう」
穏やかだが、悲しみも孕んだような声。
オーラントは、詰めていた息を吐くと、ゆっくりと長椅子に座り直した。
「家っつっても、俺の家ですけどね……。出来ることなら、カナンの村に帰してやりたかった……」
ため息混じりに言うと、医師は、小さく首を振った。
「カナンは、ネール山脈の方でしょう。今の状態のティアさんと、まだ一歳にも満たないジークハルトくんを連れて、あの地方まで旅をするのは、流石に……」
言葉を濁してから、医師は、オーラントの隣に横たわる赤ん坊──ジークハルトを見つめた。
ジークハルトは、長椅子に広げた寝具の上で、すやすやと寝息を立てている。
普段から、心配になるほど泣かない子であったが、今は、その落ち着き様を眺めているおかげで、オーラントも、かろうじて冷静さを保てているような気がした。
「……カナンの村まで行かなくったって、きっとティアさんは喜びますよ。最期は家に帰って、オーラントさんとジークハルトくん、三人で迎えたいって言い出したのは、ティアさんなんですから。貴方の家である以上、シュベルテのこの家だって、立派なティアさんの家じゃないですか」
「…………」
何を言われても、前向きな返事などできる気がしなかった。
この医師は、かれこれ一年以上、治る見込みのないティアの治療に、手を尽くしてくれた男だ。
せめて、嘘でもいいから笑って、礼を言うべきなのだろうと思ったが、それでも、うまく言葉が出てこなかった。
医師は、部屋の隅にまとめていた荷物を持つと、静かに言った。
「それでは、私は、これで。もし、ティアさんが痛みを訴えるようなら、その時は、呼んでください」
「……ああ。ありがとう」
低い声で礼を言って、頭を下げる。
医師は、最後に何か言いたげに口を開いたが、結局なにも言わず、後ろ手に扉を閉めて、家から出ていった。
ジークハルトを抱き、物音を立てないように寝室に入ると、妻のティアは、寝息も立てずに、寝台に横たわっていた。
微かに開いた窓の隙間から、物悲しげな蜩(ひぐらし)の鳴き声が聞こえてきて、身体の芯に染み込んでくる。
射し込む夕暮れの光が、骨の浮いたティアの輪郭をなぞると、刺されたような痛みが、胸の奥に走った。
ティアは、この闘病生活の中で、何度も死の淵をさまよってきた。
その度に、生気のない彼女の青白い横顔を見てきたから、分かる。
今度こそ本当に、ティアの命の灯火は、消えて無くなってしまうのだろう。
(あの時、引き留めなければ……)
彼女からの好意を、はっきりと拒んでいれば。
何かが、変わっていたのだろうか。
──私ね、やっぱり、オーラントさんのことが好きよ。
光の映らぬ目でこちらを見上げ、どこか戸惑ったように、ティアがそう告げてきたのは、もう二年前のことだ。
叙任式で、オーラントが宮廷魔導師に任命された年──。
当時、オーラントは二十六歳、ティアは二十二歳であった。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.160 )
- 日時: 2018/10/27 19:31
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: a4Z8mItP)
ティア・シュミレットは、北方のネール山脈の麓、その地域一帯を治める資産家の娘であった。
生まれつき身体が弱く、重度の夜盲(やもう)で、成人する頃には、完全に視力を失っていた。
それ故に──いや、おそらくそれ以外の理由もあったのだろうが、当主であった父親の亡き後、彼女は、家督を継がなかった。
病弱な身体では、次期当主を勤めるのは難しいだろうと、ティアの叔父が、代わりにシュミレット家を継ぐと申し出てきたのである。
叔父夫婦が、シュミレット家の資産を狙っていたことは、火を見るより明らかであった。
しかし、そのことに気づいた上で、ティアは当主の座を叔父夫婦に譲った。
財産への執着も、勢力争いをするほどの気力も、ティアにはなかったからだ。
ティアは、生まれてから父と暮らした屋敷を出て、カナンという北端の小さな村に、移ることになったのだった。
遠征を言い渡され、カナンの村に駐在することになったオーラントが、初めてティアと出会ったのは、ある冬の日のことであった。
身が凍るほど寒いのに、二階の窓を全開にして顔を出すティアを、自殺志願者と勘違いしたオーラントが、「飛び降りなんてやめろ」と、声をかけたのがきっかけであった。
聞けば、目の見えないティアは、外界の物音を聴くくらいしか楽しみがないから、窓を開けていたのだと言う。
屋敷から厄介払いされ、使用人とたった二人。
日がな一日、寝台の上で過ごしているから、どうにも退屈なのだ。
だから、雨の日でも雪の日でも、こうして窓を開けて、村人たちの生活に耳を澄ましているのだ、と。
共に暮らしている使用人だって、世間体を気にした叔父夫婦が雇っただけの者であったから、身の回りの世話をしてくれるだけで、私的に話しかけてくることはほとんどないのだという。
村人たちも、突然よそから来た貴族出の娘を警戒して、なかなか近寄って来ない。
引っ込み思案な自分の性格も災いして、いよいよ孤独になってしまったと、ティアは、寂しそうに語っていた。
そんな哀れな娘を、オーラントが気にし始めたのは、魔導師としての正義感からだったと思う。
いつしか、村を巡回する際、ふらりとティアの元に立ち寄っては、話し相手をするのが日課になっていた。
その頃は、オーラントもまだ新人に分類されるくらいの年齢で、仕事にも熱が入っていたから、魔導師たる者、村の平和だけでなく、村人たちの生活も守らねばと息込んでいた。
だから、自分が訪ねることで、本当に嬉しげに笑うようになったティアを、好ましく思っているのも事実であった。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.161 )
- 日時: 2018/12/06 08:35
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
引っ込み思案だという言葉通り、控えめな性格ではあったが、いざ話してみると、ティアは決して、言葉数の少ない娘ではなかった。
まだ目が見えていた頃に、しっかりとした教育や作法を身に付けていたこともあって、学問の知識も深かったし、一つ一つの仕草も淑やかで、品がある。
上層階級の出であることを鼻にかけることもなかったし、案外、外に出てみれば、村の奴等とも仲良くなれると思うぜ、と言うと、ティアは、どこか困った様子で言った。
「でも私、一人で歩けるかどうかも、分からないもの。村の人達に会っても、なんて話しかけたら良いか……」
オーラントは、ティアの華奢な肩を、ぱしぱしと叩いた。
「そんなもん、俺が連れていってやるさ。誰かに会ったら、こんにちは、今日も寒いですね、とかなんとか、適当なこと言っときゃいいんだよ。あとは、そうだなぁ。湯浴みのあと、ろくに乾かさずに出歩いて、髪も鼻毛もばきばきに凍った話とか、そういうよくある世間話をしておけば、大体どうにかなるもんだって」
「……そんなの、オーラントさんくらいよ」
おかしそうに微笑んで、ティアが肩をすくめる。
にっと笑みを返すと、オーラントは、座っていた椅子の背もたれに寄りかかった。
「実際、そんなに心配しなくても、ちょっと外に出てみりゃ、向こうから話しかけてくるだろ。カナンの村は、こんな北端でもたくましく生活してるだけあって、陽気な奴が多いしな。警戒してるっていうより、お前が家から出てこないから、話しかけられないだけさ」
「……そう、なのかな」
オーラントは、力強く頷いた。
「そうそう。少なくとも俺は、こんな美人が出てきたら、絶対話しかけに行くな」
「…………」
閉じられていたティアの睫毛が、一瞬だけ震える。
垂らした亜麻色の長髪で、顔を隠すようにうつむくと、ティアは、小声で答えた。
「そんな風に言ってくれるの、オーラントさんだけよ。……お世辞でも、嬉しい。ありがとう」
恥ずかしそうに礼を言ってきたティアに、オーラントはその時、ぎくりとした。
美人だなんて言葉、ティアは、これまでも言われたことがあるのではないかと思う。
実際、ティアは綺麗な女性だった。
目を引く派手さはなかったが、線が細く、儚げで、絵に描いたような箱入りのご令嬢だ。
流れる髪は美しい亜麻色で、病的なほどの白い肌は、見ていて心配になったが、それを好む男も多いだろう。
お世辞ではないが、他意があったわけでもない。
ただ、客観的にみて、ティアは男が放っておくような容姿じゃないと元気付けたかったから、褒めただけだ。
そう言い聞かせている自分に、心のどこかで、恐れのようなものを感じていた。
オーラントが突然黙ったので、不思議に思ったのだろう。
ティアは、相手の声からしか、感情を汲み取れない。
少し戸惑ったように顔をあげると、ティアは、膝にかかっていた毛布をぎゅっと握って、躊躇いがちに尋ねてきた。
「……あの、オーラントさんは……どんな女の人が好き?」
絞り出した声が、微かに上擦っていた。
思えばこの時から、ティアが自分に好意を持ち始めていることには、なんとなく気づいていたのだろう。
気づいていて、見て見ぬふりをしていた。
「はは、なんだよ急に。そりゃあ、男だったら、出るとこ出てて、引っ込むとこは引っ込んだ、積極的な美女が好きだろ」
だから、咄嗟に出た適当な答えが、ティアとは正反対の女性像だったとき、内心驚いた。
思ったよりも、自分に余裕がないのだと分かったのは、この時だった。
自分がこの娘に抱いていたのは、恋情などではなかったと思う。
だが時折、自分とは違う、ティアの細い首筋や、柔らかな指先が目につくようになってから、焦燥感のようなものは感じていた。
独りぼっちの可哀想な娘に、自分は手を差し伸べているだけだ。
そう思い込んで、懸命に、距離を置こうとしていたのだ。
叔父夫婦が建ててくれたのだというティアの一軒家は、小さな村に建つには豪勢で、頑丈な石造りだった。
けれど、若い娘が住むには寂しく、まるで牢獄のような、殺風景な空間であった。
ティアはいつも、自室の寝台に座って、二階の窓から外を眺めている。
大気が裂くような冷たさを孕んでいても、彼女の周りだけは、いつも暖かい空気が流れているようだった。
目を閉じて、外界に耳を澄ませる彼女の姿が、繰り返し心に浮かぶようになったのは、いつからだったろうか。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.162 )
- 日時: 2018/11/04 18:27
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
月日が流れ、二十六を迎えた年──オーラントは、宮廷魔導師に抜擢された。
自分でも、何故こんなに早く出世できたのか分からない、などと言ったら同期に睨まれたが、本当に、どうして自分が選ばれたのか、そのときは見当もつかなかった。
言われるままに各地を巡って、任務をこなしてきた。
しかし本当のところ、自分には、魔導師になった大層な理由など、なかったのだ。
例えば、かつて逆賊に妻子を殺されたから、憎むべき悪を滅ぼしたいのだとか、代々仕えてきた主君を守り、報いるために魔導師になったのだとか、そういった熱い動機が、自分にはなかった。
ただ漠然と、子供の頃に正義の味方を夢見て、他にやりたいことが見つからなかったから、魔導師になったのだ。
我ながら、笑ってしまうくらい、薄っぺらくて稚拙な理由だった。
だからこそ、宮廷魔導師に抜擢されたとき、正直困惑した。
宮廷魔導師は、ただ才能があるからというだけではなれない、最高峰の役職だ。
浅い覚悟で魔導師になった自分が、軽々しい気持ちで就いて良いような地位ではない。
早い話が、今更になって、怖じ気づいたのである。
魔導師という職は、子供の頃に描いていたものとは、全く違うものだった。
言わば、死ぬまで国にこき使われる、動ける武器のようなものだ。
人を助けるとは、人を殺すことであり、正義を守るとは、相反する正義を滅ぼすことだ。
宮廷魔導師になれば、きっと、もう抜け出せなくなる。
これからずっと、自分は魔導師として、一生この殺伐とした世界を生きなければならないのかと思うと、急に恐ろしくなったのだった。
そんな蟠(わだかま)りを抱えての就任であったが、歴代最年少で宮廷魔導師になったと聞くと、周囲は手放しで喜んでくれた。
かつて、流行り病で呆気なく死んだ両親も、農作業をさぼって駆けずり回っていたどら息子が、まさか貴族と同等の地位を得たなんて知ったら、飛び上がって驚いただろう。
ティアも、宮廷魔導師になったと言うと、おめでとうと、素直に賞賛してくれた。
「まあ、なんで俺が選ばれたのか、さっぱり分かんねえんだけどな。別に魔導師になった特別な理由があるわけでもないし、魔術の腕だって、俺より上のやつは沢山いる。よく考えてみりゃあ、上司の言うことを聞かなかったこともしょっちゅうあるし、本当、なんで俺なんだか。王様ってのは、気まぐれなのかねえ」
笑いながら言うと、ティアは、あっさりと答えた。
「そういうところじゃないかな」
「そういうところ?」
言っている意味が分からなくて、オーラントが首をひねる。
ティアは、にこりと微笑んだ。
「そういう、どんなときでも、ちゃんと周りが見えているところ」
照れ臭そうに下を向くと、ティアは続けた。
「普通、立派な役職に選ばれたら、自分はすごいんだって、誇らしい気分になるものでしょう? それも事実なのだから、良いと思うのだけど、オーラントさんはそれだけじゃなくて、色々考えてるみたい。本当に自分で良かったのかな、とか、他にふさわしい人がいたんじゃないかな、とか……。自分では気づいていないのかもしれないけれど、オーラントさんって、実はものすごく視野が広くて、自分のこと以上に、いろんな人のことを考えてるの。自分とは正反対の意見を持っている人のことも、全然違う立場の人のことも、ちゃんと見て、考えてる」
肩掛けをきゅっと掴んで引き寄せると、ティアは言い募った。
「国のために頑張ってくれているのに、失礼かもしれないけれど、魔導師や騎士の人達って、なんだかぎらぎらしていて、私、少し怖いの。でも、オーラントさんは違う。優しくて、話しやすいし、それぞれに合わせた接し方をしてくれる。どんな人の考え方でも、立場でも、とりあえず理解しようって気持ちで、話しかけてくれるの。きっと、そんなオーラントさんに救われた人は、沢山いると思うわ。私だって、そう。……戦うだけじゃなくて、気持ちも助けてくれる魔導師なんて、稀有よ。そんな貴方を宮廷魔導師に選んだのだから、エルディオ陛下は、見る目があるのね」
「…………」
「これからも、私みたいな独りぼっちがいたら、見つけて、助けてあげてね。……これは、誰にだって出来ることじゃ、ないと思うから」
眉を下げて微笑み、ティアは言った。
それを聞いたとき、オーラントは、しばらく何も返せなかった。
ティアは、純粋な気持ちで褒めてくれただけだったのかもしれないが、彼女の言葉は、彼女が思っている以上に、オーラントの胸を突いてきたからだ。
自分は元来、単純な男だったのかもしれない。
正義の味方に憧れていた、などという子供じみた動機で魔導師になって、ティアの言葉一つで、そんな自分の在り方を、肯定されたような気になった。
皆、心に秘めた信条があるから、血塗られた道を、歯を食い縛って走っている。
自分には、そんな大層な信条などないけれど。
──これからも、私みたいな独りぼっちがいたら、見つけて、助けてあげてね。
それが、自分が魔導師になった理由だったような気がした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.163 )
- 日時: 2018/11/08 18:58
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
オーラントはその後、一層頻繁に、ティアの元を訪ねるようになった。
任務で各地を転々とすることが多くなっていたが、なんだかんだで、自分にも、彼女との別れを惜しむ気持ちはあったのだろう。
宮廷魔導師になってからは、一度拠点を王都に移すよう言い渡されていたから、直にカナンの村からも、離れなければならなかった。
ひとまず、後釜が見つかるまでの時間は、オーラントがカナンの村に常駐していたが、それも残りわずかであった。
その間も、オーラントとティアは、会って、とりとめのない世間話をするだけであったが、オーラントは、それで良いと思っていた。
自分達の間には、確かに燻った熱のようなものがあったが、今ならまだ、無視できる程度であったのだ。
いくらティアが肯定してくれようとも、自分は、人を殺したことがある。
自分だって、いつ死ぬか分からない。
己が選んだのは、そういう人生で、そんな自分が、何食わぬ顔で人並みの幸せを掴もうというのは、やはり抵抗があった。
王都に帰れば、もう二度と、カナンの村に戻ることはないだろう。
だから、それまでのほんの僅かな時間だけ、一緒に過ごせれば、それで十分だった。
男のくせに、情けない甲斐性なしだと、そう周囲から指差されたとしても、自分には、相手を不幸にすると分かっていて添い遂げる勇気などなかった。
家族を失った人間が、日に日に冷めた目になっていくことを、オーラントは、知っていたのだ。
けれどある時、帰り際に、ティアが言った。
「私、オーラントさんのことが、好き」
まるで、「また明日ね」とでも言うような、軽い調子で。
少し美人だと褒めただけで、恥ずかしそうに頬を赤らめていたあのティアが、随分とあっけなく、言えなかった一言を告げてきた。
目を見開いたまま、硬直したオーラントを見上げて、ティアも黙っていた。
盲目の彼女とは、もちろん目が合うことはないのだが、その閉じられた瞼の奥で、じっと見つめられているようであった。
ぱちぱちと、炭の爆ぜる音が、暖炉から聞こえてくる。
がらんとした寒々しい部屋の空気とは裏腹に、胸の奥が熱くなって、息苦しさを覚えた。
「……はは、こりゃあ、びっくり。まさかお前から、愛の告白を聞くことになるなんてなぁ」
渇いた口から出たのは、自分でも呆れるくらい、しょうもない台詞だった。
別の女が相手だったら、もっと気の利いた返しも出来たと思う。
だが、今のオーラントには、何かを考えて話すほどの思考力がなかった。
オーラントの間の抜けた返事に、緊張の糸が切れたのだろう。
すん、と鼻をすすると、ティアは、弱々しく言った。
「……オーラントさんが、言ったんじゃない。積極的な女の人がいいって」
「…………」
膝掛けを握るティアの手が、細かく震えている。
それを見ただけで、彼女が、一体どれほどの勇気を振り絞ってくれていたのかが、分かった。
下を向くと、ティアは、静かに言った。
「……オーラントさん、もうすぐ、王都に帰っちゃうんでしょう? 私、オーラントさんと会えなくなるなんて、嫌。……お願い。私のことも、連れていって」
「…………」
ああ、もう駄目だと思った。
曖昧な関係のまま、へらへらと笑って別れを告げるわけには、いかなくなった。
ティアの言葉を聞いてしまった以上、もう、引き返せない。
この関係に白黒つけるしか、なくなってしまったのだ。
オーラントは、ゆっくりとティアに向き直った。
「……本気で言ってるのか。俺は、いつ死ぬかも分からんような身の上だぞ」
ようやく出た声は、随分と冷たかった。
ティアの表情が、微かに歪む。
拒絶されたことを即座に理解したような、悲しみの表情だった。
「……本気よ。それに私だって、小さい頃から、何度も何度も、お医者様に死ぬかもしれないって言われてきたような人間だもの」
涙をこらえるように、すっと息を吸って、顔をあげる。
そんなティアの口元には、寂しげな笑みが浮かんでいた。
「でも、私ね、オーラントさんがいてくれたら、頑張れる気がするの。諦めないで、絶対に生きていようって、そう思うの。……私じゃ、オーラントさんの、そういう人にはなれない?」
オーラントの目が、揺れる。
ティアの視線から逃げるように踵を返すと、「悪い」と、そう一言だけ告げて、オーラントは足早に部屋を出た。
そのあとのことは、よく覚えていない。
胸の奥が、ぐらぐらと煮えているような思いを抱えたまま、オーラントは外に飛び出した。
いつの間にか、辺りは暗くなっている。
昼間より一層冷えきった風が、身体の芯を蝕んでいくのを感じながら、オーラントは、黙々と帰路についたのだった。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.164 )
- 日時: 2018/11/11 19:15
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
それ以来、オーラントは、ティアに会いに行くのをやめた。
巡回の際、ふとティアの家を遠目に見ても、二階の窓は、もう開いていなかった。
あんな最低な別れ方をしたのだ。
きっと彼女も、呆れているだろう。
こんな無神経で、意気地のない男だとは思わなかったと、軽蔑しているに違いない。
これで良い。これで、良いのだ。
このまま、二度と顔を合わせず、何事もなかったかのように別れるのが良い。
もしもう一度会ってしまったら、堪えきれぬものが、口を突いて出るかもしれない。
今ならまだ、穏やかな思い出の一片として、留めていられる。
今なら、まだ──。
数日が経って、カナンの村に常駐する、後任の新人魔導師が決まった、との連絡が入った。
こんな北端での勤務を希望する者なんて、滅多にいないから、その後任魔導師とやらは、さぞうんざりした顔でやってくるだろう。
実を言うと、かつての自分もそうだった。
特に希望する任務地はない、などと告げてしまったばっかりに、こんな辺境での勤務を押し付けられてしまったのだ。
こうなるなら、嘘でも中心部を希望しておけばよかったと、当時は後悔したものである。
魔導師になって二、三年もすれば、どこぞの街や村に常駐していたとしても、その付近で何かしら事件があれば、あちらこちらに派遣されることになる。
内戦や暴動が起きたともなれば、その鎮火に駆り出されることもしばしばだ。
しかし、まだ経験の浅い新人の内は、常駐場所の警備や巡回が主な仕事だ。
カナンの村は、厳しい寒さに脅かされているという点以外は、事件など滅多に起こらない、平和なところだった。
平和だが、目新しいものも何もない、どのつく田舎だ。
正義を掲げ、敵を打ち破る──そんな勇敢な魔導師を夢見て入団した若者には、かなり退屈な村だろう。
まだ顔も知らぬ新人魔導師が、雪しかないカナンの村を見たとき。
一体、どんな拍子抜けした顔をするのかと想像して、オーラントは苦笑した。
(……結構、良い村なんだけどな)
もうすぐ去ることになる、駐屯地の板張りの間を見渡して、オーラントは嘆息した。
華やかな都市部も良いが、こうして国の端々まで足を伸ばすのも悪くないと、そう思ったのは、この村がきっかけだ。
王都にいるだけでは知り得ない、様々な土地の暮らしや文化に触れるというのも、魔導師にしかできないことなのかもしれない。
目を閉じれば、北の地に来てから出会ってきた人々の顔が、頭の中に浮かんだ。
最初は皆、王都から来た魔導師だと聞いて、顔を強張らせていたが、打ち解けてみれば、彼らと自分との間には、何の隔たりもなかった。
一人、また一人と思い浮かべて、最後に浮かんだのが、ティアの笑みだったとき、ずっと無視してきた愛おしさが、くっきりと目の前に現れたような気がした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.165 )
- 日時: 2018/11/15 18:25
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
日が暮れて、ひんやりとした隙間風が、オーラントの頬を撫でた。
火の勢いを強めるかと、暖炉に薪をくべていると、不意に、どさりと屋根の上の雪が落ちる音がした。
今日は、降雪量もそう多くなかったのだが、自然と雪崩を起こすほど、雪が積もっていただろうか。
そう不思議に思いながらも、火を興していると、今度は、駐屯地の壁を、こつこつと軽く叩くような音がした。
外に、何者かの気配がする。
殺気はなく、怪しげな魔力も感じないその人物は、まるで何かを探るように、駐屯地の壁をこつこつ、こつこつと叩いて回っている。
それが、入り口を見つけようとしているのではないかと気づいたとき、オーラントは、まさか、と思った。
まさか、そんなはずはない。
だって彼女は、一人で歩けるかどうかも分からないと、そう言っていたのに。
玄関口の扉を開けてみると、思っていた通りの人物が、壁伝いに歩いていた。
鼻先を赤く染め、白い息を吐きながら、よたよたと杖を支えに歩くその女を、オーラントは、信じられぬ思いで見つめていた。
「……ティア」
はっと、ティアが顔をあげる。
うっすらと雪の積もった髪を、慌てて手櫛で整えると、ティアは、安堵した表情になった。
「オーラントさん……?」
「……ああ」
ティアの顔が、ふわりと綻んだ。
悴(かじか)んで、上手く動かない指先を懸命に動かし、真新しい外套についた雪も払うと、ティアは、口を開いた。
「良かった……あの、村の人たちにね、オーラントさんはどこにいますかって、聞いて来たの。オーラントさんの言った通り、思いきって話しかけてみたら、皆、親切な人だったわ。一緒に来て案内するって言ってくれた人もいたのだけど、恥ずかしいから、断っちゃった……」
照れたようにうつむいて、ティアは、矢継ぎ早に言った。
「あの……あのね、この前は、その、変なことを言って、困らせてしまってごめんなさい。王都に連れていけなんて、もう言いません。……ただ、このままお別れするのは、どうしても嫌だったから、最後に、ありがとうって、お礼だけ言いたくて、それで……来ました」
ティアの声が、尻すぼみになって、消える。
次の言葉を迷っているのか、少し困った様子で黙り込んだ彼女の肩は、寒さからか、微かに震えていた。
村の奥地にある彼女の家から、入り口付近にある駐屯地まで、そう遠くはない。
しかし、ろくに外出などしたこともないティアが、雪を掻き分けて、進んで、どんな思いでここまで来たのか。
想像するだけで、胸の奥がずきりと痛んだ。
ティアは、辿々しい口調で、言った。
「あの……私、完全に失明した時から、ずっと、目の前が真っ暗だったの。でも、オーラントさんが声をかけてくれたあの日から、少しずつ、視界が明るくなっていって、毎日が、とてもきらきらしていた。……だから、私ね、やっぱり、オーラントさんのことが好きよ」
一度息を詰めると、ティアは、下を向いた。
しかし、すぐに顔をあげると、泣き出しそうな表情で、笑んだ。
「本当に、本当に、ありがとう……。どうか、お元気で」
そう言って、背を向けようとしたティアの身体を、気がついたときには、抱き寄せていた。
懐に入れた彼女の身体が、想像以上に細くて、冷たくて。
少しでも暖まるように、オーラントは、抱く腕に力を込めた。
「……ごめん。臆病で、ごめんな」
抑えようとしたはずのものが、口からついて出た。
「俺も、好きだったんだ。本当は、ずっと好きだったんだよ、ティア」
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.166 )
- 日時: 2018/12/06 08:48
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
* * *
季節が巡り、ティアの妊娠が分かったのは、それから一年ほど経った、春のことであった。
シュミレット家との縁を切り、王都シュベルテに移り住んでいた二人は、城下町でも南端の、物静かな郊外にある、小さな家で暮らしていた。
当時、ほとんどの時間を王宮で過ごしていたオーラントのことを考えれば、王宮近くに新居を建てても良かったのだが、騒がしい中心部にティアを住まわせるのは、なんとなく躊躇われた。
故に、長閑(のどか)な下町に移ることにしたのである。
オーラントが選んだ郊外は、自身が昔、一時的に住んでいた場所でもあって、顔見知りが多かった。
嫁を連れて戻ったとなれば、散々からかわれるであろうということは容易に想像できたので、若干気は重かったが、たった一人での生活が難しいティアには、周囲の助けを借りやすい環境の方が良いだろうと思った。
最初は、上手く馴染めるか不安であったが、オーラントの心配などよそに、ティアは、すんなりと近所の人間たちに溶け込んでいったし、簡単な家事なども、こなせるようになっていった。
子供ができたみたい、と打ち明けてきたのは、オーラントが遠征から戻ってきて、一月ぶりに帰宅した時であった。
おそらくティアは、帰ってきたオーラントに、すぐに伝えたかったのだろう。
玄関口で、靴を脱いでいるときに突然告白されたので、持っていた一月分の大荷物を、盛大に落とした。
この時のオーラントは、喜びのあまり大興奮していたので、ティアになんて声をかけたのか、ほとんど記憶がない。
ありがとう、とお礼を言ったような気もするし、思わず、俺の子? だなんて、失礼極まりない質問をしてしまったような気もする。
とにかく、そのまま玄関に座り込んで、縁起が良さそうな意味を持つ古語を並び立て、子供の名前にはどれが良いだろうと吟味し始めたので、まだ男か女かも分からないのに気が早いと、ティアに呆れられたことだけは覚えている。
一般的に考えれば、幸せの絶頂期であろう、新婚生活。
にも拘わらず、宮廷魔導師としての仕事に忙殺され、家を空けることが多くなっていたのは、本当に申し訳ないと思っていた。
しかしティアは、職業柄仕方がないことだと納得して、オーラントを責めてくることは一切なかったし、近所の人達も皆、親切にしてくれるからと大丈夫だと、そう言って、いつも笑っていた。
オーラント自身、すまなく思う一方で、ティアは案外、芯が強くて聡い娘だから、きっと一人でも問題ないだろうと──心のどこかで、安易に考えてしまっていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.167 )
- 日時: 2018/11/23 18:56
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
そんな彼女の優しさに、甘えていたことを後悔する日が、やがて、訪れた。
いつものように帰宅をすると、ティアが、台所の脇で、倒れていたのである。
その口から、暗い色の血液が流れ出ているのを見たとき、頭が真っ白になった。
蒸し暑い、初夏の日の夜であった。
慌てて近くの病院に駆け込むと、ティアはそのまま、入院することになった。
ティアは、すぐに意識を取り戻したが、家で倒れていたのだと話すと、ごめんねと言って微笑んだ後、何かを諦めてしまったような、遠い目になった。
嫌な予感がしていた。
ティアは、カナンの村にいたときから、臥せりがちであった娘だ。
王都に来てからは、目が見えないという点を除いては、元気そうであったし、自分も仕事が順調で、何もかもが上手くいっていたから、完全に浮かれていた。
──何かあっても、ティアならうまく立ち回るだろう。
そんな風に、呑気なことを考えていた自分が、心の底から憎らしかった。
その日は、一日ティアについていようと思ったのだが、大丈夫だから行ってほしいと言って聞かないので、仕方がなく、仕事に出た。
しかし、働きに行ったところで、集中できるはずもないので、早々に切り上げて、病院に戻った。
ティアの病室に戻ると、ちょうど彼女が、医師から自身の病状の説明を受けたところであった。
どうだったのかと尋ねると、ティアは、静かな声で答えた。
「お腹にね、腫瘍があるんですって。治療したところで、一年生きられるかどうか、分からないって」
言葉の内容とは裏腹に、あまりにも、落ち着いた態度であった。
ティアは、病室の寝台に横たわって、いつかのように、窓の外を眺めていた。
「昔ね、同じ病気になったことがあるの。再発する可能性もあるって、分かってはいたのだけれど、そういうことに気を張るの、最近、忘れてしまっていたの。……ごめんね」
淡々と話す彼女の声を、オーラントは、ぼんやりと聞いていた。
寝台脇の椅子に腰かけ、血が通っていないのではないかと思うほど冷たい額に手を当てると、オーラントは、かすれた声で言った。
「……治る見込みが、全くないって訳じゃないんだろ? なに、大丈夫さ。気持ちさえしっかり持っていれば、病なんて──」
「治療は、受けないわ」
穏やかな顔で、ティアが言った。
一瞬、何を言われたか分からず、目を見開いたまま、オーラントは硬直していたが、ややあって、椅子から立ち上がると、ティアに詰め寄った。
「……なんで。治療を受けないって、どういうことだ?」
ティアは、小さく首を振った。
「私、知ってるもの。この病気のお薬はね、飲むと、お腹の中の赤ちゃんに、悪い影響が出てしまうの。だから、治療はしない」
「でもお前、そんなことしたら──」
「私は、死んじゃってもいい。でも、この子だけは、絶対生む」
頭に、かっと血が昇った。
怒りなのか、絶望なのか、よくわからない激情が突き上げてきて、オーラントは叫んだ。
「馬鹿言うな! まだ生まれてもいない赤ん坊より、お前の命が優先に決まってるだろう! お前の代わりは、いないんだぞ!」
病院中に響き渡るほどの、大声だった。
何事かと集まってきた職員たちが、ちらちらとこちらの様子を伺っている。
何度か深呼吸すると、オーラントは、崩れ落ちるようにその場に膝をついて、ティアの冷たい手を握った。
「頼む……。頼むから、そんなこと、考えないでくれ。お前が、いなくなったら……」
ぽつりと、雫が落ちる。
寝台にぽつぽつと落ちるそれが、自分の涙なのか、ティアの涙なのか、視界が滲んで、よく分からなかった。
ティアが、震える声で、言った。
「……この子の代わりだって、いないよ」
微かに膨らんできた腹をさすって、ティアは、呟いた。
「この子がいいの……」
繰り返し、繰り返し、囁くように。
「私は、この子がいい。この子が……」
「…………」
何も、言えなかった。
男には見えぬ強い母子の絆が、既にそこにあるのかもしれないと思うと、何も、言えなくなってしまった。
どうして、こんなことになったのだろう。
何故、もっと早く気づけなかったのだろう。
もしかしたらティアは、自分の不調に気づいていたのかもしれない。
気づいていて、怖くなって、無意識に目をそらしたのかもしれない。
治療をすることになれば、胎児を悪影響が及ぶと分かっていた。
だから、単なる風邪か何かだと信じて、祈って、自分の胸の内に抱え込んでいたのかもしれない。
彼女がその不安をしまいこんだとき、その場にいなかった自分を、殴ってやりたい気分だった。
微かに開いた窓の隙間から、初夏にしては珍しい、蜩(ひぐらし)の鳴き声が聞こえてきた。
その旋律を聞いている内に、ふと、記憶の片隅に追いやっていた、イグナーツの暗い瞳が、脳裏に蘇った。
一年前の叙任式で見た、光のない目──。
今なら、よく理解できるような気がした。
もしこのまま、ティアが死んで、腹の子も死んだら、自分は間違いなく、あんな目になるだろう。
己は、いつ死ぬか分からない身だ。
子供だって、妻だって、命の危険に晒されている。
死は、常に自分たちの周りに、蔓延っている。
以前は、当然のようにその事実を受け入れられていたのに、ティアと結ばれてからは、そのことをすっかり忘れてしまっていた。
寝台の下に視線をやると、そこにわだかまっている闇に、無数の人の手が蠢いているように見えた。
名も知らぬ、顔も覚えていない、自分が殺した誰かの手。
それらが、ティアの命も、子の命も、引っ掴んで、掻き乱して。
全てを、奪い去っていってしまうような気がした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.168 )
- 日時: 2018/11/27 18:41
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
* * *
「ジークハルト……?」
不意に、弱々しい声が聞こえた。
ティアが、目を覚ましたのだろう。
オーラントは、座っていた椅子から立ち上がると、彼女の身体にかかった毛布を、かけ直してやった。
「……おはようさん。つっても、今は夕方だけどな。うちのやんちゃ坊主なら、爆睡してんぞ。ほれ」
そう言って、腕に抱えていたジークハルトを、そっとティアの隣に下ろすと、ティアは、嬉しそうに笑った。
そして、枯れ枝のような指先を、探るように動かして、優しく我が子の手を握った。
結局ティアは、宣言した通り治療を受けず、無事に子供を生んだ。
生まれた子は、オーラントと同じ黒髪の男の子で、『ジークハルト』と名付けられた。
この名はかつて、子供が出来たと聞いて舞い上がったオーラントが、玄関口で咄嗟に並び立てた候補の中から選んだものだ。
ティアには気が早いと呆れられたので、そんな走り書きはどこかにいったと思っていたが、ティアが、ちゃんと拾って保存していたようだった。
生まれたジークハルトが、元気に育っていくのとは反対に、ティアは、日に日に衰弱していった。
妊娠していた頃は、一生懸命食べていたが、出産後は、食事が喉を通らなくなり、みるみる痩せて、よく吐血するようになった。
やがてティアは、夢と現実の間を彷徨いながら、譫言(うわごと)のように、昔のことを語るようになった。
シュミレット家での父との思い出から、オーラントとの思い出まで、ぽつぽつと話しては、楽しそうに微笑んでいた。
それから、三人で帰りたい、と頻繁に言うようになった。
どこに、とは言わないので、試しに、カナンの村に戻りたいのか、と問うてみたが、ティアはただ、懐かしいわ、と答えるだけであった。
一瞬、カナンの村に行こうかと思った。
彼女の本当の故郷は、ネール山脈の麓にほど近い、小さな街であったが、叔父夫婦から追い出された土地よりも、カナンの村の方が、思い出深いだろう。
しかし、一歳にもならないジークハルトと、寝台から動けないティアを連れて、北端まで旅をするのは、無謀なことだ。
最終的に、医師と相談して、三人は、シュベルテの郊外にあるオーラントの家に、やってきたのだった。
「……また、夢を見ていたわ」
寝台の上で、ジークハルトの手を握りながら、ティアがぽつりと言った。
「貴方と、初めて会ったときの夢。……すごく、素敵な夢だった。また見たいな」
「…………」
オーラントは、息を吸った。
普段通りの声が出るように、何度も呼吸してから、口を開いた。
「夢もいいが、そこのやんちゃ坊主の面倒も、見てやってくれよ。泣かないのは有り難いが、どうも俺には反抗的なんだ。この前なんか、俺の目に指を突っ込んできたんだぜ? とんでもない息子だぞ」
ティアが、ふふ、と吐息のような笑みをこぼす。
それから、オーラントの方に顔を向けると、ティアは言った。
「ジークハルトは、将来、どんな大人になるのかな。貴方に似て、心も身体も、強い人になったらいいね」
オーラントは、肩をすくめた。
「……そんなん、分からんだろ。まだ赤ん坊なんだから」
他にも言いたいことがあったのに、声が震えないようにしなければと思うと、あまり多くは喋れなかった。
やっと押し出した声ですら、なんだかぶっきらぼうになってしまう。
対してティアの声は、いつもより少しだけ、明るいような感じがした。
「それから、やっぱり、いろんな人の気持ちを理解できる、優しい人になってほしいわ。貴方と同じように、魔導師になりたいって言い出したら、ちょっと心配だけど、それはそれで、応援してあげたいね」
「……そうだな」
か細い、けれど、生き生きとした口調だった。
こんなに饒舌なティアと話したのは、一体いつぶりだろう。
暮らした時間は長くなかったが、久々に家に帰れて、ティアも喜んでいるのかもしれない。
しかし、彼女を蝕むものが、決してその勢いを無くしていないことは、なんとなく分かっていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.169 )
- 日時: 2018/12/02 18:57
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: hjs3.iQ/)
「そういえばね、私、ジークハルトに手紙を書いたのよ。私たちのところに、生まれてきてくれてありがとうって、書いたの。あと、ごめんねって」
「……そうか」
「病院の、寝台横の棚のね、二番目の引き出しに入っているから。いつか、ジークハルトが文字を読めるようになったら、渡してあげてね」
「……わかった」
返事をしてから、何度か瞬きをして、オーラントが下を向く。
でも、と言葉を継ぐと、ティアは続けた。
「私、全盲になってから、文字を書いたの久しぶりだったから、多分、上手に書けていないと思うの。だから、もし全然読めなかったら、捨てちゃっていいわ。その代わり、今の言葉、伝えてね。お母さんは、ジークハルトのことが大好きよって」
「…………ああ」
さらさらと、命の流れる音がする。
その流れを塞き止められないことが、悔しくて、悔しくて。
不意に、ティアが、手を伸ばしてきた。
その手は、宙を彷徨った末に、オーラントの前髪を、すっとかすって、止まった。
ティアが、悲しそうに目元を歪めた。
「……オーラントさん、泣かないで」
「…………」
はっと、息をこぼす。
オーラントは、首を横に振った。
「泣いてねえよ」
「……泣いてるよ」
「……お前、見えないだろ」
「……見えるよ」
滅多に動かない亜麻色の睫毛が、すっと持ち上がった。
真っ暗な、その瞳の奥に──。
オーラントの顔を映して、ティアは、ふわりと微笑んだ。
「私、貴方に出会ってから、いろんなものが見えるようになったの」
彼女の瞳が、一瞬だけ、光を灯す。
オーラントは、その瞳に宿った光を、じっと見つめていた。
「今も、光が沢山見えるわ。オーラントさんと、ジークハルトの周りに、光が、沢山……」
ティアは、重たそうな瞼を、ゆっくりと瞬いた。
「……まだ、その光を、見ていたかったなぁ」
「…………」
じゃあ、逝くなよ。
そう言おうとして、オーラントは、口を閉じた。
言えなかった。
喉が熱くなって、声を出そうとしても、嗚咽しか漏れなかった。
「──ねえ、オーラントさん」
ティアの唇が、一瞬、震えた。
「……ジークハルトと、一緒に……どうか、幸せになってね」
伸ばされていた彼女の腕が、ゆるゆると下がっていく。
咄嗟にその手を掴むと、オーラントは、ようやく言葉を押し出した。
「……待ってくれ。そんなの、お前が、いないと……」
ちゃんと届いたか、分からなかった。
他にも、色々なことを伝えたくて、オーラントは必死に口を動かしたが、不明瞭な喘ぎ声になるばかりで、自分でも聞き取れなかった。
それでもティアは、どこか幸せそうに、薄く笑った。
「嬉しい……ありがとう。……ごめんね」
ティアの腕の力が、徐々に抜けていく。
押し上がっていた睫毛が、ゆるゆると下りてきて、つむればきっと、もう二度と持ち上がらないような気がした。
「…………」
オーラントは、祈るように、ティアの手を額につけた。
お願いだから、待ってくれと。
一緒にやりたいことも、見たい景色も、まだまだ沢山あったのに。
「……幸せ、だったなぁ」
ティアの、囁くような声が聞こえた。
「……すごく、幸せだった。……あのね、私ね、やっぱり、貴方のことが──……」
その言葉の続きが、声になる前に、ティアの瞳の光が、ゆっくりと消えた。
安心したように、ふうっと吐息をこぼして。
握っていた彼女の腕が、ぱたりと落ちたとき。
目の前のものが、何も見えなくなった。
自分はずっと、こうなることを恐れていたのだ。
一人残されるのが怖くて、怖くて、ずっと、尻込みしていた。
あるいは、自分が死んで、最愛の誰かにこんな思いをさせることが、嫌で嫌で、たまらなかった。
独り身のままであったなら、このような絶望を味わうことはなかったのに──。
やはりあの時、ティアを引き留めなければ良かった。
彼女からの好意を、はっきりと拒んで、一人で、カナンの村から去れば良かった。
そんな後悔が、一瞬だけ頭をよぎった瞬間。
ティアの側に横たわっていたジークハルトが、突然、声をあげて泣き始めた。
「おいおい、どうした、急に……」
息子の目から、大粒の涙がこぼれ落ちていく。
抱き上げて、その背をあやすように撫でながら、オーラントは呟いた。
「泣くな、泣くな……悪かったよ。今のは、冗談だって。……後悔なんて、してないから……」
立っていられなくて、後ろに倒れこむようにして、椅子に座る。
ジークハルトの背を叩きながら、オーラントは、何度も何度も、言い聞かせた。
「……男の子だろ。頼むから、泣くな……」
もはや、どちらに言い聞かせているのかも、わからない。
ただひたすら、泣くな、泣くなと、オーラントは呟いていた。
「なあ、泣くな、ジークハルト。お願いだから……」
溢れ出した涙は、後から後からこぼれて、一向に止まらない。
オーラントが、再び足に力を込めて、立ち上がるまで。
二人は、ずっと泣き続けていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.170 )
- 日時: 2018/12/06 18:18
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
* * *
どん、と身体に衝撃が走って、オーラントは、はっと顔をあげた。
頭の芯に、まだ痺れるような眠気が残っている。
椅子の背もたれを支えに上体を起こして、寝ぼけ眼を擦ると、視界の端に、久しく見る息子の姿が映った。
「……おお。帰ってたのか、珍しいな」
「着替えを取りに来ただけだ。すぐに出る」
そう言ってジークハルトは、自分の箪笥から衣服を何着かとると、手早く荷に詰め込んでいく。
久々に会ったと言うのに、この無愛想さ。
一体誰に似たのか、皆目見当もつかない。
オーラントは、呆れ半分に苦笑すると、座っていた椅子から立ち上がった。
そして、強張った首をこきこきと鳴らすと、一つあくびをした。
「ていうか、俺、寝てたのか。なんかさっき、誰かに勢いよく蹴られた気がする……」
「俺だ」
「お前かよ!」
悪びれもなく自首してきたジークハルトに、びしっと突っ込みを入れる。
ジークハルトは、外出準備を進めながら、淡々と返した。
「そんなところで、鼾(いびき)かいて寝ているからだ。寝るなら寝室に行け。邪魔だ」
「お前、ほんと口悪いな……」
オーラントは、はあっとため息をついた。
そういえば昨夜は、書き物をしていて、それ以降の記憶がない。
どうやら、文机で作業している途中に、疲れて寝てしまっていたようだ。
五十近くにもなって、椅子の上で長時間寝ていたら、起きたときに全身を痛めていただろう。
加えて、風邪も引いていたかもしれない。
そう思うと、起こしてくれたジークハルトには、一応感謝しておこうと思った。
蹴っ飛ばしてきたことに関しては、毛頭許す気などないが。
聞く耳を持たない息子を見つめながら、オーラントは、痛む左手首を回した。
サーフェリアの前召喚師、シルヴィア・シェイルハートに右腕を奪われてから、約六年。
片腕のない生活には大分慣れたが、左手で文字を書くときなんかは、やはり不便を感じることが多い。
練習を重ねてきたので、最初の頃に比べればすらすら書けるようにはなったが、どうしても、利き手で書いていた頃に比べると、神経を使ってしまうのだ。
オーラントは、散らかしていた文机を簡単に片付けると、やれやれと肩をすくめた。
「色々と気に食わない年頃なのは分かるが、減らず口叩きまくって、あちこちに敵作るのはやめておけよ。お前もいい大人なんだし、嘘でもいいから、にこにこしとけ。な?」
「うるさい。にこにこなんかするか、気色悪い」
人生の先輩として助言してやっても、この様だ。
華麗に一刀両断されて、オーラントは、大袈裟に嘆息した。
「はぁー……今の言葉、母ちゃんが聞いたら泣くぜ? お前の名前はなぁ、強くて優しい……いいか、もう一度言うぞ。や、さ、し、い! 未来の明るい男になれという意味を込めて、『光』って意味のジークハルトと──」
「その下り、百回は聞いた」
オーラントの言葉を遮るように、ジークハルトが、どかっと荷を地面に転がす。
それから、魔導師用のローブを羽織ると、ジークハルトは、作った荷を背負いこんだ。
息子の背は、もうほとんど父と変わらない。
目線の変わらなくなったジークハルトの目を見て、オーラントは、困ったように苦笑した。
「ったく、しょうがねえ奴だなぁ。言っても無駄ってわけか。もういい、さっさと行け。へまやらかして、死ぬんじゃないぞ」
「当たり前だ」
しっしっと追い払うように手を動かせば、こちらには一瞥もくれずに、ジークハルトは扉の方に向かった。
しかし、取っ手に手をかけたとき。
何かを思い出したように振り返ると、ジークハルトは、ついでのように言った。
「ああ、そういや俺、宮廷魔導師になった」
「……は? なんだって?」
思わず聞き返して、硬直する。
言われたことが理解できず、しばらく反芻してから瞠目すると、オーラントは、恐る恐る尋ねた。
「……お前、今、二十歳だよな?」
「そうだ」
短く返事をして、オーラントの顔を見る。
その驚愕の表情に、勝ち誇ったように口端を上げると、ジークハルトは、憎らしく言った。
「歴代最年少、二十六歳にして宮廷魔導師にまで上り詰めた若き天才。飆風(ひょうふう)のオーラント、だったか?」
「…………」
ジークハルトは、ふっと鼻で笑った。
「悪いな、親父」
それだけ言うと、さっさと家を出ていってしまう。
扉の外の光に、ジークハルトが吸い込まれていくのを見ながら、オーラントは、しばらくぽかんとしていた。
しかし、ふと脱力したように椅子に座り込むと、がしがしと頭を掻いた。
「あーあ、とんでもねぇクソガキになったもんだ。……なあ?」
開いた窓の隙間から、爽やかな初夏の風が、そよそよと入り込んでくる。
目を閉じると、記憶のどこかで、柔らかな亜麻色が、ふわりと揺れたような気がした。
………………
オーラントの妻、ティアの『光』のお話でした(^^)
いかがだったでしょうか?
個人的には、闇の系譜らしからぬ純愛ものになったなぁと思っています(笑)
あのくだらない『桃太郎』と『シンデレラ』の後に書いた話がこれかい、っていうw
ティアさんは、本編には出てきません。
でも、オーラントとジークハルトに大きな影響を与えた登場人物の一人です。
ジークハルトについては、まだそんなに出してないので何とも言えませんが、オーラントに関しては、それがかなり如実に表れているかなと思います。
「これからも、私みたいな独りぼっちがいたら、見つけて、助けてあげてね」
このティアの台詞、オーラントさんの中に、生涯残り続けたんじゃないでしょうか。
だからこそオーラントさんは、本編で最初のルーフェンの理解者になったのかなぁと思います。
ルーフェンママのシルヴィアに殺されちゃいましたが、前国王エルディオも、ティアの言う通り賢王だったんだろうと私は考えています。
本編だと、シルヴィアを騙して、ルーフェンに対して「召喚師やだ? 殺すぞクソガキ」みたいな感じで脅迫していたエルディオさんですが、それも、王として持つべき非情さだったのかなと。
飄々としているけど、実は歴代最年少で宮廷魔導師になっていたオーラントさん。
彼はどちらかというと、ルーフェンと同じ天才タイプですが、息子のジークハルトの方は、秀才タイプです(もちろん才能もあったんでしょうが)。
だから秀才の息子が、天才の父親の最年少記録を六年も塗り替えて宮廷魔導師になったときは、すごく気分が良かったんじゃないかなぁ(笑)
既にサーフェリア編の下巻で少し描写していますが、ジークハルトは、ルーフェンのライバルになり得る才覚の持ち主です。
国を護りたいという思いが誰よりも強いジークハルトは、ルーフェンの危なげな部分を気にかけている一方で、生まれながらにして守護者という称号を有し、絶対的な力を持っている召喚師という立場を、どこか羨ましく思っている節があると思います。
対してルーフェンは、ジークハルトの強い志とか、オーラントさんの存在とか、そういった部分をやはり羨ましく思っているんじゃないでしょうか。
お互い、ないものを持っている存在。
そんなライバルとして、今後二人を本編で描いていきたいですね。
さて、あとがきが長くなってしまったので、そろそろ切り上げます(笑)
読んで下さった方、ありがとうございました!
次はジークハルト&アレクシアの話か、ギャグを書きたいと思います(?)
それではまたー!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.171 )
- 日時: 2018/12/18 20:49
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: qToThS8B)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18787
サミル「皆さん、こんにちは。サミル・レーシアスです。最近、寒くなってきましたね」
ダナ「全く、老体には堪えるな。これから更に寒くなっていくと思うと、気が滅入るわい。若い頃は、寒さなんてそう気にならなかったものだが……」
サミル「本当ですね。こんな寒空の中でも、薄着で走り回っている子供たちを見ると、自分も年をとったものだと改めて思います」
ダナ「ほほほ、子供の体力っちゅうもんは、底なしじゃからのう。わしも、心だけは若いんだがなぁ」
サミル「またそんなこと言って。ダナさん、もう七十越えてるんですから、無茶しては駄目ですよ」
ダナ「何を言っとる、お前ももう立派なじじいじゃろうが。それに、闇の系譜には、じじいが多く登場しておるからの。わしが特別年寄りってこともなかろう」
サミル「まあ、それはそうかもしれませんが……」
ダナ「とは言っても、流石に、七回目の座談会にして、じじい二人が並んでいるというのは、絵面的に地味じゃな。今回のゲストには、ちゃんと若い坊が来てくれるんじゃろう?」
サミル「ええ、そう伺っていますよ。今日は、銀竹とも付き合いが長いヨモツカミさんの作品から、男の子が一人、来てくれるようです」
ダナ「ほう、そいつは楽しみじゃの。では、早く本番に入った方がよいじゃろうて。わしはさっさと退散するとしよう」
〜闇の系譜〜座談会⑦
『世界線を超えてⅢ』
サミル「それでは早速、座談会を始めていきましょうか。本日のゲストは、複ファ板で連載中の『継ぎ接ぎバーコード』から来てくれています。どうぞ、お入りください」
クラウス「こんにちはー!」
サミル「とっても元気ですね、こんにちは。はじめまして、私はサミルと言います。君の名前を教えてもらって良いですか?」
クラウス「サミル! ……さん! はじめまして、オレはクラウスって言う……言いまーす!」
サミル「クラウスくんと言うのですね。今日はよろしくお願いします。あ、無理に敬語を使わなくても大丈夫ですよ。どうぞやりやすいように、楽しんでいって下さい」
クラウス「あはは、無理してんのバレたな。目上の人には敬語使いなさいって言われてたからやってみたけど、やっぱよくわかんねーや!」
サミル「確かに敬語が使えるのも大事ですが、ここはそんなに畏まった場でもないですしね。お互い気楽にいきましょう。クラウスくんは、甘いものとかお好きですか? お菓子でもどうです?」
クラウス「えっ甘いの超好き。チョコとか! いやでも待て、知らないヒトに食べ物貰っちゃ駄目って言われてるし、サミルも食べ物で釣っちゃ駄目だぞ!」
サミル「知らない人だなんて、そんな寂しいこと言わないで下さいな。私達、たった今、知り合いになったではありませんか。それにほら、今日はクラウスくんが来ると思って、お菓子を沢山用意したんですよ。食べてあげないと可哀想だと思いませんか?」
クラウス「そっか、今知り合ったから知り合いか。確かにお菓子が可哀想だ、食べるー!」
サミル「はい、どうぞ。好きなだけ食べて大丈夫ですよ。ところでクラウスくん、昨日の夜はちゃんと眠れましたか? 目の下の隈が気になりますが……」
クラウス「昨日の夜っていうかいつも眠れてないぜ! だからこの隈はもうファッションみたいな? あいでんててー的なものなんだ!」
サミル「あ、あいでんててー? は分かりませんが、あまり寝れてないのは良くないですね。クラウスくん、まだ若いですし、沢山寝たら、身長もまだ伸びるかもしれません。温めた牛乳など飲むと、よく眠れますよ」
クラウス「ホントか!? 流石にもう伸びないと思ってたけど、温めた牛乳か……! ちゃんと寝ればトゥールよりも高くなれるかもしれないな。頑張るぜ!」
サミル「ふふ、寝る子は育つ、と言いますからね。トゥールさんというのは、お友達ですか?」
クラウス「友達というか、仲間かな? トゥールは凄いんだぜ。人間とトカゲの中間みたいな変な見た目してるけど、背高いし、強くてかっけーんだ!」
サミル「人間とトカゲの中間……獣人みたいなものでしょうか? いいですね、背が高いとかかっこいいとか、男としてはやはり憧れてしまいますよね」
クラウス「獣人? ていうか、そういう〈能力〉なんだけど。見た目はジッと見てるとキモいけど、爪がシャキンってなってて、めっちゃ強いんだぜ。まあ、別に憧れはしないけど」
サミル「そうなのですか? 私なんかは、子供の頃、そういう普通の人にはない強さ、みたいなものに憧れたりしましたけどね。私は運動音痴だったので」
クラウス「サミル運動できなかったのか。でも、運動駄目でも他ができたタイプってぽいよな。今、すごいちゃんとした人って感じだし」
サミル「大人になってからは、身長も人並みになりましたが、小さい頃は背が低くて、運動も全然できなかったんですよ。だから、『鈍臭い』と『サミル』をかけて『どんくサミル』などと呼ばれて、同年代の子供たちにからかわれていたものです。兄がなんでもそつなくこなすタイプだったので、それと比較されたりして、余計にね」
クラウス「どんくサミルウケるな! そっかー、オレ兄弟いなかったけど、いても比べられちゃうんだなあ」
サミル「まあ、兄も自分の能力を鼻にかけるような人ではなかったので、劣等感みたいなものは抱いてなかったんですけれどね。クラウスくんとそのトゥールさんは、いつ知り合ったのですか?」
クラウス「もう六年前だから、オレが十二の頃だなー。あの頃のトゥールは今よりもっと荒んでたから、なんか怖いって思ってたけど、ずっと一緒にいるうちに、あいつただの陰キャで、明るいオレのノリについてこれなかっただけだったってことに気付いたから、たまにだる絡みしてやってたけど、上手くあしらえなくて困ってんのが面白かった!」
サミル「トゥールさんは、恥ずかしがり屋で人見知りだったのですね。気の合う友人というのも良いものですが、自分とは全く正反対の人と付き合ってみるというのも、面白いものです。もう六年も一緒にいるのですから、きっとクラウスくんとトゥールさんは、これからもずっと仲良くいられますね」
クラウス「六年なあ。考えてみるともうそんなに経つんだな……。これからも一緒だといいな。うーん、やっぱサミルはオレの知ってるジジイとは言う事も違うな。ちゃんとした大人って感じ!」
サミル「クラウスくんの周りには、どんな大人がいるんですか?」
クラウス「大人っていうか……多分、年齢だけはサミルより年上なんだけど、見た目は子供で、頭も子供で、年だけ取ってるから目上に対する態度がどうとか言ってくるし、そのくせ殴りかかったら子供に手を上げるなんてサイテーとか言ってきて、都合よくジジイと子供のふりをしてくる、害悪ジジイ系主人公、ジン。あとは人が嫌がることをするのが大好きな三十路のババアとか」
サミル「それは随分と個性的な方々ですね。見た目も頭も子供なら、それはもはや子供なような気がしてしまいますが……なんと、私より年上なのですか。クラウスくんの世界には、不思議な現象が沢山あるのですね。まあでも、お話に出た二人とも、きっとクラウスくんのことが好きなのですよ。好きな相手だからこそ、突っかかってみたり、意地悪したくなってしまうものです」
クラウス「えー。アイツらに好かれてんの気持ち悪ーっ! オレのこと好きになっちゃうのはわかるけど、好きなら普通に優しくしてほしいわ」
サミル「ほら、クラウスくんも、トゥールさんに絡んでみたりしたわけでしょう? それと一緒ですよ。本当に興味がなければ、そもそも関わらないわけですから、皆さん、クラウスくんとお話してみたかったんですよ。きっと素直じゃないだけです」
クラウス「てことは皆素直じゃない奴ってことか! なんだよもー面倒くさい奴らだな! まあ、オレも含めてそうか……。サミルの周りはそういう素直じゃない面倒な奴っているか? 面倒なあいつらへの対策を考えねーとだから、参考にしたい」
サミル「そうですね……私の周りには、素直じゃないというより、単純に不器用な人が多いかもしれませんね。心の内を上手く表に出せなかったり、誰かを頼ったりするのが下手だったり。まあ、それも素直じゃないという表現に当てはまるといえば、当てはまりますけれど。
対策になるかは分かりませんが、まずはこちらが素直になって接すれば、相手も心を開いてくれると思いますよ。裏表がなくて、自分に対して好意的な相手は、なかなか突っぱねる気にならないでしょう?」
クラウス「不器用なやつか。なんか、こっちにも心当たりあるなあ。そしたら、あいつらも不器用なのかもな。だからこそ、オレが素直に……。いや、オレは十分素直にあいつらのこと嫌ってるはずだから、やっぱあいつらが変わるべきだな!」
サミル「ふふ、クラウスくんには、気心の知れたお仲間が沢山いらっしゃるようですね。言葉にしなくても、通じあっているような。色々と質問してしまったのですが、実を言うと、クラウスくんとトゥールさん、そしてジンくんの三人が、仲良しだということは、銀竹から聞いていたのですよ」
クラウス「あっ、出たなぎんたけめ! 誰が仲良しだし! トゥールはともかく、ジンは嫌いだってのに!」
サミル「おや、本当にそうなのですか? ジンくんのほうは、クラウスくんのこと、好きだと思うのですけどね。クラウスくん、雰囲気を盛り上げるのお上手ですし、一緒にいると楽しいんじゃないでしょうか」
クラウス「うーん、まあ、オレといたら楽しいのはそうだろうけど、オレはジンのこと好きになれねーし、どう足掻いても仲良くなれない奴っているじゃん? けんえんの仲、的なやつ! 多分オレたちソレなんだよ」
サミル「なるほど、そうだったのですね。一緒にいることが多いと聞いていたので、てっきり仲が良いものだと思っていたのですが……。ジンくんは、どんな方なんですか?」
クラウス「えー、オレもジンのことはよくわからないけど……多分、あいつも不器用な奴なんじゃねーかな。一人で色々抱えてんだろなあって感じ。元から表情暗いのかもしんないけど、しょっちゅう暗い顔してるし。なんか、トゥールに似てるとこある気がする。両方根暗だ、多分!」
サミル「ジンくんも、トゥールさんも、きっと色んな背景がある子なのでしょうね。……って、先程からジンくんと呼んでしまっていますが、私より年上なんでしたね。ジンさんとお呼びするべきでしょうか。なんというか、子供の見た目だと、こう……つい可愛がりたくなってしまいますね」
クラウス「あんな奴の何が可愛いんだよ。ジンなんかくんとかちゃんとかさんなんてつける必要ねーよ。オレのオススメの呼び方はジジイのジンで“ジジン”だぜ! こう呼ぶと普通に怒られる!」
サミル「ジジンって、それはそれで呼びやすい気がしてきましたね。でもご本人は嫌がっているようですから……うーん、そうですね。もう少し言い方を丁寧にして、ジンおじいさん、略して“ジンジイ”なんていうのもどうですか?」
クラウス「やー、言い方丁寧にしても意味変わらない限り、あいつキレるぞ! てかなんだよ、その、トイレのことお手洗いって言うくらいの差。いっそのことジイとかジイくんて呼んだほうが『ちょっと呼び方に違和感あるけど多分気のせい』って流してくれそうじゃね?」
サミル「あはは、戦法を練るほど、ジイくんと呼びたいんですね。実際に呼んでみて、何回目でジンくんが気づくか、少し気になってしまいます。ジンくんって、怒ると怖いんですか?」
クラウス「んー、別に……。ガキがキレてても、あー、怒ってるなーって感じだし。でも、マジギレするとナイフ投げつけてきたりするから、めっちゃ危ない。ほら、オレの服の裾見てみ? こないだ飛んできたナイフが刺さってちょっと破けたんだぜ。多分、体には刺さらないように上手く投げてんだと思うけど、超危ない!」
サミル「ええっ、それは危ないですね……。喧嘩に暴力……しかも武器を持ち込むのは、やりすぎですよ。せめて殴り合い程度に留めないと、命に関わっちゃいますからね」
クラウス「ホントだよなー! まあ、ギリギリ怪我はしないように投げてるみたいだし、別にいいけど。サミルが誰かと喧嘩するときはどうしてんだ?」
サミル「私ですか? 私は、戦ったりは出来ませんので、喧嘩になったとしても、口喧嘩ですね。こう見えても私、屁理屈をこねるのは得意なんですよ。自慢することでもないですが、口喧嘩だったら、あまり負けた覚えもないんです、なんて」
クラウス「うわあ。確かにサミル相手だと言い負かされそうだな。なんか、言い方はやんわりしてるけど、言い返す隙を与えない感じ? そっちの方が怖いなー!」
サミル「まあ、誰かと喧嘩すること自体、滅多にないんですけどね。私も、気が強いほうではないですし……。仲良くいられるなら、それが一番です。クラウスくんも、そうは思いませんか?」
クラウス「んー、オレは嫌いな奴は嫌い、好きな奴は好きって思うから、好きでもないやつと無理に仲良くするとかは無理だけど……。確かに仲良くいられるんならそのほうがいいかもなー」
サミル「それはもちろん、そうですね。無理に仲良くされたところで、お互い良い気はしませんし……。どうでしょう、クラウスくんは、私とリラックスして話せましたか?」
クラウスの「サミルと話すのはスゲー楽しかったぜ! 普段言わないようなことも色々言った気がするし、普段聞けないことも聞けた感じする!」
サミル「それは良かった。こういう場でないと、なかなか聞けない話ってありますものね。私も、クラウスくんと話せて、とても楽しかったですよ。ですから、大変名残惜しいのですが……そろそろお時間なので、座談会を終わらせなければなりません。クラウスくん、良かったら、最後に一言、お願いできますか?」
クラウス「ヒトコト……!? 一言って、何言えばいいんだ? あ、宣伝とか?」
サミル「宣伝でもなんでも良いですよ。今この座談会をご覧になっている読者の皆さんへ、言いたいことをどうぞ」
クラウス「いや、オレがいるって時点でつぎばが面白いってのは証明されてるから必要ないな!
んー、読者に向けてか。今めっちゃ寒い時期だろうから、風邪とか気を付けろよ! 作者(ヨモツカミ)は年中無休鼻炎のせいで、鼻風邪との区別つかなくて、むしろ年中無休鼻風邪してて辛いらしいから、そうならないように帰ったら手洗いうがいだぞ! こんな感じでいーか?」
サミル「ええ、十分です。どうもありがとう。それでは皆さん、今日のところは、これで失礼しますね。銀竹がお遊びで始めたコーナーですが、是非またお時間のあるときに覗きに来てやってください。それでは、またどこかで」
………………
ノリで開いたコーナーでしたが、だんだんシリーズ化してきましたね(笑)
今回は、『継ぎ接ぎバーコード』から、クラウスくんに来て頂きました!
継ぎ接ぎバーコード、略してつぎばは、荒廃した世界で紡がれる能力者(バーコード)たちの物語です。
殺伐としたシリアスな雰囲気の異世界ファンタジーがお好きな方なら、きっと楽しめる作品になってると思います(^^)
というか、今この闇の系譜のスレをご覧になって下さっている方は、絶対好きだと思いますね(笑)
もう読んでいるという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
悲しい運命に苛まれながらも、確かに繋がっている登場人物たちの絆、そしてヨモツカミさんのリアルな残酷描写に注目ですb
それでは、ここまで読んでくださった方、ありがとうございましたー(^^)
本編共々、今後ともよろしくお願い致します!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.172 )
- 日時: 2019/01/16 17:57
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 59tDAuIV)
『不思議の国のアーヴィス』
地図にも載っていない、小さな世捨て人の村。
そこには、アーヴィスという、心優しい牛飼いの青年が住んでおりました。
山々に囲まれたこの村での生活は、退屈だという者もおりましたが、アーヴィスは、穏やかでのんびりとした今の暮らしが、とても気に入っていました。
いつものように、放牧地に牛を連れていったアーヴィスは、牛達が草を食む姿を眺めている内に、いつの間にか、草地に寝転がって眠っていました。
しかし、何かが脚に当たった衝撃で、ふと目を覚ましました。
どうやら誰かが、アーヴィスの脚に蹴躓(けつまず)いて、転んでしまったようです。
慌てて謝ろうとしたアーヴィスは、目の前で倒れている男の姿を見て、驚きました。
男は、見た目は四、五十代に見えるのですが、全体的に小さく、アーヴィスの腰くらいまでしか身長がなかったのです。
しかも、頭には、兎の耳が生えています。
こんな奇妙な人間は、見たことがありませんでした。
絶句するアーヴィスをよそに、男は、むくりと立ち上がりました。
「失敬。前方不注意でした」
それだけ言って、男は、勢いよく走っていってしまいます。
呆然としていたアーヴィスでしたが、男が、金の懐中時計を落としていったことに気づくと、急いで後を追いかけました。
「ちょっと待って! これ、落とし物!」
大きな声で叫んで、小さな男を追跡します。
しかし男は、短い脚をくるくると動かして、あっという間に森の中に姿を消してしまいました。
男を見失ったアーヴィスは、どうにか男を見つけ出そうと、しばらく森の中をさまよっていました。
見る限り、この金の懐中時計は、かなり高価な代物です。
これを無くしたとあれば、男はきっと困ってしまうでしょう。
木々の合間を縫って、見通しの良い道に出ようと藪を掻き分けた、そのときでした。
踏み出した足が、がくりと落ち込んだかと思うと、アーヴィスは、足元に大きな穴が開いていることに気づきました。
「……!」
しまったと思う間もなく、アーヴィスは、穴の中に吸い込まれていきます。
その穴はどこまでも深く、真っ暗で、アーヴィスは、成す術もなく落ちていったのでした。
目が覚めると、アーヴィスは、鬱蒼とした森の中にいました。
しかしその森は、先程までいた森とは、明らかに違います。
アーヴィスが見たこともない、摩訶不思議な植物が沢山生えた、奇妙な森だったのです。
周囲に蔓延る草の蔓は、まるでアーヴィスの様子を伺うように、うねうねと蠢き、高く聳える木々は、風もないのに、ざわざわと揺れています。
動物が潜んでいる様子もないのに、誰かに見張られているような鋭い気配を感じるし、鼻をつく泥臭さは、地面に一面咲いている、真っ青な花から発せられているようでした。
(……ここは、どこなんだろう?)
眩しい日光に目を細めて、アーヴィスは、木々の隙間から青空を見上げました。
穴に落ちたはずなのに、上を見ても青空しかないなんて、おかしな話です。
アーヴィスは、この状況に違和感を抱きながらも、再びゆっくりと歩き出しました。
うねる蔦や蔓に足をとられないよう、進んでいくと、不意に、視界が開けました。
日当たりのよい広場で、大きな切り株の食卓を囲み、若い男女が、お茶会をしています。
(よかった、人がいた……)
話せる相手が見つかったことに安堵したアーヴィスでしたが、しかし、その男女の姿がはっきりと見え始めたとき、ぎょっとしました。
二人は、とても人間とは思えない姿形をしていたのです。
「あら、どなた?」
茂みから現れたアーヴィスに気づくと、女が声をあげました。
女は、蛾のようなふさふさとした触角と羽根、そして透き通った青緑の長髪を揺らしながら、アーヴィスに近づいてきます。
驚くべきなのは、その女が全裸で、しかも宙に浮かんでいることでした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.173 )
- 日時: 2019/02/04 19:01
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
顔を覗きこんできた女を見たまま、アーヴィスは、しばらく硬直していました。
しかし、はっと我に返ると、慌てて聞きたかったことを質問しました。
「あっ、えーっと……こんにちは。僕、アーヴィスって言います。つかぬことを伺いますが、ここは、どこなんでしょうか? 森の中を歩いている内に、迷ってしまって……」
女は、珍しそうにアーヴィスの全身を見回して、答えました。
「まぁ、それは大変。この森、迷うと抜けるのは大変だものねぇ」
その後ろで、一口お茶をすすると、今度は深紅の髪の男が唇を開きました。
「貴様、おかしなことを聞くな。ここは、精霊王が治める不思議の国だ。よそ者は入れないはずなのだが、どうやって迷いこんできた?」
どこか可笑しそうに口端をあげて、男が問いかけてきます。
男には、触角も羽根もありませんでしたが、尖った耳や、口に生え揃った鋭い歯を見る限りは、彼もまた、人間ではなさそうでした。
「さ、さぁ……僕にも何がなんだか。兎耳の生えた小さなおじさんが、この金の懐中時計を落としていったので、届けようと思って追いかけたら、いつの間にか、こんなところに来ていたんです」
言いながら、握りしめていた金の懐中時計を見せます。
すると、女がぱっと目を輝かせました。
「やだぁ、それトートの時計じゃなぁい?」
トート、というのが兎耳おじさんの名前でしょうか。
興味がなさそうに再びお茶をすすって、男は答えました。
「あやつ、そんな時計持っていたか?」
「持ってたわよぉ、いつも腰にぶら下げていて、きらきらしてたの。私、綺麗なものだーい好きだから、覚えてるわぁ」
興奮した様子で、女が食い入るように懐中時計を見つめます。
アーヴィスは、近づいてくる女から一歩引くと、言いました。
「知り合いなら、届けておいてもらえませんか? 僕、牛を放ったまま来ちゃったので、早く帰らないといけなくて……」
「うふふ、どうしようかなぁ。どうしようかなぁ」
女は、ふわりと舞い上がると、楽しそうにくるくる宙返りします。
滑らかに飛ぶその姿は、まるで蝶のように優雅でしたが、彼女が動き回る度に、その裸体が見えてしまうので、アーヴィスは慌てて目をそらしました。
「あ、あの、初対面で差し出がましいんですけど、ふ、服を着た方が……」
躊躇いがちに言うと、女が面倒そうに眉を寄せます。
「嫌よぉ、窮屈なのは好きじゃないもの。それに、服なんて着たら、私の魅力的な身体が自慢できないわぁ」
恥ずかしがることもなく、自慢げに身体を晒してくる女に、アーヴィスは、困った様子で口ごもりました。
「いや、そういう問題じゃなく……。ほら、その、魅力的だからこそ、目のやり場に困るというか、なんというか……」
そう言うと、女はぴたりと動きを止めました。
「それ、どういう意味?」
「へ?」
急に顔を近づけてきて、女が尋ねてきます。
アーヴィスは、視線を泳がせながらまた一歩下がりましたが、女は、それに合わせてぐいと距離を詰めてきました。
「それ、どういう意味? 私が綺麗すぎて、直視できないってこと?」
女の顔つきが、真剣なものに変わります。
出会ったばかりの女性の格好に口出しをするなんて、やはり失礼だったのでしょうか。
しかし女は、怒っているというより、アーヴィスの答えに期待をしているようでした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.174 )
- 日時: 2019/02/12 18:20
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 96KXzMoT)
アーヴィスは、女の方を見ないように頷いてから、言いました。
「ま、まあ、そういうこと……かな?」
途端、女の顔に、歓喜の色が浮かびます。
飛び上がって男に抱きつくと、女は高い声をあげました。
「ねえアルルゥ! 聞いた? 聞いた? やっぱり一番綺麗なのは私なのよぉ!」
きゃっきゃっとはしゃぎながら、女はアルルゥの肩をがくがくと揺さぶります。
アルルゥは、蝿でも払うかのように女を引き剥がすと、にやりと笑いました。
「ひゃひゃ、グレアフォールに見捨てられたからと、今度は別の奴にでも寄生する気か?」
アルルゥが、そう言った瞬間。
ふと表情を消した女が、平手打ちをすると、アルルゥの首が、勢い良く吹き飛びました。
地面を転がっていったアルルゥの首は、ぼっと音を立てて、燃えてしまいます。
頭のなくなったアルルゥの身体は、力なくその場に崩れ落ちると、ぴくりとも動かなくなりました。
信じられない光景を見て、凍りつくアーヴィスには構わず、女は満面の笑みで近づいてきました。
「貴方、名前はなんと言ったかしら? アーノルド?」
「ア、アーヴィスです……」
アルルゥの首なし死体を見つめたまま、アーヴィスが答えます。
女は、アーヴィスの頬を両手で挟み、くいっと自分のほうを向かせると、アーヴィスの銀の瞳を覗き込みました。
「アーヴィスね! 揺らがぬ瞳って意味かしら。綺麗な名前だわぁ。私はサシャータ。さぁ、一緒にお茶でも飲みましょう? 私、貴方のことが気に入っちゃった」
サシャータは、アーヴィスの腕に絡み付くと、彼を食卓に誘導します。
引かれるまま、切り株の椅子に座ったアーヴィスは、困惑した様子で言いました。
「い、いや、だから僕、帰らなくちゃいけなくて……。というか、あの人、大丈夫なんですか?」
倒れたアルルゥの方を指差して、サシャータに訴えます。
しかしサシャータは、アルルゥの首なし死体の方など見もせずに、茶を注いだカップを押し付けてきました。
「大丈夫よぉ、アルルゥは不死身だもの。そんなことより、さぁ、飲んで? 私が淹れたのよ」
強引に口元に近づけてくるので、アーヴィスは、仕方なくカップを受け取りました。
しかし、その時。
視界の端で、アルルゥの死体がむくりと起き上がったので、アーヴィスは、驚いてカップを落としそうになりました。
椅子に座り直したアルルゥの死体が、激しく燃え出し、真っ赤な炎に包まれます。
そして、その炎が再び人の形を象ったかと思うと、サシャータに吹き飛ばされたはずの首は、元に戻っていました。
「飲まない方が良い。サシャータにまともな茶が入れられるとは思えん」
何事もなかったかのように首をこきこきと回して、アルルゥが言います。
サシャータは、ぷっと頬を膨らませました。
「心外だわぁ! 私だってお茶くらい普通に淹れられるわよぉ!」
ティースプーンをアルルゥに投げつけて、サシャータが憤慨します。
サシャータの気が反れている隙に、そっとカップを食卓に戻すと、アーヴィスは、アルルゥの方を向きました。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.175 )
- 日時: 2019/02/21 19:37
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)
「……あの、やっぱり貴方たちは、人間じゃないですよね? ここは、不思議の国だと言ってましたけど、サーフェリアからはどれくらい離れた国なんでしょうか?」
アルルゥは目を細めると、アーヴィスを見つめ返しました。
「そう焦らずとも、帰れないということはないだろう。方法はいくらでもある。なんなら、俺様を送り届けてやってもいい」
「本当ですか!」
表情を明るくしたアーヴィスに、しかし、アルルゥは言いました。
「もちろん、ただではないがな。そうだ、お前の心臓をよこせ。心臓を渡せば、お前を元の国へ帰してやろう」
アーヴィスは、ぎょっとして瞠目しました。
「そ、それは困ります……。心臓なんてあげたら、帰るどころか、死んじゃうもの」
アルルゥが、つまらなさそうに鼻を鳴らします。
ですが、ふとアーヴィスの耳元を見ると、その鋭い歯を見せて、にやっと笑いました。
「では、その耳飾りでも良いぞ。見たところ、ただの石ころで出来ているわけではなさそうだ。俺様が一番好きなのは血の赤だが、その赤も嫌いじゃない」
アーヴィスの左耳で、緋色の耳飾りがきらりと光ります。
アーヴィスは、首を左右に振ると、困った様子で眉を下げました。
「これも、大事なものだからあげられないよ。今はお金もないし、髪の毛のさきっちょとかじゃ駄目ですかね?」
アルルゥは、呆れたようにため息をつきました。
「馬鹿め、そんなちんけな代償で俺様を動かそうなどと。それに、精霊族は黒髪が嫌いなのだ。心臓か、耳飾りか……ああ、その目でもいいな。銀色の目……希少な良い色だ」
顔を近づけてきたアルルゥが、鋭い爪をアーヴィスの目に伸ばしてきます。
まさか、このまま目を抉りとろうとでも言うのでしょうか。
アーヴィスが、慌てて身を引こうとした、その時でした。
背後の森が激しく揺れたかと思うと、突如、木々の間から、巨大なミミズのようなものが飛び出してきました。
人間一人くらい、容易く飲み込めそうなほど巨大なそれは、ミミズのようでしたが、ミミズではありません。
ぽっかりと穴のように開いた口には、不揃いな牙がぎっしりと並び、咆哮をあげながら、アーヴィスたちに襲いかかってきます。
アルルゥとサシャータは、舌打ちして、同時に飛び上がりました。
「やだぁ、きもちわるーい!」
「お前も死にたくなけりゃあ逃げな。あいつは厄介だ」
それだけ言って、二人はさっさと飛んでいってしまいます。
逃げろと言われても、アーヴィスは、サシャータたちのように飛ぶことができません。
咄嗟に走り出しましたが、その巨体で木々をなぎ倒しながら突進してくる巨大ミミズの速さには、到底敵いそうもありませんでした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.176 )
- 日時: 2019/10/04 18:55
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
全身の毛が逆立つような咆哮を背に受けながら、アーヴィスは、必死に足を動かします。
しかし、巨大ミミズの鋭い牙は、凄まじい勢いで後ろに迫っていました。
(食われる……!)
アーヴィスが死を覚悟した──その、次の瞬間。
鈍い音がして、巨大ミミズの白く光る牙が、折れ飛びました。
空気が震えるような打撃音と共に、巨大ミミズが倒れ、押し潰されて飛び散った木々の小枝が、雨のようにアーヴィスに降り注ぎます。
思わず地面にうずくまったアーヴィスが、再び顔をあげたときには、巨大ミミズは、びくびくと痙攣しながら土の上でのたうっていました。
腰を抜かしたアーヴィスが、呆然と目の前の光景を眺めていると、ふと、巨大ミミズの影から、棍棒を携えた金髪の女が、ひょっこりと姿を現しました。
先程話したサシャータやアルルゥに比べれば、人間に近い容姿をしていましたが、尖った耳や神秘的な瑠璃色の瞳を見る限り、彼女もまた、精霊族のようです。
「ありゃ、力加減まちがえたかなぁ……」
ぶつぶつと独り言を言いながら、女は、何の躊躇いもなく巨大ミミズに触れます。
そして、その体毛をぶちぶちと引き抜いては、腰に下げた麻袋に詰め込み始めました。
口ぶりからして、彼女がこの巨大ミミズを棍棒で殴り倒したのでしょうか。
鮮やかな金髪を揺らし、美しい顔立ちの女が巨大ミミズの針のような体毛を力任せに抜く姿は、なんとも言えない異様さがありました。
女は、あらかた体毛を抜き終わると、ふいに振り返って、アーヴィスの方を見ました。
しばらくは、黙ってアーヴィスのことを見つめていましたが、やがて、はっと目を見開くと、女はアーヴィスの身体に触れて、叫びました。
「人間!?」
巨大ミミズの体液がついた手で、アーヴィスの身体をべたべたとまさぐってきます。
アーヴィスは、引き気味に笑むと、立ち上がって女から距離を取りました。
「あ、はい、そうです……人間のアーヴィスと言います……。助けてくれて、ありがとうございます……」
女は、ぱちくりと目を瞬かせて、アーヴィスの顔を見上げました。
「すごーい! あたし、人間を見たの初めてだよ! どうしてここにいるの? ここは精霊族の棲む不思議の国だよ?」
「み、みたいですね……」
興味津々といった様子で話しかけてくる女に、曖昧に頷きます。
女は、近くで見てみると、思ったよりもあどけない、子供のような純粋な瞳をしていました。
しかし彼女は、棍棒一本で、自分の何倍もある巨大ミミズを殴り倒した女です。
得体の知れない相手ではありますが、見た目以上に強大な力の持ち主なのだろう、ということは明白でした。
この機会を逃したら、次にいつ、話の通じる精霊に出会えるかも分かりません。
アーヴィスは、女にも助けを求めることにしました。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.177 )
- 日時: 2019/10/10 19:12
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
不思議の国に来るまでの経緯を話すと、ビビと名乗ったその女は、特に驚くこともなく、すんなりと話を受け入れてくれました。
「ふぅーん、トートを追いかけてきたら、迷いこんだねえ……」
ふむふむと頷きながら、ビビは、なにやら考え込んでいる様子です。
アーヴィスは、ビビの口ぶりに、少し驚いたように尋ねました。
「貴女も、トートさんのこと知ってるんですか?」
ビビは、こくりと頷きます。
「うん、知ってるよ。ていうか、この国の精霊なら、みーんな知ってるんじゃないかな。トートは、国王に仕える《時の創造者》の一人なんだ。君がさっきまで一緒だったっていう、アルルゥとサシャータも、そうだよ」
「ときの……?」
「そう。まあ、それなりの権力者だよ!」
「そ、そうなんですか……」
権力者と聞いて、改めて、アルルゥとサシャータのことを思い出してみます。
首が飛んでも生きている男や、全裸で浮いている女、そして兎耳のおじさんが権力者だなんて、この国の行く末がなんとも気になるところです。
今、目の前にいるビビも含め、決して悪い精霊ではないようですが、やはりここは、不思議という名にふさわしい国なのでしょう。
やがて、ぽんっと手を打つと、ビビが口を開きました。
「よし! じゃあ、あたしが君をトートに会わせてあげるよ! 君が元いた国のことは分からないけど、トートに着いていって迷いこんだってことは、トートなら道を知ってるってことだもんね。彼なら、多分お城にいると思うんだ。だから、あたしがお城まで案内するよ!」
「えっ、お城!?」
アーヴィスは、森を抜けた先にそびえ立つ、靄のかかった荘厳な城を見上げました。
どこか神々しい雰囲気を放つその城は、巨大すぎて、まるで絵画のように空に溶け込んでいます。
今まで意識して見ていませんでしたが、ビビの言うお城というのは、やはり、あの大きなお城を指しているのでしょうか。
アーヴィスは、思わず息を飲みました。
「……お、お城って、その、この国の王様や重役の精霊たちが揃ってるんですよね? そんなところに、僕みたいな部外者が行って、大丈夫なんですか?」
「うーん、大丈夫じゃないかなぁ?」
不安げなアーヴィスに対し、ビビは、あっけらかんと答えました。
「そもそも、君がこの国に来たことは、もう城のほうに筒抜けだと思うんだよね。この森の木々は、みーんな王族の支配下にあって、常に周囲を監視してるんだ。それで、少しでも異常があったら、全部お城に報告するの。君みたいな余所者が来たことも、当然見逃しはしないから、今頃お城に連絡が行ってると思うよ」
「えっ……」
思わずぞっとして、アーヴィスは立ち並ぶ木々を見上げました。
相変わらず、この森の木々たちは、風もないのに、ざわざわと揺れています。
信じられない話ですが、監視されているのだと思うと、この森に来たときから、何か鋭い気配を感じていたことに、納得が出来ました。
ビビは、続けました。
「あっ、でも、そんなに身構えなくて良いよ。今、国王は不在だし、代わってこの国を統治している王子が、私のお兄ちゃんなんだ。お兄ちゃんは甘いし単純だから、この国に侵入したことがばれても、事情を説明すれば許してくれると思う」
「お兄ちゃん!? えっ、じゃあビビさんって、この国のお姫様なの?」
言ってから、ビビさんではなく、ビビ様の方が良かったのではないかと思い直して、口をつぐみます。
巨大ミミズの体毛をぶちぶちと引き抜くような女性が、この国のお姫様だなんて、正直信じられませんが、ビビに嘘をついている様子はありません。
ぽかんと口を開け、驚愕するアーヴィスに対し、ビビはけらけらと笑いました。
「やだなぁ、気持ち悪いから、ビビでいいよ。お姫様って言ったって、私、ほとんどお城には帰ってないし、今は実質家出状態なんだ。だから、気にしなくていいよ! さ、行こ行こー」
アーヴィスの腕をぐいっと引っ張ると、ビビはそのまま、森の中を先導します。
他に宛もないので、案内されるまま、アーヴィスはビビに続くしかありませんでした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.178 )
- 日時: 2019/10/15 18:48
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
不思議の国の王城を目前に、アーヴィスは、愕然としました。
切石で造られたその王城は、悠然とした佇まいを以て、まるで訪問者を拒むかのように、重々しくそびえたっています。
しかしながら、アーヴィスが圧倒されたのは、王城本体というよりも、その背後に立つ大樹の存在でありました。
雲を突き抜け、天を穿つほどの巨大な大樹が、まるで王城を護るように、立ちはだかっているのです。
城前に広がる庭園には、整えられた白薔薇の蔓壁が、迷路の如く立ち並んでいました。
王城を幾重にも囲む柵は、近く見てみれば、ただの茨(いばら)でしたが、どうしてか、鋭い鉄柵よりも強固で、近寄りがたく見えます。
王城は、決して侵入者を許すまいとする固陋(ころう)な空気を漂わせていましたが、それは、恐ろしさや圧迫感から来るものではなく、むしろ、清らかで神聖なあまり、踏み行ってはならない領域のように感じるのでした。
抜け穴を知っているからと張り切るビビに連れられ、アーヴィスは、城前の広大な庭園に入り込みました。
鼻が痛くなるほどの澄んだ空気に、微かに混じる甘い匂い。
眼前を覆い尽くす白薔薇の蔓壁に気圧されて、改めて、自分は奇妙な世界に迷い込んでしまったのだと痛感しました。
迷路を抜けている途中、びっしりと咲く白薔薇の花弁を前に、ぼんやりと佇む一人の精霊を見かけました。
背丈はアーヴィスの腰程までしかなく、全体的にふくよかな体型をしていますが、顔だけは痩せこけた老爺のように、げっそりとしています。
また、その手には、何故か桶一杯の赤い塗料のようなものが握られていました。
彼から漂う悲壮感に、何事かと足を止めると、ビビが先立って声をかけました。
「あれ、ミドロ? こんなところでどうしたの?」
びくりと、ミドロと呼ばれた精霊が顔をあげます。
ミドロは、ビビを見ると、みるみる泣きそうな表情になって、すがるように近寄ってきました。
「これはこれは、ビビ様……ご無沙汰しておりますだ。実は、おら、大変なことをしてしまいまして……どうしたら良いか……」
消え入りそうな声で言って、ミドロは、その場にへたりこんでしまいます。
めそめそと泣き出してしまった彼を、放置していく訳にもいかないので、アーヴィスとビビは、事情を聞くことにしました。
ミドロは、この王城の庭師を勤める、花の精霊でした。
魔術を使い、様々な植物で庭園を彩るのが仕事ですが、この月は、王子アイアスからの命令で、白薔薇を一面に咲かせました。
しかし、後になってから、白薔薇ではなく、赤薔薇を咲かせるように命令したはずだと、アイアスが怒り出してしまったのです。
白薔薇の花弁を、今すぐ赤色に塗り替えるようにと塗料を渡されたものの、塗料なんて塗ったら、白薔薇はきっと枯れてしまいます。
ですが命令を拒めば、どんな罰を受けることになるか分かりません。
それで、思い悩んだミドロは、かれこれ半日以上も、庭園に立ち尽くしていたのだと言うのです。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.179 )
- 日時: 2019/10/18 17:40
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
この話を聞くと、ビビは、怪訝そうに首をひねりました。
「うーん……なんか、信じがたい話だなぁ。確かに、お兄ちゃんってちょっと馬鹿っぽいところあるけど、絶対に嘘をついたり、誰かを騙したりするような精霊(ひと)ではないもん。それ、お兄ちゃんに直接言われたの?」
疑っていると言うよりも、疑問に思っている様子で、ビビが尋ねます。
ミドロは、うつむいたまま、暗い声で答えました。
「いいえ、直接言われたわけではないです。殿下が白薔薇をお望みだと、おらに教えてくれたのは、別の精霊で……」
ミドロの返答に、アーヴィスとビビは、ちらりと目を合わせます。
アーヴィスは、躊躇いがちに言葉を選ぶと、口を開きました。
「ミドロさんの話だと、単純に考えて、その……仲介した精霊が、白薔薇と赤薔薇を間違えて伝えちゃった、ってことになりますけど……」
あるいは、意図的に騙したか──とは、あえて言いませんでした。
ミドロの落ち込んだ顔を、じっと見つめます。
まだ会って間もない相手ですが、ミドロは、他人を根拠もなく疑えるような者ではないのだと、アーヴィスには分かりました。
能天気なようでいて、案外、ビビも気が遣えるのでしょう。
ビビは、歯を見せて笑むと、ぽんっとミドロの肩を叩きました。
「まあ、そんなに落ち込むことないよ! ミドロは、長年この城に勤めてくれてる精霊だもん。お兄ちゃんだって、頭が冷えたら、ミドロを罰しようなんて考え、取り下げてくれるよ。伝え間違えたのが誰かなんて分かんないし、まずは、お兄ちゃんからの命令をミドロに伝えた子と、話をしてみよう。その精霊、誰なの?」
「そ、それは……」
ミドロが口を開こうとした、その時でした。
風が一斉にざわめきだしたかと思うと、城の方から、数名の兵士たちに囲まれた、長身の精霊が姿を現しました。
月光を思わせるような長い金髪に、宝石のような瑠璃色の瞳。
綾織の外衣をなびかせ、音もなく歩を進めるその精霊は、ゆったりとした足取りで、こちらへと向かってきます。
ミドロは、びくっと飛び上がると、慌ててアーヴィスとビビを蔓壁の方に押しやりました。
「アイアス殿下ですだ! 早く、お二人とも隠れて下さい! ビビ様と話していたところなんて見つかったら、おら、どんな目に遭わされるか……!」
有無を言わせぬ勢いで背を押され、アーヴィスとビビは、白薔薇の影に隠れます。
やがて、円状に取り囲むように兵が並ぶと、アイアスは、跪くミドロの目の前に立ちました。
「ミドロ、貴様……先刻、薔薇を赤く染めよと申したのが、聞こえなんだか? 直に王がご帰還なさるのだぞ」
儚げな見た目とは裏腹に、芯の凍るような冷たい口調で、アイアスが言います。
ミドロは、額を地面に押し付けたまま、震える声で答えました。
「も、申し訳ございません! し、しかし、塗料なんて塗ってしまえば、これらの白薔薇は枯れてしまいますだ! そんな可哀想なこと、とてもおらには……」
「黙れ!」
アイアスの怒号と共に、周囲の蔓壁が、横真っ二つに裂けました。
アーヴィスたちの頭上にも、風切り音が通って、散った白薔薇の頭が、次々と落下してきます。
あと少し、アイアスの放った風の刃がずれたら、落ちたのは白薔薇ではなく、自分たちの頭だったかもしれません。
アーヴィスは、思わず息を飲みました。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.180 )
- 日時: 2019/10/23 19:15
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
縮み上がったミドロを睥睨し、アイアスは、鼻をならしました。
「出来ぬというなら、今すぐこれらの白薔薇を焼き払い、根ごと引き抜いてしまえ! 良いか、これは温情だぞ。一度私の命令を聞き違えた貴様に、挽回する機会を与えてやっているのだ。それでも聞けぬと言うなら、その首、今ここではねてやるぞ!」
アイアスが勢いよく指先を動かすと、ミドロの頬に、しゅっと小さな傷が入ります。
恐怖に震えるミドロは、それでも懸命に唇を動かし、声を押し出しました。
「お、おらは……聞き間違えなど、していないです。確かに、白薔薇を咲かせるようにと聞いたんです。その……シャラレア殿から……」
瞬間、その場にいた者達の視線が、一斉に一人の女精霊に注がれます。
アイアスの影から、忌々しそうにミドロを眺めていたその精霊は、白目のない深紅の瞳を光らせて、吐き捨てるように言いました。
「なんじゃ、おぬし。まさか妾が嘘を伝えたとでも? 随分と小賢しい真似を。そんなに庭師の座を奪われたくないか?」
威圧的な態度に、ミドロは、戸惑った様子で口を閉じます。
シャラレアと呼ばれた精霊は、薔薇の花弁に似た薄紅のスカートを持ち上げると、アイアスの前で恭しく礼をしました。
「殿下、申し上げます。やはりこの田舎者は、城の庭師に相応しくありませぬ。庭園を彩り、城全体を華やかに染め上げるのは、我らのような高貴な一族の者が勤めるべきでございましょう。そもそもがミドロ殿は、雑草のように踏みつけられるだけの、哀れでみすぼらしい一族の出。その上、嘘までつくとあれば、救いようがありませぬ。温情で城に置いてもらっていたというご恩を、あの愚か者は無下にしたのです。即刻首を跳ねるべきではないでしょうか?」
真っ青になったミドロを一瞥し、シャラレアは、不敵に笑います。
再度反論をしようとしたミドロに、アイアスは、ため息混じりに言いました。
「ミドロ……そなたは父上とも旧知の仲。私とて、お前を罰しようなどと考えたくはない。だが、我ら精霊王の一族は、いついかなるときも、公平で正しくあらねばならぬのだ。罪を犯した者には、厳正なる罰を。それがこの国の決まりだ」
「そ、そんな……」
絶望のあまり、ミドロの細い目から、涙が溢れ出します。
そのとき、息を潜めて隠れていたはずのビビが、突然、蔓壁から飛び出しました。
「ちょっとお兄ちゃん! さっきから聞いてれば、どうして一方的にミドロばかり責めるのさ。ミドロは、嘘なんてついてないって言ってるじゃん! 公平だって言うなら、こっちの意見も聞いてよ!」
ぷんぷんと肩を怒らせて、ビビはミドロの横に並びます。
アーヴィスは、咄嗟に彼女を止めようとして、同じく蔓壁から歩み出ました。
ビビは、この国の王子──アイアスと兄妹だと言っていましたが、何しろ、咲かせる花を間違えただけで、打ち首を命じるような王子です。
いくら妹とはいえ、振る舞い次第では、彼女も無事では済まされないかもしれません。
しかし、アーヴィスの予想に反して、アイアスは、途端に目の色を変えると、ビビに駆け寄りました。
「ビビ! お前……城に帰ってくる気になったのか! 良かった、心配していたのだぞ……!」
感動した様子で涙ぐみ、アイアスは、ビビを抱き締めようと、ばっと両腕を広げます。
その腕を、素早く押し退けると、ビビはシャラレアの方を見ました。
「君! 本当にミドロには、赤薔薇を咲かせるようにって伝えたの? 絶対絶対、ぜーったい?」
シャラレアのこめかみに、青筋が立ちます。
怒りをこらえるように息を吸うと、シャラレアは、ビビに頭を下げました。
「……これはこれは王女様、お初にお目にかかります。どうやら、このシャラレアをお疑いのようですが、何を根拠に仰っているのか理解しかねます。ほとんど王城にいらっしゃらない貴女様は、ご存知ないかもしれませんが、このシャラレアも、そこにいるミドロ殿と変わらぬ年数、陛下に仕えてきた身でございます。加えて、由緒正しき赤薔薇一族の出。どちらが信頼に値する家臣なのか、一目でお分かり頂けませぬか?」
ビビは、むっとした顔で、腕を組みました。
「信頼できるかどうか判断するのに、出自は関係ないでしょ! この城の庭をずーっと守ってきたのは、ミドロなんだよ。荒れた土地を耕して、ここまで立派な庭にしたのも、全部ミドロなの! 別に君が嘘をついてるって決めつける気はないけど、君のたった一言でミドロが打ち首になるなんて、そんなの納得できない!」
掴みかかるような勢いで、ビビはシャラレアに詰め寄ります。
どうすればよいか分からず、しばらく右往左往してたアーヴィスでしたが、ビビがシャラレアを今にも押し倒しそうだったので、流石にまずいと止めに入りました。
「ビ、ビビ……とりあえず穏便に、穏便に……。落ち着いて話そうよ……」
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.181 )
- 日時: 2019/10/26 19:25
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
──と、その時でした。
不意に、背後から怒号が聞こえてきたかと思うと、突然、頬に熱い衝撃が走り、アーヴィスは吹っ飛ばされました。
「貴様は誰だぁぁああっ!」
「──ぐえっ!?」
叫びながら、アーヴィスを力一杯殴り飛ばしたのは、眉をつり上げたアイアスです。
一瞬、何が起こったか理解できず、頬を押さえたまま地面に転がっていたアーヴィスは、アイアスの方を振り返って、震え上がりました。
整った顔をくしゃくしゃに歪めたアイアスが、間髪いれず、馬乗りになってきたからです。
「貴様っ! さては不法入国者だな!? 人間の分際で、ふざけるなよ! 我が妹を呼び捨てにしていいのは、私と父上だけなのだぞ!」
「えっ、ええ? ちょっ、ちょっと待って下さいっ」
殴られたまさかの理由に、アーヴィスは困惑が隠せません。
言い訳をする間もなく、アイアスは、再びアーヴィスを殴ろうと拳を振り上げますが、そんな彼を、今度はビビが蹴り飛ばしました。
「今は名前のことなんかどうでもいいでしょ! お兄ちゃんの馬鹿!」
舗装された庭道に、アイアスは顔面から突っ込みます。
慌てて駆け寄ってきた兵に支えられ、アイアスはゆらゆらと起き上がると、やがて、両手を天に翳し、言い放ちました。
「ええいっ、こうなったら裁判だ! 裁判だーっ!」
彼の声に呼応して、白薔薇がまるで蛇のようにうねりだしたかと思うと、そのトゲだらけの蔓で、アーヴィスとミドロを絡め取りました。
同時に、庭園の風景が、みるみる朧になっていきます。
目を閉じ、恐る恐る開くと、いつの間にか、アーヴィスたちは城内の王座の間へと移動していました。
アイアスが王座につき、広間の中心には、薔薇のいばらできつく縛られた、アーヴィスとミドロが立たされています。
その周囲を兵が固め、二人を逃すまいと厳重な体制で目を光らせており、ビビとシャラレアは、王座から一段低い、下座に控えていました。
「これでは埒があかぬ! 処罰を下す前に、ビビの言う通り、ミドロの言い分も聞こうではないか。何か言いたいことがあるならば、この場で申してみよ! ただし人間、貴様は死刑だ!」
「ええっ……」
指差しで死刑宣告をされ、アーヴィスは、思わず非難の声をあげました。
ただサーフェリアに帰りたいだけなのに、どうしてこんなことになってしまったのでしょう。
逃げようにも、少しでも身じろぎをすれば、身体を縛る薔薇のいばらが、じくじくと食い込んできます。
アーヴィスは、がっくりと肩を落としました。
ミドロは、アイアスを見上げると、おずおずと口を開きました。
「お、おらは……誓って、嘘はついてないですだ。確かに、シャラレア殿から、白薔薇を咲かせるようにと聞いたのです。おらは、名もないような一族の出ですが、だからこそ、ずっと精霊王のお庭を任せてもらえていることを誇りに、嬉しく思っています。意図的に花を間違えて植えたり、期待を裏切ろうなんてこと、今更するはずがないです……」
弱々しい口調で言って、ミドロは、祈るように礼をします。
アイアスは、ふむ、と一拍置くと、今度はシャラレアに言葉を促しました。
「妾とて、嘘などついておりませぬ。そんなこと、する理由がないではありませんか。ミドロ殿のような、日陰者の一族であれば、妾の生まれに嫉妬し、貶めてやろうと考えるのも頷けます。しかし、妾がミドロ殿を貶めたところで、なんの得もないではありませぬか。そんなことせずとも、差ははっきりしているというもの」
シャラレアの嫌みったらしい言い方に、今度はビビが眉を寄せました。
「なんでそういう、意地悪な言い方しか出来ないかなぁ? だから、生まれは関係ないって言ってるじゃない。問題なのは、意図的だったにせよ、そうじゃなかったにせよ、誰が赤薔薇と白薔薇を間違えたのかってことでしょ? ねえ、お兄ちゃん!」
ビビから投げ掛けられて、アイアスは、悩ましげに唸ります。
ミドロとシャラレア、二人を交互に眺めながら、アイアスは嘆息しました。
「赤薔薇は、愛と美を司る高貴なる花……。私は確かに、シャラレアに赤薔薇を咲かせよと伝えたのだ。庭の整備は、ミドロに任せていたが、シャラレアは元が赤薔薇の精霊だからな。うまく協力すれば、一層美しく咲くと思い、二人に声をかけたのだが……」
言葉を濁して、アイアスは、再度ため息をつきます。
ミドロもシャラレアも、頑として嘘はついていないと言い、その真偽を確かめる術がない以上、思い込みでどちらかを裁くことは出来ません。
最初は、ミドロが単に聞き間違えたのだと思っていたので、彼が白薔薇を抜き、赤薔薇を植え直せば、その罪を許すつもりでした。
しかしミドロは、白薔薇を枯らしたくないと言って、アイアスの言うことを聞きません。
だからといって、今、決めつけでミドロを裁けば、最愛の妹であるビビに嫌われてしまいそうです。
冷静沈着な王子を装ってはいますが、妹を溺愛しているアイアスにとって、ビビに嫌われることは、死活問題でした。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.182 )
- 日時: 2019/10/29 19:27
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
思い悩むアイアスを見て、ミドロは、決心したように土下座をすると、進言しました。
「アイアス殿下……恐れながら、白薔薇のままではいけないでしょうか」
全員の視線が、ミドロに向きます。
顔をしかめたアイアスに、ミドロは、まっすぐに言葉を投げ掛けました。
「白薔薇だって、赤薔薇に負けず劣らず、美しい花だとおらは思います。そんな白薔薇たちを、折角咲いたのに枯らすなんて、したくありませんし、そんなことをするくらいなら、首を切られても良いと思っています」
ミドロは、シャラレアを一瞥して、続けました。
「おらは、嘘はついていません。ですが、シャラレア殿も嘘をついていないと言うなら、きっと、誰も嘘はついていないのだと思います。もしかしたら、おらが赤薔薇と白薔薇を、聞き間違えたのかもしれません。シャラレア殿が、うっかり言い間違えたのかもしれません。真実は、知りようがないです。それでも、どちらかに罰を与えなければならないと言うなら、おらが受けます。何が原因だったにせよ、庭を預かっていたのはおらで、殿下のご要望を叶えられなかったことは、庭師としての恥です。ただ、長年仕えさせて頂いた、そんな老いぼれの言い分に耳を貸してくださると言うなら、どうかあの白薔薇たちは、寿命を迎えるまで、生かしてあげてください。どうか、お願いします」
「…………」
重い沈黙が、広間に下りました。
アイアスも、兵士たちも、どこが罰の悪そうな顔をして、口を閉ざしています。
ややあって、ビビはふうと息を吐くと、アイアスを睨みました。
「これでもミドロを打ち首にするっていうなら、あたし、お兄ちゃんと絶縁するよ」
「う、うぬ……しかし」
戸惑った様子で、アイアスが口ごもります。
彼にはもう、ミドロを殺してしまおうという強い意思はないように思えましたが、散々騒いだ手前、発言を完全撤回するのには抵抗があるようです。
皆が言葉を濁す中、シャラレアは、拳をぶるぶると震わせると、鋭い声で叫びました。
「ミドロおぬし! 同情を誘うような台詞を吐いて、殿下を惑わせようなどと、なんと愚かな! 自分が哀れだとでも言うつもりか? 言っておくがな、被害を受けたのは妾の方じゃぞ! グレアフォール様の神聖なお庭を、あんな色味のない薔薇まみれにしおって……!」
シャラレアの興奮ぶりに、驚いたのでしょう。
アイアスは、なだめるように返しました。
「落ち着け、シャラレア。お前の言い分は分かるが、そのように激昂せずとも、どのみちそなたを罰しようとは思っておらん」
「いいえ! それでは腹の虫が収まりませぬ!」
シャラレアは、呼吸荒くしながら、アイアスに向き直りました。
「殿下! そもそも、あのような下賎の一族が、王族に仕えていること自体がおかしいのです! まして、下位の使いに甘んじているならまだしも、庭師の座に何年も居座るとは……! 故意だったのか否かに関係なく、殿下のご命令とは違う花を植えた以上、せめて地位の剥奪くらいせねば、ミドロ殿が付け上がるばかりです! いずれ、妾以外にも害を為すようになりまするぞ!」
眼光鋭くミドロを睨み付け、シャラレアは、捲し立てるように怒鳴り続けます。
アイアスもビビも、そしてミドロも、彼女の剣幕に圧倒されて、物が言えぬようでした。
──と、そのときです。
「あ、あの……一つ、いいですか?」
不意に、ミドロの横で、小さく声が上がりました。
声の主は、アーヴィスです。
集まった視線に、どこか恥ずかしそうに口ごもると、アーヴィスは、シャラレアを見つめました。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.183 )
- 日時: 2019/11/01 17:57
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
「話を遮っちゃって、ごめんなさい。ただ、ちょっと気になることがあって……」
「気になること?」
「はい。その……大したことじゃないんですけど……。さっきからシャラレアさんが言ってる“被害”って、一体なんのことかなぁって思いまして……」
シャラレアの目が、怪訝そうに細められます。
向けられた敵意に、アーヴィスは慌てて首を振って、言い募りました。
「あっいや……僕、部外者だから、あんまり突っ込んだことを言うのは気が引けるって言うか、申し訳ないんですけど……。その、ミドロさんを殺そうなんて言い出すほど怒ってるみたいだから、一体どれほどの被害を受けたのかなぁって……」
控えめな口調で言いながら、アーヴィスは、シャラレアの表情を伺います。
シャラレアは、そんなアーヴィスのことを、しばらく警戒したように眺めていましたが、やがて、彼の弱々しい態度を見て、気にするまでもないと思ったのでしょう。
ふんっと鼻をならすと、答えました。
「それはもちろん、誇りを傷つけられたのじゃ! 今回、城の庭園は妾にも託されていた。故に、赤薔薇を冠する我が一族の名誉と誇りにかけて、あの庭を美しく彩ろうと努力してきた。それをこいつが、白薔薇まみれに──」
「努力してきた? あの庭を管理してきたのは、ミドロさんなんですよね?」
ぴくりと、シャラレアの眉が動きます。
彼女の言葉を遮り、微かに目を細めると、アーヴィスは言い募りました。
「赤薔薇を植えるように言われただけで、まだ植えてなかったんだから、貴女は何もしていないはずですよね? 貴女は、一体どんな努力をして、どう誇りを踏みにじられたんですか?」
シャラレアの顔が、みるみる怒りで赤くなっていきます。
だんっ、と床を踏み鳴らし、ミドロを指差すと、シャラレアは声を荒げました。
「そ、それだけではない! そもそも、前々から目障りだったのじゃ! このように醜く、大した魔力も持たぬ精霊風情が、目に入るだけで不愉快というもの! この城に仕えて良いのは、精霊王に選ばれし由緒正しき血族のみだというのに!」
「……と、いうことは、ミドロさんは、王様に選ばれた一人だったってことなんじゃないんですか?」
「な、なんじゃと?」
シャラレアが、髪を逆立てて怒鳴れば、気圧された様子で引くものの、アーヴィスは、決して反論をやめません。
言葉を詰まらせたシャラレアに、アーヴィスは、力の抜けるような笑みを向けました。
「その話の持っていき方は、苦しいですよ。本心は、そうじゃないでしょう? 貴女はずっと、ミドロさんのことが羨ましかったんだ。だから、その地位を貶めたくて、実害を受けたわけでもないのに、アイアス殿下に便乗して騒ぎ立てた」
シャラレアの眉が、きっと吊り上がります。
ぴくぴくと口元をひきつらせながら、シャラレアも、負けじと笑い飛ばしました。
「はっ、羨ましい? 何故妾がそのようなことを思わねばならぬ。ミドロなど、妾の眼中にはない。グレアフォール様のお情けで、この森に置かれている下等な精霊……その程度の認識じゃ。いてもいなくても、そんなことはどちらでも良い」
アーヴィスは、肩をすくめました。
「お情けで置かれているだけのはずなのに、庭園の管理を任されたのは、貴女ではなくミドロさんだった。どうしてなんでしょうね」
途端、シャラレアの瞳の色が、薔薇の色から、血のようなどす黒い赤に染まっていきます。
その目には、あと少しでも触れれば、切れてしまいそうなほどの憤怒が揺蕩っていました。
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.184 )
- 日時: 2019/11/05 18:21
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
戸惑うミドロに視線を向けてから、アーヴィスは、シャラレアに頭を下げました。
「すみません、僕みたいな人間が口を出して、貴女を傷つけるつもりはないんです。ただ、このままだと真実がなあなあになって、ミドロさんが不当な扱いを受けてしまいそうだったから……そうなるくらいなら、と思って。貴女は、庭師の座が羨ましかったんでしょう? だから、ミドロさんに嘘をついたんですよね。赤薔薇を白薔薇と伝えて、ミドロさんが失態を犯すように仕向け、その地位から引きずり下ろそうとしたんです」
「うっ、うるさいうるさい!」
シャラレアは、目を光らせて怒鳴りました。
まるで獰猛な獣のような目付きで、アーヴィスのことを睨み付けます。
「何故そんなことがお前に分かると言うのじゃ! でたらめを言うでない! 先程から聞いておれば、偉そうな口を叩きおって! 醜悪な人間風情が!」
アーヴィスは、困ったように頭の後ろをかきました。
「うーん……分かるんですけど、なんて説明したら良いか。でもこれって、調べたらすぐにはっきりすることじゃないですか? ほら、だってこの国の木々は、その一本一本が精霊で、監視の役目を果たしているんでしょう?」
「それがなんだというのだ」
「うん、だから、彼らは聞けば、簡単に分かるはずですよね。シャラレアさんが、ミドロさんに嘘を吹き込んでいたのかどうか。……実際、このお城に来る途中で、僕、木の精霊たちから聞いちゃったんです」
「は!? そんなはずはない! 妾は、ちゃんと精霊たちを追い払って──」
言ってから、シャラレアははっと口をつぐみました。
今まさに、ミドロに嘘をついたと言う証拠を、自分自身で吐き出してしまったと気づいたからです。
真っ赤だったシャラレアの顔面が、どんどん蒼白になっていきます。
アーヴィスは、唖然としているアイアスに、にこりと笑みを向けて、言いました。
「──だ、そうですから、アイアス殿下。ミドロさんの打ち首に関しては、取り消して頂けますよね?」
周囲の注目が、再びアーヴィスに集まります。
アーヴィスは、ようやく頷いたアイアスを見て、笑みを深めたのでした。
無事に無罪を証明し、解放されたミドロは、涙ながらにお礼を言って、何度もアーヴィスに頭を下げました。
一方のシャラレアも、兵士に連れられて王座の間を出ていきましたが、牢に入れられるだけで、数日後には釈放されることになりました。
騙された張本人にであるミドロが、厳罰に処するほどの罪ではないと、シャラレアをかばったからです。
冤罪を晴らすためとはいえ、シャラレアを死刑にまで追い詰めるつもりはなかったので、その結果を聞いて、アーヴィスも、ほっと胸を撫で下ろしたのでした。
アイアスは、兵士たちに持ち場に戻るように告げると、罰が悪そうな顔で、アーヴィスに話しかけてきました。
「その……すまなかったな。私も些か、冷静さを欠いていたようだ。貴様が止めてくれなければ、私はこの手で、ミドロの首を跳ねていたやもしれん」
もごもごとした口調で、アイアスは謝罪します。
アーヴィスは、いばらに縛られたまま立ち上がると、首を横に振りました。
「い、いえ……こちらこそ、好き勝手発言してしまって、すみませんでした」
遠慮がちに謝り返すと、横合いから、ビビがひょこりと顔を出しました。
「お兄ちゃんはともかく、君は謝ることないよ。ありがとね! あたし、ちっちゃい頃、ミドロにはよく遊んでもらってたし、もしこのままミドロが殺されちゃったらどうしようって、結構焦ってたんだ」
アーヴィスは、肩をすくめました。
「ううん、そんな大したことはしてないよ。まあ、僕もついでに殺されそうな勢いで、焦ってたし……。ビビのお役に立てたなら、良かった」
ビビの明るい笑顔につられて、アーヴィスも、思わず笑顔になります。
しかし、その実、時間が経つにつれ、身体に食い込んでくる茨のトゲが痛くて、だんだん余裕がなくなってきました。
アーヴィスは、もぞもぞと身動ぎしながら、アイアスに向き直りました。
「あ、あの……ところで、この茨、そろそろとって頂いても良いですか……? なんか徐々にきつくなっているような気がして、痛くて……」
アイアスが、不思議そうに瞬いて、首を傾げます。
アーヴィスが、真似をして首を傾げると、アイアスはふと真顔になりました。
「何を言っている。我が妹を呼び捨てにした罪は消えていないぞ。お前は死刑だ」
「……へ?」
言われていることが理解できず、アーヴィスは硬直します。
アイアスは、構わずアーヴィスの頭をがしっと掴むと、そのまま腕に魔力を込め始めました。
「せめてもの情けだ、苦しまないよう、一撃
で逝かせてやろう」
「えっ!? ちょっ、ビビ! 助け──」
ビビに救いを求めようとする声も虚しく、次の瞬間、アーヴィスの意識は、闇の中に落ちました。
アーヴィスの全身は、まるで夜の海に放られたように、巨大な波に呑まれ、浚われるまま、みるみる流されていきます。
息ができず、苦しくて手を伸ばすも、掴めるものは、何もありません。
やがて、見えない力に引っ張られ、上へ上へと上がっていくと、その時、ようやく顔が水面から出ました。
「──ぷはっ!」
飛び上がるようにして起きると、アーヴィスは、胸を押さえてよろめきました。
慌てて辺りを見回しますが、暗い海などなく、目の前に広がっているのは、広大な草原と、のんびりと草を食む牛たちの後ろ姿です。
アイアスもビビも、ミドロもシャラレアもいません。
アーヴィスは、放心したまま、ぱちぱちと目を瞬かせました。
(……夢?)
自分の手のひらを見つめ、もう一度、目の前にいる草原と牛たちに視線をやります。
そういえば自分は、牛の放牧に来ていたのでした。
放牧中に、草の上に寝転がったら、なんだか眠くなって──それから、何があったのか。
いまいち、よく思い出せません。
不意に近づいてきた牛の鼻面を撫でると、牛は、片足で地面をかき、頭を振って、アーヴィスの手を払いのけました。
どうやら、気にくわなかったようです。
(……なんか、すごい夢を見てた気がするなぁ)
アーヴィスは、ふうっと息を吐くと、再び草の上に仰向けに倒れました。
思い出そうとすると、はっきりとは浮かびませんが、なんだか随分と長い夢を見ていた気がします。
楽しかったような、楽しくなかったような、そんな不思議な夢です。
寝転がった拍子に、懐から、何かがこぼれ落ちました。
じゃらりと、金属の擦れるような音がして、それは地面に落下します。
手探りで拾い上げ、それが金の懐中時計であったことに気づくと、アーヴィスは、大きく目を見開いたのでした。
………………
ツインテルグ編の主人公、アーヴィスとビビを引っ張り出してきたパロディものでした。
ツインテルグに関しては、まだほとんど本編で触れてませんので、登場人物みんな誰だよって感じですよね(笑)
私が単にアーヴィスってこんな子だよっていうのを書きたくて、外伝に載せてみただけです。
読者さん置いてけぼりで申し訳ない(^_^;)
次はジークハルトとアレクシアの話か、アラン(サミル兄)とシルヴィアの話あたりでも書こうかなーと思います。
とりあえず、サーフェリア下がきりのいいところまで行ったら。
あと、こんなところでなんですが、サーフェリア下が銀賞頂きました!
いつもありがとうございます(*^^*)
ではでは、またの機会にー!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.186 )
- 日時: 2020/05/20 18:11
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=19613
〜闇の系譜〜座談会⑥
『世界線を越えてⅣ』
リリアナ「皆さんこんにちは! 小料理屋マルシェの看板娘こと、リリアナ・マルシェよ! 今回の座談会は、いつもよりゲストの人数が多いから、前置きはなしで、早速始めていっちゃうわね。それでは、ゲストのお二人、お入りくださーい!」
成葉「よろしくお願いしますー! ヒノクニの主人公こと雪丸成葉です。うおーっ、本物のリリアナちゃんや……!」
慶司「てめぇ自分で主人公とか言うかよ……」
成葉「自己紹介は必要でしょーが! というか雪ちゃんも名乗りなよ。あ、こっちの目付き悪いのがわたしの兄こと雪丸慶司です。よろしくね!」
慶司「おい」
リリアナ「うふふ、成葉ちゃんと慶司さん、今日はよろしくね! 私、二人に会えるの、とーっても楽しみにしてたのよ! 今日はお話ついでに、ヒノクニの伝統料理を私に伝授してくれるって聞いたのだけど……一体どんなお料理なのかしら!」
成葉「はいはい! 今日作る料理はブリ大根でございます」
慶司「嬢ちゃん本当にコイツに教えてもらっていいのか? 教師変えた方がいいと思うが」
成葉「雪ちゃんは静かにして!」
リリアナ「ブリ? 大根……? 大根は知ってるけど、ブリは聞いたことないわね。でも闇の系譜の世界には魔法があるから、知らない食材でも用意しちゃう! えいっ」
(白煙と共に現れるブリ大根の材料)
成葉「さっすがリリアナちゃんや! では、早速作っていきましょう。まずはしょうがと醤油、酒、味醂、ブリと大根を用意……」
慶司「……! おいクソガキ、避けろ!」
成葉「ゑ?」
(突如窓から入り込んだキツツキが材料を強奪!)
リリアナ「きゃーっ! 大変! ど、どうしましょう、ブリが取られちゃったわ! お願い、成葉ちゃん、慶司さん、これ以上経費落ちないの! ブリを取り返してきて!」
慶司「魔法って経費制だったのか」
成葉「んなこと言ってる場合かーっ! 任せてリリアナたん! キツツキから奪い返してくるよ!」
〜キツツキが飛んでいった森〜
成葉「雪ちゃん! あれ……!」
(巣に持ち帰ったブリを雛に与えているキツツキ)
慶司「あのキツツキ、母親だったのか……」
成葉「……雪ちゃん……」
慶司「近くに海があるだろ。さっさと別のブリを釣って嬢ちゃんのとこ戻るぞ」
(リリアナのところに戻ってきた兄妹)
成葉「ただいまリリアナちゃん! おまたせ! さあ、料理教室を再開しよ」
リリアナ「おかえり二人とも! よかった、無事にブリを取り返し──……え、な、なんか大きくなってるような……」
(視線を逸らす慶司、そして成葉は推定200キロあると思われるマグロを抱えていた)
成葉「う、ん。確かに、大きいけど同じ魚だから大丈夫サ。ただメニュー変わるだけ」
慶司「ブリじゃなくてマグロだろうが……」
成葉「それでは! 気を取り直してマグロ漬け丼でお送り致します!」
慶司「やっぱ嬢ちゃん人選間違えたんじゃねぇか?」
リリアナ「ま、まあ、細かいことは気にしちゃいけないわよね! よし、それじゃあ成葉先生! まずは何をしたら良いですか!」
成葉「雪ちゃんがマグロを解体している間に、付け汁を用意しましょう。醤油大さじ3、みりん大さじ2、酒大さじ1を混ぜ合わせていきます! ちなみにこの分量は一人分です。うまく調整して行きましょう」
(デカイノコギリでマグロの解体に臨む慶司)
リリアナ「ふむふむ、醤油にみりんにお酒、と……。できたわ! ──って、わぁ、慶司さんすごいわ! あんなに大きな魚を短時間でさばいちゃうなんて! やっぱり男の人って力持ちね!」
成葉「いやいやでもね力がありすぎるのも考えもんだぜ? 今朝なんか寝ぼけてわたしの頭鷲掴みにしたんだけど! ありえないっしょ。あ、そして先ほど解体したマグロを付け汁につけて、冷蔵庫にて30分ほど冷やします」
リリアナ「はーい! そしてやっぱり闇の系譜の世界には魔法があるので、30分早送りしちゃいまーす! えいっ」
成葉「リリアナちゃんすごーい!」
慶司「時間を操る魔法って禁忌じゃねえのか……」
成葉「かわいいからいいの! はい、こちらが30分経ったマグロとつけ汁です。次にどんぶりにごはんを盛り付けて全体的にきざみ海苔を撒き散らします!」
リリアナ「うわぁ美味しそう! だんだん完成形が見えてきたわね! ここに卵なんか落としたらもっと美味しくなるんじゃないかしら?」
成葉「ふふふふふ。お目が高いですな。卵は最後なのですじゃ。そして、しらすも全体的に乗せたら……」
慶司「マグロだな」
成葉「はいその通り。マグロを円を描くように乗せて、軽く大葉を乗せたら……その中央に卵をかけましょう!」
慶司「卵……おい! クソガキ!」
成葉「!? これは…!? でかい、でかすぎる。これは、ダチョウの卵……?」
リリアナ「い、いえ、違うわ! これ、さっきブリを拐っていったキツツキの卵よ! 道理であのキツツキ、異様に大きいと思ってたのよね……」
成葉「あのキツツキ!? でも何でキツツキの卵が……」
(またまた突如時速50キロで飛んできたキツツキ親子がどんぶりを持った慶司を掴み窓を突き破って外へ!)
リリアナ「きゃーっ! こ、今度は慶司さんが拐われちゃったわ! どうしましょう!? というか、この料理教室、ハプニングが多すぎね!?」
成葉「今度は親子でどんぶりを狙ってんだ……! このままだとどんぶりが危ない!」
(道を歩くルーフェンとハインツ)
成葉「そこの198センチのゴリラっぽい方と色素の薄い方ーっ! 雪ちゃんごとキツツキ親子を受け止めてーっ!」
慶司「おい悪口」
ルーフェン「──え」
ハインツ「うぐっ!?」
(ハインツの腹部に直撃するキツツキ親子)
慶司「……! すまねぇな兄ちゃん、乱暴な真似しちまった。だがキツツキも落ち着いたみてぇだ」
成葉「雪ちゃん大丈夫!? って、うおやば遠目だったからわかりにくかったけど、この国の召喚師さんとリリアナちゃんの旦那じゃん! そうだ! お二人とも! 突然ですが、キツツキを止めてくれたお礼に、どんぶり食べませんか! さっき作ったんです!」
慶司「……確かに人数分はあるが味見してねぇだろ」
ルーフェン「えーなになに? 君たち、見かけない顔だね?」
リリアナ「ルーフェン様! ハインツくん! もう細かいツッコミはなしよ! かくかくしかじかで、二人には是非、このヒノクニの伝統料理、マグロの漬け丼を食べてほしいの!」
ルーフェン「な、なるほど? かくかくしかじかね。で、そちらの女の子が成葉ちゃんか、可愛い名前だね。慶司くんもよろしくー」
成葉「かわいいだってー。えへへへへへ。ルーフェンさんも色白でうらやましちなーって思いますよ!」
慶司「世辞だろ」
成葉「わかってますよーだ! さ、リリアナちゃん! 人数分の(キツツキの)卵を割りいれよう!」
ルーフェン「じゃあ、なんかよく分かんないけど早速食べようか。ええっと、これはどうやって食べればいいのかな? 魚なの? これ」
慶司「兄ちゃんらの国には馴染みがねぇか? こっちの国の料理でな。魚の身を焼かずに調味料で味付けして食うもんだ。そのまま食っちまってもいい」
ルーフェン「そうなんだ、こっちには魚を生のままで食べる文化はないんだけど。まあ、折角だからそちらのおすすめの方法で食べようかな。頂きまーす」
リリアナ「ハインツくんには、私があーんってしてあげるね! はい、あーん」
ハインツ「…………」
慶司(顔色悪っ)
成葉「うん、上手い上手い! 我ながら上手く作れた……」
(突如輝くキツツキ)
キツツキ「皆さん、助けて頂いてありがとうございます。呪いが解け、伝説のキツツキに戻ることができました」
リリアナ「えっ、ええ!? その虹色に輝く尾羽……あなた、ブリとマグロを食べないと解けない呪いにかかっていたのね……?」
キツツキ「その通りです、素敵なお嬢さん。私はシル……いえ、美しくも恐ろしい魔女にただのキツツキにされていました。一日ほど。ですが、今は麗しきリリアナさんのお陰で元に戻ることができました」
リリアナ「そうだったのね……でも、運が良かったわ! ブリをとられちゃった時はどうしようかと思ったけれど、結果的に巡りめぐって伝説のキツツキさんが戻ってきてくれたんだもの! 記念すべき初の料理教室を祝して、漬け丼の次は焼き肉よ! えいっ」
(伝説のキツツキを炭火の上へ)
成葉「さっすがリリアナちゃん! 自然の弱肉強食を自然体で表してる! いただきまーす!」
慶司「照り焼きも上手いぜ」
リリアナ「本当、おいしいー! 途中でいろんな乱入があってどうなるかと思ったけれど、漬け丼も照り焼きも美味しかったから結果オーライね! それじゃあそろそろ、このお料理教室もお開きにしようかと思うんだけど、成葉ちゃんと慶司さん、何か一言いいかしら?」
成葉「うんうん! 大満足です。混乱はいつものことだけど結果は充分と言えますでしょう! 今日はとっても楽しかったですありがとー!」
慶司「コイツの言った通りよかったんじゃねぇのか? 飯も旨かったしな、万々歳だ」
リリアナ「ふふ、二人も楽しめたなら私も嬉しいわ! 是非また会って、御飯食べたりしましょうね! それでは皆さん、次の座談会で! ばいばーい!」
………………
はい、座談会⑥でした。皆さんいかがでしたか?(笑)
個人的には、今までにないアカン仕上がりになったなと思ってますw
今回来てくださったのは、複ファ板で『ヒノクニ』を連載なさっているルビーさんのキャラです(*´∀`)<URL貼ってあるから是非読んでね!
ルビーさんの作品は、私も昔から拝見していたのですが、一言で言うなれば『人類には早いギャグ』です(笑)
ギャグっていうと、ボケとツッコミがいるのが定石だと思うのですが、ルビーワールドではボケとボケがツッコミ合いながら猛スピードで駆け抜けていくので、こちらは成す術もなく見送ることしかできません……後はじわじわ腹筋を駆逐されていくだけです。
今回の座談会でも、ヒノクニの紹介をしようと思ってたのに、いつの間にかキツツキの話になっていて(※ヒノクニにキツツキは出ません)、書き終えてからルビーさんと「あれ……?」って困惑していました(笑)
まあでも、これでルビーワールドとはなんたるか、皆さんに伝わったかなとw
ルビーさんは小説も漫画も書ける秀逸なギャグセンスの持ち主なので、是非皆さんもルビーワールドに浸って新人類へと進化を遂げてください(笑)
それでは、またいずれ!
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.187 )
- 日時: 2021/02/23 19:34
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)
本編ではルーフェン、トワリス視点が多く、掘り下げきれないキャラ設定が沢山あるので、ちょっとずつ文章化して載せていきたいと思います。
範囲は一応ミストリア編〜サーフェリア編に関連する辺りで。
本編では漢数字のところ、数字になってますが、お気になさらずー!
………………
ジークハルト・バーンズ
サーフェリア編上巻:14歳
サーフェリア編下巻:21歳
ミストリア編:26歳
ジークハルトの父、オーラント・バーンズは天才だった。
かつて、魔導師とは、充実した教育・訓練と安定した資金援助を受けられる上層階級の人間が就くものであったが、オーラントは、地方の貧しい平民出にも拘わらず、あっさりと入団試験に合格し、その後、史上最年少の26歳という若さで宮廷魔導師に抜擢された。
オーラントは、正義を掲げるのに身分差は関係ないと、身を以て証明した第一人者だったのである。
そんな父に、何故魔導師になったのかと尋ねると「だって格好良いじゃん」という、なんとも薄っぺらい答えが返ってきた。
ジークハルトは、父の技量を尊敬していたが、その飄々とした態度は好きではなかった。
11歳になった年、ジークハルトは魔導師団に入団し、飛級をして14歳で正規の魔導師に昇格した。
彼のことを、世間は父の名に恥じぬ天才だと称賛したが、ジークハルトは決して天才ではなかった。
一度見た魔術をすぐに再現できるような、優秀な魔導師は他にも沢山いたが、ジークハルトには、そういった特別な才能は何もない。
ただ、並々ならぬ努力で、そういった天才気質の者たちを追い抜かして来たのであった。
怠惰な者たちが、ジークハルトのことを「お前は才能があるから」の一言で片付け、白けた目で見るようになっても、そんなことは気にならなかった。
腹を立てている暇があるなら、少しでも多く魔術を覚えたかったし、特別な才能はなくとも、自分は努力で天才に勝てると信じていたのだった。
サーフェリア歴1488年、シュベルテの王位継承者たちが、連続して不審死を遂げた年。
父、オーラントが呪詛を受け、片腕を失った。
父の命をすんでのところで救ったのは、当時ジークハルトと同じ14歳だった召喚師、ルーフェン・シェイルハートであった。
ルーフェンは、オーラントに呪詛をかけたのは前召喚師シルヴィアだと言い、王位継承者たちの死も全て、元凶はあの女だとして、次期国王候補であった彼女を、その地位から引きずり下ろそうと画策しているようであった。
ジークハルトは、父の命を救ったルーフェンに対し、感謝をしていたが、同時に、今までに感じたことのない苛立ちを覚えた。
仮にも国の窮地に、他人の生死ごときで一喜一憂しているルーフェンを見て、怒りのようなものを覚えたのだ。それは、圧倒的な力差を前にした、否定しようのない嫉妬でもあった。
ルーフェンとジークハルトの間には、努力ではどうにもならない、大きな壁があった。
国に一人だけの召喚術の使い手、生まれつきの守護者という称号──ルーフェンは、そこらの天才とは比べ物にならないほど、多くのものを生まれ持っている人間であった。
ジークハルトは、父が死ぬかもしれなかった事態を、軽んじているわけではない。
だが、オーラントは、元が死の危険を承知で魔導師になった人間である。
そういう人間に対し、いちいち感情を動かして、その負傷を嘆いているような甘い人間が、自分達の上に立つ召喚師であったのかと思うと腹が立った。
ルーフェンは、悲嘆に暮れている時間があるならば、国の端から端まで飛んで、誰かを救うことができる人間だろう。
彼には、それだけの力と地位がある。
いくら努力をしたって、誰も追い付けないような強さを持っているくせに、ルーフェンは、まるでそんなものには興味がないといった様子で、足踏みをしている。
彼のことが、ジークハルトは気に入らなかった。
そんなジークハルトの価値観に一石を投じたのは、任務先で出会った、蒼髪の少女であった。
アレクシアと名乗ったその少女は、特殊な透視能力を持っていた。
ジークハルトは、彼女の能力を唯一無二の素晴らしいものだと思い、自信を持つべきだと伝えたが、すると「なんて無神経な男なのか、お前のような奴には何も分からない。一度死んで脳みそを入れ換えてきたらどうか」などと、とんでもなく罵倒された。
アレクシアは、自分の能力を疎んでいるようだった。
事実、彼女はそれが原因で肉親を失い、その後、引き取られた先でも奇異の眼差しに晒されているようであった。
特別なものを持っている人間を、ジークハルトは羨ましいと思う。
だが、それ故に周囲から敬遠され、深い孤独を抱えてしまうことも、特別な人間の宿命なのかもしれない。
類稀な力は、周囲には羨ましく映っても、本人にとっては必ずしも良いものではない。
そう思い至った時、ジークハルトの頭に浮かんだのは、ルーフェンの顔であった。
ひたすら実直に、魔導師として任務に取り組み続けたジークハルトは、20歳になった年、宮廷魔導師に選出された。
天才だった父の最年少記録を、大幅に塗り替えての大抜擢であった。
常に慢心せず、現状に満足するべきではないと己に言い聞かせてきたジークハルトであったが、この時ばかりは、自分が誇らしかった。
元は凡才でも、自力で磨き上げてきた技量は、十分に通用するものなのだと、世間に認められたような気がしたのだ。
その頃、召喚師ルーフェンは、遷都先であるアーベリトに移籍していたため、シュベルテにはいなかった。
中には、それに対し不満を言う者もいたが、ジークハルトは、彼にも彼なりの信条があってアーベリトで過ごしているのだろうから、それで良いと考えていた。
そもそも、確かに召喚師は特別な存在だが、だからといって、国の守護をルーフェン一人に押し付けようと言うのが、土台おかしな話だったのだ。
ルーフェンも、そういった周囲からの圧力があって、己の立場に嫌気が差してしまったのだろう。
召喚師がいないのであれば、魔導師団が代わりに中心となって、サーフェリアを護ればいい。
自分たちにだってその力はあると、ジークハルトは確信していたのだった。
サーフェリア歴1495年、21歳になった時、ジークハルトの人生は大きく変わった。
軍事都市セントランスによりシュベルテが襲撃され、長年王宮に仕えてきた魔導師団や世俗騎士団が、壊滅状態に追いやられたのだ。
最前線で戦った者は大半が殉職し、今までシュベルテの中枢を担ってきた要人も多く亡くなった。
宮廷魔導師も、運良く生き残ってしまったのは、ジークハルトだけであった。
宣戦布告をしたセントランスは、ルーフェンの手によって没落されられたが、この時から、新王サミルの治世が軋み始めていたのだった。
崩壊寸前のシュベルテにて、新たに政権を握ったのは、反召喚師派であるイシュカル教会であった。
ルーフェンがアーベリトに移った近年、着々と勢力を拡大させつつある教会であったが、その大司祭を勤めるモルティス・リラードが、要人が亡くなった今が好機とばかりに、台頭してきたのである。
教会は、世俗騎士団に代わる修道騎士会を設立し、戦災に喘ぐ人民の救済を行い、見る間に民意を勝ち取った。
彼らの独裁を防ぐべく、ジークハルトは魔導師団の蜂起に動くが、偉大なる女神イシュカルを掲げ、城まで占拠した教会の勢いに、太刀打ち出来なかった。
結局、人という生き物は、強力な何かにすがらねば、不安に押し潰されてしまうのだろう。
教会の台頭は、言わば、不安定な情勢に追い詰められた人々が、すがる対象を召喚師から女神像に切り替えた結果であった。
生き残った騎士や魔導師達も、次々と団を離反し、教会側に寝返った。
純粋に強さを追い求め、一心に走ってきたジークハルトの後ろに着いてきていたのは、気づけば、ほんの一握りだけになっていた。
魔導師になったアレクシアが、自分達が魔導師団を変える時なのだと声をかけてきたが、ジークハルトは、すっかり自信を失くしてしまっていた。
自分では、人々の心の拠り所にはなれない。ジークハルトは、召喚師の代わりにはなれないと、この時、痛感したのである。
国王サミルが崩御し、次期国王の選定について話すため、ルーフェンが前王太妃を訪ねて来た時。
ジークハルトは、シュベルテに戻ってくるようにと、ルーフェンに願い出た。
「俺では駄目なんだ、今のシュベルテには、召喚師一族の力が必要なのだ」と。
しかし、ルーフェンは頷かなかった。
世間が反召喚師の流れに沿っているならば、このまま召喚師制を無くすべきだというのが、彼の意見だった。
その言葉の意味を、ジークハルトは、後に知ることになる。
前召喚師シルヴィアによって没された王都アーベリトにて、新興騎士団(修道騎士会)を前にルーフェンが見せたのは、禁忌にも等しい、恐ろしい召喚術の姿だったのだ。
召喚術というものの根源、その在ってはならない、秘匿とされてきた真実に気づき、ルーフェンは、自分の代を最後に、召喚師一族は廃すると心に決めてしまったようだった。
サミル・レーシアスの治世が終わり、バジレットが王座について、ルーフェンは、召喚師として再びシュベルテに戻ってきた。
教会と並び、魔導師団の建て直しに奔走したジークハルトは、やがて、宮廷魔導師団の団長に就任した。
若き立役者として評価されての着任であったが、そこに誇れる自分はいないような気がした。
ジークハルトは、ただ遠くを見据えて歩いていくルーフェンの後ろ姿を、黙って眺めていることしかできなかった。
それから5年が経った、サーフェリア歴1500年。
この年に初めて、サーフェリアは、他国ミストリアの獣人と接触することになる。
度重なる獣人の襲来に、売国奴の疑いをかけられた半獣人の宮廷魔導師トワリスが、ミストリアから、次期召喚師を連れ帰ってきたのだ。
獣人に対する不信感が募る中で、ルーフェンは、ミストリアの次期召喚師一行を、処刑したように見せかけることで生かした。
教会の目を潜り抜けるための、その場しのぎかと思っていたが、彼にしては、随分と粗が目立つ方法であった。
このままでは、いずれ誰かがミストリアの次期召喚師が生きていることに気づくだろう。
そうなれば、ルーフェンは罪に問われることとなる。
だが、それ自体が、ルーフェンの狙いなのかもしれないということに気づくのに、そう時間はかからなかった。
彼は、召喚師一族を廃する理由を、自ら作ろうとしている。そうして、召喚術を己と共に葬り去る機会を、淡々と伺っているのだ。
幼い頃から信じて、突き進んだ先に、ジークハルトの望んでいたものはなかった。
正義とは、正しい義などではない。
人の想いと共に時代は変わり、その時代の流れを掴みとったものが、一時だけ正義と呼ばれるようになるのだ。
ジークハルトは今も、道に迷っている。
見据える方向が定まらないまま、無様に泥を掻いて、もがきながら進もうとしているのだった。
To be continued....
- Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.188 )
- 日時: 2021/03/03 20:27
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)
サミル・レーシアス
サーフェリア編上巻:47〜53歳 下巻:60歳
後にサーフェリア国王となるサミル・レーシアスが、アーベリトの12代目領主に就任するまで、一体どのような人生を歩んできたのか。その経歴を知る者は、ほとんどいない。なぜなら、若い頃の彼は、一箇所に止まらぬ奔放な生活をしていたからだ。
サーフェリア歴1252年、初代領主ドナーク・レーシアスの慈善活動の功績が認められ、時の王に爵位を授けられたレーシアス家。彼らが治める医療都市アーベリトは、いつの時代も資金繰りに悩まされ、長年苦汁を舐め続けてきた。レーシアス家は、元が平民出であることから、他貴族からの風当たりが強く、また、彼らの先進的すぎる医療技術は、当初世間に受け入れられづらかったためである。故にレーシアス家は、唯一融資を申し出ていた王都シュベルテからの資金援助を切られぬよう、慈善事業を続ける傍ら、常に限られた期間、予算の中で医療魔術の研究成果を上げてこなければならなかった。そんな凄まじい重荷を背負わされ、潰れてしまった医術師も、歴代領主の中には多くいただろう。しかし、そんな周囲からの期待と重圧を跳ね除け、前例にないほど大きく名を挙げて見せたのが、11代目領主のアラン・レーシアス——サミルの兄である。アランは、20代の頃から次々と革新的な医療魔術を打ち出し、寝る間もなく研究に没頭して、王宮勤めの宮廷医師ですら匙を投げるような難病の治療法を、いくつも確立させた。まさに、医療魔術の先駆者と呼ばれるのに相応しい人物だったのである。
一方、弟のサミルは、研究分野ではほとんど無名の医術師であった。父に倣って勉学に励み、医術師という職に誇りは持っていたが、サミルは、兄のようになりたいとは思っていなかった。若い頃のサミルは、援助を打ち切られたくないという媚びるような気持ちで成果を出し、現場にも出ずに机に齧り付いていることが、医術師の本懐ではないように思えたのだ。勿論、研究者がいてこその現場であり、兄のアランが、不純な動機で研究を進めているわけではないことは分かっていた。むしろ兄は、誰よりも純粋な気持ちで医療魔術と向き合っているし、そんな兄を、サミルも慕っていた。ただ、兄のようなやり方は、自分には合わないと考えていたのだ。
幸いというべきか、父の期待は兄のアランに向いていたので、次期領主の候補から外されていたサミルは、動きやすい身の上だった。兄や師のダナは、サミルの性格を理解していたし、父もまた、腹痛や頭痛といった明らかな仮病で研究室に顔を出さなくなった不良息子のサミルには、構うだけ時間が無駄だと思ったのだろう。26歳の頃、突然屋敷を飛び出していったサミルを、引き止める者は誰もいなかった。
家を出て放浪していたサミルは、その後、軍医としてシュベルテの魔導師団に隊附勤務した。当時、シュベルテ周辺では内戦が頻繁に起こっていたが、その規模に対して、医術師の数、技術不足が深刻だったのだ。魔導師と共に戦場に赴き、負傷兵の治療をし続ける生活は、非常に過酷なものであった。だが、始めた当時は、これこそが医術師のあるべき姿で、自分の天職なのかもしれないとさえ思った。アーベリトで机上の医療魔術に取り組んでいる時よりも、確かに人を救っている感覚があったからだ。自分の手で命を助け、そして、終戦を迎えたその時には、少しでも多くの兵たちが家に帰れるように。その手伝いができているのだと思うと、戦場に行くことも恐ろしくなかった。
そうして、シュベルテに隊附勤務して2年、その後は独立して派遣軍医となったサミルは、各地を転々としながら戦場で働いていた。だが、ある時、ふと残酷な現実を突きつけられる。戦というものが、いつまで経っても終わらないとのだということに、気づいてしまったのだ。毎日どれだけの負傷兵を治療しても、必ずどこかで戦は起こり、奪われていく命に際限はない。繰り返し終わることのない渦中に、自分はいるのだと思うと、ほぞを噛むような虚しい気持ちになった。戦というのは、肉体だけでなく、人の心にも大きな傷を作っていく。苦痛に歪み、死んでいった人々の顔や、居場所を失くして呆然と彷徨う子供たちの顔。それらを見る度に、無力な自分に対する自責の念に駆られていたサミルの心にも、いつの間にか、大きな傷ができていたのだった。
派遣軍医としては一線を退き、戦争難民の保護活動にも着手し始めて、8年が経った36歳の頃。父の老衰死を聞き、サミルは、10年ぶりにアーベリトに戻った。父と兄のアラン、二人が築き上げてきたアーベリトは、10年前に比べると、見違えるほど栄えていた。当時、名だたる商会がこぞって使役していたリオット族が、生まれつき持っている遺伝病——リオット病の治療法をアランが確立させたことで、レーシアス家は、莫大な財力を得て、下流貴族を脱却していたのだ。
葬儀を終えたら、再びアーベリトを出ていこうと考えていたサミルであったが、父が亡くなったことで、アランはアーベリトの領主を継がねばならない立場になっていた。研究者として第一線を走らなければならないアランが、たった一人でアーベリトを治めるのは難しいだろう。寝食も忘れ、一心に研究に打ち込む兄の姿をみて、サミルは、アーベリトに残ることを決めた。思えば兄は、家のことなど顧みずに出ていった恩知らずの弟を「お前は外の方が向いているんだろう」と言って、笑って送り出してくれたのだ。アランは生粋の研究者気質だったので、机に向かい続けることを苦に思っている様子はなかったし、実際、彼は周囲からの期待に難なく応えられる優秀な医術師であった。しかし、それを理由に、若い頃のサミルは、兄に全てを背負わせて、自分はとっととアーベリトを出ていってしまった。そう考えると、今後の人生は、兄を支えることに費やすべきなのではないかという思いが、突き上げてきたのだった。
生活能力が皆無の兄に代わり、雑務をこなす日々が続いた、そんなある日。意外なことが起きた。度々王宮に通っていたアランが、当時の召喚師シルヴィア・シェイルハートに心奪われてしまったのだ。おそらく、私的には女性とほとんど関わったことがないであろう、研究一筋だった兄が、一人の女性に夢中になっている様は、正直空振ってばかりで、実に愉快であった。一方で、上手く行けば良いとも思っていた。相手が召喚師ともなれば、普通の家庭を築くことはできないだろうが、今までアランを椅子に縛り付けてきたのは、長くアーベリトを空けてしまった自分のせいでもあるのだ。これを機に、兄が人並みの幸せも掴めれば良いと、サミルは心から願っていた。
サーフェリア歴1474年、しかし、その願いは叶わなかった。シルヴィアがアランとの間に身籠った三人目の子供が、死産だと発表されたのである。その知らせを聞いたアランは、急ぎシュベルテに向かったが、その帰りに、落馬して亡くなった。誰も予期していなかった、呆気ない死であった。最終的に、事故死として片付けられたが、その遺体の損傷具合に違和感を覚えたサミルは、アランが呪詛により他殺された可能性を訴えたが、結局、その真相が確かめられないまま、次なる不幸が訪れる。シュベルテにて騒擾を起こし、南方のノーラデュースに迫害されていたリオット族に、リオット病の症状が戻っていたとして、アランの治療法が避難の的になったのだ。アランの死と治療法への糾弾、そして三人目の息子の死産——これらの背景に、シルヴィアがいるのではないかと疑ったサミルであったが、その訴えを通せるほどの発言力が、その時の彼にはなかった。たった一人残されたサミルの代で、レーシアス家は、再び没落したのである。
サミルの疑念が確証を得たのは、それから8年後のことであった。シュベルテの東にあるヘンリ村で、銀の髪と瞳を持つ少年が見つかったのだ。治療のためにアーベリトに回された、その少年を見た時、サミルは、間違いなく兄の子だと確信した。根拠はいくつもあった。年齢も、魔力の片鱗も、全て兄の子だと考えると、辻褄が合ったのだ。
その少年の怯えたような瞳に、アランの面影を見た時。途方とない愛おしさが、サミルの中に込み上げてきた。同時に、自分が守らなければ、と思った。後にルーフェンと名付けられるこの子は、召喚師一族として、いずれ戦場に立つことになるのだろう。あの、終わりのない憎しみと悲しみの渦中に——。そんなことは、絶対にさせたくなかった。
様々なものから、目を背け、諦めてきた人生であった。けれども、兄が遺していった、居場所のないこの子を守れるのは、もう自分だけなのかもしれない。そう思った瞬間から、サミルは、残りの人生をかけて、その子に寄り添っていくことを決心したのだった。
To be continued....