複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.116 )
日時: 2016/07/10 23:33
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



『とある魔女の独白』


 心なんて、とうの昔に渇いて、枯れ果ててしまったと思っていた。

 選択権のない、窮屈な人生。
人命を手鞠のごとく転がして、跡形もなく潰していく日々。

 そうして悪魔が示すのは、私の意思など無視した未来だ。

 どうせ、誰も私を見てなんてくれない。
皆が見ているのは、召喚師という立場であって、きっと私のことではない。

 だから、こんな世界に長く留まるだけ、無駄だと思っていた。



 けれど、そんな時。
ある男がこう言ったのだ。

──そなたの力は、素晴らしい。

 私の目を見て、はっきりと。

──何を悲観する必要がある。
そなたは美しく、偉大な、国の誇る召喚師ではないか。



 ………….。嬉しかった。

 突然、私の力には、大きな意味があるのだと思えるようになった。

 エルディオ・カーライル──サーフェリアの第一王子。
それが、その男の名前と肩書き。

 彼が喜んでくれるなら、人殺しも悪くない。
彼が私を見てくれるなら、居心地の悪いこの世界で、召喚師として生き永らえるのも構わない。

 こんな風に思える日がくるなんて、想像もできなかった。

 人は、この気持ちをなんと呼ぶのでしょう。
恋、陶酔、それとも傾倒……なんでもいい。
とにかくこの気持ちは、私を生まれてはじめて、幸せにしてくれたのだ。



 やがてエルディオは、サーフェリアの国王になった。
時が経って、立場も変わって、それでも彼は、私のことを見てくれる。

 私も、既に彼以外の男との間に子供がいたけれど、恋い焦がれている相手は、いつだってエルディオただ一人だった。

 次期召喚師を産むために、好きでもない男と関係を持たなければならなかったのは、嫌だった。
でも仕方がない。
だって、エルディオの命令なんだもの。

 エルディオが望むなら、私はなんだって出来る。
美しく在れというなら、美しく在り続けるし、人々に愛される召喚師で在れというなら、そう在ることもできる。

 微笑んでみせるのは案外簡単で、人を騙すのも、思いの外簡単だ。
美麗に笑っていれば、それだけで周りは私に心を許し、私を讃える。
本物の笑顔も偽物の笑顔も、見分けられるほどに、人々は私を見てはいない。

 私には、エルディオがいればいい。
それ以外は、どうでもよかった。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.117 )
日時: 2016/07/20 12:24
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 それなのに、エルディオがふと、言ったのだ。

──何故、次期召喚師が生まれぬ。

 忌々しそうに、刺すような視線を私に寄越して。

 その瞬間、私は急に、怖くなった。
恐ろしくて恐ろしくて、堪らなくなった。

 もし、次期召喚師を生んでしまったら。
彼の視線は、私ではなく、次期召喚師に向くのだろうか。

 もう、私を見てはくれなくなるのだろうか。
彼に必要としてもらえなくなったら、私に残るものは、何もないのに。

 だから、三人目の子供が、銀の瞳と髪を持っていると分かったとき。
私は、この子を殺そうと思った。

 殺すなんて、簡単だ。

 生まれたての、瑞々しい体に刃を突き立てて。
まだ何も知らない、無垢な心を引き裂いて──。

 いずれ、私から召喚師としての力を奪っていく、この子供の命を潰すことなど、容易いと——。

 ……そう、確信していたのに。

 結局、そう出来なかったのは、私の中にわずかに残った、人間らしさの欠片のせいだったんだろう。

 泣きじゃくる赤子を前に、刃を持ったまま硬直する私を見て、いつも傍にいた、ルウェンダ家の侍女が言った。

──召喚師様、この子は私が……棄てて参ります。

 目から大粒の涙をこぼして、悲痛な表情を浮かべながら。

──この子は、死産でした。
死産だったんです、召喚師様……。

 侍女は、赤子を抱き抱えると、苦しそうに笑った。

──私は、召喚師様のことをずっと見てきました。
ですから、召喚師様が何に苦しみ、悩んできたのか……わかっているつもりです。
どうぞ、私に任せてください。

 そう言って、走り去った侍女に、私は何も言えなかった。
何を言えばよかったのか、分からなかった。



 それ以来、どんな気持ちで生きていたのか。
私は、よく覚えていない。

 あのときの赤子は死産だと発表されて、周囲からの次期召喚師を待ち望む声は、私が歳をとる度、日に日に大きくなっていった。

 まだか、まだかと急かす声を聞くのは嫌だったけれど。
あの銀の赤子がどこかで生きている限り、私が次期召喚師を生むことはない。
私の地位が──エルディオの期待が、奪われることはない。

 そう思うと、周囲からの圧力に耐えることくらい、造作もないことだった。

 けれど、その圧力がなくなったのは、そう遠くない未来で。

 ヘンリ村で見つかったのだという、やつれた小さな子供が、次期召喚師として王宮に連れてこられたとき。
私は、己と瓜二つなその顔を見て、深い絶望の底に突き落とされた。



 ねえ、皆、聞いて。
その子供は、死産だったのよ。
私の子供じゃないの。

 こちらを見て。
この国の召喚師は、私でしょう。
ねえ。
……ねえ、聞いて。
その、子供は、私の子供じゃ……。

 ……ねえ、皆。



 私の言葉は、誰に届いたのだろう。

 結局その子供は、王宮で私達と共に暮らすことになった。
私の後継者である、次期召喚師として。

Re: 〜闇の系譜〜(外伝) ( No.118 )
日時: 2016/07/20 11:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: sE.KM5jw)



 私の中に、諦めが生まれたのは、その時だった。

 だから、もうべったりと顔面に貼り付いてしまった笑顔を浮かべて、私はその子供に言ったのだ。

「……それなら、貴方の名前はルーフェンにしましょう。古の言葉で、奪う者って意味よ」

 私にそっくりで、どこか怯えたような顔の、可哀想な子供。

 ルーフェン・シェイルハート。

 きっと貴方は、私から色々なものを奪っていくのでしょうね。
人々からの崇拝も、国王からの期待も。
召喚師としての地位も、力も、全て、全て──。

 ああ、なんて残酷で、愚かで、嗤えるのかしら。
やっぱり、こうなるのよ。
結局、こんな世界で生き永らえるだけ、無意味だった。



 私は死ぬとき、どんな風に死ぬのだろう。
どうせ死ぬなら、この私に窮屈な運命を強いた人々を、全員引っ掻き回して、サーフェリア中の人々の記憶に、私の名前を残して死んでやろうか。

 それが、せめてもの復讐。
稚拙で浅はかで、虚しい、哀れな魔女の滑稽な願望。

 きっと、そんなことをしたら、皆、私のことを深い憎しみの目で見ることでしょう。
でも、もうそれで良い。
憎しみも哀しみも、いつだって私の、一番近くにいたのだから。



 ねえ、ルーフェン。
貴方もきっと、私のことを恨むでしょうね。
それとも、哀れだと同情するのかしら。
あるいは、滑稽だと嘲るのかもしれない。

 けれど、出来ることなら、貴方には私のことを恨んでほしい。
今更、同情も哀れみもいらないの。

 心が渇いて、もがく力も失せてしまったような人間には、わずかな水を与えるよりも、いっそ焼いて殺してしまった方が、よほど幸せよ。



 ねえ、ルーフェン。
私は貴方を殺せなかったけれど、貴方は、私を殺せるかしら。

 私はね。きっと、殺せると思うのよ。

 その母譲りの顔を歪めて、思い切り、私の胸に刃を突き立てるの。

 そんな貴方の、深い憎しみの表情を最期に見ながら死ぬのが、きっと私にはふさわしい。

 だからね。
私を殺したいほど恨む人なんて、たくさんいるでしょうけれど。
それでも、どうか──。
とどめの一撃は、他人に譲らないでほしい。

 私を殺す、最期の一突きは。
願わくば、貴方の憎悪に満ちた刃で──。


……………………


『とある魔女の独白』
つまり、シルヴィアさんの独り言タイムでした!
(ここで言っちゃう駄作者おい)

 今は読んでも「?」って感じだと思うんですが、もう少しサーフェリア編を進めて、更にこの『とある魔女の独白』をもしお読み頂ければ、多少シルヴィアに対する見方が変わるんじゃないかな……って思います。
うん、そうなったらいいな(笑)

 ルーフェンにトラウマを植え付けまくるシルヴィアさんですが、まあ彼女にも色々あったんだよ、と。
基本私は、モブを除いて、悪者って誰一人として書いていないつもりです。
私の描写の下手さは大いに関係するでしょうが、誰でも、必ず事情があるんだよっていう説明は入れてます、多分。
だから、もし『こいつ悪い奴め!』って思う登場人物がいたら、お時間在るときにでも良いところを探してあげてください(笑)

 お読みくださってありがとうございました!